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2018-02-17

彼氏と別れた

性格の不一致っていう理由にしては

別れるまで時間かかったね

君は理想高くて、

マイナス思考が移るから嫌って、

マイナス思考になるの嫌って言い訳だよ、

マイナス思考すらプラスというか

巻き込まずにすればよかったよね

無関係でいればしあわせだったのに

君はマルチ商法にハマって、

明るくなった

私にマルチ商法ビジネス素敵だって言ってきた

これさえなかったらしあわせだったのに

なんも言わなくて始めてたらよかったのに

君といきたくて仕事も変えて頑張って内定貰ったのに

君といきたくてお金が無い旅行言ったのに

全部楽しいからよかったのに

お互い理解できてなかった

落ち着いていなかった

あなたバカな男

私はバカな女

あなたがいたから生きてたけど、

いないなら生きる意味なんてない

仕事しても意味が無いなら

死んでしまった方がいいや

KSKカレッジという地上の楽園

かつて株式会社KSKテクノサポートという特定派遣会社があります

ここでは正式内定を得るためにはKSKカレッジというこの会社運営する教育施設20日間収容されてCCNA資格を取らなければなりません。

でもその時点では社員でもないか給料が出るわけもなければ、アルバイトとかで働けるわけでもない。稼ぎないのにどうやって生活しようか…?

しかし、そんな心配無用です。なんと慈悲深き株式会社KSKが、住居と食事提供してくれるというのです。なんてありがたい!

しかし、実際はそんな上手い話もなく…

kskカレッジマジで地獄でした。タダで住める寮は、めちゃくちゃ汚い。マジで

僕は築25年のマンションに住んでますが、そこと比べてもずっと汚い。古い家の匂いがして、そこにいるだけで気持ち悪くなるレベル。これなら定期を買って通勤した方がマシですが、残念ならがらそれは許されません。

ご飯はというと、マジで豚の餌。くっそ脂っこい揚げ物だらけの弁当を昼と版に支給して頂けます。僕は結構食べる方で、ラーメン二郎も大好きです。そんな僕が、弁当ひとつ食べるのがやっと。向こう側としては「食べさせてやってる」という意識なのですが、恩着せがましいにも程がある。

あれなら自分お金払ってでも自分で買って食べた方がずっとマシなレベル

その豚の餌(昼食)はプレハブ小屋みたいなとこで食べさせられます

そこに入る際は「○月○日から研修を受けさせて頂いております、○○と申します」とか言って入らなきゃいけません。

まじで犬小屋みたいなプレハブに。何様のつもりなんだろ。

さて、そんなKSKカレッジですが、特に素晴らしいのはあそこにいたとても立派(笑)講師の方たち。

ここの講師には嫌な奴しかいません、こっちが反論出来ないことをいいことに。

特にそこで偉そうにしてた先生がいました。

その先生自己紹介により地獄の日々は始まりのですが、

その最初一言は私は転職経験は一度もありません」という言葉

これを誇らしげに言うんです。今の時代転職経験なしを誇らしげに語るのか…。

もうこの時点で僕はこの先、自分はここで楽しい思いを一切出来ないことを悟ったね。そしてその先生のありがたい自己紹介は続いて

「今の携帯電話の5000分の1は私が作ったものだと思ってます」とのたまいました。

他社に売られることによって生計を経ててきた派遣エンジニア哀愁を感じたね。「ここにいたらいけない」とかなり強く感じた。

この先生格言はまだいくつかありますが、特に彼が気に入っていた言葉

挨拶を出来ない子が中身を私の見てくださいとか言うことがあります。でも、切ったところで肉しかないんだから」というもの

これは彼の決め台詞みたいなもので、短い滞在中、何度も聞かされました。

他にもKSKカレッジでは人間家畜化するありがたい、ねずみ男みたいなチビによる人間力講座なんかもあるよ!

僕には到底、彼に人間力があると思えませんでした。「こいつを反面教師にしなさい」という意図なんでしょうか。

ちなみにこの授業で使う教材はあの名著「生き方」。この時点でお察し。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

これは上記KSKカレッジを辞めてすぐに怒りに任せて書いたそこの感想

辞めた理由としては、目が悪いということで人財開発部の部長に一時間詰められて心が折れたから。

ネットでは良いことばかり書かれているあの地獄真実について、

ネットの隅にでも記録を残して置こうと思い、

感情を抜いて綺麗な文章にしようと何度かリライトしたが、

どうもそれは無理みたいだったので、

そのままの形で投稿することにした。

2018-02-16

ゼミの友人で有名企業内定もらったのに断って中小にいった男がいる。

理由聞いたら

「駐車スペースにツバメの巣がありその糞を社長掃除していたから」

そんな友人とはいまでも遊ぶのだが、とにかく生き生きしている。

もともと一緒にいると楽しい男だったのが、さらに高まっている感じ。

女性週刊誌皇室記事の書かれ方

女性自身女性セブン週刊女性などの女性誌はほぼ毎号のように皇室の話を記事にしているが、眞子さま小室圭さんのお付き合いを最初に報じたのは女性週刊誌ではなく写真週刊誌のほうだった。女性誌の記者にも2人のお付き合いの情報は入っていたはずだが、女性誌の記者NHK報道するまでそのことを記事にすることはなかった。そして2人の婚約内定し、今になって女性誌主導の小室バッシングが始まる。

こうして流れを追ってみると、それぞれのメディア情報源リーク元が垣間見えて面白い

 

はてなブックマーク - 小室圭さんの母「皇室サポートを」と要求か (NEWS ポストセブン) - Yahoo!ニュース

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180215-00000011-pseven-soci

2018-02-15

就活をしたら、「どうして生きているのか」の答えが出た。

正確には、就活の準備をしたら答えが出た。結果から言うと、私は始まってすらいない就活をやめることにした。

中学生の時は、「なんでどうせ死ぬのに勉強しなければいけないんだろう」

高校生の時は、「なんでどうせ死ぬのに受験しなければいけないんだろう」と思っていた。

中学3年の時、担任に「生きがいってなんですか?」と聞いた。暗い人間と思われるのが嫌で、笑いながら聞いたけれど、本当は「何で生きてるんですか?」と聞きたかった。

高校に上がっても大学に入っても理想と違っていたのは、「いつかどうにかして上手くいく」と信じていたからだ。自分で変えようとしないと、楽しくはならない。だからいつも、上手くいかないと悩んでいた。

入学する前は漠然とした輝かしいイメージがあって、人と比べると落ち込んでしまうけど、だからといって生きていくのに他人と関わるのをやめてしまうのも意味がない。自分に見合った人生を楽しむ必要がある。

そして大学生の今、「なんでどうせ死ぬのに就職しなければいけないんだろう」と思っている。思っていた。もちろんこれから約60年くらいかを生きるためだ。じゃあ何のために生きているのか。ありきたりだけど、私は幸せになるためかな、と思う。

幸せは人によって違うし、上を目指そうと思えばきりがない。

生きていく上で必要なことは「幸せの上限」をつくることだ。

インターネットが普及して、人の生活を見る機会が多くなった。見られることを意識した投稿は少なから演出がされている。それを見て、手が加えられた人の幸せを、自分幸せだと錯覚してしまう。

就職活動自分がやりたいこと、やれること、やらなければいけないことを、その会社が求めていることとすり合わせる作業だ。

そして何よりも就職活動重要なのは、今まで何をやってきたかに加えて、その企業で「何をやりたいかなのだ10年後のビジョンがないのなら、入ったって意味がないと思った。

今までは、未来を上手く想像出来ないでいた。そこそこに名の通った大学に通っても、目標がないまま過ごす大学生活は当然のことながら面白くなかった。

ずっと考えていた。馴染めないことや、違和感について。

今まで生きてきて、やりたいことがひとつだけある。それを今、見つけた。見つけたというより、今までもずっと傍にあって、でもどうせ無理だからと目を背けていた。

そのために雇われることをやめようと決めた。並行してできる人もいるかもしれないけど、そこまで器用ではないことにはもうとっくに気づいている。

から私が言うようなことを、昨日までの私が読んだら、「夢がある人はいいなあ」と思っていたと思う。私はそちら側にはなれない、そう思っていた。自分も当たり前にみんながやっている生活が、自分にとっての幸せだと信じていたからだ。

本当は、挑戦するきっかけは気付いてないだけでたくさん転がっている。

きっと私はこれから5年もすると、世間の平均から大きくずれてしまうだろう。友達のする仕事の話や家庭の話に付いていけなくなるだろう。生活水準にも差が出来ると思う。病気になった時、生活保護に頼るかもしれない。でもそれで良い。毎日あってもなくても変わらないような生活をしていたけど、今はもう違う。目標ができた。

目標を叶えて、私は生きていて良かったと必ず思う。今度はちゃんと想像ができる。高い買い物が出来なくても、立派な家に住めなくても、家族が出来なくても、自分が何の為に生まれて、社会に組み込まれるかがやっとはっきりと分かった。同時に、やりたくない仕事をやって、もしもの時のためのお金を蓄えるために働いて、好きな物を買っても、きっと私は幸せになれないことに気付いた。みんなの幸せ自分も当てはめて、納得することができないと思う。

いままで不安だったのは、周りと同じように出来るだろうか?という不安だったと思う。同じように就職できるだろうか?という心配だ。

高校とき白木屋コピペを見て、こうはなりたくないな、怖いな、とずっと思っていた。しかしあれは他者視点であって、自分視点ではない。他者にとっての幸せ自分幸せではないし、自分幸せ他者幸せではない。一般的な道を外れるからには、一般的幸せを獲ることを諦める覚悟必要だ。視界がクリアになった。この人生で、やりたいことが明確になった。

一般的幸せがぴったりとあてはまっている人は、私の言っていることに違和感があると思う。なぜならこれはあなた幸せではないからだ。

このまま就活をして、内定をもらって正社員になって、夢を見ていたことも忘れて、たまの休み自分のやりたいことをやって、そして私は「こんなもんか」と思うのだろう。それは絶対に嫌だから、何でも出来る今、リスクのある方を選ぶ。時間は有限だから、私は就職活動をしない代わりに力の限りを尽くして夢を叶える準備をする。そのためにここに書いておく。叶えたらまた書きにきて、次の目標を書く。叶えられないときは、死ぬときだ。

2018-02-14

契約切られた

経験者でも採用されて

一年かけてなんとか知識を身に着け仕事もそれなりにできるようになるが

その頃には無能レッテル貼られてほとんど仕事も回されないまま契約解除

翌年には別の未経験者を採用

というよくわからない非正規ポスト

前任者は早い時期から切られるという話があって(もちろん本人は知らない)自分はその頃から内定確約みたいなのもらってたんだけど

まぁ一年後には同じパターン無能扱いされてポイですよ

経験は身についたし次の仕事決まってたからよかったけどさ~

後任も同じ目に合うと思うとやるせねぇナ

経験採用しようにも人がいないのはワカルんだけど

就職氷河期(13卒)の奨学金返済について

近頃また奨学金の返済が苦しいというニュースが流れてきたのでネット民の参考と自身備忘録として

自分収入状況と返済状況についてまとめてみようと思う。

日本学生支援機構第一種奨学金を利用して2009年4月から2013年3月まで3,072,000円を借用した。

大学は滑り止めの日東駒専文系学部に現役で進学してまあまあ真面目に勉強した。

4年間の中ではやっぱり震災自分人生観に色々影響したがここでは割愛する、

そんなこんなで13卒の就活を迎えたが2012年就職戦線は圧倒的な買い手市場で冷え切っており

マーチクラスでも売れ残りが出る悲惨な状況で

さらリクナビを筆頭に就活業界は100社エントリーしろ履歴書を50社に送れ(手書き推奨)など

狂った無茶振り学生に強いていて地獄のような様相を呈していた。

当時の自分も相当に負担で夏頃にはノイローゼになって一時期就活を休止していた記憶がある。

30社以上落ちたがなんとか中小物流企業内定が決まり、今もそこで働いている。

1年目の月給が本給20万円の手取り17万0円

ここから奨学金の返済は月額14,222円の216回払いでスタート

ボーナスは2ヶ月が2回の手取りで67万円。

そして今は勤務5年目の本給23万円の手取りが19万円

ボーナス手取り75万円

正社員として就職できさえすれば月14,000円の返済は痛くないとは言わないが無理せずできると思う

自分会社は5年目でやっと年収400万に届くぐらいなのであんまり給料のいいとこじゃないと思うけど

このレベルでも問題なく返済できるし金利も他の融資機関より驚くほど低いか無利子なんだから悪い制度でもないと思う。

なにより金銭的に困窮しても支払う意志さえあれば支援機構相談すれば減額してくれたり

返済の猶予までしてくれるしここまで面倒見てくれるのかとさえ感じる。

何より自分はおそらくこの奨学金がなければ大学に行けてないし大卒資格がなかったらもっと低いキャリアだったと思うし支援機構には感謝してる。

まだ内定決まってないやついるの?

そんな奴いないよ

2018-02-13

もう一年遊べるドン

本命受験が落ちた。

おそらく浪人なんだが、良い大学に行く目的の一つに就職に有利になるというのは誰もが持っていると思う。でも、就職がどこまで鬼畜ゲーなのか想像つかないせいで勉強モチベーションも上がらない。

周りの人が推薦入試やってるの見てたけど、あんなに上っ面のことしか語ろうとしてないような人が就職内定貰えるように見えなくて、就職鬼畜ゲーみたいな体験談がそういう人たちによって作られたものだったら嫌だなって思う。だから、どうかこの社会知らずのクソガキに就職活動の辛さを教えてくれませんか。あと、どう頭を捻っても勉強に楽しさを見いだせないので楽しく勉強できる考え方とかないですかね。

就活が辛い」って言う学生はどういう会社を受けたわけ?

就活が辛い」って言う台詞をよく聞くんですけど,

そういう学生はどういう会社を受けたんでしょうね?

まあ,そんな私も,就活が辛い学生のひとりだったんですけどね……

2019卒生の就活が本格的に始まる前に,ちょっと2018卒生の「就活辛い」を振り返ってみようというエントリです.

メガバンク

赤い銀行,緑の銀行,青い銀行を受けました.

本当にその色ばかり使ってるのね.ノベルティはもちろん,ネクタイも,ちょっとしたサインも.すごい徹底ぶりです.

それだけ,愛行心が求められるということでしょう.

3月時点では銀行名をフルでスラスラ言えない人もいて(特に赤い銀行),正直楽勝かなと思ってました.

書類学校足切りくらいみたいです.

一次はGWで,これも明らかに変な奴を落とすだけっぽい.

心が辛くなったのは,総合職GWでの以下数点.

1.ある銀行の時,エントランスで「東大京大グループは右へ,早稲田慶應上智グループは左へ」というアナウンスを受ける先制パンチをくらったこと.ああ,学歴社会だなあと,ぼんやり

2.男ばっかり.男5の女1のときがあった.性差別ってあるんだなあ.

3.自己紹介でのみなさんの趣味が,登山とかバイクとかスキーとかゴリゴリ体育会系だったこと.インドア派の私にはそれだけで「自分はここにいていいのか?」という気持ちになりました.

二次以降は,最終面接までひたすら面接を繰り返すだけです.1対1で,圧迫もないし,話をちゃんと聞いてくれてる感じがして好印象でした.私はナメくさってロクに対策しなかったんで最終手前で落とされましたけど.面接自体特につらい思いはなかったです.ですが,頻繁に呼ばれるので,他の会社が受けられなくてスケジュール調整に心を病む人が続出するらしいですね.

教職

教員採用試験はひたすら勉強していればいけると思います

模擬授業塾講師経験を活かして落ち着いてできると思います

だが私立,お前は許さな

学校歴史を褒めたたえ,学校愛をひたすら述べなくちゃならない.

周りは非常勤の現職教員ばっかり.新卒全然いない.ひたすら辛い.

たまに新卒だけのグループに突っ込まれたけれど,それはそれで辛い.話を聞くと,取りあえず必修で教職をとったぼんやりさんばっかりで,真剣日本未来を変えようと血眼で勉強してきた勢と会ったことがない.これは私の運が悪かっただけかもしれないが,こういう人たちと同僚になるんだと思うと気が滅入った.

主に人の問題で辛かったですね.

あと,教育実習,お前だよお前

お前のせいでいくつ採用試験を受けられなかったと思ってるんだ.国で対策してほしいです,本当に.

学芸員

学芸員採用が少なくて,もう受ける前から辛い.

現場経験者重視で専門的に勉強してきた知識必要とされていない感じがした.

理解がない.「学芸員は癌」って話題は本当に萎えた.

そうやってなんとか就活突破したところで待遇が悪すぎる.

なんかもうこの職業での明るい未来はないなと思ってしまった.

SE

ヌルゲ過ぎる.

上を目指せばそんなことないんだろうけど,とりあえずホワイト企業に勤めたいくらいの要求でよければ選択肢がたくさんある.

敷居が低い.ちょっとプログラミング経験があるだけで歓迎されました.一方で,文系OK,短大専門OKなところはかえって高学歴いかせなくてモヤっとするので,そのうち転職しようかなという思いはぼんやり浮かんだ.

辛かったのは,意外と体育会会社があるところ.

誰もが知ってる会社でさえ,「飲み会同調圧力!圧倒的感謝!」みたいなノリで語られて引いた.

あと内定研修と称して安くインターンさせられてる会社があって,ひたすら辛そうだった.

余談だけど,エントランスで私の好きな球団が負けた日本シリーズ試合映像永遠垂れ流してる会社があったのでそのまま帰ってやろうかと思った(たぶん就活いちばん辛かったのはこれだとおもう)

あくま新卒の話で,スキルアップ目指した転職は違うのかも.その辺は未だわからない.

外資系

修士博士を活かせそう,かつサバティカルさせてもらえる制度があるのは好印象でした.それだけ求められることが多くて辛くなる未来が見えたからごめんなさいしました.もっと社会人としての自信を付けたら転職してみるのもいいかもしれない.

会社によると思うけど,肉食系バリバリ社会人と触れ合える経験は良かった.

辛いとすれば,みんな語学力が凄すぎて自信喪失したことですかね.

留学生とか帰国子女かばっかり.社員もそういう人ばっかり.

言語も,英語は当然で,みんな2,3以上は使いこなせる.頑張ればついてけるけど,そこまで頑張りたくないなと思ってしまった.そこ頑張るくらいなら違うこと勉強したいわ.

エンターテイメント業界

フランクな人が多くて,ユルさに耐えられなかった.

業界の人に働き方について聞くと,激務っぽい話ばかりなのが辛かった.

しかもみんなそれを楽しそうに語るので,洗脳されてるか感覚麻痺してるのだろうと思った.

とりあえずこんな感じですかね.

総括すると,明るい未来が全く想像つかなくて辛かったという話でした.

人格否定されたみたいで辛いと友人からは聞きましたね.私の場合はそれは無かったですけど…というのも,自分の良さを分からない会社に入っても正当な評価を受けられず苦労すると思うので,こちから願い下げだと.

知らない町で繰り返される電車移動が辛いとかも聞きます.これは,ジョルダングーグルマップいくらか軽減されると思います

思い出したころに追記するかもしれません.

最後に,2019卒生の皆さん,応援しております

就活が辛くなったら,匿名ブログに吐き出しちゃいなよ.

2018-02-12

anond:20180212132248

なんでここで内定の話がでてくるんだよ?

内定場合企業個人では個人が不利だから保護されてるんだよ

消費者場合も同じ

全てのケースで適用される話じゃないよ

anond:20180212131259

え、出来が悪かったらなんか問題なの?

それでも契約結んだんだからお互い様じゃ?

あと契約一方的に破棄してビジネスで良いも悪いもない?

んな訳ない

内定決めて研修まで行って無能から解雇

法的な罰は受けますーすまん

これで済むか?

増田ブラック企業だ何だ叩きまくるでしょ

2018-02-08

anond:20180208233654

就活の時はなんでいきなり中身重視なんだよ、リア充様ほど高給ホワイト企業にご就職出来る逆転無しのご立派な制度ですね なんて悪態つきながら臨んだものだけど

入社してみれば、自分性格の合う会社を振り分けるためには必要だったのかもしれない、なんて思った

きっと苦しい就活になると思うけど、散々落ちた後に内定貰った企業自分に合った会社に違いないと考えて頑張って

生理的に無理とは何なのか

今めちゃくちゃ気持ち悪い

理由は、昨夜男の家に泊まったから。その男高校時代、私に好意を向けていた。私とその男は今4月就職をひかえた大学4年生だ。

私には今交際している彼氏がいる。うぇ もうなんか書いてて無理 泊まった先の男が何者かは順を追って説明するが、とにかく今、気持ち悪い。

彼氏が居る身で、自分にかつて好意を寄せていた相手の家に泊まるってのはなんか道徳的にというか倫理的に良くない。それは百も承知

しか告白されたのはもう4年前、さすがにもう未練はないだろうと思っていたが相手は未練タラタラであった

その男女友達・私の3人で、その男の家に泊まった。

私以外の2人は地元を離れ同じ大学に進学し、私はこの度その大学用事があって弾丸旅行をした。

宿を取らずに向かった私はその地にネカフェかなんかあると思ってた。しかし実際はなかった。

女友達家はルームシェアをしていて泊まれない。もういいや、その男は泊めてくれると言うし厄介になろうということで泊めてもらうことにした。もう随所に自分の詰めの甘さを感じて自己嫌悪をしてるからその辺の甘さは責めないでほしい。

そしていざ寝る段になり、その男の家のコタツ雑魚寝することになった。すると男は自分のベッドがあるにもかかわらずコタツで私の横のポジションについた。

コタツの中で接近してくる男の足、ウワ、キモ、ムリ

避ける私と私に足を押されて45度回転するコタツ その男から向けられる私への好意があまりに無残だ

そうだ私はこいつのこういうところが苦手だ。好きなら好きで正面切って私に言ってこい。コタツの中で足を地味に接触させるような真似をしてくれるな。控えめながらダダ漏れの接近欲求を、正々堂々と言葉で伝えるのではなくダイレクトアタックしてくるあたりとか。私と女友達写真を撮るふりをして私のピンショット狙ってカメラの向きをこっそり変えるところとか。「一緒に写真撮ろう」って言ってくれれば素直に応じるわ。そしてその表出させるのが怖いけど意図せずダダ漏れになる好意、そのいじらしさが手に取るようにわかるあたり。

彼が大手企業内定を貰ってるのは知ってる。私の言葉ゆっくりと受け止めてくれる、いい奴だ。少なくとも友人として。でも色恋沙汰となるとてんでダメだ。マジキモイ

そして彼の好意による優しさに甘えて、自分の無計画さを棚に上げて彼の部屋を宿として利用した自分の都合の良さも気持ち悪い。

高校卒業するとき告白された私は、私は大学卒業するころにそんな嫌な女になってるなんて思いたくなかった。思ってなかった。男に擦り付けられた足が、好意気持ち悪くて、好意を無下にした自分が醜くて気持ち悪い。

しかしそれでもやっぱり所作やなにかがどうも生理的に受け付けない。私が今交際している彼氏別に超絶イケメンとかではないが所作気持ち悪さみたいなのはないし、堂々としている。そしてなんの問題も感じない。

今朝その地を出て途中の街の知らない大きな公園のベンチで私はいま、軽い吹雪のなか、その男への生理的な受け付けなさによる気持ち悪さと自分の都合の良い嫌な奴っぷりのはざまでこの文章を打っている。

クソ寒い。帰ろ

2018-02-07

とあるくそ中小企業新卒採用担当をしています

わたしはもともと花形部署にいました

花形部署バリバリ体育会系社会就活ヘボすぎたわたしがなぜ花形に入れられてしまったのか、当時は理解できませんでした。

体育会系我慢できたけど男社会ダメだった。露骨に気を使われてたし、女だから攻撃でじりじりやられて、二年もしないうちにメンタルがやられてしまった。

精神を病んでやめようとしたとき、今の部署に異動になりました。自分なりに頑張れるし、学生売り手市場学生まじでこないんすわーってゆってたら多少結果が伴わなくてもなんとなく許されるし(実際学生ほとんどこねえ)、上司理解のある人で精神は穏やかになりました。でもひとつだけ悩みがある。

花形部署を志望する女子学生さんに、なんと言ってあげていいのかわからない。

業界的に、この部門仕事はどこの会社ブラックだ。うちがまだホワイトだと錯覚するくらい、大手さんとかになると厳しい。お金もいいけどね。

そんなところに入りたいって言われて、いいところ、やりがいとかそういうのは話してあげられるけど、心が死んだよってことはとてもじゃないけど言えない。

わたし一言彼女らの夢を潰すのはさすがに無責任じゃないですか。わたしみたいにヤワじゃないかもしれない。でも、わたしが止めてあげれば夢破れてぼろぼろになる若者を減らせるのかもしれない。その両方をいつも考える。

厳しさをいうときもある。そういう聞き方をしてくるから。そしたらそれに答えうる形で辛いことも話す。花形を志望するだけあって学生さんはみな真剣だけど、わたしは心が付いてかなくて死んだって、それだけは言えない。言ったほうがいいかはわからない。

また採用活動の季節が来る。

今年は花形男の子二人送り込む予定だったけど両方内定辞退になった。来年絶対に人を入れろと言われるだろう。どんな子が来てくれるんだろう。楽しみだけどすこし憂鬱。。。

2018-02-05

anond:20180205220901

アドバイスもらってるけど吐き出させてくれ

明日試験なのに、今日試験引きずり過ぎてずっと「卒業 単位 足りない」とか「○○大 留年」「単位懇願メール」とか調べてこんな時間

明日試験中間と後期とで採点されるんだけど中間ゴミだったから今から絶望

それでも勉強するべきなのわかってるはずなのにな

マジで誰にも相談できなくてきつい

パニクってて涙も出てこないしひたすらスマホキーボード打って検索したり知恵袋見たりしてる

留年とか、家族内定先にみんなにどう思われるんだろう

救済措置ないってマジなのか これでメールしたりしたら逆に反感買うだけなのか

でも成績決定する前になんとかしろって言うし

どうすればいいのかわからん

早く明日になって教務に相談したい

寝るかな

でもテスト有るから勉強しなきゃな

2018-02-04

結局大学で一度も彼女ができなかった

理系単科大工学部情報系。

委員会に入り、サークルに入り、バイトをし、就職活動をした。

人並みにこなしてきた。

異性との出会いはなかった。

努力はしなかった。

そもそも単位を取るのに精一杯だった。

おかげでまあまあの成績を残してまあまあの企業内定をもらった。

工学部ということで男女比は壮絶たるものだった。

学部学科も似たようなものだったが、それでも若干の希望委員会サークルに求めていた。

周りには似たような境遇人間もいたし、全く異なるリア充も溢れていた。

色んな人間がいて色んな価値観があった。

取り巻く環境はなかなか良かった。それなりの居心地だった。

だが彼女はできなかった。

バイトにはそれなりに異性は存在した。

だが大学の忙しさゆえにシフトにあまり入れず、結局何もなかった。

就職活動でも技術系の企業には女性は集まってこなかった。

おそらく職場も同様に男ばかりなのだろう。

ここにきて、俺の人間性恋愛的に終わっているんだと気付いた。

良くなることも、悪くなることもないのだ。そこには何も存在していないのだから

恋愛という項目において、俺は限りなく"無"でしかない。

これまで普通人生を送ってきたと思っていたが、極めて異常な人生であったと知る。

恥ずかしい。

みんなどうやって恋愛してるの?

お互いに好きな気持ちが向かい合ってお付き合いはじめてるの?

そんなことある

買い物するときAmazonでとりあえず選んでカートに放り込んだ後に価格コムとかでまた調べてもっと欲しい条件に合うやつ探すようなことはしないの?

Amazonピックアップ商品選んで終わり?

就活内定もらった後ももっといい企業探して就活続けるみたいなことしないの?

2018-02-03

卒業旅行に行く大学生が嫌い

お前らサークルバイト三昧でロクに講義も受けずに勉強試験前に過去問と人のノートだけで大してしなかったくせに、3年生になってから適当就活してつまら内定もらっただけのくせに、何4年生のこの時期になったらこぞって海外だの温泉だの行って楽しんでんの?

お前らカス大学生にそんな資格ねーーーーーーーーーーーーだろ

真面目な奴ほどいつも馬鹿を見る

何とも報われない世界

大学院行く前に死んでやろうか

2018-02-02

高校の頃、隣の家の家族のところに女子大生が移り住んできた。正しくは大学院生なんだけど。その夫婦の姪にあたる人で、院生になったのをきっかけに、より学校に近いそこへやってきたとのことだった。当時うちの母とお隣の奥さんは一緒に今でいうホームパーティみたいなものをやるくらいすごく仲がよくて、当然のように俺にも紹介されて挨拶した。高3の春だった。

しばらくして、受験生なのに全く勉強しない俺を不安に思った母親が「塾へ行こう」とパンフレットもって切り出してきた。家では全く勉強しないでゲーム三昧だったけど、学校ではそれなりに真面目に授業を受けていたので成績はまあまあ良くて、だから大学学力に見合った難しすぎないところに行こうと思っていて、塾なんてまったくやる気がしない。ずっと拒否っていたら、またしばらくして母が隣の家の女子大生を連れてきた。「バイト探してるっていうから、この子家庭教師してもらうことにした」ふざけんなと思ったが、もう家に上がっている彼女を追い返すわけにもいかいかと思いしぶしぶ勉強を見てもらうことにした。自分の部屋は汚すぎて入れられなくて、その日はリビング数学課題を見てもらった覚えがある。結局そのまま家庭教師として勉強を見てもらうことになった。

その人はすごく頭がいい上、人をその気にさせるのがすごくうまい人で、調子に乗った俺は家でもきちんと受験勉強をするようになった。成績も少しずつ上がり始めて、当時の志望校では少し目標が低いんじゃない?と担任にも言われるようになった。話も面白くて、週2回の彼女の来訪を心待ちにするようになり、模試でいい評価を取ると即メールした。

そんなこんなで、彼女を好きだと思うようになるのに時間はかからなかった。よくある話だ、高校生が少し年上の大学生に恋をする。(院生だけど)あまり読んだことないけど少女漫画の設定そのまんまみたいな状況すぎて、いやちょっと勘違いしちゃってるだけだろ、と必死にその気持ちに抗ってみたりしたけれど、もう会ってしまうとそういうの全部どうでもよくなって、少しでも成績上げて喜ばせたいと思ってしまうから秋ぐらいにはもう諦めた。

そしてその人が通っていた難関大学志望校を変えた。両親も担任も、そして彼女も喜んで応援してくれた。一層勉強に身が入り、必死勉強した。


次の春、晴れて俺は彼女の後輩になることができた。学部は違ったが、ものすごく嬉しかったし、ようやく同じ土俵に立てた気がした。当然そんなわけはないんだけど。向こうはその大学内でも屈指の偏差値を誇る理系学部院生で(院生から学部おかしいか)俺は文系比較偏差値が低い方だ。

それでも毎日なんとなく嬉しくて、タイミングがあった時は一緒に登下校したり、学食で一緒に飯食ったりした。夏休みに入る少し手前、初めて二人で出かけた。向こうはどう思っていたかしらないけれど、デートのつもりで誘ったか約束をしてからその日までずっとそわそわし通しだった。親にバレるのが嫌でわざわざ駅で待ち合わせて、彼女が行きたいと言っていた水族館に行って食事をして、お互い家に帰ってからメール告白した。「ちょっと表出て」って喧嘩吹っ掛けられるみたいな返信が返ってきて、それからマンションエントランスで話して、付き合うことになった。


それから彼女卒業するまでは本当に楽しかったし、俺も彼女に見合う大人の男になろうと必死だった。プレゼント背伸びして、百貨店に売ってるようないいアクセサリーを用意したり、デートでもなるべくお金出させたくなくて、少ないバイト代を精一杯はたいて奢ったりした。結局最終的に割り勘くらいになるように向こうに調整されていたけど。喧嘩しても大人ぶって先に折れて謝った。嫌われたくなかったというのもある。

冬が過ぎ、また春がきて、彼女就職して隣の家を出ていった。移り住んだアパートはうちから1時間近くかかるところだった。

学生の頃に比べると、格段に会える日が少なくなってしまい、些細なことでの喧嘩が増えていった。それでも最初の1年くらいは、彼女の家に泊まりに行って手料理を振舞ったり振舞われたり、ちょっと遠くへ旅行へ行ったり、何とかその壁を乗り越えようとがんばった。どうしてもその人を手放したくなかったから。大人な振りをして、ずっと背伸びし続けていた。

それがダメになったのは付き合って1年と少し経った頃、俺が大学2年の冬だった。

箱根に泊まり旅行にいって、旅館で夕食を食べているときだった。もうほとんど覚えていないような些細なことで、ふっと怒りがこみあげて、その勢いのまま机を殴りつけて怒鳴ってしまった。言った瞬間にすぐ我に返った。しまったと思った時には彼女は萎縮しきった顔で「ずっとそうやって我慢させてた?」と問いかけてきた。何も返せなくて、その日はもう会話もなくなって、朝起きたら彼女はいなくなっていて、携帯には「別れよう」というメールがきていた。

本当に大好きで大切な人だったのに、ずっとずっと彼女に見合う「大人な男」になりたくてなりきれなかった。悔しいのと情けないのと喪失感とごちゃごちゃになりながら一人で帰って、それからしばらく大学にもいかず家に引きこもってずっとオンゲをしていた。無心でレベル上げしていてもすぐに彼女のことがちらついた。もうしんどくてたまらなかった。

それでも時間は過ぎて行って、大学の成績通知を見ていい加減家を出なければと思った。単位結構取り落としていた。それからまた大学バイトゲームの繰り返しを毎日毎日やって、気づけば就活生と言われる年になった。

就職フェアみたいなやつに同期と出向き、彼女就職した会社ブースを見つけた。彼女がいないことを確認して(そもそも研究職だからいるわけないんだけど)説明を聞いてそのままエントリーした。運よく選考が進み、そして内定を勝ち得た。

そこで流石に一度我に返った。こんなストーカーじみたことして、どう考えてもおかしいしやばいそもそも入社してもし社内ですれ違ったりしたらなんて声を掛けたらいいんだ。もう一度会いたいとは思うけれど、向こうはもう俺のこと忘れてほかに相手いるかもしれないし、年齢的に結婚している可能性もなくもない。内定はあともう1社あった。期限は迫ってくる。悩みに悩んで俺は彼女に連絡を取ることにした。我ながらどうしてそうなったと今にして思うのだが、その時は考えすぎて頭が完全に煮詰まっていた。

電話番号は幸い変わっていなかった。電話で全部話した。まだ忘れられないこと、まだ好きなこと、それから同じ会社を受けて内定が出たこと、今行こうかどうしようか悩んでいること。付き合っていた頃の俺とは全然違って、本当に情けなかった。いや、付き合っていた頃だって決してちゃんと決まっていなかったかもしれないけど、それでも精一杯ずっと物分かりが良くて包容力があって大人な俺を演じ続けていたから、それはもうキャラ違うレベルだったと思う。彼女は静かに全部聞いた後、「うちはまあまあ大手だし、労働環境も悪くないから来るなとは言わないけれど、もう一社とよく比較して考えて」と言ったあと、「私のことは気にしないで」と言った。

突き放された気がした。それが余計悔しくて、勢いで「わかった。じゃあそっちの会社に行く」と即答した。するといつかみたいに「ちょっと表出て」と言われた。もしかしているのかと思って慌てて家の外に出たが、だれもいない。「どういうこと?」と聞いたら「そのまま駅まで行って、〇〇駅まで来て。私も今家出た」と言って電話を切られた。マジかよ。時間はすでに22時過ぎだった。〇〇駅は彼女の最寄り駅じゃなくて、うちと彼女の家の中間あたりで、付き合っていた頃よく一緒に飯に行ったところだった。こんなに長い30分があっただろうか。走って駅までいって、電車に乗っている間も落ち着かなくて、ずっと立ったままだった。電車から飛び降りて改札を出て、きょろきょろしながら電話しようとしたら、同じく携帯を片手に小走りで改札を抜けようとする彼女と目があった。


そんな彼女明日結婚します。

sideMを好きでいるのがつらい

あんなに好きだった、人生の一番辛かった時期を支えてくれたsideMに心が動かされなくなってきて、早数ヶ月になります

私はサービス開始直後からプロデューサーです。

学生時代音ゲー目当てで行ったゲーセン本家アイドルマスター出会い自分携帯を持てるようになって始めたモバゲーシンデレラガールズ出会いました。(ミリオンライブ765プロ劇場版を見てから初めて存在を知って始めました。)

その頃の私は親からお小遣いを貰っていたので、所謂課金ガチャ」が出来ない状態でした。

一応月に十連分程は貰っていたのですが流石にそれを全てモバコインに変えるのは難しく、また「ガチャは何十連もしないと出ない」といったイメージが事前にありましたので、

シンデレラガールズは無課金で、アーケード版のアイマスは月に一、二度ほどのプレイでとP活動というには微々たるプレイをしておりました。

そんな私が大学アルバイトを始めて、自分お金自由に使えるようになった頃に始まったのが「アイドルマスター SideM」でした。

他の女性向けゲームとは違う、恋愛要素の全くない「アイドルプロデューサー」の関係

そして長年アイドルマスターに触れることで積もっていた「P活動」と「課金」へのフラストレーション

それらが一度に弾けた瞬間でもありました。

(※私が女性向けの恋愛ゲームが苦手なだけでそれ自体否定しているつもりは全く無いです。ご了承下さい。)

それまでとは打って変わって 恐ろしい程にのめり込みました。

ひと月ほどでプレイするソシャゲコロコロ変えていた私が毎日きっちりsideMにはログインするようになりました。

担当ができ、彼のためにガチャを回しました。

アイテムも買い、イベントも走り、バイト代殆どsideMに消えて行きました。

そして担当CDが出た頃、社会人になった私は色々あって体と心を壊しました。

仕事を辞め、社会に疲れてふさぎ込んでいた私に力をくれたのが彼らの歌声でした。

もう一度前を向こうと思いました。

もう一度、担当プロデュースしたいと思いました。

そうしてまた頑張って、就職活動をして。

1stのライブビューイングの日に内定電話が来た時は運命を感じました。

嬉しくて嬉しくて、また給料殆どsideMに使うようになりました。

担当イベントでは上位を取るまで走り、ボックスガチャ担当が出るまで回し、担当のグッズは出たものを全部買いました。ラジオ毎日聞き、少しでもお金を入れたくてチャンネル登録し、担当のために初めてチョクメにも手を出しました。

本家アイドルマスター10年続いているのだから自分10年、いや終わらない限りずっとsideM応援していこうと決意しました。

貯金はないけれど、とても幸せ時間でした。

けれども、2nd、グリツア、アニメときて、少しづつ「合わないな」と思うことが増えてきました。

まず1つが、ユニット毎の曲数、出演の差です。

私が担当していたユニットアニメでも「アイドル」として出て、新曲も増えました。

一方、アニメに出演はしていても「アイドル」ではなく、また2年近く経っても新曲がないユニットもいました。

私は2ndのアニメ化発表の際、これで315プロダクションの皆がアイドルとして歌い、踊っている所が見れると信じていました。

また、これの記念として04以降のアニバCDもまた出るのではと楽しみにしていたので、何の音沙汰も無かった時は小首を傾げました。

私は確かに担当が好きですが、315プロの皆が平等に、アイドルとして輝けるのが一番だと思っていたので、この状況は切なくもありました。

2つ目が、声を担当していただいている声優さんとの解釈の違いです。

ゲーム内での声の実装CD、1st、2ndときて明らかに声の演技が変わっていると感じた方が何人かいました。

そのアイドルの成長として腑に落ちる演技もあれば、そんな声は出さないのではないか?と自分の中での解釈と異なる演技の方もいました。

(この辺りは本当に、人によって感じる所は違うと思いますあくま個人解釈として受け取って下さい。)

3つ目が、周囲の友人との温度の差です。

アニメでトレパク問題が上がった時、私は「画像許可を取っているかもしれないし、詳細がわかるまで一旦は様子を見るべきかなあ」と考えていました。

ですが、友人はトレパクなんてしているわけないと怒り狂い、疑念の目を持った方々に対して鍵垢でRTをしては次々に死ね、殺すと呟いていました。

向こうには見えないと言っても勿論やっていいことではありません。ですが、彼女以外の友人も皆それに苦言を促すことなく、口々にトレパクを否定し、怒りを呟いているのを見て私はただただ恐怖を感じました。

そうした3つの要素が集まって、私にとってsideMは「人生にとってなくてはならないものから人生の一部から切り離すべきか悩むもの」に変わっていきました。

担当のことは今でも大好きですし、勿論315プロアイドルも皆好きです。

ですが、このまま曲数や待遇の差にモヤモヤして、ライブ自分の中での解釈と異なる演技に小首を傾げながらサイリウムを振り、周囲に無理に合わせてでも続けていくのはその内アイドル自体が嫌いになってしまいそうで辛く、

また新アプリアニメで新しいファンが増え、本当に315プロアイドル好きな人ライブチケットを取ることが困難になっている状態で、自分のような宙ぶらりんの人間が席を得るというのも申し訳ない気持ちになります

明日から3rdが始まります幕張には両日、現地で行く予定です。

自分の目でもう一度全部を見て、聞いて、そうして今後どうするか決断しようと思います

長文かつ乱文でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

有給休暇を使い果たして思ったこと。

ひとことで言うと、辛いのだ。

はいま、いわゆる一部上場企業というところで働いている。

土日祝は完全に休みであり、万が一出勤しようものならば代休もしくは残業代付与される。

もちろん通常業務においても1分単位残業認定されるし、PCログイン時間ログオフ時間で勤怠管理をしているためサービス残業ができない。

22時以降の残業は前もっての申請必要なうえ、それが続くと直属の上司さらに上の役職から注意を受ける。有給休暇も年15回とらないと勧告がある。

給与面でも文句はない。今時珍しいとされる賞与も年6~7か月分支給されるし、福利厚生も手厚い。(なんと家賃の7割が会社負担になるのだ)

私はそんな会社でもう7年勤めている。

さて、私はいわゆる「超ホワイト企業」に務めているわけなのだが、そもそもなぜ入社できたのかという話をしたい。

私は一応大学卒業している。しかし決して褒められるような大学ではない。世間一般的にいうところのFラン大学だ。

そんな私がどうして(新卒という最強カードを持っていたとはいえ)この会社に入ることができたのか。それはたったひとことで説明できる。

私は話をすることがひどく上手だったのだ。

俗にいう「コミュ力」が高く、さらにいえば明るくハキハキ見せることに長けていた。

私が就職活動をしているときは今と違った「就職氷河期」と言われる時代だったが、私は仲間内の誰よりも早く内定を得ていたし、

しかも我が母校からこの会社就職するなど奇跡だと持て囃された。

ただニコニコして問われたことにハキハキと答える。さながら水商売人間のように「相手面接官)を楽しませる」ことだけを念頭に置いていた。たったそれだけなのだ

さて実際に入社してから周囲を見渡せば、同期たちは驚くくらいの高学歴ばかりだった。

早慶上智なんて掃いて捨てるほどいるレベル東大京大当たり前。海外ナントカ大学出身など、私とは頭のつくりどころか産まれとき行為さえ異なっていると思うほどだった。

それでも1~2年目は大丈夫だった。

みんな会社への知識が同じくらいだったし、任せられる仕事も大したものではなかった。

それが3年経ち、4年経ち、5年経ってから徐々に差が広がってきた。

中には海外に異動した同期もいた。本社勤務になった同期なんてもう数えきれない。それでも私はずっと1年目とほぼ変わらぬ仕事を続けているのだ。

私の取柄は「コミュ力」のただひとつ仕事を任せられても大した結果は出せず、自分のやりたい仕事もわからないまま、モチベーションけがどんどん下がっていく。

それでも転職という選択は怖くてできない。だけど会社には行きたくない

誤解のないように言っておくが、人間関係などはとても良好であり、良い先輩たちに恵まれている。

先輩たちがこんなにダメな私に付きっきりでいろいろと教えてくれるのだ。本当にありがたいし、申し訳ない。

同時に自分の不甲斐なさに辟易もしているのだ。

私はすでに就職して7年が経つ。もう新入社員などでは決してない。もう中堅社員といっても問題ない年齢なのに、それでもまだ新入社員のように手取り足取り面倒を見てもらう。

努力はしたつもりだ。しかし足りていないのもわかっている。ただ、これ以上、どうやって・どこに向けて努力を重ねればいいのかわからない。

昨日で私は今年度の有給を使い果たした。もう休むことができない。

それなのに毎朝会社に向かう足取りは重い。それどころか吐き気が伴ったり、異様なほどの倦怠感に包まれてベッドから起き上がれなかったりする。

周囲のひとは優しい。その優しさが、しんどい

なんて贅沢なのだろう。なんて我儘なのだろう。私が言っていること、やっていることは「サボり」のひとことで済んでしま状態だ。それはわかっている。わかっているのだ。

そこまでわかっておきながら、どうして私は何もできないのか。

ただ笑っているだけで許されていた。そんな時間はもうとうに過ぎた。

次のステージへ進まなければならないのだ。だけどその方法が、わからない。

昨日、とうとう上司から産業医との面談を勧められた。身体変調ではない。心の変調危惧されたのだ。

まれ環境にありながら、私はなんてだめなのだろう。そんな思いがぐるぐる巡る。そんな状況が、ただ、辛い。

世の中にはもっと凄惨な状況で仕事をしているひとがたくさんいると知っている。

そんなひとたちを見下して自分の状況に安堵するつもりは毛頭ない。むしろ逆だ。

自分が恵まれているにもかかわらず、こんな不甲斐ない状況に陥っていることが狂おしいほど悔しいのだ。

来週、産業医面談がある。

今後の進退を本気で考えなくてはならない時期がやってきた。

ただひとことだけ、辛い、辛い、と言い続けているだけではもうだめなのだ

どうしようもない自分の、どうしようもない内面を、おそらく初めて目の当たりにする。とてつもなく怖い話だが、向き合わねばならないのだ。

こんな甘えたばかな自分が辛い。大嫌いだ。

いっそもうすべてを投げ出してしまいたくなるのだ。

2018-02-01

内定でたけどまだ見ぬ世界にドキドキがとまらない

今1歳が保育園に通ってるけど、3歳までしか見てもらえないか4月初めの募集に応募していました。

はっきりと自分友達意思がわかる前に就学までお世話になれるところに移動してしまおうという算段です。

その方がこどものストレスが最小限になるかなって。

第一希望の園に内定しました。

いくつか希望はだしてたし、万一落ちても今のところで続けて見てもらえるからからないとヤバイ系じゃないんだけど、すごくホッとしたのね。11月からのドキドキ終了。

でもまた次のドキドキが…

人の顔や景色の違いはわかるから、こどもにとっては新しい環境になってストレス半端ないだろうし、申し訳ないなとおもうけど、私も新しい環境さらされるわけで今からストレスマッハです。

コミュ障(笑)ではないか死ぬわけじゃないんだけど、キラキラママでもないし、ママ友なんていなしい、ボッチ上等人生から新しい環境で頑張ろうと思わないし何かしようとも思わないけどさ、新しい人間関係(特に先生)やシステムに慣れるまで精神的に疲弊ちゃうんだろうなぁ。

今通ってる所はまだ半年しかお世話になってないんだけど、それでも1ヶ月は園と仕事でなんとなく頭が疲れてたよ。体はMAX疲れていました。

仕事は短時間なのに!10年は勤めた慣れてる仕事なのに…

今の園のほどよいゆるさに慣れてしまたから、恐怖だ…

行事も増えるし人も倍以上増えるし…

やれるか?じゃなくてやるしかないんだけど。

がんばれ自分

内定早い奴=優秀なの?

もう内定もらっている友達が3人もいる。みんな旧帝大

自分第一志望はまだ説明会も始まっていないのでどうしようもないけど、正直焦るし羨ましい。

そりゃ早い奴は企業に優秀だと思われたか内定もらったんだろうけど、優秀なのかな。

2018-01-29

【追記しました】かぼちゃの馬車の思い出

Twitter見てたら「かぼちゃの馬車」という懐かしい単語を見た。あんまり記事はちゃんと読んでいないが、いろいろ問題が起きているらしい。

女性専用シェアハウス運営会社賃借料支払いを突然停止

http://www.sankei.com/affairs/news/180121/afr1801210005-n1.html

かぼちゃの馬車」とはスマートライフという会社が運営する女性向けシェアハウスのことだ。今からもう3年くらい前、上京するとき半年ほどお世話になった。懐かしいついでに当時の思い出をちょっと書き残したい。




契約するまで

その当時はまだ研究生として大学に残っており、ほとんどフリーターみたいな生活を送っていた。

就職するにしても実家から通えるところ、と考えていたがネサフしているときかぼちゃの馬車の広告を見つけ、「案外簡単上京できるかもしれない」と思い立った。それからは早くて東京の興味のあった企業第二新卒として応募し、面接のため上京した際に物件見学もしてきた。

まず「駅から近いところ」が条件だった。大学までは駅まで徒歩5分もないところに住んでいたので、その頃はそれより遠くまで毎朝歩ける自信がなかった。

駅で担当と待ち合わせて、電車で移動。(たまたま営業車がなかったらしい)物件を二つみた。

どちらも入社予定の会社までは1時間以内と言ったところ。どちらも新築。入居者が殺到しているので、なるべく早く決めて欲しい(契約してほしい)と言われたが、面接の結果が出るまでは待って欲しいと伝えたらこころよく応じてくれて、面接結果が出るであろう2週間までは仮押さえしておくと言われた。部屋の間取りはどれも4畳半ほど。狭い。

結局私はより駅に近く、かつ帰り道の途中に交番があって安心できるという理由で某所の物件を仮押さえしてもらった。部屋もまだその当時は結構空きがあって好きな壁紙の部屋にしてもらった覚えがある。

見学している間、担当ものすごく親切にあれこれ見せてくれた。共同生活雰囲気や、持ち込むとよい荷物なども教えてくれてイメージやすかった。

無事内定が出て本契約したいと連絡した。引越しの日に契約書を取り交わす、それまでに初月の家賃を入れてくれと言われ、入金した。この辺はもうあいまいだけど初期費用でかかったのはこの初月の家賃だけだった。礼金敷金保証金一切なし。10万以内で上京を決められた(何かキャンペーンしててそれでの金額かもしれない)


引越し

引越し家族に手伝ってもらった。車でいろいろ荷物を運びこんだが、建物の中は完全男子禁制で、せっかく手伝いに来てくれた父は一度も中を見ずじまいだった。母と私と、契約のためにきた担当荷物を運びこむのを手伝ってくれた。私はかなり荷物が多い方だったらしい。過去最高と言われた。少ない人だとスーツケース一つで入居してしまうとか。私は後から買い足すのが嫌で、カラーボックスやら衣装ケースやらとにかくいろいろ持ち込んだ。


入居してから

早速私のシェアハウス生活が始まった。

シェアハウスと言うと大体の人が「テラスハウスみたいなやつ?」と聞いてくるがそんなしゃれたものではない。

私が入居した物件は2階建て、それぞれの階に7部屋あって最大14人入居可能だった。私がいる間はほぼ常に満室だった。

物件全体の設備

シャワールームが2つ、トイレが各階1つ、洗濯機乾燥機が計3セット、洗面台は各階2つ。あとキッチンが各階にあった。ここまでが共用設備で、あとは各人個別の部屋が与えられている。イメージシェアハウスというか寮に近い。

物件によって部屋数は当然違うし、部屋数が同じでも設備の数が少なかったりということもある。

私は自炊派だったのもあってキッチンが2つある物件を選んだが、もう一つ検討していた方は1階にしかなかった。

設備面で特に面倒を感じたことはなかった。基本好きな時にシャワー洗濯機も使えるが、どうしても用事があってこの時間に入りたい!みたいなときホワイトボードを使って予約できたし、不思議と住人の生活リズム微妙にずれているので朝の準備で洗面台が占拠されているということもなかった。洗濯機も同様。キッチン自炊派が少なくてほぼ私の独占状態だった。

あと冷蔵庫各部屋に備え付けられているので「私のプリン勝手に食べた奴誰!?」みたいな事件は起きようがなかった。

それと週に2日くらい、お掃除の人が共用スペースをお掃除してくれるのでいつもきれいだった。

【部屋の設備

テレビロフトベッド(ハンガーラック付き)、ライト付きのデスク椅子冷蔵庫があった。

ものが多いので棚なしには生活できなかったが、ミニマリストたちはその備え付けの家具だけで充分生活していた。私はオタクなのでDVDレコーダーパソコンデスクトップ+ノート)なども持ち込んで、ロフト下のデスクはなんかもう大変なことになっていた。

ありがたかったのはネット使い放題、エアコン使い放題。電気代も水道代も家賃に込みなので、ここぞとばかりに空調は常に稼働させていた。wi-fi用のルーターも買って導入した。

それと個人用の設備というか備品として、折り畳み自転車があった。一度使ったが思った以上に使いにくくもう使わなかった。他の住人もみんな使っておらず、雨風にさらされてさび付いて無残な姿になってしまった。それでも一応そういった備品があるのは入居者のことを考えているなあと好感が持てた。折り畳みでなければ使ったのになあ。

人間関係

入居前の説明では結構仲良くやっていると聞いていたが、物件によりけりだなあ……という印象。

というか、基本みんな自分の部屋にこもっているのであまり交流がなかった。共用のダイニングは一応あって最初の1週間くらいは集まって食べたりもしてたけれど、共用の「リビング」はないので基本引きこもることになる。食事も私は自分の部屋で取ることがほとんどだった。

それでもやはり同じ階の入居者とはまあまあ仲良くなった。なので多少共用スペースのルール無視(洗い物を後で洗うつもりでちょっとシンクに置いておくとか、共用のドライヤー掃除機ちょっと拝借して自室で使うとか)は「お互い様精神で受け入れられたし、何ならついでに洗い物してくれたり、外出中に乾燥機に入れてた衣類を出して部屋の前に置いておいてくれるみたいなのはあった。私もした。

ただしもう一つの階の住人仲は最悪だった。何人かそういうルール無視を頻繁にする住人がいるらしく、潔癖気味の住人が蛇蝎のごとく彼女を嫌っていた。まあルール無視しているのだから悪いのは圧倒的にルールを守っていない住人なんだけど。

私の階の住人はみな朗らかで「お互い様だし~」「折角同じ家に住んでる縁だし~」ということで大目に見られていたことが、別の階ではそれが一切許されなかった。ルール無視住人は他にもいろいろ問題があったらしく、余計嫌われた。多分私の階にいても嫌われたかもしれない。

そんなこんなで別の階の住人は常にピリピリしていて、たまにその階の設備を使おうものならどんな細かいルール無視も厳しく指摘された。洗面台に髪が1本残ってる、シンクを使ったらゴミは欠片も残さず捨てろ、洗濯機使ったらゴミとりネットの中は捨てろ……いやまあ当然のことなんだけどすごい剣幕で指摘されるのでめちゃくちゃ怖かった。換気扇切り忘れて「換気扇切り忘れましたよね?」とわざわざ部屋まで凸られたこともある。怖かった。

【住人】

私は一応正社員だったが、周りの住人は派遣社員が多かった。就職した会社ビックリブラック企業病院で鬱診断をもらいかけ、入居中に強引に退社したのだが、彼女らのアドバイス経験談から派遣社員になった。

他にも仕事はないがとりあえず上京したくて来た、という人もいたし、地元バリバリ働いていたが趣味のために上京フリーターしているという人もいた。それから何か叶えたい夢(就きたい職業)があって、非正規で働きながら勉強しているという人も多かった。お金のない若い女子の受け入れ先としてはよくできたシステムだと思う。運営元の会社から定期的にお知らせのお手紙各部屋のドアに差しまれるのだが、仕事斡旋などもしていた。


退去するまで

退去しようと思うに至った事件が二つあるので言及しておく。

管理会社対応の悪さ】

ある週末、起きて部屋を出ると廊下水浸しで、どうやら洗濯機の不調で水漏れしたという事件があった。その時家にいた同じ階の住人総出で対応にあたった。一人はすぐさま管理会社スマートライフ)に電話、こっちでは対応しかねるのでサポートダイヤルの方に連絡してくれ、と言われた。そういえばそんなものがあった、とそれを受けてまたサポートダイヤルに連絡すると、「対応分かり次第折り返す」とのこと。待っているとまた管理会社から確認の連絡があり、「一体どっちが対応してくれるんですか?」と尋ねると「それも確認して折り返します」。住人一同意味が分から困惑

その内特に連絡なく、管理会社担当クラシアン的な人が来て現場確認していった。同じ階の他の住人はみんな不在になってしまったので私が立ち会う。この時点で連絡してからすでに6時間以上経過。結局クラシアン的な人たちでは対応できず、メーカーに問い合わせてくれという結論になった。その時3つある内の洗濯機の1つが既に故障中だったため、現状使用できる洗濯機が1つになってしまった。さすがにこれを14人で使いまわすのきついな、と考えているとクラシアン的な人と一緒に帰ろうとする担当者。待って待って今後の対応どうするか聞いてないし私明日以降は仕事で立ち会えない。

帰ろうとする担当を玄関で捕まえ、「今後どうなるんですか?メーカーへはこちらで連絡した方がいいんですか?」「明日こちからメーカーに連絡して、今後どうなるかはまた連絡します」「誰にですか?私?」「はい」「つまり私がしばらく窓口になって、住人みんなに周知すればいいってことですか?」「そうですね」

帰る前に、私が聞く前に教えてくれ。入居するとき担当対応が良かっただけにこの時はものすごくショックを受けた。水浸しになったおかげで洗濯機の近くにあったトイレもしばらく使えなくなったのだが、「トイレ使えません」「洗濯機使えません」の張り紙は私がした。

【変質者にターゲットにされる】

女性しかいないシェアハウスだということが周囲にバレたらしく変質者のターゲットになった。夜、家から少し離れた場所男性が立っていて、前を通り過ぎると突然卑猥言葉を投げかけられる。最初はその程度だったのがエスカレートして露出狂進化したり、家の周りというか敷地内を徘徊された。ごみをあさら生理用品を持ち去られたという事件もあった。警察が来た回数も私がいた半年で3回。交番近くにある意味パトロール強化しますと言われても変質者は減らない。複数人いるようだった。

夜窓を開けて換気しようとカーテン開けたらそこにいたとかもある。

もちろん管理会社に連絡したが、対応がびっくりするほど遅かった。窓の外に男いる事件から実に2,3週間経ってから突如玄関前に監視カメラが設置された。遅いうえに家の中に作業員が立ち入っての大掛かりな作業だったが事前の連絡はまたしてもなかった。

その他、敷地内にセンサーライトをつける、砂利を敷くなど一応対応はしてくれたが、そこに至るまでが遅く、住人への説明特になく不安は続いた。


退去しました

実に半年程度しかいなかったが、他の住人も大体半年くらいで引越し資金を貯めて普通ワンルームなどへ越していった。特に長くも短くもない入居期間だった。

もうこの頃には管理会社への不信感がMAXになっていて、退去のやり取りでもひと悶着あったがここでは割愛する。

引越しの時は業者を使った。管理会社には「男性は入れられないので荷物自分で玄関まで運んでください」と言われた。いやクラシアン的な人も監視カメラの設置の人も男性だったじゃん!引越し業者男性はだめなの!?

引越しの準備は仕事の後帰ってきて夜に少しずつすすめて1週間でできた。最後の夜、共用キッチンにある自分の引き出しの荷物を片付けていたら、仲良くしていた同じ階の住人がみんな箱詰めを手伝ってくれた上、翌日の引っ越しでは部屋の掃除も手伝ってくれて本当に人に恵まれたと思った。荷物は部屋に置いておくと私が身動きできなくなる+自室が玄関から遠くて当日全て玄関まで持っていくのがしんどいため、「明日引越しますので今日だけ許してください」という張り紙を張って共用スペースに出し、引っ越し業者にはそこまで入って運んでもらった。別の階の過激派住人には会わなかったが、穏健派住人(ただしこの子も何か一歩間違えると過激派になってしまう)に会ったので「ごめん引越し業者の男の人入ってくるけど……」と一応謝っておいたら「私入居するとき男の人の作業員だったよ!業者くらいなら別に男性入ってもよくない?気にしないで~!」と言われた。過激派だったらキレまわされていたかもしれない……ほっとした。

ちなみに鍵の受け渡しのため担当者が来るはずだったが遅刻遅刻を重ねられ、最終的に「下駄箱に入れておいてください」と言われ、下駄箱にぶん投げてかぼちゃの馬車を後にした。

その後は1Kの自分の城で悠々自適な独り暮らしを満喫している。ただ職場が遠くなってしまった上、やはり家賃光熱費シェアハウスに比べるといくらか上がってしまったので、機を見て転職しようやくまた正規雇用になった。住宅手当と通勤手当のありがたさよ。

それと一応出てくるときにかつての住人達と連絡先を交換したが、ほとんどもう連絡は取っておらずみんな何してるのかも分からない。




というわけでシェアハウスって色々とお勧めできないんだけど、貧困層女性上京するにはいシステムだったなあ、とも思う。あれがなければ上京思いきれなかったし。確かに私を都内に勤めるOLというシンデレラにはしてくれた。

それに防犯対策も今はかつてより良くなっているのかもしれないし、担当者対応もよくなっているかもしれない。あくまでも3年前の話(多分かぼちゃの馬車自体まだスタートしたばかり位の頃)ということだけ書き添えておく。質問あったら答えられる範囲で答えます





たくさんの方に読んで頂けてとてもびっくりしています

ちょっと追記書きました。→https://anond.hatelabo.jp/20180130010653

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