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2017-11-12

anond:20171112102357

まあね

秩序を守ろう、規律正しくしようって立場の人が、従わない人に命令するのは当たり前だけど

個人自由尊重しようって立場の人が、ああしろこうしろってうるさく言うのはなんか違うよね

リベラル上から目線で~」の話とはあんまり関係ないけど

2017-11-08

公共交通成熟国の日本で、二輪車に乗る高校生が後を絶たない!

日本統計上、新規免許取得者の少子高齢化している「はず」の二輪車界隈の若年層ユーザーをよく見かける。しかも年々件数が増加しているように見える。二輪車免許取得や所有者数は地方底辺大学生に多いが、なんと都市部の中堅の高校生まで利用しているという話だ。日本では2012年まで建前上禁止されているそうだが、なかなか予防もできずにいて数が減る気配もない。

日本以外の例えば韓国台湾でもたまにどう考えても中高年の中流以上のような人が自転車に乗っているのをしばしば見るが、二輪車に乗る10代とかはどの程度いるのだろうか…。

からこういったものは絶えずあるのだろうが、脱管理社会になって減ったのか増えたのか…。

こうした問題はどこの国にでもあるため論じるまでもないという意見もあるだろうが、日本公共交通ほとんどが衰退傾向である

公共交通を待ち受ける悲惨未来しかもそれに追い討ちをかける若年層の車社会参加。これはなんとしてでも歯止めをかけなければならないだろう。

韓国のみならず日本でもあらゆる分野で機能不全が起きているのは言うまでもない。最近企業スキャンダルに対する国民の反応を見て驚いた。

これはもう社会的圧力によって厳しく制裁するしかないだろう。結局法律云々だけではなくて、そうしたものによってしつけていくしかないのだ。

社会が許さないと脅して抑止する他ないのだ。結局日本暴力団社会的制裁を厳しくして数が減った。所詮人間そういうものだ。

そうして様々な方面で厳しくなれば、法律条令規則で取り締まらなくても規律が生まれてくるのであるしか現実はそれでも抜け道ばかり生まれるのかもしれないけど。

2017-11-06

なぜLGBTOKロリコンNGなのかガチ説明する

先日BBCの「若い小児性愛者の告白」という記事を読んで、色々と思うところがあった。これまで自分が考えてきた性的少数者人権についての考えを整理するために、今回初めて増田として日記を書いてみようと思う。

「子供に手は出さない」 若い小児性愛者の告白 - BBCニュース

この記事を読んでもらいたい人
僕が主に言いたいこと
前提の整理

本題に入る前に、議論の前提とする事柄を整理する。

前提1: 人権とその運用ルールについて

日本では、あらゆる人間には基本的人権が生まれながらに備わっている、という思想憲法で表明している。今回の議論関係がありそうなのは平等権」「自由権」あたりだ。それぞれが意味するところはWikipediaでも読んでほしい

(なお、人権よりも別の規律が上位に来る国ではこの前提は成立しない。そのような状況は今回の議論範疇ともしない。)

雑に説明すると、人間は誰しも生きる権利(生存権)があり、差別なく平等に扱われる権利(平等権)や、欲しいものを手に入れたり、やりたいことを自由にやってよい権利(自由権)がある。基本的には、これらの権利は最大限尊重されなければならない。

もちろん、この権利運用には例外があって、それはある人の権利他人権利侵害するケースだ。こういった場合は、より重要度が高い権利の方が保護され、重要度の低い権利制限される。あるいは、場合によっては両者がバランスよく制限される場合もある。この権利制限必要最低限度でなければならない。

こういった訳で「人のものを盗んで自分の物にしたい」「他人を意のままに傷つけたり、命を奪いたい」「相手同意なく暴力セックスしたい」といった自由は、他人権利を奪うため制限されるし、その決まりを守らなかった場合罰則もある。当然ながら、こういった自由よりも、その自由によって侵害される他者権利の方が、より保護する優先度が高いと考えられているためだ。

反対に、もし他人権利侵害していないのに、生存権平等権自由権などが制限されていたとしたら、これは是正されなければならない不当な権利侵害と言える。もしそのような立場に置かれている人がいたら、彼らにはその不当さを訴え、本来正しい状態是正してもらうよう主張する権利もある。

ここまでの話を端的に整理すると、次のようになる。……【前提A】

このため、ある権利制限が正当なものか不当かであるかを判断するには、例外規定した「2」の条件にあたるかどうかを検証すれば良いということになる。……【前提B】

前提2: 性指向性自認性的少数者定義範疇

性的少数者について特に問題となる概念として、自分本能的に欲しいと感じる性の対象が何であるかを表す「性指向」と、自分がどういった性別人格であるかを表す「性自認」がある。

性的少数者定義

「性指向」と「性自認」は「肉体的な性別性自認が一致しており、かつ異性愛である」という組み合わせが最も多い。この多数派の性指向性自認の組み合わせから外れたパーソナリティを持っている場合、その人は性的少数者である。……【前提C】

一般的性的少数者と言われている分類(いわゆるLGBTに含まれもの):

この中でも、両性愛者やアセクシャル比較多数派世界に溶け込みやすく、他の性的少数者に比べて存在が表面化しにくいとも言われている。

また、様々な理由からまり性的少数者としては分類されにくい小児性愛動物性愛、対物性愛といった性指向存在する。

一般的ではないが性的少数者定義合致する分類:
性的少数者の「矯正」は不可能

性的少数者の性指向性自認多数派と同じ状態になるように矯正しようとする試みが過去になされてきたが、成功しなかった。(多大なストレスで鬱になったり、自殺する場合もあった。)現在では性的少数者根本的に矯正することは不可能と考えられている。

なお、なぜ性的少数者が生まれるのかについては、先天的後天的両方の仮説がある。しかし、そのどちらかなのか、どちらのケースもありえるのかなども含め、原因は明らかになっていない。

このように、性指向自分意思によって変更できるものではなく、また、どういった原因によって性指向が決まるのかも明らかになっていない。……【前提D】

(ちなみに、性自認に肉体の方を適合させたり、半陰陽の人をどちらかの性別に寄せる、といった物理的なアプローチ可能である。)

指向性癖区別

特定の物・衣装行為に興奮する(フェティシズムSMプレイなど)などといった性癖と性指向言葉の上では区別される。しかし、時代によって何がどこまで正常/異常に分類されるかはとても曖昧になっている。

そこで、今回の議論では、ある人の性的な興味を形づくる根幹的な事柄であれば、その内容を問わず指向として尊重する立場をとる。……【前提E】

例として、異性愛者にとっては相手が異性であることは欠くことができない根幹的な事柄であるため、異性愛は性指向一種であるとする。

また別の例として、ある男性ケモナーで、ある種の動物性愛的とも言えるポルノを好んでいたとしても、実際の恋愛では人間女性交際結婚可能場合、必ずしも動物性愛が根幹をなしていないので、性指向としての動物性愛ではないと見なす。

逆に、もしこの男性にとって動物性愛が根幹を成しており、人間との交際結婚が全く考えられない場合、彼は動物性愛の性指向を持っていると見なす。

正常と異常

指向性癖の内容を問わず、正常/異常、良い/悪いの価値判断は行わない。ただし、その性癖他者他者権利侵害せずには成立しないもの(プレイではなく実際のレイプ行為など)については制限必要という立場をとる。

本題

前提が長くなったが、ここから本題となる。

なぜLGBT権利が認められつつあるのか

現行の社会の仕組みは性的多数派を前提とした仕組みとなっており、本来多数派と同様に保障されていなければならない権利制限されている。これを、多数派と同等のレベルにまで回復してほしいというのが、権利是正を求めるLGBTたちの主張として共通していることである

【前提A・B】に立ち戻ると、LGBTであっても可能な限り性的多数派と同等の権利が認められなければならないが、その権利他者権利侵害する部分については制限しても良いということになる。

では、上記のような事柄を認めることによって、他者権利侵害される場合はとはどういうときだろう?

同性愛者がはびこることによって、異性愛者がレイプされるかもしれない」

という懸念は不適当と言える。現状も異性愛者同士によるレイプ事件は起こっているし、同性愛者の権利回復したとしても、同意なくレイプして良いという特権を認める訳ではない。もしそのような事件があれば適切に処罰されるだろう。

LGBT不快感を持つ人々の権利侵害される」

というのは認められない。単に嫌いだから不快から、見なれないからという理由だけでは権利制限する根拠とはならないからだ。今まで生活していて、体臭が非常にキツかったり、顔立ちが全く気にいらなかったり、もの凄く性格が合わない不快な人と会ったこともあるだろうが、だからといって犯罪をしている訳でもない彼らから権利剥奪して良いかというと、全く関係がないのは明らかだ。

男性に見えるトランスジェンダー女子トイレに入ったり、その逆が起こるのは嫌だ」

というのは議論余地がある。男性から女性へのトランスジェンダーの人がありのままに生きたいという権利と、異性からトイレを見られたくないという権利が衝突しており、何らかの解決がなされるべきだろう。

最後問題のように細かい部分では利害の調整が必要な部分はあるにせよ、大きく見れば、LGBT権利回復することによって、他者権利が大きく侵害される場合というのは想像が難しい。【前提A・B】で説明した運用ルールから考えると、彼らの権利回復しない積極的根拠を挙げるのは難しい。

小児性愛性的少数者

【前提C】の条件によるなら、小児性愛者は性的少数者として考えて差し支えないと思う(ただし、単に小児性愛的な嗜好を好むだけで、その人の性的興味の根幹を成していない場合性癖範疇とする。これも【前提E】のケモナーの例に同じ)。

LGBTの例と揃えると、小児性愛者の権利多数派と同等な状態というのは、以下のようなものになるだろう。

LGBT事情が異なるのは、現代では子どもと成人間恋愛性交渉子ども人権侵害する行為とされている点である

【前提B】を鑑みれば、これは権利制限する十分な正当性があると見なせてしまう。同じ性的少数者でありながら、これほどまでに明暗が分かれてしまうのが悲劇である

という部分が認められることはほぼあり得ないだろう。

小児性愛者は差別されている

それでは、小児性愛者の権利制限されて当然なのであろうか。

しかに、子どもに対する直接の危害や、児童ポルノ製造は明確な犯罪行為であり、被害者の子もの権利侵害する行為である。そのような事件に対する世間の目はとても厳しい。

しかし【前提D】で述べたように、性指向自分選択できるものではなく、また、矯正可能ものでもない。異性愛者や同性愛者がたまたまそう生まれしまったのと同等に、小児性愛者もただそう生まれしまっているだけだ。子どもと実際の恋愛セックスに及ぶことはは制限せざるを得ないが、自身の性指向社会から否定されながら生きたり、その性指向理由にして社会的差別を受けるいわれはない。

なので、この権利可能な限り回復されなければならない。

LGBTと違うのは、ただその性の対象を実際に得る自由がないというだけで、それ以外の部分においては本来同様の権利回復が行われなければならないだろう。下へ、先ほどのLGBTの例と対応させてみる:

小児性愛者がはびこることによって、子どもレイプされるかもしれない」

という懸念は不当である。現状も異性愛者同士によるレイプ事件は起こっているし、小児性愛者の権利回復したとしても、子どもに手を出してよいという特権を認める訳ではない。もしそのような事件があれば適切に処罰されるだろう。

小児性愛者に不快感を持つ人々の権利侵害される」

というのは認められない。単に嫌いだから不快から、見なれないからという理由だけでは権利制限する根拠とはならないからだ。今まで生活していて、体臭が非常にキツかったり、顔立ちが全く気にいらなかったり、もの凄く性格が合わない不快な人と会ったこともあるだろうが、だからといって犯罪をしている訳でもない彼らから権利剥奪して良いかというと、全く関係がないのは明らかだ。

これが詭弁かどうかをよく考えてみてほしい。

小児性愛者への適切な寛容さとは

それでは、理想的小児性愛者と社会関係とはどのようなものになるのだろう。

私は、同性愛者やトランスジェンダーであることが、効き手が左効きであることと同じくらい何でもないことになることが理想だと考えている。小児性愛者についてもそれくらい「ふーん、それは大変だね…。」と言えることになるくらいが良いと思う。

そして、この考え方は小児性愛者以外の理解を得られにくい性指向にも適用されるべきだ。

争点となりそうな事柄

LGBTですら権利回復がままならない状況で、小児性愛者の権利回復までは遠い道のりと言わざるを得ない。また、具体的に小児性愛者と社会の間でどういった適切な関係がありえるかもまだ分からないところがたくさんある。それは、特にポルノの扱いについてだろう。

なぜ小児性愛者へライトがあたらないのか

言うまでもなく、世の中では犯罪と直結したイメージを持たれやすいことだ。このことを危惧してか、本質的に同じ問題があるにも関わらず、私が知る限り小児性愛者の権利回復を主張する団体は見たことがない。

また、この投稿でも前提が長くなっているように、問題を端的に説明できないことから、短絡的に児童への性犯罪容認しているととも捉えられかねない危険があり、公に意見を主張することもまだ難しい。

しかし、LGBT問題が同じである以上、いつかは必ず議論されなければならない。その意味でも、今回のBBC記事はかなり先進的なものである評価したい。

最後

お読みいただきありがとうございます。僕自身バイゲイの間くらいのセクシャリティですが、ほとんど葛藤なく生きてこられてきました。ただ、周囲にはセクシャリティについて大きな自己否定感を経験した友人や知り合いも多いです。BBC記事での独白が、そういった方の抱えていた気持ちほとんど同じような内容に思えたのが、この投稿を書こうと思ったきっかけです。また、もしご自身過去や、身近なところに児童性犯罪被害を受けている方がいらっしゃった場合不快かもしれず申し訳ございません。

2017-11-03

anond:20171103210301

論点ずれすぎだろ

大人仮装して町汚してウェーイ」(渋谷)と

仮装した子供大人お菓子上げる」(山口組)と

どっちが本来ハロウィンかっつったら後者じゃん

この人はその分かっている山口組系の奴らに目つけられた時、同じことを思えるのだろうか。

お前のこの反論が一番意味わからん

最初論点は「ハロウィン実装の仕方についてどっちが正しいか」だろ?

山口組は悪い奴等だぞ」っていうお前の反論論点が別次元過ぎ

一番の馬鹿はお前


一晩経っても色々反響がスゴいので、もう一言

若者ハレンチ仮装してバカ騒ぎする渋谷と、仮装した子供お菓子をもらいに行く山口組本部、どちらがハロウィン趣旨を守ってるのかな?と思ったわけでしてなぁ

これは文句なく正しい指摘じゃん

もちろん本来の主旨から変質して日本独自ハロウィンになっていくことに俺は反対しない。

だけど保守的ハロウィン山口組ハロウィンの方だよね。

わかる?論点


水曜デモクラシー @w_democracy

返信先: @ideno1111さん

いやいや、後者普段素行の悪い奴が少しだけ良いことすると評価が凄く上がる的なアレよ

しんぺい @shimpei_16

FFから失礼しま

山口組阪神・淡路大震災の時に役所警察が動かない、動けない時に率先して物資などを配ってくださいました。彼らは彼らなりの規律があるはずなので常に素行が悪い訳では無いと思います

なので先入観だけで悪者扱いは出来ればやめて頂ければと思います

失礼しました。

15:22 - 2017年11月2日

これはもうお前と同種の馬鹿二人が全然違う論点山口組はよい人達か悪い人達か)を論じてるだけ

元のツイートである「いでの@神奈川 @ideno1111」にそんな馬鹿達についての責任はない

彼はハロウィンについて論じてるだけなんだから

勘弁してくれ……

というツイートリツイートされてきた。

ゴミ箱が無いとはいえ、ゴミを撒き散らした仮装した若者達(つっても20~30代後半だろうけど)のモラルが問われるのは分かるけど、

そいつらを暴力団より悪質、馬鹿ハロウィン個人的には嫌いだけど)を分かっていないとか責めて、

山口組の方が正しいとか、ヤクザ必要悪経済的にも存在必要みたいなリプをドヤァって感じで語っている人達を見てゲンナリしている。

この人はその分かっている山口組系の奴らに目つけられた時、同じことを思えるのだろうか。

趣旨を守るという部分で渋谷山口組を比べるにしては主語がでか過ぎたろ。

に対して、

これよ。これ。

ハロウィン自体はどうでもいい。

この流れがヤバイ。……控えめにいってツイッターって馬鹿な人増えた。

ちょっとさ、これに限らず現実の事を二次元的(アニメ漫画みたいなノリ)に捉えすぎてる奴がツイッターに多い気がする。

怖い。

つか、ただのリア充に対しての嫉妬じゃない。

2017-11-02

現実を軸にして考えてるわけでもないってのが面白いよな

本当に精神世界で生きてるんだと思うジャップ

規律を重視しているのか?→上司の言いなりなだけで、コンプライアンスはない

現実を重視しているのか?→困ったら自殺、できなければできるまでやれ論、自己責任

理想を重視しているのか?→○○であるべき!でQ.E.D. 毎回締めはこれ

 

完全に精神世界で生きてる

2017-11-01

anond:20171031205905

規律がなければ〇〇する人間多数派だけどな。

って、本能に根差すもの外大のもの適用できそう

2017-10-31

anond:20171031205905

規律がないとセクハラをしてしまう男が多いことこそ問題ですよ。

規律を破ることが男らしいという感覚は男の性ですからね。

他人女性が傷つけば自分も辛い」っていう感覚男性の間で育てることが、痴漢が防げるかと思います

2017-10-22

痴漢」と「48時間チャレンジ」にみる「葛藤を抱えられない心性」について

そういうなかから、行動化を防衛機制の一つとする見方も出てきています

本来防衛というのは、そういう「不適応行動」をしないための手段であって、その主たる目的は「自分内面平穏にする」「自分の中で葛藤が起こらないようにする」「自分内面葛藤を抑えてもっていられる」ということなのです。

もっていられる能力は人によってかなり違いますけれども、もっていられないものをなんとか始末してしま方法というのが防衛機制であるわけです。

(中略)

まり、行動で発散してしまうので自分の中で葛藤を溜め込んでもっていないで済む。

それから欲求を即充足してしまうこともできる。

防衛的な観点から言えば、そのやり方によって自分内面葛藤状態を予防している、または解消しているといえるわけで、

そういう味方をすれば、行動化は防衛でもある、という見方ができるわけです。

引用:「馬場禮子(1999),精神分析心理療法実践,岩崎学術出版


この記事およびこの記事を読んでの雑感

現代において、精神医学もしくは臨床心理学対象が「葛藤を抱えていられない」になりつつあることは諸家が指摘する通りだと思う

社会的に「自由」というものが認められず、人々が単一規律常識などに従わなければ生きられなかった時代においては

治療者の対象は「自分を抑えてしまう」ことが成因になるような病理対象であった

一方、現代においては「自由であること」が病理の成因となる

利便性選択肢の増加は、欲求葛藤の解消をインスタントものへと変化させた

「辛くなればやめても良い」「苦労しなくても退屈は紛れる」「ネット越しなら誰かを批判しても、見なければ反論は来ないし直接的な被害はない」「自分の歪んだ欲望も受け入れ、肯定し、賛同共感してくれる場所がすぐにみつかる」

しかしその一方で、いざ職場に行けば規律を守ることを要求され、規定時間以上の労働に駆り立てられ、下手をすれば休日返上して出勤する

私生活における幼児的万能感の世界と一転して、社会生活要求される自己への規制は非常に強いものとなっている

このアンバランスさは、時として人を分裂させる

私生活としての私」と「社会に生きる者としての私」は、かつてないほどに乖離し始める

もはや、「社会人としての私」は「本来自分から離れ、自我親和的はいえない

反動形成に近い防衛機制が働くこととなる


48時間チャレンジ記事を見て、「これ、ボーダーの子の試し行為じゃん」と思った人もいるだろうか

素直に甘えを表現することへの葛藤も処理できず、かといって甘えたい欲求を別の形で処理することも出来ず

明らかに不適応な形で自らの親密・依存欲求を満たす行為のように見える

自立と依存葛藤を維持し、家族ではなく他者に親密さと依存対象を広げていく過程にある青年期において

家族依存欲求失踪という試し行為の形で達成するのは、どこか歪んでいるようにみえ

満員電車というのは、名前も勤め先も知らない人々が密着した状態で、強制的一定時間を過ごします。辛いから何も感じないように、大抵は自分感情スイッチオフにした無の状態になる。そんな異常な空間の中で、ふいに女性に触れてしまうと、それが予想もしないくらいの衝撃的な体験になってしまう。

私はこれまで200人以上の痴漢常習者をヒアリングしてきましたが、彼らの多くはその最初感覚を『身体に電撃が走った』と言います。本人が意図せずに触ってしまって、そこから『あ、こんな柔らかい感触があるんだ』と衝撃を覚えてしまう。少し言葉は悪いですが、痴漢の始まり方はこの“ビギナーズラック”のパターンが一番多いんです



公私での混同を許さなくなった社会では、時として人格の解離が状態化する

「辛いから何も感じないように、大抵は自分感情スイッチオフにした“無”の状態になる」という一文は示唆に富む

私では過剰に発散し、公ではひたすらに抑圧し何も感じないようにする

自我自体脆弱なままなのに、その空間他者の柔らかい感触侵入してくる

そうすると、脆弱自我はもはや「触りたいけど触ってはいけない」という葛藤を維持できず、行動化に移る

現代においては、そうした前エディプス的な段階での病理が多いように思える

物質的に富、自由と自立が個人裁量で賄われるこの時代においては

社会的規律によって自我機能が助けられていた時代より、葛藤処理が個人自助努力にのみ任ぜられるために、かえってバランスを欠いた人間性が生じやすいのかもしれない

葛藤を抱えられない心性」は、社会システム変遷から生じた病理である

次の時代において、子の心性はいかなる形で変容するのかが気になる所である

2017-10-15

anond:20171014201301

コンビニみたいな数百万出せば誰でもオーナー誰でも店長みたいな場所

廃棄ロスを減らす自由裁量を認めると

必ず腐った弁当正規価格で売る奴が出る

難しい理屈じゃないんだ

軍隊みたいな厳格な規律が嫌なら全部自前で商売すればいい

2017-10-13

人を殺したらどうなるのか

憲法が、人間は生きていること自体価値があるという、個人尊厳を謳っており、

特に何も悪いことをしない個人を殺すこと自体憲法価値に反するとされているか

ら、お前が他者を殺せば刑法199条で死刑になる

特に社会的VIPを殺すと、実務では単に死刑になるだけでなく、捕まる段階で分か

らないように警察から暴行を受けて苛められるし、取り調べで生きたまま警察検察

に散々苛められる。

途中でやはり死刑が嫌になり、裁判官に頭を下げて死刑回避を訴えることになる。

拘置所に入るとき刑務官にチンポを見せるように言われたり、見せる際に罵倒

浴びせられることもある。拘置所にはテレビネットもない。メシは豚のエサで不味い。

個室から外に出ることはできず、一日中規律正しい生活を強いられる。

要するに、分からないように、生きたまま散々屈辱を受けてお前の人格がズタズタに

され、生きたまま、お前のクソみたいなプライドが滅茶苦茶にされ、これ以上苛めても

仕方ない段階になった時点で法務大臣から死刑執行命令が出て、とどめをさされる

2017-10-08

公示前なので言っていいか

一人の都民として言わせてもらうと、小池百合子が国政に行く条件は、都知事選公約を全部実現すること。実現できていれば早上がりも許す。逆に都知事選公約を全部実現できるまでは、小池人気に集まってきた色々なリソースを使って都民を豊かにすべき。都民にお願いしたいのは雰囲気に流されたりせずに、都知事選の時の現都知事公約を思い出すこと。選挙当選した人は公約を守るという当たり前の規律日本を守る。某トランプだっていろいろ反対はありながらも選挙公約にこだわっているでしょ。

2017-10-03

校長は正しい」-授業中暴行高校生校長声明に関する一見

http://b.hatena.ne.jp/entry/hakata.ed.jp/highschool/_common/pdf/20171002.pdf

について。校長文章に不可解さを覚えている人が多数いるようなので解説してみたい。結論から言えば、「SNSにアップした生徒を更に強く指導する必要がある」という見解は十分ありうる。というか、教育現場判断としては十分正しい。

今回の件、講師が新任だということで納得したが、一般人として見るなら大変気の毒な先生に見えるとは思うが、教員として見るならあの対応は未熟の誹りを免れない。動画を見る限り、クレームをつけている生徒を無視して授業を継続しようとしているようだが、実際に店舗などでクレーム対応従事した経験のある人なら分かるとおり、この「黙殺」という対応は悪手だ。相手社会的経験を積み忍耐力が十分以上にあることを期待できるかあるいは力関係で圧倒的に弱い相手に対してなら有効かもしれないが、いきり立って席を立ち教壇までやってくる生徒には、明らかにそのどちらも期待できない。ここは、少なくとも授業を止めて相手と向き合い、一対一で目を見て、相手椅子に座るよう指示し、その上で話すなどの対応必要だった。にも関わらず、相手黙殺した上に、背中まで向けるとは!!

…そこから見るに、今回の件は、おそらく普段人間関係などからくる油断もあったのだろう。生徒も、怒りに我を忘れて暴力をふるうというよりは、ただ駄々っ子が親に手を挙げるような甘えたつっかかり方に見える。このことから普段から冗談に任せるように背中を叩いたりパンチの真似をしたり(そういうことをさせては絶対にいけないが)するようなコミュニケーションがこの二人の間にあったのではないか想像する。講師の側では生徒とコミュニケーションをとっていたつもりだったかもしれないが、それは実はマウンティングである。生徒の中には、「相互に信頼や敬意を持ち合う」といった人間関係形成できず、ただ身分上下や力の強弱といった人間関係しか理解できない生徒もいる。新任(身分が低そう)や気の弱そう(力が弱そう)な「センセイ」に、からかうようにマウンティングしかけてくるのは、大体そういう生徒だ。そして、それは今回のようにエスカレートしたとき暴力事象」として大事になってしまう。が、本人としては普段マウンティングが少し行きすぎたという程度のつもりなので、改めて「暴力をふるった」と言われても十分指導が行き届かない。想像ものを言うことにはなるが、こういう場合も、実は指導者の側の未熟のためにこういう事態に立ち至っているのである

ここまで述べたことは、この講師先生を責めたいという趣旨ではない。本来責任を負うべき立場にはない講師先生がこういう生徒に対応しなければならないほど大変な現場なのだろうし、それだけに教諭管理職の方々は、いっそう忸怩たる思いでこの事件を受け止めているのではないかということを言いたいのだ。

今回の動画を見て、大半の方は「修羅の国暴力教室」みたいなイメージを受けたのだろうか? 警察沙汰しろ、とか、厳しく現実を教えるべき、みたいな意見を見るに、多分そうなのだろう。だが、個人的にはこれは「やや指導規律の甘い学校で、かつ講師若いため生徒をコントロールし切れていない教室の状況」であり、極論すれば「ごくありふれた」日本高校の一風景に過ぎないように感じる。全国どこでも、学校指導規律が数年間甘くなり、そこに生徒をコントロールし切れない(個人資質能力だけでなく「講師」や「新任」という肩書きも含め)教員が配置されれば、簡単にこの風景は現出する。おそらく生徒指導プロフェッショナル先生なら、このビデオを見て「そりゃそうなるだろうよ」と思ったことだろう。

要するに、これは「起こりうる/よくあること」なのだ。この生徒は持って行きようによってはまだ「なんとかなった」生徒だし、教員も「もう少しなんとかしないといけない」、その意味忸怩たる思いを抱える、それが教育関係者の実感ではないだろうか。これは「教育悲惨な現状」などではなく、いわば「ケアレスミス」に近い、教育現場によくある失敗の一事例なのだ自分自身ちょっとした認識の甘さ、生徒把握の甘さ、指導規律の緩み、態度や言葉の綾のせいで、大丈夫だと思って対応していた生徒が突然牙を剥いてきて、あわや大事になりかけて慌てる……それなりに経験のある教育関係者なら、一度や二度は目にし経験しもしてきた風景なのではないだろうか。

そう考えるなら、教育関係者目線が、暴力を振るった生徒と講師の方にではなく、今度は周囲でこれを笑っている生徒たち、そしてビデオ撮影ネットにアップした生徒、そちらにある大きな問題に向かっていく、ということも理解できるのではないか。なぜか。まず笑っている生徒たちは、激昂している彼が「次に何かしたら退学」と言われていることくらい知っていただろう(そういう話を内にとどめておくことの出来る子はああいう荒れ方をしない)。多少荒れた学校であっても、そういう生徒が教員につっかかっていったら、普通は何人かの生徒がそれを止めに入らなくてはいけない。なのに、止めるどころか「笑って放置」されている。つまり、彼はクラスメイトに完全に見放されているということだし、クラスメイトはそんな彼が高校をやめることになるだろう状況を見て無視ならまだしも冷笑し、(こう言ってよければ)自分たちの気晴らしネタとして消費している。クラスがこのような状況にあるというのは、率直に言って担任によるクラス運営の失敗だ。あのクラス担任は今頃泣きたい気持ちでいると思う。「あの教室の生徒全員を指導しなくてはいけない」と喝破したブコメもあったが、おそらく教育関係者と推察するその意見、真にもっとである。少なくとも、あの場に自分の子どもが座っていると想像したら、誰しも自分の子育ての失敗を真剣に疑うのではないだろうか。

そうして、件のSNS投稿した生徒である。彼のことを「内部告発者」扱いしている人が多いが、これは失礼ながらただ事件を外部から眺めているだけの立場から意見と感じる。この生徒は、上に上げたようなクラスの一員であって部外者ではない。彼はこの状況を、他のクラスメイトのように無視し冷笑するにとどまらず、積極的ネタとしてインターネットに放流したのであるネタとしてそれが炎上するであろうことは想像に難くない。単純にその場でネタとして消費する以上にやっていることは悪質である。それだけではない。彼はその行為によって、暴力を振るった生徒の退学を世間宣伝し、振るわれている教員晒し者にし、それらをネタとして消費しているクラスクラスメイトの退廃を笑いものにしているのであるしか自分は姿を見せずに)。彼が善意の人であることは期待できない。なぜなら、彼もまた、使うはずのない授業中にiPad自分スマホを取り出して撮影しているのであるから自分のやっていることは件の生徒と同じ行為だということを、彼が認識していないはずがないかである。その意味で、この生徒はそもそも件の生徒を馬鹿にしたり批判したりする立場には全くない。にも関わらず、暴力をふるった生徒、教員クラスメイトを嘲り傷つけるような行為を行っていることになるのだ。

このことを彼が自覚しているかどうか分からない。だが、自覚していようがしていまいが、彼のやったことはそういう行為だということに「なる」。彼はこの後も学校生活普通に送るはずだが、それだけに、自分がどのような行為をしたことに「なる」のか、厳しく彼には自覚を求める必要がある。でないと、クラスメイト、退学になった生徒、そして件の教員が彼をどういう目で見るか、理解できないことになってしまう。

我慢の効かない子ども保護者かんしゃくをぶつける行為と、一時のかんしゃく世間永遠にさらして笑いものにする行為と、どちらが罪深いか? 人によって感じる罪の軽重には差があるかもしれないが、「より自覚が少ない」という意味で、後者をより「厳しく指導」することは、教育判断としては十分ありうることである。でないと、この生徒のこの後の学校生活は真に悲惨ものになりかねない。

以上を踏まえて、考えてみるとどうなるだろうか。校長的外れだとか、更には「馬鹿」だとか気楽に罵っている方々には、こういう教育現場の緊迫感は遠い世界の話なのだろうとは思うが、今回の件に関する学校この声から事件の正確な分析、原因への理解とともに、今後行うべき対応をしっかりと考えていることが伝わってくるのではないだろうか。更に言えば、上で上げたような事件発生への「無念さ」も。それと共に、このようにモノがよく分かっている人がいてもこういう事件が起こってしまうほど、学校が大変な状況にあることについて、どうしていけばいいのか少しだけでも考える人が出てくれれば、この文章を書いた意義があったことになる。

今回の件は、大事にするような話ではないし、できれば速やかに消え去ってくれればよい。暴力を振るった生徒、振るわれた先生だけでなく、あのクラスの生徒、ネットにアップした生徒のためにも、それを祈っている。

長々と拙文におつきあいいただいたことに感謝したい。筆の走った部分も多々ある。また、こうして文章を書くこと自体晒し上げの一種というご意見、これもごもっとである

それらを含め、ご批判は甘受したい。

(追記)

福岡県内の中学校で、男子生徒(14)が、男性教員(46)の顔を拳で数回殴る暴行を加え、顔面打撲の傷害を負わせた

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171003-00010010-nishinpc-soci

こちらは「単なる暴力」の実例。これなら警察沙汰になっても仕方ないとは思う。

2017-09-30

https://anond.hatelabo.jp/20170930091504

がんばって書いてる気配は感じるので応援はしたい。

ただ、1話読んだ限りはびみょいな。

特にヤバイのがキャラポジショニング。静的すぎて、一読しただけじゃ頭に入ってこない(設定でそうなってるのを言葉説明してるだけ)。もっと動的に見せないと。

 

俺が描くなら……

・チカをもっと素人にする

・ミユキをもっと凄腕として描き、なんならチカが素人くさいところに不満を持っているようにする

 

でもって、冒頭のバトルはこうする……

 

トカゲのいる建物を遠巻きに確認するチカ

相棒であるミユキは遅刻しているのかやってこない

タイムリミットが近づいてきたのでやむなく単独侵入

索敵しながら進んでいくと、熱源(敵の気配)を床(真下から感じる

と思った瞬間、床が抜けて地下へ。火トカゲが火炎攻撃で床が焼かれたのだ

いきなりのエンカウントビビるチカ

だけどここで怯んでいたらまたミユキに馬鹿にされるので、攻撃開始

しかし意外と強く苦戦。一転ピンチに陥る。このままじゃやられる――

という瞬間にミユキがやってきてあっという間に倒す

遅刻してきたことに文句を言うチカ、ソレに対し、これぐらいの雑魚瞬殺できるようじゃないとこのメガロポリスで生きていけんで、と返すミユキ

 

これによって、

規律的だけど実力がない駆け出し魔道士のチカ

・凄腕だけど基本的にはルーズなミユキ

ふたりは表面上、お互いを気に食わないところがある(連載を続けていった先にミユキがチカの力量を認めるようになるとか、チカの力量があがることでミユキが決定的なところではミスをしない、責任感が実は強いところがわかるようになるとか、発展性がある)

という構図をバトルの中だけで描ける

オークのおっさん説明が入るまで何をやってるのかイマイチからないのがけっこうきつかった

 

あと、火トカゲが何も攻撃してこず一方的にやられてるのがとても気になった

いくら雑魚はい相手に見せ場がなさすぎて緊張感もなにもない

このあたりは、退魔師バトルモノとかの漫画の一話を何作も読んでみて、みんなどうやって読者を引き込もうとしてるのかを分析したほうがいい。

 

設定は練ってあるし、がんばって描こうという心意気は感じるので応援したい。がんばれ!

2017-09-26

私の左翼右翼

右翼左翼というカテゴリは、なぜか人に完全な説明を与えたような錯覚させる言葉だ。

一般的左翼的言説は、左翼進歩的であったり、人間中心的であったり、自他的であったり、自利的あったりする。

一般的右翼的言説は、右翼保守的であったり、自然中心的であったり、集団的であったり、個人的であったり、規律的であったりする。

これだけ雑多な概念ではあるが、左翼右翼対立していたり、対立していないこともある。

わたしは2つの概念に、どちらがより悪いかということを言うつもりはない。

これから書くのは、左翼右翼にある対するよくある誤解をできるだけ解いていこうという試みである

といっても私の力不足により、今は3つしかなく内容も不明瞭に見える。

それと誤解と断定して書いたが、恐らくは誤解であるという所だ。

なぜなら、左翼右翼完璧定義付けを、私はしないつもりだからだ。

それでは、なぜ左翼右翼に対する誤解と言うものを書けるのか。

それは左翼右翼に対してよく言われる一部の定義を仮として当てはめた時、明らかに左翼右翼思想が成り立たなくなり

そうなったときに、彼は左翼だ、右翼だと言うことがほとんど不可能になると思われるからだ。

ここで私のひとつ立場を明らかにしたいと思う。

私は"思想ジレンマ"というような言説、態度を認めていない。

どちらかのジレンマによる、右翼左翼キメラ的態度を認めないということだ。

(哲学的に言えば、ヘーゲル止揚という概念を認めていない。)

それを踏まえた上で、左翼右翼に対する誤解について書いていこうと思う。

左翼進歩的であり、右翼保守的である

左翼的言説とは、現状を改革することや、何かを変えようとの意向を持つ言説であろう。

右翼的な言説は、現状を守るときや、何かを大事にしようとするときのものだ。

これらから左翼は常に革命を求めており、暴力的であるとか、右翼は頭が固く時代遅れだなどと言われる。

まず、最初左翼的な言説に、まるで保守性がないというのは成り立たないことだ。

左翼が変革を起こす時、現状をすべて破棄するか、一部を破棄するかというどちらかを選択するだろう。

そして現在には存在しない概念を(規則など)を落ち込むことになる。

もし、その概念批判があれば、左翼はこれを守らなければならない。

その守るための言説に保守的言葉が無いとしたら、明らかにその概念はたちまち崩壊するだろう。

批判者の言説とは、おおよそこのようなものだろう。

君の進歩的概念適用された世界を認めたとして、その世界をどのように(同じような進歩的概念から)守るのだ?

次に右翼的な言説に、現状を進歩させるものではないとするものだ。

これは左翼的な言説に保守的な言説が混ざり込む以上、彼らは、その保守的な言説と戦わなければいけない。

その戦う言説が保守的ものだけであれば、ともに共存することになる。

右翼保守的なだけであれば、不純物と共存するだけである

そうではなく、現状維持のためであれば、不純物は取り除かなくてはいけない。

不純物を取り除いた後に、根本の原因である現状の変革を実施する。

劣化し始めるもの進歩し始めるのも、現状に問題があるためであり、その現状を彼らは変革するのである

しかし、その変革とは公平に見るとすれば進歩のものである

左翼保守的に見えたり、右翼進歩的に見えたりするのは、そもそも左翼進歩的であり、右翼保守的であるということを誤解していることによるのである

  

左翼相対的であり、右翼絶対的である

ここで抽象度が一気に上がって申し訳ない。

相対的であるとは、相対論自由という概念などである

(自由という概念は、相対的でないと成立しない。

もし私がりんごを食べるとして、ある場所では犯罪だが、ある場所では犯罪ではないとすれば

食べる場所によって犯罪の可否がきまるため、私がりんごを食べる自由相対的であると言える。)

絶対論とは、~べき論や、どこであろうと適用されることを望んだ言説である

これらにより、左翼優柔不断、すぐ裏切るなどや、右翼は頭が固い、傲慢だなどと言われる。

では、これも同じように左翼絶対的な言説が入り込む余地が本当に無いのだろうか?

その前に、左翼進歩的言説を行うものであることは、すんなり頭に入った人たちでも、

左翼相対的言説をしているか左翼だと認識することはあまりいであろうと思われる。

ここで相対的言説と絶対的言説について少し書こうと思う。

相対的言説とは、まさに例を取ってあげれば左翼的言説に近いもので有ることは理解してもらえると思う。

例えば自由や愛、幸福などだ。

自由を仮に絶対的定義しようとすればまさしく絶対的自由から抜け出すことこそが自由であると言うことが分かる。

こうすると、自由相対的という定義に転がり当てはまる。

絶対的言説とは、言説による力を発揮する場所定義するということである

例えば、国、集団など。その限定された場所によって、定義された言葉が、それに見合った意味となる。

さて、左翼相対的であるとのは、相対的言説を用いているかである説明した。

しかし、それは誤解である

左翼は確かに相対的言説を用いているが、よく見ればそれは、条件付きの相対的言説なのである

左翼相対的であるために、一定絶対性を必要としたのだ。

自由という概念は、他に絶対性がなければ、自由のもの絶対的ものとなってしまう。

そこから抜け出すために、一定絶対性を用意し、その絶対から自由を得ているのだ。

そのため左翼は完全に絶対的もの使用するため、完全に相対的であることはできないし望んでいない。

では、右翼はどうだろうか、右翼絶対的であろうとし、あらゆる不名誉を得てきた。

右翼絶対的たりうるための場所定義するが、その場所定義するプロセス相対的である

それは場所とは、物理的に言えば、自然によって決まっており、自然がもたらした、ものによって人が決めるのである

ある場所は良くないが、ある場所が良いといのは自然により決定している。

そして、場所定義することが相対的であるがゆえに

定義後の絶対性の担保にも相対性使用する。

こうして、右翼も完全に絶対的であることができず、また望んでいない。

左翼相対的に見える場合は、条件付けを見れば誤解であることに気づき右翼絶対的に見える場合は、場所定義確認すれば誤解であることが分かるのだ。

まり左翼相対的であることも、右翼絶対的であることも誤解である

  

左翼は実利的で、右翼は実利的ではない。

左翼が実利的に見えてしまうのは、ほとんど悪名高き功利主義によるものだ。

右翼功利主義をもたない。なぜなら功利主義幸福に関する思想であり、幸福という概念相対的言説だからである

このせいで、左翼感情のない人間という扱いになり、右翼計算の出来ない人間と言われる。

これは功利主義短期的な実利主義であるという誤解からまれている。

功利主義とはその場の短期的な視点での価値判断使用される思想ではないということだ。

もっと長期的な10年、100年というスパン幸福について考える思想なのだ

これらの左翼右翼の誤解はそもそも問題としては何なのだろう?

私が思うに左翼右翼という概念が、その人自身属性となってしまうことによるものだろう。

有る考えが進歩的であったとしても、その人自身はまるで関係ないはずである

しかし、左翼右翼とするとその場合は、人間と結合し、その人間自身左翼右翼的存在となってしまう。

本当に気をつけなければいけないことは、左翼的右翼的であることが、その本人の属性として、その本人の全人格を表すようにみていないかということだろう。

2017-09-23

年収1000万以上の日本人紳士の特徴

プライドが高いが、同時に紳士としての義務感が強い

お金持ち

規律正しい

嘘をつかない

他人には勿論自分にも言い訳しない

人生成功体験とそれに裏打ちされた理論が積み上げられている

勉強運動も得意

実家仕送りしている

学歴が高い

弱い者をヘイトから守る

健康状態が良い

愚痴悪口が嫌い、正々堂々としている

性格が良い

2017-09-20

勝手に女のおっぱいを触ってる男へ

私は学生の頃より痴漢によく遭遇する。

大人しそうであるのと、乳が人より少し大きかったりするので

女性専用車両には乗るようにはしているが

急いでいたりふと油断して普通電車にのると突然現れたりするので

そういうときはくるっと向きをかえ、無理矢理移動したり手を探してるフリなんかしてうまく回避している。

正直冤罪で騒がれているのもあるし、実際遭遇するとびっくりしてしまって

そのときは怒りなんかよりもただ逃れることで精一杯で通報しようだなんて気にはさらさらなれないことが殆どだ。

だけれどもつ最近許しがたいことに

夕方、まだ商店街が賑わう通りで

酒で顔が赤らんだ男性に一杯飲まない?番号教えて?と声をかけられ

それを振り切っていると

じゃあ頑張ってね!と私の乳を揉んで去っていった。

私はとりわけ美人なわけでもないし、

まれてこのかたずっと東京に住んでいて都会っ子ではあるが

ナンパなんか人生でされたことはないし

自分で言うのもなんだがものすごーく地味な生き方をしてきた。

だけれども私は人間である

私は自分がどんな仕事をしていて、どんな趣味があって

私がどんなことが好きなのか、そういう私という人間の部分に興味があるのであれば

喜んで一杯飲んだだろう。

あいにく既婚者であるので連絡先は教えることはできないかもしれないが。

この男が私に興味を持ったのは乳であった。つまり私のことは人間ではなく、メスとして見ていたということだ。

この事実に物凄く屈辱感を覚える。

痴漢がいけないというのは触ったか触らないかなのではなくて

女性を、言い方は悪いけれども肉便器だとかダッチワイフだとか

そういった性の欲求を満たす為だけの

メス、としてしか見ていない

その事実に私は物凄く腹を立てているのだ。

言い過ぎだという人がいるかもしれないけれど

もし私を1人の人間として見ていたら、そもそもこいつの乳を触ってやろうなんて気にはならないはずだ。

私の帰りを待つ旦那がいる。私には父親母親もいる。家族がいる。

そういう人間の乳を勝手に触ったら、不快に思うのはまず私自である

旦那も両親もこの事実を知ったら悲しむだろう。

私は男性でないか自分の目の前の女性がただ乳が大きいからというだけで

法でやってはいけないと決められているのについ触ってしまうそ気持ちは全くわからない。

法律でやってはダメだと定められているのに、それを犯してしまうのであれば

動物と同じだから檻の中に入るしかないだろう。

人間勝手かもしれないが、人間自由に生きていけるのはその社会性のお陰だ。

社会規律や法を守ることができないのであれば、自分欲求を抑えることができないのであれば檻に入ってもらうしかない。

ちょこっとくらい触ってもいいだろう。

そういう考えがあるなら、あなた女性をメスとしてしか見れない社会性のない犬以下の人間だ。最早人間ではない。

もしそんなにおっぱいを触りたいのならお金を払ってそういうお店に行ってください。

お願いだから一般人の私の乳を触るのはやめてください。

ちょこっと触って顔も感触も忘れているのだろうけど、私はあなたの顔をはっきり覚えています

警察にすぐに通報しました。似顔絵も描いてもらいました。防犯カメラ映像も出してもらいました。私の服についたあなたDNA採取してもらいました。

この記事痴漢が減ることを祈ります

2017-09-19

嫌いなあれこれ

書き途中の増田が出てきたか投稿するわ。多分10の嫌いなこと、に便乗しようとした投稿で、7つしかないけど。


NHKのある種の番組

NHK権威のようなもの担保された番組が嫌い。

具体的にはテレビ番組で言うと「鶴瓶の家族に乾杯」、ラジオ番組の「昼のいこい」とかのノリが許せない。

鶴瓶」では、特にゲストがそうなんだけれど、「今、家族に乾杯で来てます~」と連呼して一般の人が驚いて色々リアクション取るのが番組の主軸になっている。これがクソ。

NHKを有難がる人がいるのはいいんだけれど、NHK自らがそれを主軸に据えて番組作るなよ。自画自賛だし、人々がNHKの威光みたいなのにひれ伏してるように感じる。

昼のいこいもそうで、一般の人々の季節の変化の投稿を厳かに読み上げるだけ。一般の人々の投稿に、我々が厳かさを付与してますよ、みたいな構成が大嫌い。

同時に、大河ドラマが終わった後とかに、アナウンサーとかが出てきて「このあとどんな展開になるんですかねー、楽しみですね」とか振り返るのもかなり不快。自らの番組ブランド化をするような番組公共放送には不要だし、コンテンツのもの勝負してほしい。

まとめると、人々が想像する「NHK権威(みたいなもの)」に腰掛けるような番組NHKが自らをブランド化するような(価値再生産するような)番組が嫌い。



昭和舞台とするドラマ

一般になつかしい、と言われる高度経済成長前後ドラマが気に食わない。

連続テレビ小説ひよっこ」とか見ててもそうなんだけれど、昭和の人はあんなふるまいしないじゃん。それに、昭和あんなんじゃなかったじゃん。

もっとタバコ吸ってたしタンは吐いてたし、道端で立ち小便してたし。暴力も身近で、野犬がいたし、雑草も生えてたし。夏は汗だくだったし、もっと衣服は粗野だった。

一番気になるのは、今よりも男主導の社会だったのを上手くドラマの中で消化できていない作品が多いことだ。そんな時代女性活躍するにしても、その活躍の仕方があまり現代なのだ

社会問題を少しずつ改善して今に至るのに、その昭和時代を今風の人間関係で描くのが気に食わないというか、時代表現限界を感じる。

もちろん、当時のままに社会を描いたドラマ放送しても人気でないだろうし文句言われるし、多分面白くならないはわかってる。

だが、そこにこそ昭和舞台現代ドラマを作る際の限界があるように思う。



フェチ臭いフェチ区別が付いていないAV

少しは考えてほしい。足フェチ臭いフェチは異なるってことを。

現今の足フェチ臭いフェチビデオは、それがあまり未分化悄然となる。

私はどっちかというと足フェチ守備範囲があるんだけれど、「蒸れたブーツを……」的な文脈AVが多すぎる。

論文とか書いててもそーだが、論旨が二つあるんだったら論文を二つに分けるだろ。あるいは章を二つに分けるだろ。それとおんなじだろ! 絶対おかしい。許せん。

臭いフェチは、別に足だけでなくてもいい。腋とか髪とか、良いにおいしそうなところはたくさんあるんだから、それで作ればいい。

でも足は足しかねーだろ。足は手じゃないし腋じゃない。

それとSMっぽくなるのも同じ理由おかしいと思う。俺は足フェチだっつーの! なにも女性に攻められたいわけじゃない。


噂話

例えば、狭い業界にいると、誰誰さんがどうなる、とか噂話が多く飛び交う。馬鹿くせーわ。

人事なんて、正式に決まってから周囲にアナウンスすればいいだろ。組織でも個人でも。

それがよー試験前後から、誰誰が書類を送付したとか、誰が試験を受けに来ていたとか、誰が受かりそうだとか……馬鹿くせーわ。

そんな人がどうしたのか気になるの? まーわかる。良いポストだったり新しいところだったりしたら、気にはなる。嫉妬とか、羨ましいとか、あるいはあそこの先生のお弟子さんだ、とか、色々あるのはわかる。

だがなぁ、そういうのは心に留めておくのが大人なんじゃないかね。君はサルかね? と思う。

そういう噂が、現場当事者たちの足を引っ張ったりパフォーマンスを悪くすることが連綿と繰り返されている。

仕事に就くということは、成果を出すために就くわけだ。周りの噂が、その成果をすり減らしている。そんな事例が多すぎる。



文章ルール固執する人

文章書いてて、「?」の後に一文字あけるとか、「……」のように三点リーダーを用いるとか、まー細かい謎の誰か決めたルールみたいなのがある。

私はこの細かいルール自体はそれなりに遵守するべきと思う。なぜなら、気にする人がそれなりにいるからだ。

問題は、こんな風な細かいルールばかりがルールだと思っているやつだ。

もっと文章を書く際には決まりごとがあるし、論文でも小説でも訴えたいことを訴えるための手段テクニック構成があるだろう。

そして何本も文章を書いて、ルールが馴染むか研鑽を積んでいかないと、文字を書くこと・文章を書くことが自分のモノにならない。

そういう訓練を全く積まずに、誰でもわかる細かなルールだけに固執するというか、そこしか理解できない人が、文章ルールとか語るなよ。


初等教育を軽んじる人

よく、体育や音楽国語初等教育を軽んずる人がいる。大人になれば、そりゃあ集団生活集団での規律みたいなのは充分に備わっていて、小学校での集団運動みたいなのを軽視したくなるのはわかる。

だけれど、子供ってのは身近にいる人なら解るが何もしなければ何に対しても馴致しないのだ。基礎的な身体の動かし方や基礎的な音や基礎的な論理・読み書き。

体罰強制人間ピラミッドなんかの時代遅れのやりくちはもちろんあってはならないが、ある程度は集団に馴致させるシステムメリットを見てもいいのではないか

家庭教師にそれぞれが初等教育を一任させるシステムがいいとか言い出す人がたまにいるけど、そうじゃないでしょ。



新聞読まない人

新聞、明らかにメリットあるだろ。あえて煽り気味に書くけど、それが解らないのなら、あるいは、そのメリットメリット足り得ないと言うなら、それまでだということ。

2017-09-11

ディシプリンを積む」ってそんな言い方あるのかと思ってググっちゃったじゃないか

規律意味解釈すると、ディシプリンがあるとか保持してるとかいう言い方が正しい。

2017-09-07

日野皓正ビンタ事件」は現代版裸の王様ではないか

日野皓正氏が演奏者の中学生ビンタした事件について。

アマチュアジャズバンド所属した経験のある私の意見です。

Twitterblogで見聞きした事実関係は以下の通りです。


演奏形態ビッグバンド 数十人もの子供演奏待ちしていた。

ソロパートフリーセッションに移行したため、指揮者は後を任せて舞台袖に下がる。

ドラムソロ

ドラムが4小節演奏したのち、ほかのパートが4小節演奏。これを繰り返す。

フォーバス とも呼ばれるもの

ソロを繰り返すうちにほかの演奏者が長さに戸惑い、演奏ストップする。

ドラムが構わず演奏を続ける。

日野氏、ドラムの髪の毛をつかみビンタ(軽く頬を叩いたとも)


①について。

私はビッグバンドフリーセッション、両方の経験があります

数十人以上を待たせたうえでのセッションというのは私自演奏したことがなく、またほかのビックバンコンサートでも見たことがありません。

ソロ演奏というのは自分がどこを演奏しているのかを見失いやすく、そのうえで何十人もの子供平等演奏させる計画という時点で破綻しそうだと感じました。

ビッグバンドソロセッションでのソロはだいぶ毛色が違います

ビッグバンドソロはどちらかというと吹奏楽クラシックに近く、演奏の長さやフレーズがある程度厳密に設定されています

一方フリーセッション形式では、楽譜はあって無いようなものです。

メインテーマコードが書かれただけの楽譜を前に、知恵を絞ってアドリブ演奏します。

このコンサートを鑑賞した人たちの言葉から判断すると、この中間形式を取っていたのでしょうか。

また、ジャズビッグバンド指揮者を置かずに演奏する形式メジャーです。それゆえ指揮者を据えての演奏形態は珍しいと思いました。


②について。

延々とドラムソロ演奏したというので、当初はこのドラムがほかのパートに一切ソロを回さず演奏し続けたのだと思っていました。

実際はフォーバス形式が続いたという話のようです。

本人の中ではほかのパートソロを回しているのだから自分演奏を独占したという意識希薄だったのかもしれません。


③について。

ジャズ経験した身としては、演奏をやめてしまった子供たちの実力に不安を覚えました。

ドラム中学生は、確かに暴走したのかもしれません。

しかし身勝手演奏者の存在に限らず、ソロが「暴走」することはよくある事態です。

例えば先ほど少しふれたように、自分がどのあたりのフレーズ演奏しているか見失った場合です。

彼らはそのような事態に遭遇したとき、いったいどう対処するつもりだったのでしょうか。

同じように演奏を途中でやめてしまうのでしょうか。

このような「暴走」に遭遇した場合、いくつか対処方法があります

ソロに構わずにメインテーマ演奏を始めてしまうか、ほかの演奏者がソロ演奏し始めるかです。

やや強引に思えるかもしれませんが、どちらもジャズ演奏する上でよく使われる手です。

今回のコンサートでは順番待ちの子供がたくさんいたそうです。

フリーセッション形式を良しとして見守っていたなら、初めに打ち合わせた順番に構わずに、次々舞台に出てしまってもよかったと感じます


④について。

ほかの子供たちが演奏をやめてしまったので、一人でも演奏を続けるしかなかったのではないか?という考えもできます

発端は彼の自分勝手なのかもしれません。

しかし途中で演奏をやめてしまうほかの演奏者にも責任がないとは言えません。

全員が演奏をやめてしまったのであれば、結局演奏会が失敗したことに変わりありません。

ドラム一人の責任ではなく、事故でも起こりうる暴走に全く対処できないほかの演奏者たち、そして対処の仕方を教えてこなかった指導者責任もあります


⑤について。

暴走する演奏者を止めるには体罰は致し方なしでは?という人も多いです。

ですが止めた後のことはどう考えればいいでしょう。

暴走は止まりますが、その後規律ある素晴らしい演奏成功したのでしょうか?

一人の演奏者の暴走が止まるだけで、演奏会の失敗を食い止めることはできません。むしろトドメを刺したといえます


これら諸々を踏まえた私の考えとしては以下の二つになります


大人数の演奏者すべてにソロを割り振るという企画の無謀さ

先ほどソロ暴走した際の対処例を書きました。

しかしこれらは少人数セッションでは有効ですが、正直な話ここまで大人数の演奏者が存在する場では難しいかもしれません。

ビッグバンドでは指揮者を立たせないのがふつうと書きました。

そこであえて指揮者を置くという意味は、彼らが統率のとれた演奏自力ではできないということです。

小学生中学生ビッグバンドは他にも存在していますが、やはり指揮者は置かずに、主にリズムパート演奏をひっぱっていくバンドほとんどです。

まり指揮者なしではそもそも演奏が成立しなかった。

その実力不足ゆえに招いたのがあの失態であると思います


ジャズという音楽の基礎知識を全く教育できていない

ジャズで最も重要視されるのがアドリブ要素といっても過言ではありません。

実際のセッションシーンでは舞台上のアイコンタクトジェスチャーソロバトンタッチし、自由タイミングアドリブ演奏を続けます

一見難しい技術なのですが、全くの音楽初心者でも、数か月間の練習を経てこれらを堂々と楽しむことは可能です。

上手、下手の差はありますが、そんなことは全く気にしなくていいのがジャズのいいところです。

アマチュアならなおさら

しか日野氏のバンドでは、呼ばれるまで舞台に立たない、ほかのパートソロが続いているにも関わらず演奏をやめてしまうなど、ジャズ演奏の基礎が全く身についていません。

ジャズをやりたいのか、吹奏楽をやりたいのか、マーチングバンドがやりたいのか…目標がさっぱり見えないのです。

そしてビッグバンドフリーセッションが奇妙に融合したバンド形式

子供たちにジャズとはどういう音楽かを教育することに完全に失敗し、その結果が一人の演奏者の「暴走」によって露呈した。

自分教育力不足が観衆に知れ渡るのを恐れた世界ジャズ奏者は、その責任を一人の少年の身勝手さに責任転嫁した。

私にはそう思えました。

これは現代版「裸の王様」なのかもしれません。

消費税増税についてよくある疑問とその答え

Q. 現在財政はどうなっているの?

A.このままでは、維持不可能です。

現在財政は、2,30年前に比べて、維持がとても難しくなっています高齢化で、医療介護年金負担が増えているのに、それに合わせて増税していないことが原因です。今の段階で赤字なのに、今後はさら高齢化率が上がり、借金はどんどん膨らんでいきます

Q.このままいくとどうなる?

A. 奇跡が起こらなければ、将来世代年金医療しわ寄せがいきます

正直、誰にもどうなるかはわかりません。今までの歴史で、日本ほど債務を積みあげた国はあまりありません。可能性は4つ。



Q.インフレ目標達成されてないし、まだ消費税あげないほうがいい、っていう人もいるけど、そのへんどうなの?

A. 最終的には消費税20-40パーセント必要なのに甘えてない?

日本の潜在成長力は1パーセント以下と言われており、現在の成長率4.6パーセントは、かなりの好景気といえます

そもそも、現状、国民負担が低すぎて、医療年金支給額が高すぎるので、借金を積み上げている状態です。「かなりの好景気」に、相変わらず借金を積み重ね続ける、っていうのは将来世代に対する義務果たしていないと思います

Q:デフレが進むと税収下がるし、景気を冷やす増税しないほうがいいのでは?

A. 増税すれば、税収は増えます

増減税と税収の関係は、ラッファーカーブとよばれ、世界中で膨大な実証研究の積み重ねがあります。どこの国の政治家も、減税する理屈増税を避ける理屈を探しています

研究からは、税率が60-80パーセントを超えるような超高税率でない限り、増税は税収を増やす、というあたりまえのことがわかりました。また、景気の腰折れにつながるから税収がかえって減る、という証拠は見つかりませんでした。

Q. 消費税の代わりに法人税増やしたら?

A. 法人税実効税率を上げるのが難しいです。 アマゾンジャパン法人税払わせるより、売り上げから消費税徴収するほうがずっと簡単です。

日本企業内部留保ためすぎだし、多少あげてもいいんじゃないの、とは思います。でも、消費税を補うほどあげるにはいくつか問題が。そもそも法人税消費税は、最終負担日本国民、という意味で同じです。違うのは技術的な側面だけ。技術的な側面をみると、法人税は厄介な税金です。

法人税は一部の大企業がかなりの金額を払うという性質から、薄く広く広がる消費税に比べて、租税回避インセンティブが強く働きます。あと、法人税利益にかかるので、売上にかかる消費税より、会計上の操作節税がしやすいです。工夫を凝らして節税する企業は増えるし、合法的節税するためのロビイングもはびこります。XX税金控除とか、YY税金資産とか。

日本制度完璧にできても、海外に逃げられたらどうしようもないところもありますOECD音頭を取って協調課税の枠組みなどできつつありますが、国際合意は十年単位の話です。現在のところは、法人税の大規模増税は筋が悪いと思います

Q.所得税増やしたら?累進課税高めたら?消費税逆進的だし。

A. 富裕層所得税100%にしても全然足りません。

富裕層向けの税金を上げるのは良いことだと思います。でも、日本には富裕層ほとんどいないので、社会保険を補うほど富裕層から税金を取るのは不可能です。日本で、所得金額2000万円を超える人は0.6パーセントで、手取り所得合計は6兆円です。手取り所得ゼロにしても、消費税率3パーセント分にしかならないので、どちらにしてもあと10%以上の消費税増税必要です。

層の厚い中間層低所得者から増税すれば、消費税を増やさなくても大丈夫です。個人的にはそれでもかまわないとは思いますが、消費税に比べたメリットはあまりなさそうです。

Q.まずは無駄の削減からでしょ。公務員給与下げたら?議員歳費削ったら?無駄公共事業やめたら?防衛費削ったら?埋蔵金使ったら?

A. 無駄の削減は終わりなき道なので、無駄の削減の完了を待っていると永遠に財政悪化していきます

行政改革中曽根首相時代からかれこれ30年ほど続いています公務員叩き橋本首相のころから20年ほどです。

ちなみに、全部やってもまだ消費税増税必要です。大勢には影響ありません。

2017-08-28

アニメ業界に関する愚痴

私はアニメ業界で働いている1人の技術者です。

この仕事従事している人達はみんな基本的はい人達だし、1つの事に向かって頑張る仲間達なので基本的には好きなのですがそれでも少々もやもやがあるのでここで眠い目をこすりながらこの場を借りて愚痴をこぼします。

言葉を選ばずに言うと、技術者ビジネスの面で非常に子供なため頭が痛いこの頃なのです。

更にそれが結構な人数な為やっかいです。しかも実力のあるアニメーターでもそんな感じの人がいたりするので更に更にやっかいです。

仕事したくないけどお金は欲しい。自分は後輩の育成なんか面倒だからしたくないけど使えない後輩は仕事が増えるから嫌だ。誰でも良いからなんとかしてくんないかなー自分はやりたくないけど。という人が結構ます

ていうか、そんな感じでみんな他力本願で何もしないから今もアニメ業界はこんな感じなわけです。

でもそういう人ほど声がでかくてため息が出てしまます

声がでかいと真っ当だった純粋無垢な後輩達の耳にも入ってこういう思考汚染されていってしまうので更に深いため息が出ちゃいます。負のスパイラルです。幸せ逃げまくり

まらなかった管理能力のあるまともな人たちはこんなやつらと仕事したくねえ!と業界を去ってしまます

ぶっちゃけアニメーター貧乏になってしまう原因の片棒をこういった方々が担いでいると私は思っています

人より可愛い絵が描けるだとか、セルワークができるから自分は人並み以上に金を貰えるべきだと言う方がいるが、人よりできるからなんだという話。

ものに付く金銭的な価値とは質だけではなくどれだけ需要あるかなので、質さえ良ければ金銭価値が高いという訳ではないはずです。

質が良い作品と売れている作品は別物で、どんなに出来のいい絵を描いたところで興味を持ってもらえてお金を出してもらえないならそれは金銭的には無価値なのだけどその事をわかっていないのか、わかっているけど知らないふりがしたいのか、業界内にはそんな方が沢山います

そしてそういう人ほど先のことを考えず目先の小遣い欲しさに単価は良いけど作業は重い作品ばかり引き受けていたり、1日の労働時間が人より短かったりするのです。

稼ぐ為に作業効率を良くするとか徒党を組んで強気に単価交渉してみるとかそういうことをする気がない。

アニメというと絵が動くコンテンツなので芸術に属するものと捉えられがちだが、その本質製作委員会が売りたいグッズやDVDなどのコマーシャルビデオである

もちろん監督意図だとかアニメーターのこだわりだとかそういうものが込められているのでバッサリと芸術じゃないとは言わない。しかし、クライアントから発注を受けて部品を納品するというプロセスで動くのでどこかの工場でなんらかのネジを量産する仕事とそう変わらないのだが、その事にも気付いてない方が多くてこれも困る。

オートメーション化された工場で作るネジと全て手作業原画作監作業を一緒にされては困ると思うのだろうが、いくらオートメーション化されていたって規格が違えば手作業でそれを調節しなければならない部分はあるだろうし全てが機械だけで回っている訳ではないはずです。それに絵を描く作業は確かに大変だがこの世で一番大変かと言われたらそうではないし大変な作業は世の中には沢山あります

作画プロ。ネジ作りのプロ。分野は違うけど両方共にプロフェッショナルなわけですが後者はちゃんと会社雇用されていて給与としてお金が貰えているのは何故でしょうか。

私は社会人としての意識の差にあると思います

工場で働くプロ達は毎朝ちゃんと決まった時間に出社してその日のノルマ分をきちんと生産して利益を出しているわけですが、作画プロ達はというと規律を嫌い、適当自分の好きな時間に働いて今日は気分が乗らないからと明日仕事を伸ばしたり、頼まれた以上どころかやり過ぎなくらいクオリティを上げてみて自分の首を締めてみたり、締め切りギリギリにドバッと上がりを出してその後の工程の人が悲鳴をあげたり、挙げ句の果てには締め切り守らずトンズラしたりするのです。(もちろんきちんとしているアニメーターもいます)

会社はこんな感じの人達正社員でなんて雇えないし、アニメーター正社員になったら毎朝早起きさせられて気が乗らなくても仕事させられるからなりたくない。

そしてアニメーターは「アニメーターが稼げないのは業界が悪い!」と言うのです。

他にも参入コストだとか技術者の多さとかリスクの大小だとか要因は色々ありますが大きな問題はこういった身から出た錆的なところだと思います

明確にアニメ仕事従事しないといけない理由がある訳でもないならお金がないのは業界のせいって言ってる人たちはみんなアニメ辞めて真っ当な仕事に就けば早いのに…。はっきり言って絵が描きたいだけなら趣味でも描けるんだし…。と思ってしまうわけです。

とりあえず、今の待遇に不満があるなら自分から改善に向けて行動するということをしてみてもらいたいものです。

2017-08-19

戦争犯罪で仏様の罪を追求するなと言い牟田口氏にムチを打つ二枚舌

牟田口氏は戦争犯罪を一切やってないクリーン軍人規律にも接触していない

石原が生き残って東条が処刑されるのを見てもリア充DQNの罪を真面目コツコツ優等生が被らされてるのが分かる

今の社会問題と全部つながる

悪党は堂々と法律違反しても警察が黙認して真面目君は合法行為でも何か隙があると責任追及される

2017-08-16

ひろゆきニコ生と(ガジェット通信雑談配信公式生放送可能

凋落の一途をたどるニコ生ですが

何が悪かったのかひろゆきも先日のガジェット通信で言っていましたが

私もかねがね同意です。

ひろゆきのこの主張は今更後づけて言い出したわけではなく、

ひろゆきはこの主張を以前から主張しておりぶれていません。

そして多くの生主同調していました。

しかニコ生運営は一切聞く耳持たず現在路線をひた走った結果こうなています


全てはカワンゴと夏野の先見性の無さと判断の誤りだったと思います

そして二人はその最重要人物であるひろゆきをうざいとばかりに排除しました。

ジョブズアップルを追われたのと同じように。

故に今の現状になるべくしてなったという他ありません。


本来配信サービスにおいてYouTubeのような巨大モンスターに勝てる見込みはなく

そことの勝負は避けて胡散臭い路線をひた走るべきだったのですが、

カワンゴもそこは当時は分かっているような発言をしていましたが

どこかで勘違いしたのか、

あるいは会社が大きくなっていろんなしがらみや大人の事情から逃れられなくなったのか

多くのサービスが陥る罠にニコ生もまんまと嵌っていきました。

最後のあがきで10月に大幅な機能改善をするようですが数年遅すぎました。

もう何をしても復興は無理でしょう。


そんな状態でもひろゆきはたった一人ニコ生可能性にかけて細々と地道な活動を続けています

全くの無償一見するとただのおふざけですが

おそらく今ニコ生活動の中で1番可能性を秘め面白実験的で

ニコ生でやるならこれしかないというポイントを自ら実践し続けています

まだ誰もその意味に気づけていないと思います

ニコ生が残るとしたらこしかありません。


それがガジェット通信と「雑談配信者」公式生放送です。

ガジェット通信は大概夜中に突発的に始まるのとだらだら時間が長いので

ちゃんと見れている人は少ないと思うのですが、

とんでもない情報の宝庫です。

これを無料で垂れ流しているのですからひろゆきサービス精神も大したものです。


ガジェット通信はそれでも見る人がちゃんと見ればその凄さに気づけると思います

もう一つの雑談配信者」公式生放送意味可能性に気づけている人は

まだほんの一握りなのではないでしょうか?


最初このシリーズが始まった時、

レベルでまともにトークもできない底辺のだめ人間である生主を集めて

ひろゆきだけまともでひろゆき一人で七面六臂の気配りと活躍番組をまとめている様子を見て

ひろゆきが頭にきてバカバカしくなって

番組を放り出すのも時間問題だろうとタカをくくっていました。


しかしそれは私が浅はかでした。

ひろゆきの狙いが当時私も見えていなかったのです。

彼がここでやろうとしているのは一言で言うと人材の発掘です。

山のようなゴミの中からダイヤモンドを探そうとしています

そして普通ならこんなゴミの山にダイヤモンドなどあるわけないと思われる場所

ダイヤモンドは転がっているとひろゆき確信しているんだと思います

なんでみんなただで転がってるダイヤモンドを拾おうとしないの?

ばっかじゃね?くらいに思っているんだと思います


ゴミに見えるのは使い方が悪いだけで

使い方をちゃんとすればダイヤモンドになる素材もあるんですよ

ひろゆき実証している場です。



ひろゆきがなぜここまでニコ生可能性を感じ

無償奉仕しているのかよく分かりませんが

もともと彼は何もない場所に何もない人を集め

予測不可能人間同士の化学反応を見るのが凄く好きな人なので

そういう部分に可能性と興味を持って遊んでいるのかも知れません。

2ちゃんを作ったときのように。

ひろゆき的には同じ延長線上で今興味が有ることをやっているだけなんだと思います


夏野さんはニコ生規律と平安をもたらしました。

しかいかんせんまっとうすぎるのです。

本人は凄く先鋭的なつもりでいますが古いのです。

夏野さんのおかげでニコ生にすっかり尖りがなくなってしまいました。

一言で言うととてもつまらないのです。

ご尽力は確かに評価します。

しかニコ生が生き残るにはそういう正攻法では無理なのです。


ジョブズ追放マイクロソフト駆逐され崩壊寸前まで行ったアップル

再びジョブズを登用し復活したように

ひろゆきを再び登用しニコ生が復活することを願ってやみません。




PS

https://www.youtube.com/watch?v=tlKlMt58mbk&feature=youtu.be&t=1329

8月14日のガジェット通信ニコニコ動画について語るひろゆき

22分くらいか

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