「中学」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 中学とは

2018-10-17

オタクコンプレックス

オタク陰キャなのが嫌。

中学の時までガチガチオープンオタクだったけど高校入ってからそれがやばいって感じてどんどんコンプレックスになっていった。

オタク気持ち悪いって言われるけど実際自分がモサっとした格好でオタクしたり早口で喋ってるところを客観的に考えるとマジで気持ち悪すぎて分かるってなる。

オタク陰キャなの本当に嫌だけど今更どうしようもないし変えれないしオタクも辞めれないし受け入れてるけどせめてオタク陰キャと思われないようにしたいとは思った。

爪を綺麗にしたり ムダ毛(指毛とか細かいところ)きっちり処理したり 髪もいいヘアオイル使ったり スキンケアに気を使ったり 眼鏡からコンタクトにしたり 学校でも最低限の化粧したり

仲良くする人はいかにオタクって感じじゃない人にしたしいかにもな人とは少し距離を置いた。どうしても一緒にいると中学の時思い出すし話題振られるとついオタク臭い喋りになるから。まあ普段から隠せてるのかはわからないしバレてたのかもしれないけど。

でもなんか色々つかれたとき、ああオープンオタクやってればこんなにつかれないのかなって。自分もあのへんとつるんでれば楽だったかなって思ってしまう。

おしゃれするのも自分の肌とか髪が綺麗になっていくのもたのしくて好きだけど、本当に好きな物の話がネットしかできないのはやっぱりくるしい。

正直わがまま言えば同じ価値観オタクと仲良くなりたいなぁって心の底から思う。どこで出会えるんだろうな。

いじめ探偵を見て思う事。第三者が介入した所で何も物事解決しない

この話はあくま日本国民一億2000万人いる中の、ある一人の意見であって、他の人たちに当てはまるかどうかはわからない。

ただ、小学校2年からいじめられて、おかげで中学高校パシリ生活を送り。

30過ぎるまで、その影響を引きづってた人生を送った結果たどり着いた結論として、

「もし自分の子供が出来て、もしいじめられる立場にあったら、絶対こういう風に教えてあげよう」と思っていた事だったから、これを機に書いてみたい。

はてなダイアリーもなくなっちゃうし。

や、マジはてな最高。 昔は増田意味も知らなかったのに(俺の嫌いな元上司名前でもあるから、なおさら敬遠してた。はてな

いじめられるのは仕方ない。人間社会である以上は。

ドラマリーガルハイ堺雅人演じる古美門研介が、岡田将生演じる羽生晴樹に対して「それが人間だ!(それが人間という生き物だ)」と一括するシーンがあるんだけど、まさにそうで、人間って生き物の中で生きてる以上はいじめは必ず発生します。 

何故なら人間には感情があるから。 あなたも心当たりあるでしょう?

不潔な人とか、臭い人とか、電車で奇声あげてる人とか「キモイw」とか言って敬遠してるでしょ?

みんな、知らず知らずの内にやってんだよ。「身を守る」とか言ってね。

社会でも普通に仲間外しやらいじめは発生しますよ。あなたもその当事者の一人ですよ?

人間社会である以上必ず発生する。これは仕方ない。

さて、そのいじめだが第三者が介入して力ずく解決するのはいかがなものかと思う。

環境が変わればまた、弱いものいじめは発生する。

「いやー、人間関係合わなくて会社やめたんだよねー」

・・こんな理由で辞めた人に対して、多くの人はこう思うでしょう

「次の会社大丈夫なの? また同じ理由で辞めない??(特に面接官なんかそうだと思う)」

学校も同じだと思います

今の学校いじめを、あらゆる手(教師や周りの大人や何なら教育委員会とか)を使って潰したとしても

環境が変わればまた人間は弱いものをつぶしに来る。

いじめが辛いのはわかります。俺もそうでした。30超えた今だからこんな事書けるっていうのも自覚はしてます

ただ、探偵さんや教育委員会含めて第三者のおかげでいじめ解決した本人(俺もその一人に該当するだろう)は

その後果たしてどうなるか。 考えたことってありますか?

全員が全員ではもちろんないけれど。

ほぼ全ての子が成長しない。

しろ心の傷を負っただけで何もプラスにならない訳です。少なくとも自分はそうだった。

ドラクエで言うなら(第三者のおかげで)瀕死状態戦闘から逃げられた(ステータスゲージが黄色じゃなくて赤の状態)のはいいんだけど

そこから傷が回復するのには相当な時間がかかる。

自分場合はどのくらいかかったと思いますか?

答えは未だに治っていません。

(かなり治ったけど)

よく聞くでしょ。

いじめられるまでは活発だったのに、いじめられてから急に性格が反対になってしまった(おとなしくなってしまったとか・etc

自分もその一人だと思っていて、小学校2年生まではクラスリーダー的な感じだったと自認していましたが(小学校の話だけど)

いじめられてからは、一転しておとなしくなって嫌われるのが怖くなって衝突するのが怖くなって。

嫌われる勇気」に出てくる主人公を地で行く感じになってしまった。

この文章を読んで、いじめられた事のない人はこう思うんだ

「かわいそう」「うちの子供にはそうさせないようにしよう」

共感よろしくって感じだね。可哀そうって一番嫌いな言葉なんだけど、まあそれはいいとして。

この精神状態になるだけで、社会に出てから大分遅れを取ってしまうことは、ほぼ間違いないと思う

(少なくともサラリーマン生活においては)

さて話を戻そう。

第三者が介入しないのがダメならどうするか?

もちろん、子供いじめに気付くってのが大前提なんだけど、気づいた前提で話を進めたい。

俺なら子供にこういうだろう。

「俺が後の責任全部取るからそいつの所に行って殴って来い。言いたい事全部言って来い。言いがかりでも構わないから」

なんでこんな事を言うのか。

例のいじめ探偵さんと一緒に出演していた女性は(俺の見解では)かなり、思い込みが激しい状態だったと思う。

気持ちはわかる。俺も今でも似たような気分になる。ヒソヒソ話しをされてたら、俺の悪口言われてるような気分になるアレな。

いわゆるコミュニケーション不足。

といえば簡単だが、じゃあコミュニケーションって何なのよって話なんだよね。

たぶんいじめらしきものはあったんだろう。

出演者女性曲解した部分もあったかもしれない。

それを埋める為の、話し合いが必要という事。 たぶんお互いの溝は埋まらないでしょう。殴り合いになってケンカ別れになるかもしれないでしょう。

でもそれでいいと思う。

~さっきから何言ってんだこいつって?~

大事なのはここからで。

この辺りのフェーズ学生時代経験しておくことが大事だと言いたい。

特にいじめられてる子達に。

社会に利用される人たちは総じて弱い人であって、自分を主張できない人。自分を通せない人

(全員ではないけど、その要素はあると思ってる)

いじめられる子達にも共通項は多いと思ってるよ

(俺もそうだったから)

学生時代はその練習が出来るチャンスなんですよね。周りのクソ共が何と言おうと。

自分で(もしくは、周りの親に知恵をもらいながら)はねのけるのが、本当の意味の成長なんじゃないかな。

そうしないと、本当に「私は(俺は)過去いじめられた事がある」だけで終わっちゃうんです。

そうじゃなくて、「いじめられた事があるけど、そいつら全部ぶんなぐってやったwwwww」ぐらいにしてくれれば、自分の傷も癒されるし、

何より「自分意見を通すこと」の「加減」 ←ここ大事! が肌感覚で身につく。

加減がわからいから、喧嘩出来ないし、出来ないかいじめられるでしょ? みなさん。

(みんなじゃないと思うけど)

高校なんて、親もいて、教員もいて周りに迷惑かけてもある程度は許される時期じゃないですか。

ここで他人に頼るようじゃ、社会に出てからも同じだと思うんです。

・・・・って事を15歳の時の自分に言いたかったな。

余談だけど

自分は一度、小学校の時にいじめてくる主犯格クラスの奴に抵抗的な事をした事があったけど、それからしばらくいじめは無かった。

相手ビビったんでしょう。大人の今になったらわかる事ではあるけれど、小学生あのころに戻れるなら言ってやりたい。

「気のすむまで殴れ」って。別にストレス発散したい訳じゃなくて、あそこでそういう事を経験しておくことっで

将来社会に出てから、不良なんかが隣に座った時にやけに動悸が激しくなる・・・なんて事もなかったと思うんですね。

(実際小学校高校の間に起こしたケンカ(少なからずもあった)は、実は社会に出た今でもかなり人間関係の駆け引きの部分で役に立っている)。

俺には子供はいない

から子供が出来たらこの考えは変わるのかもしれない。みんな子供大事ものね。

でも大事からって生暖かい風呂に入れっぱなしにしていると、いずれ一人では出られなくなりますよ。  それが今回の文章趣旨です。

それだけです。

長くなりました。

おなか減った。

2018-10-16

anond:20181016090710

30代前半ですが見たこと有り申す。つうか使ってた。

うちが製造やってて家にPCがあったのは特殊だとしても、中学の授業で使ったデジカメ記憶媒体FDなのでした。

どうにもならない現実の話

 私は4年間恋をしています同級生女の子です。蛇足かもしれませんが、同性です。

 中学入学したばかりの時、寒い結構長い間外で待たなくてはいけなかったことがあり、その時に「寒いね」と話しかけてくれたのがきっかけでした。彼女は色白で、長身で、人が良くて優しくて、私は彼女に憧れて、惹かれて、気づけば周りの友達が恋と呼ぶものに落ちていました。初恋です。

 中二までは、よかったんです。一緒に登校して、一緒に時間が合えば下校して、お弁当食べたり、休日に出かけたりして、友達としてでも、仲良くしていたと思います

 私の通う学校中高一貫で三年になると上と下のクラス、発展と普通の二部に再振り分けされます。私と彼女普通入学しましたが、彼女は三年から発展のクラスに進みました。

いつからか、彼女は朝一緒に登校しなくなりました。また、お昼も一緒に食べなくなりました。発展のクラスの子と仲良くしている様子を見て、どうしようもない焦りが出てきました。

 取られる、とか、そんな異性性愛者が多い中思うわけはないでしょう。単に、私の人間性の無さが露呈したのではないか、という不安です。

 私はどうしようもない性格です、口を開けば皮肉愚痴。一緒にいて楽しい人ではないでしょう。可愛く言えば、素直ではないのです。頭の中で考えることが外に出すとなると、どうにも気恥ずかしくて、皮肉でも交えなければ伝えられないのです。だから、仕方ないなんて言うつもりもありません。きっと幾度も彼女を傷つけたでしょう、「う、刺さる……」「愚痴が止まらいね」苦笑交じりにそう言う彼女の姿が表情が声が、ふと脳裏に現れるときがあるのです。

 だから、発展のクラスと仲良くなって、私と離れて、「なんだ、あの子といると疲れるじゃない」なんて、おもわれてるんじゃないかなって。

 そう思い始めてから、偶然だと思いたいのですが、彼女が三度ほど私の約束ドタキャンしました。気づいたら呼び方あだ名ではなく苗字さん付けになっていました。皮肉癖は抜けず、久しく一緒に下校しても家に帰って自己嫌悪に浸るだけ。そんな生活一年間して、私の中のダムのようなもの決壊しました。

 忘れられてしまうくらいなら、すれ違うだけで死ねと呪われるくらい嫌われて恨まれよう。

内容は省略しますが、結果的に私は美しくて優しい彼女自分彼女への劣等感を全部、ぶつけました。たくさん言葉で切りつけて、彼女を傷つけました。それは諸刃の剣で私は自殺を考えるほどに罪悪感で吐き気を覚えました。全部、全部夢だったらいいのに。加害者なのに、私はひたすらに願いました。

 残念ながら、私のこの恨まれよう作戦は失敗しました。私の心が弱かったために。

体育祭彼女の両親に出会いました。縁でも切られるのだろう、そう思っていたのに彼女の両親は他愛のない話をして、去っていきました。

 彼女は、両親にすら、私に傷つけられたと言っていない?心の中が彼女への好きであふれて、尊いとすら思いました。その帰り、私は彼女謝罪し、謝罪し、謝罪しました。やっぱり、彼女は許してしまうのが、どこかゆるせなかった記憶がありました。

 それからしばらくして、今現在彼女とは顔もほとんど合わせない日々。喧嘩してるわけでもありません。ただ、私が恋を自覚しただけ。

 彼女は私を好きだといいます。私も彼女が好きです。違うベクトルで。

 友人がクラスメイトとお付き合いし始めました。私は異性とはそういう関係になりたいと思えません。彼女が好きです。彼女は私を"彼女"だと一度言いました。そんな冗談、言わないで。あなたの頭の中の人設計ではどこかに結婚があって、出産があるのに。

告白すればいいのに。」友人に言われても、あんなに傷つけた彼女告白?あの人はあんなに美しくて、優しくて、清廉潔白体現したような子なのに、傷つけた私が横に並べると思うのかと、責め立てる口調をどうにか飲み込む。あの人は私を好きじゃないのに優しくしてくる、許せない。だからあきらめきれないの!

彼女はもう朝の待ち合わせも、お昼も来ない。なんでかは知らないけれど、私のことが嫌いだったからだと嫌だなと思う自分勝手な私がいる。彼女には相応しい友人がいるはずだ、優しい賢いクラスメイトが。

 私は馬鹿皮肉屋で、利己的で。彼女と並ぶには相応しくない。

 

 二次元は当たり前のように女性同士のカップルがいる。それがどうしようもない私の現実から見ると少しうらやましい。だって彼女は私の好意が恋の方面からだという考えすらないはずなのだから

私は美人で優しいあの子がどうにもならないくらい、好きです。そして男に生まれていたら少しでも変わっただろうかと考えるだけ。

2018-10-15

社会人10年を過ぎて

最近20時までは残業まあ許せるか、21時まで働くと働きすぎだな。という感じになってきた。新入社員(前職の)時は17時半が定時で18時になったらもう帰りたいな、という気分になっていたというのに慣れとは恐ろしいものだ。前職の時は残業代が全くつかないというのもあったけど。

そんな時ふと思い出すのが今年死んだ父親のことで、思えば小学生中学生のころほぼ毎日父親と夕食を囲んでいた覚えがある。父親子供たちとは違い一人分のお膳を使って、子供たちより2品か3品多い夕食を食べながら酒を飲み、そのままテーブルのところで寝てしまう。父親の部屋に布団を敷き、酔った父親を起こして運び、夜中のどが渇いて起きるから差しをおいておくのが僕ら兄弟仕事だった。小学生の時は21時になったら寝ろ、と言われ、水曜と木曜だけは好きなとんねるず番組を22時まで見ていい、というルールだった。

今こうやって21時まで残業している自分を思うと、もしあの時の父親と同じように子供がいて、同じように育てていたらほぼ子供が寝るまでには家にたどり着かない。酔って寝てしまっても子供たちは誰も僕を布団までは運んでくれないだろうし、それどころか布団を引いてくれる人さえいないかもしれない。

そう考えると、おそらくうちの父親子供というか、家族を中心に考えて仕事をしていたんだろう。自分物心つく頃には父親は40を超えていたから働き盛り残業盛りだと思う。仕事の違いはあるとはいえ、定年まで全く偉くならなかったのもそのせいなのかもしれない。思春期自分にとってはそんな父親が疎ましく、中学卒業とともに家を飛び出してしまったのだけれども。

来年には自分父親結婚した年齢になる。結婚の予定は全くない。子供なんて夢物語みたいなところがある。

ただ何かの間違いで愛する人ができて子供が生まれる、ということになったら自分父親と同じように子供との時間をたくさん取ることができるんだろうか?

ああ、もうすぐ21時だ。あの頃の僕らはもう眠ってしま時間だ。

早く帰って少しでも顔をみたいな、そんな気持ち父親になった皆さんは働いているんだろうな。自分もそんな風になれたらいいな、と思う。

2018年秋の連ドラの第1話をいろいろ見ていく

まだ未消化のや未放送のが多いがひとまず。

あくま1話感想なんで、2話以降どうなってるかは関係なし。

特に気に入ったのは◎、まあまあ気に入ったのは○。

 

まんぷく

<あらすじ>

インスタントラーメン発明するらしい。

感想

15分では特に良いとも悪いとも。

アラサー安藤サクラは役柄の18歳に見えるとまでは言わないにせよ年齢不詳な感じに頑張っているが、姉のアラフォー内田有紀は素で下手すると安藤サクラより年下に見えるくらい年齢不詳なので、なんだか不思議な感じになっている。

 

警視庁捜査資料管理室(仮)』

<あらすじ>

捜査資料データ化する男が安楽椅子探偵……ごっこ?

感想

一人芝居の分量が多い分、説明ナレーションを多用したり、主人公推理の酷さを本編内でツッコまず予告でメタ的にツッコんだり、かと言って一人芝居を貫くわけでもなく……ならずっと二人芝居にした方が無理がなかったんじゃ。

 

PRINCE OF LEGEND』○

<あらすじ>

王子キャラの男達が伝説王子の座を競う現代逆ハーレムものってことでいいのか?

感想

逆ハーレムに興味なくても楽しめる程度にきちんと馬鹿馬鹿しい。

1話のメインの王子の、死んだ母親から酷い夫の代わりに理想王子として育てられたという設定はグロテスク呪いに思えたが、作り手は自覚的っぽく、ヒロインについて心酔する母の生まれ変わりかもなどと多くの女性が引くであろう台詞まで彼に言わせてるあたり興味深い。

14人の王子ドミノ倒しみたいな壁ドンアイキャッチは絵的には面白いが、王子の、延いては女性の好みの多様性否定に思える。

 

『天 天和通りの快男児

<あらすじ>

ざわざわ賭け麻雀

感想

麻雀がわからないとやっぱりもどかしさがあるのと、人生を賭けたドキドキとかべつに味わいたくないなぁというのと。古川雄輝の役も、思い上がった若者鼻っ柱を折られてスッキリという役割なのだろうがあまり酷い目にあってほしくない。おかやまはじめの追い詰められた小市民役はハマっていたが。

 

ブラックスキャンダル

<あらすじ>

木村多江の次は山口紗弥加復讐するよ。

感想

下世話な面白さは『ブラックリベンジ』同様。夏恋(字面込みで憶えやすい役名だ)って女優スキャンダルの餌食にならなかったのは都合が良すぎだが。整形前のヒロイン松本まりかの熱演もいいが、悪役平岩紙の「しろなんて言ってないよぉ」「夏恋、頑張って」の言い方がツボ。

 

このマンガがすごい!

<あらすじ>

このマンガキャラを演じたい!

感想

出来あがった実写作品(とあれで言えるかはわからないが)よりも制作過程のアレコレがメインで、テレ東一連の人気役者を使ったドキュメンタリードラマっぽいな。……このシリーズ、わざとらしくて苦手。

ガラスの仮面』でキャストにド素人集めて上手くいく話があったけど、やっぱり素人素人だと思った。

 

結婚相手抽選で』

<あらすじ>

オトナ高校』や『恋と嘘』のシリアス版。

感想

主題歌が『オトナ高校』と同じ高橋優っていいのだろうか。こちらの暗さの方が彼に合っているかもしれんが。

シリアスな分、非現実的な設定が飲み込みづらい。いや、現実にあの法案が通ることはなくても、本音では肯定ちゃうような政治家結構いそうではあるが。

主人公に真面目に申し上げておくと、恋愛できなくても欠陥品ではないし、合コンの女は酷いが、劣等感を埋める為に結婚を強いられる社会を望むのは相手のことを考えてなくてアウト。

 

深夜のダメ恋図鑑

<あらすじ>

だめんずぶったぎってすっきり。

感想

うーむ、原作から大きな改変はないけど、原作面白さが再現されてるかは微妙な感じがする。「もうちょっと聞いて貰えます?」って、ほんと、何故もうちょっと聞かずに話の流れを止めたのだろう。あと現実感がないとすっきり感も薄れるという点で、コメディ的な誇張も注意が必要だと思った。

 

『SUITS/スーツ

<あらすじ>

弁護士織田裕二が、ちょっと悪どいけど勝つ。

感想

原作海外ドラマは知らない。織田裕二が少々ダーティなのだが、準主役的な子分中島裕翔もぶっとんだ設定かつ強かさも気の毒さも欠いた微妙問題児で、感情移入のやり場に困った。

 

『過ちスクランブル

<あらすじ>

社員社長と客の三角関係

感想

仕事能力が低いからといって恋を成熟させる資格がないわけではないが、しかヒロイン応援したくなる要素が恋敵が悪女であることくらいしかないのはつらい。

 

『僕らは奇跡でできている』○

<あらすじ>

一風変わった動物行動学の先生

感想

やたら地味な企画だが、『ざんねんないきもの事典』のヒットあたりから企画だろうか。まったりと楽しくはある。あの宿題は調べるなと言われてもみんなネットで調べちゃうだろうと思ったが。あと動物行動学+人間ドラマって自然主義誤謬っぽくなりそうと思っていたが、1話童話うさぎと亀って動物行動学と関係なかった。

 

中学聖日記

<あらすじ>

高校じゃなく中学教師と生徒と恋愛もの……って今までにあったっけ?

感想

センセーショナルに思われそうな題材だが、パスワードが盗まれたりとかボヤ騒ぎが起きたりとか、高尚ぶらず普通にセンセーショナルな作りであった。

夏川結衣池谷のぶえと紛らわしい感じになっているのは役作りだろうか(年相応なだけではあるが)。

 

『GAKUYA~開場は開演の30分前です~』

<あらすじ>

演劇開演前のドタバタ

感想

会話劇としてクスリとくるところはあったもの脚本の妙を感じるまでには至らず。男二人の髪型被りに意味はなかったんだな。

 

『獣になれない私たち』◎

<あらすじ>

恋人社長も同僚も営業先も両親もみんないっぺん母ちゃんの腹の中からやり直してきな!!とぶち切れられない理性の人。

感想

いや父親は死んでるし母親は縁切ってるし会社最後に少し救いが見えたが、それにしてもヒロイン境遇のしんどさに震える。救いが見えたと言ってもタイトルからしてどこまでヒロインが戦えるかわからんし。ぐいぐい引き込まれたのはさすがの野木脚本で、今クール本命だろうという予想はクオリティ的には全く裏切られてないけど、次回以降の視聴率大丈夫か。いやここで脱落する方が後味悪いからみんな見続けようぜ。

 

リーガルV ~元弁護士小鳥翔子~』

<あらすじ>

鉄オタの元弁護士弱者を救って金儲け。

感想

主人公珍名を付けようと思いながら小鳥遊というド定番を選ぶ思考回路の謎。

初回の題材が痴漢冤罪なのはいいとしても、自称被害者は真面目な女子大生「と見せかけて実は」ホステスで金目当ての狂言でしたって世間バイアスに全乗っかりだな。次回予告でもハニートラップなんて文字が踊ってたのはまあ、次回を見てからコメントすべきかもしれないが。

 

『大恋愛~僕を忘れる君と』

<あらすじ>

Pure Soul』とその韓国リメイクの『私の頭の中の消しゴム』は憶えてるがその日本リメイクの『私の頭の中の消しゴム』というのが思い出せないが本作はべつにリメイクじゃない。

感想

合理主義的な松岡昌宏婚約する戸田恵梨香合理主義っぽいが、癒し系ムロツヨシにほだされていくのかな……と思いきやムロツヨシは捻くれてて、なのによくわからんけど戸田恵梨香が菊地・獣・凛子もびっくりの理性のなさでムロツヨシに突っ走ってて理解不能だったのだが、あれはひょっとしてアルツハイマーの症状として理解不能な感じなの? それとも単に大石脚本ヒロインから理解不能なの?(『コントレール』の肉食系で済ませられないヒロインを思い出した)

 

忘却のサチコ

<あらすじ>

大変旨~私は忘れる君を。

感想

婚約破棄、小説家長谷川朝晴、そして忘却……って紛らわしいけどアルツハイマーものではなく、グルメものというあまり興味のないジャンルだが、たしかに美味しそうだし、グルメ以外のパートコミカル演出も効いている。

2018-10-14

anond:20181014192028

あのな、自律AIが世の中に存在してないってことはアレは完全にまだ人形なんだ。

3DCGなんだ。人間手取り足取りしないとしゃべれもしない操り人形なんだ。

チューバーはそのために人格AI部分、動作AIの部分(将来はできるかもしれないやつ)を人間が代行している。

キズナアイAIっぽいvチューバーだよ。「商業AI」、「自称AI」なんだよ。

あの会社技術力でできることは画像選びとか簡単文章の文末選び程度しかない。

「アイ」という固有名詞を「AI表記してみんなに誤解してもらえただけの人形だ。

名古屋大学先生が「AI小説をかかせた」といっても、これもやってること実際にみたこあんのか?

人間が選んだ次の展開の選択肢からなんとなく良さげなのを選ぶだけ。

おなじ研究室では東大入試問題AIに解かせようとしてるんだけど、

そこのAIそもそも数学文章題になるといかに厳密な文章でも

出題文をちゃん理解できてないので中学方程式レベルも無理。

(詳しくいうともうちょっと難しくなるんだけど、文系にはその操作理解が無理)

AIは将来はすごいことができるかもしれないが今できるのは亀甲占い程度だ。

文系自律AIの実現時期に夢見すぎ。

まだ会話なんて絶対にできない。

からあのインタビュー書いてるのは全部NHK科学部。

服を選んだのはプロジェクトなんたらいうアニメスタジオ

 

ほんと罪作りな記事だねー。バカリサイクルしてもっと濃いバカつくってんの。

喪女の苦しみ

新社会人喪女(22)の苦しみを斜め読みで良いから見てほしい。

小中高大と異性と付き合う事が出来なかった。

理由簡単で、性格の悪いガタイの良いブスで超奥手だってこと。可愛い返答とか頭悪そうすぎて出来ないプライドエベレストな所も。中学までやっていた部活を辞めたのに食事量を減らせなかったので、高大はデブも加わった。

笑うとにやけてると言われるし、語尾は何故かからかわれる。

男性の連絡先も携帯を買った時期が遅かったのでほぼ入っていない。

大学では何か変わるかもと思ったが、そんなことはなかった。

彼氏は出来なくても、皆と普通に接することが出来たらこんなに悩まなかったのかもしれない。

きっかけは多分、大学で始めた何個目かのバイトで、あからさまに他の女性従業員と比べられた事。

から居た美人な人のいない日にシフトに入ることになった時に、「あなたは◯◯さんの代わりだから」と言われた。びっくりして、「えっ、そんな事ないですよね?」と軽く返答したと思う。なのにその男性は、「いやいや、代わりだから!!」と言われた。

あいつの代わりだって堂々と言える人間の気がしれなかった。

代わり程度にしか思って貰えないことに絶望した。

大学卒業するまでそのバイトは続けたが、ただひたすらに辛かった。

飲み会では、いじられたり、貶められる発言が多々あったし、友達バイト先で飲んだら、「あの子が入ってくれてたら良かったのに〜!」と、私がいる前でも平気で言う。直接的ではないけど、確実に貧乏くじ引いたと思っているのは確かだった。

「いつこのバイト辞めるの?」と、催促されたので、こいつがい飲み会には参加しないようにした。多分性格が2段階くらい捻くれたのはこのせい。

新卒で入った会社でも、二次会に行くと、行きたいと思っていたグループとは違うグループに行ってしまうことがある。A店に行く際にB店に分かれる組がいるのだが、絶対に誘われない。

これは、私自身が魅力のない人間だということをわかっていても辛い。転職してきた女性がすぐ誘われているのを見ると尚更に……

今の職場は、性格が皆良いので続いていると思うが、静かにスルーされるので気が重い。

ただの性格の悪い人間の僻みな事は重々承知だが、顔の良さで対応に差がつけられ続ける人生には疲れた

来世は動物か、美人か男に生まれたい。



話は少し変わるが、喪女出会い系を始めた。

処女を捨てたかたからだ。劣等感の塊の中には、誰にも見向きをされず、セックスしたことのない人間だという事実が1番堪えた。ロストバージンは、男性必要とされたという証のように感じているからなおさらに。付き合うまで行かなくていい、セフレで構わない、処女を捨てたいのだ。処女を捨てれば、自身を持って人生を歩めると思う。

馬鹿なことを言ってると思うし、馬鹿なことをしている。

だが、精神の安寧を得るためには、処女必要ないのだ。

実際、2人ほど会ってみた。

まず最初に会った時に「なるほどね」という顔をされた。

裸の画像は送っていて、この体型でも良いと言ってくれていたが、顔は合格しなかったのだろう。表情が物語っていた。

結局1人目は時間が短く口と手と胸だけで終わった。だが、初めて男性のアレを触る事が出来たので、ホクホクだった。お金はスられたが。泣くかと思った。男性不信度が30上がった。

失意のまま2人目に会う。

こいつが長かった。性的な魅力がないのは知っていたが、そこまでか!?と思うくらいには1回出すまでが長かった。

ただの手コキで!?入れようとゴムをしても萎えるので大変だった。結局ホテルに行ったのに入れもしなかった。

怒りと悲しみでどうにかなりそうだ。

男性不信度が80上がった。

結局、出会い系で会い、がっかりされること、萎えたままかもしれないことが怖くなって2人目以降は誘いがあっても行ってない。

内心男性馬鹿にし、単純だなと考えているのに、男性に認められない事実と、男性に認められないと立って歩くことすらままならない自分の不甲斐なさに失望している。

プライドの高さゆえに媚を売れない人間なので、男性の方に自分から行く勇気がないことも希望を減らしている。

性格容姿共に悪いことは身に染みて感じている。だからこそ、だれか1人にでも見向きをされたいと思いながら、また日々を積み重ねるのだ。

乱文で申し訳無いが、コミュ力のない喪女文章力もないのだ、つくづく持っていない。

お目汚し失礼した。

色んな、社会人サークルに参加したら左翼を辞めれた話

左翼って言うのが相応しいのか分からないけど、

自分毒親育ちの左翼だった。子供の頃から毒親の影響からか、友達ができない、もしくはできても健全友達関係ではない

(要するに共依存関係)ので長続きしない、友達付き合いに必要な小遣いとかをくれないとか・・で友達のいない子だった。

20過ぎてから毒親自覚してカウンセリング等、受けまくって今では人並みに人付き合いができるようになったが、昔は本当にだめだった。

そんな自分左翼?になったのは大学から・・最初サブカル洋楽)にはまって、友達がいないかカラオケで歌う曲を覚える必要もない。

流行とは真逆音楽やら映画やらばかり追求し、だんだん政治にも興味を持ち出すと、チョムスキーの本とか読み出した。

大学を出てから派遣で働きながら、田舎自給自足しようとかNPO法人で働きたいとか内田樹とか安富歩さんの本とか読みあさり

自分大衆とは違う、そっち系の人という自覚がずっとあった。

そんな自分が35過ぎてから社会人サークルに参加しまくりだす。

職が変わって週休2日になったのが大きいのだけど、茶道教室陶芸教室英語カフェ読書サークル、等。

思うに私はずっと自分中学大学まで友達がいないこと(特に大学では究極ボッチ)を正当化しようとしていた。

友達がいないか自分はここまで自分世界を広げられたんだ。

ショーペンハウアー曰くに「孤独を知らないもの自由を知ることが出来ない」

でもやっぱりずっと心に欠けてるものがあったのも事実で、それが社会人サークルに参加させてのだと思う。

以前もmixiとか流行った頃とかそういうサブカル左翼の集まりに参加したけどそれはもともとそっち系の人の集まりだった。

今は、全く思想もなにも関係のないいわゆる普通の方々ばかりだ。

でも参加すれば受け入れてくれるいい人ばかりだった。

そういうアットホームな所に継続して通うようにしてたからなんだけど。

そしてとうとう掴んだのだ、共同体感覚・・と言うものを。そしてアドラー曰く

共同体感覚を掴んでこそ、人は承認欲求を捨てれるのだ」ということを身を持って体験できたのだ。

毒親に対するカウンセリングを受けてたころ、幼少期のトラウマ専門用語で言えばインナーチャイルド)は克服できた、

それは街中で見る子供と親の様子を見ることで、ああ自分もああやって受け入れられてれば愛情にも飢えないし、

人を怖いと思う必要もないのだと思えたから。・・としか青春期のトラウマはずっと克服できていなかった。

どういう学生時代理想なのかずっと掴めていなかった。それを30後半にして掴んだのだ。

それを掴むと、もう「世の中を変革するために何かをしなくてはいけない」とか

「みんなが右を向いてるとき自分は左を向かなくてはいけない」「自分は何か人より頭1つ出てなくてはいけない」

とかそういう脅迫観念はどこかに吹っ飛んでしまった。

どれだけ世のため人のためと思っても結局承認欲求だったのだ。

男児の親としてゲイ父親カミングアウトすべきではないと考える

結論を先に書くと、ゲイに襲われた経験のある父親(俺)は息子にゲイだと明かされたら絶縁を選ぶ。

もしあなたが親にカミングアウトすべきか悩んでいるゲイなら、縁を切っても構わない程度の親と思っているのでなければカミングアウトはしないでくれ。

男の子を授かって、生来ゲイ割合は5%というのが正しければうちの子絶対に違うとは言えない確率だな、もしゲイだとしたら自分は息子を受け入れられのか?

と傍から見ればアホな独りよがりなんだろうけど自分にとっては切実な問いにここしばらく取り組んだ末に「受け入れられない」というが自分の答えだった。

俺の場合は、ゲイに襲われたと言ってもレイプまでされたわけではない。高校生の時に通学の電車痴漢されて性器を直に弄られたところまでの被害で済んだ。

それだけでも一生ゲイフォビアを抱くのに十分だったが。

成人してから酒のはずみで父にこのことを冗談交じりに話したら、陽気に飲んでいた父が俯いて押し黙った後「……俺も中学の時にそういうことがあった。ホモ連中はクズだ」と初めて聞く声色で言うので酔いが冷めた。

父は人格者とまではいわないけどあからさまに他人を罵るような人ではなかったので本当に驚いた。

ゲイフォビアは総じて薄っぺら世間体伝統道徳宗教信念が形作った妄念に過ぎない」というのは危険な誤解だと思う。

俺や父のようにゲイに襲われた経験からハードコアゲイフォビアになった人間はそれなりにいるし、あなた父親もそういう誰にも話せないトラウマを抱えているかもしれないという想定を持って欲しい。

ゲイを全てレイピストの如く見るのはいかがなものか」という反論理性的だと認める。

だが、幼女の時に男に襲われた経験を持つ女性母親になり産んだ息子が幼女しか対象にできない真性のペドフィリアだったとしたらどうだ?

生来ペドファイルの多くは二次元などの性的ファンタジーで性欲をコントロールできており実際に性犯罪に至る者は少ない。

実際の児童への性犯罪ほとんどは「正常」な性指向男性により行われており、性犯罪者は本来の性対象の成人女性代替として無力な子供を狙うのだ。

というよく聞くペド擁護統計的事実だとして、その事実が息子を家から追い出したい、「治療」したい、いっそ心中すべきかとまで思い詰める母親の心を救えるだろうか?

俺にとって、ゲイの息子を持つということはそれと同じ苦しみをもたらすものなんだ。

では、ゲイあなた父親とどう向き合うべきなのか(もし息子がゲイだったら俺はどうして欲しいのか)?

端的に言って、向き合わなくていいし何もしなくていい。

ただ父親死ぬまで自分ゲイであることを隠し通して欲しい。

母親きょうだいの口の堅さが信用できないなら、家族雰囲気父親事実を察してしまいそうなら、父親以外の家族にもカミングアウトしないでくれるとありがたい。

幸いなことに日本男性生涯未婚率は既に2割いずれ3割になる。

父親から結婚はまだか孫の顔が見たいなどの繰り言が出たら、仕事趣味に忙しくて結婚に興味が無い(単純にもてなくて結婚できない)3割のありふれた未婚男のふりをすればいいだけだ。

繰り返す。

この世にはゲイに襲われ傷つけられた男がいて、あなた父親自分からは決して語らなくともその一人かも知れず、息子がゲイであることを知ることは父親の傷をさらに深く抉ることになるかも知れない。

このことを常に忘れるな。

似たような容姿で集まる時代なのか

高校というクラスを思い出すと何だかんだ多様性というのは保たれていた気がする。

いや、そんなことは無かった。

自分は最終的に私立文系クラスにいたがウェイな人間ばかりがいるクラス孤独だった。

ただ、その前は似たようなアニメ趣味やらインナー系の人間が沢山いるクラス何だかんだ居てよかったと思ったものだった。

それでも、中学のころよりも高校の時のほうが分断が激しかった気がする。

ある程度の容姿学力というもの差異が開き、もはや埋めがたい格差となっているのだ。

そのあと自分大学受験で散々な目に遭い、低偏差値大学に進学するのだった。

そこではもっとからさまで、人間容姿で分裂している。

似たような容姿で皆が集っているのだ。

そして、ただただ享楽を得ようとする。

正しく、これは「分断」というものだろう。もはや、どこか交わる気配などないのだ。

精々、就職活動えぐい闘争を繰り広げるだけである

思い返せば、中学の時というのは何だかんだ差異がないから分断がなかった。

割と誰でも居てもいい雰囲気だった。

思えば容姿の差が少なかったからだろう。

最近卒論相談先生とした。

もう、国民国家のもとで皆で国民なんて言える時代じゃないよなという話になった。

そうなるともっと小さい単位 民族容姿で集うことになると。

それがエグい分断になる。

ただ、その間にも経済格差は広がる。貧しい者が集って格差是正を目指さなければいけないのに、容姿やらで無慈悲な分断でどうにもない。

酷い時代である

中学あたりからずっと死にたいと思って生きてきたし、成人して今になったって死にたいと思う。

昔は思春期からだろう、夜更かししたからだろう、ホルモンバランスのせいだろうと思っていた。

しかしどうやら世の中には、そも「死にたい」と思ったことすらない人間存在していることを知った。

生きているだけで恥を晒しているのに、どうして死にたいと思わないのだろう。彼らは生き恥晒したことがないのだろうか。

自分明日も談笑し飯を食べながら、親不孝だけど親より早く死にたいと思うのだろうか。

2018-10-12

したいと思います

先月だったかCMで「未成年の主張を開催したいと思います」って何度も見た。

それに限ったことではなく一般論として、開催宣言で「したいと思います」にちょっとひっかかる。

 

宣言は高らかに断定するもの。思いを述べるものではない。

 

私が中学時代担任が気の弱い先生で、いつも「授業を始めたいと思います」と言っていたのを思い出した。

「授業を始めます」って堂々と言ってもらいたかった。

anond:20181012160757

いや、月計算しろよ面倒くせぇ。

中学は月4560円程度で

高校は月6200円程度か。

たっか。

まぁお前が良いならいいんじゃねぇの。高いけど。

anond:20181012160558

中学は150円/日で3年間据え置き

高校は200円/日で3年間据え置き

[]

教室

真ん中のひとつ後ろ

窓際の左端が多分にとりしゅういち

その右隣が自分

自分の右隣がにとりまほ

授業中に手紙を回している

にとりまほからうけとってにとりしゅういちへ

手紙の内容はみてない

2回くらいまわした後、ふと気づいた

そうだ手紙瀬谷くんからのだったはず、それなら・・・

「まほちゃん経由するならまほちゃん宛の手紙も一緒に渡せばいいのにね」

と割と大きな声で言ったら、まほちゃんが「あったしかにそうだ くそ瀬谷野郎ー」と言って、ドッと笑いが起きた

やったぜ、と思った

そうです ここは放浪息子世界だったのです!!!

その後、中学とき友達が俺の昔のノートを回してきた

なんか書き込まれてるページが多い

でも一つのページ内には♪がひとつ書き込まれてるだけだったりして、無駄に使ってる

「お前は昔日時計をしてよく回ってたからページの消費量が多かったんだよ。そんでよく泣いてたよな」

と、その友達が言ってきて、あーたしかにそうだったなと思う

看板自分サンドイッチするバイトみたいな格好で、ダンボールを首からぶら下げた小さい頃の自分が、

ニコニコしながらカニ歩きしてるイメージ(=日時計をしてるイメージ)が脳内に浮かんだ

2018-10-11

怠け底辺の再学習

有料の映像授業で中学高校勉強してるけど大学に行ってる人達はこんな内容を10代のうちに真面目にこつこつこつこつ学習してたんだな。

すごいよみんな。

2018-10-10

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

2018-10-09

anond:20181009115743

横だが

プリキュアはメインキャラ層が中学生。頭身もそこそこ控えめ。

セーラームーンはメインキャラが高校生。頭身がめちゃ高い。

プリキュアセーラームーンの直系とするにはちょっとだけハードルが高い。

こんな程度の知識で喋るなよ…

セーラームーン中学二年生なんて俺ですら知ってる(シリーズ中に時間経過はあるけどな)


だいたいプリキュアも十分頭身高いっつーの

特に変身後に大人っぽくゴージャスになるのは共通

そして何に類似性を見るかなんていうのはたいがい恣意的議論

プリキュア中学生セーラームーン高校生しかもこの知識がすでに間違ってるっていう…)だから後継とするのは苦しい!」とか

お前の主観結論のために捏ねてる理屈に過ぎない


頭悪い

基礎知識もない

自分主観客観的事実分別がつかない

なんていうか、もうおまえ死んだほういがいいよ

頭悪いのに弁えもなく何らかの議論に参加するのは迷惑からやめろって

2018-10-08

キズナアイモデル配布はMMDの延長線でもあるがVTuber特有の背景もある

VTuber界隈ってかなり潔癖というか、全然荒れないのよ

善意で突き進んできた感じはある

罵倒するようなコメントもほぼないから見やすいのよめちゃめちゃ

(たまにやべーやつは居るけど気にならないくらいに)

規約があるからでは無く、それを利用してなにかしてやろうって人は

自分認識範囲では居なかった

そりゃ自分の好きなコンテンツをかき回しても誰も得しないか

そう。だから今回キズナアイモデルを使って何か主張したやつはそういうやつなんだよ

社会学やってんのにVTuber的側面を一切理解しようとせず

中の人なんか居ないとでもいわんばかりの物言いである

自分の主張さえできればいいのが学者なんですか?

そんなこと言ったらそこら中学者だらけですね

そんな世の中嫌なんでもうちょっと学者定義どうにかしてくれませんか?

追記

それぞれの問題は知っているが、配信を見るだけではそれらはわからないと思うが

から配信が見やすいといったのはそれです

荒れないというのはすべての問題においてではなくもっと言及すべきだったのは反省しま

anond:20181009005846

この方には感謝しま

私は障害者なのか、ただのバカなのか

私は自分学習障害、いわゆる算数障害(ディスカリキュリア)の可能性があるのではないかと考えている。

ただ、その反面ただのバカなだけなのでは。と悩んでいる。

理由としては、私は同級生から虐めを受けたり担任からやってもいない事で責められたりと色々とあって、小学3年生から殆ど学校に行ってない。

それは中学も続いてて、通学してた日よりも行ってない日の方があまりにも多い。

高校に関してはお金出せば卒業できるような通信制に通ってただけ。高校に関しては勉強というよりかは、「高卒」という肩書きが欲しくて行ってたという方が強い。

実際、学ぶことは高校レベルどころか中学レベルが多かった訳で。

元々勉強は嫌いだったので、私がどちらかと言えばバカ寄りな方なのは自覚している。

ただそれでも、他の教科は分からない部分は多くともある程度出来るのに、数学に関しては数学どころか小学レベル算数すら出来なかった。

学校行ってた当時は、勉強してないんだし分からなくて当然だと思っていた。

だが、ここ最近「分からないのは恥だけど、このまま一生分からないのは恥だよね」と思い、恥を忍びつつも小学生の算数から学び直すことにした。

しかし、やってみて驚いた。割り算からやっぱり分からない。

足し算引き算、これは流石に分かる。掛け算は正直、恥ずかしい話未だに九九が覚えられないが、少ない桁なら時間かければ計算は出来る。(勉強ならともかく、普段生活なら電卓使って楽をしまうが)

問題は割り算だ。別に10÷2」とか「9÷3」等。物凄く初歩中の初歩なら分かる。だが割り算の筆算を使うような数字、最低でも「二桁÷二桁」からからなくなってしまう。

割り算の筆算説明をググったりして調べても意味があまり理解が出来ない。

割り算に限らず、算数数学の授業になると、その習っている部分に付いて先生個人的説明してくれるが、全く理解出来ない。だが何回も説明させるのも気が引けるので分かった振りを毎回してた。

小学レベル、それも割り算で分からないんだから、そこから先の部分なんて尚更わからない。何となく因数分解説明とか見たが計算のやり方どころか、まず単語から理解が出来なかった。

単語意味検索意味説明に出てくる用語が分からないので検索→その意味説明も分からなくて検索する……これでは数学をやっているのか、国語をやっているのか混乱してきた。

物事には順番があるんだ。割り算すら分からないんだから因数分解なんて上位すぎる数学理解出来ないのは当然なんだから見ない方が良かった。

そういう経緯もあって自分なりに調べたら、算数障害があるのではないかと疑問に思った。

算数障害にも色々種類があるのだが、挙げていくと長文になってしまうのでここは割愛する。

その手の診断がある病院に行けば、一発で分かるんだろうけど、正直怖い。

何が怖いって、診断した結果、障害があると分かれば自分算数出来なかった理由が判明した訳だし、腑に落ちるし諦めもつく。

だが、障害じゃないと診断されれば、それは「貴方バカです」と医者お墨付きで言われてしまうわけだ。

自分自分の事をバカな方だといくら自覚していても、医者からバカですと言われるのは、あまりにもショックがデカすぎる。

下手にガンとか病気宣言をされるよりも覚悟が決まらない。

現状のままではモヤモヤを抱えてしまい、病院に行けば障害者なのかバカなのか、二者択一宣言をされる。

どっちの選択を選んで生きるべきか悩む。

ニートが向き過ぎている

ニート定義が15歳から数え始めるらしいので、そこから数えて10年以上ニートやっている

とは言っても、実際は中学入学してしばらくしてからイジメやら先生から威圧だったりと色々あって精神病んでしま

治療を色々試しているが一向に良くならず現在に至る

病気とはいえ、ただ単にだらけているかと言えば、全く否定できない自分がいる。

ニート経験がある他人意見を聞いていると「何かしてないと落ち着かない」「ニートは数ヶ月で飽きる」等の意見があるが、全くその気配はない。

寧ろ何もしていたくない。

働きたいかと言えば全くその気は無い

これは精神的に病んでいるからと言えば、可能性は否定できない。

正直、小学低三年生ぐらいから、将来は絶対に働きたくないと考えていた。それ故、人生で一度も働きたいと思った事、就きたい職業なんて無い。

それを考えると子供の頃の願望は叶った訳だが、こういう病んだ形でニートやっているとなると色々と複雑な気分にはなる。

ただやっぱり、自分クズだなぁ…と理解しつつも、私は今後の人生も働きたいとは思わないだろうな。死ねばいいのに

中学高校で教える歴史、といったら日本だと第一次世界大戦も扱い軽すぎ

WW1を知らないと、欧州中東で今でも尾を引いてる問題のかなりの部分が理解不能なのではないか

anond:20181008112747

日中戦争太平洋でのバトルより規模がでかいのに中学でも高校でも全然おしえない

忘れさせない権利だってあるはずだ

とうとう同窓会にも呼ばれなくなった。

そりゃそうかと思う一方、なんともモヤモヤする。

同窓会に出るたびに、中学時代いじめをしていたあいつに謝罪を求めてりゃ

空気も悪くなるし、和を保つために僕が排除されるのは当然だろう。

だけど、いじめあいつはそれを忘れて僕がそれをトラウマとして持ち続けることがどうしても許せない。

あいつに初めて過去いじめについて謝ってくれと言ったとき

あいつは「今考えれば、悪かったと思う。幼さ故にその残酷さ、悪さが理解できなかった。ごめんな。」

と、教科書的なフレーズをなぞって、その後は何もなかったように昔を面白おかしく話す。

おかしくないか

絶対に分かっていたはずだ、アレは「悪いこと」だって

それを過去のことにして、過去自分の未熟さに押し付けて、形だけ謝る。

そしてそこからはそんなことは忘れて談笑し、以後の自分人生に持ち帰らない。

僕は過去トラウマをずっと抱えて生きているのに。

土下座して、泣いて謝ってくれればいいのか?

からないけど、少なくとも悪かったって気持ちを見せて欲しい。

それでこの気持ちが解消するかどうかは分からないけど、

向こうから許してもらうまで謝罪の限りを尽くすってのが筋だろう。

常に考えろよ、反省しろよ、謝れよ、僕が過去に苦悩したのと同じくらいには。

忘れられる権利」ってのがある。

犯罪者がそれを唱えるのもどうかと思うが、一方で分からなくもない。

彼らは正式手続きを踏まえて、正式なみそぎを終えたんだから

だけど、過去あいつのやった犯罪まがいのそれを当人は忘れ

周囲も調和のため忘れたふりをする。

僕だけだ、覚えているのも、それを主張するのも、苦しむのも。

それは、あのいじめを受けていた時と何も変わっていないじゃないか

僕は結局、場を乱す人としてその同窓会から排除された。

別のやり方もあったんだろう、こんなやり方しかできないかいじめられたんだって

誰も言ってないけど、そういわれるが如く自己嫌悪にもなる。

あぁ、同窓会になんていかなければ良かった。

行かなければ、この過去の怒りを思い出し、

今はそこを汲んでくれず、ただ僕を排除した周囲にも悲しみと怒りを感じることもなかっただろうに。

忘れさせない権利だってあるはずだ。

僕は、法を犯さな範囲でそれを続ける。

不幸にも、あいつ顔を笑顔を見てしまたから。

許せないから。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん