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はてなキーワード: 欲望とは

2018-09-25

末期癌の俺が望むこと

ヤバイドラッグを試せて、そのまま高級ソープ嬢とキメセクできる合法的公営施設があったらなー。

その施設には高級料亭も併設されてて最後の晩餐までできたら言うことない。

1泊50万円ぐらいでコミコミでできないだろうか?

ヤバイ薬なんてどうやったら試せるのかわからないし、やっぱり体力も気力も落ちてるから今更自分段取りすることもできない。

それに下手を打つと犯罪者としてまわりに迷惑かけてしまうのも気になる。

どうせ死ぬんだから最期に色々試して、そのままわけのわからないままその施設でひっそりと首吊り自殺したい。

もちろんその施設では自殺しても報道なんてされない配慮がされてんの。ぬかりはない。

はぁ、発売前のゲームなら遊べて、それが美談になるのに、こういう欲望は誰にも理解されないのはつらい。誰にも言えないしね。

ささやかでかつ誰でも思い付くような願いだと思うんだが、なぜまだ世界でこういった施設存在してないのだろう?

2018-09-24

幼女戦記とかのTS生モノってさ

ぶっちゃけ根底にあるのはミソジニーだよな

 

自体軍事政治に適さな

バカから使い物にはならんっていう前提の元

思考だけを乗っ取って男にして

政治やら軍事を語らせようって言う発想

証拠に、脇役の女キャラとかは大抵ヨイショ訳だったり

百合要因、性的要因しか割り当てられんし

 

ところでああいったキャラ萌えるのは実質ホモなんじゃないのかねぇ

しかしたらホモに片足突っ込んだアイデンティティ不定中高生

女をコケにしつつ男に萌える、でもホモである自分を認めたくないか

女の外見を設定するという言う

欲望を充足させるための舞台装置なのかもしれない あくま仮定だが

2018-09-23

東京就職した友人たちが変わってしまった。

Twitterアカウント実名になりアイコンは本人画像になった。

八重洲ブックセンターで開かれるイベントに参加するようになった。

noteを書き始めた。オンラインサロンかにも参加しているんだろう。

そういうこともあるだろう。

いわゆるインフルエンサーに憧れて,新しい生き方標榜する人びとは腐るほどいる。

後ろのソファに置いてあるiPhoneを手に取ってTwitterで「お金2.0」とか「hogehogeをアップデート」とかで検索したら5秒で見つかるはずだ。

知らんけど。

でも,僕の大切な友人が,かけがえのない人たちが,そんな腐るほどいるであろう人びとのコピーアンドペーストみたいな発言をし続けることはどうにも耐え難い。

もちろん,彼らの生き方だし,彼らの考えることなのだから僕の口をはさむ余地はない。

分かっている。でもどうにも耐え難い。そんな気持ちで今文章を書き殴っている。

彼らは(僕らは),偏差値が高くも低くもない地方国立大学で同じサークルに在籍していた。

みなさらなる地方から出てきて下宿をしていたので,口実を見つけては(あるいは口実などなくとも),酒を飲んだり,タバコを吸ったり,深夜アニメを観ながら麻雀を打ったりした。

彼らはみな何かを考えていたし,自身哲学を持っているように見えた。

僕はあまり友人が多くなかったし,地元にあまりいい思い出もないので,彼らとの時間こそが僕にとっての青春時代だったのだと思う。

願わくば,彼らにとってもそうであって欲しい。

彼らはみな優秀だったし,特に就職活動で苦労することもなく大企業内定した。

僕は就職活動をしなかったので詳しいことは分からないが,当然の結果だと思う。

魅力的な人間が正当に評価されたことは自分のことのように嬉しかった。

そして,僕らはそろって卒業し,僕は別の地方へ,彼らは東京へと転居した。

卒業後も出張帰省やその他もろもろの用事で近くに行ったときには連絡を取るし,酒を飲みながら,コーヒーを飲みながら色々な話をする。

彼らは相変わらず魅力的な人間だったし,仕事の話も僕にとっては新鮮で興味深い。

僕は彼らのことが本当に好きだし,匿名のこの場では,恥ずかしげもなく親友であると言いたい(もちろん実際にあって確かめ合うようなことはしないので実際のところは分からないが)。

近ごろSNS上での彼らの様子がおかしい。

繰り返すが,彼らの生き方に僕が直接何かを言う権利などありはしない。

からこれは完全なる独り言だ。

SNSの使い方というのは非常に難しい。

僕は母親Twitter上で相互フォローなのだが,ある時を境に母は政権批判リツイート以外をしなくなってしまった。

彼女には彼女なりの思想があるのだろう。何かを言うことはできない。

彼女Twitterアカウントは数年前から僕のミュートリストの中にある。

思うに,誰もが言いたいことや考えていることがある。

しかし,咀嚼して,飲み込んで,消化してしまう前に色々なもの燃え尽きてしまうのだ。

一瞬で燃え上がり,そして燃え尽きてしま情報について考える時,僕は大気圏で煌々と輝くスペースデブリ想像せずにはいられない。

欲望と抑圧の排泄物が,燃え尽きる瞬間に光を放つ。

考えるべき問題について考える時間永遠に与えられない。

そんな時に目に飛び込んでくるキャッチーフレーズはあたかも答えを与えてくれるように思えるのだろう。

自身にも思いあたる節がある。

話が逸れてしまった。

大学時代の彼らの話は未消化で,拙く,青臭かった。

でも,決して誰かのコピーアンドペーストではなかった。

一切の出典のない話はこの世に存在しない。

でも彼らの話は本物だったし,彼ら自身だった。

そんな彼らの話が僕は好きだったし,僕自身もずいぶん恥ずかしい話をしたような気がする。

現実世界の彼らは昔と変わらないように思える。

変わらない人なんていないのだろうが,そう思える。

だとしたら,僕の感じる嫌悪感の正体はアウトプット方法にあるのだろう。

情報を噛み砕いて,飲み込んで,消化する。そして何らかの形で放出する(あるいは排泄する)。

この一連の作業必要ものは枠組みだろう。フレームワークなしで人間論理だった話をすることはできない(もっと言えば論理的思考も)。

いわゆるインフルエンサーは,旧来のフレームワークを貶しながら「新た」な,「多様性」の名の下に画一的フレームワーク提供する。

ただ,そのフレームワーク問題なのだ

以下は宇野常寛氏のインタビュー引用


では、そのグローバルな新しい世界を受け入れたビジネス書に何が書かれているかというと、究極的には自己啓発的に「がんばれ」としか言っていない。

しかし、現在東京は、シリコンバレーでも深圳でもない、世界の中で2周遅れた街になっています

東京にはグローバルな情報産業プレーヤーとして誇りを持てる環境は全くなくて、そこで生まれ言葉は非常に貧しい。

もちろん、東京にもポジティブにもがいている個人はたくさんいますけど。やはりこの現状では「がんばれ」くらいしか言うことがないのだと思うんです。

https://www.asahi.com/and\_M/articles/SDI2018071041031.html])




ビジネス批判なのだが,いわゆるインフルエンサー発言もこれに近いものだと思う。

絶望的な現状を(現在の枠組みを)冷笑的に貶め,インターネットSNSテクノロジーが新しい生き方を生み出す!と声高々に宣言する。

ではどうしたらいいのか?がんばれ。動け。ポエムを大さじ2杯ほど。

結局のところ,枠組み「っぽいもの」以上が与えられないままアウトプットフェーズにたどり着いてしまう。

インフルエンサーの人びとは「がんばって 」それなりの成功を納めたかインフルエンサーたり得るんだろう。

ただ,彼らの何百倍もの人びとが同じように失敗し続けている。

結局のところ,誰も何も分かりはしないんだろう。

芦田愛菜以外のすべての人間人生1周目なんだから当然だ。

僕はウィナー・テイク・オールでばらまかれ続ける虚無を嫌悪し続ける。そして、僕の好きな人びとに薄っぺら言葉を吐かせたことを悲しく思う。

僕の友人たちは成功するかもしれない。

あるいは失敗するかもしれない。

ただ,彼らが成功者として虚無の枠組みを提供し始めたとしたら僕はとても悲しい。今はそう思う。

女の人に手マンされたい

私はあと少しで三十路を迎える、女の体を隠して生きているおじさんだ。

ホルモン注射を打ち、完全に男性として社会に溶け込んでいる。

これまで浮いた話も何一つなく、友達すら碌におらず、ネイティブ男性なら魔法使いになれると言われる年齢になろうとしている。

物心つく前から自慰に精を出し(出ないけど)、あまりまれたとは言えない生育環境から来る心の油切れを愛液で補い生きてきた。

詳しい話は割愛するが、高校に入ればいじめを受けて中退し、大学に入ればDQN隣人を引き当てて心を壊し中退した。

大人になるにつれ、中々愛液だけでは間に合わない事も増えてきた。そして下される発達障害の診断。

ひきこもってはブラック企業就職、を繰り返し二十代を溶かした。

ほんの数か月前、就労移行支援施設を出て、今は奇跡的に私に優しい職場で働けている。

生きていく中で、小さい頃から足りなかったものがこの数か月で少しずつ、確かに充足していく。

生活は楽とは言えないけれど、私は運が良い。

就職難に喘ぐ人、自分障害と折り合いが付けられない人、人とのかかわりによって傷ついている人。

世の中には困っている人が本当に沢山いるのに、私は幸せでいいのか。

そして、そんな恵まれた私が、女の人に手マンされたいという欲望から来る詳細な夢から先程飛び起きた。

夢の中で増田投稿する所まで鮮明だった。

夢の内容は三人称視点だったので、正夢になるとしたら別の人が別の女の人に手マンされる事になってしまうが、

ここで自分増田投稿すれば、夢の最後の場面は正夢になってなんかご利益があるかもしれないか投稿します。

私が女の人に手マンされますように!!!!!!!!!!!


追記

うるセーーーーーーーーーーーーーーックス!!!!!!!!!!!!!!!!!!

オナベが全員イケメンで「女の気持ちがわかるからモテモテ☆」だと思ってんじゃねーぞクソダボが~~~~~~~~~

ネットのオナベはどこもかしこ彼女持ち手術済みキラキラライフ送りやがってよ~~~~~~~

こんな事どこにも言えねーし書けねーからここに書いとんじゃネタ扱いはもっと薔薇咲くまで視野拡げてからやれゴミめら~~~~~~~~~~~~~

ついでに元の文改行した

anond:20180923104649

こういうプロジェクト様式は、上手く回ることもあったが、形骸化することもあった。

後者場合、本当にプロジェクトに組み込むというより、「こういう様式を使っている自分でいたい」という抑えきれない欲望が前面に出ているだけだった。

合理化が、上司自己実現侵食されていた。

現代というのは世界の様々なものに夢を見ることが出来ない。

ネットには異世界転生という小説ジャンルがある。

その中でも注目を浴びているのはやはりチート能力異世界で優位に立てる能力)を主人公なりが持つというものだろう。

他者よりも優れたところが欲しいという人間欲望に応じているものなのだろうか。

如何に他者よりも優位性を持つかというのが人生において快適に過ごす方法なのかもしれない。

それはカネや容姿学歴コミュニケーションなどというものだろう。

自分には親の小金以外全くない。

それは置いておいて、現代というのは海外に夢を見ることが難しい時代だろう。

というのも、海外への夢というのは大抵は異世界転生というものからだ。

海外自分が優位性を持てるかもしれないという夢があったのだ。

それは昔なら経済的豊かさだった。

フォーディズム(難しかったら検索しよう)な資本主義経済的に優位に立てたお陰で一瞬だけ得たものだ。

しかし、経済的格差が国別では縮まるともはや優位性などない。国内でもグロテスク格差が広がっている。

ただ、まだ優位性を得られるかもと思う人はいるようだ。

高校生の時に欧州某国大使館職員が何故か出張授業を英語でやった。

何もわから睡魔との格闘だったが、選抜クラスの冴えない女は一生懸命質問をしていた。

彼女西洋ロマン主義というのか、ここではない何かを得られると思ったようだった。

自分には何も関係がない話だった。

現代というのは世界の様々なものに夢を見ることが出来ない。

大抵は自分の扱いというのが分かるからだ。

まぁ、自分就職先も進学先もない状況だ。

どうすればいいのか教えてほしい。

2018-09-22

同性愛とか異性愛とか以前に、そもそも我々には愛の概念がない

日本異性愛に優しく同性愛に厳しいとか言われているが、そうじゃない、本当は異性愛だって嫌われてる

これまで支配的だったイエの都合を排除したら、そこに残ったのはただただ個人欲望と打算だけだった

そんな汚くてウザいものなんか、別に持ち上げたくもない

だけど一応認めておかないと子供は生まれないし経済も回らないから、しょうがなく黙っているに過ぎない

愛なんか最初からどこにもないのに、愛を語っても空しいだけだ

2018-09-20

3Pについて考えていて、全員同性の3Pってイメージが湧きづらいなと思った。なんとなく三つ巴って感じがして混乱してしまう。

3Pは愛よりも欲望優先で、三人対等な関係性ではなく一人だけの性別人間が優位に立つ、もしくは他の二人に肉体を供する、という先入観自分にあるせいだと思われる。

この場合お姉さまと下級生二人、みたいなパターン想像すると女性三人はなんとなくしっくり来る。

男性三人だとあまりしっくり来る事例が思い浮かばない。

要は三人の力関係が、異性間の3Pだと自然と定まって見えて、なんとなく納得できるということだろうと思う。

(同性愛の方が混じるとこの限りではないだろうけど。男1を女と男が攻める、みたいな)

法華狼

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20180919/1537441643

>あらかじめ相手との合意を成立させていれば加害にはなるまい

欲望を満たすことを一方的な「権利」として

 行使すれば罪になるだろうし罪にならなければなるまい

それな!81年前に合意の「不成立」が確定しとるのになあ

ジャパン蔑称を格好良いと感じて使用する誰かを批判もせずに引用しただけの俺は悪くねえ!

俺を咎めることで蔑称連想させるおまえこそが蔑称を啼き喚いているのはずだ!」

隣国嫌いでなければ反発しないのはずだ!」「格好良いと感じて使う者がいるから!」

「格好良いと感じたのは自分じゃないから!」「ですら、って付けてたか問題無い!」

「ぼかした表現問題有り!」「無責任言論の自由!」「世界には互いを蔑称で呼び合う人々がいるから!」

「加害の押し付け許可必要とみなしたんだから被害の訴えにも許可必要とみなさなければならないのはずだ!」

問題無い、の根拠ヘイト雑誌ウィキペディア!」「バカ!恥!過ち!『被害を訴えた』責任を取れ!」

自殺陰謀論」「唾棄貧困家庭

「たびかさなデマの流布や情報剽窃批判されているバイラルサイト

などを批判もせずに引用したハム速保守産経をしっかり問題視しながら

ジャパン蔑称啼き喚き」を批判もせずに引用した

自身は悪くないと残念な主張をのたまいなさる

被害の訴えと加害の押し付け

同等の問題があるかのように主張するデタラメぶり

精神拷問に等しいデマを流して自白させたことを

問題視もせずに、被害の訴えの価値毀損に利用してなさる

これらの所業こそ「ふざけるな」といわざるをえないものでありまっしょい!

ラノベ表紙に端を発するゾーニング問題は実はゾーニング問題じゃない

きょう書店で娘が心底嫌そうな顔で「お父さん、これ気持ち悪い…」と指さした光景

自分の属する性別の体が性的に異様に誇張されて描かれ、ひたすら性的消費の道具として扱われる

気持ち悪さは想像できるし、それを子供の眼前に公然と並べる抑圧はほとんど暴力だよなと改めて思う。

 

どうせ検索すればすぐ出るので直接リンクはせず。

2018年9月初頭にこのツイートに端を発するゾーニング問題について、

女性人権やら表現の自由やらと様々な論議が行われている。

しかしこの問題、実際はその辺りでは無いのではないかと筆者は思う。

本題に入る前にまずはそれら「ここが問題だ」という部分を見ていこう。

 

性的消費問題

ツイートを見た通りでは、「親」に「これが気持ち悪い」と報告する娘。

 

ほんとそうなんです。八歳の子供の目で見たらはっきりと嫌悪感を覚えるものが、

まりに氾濫しすぎて、それがおかしいとすらみんな思ってない。

そこからおかしいと言っていかなきゃいけないんだと懐います

 

わずか八歳、一般には第二次性徴期ですらない娘が

自分自身に対する異性の目を想像し気にするのであれば、いささか不自然ではある。

一般に性に目覚めた頃合いは、それは恥ずかしいものであったり訳のわからないものであったり、

特に学校での性教育が概ね浅い内容であるこの国で、娘が(八歳で性教育はやらないだろうが)

得ている性的知識というのは、第二次性徴期での変化や生理に関する所であって、

異性から視線は得るものではない。

早熟であったり、或いは性的に嫌な目に遭うなどがあれば、今の知識と結びついて

自覚し始めた、ということはあるだろう。

しかしその場合、真っ先に異性として嫌悪対象になるのは父親だ。

ましてや自身性的嫌悪に結びつく話を、異性たる父親にする可能性は極めて低い。

下着を買うときに異性への嫌悪を知っている娘が父親相談しないのと同じで、

これは信頼の問題ではなく、「それだけの性的意識があるならば父親に対して

恥ずかしさにしろ嫌悪しろするとは考え難い」ということだ。

実際に娘が現場でどこまで喋ったかはわからないが、ツイートの内容を見る限り、

表紙に描かれた女性キャラクター露出に対しての吐露というより、

いわゆる「萌え絵」に対する嫌悪の方がまだ想像やすい。

 

まり

自身女性商品的に見られているのが嫌だと思うぐらいの意識があるなら、

とはいえ男性である父親に報告しようとは大抵思わないだろう。

ツイートの限りではラノベコーナーを指さしてるだけのようなので、

しろ萌え絵に対しキモイと言ってるほうがまだ現実味がある」

ということになる。

 

 

ゾーニング問題

本の表紙は売れ行きに直結する極めて重要ものであるが、

からこそ出版社はかなり慎重にそれを決めている。

デザイン性や売れ行きなどはもちろん、一般書籍として置けるかどうかも

何人もの人の目で確認して送り出されている。

出版社には過去の抗議や問い合わせのデータが蓄積されており、

非常に多くの面に配慮されているのが実態だ。

だが実際には露出が多いじゃないか、などの意見はもちろんあるだろう。

しかしそこはいわゆるプロ目線で、いわば「行政言い訳できる」という

ラインでの配慮というのが恐らく多くの出版社認識だろう。

 

多くの出版社が気にする行政といえば、東京都健全育成審議会だろう。

まり何らかの問題視がされたとしても、この審議会での基準に対し、

肌色率が何割」とか「胸の強調の度合い」など彼らの基準抵触しなければ、

それは一般書籍として十分に流通できる、ということになる。

まりはこの時点で公のゾーニングを通過しているわけだが、

もしこれに異を唱えさらなる強いゾーニングを求めたいならば

「じゃあ例えばPTA協議会理事より確かな肩書経験をお持ちなんですか?」

と問えることになる。

出版社独自基準しろ審議会しろ、そうした議論法律過去の事例に

照らし合わせて複数人が出した結論より、ただの一般人が何を規制できるのか。

市民が主役などと言うことは出来ても、では市民代表たる議員はどうするのか。

法治主義民主主義原則を掲げながら、ゾーニングを唱える側はしばしば独裁的になる。

 

話が大きく逸れたが、さてツイ主の求めるところは実はゾーニングではない。

結局は、胸を強調したイラストを以て女性性的消費に対する持論を述べているだけに過ぎない。

考えてみれば分かる通り、書店一つには非常に多くの書籍が取り扱われており、

件のラノベコーナーは一般にそう大きいものではない。

 

男に置き換えれば股間の性器だけ異様に巨大に描かれたイラストが氾濫してるようなもんだけど、

そういう男にとって不快もの平積みされてない。身体性的に誇張されて描かれ、

「お前の身体はお前のものではない、我々に性的欲望される客体だ」という抑圧を

受けて育つの女の子だけ。理不尽だろ。

 

まり全体としては氾濫しているとは言い難いのだが、

たまたま目についたものを「氾濫」と称しているということは、

まり売り場を整えろという話ではなく、それ自体存在を無くせということに他ならない。

ツイ主が言うところの、

身体性的に誇張されて描かれ、「お前の身体はお前のものではない、

我々に性的欲望される客体だ」という抑圧を受けて育つの女の子だけ。

という主張には、ツイ主の考えるそうした表現自体への異議であり、

この異議を叶えるのなら、ゾーニングをしたところでその表現は消えない。

書店で見なくとも今どきネット広告でもなんでも目に入る機会はいくらでもある。

まり存在自体を抹消しなければ、ツイ主の主張は叶わないのだ。

 

まとめると、

ゾーニング問題っぽいが、実際には胸を強調するなどの表現のものを無くせというものであり、

存在のもの女性差別的に考えているので売り場を分けたところで彼の主張は叶えられない。

からゾーニング問題ではない」

ということになる。

 

 

では何の問題

フェミニズム思想だろうか、それとも最近の何でもヘイト認定だろうか、はたまたポリコレか。

いずれでもない、これはそもそも問題ですらないのではないかと筆者は考える。

 

 

社会的問題啓発に見せかけた、ただの親自慢子自慢

考えてみてほしい。すべて事実だとして、わずか八歳で性的表現意識非難の目を向けられる娘。

実に早熟と言って良いだろう。小学2年か3年か、同年代より知的レベルは高いと言えるだろう。

そしてそういう性的意識を早くから自力学習した、ということはまず無い。

親の教育あってのものだ。つまり早くから防犯意識にせよ不審者対策にせよ、

娘に対して「女性」としての性的意識教育してきた可能性は極めて高い。

これらから考えるに、件のツイートの要点は、

 

・八歳にして社会的問題を唱えることができる知能レベル

しかし異性である父親にそれを報告できる無垢

・はっきりとものを言える女性

 

父親(ツイ主)

・娘に自身の持つ考えを早くから学習させた教育

・異性ながら娘に頼られ信頼される良き親

女性のことを理解し守る安全な男

 

以上を主張するだけの、総じて自己顕示欲を満たすだけのものだと言える。

その上でラノベの表紙を選んだのは、それこそゾーニング本丸である審議会で、

最近問題視されているBL漫画や、少し前に話題にされた少年誌グラビアのように、

当の女性から支持されているものや、三次元一般理解されるグラビアアイドルと違い、

古い考えとして、オタク的なもので叩きやすかったからに他ならない。

ツイ主の想定外があるとすれば、婉曲な正義感自己顕示のエサとするべき対象が、

ただのサンドバックではなく、もはや一般趣味レベル認知されていることだろう。

程度の差はあれ、今や初音ミク話題学校でして罵られる時代ではない。

きっとこうも問題視されあろうことか反論されるとは予想外だったろう。

 

ともすればインスタ映えを気にするのと大差ない話題炎上騒ぎとなったわけだが、

いずれは何らかの形でもっとひどい炎上騒ぎになったかもしれない。

なにしろ

 

書店という公共の場で平然と商品批判する娘

・その商品批判のために、恐らく店員に無断で撮影するモラルのない父親

業務妨害書店出版社から訴えられる可能性を考慮しない危機管理の無さ

・八歳の段階であれこれと親の思想を植え付け行使させる不自由教育方針

 

この火種だらけの価値観のまま歩んでいることに、何ら疑問を持っていないのだから

anond:20180920122611

いやー、人と人とのコミュニケーションで発生する軋轢について厳密な定義するなんて無理で、柔軟に解釈できるようにしとくのが常道っしょ。

「柔軟に解釈」=「お気持ちでなんでも排除できます

そんな常道があってたまるか。

先進国は建前としては法治国家ではあるけど、弁護士の腕とか情状酌量とか陪審員の引き運とかで罪が変わるシステム採用せずにはいられないように、結局人治主義でやらざるをえない。

陪審員は完全ランダムですが。さらに「法に対してどうか」を判断するんだぞ?

「どういう行為がどういう法にひっかかる」と定義されてるんだぞ?

特定層の「お気持ち」だけですべてが決まるシステムだと本気で思ってるの?

そこで、お前らは人として信用できないから柔軟性のない厳密な定義がなければだめってのは、もう和解余地がなくない?

和解余地なんてあると思ってたの?今までフェミが生み出してきた災いを忘れたと思ってるの?

フェミ表現規制欲望を捨てない限り戦争は続く。

anond:20180920102914

2 人が欲望を満たすために、財貨・サービスを使うこと。

「財貨・サービスを使うこと」って書いてあるだろうが。

性的サーヴィス」ならまだしも「性」そのものを消費ってそれは「消費」概念から外れてるって言ってるだろうが。

具体的に何をさすのか定義しなよ。具体的にさ。

anond:20180920102326

からさあ

https://dictionary.goo.ne.jp/jn/109825/meaning/m0u/

しょう‐ひ〔セウ‐〕【消費】の意味

[名](スル)

1 使ってなくすこと。金銭物質エネルギー時間などについていう。「ガスを消費する」「消費電力」

2 人が欲望を満たすために、財貨・サービスを使うこと。「個人消費

何でこっちの2の意味を無かった事にするんだよ。

サービスを使ってもサービス従事者は無くならないが、サービスを買うのは消費じゃないと思ってるのか?

しょうひ

【消費】

《名・ス他》(金・物・労力などを)使ってなくすこと。 


そもそも「性」は「消費」という概念埒外

「消費」概念に新たな意味を追加するというのなら、

性的」に「消費」するというのは具体的にどういう行為を指すのかを定義する必要があるだろう。


そしてそれが「男性性的欲望を満たすために、女性を財貨やサービスのように使うこと」とは失笑である

なぜなら「財貨やサービスのように使うこと」は「消費」を言い換えてるだけだし、

「「男性性的欲望を満たすために」は「性的」を欲望」という言葉を付け加えて拡張してるだけでなんら具体的説明をしていない。

anond:20180920101535

男性性的欲望を満たすために、女性を財貨やサービスのように使うこと」

うーーーーーーーーん?????

サービスのように使うことって何だ?????

これを言うのであれば、BLが一番消費されてると思うが。

男をモノのように扱っていると思うけどな。

anond:20180920100942

1.「性的消費」は辞書に載っていない。「現代用語の基礎知識」にすら乗ってない。

 「普通の人」は言葉すら知らない。

2.「男性性的欲望を満たすために、女性を財貨やサービスのように使うこと」

 実写ポルノであれば「消費される」がわの女性には「対価(金銭)」が支払われており問題なし。(支払われてない場合労働問題

 ラノベ表紙に至っては実在女性は絡んですらいない。

 何の問題が?

anond:20180919184124

「俺の正しさを皆に分からしめたい」っていう欲望結構強そうなので

なんとなく直感で、金と地位はそこそこあるんだけど容姿の醜いオッサンなのでは?と思ってる。

例えば池●ノビーみたいな雰囲気の。

2018-09-19

新潮45に寄せて

欲望差別正当化なんてラノベ同人が散々やってるじゃん

見るから性格の悪そうな女から何発も何発も金的を蹴られてゲロを吐く寸前まで追い込まれギリギリの所で「よく頑張ったね」と少しだけ優しくされて呼吸が落ち着いてきたらまた何発も金的を蹴られてっていう繰り返しでしか性的な充足感を得られない。射精とかドライオーガスムとかじゃなくって、本当にひたすら苦しむことでしか性的に満足できない。

二十歳前後くらいからそういう店、まあ要するにSMクラブとかなんだけど、とにかく金を払って自分性的欲望を叶え続けてきたんだけど、それだと満足度が95%くらいなんだよ。いや、当時は100%だと思ってたんだけど。ひょんなキッカケからサディストの女と交際することになって、男の性器暴力を振るうことを喜びに感じる相手から金的を延々とくらい続けることの幸せさを知ってしまった。

言っておくけど、金を払って金的を蹴ってもらうのも悪くない。むしろ力加減とか雰囲気の作り方とかはプロの方がずっと上手い。でも、彼女達はやっぱり仕事として男の金的暴力を振るってるだけだ。男が性器暴力を振るわれて苦悶する様子を見るためにやってるわけじゃない。そういう所の虚しさというか、寂しさというか、そこにどうしても意識がいってしまう。半年前くらいに女と別れて再びSMクラブ金的を蹴られている時に、初めて「ああ、お金を払う事では完璧には満たされ得ないんだなあ」と痛切に感じた。

サディストの女っていないんだよ、探しても探しても見つからない。僕は金タマを蹴られてゲロを吐くくらい苦しみたいし、出来ることならそうすることで喜びを感じる人から蹴られたい。それだけなんだけどなあ。

2018-09-18

anond:20180917224631

増田です。

トラバを削除されていますが、返信いただいたので、ここに書きますね。

わたしあなたに内容がわかるもの提供して

「それを見た後もそのようにお考えですか?」

とお尋ねしました。

そこには、表紙から内容を読み解けない人を批判する意図はありません。

わたし自身も、表紙に描かれたキャラクターを知らないとき

「これは男性女性に求める欲望の顕れなのかも」と思いましたもん。

ただいろんな方のお話を伺って、

表紙に書かれたキャラクターの裏側にもストーリーがあって、

あのキャラクター人格表現するために、表紙のような描かれ方になったと知りました。

わたしは、あの表紙の描かれ方が、正しいのかどうかについてはまだ結論が出せてません。

から別の意見、今回であればフェミニズムの側に立つ人の意見を聞きたいと思って、

あなたに表紙に書かれたキャラクターの裏側にもストーリーがあるということをお伝えしました。

その上で、

「それを見た後も以前と同じようにお考えですか?」「それが正しいと思いますか?」

という意図を持って、あなた質問を投げかけました。

ですので、わたしあなたに「女の子は表紙から内容を読み解くエスパーだ」とは言ってないんですよ。

あなたに内容がわかるもの提示して、その上で表紙についてどう考えますか? とお尋ねしているんです。

anond:20180918193649

さな女の子性的な誇張を見せつけたい!っていう欲望はないけど

さな女の子性的怒張を見せつけたい!っていう欲望はある

anond:20180918082551

そもそもゾーニングしたらおまえらは何が困るの?って話だよな…

もしかして出版規制場所区分の違いがわかってねーんじゃね?

普通に手に入るなら場所区分しても問題ないよね

あ、それとも小さな女の子性的な誇張を見せつけたい!っていう欲望持ちなのかな?

小児性愛ロリコン)だけど辛さを分かってほしい

俺は小学校中学年・高学年(3年~6年)が一番ストライクゾーンだ。女性として一番魅力的に感じる。

もちろんこれは外見的な話で、普通に話したりするなら同い年の女性が良い。

大人の女性相手にされないかロリコンになる』と信じ込んでる人もいるが、俺は逆だ。

子供とは付き合えないか20代の成人女性と付き合っている。はっきりいって妥協だ。

外見的魅力は大人の女性より女子高生が良いし、女子高生より中学生が良いし、中学生より小学生が良い。

小学生の頃、同じ学年の女の子を好きになった。中学生になっても高校生になっても小学生恋愛感情を抱き続けた。

俺はどれだけ努力しても自分の一番好みの女性を手に入れることはできないし、性欲も満たすことができない。他人に打ち明けることすらできない。

同性愛者の人権個性として保護されるのに、熟女好きも認められてるのに、小児性愛だけは病気扱いされ、なにもしてなくても犯罪者扱いされる。

俺は児童虐待は一度もしたことがない。仕事子どもと関わることは多いけど我慢している。

せいぜい、YouTube小学生YouTuberや小学生が写ってる動画を観るくらい。特にダンス陸上大会動画が好き。あとは漫画欲望を満たす。

もし漫画児童ポルノ規制対象になったら、俺はどうやって生きていけば良いのだろう。

まだ20代。あと何年、この苦しさを抱えて生きていけば良いのだろう。

ヤバいエロが読みたいかゾーニングはして欲しい

 ゾーニング論争はエロ嫌いvs.エロ好きの戦いではないし、さらに言うならオタク嫌いvs.オタクの戦いでもない。少なくとも私にとっては。

 何故ならエロ好き&オタクの私もゾーニング派だからです。

 エロ絵そのものはいいんですけど、エロ絵を日常に持ちこむ人、それを当り前だと思っている人の感性が怖いですよね。たとえば猫虐待してる絵が表紙の本が本屋にずらっと並んでたらどうですか。ツイッターで「猫いじめさいこー」とか盛り上がってる人たちがいたらどうですか。猫の飼い主、怖くならない?

 以下、個人的な話なんですが参考までに読んでみてください。

 私はかつて小学生だったときネット彷徨い偶然エロテキストサイトをみつけてしまい、最初はあまりの衝撃に速攻ブラウザを閉じたけど徐々に好奇心が湧いてきて一通り読み漁ったという過去があります

 ここで良かったのは私が元々本好きでフィクションに慣れていたので、『これは架空物語であり特定欲望を満たすための都合のいい展開である』ということを認識できたことと、文字媒体なのでどぎつい描写モヤモヤ~とした映像しか頭に浮かばなかったこと。

 小学生が明らかに18禁小説を読むのはよろしくないことですが、ともかくそんな感じで私は『女性性的に辱められる』『極端に男性に都合のいい設定』『とにかくエロだけを追求した話』『びっくりするほど下品であけすけな隠語』というもの嫌悪感はなかったのです。だってそれはそのサイトいかなければ読めないものだったし、自分が読みたくないときは読まなければいいのだし。

 それは刺激的で、斬新で、背徳的で、ジャンクフードのような中毒性がありました。普段は見ないけど、たまにひたすら頭の中の興奮ボタンを連打したくなったときに一気読みして、はー楽しかった、終わり、ってすっきりしてました。

 しかし同時に、私はネットでしばしば予期せずでてくるエロ広告嫌悪していました。私はあくまで刺激が欲しい時にエロ摂取したいのであって、いきなり飛びこんでくるエロはお呼びでないのです。むしろ「女を都合よく辱める創作を女に見せつけてもいいと思ってるんだ」と屈辱的な気持ちになりました。

 おわかりになるでしょうか? 「私が見たい時だけでいい、あとはいらない」と言うとわがままのように思う方もいらっしゃるかもしれません。

 これも本音なんですが、本質はもうちょっと深いところにあります

 エロテキストサイトとどこにでも湧くエロ広告の違いは、受け取り手能動性の差です。

 エロテキストサイトを見る場合、私は「荒唐無稽現実離れしてる刺激的なエロい文が読みたい」と意識してからサイトを開きます。私がそう思って行動しない限りサイトは開かれません。そして、サイトにはエロい話ばかりが集まっていますエロくない話の中に騙し打ちのようにエロい話があるわけではないので、そもそもこれはエロくてヤバい話を読みたい人向けのサイトだとわかります。つまり、「今から読む話では女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されてるけどみんなこれが架空だってわかった上のお遊びだから大丈夫」という安心感があります

 ところがエロ広告は、求めてもいないのに突然バン!と現れますしかも絵なので防ぎようがありません。日常なかに現れたドギツい描写こちらは面くらい、そして、「こんなヤバいエロ日常なかに放り込むなんて、この発信者もしかしてヤバいエロ日常を別枠だと思ってないのでは?」という恐怖を味わいます

 まぁ、今思うとエロ広告はむしろ不意打ちをこそ狙ってるんでしょうね。エロなかにあれば目立たないエロも、日常なかにあれば目立ってありがたがられますからね。ジャンプ過激化するお色気系漫画とかもそうなんでしょう。エロ漫画としてはそこそこでも少年誌の枠内では超エロ、っていう。

 でもね、人間、慣れるんですよ。

 嫌がってる人はなかなか慣れませんが、好きな人特に気にしてない人は普通に慣れますロリコン公言とかハイエースとかね、最初は「俺たち過激なこと言ってるぜ」っていう昂揚感、ヤベー奴スゲーみたいなとこから始まって、今ではすっかりネットミームでしょう。

 小学生恋愛対象に想定するタイトルとか、女の子がめちゃくちゃ露出してるとか、そういうのがありふれ過ぎて、日常浸食している。意図せず目に入ってくる。そういう状況は怖いです。

 ラノベは昔からエロ絵あったとかい意見もわかりますが、さすがにここまで多くも露骨でもなかったですよ。ホライゾンの表紙はラノベの中でもわりと異色だったように思います。少なくともエロい絵として喜ばれるぐらいには。今、特にオタクの中で話題にならないじゃないですかエロい絵の表紙。もう当たり前になっちゃったんですよ。

 露出の多い女の子が恥ずかしそうにしてるとか、乳首が浮いてるとか、パンツ見えてるとかの絵、女の子性奴隷に、だの、ロリがなんちゃら、だのいうタイトル、が『女性性的に辱められる』『極端に男性に都合のいい設定』であり、『日常とは隔離された架空のおままごとである』という認識が薄れてきていますだって日常にあるんですもの

 大人になってから触れた人はまだいいですよ。それなりの分別はあるでしょうし、もし影響されて何かヤバいことしたとしても本人の責任です。それが大人ってものです。

 でも子供のうちにあれが日常と地続きにある環境は確実に問題があります。ただでさえ子供のうちは架空現実の境目が曖昧なんです。自分で言うのもなんですが私は特殊例で、ヤバいエロに触れるずっと前に親から子供の生まれ方や性的に気をつけなければいけないことを教わっていましたし、架空物語との付き合い方をわかっていました。だから女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されているエロ』という箱を脳内に作り、これは日常とは絶対に交わらないものとして区分けできたのです。

 でも無視できない程度に日常ヤバいエロ浸食していくようになるにつれ苦痛を感じるようになりました。エロ広告ぐらいならまだ対処しようがありました。ネットを使って行くうちに、なんとなくエロ広告が出そうな場所を察知するようになり、それを避ける術を身に付けたので(もちろん取りこぼしはあります)。

 でもアニメ漫画ラノベツイッター動画サイト、ありとあらゆるところに蔓延ヤバいエロ思想オタクをやってると避けて通れない、どころか今やオタクじゃなくても目に飛び込んでくる数々の女体エロ絵。

 かくして私は『女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されているエロ』を読めなくなりました。もはやそれは日常の地続きにあるからです。「お話の中ではとことんヤバいけど私は安全」とは思えないからです。

 何故ヤバいもの日常に持ちこみたがる人がいるのか、私にはわかりません。まぁ彼ら怖くないんでしょうね。女体持ってないから。でも、自分達にとって『日常にあっても怖くないし楽しいもの』が他人にとって『日常にあったら怖いもの』だということはわかって欲しいです。

 言われそうなので先に書いときますけど私は少女コミックとかもどうかと思ってます。今は知りませんが数年前に読んだときは「え~……?」と思いました。エロ描写自体はたいしてないですが、安易に性行為突入する展開が多く、さすがに注意書きとかレーティングとかがいるのでは、と。あれは表紙は無難なのでその点はラノベエロ表紙よりはましですが。

 BLの表紙も、扇情的すぎるのはキツいです。中身はエロくていいから表紙はやめてくれ。私はBLも嗜んでるんですがやっぱり日常に現れるエロは嫌です。エロ広告とかも最近はたまにBL系のやつをみかけることがあり、エロ広告の常として過激なとこを抜き出してくるので無理矢理描写とかが多いんですよね。日常人権無視思想を入れて来ないで欲しい。私は心構えをして、人権無視した話が読みたいと思って、自分で専門の場所にいったり専門の書籍を買い、そして初めて人権無視創作を楽しみたい。

 要は「これは人権無視している」という認識を確かに持った人々が愛好する人権無視創作じゃないと、「ひょっとしたら人権無視だと思わないでこの創作を楽しんでいるのでは?」という恐怖に苛まれるんです。被害妄想じゃないですよ、私結構な数の「ロリとつきあって何が悪い」って言ってる人見ましたからね……思い出すだけでキッツい。

 だからゾーニング(○歳以下禁止、表紙にエロやら辱められてる人間やら未成年との恋愛示唆する内容は出さない、コーナー作る)したいんですよ。日常とごっちゃになってるのほんと無理。殺人事件の本はあるじゃんとか言いますけど、本の表紙が首絞められてるとことか眼球に針刺されそうなとこのアップとかだったらぎょっとするでしょう?

 しかも今のネットだと「人の眼球刺すのすげぇいい」の場合

「え、刺したことあんの?(こいつヤバくない?)」

マジレスやめろよ、あくまフィクションだって

「えぇ……(大丈夫かな)」

 でしょうけど

小学生エロい、さいこー」の場合

「わかる」「それな」「JCBBA

かになりかねないわけで、この人らが内心「もちろん冗談だけど」という気持ちだったとしても字面だけ見れば既に倫理崩壊してるんですよ。正直眼球刺されそうな絵より可愛らしい絵柄の「ロリが俺のこと好き」みたいなタイトルの本の方が怖いです。これ(https://twitter.com/traductricemtl/status/1039259936453283841)の「今日から俺はロリヒモ」ってやつ、さすがに萌え絵エロ本かと思ったらMF文庫でヒィッってなりました。マジか……。

 元ラノベ読みなので別にラノベみんなこうなわけじゃないのは知ってますが、各社サイト行くと恥ずかしそうな顔で露出したり胸と股強調された服の女の子の絵ほんと多いなぁと思いますMF文庫特にヤバいな。

 露出過多で恥ずかしがってる女の子可愛いって言うのぶっちゃけいじめっ子の感覚だし、纏足して足が小さくなったせいで転んでしま女の子可愛いって言ってるのと同じですよ。

 頼むから皆さんヤバい思想には自覚的に向き合ってくださいね……。

 私はなんの心配もなくヤバいエロが読みたいです。

2018-09-17

anond:20180917214138

これは個人体験で、他の女性たちがどうだったかからないんだけど、それでも私にとっては確かに衝撃を受けた体験だったから書き残しておく。

私がエロ表現に初めて触れたのは、十歳にならない頃、電車の中。向かいの席の男性が読んでいたスポーツ新聞こちら側にヌード女性が写っていた。多分ビデオの紹介とかだったのだろう「喘ぐナントカ…」みたいなコピーがついていた。体育の着替えが男女同室だったくらいの歳で、性的衝動存在を知らなかったから、そのヌードを見てただ驚いた。女性の裸が新聞に載って眺められる需要存在することを初めて知った。

意識して周りを見渡すと、それらしい気配は各所にあった。大磯ロングビーチ広告公衆電話ボックスに貼られた女子学生写真電話番号週刊誌中吊り広告に太字で書かれた「ついに脱いだ!」という踊り文句女性の外見、特に裸は世間から求められていて、しかもそれはあまり上品欲求をもとにした明るいものではなさそうだということに気がついた。(ちなみに当時は女性の幼さを強調したイラストはそう無かったように思う。覚えているのは「幼妻」という単語の衝撃くらい。セーラームーン月野うさぎちゃんが13歳とは思えないほど大人びたスタイルで描かれていた。変身シーンで一度ヌード風になる意味が分から何となく恐ろしかった。)

時を同じくして、電車の中で痴漢にあうようになった。隣に座って太ももを摺り上げてくる人、ぐいぐい押しよってくる人、自慰の様子を見せつけてくる人、色んなバリエーションがあった。特に自慰を見せつける人は印象に残っていて、膝の上で週刊誌を開き読んでいる風を装いながら、その下で性器を触っていた。時折目の前に座る私に視線を寄越すので、何だか危険な感じがして動けなかった。当時男性自慰をするなんて知識は全くなく、隣に座る友達と「前のお兄さん何してると思う?」と小声で話し合えるくらい、その行為はただの変な出来事だった。他の痴漢も同じくらいセクシャル意味はまるで理解できず、ただなぜ自分の体を触られているのかが意味不明で混乱した。

そんな鈍感な私も、身体もやがて第二次性徴を迎え、初潮経験し、乳房が形になり始め、何よりアンダーヘアが薄く生え始めた。このとき一気に、大人お姉さんたちとそこに注がれる視線他人事ではなく、このあと私が受けるものであることを自覚した。振り返れば、太ももを撫でたあの人も、「セックスって知ってるか」と話しかけてきたあの人も、変な行為に目が釘付けの私をチラ見してきたあの人も、私をヌードお姉さんたちと同じように扱っていたのだと思い至った。私は一方的に慰みものになっていた。

それからしばらくは成長するのが嫌で仕方なかった。胸の膨らみを憎み、下の毛をカミソリで全部剃った。修学旅行ではこの成長を周囲に悟られたくなくて大浴場には入らなかった。成長が進んでしまったら、女性性的な部分を世間差し出し、あの水着お姉さんたちのように他者評価されながら生きていくしかないのだと絶望した。

やがて中学生となり男性に恋をして、女性であること・女性身体を持っていることへの嫌悪感は減った。男性がそれに魅力を感じること、またそれを上手く見せることで好意を引き寄せることができると学習たから受け入れられるようになったのだと思う。自分の体と社会の折り合いをつけるようになったのだ。その学習効果は、スカートを短くすることや、石鹸香り香水をつけること、唇をツヤツヤにして”キスしたくなる”状態に保つことなかに現れた。(当時、セブンティーンプチセブンはそういう指南に溢れていた。)

このあとは割愛。私は一般的な異性交体験を重ね、特にセクシャリティに関するトラウマを持つこともなく、平均的な年齢で好きな人と性体験をし、恋に悩んだり、遊んだりしながら結婚して母になった。

もしあの頃の自分に声をかけてあげられるとしたら、女性男性性的魅力を記号のように表現したり消費したりする文化の一段奥には、相手個人を切実に求める個人間の原始的な愛のやり取りがあることを先に教えてあげたい。それは人間(というか生き物)として自然欲望であり、それを感じる相手とだけでいいから、お互いに性的魅力を伝えあえる関係になることが大切なんだと安心させてあげたい。

幼い頃は健康で丈夫な自分の体をただそれだけで好きで信頼していたのに、チラチラと差し込んでくる性的ものたちに気を取られ、私はその信頼を疑ってしまった。スカートは膝上20センチじゃないと、ブラは2センチ厚のパッドが入っていないと、髪はセミロングを揺らしていないと、女子学生らしくないと毎日夢中で取り組んでいた。その呪いタイムマシンで解きに行きたいよ。

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