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はてなキーワード: 大隊とは

2021-08-04

anond:20210801110936

ビートたけしは本人で評価するとたしかにそうだけど、

昔は軍団って頭のおかしい奴らが大隊レベルで周りにいて、それを鵜飼のように操ってたのがビートたけしの良さだった。

2021-07-15

圧倒的な戦力差にも関わらず勝利善戦した戦い3

https://anond.hatelabo.jp/20210708183653字数制限に達したので書ききれなかった分はここに付け足しま

ISILに関する記述もありますが、テロを賛美する意図は一切ありません。あくま事実として記載しただけです。無論、ISIL惨敗した戦闘もあります。決してISILを格好いいと思わないでください。

古代

・ペルシス門の戦い

 B.C330 アレクサンドロス大王東方遠征 ペルシア軍700vs★マケドニア軍1万7000

 マケドニア軍の大軍に対し、ペルシス門を少数の守備隊が1か月守り抜いた。マケドニア軍は現地の住民から得た情報を元に挟撃することでようやく勝利を収めた。

中世

マリツァの戦い

 1371年 オスマンセルビア戦争 ★オスマン軍800vsセルビア軍2万~7万

 セルビア軍は大軍を率いて、オスマン帝国の首都エディルネへの奇襲を試みた。しかし、オスマン軍の夜襲に遭い敗退した。

近世

ペンコの戦い

 1550年 アラウコ戦争 ★スペイン・ピウンチ連合軍500vsマプーチェ族1万5000~2万

 スペイン軍はペンコに砦を築いた。マプーチェ族は大軍で包囲するが、攻城兵器もなく砦を突破できなかったため、兵を引いたところをスペイン軍に追撃される。マプーチェ族は4000人が戦死し、捕らえられた200人は鼻と耳をそがれた。

・チャカンの戦い

 1660年 マラータ王国800vs★ムガル帝国2万

 ムガル軍がマラータ軍を包囲。1ヶ月の攻防戦の末にマラータ軍は包囲した。マラター軍の死傷は300人、ムガル軍の死傷者は3000~5000であった。

・スラトの戦い

 1664年 ムガル帝国1000vs★マラータ王国8000~1万

 スラト市をマラータ軍が襲撃、3日間の攻撃の末、同市は6日間略奪の対象となった。ムガル軍の死傷者は28人、マラータ軍の死傷者820人であった。

・サラタの戦い

 1699~1700年 マラター王国300vs★ムガル帝国1万 

 サラタ市をムガル軍が包囲、数ヶ月にも及ぶ包囲戦の末に陥落させ、守備隊も玉砕したが、ムガル軍は3500人が死傷した。

・トルナの戦い

 1704年 マラータ王国700~800vs★ムガル帝国1万5000

 ムガル軍がマラータ軍を包囲、トルナ市を陥落させた。マラータ軍の死傷者は170~180、ムガルの死傷者は300であった。

近代

・コーレーガオンの戦い

 1818年 第三次ラー戦争 ★東インド会社750vsマラータ王国2万8000

ラータ軍とイギリス軍交戦、丸一日の激戦の末にマラータ軍が撤退した。イギリス軍の死傷者175人に対し、マラータ軍の死傷者は500~600人であった。

ブラッド・リバーの戦い

 1838年 グレート・トレック ★フォールトレッカーズ664(200人が非戦闘員)vsズールー軍1万5000~3万

 フォールトレッカーズ(英領ケープ植民地から南ア北部へのブーア人移民)がズールー族の大軍交戦撃退した。ズールー族3000人以上の戦死に対し、ブーア人はわずか3人が負傷したのみであった。

・ヴェコプの戦い

 1836年 グレート・トレック ★フォールトレッカーズ35vsマタベレ軍5000

 マタベレ軍がフォールトレッカーズを襲撃するも、撃退された。マタベレ184名の戦死に対し、ブーア人は2名が戦死した。マタベレは戦闘には5万500頭の家畜強奪することに成功した。

・チンハットの戦い

 1857年 インド大反乱 東インド会社700vs★反乱軍7000

 イギリス軍反乱軍鉢合わせし、敗退するが、全滅は免れた。イギリス軍の死傷者は200人ほどで、反乱軍の死傷者は589名であった。

・トゥエンクアン包囲戦

 1884~1885年 清仏戦争 ★フランス軍630vs清・阮朝1万2000

 フランス軍が清軍に包囲されるが、4ヶ月持ちこたえた末に撃退した。フランス軍の死傷者274名に対し、清軍の死傷者は3000名以上であった。

ドガリの戦い

 1887年  エリトリア戦争 イタリア軍550vs★エチオピア軍1万5000

 エチオピア軍の大軍イタリア軍大隊を襲撃。イタリア軍はほぼ全滅したが、エチオピア軍も1071名が戦死した。

現代

・サポティラルの戦い

 1927年 サンディー戦争アメリカニカラグア占領)・バナナ戦争 アメリカ軍・ニカラグア政府軍20vs★サンディニスタ400人以上 

 アメリカ軍・ニカラグア政府軍撃墜された米軍パイロット2名の救出に20派遣する。救出隊は途中でゲリラ待ち伏せに遭い、奮戦するも撤退し、作戦は失敗した。救出隊は4人が死亡したが、ゲリラは40~60名が死亡し、1人捕虜となった。

・フォルネブの戦い

 1940年 ノルウェーの戦い 第二次世界大戦 ノルウェー軍7vs★ドイツ軍70~80

 ノルウェー航空部隊ドイツ空軍交戦ノルウェー軍は戦闘機1機、ドイツ軍は4機撃墜されたが、ノルウェー軍の燃料が尽きたため、戦闘ドイツ軍勝利に終わった。

ビルハケイムの戦い

 1942年 北アフリカ戦線 第二次世界大戦 自由フランス軍3703vs★ドイツイタリア軍4万5000

 ロンメル将軍指揮下の枢軸軍自由フランス軍の籠城する砦を包囲、16日間の激戦を経て、砦を占領した。フランス軍の死傷者369名に対し、枢軸軍の死傷者は3300名に及んだ。この戦いはイギリス第8軍の撤退と再建のための時間を稼ぎ、エル・アライメンの戦いでの連合軍勝利につながった。チャーチルド・ゴールは勿論のこと、ヒトラーですらフランス兵の勇気を称えた。

・ヴェロニク作戦

 1955年 アルジェリア戦争 FLN359vsフランス軍5000+航空支援

 フランス軍FLN活動鎮圧するため爆撃を伴った大規模な掃討作戦実施する。FLNゲリラ戦で1か月以上抵抗した後に撤退した。ゲリラ側の死者は9名で、鎮圧の失敗はFLNの影響力を大いに高め、アルジェリア独立につながった。

・ヴェラノ作戦

 1958年  キューバ革命 ★7月26日運動300vsキューバ軍1万2000

 バティスタ政権反乱軍鎮圧のために軍を差し向ける。しかし、カストロチェ・ゲバラ指揮下の反乱軍返り討ちに遭った。この戦いで反乱軍の指揮は大いに上がり、バティスタ打倒に繋がった。

サンタクララの戦い

 1958~1959年 キューバ革命 ★7月26日運動340vsキューバ軍3900

 反乱軍はヒジャ・クララ州の首都サンタクララ攻撃、4日で占領した。その直後バティスタドミニカ亡命し、キューバ革命成功した。 

・ドゥヴロブニク包囲戦

 1991年から1992年 クロアチア紛争 ★クロアチア軍480~1000vsユーゴスラヴィア軍7000

 ユーゴスラヴィア軍はクロアチア軍を7ヶ月に渡って包囲するが、陥落できず撤退した。この戦いで1万5000人以上の難民が出た。

サパティスタの反乱

 1994年 サパティスタ民族解放軍3000vsメキシコ軍3万~4万

 メキシコ最貧州チアパス先住民たちが北米自由貿易協定NAFTAによる貿易関税撤廃に反対、一斉蜂起した。政府ゲリラを包囲し、徹底的な鎮圧を試みるが、反乱が世間の注目を浴びると、一転、停戦を呼び掛けた。両者の間で先住民権利文化尊重するサンアドレア協定が結ばれた。

ファルージャ陥落

2013年 ★ISIL200~300vsイラク軍1万人以上

 ファルージャ市をISILが襲撃。1週間足らずでイラク軍を撃退し、同市を占領した。

モスル陥落

2014年 ★ISIL800~1500vsイラク軍1万2000

 ISILモスル市を襲撃。1週間足らずで陥落させた。イラク軍は6万人で防衛に当たったと主張しているが、実際にはその2割ほどの兵力しか無かったと推定される。

バイジ奪還

 2014~2015年 ISIL1500以上vs★多国籍軍1万5000+米英加の航空支援

 イラク軍は1年弱にも及ぶ激戦の末にバイジ市をISILから奪還した。ISIL2000人以上が戦死したが、イラク軍も2500人以上が死傷した。

・ラマディ陥落

 2014~2015年 ★ISIL150~600vsイラク軍6000

 ISILがラマディ市を襲撃。5ヶ月の激戦の末に同市を占領した。

2021-07-07

圧倒的な戦力差にも関わらず勝利善戦した戦い

 戦力差が10倍以上のもののみ取り上げています。随時更新中 ★は(戦術的)勝者側  

 多くのコメントブクマありがとうございます。 コメントで私が知らなかった戦いについて教えてくださった方ありがとうございますhttps://anond.hatelabo.jp/20210708183653こちらも参照ください

古代

テルモピレーの戦い

 B.C.480 ペルシア戦争 ギリシア軍7000vs★ペルシア軍30万以下

 スパルタレオニダス指揮下のギリシア連合軍ペルシア軍の大軍と激突した。狭い地形を活かし、3日間の激戦を繰り広げるが、背後から攻撃され敗北した。この戦いでギリシア軍は1000人、ペルシア軍は2万人の兵士を失った。

 参考作品「300(ザック・スナイダー監督)」

・彭城の戦い 

 B.C205 楚漢戦争 ★楚3万vs漢56万

 漢軍が彭城を制圧した事を知った項羽精鋭部隊を率いて漢軍を襲撃した。攻略成功したことから油断し、酒宴に明け暮れた漢軍は突然の事態太刀打ちできず20万人以上が戦死した。

昆陽の戦い

 23年 ★緑林軍1万vs新43万

 劉秀率いる緑林軍が新軍に包囲される。劉秀は脱出し、外側から新軍を襲撃して壊滅させた。

・ワトリング街道の戦い

 60年 ★ローマ軍1万vsブリタニア23

 ブーディカ女王率いるケルト人ローマ支配に対して反乱を起こした。ローマ軍は反乱軍を狭いワトリング街道に誘い込み、これを破った。ローマ軍の死傷者はわずか400人であったのに対し、反乱軍の死傷者は8万人であった。

・博望坡の戦い

 203年 三国時代 劉備軍4000vs曹操12

 劉備軍と曹操軍が宛で対峙する。劉備撤退したと見せかけ、誘われた夏侯惇撃破した。李典の援軍が来るとみた劉備は兵を引き、曹操軍も撤退した。

淝水の戦い

 383年 五胡十六国時代 ★東晋軍8万5千vs前秦軍117万

 華北統一成功した前秦東晋征服のために大軍派遣する。前秦軍は敵軍を誘うため、先鋒を退却させる作戦をとるが、兵が混乱して退却を止めなかったため、そこを突かれて敗北した。

中世

・チェラーミの戦い 

 1063年 ★ノルマン軍136vsムスリム5300

 アラブ人支配下にあったシチリアにルッジェーロ1世率いるノルマン人が侵入イスラム教徒撃退した。アラブ軍は戦力の7割を失ったとされる。

・黄天蕩の戦い

 1130年 宋金戦争 ★南宋8000vs金10万 

 韓世忠とその妻梁紅玉率いる南宋軍が金軍を打ち破り、2万5000人を討ち取った。

志度合戦

 1185年 治承・寿永の乱 ★源氏80vs平氏1000

 屋島で破れ、志度寺に立て籠もった平氏源義経が追撃した。平氏大軍が後に続くとみて敗走した。

・下赤坂城の戦い

 1331年 元弘の乱 楠木軍500vs★鎌倉幕府1万

 楠木正成は下赤坂城に籠城し、幕府の包囲にゲリラ戦で1ヶ月以上抵抗した。城は陥落したものの、幕府楠木正成護良親王を討ち損ねた。

千早城の戦い

 1333年 元弘の乱 ★楠木軍1000vs鎌倉幕府2万5000

 千早城に立て籠もった楠木軍は幕府軍に包囲されるも、3ヶ月に渡って抵抗した。気が緩んだところを奇襲するなどの奇策で消耗した幕府軍は攻略を諦め、撤退した。

・船上山の戦い

 1333年 元弘の乱 ★後醍醐天皇軍150vs鎌倉幕府3000

 後醍醐天皇隠岐の島から脱出すると伯耆国武将名和長年挙兵し、隠岐守護佐々木氏攻撃した。名和軍は数百の軍旗を見せつけて威嚇する、暴風雨に乗じて攻撃するなどの戦法で幕府軍を破った。

応永の外寇

 1419年 ★対馬国600vs李氏朝鮮1万7000

 倭寇に悩まされた朝鮮はその本拠地と見なした対馬へ討伐軍を派遣するが、宗氏の抵抗に遭い撤退する。対馬側は100~200人、朝鮮軍は3000人ほどが戦死した。

ビルスの戦い

 1444年 旧チューリッヒ戦争 スイス軍1500vs★フランス軍3万~4万

 スイス軍チューリッヒを包囲したことにより、フランス戦争突入した。スイス軍は数で勝るフランス軍死闘の末に壊滅するが、フランス軍2000人の損害を被った。この戦いによりスイス人の勇敢さがヨーロッパ各地に知れ渡った。

土木の変

 1449年 ★オイラト軍3万vs明軍50万

 明の正統帝は自ら大軍を率いて、オイラトの征伐に向かう。しかし、食料配達の困難や大雨により明軍は士気が低下しており、そこをオイラトに奇襲された。明軍はほぼ全滅し、皇帝捕虜となった。

近世

九頭竜川の戦い

 1506年 戦国時代 ★朝倉軍1万5000vs一向宗30万

 越前制圧を目論む一向宗朝倉軍が九頭竜川を挟んで対峙朝倉軍は夜襲により一向宗撃退した。

セントラの戦い

 1519年 スペインメキシコ征服 ★スペイン軍410vsマヤ軍1万~4万

 征服コルテス率いるスペイン軍がマヤ大軍交戦マヤ軍はスペイン人の軍馬に恐れをなして敗北した。スペイン軍の犠牲わずか2名だが、マヤ軍は800の犠牲を出した。この戦いでコルテスは後の妻にして翻訳者としてアステカ征服に貢献するインディオ女性マリンチェを得た。

・オツンバの戦い

 1520年 スペインメキシコ征服 ★スペイン・トラスカ連合軍 7~800人vsアステカ軍4万

 アステカ軍はスペイン軍の侵略を一度退けることに成功した。その後、大軍を率いて追い打ちを試みる。しかし、初めて見る軍馬威力に恐れ戦き、指揮官を含む大勢戦死したため敗走した。この戦いの後コルテスはアステカを滅ぼした。

・プナの戦い

 1531年 スペインペルー征服 ★スペイン軍168vsプナ先住民3000

 スペイン軍がインカ帝国征服へ向かう途中、プナ島で先住民交戦するが、銃と馬の威力でこれを打ち破る。

・ディーウ包囲戦

 1538年 オスマンポルトガル戦争 ★ポルトガル軍600vsオスマン・クジャラー連合軍2万2000

 ポルトガル軍が連合軍に包囲されるも、3ヶ月の籠城戦の末にこれを退けた。ポルトガル軍の死傷者は40名に対し、連合軍の死傷者は3000名。

・スィゲトヴァール包囲戦

 1566年 ハンガリー軍2000~3000vs★オスマン10万~30万

 ウィーン遠征へ向かうトルコ軍クロアチア総督リンスキ率いるハンガリー軍を包囲。1ヶ月にも及ぶ激戦の末に防衛軍ほとんど全滅したが、トルコ軍にも2万人の犠牲者が出た上、スレイマン1世が陣没したため、撤退余儀なくされた。リシュリューはこの戦いを「文明が救われた戦い」と称えた。

今山の戦い

 1570年 戦国時代 ★龍造寺軍5000vs大友軍6万~8万

 佐賀城に籠城した竜造寺隆信を大友宗麟率いる大軍が包囲する。攻防戦は4ヶ月にも及び、落城は目前に迫ったが、大友軍が勝利確信して宴を催したところを奇襲し、これを破った。

木崎原の戦い 

 1572年 戦国時代 ★島津軍300vs伊東軍3000

 島津軍は数で勝る伊東軍を伏兵に背後を突かせることで破った。島津軍は275人が犠牲となったが、伊東軍は指揮官伊東祐安含む800人以上が戦死した。この戦いは後の島津軍の戦いにおいて参考にされ、九州制覇に貢献した。

信長第一回雑賀攻め

 1577年 戦国時代 雑賀衆2000vs織田10

 信長石山本願寺に味方する雑賀衆の討伐を試みるが、雑賀衆は1ヶ月にも及ぶゲリラ戦でこれを退け、両者の間に和睦が成立した。

天目山の戦い

 1582年 戦国時代甲州征伐 武田軍43vs★織田軍3000~4000

 織田軍に追い詰められた武田軍の最後の戦い。武田軍は奮戦虚しく壊滅し、武田勝頼は自害したが、織田軍にも900人近い死傷者が出た。

・沖田綴の戦い

 1584年 戦国時代 ★島津有馬連合軍6000vs龍造寺軍6万

 連合軍は数で勝る龍造寺軍を釣り野伏せで破った。この戦いで総大将竜造寺隆信は戦死した。

・岩屋城の戦い

 1586年 戦国時代 高橋軍763vs★島津軍2万~5万

 島津軍は筑前を攻めた際、高橋軍の籠城する岩屋城を攻略した。高橋軍は講話提案にも応じず、激戦の末に全滅した。島津軍は4500以上の死傷者を出した。

忍城の戦い

 1590年 戦国時代小田原攻め 成田2000vs★豊臣軍2万~5万

 石田三成ら率いる大軍忍城を包囲し、水攻めを行うも、成田軍はそれに耐え、北条氏が滅亡した後に降伏した。 

四川の戦い

 1597年 慶長の役 ★島津2000vs明・朝鮮連合軍10

 島津義弘率いる日本軍が明軍に包囲されるも、これを返り討ちにした。日本軍の勝因として、鉄砲使用したこと、明軍の食料庫を焼くことで短期決戦に持ち込んだこと、連合軍の統制がとれなかった上に圧倒的な兵力差故に慢心していたことが挙げられる。

田辺城の戦い

 1600年 戦国時代 東軍500vs★西軍1万5000

 田辺城に立て籠もった東軍西軍が包囲するが、東軍には文化人細川幽斎が居たため、西軍積極的な攻勢が出来ず、2ヶ月ほど釘付けになった。最後後陽成天皇の命で開城したが、西軍関ヶ原の戦いには間に合わなかった。

・第二次上田合戦

 1600年 戦国時代 西軍2500vs東軍3万8000

 関ヶ原へ向かう徳川秀忠指揮下の東軍真田昌幸率いる西軍交戦した。足止めを食らった東軍関ヶ原に間に合わなかった。

・リオ・サン・フアン・デ・ニカラグアの戦い

 1762年 七年戦争 ★スペイン100vsイギリス軍2000

 イギリス軍ニカラグア処女降誕要塞を包囲するが、スペイン軍は19歳の少女ラファエラ・エレーラの指揮下で奮戦し、砦を守り抜いた。

近代

アラモの戦い

 1836年 テキサス独立戦争 テキサス200vs★メキシコ軍4000

 当時メキシコ領であったテキサス移住したアメリカ人メキシコに対して反乱を起こした。アラモ砦に籠城したテキサス軍はメキシコ軍の包囲に対し13日間持ちこたえた末に全滅した。

 参考作品アラモジョン・ウェイン監督)」

・雨花台攻略

 1862年 太平天国の乱 ★湘軍2万vs太平天国20

 湘軍によって要塞化された雨花台を太平天国軍が5ヶ月にわたって何度も攻撃するが、落とせず1万の兵力を失った後に攻略を諦めた。

・第二次サビーネ・パスの戦い

 1863年 南北戦争 ★南軍50vs北軍5000

 サビーネ湖とメキシコ湾を繋ぐサビーネ・パス防衛する南軍北軍攻撃を受けるも、これを撃退する。北軍100名が死傷し、350名が捕らえられた。

カマロンの戦い

 1863年 ナポレオン三世メキシコ出兵 フランス外国人部隊65vs★メキシコ2000

 65名の外人部隊現金300万フラン輸送する部隊の護衛を任されていた。メキシコ軍の大軍の前に破れ、43名が戦死、19名が捕虜となったが、輸送部隊目的地へ現金を届ける事が出来た。

・ロルクズドリフトの戦い

 1879年 ズール戦争 ★イギリス軍150vsズールー軍3000~4000

 ロルクズドリフト伝道所跡に築かれたイギリス軍の砦をズールー族の大軍が襲う。イギリス軍は2日間の激戦に勝利し、ズールー軍は800名以上の死傷者を出した。

・アブ・クレアの戦い

 1885年 マフディーの乱 ★イギリス軍1100vsマフディー軍1万2000

 ゴードン将軍の救出に向かうイギリス軍とマフディー軍が激突し、マフディー軍は1100人の死傷者を出して敗北した。

・アブ・クルの戦い

 1885年 マフディーの乱 ★イギリス軍1200vsマフディー軍1万4000

 ゴードン将軍の救助に向かうイギリス軍がマフディー軍と交戦し、勝利した。マフディー軍の損失は明らかではないが甚大であるとされる。

現代

盧溝橋事件

 1937年 日中戦争 ★日本軍5600vs中国軍10

 盧溝橋付近日本軍の夜間演習中に日本兵一人が行方不明になる。日本軍がこれを理由中国軍攻撃し、破った。この事件が熾烈な日中戦争きっかけとなった。

タラワの戦い

 1943年 太平洋戦争 日本軍2600vs★アメリカ軍3万5000

 タラワ環礁ベティオ島を防衛する海軍部隊アメリカ海兵隊が激突した。島は3日で陥落し、守備隊は玉砕したが、米軍も3000人が死傷し、軍への志願率が一時的に減少した。

・拉孟の戦い

 1944年 日中戦争 日本軍1300(うち傷病兵300)vs★中国軍2万

 日本軍中国軍が3ヶ月にわたって交戦し、日本軍が全滅した。中国軍8000人が死傷した。

・騰越の戦い

 1944年 日中戦争 日本軍2800vs★中国軍5万

 日本軍中国軍が3ヶ月にわたって交戦し、日本軍が全滅した。中国軍は2万人が死傷した。

アンガウルの戦い

 1944年 太平洋戦争 日本軍1250vs★アメリカ軍2万1000

 日本軍歩兵第59連隊第1大隊守備するアンガウル島をアメリカ軍第81歩兵師団攻略した。1ヶ月以上にも及ぶ激戦の末に日本軍玉砕したが、米軍2000人死傷した。

 参考作品英霊の絶叫(船坂弘著)」

・一江山島戦役

 1955年 第二次国共内戦 国民党軍700vs★共産党軍7000

 人民解放軍が一江山島に侵入、2日で占領した。台湾軍は全員が戦死するか、捕虜となったが、解放軍にも2000人の死傷者が出た。

・ロングタンの戦い

 1966年 ベトナム戦争 ★オーストラリア軍108vsベトコン2500

 ベトコンオーストラリア軍を襲撃するも、撃退された。オーストラリア軍は42名、ベトコンは600名が死傷し、双方が勝利を主張した。

 参考作品デンジャー・クロース 極限着弾(クリフ・ステンダーズ監督)」

・ロンゲワラの戦い

 1971年 第三次印パ戦争 ★インド軍120vsパキスタン軍2000

 ラジャタンのロンゲワラ村でパキスタン軍インド軍守備隊が交戦インド軍航空機支援を得て、パキスタン軍を破った。パキスタン軍の死者200名に対し、インド軍の死者は2名ほどであった

モガディシュ戦闘

 1993年 ソマリア内戦 ★多国籍軍160vsソマリア民兵2000

 アメリカマレーシアパキスタンからなる多国籍軍が、民兵リーダーであるアイディード将軍の側近二人を逮捕すべく派遣され、民兵交戦状態になった。民兵は数百人が死傷し、多国籍軍目的を達成したが、100名以上が死傷した。

 参考作品ブラックホーク・ダウン(リドリー・スコット監督)」

  

 

2021-04-05

anond:20210405080036

○○リアンってどういう意味なんだろうって思ってググったら

元になってるバタリアンってのが英語で「大隊」や「大群」の意なんだって

烏合の衆って意味合いを感じさせる侮辱言葉なんすかね

2021-03-22

注目エントリこち

九、ジョバンニの切符きっぷ

「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオ観測所です。」

 窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイア黄玉パースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。

「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき

切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌ちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。

「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さなねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着ポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。

「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。

何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。

「よろしゅうございます南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。

 カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。

「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」

何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。

「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。

 ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。

「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラぼんやりそう云っていました。

「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」

「ああ、僕もそう思っているよ。」

「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。

何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラ不思議そうにあたりを見まわしました。

「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。

 そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。

「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。

「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。

 それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。

「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。

「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたし大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」

「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」

「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」

 泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。

わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年男の子ぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分だんだん顔いろがかがやいて来ました。

あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。

「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学はいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのときにわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」

 そこらからさないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。

(ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。

「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上り下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」

 燈台守がなぐさめていました。

「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」

 青年が祈るようにそう答えました。

 そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。

 ごとごとごとごと汽車きらびやか燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっとうからときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。

いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。

「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。

「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」

 青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。

「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」

 ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラ

ありがとう、」と云いました。すると青年自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。

 燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。

「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」

 青年はつくづく見ながら云いました。

「この辺ではもちろん農業はいしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束くそくになって居おります農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」

 にわか男の子がぱっちり眼をあいて云いました。

「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」

「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。

ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」

 姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。

 二人はりんごを大切にポケットしまいました。

 川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。

 青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。

 だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。

「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子叫びました。

からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なくしかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。

「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。

 向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。

 そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音もも汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。

「あ孔雀くじゃくが居るよ。」

「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。

 ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。

「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。

「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず

カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。

 川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗おろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラ指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまり鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わずからからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。

「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。

「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。

「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。

「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。

「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。

わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。

(どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(あ Permalink | 記事への反応(0) | 22:20

2021-02-22

いま何次(世界大戦)ッ?!

そうね、大隊

2020-11-30

マイケル・フリン将軍トーマスマキナニー将軍へのインタビュー

 これはマイケル・フリン将軍トーマスマキナニー将軍へのインタビューしたニュース放送からビデオの約41分30秒からの箇所を訳したものです。

https://www.worldviewweekend.com/tv/video/wvw-tv-exclusive-lt-general-michael-flynns-first-interview-president-trumps-pardon

 マキナニー将軍は、第305軍事情報大隊および他の米国諜報機関から受け取った情報に基づいて、次のことを確認しました。

 CIAにはHammerand Scorecardと呼ばれるソフトウェアがありました(これは他の国の選挙操作するためにCIAによって作成されたソフトウェアです)

 オバマ大統領は、米国市民政治的の敵に対してハンマースコアカード使用しました。それは過去米国選挙に影響を与えるために使用されました。

 Dominionソフトウェアは、HammerおよびScorecardソフトウェアに基づいて作成されました。

 米国特殊部隊は実際、ドミニオン/ Scytl / CIAソフトウェアデータが保存されていたドイツフランクフルトにあるCIA基地または施設を襲撃しました。

 米国特殊部隊CIAとの間で銃撃戦がありました。米国兵士CIA準軍組織との戦いで死亡。

 米国特殊部隊(およびおそらく米国連邦捜査官)はサーバー押収し、トランプに忠実な連邦法執行機関および/または諜報機関(言い換えれば、国と米国憲法擁護するもの)がそれを確保しています

 弁護士シドニーパウエルは、米陸軍第305軍事情報大隊から情報を入手していますシドニーが「クラーケンを解き放つ」と言ったとき彼女マスコットが「クラーケンである第305ミリタリーインテリジェンス大隊のことを指していたのです。

 シドニーは、不正選挙に関して法廷提示する証拠のことを言っていたのではありません。彼女は、第305大隊言及していたのです。

 トランプ大統領に恩赦を受けたマイケル・フリン将軍は、第305ミリタリーインテリジェンス大隊担当した陸軍将軍であり、彼からシドニーパウエルドミニオン/ Scytl / CIAソフトウェアについての情報を入手しました。

 この電話インタビュー中で、マキナニー将軍は、ジョー・バイデンナンシー・ペロシオバマ大統領、およびアダム・シフ下院議員が、米国政府の転覆の試みに関与したと、すなわち、米国に対する「反逆」を行なったと非難しました。

 国家反逆罪懲役または死刑によって罰せられます

 米国司法省(おそらくトランプ大統領の承認を得て)は、死刑方法として数日前にガス室または銃殺隊の使用承認しました。この承認は、反逆者へのメッセージなのです。

2020-01-08

anond:20200108202038

終戦前に書類を焼却し

同じ大隊の仲間が証言してくれないと軍人恩給を受け取れない制度にして

これで慰安婦やチン毛ファイヤー証言をする奴も居なくなる

2019-11-24

anond:20191124161452

日本兵が島民を殺す 久米島戦争

「一番最初に殺されたのは、郵便局の局員で電信保守仕事をしていた安里正次郎という沖縄本島出身者です。朝方道を歩いている時にアメリカ兵隊に捕まり、『鹿山隊長降伏勧告状を届けろ』と依頼されたわけです。持っていかなければ殺される。もちろん日本軍も怖いんだけど、あれは友軍だから殺すまではしないだろうと考えたんでしょう。ところが安里さんは、敵の手先になったとして、鹿山隊長殺害されたのです。銃殺でした」

鹿山隊が住民虐殺に至る経緯として、次のような背景がある。1945年6月13日米軍の偵察大隊久米島上陸した。そして現在空港の近くの北原地区に住む比嘉亀さん宅に侵入し、亀さんと宮城栄明さんの家族拉致する事件が起きた。しばらく経った6月29日、鹿山隊は米軍拉致された人々をスパイとみなし、(米軍から)戻されたことを軍に知らせなかったとして、比嘉さんと宮城さんとその家族さらには北原区長だった小橋川共晃さん、警防分団長ら9人を銃剣で突き殺し、さらガソリンをまいて家ごと焼き払った。これはこの事件で気が動転した兵士が逃げ出し、村人に証言している。

2019-11-09

敗戦直後の日本を美化したアメリカ製ゲームってあるのかな

韓国人日本統治時代に抱く感情について考えてみたのだが、占領期~50年代米軍の振る舞いについて日本人が抱く感情がそれにかなり近いのではないだろうか。

良く知られていることではあるが、敗戦後の日本には現在沖縄のように米軍基地があちこちにあり、各地で米軍兵士が軽ふざけで日本人殺害していた。

そのような時代背景を無視して、アメリカ会社敗戦直後の日本を美化したゲームを売り出したらムカッとする日本人も出てくるだろう。

いま韓国で怒っている人たちがいるのはそのような理由からだと思う。

1957年昭和32年1月30日、薬莢を拾う事を目的に演習地内へ立ち入った日本人主婦(当時46歳)に対して、主婦の背後から第1騎兵師団第8連隊第2大隊ウィリアム・S・ジラード三等特技兵(当時21歳、イリノイ州オタワ出身[1])がM1ガーランド装着のM7グレネードランチャーで空薬莢を発射し、主婦即死する事件が発生した。目撃者証言からジラードが主婦に「ママサンダイジョウビ タクサン ブラス ステイ」と声をかけて、近寄らせてから銃を向け発砲した可能性があることがわかるとアメリカへの批判の声が高まり社会現象となった。

ジラード事件 - Wikipedia

当時茨城県にあったアメリカ水戸対地射爆場(現・ひたちなか地区から離陸したL-22連絡機が上昇せず、滑走路東端から500mはなれた道路自転車走行していた親子に機体が接触し、母親(当時63歳)は胴体を切断され即死、息子(当時24歳)も腹部に重傷を負った。

この異常な離陸についてアメリカ軍側は異常高温による熱気流が原因の不可抗力による事故であるとした。しかし、地元ではアメリカ軍のパイロットがわざと低空飛行を行い通行人を驚かしていたことが度々あったと主張し、今回の事件は同様なイタズラをしようとして不幸な結果を招いたとしていた。

米軍機母子殺傷事件 - Wikipedia

事件は1958年9月7日に起きた。狭山市などにあった米軍ジョンソン基地(78年返還現在航空自衛隊入間基地)で、警戒監視任務に当たっていた3等兵=当時(19)=が基地内を通過する西武池袋線電車に向けて発砲。1両目に乗っていた武蔵野音楽大の男子学生=当時(22)=が被弾し、死亡した。3等兵の名から「ロングプリー事件」と呼ばれている。

電車に発砲…米軍事件相次いだ本土 沖縄に基地集中、進む風化 | 共同通信

2019-10-24

anond:20191024141737

一等級コメと魚だろ

庶民食堂で食ってる米と値段が10倍違うんだろう

専用の警備隊大隊規模でいて

専用の医者がいて

執事がいて

会社創業者自分で稼いだ金なら勝手にやれだけど国民からむしり取った金だから

2019-06-24

anond:20190624161626

不審船の乗組員は基地の中で今も生きている

将軍様交渉がばれると連中が残した家族が殺されるから自爆したことにした

報道されている映像は本物の船を爆破して映像を作ったもの映画作成大隊が作った

2019-06-17

イエメン情勢

こんにちは、皆さんが一切興味がないであろう話をします。

2014年から今にいたるまでイエメンではずっと内戦をしています。この内戦にはサウジアラビアUAEイランが関与しており、現在中東情勢理解するためにはこの内戦概要を掴む必要があります。なのでその話をします。

イエメンでは以下の勢力内戦をしています。すなわち

です。大まかにいって国土の北西地帯をフーシ派が、南部東部をハディ派が支配していますイエメン部族社会という色が濃く、各部族はそれぞれに思惑をもって活動しており、フーシ派にもハディ派にも属さないという地域も増えてきています

内戦の背景について理解する必要はあまりありません。部族の利害や宗派の違いといったものから発生する、正直いってしまえばよくあるアレです。ではそのよくある内戦がなぜ泥沼化しているのか、そして何故誰も知らない戦争になっているのかを簡単説明したいと思います

内戦きっかけはフーシがイエメン首都占拠クーデター成功したことです。これにより当時大統領を務めていたハディは首都を追われ、サウジアラビア亡命しました。サウジアラビアはこれに危機感を抱きました。なぜならサウジアラビアスンニ派勢力事実上盟主であり、イラン以下のシーア派勢力敵対しているからです。イエメンサウジアラビア国境を接しており、ここに親イラン勢力が根を張ることはサウジ安全保証根本的に脅かすと懸念されたわけです。そして実際その懸念現実のものになります

サウジUAE連合しハディ元大統領支援に乗り出します。サウジUAEは優勢な空軍力を活用しフーシ派から南部要衝アデン奪回することに成功します。そしてここにハディ大統領傀儡として送り込み、フーシ派討伐に乗り出します。これが 2015 年 7 月までの流れ。

しかサウジの勢いがよかったのはここまでの話で、以後内戦は泥沼化の一途を辿ることになります。泥沼化の理由として以下の要因が挙げられます

要素毎に説明していきます

まずハディ派やサウジ空軍が弱いという問題についてです。一般にいってアラブ軍隊は非常に弱いのです。それはなぜかというと、クーデターを恐れるあまりにまともな訓練をつめておらず、特に大隊以上の連携の訓練などはろくにおこなわれていません。

例えば、空軍力を適切に発揮するためには地上の部隊との高度な連携必要です。地上の部隊空爆目標地点を捜索し、適切に爆撃機誘導してやらなければ効果的な爆撃はできません。また、航空偵察の成果を総合的に検討して情勢を判断する高度な情報組織も求められます。そういった高度な機能サウジ空軍には備わっていません。では、サウジアラビアはこの問題をどのように解決していたかというと、大量の物量を投入して無差別爆撃を繰り返すという方法解決をしようとしました。これには二つの問題があります。まずは人道上問題です。実際サウジはこの問題で 2018 年ごろから大きな非難をうけるようになり以後無差別爆撃封印しています。そしてこちらの方がより実践的な問題なのですが、コストパフォーマンスが極度に悪いという問題がありますいくらサウジ油田をもち金満国家からといって爆弾をあまりにも大量に無駄弾にしていれば負担になります。あまり知られていないことですが、実際サウジアラビア中国について世界三位軍事費支出大国になっています。これは上記のような非効率作戦が原因で、サウジアラビア財政は痛みつつあります(そうしたサウジの苦境を悪用しているのが孫正義というわけです)。

ハディ派の弱さについては、元々弱いとかそもそもサウジ傀儡でありそこまでやる気がないとかそういったこともありますが、また別の事情もあります。その別の事情というのは「フーシ派は強い」という問題と裏返しでもあるのです。

それはつまりどういうことか。フーシ派はあくまでも奪う側であり、ハディ派は守る側であるということです。ハディ派はもともとの正統政府ですからイエメン国土財産防衛する戦いを展開する必要があります。一方フーシ派の根本地方の小さな民兵組織ですから「守るべき既存リソース権益」を持っていません。なので彼等はハディ派と戦うにあたって都市がどれだけ破壊されようが民間人にどれだけ死者がでようが一切考慮することがありません(宗派も違いますし)。こうした姿勢の違いは戦闘力の違いに直結し、地上戦闘でハディ派がフーシ派を圧倒するという局面は初期におけるアデン奪還作戦以外で殆ど見られません。

ハディ派は強いフーシ派を攻撃するにあたって、地元部族を懐柔しフーシ派を攻撃させるといった戦法をとることがありますが、フーシ派はこうした敵対部族容赦なく殲滅してしまます

また、フーシ派が山岳民族的性質もつという点も重要です。一般に山岳民族というのは強いものです。グルカ兵などの事例にもある通りです。また、山岳民族である彼等は平地民との価値観をあまり共有しておらず、そうした点も彼等の強く残酷な戦い方を支えているだろうと思います

次にUAE背信という問題についてです。サウジ国内ではこの点がかなり問題視されているようです。UAE内戦介入開始当初からイエメン侵略を目論んでいました。ハディ派首都アデンでもUAE特殊部隊がうろついているだとか、イエメン南部離島ソコトラ島UAE侵略領土事実上組み込んでいるといった話がありますUAEのこうした態度は情勢を著しく混乱させ内戦を長引かせる要因になっています。またサウジ内では「UAE漁夫の利を得るために内戦の泥沼化を積極的に目論んでいる」といった観測もあるようです。

そしてイラン革命防衛隊の介入という問題ですが、上記の通り内戦の初期においてイラン革命防衛隊はあまりイエメン内戦に興味をもっていませんでした。しかサウジUAEによる介入が頓挫すると革命防衛隊による介入が本格化しはじめます。すなわち、フーシ派の占領地域拠点にしてサウジアラビア領土への直接攻撃企図しはじめたのです。このことの背景を理解するためには、イラン革命防衛隊という組織の成り立ちを理解する必要があります。先述の通りアラブではクーデーターを抑えるために軍を弱くするのが普通統治法です。これには例外がいくつかあり、たとえばエジプトでは軍が国家統治しているのでクーデーターの心配は少ないので精強な軍を維持することができていますイラン例外の一つで、イランはかなり独創的な方法でクーデーターを防止しながら軍を強化することに成功しました。それはすなわち

というものです。一つ目の対策については軍の指揮権天皇に直属させた大日本帝国軍とほぼ同様のものと言えます。故に、日本軍と同様のデメリットが生じることにもなりました。創業の功臣と君主が存命の時代は彼等のバランス感覚によって軍を適切に維持することができたのですが、君主が交代し創業世代もいなくなると軍を誰も統制できなくなってしまったのです。ようするにホメイニ明治天皇ハメネイ昭和天皇理解すればよいわけです。

二つ目対策について、革命防衛隊をつくるにあたって「イラン防衛ではなくイスラム革命防衛革命の輸出」を任務と定めてしまたことが問題になりました。彼等は事実上の外征軍となり、中東各所で怪しげなテロを繰り返す組織になってしまったわけです。さらにタチが悪いのが革命防衛隊が軍の能力を流用し建設会社物流企業を多数直接経営しているという点です。これにより、彼らは財源や物資の点でも政府への依存殆どなくなり極めて独立性の高い組織になっていますイラン政府の財源はかなりの部分石油に負っていますから政府本質的には戦争回避しようとします。一方建設業により資金を得る革命防衛隊にしてみれば石油産業が停止したところで知った話ではないので積極的に「革命の輸出」を手掛けるというわけです。

こうした性質もつ革命防衛隊イエメンに介入を開始すると積極策を採用することになるのは自明のことでした。イエメン派遣された革命防衛隊ほとんど中央の統制を受けていないと見られており、これは要するに日本軍における関東軍匹敵します。

こうした情勢のなかでイエメン内戦象徴する戦いであるホデイダ攻防戦がはじまります。ホデイダイエメン有数の港湾都市で外部から物資の輸入をほとんどひきうけています。この都市占拠することはすなわち外国物資を全てコントロールするということでフーシ派もハディ派もこの都市の攻防に全力を投入することになります内戦当初からこの都市はフーシ派が支配しており、ハディ派はサウジアラビア支援のもとなんとかこの都市を奪還しようと試みました。ホデイダの攻防が本格化したのは 2017 年ごろからで、以後ホデイダは激しい戦火に見舞われ物資の輸入は途絶えイエメンでは難民が大量に発生することになります

先述のとおりハディ派は弱く、サウジアラビア軍は動くものはなんでも爆撃する式の粗雑な無差別爆撃を加えることでなんとかフーシ派に対抗するといった情勢が続きました。こうしたフーシ派有利の情勢をみたイラン革命防衛隊2017年末ごろより弾道ミサイルをフーシ派に供与(といっても操作する人員革命防衛隊から派遣していたことでしょう)しサウジアラビア国土への直接攻撃を開始します。

こうした事態に至って危機感を表わにしたサウジ軍は 2018 年にはいってさらに爆撃を強化しますが成果はあがりません。そして彼らはついに致命的な誤爆事件をおこします。サウジ軍はスクールバス誤爆し何十人もの子供を死亡させてしまうという事件をおこしてしまったのです。これにはさすがに各国から非難が止まず以後サウジ軍は爆撃の対象前線ではなく後方のフーシ派の基地に切り替えることになりますが、これによりホデイダ攻防におけるフーシ派の勝利事実上確定しました。

2018年末ごろより国連によるホデイダ停戦工作が開始されます停戦調停中にも激しい戦闘応酬が続きますがフーシ派有利という情勢は変化せず、国連監視団は「フーシ派の勝利」という現状を事実上認める形の停戦を成立させました。これが去年末から今年4月ごろの話。

こうした状況のなかで革命防衛隊はあらゆる手段サウジアラビア国土への直接攻撃を続けていました。その攻撃の主力となったのが弾道ミサイルドローンによる空爆です。弾道ミサイルによる空爆サウジアラビア首都リヤドにも降り注ぎ100人以上の民間人犠牲になっていると報じられていますドローンについては、クアッドコプターのようなものではなくジェットエンジンを積んだ比較的大型の爆撃機で500kg程度の爆弾を積載し 300km の半径を攻撃できるとされています。これによる精密爆撃はイエメン内部でも利用され、ハディ派側の軍幹部ドローン爆撃によって多数殺害されるといった事件も起きています

そしてホデイダにおけるフーシ派の勝利が確定すると、フーシ派は国連との合意にもとづきホデイダから兵力の引き抜きを開始します。少数の警備兵力を「憲兵」と偽ってホデイダに残置するとフーシ派は主力をサウジアラビア侵攻にふりわけます。これが今年の 4 月から今にかけての話で、フーシ派とイラン革命防衛隊の猛攻をうけてサウジアラビア/イエメン国境要衝都市ナジュラーンが陥落寸前であると報じられています。またサウジアラビア空爆にあたってあらた巡航ミサイルによる爆撃も開始され、先日のサウジ南部空港爆撃ではインド人など外国人にも負傷者がでています

今、サウジアラビアは確実に敗北しつつあります







ではこのような酷いことになっている内戦がなぜあまり知られていないかというと、田舎内戦など誰も興味がないという問題もあるのですが、サウジの劣勢というのもその原因です。というのもサウジアラビア北朝鮮以上の独裁国家、統制国家なので自国イラン勢力との戦争で敗北しつつあるという事実隠蔽しているわけです。「イランの爆撃により100人以上の犠牲者がでている」という事実最近になってようやくサウジ政府メディアによって報じられました。以前は「イランミサイル迎撃した」だとか「フーシ派に猛爆撃を加えて戦果をあげた」だとかいった威勢のいい情報が散発的に報じられているだけでした。今少しづつですが苦境の真実サウジアラビア側が報じるようになってきています。それだけ事態悪化を隠せなくなったということでもあり、また危機感を醸成しようという思惑もあるのでしょう。

更に加えてですがサウジアラビアには「事態をこれ以上大事にしたくない」という思惑があるようにも見えます現在おきていることは事実上サウジアラビアイラン革命防衛隊総力戦」なのですが、サウジとしてそれを認めてしまうとイラン本土とも戦わなくなければなります。「イエメンのフーシ派という軍閥との小さな戦い」というフレームを維持することでなんとか大事にせずどうにかしてフーシ派だけを倒したいという希望が、事態矮小化させ報道管制するインセンティンブになっているように思われます

サウジのこの失態をみて「イエメンサウジベトナム」と評する人もいます。ただベトナムのように「やらなくていい戦争で消耗している」というよりは「強力なイラン革命防衛隊とフーシ派の前になんとか国土防衛しようとしている」というのが実態としては近いのではないでしょうか。

2019-06-13

anond:20190613160433

久米島守備住民虐殺事件

ハイ論破

「一番最初に殺されたのは、郵便局の局員で電信保守仕事をしていた安里正次郎という沖縄本島出身者です。朝方道を歩いている時にアメリカ兵隊に捕まり、『鹿山隊長降伏勧告状を届けろ』と依頼されたわけです。持っていかなければ殺される。もちろん日本軍も怖いんだけど、あれは友軍だから殺すまではしないだろうと考えたんでしょう。ところが安里さんは、敵の手先になったとして、鹿山隊長殺害されたのです。銃殺でした」

鹿山隊が住民虐殺に至る経緯として、次のような背景がある。1945年6月13日米軍の偵察大隊久米島上陸した。そして現在空港の近くの北原地区に住む比嘉亀さん宅に侵入し、亀さんと宮城栄明さんの家族拉致する事件が起きた。しばらく経った6月29日、鹿山隊は米軍拉致された人々をスパイとみなし、(米軍から)戻されたことを軍に知らせなかったとして、比嘉さんと宮城さんとその家族さらには北原区長だった小橋川共晃さん、警防分団長ら9人を銃剣で突き殺し、さらガソリンをまいて家ごと焼き払った。これはこの事件で気が動転した兵士が逃げ出し、村人に証言している。

2019-05-27

戦争は女の顔をしていないを読むための副読本

軍医エフロシーニヤ・グリゴリエヴナ・ブレウス大尉の話が公開された。

もともとミリオタなのでソ連独ソ戦はそれなりに知識があるけど、さすがに30年近く前になくなったソ連のことだと日本の読者はしらない事も多いんじゃないかな?原作旧ソ連の人向けで特に用語とかの解説もないし。

1941年の夏と言えば、まさに独ソ戦が始まった時。

レニングラードといえば900日近くの包囲された街。

スターリングラードスモレンスククールスクなんていわれてもピンと来ないよね?

今回の東プロイセン攻勢やロコソフスキー元帥なんかも説明いるよね?

政治将校と言われてもなんのことやらじゃない?

微妙に楽勝っぽい東プロイセン攻勢は同時期の沖縄戦なんかと比べて連合軍の死者が沖縄ではせいぜい2から3%なのに対し、10%近い死者を出してる。

コムモールやピオネールどころかコルホーズもよくわからんという人も多そう。

そう言えば、ライフル自分身長よりも長いという描写もあるけど、当時のライフル銃は120cm近くある大型のもので、通常時は銃剣をつけたままなので特におかし表現ではない。

あ、そういえば自動走砲大隊って、でてきたけどこれなんだろ?自走砲のことかな?と思ったけど、別の箇所には普通に自走砲ってあるし。

と話が脱線したが、そういう前提知識仕入れる本ていいのあるかな

速水螺旋人津久田重吾 の「いまさらですがソ連邦」はかなりいいところ行ってるかな?今なら kidle で prime 会員なら無料で読めるよ!

でも表紙で旗を持ってるピオネールの少女がでかでかと載ってるけど、ピオネールやコムモール速水螺旋人イラストコラムで軽く触れてるだけだったかな?

独ソ戦自体となると、「どくそせん」はミリオタミリオタ向けに書いた本と言う感じだし、手頃でこの一冊と言うのは浮かばないな・・・なんかいいのある?パウル・カレルを21世紀の今勧めるのはないし。

2019-03-15

マクロスフロンティア劇場版を見た(後)

anond:20190315022042 の続き。

劇場版マクロスFサヨナラノツバサ

ストーリー

本当にTVからガラッと変わった。途中まで、ギャラクシー侵入作戦が始まるところまではだいたい同じだった。しかし正直なところ名前髪型クーデターに失敗する噛ませ犬だと舐めていたレオン三島まさかここまで有能であったとは。TVから反省会を繰り返したのか三島よ。本作におけるTV版との分岐点はできる三島とついに人の心をインストールしたグレースである。まあ最終的にやっぱり三島死ぬけど。

そして何より本質的な違いは二つ。オズマによる自分を演じることへの肯定と終盤のランカシェリル役割の裏返り。この二つの変更点により驚くほどすんなりとシェリルメインヒロインに固定された。

劇場版役割と設定が整理されストーリー単純化したことで、TV版の中盤までの流れ(病に弱るシェリルシェリルに惹かれるアルトスターダムを駆け上がるランカから終盤への流れ(シェリル行方不明ランカからアルトへの告白)が一気にスムーズになった。というかTV版でも密かに思っていたけど、明らかにアルトくんシェリルのこと好きだよね!そうじゃないといくらなんでも終盤のあの展開はないよね!!つまりあの矢三郎めがいなければ(主にシェリルが)あそこまで苦しむことはなかったのだよ!!!

ちなみに好きなシーンは、アルトに会えなくなってもいいのかと優しく問うグレースと答えに詰まるシェリルアルトの病室での包丁を巡る不器用な二人のやりとり(イチャイチャ)、放課後オーバーロウイントロに合わせて閉まっていくマクロスクォーターの外装。

ところで劇場版ではオミットされたTV版終盤でのランカシェリル:バジュラと交感できる声をしているせいでミンメイの再来と政治的に担ぎ上げられ生体兵器としての運用に疲れていくランカ、病に犯されながらも自分にできる最大のこと(ランカの代わりに死を覚悟して歌う)を選ぶシェリル、という無駄に重い展開も増田はかなり好き。特に歌ったら死ぬことに気づいているから最終決戦の前にアルト恋人ごっこは終わりと告げる(= 強がる)シェリルとそれを聞くアルトのシーンがとても好き。そういえば劇場版はこの「今は答えないで。歌えなくなってしまうから」部分はランカセリフになっていたな。どっちのシチュエーションでも振られる流れだよなあ。

バルキリー

冒頭のバジュラの巣の攻略大気圏内でのマクロスクォーターサーフィンマニューバ、やたらと陽気で軽そうだがシリーズファンからするとこれ以上ない安心感が得られるYF-19からの声、S.M.S大隊によるマクロスキャノン斉射、そしてアンタレス1との熾烈なドッグファイトなどなど見所だらけだった。増田が一番グッときたのは、実はバジュラの巣攻略戦での隧道内のブレラの操縦テク。このシーンは狭い隧道を先行するブレラをアルトが追いすがるという形なのだが、驚くべきことに狭い上にバジュラも向かってくるのに、ブレラは一度も変形を行っていない。可変戦闘機バルキリーセオリー様式美ともいう)通り、垂直方向への移動や複数体のバジュラの掃討にガウォーク変形で対処し即座にファイターへの変形で高速移動を行うアルトに対して、ブレラはファイター形態のままインプラント特有反応速度をもって、機首の向きをわずかに調整することでノンストップでバジュラの殲滅と移動を行うのだ。マクロス様式美否定するような非常に地味ないぶし銀描写がよかった。

三角関係!決着!

TV版の不満点であった超時空二股エンド。アルトくんはっきりせいやと前の感想に書いたが、劇場版ではズバッとアルトくんの男らしい告白三角関係に決着がついた……ついたのだけど……ついたのだけど、だけど、

思いが通じ合って両思いになった恋人たちが次の瞬間に離ればなれになるなんて、そんなことは望んでなかった!

ただ思い合う二人がイチャイチャしているところを見たかっただけなのに……

初見ときはこのエンディングで完全に固まった。そしてエンドロールの「dシュディスタb」(願いは叶うとヒロインズが歌う)を聞いてすわビターエンドの先のハッピーエンドかと沸き立ったのだが、生命維持装置に繋がれて昏睡しているシェリル脳内想像ライブという可能性に思い当たりより消沈した。しばらくアルトシェリルのことを愛している設定でTV世界に戻ろうかと考えていたのだが、絶対に救いはあるはずだと考えて二週目へ。そしてなんとか一つのこじつけに思い当たった。

そう、眠り続けるシェリルは眠り姫のモーチフであり、王子様(アルト)のキスで目を覚ますのが必然であるのだ。TV版ではシェリルランカの両方から唇(一部R18)を奪われていたアルトであるが、運命付けられたように劇場版ではシェリルにされた頬へのキスしかない。これはもうそういうことだろう。運命だよ。よって増田の中では、アルトくんが(アイくんとかで)なんとかしてフロンティアシェリルのもとへ戻ってきてシェリルの目を覚ましたあと、二人で幸せになることが確定しました。多分アルトの病室での一幕のように互いにからかいあってイチャイチャするのだろう。よかった……。

サヨナラノツバサでも「禁断のエクシリアからまり、二人の掛け合いと会場のバタバタ具合が楽しいGet it on光速クライmax」、めちゃめちゃイントロが格好よく演出もパーフェクトな「放課後オーバーロウ」、そしてエンディングお祭り「dシュディスタb」と素晴らしい曲ばかりである。ただ、劇場版代表する曲となると「ダイアモンドクレバス」だろう。イツワリノウタヒメでのバジュラを呼び寄せてしまたことや、ギャラクシー軍のミッション開始の合図だったこと、墜落したフロンティ教会跡など劇中の要所で美しくも悲しいこの歌が効果的に使われていた。

それから見ていて気になったのがライブ演出演出といってもすごく手のかかったCGの方ではなくて(これもすごかった)客席の後ろからステージを映すカメラワークカメラ歌手を追うPV型ではなく観客との一体感を深めるライブ型の演出選択したのは興味深い。ミュージックシーンがPV中心からライブ興行中心へ転換しつつあったことと関係しているのかもと考えた。なお増田PCモニターで見たからそこまで臨場感はなかったのだけど、当時劇場で見た人は自分ライブに参加している感覚を味わえたのだろうか。またサイリウムなどを持ち込んで応援上映のようなことができたのだろうか。

そしてもう一つ気になったライブアルカトラズ刑務所での「星間飛行からの流れ。何と言っても慰問ライブに参加していた/できなかった囚人たちが声を合わせてこの歌を合唱するのだ。正直はじめはなぜランカ中島リーさん以外の声を入れてせっかくの星間飛行邪魔するのかと思った。ただ、よく考えるとランカリー星間飛行を聞きたいのならばCDPVなりを聞けば良いことに気がつき、そこでようやくこのシーンがマクロス伝統である歌の力を素朴な形で描写していることに気がついた。

増田理解としてはマクロスメカニズムというのは武力と歌の相互補完にある。武力では暴力は防ぐことができても心(世界)を変えることはできない。歌は心(世界)を変えることができるけど暴力に対しては無力。しかしその二つが合わさることで等身大人間奇跡を起こすことができる。そのリアリティSFをコアに持つマクロスメカニズムであり、非対称なこの関係性に三角関係が加わることで豊かなドラマが生まれてくるのだと思う。

この歌の力という面からフロンティアという作品を見ると、二つの場面が思い浮かぶTV版の星間飛行ライブと先ほど挙げたライブ@アルカトラズだ。前者は言わずと知れたゼントラーディ部隊の反乱を歌とキラッ☆のみで熱狂の海に沈めた伝説ライブである。このライブ演出は、最初は戸惑っていた兵士たちが曲が進むにつれ武器を投げ出し鼻血を噴きそして最終的にクァドランが肩を組んで踊るという実にアホなものだが、歌が心を変える様子をこの上なく描いていた。アルカトラズライブはというと、先に書いた通りランカを知っていた知らなかったに関わらず荒くれ揃いの囚人たちが自ら歌を口ずさみ心を一つにする。これが星間飛行のすごさであり歌の力であるのだ。なおこのライブ、この後のクランアジテーションから囚人たちと看守たちの大乱闘Get it onに乗せて始まるというやっぱりアホな展開になるのだけど、やっていることは単なるテロである。そして最後の「ランカちゃん〜」と「ジェリ゛ル゛さ゛〜〜ん゛」のコールに吹き出すのである(何度見てもこの部分で笑ってしまうのだけどエキストラなのかな?)

蛇足マクロス7のこと

増田マクロス7のサウンドブースター演出違和感を持ったのは、サウンドブースターにより視覚化・数値化された歌が武器ビーム兵器バリア兵器)のように使われていたから。それと力と歌をバサラ一人が担当するのにも関わらず王道マクロスフォーマットストーリーが作られていたため、最終的にバサラ一人で世界平和へ導くという一人の人間を超越した行いをさせてしまたことも同様。作品テーマとして武力否定ラブアンドピースを狙っていたのは理解できるのだが、武力の代わりとしてサウンドブースターというまた別の武力を持ち出し、バサラ一人に全てを背負わせたため普通若者の織りなす物語というセオリーを壊してしまったように見えた。洗脳されたバロータ兵を初めから出すのではなく、初めは市民トラブルを歌で解決するというような入りかたでもよかったのかなと思う。


最後になぜ増田シェリル派なのかというとプロフェッショナルであることの誇りと責任さらにケー鯛(口からアンコ出る)を愛用するセンスを持ち、泥水をすすっても生き抜く根性があり、たとえ死を迎えることになっても自らの役割を全うする覚悟をまとい、でも支えを失うと心が折れそうになる繊細な所があり、そしてアルトくんをからかう姿がとても楽しそうなシェリルが好きだからです。


次はIIかデルタを見る予定。アイドルものと聞いてあまりデルタには興味が湧かなかったのだけど、たまたまワルキューレの歌を聞く機会があり、メインボーカルの声にぶっ飛んだので俄然興味が湧いた。アイドルものであのガチ音圧の人がメインを張るってかなり攻めてると思うのだが、どういう狙いがあるんだろ。

2019-02-26

anond:20190226101817

嘘乙。衛生大隊人間火砲を扱わないように、階級が上だからといって別に仕事ゼネラルになっていくわけではないぞ

2019-01-29

2019年アニメ1話ほぼ全部観たか感想書く その2

2019年冬アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その1 からの続き )

 

約束のネバーランド

AmazonPrimeVideoのみ見放題

 鬼ごっこClover works(旧A-1 Picturesスタジオ)によるサスペンス作品原作週刊少年ジャンプ連載の漫画神戸守とA-1によるノイタミナ枠といえば「すべてがFになる」だけど、本作もほぼ同じスタッフ(まだ観てない)。

 日常→非日常までの流れがすごい綺麗。1話ちゃんと2回観てね。無邪気な子どもたちの会話シーンに流れる、流麗だけど緊張感のある音楽音楽小畑貴裕)と、音楽のないシーンを織り交ぜて不穏な感じを徐々に演出していく。

 そして例のシーンにおける容赦のない作画特にCloverWorks作品は表情のアニメーション作画が強烈(スロスタ、ダリフラ、青ブタとか)で、本作も非常にエモい特に人外の表情もいけるクチだったのね。その後の、諸星すみれの絶叫がこわかった。そのあと力強くて優しい曲が流れる演出好き。

 作画で言うと、細かい仕草作画が丁寧。5~12の子どもたちが甘える仕草。甘えん坊~自立した子まで丁寧に書き分けてる。あとメイン2人の恐怖を、全身使って描くシーン。

 そして2話以降、遠くの物陰から二人をこっそり覗き見ているようなカットが急に増える。これが非常に強烈な緊張感を醸し出しててキツイ

 そういえば、カメラをフィックスしたカット演出って神戸守監督結構好きなんだっけ。神戸守絵コンテ担当した「宇宙よりも遠い場所」の7話、8話でもちょくちょく使ってて好きな演出

 よりもい8話で「ついに流氷を見た4人が順番に短いセリフを言っていく際、喋るキャラに一人ずつピントを合わせる」という超エモい演出があったけど、ああい被写界深度を駆使した演出が本作でも見られるのが嬉しい。

 

どろろ

AmazonPrimeVideo独占

 半世紀前に連載された手塚治虫マンガを再アニメ化。制作MAPPA手塚プロゲゲゲの鬼太郎よりもグロくてシリアス時代劇犬夜叉からギャグを引いた感じ。割と長編作品ゆえ、シナリオはある程度改変しているみたい。魔物の数が48から12体に減ってる所とか。1話につき1妖怪なのかな。

 時代劇専門チャンネルで放送されている本作は全体的な作りも時代劇っぽい。キャラ原案浅田弘幸最近だと「あかねさす少女」のキャラ原案)で、あの濃いキャラデザが時代劇っぽさによく合っている。手塚治虫っぽさは感じにくいんだけど、OPどろろの顔とか急に手塚治虫っぽくなる感じは狙ってやってるよね。OPED両方凄く良いのでぜひ観てね。特にワンマン作画ED浅田弘幸挿絵すっげえ綺麗。

 あと背景が良い。「かぐや姫の物語」ほどではないけど、おとぎ話世界にいるような雰囲気がある。世界観的にも「蟲師」に似てる(2話の「妖怪よりも人間のほうが…」っていう古典的モチーフとか蟲師っぽい)。どろろの背景を担当したスタジオPabloの、筆っぽさが残ってる背景いいよね。最近だと「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」とか。

 池頼広による劇伴和楽器を使った曲がメインだけど、それでいてすごくJazzyでおしゃれだったり、重厚戦闘BGMだったり。同氏が劇伴担当してるTVドラマ相棒シリーズっぽさを感じる。

 

エガオノダイ

 国家間戦争を描くタツノコプロのロボアニメ。スタジオ設立55周年記念となるオリジナル作品

 キービジュアルとかキャラデザ的が可愛いのと裏腹に、タツノコらしい硬派なシナリオガンダム作品くらいキッツい話なので注意。

 王国のお飾り首長こと主人公自国の将来をどうするのかっていう視点とは別に自国兵士視点、敵国の兵士視点でそれぞれ戦争を描いていく。群像劇戦闘群像劇→…。3話では王国戦争孤児帝国軍兵士が仲良くしてたり。戦争モノの作品個人的兵士たちの何気ない会話が好きで、本作で言えば主人公は側近と、王国軍の兵士戦闘前にワイワイと、帝国軍兵士は偵察で王国内をウィンドウショッピングしてるシーン。ああいうシーンが、彼らに感情移入するキッカケになるよね。特に本作の登場人物はみんな割といい人として描かれてるのが印象的。「こんな戦争、いつまで続くんだかなぁ…」とは帝国軍兵士セリフ

 その戦争基本的に人型巨大機動兵器を使う。基本的3DCGで描かれるんだけど、デザイン挙動、戦い方がすごい。1話ではVR模擬戦、2話では中隊大隊による大規模戦闘。量産機による小隊を最小単位とする戦闘がメインで描かれてる。1話の模擬戦では5vs5で、近距離:中距離遠距離=1:3:1。武装も近接用の打撃武器サブマシンガンライフルバリエーションがあって、威力もそれぞれ描き分けてる。機体はホバリングで高速移動が可能なんだけど、姿勢制御用の羽根みたいなスラスターが機体の前後に展開されてて、停止する時ちゃん慣性制御してる。すごい格好良かったのが狙撃機で、移動時は狙撃銃を縦に持ってたり、攻撃時頭部が変形したり、放った弾丸が緩やかな放物線を描いて着弾したり。めっちゃかっこいい。かといって狙撃機=強いでもなく、それぞれのバランスを考えた戦闘演出になってる。2話以降もエース機による無双(なんだ!あの機体の動きは!?)ではなく戦術的な展開にフォーカスしてる(敵も戦術を練ってくる)のが面白い。あれだけの機体数を画面内で動かしまくるシーンは壮観。

 OPを観ての通り、「王女笑顔」と「一兵卒笑顔」という対比構造物語の中心に据えられている。王女笑顔…周りの人間が、彼女笑顔を守ろうと尽力している。そういった努力象徴。お花みたい。そういえばニコニコ生放送特番で「タイトルが敢えてカタカナになっているのは意味がある」的な発言してたけど、花の名前だったりして。対して一兵卒ちゃん笑顔...何もかも失った彼女の、悲しみや虚無感の象徴。持つ者と持たざる者支配階級労働階級的な?

 

明治東亰恋伽

 「フルーツバスケット」でおなじみ大地丙太郎監督によるタイムスリップラブコメ原作ブロッコリー恋愛ADVタイムスリップ先は明治時代日本で、攻略対象歴史偉人イケメン)。森鴎外泉鏡花文化人が多い。

 転移タイプの導入が流行っているのだろうか。去年の作品だと夢100は夢の中の世界に飛ばされた主人公世界を救う旅に出る話で、BAKUMATSUは(主人公が不在だったけど)別の世界線に存在する日本を救う話。で、これはもうちょっと規模の小さいお話。今期で言えば「不機嫌なモノノケ庵」みたいな感じ。モノノケが見える能力を活かして、身の回りに起こる出来事解決しながらみんなと仲良くなっていく。

 お正月フルバ一気見してたんだけど、大地丙太郎監督アニメはほんとテンポ感が気持ちいい。基本的ラブコメなんだけど、話の縦軸は多少シリアス。でも「あ、結構シリアスになりそう」っていう絶妙タイミングでガスを抜くっていうか、緊張と緩和の波が穏やかになっていて、最後までほっこりした雰囲気で終わる作品になっている。そういえば今年放送されるフルバリメイクも、本作と同じトムス・エンタテインメント制作なのね。

 背景も含めて、全体的にコスト抑えめな作品。この時代を描いた作品は去年いくつかあったけど、背景の緻密さでいうと これ(明治)<ニル・アドミラリの天秤大正)<天狼(大正?)という感じ。また、多用されるデフォルメ顔は引きの画になった際キャラの顔が崩れるのを防ぐため積極的に使ってるのかもしれないけど、文脈破綻しないくらい表情が豊かでかわいい

 現代明治タイムスリップなので文化の違いに主人公が驚くシーンがちょくちょくあるんだけど、一瞬で順応する適応力の高さ。そんな物怖じしない主人公が周りをを引っ張って行く感じが好きだし、なんやかんや付いていく菱田くんや、付かず離れず二人を見守る森さんも好き。

 

臨死!!江古田ちゃん

 現代版「徒然草」。東京都練馬区江古田駅ら辺に住んでいるフリーター女性視点で描くルポルタージュ

 1話ごとに監督キャラクターデザイン声優アニメスタジオなどすべてが変わるオムニバス形式ショートアニメ。構想12年らしい。d'アニメストアでは、各話を担当した監督江古田ちゃん役の声優による対談を加えたロングバージョン配信されている。1話大地丙太郎監督江古田ちゃんが送る日々から切り取られたワンシーンがテンポよく描かれていく様はまさに「つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ」みたいな感じ。いやぁ、あるあるだわー。そしてきっつい。なお1話の対談で大地監督が言ってたけど、「ショートアニメしか1話だけで表現できることなんかねえよ!」とのこと。今の所2話の人間味溢れる江古田ちゃんめっちゃ好き。2話…監督杉井ギサブロー 江古田ちゃん朴璐美 脚本岡田麿里。既に各回の監督キャストは発表されているので、興味がある人はチェックしておこう。一番楽しみなのは高橋丈夫x小清水亜美の回。

 

ケムリクサ

AmazonPrimeVideo独占

 たつき監督率いるirodoriの新作。ニコニコ動画等で配信されている自主制作アニメリメイクけもフレみのある低コスト志向作品けもフレ同様ポストアポカリプス世界感なので、少女終末旅行みたいな灰色廃墟が背景として登場する(軍艦島っぽい)。好き。

 エンドロールたつきからまりたつきで終わるあたり、「たつきの、たつきによる~」って感じが伝わってくる。

 まず説明的なセリフを極限まで削って伏線を散りばめるシナリオうまい。良く分からないようで要所はちゃん理解できるし、後のシーンを理解するのに必要な因子を事前に描いておく手法も、絵の中に必要以上な情報が含まれていないからこそって感じがある。

 また島を離れる準備をするシーンを見ると、一連の動作を短いカットに分け、的確につなげて描く演出になっていて、けもフレでいえばジャングル回で橋を作るシーンみたいなテンポ感のある、分かりやすくて間延びしない絵になってる。結果として「はじめこそよくわかんないけど、すんなり観ていられる上に話の輪郭が分かりやすい」という印象に。

 手さぐれ!でも思ってたけど、キャラの芝居が細かくてかわいい1話2:00頃「階段登ってて振り返るリナコの仕草」とか、2話14:30頃「リンの帰還をリツが耳で察知する仕草」とか。

 作品世界観こそシリアスだけど、割とゆるいパートから戦闘パートまで振れ幅が大きい。そしてそれらを彩る音楽がかなり良くて、特にシリアスパートの曲がエモい音楽高橋哲也)。

 

HERO MASK

Netflix独占(全話配信済み)

 アメリカ刑事ドラマスタジオぴえろ制作オリジナルアニメアメリカ警察組織凶悪犯罪者の戦いを描くサスペンスミステリーハードストーリー

 制作こそ日本だけど展開やセリフ回し、登場人物アメリカ刑事ドラマっぽい。作品雰囲気を印象づける背景も、遠景に映る建物デザインや道幅、街路樹の種類や植えられている間隔等すべてが新鮮に感じる(聖地巡礼という文化海外にもあるんだろうか)。葬式の後3人で歩くシーンなんか、街路樹の枝の描き方がヤバイあんなに主張の強い街路樹あんまり見ないよね。色味もキャラデザインに対して全体的に淡いし(各キャラビビット差し色めっちゃ目立つ)。

 キャラクターのお芝居も全然違くて、例えば泣きの演技も「伏し目→手で顔を隠す→天を仰ぐ→涙をこぼす」みたいな、日本アニメでは中々見ないような「あ、ここ海外ドラマでやったやつだ!」という印象が強かった。

 そしてかなりアクションシーンがかっこいい。刑事ドラマアクションということで、1話は激しいカーチェイス。激しい動きなのにまさかの手描き。手描きの車によるアクションシーンを観たのは「ルパン三世 Part5」以来かも。アニメ映えするアクションというより、「カーアクション映画らしさ」にこだわったアクションになっていたのが印象的。カメラの使い方とかカットの割り方とか、ぶつかってスピンする車の動きとか。先のアニメ「SSSS.GRIDMAN」が「特撮らしさ」を追求したアクションだったように、本作もそういう趣向を強く感じた。

2017-07-25

近代以降の軍隊で「若くてかっこいい指揮官」をどのように描くか問題

近代以降の軍隊、かっこいいよな。好きだ。

若くて溌剌としてイケメンだったり美少女だったりする軍の指揮官、いいよな。好きだ。

でもこの2つを両立させるのは難しい。王子として生まれれば自動的総大将になれた前近代ならいざ知らず、近代軍では元増田でも書かれてるように現実には20代軍人なんてかなり優秀なやつが大尉になるのがせいぜいで、軍勢を率いるなんて無理だ。

だがフィクションの作者は色んなやり方で「近代軍の」「若い指揮官」という2つの萌え要素を両立させようと試みてきた。以下、思いつく分だけ列挙する。

1.貴族制国家であるため身分が高ければ指揮官になれる

典型例はみんな大好き『銀河英雄伝説』のラインハルト・フォン・ローエングラム、あるいは『タイタニア』のタイタニア一族。『A君(17)の戦争』の小野寺剛士もここに入るだろうか(いや魔王軍は近代軍なのか……?)

星界シリーズ皇族もここに含まれるかなとちょっと思ったけど彼らに与えられている特権少佐(十翔長)になるのがやたら早いというだけで佐官以上の昇進は完全実力主義なので含めなかった。

2.弱小国家であるため大国の下っ端でも小国軍の上層部クラスになれる

典型例は『でたまか』初期のマイド・ガーナッシュ。

3.天才なので特別に高い階級が与えられている

典型例は『双星記』の〈おそるべき子供たち〉や、『フルメタル・パニック!』のテレサ・テスタロッサ(軍というか傭兵部隊から許されてる感もある。ただ〈ミスリル〉はその他のキャラの年齢と階級バランスはやたらリアルなのでここに分類した。『踊るベリーメリークリスマスアニメ化してほしい……マデューカス中佐の勇姿を見たい……)

亜種として、「指揮官適合者を人工知能勝手に選ぶので年齢とか関係ありません」型もある(『神無き世界英雄伝』)

4.事故やら何やらで高級士官が軒並みいなくなったため若造が繰り上がる

典型例は『銀河荒鷲シーフォート』のシーフォート。アスター星域会戦時のヤン・ウェンリーもこのタイプかな。

5.若くても軍功が多いので昇進できる

典型例は『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリー

6.不老の種族なので若く見えるけど実年齢はおっさんおばさん

典型例は星界シリーズのアーヴの皆様。嘘みたいだろ、50過ぎてるんだぜ、あれで……

7.少年少女しか使えない兵器戦争してるので指揮官少年少女になる

典型例は『ストライクウィッチーズ』の隊長諸姉。ミーナさんじゅうはっさい。

8.政治的事情若い指揮官が担ぎ出された

典型例は『タイタニア』序盤で描かれたケルベロス星域会戦でのファンヒューリック、『双星記』のケインラインバック。〈おそるべき子供たち〉はジェニファー・クローゼヴァーグ肝煎り出世してるからここに入るかも。

『双星記』に出てきた「戦時特例任命法」は良いソリューションだと思うのでみんなもっと参照するべき(貴族制時代に作られた「貴族様を指揮官にするための法律」が正式廃止されていなかったことに気づいた奴がこれを利用して指揮官になった)

9.もういっそ士官候補生が戦う話にすればよくね?

典型例は海原零ブルーハイドレード』(ってこれわかる人いるのかな……?)

10そもそも設定がガバガバ

典型例は『魔法少女リリカルなのはStrikerS』とか『銀河英雄伝説』とか……

11そもそも正規軍じゃない

典型例は『銀河英雄伝説』のユリアン・ミンツ、『タイタニア』のファンヒューリック、『蒼き鋼のアルペジオ』の千早群像共和政府を自称してるけどどう見てもただの軍閥からね、仕方ないね

https://anond.hatelabo.jp/20170724234904

追記

c_shiika 猜疑心の強い独裁者が主だった指揮官を軒並み粛清した

さんざん田中芳樹作品ネタにしておきながら『七都市物語』を忘れていたとは不覚の極み……! あとカレル・シュタミッツは4だよね。

ブルーハイドレードは傑作だからみんな知ってるに決まってるだろ。アニメ化作家だぞ。

ごめんなさい(土下座

Windfola スペオペ伝統の異星の小国王女を助けて指揮官に…は近代軍じゃないか未来人・天才科学者は3の亜種かな/クーデターや軍を興すタイプ11? 反乱軍リーダーは熱血主人公か若きカリスマだよねやっぱり

クーデタ革命を起こす主体正規軍だった場合は、新しく「クーデタ革命で若手が権力を握った」という類型を付け加えるべきだと思う。実際歴史を見てもクーデタ起こす主体として「青年将校」はよくあるので。カダフィ大佐クーデタ政権を掌握したときは27歳の大尉だったらしいし(Wikipedia調べ)

nakex1 キャリア組警察署長とかから連想すると,官僚的な仕組みが発達した国家なら若くして地方指揮官になるのはありなのでは。

陸軍だと、だいたい大尉(できたてホヤホヤではないそれなりに歴史のある近代軍で20代のうちに到達できそうな一番上の階級)が中隊長になることが多いと思うんだけど、中隊って規模が百数十人なのね。普通はこの上に大隊連隊師団とあって、中隊独自ユニットとして動くということはなかなかない。

ただ、『皇国の守護者』みたいに、ある地方に敵が攻め込んできた結果絶望的な防衛戦をすることになって、中隊長クラス作戦の指揮を執る(あるいは押しつけられる)展開はアリかもしれない。実際新城直衛は中隊長ですらない中尉だったけど、中隊長戦死中隊を、大隊長戦死大隊を率いることになり、かつ野戦昇進で大尉になってるので類型4に当て嵌まるのかな。

あるいはものすごい小国中隊長クラスでも数人しかいないとかになると類型2に当て嵌まるかしら。そういえば赤城毅『虹のつばさ』に出てくるメーアシャウム王国陸軍は最高階級少佐だったっけ。まあその作品では普通のおじさんだったけど。

戦争っぽいもので指揮を執る警察キャリアといえば、有川浩海の底』に出てきた烏丸俊哉警視正がいたわ。年齢的に若いといえるかどうか疑問だけど(階級の割に若いけど、ラノベ漫画アニメ主人公張れるほど若くはない、と思う)

2017-05-19

原因・背景[編集]

1871年(明治4年)10月宮古島から首里年貢輸送し、帰途についた琉球御用船が台風による暴風遭難した。乗員は漂流し、台湾南部に漂着した。船には役人と船頭・乗員合計69名が乗っていた。漂着した乗員66名(3名は溺死)は先住民現在台湾先住民パイワン族)に救助を求めたが、逆に集落拉致された。

先住民とは意思疎通ができなかったらしく、12月17日遭難者たちは集落から逃走。先住民は逃げた者を敵とみなし、次々と殺害し54名を斬首した(宮古島島民遭難事件)。12名の生存者は、漢人移民により救助され台湾府の保護により、福建省の福州経由で、宮古島へ送り返された。明治政府清国に対して事件の賠償などを求めるが、清国政府は管轄外として拒否した。翌1872年明治5年琉球を管轄していた鹿児島県参事大山綱良は日本政府に対し責任追及の出兵を建議した。1873年(明治6年)には備中国浅口郡島村現在岡山県倉敷市)の船が台湾に漂着し、乗組員4名が略奪を受ける事件が起こった[1]。これにより、政府内外で台湾征討の声が高まっていた。

開戦準備へ[編集]

副島種臣

宮古島台湾遭難事件を知った清国アモイ駐在アメリカ合衆国総領事チャールズルジャンドル(リゼンドル、李仙得)は、駐日アメリカ公使チャールズ・デロングを通じて「野蛮人懲罰するべきだ」と日本外務省提唱した。

初代龍驤台湾出兵旗艦であり副島種臣大久保利通をそれぞれ、中国に運んだ。

孟春(砲艦)は三本マストスクーナー型鉄骨木皮の小型砲艦で、台湾出兵に参加した。

外務卿副島種臣はデロングを仲介しルジャンドル会談、内務卿大久保利通ルジャンドル意見に注目し、ルジャンドル顧問として外務省雇用されることとなった。当時の明治政府では、朝鮮出兵を巡る征韓論などで対立があり、樺山資紀や鹿児島県参事大山綱良ら薩摩閥は台湾出兵を建言していた。これらの強硬意見の背景には、廃藩置県によって失業した40万人から50万人におよぶと推定される士族の不満のはけ口を探していたことがある[2]。

1873年、特命全権大使として清国に渡った副島外務卿は随員の柳原前光を用いて宮古島台湾遭難事件などの件を問いたださせたが[注釈 1]、清朝の外務当局は、台湾先住民は「化外」であり、清国統治のおよばぬ領域での事件であると回答して責任回避した[1]。その後、日本ではこの年秋、朝鮮使節派遣をめぐって政府が分裂し(明治六年政変)、また、翌1874年1月の岩倉具視暗殺未遂事件、2月の江藤新平による反乱(佐賀の乱)が起こるなど政情不安が昂じたため、大久保利通を中心とする明治政府国内の不満を海外にふり向けるねらいもあって台湾征討を決断し、1874年明治7年)4月、参議大隈重信台湾蕃地事務局長官として、また、陸軍中将西郷従道台湾蕃地事務都督として、それぞれ任命して軍事行動の準備に入った[1]。

明治六年政変における明治天皇勅裁は、ロシアとの国境を巡る紛争を理由とした征韓の「延期」であったため、ロシアとの国境が確定した際には、征韓派の要求が再燃する可能性が高かった。政変下野した副島にかわって外交を担当することとなった大久保としては、朝鮮よりも制圧が容易に思われた台湾出兵をむしろ積極的企画したのである

台湾での戦闘[編集]

西郷従道

台湾出兵に対しては、政府内部やイギリス公使パークスやデロングの後任のアメリカ公使ジョン・ビンガム(John Bingham)などからは反対意見もあった。特に参議木戸孝允らの長州系は征韓論否定しておきながら、台湾への海外派兵をおこなうのは矛盾であるとして反対の態度をくずさず、4月18日木戸参議辞表を提出して下野してしまった。そのため、政府は一旦は派兵の中止を決定した。

台湾出兵時の日本人兵士

水門の戦 最も激しい戦いであった。当時の日本人による版画[3]

国立公文書館が所蔵している公文書によると1874年4月4日三条実美により台湾蕃地事務局が設置される。(以後の任命は当時太政大臣であった三条実美からの奉勅となっている)同年4月5日台湾蕃地事務都督に西郷従道が任命される。[4]同年4月6日谷干城赤松則良に台湾蕃地事務局参軍と西郷従道を輔翼し成功を奏する事を任命される。[5]同年4月7日海軍省から孟春艦、雲揚艦、歩兵第一小隊、海軍砲二門と陸軍省から熊本鎮台所轄歩兵大隊砲兵一小隊出兵命令が命じられる。[6]という経緯になっている。

5月6日台湾南部上陸すると台湾先住民とのあいだで小競り合いが生じた。5月22日台湾西南部の社寮港に全軍を集結し、西郷命令によって本格的な制圧を開始した[1]。6月3日には牡丹社など事件発生地域を制圧して現地の占領を続けた。戦死者は12名であった[1]。しかし、現地軍は劣悪な衛生状態のなか、亜熱帯地域風土病であるマラリアに罹患するなど被害が広がり、早急な解決が必要となった。マラリア猖獗をきわめ、561名はそれにより病死した[1]。

収拾への交渉[編集]

明治政府は、この出兵の際に清国への通達をせず、また清国内に権益を持つ列強に対しての通達・根回しを行わなかった。これは場合によっては紛争の引き金になりかねない失策であった。清国の実力者李鴻章イギリス駐日大使パークスは当初は日本軍事行動に激しく反発した。その後、イギリス公使ウェードの斡旋で和議が進められ、8月、全権弁理大臣として大久保利通北京に赴いて清国政府交渉した。大久保は、ルジャンドルフランス人法学者ボアソナード顧問として台湾問題交渉し[7]、主たる交渉相手総理衙門大臣の恭親王であった[1]。会談は難航したが、ウェードの仲介や李鴻章の宥和論もあって、10月31日、「日清両国互換条款(zh)」が調印された[1][7]。それによれば、清が日本軍出兵を保民の義挙と認め、日本は生蕃に対し法を設ける事を求め、[8]1874年12月20日までに征討軍を撤退させることに合意した。 また日清両国互換条款互換憑単によると清国遭難民に対する撫恤金(見舞金)10万両(テール)を払い、40万両[注釈 2]を台湾の諸設備費として自ら用いる事を願い出費した。[9]また、清国日本軍の行動を承認したため、琉球民は日本人ということになり、琉球日本帰属国際的に承認されるかたちとなった[1]。

帰結[編集]

日本清国との間で帰属がはっきりしなかった琉球だったが、この事件の処理を通じて日本に有利に働き、明治政府は翌1875年明治8年)、琉球に対し清との冊封朝貢関係廃止明治年号使用などを命令した。しか琉球は清との関係存続を嘆願、清が琉球朝貢禁止に抗議するなど外交上の決着はつかなかった。

1879年明治12年)、明治政府のいわゆる琉球処分に際しても、それに反対する清との1880年明治13年)の北京での交渉において、日本沖縄本島日本領とし八重山諸島宮古島中国領とする案(分島改約案)を提示したが、清は元来二島領有は望まず、冊封関係維持のため二島琉球に返還したうえでの琉球王国再興を求めており、また、分島にたいする琉球人の反対もあり、調印に至らなかった。

また、明治政府兵員輸送英米の船会社を想定していたが拒否され、大型船を急遽購入して国有会社の日本国郵便汽船会社に運航を委託したがこれも拒否され、大隈重信はやむなく新興の民間企業である三菱を起用することに決定したが[10]、この協力により、以降、三菱政府からの恩恵を享受できることとなり、一大財閥になるきっかけとなった[11]。

台湾出兵と熱帯病[編集]

被害[編集]

日本軍の損害は戦死8名、戦傷25名と記録されるが、長期駐屯を余儀なくされたため、マラリアなどの感染症に悩まされ、出征した軍人軍属5,990余人の中の患者延べ数は1万6409人、すなわち、一人あたり、約2.7回罹病するという悲惨な状況に陥った。

軍医部の対応[編集]

1871年(明治4年)、兵部省は、陸軍省海軍省に分かれ、軍医寮は陸軍省に属し、軍医頭は松本良順(のちに順)であった。台湾出兵当時、軍医部は創立より日が浅く経験不足であったが、総力を挙げて事態にあたった。出征軍の医務責任者は桑田衡平二等軍医正(少佐相当)、隊付医長は宮本正寛軍医大尉相当)であった。他に24名の医官を従軍させた。医官は全員奮闘したが、極悪の環境と猛烈な伝染病で病臥する者が多く、西郷都督からは薬だけでも兵士にあたえてほしいと要請された。医官の多くは漢方医で、熱帯病の治療にはまったく経験がなかったという。かれらは交代の22名が到着したため、ようやく帰国できた。宮内省から外国人医師が派遣された。ドイツ出身のセンベルゲル(Dr. Gustav Schoenberg)は、東京大学医学部前身にあたる大学東校お雇い外国人医師レオポルト・ミュルレルの推挙であったが、能力がなくトラブルを起こした。しかし、彼とともに送られた6台の製氷機械は大いに役に立ったといわれている[12]。

1883年6月金玉均自身にとって3回目の日本訪問の途についた。前回の訪日で会見した日本政府の高官は、朝鮮国王委任状があれば借款に応ずることを示唆しており、朝鮮から留学生尹致昊の帰国に際しても大蔵大輔の吉田清成はかさねてそのことを金玉均伝言していた[5][注釈 2]。

しかし、高宗からあたえられた300万円の国債借り入れの委任状を持参して来日した金玉均に対する日本政府対応は冷たかった[5]。300万円は当時の朝鮮における国家財政1年分に相当しており、日本予算約5,000万円からしても巨額なものであった[5][7]。メレドルフの妨害工作もあったが、日本政府としても大蔵卿松方正義緊縮財政を進めているなか、財政力に乏しく政情も不安定朝鮮に対し、そのような巨額な投資をおこなうべき理由は乏しかった[5][10]。金玉均は、日本についで、フランスアメリカ合衆国からの借款工作にも失敗した[5]。

1884年5月金玉均は失意のうちに朝鮮帰国した。朝鮮では、以前にもまして大国清の勢力が猛威をふるい、朝鮮国の重臣たちはそれに追随し、開化派の活動はいっそうせばめられていた[5]。清とフランスの緊張関係の高まりから5月遼東半島に移駐することとなった呉長慶にかわって野心家の袁世凱が実権を掌握し、朝鮮王宮は彼の挙動に左右された[5]。これに危機感を覚えた金玉均らは国王高宗を動かそうと計画した[7][10]。高宗もまた閔氏の専横に心を痛め、朝鮮の将来に不安をいだいていたのである[7]。

清仏戦争の直接原因となった1884年6月23日バク伏兵事件英語版

1884年6月ベトナム領有を意図するフランスベトナムでの宗主権を護持しようとする清国との間で清仏戦争が勃発した[10]。清越国付近バクレでの両軍衝突が引き金となったが、この戦いで劣勢に立った清国朝鮮駐留軍の半数に相当する約1,500名を内地に移駐させた[5]。独立党は、これを好機ととらえた[10]。日本もまた、壬午軍乱以降、無為にすごした失地回復の好機とみて清国勢力の後退を歓迎した[5]。井上馨外務卿帰国中の弁理公使竹添進一郎に訓令し、10月漢城に帰任させた。竹添は軍乱賠償金残金の寄付国王に持ち掛ける一方、金玉均独立党に近づいた[5][11]。

竹添進一郎

金玉均らは11月4日、朴泳孝邸宅日本公使館島村書記官を招いて密談をおこなった。集まったのは、金玉均、朴泳孝、洪英植、徐光範、島村の5名であった[12]。そこで金玉均島村クーデタ計画を打ち明けているが、島村はそれに驚きもせず、むしろ速やかな決行を勧めるほどであったという[12]。かれら独立党は3つのクーデタ計画案を検討し、同年12月に開催が予定されていた「郵征局」の開庁祝賀パーティーに乗じて実行にうつす案が採用された[12][注釈 3]。金玉均11月7日日本公使館をおとずれ、竹添公使クーデタ計画を打ち明け、そのとき竹添から支援約束を得ている[12]。

金玉均漢城駐在イギリスアメリカ合衆国外交官にもクーデタ計画相談した[12]。かれらは、金玉均のえがく理想共感し、清国よりも日本を頼るべきことについても理解を示したが、しかし、決行については清国軍事的優位を認めて、これに反対した[12]。金玉均さらに、それとなく高宗にも計画の内容を伝えて伺いを立てた[12]。高宗もまた、清の軍事力を考えると不成功に終わるのではないかとの懸念を伝えたが、金玉均はこれに食い下がり、フランスと連動して動けば充分に勝機はあると訴えた[12]。高宗は、これを諒とした[12]。

しかし、クーデタに動員できる軍事力といえば、日本公使館警備の日本陸軍仙台鎮台歩兵第4連隊第1大隊第1中隊の150名と、陸軍戸山学校留学して帰国した10数名の朝鮮人士官学生および新式軍隊の一部にすぎなかった[5]。この人数では、半減したとはいえ、なお1,500名を有する清国兵および袁世凱指揮下の朝鮮政府軍に対抗するのは無謀といってよかった[5]。

2015-10-11

http://anond.hatelabo.jp/20151011100932

諸君 私は炒飯が好きだ

諸君 私は炒飯が大好きだ

 

玉子炒飯が好きだ

海鮮炒飯が好きだ

焼豚炒飯が好きだ

キムチ炒飯が好きだ

レタス炒飯が好きだ

スープ炒飯が好きだ

あんかけ炒飯が好きだ

あんかけ炒飯が好きだ

天津炒飯が好きだ

 

家庭で 学食

食堂で イートインで

中華街で ファミレス

定食屋で ラーメン屋

レストランで 人の家で

 

この地上で食べられるありとあらゆる炒飯が大好きだ

 

中華包丁でそろえた具材の横隊がまな板の上でを蹂躙されるのが好きだ

細切り状態の叉焼がそこに揃えられてを何度も何度もカットされている様など感動すら覚える

  

強力な火力のバーナーが鍋振りとともに水分を吹き飛ばすのが好きだ

空中高く放り上げられた米粒が効力射でばらばらになった時など心がおどる

 

料理人の操る中華鍋と炒めおたま材料を舞い上がらせるのが好きだ

悲鳴を上げて燃えさかる中華鍋から飛び出してきた米粒をを中華鍋で受け止めた時など胸がすくような気持ちだった

 

お玉に押し込められお皿に盛られていくいく様などはもうたまらない

沸き立つ中華だしが私の小口切りにされたネギととも醤油味のスープに変わっていくさまなどまさ最高だ

 

うず高く積まれ炒飯の上で暖かな湯気健気にも立ち上がってきたのを雑多な構えのレンゲで中心から木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚える。

 

感影の具の水分でベヤベチャにされるのが好きだ

必死に守るはずだったパラパラ蹂躙されコーティングが犯され侵されていく様はとてもとても悲しいもの

 

日韓材料侵食されて蹂躙されるのが好きだ

ジャパナイズに追いまわされ和食の様にふるまわれる這い回るのは屈辱の極みだ

 

諸君 私は炒飯を、天国の様な炒飯を望んでいる

諸君 私に付き従う大隊戦友諸君

君達は一体何を望んでいる?

 

更なる炒飯を望むか?

情け容赦のない糞の様な炒飯を望むか?

鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な炒飯を望むか?

 

 

炒飯! 炒飯! 炒飯!』

 

 

よろしい ならば炒飯

 

 

我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ

だがこの暗い闇の底で半世紀もの間堪え続けてきた我々にただの炒飯ではもはや足りない!!

 

炒飯を!!

一心不乱の大炒飯を!!

 

我らはわずかに一個大隊 千人に満たぬ敗残兵に過ぎない

だが諸君一騎当千の古強者だと私は信仰している

ならば我らは諸君と私で総力100万と1人の軍集団となる

 

我々を忘却の彼方へと追いやり眠りこけている連中を叩き起こそう

髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ思い出させよう

連中に中華の味を思い出させてやる

連中に我々の鍋振りの音を思い出させてやる

天と地のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる

一千人の料理人戦闘団で

世界を炒め尽くしてやる

 

いざゆかん、最寄りの中華屋

 

オヤジ炒飯一丁頼む。

 

 

、、、とこれぐらいやってくれ

2015-07-05

10年かけて同じ台詞を吐いた

田舎中小企業商売IT化を進める(という名目で)働いて10年ちょい。早い話がECの後追いどころか、完全な乗り遅れに言い訳を付ける仕事だ。

 

最初の3年は、無視放置の中に居た。

そんなもん今やったってどうすんだ、俺らの仕事は近所のおっさんとジャリから小銭巻き上げることだろう、と蔑まれた。本社に在籍していてこれだった。

まともな用途予算は出ず、人員は補充されず、資材は得られず、現場との連絡は絶たれた。安物のモニタ1台すら支給を渋られ、プロジェクトはことごとく頓挫した。ただただ迷走したあげく、残ったのはポンコツになった部隊員が5名だった。

 

次の3年は、懲罰大隊に突っ込まれた。

日本中のあらゆる糞のような店舗に突っ込まれ、火消しか土方か掃除夫か。さもなくばシベリアで木の数を数えるような、無意味時間を過ごす為に働いた。

ポンコツ部隊員が限界を迎えて2人潰れた。目も当てられない爆死だった。成果や売上など、およそ企業利益とどれだけ程遠くても、給料だけは出ていた。

割り当てられた予算を、たまたま死んでいなかっただけの俺達に配っただけに違いない、と今でも思っている。

 

続く3年は、原始時代ECをやった。

企業名前を隠して、手持ちの商材を片っ端からヤフオクで売り飛ばした。ECなんて高等なもんじゃない、投げ売り手段がそれだっただけだ。

天におわします偉い人が5年だか8年だか前に言った「ECでモノ売る奴はゴミ」などという与太をエライさんが信じていたからだ。

笑っちまうほど小さな売上額は秘匿され、成果は水面下の数人しか知らなかった。複雑怪奇事務処理を経由して、どこぞの部署の足しになっていた。

生き残った奴のうち1人がキレてしまって、売上額操作して小銭を懐に突っ込んでいた。そいつは水面下で終了させられた。

残りの1人は、いま何をしているかは知らないが、うまく生きているだろうか。気づけば名簿から名前は消えていた。

 

しぶとく生き残っていると、どうやら周りが勝手に「あいつには、生き残れる理由がある」と思うらしい。ただ糞扱いに慣れてるだけだ。

10年目の今年、粉々に爆砕してやったと思っていた本社ITプロジェクトがまだ息をしていた事を知った。

たまたま先日、本社担当とやらに会う機会があった。25~6ぐらいの、くたびれたシャツを着た、死んだ魚の眼をした若手が2人来た。

まともな用途予算は出ず、人員は補充されず、資材は得られず、現場との連絡は絶たれ、安物のモニタ1台すら支給を渋られ、

プロジェクトをことごとく頓挫させていく最中の顔をしていた。事実、抱えていた2~3件のプロジェクトが、見事な腐臭を放っていた。

 

俺は哀れな若手に深く同情しつつ、イイ感じに腐敗が進んだアタマで書き上げた企画書を見ながら、赤を入れる場所すら見つけられず、

「そんなもん今やったってどうすんだ、俺らの仕事は近所のおっさんとジャリから小銭巻き上げることだろう?」と、10年かけて同じ台詞を吐いた。

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