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はてなキーワード: ものとは

2019-04-23

下方婚志願者のための経験談

詳細に書くとバレるのでちとぼやかすが、友人(男)の一人に元ホストがいる。

いろいろ複雑な家庭環境から相当若いからホストやってたようだが、そこで20歳ばかり年上のあるお姉さまに見初められたらしい。

途中の経緯はすっとばすが結局そいつホスト円満退職し、そのお姉さまから囲われの身となった。

まあペットみたいなもの

そのお姉さまがまあ相当に性欲の強い方らしく、相当頻度セックスを求められたり時にはかなりアブノーマルなこともさせられているとのこと。

その代りと言ってはなんだが都内マンションの部屋をもらって、一般サラリーマンなんか目じゃないくらい豪華なくらしをしている。

ただ幸せかというとそういうわけではなく、彼は彼なりに悩みがあるという。

今は若いのでまだ立つけれども、今後思うように要求に答えられなくなったらどうしようとか。

自分が30を過ぎておっさんぽい見た目になったらどうなるんだろうとか。

万が一相手子供ができてしまったら自分はどうすればいいんだろうとか。

会うたびに自分の見た目はどうだろうかと尋ねられたりする。メンズエステとかジムかにも相当通ってる。

その生活をするようになって友人関係はほぼ切れたらしいが、自分おもしろいので時々会ったりしてるんだが。

内心で中年になったらほんとどうするんだろうなと思いながら観察してる。

anond:20190423133818

大人になっても頭蓋骨けが成長を続けてしまうやつね。

ハゲの原因になるらしいね。っていうかおれがそれで悩んでる。

伸びていく様子が勃起みたいってのはわかるけど、

勃起という性的ワードを使っておきながら、頭蓋骨が伸びる原因が性的ものなのかわからない。

そこがしっくりこないのであんまり使いたくない。

anond:20190423132157

一瞬可哀想なような気がしたけど

これ逆でも十中八九避けられてるよな

男子生徒が「同じものにはまってるから」って見ず知らずの別のクラスの異性に接近しようとしたらまずアウトでしょ

スマートイケメンならワンチャンあるかなって感じ


イケメン男子生徒がそういう風にコンタクト取ったら

そいつ美人?ブスなら別に話したくない」だった

のかわりに

キモい」「ありえないw」って言われるぐらいでしょ



相手から美醜によってのみ判別されて恋愛性的興味の対象かそうでないものか、としか扱われない事はそもそも友達」以前に

人間」として認識されてないということで、これは中学生の心にはあまりにも重くのしかかってきた現実だった

それはしんどかったねって思うけど

もし女子だけの話だと思ってるならそれは違うでしょ

そんなの男子だって同じじゃん

しろ雌より雄の方が「9割方が対象外であり要らない」って言われる性


女は恋愛対象でなければ有象無象、くだらないから友人にもなれないみたいな考え方を無意識にしている人

男女の間には恋愛という関係しか成立せず美醜によってのみその判断をするべきと思ってる人

恋愛関係として成立しないのならもうそ女性とは普通に付き合う事はできないと思って実行する人

これだって表裏であって

あんまりスマートでない同性の友達は居ても

同じ程度にスマートでない異性とは友達になろうとも思わんて女性いくらでもいるでしょ


つくづく今の社会において女性は自ら判断しないもの

(したとしてもそれを社会概念の側から利用とか打算的とか理解される)

恋愛や美醜という価値基準においてのみ判断されて

自らも恋愛だけを基準にして周りを判断して好き勝手やってるものと思われてるのだなと感じた

(これは先述の増田ブコメ欄を見たらわかると思う)

実際に対異性の局面ではそういう価値観や行動基準内面化して生きてる女性ごまんといて

そういう女性と接した男性にとっては「女性はそういうもん」というのは彼の経験上の事実であって

あんたみたいな女性はむしろ少数派だよね


私には私を恋愛対象としてしか見てない人よりずっとずっとそういう人の方が大事だし信頼できる

こちらをごく普通に人間扱いしてくれる男性のことが、少なくとも私は大好きだ

からブコメとかでよく「信頼とか抜かして傲慢w」「ぬいぐるみペニス案件」とか揶揄されたりするけど

常に価値判断されたり慎重な立ち振る舞いをしなければ批判される立場人間にとって

こういう男性バカにされたり見下されてるんじゃなくて本当にものすごく信頼されてるってことは書いておきたい

からそれはあんたの交友関係の話でしょう?

あんたの話は信用して、あんたにはフェアな関係の良い異性の友人がいることを肯定しても、

元増田女友達関係はそうではないでしょ

だって元増田は「騙されて利用されてたくそが」と思ってるんだから

この時点であんたの交友関係とは違うよね?


あなたあなたの交友関係肯定して大事にするのは結構だけど、

明らかにあなたのそれとは異なる他人の交友を擁護して肯定しようとするのは何で?

あなたの異性の友人はあなたに「騙されたくそが」と思わないでしょ?

元増田はそう思ってるんだよ

(そして「思い返してみれば自分は呼び出されるたび喜んでついていってたけど自分から誘った時は来ない」みたいな非対称性証言もある)


(もちろん私にとってはで、すべての女性には当てはまらいかもだけど)

すべてにあてはまらない、どころか今問題にしてる当該元増田女友達は明らかに当てはまらないやん!

「なんで全く関係ない別案件の話をしてるの?」ってレベルよ?


男性の側では女性恋愛対象として見たり性的対象として見ることが今の社会の中ではとても自然で、

当然相手(女性)にとっても価値あることだろう、と思いがちだから翻って女性から自分がそう判断されないことが

価値なしと思われたりバカにされたりしていることと同義だろうととても自然に思ってがっかりしてしまうかもしれないが、

こちらにとってみればそれは全くの逆で女性の事をそれだけの価値基準で見ない人の方がずっと大事なので

そういう関係性の男性とずっと「普通に」友だちでいたいということはすごく自然なことだと思う

そうじゃなくて、自分用事には盾代わりに呼び出して、相手に誘われたときは来ないんだって

こんなん同性同士でも友達でも何でもねーだろ!

お前は本当に元増田の話を読んでるのか?



何に引っ掛かってるのかわかる?

自分は違う」って話までなら素直に読めるんだけども、

そこから敷衍して明かに打算的搾取的な女性の例まで擁護しようとしていくところで理解不能になるの


もちろん打算的な女性恋愛至上主義の女性もその他色んな女性がいるだろうけれど、そんなそれぞれ違う沢山の女性の中に

ごく普通に自然男性に対して「あの人と友達になりたい、友達でいたい」って動機もあるって素朴なことをわかってほしい

女性もただ人間なので(当たり前だけど)

から「そういう女と自分は違う」までにとどめておいてよ

あんたが自己体験から主張できるのはそこまでじゃん

なんで元増田体験にあーだこーだ言えるのよ


男も女ももっと恋愛というか恋愛概念押し付け合うことから解放されたらずっと楽になれるのにと思う

それは全くその通りだけど、元増田の話はそういう話じゃねーじゃん

友人としてすら合理化できない搾取的な付き合いをされてる男性がいて、

何でそんなことされてるのかと言ったら自分に脈があるのかという期待をしていて(なぜならよく誘ってくれるから)、

でもナンパ避けという概念を知って「自分が誘われてた理由がわかった」「気付いてみれば思い当たる節がたくさんあるぞくそが!」って言ってる

ここに第三者による恋愛概念押し付けはないよね?


n=1の私の場合の話として「こういう側面もある」ということをなんとなく頭の片隅に留めてもらえたらと思う

結論だけ読むとまともなんだけど途中が全然納得できない

自分老害じゃないと思い込んでる老人ほど痛々しいものはない

老害ではなく老成というのであって経験を積んだら程度の低い若者文化に馴染めなくなるのは当然であろう

40代50代の連中がいつまでも若者文化にしがみついてるのはみっともなく幼稚である

anond:20190423154556

幼女戦記ISを入れていいなら魔法少女ものはたいてい入るのでは。

anond:20190423083517

何年か前の実家での新年会の時に、酔った母が私に「アンタなんてもう田舎の女よ」と冷たく言い放った言葉がずっと忘れられずにいた。

もしその場に夫もいたのなら夫に失礼すぎる。増田は何をやっていたの?そんな夫への遠回しの悪口を言われて黙ってたのかな。忘れられないどころではないと思うけど。

まれも育ちも東京の私が隣県に嫁いだのが気に入らないのだろうな、と思っていた。

なぜ母親イヤミをすぐに理解できたのか、長く一緒にいたからというのもあるかもしれないけど、増田自身大人になり独立し夫と結婚したそのあとですら、そのイヤミったらしい母親と同じイヤミったらしい価値観のままでいるからではないの?

学歴も母が言うレベル金もないけれど、私には良きパートナー幸せ暮らしている。

それなのに私の結婚が母には気に入らないものだったのかと感じて悲しくなった。

夫が、妻の母親馬鹿にされていると知ったら増田の何倍も悲しいし悔しいしやるせない気持ちになるんじゃないの?場合によっては夫の増田への愛情も目減りするかもしれないレベルに。

私は子供の頃からずっと母に受け入れて欲しくて一生懸命に頑張ってきた。

大人になった増田が一番大事にするものは、夫と自分の家庭ではなく母親からの歓心なの?

どうしたら母の呪縛から離れる事ができるのだろう。

本当の意味大人になりなさい。大事ものを間違えずに、自分の力で大事もの幸せにしないと。夫に居場所を与えられて増田は代わりに夫に何を与えられている?増田は何ができるの?

時効を迎えた話をしよう。

プロジェクトから一人、ココロを壊して去った方がいる。自分と衝突した翌日に出社しなくなりそのまま。自分を名指しで理由に上げた。

以前から開発チームリーダー自分テストチームリーダーの彼とは仕事のやり方が性に合わなくて、度々折衝がそのまま針を飲み込むような泥沼の障害になっていた。そしてあの日も彼の、自分への指摘から始まった。「開き直るけどそのやり方は面倒くさいからやってなかった。変えてほしい。代替案はこうだ。少なくとも今の手順守りたくない。」。そう告げたら翌日から来なくなった。ショックで来れなくなったそうだ。上司経由で聞いた。

テストチームで独裁者のように振る舞っていたよな。奴隷が首を振らなくてショックだったか?そんな感想が浮かんだ。

自分サイコパスかもしれない。心が痛むより先にやはり納得がいってない。2週間穴を埋めるべく立ち回りして戻ってくるのを待ってこれかみたいな疲れもある。衝突したのも今回が最初ではないし、眠れない日が続いてゾピクロンを常用して死んだように眠っては無水カフェインで目覚めるようになった理由も半分くらいは彼にある。お互い様だ。プロジェクトは元より不協和音が鳴り響いていた。だがしかし、先方が潰れたら自分が?

パワハラですよ的な内容として、コンプライアンス研修によくある、分かりやすいことは言ってない。容姿も言ってない、性格プラベもそもそも知るほど関心ないからわからない、机もバンバンしてない、なのに。

小学校低学年で早々にいじめ経験して、皆仲良しなんて戯言を信じずにここまで来たがおかけで知人レベルですらまともにいなくなった。

それでも脳死レベルでここまで生きて来て、でも人間関係は酷く付き纏う。仕事には関心があるがお前には興味ない。なのに、知りたくもないことを知り、テストチームのレビューを通すべく対策を練った日々。ああ嫌だ。最悪だ。当時を思い出すだけで生々しい苦味が蘇る。

自分も逃げ出したい。壊れた心は戻らないが、薬を抜いたら眠れない夜がすぐにやってくる自分も十二分に壊れた。

その後すぐに年度が変わって自分は異動になった。新しい課長自分を引き抜いたと聞いたときは嬉しかったが、一方で元の部署では流刑のごとく言われてる。全然関係ない人に同情されたから知ってる。否定するのも可笑しかたか愛想笑いで流した。新しい部署ではまだ誰も壊してない。自分眠剤は軽いものに変わった。彼のその後?興味ない。

本が読めなくなった自分が再び本を読めるようになった話

 本が読めない。

 読書家が人生において遅かれ早かれ直面するところの事件である

 本が読めない。


 特に文学小説が読めなくなった。


 当方二十代後半の男であるが、今より遡ること十八年ほど前にラノベブギーポップは笑わない)と出会い、それ以降文芸における視野国内外純文学文芸作品へと広げ、様々なジャンルにおける読書体験を営みながら、これまでの人生を生きてきたのである

 そして、その読書体験の勢いと呼ぶべきものを二十代の前半辺りにまで持続させ、さてこれから人生においても長い付き合いになりそうだなあ、などと呑気に構えていた時分、不意にその能力消失したのであった。


 読書能力消失

 何故なのかは分からないけれど、突然本が読めなくなったのだ。

 書物との別れ。


 何故なのだろう?

 当方通勤に一時間以上を費やす難儀な民であるため、通勤時間中は心を半ば無にし、脳の活動を極低状態にまで抑え、死んだ目で通勤していたのが仇になったのだろうか。
(皆さん、覚えておいてほしいのだけれど、通勤時間20分を上回るようになると脳の鬱傾向が加速するというエヴィデンスがあるそうなので、通勤時間はできるだけ短縮するようにしましょう)

 でも、俺に関して言えば未だに通勤時間は二十代の前半から変わっていない。むしろ職場の変更から伸びたくらいであって、つまりその移動距離は未だに脳に対して厄介な負担を掛け続けているということになる。


 まあそら本も読めなくなるわな。

 考えてみれば当たり前の帰結である


 とにかく去年の夏に至るまでの数年間、俺は本を読むことができなかった。


 読みたい本はたくさんあった。それこそ山のようにあった。かつて、若き日の盛りに大阪へと日帰りの小旅行に行った思い出があるのだけれど、それは梅田存在する某超大型一般書店に立ち寄るためだけに計画された小旅行なのであった。そんなこんなで、俺はその超大型書店へと赴き、そこで購入できる限りの本をわんさと買った後で、地元へと帰還したわけである。無論、それらの本の内の殆ど積ん読ルートを辿り、今も尚本棚一角を占めその存在感を俺にアピールし続けている。

 まるでそれは十字架だった。

 俺の、購入した時点で尽き果ててしまった、知識に対する独占欲好奇心に対して釘を打ち付けるかのような、それは罪悪感を俺に植え付けるための十字架だった。

 何故なのだろう。

 何故我々は本が読めなくなってしまうのだろう?


 ここに至る理由には色々あると思うのだけれど、第一に思い浮かぶ理由といえば加齢である


 残酷な、そして受け入れがたい真実――加齢は脳を萎縮させる。

 人間の脳は部位によっては三十代を超えてもなお成長し続けると一般に言われているが、しかし厳然として人間の肉体は二十代の半ばを境に衰え続けるのも事実である。というか、どちらかと言えば成長よりも衰退の方を意識せざるを得ないのが殆どではなかろうか、と思う。我々は衰退している。というか、我々の脳は衰退しているのである。衰退しました。
 ――つまりは、我々は一度読書能力を失ってしまうと、よっぽどの克己心を持たない限り――あるいは、そのような驚異的克己心を持たない限り――そのような超人的克己心に基づく人格改造なり人体改造を経ない限り――再び読書能力を取り戻すことは、難しいということなである

 残酷な、そして、受け入れがたい真実

 俺もそうであった。

 読書能力との別れは辛いものである

 それは、まるで一人の気のおけない友人との別れにも似ている。


 結論から言うと、俺は再び読書ができるようになった。


 ぶっちゃけると何でなのかは分からない。でも、確かにできるようになった。

 復活した。アーメン



イースターの季節ですね)


 去年の夏頃からその能力は突如として再生した。昨年から現在に至るまでの読書量は、読書能力が失われていた時代を遥かに超えている。ここのところお硬い文学小説にばかり目を通しているのだけれども、ここ一年間くらいで読んだページ数は5000頁を優に超えた。これまでの読書量を遥かに凌駕するレベルである(待っててくれプルースト

 正直なところ、何かを意識して自己改革したという記憶殆どない。強いて言うならば、当時スマートフォン通信制限喫緊重要課題と成り果てていたため、そのデータ通信量を節約するという実情に迫られて、通勤手段である電車に乗り込んでから本を読むようになったのがその理由と言えるかもしれない。


 行きに十ページ、帰りに十ページ。

 それを毎日

 仮に、一ヶ月の間に通勤期間が二十三存在するとすれば、行きに十ページ帰りに十ページを繰り返すのであれば、一ヶ月で我々の読書量は460ページに到達するということになる。

 猿でも分かる(猿には分からない)計算である


 とは言え、まずはそういうレベルから始めるのが得策であろうと思われる。人間は恐らく一日の間に二十ページ以上の本を読むことはできないのだ――特に文学小説のような対象相手取るのであれば、僕らの克己心は我々の想像する以上に貧弱なのである

 さて。


 これは正確に言うとライフハックではない。

 電車の行き帰りで、それぞれ十頁ほどの時間読書に費やすようになった男が存在している、というだけの話である

 そう、キーワード電車だ。脳ミソと通信量のダブルダメージを避けようと、不意に読書人生途上で――つまりはレールの上で――再開しただけの、それだけの話なのである


 参考になったであろうか?

 恐らくは、なるまいと思う。

 とは言え、かつて存在しその後に失われてしまったところの能力が、突如として復活するということは有り得るのだと――俺はただただその事だけを――伝えたかったのだ。今日を生き始めたものけが、かつての息吹に再び胸をなでおろすことができるようになるのである

 皆さん、本を読みましょう。

 魂を取り戻すために。

anond:20190423143746

男らしさにも女らしさにも好まれものと好まれないものがあるだろ。

まれる男らしさとは、決断力がある、力持ち、潔い、おおらか、我慢強い等々。

まれる女らしさとは、優しい、感情表現が豊か、細やか、寛容、無難等々。

まれない男らしさは、暴力的、鈍感等々。

まれない女らしさは、感情的嫉妬深い、細かい等々。

一長一短。

anond:20190423144935

自分の好きなもの以外を理屈つけて燃やそうとするってまあずいぶんと厄介なオタクだなあ

anond:20190423142741

どの党が真摯平和希求しているかが。

自民党

過去を疎かにするもの未来はない。過去に敬意を払えないもの現在にも敬意を払えない。

木曜が代休になったので、ピンサロに行こうかと思う。どこにするか悩み中。

案1.いつものお気に入り女の子自称26歳だが2年前くらいから歳を取っていない。たぶん30歳超えてる。細身でテクが抜群。

時間いっぱいに尽くしてくれてローリングアナコンダなどなど技も豊富

愛想も良くて帰り際に飴を口移しでくれる(飴自体がまずいので外に出たらすぐ捨てる)。

費用対効果は高く絶対損はない。でも指名しすぎて飽き始めたところ。おっぱいは小さめ。

案2.近くにある新しいピンサロフリーで行く。ブログを見た感じでは店の雰囲気は良さそう。若い子が多い。

でも外れるかも。初めての店で指名するのは危険か?若い子で可愛くてテクがあるなんてなかなかないし。

悩むー。昼休み潰れちゃったよ。

「参照渡し」と「参照の値渡し」のバトルの構造

x = 10


という変数xについて考える。

ここで、

x

と書いた場合、xの値が返ってくる。

&x

と書いた場合、xの参照(参照値)が返ってくる。参照とはメモリ上のアドレスのことである

次に、なんかの関数func()があるとする。以下のようにして呼んでみる。

func(x)

これが、値渡しである

func(&x)

これが、参照渡しである

さて次に、新しく変数yについて考える。

y = &x

yはxの参照を値として持っている。

これもx同様、

y

と書くとyの値が返ってくる。

&y

と書くとyの参照が返ってくる。

で、ここから本題。以下のように関数func()を呼んでみる。

func(y)


再度書くが、yはxの参照を 値 として持っている

これを何渡しと呼ぶか?ここで対立構造が発生する。

・「yの値を渡してるんだから『値渡し』と呼ぶよ(でもまあ、xの参照を渡してるからあえて言うと『参照の値渡し』だよ)」派

・「xの参照を渡してるんだから『参照渡し』と呼ぶよ」派

のバトルである

歴史的に(?)は前者が正しいのだが、後者の誤解は根深く今も争いの種となっている。

ちなみにこの話にC言語C++が入ってくるとややこしくなる。なぜなら「C言語には参照渡しはない」からである。別の表現をすれば、「他言語で『参照渡し』と呼んでいるものの書き方と、C言語で『ポインタ渡し』と呼んでいるものの書き方は非常によく似ている」である

C言語だけ呼び名が違うので、C言語は他言語と違う言葉を使いだした空気読めてない糞言語みたいに見えるが、おそらく順序としては逆である

ここからは完全な憶測であり妄想だが、つまり

(1) C言語では「値渡し」と「ポインタ渡し」が使われてきた

(2) ポインタを直接扱うのはバグの温床だよね、ということに人類気づき始める

(3) C言語進化C++では新しく「参照渡し」という機能が追加された。これは「ポインタ渡し」に代わる「制約の厳しいポインタ渡し」みたいなものであった

(4) モダン言語ではポインタという概念を捨て(?)、この「参照渡し」を参考にした(ただしモダン言語の『参照』とC++の『参照』は意味合いが異なる)

(5) モダン言語では「値渡し」と「参照渡し」の2種類がスタンダードとなった

構文的にはモダン言語の「参照渡し」とC言語の「ポインタ渡し」は似た書き方をするので、モダン言語学習者がC言語の「ポインタ渡し」を見て「C言語では参照渡しってこう書くのかー^^」と言うとフルボッコあいC++の「参照渡し」を見て「C++の参照渡しってこう書くのかー^^」と言った場合でもその理解はずれている場合が多い。

というのが私の頭の中の真相であるソースはない。

うんうんなるほどーと思って読んでたのに最後唐突童貞煽り食らった

anond:20190423135705

ゎぃもトラックに轢かれたことあるけど、たまたま足の骨折だけで済んだからいいもののアレ結構確率死ぬからわりと危ないんじゃないの。

だってだけで笑われるのっておかしくない?

スラムダンクの「世界が終わる前に」に合わせて「痔にはボラギノオール」って歌ってたらふと気付いたんだけど、なんで痔になると笑われるの?おかしくない?

別の病気で例えると「胃腸炎になったんですよ」って言われたときに「胃腸炎w」って返されたら嫌じゃん。「肺ガンになりました」に対して「めっちゃわろた」とか言わなくない?

なのになんで痔のときだけ「痔www痔ww」って言うの?セミかよ。

よく考えたら痔って別におもしろくなくない?変に放置すると悪化するし。

ふつうに「ぼく痔なんですよ」って言ったら「大変ですね……」って答える世の中の方がよくない?

もはや「痔→おもしろもの」みたいな条件反射になってると思うから、そういうのみんなで直していこうな。

ちなみに俺は痔じゃないし、そういうからかいしてくるのもマジ勘弁な。

[]脳勃起

おでこの上から頭頂が長かったり大きくなってしまった人物絵を、脳が(勃起して)長く伸びている、と揶揄したもの七福神福禄寿想像するとわかりやすいだろう。

anond:20190423004817

女性との友情などない、考えもしない

ってそもそも女性が思われてるのが正直女の側としてはつらいんだよな…って読んで思った

この増田の件とはだいぶ状況が違うかもしれないが

めちゃくちゃ長いけどちょっと書きます 

中学生の頃「もののけ姫」が公開されてものすごくハマって劇場に何回も観に行った

それを友人が知って、隣のクラス男子もものすごくハマってる子がいるよ~、話してみる?って教えてくれて

私は純粋もののけ姫の話がめちゃくちゃしたい!他に観た人の話聴きたい!ってそれだけ考えて話してみたい!って答えて

友人にその男子に声かけてもらうことになったんだけど、あとから友人伝手に返ってきたその男からの回答は

そいつ美人?ブスなら別に話したくない」だった

私は十人並の容姿特別美人でも特別ブスでもなかったけどそんなこととは関係なく

見ず知らずのまだ会ってもいない男の子からそういう判断基準を一番大事な事として

求められたり切り捨てられたりするししていいと思われてる存在なんだ…ということがショックで(この辺は後年言語化した)

申し訳なさそうにしてる友人に対してもういいよ、ブスだからねって笑って答えるしかできなかった

もののけ姫のすごいところについてあれこれ話そうと思ってわくわくした気持ちが一気にしぼんでしまった

女子の側から友達になりたい」「友達でいたい」と思っていてもその成立にはハードルがある、と初めてわかった出来事だった

その後しばらくして文化祭があって、その子が隣の隣の組の男子タタラ場のジオラマ作ってロビーで展示してるのを見た

ああ男子とは友達になったんだな…ってそれ見てちょっとしょんぼりした 男子容姿は気にしたのかなしなかったのかなと思った

相手から美醜によってのみ判別されて恋愛性的興味の対象かそうでないものか、としか扱われない事はそもそも友達」以前に

人間」として認識されてないということで、これは中学生の心にはあまりにも重くのしかかってきた現実だった



それから十何年も経つ間にもこういう「男性普通に友達でいる、友達になる」ことが難しい場面に遭遇することがあり

やっぱりあのとき感じたことは残念ながら確かで自分が女でいる限り

大きな壁としてこれからも立ちはだかっていくんだろう、と思ってつらくなった

女は恋愛対象でなければ有象無象、くだらないから友人にもなれないみたいな考え方を無意識にしている人

男女の間には恋愛という関係しか成立せず美醜によってのみその判断をするべきと思ってる人

恋愛関係として成立しないのならもうそ女性とは普通に付き合う事はできないと思って実行する人

結婚した女はもう男性友達づきあいしてはいけないと考える人(男女共に)なんかに会って

またそういう考え方がごく普通に男女共に受け入れられている様を見て

つくづく今の社会において女性は自ら判断しないもの

(したとしてもそれを社会概念の側から利用とか打算的とか理解される)

恋愛や美醜という価値基準においてのみ判断されて

自らも恋愛だけを基準にして周りを判断して好き勝手やってるものと思われてるのだなと感じた

(これは先述の増田ブコメ欄を見たらわかると思う)


そんな状況でも私にもこれまでで何人かの男友達と言える人ができて、そのことは本当に嬉しいことだった

少なくともその人たちは私を美醜では判断しないし、私も相手を美醜で判断しないし

お互いにセックスできるかできないか(したいかしたくないか、ではなく)、

という考え方から動いたり私に対する振る舞いを変えたりすることもなくただ一緒においしいものを食べたり

ただ一緒にだらだら趣味の話をしたり男同士女同士で普通にやっていることを男女でもそれを意識することな

普通にしていいんだ、考え方や視点面白い、話してるだけで楽しいからとかそういう理由だけで人付き合いしてていいんだ

ということをしみじみ思わせてくれてこの関係は涙がでるほどありがたい

経験恋愛関係よりもずっと得難く絶対に失いたくないと思えるほど大事人間関係で、

そのことは本当に私が生きていくうえでどれだけ救いになっているかからない

から私は私を友だち扱いしてくれる男性のことをすごく好きだ、だってそれはこっちを人間と思ってくれてることだから

(もしかして男性女性恋愛の上でそう思うように都合よく

美人じゃないけど話の分かる友人、程度として扱われてるのかもしれないけど、それでも)

私には私を恋愛対象としてしか見てない人よりずっとずっとそういう人の方が大事だし信頼できる

こちらをごく普通に人間扱いしてくれる男性のことが、少なくとも私は大好きだ

からブコメとかでよく「信頼とか抜かして傲慢w」「ぬいぐるみペニス案件」とか揶揄されたりするけど

常に価値判断されたり慎重な立ち振る舞いをしなければ批判される立場人間にとって

こういう男性バカにされたり見下されてるんじゃなくて本当にものすごく信頼されてるってことは書いておきたい

(もちろん私にとってはで、すべての女性には当てはまらいかもだけど)

男性の側では女性恋愛対象として見たり性的対象として見ることが今の社会の中ではとても自然で、

当然相手(女性)にとっても価値あることだろう、と思いがちだから翻って女性から自分がそう判断されないことが

価値なしと思われたりバカにされたりしていることと同義だろうととても自然に思ってがっかりしてしまうかもしれないが、

こちらにとってみればそれは全くの逆で女性の事をそれだけの価値基準で見ない人の方がずっと大事なので

そういう関係性の男性とずっと「普通に」友だちでいたいということはすごく自然なことだと思う

でもそのための女性の振る舞いが男性には利己的に見えるのかもしれない 実際利己的な人もいるかもだけど、

でも本当にごく普通にフラットな友だち関係でいたいと思ってる女性はいて、しかもそれに内実はとても苦心していて

相手感情とそこのところが一致せずにすれ違う場合には失敗したり決別してしまう結果になることもある

この辺りに利用されたされないの齟齬が生じるのかもしれない…と思った 周りがあれこれ言うことも

もちろん打算的な女性恋愛至上主義の女性もその他色んな女性がいるだろうけれど、そんなそれぞれ違う沢山の女性の中に

ごく普通に自然男性に対して「あの人と友達になりたい、友達でいたい」って動機もあるって素朴なことをわかってほしい

女性もただ人間なので(当たり前だけど)

未だに世の中では男と女二人いればなにかやましかったり恋愛関係だったり

そうならないなんておかしいと考えたりしていて、それを当事者にぶつけたり疑っていいと考える人がいて

そういう社会に合わせて「我々は恋愛関係ではない」と表明し続けなければいけないことはすごくすり減る

(そもそも世の中の人間すべてがヘテロセクシャルじゃないのにな、と思ってそこももやもやする)

男も女ももっと恋愛というか恋愛概念押し付け合うことから解放されたらずっと楽になれるのにと思う

恋愛関係が成立するにせよしないにせよ女はいつでも「恋愛当事者」としてふるまわなければならないのか、

という悩ましい問題の上に女はいつも立っていて、実際その問題から慎重にならざるを得ない場面が多い

世の中にはナンパや肉体関係のもののことを恋愛のうちに含めて行動する人もいるし

それを受け入れる事にも断ることにもいつも肉体的、社会的なリスクが付きまとう

そんな立場からはさっさと降りたい、自分からはそんな関係を求めもしないのだからこの構造から逃げたいと本人が考えていたとしても、

その意志とは全く関係なしに世間の側がいつでもどこでも「出会い」や「あわよくば」の対象と見なしている現実がある

もしくは美醜によって「お前なんか誰もそんな目で見ないw」といつでもバカにしてもいいと自然に思っている人がいる

でもこれらはどちらも同じことで、主体として扱われもしないのに「恋愛当事者」を求められることは、とてもとても疲れる

(先日話題になった「レンタル何もしない人」を利用したのちのDM問題もこのあたりだろう)


誰かと恋愛関係になることはもちろん逆に恋愛関係にならないように、

友達の周囲の人に恋愛関係と思われないようにということも含めて行動して、

その上でいつも好き勝手判断されることはたぶん男性想像するよりその機会は女性にとっては多く、

男性とごく普通に友人関係でいたい」と思ってそのように振る舞ってもその感情理屈のものを「ない」とされて

「利用した」「(恋愛的な意味の)好意を無下にされた、傷つけられた」と思われたり喧伝されることは結構つらい

男性の側が自分相手に「男として」受け入れられない事が悲しいと感じるように、

女性は同様の機会の度に自分は「女として」しか見られていないと思って

今この現実社会において自分人間であるという前提すら揺らいでしまうから

元増田相手女性本心がどうかは本当のところは私にも増田にも誰にも、もしかしたら本人にもわからいかもだけど、

n=1の私の場合の話として「こういう側面もある」ということをなんとなく頭の片隅に留めてもらえたらと思う

「思わせぶりな態度」

かつては女の武器であった「思わせぶりな態度」。

俺は知らんが、バブリーな時代にはこの武器一つで移動手段食事を獲ていたとも聞く。

しかし、この武器はいまや役立たずになりつつある。

なぜか。


・獲られるリターンの価値が低い

労力に比してリターンの価値が低い。

性的もの代替物は多くなった。

「フェアな取引ではない」と思われてしまった。

・リターンが獲られる可能性が低い

労力をかけても何も獲られない可能性が高いと悟られてしまった。

ネット等で「思わせぶり」なやり口の上方拡散しきってしまった。


そもそも期待してない相手には通用しない。

から害を受けた、つまはじきにされて信用しない。

こういう相手にはそもそも通用しない

以上から、「思わせぶり」は滅びに向かうだろう。

話題の「ナンパ除け」なんかもその例だ。

そのつもりが無くても女というのは「思わせぶり」をパッシブとして発動してることが多く、その恩恵を受けている。

しかしこれが通じなくなっていくにつれ、しんどさを覚えることになるかもしれない。

anond:20190423123304

性的関係を期待しないお友達」の何が悪いの?

同性の友達に求めてるものと同じものを求めてるだけだが。

元々同じでないものに同じものを求めるのが悪い

anond:20190423122949

性的関係を期待しないお友達」の何が悪いの?

同性の友達に求めてるものと同じものを求めてるだけだが。

anond:20190423122538

前提とまでは言わないが可能性は感じてしまものでしょう

当方なのだが、子供の頃からゲームが好きである
高校の頃、高校内にボードゲーム系のゲームをやる集まりがあって、そこに顔を出していた。

当初は女性が多かったのだが、いつの間にか男性のほうが増えていた。
高校卒業するころには、その場に顔を出す女性自分くらいになっていた。
自分の進学コース男性ばかりだったので、男性の多い環境抵抗がなかったのは大きいのかもしれない。

自分自身としては、純粋ゲーム楽しいゲームやろうぜ、という感覚なのだが、どうも話を聞くに世の男性方はそうでもないらしい。
「その場に女性存在する」だけで「男女の関係になること」を望む男性は少なから存在するようだ。

自分は一緒に遊んでくれる男性諸氏を無二のよきゲーム友達だと思っているのだが、向こうはそう思っていないのだとしたら、なんだか寂しいなあ、とは思う。
一方で、その上で友人として振る舞ってくれているのであれば、本当に感謝が絶えないところではある。

それにしても、気兼ねなくゲームで騒げる性別に生まれたかったものだ。

anond:20190423121705

嫌なら来なきゃいいし、進展しないなら会いたくないならそう言えばいいじゃん

これは、「私とあなたは進展しません」「ナンパよけです」とあらかじめ宣言してるものけが言えること。

真意を隠して利用した挙句に何を被害者ぶってるんだ?

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