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2017-07-22

二世帯つらい

風呂シャワー蛇口が壊れてる。

原因は、母と妹が「強い水圧じゃなきゃシャワーを浴びた気がしない」という理由で毎回お湯の蛇口限界まで捻ることにあると思っている。

限界まで捻らなくても、途中からもう水圧は変わらなくなると思うんだけど…

で、限界まで捻るから閉めるのがめんどうくさくなるのか、いつも蛇口を全開にしたまま手前のシャワー蛇口だけとめてお風呂から出てくる。

いよいよ水圧に耐えきれなくなって、蛇口の根元が壁から浮いてきてしまい、お湯がダラダラこぼれてくる。

ここ一年ほどは蛇口を開けると「ボー」という音が出るようになり、夜は特にその音が響くのが気になる。

もう何年も母に「水道屋さん呼ぼうよ」と頼んでいるのだが、その度喧嘩。今夜もそれでマジギレ。

限界まで開けるから水圧がかかるんだよ」っていうと「私たちのことを責めてる!!」ってキレられる。「あんだって洗面所蛇口ちゃんとしめてない」とすり替えてきたりとか。私はしめてる。大体は妹だ。でもこういう話が始まると無言で部屋に消える。私がその手を使うと母は私を部屋から引きずり出すというのに。

他にも、家の機能で完全に壊れてるところがあって、常識的に考えてそれは一刻も早く直した方がいい!と思うんだけど、それも言うたび母逆ギレ

でも、つらさの本質は、結局家の決定権は祖父母にあるということなんだ。母方の祖父母と一緒に住んでるんだけど、母も祖父母も親離れ子離れできてない。もちろん母の言うことは聞き入れてもらえない。

私は壊れてるのが気になるし、そういうのを直して維持しながら暮らすためにお金があるんじゃん、と思う。

から「おじいちゃんとおばあちゃんに言って」って言われるからちょくちょく訴えかけてるんだけど「お金がかかるのよ」って言われる。そりゃかかるよ!!!!!

母と祖父母は自分たちの考える理想の豊かな生活のために無駄遣いしてばっかり。

都内に家がある、土地がある」ということだけが自分たちの誇りだからマジで勘弁してってときがけっこうある。

墓参りの帰りに揃って鰻食べるの一回控えたら、それで水道直せるんじゃないかなあ。

家の壊れてるとこ直さないことのほうがよっぽど変だよ。

祖父母は自分たちではなんにもしなくて、友達全然いない。そのくせ親戚か知り合いの話ばっかりしてる。夏は避暑地にたてた別荘にいって孫たちの自慢。よその本当のお金持ちのひとたちに恥ずかしげもなくマウンティングしてる。数年ぶりについていってあげたら、行きつけのごはんやさんの人が私のことすごい知っててめちゃくちゃ恥ずかしかった。大学のこととか、高校部活のこととか。やめてほしい。お店の人にも、祖父母のつまらない自慢話に付き合わせてしまって申し訳ないと思う。

はやく家から出たいんだけど、私は第一子長女で下に男の子もいない。

母もそうだった。「家を継ぐ」ことだけを求められてきた、かわいそうな人だ。

祖父から「家を継ぐ気はあるのか」って言われる。拒否したらどうなんのさ?

つーかなに名家気取ってんだよ。マジ大した事ない普通の家だろ。

ホントちょっとした不動産があるだけで、ただの成金なんだ。しか最近知ったんだけど、別に先祖から代々受け継がれたものというわけでもない。え?そんなもんだったの?って思った。そんなもののために私たちはこんなに縛られているの?

あるだけですごいのも、ありがたみも、よく分かるけど、身の程を知ったほうがいい。

墓参り行く度に「あなたもこのお墓を守るのよ」って言われてきた。正直もうたくさんだ。

おかげさまで大学まで行かせてもらえて何不自由ない暮らしもさせてもらえてるけど、それ以外の精神的な安らぎみたいなものはまったくない。とにかくつらい。

就職が決まって、人事の人からも「最初の1〜2年は実家にいたほうがいいよ、都内ならなおさらだよ」と言われるけど、私はとにかく自分自分らしく生きていけるように、自由を手にするためだけにここまで頑張ってきた。

中学の頃から「家を出て一人で長く暮らしていくための様々な力をつける」ことを目標にして、大学受験就活も乗り越えた。

それでも家での私の評価はとても低い。

根暗とか元気がないとか生活力が低いとかやたらガミガミ言われるけど、勉強だけしてればいいっていってたのはどこの誰なんだよ。

それでも一歩家から外に出れば、そんな私を良いと思ってくれてる人がたくさんいるんだ。

なんで自分たちの死んだあとのことばかり気にしているの?

はやくお金をためて実家距離を置きたい。

こんな気持ちは本当にもうたくさんだ。

2017-07-19

字画判断いらん派 ぜったいいらん

https://anond.hatelabo.jp/20170717145213

だって無い時のほうがぜったい幸せから

名づけるとき字画判断というものがない時って、たぶん先祖名前から一字もらったり、生まれた季節とか座右の書とか夫婦の思い出だとかから名前つけるでしょ。なんか奇想天外な名づけ方もあるんだろうけど。

政府許可している人名漢字しか使えないんだっけ、しばりはそのくらいしかないので、ほんと気持ちよく名付けられると思う。

名づけの瞬間にはきっと親としての祝福があり、希望があり、素敵な未来を子にあげる気分になれる。マイナス要素がない素晴らしいイベントになるよ。

字画判断が入ると好きな文字インスピレーションで選べず、字画の表から選択式になってしまう。やりたくもない数字パズルゲーム・・・だいたい良い点数の名前を選び出すわけだ。85点をめざしましょう・・・

なんか100点まんてん名前は無理なんだっけ?

それでプラス面はコレコレ、マイナス面は・・・、という結果をほーんと眺めるわけだけど、ながめてないで冷静に考えてよね。そのマイナス面っているの? 必要なの? 

オカルト必要だよーとか、信教の自由かいう人もいるけど、これってオカルトではなく、宗教上の言祝ぎでもなく、危険呪いひとつだ。

呪いは遠ざけねば。

呪いっていうのは素人でもかんたんにつくれる技術から巷にあふれているけれど、害が大きいので潰し続けなきゃいけないんよ。

たとえばわたし友達赤ちゃんの前で「赤ちゃんを小指で指さすとその子幸運が100増えるか100減るんだってさ、今私が考えたんだけど」とか言いながら小指であかちゃんを指差すと、これはなんかものすごい嫌な感じするでしょ。

そういう気持ち悪さをこの世に一杯増やしているんだよ、姓名占い

滅びといてと思うよ。

2017-07-12

https://anond.hatelabo.jp/20170712000300

わかる。

ていうか、海外では男女の結婚ということ自体オワコン化して事実婚選択するカップルがいる現状において、「結婚」とは何かというところについてあまりにも議論が浅すぎる感じがある。

そもそもとして現在日本で「結婚」とされる制度江戸時代から武家のお家制度明治になって一般人適用したとともに、それまで一般的だった人前式を無理やり欧州列国に認めさせるために神前式に祀り上げたとかわけのわかんなもので、そういうところを真面目に研究する学者がいない。

同性愛者がいるという事実と、結婚という制度そもそも社会的歴史的にどういう位置づけであるかということは全く別の問題なのに、ほとんどの人が平面的に「だってみんなやってるし」で片付けてる。

世界諸国に比べて婚姻制度とかパートナーシップ制度20年は認識が遅れてる日本において、同性愛者ですら「だって男女の結婚幸せそうだから」とかふわっとした理由同性婚を支持していたりする。

一方でラディカルな同性愛者は結婚制度のものが将来的な家族制度に適しておらず、まして同性愛という人間関係にはそぐわないものであるということを理解しているから「同性婚」という茶番に反対をしていたりする。

日本における同性婚議論で最も欠けているのが宗教的観点で、元祖キリスト教同性愛禁止していたこととか男女の結婚も一生何があっても添い遂げることを強制するDV容認男女差別容認という宗教的戒律があったことが理解されていない。

今の日本結婚制度がもともとあった先祖崇拝とアミニズムと神道を無理やりキリスト教風にミックスしたクソみたいな思想の土台のもとに成り立ってるってことがわかってもらえれば「同性婚」どころか「結婚」がいか不毛20年遅れた制度であるかがわかるんだろうけど、まあ日本会議が頑張っているうちは無理かな。

こういうところ、まじで議論できる論者が日本ではあとどれくらいあとに発生するんだろうな。はあ。

2017-07-11

変な姉

小さい頃から変な姉だったけど

お互い結婚してますます変になって来た

私に執着してムキになって勝とうとして来る

ありもしない陰口を叩いて来たり

「怖い怖い」とまるで姉が被害者かのように言ってるらしい

怖いと言われても、人としてやってはいけない事をされた時に

怒った事しかしていない

そして少しでも母が私を優先させるとギャーギャー騒いでいる

小さい頃は「私が一番可愛そうだった

何もしてもらえなかった」と愚痴を言う姉

しかし実際は、妹をイジメまわし

近所中から嫌われ

一番上の姉からお下がりは全部、自分で独占し

私には下りて来なかった

おかげで着る服が一着しかなく、いつもジャージ着ていた

新しい習字道具を買って貰った時はまた

ギャーギャー騒いで横取りされてしまった

いつもそんな感じで、私の方が我慢ばかりしていた記憶しかない

新しく買った消しゴム

脅されて取り上げられたのを良く覚えている

姉が何も買って貰えなかった訳ではない

しろ私より遥かにいろんな物を与えられていた

常に自分を優先させて貰わないと癇癪を起こす

あの年になってもまだこう言ってくる

自分いちばん可哀想

以前 私にこう言ってきた

「お姉さんと呼んでリスペクトしれない」と。

彼女先祖供養を主にする新興宗教をやっている

姉がやってると言うだけでその宗教がロクでもないイメージになる

2017-07-03

増田ブクマを稼ぐコツ

私はこれを祖母から教わった。祖母はその母から。曽祖母は、その母から

私の母は、祖母から教わらなかった。これは二人の関係性の問題だ。

から祖母は私へコツを教えた。半ば母の意向無視する形で。

から私は、母の前では増田投稿しなかった。あるいは、わざとブクマを稼げるような投稿から程遠い内容を書き込んだ。

そのままブクマ0、トラバ0で流れていくのを母に暗に示したこともあった。

一体いつから、我が一族増田投稿しているのだろう。

天保のころに文書燃えて、古い記録は一切失われたのだそうだ。祖母が言っていた。祖母は曽祖母から聴いたと言う。

私は、それがもしあっても、いつから増田投稿しているかはわからなかったのでは、と思っている。

あやふやな由来記しか書かれてなかったのではないか。失われたからこそ、色々と想像余地生まれる。

文の構成要素や、それを用いる順番(流れの様なもの)、投稿する時間帯や、呼応する(であろう)ファーストからサードブクマ家。

古い教えなので、五行説に基づいた緻密な理論がある。もちろん、五行説は譬えで使われているにすぎないのだが、昔の人はわかりやすい仕組みを考えたものだ、と感じる。

祖母が亡くなって19年経つ。亡くなるまで母とは不仲だったし、時を経るごとに離れて行ったように思う。

祖母の書く増田は、先祖から言い伝えを鮮やかかつ優美再現し文を編む。で、祖母はそこにちょっとだけ「乱れ」を含ませるという。

あえて五行を「乱す」のだ。五行あくまで譬えなので、揃えることがかならずしもブクマ稼ぎに直結しないのだと言う。

先祖からの教えに反することがらだ。

祖母はそういうのをあまり気にしなかった。母は、祖母のこうした気質が気に入らなかったのかもしれない。

五行」に基礎づき、しかしそれを「乱す」ような出来事があった場合祖母増田書き込み、そしてたくさんのブクマを稼いだ。

祖母実体験を増田に編むのに長けていた。実体験の中でも話が「乱れ」る話が得意だった。その方が読み手リアリティ想像性を伝えられる、とのことだった。

私は15歳の娘が増田に書いているのを見た。

最近木星人類がはじめて到達したことに関して、地球の通っている学校でどのような話をしたか(莫大な公費がつぎ込まれている)。

そうした内容で投稿された増田。「五行」は完璧だ。だが、伸びない。189ブクマ。平凡な結果だ。「五行」を満たしたのに。

最近反抗期を迎えた娘は、私を超えたいと思っているのだろう。

直接アドバイスすると彼女の気分を害するので、祖母との昔話の体で、「五行」を満たすだけでは嘘くさて、古い言葉で嘘松とか言われてしまう(たとえそれが実際にあった出来事でも)という話をした。

祖母そっくりになった私の母は、うらめしそうな顔でこのやり取りを見ている。遂に増田に書かなかった母。

母は増田の家に生まれたのに「乱れた」。

からすれば、増田永遠に書き続ける家の習わしを奇妙で「乱れた」ものと感じ、生を送ってきた。二つの要素は等距離で「乱れ」ている。

2017-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20170616171312

天皇家先祖が結ばれたり別れたり

の子である姉弟がいさかいのあげく姉が引きこもり

引きこもった姉を連れ戻すためにストリップを始めたり

時代が下って一回ヤッただけで妊娠とかおかしいと男に言われて

娘が身投げしたり

かとおもうと燃え盛る家の中で子供出産したり

そういう話なら知ってる

古事記っていうんだけど

2017-06-15

大江戸きっちんって漫画が好きだった

料亭のどら息子が江戸時代タイムスリップして、店を奪われて首をくくりそうなご先祖様を助けるために現代料理知識を動員して料理をするお話なんだけど、出てくる料理が美味そうで好きだった。

何でかこれ一作で消えてるみたいだけどもっと読みたかったなぁ。

2017-06-11

遺言書は本当に書いてもらってた方がいいよって話

じいちゃんが死んだ。90近くまで生きて、死ぬ時もぽっくりの大往生で、ここまでは良かった。

大変だったのはそこから火種なんて全く見えなかった我が一族にも相続問題が勃発した。

具体的には長男夫婦次男夫婦が揉めてる。

長男夫婦は、「長男として家を継いで欲しいと、昔からずっと父から言われていた。」と主張し、次男夫婦は「長男夫婦はたまに来てご飯を食べたり掃除したりするだけで、毎日世話をしてたのは近くに住んでいた私たち。それに実は死ぬ少し前に父から『やっぱり家はお前に頼む』と言われていた」と主張している。

それに対し長男夫婦は「そんな話は聞いてないし、そんな話があれば父が自分たちに言わない筈がない。次男夫婦は嘘つきだ。」と(心の中で)反論。(弱いww)

大した家柄じゃないので、家を継ぐ継がないっていうのはどうでもいいっていうのは分かりきってて、要は遺産の話。

じいちゃん普通リーマンだったけど、先祖から継いだ土地が少しあるのと預貯金が数千万ある。(本当老人は金持ちでいいよね。じいちゃん戦争に行ってたし、公務員だったか年金40万近く貰ってた。)

まだ預貯金と、家以外の土地をどうするかの話し合いはしてないみたいだけど、葬式喪主は押し切って次男が務めたし、じいちゃんの家も次男夫婦が継ぐことで確定してるみたい。

このまま行くときっと預貯金次男夫婦が多くを持っていきそうな感じ。

結構すげーな、と思ったのがじいちゃんの葬式長男が受取人になってたじいちゃんの生命保険金で挙げた

だって次男は「父にやっぱりこれはお前にやるって言われたからこれを使わせて貰う」って言ってたけど、それは流石に嘘っぽいかな。

自分としては自分が貰える訳でもないかあんお金の行き先に興味もないし、兄弟で何やってんだよくだらねーなと思うけど、一つ言えるのはこんなんで兄弟の縁切れたらじいちゃんまじ悲しいだろうなー。草葉の陰で泣いちゃうよ、じいちゃん。

なんかこれを契機に出るわ出るわお互いの愚痴って感じでそれを聞くのも結構エグい。自分長男夫婦の子供なんだけど、叔父さんも叔母さんもすっごくお世話になったし、大好きだし、いい思い出しかなかったから。

兄弟結婚とか将来お祝いしたかったけどなー。もうなんか笑顔で一同会することはないかもなって感がムンムン。

「近くに住んでて、どれだけ金持ってるかを肌で感じてたら人間何でもするかもね」って言ったのはまた別の親戚の人。「えっ、次男夫婦が金目当てでじいちゃんに良くしてたって言いたいの?」って聞いたら「悲しいけどね」って言ってた。

そんなことー、切なすぎるー、知りたくなかったー。

「じいちゃん、遺言書書いとけば?」って一言じいちゃんにやっとけばよかったな。

はてなーのみなさん、一回ちゃんと話し合いの場を設けとくといいよ!本当に。うちだってすっごくすっごく(表面上は)ずっと仲良し一家で、まさかうちが!ですよー!

2017-06-10

PR問題ヨッピー相手をみて喧嘩をしファンネル飛ばしていたのか

興味ない人向けに、概要を書くのが好きな村民がいた。わたしだ。

興味がない人も、興味がある人も読む価値があるようなエントリーはとてもわたし能力では無理なので、せめてフラット第三者的目線で公平に綴ってみる。

広告記事ヨッピーさんと作成している会社社長2016年に「PRと書くとPVが減るから入れたくない」と正直な発言をした。

そこに id:otsuneが「大きい穴が空いてますよ」と言った。

その社長は、共通の友人から過去に聞いた話だと、とても正直な性格で嘘がつけない人という話だ。

彼は「PRタイトルにつけるとPVが落ちるからつけたくない」と正直な発言をした。

その社長唐突otsuneを名指しで煽りはじめる。

otsuneは「大きい穴が空いてますよ」「ギガが減る」と言った。

するとヨッピーotsuneのイキリ発言と称したスクリーンショットをまとめ

全然知らなかったんだけど、インターネット古参であるらしいおおつねまさふみさんと他の人のページで論争っぽい事になりまして、「イキり発言」みたいなのがだいぶ集まったので「こういうおっさんは本当にどこにでも居るんだな」って思いました。

ヨッピーさんはちょっと私に対する調査が足りないみたいなので」

理論武装できてる?」

「ここに穴があるけど気付いてる?」

シュート質問

(他にも、煽りには同じ強度の文体煽り返す。罵倒には同じ程度の失礼さで論理の穴を付く。などの指針はある)

あたりがお気に入り。カッコ閉じで自分語りしている所なんて最高。

こっちは真面目に話してるつもりなのに「論争のイロハを教えてやったぜ!」的な謎の上から目線が飛び出して来るのはだいぶアレだなぁと思いました。ネット古い人らしいっちゃらしいんだけど。

元ネタはこのへん。

https://www.facebook.com/atsushimiyawaki/posts/1552222478141313

しかし僕も性格悪いなぁ……。

これらを元にヨッピーの支持者達は「ギガ出会い系オフパコオッサン」「髪がギガ薄くて粉をかけてるオッサン」「ヨッピーさんの記事面白いから読んでから批判しろ面白い文句あるなら記事を書いてから言え!ギガおじさん!」と突撃した。

otsuneは「僕はおっさんだけどギガが減るは若者用語なんだけど」と思いながら黙ってた。

ギガが減る」がGoogle関連の世界企業幹部カンファレンスの登壇で使う「一般用語」に格上げされる。

ギガが減る」を知らずに「おっさん」を叩いている側はむしろ若者用語を知らないおっさん」という認知が広まる。

otsuneは「広告業界なのに(若者用語を)知らない人が多くて驚いた」と感想を述べる。

普段と違う戦況に混乱したのか、ヨッピーさんはotsune和解宣言をする。

otsune和解意味がわからず「高速道路を逃げる豚」とヨッピーさんを再度煽る。

すると id:shi3z が突然現れる。そしてヨッピーさんを殴ってマウンティングをしようとしたのだが、ヨッピーさんの支持者からの適切な攻撃としがらみですぐに腹を見せ

「謝ってくれたので良いです」

ヨッピーさんに赦される。

ヨッピーさんはshi3zを謝罪させたという戦果を得る。

謝って頂いたのでこの件はもういいかなと思うんですが、「寄付」は宣言した事だしこの人が社長だった期間は判明したので金額整理した上で近々寄付してスクショあげます

と、未来に再度問題提起を行い、shi3zに反省の機会を提供することを宣言する。

これらの宣言をみたはてなクラスタ人間が、shi3zの敵討ちとばかりに再度ヨッピーさんに凸しはじめる。

ヨッピーさんは

ほらー!!こういう手合いが出てくるんだよー!!!もう勘弁してくれー!!!

と、もう迷惑から絡むのを辞めてくれと、これ以上の参戦を牽制する。

と、ここまでが概要だ。

本題

そして現在表題にある「ヨッピー相手をみて喧嘩をする」エントリーをはじめ、はてな村の村人のヨッピーさんへの厳しい言及が続いているのだが果たしてこれは正しいのことなのか。

このエントリーでは、このエントリーを見るはてな村の村人が冷静な分析をする素材提供をしたい。

まず「相手をみて喧嘩する」についてだが、これは明確にモフモフの誤認なのでヨッピーさんに謝罪をするべきである

「謝ってくれたのでよいです」

ヨッピーさんが赦してくれる謝り方での謝罪お勧めする。

ヨッピーさんが相手をみて喧嘩をしてないのはここまでの経緯を見ても明らかである。shi3zも本来であれば戦闘力の高いレジェンドクラスの村人なのはご存知の通りだ。

ヨッピーファン自分に対して言及する相手へのリプを非常にマメにやるサービス精神を持っている。その際に別け隔てはない。全てを公平に相手をしてあげているだけである

相手を選んでファンサービス喧嘩をしているわけではない。

一方otsuneの件で分かるように、振り上げた棍棒を、どのタイミングで納めるのがもっとも相応しいか、に対して非常にクレバーである

「人を選んで喧嘩をしてはいないが、収束させるタイミングクレバーである

ただそれだけのことなである

ヨッピーさんがファビョっている理由がぜんぜんわからなかったんだけど

ヨッピーさんの対応がどんどん可哀想な展開になっていく。謝れない病がここにも

とここまで言及をしたshi3zは自ら謝ることで身を正した、そしてヨッピーさんはそれを赦した。それだけの心の広さがヨッピーさんにはあるのであるからきっと赦してくれることだろう。

更にはてブTwitter上で検索してもヨッピーさんを擁護する声は非常に多い。

またヨッピー可哀想な人に絡まれる図

律儀に返信してるヨッピー尊敬する。

いい歳のオッサンがモフモフとか名乗ってんの気色悪すぎるでしょ。

相手を見ながら喧嘩するヨッピーさん」みたいに侮辱するタイトルにする必要あったのかなー、、、と思ってしまう。

ヨッピー喧嘩売るにしては力の差がありすぎる感じ。 ヒクソン・グレイシー道場破りに挑んで血だるまにされた安生洋二くらい無謀だ。

ヨッピーさん周りが騒がしくなってるけど、見てると元電通マンとかどっかの意識高い系社長とかわき上がってきて面白いね。共通するのは自己愛の高さ。

ヨッピーに絡まれて注目を浴びたいみたいなヤクザからまれるだけでも疲れるだろうに、その後カスみたいブログ書いてドヤ顔されてるのただただ気の毒でしかないな。小蠅かよ、、、

いかがだろうか。更に続けると

よっぴーまた勝ってたもようw

ヨッピーotsune、 shi3zuあたりのはてブおじさんを薙ぎ払うここ最近の流れ最高にロックなんだけど、よくわかんない人にまで絡まれ始めててかわいそう…

こいつもマストドン持ち上げてるしマストドン持ち上げてるやつ全員ゴミだということが証明されつつある

しつこくすればするほど、『チヤホヤされたことのないオッサンたちのヨッピーへのひがみ』って構図が強まりそうだなー

はてな界隈ヨッピーが憎い人が多いのは理解出来た、あれだけ信者付いたら悔しいんだろうね

なんだこの■■■■とかいキモいオッサン有名人ヨッピーいっちょかみして屁理屈並べてるだけやん。謎のウエメセ煽りまくりの内容だし。そもそもオッサンがモフモフを自称とか超キモいんですけど。

もはやヨッピーさんに自己顕示欲の強い人が群がってるようにしか見えぬ…

ヨッピーの人相手に最高にダセえことしてた人、あらゆる態度が全て最高にダサくて、どこを切り取ってもウワァー最高にダセえ人という気持ちになる

売名が目的場合、いつまても続けたいのでしょう。誠実に対応しても、落とし所がそもそもうからヨッピーさんを疲労させるだけ。

今回の論争の場合ユーザー目線」が議題であったはずだ、であればなおさらのこと

どちらが世間から見ると「悪」でどちらが「錦」なのか、世間ではどちらが勝っている様に見えているのか、みなわかっておいた方がよい。

ここでこんな発言も紹介したい

一部の代表取締役経験のある方々の中でヨッピーさんが「伝説の賞金首」みたいな扱いになって炎上商法活用されてる構図、既視感あると思ったら小学生時代はるかぜちゃんだった。「取り巻きに殴らせるんですね」みたいな捨て台詞まで含めておんなじやで…

まんままっくす村井の構図と思った。

まり世間認識としては春風ちゃんやマックス村井有象無象が群がって批判し、それに勇敢なファンが立ち向かう姿に重なってみえるということだ。

はてな村危機ヨッピーさんに挑むのもいいが、それが結果として多くのユーザーからはてな村の評判を落とすことになっていることは、わたしが皆を代表して謝罪する。

広い心で赦していただきたい。

次にファンネル問題、数で殴る問題であるファンネル飛ばしていたのか飛ばしてないかファンネルが飛んだかどうかは別問題なので

飛んだ事実ヨッピーさんに絡むのは筋違いである

この様なポストヨッピーさんがしたのだからヨッピーさんはファンネル飛ばしたと見ていい。という解釈あくまでも自分の一解釈としておくべきだ。

ファンネルが飛んだだけだ。人の心の中まで人は理解できない。ヨッピーさんが数で殴ってないと言ってるのであればそれに対して謝罪をするべきである

きっとヨッピーさんは赦してくれることだろう。

さて、ここまで書いておけば皆さんもヨッピーさんが相手をみて喧嘩をしたり、ファンネルを飛ばすためのポストツイートをしたと言うのは誤解なのかそれとも真実なのかはわかるだろう。いかがだろうか。

otsuneヨッピーさんの支持者の一人が謝罪をしているのだから、支持者の皆さんに「ギガが減る」という地雷を埋めて恥をかかせて申し訳ないと全員に謝罪するべきだ。

そうすることで、この「PR問題」はヨッピーさんの中で終結する。

岡安モフモフ@アーガイルマストドン

飛んだ先に「○○の提供でお送りします」って書いてあるからって、タイトルに[PR]と書かなくて良い論拠にはならんでしょうよ……みたいな話ですかね。

ヨッピー @yoppymodel

│飛んだ先が冷静だからってタイトルを刺激的に書いて良い論拠にはならんでしょうよ……。「殴ったけどジュース奢ったからチャラです」みたいな理論やんけ……

そもそも「冷静に」とか言いつつちょいちょい煽っとるし…… 頼むよ本当に…

この様な些細なことの揚げ足取りから平和は訪れない。皆ヨッピーさんとその支持者に謝罪するべきである

さて、わたしは年の離れた弟がいるのだが、学生時代津田大介さんや茂木健一郎さんに傾倒し、本までお布施している彼をわたしはてな村独特の感情で冷笑し疎遠になってしまった。

今では彼は社会人になり、たまに食事をする際にその時の話をすると顔を真っ赤にしてくれる程には関係値は回復したが、彼の学生時代の2年間、一緒に遊んだり彼の悩みを聞いたりということは出来なかった。そして、その時間は戻ってこない。

同じような体験は、このエントリーをみた人にはして欲しくないという思いを込めこの内容を登録する。

どうか議論が「広告記事タイトルに[PR]と入れるべきか」に先祖返りしませんように。

2017-06-09

子孫も食いつぶす原野商法という最恐ハックについての補足

みんないろいろありがとう。少し元気が出た。

前回の記事や関連URL

合法的一族から永遠に搾取可能原野商法という最恐ハック

http://anond.hatelabo.jp/20170607155105

原野商法

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E9%87%8E%E5%95%86%E6%B3%95

全員が相続放棄したらどうなるの?

http://anond.hatelabo.jp/20170608120049

相続放棄をみんなでやれば?

仮に私とその兄弟とみんなでやると、たしか、その故人の兄弟相続させられるという話になって、さすがにこじれすぎるよ。。。

それらも含めて、いっせいのせというのもわかるけど、それこそさすがに連絡とったり多分現実的に難しい気が。

ところで、墓地の件はわたしも忘れてた。ありがとう

払わない

せずに済むなら、それが良いと思っている。たださすがになー。

ホームレスに売りつける

これはさすがに考えていないし、まずいだろー。

内容がよくわからない

これ、どう説明すればいいかな。

価値ゼロ土地相続するはめに。価値ゼロなので売れない。

・それを相続したくないが、相続放棄は全ての財産放棄しか認められない。

・仮に放棄したとすると、その故人の血縁相続対象となり、またこじれる。

価値ゼロなので固定資産税はないが、管理費を取る業者がいるので、そのお金を払い続けないといけない。払い続けることが、永遠に相続される。永遠に相続される、という点で、自分の子供にもそれを押し付けることになりかねない。

ここに困っている。

これでおk

山遊び好き

共有地はたぶん小さい区画水道かなにかのどうしても必要場所だったように記憶している。メインは165平米。

あとで知って

いや相続放棄も何も、まだ相続もしてない。相続のこと調べないとなーと調べてみたら、それが未来に引き継がれることがわかった。

物納

今回、問題になっているのは、管理費。共有地を管理している人に、永遠に管理費用を払い続ける、という点。

遺産分割協議書に載せず相続登記もせずに放置しちゃえば?

それできるの?さすがに無理なのでは。

一部だけ相続って虫が良すぎ

いや、えっと、うまくいえないけれど、先祖代々守ってきた土地墓地も含め全部放棄っていうのも忍ばれる。だが未来に、消せない負の財産を残すのも苦しい。

生前贈与しまくって後で

これも考えたのだけど、結局放棄しても、他の兄弟にその相続がいく。そうすると別な問題がでそう。

他の共有者に押し付けられないっけ?

ほんこれ。というか、その共有地を必要としている人が本来は払えって思う。

所有者不明土地

この記事見た。ありがとう。でも、今回は登記上はしっかり誰のものかとか普通に記録されてるのでちょっと該当しないと思った。

現地の役所に問い合わせとき固定資産税部署電話回されたけど、すげー早くて正確だったよ。さすが税金を取る部署は精鋭が集まってるわと思った。

まとめ

今回、困っていることを増田に書いたけれど、こんなにも反響があって驚いていると同時に感謝しか無い。

しかし、たとえば、自分血縁で誰かが負の財産相続放棄したら、兄弟にそれが回ってくるっていう制度を改めて理解したら、ほんと怖くなった。

相続は、全部放棄相続するか、しか選択肢がない。

血縁相続放棄したら、それが兄弟などにもまわってくる。

今回の件はここが問題で、それを踏まえたうえでどうしたものか、と悩んでいるという話。

ちなみに、消費生活センターも、役所の人も、どちらも口を濁しながら、安い値段を払い続ける程度で済んでいるだけましって、モゴモゴ言っていたのが印象的だった。でもこっちとして、それ未来永劫だぞと思いつつ。

みんなありがとう。また調べるよ。

2017-06-08

長谷川豊を叩く自称自業自得透析患者家族って繊細チンピラぽい

https://togetter.com/li/1116738

コレを見て。

なんかいつ見ても自称透析患者家族や知り合いとやらが

自業自得とは何事だ!うちの親は頑張って働いて~」

「うちの知人は交通事故被害者で~」

「うちの親は若いから摂生もせずに~」

とかわめいて怒鳴っている人ばかりで正直うんざりしている

そもそもこの人達、「自業自得透析患者」ってやつの解釈長谷川と徹底的に違う

から永遠に相容れない

長谷川は何度も言っている。ろくに節制もせずに暴飲暴食を繰り返し、透析になっても

病院で暴れるような奴らが自業自得透析患者、と。

だけど自称透析患者家族とやらは、まじめに働いていたのに透析になったうちの親に死ねというのか!と言い出すので、話が噛み合ってない

何でこんなことになるのかと思うのだけど、多分「自業自得」の文脈としての置き場所が違う。

●●で××な透析患者自業自得、というのが長谷川スタンスなのだが、なぜか透析患者家族は「透析患者自業自得」の部分しか読んでない

条件Aを持つ透析患者自業自得

長谷川に対して

透析患者自業自得

解釈されているのだからどうにもならない。

家族達は傷ついた!!!と喚く繊細チンピラしか思えない。

はいえ、長谷川も間違えてるんだよな。自業自得透析患者うんぬんをネットで言ったところで、実際に

長谷川が想定していた自業自得透析患者絶対見てない。そいつらはおそらく爆サイとか、あんなところに

いる奴らだからニュースサイトなんてまず見てない。

まり実際に伝えたかった人のいないところで演説ぶってしまったが故に、長谷川的には全然関係ないと思っていた

他の人たちが過敏に反応して「なにそれ俺のこと!?」と怒髪天になっているのが今の状態

長谷川を責めることが出来る場所に立っている自称家族とやらは、長谷川が想定している自業自得透析患者ではない。

長谷川が想定していた「自業自得透析患者」ってのは若いから吞む打つ買うなどを繰り返し、定職にも

ろくにつかず、家庭内暴力を振るい、家族から金を盗んで自己破産なんかをした上に、暴飲暴食をしていた

せいで透析になるが、病院でも医者看護婦さんに横柄な態度を取りまくり家族がぺこぺこと謝る、そんな奴のことだったと思う。

 

私の親のような。

 

から、あの長谷川記事を見たときは大笑いして、「ほんとだよ早くしね親父」と思った。

娘の金を盗み、兄の学費も使い込み、先祖代々の土地もすべてギャンブルに使い果たした糞親父は、暴飲暴食しまくって見事に足なくなった。

っていうのに、病院で暴れて、私はいつも慌てて病院に行っては謝りまくっていた。

ほんと早く死んで欲しかった。全員実費負担にさせてくれれば治療費がないから殺せるのに、とかマジで思ってた。

から長谷川はおそらくそんな私の親のような奴のことを言いたかったんだろうと思っていたので、彼がぼこぼこに

叩かれているのを見ると、ああ、この人を叩いている人たちって言うのは、本当の底辺透析患者を知らないんだな、と思ったりもする。

長谷川が想定している透析患者は、ネットツイッターブログ自己表現をするような人たちの周りにはおそらくいないのだ。

前に話題になったこの記事

http://anond.hatelabo.jp/20170325083636

これは本当だ。長谷川の叩いた対象透析患者は、パソコンなど持っていない。金を持てばパチンコに行って、勝てば平気で

飲酒運転するような、そういう底辺層

長谷川はその底辺層のことを知っているが、ブログ等で彼を叩いている人はそいつらを実際によく知らない。だから自分のことと

勘違いしている。彼らには見えないのだろうが、いるのだ、そういう腐った透析患者って奴は。

なお前述した私の父は見事に糖尿病で死んだ。

大喜びで母と酒盛りをした。国がたくさん金を負担してくれて本当に申し訳なかったです。うちの父に使う金があったら、

まじめに働いてて透析になった人や、交通事故透析必要になった人に回して欲しかったよ、ほんと。

2017-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20170607074228

ダメ

人間の命はみな先祖社会に与えられたものなので、自殺する権利は誰にも与えられていない。

2017-06-05

鎌倉戦国時代に燦然と輝く北条家は、日本史教科書では分からない

http://anond.hatelabo.jp/20170604204919

日本史教科書いくら見ても本当のところは理解できないんですよ。

なぜ北条家が坂東武士の頂点に立ち、鎌倉幕府頼朝が作ったにも関わらず、北条がその後の支配権を握り続けたのか。そして戦国時代に「後北条家」が、北条家と特に関係がないのに成立し、関東盟主足り得たか源氏とは、北条とは何か。

北条は、坂東平氏の家柄である坂東平氏とは、桓武天皇の血を引く、関東にやってきた平氏総称であり、その五世である平将門新皇自称して、朝廷に対して関東支配権を主張して反乱を起こし、敗れた後に祟りを起こして神となったことで、関東に決定的な影響力を及ぼすようになった。

平将門は神である。そこを間違えてはいけない。平将門怨念とされるものは畏敬の対象として、現代人に対しても深く印象づけられているが、関東ではほぼすべての神社平将門を祀っていたほどに力があった。坂東武士たちにとっては、平将門は実際に神であり、朝廷反旗を翻し関東独立した政権を、坂東平氏が頂点となって打ち立てることは坂東武士の念願であった。平忠常というそのへんの平氏関東で反乱を起こしただけで一大ムーブメントになってしまうぐらい、平氏関東支配朝廷から独立するという夢は坂東武士の間に広がっていた。元記事に書かれている関東の有力豪族千葉氏上総氏は、平忠常の子孫とされている。

そこにやってきたのが源頼朝である源頼朝清和源氏事実上嫡流である清和源氏桓武平氏といった用語を知らない人のために説明すると、天皇家は偉いわけだが、子孫がいつまでも皇族だと皇族が際限なく増えてしまい、現代で言う宮内庁予算が際限なく増えてしまうので、どこかで平民になってもらわなければならない。平民になる時に、皇族には名字がないので、名字を与える必要がある。その時に、源、平の名字が与えられた。天皇の血を引くスゴイ人たち、という意味が源、平という姓には込められている。清和源氏清和天皇の子孫で源姓を名乗った人たち、桓武平氏桓武天皇の子孫で平姓を名乗った人たちである

たとえば足利も、徳川も、本姓は源である。源尊氏源家康が本名だ。なぜ足利とか徳川というかと言えば、源が増えすぎて区別必要が出てきたというのもあるが、源というスゴイ名字を出すのは気が引けたから、という要素が大きいように思う。本当の名字は避け、住んでる所を名字にする、といったことをして、木曽義仲とか、足利尊氏とか、あるいは自分でっち上げ徳川という名字を使った家康のような人もいる。これを説明するには、武士にとって本名いかに大切であったか述べなければならないが、面倒だ。武士の下の名前は諱(忌み名、呼んではいけない名前)とされていたということを考えれば、上の名前もそれなりに大事だということはわかると思う。(そして信長様~とか秀吉様~とか言っている時代劇が全部嘘っぱちだということも分かるだろう)

平忠常の乱を平定しようとした、桓武平氏嫡流平直方は、乱の平定に失敗するが、清和源氏事実上嫡流である源頼義を婿に迎え、領地であった鎌倉を譲り渡す。この時、鎌倉坂東源氏拠点であると同時に、平氏源氏嫡流が交わった聖地という意味が生じた。そこから八幡太郎義家が生まれ源氏の声望が高まり、その嫡流である頼朝権威づけていく。

ここまでくれば、坂東平氏である北条家が頼朝を婿にとり鎌倉本拠地に据えた意味が分かるだろう。平家源氏が交わり、鎌倉拠点とするというのは故実に則った神聖儀式なのだ。ちなみに、北条家が坂東平氏の由緒正しい血筋だというのはおそらく自称であり、フィクションである。だが坂東武士は将門の祟りの方が怖いので、血筋の細かい所は気にしないのだ。

鎌倉に作られた幕府は初めから天皇を中心とする朝廷対立関係にあり、承久の乱勝利することで朝廷の上位に立ち、皇位継承操作するまでになった。それはなぜかといえば、平将門朝廷から独立志向していたかである平将門怨念が実際に実を結んだのが鎌倉幕府である頼朝の下で働いた北条梶原三浦和田千葉熊谷などは、みな坂東平氏である。そして役割を終えた源氏はどこかに消えて、坂東平氏北条家による支配が行われた。

そして戦国時代、後北条家の話になるが、後北条家は伊勢新九郎盛時、北条早雲によって立ち上げられる。伊勢氏室町幕府政所執事の家柄で、ものすごく偉い。ちなみに桓武平氏である

室町幕府というのは北条家に牛耳られた鎌倉幕府を倒して出来た政権である鎌倉幕府内の源氏で最高の血筋だった足利鎌倉幕府を倒し、北条家はほぼ滅亡してしまう。そして源氏である足利京都朝廷とベッタリの幕府を作った。平氏による独立志向関東幕府から180度の転換である

史実ではものすごく偉かった伊勢新九郎盛時であるが、実家室町幕府の偉い家柄で、関東を牛耳りに来たというのは、いかにも坂東武士には都合が悪い。仕方ないので、先祖を辿れば同じ坂東平氏という縁にあやかって、北条の名を名乗ることにした。ちなみに名乗ったのは息子の氏綱の代である。そこで、おそらく後北条家のプロパガンダによって、歴史改変が行われ、謎の素浪人北条早雲が、下克上嚆矢となり関東に覇を唱えたという、我々のよく知るストーリーが現れる。よく調べると、全てデタラメである

これにより、なぜ後北条家が秀吉と争い、滅亡への道を歩んだかも分かるだろう。秀吉関白天皇代理である天皇と対抗する存在である坂東武士にとって、秀吉に降ることは、平将門祟りを招きかねない決断であった。そのため、天下の趨勢が決しても、徳川伊達の援軍が得られなくても、単身で秀吉と抗い、滅びたのである。それだけ将門の祟りへの畏れや、坂東武士の誇り、天皇家という存在に対する対抗心が強かったのだ。

平将門武士の始まりであり、武士スピリット体現する存在である武士は武装し土地を守り、権力に抵抗する存在であると同時に、一族で争い、殺し合う存在である。その構図は徳川家康武士を飼いならすことでご破産になり、そこにあった本質は見えにくくなってしまっているが、武士を知りたければまず平将門を見て欲しい。

続・山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない

http://anond.hatelabo.jp/20170604204919

これの続き。(文字数制限にひっかかったので分割します)

  

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

1183(寿永2)年、義仲軍は京都に入り、食糧不足もあって狼藉を続けた。京都にとどまった後白河法皇後鳥羽天皇即位させ、寿永二年の宣旨頼朝東国での支配権を認めるとともに、義仲軍の乱暴ぶりを口実にして頼朝上京要請するなど、政治力の強化につとめた。しかし、頼朝東国支配を固めるために鎌倉を動かず、かわりに弟の範頼・義経上京し、1184(元暦元)年、二人は義仲を打ち破った。

義仲が京都乱暴狼藉を働いたという記述があるのは、意外にもこの教科書だけでした。

兵糧不足のまま進撃して首都占領しても、どうせ軍規が乱れて略奪しまくるぞというのは、日中戦争における南京事件南京大虐殺)のことを言いたいのかなと思いましたが、それは深読みのしすぎかもしれませんね。どうなんでしょう?

  

また、これは下記の引用部分になりますが、頼朝が初めて上京したタイミングがいつだったかを明記しているのは、この教科書だけだと思います

(この点はとりわけ山川の『詳説日本史』が最悪です。頼朝西国での平家追討の仕事をすべて弟の範頼・義経らにやらせ自分はその間ずっと鎌倉にひきこもって地盤を固めていたという基本的事項すらも把握できない書き方がされているんです。)

頼朝挙兵以来、北条氏三浦氏などの東国武士たちと主従関係を結んで、彼らを御家人として組織した。そして1180(治承4)年、御家人の統率と軍事警察担当する侍所を設けて、有力御家人和田義盛別当長官)に据えた。さらに1184(元暦元)年、一般政務をつかさどる公文所(のち政所)と問注所を開設し、実務に優れた下級官人らを側近にして職務を分担させるなど、支配機構の整備を進めた。

頼朝後白河法皇要請を受け、範頼と義経平家追討を命じ、1185(文治元)年、長門壇ノ浦平氏を滅亡させた。後白河法皇頼朝権力拡大を恐れて義経を重用し、頼朝の追討を命じたが失敗した。逆に頼朝は、親鎌倉派の公卿九条兼実藤原兼実)らを朝廷重要政務担当する議奏につかせ、反鎌倉派の貴族追放し、義経の捜索を名目に国ごとに地頭を置くことを認めさせた。さらに1189(文治5)年、頼朝義経をかくまったことを口実に藤原秀衡の子の泰衡を攻め、奥州藤原氏を滅ぼした。こうして頼朝東国西国の多数の武士御家人として組織しながら、主に東国支配確立していった。

1190(建久元)年、頼朝挙兵後はじめて京都に入り、右近大将に任命され、後白河法皇没後の1192(建久3)年には、法皇の反対で就任できなかった征夷大将軍に任命され、名実ともに鎌倉幕府が成立した。」

当然ながら『詳説日本史』にも、侍所政所問注所地頭というキーワードは出てきますしかし、治承・寿永の乱とは別項に記述されているため、時系列が分かりづらくなっています

それに比べて、この教科書歴史の流れの中にキーワードを配置しています。だから時系列に即してこれらの言葉意味理解することができるはずです。

  

結びが「名実ともに鎌倉幕府が成立した」という記述になっているのも、味わい深いです。

鎌倉幕府の成立が何年かという論争を垣間見ることができます名目的には1192年に幕府が成立したと言えるが、実質的にはそれ以前から幕府政治機構ができあがっていたというニュアンスを含ませているのでしょう。

  

  

  

あとは、上記引用中の「義経の捜索を名目に国ごとに地頭を置くことを認めさせた」という記述が最高にクールです。

一般には1185年、義経の捜索を名目にして守護地頭が設置されたとされていますし、国ごとに置かれた役職地頭ではなく守護だと暗記している人が多いんじゃないでしょうか?

例えば山川の『詳説日本史』はそうなっています。それによると、頼朝は1185年に「諸国には守護を、荘園公領には地頭を任命する権利」を獲得したとされています守護は「おもに東国出身の有力御家人から選ばれて「原則として各国に一人ずつ」任命され、「大犯三箇条などの職務を任とし」て国内御家人を指揮統率し、とくに東国では在庁官人支配することで「地方行政官としての役割も果たし」ました。いっぽう、地頭は「御家人のなかから任命され、任務年貢徴収・納入と土地官吏および治安維持」です。「頼朝は主人として御家人に対し、おもに地頭に任命することによって先祖伝来の所領の支配保障したり(本領安堵)、新たな領地を与えたりした(新恩給与)」わけですが、このことが御恩と奉公関係となって封建制度の基礎となりました。

  

ところが、三省堂の『日本史B 改訂版』(日B 015)によると、ここの説明がこれとまったく異なります。私が先に引用した項では、1185年の出来事として守護の設置には言及せず、地頭の設置だけが記述されていますしかもその"地頭"は国ごとに置かれたものだとされているのです。

私は最初にこれを読んだとき、わけがからなくて混乱しました。それでがんばって自力で調べてみて(独学なので苦労したナァ)ようやく理解できたのですが、1185年の文治の勅許守護地頭が置かれたとする『吾妻鏡』の記述には疑いがあり、実はこれがかつて学者の間でも論争になったテーマだったらしいのです。

1960年石母田正が新説を発表したのですが、おおざっぱに言うと、新説では、この時点で置かれたもの守護地頭ではなく、地頭(国地頭)だったとしています。それはわれわれが普通一般に知っている地頭(荘郷地頭)とは異なり、一国を統括する強大な権限を持つ存在です。この国地頭はすぐに廃止され消滅しましたが、守護前身となりました。

三省堂教科書は、次項でそのことが説明されています頼朝がはじめは国ごとに"地頭"を派遣して荘園国衙領のいずれからも兵糧米を徴収させていたこと、そのやり方がひどすぎたから反発を招いて、以後は"地頭"に代わるものとして守護を置いた、という記述になっています。またこれに続いて、頼朝は「荘郷地頭と呼ばれる地頭を任命し」、平氏没官領や謀反人の所領跡で「年貢公事徴収治安維持に当たらせた」としています

このように、三省堂教科書では、「国地頭」と「荘郷地頭」をはっきりと区別しているのです。

  

実教出版もこの新説を採用していますこちらも合わせて読んでおくと、国地頭のことが大変よく分かります東京出版は本文の記述が旧説に拠っていますけど、欄外では国地頭が惣追捕使とならび、守護前身として存在していた話をちょこっと説明しています。これらの教科書は「国地頭」論争の成果を取り入れており、学問的に誠実だと思います

それに対して山川の『詳説日本史』は旧説を採用し、1185年に守護地頭の設置が認められたとする断定的な記述になっています。これが他の教科書とのあいだに無用矛盾を生じさせているのです。私と同じようにこの点につまづいて、困惑してしまった高校生が少なからずいるんじゃないでしょうか。

  

なお、山川参考書『詳説日本史研究』にもこの新説の紹介はありません。同社『日本史B用語集』には「国地頭」という用語掲載されていて、そこでは一応説明がされているんですが、あたかも国地頭が荘郷地頭前身だったと思わせるような記述です。

地頭(じとう)⑪:1185年、頼朝要請後白河法皇諸国公領荘園地頭を設置することを認めた。当初は1国単位荘園公領支配する国地頭を設置したが、まもなく平家一族の所領として没収された平家没官領と謀反人跡地に限定した荘郷地頭となった。しかし、公家寺社の強い反対で、一時縮小、承久の乱後に全国化した。任務土地管理年貢・兵糧米の徴収治安維持など。

地頭⑤ 荘郷地頭

  

山川出版日本史B用語集』より

ですが三省堂実教出版東京書籍教科書によると、国地頭はむしろ守護へと発展的解消を遂げたという記述なんですから、『日本史B用語集』のこの説明とはやはり若干の矛盾が生じています

「国地頭」を教科書に載せている上記の主要3社の文脈に従うなら、この用語独立の項目として取り扱うか、せめて「地頭」の項目じゃなく「守護」の項目にいれて取り扱うべきじゃないでしょうか。

  

(追記 これはインターネット上の情報なので私は未確認ですが、現在は『詳説日本史』にも国地頭掲載されているそうです。近年改訂されたんでしょうか。

予防線として言っておくと、私は高校日本史Bを履修しなかったし、大学歴史学勉強したわけではありません。高校時代文転して受験するかと生半可に考えていて(結局やめたけどね)、興味本位教科書を読んでみただけの素人です。

さいしょの方でも書いたとおり最新版教科書を持ってません。はてブでバズっていてびっくりしましたが、このエントリ専門家レベルのものとして受けとるのは、恥ずかしいのでやめてください。

再追記。id:HRYKtbykさん、確認をしてくださり感謝。)

  

  

  

(追記2

複数教科書を読み比べすることで、『詳説日本史』を読むだけでは見えないポイントが浮かび上がってきます

『詳説日本史』では、前九年合戦後三年合戦のところで、「これらの戦いを通じて源氏東国武士団との主従関係を強め、武家棟梁としての地位を固めていった」とあります。これが後の頼朝挙兵につながるわけですが、それは時代を経てからのことだから教科書のページが離れすぎていて、この関連が把握しづらくなっています

ここで例えば山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)のような他の教科書と読み比べてみると、『詳説日本史』がこの簡潔な一文を通して伝えたかったことを理解することができるのです。(上述参照)

  

つぎは例えば、貫高制・石高制を見てみましょう。

『詳説日本史』によると、戦国大名性格は次のように説明されています戦国大名は「新たに征服した土地などで検地をしばしばおこなっ」て、それにより「農民に対する直接支配」を強化しました。そして国人地侍を取り込むため、貫高制を導入しました。これは戦国大名が彼らを「貫高という基準統一的に把握」して軍役を課す制度でした。それでここからすこし時代下り、別のページで豊臣秀吉太閤検地説明しています太閤検地により石高制が確立しました。それは「荘園制のもとで一つの土地に何人もの権利が重なりあっていた状態を整理」し、「一地一作人」を原則とするものです。農民は「自分田畑所有権を法的に認められることになった」わけです。

このような記述だけでも表層的な理解はできると思いますが、実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)は、貫高制について「荘園の複雑な土地制度は貫高に組み込まれ大名統一的な国内政治を推進」するものとしています。『詳説日本史』ではせいぜい石高制と荘園制の関係しかからないでしょうが、本書はこのように貫高制と荘園制の関係を明示しているのです。

この視点を最もわかりやす記述しているのが、三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)です。本書は貫高制、石高制、荘園制の全部を一つの項目に入れて記述しています。それによると、秀吉太閤検地を行い、「戦国大名の貫高制にかわって、それを発展させて全国に広げた石高制」を導入、その結果「荘園制を完全に崩壊させ」ました。このポイントを把握しておけば、中世から近世への社会の変化を、土地一元的支配確立荘園制の衰退・消滅という視点で見ることができます。本書の特徴は、貫高制・石高制をともにこの視点から語っていることと、しかもそれが荘園制を「完全に崩壊させ」たと言い切っていることです。

ちなみに、東京書籍日本史B』(日B 004)では、石高制を「近世封建制体制原理」と書いています。これがまったく新しい制度であることを強調しつつ、近世という言葉を使ってその射程を江戸時代にまで広げているのです。)

2017-06-04

山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない

山川出版の日本史いかに凄いかについて情熱的に説明する」

http://blog.tinect.jp/?p=40198

はてなブックマークの人気記事だったので開いてみたのですが、驚くほど中身のない記事でした。

これ、おっさん居酒屋でしゃべっているレベルですよね??

『詳説日本史』を引用するなり参照するなりして、具体的にどこがどうすごいかを語ってほしかったです。

僕も10代の頃はあれが本当に理解できなかった。けど今ならああい教科書が作り続けられる理由がよくわかる。物事を語るにあたって、中立を維持しようとするとなると、事実しか語れなくなるのである

ストーリーというものは、基本的には何らかの価値観を元に構築されるものである日本民族いかに優れているかという視点で歴史を分析すると、それは右翼的な記述にならざるをえないし、平等であろうとすれば、それは左翼的価値観を元に記述せざるをえなくなる。

客観的な記述がされている、左右に偏向していない、中立だからすごいゾ、という感想には呆れ果てました。

いったい全体、どこが情熱的ですか? 教科書を読み返さず、いい加減な記憶をもとに語っても、多分これくらいのことは言えると思います。 

  

クソ記事を読んでしまい、あんまりにもムシャクシャしたので、私が自分で『詳説日本史』を引っ張りだしてきて調べました。

例えば「源平の騒乱」という項目は、次のように記述されています

平清盛後白河法皇幽閉し、1180年に孫の安徳天皇を位につけると、地方の武士団中央貴族・大寺院のなかには、平氏の専制政治に対する不満がうずまき始めた。この情勢を見た後白河法皇皇子以仁王と、畿内に基盤を持つ源氏源頼政は、平氏打倒の兵をあげ、挙兵を呼びかける王の命令(令旨)は諸国の武士に伝えられた。

これに応じて、園城寺(三井寺)や興福寺などの僧兵が立ち上がり、ついで伊豆に流されていた源頼朝信濃の木曾谷にいた源義仲をはじめ、各地の武士団挙兵して、ついに内乱全国的に広がり、5年にわたって騒乱が続いた(治承・寿永の乱)。

平氏は都は福原(現・神戸市)へと移したが、まもなく京都にもどし、畿内を中心とする支配を固めてこれらの組織に対抗した。

しかし、畿内西国を中心とする養和の飢饉や、清盛の死などで平家の基盤は弱体化し、1183年(寿永2)年、平氏北陸で義仲に敗北すると、安徳天皇を報じて西国都落ちした。やがて、頼朝の命を受けた弟の源範頼義経らの軍に攻められ、ついに1185年に長門の壇の浦で滅亡した。

この一連の内乱の行末に大きな影響をおよぼしたのは地方の武士団の動きで、彼らは国司荘園領主に対抗して新たに所領の支配権を強化・拡大しようとつとめ、その政治体制を求めていた。

ここには明らかに編者の歴史観と、因果関係説明が詰め込まれています

  

まず、平清盛後白河天皇幽閉したこと、安徳天皇即位させたことは、この教科書では「平氏の専制政治」と評されています

当時の人たちがそう感じていたのか、それとも教科書の編者がこの評価を下しているのか、どちらなのか判然としませんけど、ともかく本書はこの評価にもとづいて記述がされています

  

次に、この「平氏の専制政治」が地方の武士団中央貴族・大寺院の不満につながって、 以仁王源頼政はそういう情勢を見たので挙兵したと書かれています

これはまさしく因果関係に言及しているわけです。

  

このように、教科書は単なる事実の羅列ではありません。歴史に対する評価因果関係がしっかりと述べられているのです。

そこにどういう学問的な裏付けがあるか、歴史学に無知な私はよく知らないです。あのブログ記事ではそのへんの話を説明していると思ったのですけど、まったくの期待外れでしたね。

  

なお、この教科書とおなじ編者がつくった参考書『詳説日本史研究』(山川出版社)によると、次のように説明されています

治承・寿永の乱は、一般には源氏平氏の戦いといわれている。しか歴史学的にみた場合、この全国的な動乱を単に源氏平氏勢力争いとみるのは正しい理解ではない。以仁王挙兵以降、軍事行動を起こすものが相次いだ。美濃近江河内源氏若狭越前加賀の在庁官人、豪族では伊予の河野氏・肥後の菊池氏である。彼らはあくまでも平氏の施政に反発したのであって、はじめから源氏、とくに源頼朝に味方したわけではない。彼らの背後には在地領主層があり、在地領主たちは自己の要求を実現するために各地で立ち上がったのである

彼らの動向をまとめあげ、武家棟梁となる機会は頼朝以外の人、例えば源義仲源行家、あるいは平宗盛にも与えられていた。頼朝が内乱に終息をもたらし得たのは、彼こそが在地領主層の要望に最もよく答えたからである。この意味で幕府の成立は、時代の画期ととらえることができる。

教科書である『詳説日本史』では、これがたった一文にまとめられているのです。

この一連の内乱の行末に大きな影響をおよぼしたのは地方の武士団の動きで、彼らは国司荘園領主に対抗して新たに所領の支配権を強化・拡大しようとつとめ、その政治体制を求めていた。

こういう史観が妥当なのかというのは、私にはちょっと分からないんですが、この点を強烈にプッシュしているのが『詳説日本史』の特徴と言えるでしょう。

他の教科書を読んでみても、三省堂の『日本史B 改訂版』(日B 015)を除き、この史観はあまりプッシュされていないと感じました。

  

【参考文献】

山川出版社『詳説日本史』(日B 001)

山川出版社『高校日本史 改訂版』(日B 017)

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)

東京書籍日本史B』(日B 004)

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

桐原書店新日本史B』(日B 011)

(このエントリは上記7冊を参照しています。いずれも平成22年ごろ購入。)

  

  

  

余談:教科書の読み比べ

  

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)

伊豆に流されていた源義朝の子・源頼朝も、妻・北条政子の父北条時政とともに挙兵して南関東を掌握し、10月には源氏根拠地鎌倉に入った。頼朝は父祖以来の結びつきを背景に、三浦千葉上総氏などの有力な東国武士主従関係を結んで御家人とし

頼朝の挙兵が、東国武士との「父祖以来の結びつき」を背景にしていたものだったということは、他の教科書ではなかなか分からないと思います

三浦千葉上総という武士名前が沢山出てくるのもおもしろいですね。(三浦氏名前が出てくる教科書は多いですが、それはこの時点ではなく幕府成立後、十三人の合議制か、宝治合戦ときに唐突に登場します。)

[寿永二年十月宣旨から義仲滅亡までの]この間、鎌倉の頼朝は没収した平氏の所領(平氏没官領)を法皇より与えられ、経済基盤を固めていった。また御家人を統制する侍所を設置し、その長官である別当には和田義盛を任命した。これに加えて、行政裁判制度を整えるための公文所(のちに政所)・問注所がおかれ、その長官にはそれぞれ京から招かれた朝廷の役人である大江広元三善康信就任した。前後して、義経軍らは一の谷・屋島平氏を追い、1185(文治元)年に壇ノ浦平氏を滅ぼした。

[]は引用者註。

この教科書の特徴は、幕府の政治機構の形成過程を、治承・寿永の乱の進行に併記していることです。

鎌倉幕府の成立が1192年(いいくに)なのか、1185年(いいはこ)なのかという論争は、世間でよく知られているぐらい有名になりました。どちらが正しいかは諸説あるとしても、ただ一つ言えることは、どこかの時点でいきなり幕府が完成したというわけではありません。治承・寿永の乱が続いていた期間に、徐々に幕府の政治機構が形成されたのです。この教科書はその史観が反映されています

  

  

  

桐原書店新日本史B』(日B 011)

北条時政の援助によって挙兵した頼朝は、東国武士たちに支持されて、富士川の戦い平氏を破ったが、その後は鎌倉にとどまって、東国地盤を固めることに専念した。これに対して平清盛は一時、都を福原神戸市)に移して態勢を立てなおそうとしたが、まもなく京都に戻り、1181(養和元)年に病死した。一方、義仲は1183(寿永2)年、北陸方面から急進撃して、平氏一門を京都から追い出した。しかし、義仲は後白河法皇対立したので、法皇は同年、頼朝に東海東山両道(東国)の支配権を認め、義仲追討を命じた。頼朝は弟の範頼・義経らを上京させて、義仲を討たせた。範頼・義経さら平氏追討に向かい、1185(文治元)年、長門壇ノ浦平氏一門を滅ぼした。

この教科書歴史用語の詰めこみを回避しているようで、内容は簡単、文章としても平易です。

上記引用でも分かるとおり、「頼朝に東海東山両道(東国)の支配権を認め」という記述があるくせに、寿永二年十月宣旨というキーワードがありません。治承・寿永の乱、一の谷、屋島の戦いなどは年表に記載されていますが、本文中に記載なし。養和の飢饉、平氏都落ち安徳天皇を伴ったことも言及なし。

というわけで受験生には不向きですが、他の教科書にはない特色もあります

  

鎌倉将軍に尽くして家人となった武士のことを、鎌倉御家人といった。鎌倉御家人になる目的は、将軍面接して(見参)、先祖伝来の所領を承認してもらい(本領安堵)、さらに勲功のあった者は新たな所領を恩賞としてうける(新恩給与)ことにあった。

教科書の中では唯一、桐原書店けが「見参」を掲載しています。これは鎌倉幕府の権威の構造がどういったものであったかを知るための手がかりになるかも。

(他の教科書ではこの用語がないどころか、「将軍面接して」という説明も省かれています

  

["新恩給与"についての註]

土地のものよりも土地に対する一定の支配権と、それにともなう収益権を与えられるのが普通で、そのおもなものが地頭職であった。

これは「職の体系」のことを言っています。他の教科書とは違って、地頭をあえて「地頭職」と見なす視点を紹介し、その意味するところを簡潔に説明しているのがすごい!

所有権が重層的に重なりあっていたというのは、中世土地支配構造を知るうえで一番大切なポイントだと思います

なお、山川出版の『日本史B用語集』には「職の体系」という用語は不掲載で、かわりに「職」の項でそれを説明しています

職(しき)②:一般に職務に伴う土地からの収益とその職務自体を指す。荘園場合、有力者への寄進が何回も積み重なり、下記のような複雑な職の改装秩序を生じた。

本家職①、領家職②、預所職②、下司職②、荘官職①

  

[引用者註:丸の数字はこの用語を掲載している教科書の数]

山川出版『日本史B用語集』より

この説明は悪くないと思いますが、桐原書店は「土地のものよりも土地に対する一定の支配権と、それにともなう収益権」のことと明記しているので、その方が的確です。

しかも、いかんせん、『日本史B用語集』は「職」の用語説明を「院政期の社会文化」のページに掲載しているので、これと鎌倉時代の地頭職との関連が全然分からないです。そして「鎌倉幕府の成立」のページにある「地頭職」の用語説明は、次のようになっています

地頭職(じとうしき)⑤:職とは役職に伴う権益意味。地頭職は御家人が地頭に任命されて認められた兵糧米の徴収や免田(給田)経営などの権利

  

山川出版『日本史B用語集』より

これは間違っていませんけど、この説明を読んで、重層的な土地支配構造があったことを理解できますか? 絶対に不可能ですよね?

せめて「職」「地頭職」という用語同士を紐付けて相互参照させてほしいです。ふざけんなってかんじです。

  

さて、桐原書店教科書に話をもどすと、欄外にこういう豆知識も載っています

幕府とは、近衛府の唐名であるが、転じて近衛大将の居館のことをいった。のちには近衛大将とは関係なく、武家政権意味する語となった。頼朝は1190年に上洛し、右近大将に任ぜられたが、まもなく辞任した。

[ふたつの源頼朝像]

Aについては南北朝時代武将とする説もあり(伝・藤原隆信筆,京都神護寺蔵)、Bも注目されるようになった(山梨甲斐善光寺蔵)。

とてもユニークですね。受験には使えないかもしれませんが、知っておいて損はないです。

  

  

  

東京書籍日本史B』(日B 004)

養和は平氏政権が用いた年号で、これを認めない頼朝の支配する関東では、ひきつづき治承の年号が用いられた。

網野善彦著作『東と西の語る日本の歴史』に、たしかこの話があったと思います

他の教科書には載ってませんが、ピンポイント東大入試に出題されました。

  

源氏鎌倉の関係は、源頼信のころに源氏氏神となった石清水八幡宮を、前九年合戦の際、子の頼義が相模国由比郷に勘請して鶴岡若宮八幡宮前身)を建設したことから始まった。鎌倉は前面に海をもち、三方を山にかこまれた要害の地で、切通によって外部と結ばれていた。

鎌倉という土地をこれだけ情熱的に語っているのは、東京書籍教科書だけです。

上記引用とはまた別に、「コラム 武家の都鎌倉経済流通」というのも掲載されています

東大入試では、「院政時代から鎌倉時代にかけての京都と鎌倉都市の発展」について論述させる問題が出されたことがありますが(1990年)、この教科書はその答案を書くうえで非常に役立つものだと思います

  

  

  

山川出版社『高校日本史 改訂版』(日B 017)

こののち、後白河法皇義経を重んじ、頼朝追討の命令を下したが、これに失敗すると、頼朝はその責任を追及し、逆に義経追討の命令を得た。さらに頼朝は義経をかくまっていた奥州藤原氏を滅ぼそうと朝廷に追討の命令希望したが、法皇がそれを拒否すると、1189(文治5)年に頼朝は追討の命令を待たず、大軍をもって奥州藤原氏を滅ぼした。ここに全国を平定し、その後、法皇死後の1192(建久3)年に頼朝は念願の征夷大将軍に任じられた。

頼朝の悪人っぷりがこれでもか!?というぐらい強調されています

あいつは自分の野望を実現するため、ときには法皇に逆らって圧力をかけたり、朝廷命令無視して独断専行する奴だった、ということを言いたげな記述です。

  

それはともかく、奥州藤原氏を守ろうとした法皇朝廷側と、それを潰そうとした頼朝の厳しい対立がわかるのは、この教科書だけでしょうね。

両者のぴりぴりした緊張関係が伝わってきます

関西にある政権東北地方を使って、関東独立の動きを牽制するというのは、日本の歴史において繰り返し出てくるパターンなので、この視点を漏らさず記述しているところはアッパレ

  

  

  

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

平氏安徳天皇を奉じて西国に落ちていったが、後白河法皇は京都にとどまり、新たに後鳥羽天皇をたてて政権を維持した。法皇は義仲には平家追討を命じるいっぽう、頼朝には上京をうながして、京都の義仲に対抗させ、武士たちをたがいに牽制させて政局の主導権をにぎろうとした。しかし頼朝は、東国の安定に意をそそいでみずからは鎌倉を動かず、弟の範頼・義経を上京させて、1184(元暦元)年、義仲を討たせ、源氏一族の長となった。ついで義経らは、その当時勢力回復して都にせまっていた平氏を一の谷・屋島などの合戦でやぶり、さらに翌1185(文治元)年にはこれを長門壇ノ浦に追いつめて滅亡させた。

この時代に2人の天皇が同時に存在していたとする視点を取り入れているのがナイス

都落ちした平氏はそのままあっけなく滅んだわけじゃなくて、京都にいる天皇とは違う天皇を奉じて勢力を盛り返していたのです。

どちらの天皇が正統かというのは、つまるところ結果論にすぎません。この教科書はそんな歴史観に基づいて書かれています

  

ちなみに、この教科書の編者は、大半が関西教育機関に属する人たちみたいです。後白河法皇平氏を主軸にした書き方は、編者の関西びいきが反映した結果なんでしょうか。(笑)

例えば奥州合戦について、「奥州進撃のために頼朝は東国だけでなく西国武士もひとまず鎌倉に動員し、これを機会に国ごとに御家人組織の整備をいっそうすすめた」とありますさら西国御家人東国御家人とどう違うかを説明しているのもおもしろく、この教科書関西中心っぽい史観は独特です。

  

  

  

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

  

……って、おい!? 増田がここで文章を掲載できなくなったんだが??

せっかくこの先が本番なのに、文字数の上限なのだろうか。

つづき→http://anond.hatelabo.jp/20170605001028

2017-06-03

婚活してるが結婚したくない

 25歳、女、彼氏いたことはなし。仕事はしている。

結婚はいったい何のためにするのか、自分に何のメリットがあるのか。

私には分からなかった。

色んな立場の人に聞いた。自分の親。親の友達同級生。妻子持ち上司旦那子持ち上司。未婚の同僚。既婚の同僚。

ある人は言った。「メリットとかじゃなくて結婚はするものだよ」

ある人は言った。「何といっても子供だよ!辛いことがあっても子供の顔を見れば疲れはふっとぶよ!」

ある人は言った。「社会的信用度のためだよ。20代未婚は普通だけど30歳半ばで結婚してないって、何かその人に問題があるのかなって思われる。」

ある人は言った。「大嫌いだけど、私の稼ぐお金だけじゃ生活できないから」


パンクしかけている頭を整理するために書き出してみた。

私は子供がほしいと思わない。

なぜなら、自分遺伝子が入った子供を愛せる自信がないということと、生きなければと思う期限が長くなるということ。

私は控えめに言っても馬鹿だ。私の幼少期は笑いのネタにつきない。昔は笑って聞いていたが、大きくなった今は笑えない。

親は笑いながら言った。「子供は3人と考えてたけど、お前があまりにも手がかかって3人目もこんなに大変ならもう無理!と思って3人目はやめた」

その通りだと思った。親はそこそこ頭がよく控えめに言っても要領がいい。それで無理なら私からまれてくる私のようなものを私が育てられるわけがない。私は自分が好きじゃない。相手に似ればまだいいかもしれないが、自分に似て馬鹿なら虐待すると思う。

生んで育てるなら、きちんと育てたい。生まれてきてよかったとそう思えるような人生にしてあげたい。

でもそのためには私が途中リタイアすることは許されないと思う。途中リタイアが許されないということは自分にとってプレッシャーだ。

自分の両親の面倒を見て看取ったら私も後を追おうと考えている。私は生きていたくない。そんな考えのものが家庭を持って、子供を産んでとはなんて無責任なんだろう。

独り身で暮らす場合お金ことな心配いらない。なくなったら死ぬだけだから。ある分のお金で生きて、なくなればそれで終わり。


社会の信用度のため、という観点は言われるまで気付かなかった。確かに自分も30歳半ばで結婚していない人のことを、「この人は何か致命的な欠陥があるのか・・?」と勘ぐってしまう。当然、致命的な欠陥がある人だなと思う人もいれば、ない人もいる。職場結婚をしていないがゆえに噂話に挙げられることも割とある

結婚してないだけで職場でそういう目で見られるのは嫌だなぁと思う。

でも社会の信用度のためだけに結婚するって自分の心と折り合いをつけるのが難しそうだ。対して好きでもないのにセックスしなきゃいけないのは非常に労力を使う(ような気がする)。面倒だなと思う。

そこまでして結婚てしなきゃいけないのか?

友達からは、「エッチ好きな人とするから幸せなんだから、好きでもない人としちゃだめ」と言われた。

しかし既婚者から話を聞けば、「もう夫とは目隠ししないと子作りはできない」とか「子供は欲しいけど嫁ではたたない」とか

そんなもんなのだますますよくわからない。そもそも私は異性を好きになった経験も少ないのだがら、今後好きな人はできずに生涯を終えることだってあり得る。

色んな人から話を聞いて一番気になったのは「親に孫の顔を見せたときに、ああ、親孝行できたんだなと思った」ということ。

親孝行・・・と思うとなんだか結婚も頑張ってしなければいけないという思いが強まった。

それなのに私自身長生きはしたくないし、子供もほしくない。

たまに自分含めた先祖のお墓を掃除する人がいなくなるのも寂しいなと思ったり、「あとから子供がほしいと思っても作れなくなる」と脅されたりすると子供はいた方がいいかと思うこともある。だが前述した通り育てる覚悟がない。

もしも自分の考えが変わって、子供が欲しい、そこそこに結婚したいと思うときが来た時のために、紹介してもらったり、合コンに呼んでもらったりしている。

運よく趣味の合う、お金もそこそこの男性出会うことができ、何回か食事やお出かけをしているものの心は晴れない。

出かける予定を立てるときもさっさと予定の日が早く終わらないかなーと憂鬱な気分だ。

いつかそんな憂鬱な気分が晴れるときは来るのだろうか。

2017-06-01

俺やお前も母ちゃんからまれてるんじゃなくて

先祖代々のDNAを改良して産まれてきた品種なんだよな

日本人無宗教ではなく儒教徒である

日本の最大宗教儒教で、それは江戸時代から変わっていない。

武家は、統治のために中国儒教に倣ったからで、そしてそもそも儒教社会構造を維持するための宗教だ。日本史教科書には儒学とか朱子学とかさらっとしか書かれていないけれど、徳川治世は政教一致で、儒教社会本質を担う物凄く重要ものだった。

そして例えば、長幼の序年功序列)とか、男尊女卑とか、御先祖様がどうだとか、上座下座とか、家父長制(天皇制典型)とか、未だにある。そしてそれは道徳と称され、確信的に(加害者に悪の自覚が無く)差別が行われている。

さらにそれがとりわけタチが悪いことに、儒教教義を信奉している当人儒教徒であることの自覚が無い。それで、「日本人無宗教」という言説が定説になっている。

日中戦争太平洋戦争をした原因にも、儒教がある。儒教身分差別階級差別宗教なので、どちらが親分か、どちらが兄貴か、優劣(序列)がある。そうして、他者を蔑んだり、権威にひれ伏したりする。「大東亜共栄圏」という概念は、日本東アジア盟主親分)たらんとしたものだ。

日本では、少なくとも戦時中までは公然アイヌ人や沖縄人(「沖縄県民」)を差別してきたし、韓国人中国人は未だに事実上差別を受けている。戦前政府日本社会システム押し付けて、創氏改名を行わせた。それは韓国人に対してだけではなく、アイヌ人にも行われた。侵略され植民地化されたからには、日本論理を受け入れるしかなく、多くのアイヌ人は和人同化せざるをえなくなった。

国家神道」とかいうけれど、それも、神道の皮をかぶった儒教だ。天皇を家父長にした、身分差別階級差別宗教だ。

日本人は、正しい歴史認識をしていないし、戦争反省もしていない。なにせ、儒教徒である自覚が無いのだから戦争の原因を認識していない。だから謝罪をしても反省はしていない。しかも困ったことに、中国人韓国人儒教徒から問題本質解決する可能性がない。

正しい歴史教育だとか正しい歴史教育だとかいう以前に、日本人和人)は自分自身を知らない。

2017-05-29

特殊仕事をやっているが、もうやめたい

家が代々受け継いできたとある伝統芸能的な仕事をしているがもうやめたい。

これが歌舞伎とかならば良かったのだろうが、

わたしのやっている分野は誰も知らない

しろ人知れずやっていることに価値をつけているので、

知られてはいけない。

よくこんなんで飯が食べれますねとみなさんは思うと思うが、

助成金で食べさせたもらっているようなものだ。

こないだ母にもう辞めたい、わたしの代で終わりにしたいと訴えたところ、

泣きながら殴りつづけられ、父に助けられた。

お前が辞めたら、今までのご先祖様が1,000年も続けたことが全て無意味になるんだよ。

これは母親から呪詛だ。

ならば、わたしがその呪いを受けようではないか

母には「わたし結婚しないから」とだけ言い返した。

母は、泣きながら「もう一人生む」と言い返してきた。

2017-05-28

学問に自信ニキ教えて

先祖書簡とか地域風土記管理してるオッサンのところへ研究者が訪ねてそれをもとに論文発表したけど

その後に関係悪化して書簡とか全部燃やしてしまうっていうドラマよくあるけど

実際に書簡とか燃やされたときってその研究結果とかその後の検証どうなるの?

2017-05-22

ミアキス進化から考える発達障害問題

ネコイヌって共通先祖を持ってるんです。知ってましたか

その名もミアキス。姿はイヌっぽいネコ。何とも奇妙な印象です。地上に天敵がいたため樹上で生活するミアキスが「普通」でした。

そのミアキス平原移住し、体や心が普通ミアキスから変異して平原環境適応したのが【イヌ】なんです。

一方樹上生活を続け、樹上の環境により適応したのは【ネコ】なんです。

さて、ここで問題です。

この「普通」でなくなってしまったミアキスは「障害者」なのでしょうか?

大きな環境変化にそれぞれ適応しただけのネコイヌしか元祖ミアキス基準とするとイヌは異常といえるかもしれません。

パソコンゲーム携帯電話など「著しく急速」なデジタル化による生育環境の変化、ネットへの適応はヒトのコミュニケーション能力犠牲新しい時代におけるヒトの進化の傾向(多様性型)を示しているという視点はどれだけ正当性があると考えられますか?

イヌ的なミアキスネコ的なミアキス分岐が始まった時代元祖ミアキスは樹上生活適応せず木を降りてしまった少数派を障害のある異常者と認識排除しようと行動したでしょうか?おそらくそれぞれの居場所移住することで「住み分け共存」していったはずです。

一方ヒトはイヌミアキスネコミアキスを樹上か平原かどちらかで生活強要するように、同じ環境に異なる発達をした多様性型のヒトを押し込み生活困難な方を障害者と括っているのではないでしょうか。

イヌミアキスに薬を投与して心体が適応した平原を忘れさせ樹上生活への恐怖を軽減させたら、果たしてイヌ型はネコ型と対等に競争共存することができるのでしょうか?

生態学から発達心理学への提議です。現在人口の1/15に達していると言われる発達障害者日本10,000,000人という計算です。これだけの比率ならば冗談でなく進化過程とも受け取ることができるのかもしれません。関係メディアネット住民の皆様にもお願いです。どうか慎重に報道下さい。

■今読んでおきたい最新研究の動向について

自閉症者が人類社会に「不可欠」である理由 〜実は障害ではない!(正高 信男) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51688

2017-05-13

[]誰が何のために共謀罪を作ろうとしてるか

国会ウォッチャーです。

http://anond.hatelabo.jp/20170512175648

質問どうもありがとう

私にこたえられる質問の類ではないので、あくまで私の私感にすぎないことはご承知おきを。

共謀罪関連の法改正運動の初出は1996年法制

 こういった法改正欲求がどういったところにあるのか、というのは、いろいろな修正を受ける前の、粗削りな段階が一番わかりやすいと思うので、それを調べます国会で初めて議論されたのは、1982年IBM産業スパイ事件で、IBMの新商品情報を手に入れようとした日本企業社員日立富士通)を、それと承知の上で、要は盗品と知った上での輸送共謀をしたということで、国際捜査共助に基づいて、アメリカから日本在住の社員12人の身柄引き渡しを求められた事件。これで日本には共謀段階での処罰規定はないから、引き渡しには応じられないのではないか、という野党側に対し、日本12人が、それぞれ個別日本アメリカでともに犯罪とされることをやっていないかを調べてからでないと、引き渡し出来るともできないとも言えない、みたいな議論はされています。結局身柄の引き渡しは行われませんでしたが、このIBM産業スパイ事件以降、激化して来る日米貿易摩擦の中で、この件を嚆矢とした共謀罪の制定要求アメリカからあったとしてもおかしくないと思いますが、この際は具体的な動きはありません。

 その次に国会共謀罪議論されるのは2002年に、新聞記事で、TOC条約議論に向けて日本でも共謀罪を制定する、という新聞報道があったことを質した坂上議員の質疑ですが、この際は、法務省報道を完全否定する形で質疑はほとんどされていません。しかし実はこの前に、長尾立子法務大臣橋本内閣)が法制審に諮問しているのです。きっかけはおそらくですが、オウム真理教事件です。

共謀段階での処罰ではなく、共謀合理的疑いを持った段階での通信傍受がことの端緒

 

 この法制審に提出された組織的犯罪刑事法整備参考試案及び事務当局説明要旨には、

一 諮問の背景

 近年、暴力団等による薬物、銃器等の取引やこれらの組織不正権益の獲得・維持を目的とした各種の犯罪のほか、いわゆるオウム真理教事件のような 大規模な組織的凶悪事犯、会社などの法人組織を利用した悪徳商法等の大型経済犯罪など、組織的犯罪平穏市民生活を脅かすとともに、健全社会経済の維持、発展に悪影響を及ぽしかねない状況にある。

と書かれており、オウム真理教の一連のテロ事件対応するための議論であったことがわかります。これは、当時の報道記憶されている人だったならばわかると思いますが、坂本堤弁護士一家殺害事件や、公証役場事務逮捕監禁致死事件で、オウム犯罪に関する情報複数得ていながら地下鉄サリン事件を防げなかったという強い批判があったので、その批判をかわす目的で、組織的犯罪に関する刑事法の整備が不十分であることを論拠にしようとしているのだと、私としては考えます

 この文書には、組織的犯罪への加重量刑犯罪収益の取り締まりなどとともに、章立てて「令状による通信の傍受」という項があります。ここに、数人による共謀存在疎明されたときに、令状を取得し、盗聴を可能とすることについての意見を求めています。この段階で対象となっているのは、殺人誘拐などのいわゆる重大犯罪と、麻薬取引等のいわゆるやくざ案件です。その中では以下のように諮問されています

1 令状による傍受の要件

 (1) 検察官又は司法警察員は、次の各号のいずれかに該当する場合において、犯人により犯罪を実行し又は実行することに関連する通信電話又はファクシミリによる通信コンピュータ通信その他の電気通信であって、その全部又は一部が有線によって行われるものをいう。以下同じ。)が行われると疑うに足りる状況があり、かつ、犯人特定し又は犯行の状況若しくは内容を明らかにするため他に適当方法がないと認められるときは、通信当事者のいずれの同意もない場合であっても、裁判官の発する令状により、犯罪を実行し又は実行することに関連すると思料される通信を傍受することができるものとすること。

 ア 死刑無期懲役若しくは無期禁錮の定めのある罪又は別表5に掲げる罪が犯されたと疑うに足りる充分な理由がある場合において、当該犯罪が数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があるとき

 イ アに記載する犯罪が行われ、かつ、更に継続して行われると疑うに足りる充分な理由がある場合において、数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があるとき

 ウ ある犯罪がアに記載する犯罪の実行のために必要行為として行われ、当該アに記載する犯罪が行われると疑うに足りる充分な理由がある場合において、当該アに記載する犯罪が数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があるとき

このウがいわゆる共謀罪に当たるものですが、共謀罪として最初から出てきたわけではなく、共謀段階での捜査ということになっています動機はやはりこのあたりなのではないかと私は考えています。現状民進党などが指摘している、内心だけの初犯の犯罪共謀をどうやって探知するんだ、という指摘が実はクリティカルで、政府の答弁では、監視目的でない、としていっているのですが、出てきた背景を考えると、令状実務を考えて警察が調べたいと思った電話メールSNSなどの情報開示を手軽に行いたい、ということが、ことの端緒を考えるとどう考えても本丸だと思うのです。この流れは結局犯罪捜査のための通信傍受に関する法律平成11年)にも同時につながっていますし、昨年対象犯罪が拡大したところです。この法律ができた時の騒ぎに比べて、対象犯罪の拡大は実にあっさりと通過しましたが、このテロ等準備罪が通信傍受対象犯罪となれば、当初の目的が達成されることになるのだと思います

TOC条約は、対象犯罪の拡大に利用されているだけ

 この法制審の議論をしているような段階で、TOC条約が出てきたので、これ幸いとばかりに対象を4年以上としましょうといって600、700と広げていったのが小泉政権時代の案でした。その後、平岡秀夫議員保坂展人議員などの質疑に応じる形で対象犯罪の数はかなりテロ組織的犯罪にしぼられて百数十としましょうとなったのが00年代中盤の議論、そして安倍政権では小泉政権時代の案に先祖返りしてから出発して、対象犯罪を277とした、ということです。TOC条約などは私がなんども書いている通り、異議が出ようが出まいが、条約2条等を留保することで締結自体可能です。その後留保の取り下げについて議論してもいいわけです。それをやらないというのはこれを錦の御旗として、できるだけ範囲を広げていきたいという欲求があるからだと思います。私も、これを転び公妨のように、反対運動等や労働運動を取り締まることを主目的とはしていないだろうとは思いますあくまで、「それにも使えるな」という程度の認識だと思います

 警察捜査上の人権侵害についてきわめていい加減に考えていることは明らかなので、結構単純に、「あやしいっておもったやつをもっと簡単に調べられるようにしてほしい」という動機がほぼすべてなんだと思いますよ。そしておそらく現在安倍さんたちのような保守派政治家たち自身は、「自分たち濫用するつもりはない」と結構本気で思っているとも思います。でも法律の立てつけとしてどうとでもできるよね、という話で、このあたりの未来への想像力人権侵害重要性というものは、彼らにいつもいつも軽視しているので、「ごちゃごちゃうるせーな」という態度なんだと思っています

 これは全部あくまで私の私感の話です。

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