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2018-11-12

百万遍自転車事情

https://anond.hatelabo.jp/20181112183902

記事そもそも違法駐輪を取り締まられた側の文句なので実際8割方耳を貸さなくていいのだけれど、同じく百万遍自転車を止めていた身としては(ちなみに百万遍自転車を止めると言ってる以上元記事のひとは9割方京大生ですね)「言いたいことはわかるな」という気持ちにはなった。

この感覚説明するとしたら、「一般道スピード違反をした車すべてを問答無用罰金」に近いと思う。一般道路の上限速度は一応40km/h(追記:厳密には60km/hだった。雑な知識ペーパードライバーですまない…)になっているのだが、現実問題として一般道でそれを厳密に守ってない車はざらにいる。まわりがガンガン飛ばしてるなかでひとりだけ速度を守ってるとむしろ危ない、みたいな環境想像に難くなく、それらを容赦なく取り締まってたら感情的に反発するだろうなぁ、という話だ。

今回の例で言えば、百万遍は総数2万人とも言われる京都大学のお膝元であり(左京区に2万人いるのではない)、そのエリアには学生向けの飲食店が密集している。ランチどきになるとガガッとランチを食べにくる京大生の自転車でごったがえすのだ。あのエリア自転車道路歩道と一体化していて道幅が広く、交差点部分は簡単広場になっている上、飲食店以外にも利用するのにちょうどよさそうなドラッグストア存在する。立地的に違法駐輪のインセンティブが大変高い。しかしそれらの店の目の前には一切の駐輪場が用意されていないというのが現実だ。

もちろんすぐそばには京大のだだっ広いキャンパス駐輪場存在しているので、そこに自転車とめろよ、というのは正論だ。しかしたとえば1時間程度のランチタイムというのは徒歩5分の移動時間も惜しいわけで、近くに停められるのがわかっているのにキャンパス駐輪場を利用するのはめんどくさい。もちろんめんどくさがる方が悪い。そこに有料駐輪場を作って解決しようという発想は正攻法だが理不尽だ。なぜならそのすぐ横には京大キャンパスという広大な無料駐輪場が用意されていて、そこすら惜しむ人間たちには有料であること自体ギルティなのである。ついでに言えば有料駐輪場があったところで駐輪場があふれることは想像に難くなく、ここで起きると思われるのは「有料駐輪場からあぶれたひとが問答無用で取り締まられる」という地獄絵図だ。

悪いのはモラルハザードであり問答無用で取り締まって規律をただすのは正しい。俺がここで言いたいのは、擁護するのでも非難するのでもなく、違法駐輪を撤去することはなにひとつ解決策になっていない」ということである問題京都市における自転車人口が完全にパンクしていることそのもので、そのための方策キャパに見あったかたちでの駐輪スペース整備であると思われるのだが、当然ながらそんな余裕は物理的にも財政的にも京都市にはない。その結果やることが「違法駐輪の取り締まり」となった場合、構図としては「キャパオーバー自転車撤去して予算もゲット」という表層的には市民不利益を与える行動を選んでいるようには見えて、その対象となるのは帰結として百万遍ユーザーである京大生=学生がメインになる。ある一面を切り取った場合に、本来解決すべき不利益社会人ですらない学生に皺寄せとして与えている、というのは屁理屈だが一面において正しく、その辺の感情的鬱屈がああいった文章を書かせてしまったのかなぁ、と思った次第である

女とは、躾けられた相手価値観を全肯定するようになる「社会的」な生き物

犬猫を躾けるようにそういうものだと言い聞かせ続けたら自分立場をわきまえる生き物である

逆に女性をこれまで縛っていた鎖が破れ、唐突に解き放たれたとしても、行き場がわからない。

欲望だけを溢れさせ、規律はその威厳を失い、社会に暗雲が立ち込める。

そうしていくつかの社会が滅んだ。

なぜ女性解放すると、行き先が見えなくなるのか。

秩序、規律を理性によってうちたてる能力が、女性から最も遠いものであるからだ。

秩序、規律がないわけではない。むしろ男性よりもそれを従順に守るきらいがある。

問題は、女性ホルモン優位な状況で、脳は主体性を除去し、強者への恭順・隷属に快感を覚えるようになることだ。

解放された女性は新たに隷属する先を探すのみで、リーダーシップを発揮するわけではない。

秩序や規律というもの女性にとっては「男性から与えられる」ものであり「自分で作る」ものではないのだ。

(強い)男性のこしらえた秩序の中に居場所を作ってもらい、子供をもうけ、安寧を得る。

これこそが女性の真の望みなのである

隷属には利益もある。例えばこの社会では、男が戦って死ぬが、女は戦う必要が無い。

赤紙男児しか来なかった。だが赤紙を喜んで受け取る女は現代はおろか当時にもいない。

守られて当然。守るのは家であって戦地ではない……それでよいのである

安寧の中で愚痴も出ない訳ではない。

だが、既存の枠組みを壊すことまではしない。安寧も一緒に破壊されることをわかっているからだ。

この社会では母体が守られるので、子供もよく生まれる。高い出生率社会を拡大させる。

こうして「家父長制」は女性全面的な協力のもと、人類繁栄させたのである

2018-11-08

サバゲーオタクの言う 「トリガーに指をかけるのはリアルじゃない」 は本当かちょっと調べてみた

まず西部開拓時代

この時代の名うてのアウトロウ、ガンマン一般市民ポートレートを見ると

グリップを握るスタイル拳銃小銃を保持する際、「人差し指が曲がっている」のが殆ど

しろ人差し指を伸ばす人物は少数派だった

これは小銃を持つ際も同様である

この時代に関して言えば、どんなにリラックスしていようが

常にトリガーに指をかけるのが当たり前である

 

次に第一次、第二次世界大戦

各国の兵士を見てもやはりトリガーか、トリガーガードに指がかかってるスタイルがとても多い

昔ならではの問題として、ストックグリップが一体型であるライフル構造も災いし

自然と手の形状が丸みを帯びてしまうというが理由がある

なので、トリガーに指を置いているのか、それともトリガーガード内で休ませているのか

判別できない写真も非常に多い

軍事規律の緩さも考慮すれば、

この時代兵士であろうが、トリガーに指をかけるのは当たり前だったのではないだろうか

 

ベトナム戦争

このころからやっと、トリガーに指をかけないよう、意図的に伸ばしている兵士写真が目立つ

ピストルグリップ付きのARの普及と共に、

指を丸めない姿勢もごく自然と行えるようになったのではないか、と自分は推測する

それでも堂々とキャンプ内でトリガーに指をかけている兵士写真散見する

選抜徴兵制がまだ米国存在した当時、兵士の層を鑑みれば規律の緩さは当然だろう

 

 

 

結論   

ワイルド世界観コスプレなら、むしろトリガーに指をかけろ

 

 

  

蛇足

 

調べていて分かったことだが

兵士ライフルと共に写真を撮られる際には

グリップハンドガードを持って銃を保持するような

典型的兵士風の恰好ポーズをとるより、

いわゆる立て銃の恰好で銃を地面に置き、銃口を上に向けたままの状態

もしくは銃のハンドガード、キャリングハンドルあたりの

重心の中心部分を持つという

至極つまらない、合理的な持ち方をした写真が一番多かった

 

ミリタリーチックなコスプレリアルさを追求したいのなら、

しろ銃は持たない姿勢が良いだろう(疲れるから)

2018-11-02

anond:20181102195114

米人の「規律が厳しい」は日本のそれとは大分うからな。共有される苦痛物語を崇拝するモーションがないのよ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00481/102600005/

マナービジネスクレーマーを生み出してんのよ、いい加減気づいて欲しい。VIPに会うとき以外はスニーカー&リュックでいいわ。」

これは正直ワロタw。

おい、はてなーならマナーに関するものはすべてクソくらえくらい言ってほしいよね一貫性がないわ。何がVIPと会うとき以外は、だ。

VIPだろうが超大型商談だろうがスニーカーリュックで行けよ。高級レストラン食器カチャカチャ、スープをぴっちゃぴっちゃ言いながら食って、園遊会にはきったないジーンズスニーカー天皇握手しろよ。

トップブコメの「だから戦争も負けたんだよ、アホか」これも酷いなw。

何が関係あるんだろうか。というか、米軍(しか戦争時)だと上下規律は超厳しそうだけど。

2018-11-01

同質化 vs 異質許容

これって名前付いてないのかな?

「私がAと思うんだから皆Aにするべき」とか

「このグループでは皆Aで揃えましょう」みたいな、差を許容しない同質化の考え方と 

「私はAだけど、隣の人はBで構わない」とか、基本個人自由不干渉みたいな異質許容の考え方

世の中にある用語はどうにも歴史的に要らない意味拡張されてて当てはまりづらい

 

どちらが良いかと言えば、正直どっちもメリットデメリット出てくると思うんだけど

どちらをより好むかで、その人の性格が分かれる印象がある

 

規律規範ルールで縛る なのが同質化側、真面目で保守的でお硬い印象、和を大事にする、最たる例は学校軍隊

自由で最低限のルールにするのが異質許容側、行き過ぎるとアウトロー他人とは別の行動するタイプ

 

世界的には異質許容が主流なように見えてるがそうでもない

「『一部の異質なこと』を許容する」ことを同質化しようとする動きも多くて、あれは同質化側だと思ってる

これ厄介で、自分は異質許容だと思ってるようでいて、実はよりマイノリティーを許さない同質化側がいる

社会的に認められた「異質」は「許容を同質化」するが

社会的に認められていない「異質」は「排除を同質化」するタイプ

あれはやっぱり同質化

近代ベースにした保守的思考なのかなあれは?)

社会的に認められているかどうかってのは個人観測になるから、ややグラデーション存在するし、年齢によって下手すると真逆の答えを出す

から一瞬その人がどっち側の性格なのか分かりづらくなるが、何個か話を聞いてみるとやはりどっちかに偏る

 

もちろん両方をバランスよく使ってる人も居ると思うんだけど、有能な経営者とか

 

___

 

我ながら説明がわかりにくい

言いたいことは「同質化タイプと、異質許容タイプの人が分かれているのでは?(名前付いてないのかな)」って主張

そして色んなラベリングをされながらお互い殴り合ってるけど、一個のルール説明つくのではないか

 

例えば

考え方Aのグループ 考え方Bのグループ が居て

考え方Aのグループ規範である主体判断したとき

・「Bのグループは考え方Aになるべきだ」が同質化

・「Bのグループは考え方Aになる必要がない」が異質許容

 

面倒なのはメタになる時で

文化C 文化D があって

考え方A = 文化Cと文化Dは尊重されるべきだ ①

考え方B = 文化Dは排除するべきだ ②

 

・「Bのグループは考え方Aになるべきだ」は、同質化

・「Bのグループは考え方Aになる必要がない」が異質許容

 

に見えるけど、①が異質許容、②が同質化であるとすれば、それぞれ矛盾したことになり一貫性がない

まり私の「主張」がおかしいってことになる

 

ただ、問題は①や②がどう決まったかという経緯で

主体が考えて決めたのか、社会コンセンサスで決まったのか、誰かに影響されたのか、あるいはそれ以外なのか(感情的など)

もし、主体が考えて決めたのではないのであれば、「主張」はまだ成り立つのではないかと思った

 

例えば同性愛の話をすると

昔は「同性愛排除する」が社会的に主流だった

それをベースに考えれば

・同質化の場合社会全員で同性愛排除しよう」になるし

・異質許容の場合同性愛排除したい人がすればいい」になる

 

これを最近にすると、「同性愛は許容すべき」が社会的に主流だから

・同質化の場合社会全員で同性愛を許容しよう」になるし

・異質許容の場合同性愛を許容したい人はすればいい」になる

 

主張が逆転してるんだけど、考え方の根っこはお互い変わってないんだよ

最近は「◯◯の人たちが以前と逆のこと言ってる。彼らは本当に◯◯なのか?」みたいなことを言われるが、こういうからくりなんだと思ってる

そういう風なラベリングがされたら、話がスムーズなんじゃなかろうか

ていうか、同じ結論の中でも同質化/異質許容が混ざってると思う

どうしても「同じ結論」「同じ思想」でグループは分かれちゃうからしょうがないけど、内部でお互い仲悪い印象

 

__

 

こんな分かりづらい意見聞いてもらえて嬉しいのでもう少し書かせてくれ

 

差別の話

差別なんかで

差別をする人を叩くのは差別か?(是か非か?)」

みたいな話がたまに出るんだが、あれの考え方もこの話に似てる

 

異質許容タイプってのはおそらく、世界一貫性を持った小さいルールベース理解したいタイプ

差別はいけない」を「グループを作って排除する行為」と捉えている

そのため「差別するもの差別する」という行為が頭の中で矛盾してバグる

差別もっと深掘りすれば「肌の色で差別してはいけない」「性別差別してはいけない」みたいな社会共通認識があるが

何故それが特別化理解できないので、異質許容タイプは受け入れられない

 

一方同質化側は、「差別」を特別ななにか(例外)だと脳内定義できている

なのでこちらは「差別するもの差別する」に矛盾が起きない

(ただ、「それは差別だ/差別じゃない」に揺れがあるのでボーダーライン矛盾を起こす)

 

この両者は根本から考え方が異なるため会話するとぶっ壊れる

(どちらが良いという話ではなく、会話がぶっ壊れる理由の話)

 

嫌韓とその他の事象の関連性

 

1.同質化タイプ外国人排除タイプ

2.同質化が嫌いで、異質許容を同質化したいタイプ不寛容排除タイプ=寛容同質化タイプ

3.同質化が嫌いだが、異質許容を異質許容するタイプ(関わりたくないタイプ

 

きっかはいくつかの韓国から干渉

それをもとに3タイプの人が嫌韓になったが、結局別々の道を辿っている

実は1は少なく、その後攻撃的になったのが2だと思う

 

2のタイプは他でも同じ事象が起きていると思う

最近所謂フェミニストへの反発や、何か立法制限を加えるといったときに反発するのが2だ

(これについては名前ついてそう)

 

くそういう一群を指して「あいつら」とか言われるのは、思考タイプが同じだからではないだろうか

 

別の説明の仕方

 

定義ベース思考 vs ルールベース思考

干渉タイプ vs 不干渉タイプ

と言ってもいいかもしれない、それぞれ微妙意味が違うが

 

ルール vs 定義は話が平行線になる」と言ったほうが説明やすいかもしれない

お互いにお互いが矛盾しているか悪魔に見えることだろう

 

結局議論収束させるには

 

定義ルールを一旦なしにしてゼロベースで語るべきだけど

閉じた集団ならいざしらず社会レベル世界レベルでそれをやるのはまず不可能

まり皆が飽きるまで永遠に燃え続ける話題がいくつか存在している

2018-10-17

主人公馬鹿すぎる漫画が読めない

anond:20181016205553

すげぇ分かる。逆のベクトルで分かる。

俺がワールドトリガーが好きな理由は、主人公を含めて主要登場人物論理的に、頭を使って戦いを展開して、無駄な事、馬鹿気た事、愚かな事は基本的にしないからだと言える。多少の浮き沈みや、大きな失敗があっても、前を見てロジカルに状況に対処自分を成長させていくキャラクタが多いほどいい。

感情が赴くままに、最悪の判断をしては味方をピンチに追いやったりすると、かなりメンタルゲージが下がる。精神的に弱すぎる奴も同じ理由ダメ典型的絶対ダメ主人公が、幕ノ内一歩(はじめの一歩)。突出するな退けと言われてんのに突っ込んで味方の犠牲を増やす奴とか、死んで主人公が変わんねーかなと思うし、考えなしの脳筋とか生きてる価値あんの?って感じになる。

ワールドトリガーは、登場人物組織的規律個人の安定感が気持ちいい。

2018-10-16

anond:20180809163402

そんな生活シェアなんてうまくいくわけないよ

上下関係つけて多少の規律あるようにしなきゃ

昭和時代は書生さんを自宅に住まわせて生活の面倒をみてやってたろ

今でもたまにそういう教授弟子関係を見るけどなかなかいいもんだよ

2018-10-10

自分メリットがない表現規制なんか賛成するわけがない

キャラ議論話題である

ただ、分かりきったこであるが人というのはメリットがないものに賛成してくれるわけがないということだ。

その表現規制を賛成することで別の快楽(顔が良くなるだとか、モテるだとか、カネがたくさん入ってくる)とかそういうのがあれば別に賛成してくれるだろう。

しかし、あくまでも社会が豊かになるだとかそんな次元の話で賛成など得られるわけがない。

社会規律などの議論というのは一部の人間を除いて好きなものではない。

そんなものよりも気持ちよくなれるものを寄越せということだ。

結局、どこまで快楽が得られるかという次元の話を人々は好むのだ。

自分もそんな人間の一人である

表現規制をすることで如何に快楽が得られるかというのを提示できない限り色々と揉めることは続くのだろう。

2018-09-20

anond:20180919161819

自分自分で守る術も知らない人が留学なんか行かない方が良かったのでは?

例え規律完璧に守っていなくても、音楽やらは流したり大声で話したりはしてないんだろ?

それでも煩いと思ってしまってた訳だろ?部屋を移動を申し出たり、ホームステイホテルには行かないを選択したんだろ?

ならそれらをまず認めろよ。

一方的にあらゆる人を責め立てるから事が大きくなったんだろ。

あんた多分上手い生き方が出来ないんだろうけど、そんなんじゃ日本の身近なコミュニティ内でもまともに生きられねーんじゃねぇかな。

相手が悪い相手が悪い自分は悪くないってメンヘラかよ。眠れないのもそのせいじゃねーの?

日本人の質が問われるから辞めてくれ。

ルール規律だって、行き過ぎてるよ。

ルールを守れない人も居るかもしれない環境での自衛が出来なきゃ。妥協するのもひとつだと思う。

自分が何が悪かったかなんて考えもしないんだろうな。

2018-09-17

anond:20180917153110

Google的な文化一見自由に見えながらも、自由意思で選択していると思わされる方向へ向いている。

マクドナルドが、椅子を硬くしたり、冷房を強めて回転率をあげる(秩序を作る)みたいな世界

 

一方、「怒る」タイプ規律訓練により秩序を作り上げる世界だ。

 

どちらが正しいとか言いたいんじゃなく、( 時代は前者の方へシフトしているが )なるべくどちらの世界観でも少し距離を取り、意識的対処できるのが良いと考えている。

その点が、反論したいところだったのだ。

2018-09-11

ドイツ代表ロイス、W杯での“プレステやりすぎ”批判反論規律面の問題はなかった」

なんとなく、これがswitchだったらはてな民が嬉しがって任天堂最強伝説にまたひとつとか、ネトウヨみたいにすごいすごいと浮かれたんだろうなと思った。

2018-09-04

anond:20180904175907

一部は理解していただいたみたいだけど全く言いたいことが伝わってないな

財務省未来を考えてプライマリーバランスの均衡を目指しているわけではなく、

彼らの仕事プライマリーバランスの均衡というだけだ

それによって国がどういう形になろうが、それは関係ない

彼らが悪者というわけではなく、彼らの職域はそこまで及んでいないというだけ

日本未来を明るいものにするという任務財務省がになったらおかしなことになる

財政規律第一に考える閣僚がいて、そういうもの財務省に近づく。

あるいは、財務省の支持を得ている政治家財政規律を謳う。

財政拡大論者を財務省が徹底的に叩くのは、彼らの仕事がまさにそれだから

日銀もそういう考えだったけど、黒田が破った。功罪はもちろんそれぞれある。

2018-08-28

徒手格闘を習ってみたい

理由は、注意と集中の理想的コントロールを体得するのに最適っぽいから。

てか、それが身につかないうちは絶対試合に勝てないでしょ。

これ凄い分かりやす指標


問題は何を習うか。

選ぶ基準としては、

この基準だと、やっぱ中国武術太極拳とか八卦掌とか、何かの柔術系とかになるのかな?

他にオススメあったら教えて。

合気道以外で。

2018-08-26

anond:20180826215744

規律問題

ルールルールから守らなくてはならないわけで、同じルールを守ることで共同体の中にいる人間は仲間と認識するから

2018-08-17

警察はいつか留置所から犯人を逃がすと思ってたよ

勤務時間中に制服を着てコンビニで買い物を楽しんでもいいとか民間人のふりをしてネットOKしろOKしろ工作してる集団からなあ

風紀が乱れまくり 

一歩譲ってコンビニで飯を調達するのが正しいとしても、それ制服を着て言うべきだろう

規律グダグダになってる

anond:20180817001617

経済政策が一番の理由だろ

自民党、というかアベ政権以外に金融緩和財政出動をやると言う政権がない

自民でも石破だの小泉だのはみんな緊縮派

財政規律を正して、ムダな出費をカットすることで、国民安心して財布の紐緩み経済が回るという、

日本以外ではトンデモ経済理論としか言われない政策を平然と公約に掲げている

その他、野党大同小異。緊縮路線に違いはない。

サマータイムエネルギー問題憲法9条も、現実生活の前では瑣末な話でしかない

この長く続くデフレが終わることによって、社会の様々な問題自然と解消していく

自民党支持の全ては経済問題と、それに対するマシな処方箋に由来しているよ

2018-08-16

なぜ同性婚は良くて兄弟動物未成年との結婚ダメなのか?

杉田水脈論文が叩かれてて、タイトルに書いた杉田水脈の素朴な疑問に対して

「いや、そんなの違うに決まってんだろ」と一蹴してる人が多いけど、具体的にどう違うかの説明を読んだことが無い。

ってことで個人的に色々考えてみて、以下の結論に至った。


論理的同性愛近親相姦等を区別しようとすると、行き着く先は杉田水脈の発想と同じにならざるを得ない

なぜなら論理的区別することはできないから。従って、論理的には杉田水脈の疑問は正しいと認めるべき。

そもそも同性愛社会的に認めるべきなのは論理的に正しいからではない

多くの人が、同性愛者の人達立場や心情に共感し、それを認めないのはかわいそうだと感じ、

それを認めても弊害は大して無い、あるいは弊害を許容してでもやるべきだと"思う"からやるもの

そしてそれこそが正しい。

・なぜなら、誰を助けるべきか、何を認めるべきかといった倫理は、我々が日常生活で感じている

「この人達はかわいそう、認めてあげるべき」という憐れみから個別的ものとして立ち上がってくるものから

社会における倫理規律みたいなものは、これまでそうやって少しずつ拡大してきた(はず)。


ということで、「同性婚が良いなら近親相姦動物婚もよくなるのでは?」という論理的な疑問に対して、

それとは全然違うと論理的区別を付けることはできないし、区別すべきでもないと思う。

2018-08-11

anond:20180811100035

日本には「お天道様が見ている」という分かりやす規律があるよ。

神なき国の倫理

 ヨーロッパの町の中心には必ず教会がある。教会の鐘の聞こえる範囲教区と言い、キリスト教における統治の最少単位だったからだ。

 朝な夕なに聞こえる鐘の音、そして町のどこからでも見える教会尖塔、それこそがコミュニティ象徴だった。

 かつてのキリスト教会は行政機関であり、司法機関であり、軍隊であり、教育機関であり、医療機関であり、福祉機関であった。

 そして何よりも思想の中心であった。

 人々は己の知的能力を超える判断を迫られた時には、「神の御心に沿うかどうか」と己に問いかければ良かった。あるいは聖書を開き、あるいは聖職者に問うた。

 とにかく、聖書という明文化した規律があった。

 神の御心にさえ沿っていれば、理不尽要求を突っぱねようが、相手を怒らようが、死後に天国に迎えられるのは自分である

 現代ではどうだろうか。街が発展して行く中で、中心にあるのは行政機関か、高層ビルディングかか、大規模なショッピングセンターか、資本主義社会にふさわしい姿に変容しているだろう。

 しかし、欧米人の心の中心にはいまだにキリスト教がそびえ立っている。町中のどこからでも見え、目を背けていても鐘の音存在を知らせる、教会尖塔のように。

 これは欧米人の全てがキリスト教教義に従って生きている、と言う意味ではない。生きて行く上でキリスト教という存在対峙しなければならないのだ。

 Christian=キリスト者としてキリスト教教義に沿って生きるか、他の宗教信仰するか、無神論あるいは他の思想信条信仰するか、あるいは無視するか。

 おのれの精神立ち位置を決定することを強いられるのだ。そして彼らは自分選択した思想に沿って生きて行く。

 さて、翻って本邦ではどうだろうか。信仰教育が分離されて久しい現代日本では自分はナニナニ教を信仰している、と明言できる人はかなり少数派なのではなかろうか。

 むしろ明言できる人はおかし思想押し付けてくる人、と言うイメージさえあり、何かしら信仰していたとしても、自分から言いにくい空気すらある。

 中には「無神論です」などと知った顔で言う御仁もおられるが、無神論というのはある種の信仰であり、理論武装必要な類である

 では、そんな曖昧な、信仰を持たないものをなんというか。「無信仰者」である。ちなみにこれはキリスト教圏であれ、イスラム教圏であれ、信仰の篤い社会では最大級軽蔑を受ける。

 さて、そんな「無信仰者」が多数派となった本邦において、己の能力を超えた判断を迫られた時には、何を基準にすればいいのだろうか。

 もうおわかりだろう。

「みんなと同じ」

 である。とりあえず周りと合わせておけばいい。周り、と言ってもごく狭い範囲、顔見知りのレベルである

 みんなが万引きするから自分万引きする。

 みんながいじめから自分いじめる。

 みんなが残業するから自分残業する。

 みんながキックバックを受け取っているか自分キックバックを受け取る。

 ……

 倫理法律もあったものではない。

 そしてもう一つ。

「怒られたくない」

 である。とにかく怒られるのが怖い。否、怒られた時に思想、あるいは倫理といった、精神背骨がない。だから声の大きなものが押し通ってしまう。

 日本を滅ぼすのは、この思想のなさかもしれない。

2018-08-06

anond:20180806090110

関が原や第二次大戦のほうが古代よりは遥かに軍の統制が取れてるので比べる意味はある。

ていうか

二次大戦研究によると、近代的な規律の保たれた軍隊でも死傷4割を越えれば戦闘活動不可能だったとされている

って書いてあるんだから筆者の比較意図がわかるだろ

まともに問題文読めるようになってから出直せアホ

2018-08-05

キングダム原泰久のココが酷い

漫画表現からというのを差し引いて考えても、原さんの漫画には常識概念がなさすぎて酷い

漫画から史実通り、白起が趙軍実質的に終わらせてるから、完全楽勝モードだったと表現する必要はないが

ヤンジャン読み始めて3年くらいになるけど、原さんがアホすぎてもうついて行けないと思い始めている

キングダムではワープ常識

ヤンジャン読者の間では有名な話だが原さんには地理感が全くない。

距離が分からないのか地図が読めないのか知らんが、展開の都合の為なら、敵軍が味方の後背に急遽ワープすることも普通だ。

当然、何の説明もない。まぁ出来るはずもないんだがw

黒曜編などはその典型で、見渡す限りの湿地森林帯で都合よく大軍が展開できる場所対峙する秦軍の後輩に李牧がワープしてくる

敵の後背を突くために、敵の索敵を交わしながら、大軍の進軍に時間のかかる湿地森林帯を、補給線を確保しながら迂回しなくてはいけないはずだが

何故それが可能になったのかという説明もなく、ご都合主義で無茶したもんだから大いに批判された

http://mudasure.com/blog-entry-2366.html

https://ailbainpro.com/kingdom/post-1730

キングダムでは瞬間移動も常識

なんせ、千単位人間対峙している敵軍の目に触れる事無く突如現れる位は、普通にやってのける

下で触れられてる場面だけではない。しょっちゅうこの手の無茶をする

http://mykit.pw/matome/2801882646879623757

キングダムでは死者数など関係ない

日本戦国時代の著名な川中島の合戦の死傷率は双方20%~30%程度であったとか

関が原も両軍合わせて8万程度が参加して、8千人程度の死者数だったという研究がある

二次大戦研究によると、近代的な規律の保たれた軍隊でも死傷4割を越えれば戦闘活動不可能だったとされている

ところがキングダムでは、半分以下になっても戦闘を行える。

もともと何万人もいた軍隊が5000人程度になっても、最後には変わらず一騎打ちで勝った方が総取りとかいう展開に何故かなる。

もはや最近は読者も呆れていて、幾ら原でも史実にない事は出来ないだろうという事だけが信頼の置き所になってる始末だw

http://www.saikyo-jump.com/archives/53893059.html

キングダム世界軍隊アンデッド

これらを考えると、キングダム世界将軍は数万単位アンデッドを即時召喚できるネクロマンサー同士の戦いという事になるだろう

ネクロマンサーが魔法ワープして、ワープした先で大軍召喚すれば地理概念など要らないし

アンデッドから食べないか補給線など考える必要もなく、何人倒されても士気が下がったり指揮系統が崩れて戦闘継続不可能になる事もない

将軍たちは、あの時代では最も優秀なネクロマンサーだった、という事だろうw

売り上げも爆下げだし、そろそろ筆を折ってはどうだ?大きすぎる矛盾を抑えて描くの無理だろ?

2018-08-01

anond:20180801205502

かにそれはウザいな

集団規律にうるさい仕切り屋タイプ

異性のようだから好意の裏返しと取れなくもない

たまにいる 失礼な態度を親しさと勘違いしているタイプ

2018-07-31

anond:20180731185218

公平性が歩かないかだ

独裁でも規律を重んじるキングならば住み心地は悪くない

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