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はてなキーワード: 一見とは

2017-09-18

メイドインアビス一見ロリコン向けだけど普通におもしろいよ」

っていうから信じて楽しく見てたのに11話が完全にロリコン向けでキツくなったわ。

俺の冒険がこんな中途半端な所で終わりそうだぞ

鍵のレスキュー呼んだら11万円取られた

鍵を紛失したり盗られた経験はありますか。

私は先月生まれて初めて鍵を落とし、鍵のレスキューを呼んだら11万円取られました。

検索して上のほうに出てくる鍵屋テレビで見たことのある会社にうっかり頼むとえらい目にあうかもしれませんよ。

※めちゃくちゃ長文です。はてな記法慣れてなくてすいません。ちょくちょく書き足してますがあんまりよくないかな……?

経緯

先月の晩夏、日曜夜、友人との京都旅行の締めの飲み会の途中、鍵を落としていたことに気が付いた。

心当たりの場所を入念に探したが見つからず、警察交通機関等に連絡の上、いったん大阪の自宅に帰ることに。

旅行最後の晩餐でかなり酩酊していたというのと、鍵を落とすなんて初めての経験で動揺していた。

それがよくなかった。

まず最初マンション管理会社に電話したが日曜夜に電話に出るはずもなく。友人宅に泊まることも一瞬考えたが月曜午前の会議に出席するために開錠サービス依頼を決意。

iPhoneで「大阪市○○区 鍵開け」で検索して出てきたところを何軒か確認

どこも「住宅鍵開け ¥5,800〰」程度で。まあこの〰がくせもんだなあ、何万円かになってしまうかなあと思いながら。

ホームページが整っており、24時間対応で、カードが使え、フリーダイヤルがあり、そこに決めた。

22時ごろにもかかわらず電話口の受付女性は落ち着いた様子で応対してくれて安心感を覚える。

住所を述べると手配に1時間かると言われた。京都から大阪は概ね1時間なので快諾した。

鍵の形態や料金のことは特に聞かれなかったし、こちからも言わなかった。

ただあまりにもあっさりと電話が終わったことにかすかな違和感を抱きながら改札口を通った。

23時過ぎ、独身者賃貸マンションである自宅前に到着し、酩酊時のけだるさと、焦燥感が綯い交ぜになったまま待つ。

様々な道具を抱えた作業着姿の若い男性が徒歩で現れた。

名を呼ばれ首肯し、よろしくお願いしますと言い、本人確認書類を提示する。

まず最初の関門のエントランスは偶然通った別の住人の後について突破

初めて使う狭い階段を昇って自室前に到着する。

作業員男性は鍵を点検して「あーこれは」と言う。

「これは簡単な鍵ではないです」そうですか。

「内側のサムターンつまり鍵をかけるところにボタンのようなものはありますか?」はい

「鍵穴がふたつありますけど上下とも閉めちゃってますね」はい

「わかりました。98,000円かかります」え?

簡単な鍵ではないと何度も念を押され、タブレット端末で細かすぎて読めない料金表らしきものを見せてくる。

最近マンションからそうなのかもしれないと思う。

鍵ふたつぶんということもあるし。日曜深夜だし。

なにより今から別の業者に依頼しても遅すぎてもう無理かもしれない。

……カードは使えますか?「はい、使えます」わかりました。お願いします

作業前に作業依頼書を書かされる。「簡単な内容ですから

私が依頼しました・文句は言いませんという旨のいくつもの同意チェック欄を埋め、署名する。

これでもう取り返しつかなくなったのかなと思う。

出張費4,000円、開錠(PR)98,000円、消費税8,160円。合計110,160円。

なぜか検索した企業名ではなく「株式会社 鍵」と依頼書に記載されていることに確かな違和感を覚えながら。

作業員男性が電動ドリルで扉の覗き穴をけたたましい音ともに破壊する。

いかにも特殊器具の趣きがある細長い筒のような金属を取り出し、破壊した穴に通していく。これで扉の内側から開錠するのだという。

冷房も窓もなく、晩夏の暑さの中、額に流れる汗を感じながら作業の様子を凝視する。

最近この仕事を始めたんですよ。時間がかかってすいませんね」

それにしても高いですよね。「このくらいしますよ。私が車の鍵を閉じ込めたときも同じくらいしました」

そして1時間後、とっくに日付が変わった頃、開錠は成功した。このときはただ安堵感だけがあった。

カード決済をすませ、作業員男性を礼とともに見送ってから、熱い風呂に入り、眠った。

鍵を入れていた財布は翌日あっさり心当たりの場所で見つかった。

調査

やはり高い。おかしい。後日、同僚と話してそういう結論に至った。

・自宅の鍵はMIWA社PRシリンダースイッチ付サムターン・2箇所。

MIWA社の鍵は防犯性能が高く、ピッキングでの開錠は難しいらしいがそれにしたって……

(以下追記)

・破壊された覗き穴には作業員男性が持参していた新しいドアスコープがはめ込まれた。かなりちゃちなつくり、追加料金は無し。

・扉や鍵を破壊する作業ではなかったのでどちらも傷はなく、依頼前と同じ状態のまま。鍵交換は行われていない。開錠のみ。

勝手に作業したことについて恐る恐る管理会社に連絡したら、別にどうでもいいですよの旨の回答で、拍子抜けしてしまった。

(追記ここまで)

①まず検索した鍵会社のホームページを見る。

やはり料金は¥5,800〰 どうせ実際の料金表は分かりにくいところにあるのだろう、歌舞伎町の手口のように。

で、問い合わせ先を見ると、画像画像

詳しい方ならご存知でしょうが、お詫び文や連絡先を画像にしている企業に碌なところはただのひとつもない。

この時点でもう絶望的な心地になって吐き気がしてきた。素面で見てれば絶対に気づいたのに……

追い打ちで、連絡先をよく見ると知らない会社名。「Rセキュリティ株式会社

もうなんなんだこれは……

消費者生活センターに事例はないか

国民生活センターADRの実施状況と結果概要について(平成28年度第1回)[PDF形式] 』52ページ

出張開錠サービスの料金に関する紛争」

http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20160602_1.pdf#page=52

笑ってしまうほど同じ状況。この会社の対応は明らかに手馴れていて、仮にADRに訴えても私もこうなるだろうと容易に想像がついた。

ていうかこの人は私の半額以下の4万7000円で紛争してるのか……適正価格とは一体……

弁護士見解はどうか。

鍵屋の請求金額について』 https://www.bengo4.com/other/b_355110/

私のケースでは弁護士はあてにならないようだ。私に平常時の判断力はなかったが、事前提示はあったのだから……

業界団体はなにか対策をとっていないのか。

業界団体日本ロックセキュリティ協同組合 FAQの一番上(!)

http://www.jalose.org/suquare/#f

1:カギ屋さんによって料金が違うのはなぜですか。

各社それぞれ経営方針が異なり、経営者が料金を決めていますので、独自の料金設定の他に営業時間外の割増や出張費等の違いで料金は違ってきます。事前に数社に見積を依頼してご検討頂き、ご納得された後に工事を依頼されることをお薦めます

団体が標準料金を作成価格設定基準となるものを示すことは、価格制限行為として独占禁止法に触れますので、組合が金額を設定することは行っておりません。

察した。これ以上の調査無駄だ……

⑤最後、2chスレ

カギ・鍵(´・д・`) ヤダよ!全員集合!29軒目 [無断転載禁止]©2ch.net [無断転載禁止2ch.net

https://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/bouhan/1473768572/

カギ・鍵(´・д・`) ヤダよ!全員集合!30軒目 [無断転載禁止2ch.net

https://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/bouhan/1490913226/

あの会社、Rと呼ばれていて業界はいろんな意味で有名なんだな……代表取締役(藤原祥記氏)も有名らしい……

37備えあれば憂い名無し2017/04/03(月) 09:31:51.73ID:zLBE9oBO>>38

Rの価格表は

鍵開け ¥5,800~ 鍵交換 ¥8,000~ の安心価格

でも実際には

この料金の5倍~10倍になります

38備えあれば憂い名無し2017/04/03(月) 09:38:45.51ID:Ea9qaFCG

>>37

すごく分かりにくいところに詳細料金表ってのが公開されてるよ

U9解錠が68000だって

10倍以上だよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

(ちなみに上記スレ、まったく未知の世界に触れるようなとても興味深い内容でぜひご一読をおすすめます

問い合わせ

絶望的な気持ちで問い合わせフェーズに移る。

調査の初期段階でもう自分は引っかかってしまったんだなと確信していた。結果はもう見えていた。

消費者生活センターへ電話で問い合わせ

出張開錠サービスの料金について相談したいと伝えた瞬間の「ああ……」という声でもう切りたくなった。

相当親切に対応していただいたが上記消費者生活センター行事例以上の情報は無し。11万円は普通ではないと。知ってた。

Rセキュリティの窓口に問い合わせしても無駄ですよとのアドヴァイス。知ってた。

クレジットカードで払ってしまいましたか……」はい……

難しいとは思うが事前の説明が不十分だった旨を内容証明郵便で送ってはどうかとの提案を受け電話を切る。

クレジットカード会社への問い合わせ

支払いはアメックスだったのでコンシェルジュデスクへ払い込み停止ができないか相談

丁重に扱われたが結論は無理。そりゃそうですよね。引落口座をゼロにしてもいいけどこんなことで信用情報傷つけたくない……

「これは私個人の感想ですが」はい。「ただの開錠にしては高すぎると思いますはい……

②+α 火災保険会社に問い合わせたが、鍵開け料金負担盗難時のみ・3万円までの対応のみとのこと。

③最後、Rセキュリティへの問い合わせ

クレーム担当男性が出てきて「当社所定の料金です」そうですか。無駄。電話を切る。


結果

返金は絶望的。もうね、私がアホでした。世間知らずなアホ。家計簿は空前の雑費を計上し、楽しかった京都旅行は暗転しましたとさ。つらい。


鍵のレスキュー(= Rセキュリティ)という会社について

一か月ほど鬱屈として過ごしましたが最近はようやく気分が持ち直してきて、むしろいいビジネスモデルしてるなこの野郎と思い、改めて調べることにしました。

まず私がひっかかったホームページと全く同じ体裁のものをご紹介します

千代田区で鍵なら鍵開け鍵交換24千代田 秋葉原神田大手町九段 http://www.kagi-chiyoda.com/

天王寺鍵店 鍵開け鍵交換24時間センター天王寺http://www.kagi-tennoji.com/

一見まともでしょ?実はどちらもRセキュリティ運営しており、依頼すると高額な料金を請求されるでしょう。

・なぜそう言えるかというと、ソース見るまでもなく、どちらも問い合わせ先が同じ「Rセキュリティ 藤原祥記」 だから

おそらく各地域ごとで作成していると推測されます。別の会社名を使って。

たとえ上記2つとは異なるデザイン・会社名でも、それはRセキュリティかもしれません。

もし千代田区在住のあなたが鍵を失くして”千代田区 鍵開け”でGoogle検索すると、上記のRセキュリティ上位表示されます

さらに調べていくと法の目をかいくぐるあっぱれなビジネスモデルしてるなと気づかされます。羅列していきます

そもそも防犯産業一角の”安心”を売る商売なので顧客コスト感覚が薄れがちな分野である

・誰でも鍵を失くすことはありうるが、緊急性・重要性が高いから高額請求が可能である。(後で気づいた客は泣き寝入りするだけ)

・Rセキュリティ = 鍵のレスキュー = 鍵の110番 = 鍵の救急車株式会社鍵 (代表 藤原祥記)だが彼らはその名前を隠している。

業界大手らしい。社名を変えている点、テレビ広告ばっちり・SEO対策ばっちり、問い合わせ先や会社概要画像化している点から風評対策に熱心である

顧客ターゲット検索テレビCMで引っかかる層。おかしいと思っても何度も鍵を失くし何度も依頼してくる常連はいない。

合鍵業界は営業を開始するにあたって公的資格認定制度がなく、新規参入や起業が比較的容易である。※「きんざい業種別審査事典(第13次)7064合鍵サービス業」より。それゆえ「標準料金」や「相場」が存在しない。

・先述の2chスレ転職サイト("Rセキュリティ"で検索すべし)を見ればわかるように、Rセキュリティ社は研修付き高給を謳って業界経験者を積極的採用しているが、その内実は過大なノルマの歩合制で作業員を縛り付けるもの。上記スレPart30から引用だが "歩合制でボッタクリをやって 出来る人は年収千万 出来ない人は最低賃金" とのこと。また、真偽不明だが上記スレでは独立しようとすれば多大な違約金を要求されるぞという話が出ていた。


不正は、3つの条件が揃ったときに起こるという「不正トライアングル」という考え方がある。

不正を行う「動機・プレッシャー」がある ⇒ 営業ノルマが課されている。達成すれば高給を得られる。次の客がいつ来るか不明。

不正を行うことができる「機会」がある ⇒ 客と会うのは一回限り。客は動揺・切迫している。客は適正価格について無知である

不正を行っても自分を「正当化」できる ⇒ 客が困って助けを求めてきたかサービス提供してあげている。鍵開けは高度な職人技であり、人件費技術料として当然だ。

ものの説明として「不正トライアングル」と書きましたが、全部法律的にはセーフになるようにしており、業者として落ち度はありません。そこにまた感心してしまいました。やるね!藤原祥記!

料金に納得できないなら払わなければいいじゃないかという考えもあるでしょうが、下手に突っぱねたりすると怖いですからね。

なにしろ相手はいつでも他人の家の鍵を開けられる存在なのですから。だから増田に書きました。


謝辞

こういったブログを書き馴れていない私の拙く長い文章にお付き合いいただきありがとうございました。

皆様に最後改めて問いを投げて締めたいと思います

あなたあなたの家族は鍵を絶対に失くさないという自信をお持ちですか。

anond:20170918133845

一見良さそうに見えるのかもしれないが、

女性から気があるって言い出したらめんどくさい女だと認定する輩も同程度に叩くのでなければ平等性が失われるし

でも「めんどくさい女」に否定的であることをやたらと求める人は男女問わずわりと多いから無理だろうし

なによりも恋人とほぼ同等の関係性じゃないと一緒に何もできなくなりそうだし

同性愛のことを考えると友達作ることじたいがギルティになるそうだし

結局めんどくささが増えるだけなのでは

離婚後の寂しさ

25歳位から6年付き合って結婚した彼女と、6年の結婚期間の末に離婚した。子供は一人いる。親権は元妻側。

面会交流は月一程度で会えるようになった。まるで会えない時期が一年ほどあったので子供と会えるのは嬉しい限りだ。

子供はパパと(も一緒に)住みたいと言う。これが辛い。

元妻はいわゆるボーダーというやつで、機嫌が悪くなった時の俺に対する攻撃性は尋常じゃなかった。自分が無くしたもの子育てに忙しいことにかこつけて探せよ!と叫んだり、俺が口答えしてしまうと、泣き叫びながらあんたのせいであんたのせいで!と叩いてくるのを繰り返した。極め付けは子供がいるのにも関わらず、睡眠薬を大量に飲んで半自殺行為をした。救急車を何回か呼んだ。子供は何が起きてるのか分かっておらず不安そうだった。もちろん元妻は浮気もしていた。浮気相手電話して警告したりして、俺は何をしているのか分からなくなり、あの頃は俺自体が深刻なう状態に陥っていた気がする。マインドフルネス仏道にはまって、諸行無常であったり一切皆苦であることを受け入れようとした。相手の男は俺と同じ会社(元妻も)で別の部署だったが会社を辞めた。いづらくなったのだろう。それは俺も変わらない。俺も色々ありすぎた会社にいるのがしんどくて辞めて転職した。表向きはステップアップで給料も二百万くらい上がったが、本当は現実逃避だった気がする。

一切皆苦であることを受け入れることはできなかった。人生がこうやって妻の激情にビクビクしながら生き、そんな妻をなんとかお茶を濁すが如くに喜ばすことだけが俺の人生なのかと思い悲しかった。それが何年も続いていた。どうにかしてこの終わりゆく世界から出られるだろうか考えた。世界は終わっていた。恐怖の中で奴隷のように生きる世界とはこのようなものなのか。隣の芝生は青いというが、私には現実に青かった。夫婦はお互い正直な気持ちを話し合えるのに、私は正直な気持ちは置いてけぼりだった。正直な気持ちで話すと私のことをあなた絶対理解しない!!と激怒されるだけだった。その割には腹を割って話したいと言われていた。腹を割って話すと激怒された。冗談でもなく、もうイヤァァァ!!!離婚するーー!!!と大声で叫ばれた。マンションなので恥ずかしかった。エヴァンゲリオンで言えばアスカみたいなものだった。そして一週間以上何も話してくれない、ということが何回もあった。

自殺することは実際にはないだろうと思っていたが、半自殺にかこつけて妻実家に頼ることにした。少し距離を作る必要があると思った。

ある日仕事が終わって夜遅くに家に帰ると泣いていて、理由を聞いても何も言わず子供には強く当たってしまうと言っていた。これはもう実家に頼るしかないと判断し、義母電話事情説明し「強制送還」した。強制送還された妻は激怒した。私のことをなんだと思ってる!!と言っていた。精神不安定だよ、心の中でつぶやいた。そして帰ってこなくなった。夫婦カウンセリングを受けた。カウンセラーも妻の圧力に困っていた。私のことを理解しない!そんなことでは結婚生活を続けられない!という主張から一歩も譲歩がなく話にならなかった。カウンセリングは妻側から突然打ち切りになった。

義母の様子もおかしくなってきた。明らかに私を攻撃しまくってきた。あんたのせいで娘はうつ病になった。あんたが根暗からこんなことになった。離婚しろ!と言ってきた。

離婚については子供のことを考えてするとは思っていなかった。でも心の奥では離婚たかったとは思う。幸せはここにはないと悟っていた。子供が生まれ子供からはたくさんの幸せがあった。お世話は大変だったけど一通り一人でなんでもできる。寝かしつけとかたくさん抱っこしてたからか分からないが子供は俺のことが大好きであるのは手に取るように分かる。

離婚すべきかは分からなかった。そして離婚調停が開始された。数ヶ月立って決心はついていた。だが中々離婚させてくれなかった。面会交流させないというめちゃくちゃなことを言ってきた。調停委員も奥さんが落ち着くまでは子供と会わないのも選択肢として良い、と言ってきた。全く許せない。完全に他人事だった。なぜ親子愛のうちにいる俺たちが、妻の精神不安定で会ってはいけない事になるのか。馬鹿げている。ずっと争った。普通は二、三回で終わるところが10回以上続いた。最終的には月に一度会えることになった。回数が少ないのが私には許し難いので、一年後に見直しとなった。

それからは元妻と三人で面会交流することになった。子供がいるとかであるのと月一ということもあり、妻の激情は発露せず、一見普通の親子三人のようになった。ただ面会交流の日時を決めるやりとりなどでは激情に駆られたメッセージが書かれており、俺をコントロールする意思をビンビン感じるので、実態は何も変わってないのだろう。そして今に至る。

一人暮らしして2年になった。妻と争っていた時はそればかり考えていたから寂しくはなかった。だがこうやって落ち着いてきて思うのは寂しいということだ。もしまたなんとかなるなら三人で暮らしたい。そんなことも思ってしまう。なんともならないと分かっているのに。子供には申し訳ない。一生つきまとう悲しみを与えてしまった。苦しい。だが俺が死ぬわけにもいかにい。

俺はこの先どうやって暮らしていけばいいんだろう。友人やお世話になっている人は自分を優先して自分人生を生きろという。でも子供を置いてけぼりにしてるようでそんなことできない。俺はどうすればいいんだろうか。子供言い訳にして現実を変えることを拒んでいるのだろうか。そんなことはない。仮に俺が新たな家庭を見つけてもしも幸せになったら、子供はどう思うだろうか。辛い。

2017-09-17

anond:20170917174924

脳の中では文章視覚言語統一されたもの

目で文章を見て、脳の中で言語として処理される。だから時間がかかる。映像は「百聞は一見しかず」なのだ

文章よりも話を聞くほうが人間理解できるし誤解も少なくなる。そもそも人類進化の中で言語を獲得して意思の疎通が進んだのだけれども、文字に表すのはずっと後のことだ。

YouTube動画でも見れば分かるけれど、人気YouTuber面白おかしく喋っているのが文章の代わりになる。

映像化出来ない文章は語ればいい。ナレーション字幕でわかりやす説明すればいい。双方向質問できればなお良い。

差別」と「郷に入れば郷に従え」の関係

https://anond.hatelabo.jp/20170916180720

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20170916180720

 

何かモヤモヤしてる人が多いが

そんなに難しい話ではないと思う

 

ある人が思想Aを持っていて、思想Aに基づく行動をするというのを「人(思想A・行動A)」と表現する

ある場が思想Aを持っていることを「場(思想A)」と表現する

(※ちなみに、思想は出生や性別とも置き換え可能

 

この時

 

場(思想B)+ 人(思想B・行動B)→ 受容 ①

これは当たり前、仏教の場で仏教徒仏教徒の行動をしているだけ

 

場(思想B)+ 人(思想A・行動A)→ 排除 ②

場(思想B)+ 人(思想A・行動B)→ 受容 ③

これは「郷に入れば郷に従え」の発想

本人の思想はともかく、行動が場にあってるなら受容する

 

場(思想B)+ 人(思想A・行動B)→ 排除 ④

これがあからさまな差別となる

郷に従っているのに、その人の思想に対してNGを突きつけるのは明らかな差別

 

じゃあ②は差別なのか? というところで皆モヤモヤしている

イスラム教施設に入り、イスラム教の振る舞いをしない場合排除されること

一見差別じゃない」と言いたくなるところだが

普段我々は「本人の思想尊重しなければならない」と様々な方面から言われているはずだ

まり、これを差別だと認知している人が世界的に結構居ることになる

 

そもそも②を受容するならば

場(思想B)+ 人(思想A・行動A)→ 受容

場の思想が歪められるケースもあるわけで、ダブスタとなるケースが出てくる

結局のところこの点は曖昧となる

この点を元増田が突っついている

 

より問題なのは、「差別」と一言で言った時に

行動での排除(②)なのか、思想での排除(④)なのかが混ざっていることだ(思想は出生や性別とも置き換え可能

そういう意味で、話をする時に「差別」という曖昧語はあまり使用するべきではないと思う

せめて「行動の差別」「属性差別」とか、「広義の差別」「狭義の差別」とか使い分けた方がいい

本来なら広義の差別差別という意味に含めるべきではないと思うんだけどね)

 

__

 

ところで、これらの差別に対するスタンスっていうのも一つの思想と言える

「場、思想、行動が決まった時に、排除すべきか受容すべきか」という思想

メタ思想みたいな感じ?

 

それで「差別絶対に許さないし、差別する者も絶対に許さない」という人が割りと居るんだが

この時、「行動における差別」を許さない人と、「思想における差別」を許さない人がいる

後者面白い後者は「思想における差別を持った人を排除する」ということだ

すなわちこれは「差別は許さないが差別者差別していい」という状態になっている

(彼らは「差別者差別するのは差別じゃない」と言いはるんだけど。〜教以外は人じゃない、みたいなニュアンスと同じでは?)

Googleの一件でもここらへんは話題になったが

こういう人たちって、世が世ならむしろ差別側だったんだろうなと考えると、非常に趣深くないだろうか

 

___

差別定義したつもりはまるで無いんだが 

「場」って分かりづらかった?

より厳密に言えば文脈もっと簡易に言えばTPOみたいな感じ

3層構造になってるから難しいんだよね

議題が難しくて議論破綻するパターン

 

一言で言ってしまえば

文脈にそぐわない行動をした人を排除するのは差別か否か」だけど

差別という語には、行動ではなく属性における排除もあるので、差別という語が問題をはらむ」

 

なんだけど一言になってないな・・

2017-09-16

政治への言説おかしくね

政治への言説、つまりはまあ話題になってる政治の動きへの賛否

おかしくね。

もう全部おかしいと思っているのに、ネット(私の活動範囲が主にネットなので)を中心に偶に見るテレビでも同じく偶に見る新聞でも誰も言わない。

けど名も無き一般市民普通にブログツイッターで書いてもまあ意味がまじで無い。

少しでも人の目に留まる可能性があるならと思って、ここで書かせてもらおうと思った。

はじめに。

私は自民党支持者ではないし、だけども他の野党の支持者でもない。

まあ支持政党無しっていうのが言い方としては正しいんだろうと思う。ぴんときてないけど。

「こいつ自民党安倍さん)に大してケチでも付ける気か」とか思ってるならもう読まない方が良い。

意味無いし、時間無駄だし。ここでは自民党にも野党にもケチをつけるので。

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さっき書いた通り、基本的ネット上の意見を見ることが最も多いのでそこからの話になるのだけど、今のネットの中でわざわざ政治について声をあげようなんて思っている奴(の中でも声がでかい奴)は大体このどっちかに分類される。

自民アンチ

自民支持者

まあ大体このどっちか。野党特定シンパなんてほとんどいないし、いても大体その仲間内だけで完結するからその発言は私のところまで滅多に届かない。


それらを見てると、自民アンチが訳の分からんことを言うから支持者が反撃してるって感じなのかね。大体。

正直、私は安倍総理のことはかなり嫌いなのだけど、そんなことを全部放り投げて意味不明しか言いようのない発言をする奴が自民アンチには結構いる。

いや、そういう奴は笑いものにされて目につきやすいかだってのは分かるけど。

そんで、一見まともそうに見える顔して(私からすれば)意味不明なことを言い返す自民支持者。

もうどっちもどっち馬鹿なこと言ってるのに自民支持者の方は結構持ち上げられてるんだよな。

頭のおかしアンチを吊るし上げてるから賛否されやすいのか?


前置きが長いとうざいから、そろそろ本題に入る。

そもそも色々な問題があってその都度騒いでるけど、何が悪かったのかちゃんと考えてるか、と。

これはもう自民だの民進だのに限らず、お偉いさんが関わる事業はなんでもこれだ。最近の話なら五輪とか豊洲とか。


時期的に一番近しいし話題にもなったか加計のあれこれの話を例に出そう。

これが話題になってそれなりに知名度高くなって、野党積極的にこの件をぶっ叩こうと必死こき始めた頃になると、ネットでもこれについてあれこれ色々言い出す人が出てくるようになった。

野党揚げ足取り」とか「こんな問題で他の問題を審議する時間を減らすな」って話はまあ良いとして(揚げ足取り事実だし、他に優先すべき話があるというのは個々に思うところがあるだろうし)、「いや、加計別に問題のあるものじゃなかったろ」とか、「で、何が『違法』なの?」とか言い出す奴が出てきた。

で、ネットに踊らされたい人たちは本気なのか遊んでるのか分からないけどRTして「民進の方がよっぽどクソだったろ」とか言い始める。


 ちょっとだけ話が逸れるけど、強行採決の時に似たことが起こってる。

 自民強行採決をする→ネット上でも怒る人出てくる→「民進時代なんてこんなに強行採決やってるからな」って言い出すよく分からん奴が出てくる、の流れ。

 いや言いたいことは分かるよ? でも強行採決がクソって話をしてるのになんで回数だして正当化した気になってんのか分からん

 まあこんな風に話題逸らしてるのか何なのか分からんというだけの話。


私は法律に詳しい訳じゃないのでそれが違法かどうかなんてのは分からないし、そんな話をする気はない。

というか何が違法なのって言ってる連中は本当に法に触れてなければそれでいいと思って言ってるのか?

あの加計問題で一番問題だったのは何かと言ったら、それはやっぱり安倍さんがお友達の話にGOサインだしてお金出すよーって話を成立させちゃったことなんだよ。

そこは認めようよ。

もし本当に獣医学部新設は必要もので、どうしても今やるべきこと、重要ことなだって言うのならそれはそれでやり方はあった。後述。



でもこの件に関して安倍さんの行動はもう間違いだらけだ。

総理大臣というのが国の政治トップであるということは、それはつまり総理大臣という立場は誰よりも信頼される立場であるべきだということだ。

疑われるようなことはしてはいけないし、そうならないよう細心の注意を払わなくてはならない。

この件は、(もしも手続きに一切問題が無かったとして)ご友人から話があったなら、それはもう、まず断るべき話だった。

「私とあなたは友人だから、私はあなたのその提案お金を出すという決定を下すわけにはいかない」と言わなければならない。

李下に冠を正さず。

瓜田にて靴を直さず。

もう昔も昔から言われていることだ。

「そんな無体な」なんて思う人もいるかもしれないが、これは仕方が無い部分だ。

 分かりやすそうな例を出そう。多分分かりやすい。

 最近多いソシャゲに「〇〇記念に抽選で1名様に豪華なプレゼント!」なんて企画がある。

 抽選の結果、そのプレゼント先がその企業職員だったらどう思うか。

 「うわ、そういうことするのかよ」と思うのがおそらくは大多数になるし、そこで「本当に抽選の結果なんです」と言われて「ああそうだったのね、じゃあしょうがいか」なんて思う人が少ないことは想像に難くない。


 もう一歩踏み込んで考えよう。

 あなたがその企業の長で、その抽選自分が当たってしまったりしたならどう指示するか。

 「流石にねーわ、もう一回抽選して」となるのが正常ではないのか。

 何故「正規手続きでおこなった抽選にもかかわらず再度することになるのか」と言ったら、それは「顧客の信頼を損なわない為」である

 とにかく、「うちは絶対にそういういかさまはやらんよ」ということを信じてもらうためには疑わしい事をしないのが正解だ。



それをやっておいて、「正しい手続きだった」「問題は無かった」などと言っているのは全くの的外れだし(そもそもその行動自体が間違いだったのに何を言うのか)、それに対しての批判が「友人だから贔屓したんじゃねーの」とか「本当に正しい手続きだったのか」とかばかりなのはまじで意味が分からない。野党が「そもそも友達の案を受けるな、政治家は信頼されるべき立場なんだ」って言わないのはあれか、お前らもやってるからかと言いたくもなる。あ、もしかしてマスメディアも同じか……?


もしもやるなら。もうやらない方が良いのは自明だし普通にそうしろって話なんだけど、場合によってはそうはいかないってこともある。

急がなきゃいけないとかね。

だったらまずは相手方代表を代わってもらう。

友人ではないよと。例えばだよ。別にこうしたら大丈夫という話ではない。

もっと言うなら、それを許可する前に広めろ。

野党もいるところでしっかりと宣言すればいい。

「友人が関わっているけどこれだけ書類まとめてもらって許可を出す正当性があると思ってる。反論があるならどーぞ」ってな感じで。

そこで認められりゃ代表親友だろうがなんだろうが関係無い。

(正直、野党だって馬鹿ではない(バカに見えるしバカなんだろうと思うことは多々あるけど、バカから目指す目的をはき違えてるだけで目的に対しては忠実だ。学部の新設にこんな噛みついたって大して自民への支持に影響がないことくらいすぐに分かる)からそこでの審議が馬鹿みたいに長引いたりはしないだろう。)


……とすれば良かったのに蓋を開けてみれば総理はあれを言っただの言わないだの、書類があるとか偽造だとか。

与党野党的外れだ。何言ってんの。

この件を総括してしまえば、安倍総理は「不正を疑われることなんて馬鹿でも分かる案件を実行した挙句、自らの潔白を証明できるものを用意してなかった」という滅茶苦茶なことになる。

違法かどうか、とかその辺は別にして、「安倍さんはまずいことをやっちまった」。

これは認めようよ。その上でどうするべきだったのか、これからどうすんのか処理していこうよ。

これはそういう問題だろう。


安倍総理は潔白、とか安倍総理はとても優秀、とかネットでは溢れかえっているけれど、とてもそうとは言えない。

もうがっつりとしたグレーだし、政治家という立場上そんなグレーでは黒と同じで駄目なのだから

まあ、最も無能なのはこんな当たり前の話を引っ張ってこれない野党か。

ろくなのがいないな、ほんと。


他の問題についても色々言いたいことだらけなんだけど、長くなってしまうからこの辺で締めよう。

ただこんな風に、色々何かあるたびにあーだこーだと「賛否両論」があるけれど、もう全然的外れなこと言って騙されてない?という話。

他の件についても今後書くかもしれないけど、他の問題についてもこの記事を読んだ少数の人だけでも「ほんとにそこが問題なのか?」って思い直してみて欲しい。

……あんまりやるとほぼほぼ、どの問題も何でこんな時間かけてんのか意味からない加減が強くなってしんどいけれど。

とにかく、最後まで読んでくれてありがとう

この文章の内容に「いやそれはおかしいだろう」って思う人もいるだろうとは思うけど、とりあえず一回考え直してみるきっかけになったら幸い。



さいごに

政権について。

野党がとてもとてもとてもアレなので、政権については自民のままで良いかなぁというのが個人的感想

不満だらけでもあるがそれでも野党よりはまし。最悪かよ。

でも安倍さんはもう長いよ。長すぎ。

長いとやっぱり腐っていくし、安倍さんがそうでないとしても周りからダメになっていく。

少し前までいたひっどい大臣とかね。

自民党内で他の誰かに早く代わって欲しいのが個人的理想か。だめ?

P.S

否定的意見に関しては読んだ人に「なんだ、否定されてるしこの文章の方がダメなのか」と思われてしま可能性があるので、

内容がおかしければ否定していたんですが。ツイッターでよく見る「いつもの」って感じのばかりなので疲れました。

このエントリに関しては気が向くまでノータッチで行きますがもしこの文を読んで「なるほどね、一理あるよな」と思ってくれた方は、

できればご友人らともお話ししてみてください。

多くの人が考えることがとても大事なんです。勿論そのあと選挙に行くところまではセットですが。

少しでも、そういう人が増えていくことを祈っています

2017-09-14

未来から現代へのタイムトラベルが全て作り話だという理由を教える

未来人の予言に踊らされている方々に、未来から現代へのタイムトラベルが全て作り話だという理由を教える。


今更感あるけど、最近知り合いが未来人の予言の類を真に受けて、勝手に終末思想にハマり出したので書いておく。

断っておくが俺はSFが好きだ。ジョン・タイターも2062も、読み物としてめちゃワクワクした。

まず、未来人にはいくつかお約束があるので、おさらいしてみる。



これらの基礎になっているのが、パラレルワールドバタフライ効果といった概念だ。

パラレルワールドは、大雑把にいうと「〇〇が、起こった世界/起こらなかった世界」が分離して並行するようなイメージだ。

この場合パラレル時間軸という方が正しいかもしれない。カッコよく「世界線」と表現されたりもする。

そして、バタフライ効果とは予測の困難性を表す表現で、初期値のわずかな差が、結果に大きな違いを生むことを指す。

ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサス竜巻を引き起こすか?」という問いに対して、その羽ばたきが他の何かに影響を及ぼし、それらが要因として積もりながら伝搬していく可能性を考えると、「起こり得るとしか言えない」という考えだ。

ベルリンの壁は、たった一人の伝達ミスを発端に崩壊に至ったと言われている。

その彼が伝達ミスを犯した要因は、疲れていたのかもしれないし、食あたりだったのかもしれない。

さらにその疲れや食あたりの要因は、隣人による前日深夜のどんちゃん騒ぎだったかもしれないし、食材の遅配だったかもしれない。

さらさらもっと手前の要因に遡ると、降雨の一滴や、小隕石の衝突に辿り着くかもしれない。

逆もまた然りで、今日あなたが蹴飛ばした小石がきっかけで、人類が滅亡することだって無いとは言い切れない。

バタフライ効果否定できない以上、未来から過去へのタイムトラベルにはパラレルワールド概念必須になる。

大小はあれど、バタフライ効果によって引き起こされる「タイムパラドックス」を「新たな時間軸への分岐」という形で吸収できるようになるからだ。

そして、パラレルワールドを基礎にしたタイムトラベルには致命的な欠陥がある。

とても都合よく時間分岐させない限り、パラレルワールド無限存在することになる。

全ての可能性が同時並行で存在することになるからだ。

係数が0でない限り、「1掛ける無限」も、「3掛ける無限」も、無限以外の解を生まない。

するとどうなるか。どこかの時間軸の一人のジョン・タイター現代を目指した段階で、

文字通り無限ジョン・タイターたちが、同時に現代タイムトラベルしてくることになる。

無限ジョン・タイター物理的に出現すると、質量無限になり、すぐさまブラックホールと化してしまう。

これが、今までに噂された未来人の出現が全て作り話だという理由だ。

仮に、無限可能性やタイムパラドックスの壁も超えて、本当にタイムトラベルしてきたというなら、

その技はもう神の所業しか言いようが無く、解釈の揺れ幅を持った暗号伝達のようなケチくさい真似をせず、

堂々と神として降臨して、現代の迷える子羊たちを救ってくれることを期待する。

追記:


無限ジョン・タイターのくだりがイマイチ伝わりにくかったかもしれないので追記する。


このようなコメントがあったので、

便宜上ジョン・タイターの言う第三次大戦で大雑把な分岐イメージしてみる。



この場合一見Aタイターだけがタイムトラベルを行い、それを俺たちが観測したものとして自然に見える。

3つの時間軸のうち、1つの時間からジョン・タイターがやって来たのだ。

無限パラレルワールド分岐を認めた時点で、これは成り立たなくなる。

さらにどうでもいい分岐を追加してみるとわかりやすい。



この場合、新たにDタイターもタイムトラベルを行なっている。

現在未来は、1:1の関係性では無く、無限無限関係性になる。

上記の例では「全タイターのうち33%がタイムトラベルを行う」計算だが、

仮に、もっと色んな時間軸に分岐させて、ものすごく確率の低そうな「全タイターのうち0.0000000001%タイムトラベルを行う」と仮定しても、

無限試行すれば結果も無限しかならない。0%でない限り、無限に何を掛けても無限しかならないのだ。

1億とか1兆とか1京ではない。無限だ。

まり、Aタイターがタイムトラベル成功した(確率が0より大きくなった)時点で、∞タイターが押し寄せて来てしまうのだ。

確かに「現代時間軸に、無限ジョン・タイターがやって来る」のは都合が良すぎたかもしれない。

バタフライ効果無限にブレた結果、「全ての過去未来が、無限ジョン・タイターで溢れる」の方が正しい。

やっぱり神じゃないか

ヲチさんと数字

最近ヲチさんのブクマには数字が付いている。

これは一見して「何番目にブクマたか数字」という風にもとれる。

しかしだ。

しかしだよ?そもそもヲチさんがブコメでしゃべるわけがないので、これはなにかはてな運営が用意した福引とかラッキーナンバーとかそういうものなのではないかと思っている。

というか絶対そうである

だってヲチさんがブコメでしゃべるなんてありえないんだから、これはシステム的ななにかであるんだよ!

そうなんだよそうに違いないんだよ!

追記:

そんなわけないだろ!ちがうんだよ!そんなマジレスはいらないんだよ!俺の中ではヲチさんは無言なんだよ!他でブコメしていたとしても俺の中では無言ブクマカなんだよ!アイドルウンコしないんだよ!

2017-09-13

ある事柄について

差別か否か、一見差別主義者に見えるような人間すら交えて、

納得のいく理路や説明議論をしながら続けていく

そういう不断努力をこそ反差別活動要諦なのだと思うこの頃。

安易テンプレート差別認定を求める人間には向いていない

2017-09-10

人生の何割が仕事なんだろう

まず仕事をしている時間は確実に、仕事だ。

行き帰りの電車の中、持ち帰りの書類休日に来たメールへの返信、全て、仕事だ。

ここまでは間違いない。

では食事睡眠時間はどうだろうか。

一見すると仕事ではないが、仕事をするために必要な肉体を維持するための時間だ。

まり仕事だ。

トイレだってそうだ。

デスクうんこを漏らさないためにわざわざトイレに行くのだから、つまり仕事だ。

なんということだ。

少なくとも社会人の平日はそのほとんどが仕事になってしまった。

では社会人になる前はどうだろうか。

そう、学校に通っていた頃だ。

あの頃、私達が勉学に勤しんでいたのはこの社会で生きるために必要なことを学ぶためだった。

国語算数理科社会、それらの知識がなければ社会生活に大きな支障が出る。

社会生活とは何か、金を稼ぎその金を使って生きること、つまりは、仕事をすることだ。

そう、仕事だ。

学業すらも仕事の延長線上にあるものだ。

就職が有利だから偏差値の高い理系大学を目指した同級生が君たちにもいるだろう。

そうなのだ

勉強もまた、仕事だ。

もうこうなると残っているのは、遊びの時間ぐらいだ。

何故なら、結婚して子供を生むことすらも、人類全体の労働力維持のための行いであり、つまり仕事なのだから

流石に遊びの時間仕事ではない。

仕事ではないと信じたいが、実は、仕事だ。

遊びで気持ちリフレッシュさせるのは仕事のためだ。

時には間接的ないしは直接的に仕事必要知識を得られる遊びをすることもある。

同じ楽しさの遊びならば、多くの人がついでに仕事に役立つ方を選ぶだろう。

もう駄目だ。

全部仕事なのだ

そして仕事だけしかなくなった。

2017-09-08

政治家は悪いことしか言わない

という前提があるので「その政策有効かどうか」は議論しない

一見良さそうに見える政策でも「利権があるに違いない」「中国(米国)の意向を受けているに違いない」とそんなことばかり考える

2017-09-07

1を2にすることは0を1にすることより遥かに容易い

一見カッコイイことを言っているが同時に付き合う異性の数の話である

明らかなミソジニー批判してほしい

職場の花とか萌えキャラとかミスコンとか

「あの男は一見女性の味方っぽいこと言って実はモテたいだけで女性主体性を認めないミソジニーだ!」とか

ほんとどうでもいい(いや職場の花はよくないかも)

それよりもっとわかりやすミソジニーがあふれてるからそれを批判してほしい

ネットに溢れる、「ま〜ん(笑)」とか「や女糞(やっぱり女はクソ)」とか「キチョマン」とか「調子に乗るなマンコども死ね」とか…

差別解消されてきてるとか嘘だと思うくらい増えてるからネット見てる若い女子自尊心ゴリゴリ削ってきてるから若い男子も感化されてきてるから。それらをもっと批判してほしい。

自走式彼女

俺の嫁さんは自分で走る。特にプログラムされずとも、自分で考えて走る。

出会いは俺が二十八の時。働いている会社新卒採用が全くなく、若いのが入らないので代謝が悪かった。その会社にしては珍しく新卒入社だった俺は、六年経てど部下はおろか後輩すらできず、ずっと続く「若手扱い」に辟易してた。そんなある日、自主退職者の補填として彼女が来た。当時二十七歳。見た目も少し近いが、雰囲気シン・ゴジラに出てきた市川実日子まんま。会社外資系だったこともあり、人事も面白みがないよりは風変わりな人材を好む傾向があったため、第一印象は「まためんどくさそうなのが…」という感じだった。


彼女必要以上に人と馴れ合わないけれど、飲み会は割と顔を出す(ただし質問されない限り会話はせず、淡々と飲んでる)し、仕事完璧なもんだから一年たつ頃には「ちょっと変わったミステリアスな人」みたいなキャラで定着し、重宝される人になっていた。ある日、業務で少し関わることがあり、彼女ブースを訪れた。「○○さん、これなんだけどさ」と話かけると、机上の写真立てに淑女(欧米人)の白黒写真が入っているのが目に留まった。

俺「ん?誰これ」

嫁「祖母です」

俺「え?ウソ?○○さんクオーターなの?」

嫁「ウソです」

俺「???じゃあこれ誰??」

嫁「知らないです。ネットで見つけて印刷しただけなんで」

俺「????」

それを全て一切こちらの顔を見ずに(PC見たまま)真顔で言うもんだから、何がホントで何がウソかもわからないし、それ以上に(コイツ…予想外に面白いヤツだ!)と急激に魅かれてしまった。


後日、またブースを尋ねると、写真はなぜか白黒のキャプテンアメリカに変わっていた。

俺「○○さんアメコミ好きなの?」

嫁「アメコミっていうか映画が好きです。しょっちゅう見てます

俺「で?なんでキャプテンアメリカなの?」

嫁「なんとなくです」

(おそらく当時新作が公開されていたので、その影響)


それ以降、コーヒーを入れるついでに彼女ブースに顔を出すようになった。フワフワして掴みどころのないところや、微妙に噛み合わない会話が癖になっていた。暫くした頃、彼女に「俺さんが私の席で会話してること、あまり周囲の心証がよくないかも知れません」と突然言われた。確かにアットホーム自由風土会社とは言え、ほぼ毎日男が女の席で雑談しているのはあまりよろしくないかもしれん。いや、それ以前に多分彼女は、遠回しに俺に「迷惑です」と伝えているのだろう。ショックだが、もうちょっかい出すのはやめよう。そんなことを考えていると彼女が突然、「私、今日外食するんです。会社で話し足りなら、来ますか。外でならいくらでも話せますよ」と言った。意外過ぎる誘いに、反射的に二つ返事で答えた。あとになって(あれに返事したってことは『あなたもっと話したいです』と認めているようなもんじゃいか)と気が付いて一人悶絶した。


それからプライベートで頻繁に会うようになった。流れはいつも同じ。俺が聞かない限り彼女は何も言わず、俺が「週末なにすんの?」と聞くと、「XX行ってXXしてXX食べて帰ります。来ますか。」と返される。それに俺が乗る。この流れ。それでも彼女といると居心地が本当に良くて、いい加減告白しようと決心した夜、突然彼女が「私、今まで異性と付き合ったことないんですけど、俺さんならお付き合いしたいって思うんですよね。付き合いますか。」と真顔で先制攻撃され、正式彼氏彼女になった。同僚はそれを聞いて「いいなぁ。俺の彼女なんてXXしたい、XXしてーばっかりなのに、お前の彼女勝手に走るのな。自走式彼女だな」と表現し、まさにその通りだなと思った。

ちなみに詳細は割愛するが、彼女はかなり複雑な家庭環境で育っており、それがゆえに風変わりな性格になっているようだった。仲良くなってから聞いた話、写真立てについても「家族写真を机に飾るってどんな気持ちかと思って」とのことだった(うちの会社外人をはじめ、結構家族写真を机周りに置いている人が多い)。そんな一見すると強いけど、実は脆いところもあるというか、繊細なところも彼女に魅かれた理由だった。


同棲しても付き合いのスタイルは変わらず。大抵の休日は起床後、俺の「今日何すんの?」に始まり彼女はそれに「XXしてXXする。一緒に行きますか。」と返す。基本的彼女自分のしたいこと、することがハッキリ決まっており、こちらが誘いをかけない限りは、一人で勝手に動いている。大体そんな感じで一年一緒に暮らし、「よし、結婚しよう!」と決意し、柄にもなく良いレストランを予約し、指輪を買って、明日プロポーズという金曜日の夜。ベランダタバコを吸っていると、彼女が戸を開け、何の前置きもなく突然、「俺さん、私、結婚なんてしなくていいと思ってたんですけど、俺さんと出会って、この人となら結婚したいって思ったんですよね。一年一緒に住んで、その気持ちがより強まったので、私は結婚したいと思うんですけど、どうでしょう結婚しますか。」とまたしても突然真顔で先制攻撃をされ、結婚することになった。(さすがにその時は「ちょっと待ってくれ」と言って、翌日俺からプロポーズし直したが)。


そんなこんなで結婚して一年ちょっとになるが、ずっと変わらないと思っていたスタイルが今週月曜夜に少し崩れた。

俺「週末なにするの?」

嫁「土曜の朝一で大阪行って、一泊して日曜夜に帰ってくる」

俺「は!?(女友達いないのに外泊!?まさか堂々の浮気宣言!?)」

嫁「エキスポティダンケルク見に行く。土曜昼に見て、夜うまい飯と酒で〆て、日曜朝もう1回見て、たこやき食べて箕面ビール飲んで帰る」

俺「……」

嫁「……」

俺「……へぇー」

嫁「……行こうよ」

俺(…行こうよ!?

嫁「先週聞いたとき予定ないって言ってたから…。ごめん。映画チケットホテル勝手に2人分とっちゃった…」


変わったらイヤだなと思っていた彼女が少し変わってしまって、正直驚きを隠せないが、それがまた可愛くて可愛くて、今週は一日一日が過ぎるのが待ち遠しくて、どうしてもちょっと自慢したくなっちゃって、結果ニヤニヤしながら増田に書いちゃった。早く週末にならないかなー!

日野皓正ビンタ事件」は現代版裸の王様ではないか

日野皓正氏が演奏者の中学生ビンタした事件について。

アマチュアジャズバンド所属した経験のある私の意見です。

Twitterblogで見聞きした事実関係は以下の通りです。


演奏形態ビッグバンド 数十人もの子供演奏待ちしていた。

ソロパートフリーセッションに移行したため、指揮者は後を任せて舞台袖に下がる。

ドラムソロ

ドラムが4小節演奏したのち、ほかのパートが4小節演奏。これを繰り返す。

フォーバス とも呼ばれるもの

ソロを繰り返すうちにほかの演奏者が長さに戸惑い、演奏ストップする。

ドラムが構わず演奏を続ける。

日野氏、ドラムの髪の毛をつかみビンタ(軽く頬を叩いたとも)


①について。

私はビッグバンドフリーセッション、両方の経験があります

数十人以上を待たせたうえでのセッションというのは私自演奏したことがなく、またほかのビックバンコンサートでも見たことがありません。

ソロ演奏というのは自分がどこを演奏しているのかを見失いやすく、そのうえで何十人もの子供平等演奏させる計画という時点で破綻しそうだと感じました。

ビッグバンドソロセッションでのソロはだいぶ毛色が違います

ビッグバンドソロはどちらかというと吹奏楽クラシックに近く、演奏の長さやフレーズがある程度厳密に設定されています

一方フリーセッション形式では、楽譜はあって無いようなものです。

メインテーマコードが書かれただけの楽譜を前に、知恵を絞ってアドリブ演奏します。

このコンサートを鑑賞した人たちの言葉から判断すると、この中間形式を取っていたのでしょうか。

また、ジャズビッグバンド指揮者を置かずに演奏する形式メジャーです。それゆえ指揮者を据えての演奏形態は珍しいと思いました。


②について。

延々とドラムソロ演奏したというので、当初はこのドラムがほかのパートに一切ソロを回さず演奏し続けたのだと思っていました。

実際はフォーバス形式が続いたという話のようです。

本人の中ではほかのパートソロを回しているのだから自分演奏を独占したという意識希薄だったのかもしれません。


③について。

ジャズ経験した身としては、演奏をやめてしまった子供たちの実力に不安を覚えました。

ドラム中学生は、確かに暴走したのかもしれません。

しかし身勝手演奏者の存在に限らず、ソロが「暴走」することはよくある事態です。

例えば先ほど少しふれたように、自分がどのあたりのフレーズ演奏しているか見失った場合です。

彼らはそのような事態に遭遇したとき、いったいどう対処するつもりだったのでしょうか。

同じように演奏を途中でやめてしまうのでしょうか。

このような「暴走」に遭遇した場合、いくつか対処方法があります

ソロに構わずにメインテーマ演奏を始めてしまうか、ほかの演奏者がソロ演奏し始めるかです。

やや強引に思えるかもしれませんが、どちらもジャズ演奏する上でよく使われる手です。

今回のコンサートでは順番待ちの子供がたくさんいたそうです。

フリーセッション形式を良しとして見守っていたなら、初めに打ち合わせた順番に構わずに、次々舞台に出てしまってもよかったと感じます


④について。

ほかの子供たちが演奏をやめてしまったので、一人でも演奏を続けるしかなかったのではないか?という考えもできます

発端は彼の自分勝手なのかもしれません。

しかし途中で演奏をやめてしまうほかの演奏者にも責任がないとは言えません。

全員が演奏をやめてしまったのであれば、結局演奏会が失敗したことに変わりありません。

ドラム一人の責任ではなく、事故でも起こりうる暴走に全く対処できないほかの演奏者たち、そして対処の仕方を教えてこなかった指導者責任もあります


⑤について。

暴走する演奏者を止めるには体罰は致し方なしでは?という人も多いです。

ですが止めた後のことはどう考えればいいでしょう。

暴走は止まりますが、その後規律ある素晴らしい演奏成功したのでしょうか?

一人の演奏者の暴走が止まるだけで、演奏会の失敗を食い止めることはできません。むしろトドメを刺したといえます


これら諸々を踏まえた私の考えとしては以下の二つになります


大人数の演奏者すべてにソロを割り振るという企画の無謀さ

先ほどソロ暴走した際の対処例を書きました。

しかしこれらは少人数セッションでは有効ですが、正直な話ここまで大人数の演奏者が存在する場では難しいかもしれません。

ビッグバンドでは指揮者を立たせないのがふつうと書きました。

そこであえて指揮者を置くという意味は、彼らが統率のとれた演奏自力ではできないということです。

小学生中学生ビッグバンドは他にも存在していますが、やはり指揮者は置かずに、主にリズムパート演奏をひっぱっていくバンドほとんどです。

まり指揮者なしではそもそも演奏が成立しなかった。

その実力不足ゆえに招いたのがあの失態であると思います


ジャズという音楽の基礎知識を全く教育できていない

ジャズで最も重要視されるのがアドリブ要素といっても過言ではありません。

実際のセッションシーンでは舞台上のアイコンタクトジェスチャーソロバトンタッチし、自由タイミングアドリブ演奏を続けます

一見難しい技術なのですが、全くの音楽初心者でも、数か月間の練習を経てこれらを堂々と楽しむことは可能です。

上手、下手の差はありますが、そんなことは全く気にしなくていいのがジャズのいいところです。

アマチュアならなおさら

しか日野氏のバンドでは、呼ばれるまで舞台に立たない、ほかのパートソロが続いているにも関わらず演奏をやめてしまうなど、ジャズ演奏の基礎が全く身についていません。

ジャズをやりたいのか、吹奏楽をやりたいのか、マーチングバンドがやりたいのか…目標がさっぱり見えないのです。

そしてビッグバンドフリーセッションが奇妙に融合したバンド形式

子供たちにジャズとはどういう音楽かを教育することに完全に失敗し、その結果が一人の演奏者の「暴走」によって露呈した。

自分教育力不足が観衆に知れ渡るのを恐れた世界ジャズ奏者は、その責任を一人の少年の身勝手さに責任転嫁した。

私にはそう思えました。

これは現代版「裸の王様」なのかもしれません。

2017-09-05

体罰って2種類あることに気づいた

(A) 教育効果を狙った暴力

など。もともと見どころのある生徒をさらに高めるために殴るのと、マイナス評価ゼロに近づけるために殴るのと両方ある。さら

というのもあって、これは普段から関係性を作っておくことで、本来指導言葉も響きやすくするためのもの。これらは絶対なくすべきだと思う。タバコ吸ったとかそういうのも殴る必要はない。

で、自分体罰絶対なくせると思ってたんだけど、ちょっと考えが変わってきたのは次の例

(B) 暴力をふるっている相手鎮圧するための暴力

  • ある生徒が他の生徒を今殴っている
  • 校舎の窓ガラスを壊して回っている
  • 学校廊下バイクを乗り回している
  • 学内で銃を乱射している

こういうのを止めるのって、暴力を使わざるを得ないこともあるのかなって。説得、恫喝、羽交い絞めくらいでなんとかなればいいけど相手が興奮していたりすると効かなそう。とりあえず放置して平和的に後から賠償請求をするって手もあるけど。

今回のヒノテルの件は、一見(A)のようだけど、自分が準備してきたイベントを30分以上に渡って壊し続けられたわけで(B)の要素もけっこうあるな、と思った次第。

[]コブラ効果

一見すると正しそうな施策がかえって問題悪化させてしまうことを指す。

植民地時代インドで、イギリスが「コブラ駆除すれば報酬を与える」という制度を設けたところ、インドの人々はコブラ養殖しはじめた。

あわてて制度を取りやめると、今度は役に立たなくなった養殖コブラ放出されたため、以前よりもコブラの数は多くなった。

といった出来事に由来する。

ただしこの出来事史実かどうかは不明なため、フランスおよびベトナムにおける同様の事例をもって「ラット効果」と呼ぶべきではないかという議論がある。

value騒動解散発表を見るに、一見浅くバカやってわーわー言ってるyoutuberもちゃんと裏で計算してあれこれ動いてたんだなって改めて思った。

ヒカキンとか見たことないけどネットで流し読みしてる分にはすごく好感度も高いし人気もあるみたいだしスキャンダル的なこともなさそうだし、そうとう裏では緻密に生活してるんだろうな。

やはり俺にはyutuberは向いてないや。

2017-09-04

とある習字教室女の子の話

昔の話をしてみようと思う。

随分と昔の話になる。

私が中学生だった頃の話だ。

私は、とある習字教室に通っていた。小学生の頃から通っている教室だった。私は毎週土曜日の午後に、その教室に通っていた。

私はそこで、筆と硬筆(いわゆる鉛筆)の書き取りをしていた。手本を見ながら、それを紙に写していき、都度先生に見せて指導をもらう。そんなことを、毎週していた。

ただ、この一見単純な作業、それなりに体力が要る。手本の通り、或いはそれ以上のものを書こうとすると、かなりの試行錯誤必要だ。

気が付くと、たいてい夕暮れ時になっていることが多かった。

教室には、私の他にも何人か、私と同じ中学校の生徒が通っていた。そこで、教室先生は、帰る方面が同じ人は、なるべく揃って帰るように促していた。

そこで、私と同じ方面に帰っていた女の子がいた。身長は低めで、とても顔立ちの整った女の子だった。彼女と同じ方面に帰る人は、私以外誰もいなかった為、私達は大抵、帰るときは二人で帰っていた。

帰る間、彼女と私との間には特におもしろい会話もなく、文字通り、ただ一緒に帰るだけの関係だった。

その当時、彼女にはとある噂があった。クラスの中のサッカー部男の子が好きとか、実はお互い好きで付き合っているとか、そんな噂だ。

ただ、しばらくするうちに、その男の子と別れた、という噂が出始めた。その男の子が、よくつるんでいた同じサッカー部員に対して「彼女、俺のこと好きじゃないから」みたいなことを話していたのを聞いたことがあったので、付き合っていたかはともかく、彼女の心がその男の子から離れていたのは、どうも事実のようだった。(周りをごまかすための嘘であった可能性もあるが…。)

ただ、そんな噂と一緒に、その女の子が私に対して好意を抱いているという噂も流れていた。

しかし、私と彼女との関係は、習字教室から一緒に帰る関係から、進展することはなかった。

その当時、私はとにかくストイック部活動に励んでおり、また異性に対する恋についてもよくわかっていなかった。(残念なことに、今でもよくわからない。 )

ただ、ぼんやり彼女のことは、かわいい女の子だよなぁ、と他の女の子にはない感情はあったと思う。

何度か、直接聞いてみようかな、と思うことはあった。実際その男の子の子と付き合っているか、とか、実際私のことどう思うか、とか。

ただ、実際に聞くことはなかった。その行為彼女に対して失礼なのではないかと思ったからだ。

そんなこんなで月日は経ち、卒業式。ついに私達の関係は、ほんとうに、全くなにも進展しなかった。ただ、実は私は彼女のことを少し意識していた。

この卒業式の日(実は別の日かもしれない。よく思い出せない…。)、私はとある別の女の子から告白をされた。ただ、私は、その子のことを、半ばよくわからない形で振ってしまった。告白してきた女の子からすれば、OKなのかNGなのかわからないような感じだったと思う。逃げるように振ってしまった。

もし、このとき告白されたのが、習字教室を一緒に帰った彼女であったならば、私は喜んで受け入れていたと思う。今にした思えば、私は彼女のことを好きだったのかもしれない。

その後、私達は別々の高校に進み、習字教室卒業したため、その後彼女との接点はなくなった。彼女の家の場所は知っていたので厳密には皆無というわけではないが、お互いに会うことはなかった。

当時の噂は、どこまで本当だったのだろうか。いずれにしても、私のようなヘタレ男と付き合わなかったのは正解かもしれない。

ただ、私は今でもたまに、彼女のことを思い出す。

彼女は今、元気だろうか。幸せ暮らしていることを願うばかりだ。

2017-09-03

ベーシックインカム社会保障トレードオフではない?

経済学専門家ではないので間違っていれば教えて欲しいのだが。

BIの財源について、多くのシミュレーションでは現行の社会保障費を削って、その分を割り当てるもの仮定されることが多いのだけれど、いろいろ考えてみた結果、実はそんな必要は無いのではないかという結論に至ったので、ちょっと一緒に考えてみて欲しい。

車輪再生産かも知れないので、その点も指摘して欲しい)

 

ちなみに結論を先に言っておくと、私はBIの財源には法人税増税分(および個人事業主に対する所得税増税分)を充てるのが適切だと思う。

理由は、そうすることで、現行の経済の仕組みをほとんど崩さずに(新たに得をする人も、損をする人も、ほとんど生まずに)BIを導入することが可能になると考えられるからだ。

なぜそんなロジックが成立するのかについては、以下で詳しく説明をしていきたいと思うが、その前にBIを導入する目的について確認しておきたい。

 

そもそも私がBIを導入すべきだと考えている理由は、

という究極の目的のため、

という施策を行う必要があり、そのための方法としてBIが有用だと考えられることにある。

 

BIの推進論者の中には、例えば、社会保障の一本化による効率化や、現行の分配システムによる不平等の解消など、上記以外の効用をBIに求めている人もいるかも知れないが、それは私の考えるBIの目的とは異なるので、ここでは考慮しないことにする。

 

では早速、私の考えるBIの枠組みを説明していきたいと思う。

 

まず、BIの金額を設定する。ここでは、人間一人が最低限生活するのに月額10万円が必要である仮定し、それと同等の金額が全国民に一律支給されるものとする。また、BIの導入に合わせて、現行の解雇規制を大幅に緩和する。職を失っても最低限の生活保証されている以上、企業が好きなとき従業員解雇しても問題はないという考え方を取り入れる訳だ。

 

さて次に、とある会社(A社)の給与体系をモデルケースとして設定する。

 

[A社(従業員3名)の各給与

従業員1】
従業員2】
従業員3】

 

さて、ここでA社の月あたりの人件費の合計は80万円であるが、BIの開始によって、各従業員会社以外に国から現金支給を受けることになる。

従業員世帯毎のBI額は以下のとおりである

 

従業員1】
従業員2】
  • 10万円(本人)
従業員3】
  • 10万円(本人)

 

会社は、各従業員世帯収入がBI導入以前と同等になるよう給与を減額し、その分を法人税(BI税)として国庫に納めることとする。

 

[BI導入後のA社の各給与

従業員1】
従業員2】
従業員3】
  • 0円

 

極端な例を示したため、従業員3の給与が0円なってしまい、これでは従業員3が離職してしまうのではないかという懸念が生まれるかも知れないが、問題はない。

BIの導入によって、国内のあらゆる企業給与水準は(単身者場合10万円ずつ低下しているため、理論上は、(流石に0円では困るが)1円でも給与が発生するならそこにはインセンティブ存在するものと考えられる。

はいえ、現実には1円で働く人など誰もいないだろう、というツッコミが聞こえてきそうだが、やはり大丈夫だ。問題はない。

なぜなら、実際には「従業員3」の給与は1円よりもずっと多くなることが予想できるからだ。

原資となるのは、解雇規制撤廃によって可能になったリストラによる余剰人件費である

A社の場合、例えば月給20万円の「従業員1」を解雇してより安価人材へと置き換えることによって人件費のムダを省けば、その分の人件費を他の従業員へと割り当てることが可能になる。

現状、企業側の一方的解雇労働者に著しい不利益となるため厳しく制限されているし、特に家族を養わなければならない「従業員1」のような人を解雇することは企業倫理的にも難があったが、BIによって扶養家族も含めた世帯収入が最低限保証されているのであれば、リストラも許容されると考えるのだ。

なお、ここで「解雇規制を導入したからといって企業生産性が向上するとは限らない」から「余剰人件費が生まれるとは限らない」という主張は当然ロジックとしては成立するものの、今回のシミュレーションにおけるBI導入のそもそも目的が「解雇規制撤廃雇用の流動化」による「日本企業国際的競争力向上(生産性向上)」である(上述)以上、その点については既に定義として肯定されていることに注意いただきたい。

(つまり解雇規制撤廃すれば生産性が上がる」というのは大前提となる仮定なので、ここでは議論しないよ……ということ)

 

さて、以上が私の考えるBIプランの大枠であるが、このプランメリットについて、もう少し詳しく触れておこう。

最初に述べたように、この方法でBIを導入した場合社会保障の枠組みは、現行の制度に特段大きな変更を加えることなく、そのまま運用することが可能となる。

保険制度年金制度をBIに統合しようとすると、どうしてもBIへの移行は大掛かりで複雑なものにならざるを得ないし、その過程で必ず、得をする者と損をする者、そして利権が発生する。

現状、様々な面で破綻や不平等が指摘されているこれらの社会保障制度と一本化を行おうとすれば、全方位から圧力が加わってろくな制度にならないであろうことは予想に難くない。

であるならば、いっその事、BIはBIとして独立して導入を図った方が実務の面でも難が少なく、システムが単純な分、透明性も高くなることが期待できるはずだ。

また、そもそもの筋論から言っても、BIの導入によって世帯収入の一部が補填され、それによって企業人件費の削減が可能となり、その分の増税可能になるという循環ロジックこそが、最も自然なBIの在り方であるはずだ。

 

と、ここまで説明してきたが、最後に上記のシミュレーションでは触れなかった細かいケースについても解説を行っておきたいと思う。

 

[元々の月給が10万円未満の人はBIの導入によってどうなるのか]

まず前提として、今回のシミュレーションでは人間一人が最低限生活するのに必要金額が月額10万円である仮定している。

にも関わらず、10万円未満の給与の人が存在するとするならば、その人はBIの導入以前より自活できていないことになる。

例えば、仮に月給5万円の人がいたとして、この人は生活するため必ずどこかから月にもう5万を入手していなければならないということだ。

そこで、ここでは仮に親から仕送りが5万円あると仮定しよう。

 

【本人】
【親】

 

BIが導入された場合、単純に数字を当てはめると以下の通りになる。

 

【本人】
【親】

 

本人の給与マイナスになってしまったので、当然、本人は仕事を辞める選択をするだろう。この場合、困るのは働き手を失った企業の側だが、これは、そもそも人間一人をひと月拘束しておいて、人間がひと月生活するのに必要金額を支払っていない方に明らかな問題があるケースだ。

BIの導入は、むしろこういったブラック企業を淘汰する役割も果たすといえるのである

 

無職扶養家族)の場合にはどうなるのか]

専業主婦ニートに対してもBIは支給される。一見すると、これらの人々はBIの導入によって得をしているようにも見えるが、前述のシミュレーションを見れば分かるように、そもそもこれらの人々は誰かの扶養に入ることで生活を成り立たせている。BIの導入によって稼ぎ手の給与扶養家族の分も合わせて減少するため、結果として世帯では収支に変動は発生しない。

 

生活保護場合にはどうなるのか]

唯一、生活保護についてはBIと一本化を図る必要があるだろう。もともと生活保護は「健康で文化的な最低限度の生活」を実現する水準……つまりはBI相当額を支給する制度と考えるのが一般的なので、それまで申請しなければ受給できなかったものが、無条件で受給できるようになるというだけの変化が起きるに過ぎない。

無論、財源は理論上、それまでの生活保護予算で賄うことが可能だ。

 

企業のBI税額をどうやって算出するのか]

単純に「(従業員数+従業員扶養家族数)×BI金額」で算出する。

企業に算出させると過少申告が起きるかもしれないので、各個人に申告義務を課しても良いかも知れない(BI支給要件として)。

 

以上、個人的妄想をつらつらと書き綴ってみたが、矛盾論理破綻などあっただろうか?

各位のご意見をお聞かせ願えれば幸いである。

ここ10年で本(雑誌漫画は除く)を200冊ほどしか読んでないのだが

本当に文章力落ちてきてる。

ネットに転がってるようなくだらない文章ばかりよんでここ20年ぐらい過ごしてきたのがボディーブローみたいに効いてきた。

ワロスだの(核爆)だの草生えるンゴギザヤバスだの言ってりゃコミュニケーション取れてしま世界に長くのは不味かったらしい。

定期的にちゃんとした文章が書かれてる物を読んで、どういう文章がまともなのかを認識し直さないとあかんね。

ラノベエッセイレベルでもいいから、一応は校閲通過済みの文章をもうちょい読むべきだった。

中学生の頃の自分のほうがまだ文章力あったなと常々感じる。

あの頃は週1冊は本読んでたから、どういう文章を書けば少しはマシに見えるかがすぐにイメージ出来てた。

頭の引き出し開ければ少し前にインプットしたまともな文章パターンがいくつも出てきたからなあ。

最近句読点省略してるような文章ビックリマーク多用してるような文章ばかりインプットしてるから引き出しの汚染が進みすぎて使い物にならない。

ガベージインガベージアウトの法則だね。

いやいや人間やっぱ本は読んどけですよ本当。

本読んだ所で一見何の役に立たないように見えても、最低限度まともな文章はどう書けばいいのかが無意識レベル修正されるから

まともな文章を一行読むたびに、微粒子レベル自分文章構成における微妙なズレが矯正されていくんだよ。

その重要さが改めて実感できた。

一度本から離れて離れて離れまくってやっと再認識した。

うんこのようなものをもらした

うんことは何か。Wikipediaで「うんこ」を調べると「糞」にリダイレクトされる。Wikipediaでは「糞」の説明

糞(くそ、ふん、くそは「屎」とも表記)とは、動物の消化管から排泄される固体状の排泄物屎尿)。糞便(ふんべん)、大便(だいべん)、俗にうんこ、うんち、ばばや、大便から転じ大などとも呼ばれる。しかし、硬さや大きさ、成分などの違いで呼び名を使い分けている訳ではない

とされている。

Wikipediaの項目「糞」に記載説明に従えば、以下の要件を全て満たすものうんこであると考えられる。

  1. 動物から排泄された
  2. 消化管から排泄された
  3. 固体である

一応、他の資料にも当たってみた。三省堂大辞林には「大便」について以下のように説明されていた。なお、三省堂大辞林検索結果は、Weblio経由で得られたものである

人間肛門から排泄する食物のかす。くそ。糞(ふん)。便。うんこ

ここで、「食物」は、三省堂大辞林には「食べ物」と説明されていた。「食べ物」は、同辞典には「①食べるもの食用品。しょくもつ。食いもの。②(飲み物に対して)かんで食べる物」と説明されていた。すなわち同辞典では、食べ物(=食物)は飲み物と対比されるものとされていた。してみれば、同辞典における大便の説明で「飲食物」ではなく「食物」とわざわざ記載されているのは、大便という概念を、固体である食べ物に由来するもの限定する意図があると推定された。

従って、三省堂大辞林の項目「大便」に記載説明に従えば、以下の要件を全て満たすものうんこであると考えられる。

  1. 人間から排泄された
  2. 肛門から排泄された
  3. 固体である食物のかすである

両者の間には、若干の表現差異がある。三省堂大辞林は、主体的要件を、「動物」より狭い概念である人間」に限定している。また、三省堂大辞林は、経路要件を「消化管」ではなく、消化管の末端である肛門」に限定している(消化管から排泄されながら肛門を経由しないという状況が想定できないので、実質的に経路要件は同一であるとも言えるが)。さら三省堂大辞林は、客体的要件を「固体」より狭い概念である「食物のかす」に限定している。もし、「食物」が「飲み物」も含む概念であると解されるならば、「食物のかす」は「液体」を含む広い概念であることになるが、上述のように三省堂大辞林は「食物」に「飲み物」を含めていない。

しかしいずれの説明採用するにしろ、「うんこ」が固体であるということには疑いがないと考えられる。

ここで、人間という動物である私は昨晩、消化管の終端である肛門から液体を漏らした。

私は、昨日の夕方から下痢気味だった。夕方から21時頃にかけて、私は3回くらいトイレで排泄行為をしたのだが、その結果、液体の中に食物のかすが混じったもの便器にあった。これら3回の排泄行為の結果、私の便意は収まった。そして23時頃、私は自宅最寄り駅にたどり着き、自転車に乗り換え、自宅に向けて自転車を漕いでいた。踏切に引っかかったので、私は両足を地に着け、腰を上げた。その瞬間、おならではない何かが肛門を通り抜ける感触を私は感じた。

おそらく、腰を上げる際に下腹部に僅かに力を入れたことが、この通り抜け現象の引き金になったのだと思われた。しかし、前触れは何もなかった。その時、私は何ら便意を催していなかった。なので、私は肛門に突然生じた感触驚愕した。「うんこだ!」 私の頭は、突然ひらめいたうんこという単語で満たされた。

反射的に、私は括約筋を閉ざした。肛門付近の状況は全くわからなかった。肛門で感じられた漏出量は僅かだったので、大惨事には至っていないだろう。しかしある程度の被害パンツに生じていることは疑いないように思われた。幸い、周囲は暗いので、万が一うんこ衣服の外部に染みていても、通行人うんこ漏れたことが露見することは無いだろう。私は自転車サドルに腰を下ろすことなく家に急いだ。

帰宅後、私はすぐにトイレに駆け込んだ。肛門からは、液体の中に食物のかすが混じったものが出た。それから私はパンツを確かめた。すると、奇妙なことに、紫色の私のパンツには一見異常が認められなかった。どういうことだ? あの感触は、おならにはない独特の存在感があったのだ。無いわけがない。私は目を凝らした。すると、パンツの、丁度肛門と接触するあたりに、濡れた箇所があるのを私は発見した。食物のかすは付着していなかった。布地の色のせいで、パンツを濡らした液体の色はわからなかったが、かなり透明度が高いように見受けられた。

ここで、私が濡らしたものが上述のうんこの3要件を満たすか否か検討すると、以下の通りとなる。

  1. 主体的要件について
  2. 経路要件について
  3. 客体的要件について
    • 私が漏らしたもの実質的に透明の液体であり、食物のかす等の固体はここに一切含まれなかった。従って、客体的要件は満たされない。

してみれば、私が漏らしたものうんこ3要件を全て満たすものではないのでうんこではない。私はうんこを漏らしていなかった!

ただし、ここで別の問題があるように思われた。私は何を漏らしたのだろうか。

肛門から漏れる気体はおならと称される。肛門から漏れる固体はうんこと称される。しかし、上述の検討から導かれたように、「うんこ」は液体を含まない概念である肛門から漏れる液体はうんこではないとわかったが、これの名前が私にはわからなかった。慣例的には、私が漏らしたものは水様便、又は下痢便と呼ばれるものなのであろう。しかし、「水様便」及び「下痢便」のいずれの表現からも、私は、液体の中に食物のかすが混じったものを想起する。液体のみからなるものを「水様便」又は「下痢便」と称することは、厳密には誤りではないか

ここで、私はWikipediaで「下痢」を検索した。ここには、以下に引用する記載があった。

下痢(げり、英: diarrhea)は、健康時の便と比較して、非常に緩いゲル(粥)状・若しくは液体状の便が出る状態である。主に消化機能の異常により、人間を含む動物が患う症状であり、その際の便は軟便(なんべん)、泥状便(でいじょうべん)、水様便(すいようべん)ともいう。

Wikipediaは「液体状の便」について言及しているが、「液体*状*」という表現は、完全な液体ではないことを示唆している。上述のように、三省堂大辞林及びWikipediaのいずれにおいても「便」は「固体」である。「液体状の固体」は、液体に近いが液体になりきっていない固体であると考えられる。Wikipediaは「液体状の便」が「軟便」「泥状便」「水様便」である説明しているが、してみれば、液体のみからなる私の排泄物は、「軟便」「泥状便」「水様便」のいずれにも当たらないように思われる。

しかし、Wikipedia下痢」には、さらに以下の説明があった。

東洋医学では泄瀉(泄は大便が希薄で、出たり止まったりすること。瀉は水が注ぐように一直線に下る)とも呼ばれる。

「瀉」は、水が注ぐように一直線に下るものであるとされる。私の排泄物は、これに近いように思われる。私は瀉を漏らしたのか。

ここで私は「泄瀉」についてWebで調べてみたが、あまり情報がなかった。一番詳しいように見える、群馬漢方薬局の方がやっておられるBlog(https://ameblo.jp/hideo3355/entry-12163635334.html)には、以下のように説明されていた。

泄瀉(せっしゃ):「泄」とは排便時に希薄な大便が緩やかに排出される症状を指し、「瀉」とは排便時に清稀な大便が水のようにまっすぐ流れ注ぐもの。両者をあわせて泄瀉と呼ぶ。

「瀉」は、「清稀な大便が水のようにまっすぐ流れ注ぐものであるとされる。「清稀」は日本語ではないようだが、Google翻訳中国語日本語翻訳にかけると「クリア」と翻訳された。「瀉」はクリアな大便。私は「クリアな大便」という表現からはどんな物体も想起することができなかった。ここから先は、漢方医学の専門書などにあたらなければ正確なことはわからないように思われたが、疲れた私は「私はうんこをもらさなかった」という確信と「私は何を漏らしたのかわからない」という不安を抱えたままシャワーを浴びて寝た。

2017-09-02

正義マン問題

正義マン世界蔓延っている

正義マンってのは、自己判断で、良かれと思って、悪を断罪する人たちだ 

まり私刑社会的制裁行為

 

正義マン痴漢でよく語られる

「この人痴漢です」という声を信じ、被疑者をどこまでも追い詰めるような人だ

 

正義マンはどこにでも居る

正義ぶったメディアもそうだし、廊下を走った子を捉えようとして廊下を走る委員長もそうだ

web通報行為を繰り返す人もそうだし、SNSで皆で誰かに罵詈雑言を浴びせる行為もそれだ

関東大震災の時に朝鮮人を殺して回った人もそうだろうし、体罰をした指導者非難するのもそうだろう

 

正義マン問題は3つある

1.自己判断に依っている

  →その人の思想信条に依るし、騙されてる可能性もある、罪の大きさをその人が判断している

2.良かれと思っている

  →自分が正しいと信じているせいでエスカレートし、タガが外れる

3.数の暴力に発展する

  →同じ情報を多数の人が見ると、正義マンの反撃が果てしない規模で個人に向かう

 

この現象構造問題であって、一見すると非常に奇妙に見えるはずだ

正義対象になる行為は、その程度が大きい場合もあるが、犯罪に満たない些細なものだったり、個人思想依存のものだったり、それ以前に噂程度ということもある

しか正義マン逆鱗に触れると、ことの真相行為の大小に関係なく正義執行されてしま

暴力は良くない」という理由で「暴力を振るわれる」というのが最も奇妙な例だ

そして、正義マン自分で「このくらいの仕返しなら良いだろう」と思うような正義執行でも、その数が千や万になると大きな暴力となり奇妙な状態になる

正義執行そもそも行為被害者や、関係者全員を不幸にするケースもある

そうなるともはや正義マンこそが悪という、これまた奇妙な状況が生まれ

 

こういった問題は、SNS炎上や、ワイドショーネタ、性の問題ポリコレ周辺で多く発生していると思う

差別発言をしたものリンチしてもいい、性犯罪者は皆殺せ、みたいな。おおよそ社会的価値観とは合わない意見が展開されている

 

正義マン問題解決するのは非常に難しい

メディアSNSを止める術など現実的に無い

ただ個人で心がけることはできる

 

真相を正しく理解する

正義執行しようとしない

真偽不明なことを拡散しない(自分不用意な拡散が、誰かを正義マンに変身させている)

・周りの意見に流されない、冷静な意見を心がける

感情的に考える、バランスを考える

正義マン暴走勇気を持って止める(これは非常に難しい。簡単に悪認定される)

 

ちなみに一時期、2chではこれが上手く機能していたことがあった

スレ意見は、スレタイでの意見の方向に大抵流されるが

途中で「実は真相が違っていた」という場合に、安易にのっかって非難していた正義マン達が今度は追求される側になるという現象が起きたのだ

「こいつらは禄に調べもせず、スレ情報鵜呑みにして叩いたバカだ」と言った具合に

私も何度も踊らされては、後から真相を知って自分正義ぶった書き込みを恥じた覚えがある

やがて正義ぶった行為の愚かしさを学んでいくのだが、今の世の中全体の情報の流れ(SNSメディアワイドショー)だと、そういうのが体験しづらくなっていると思う

そこはどうにかできるのでは? と思う一方で、暴走する正義マンはどこにでも居るので、仕組みだけじゃ解決しないなとも思う

 

もう一つ、「バランスを考えろ!」という言葉2chであった

些細な過ちに、あまりにも正義マンが湧きすぎるとそう言った声が出た覚えがある(バランス厨とか言われるけど)

要はやり過ぎへの懸念の声が見えたわけだけど、今のSNSなどの仕組みだとそういった声は目立たないと言う問題もある

もうこれしきのことで勝ったの負けたのと大騒ぎをするな、と。

https://togetter.com/li/1145999

  

そんなことより、ここには重要なヒントが隠されているじゃないかポリコレ気味女子の急増する現代においては、CMなどにおける性表現に関してどんどん厳しい社会一見なっているように見える。だがそうではないのである。そりゃあ例え地方局の深夜帯であろうと、外人のネエちゃんが何故かおっぱい丸出しで海辺をこっちに歩いてくるようなレコード屋のCMを見るようなことはもうないだろう。しかし、ちょっと頭の悪そうなおネエちゃんたちが出張にきてる行きずりの男とビールを飲んでアヘ顔するぐらいのCMならこの先いくらでも見ることができる。ただできるのみならず、胸を張って見ることができる。そのための方法論がここにはある、という寸法だ。

  

いまどき大概のCMなんてどうせ2パターンぐらいつくるだろう。

その1パターン目を男でつくっておいて、まずはポリコレ気味女子にさんざん大絶賛させるわけだ。ポリコレ気味女子に大絶賛されるためには、当然CMの中の男は性的に描かれなければいけないし、ちょっとバカっぽく見えるぐらいがいい。何か間違ってるような気がするかもしれないが、ここはこれでいいのだ。食い付きをよくするためだ。そのようなポリコレ気味女子の大絶賛に対して「そういう発言ポリコレ的にどうか」ぐらいの軽い突っつきは、戦略としてあってもいいだろう。そうすっとポコ女子(略した)としては、このCMいかに素晴らしいか、それが今まで自分たち批判してきたものと180°正反対であるか、盛んに発言せずにはいられないわけだ。もうそれはどうしてもそうしなくてはいられないわけだ。ポコポコ女子としては。

  

そこに到ってはじめて、かねてより用意してあった全く同じプロットの女版を出す。じつはこれが本命。男版は囮だ。ハニートラップってやつだ。このちょいエロCMを目の当たりにしてポコ女子たちは言葉を失うが、時既に遅し。何しろ自分たちがはっきりと承認を与えたあとだ。あまつさえ自分承認正当性で吹き上がってる真っ最中だ。ここで大事なのはポコ女が盛んに反論してる間は決してこのポコポコものダブルスタンダードを指摘しないということだ。何が正しいか、そんなことはどうでもいい。とにかく言いたいことを言わせておく。大事なのはいかに女をエロく描いたCMを誰にも気兼ねなく制作放映し、またそれを観て楽しむことができるかだ。ポコっ娘たちも、じつをいえば半裸のオトコの出てくるちょいエロCMを何の気兼ねもなく楽しみたいと思ってるわけだから、この流れはむしろ大歓迎だ。大歓迎なんだけど、ただそうは言わないだけだ。これはポリティカルでありコレクトである、と、そう言うだけだ。世の中とはそういうものだ。

  

結局男も女もどっちも観たいと思ってるんだからウィンウィンだ。勝ち負けの話ではないのだ。カチカチだ。カッチカチのウィ~ンウィンだ。

この方法副産物として、CMには男と女キャストを同数雇うことになる。雇用機会均等法だ。まさにいいことづくめだ。ポコ気味男女均等法だ。

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