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はてなキーワード: 事実とは

2018-10-20

anond:20181020213217

まり日本において事実でも前提でもなんでもないよね、説明必要だよね

anond:20181020212050

出羽守始めると宗教教義が「事実」「論理的帰結」として説明なく主張されるのに慣れざるを得なくなって、元増田みたいな主張に陥ることはよくあると思う

権利のせめぎあい

プロ著作物アイコン無断使用 ツイッター社に情報開示を命じる

http://news.livedoor.com/article/detail/15469647/

いわゆる画像パクリ普段から見てストレスを溜めている人が多いのか、この判決については好意的コメントが多いようだ。

そこについて何か言いたいことがあるわけではない。ただ、この写真家について私には書かないといけないことがある。

数年前、私の姉のところに突然この写真家から五万円を求めるコンタクトがあった。

姉が行ったことはただひとつ。その写真家写真プロフィール画像にしたわけでもなく、ヘッダー画像にしたわけでもない。

ただそのサイト内の、気に入った写真が載っているページのURLFacebookで公開しただけ。

向こうの言い分としては、今回と同じ。

Facebookで該当サイトへのリンクを張った時に自動で行われる画像の取得及びサムネイル化とトリミングが、著作物同一性保持権侵害しているとの主張である

Facebookにより機械的に行われている作業であることかどうかは関係ない、というところも今回と同じ。

(当該サイトリンクを張っただけではてな迷惑が掛かる可能性があるのでここでは直接リンクは貼らないが)写真家サイトには最高裁まで争った上でNHKに勝訴したとの記述があり、姉への連絡の文章内にも同様の文章があった。

この場合法律が味方をしてくれないのだから法テラスなどへの相談無意味なわけだ。あらかじめ「抵抗無駄だ」と書いてあってひじょうにしんせつですね。

熟考したが、対抗手段が本当にない。払うしかない、と姉に言わざるを得なかった。

個人としての意見を言わせてもらえば、こんなことは社会正義的にありえないし、Web全体にとってのプラスマイナスとしても、明らかに害だと思う。

悪意のない紹介リンクでこの人から5万円をもれなく請求される世界を、みなさんはお望みですか?

未だに思い出すたびに腸が煮えくり返るほどの憤りを感じているし、いくらでも罵詈雑言を思いつくが、相手相手なのですべてが訴訟で返ってくる可能性が高い。そのためここではただ事実のみを記した。

でも、やっぱり一言だけ。

法が許しても、私はこの男を許さない。一生。絶対に。

高町なのはという光と闇

魔法少女リリカルなのはDetonationを見たので、自分思考整理のために感想を書く。

号泣ながら見た上に、まだ泣きながら打ってるので多少間違いがあってもスルーしてほしい。

Reflectionがバトルに至るまでの過程を描く作品なら、Detonationは戦闘戦闘戦闘戦闘とド派手な戦闘シーンまみれの映画だった。

すごく面白い戦闘シーン盛りだくさんで楽しめたのだが、この映画最後最後に「高町なのはという少女」に関する超弩級爆弾をぶち込んできたので、私の精神は良い意味でズタボロになった。

私は魔法少女リリカルなのはシリーズが好きだ。特に無印

高町なのはという少女と、フェイト・テスタロッサ(ここはあえて当時の名前で呼びます)が心を通わせ合うこと。

そして、「自分に誰かを助けられる力があって、目の前で困っている人がいたら助けてあげなさい、ってお父さんの教えなの」という言葉通り、高町なのはは泣いているフェイトに手を差し伸べた。

その心の通わせあい、「友達になりたいんだ」という言葉の輝きをあまりに眩しく感じたから、私はリリカルなのはシリーズオタクになったのだ。

のだが、その輝きを良い意味で塗り潰されたのが今作、魔法少女リリカルなのはDetonationだった。

魔法少女リリカルなのはシリーズは好きだが、シリーズが進むに連れて色々な設定が付け加えられていっている。実はああだった、実はこうだったという裏設定的なものが追加されていっているのだ。

まり好きではないが、私の一番好きな無印にはあまり関係のない情報なので基本的には「おっ、まーたなのはちゃん最強説が裏付けられてしまうなガハハ!」という感じでスルーしていた。

映画最後、右腕を失い宇宙空間に漂うこととなったなのはは「やられちゃったけど、みんなを助けられたなら(死んでも)それでいいや」と目を閉じる。

そこでなのはは一つの夢を見た。

幼い自分との問答。泣きすぎて詳細は忘れてしまったのが、一番胸をえぐられたのがリトルなのはによる「あなたは『誰かを助けられる自分』じゃなきゃ好きじゃないんだね」という言葉だった。

高町なのはは弱い自分が許せない。

高町なのは自分犠牲にしてでも知らない誰かを助けたい。

自分に誰かを助けられる力があって、目の前で困っている人がいたら助けてあげなさい」という言葉が歪み、呪いのような形で具現化された。

狂気じみた救助への情熱と評されたそれは、前向きな自殺衝動だ。

フェイトを助けたのは、弱い自分が嫌だったからでも何でもなく、本当に心の底から友達になりたいんだ」と思ったからであり、それは間違えようのない事実である

けれど、フェイト友達になれたのは、なのはが力を持っていて、なのはが強かったからでは?と考えると非常に苦しい。

おそらくリトルなのはなのは潜在意識のようなもので、心の片隅にある冷静な自己評価のカタチなのだと思う。

無意識のどこかで、少なくとも「弱い自分が許せない」という考えを持っているだろう。小学生思考回路としてはあまりにも辛い。なんてどす黒いものラストバトルの後にたたきつけてきたんだこの映画は。

パンフにも書かれていたように、「高町なのはという個人」について詳しく描かれたのは今作が初めてだ。無印もA'sもStsも、高町なのは主人公に置いてはいたが(Stsちょっと微妙だけど)高町なのは本質に関しては触れられなかった。

私も無印における高町なのはという少女のカタチを愛していたので、疑問に思ったことはなかった。

けれども、やはり経験なのは個人の考えは変わっていく。フェイトは確かに救うことができた。けれどもアインスは救えなかった。

そのことは高町なのはの「弱い自分が許せない」という考えに少しだけ拍車をかけてしまったのであろう。

誰のせいでもないのに、もっと強い自分じゃないといけない。という考えが、アミタナノマシンをもらうように伝え、「関節や筋肉がちぎれるような痛み」と称されるアクセラレーターを、アミタを使うために使った。

なのは自分の命を勘定に入れないフシがあるのは知っていたけれど、つまり、弱い自分否定するために自分の命を散らすようなことをしていたのだと考えると胃が痛い

唯一の救いは、リトルなのはによる「いつか自分を好きになれるといいね」という言葉

弱い自分でも居なきゃだめだという鎹、いつかできるヴィヴィオという娘の存在が、「弱い自分」を肯定してくれるのかな……と思いつつも、でもヴィヴィオを助けるためにも力が必要だしな……と一人で悶々としています。助けてくれ。

ところでなんでなのはちゃん右腕消し飛んだのに治ったんだ?



あと戦姫絶唱シンフォギアシリーズも好きだけど、なんとなく似てきてる気がする…良い意味で…。

anond:20181020175107

徹頭徹尾根拠ゼロお気持ち主観だけだなお前

お前みたいに妄想事実区別がつかなくなると性的消費(笑)とか言い出すんだろうな

anond:20181020174511

アイカツなんかのアイドルアニメが幼い女の子に人気なのを持ち出して

「ほらみろ女の子アイドルは大好きなんだぞ!」とか言いたがるオタク

そういう女の子はもうちょい成長するとアニメ卒業して韓流に行く事実を知ったらどう思うんだろうか

anond:20181020173728

でもそれはあなたが見たいところだけ切り取って葦の髄から天を覗いた結果あなた脳内限定で生じたクオリアにすぎませんよね?

あなた脳内しか存在しないものをさも事実であるかのように根拠扱いされても、こちらとしてはあなたイデオロギーは受け入れられません、としか言いようがない。

政治家の経歴・業績・汚職等を第三者がまとめたサイトってないの?

車いす市議に「ブルジョア障害者」、審議紛糾

https://www.yomiuri.co.jp/politics/20181019-OYT1T50157.html

こんな記事を見る度に思っているのだが,政治家汚職とかこういう悪事をまとめたサイト(もちろん善行も含める)ってないのかな?

選挙とき名前検索して,↑のようなのがすぐにわかれば,知らずに投票するのを避けられる.

選挙法に違反する懸念がある?

現行法でどうかはともかくとして,そういうサイトに何か問題があるか? 何も無ければ法改正すべきだし,法改正までは外国サーバを使うとか漫画村的な方法法律回避できるのではないかな.

誰がやる?

有志が集まってやる,って感じかなあ.

ウィキペディアでいいんじゃね?

っていうのは一理ある.懸念があるとすれば,編集合戦になる恐れがあり,政治家側が悪事隠蔽を図ろうとすることか.

誰でも編集できたら,政治家自分のいいことだけを書くのでは?

善行悪事政治活動の成果等を事実に基づいて(ソースを明示して)書くことを義務付け,執筆者以外の複数名(ランダム指名)が査読,一度登録された行為は審議を経ないと改変できない,ような仕組みを作れば対策できるかもしれない.

 

時間があれば自分でやりたい.

時間がないので誰かにこのアイディアを託す.

 

p.s.雷がひどくなってきた.怖い.外にいる人は気をつけて.

アデュー

anond:20181020141349

国の役目として、国民に対して政府しかできないデカサービス提供することと、国全体の金の量、金の回転を整え、景気を整える役割がある。

国がどんどん紙幣を作れば、紙幣価値がどんどん下がっていく。ものに対して紙幣の値段が下がるということは物の値段が上がる。これがインフレ

今日本はデフレ。それが故にインフレ気味にしたほうがいい。というので、金の量の増加をいう人間もいる、その一環で、政府紙幣を多く刷るとか、借金して景気を支えろという話になる。

けど、デフレインフレは加減問題なので、過度のインフレは良くない。よって、税金で回収しながらでないとならない。

国全体で、資金需要資金不足、借金)と供給資金余剰、貯蓄)は一致する。

端的に言うと、日本全体の貯蓄と、日本全体の借金は同額なんよ。

国が貨幣を作るということは、それはなにか国の財産を買ったり、公共事業をしたりして市中に出ていく。

なので、政府貨幣を作って何かを買うのと、国中から借金して何かを買うのはあまり変わらない。貨幣政府借金と言える。ただ、強引に金の量を増やせるかぐらいで。

物の値段が上がるのは、物の生産者に対して物の需要が大きい時に起きる。わかりやすい例を言えばレアチケットに対するヤフオクでの争奪戦

生産者に対して需要が大きいということは、生産者側としてもさら生産を増やせば売れるということ、儲かるということ。この状態では少しずつ物の値段が上がっていく状態

なので、軽いインフレ状態が良いと言われてる。

経済の規模は金の量×金の回転数でも表される。

金の回転数というのは、金を受け取って消費するか、金を借りてきて消費、設備投資住宅投資をするか。何らかの金を回す行為

金の回転数の指標となる貨幣流通速度は数十年間ひたすら低下していってる。

金の量×金の回転数なもので、金の量を紙幣を作って経済規模を伸ばすのも一つ。また、政府支出も金の回転数の一つではある。

一方何かの拍子で金の回転数が増加すれば、急激なインフレになる火種ともなってる。

一番問題なのは溜め込んで金の回転数を落とす富裕層企業。だけど、今経済政策として新自由主義ベースでやってる。

なお、1950−1980年台は、高累進課税や高い法人税で強引に税金でとっていた。ケインズ主義という。新自由主義は、それを批判して生まれた。

新自由主義国民生活に深入りせず自由にすれば良くなるという思想

だけど、金の回転数をあげるには彼らの行動を変えないとならない。この矛盾が故に、金の量を増やしたが金の回転数については自己矛盾を起こして身動きができなくなってる。

それから新自由主義財政均衡にしないとならないという呪縛にとらわれている。

けど、資金需要供給は一致するから企業借金しないのなら、家計の貯蓄分政府借金しないと不景気に落ち込む。

よって、バランス問題なので、景気を上げないとならないのは事実。鍵となるのは金の量と金の回転数。

だが、金の量をバカバカやすのは不安。かと言って金の回転数をどうやってあげたらいいか新自由主義の基では)わからん

から貨幣を新たに作るのは、とどのつまり政府借金するのとあんまり変わらないんだけど、金の量が増えるという副作用がある。突然急激なインフレになるのが怖いから金の量増やす一辺倒は嫌という感じでしょうか。

まあ、金の回転数にメスいれんとどうしようもない領域ではあるとは思う。

anond:20181020143204

そもそも増田ブロッキングはなんのためにするのだと思ってる?

著作権侵害する悪を断罪するため? それとも権利者を守るため?

前者であれば犯罪を未然に防ぐブロッキングは悪手だよね(断罪するためには悪をなさせたあとに処罰すべきなので)。

後者であれば日本著作物世界流出している事実に対して国内ではその事件を見えなくして目をそらすってだけで保護どころかおためごかしだよね?

anond:20181020141436

英語には膨大なネイティブスピーカーがいて長い歴史もあるという事実想像が働かないジャップは多いんや。

anond:20181020140442

幼少期に母国語圏以外の国で相当年数暮らしてたならネイティブ扱いでいいだろ。

ブレードランナー的な日本語おかし日本語だと判断できるのはネイティブだけだ。それはそれで事実

増田がそこに達している程度のネイティブなのかはまた別の問題。(おそらくそうではない)

anond:20181019100641

クソフェミによるキズナアイに対する嫌がらせはクソだが、

一方で増田のような「萌えキャラなんてどうせバカなんだろう」という偏見があるのもまた事実なのだなぁ

2018-10-19

anond:20181019211002

犯罪者予備軍をやり過ごす意味はあるよ。

1.常習者

2.痴漢予備軍

3.痴漢でない人

1の率が1番低いので、2をやり過ごすのはそこそこ理にかなってる。

しかし、ゆっくり歩く女は隙があるように見えるのも事実なので走れと言うのは間違ってない

anond:20181019211725

関西女子は、好みのタイプ「笑かしてくれる人」「面白い人」って子が多いのも事実

キズナアイの才能ってなに?

キズナアイって見た目が可愛いだけでとりたてて得意なことは無いしアホだし歌も踊りも演技もイマイチだしゲームも下手なうえにいつまで同じゲームやってんだって感じだしそもそもゲーム自体に興味なさげだし動画の内容も一貫してつまらないし英語も結局身につける気全然ないし初期と比べて異様に声が高くなってて聞くに堪えないしで、登録者数に対して再生数低いのも納得だし、結局は先駆者としての地位知名度に支えられてるだけの存在だと思う。

水滸伝宋江みたい。

Vtuber梁山泊において一応は主人公立ち位置にいるけどそれだけの存在

女版ばあちゃる

開始2秒で手札が尽きる女。

肝心の動画がつまらない女。

恋声

それが彼女の全てだと思う。

本家ばあちゃるはつまらないつまらないと半笑い気味の扱いだけど、実際は面白いし誰もが気軽にネタにできる絶妙立ち位置だしパンディみたいに無駄に周りに気を遣わせたりしないしおおらかで懐が深いし仕事でも有能だしサッカー解説者だしめめめのことが好きだしでキズナアイより面白いと思う。

キズナアイはばあちゃるのこと完全に舐め切ってるけど実際は逆なんだよ。

でもキズナアイもとい春日望は度胸と行動力自分大好き力はめちゃくちゃあるので、やっぱりVtuberの中心的存在として適任なんだと思う。

そして、その特性彼女現在立場と非常にうまく噛み合っている。

後輩Vtuberが頑張ったりVtuber全体の数が増えていくことで、キズナアイ知名度が更に上がり登録者数も増える。

そしてキズナアイ露払いをしていくことで後輩Vtuberにもいろいろなもの還元される。

持ちつ持たれつの共生関係がそこにはある。

一は全。

全は一。

宇宙の真理を体現しているのが現在キズナアイなのだ

今まで私は、猫宮ひなたやゲーム部や富士葵やYuNiなんかと違ってやりたいことが全然明確じゃねえな一体なにがしたいんだこいつはとおもっていた。

もっと言えば、テレビでよく見かけるわりに本業や得意分野が何なのかいまいちよく分からん芸能人タレント)みたいだなとおもっていた。

からキズナアイバーチャルタレントかい肩書をぶら下げているのはそこを意識しての自虐なんだろうと結論付けていた。

だがそうではない。

このVtuberブームをできるだけ長く引っ張ること、ブームが去ってもVtuberの数を減少に転じさせないように走り続けること、それが彼女しか果たせない役目であり、彼女だけの才能(タレントなのだと今頃になって気付いたのだった。

そんな単純な事実にすら気づかなかった己の視野の狭さに愕然とした。

まりにも鈍すぎる。

からこそ私は凡骨なのだ

あるいはそれ以下の虫けらだ。

キズナアイとは比べるべくもないほど矮小で哀れな存在なのだ

でなければ今こうして一人でペヤングなど啜ってはいない。

氷結を買おうかストロングゼロを買おうかで迷ったりしていない。

メンチカツに半額シールが貼られるのを待ったりしていない。

特売チラシを職場に持ち込んで昼飯時に眺めたりしていない。

Amazon中古小説を買おうか買うまいか悩んだ末に図書館で借りたりしていない。

虐殺には文法がある。

その文法を我々の日常のあらゆる場所に仕込めばいい。

そうすれば虐殺は容易に引き起こせる。

誰かがそんなことを言っていたが。

貧困にも文法があるのだろうか。

私がこうして貧困にあえいでいるのもその文法とやらが影響しているかなのだろうか。

ペヤング氷結ストロングゼロや半額シールや特売チラシやAmazon安倍晋三言葉にはそれらが散りばめられているとでも言うのだろうか。

からない。

そこが凡骨たる由縁なのだろう。

だがそれでいい。

私にはVtuberがいる。

おかげでこの一年は夜中に泣くことも少なくなった。

少しだけ人にやさしくなれた。

がんばれキズナアイ

がんばれ早乙女草夫。

横山由季子「ブロックバスター展は善か、悪か」を批判する

 美術手帖で連載中の「シリーズ:これから美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。

まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。

https://twitter.com/blanche1002/status/1051094298815430659

 「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。

 まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的価値判断であり、展覧会評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要から止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である

 次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論対象提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?

 実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会ブロックバスター展だと言っていい。明確だ。

共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議メディア担当者と話していても、60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚がある。

 共催展一般共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。

 しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター特有問題についての指摘はわずしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。

 そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか批判的に捉えているか文章引用しつつ細かく見ていこう。

ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。

 一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員成るほど美術真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。

そして現場学芸員は、採算性と学術性を両立させるという大きな矛盾に直面することになる。

 ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。

最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。

 共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?

あくまでも組織としては採算性が優先されることになる

 当たり前なのでは。

ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。

 ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。

共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館展覧会未来はそう長くはないであろう。

 若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者リーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。

近代美術の延長線上に現代美術位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディア現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術現代美術をつなぐ展覧会企画したり、現代美術一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。

 これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催粛々とやってればいいのでは。

数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代主題ごとに画業をたどるようなオーソドックス構成となりがちだ。先行研究調査をふまえた新たな視点を、カタログ論文作品解説のなかで示すことはできても、展覧会構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館ルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画自由度が低くなるという側面もあるだろう。

 そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館就職してください。あと、日本学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。

オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語イタリア語ドイツ語スペイン語、そして日本語や中国語韓国語資料網羅されている)、それを日々リアルタイム更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。

 日本フランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国美術研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。

 私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。

適応障害休職になった男のリハビリ日記1

前段の話

大手SIerの半研究開発職/半SEみたいなポジション仕事していた者です。

一応昨年度の新卒で入ってますが、業界は初めてではなく大学時代も細々ベンチャーで開発職したり、フリーSEしてました。

今の会社入社すると同時に結婚して、今は妻と2人暮らしです。

ただ妻はいわゆるボーダーで、パニック障害持ちでうつ病と少々厄介でした。

そんな感じの背景のある人間です。

本題

ある日、酷い頭痛発熱、全身の極端な倦怠感、強い動悸に襲われました。数日経っても改善せず病院に行きましたが病理的な原因は不明です(やや数字には出ていたのですがそもそも数日間食欲もなく水分もろくに取っていなかったので…)。

その後もあれよあれよと言う間に色々な検査を受けて最後精神科で掲題の診断に。

実は精神的な問題には心当たりがありません。会社も決してブラックではなく、もちろん妻のことは大変でしたがそれでもなんとか。強いて言えば妻は働ける状態ではなかったので、お金の面がじわじわ不安になってきた程度です。

それでも、事実として身体に症状が現れ、夜は眠れず、朝起きれば意味もなく(良い歳して)泣いて…。

あと自殺念慮というやつが私には今ひとつ分かっていなかったのですが分かったかもしれません。死にたいと思っているつもりはないのですが、自分電車に飛び込む映像、首を吊る映像ベランダから飛び降り映像…こういったものが繰り返し頭をよぎる(あるいは脳内再生していた)状態でした。

うつ病の妻を持っていたので、この手のことには詳しいつもりでいたのです。しかし、自分のこととなると意外と分からないものなのでしょうか。

自分も今でこそ、そんな風に客観的に書ける余裕がありますがその当日は「休職だけは勘弁だ」とか「死んでもいつも通りの生活する」などと騒いでいたそうで…(笑)

夕方比較調子が良いのと、セパゾンを飲んでるのが効いているのかなぁ…今は落ち着いて書けますね。

ごめんなさい、結論がまだでした。

休職1ヶ月を申し渡されました。

これが本題です。

休職1ヶ月のリアルは、主治医曰く

3割が復帰、3割がさらに延長、3割が今の仕事生活からドロップアウトといった感じらしいです。

私は復帰の3割に入れることを願い、行動しようと思います

適応障害と診断され、1ヶ月の休職になった会社員が本当に1ヶ月で復活するアーカイブとなれば良いかもしれない。あるいは、その難しさに挫折して違う道や、時間をかけた戦いに戦術変更するアーカイブとなっても良いかもしれない。

いずれにせよ、予想外の病に抗う匿名ブロガー不定期な日記をここに残していくことにします。

そして、最後自身方針を是非はともかく残すことにします。

薬物的な方針
行動とかの方針

薬物的方針主治医とも色々相談した上で…眠れないときアルコールで寝てしまうよりは…ということに。

SSRISNRIは相性問題も難しいですし、急性期の抑うつには難しいので一旦は無しで合意しました。

行動の方針はもう実行してますが…これは次の日記で。

具体的には会いたい人で、その上で会ってくれるという人には積極的に会って行くことにしました。あと大学時代研究室に少し、お世話になって勉強も。

今回の日記はそういった前置きの話で置いておきましょうか。

から本当の本当に日記になると思います

ちなみに次の日記には、大学時代お世話になった全然畑違いの先生に会いに行く話だと思います

今回のはここまで。

anond:20181019113210

ある程度推敲してブログ書き込みしていたこともありますが単純にそのような記事は読まれないので無意味だと思います

現在はてなではキモくて金のないおっさん存在差別されているという事実認識すらされていないという段階なので

まずキモくて金のないおっさんという存在認識して頂くところから始めないといけないと考えています

anond:20181019113326

私が自分やほかの方をどう呼ぼうと

あなたたちが虫けら扱いし凄惨事件被害者になろうとどうでもいいと思っている中年男性が多数存在するという事実は何も変わらないですし

それこそ問題のものに目を向けないで済まそうとするための話題逸らしだと思います

anond:20181019111110

主観一般的妖怪エヌイチと呼ばれていて「客観的に見て正当かどうかの検証がし辛い」ものです。

それが事実かどうか、事実であるならばそれは特徴的な事案であるかどうか、他のケースと照らし合わせるとどうか。

これらの情報検証を行った上での報告をしないことには、その情報を受け取った人はどう判断していいか処遇に困ります

(より正確に言うならば、主観情報を貰った時に一括で「嘘松」とすることもできるのですが、本人が事実と強弁するもの嘘松とは処断できないという人間的な問題も含みます

なので、僕が僕が! の隣に「〇〇ちゃんのおうちでは!」といった情報を含めるようにしましょう。

もちろん、我々の返しは「よそはよそ! うちはうち!」ですが。

anond:20181019110751

斜め読みしているのではなく事実共感を示しているだけですね

告発なら真偽不明でもOKという風潮

まあ必ずいつか事実と異なる風評被害目的とした「よくできた怪文書」がリークされてはてな大混乱という日がくるだろう。

最近でもMeTooは使い方によっては容易にネットリンチ装置悪用されかねないという教訓を得たばかりなのだが、

はてなーには響かないよね。

明らかに胡散臭いやつでも嫌疑段階では名前すら報道すべきではないという人は、

この怪文書増田ちゃんと異議申し立てをしてるんだろうか。

社会正義っぽければ当事者の片方の一方的な言い分を簡単に信じちゃう連中。

悪意たっぷり人間からすればこれほど利用しやすいカモもないね





anond:20181018205833

心拍確認後の流産

流産確認されて、来週流産手術をする。

わかったらすぐ手術するものかと思ってたけど、血液検査の結果が出るのに1週間かかり、そのあとの手術になるらしい。

手術というのは、絶対するんですか、自然に出てくるのを待つとかはしないものなんですかと聞くと、胎嚢(赤ちゃんが入っている袋)がもっと小さければ待つこともあるけど、あなた場合は胎嚢も赤ちゃん結構大きくなってきているから、ほとんどのケースでは自然娩出は待たない、待っている間に感染が起こることもあるし、手術することをすすめますとのことだった。

書くことで落ち着きたいので、妊娠発覚から今日までの経過を書かせてください。

私の排卵障害で2年前から不妊治療をしていた。

夫も治療には意欲的で、精液検査もすんなり2回行なってなんの問題もなく、むしろ非常によい数値が出ていると毎回ほめられていた。

仕事等の都合で途中治療を休んでいた時期があり、排卵誘発でのタイミング療法を再開してしばらくしての妊娠だった。

自然妊娠はむずかしいのかなあと思い悩むことが増えはじめた頃で、妊娠検査薬が陽性になった時も、うれしさと同じくらい、浮かれてはいけない、ぬか喜びしてはいけない、という気持ちが強かった。

排卵誘発の注射偽陽性を出すことがあると聞いたことがあったからだ。

夫に検査薬を見せると、飛び上がって喜ぶようなことはなかったが、へえ、と言いながらいろんな角度で何枚も力強いピンクの線を写真に撮っていて、この人らしい大喜びのしかただと思った。

でも、擬陽性かもしれないから、ぬか喜びかもしれないから、と何度も言ってその日は2人とも喜びすぎないことに注力して寝た。

次の日いつもの不妊治療のクリニックに行った。

その日はエコーも尿検査も何もしなかったが、医師からは、排卵誘発の注射からは1週間以上経っているし、最近市販検査薬は精度が高いから、妊娠で間違いないでしょうと説明があった。

看護師さんから妊娠初期に気をつけることや通常の産婦人科にかかるのは大体8~10週頃になるとの説明があった。

次の週にエコーで胎嚢が確認できた。

ここで子宮妊娠否定され、妊娠がはっきりとわかったが、夫にはまた、心拍確認までの流産確率結構いから、まだ何があるかわからいから、と何度も言った。

私は、がっかりしないように、期待しないようにと身構えるのに躍起になっていて、今思えばそのせいで、結果最後まで夫婦で大喜びする機会を逃してしまったように思う。

その次の週にはエコーで卵黄嚢(胎盤が出来るまでの赤ちゃん栄養源)と胎芽(胎児の前段階)の確認ができた。

同じ日に心拍確認ができたが、大人と同じくらいの心拍数で、非常にゆっくりだと言われた。

心配兆候だが心臓が出来たばっかりだとゆっくりのこともあるので、来週また来てくださいと言われた。

生活で気をつけることや出来ることはありますかと聞いたら、出血しているわけでもないし、この時期のことは食べ物運動でなんとか出来ることは何もない、普通に過ごしてくださいと言われた。

はじめてのはっきりと不安な帰り道だった。

心拍確認できれば流産可能性は15%から5%に下がると聞いていたから、今日心拍が見られればやっと夫婦で喜べると思っていた。

この場合は喜んでいいのかわからなかった。

自分の両親には夫の承諾を得て妊娠を知らせていたが、心拍確認できれば、夫の実家兄弟や親しい友だちにも妊娠しらせようと思っていた。

結局電話はしないことにした。

夫に、心拍確認できたらたまごクラブを買う、と言っておいたので、はじめてのたまごクラブという雑誌を買った。

夫は、表立って浮き足立つことはなかったが、体重計を買ってくれたり、座椅子がいるんじゃない、あれがいるんじゃない、と言って淡々と色々とさがしてくれたりした。

たまごクラブをぱらぱらみていた。

いそいそとしている夫をうれしく思った。

夜は2人で少し散歩をしたりした。

つわりも出てきて、体を動かすことが怖く、夫が帰ってきても晩ごはんが出来ていないことが何度もあったが、いいよいいよと言ってくれた。

不安気持ちでの次の検査には、夫もついてきてくれた。

不妊治療のクリニックなので、内診室には夫は入れない。

エコーで、卵黄嚢が大きいですねと言われた。

検査後に自分検索してわかったのだが、栄養源の卵黄嚢が大きいということは赤ちゃん栄養が行っていないということらしい。

胎芽は1週間分ちゃんと大きくなっていたが、心拍数は先週と変わらなかった。

診察室に移り、夫とともに話を聞くと、よくない兆候ですとの説明があった。

医師が、元気ですよ、元気なんですけどね、と途中で言ったので、元気なんですか?と聞くと、元気というか、現時点で生きてはいます、と言いにくそうに言っていた。

医師言葉選びを悩んでいる様子だった。

この時期の胎芽がもし上手に育たなかった場合ほとんどは染色体等の問題でもともと育つことができない子がなんとかここまで育ったがやはり上手くいかなかった、ということであり、医師にも、我々にも、出来ることはないとのことだった。

今後どうなるかははっきり言えないとのことだった。

でも医師はかなり難しい顔をしていたので、あの、もちろんはっきりと言えないと思うんですが、確率的には、と聞くと、医師はやっとここで、正直かなり厳しいでしょう、と言った。

呆然としてしまったが、今日は夫がいてくれてよかったなと思った。

夫に、どう思う?と答えにくい質問をすると、夫は来週まで待ちましょう、とだけ言った。

本当に良くないんだけど、『卵黄嚢が大きい』『心拍数が少ない』などで検索ばっかりしていた。

かなしい、不安、というよりぼーっとしてしまう、ついつい見てしまう、という感じだった。

落ち込む準備をしているようだった。

つわりで船酔いのような状態の時が多かった。

検査の前日、不安だよ、行きたくないよと夫に強く当たってしまった。

最後検査の日、エコーでそう長く続けないうちに、やっぱり厳しいですね、と医師が言った。

心拍は見えなくなっていた。

この時期なら大きくなる一方のはずの胎芽は先週の半分に縮んでいた。

流産と診断された。

手術の説明の前に一度戻った待合室の端っこで、人から見えないように少しだけ泣いてしまった。

夫に電話してまた少しだけ泣いてしまった。

昼食をとりながら父母に電話するがつながらず、誰かに話を聞いて欲しくて、兄に連絡すると姪が熱を出してたまたま仕事を休んでいた。

今寝てるから電話できるぞと了承を得て、これまでのことを頭から話したら、いろんなことを思い出してぼろぼろに泣いてしまった。

兄は、俺は色々言えないし、かなしいことになったのは事実だけど、お前はずっと妊娠を目指してきたんだろ?かなしいことが事実なのと同じように、お前が妊娠したこと事実だし、次があるのも事実から、というようなことを言った。

姪が起きたようなので、ごめんもう切るぞと言って電話は終わった。

父母に電話した。

少し落ち着いてきたので泣かなかった。

実家は離れていて、母は、こんな時に近くにいてあげられなくてくやしい、というようなことを言った。

夕方、夫が仕事の合間に短い電話をくれた。ありがたかった。

流産稽留流産などのワード検索をしてしまう。

はじめはGoogleで、次はTwitterで、あらかためぼしいものは読んだなと思ったので次ははてな検索した。

体験記を読む間はあまり余計なことを考えなくて済んだし、内容に没頭できた。







ぬか喜びでもなんでも、後で死にたいほど大泣きすることになっても、もっとはしゃいで、もっと浮かれて、2人でばかみたいに大喜びしてあげたらよかった。

落ち込まないよう、がっかりしないよう、びくびく気をつけて、そんなことに気を取られている暇があったら、はじめから2、3ヶ月しか一緒にいられないと決まっていたとしても、もっともっと、おなかに来てくれてありがとうって、あなたが来てくれて幸せよって、伝えてあげられたらよかった。

元々お酒は宴席で飲む程度だが、妊娠してから夫の晩酌を見て、飲めないと飲みたくなるね~なんて言って笑っていた。

心拍数が遅いと言われてから、少しでも体を冷やさないように、好きなバニラアイスを食べないことにした。

妊娠がわかってから、友だちと前から楽しみにしていた遊園地約束を断った。

今、ビール日本酒も平気で飲めるのがかなしい。

アイスクリームが食べられることがかなしい。

遊園地にでもどこにでも行けるのがかなしい。

世界中どこにでも行けるのがかなしい。来年の何月頃にと想像していたことがかなしい。来週おなかからの子がいなくなるのがかなしい。

かなしい、かなしい、かなしい

手術の前なのでまだつわりがある。

気持ち悪い。この気持ち悪さが、来週の今頃にはきっとないのがかなしい。

でもこの子はまた来てくれると信じて、しばらくは体を鍛えたり、体を冷やさないように気をつけたり、食べ物に気をつけたりしながら、また不妊治療がんばりたいと思います

長くなってしまってごめんなさい。読んでくれてありがとう

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