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はてなキーワード: 一言とは

2018-09-20

anond:20180920135809

捻くれた奴だったから気にスンナ

一言目にありがとうが言えない奴は総じてクソ。

anond:20180919003925

博士持ちから一言

このエントリを読んで「自分のことができる=自分の業績を増やせる時間がある」と理解したんだけど違うかな?

学術系のポスト「でも」、研究ほとんどできず業績にならない作業だけやるようなものも実際にあって

その場合は全く自分の業績を増やす時間がないので、その次のポスト探しで業績競争で負けて行き場を失うことになる。

本来仕事で食いつなぎつつ、自分の業績をための時間をうまく確保しながら戦うことも求められる)

もしくは、年収の高い方のポスト仕事がこれまでの自分の専門と少し外れてて、

かなり勉強しなおさないと論文にできない場合は、結局業績を増やせず、これまた次の行き場を失う。

どっちにしても、その先が続かなくなる可能性が高い。

まぁ、本当に業績(将来)のことを考えず、家庭も顧みず、ただ夢を追いかけてるだけなのとしたら問題だけどね。

あと、第一印象として、本当に増田大学の業績とポスト関係をきちんと理解しているのかは疑問に思った。

そもそもお前がいいポストにつけないのは」とかいってるけど、

本当にいいポストに着くのに必要要件は何で、何をすべきなのかきちんと理解した上で言ってる?

(業績が全ての世界なので、たとえ年収の高いポストで誰よりも頑張ったからって業績にならなければいいポストに付けない)

他人アドバイスをすなおにきけない、変なプロ意識があるからじゃ。」って

大学のことやポスト選びについて言ってるんだとしたら、だいたい的外れアドバイスになってる可能性の方が高いよ。

大学関係のことについては、夫の方が知識が多い分正しい選択をしてる可能性が高い)

「楽な仕事」という言い方を見ても、仕事を完全に誤解してると思われる。

(楽な仕事を選んだのではなく、自分の業績を作る時間が確保できる仕事を選んだのだと思われる)

この辺りのことは、非常に大事なのでもっときちんと話し合ってできる限り意思疎通しといた方がいいと思う。

目先の高い年収を選んでその後が続かなくなると、あとあと困るのは君だと思うので。

2018-09-19

anond:20180919224315

いや作家性の良さもちゃんと書いてるけど、明らかに手抜き、例えば「顔を一切書かなくていい構図」とか

※髪の毛で顔が全部隠れる、おっさんが覆いかぶさっておっさんのケツしか最後まで見えない など

差分ほとんど変わらない構図」とかそういうどの角度から見てもわかる手抜きCGってあるじゃん

そういうのに一言でも書くともうアウト。

あとは「ここをもっとこうしてほしかった」みたいなのもアウト。

とにかくべた褒めしダメ

つーか金払わないと書けないんだから好きに書かせろやっていう。

異常な意見は支持されないしレビュー評価判断できるだろ。

踏みとどまれること、とどまれないもの

とどまれない度

1 恵まれない子への寄付

2 空いている電車でおばさんのおしりが手の前に来る

3 立ち食いそばネギをいっぱい入れる

4 次の駅まで我慢できそうな便意

6 混んでいる電車でおばさんのおしりが手の前に来る

5 眼の悪そうなおばあさんの駄菓子屋

7 後輩が理不尽命令を受けているとき上司一言モノ申す

8 混んでいる電車でお姉さんのおしりが手の前に来る

anond:20180919023638

でも飲酒運転件数は一応、厳罰化以降、減少傾向なんだよな。

いや、ノンアルコールビールや代行業者の普及、あとハンドルキーパー運動の浸透のほうが、効果は大きかったと言われてるのはしってるが。

でもなんていうか、厳罰化効果ないだろ、と一言で言ってしまっていいか、躊躇いは感じざるを得ない。

モヤモヤ

自分の中でモヤモヤしているものを吐き出そうと思って書いてみました。

今年新卒入社して半年くらいが経った。

それまでにこれといった実務的な研修はなく、入社後すぐ実践という形で、新卒でも出来そうな仕事をちらほら貰っていた(初めて扱う言語のため簡単もの、皆が面倒くさく後回しにしていた管理画面周りやテストメソッドを書く仕事が多かった)

ただ、チーム内の風潮のようなものとして、「出来る人がやる」という事が多く、やる気はあるのに少し大きめの仕事を任せてもらえないのが現状だった。

周りの人はバリバリ仕事をこなしているのに、何もしていない自分。それがひどく不安で、かといってこのままでいたらいつまで経ってもチームの力にはなれない、このままでは駄目だ、と先輩Aに仕事を求める相談をした。

その後仕事は貰えたが、その仕事が終わればまた暇な日々。

そんな時によく頭をよぎるのは、このままではスキルも何も身に付かないままお荷物になる自分転職しようにもスキルが無くどこにも行けない自分

どうにか出来ないものかと、部長とチームリーダーとで面談をしてもらい、新しい仕事を貰えるように(今までやっていたサーバーサイドはもう殆どする事がなかったため、クライアントサイドの開発(未経験)をさせて貰えるように交渉した)

ただここで指導についてくれた先輩Bが一癖あった。

新しく貰った仕事に対し、これからやってみろ、こういう手順で、と言った説明が先輩Bから無かったため、「まずはこれを考えてみる」と伝え、それがまとまれば、レビューを頼み、次に何をするつもりなのかを逐一報告していた。

レビューを頼んだから1〜2日音沙汰無し、といった感じのゆったりペースだったが、締め切りは決まっている。

レビューは来ないが、先に進まないと終わらない。

試しに次はこれをやる、と口頭で報告すると、「まだレビューまれていたものを見ていなかった」と言われる始末。

(レビュー待ちはどこもこんなものなのか…?)

最近では、

画面のレイアウトを考えて書けと言われ、それにokを貰え(今となっては適当okを出していたのでは?とすら思う)早速作業に取り掛かっても、別の先輩から完成間近に根本的な指摘をもらう、その繰り返し。

(指摘自体はそんな考えがあったのか!気付かなかった!と勉強にはなるが)

そもそもレイアウトを考える担当の人もいるのに何故専門ではない私が考えなくてはならないのか、その疑問は人手不足からねぇ、の一言で終わってしまう。

これを専門の人に考えてもらえていれば2日は多く開発に専念できたのに、と思わず考えてしまう。

また、こちらはきちんと報告をしているのに、間違った方向に行きかけても軌道修正してもらえないがために無駄仕事をしている気になってしまう(分からない事があれば適宜質問しているため先輩には進捗が見えているはず)

社会人なのだからそのくらいは自分で考えて行動しろ、と言われるのだろうと思いつつも、右も左も分からない状況でここまで放置されるのが普通なのか、と少し思ってしまう。

ただ指導してくれている先輩との相性が悪かっただけなのか、世の中はそんなものなのか。

先輩が私の面倒を見る気がないのか、どこもそんなものなのか。

からないし、聞ける人もない。

もんもんとそんな事を考えていると、

このままここにいていいのか、転職するとして今のスキルで雇ってもらえるのか。

転職してもこんな現状のままになってしまうのか。

そんなところにまで考えが行ってしまう。

不安ばかりが募って、最近仕事をするのがなんだかしんどい

夢があって、その夢に関わる仕事が出来ているはずなのに、やりがいを感じない。

やる気はあるのに、空回りしている感じがする。

なんだかちょっとモヤモヤがまとまった気がします。

またモヤモヤしたら書こうと思います

2018-09-18

社会正義を叫ぶひとに対する一抹の違和感

一言でまとめると「自分が支持し、主張する立場恣意性(非論理性)に無自覚人間が多すぎる」。

青識亜論まわりでいま丁度燃えているけど、個人的な印象論の範疇で言えば、フェミニストLGBT側の立場人間は、「自分他者を抑圧している可能性」というもの無自覚すぎるんですよ。

自分が、自分自身にとって大事だと思う権利を守るために、それを侵害する他者権利を抑圧する」、これ自体別に珍しくもなんともない。だけど、それを無自覚にやるのは流石に問題がある。丁度、「ラノベの表紙が気持ち悪い」「LGBT気持ち悪い」「殺人」を等価に置いた社会学者がいたよねという話題でもそれは結構散見される。

今更こんなことを言わなきゃいけないくらいに人類の知性は発展してこなかったんだという事実を目の当たりにするのは悲しいけれど、「論理的に等価である」というのは別に珍しくもなんともないんですよ。

LGBT気持ち悪いと思う権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと思う権利」も、誰にだってあるんです。

そこから一歩進んで、「LGBT気持ち悪いと発言する権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと発言する権利」も、誰にだってある。ただし、そこには発言したなりの責任が伴う。「LGBT気持ち悪い」と発言することによって、LGBTである人々を抑圧することはあるでしょう。それと同じことで、「ラノベの表紙が気持ち悪い」と発言することによって、ラノベの表紙を描くことをライフワークにしているイラストレーターさん・ラノベの表紙によって生きる糧を得ている人々(ざっくり言うと女性から切断された「キモくて金のないおっさん」を例に挙げておきますが、もっと単純にそれを単純に「いいイラストだなー」と思いながら受容する人々[男女問わない])を、抑圧することもあるでしょう。

そこは、何をどう解釈したとして、論理的に等価です。

では、その二つの何が違うかって、「何かを気持ち悪いと発言することで、どれだけの存在保護しようとしているのか。そうすることで、どれだけの存在を切り捨てることになるのか」という違いでしょう。

LGBTへのヘイト発言禁止することで救われるLGBT当事者気持ち価値は、LGBTへのヘイト発言禁止された人々の気持ち価値を上回る。LGBTに対するヘイト発言は、LGBT当事者を下手すると死にすら追いつめてしま可能性があるし、そういった想像は容易だからだ。

では、それと論理的に等価であるところの、「ラノベ気持ち悪いと発言する」ことの場合はどうなのか。ラノベ気持ち悪いと言われることで抑圧される対象は、発言を受けたことでLGBT当事者と同程度に守るべきなのか。これは個人的見解だが、同程度の重みを持たせることは、少なくとも想像範疇では難しいのではないかと考えている(これは、あくま個人想像範囲である)。

だけど、そこから一歩進んで、「気持ちいか規制すべき」という話になると、話は別だ。

LGBT気持ちいからその権利規制すべき」となったら、まあ、少なくない人間直感的におかしいと思うだろう。「気持ち悪い」という内心の権利を守るために、他者人権制限するというのは、保護法益バランスが全く取れていない。

では、「ラノベの表紙が気持ちいから、ラノベの表紙を制限すべき」という話になると、直感的におかしいと思う人が減る、という印象が、本増田にはある。減る理由はわかる。当事者属性の違いだ。LGBTである人々の存在は、少なから想像がつく。フェミニズムが守ろうとしている「女性」という存在も同様である。それに対して、「ラノベを表紙を制限することによって抑圧される人々」の存在がやや想像しづらいというのは、まあ、わからなくもない。

ラノベの表紙は「娯楽」である。娯楽に対して、LGBTというのは在り方そのものである。在り方そのものと、娯楽とであれば、そこの比重が異なるのはわかる。だが、世の中には、少数であっても、「ラノベの表紙を書くのが生業である人々」「ラノベによって救われている人々」が存在する筈なのだ。そこにあるのは、人類の数%(1億人近く)の権利を守るために、数千人の権利を縛るべきかどうか、という利益衡量の問題である人類の半分である女性権利を守るために、何千万人と存在するミソジニーな人々を抑圧すべきか。あるいは、女性権利を守るために、ラノベ関係する人々の権利を抑圧すべきか。

ここで本増田が言いたいのは、「お前の発言で抑圧される人々がいるから、ラノベの表紙を気持ち悪いと言うな」という話ではない。

現実世界において権利権利がぶつかるのは当然であって、そのような現実において、ある特定立場の人々を「守らない」という選択をするのは、仕方がないことだとは思う。だけど、その「守らない」という選択したことから目を背けるのは、誰がどう取り繕ったとしても、欺瞞しかありえない。

LGBT気持ち悪いと思ってしま人間にとって、それは仕方がないことだ。だが、発言した瞬間に、LGBTの人々を敵に回す覚悟必要だ。

それと同時に、ラノベの表紙を気持ち悪いと思う人間が、それを口に出し、主張する場合、「他人を抑圧する」という現実から目を背けてはならない。

況んや、「規制すべき」という話になると問題はかなりでかくなる。ここに来ると、「規制すべき」という形で、表現の自由問題が関わってくるからだ。

表現の自由」は、誰かが誰かから抑圧されないための権利である(それは主に公権力であることが多かったが、それ以外の私的権力からの抑圧を防ぐためでもあろう)。それは、どんな人間にとっても、本来的に備わっているものである、と法学人権定義をそのように構築してきた。それを制限するためには、それなりの整合性、具体的には「保護法益がどの程度大きなものなのか」を精緻検算しなければならないと、様々な判例の構築によってその線引きを見積もってきた。世の中の人々が考えている以上に、表現の自由ものすごく大きなものなのだ

それに対して、気軽に「ラノベの表紙が気持ちいからそれを制限しよう」と言い出す人たちは、その権利の重さをどの程度理解しているのだろう。「ラノベの表紙が女性扇情的に描くことで、女性蔑視・女性の「モノ化」・男尊女卑的な観念等を強化する」というのは理解できる。そして、それを守ることがそもそも男尊女卑的な、フェミニズム批判し続けてきた構造権力を強化するから全く擁護できない、という話もわかる。

だけど、それを主張することで、逆に自分たちが誰かを抑圧する可能性について無自覚か、目を背けているひとが多すぎやしないだろうか。

最悪、抑圧が発生するのはいいよ。民主主義ってもの絶対に少数派の意見を切り捨てる(厳密に言えば、多数派は少数派の意見を最大限聞かなくちゃいけないのだが、本題から逸れるので一旦措く)ので、仕方がない、避けようがない部分もあろう。でも、「そもそも自分たちは誰も抑圧していない」と言いはじめるのは、何か違うんじゃないか

俺が、青識亜論は少しむかつくけどそれ以上に彼を擁護したくなるのは、それが原因だ。青識亜論は特権性について何度も言及していた。市民社会において、どのプレイヤーも、プレイヤーとしては等価な筈なんですよ。市民市民を抑圧することはできない。市民は抑圧に対して抑圧に反発する権利がある。その権利が、あたか存在しないようにふるまう少数派が多すぎる。

せめて、「私は少数派の権利を守るために多数派権利を抑圧する立場に立ちます」くらいの大上段はふるってほしいものだ。本増田はその権利を守る。

anond:20180918203725

自分表現規制に一切黙れとは一言も述べてない

ただ、毎回毎回、たかが(あ、言っちゃった)エロ漫画規制程度で一足飛びにスターリニズム言論弾圧国家が到来するとか大真面目に騒ぐ人たちの心性が、どーにも好きになれん(好きになれんと述べてるだけで、俺自身には何の権力もないから、そういう人たちを弾圧せよとも思ってない)

はてブ或いは朝日新聞共通する判断基準

それは、環境や外的要因を考慮しない、固有の人格真実善悪が起因するという不文律

無論、本当の極悪人というは存在しうるので、どんな環境であれ、他人のどんな支援があろうとも

極悪人が、常に同じ選択をするというのは可能性として否定できない

だが、はてブ朝日新聞は、どんな場合でも、環境や外的要因に関係なく、固有の人格善悪が宿るという暗黙的信条がある

一言で言えば、はてブや、朝日新聞は、悪人認定した人に対しては、以降、常に人格攻撃を仕掛け本人が悪であるという論を崩さな

しかし、ほとんどすべての人は、環境やその時に得られた助言や示唆によって判断を揺るがす

それゆえに、矛盾のある行動にもなるし、時には誤り、時にはある面で正しく、ある時には、矛盾した様相を示す

1つ1つの事実を本人を含めてその環境や要因からみつめて、何が悪いのかを毎度最初から組み立てる必要がある

だが、はてブ朝日新聞は、常に悪人認定した個人悪辣さをまず前提とし、その悪癖がすべての環境や外的要因を凌駕するという前提を持つ

それゆえに、事実はそうした視点に歪められ、ひとつひとつのこだわりのない世間一般判断から乖離していく

2018-09-17

anond:20180917155336

元増田ですが、

有効にする、なんて別に一言も言ってなくてこういう面白い考え方を得たよ。

と申し上げています

わたし意図根拠なく勝手に読み取って勝手脳内ホルモンを分泌させて興奮する遊びにいそしむのは大変結構なのですが、

それこそ、コミュニケーションを行なうことを阻害するものなので、

あなたがおっしゃられた「根拠ゼロ思い込み」を「勝手に」「有効にする」行為

自分にあてはめて考えてみてください。

性格悪い奴、最後に「...キモっ!!」を付け足せば何言ってもいいと思ってるところあるよね

...の部分が仮に真反対のことでも、キモイの一言ですべてが成立する

2018-09-16

anond:20180916173416

わかってないね

アニメーターやらアニメ関係仕事に就きたがるのは元オタク

自分たち仕事に関わりたいんだよ

関わりたくても先駆者ブラック環境でぜいぜい言ってるのなんか見たら、悲しくて一言いいたくなるだろ

一言だけで良いので言わせて下さい

うんこ‼︎

2018-09-15

“文才”の正体

「この人は文才がある」は「私はこの人の言っている事が良く分かる」の究極の言い換えに過ぎない。だから評価されたいのなら)大多数の大衆理解できないような難解な文章を書いても意味が無いのだ。少し具体的に言うと、文才文才持て囃される増田は全て「難しい言葉が一つも使われていない」っていう共通点があったりする。これは俺が見てきた限り100%そうだった。そりゃそうでしょ、最初に出した大前提の為には「言葉意味が分からない」なんて一番ダメからね。

あともう一つ。「文才がある」と言われる人は大抵「喋りが上手い」ってこと。例は古いけど松本人志とか永井先生とかがそうだった。だから“文才がある”っていうのは“喋りが上手い”の言い換えに過ぎないのでは?とも思っている。話し言葉書き言葉は分離していく性質があり(だから言文一致運動なんてもの必要になる)、「文才がある」だなんてその書き言葉の技巧を褒めているように見せかけて、実は話し言葉としての技巧の方しか褒めてない…というのは面白いな、なんて思う。

まあ、喋りが上手い(口頭での説明が上手い)奴って大抵、相手の頭の中に今どんな絵ができてるか正確に把握できてて、次に自分がこの一言を発するとその形がこう変わる…、というのを理解する想像力に長けているので、その能力の有無こそが問題なのかも知れないが。

今日孤独なオジサンSNSセックスできずにいいねを押すだけの日々を過ごす

孤独なオジサンというのは、友達がいないとか結婚してないとかそういう意味ではなく、セックスを常にしたいのに願いがかなわないオジサンを指す。

フェイスブックに●●写真…みたいな、いろんなスポット写真投稿してグループメンバーコメントするようなもの存在する。私もその会員の一人で、日々写真を眺め飛ばしつつ、こんな絶景があるのかなんて思いを抱いている。

で、その写真部は作られた時は、おそらく純粋な思いだったのだろう。最初は発起人とそれに賛同する純粋ないい人達が暮らす健全コミュニティだった。

ある日、その写真部に多くの賛同者が現れるにつれて、妙齢で心が素朴な女の子も入会する。彼女芸術や人文系統の学部に在籍するか、卒業生か、はたまたそのような感性をもったプロフィール投稿し、基本的無防備である。(中にはあざといものもいるがそれにはこの項では触れない)

彼女グループ活動最初はいいねを押すだけであるが、そのうち自分でも写真投稿し始める。その数は決して多くなく、クオリティも高くない素朴なもので、誰が見ても40点程度の素質である

ただ投稿する彼女プロフィールとあるグループ男性の心をくすぐってくる。

そのうち彼女投稿は出来が悪くても孤独なおじさんたちがこぞっていいねを押し始め、ついにはコメントをしはじめる。

最初挨拶オジサンが登場する。

おはようございます^o^ 今日ニコニコ元氣な1日をお過ごし下さい(^_^)v」

反応を得る事で興に乗ったオジサンはいよいよ気持ちの悪いコメントを投下しはじめる

あずさちゃん かわいすぎだよー 反則ー😁❣」

このオジサン達の目的一言、このプロフィールを持った女の子と接点を持ってデートをしセックスをしたいのである

悲しいかなこの女の子は、オジサンコメントに丁寧に返答しつつも真意を知らずか知ってもあしらいつつもともとの純粋気持ちを持ち続けるのである

そこにはセックスができぬまま今日いいねコメントを残し続けるオジサンけが存在するのだった。

ASIAN KUNG-FU GENERATION特にきじゃない曲

はてな匿名ダイアリーアジカンの話を持ちだすヤツというと昔聴いてたザコと政治のザコしかいないみたいな感じだと思うんですけど(探してないので知りません)、後藤正文に対する最近番頭にきたことが「アジカンからのお願いとだけ書いて子連れライブ参加云々の記事投稿すんな解散か休止かと思うじゃねーかこのアンポンタンメガネ野郎である頭お花畑ファンアジカン特に好きではない曲の話をします。悪口です。

他所アーティスト記事に感化されたの丸出しだけど、書く場所が無かったので。

・青の歌(崩壊アンプリファー

これ聴きたいとか言ってるヤツどう考えてもライブでやらない崩壊補正じゃねーの?って思うくらい興味ないし聴いてない。(楽器のことは全くわからないけど)キーボード?っていうかムーグ?みたいな音が入ってるのは現在への伏線っぽくもあるけど、特に曲として特徴があるかといえばそうでもない。

初期アジカンにおける「前のめりor哀愁漂うマイナーコード」のどっちでもないし、歌詞も含めて一辺倒な青春ソングの色合いが強いからかもしれない。あと「I still love you you love me now?」が初期であることを鑑みても結構キツい。Hold me tightは逆になんとも思わないんですけど。

・夜の向こう(ソルファ

特筆すべき事項が殆どない。ソルファ歌詞は「発し手=僕/受け手=君」の距離感キモであり、一番売れたこアルバムとそれらの対比が図らずしも美しくなっているんだけど、この曲は初期~中期アジカンアルバム一曲はある超無難歌詞みたいな印象が強い。それを考えると真夜中と真昼の夢とかはよくできているんだなと思う。この曲は再録でも全く印象がなかった。

サビの韻の踏み方は気持ちいい。

路地裏のうさぎファンクラブ)

アジカン史上最も完璧な流れを持つファンクラブというアルバムにおいて唯一飛ばす曲。後藤が「アジカンっぽい速くて声を張り上げる曲」を意識して作ろうとすると死に至るという定説があるのですが、これもそれに近い。

歌詞における色の使い方とかも作為がすぎる上に面白くもない。あとワールドアパートで意を決して「ビルに虚しさが刺さって」というセンシティヴな比喩を使ったその口で「心の奥で白いミサイルが弾けた」って言うのはどうかと思う。新世紀のラブソングに対するスヌーザー批判はこっちにこそ当てはまるのでは?

その辺、のちの後藤が夜を越えての「瓦礫」に躊躇する感性のほうが100倍は納得できる。

・嘘とワンダーランドフィードバックファイル

シングルc/wから許された曲。単純に歌がうまくないしそれを許容できるほど喜多個人が好きでもない。曲としては喜多の毛色が丸出しになっていて、ライブアレンジなんかはおっと思わされるんだけど、やっぱりボーカルの力は大きい。

近年の喜多ボーカルちょっとは上手くなったとは思うけど、それでもカラオケの上手いおっさんという感じ。コーラス最適化された声だと思う。

・トラベログワールド ワールド ワールド

何も思いつかない。

サイエンスフィクション(未だ見ぬ明日に)

先のツアーで大盛り上がりだったのを一人ポカーンと眺めてしまったのですが、これそんな人気ある曲なの?「取るに足りないゴミクズー!」で叫べるから?確かにゴミクズって叫んだら色々な意味気持ちよさそうな気はするが。

未だ見ぬ明日に収録作はサウンドしろ歌詞しろサーフ前の苦悩と試行錯誤がみてとれる気がするし、テーマ的にも「いつか死ぬ僕ら」の色が濃く統一されているんですけど、こいつだけなんか場違いなんですよね。融雪もちょっと違うけど、融雪は許す。

双子葉(マジックディスク

「種を蒔こう」「いつか芽を出そう」はマジックディスクにおける重要テーマの糸口ではあると思うんだけど、合わなかった。喜多クレジット個人的に合う曲と合わない曲の差が激しい気がする。

N2ランドマーク

アジカン政治的(社会的言及を孕む曲には常に思っていることなんですが。別にテーマとして社会批判なりそこに対する願望なりを盛り込むのはいいし、その内容が「核武装して東アジアをぶっ潰せ」だろうが「天皇制解体して共産主義革命起こせ」だろうがいいんだけど(もちろん後藤はそこまで極端には振れないし露骨ものは書かないという信頼はあり、外野勘違いをしてもらっては困る)、それをストレート表現したら作詞家として何の芸もない。やるなら今までの世界観の延長線上で、捻って気取った言い回しでチクリと風刺してくれ。

そういう意味で「夢のように『安全だ』ってコール」「資本主義火葬場」までくるとしんどいランドマーク自体震災の影響もあり社会的な毛色の強いアルバムなので、単に合わないと言われたらそれまでだけど(でもアネモネの咲く春にはアジカントップクラス名曲だし、それでは、また明日における皮肉とそこから帰結するテーマは非常に良かった)。

こっちは好きな曲だけど、1980の「出鱈目プライムミニスター」とかも芸がなさすぎるんだよな。

この手の話だと、現代語訳ともいえるLoserのあの当て歌詞は好きだけど、「海辺燃え続ける夢の切り札」をどういう意味か推測しながら聴いてくれみたいにドヤってたのはえぇ…と思った。流石にわかるだろ。

あとN2は単純にサウンドが好きじゃない。ランドマークって曲構成の面でも結構実験的なんですよね。アジカン後藤に求めてるのはやっぱり最終的にはポップネスなので。

ゆずRADのアレとこの曲を比較して「アジカンだって言ってんじゃねーか!」って言う輩見るけど、アジカンもボロクソ批判されてるというところには誰もが目をつぶるの面白いですね。結局右と左が争ってるだけ。そういう状況を是非風刺して欲しいけど、独り善がりになりがちな後藤には無理だろうなとも思う。

スローダウン(フィードバックファイル2)

印象が薄い。震災テーマっぽいのに。

オールドスクールフィードバックファイル2)

歌詞も曲もアジカンっぽい曲を作ろうとして死に至るパターン山田クレジットにしては本当に虚無。

パラレルワールド(Easter/復活祭

まさしくゴミの山であるソバアフィブログに「レイシストなんてろくでもないさ」という歌詞をボロクソ叩かれたことも記憶に新しいですが、でも確かにここ安直すぎ。

レイシストなんてろくでもないと思うのは結構なんだけど、それをストレートに言うならストレートでなくてはいけない意味を付加してほしいし、そうでないならストレートに言わないでほしい。「場当たりの歴史観論破して~」とかも皮肉としての鋭さが皆無。ツイッターツイートしたほうがたくさんRTしてもらえると思うので歌詞にしないでそうして欲しい。

タイムマシン比喩後藤にしては本当に安直すぎて涙が出てくる。もっとやればできるんだから頑張ってください。それほど言いたいことが大きかったのかもしれないが、アジカンは言いたいことが大きすぎると作詞によくないタイプバンドであることがよくわかる。

曲に関しては伊地知クレジットなだけあってこれまたストレート。印象に残らん。

・Prisoner in a Frame/額の中の囚人(Wonder Future)

Wonder Futureに関しては難産だったんだろうなとはわかるけど、本当に好きな曲と嫌いな曲の差が激しすぎる。印象が殆どない。あと批評へのアンチテーゼというテーマが掘り下げきれていない気がして、それも印象の薄さに拍車をかけている。それこそそこをストレート一言だけでぶった斬った新しい世界インパクトがあるので。

お祭りのあと(荒野を歩け)

これ以上カラオケおじさんの話をしなくてはいけないのか?



ここまで長ったらしく羅列してみて、好きではない曲、ひいては好きな曲の傾向が見えてきたので、意外と価値のある作業なんだなと思いました。

自分アジカンに求めているのは「歌詞の上手いこと言い」と「曲のポップネス」であり、さらに「ストレートアジカンらしいものを作らないで欲しい」なのかなと。

その点、新曲ボーイズガールズはとても良かった。今後ともクソバアフィブログのことは無視して頑張っていただきたいです。

anond:20180914132644

地方なんて、競争力無さすぎて、同族だけに分配して高級車乗り回すみたいな搾取経営者とかゴロゴロいる。

奴隷たちには、「やめてもいいんだぞ!」の一言奴隷化が簡単

他に選択肢が無いからな。

2018-09-14

イチゴ牛乳かけたらマジギレされたこ

まあ怒る人もいるだろうから私が悪かったけど切れ方が普通じゃなかった

言い合いになって彼氏イチゴもう一皿用意したあと一言も口をきいてくれなくて

むかついたから新しいイチゴにも牛乳かけたら頭に彼のミルク大量に出された

そのあと彼は全部残したまま先に一人で帰った

暴力的過ぎてもう無理

anond:20180913230500

anond:20180914131855

一言、「かける?」って声をかけてくれるけど。

anond:20180914111043

自然代表する観光地とは一言も言っていないし主題はそこではない。

脇役が呟いたどうでもいい一言主人公真実に気付く展開

ワンパターンだよな

礼も詫びの一言も無い人

仕事において欠勤が多く、出社したらしたでやることが無いのか携帯電話をいじっているか寝ている輩がいる。

仕事スケジュールをまったく気にせずに休むので、大事業務がある場合に周りの誰かがそれをフォローしてあげることが多々あった。

人間誰しも体を悪くして休むことはあるし、急なことで回りに迷惑をかけてしまうこともあるだろう。

障害だってあるしその部分はカバーしてあげるべきだと切に思う。それはかまわない。

しかしながら回りに迷惑をかけても、業務代替してあげても、ありがとうございます言葉はおろか、すみません一言すらないのはなんなのだろうか。

やってもらって当たり前とでも思われているとだんだんと助けたくなくなってくる。

病気以前の問題だと私は思う。

別に私生活ならどうでもいいが社会人仕事をしているのである。一体どんな教育を受けてきたのだろうか

2018-09-13

唐揚げレモンかけたらマジギレされたこ

まあ怒る人もいるのは知ってたから私も悪かったけど切れ方が普通じゃなかった

言い合いになって彼が唐揚げもう一皿注文したあと一言も口をきいてくれなくて

むかついたから新しい唐揚げにもレモンかけたら頭にレモン大量に絞られた

そのあと彼は料理全部残したまま先に会計して一人で帰った

暴力的過ぎてもう無理

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