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はてなキーワード: 飢餓とは

2018-05-16

一緒にいる時から好きだったけど

離れたら思いが段違いに強くなった

禁断症状みたいなもんなのか

そこにあるうちは普通で、好きとは思ってもそこまで危機感というか飢餓感というか 強い感じで思ったりはしなかった

けど離れて会えなくなってからひどい

普通安心感とか穏やかさがなくなってしまって

2018-05-15

理不尽バイト

もう嫌になる

そりゃ飢餓で苦しんでる人に比べたら、私の辛さなんぞ大したことないのかもしれない

ちゃんと教えてくれないのにちゃん仕事しろって言われて、「まだならまた今度教えるね」ってその今度はいつになったら来るのかなあ

ちゃんと教えてください…

私何もできないままだよ

それが無理なら何すればいいか聞いたときに、的確な指示をください

あと私じゃないけど全部のバイト先のミスを、ミスちょっと多い入って2ヶ月ぐらいの人のせいにしないでください。可哀想。言えたらいいのに

私まだそんな立場じゃないよね

昨日なんか本社の偉いさんが来るからって、1時間早く帰らされたよ

私に何も教えられてなくて怒られるの避けたんだったらキレそう

社会人になってもあるのかと思うともういっそ社会になんて出たくない

将来に希望なんてなくて

正直、絶望しかない

社会から並外れた人生を送ってしまった

からちゃんとしないといけない

前のバイト先はSNSやってただけでクビにされて、どうしようもなかった

他の人だってやってたのになんで私だけクビにされたんだろう

から、今度はクビにされないように頑張らないといけない

けど、もうなんか小さいことが積み重なって胃が痛くて吐き気で泣きそう

行きたくない

2018-05-14

anond:20180514222805

歯の再生医療なんて10年くらい前から言われてるけどいまだに、金属埋めてるでしょ。

不老不死なんて、一部のお金持ちには実現するかもしれないけれど、一般人にはそう簡単に身近になるのかなぁ。

クローンペットだってもう実用化されてるし。

一方飢餓で苦しんでいる人類だって地球上には存在するのに。

2018-05-12

自分石原さとみに勝っている所を考えた

贅肉の量しか思いつかない

飢餓状態になったら石原さとみより僅かに長生きできるだろう

いや、考えてみたらきっと石原さとみには自分の命を削ってでも食料を貢ぐ男が大量にいる

私の方が早く死ぬ

2018-05-10

プリチャン見て思った

内容はどうあれ、JCJSユーチューバーであれば何でも受けそうな飢餓する。

主に大きいお友達に。

2018-05-05

常識を疑ってみよう

ネットばかりしている中高生が多くて社会問題と唱えるマスコミ

スマホいじり、悪いことかな。

ひと昔前だと、これがテレビゲームであったり、

テレビだったり、たまごっちだったり。

新聞だって、毎朝、なんとなく読むだけ。

雑多な情報に目を通すだけ。

例えば、アフリカの子供が飢餓に苦しんでいるという情報仕入れるだけ。

新聞情報を深く掘り下げることはみんなしてこなかった。

ところが、ネット時代情報の深掘りが簡単にできるようになった。

これ、メリットね。

ただし、深掘り も偏った方向へ進んだとき修正が難しいみたい。

これ、デメリット

で何が言いたいかというと、

時代の変化について、ちょっと腐してみたいのが、おっさんおばさんの習性なんだわ。

anond:20180503233322

誰かを責めたり馬鹿にしたり罵ったりみたいな話題ブコメが多すぎる。

スティーブン・ピンカーが、その仕組みを説明してなかった?

https://gigazine.net/news/20180130-bill-gates-favorite-steven-pinker/

ゲイツ氏の関心は、「現実はよくなっているのに、人々の見方は悲観的であり、そこにギャップがある」ということ。実際のデータは「過去より現在の方がよくなっている」と示しているのに、なぜ人は「過去はよかった」「未来は悪くなる」と考えてしまうのか、ということだそうです。

心理学者として、私にとってもそれは非常に興味深いことです」と語るピンカー氏。これは「ニュース性質」と「認知性質」という2つが化学反応を起こすためだと説明されています

まりニュースは「起こらなかったこと」ではなく「起こったこと」を伝えます。そのため「3月火曜日飢餓が減った」ということはニュースにならないのです。

なお、暴力は一貫して減少傾向にあるのに、なぜ私たちネガティブニュース固執し、悲観主義になってしまうのかという議論についてはハンス・ロスリング氏が「Factfulness」という著書で論じているとゲイツ氏は記しています

2018-04-24

野間オタク差別全盛期の差別当事者

される側のね。


1.苛烈オタク差別に直面した野間世代

そもそも野間がイキってる写真とか見るとわかる人にはわかる。

あれは不良のセンスではない。

しろオタクセンスに近い。

野間自分より一回り以上上の世代だが、あの世代のオタク独特の臭いが強くする。

エヴァ放映時に30過ぎだった世代エヴァに最も発狂的反応を示してた世代)だ。


あの世代の人達メインストリームから外れることに多大な勇気必要だった。

メインストリームで生きづらい人の大変さが今と比べても強かった。

いま30代後半の自分達は思春期にかろうじてその空気尻尾を感じた。

あれの空気本体思春期に重なったた世代はさぞ苦しかったと思う。


差別に直面し苦闘したオタクたちは色々とヘンテコリン自意識を生み出した。

いまギャグとして消費されてる「イキリオタク」はライト病理から誰にでも笑える(理解出来る)。

20代の小汚いオカマ氏が「要するに未充足、飢餓」とまとめてたが、それは多かれ少なかれ誰にでもあるものだ。


野間世代当時のオタク自意識とそこから生み出されるファッション自己演出は広く笑えるものではなかった。

オタク同士だと辛うじて痛々しさを理解できて笑えるようなものだった。

今よりはるか過酷環境下での切実な防衛のための自意識で、

情報入手手段も乏しく、「大人」になった先輩もまだおらず、

オタクとして見習える穏当なロールモデルがまだない。

みんなオタクとして社会に抗するためのスタイルを手探りで自己開発してたから。


その中の一派として、オタクでありながら不良っぽくイキるオタクが居た。


2.自意識武装するオタク

もう名前出しちゃうと有名どころでは大張正己とかだ。

当時スターアニメーターとしてメディア露出してた大張は袖の無いジーンズなんかを着てバンダナ巻いてた気がする。

「大張アニキ」って書かれてた。

ちょっと欧米パンクイメージも混ざりこんだ、オタク想像する精一杯のタフガイ

申し訳ないけど、当然ながら似合ってなくてすごく痛々しかった。


あとメタル音楽に傾倒するオタク

有名どころでは萩原一至とかだ。

あの世代には変に洋楽好き・メタル好きをアピールするオタクがやたら居た。

黒い服を着て怖いルックス外国人音楽聴くオタク発見した精一杯のタフガイ


みんなぶっちゃけ同じオタク気質の持ち主で、

でも当時馬鹿にされていじめられる対象として知れきってた「オタクであることを肯定できずに

メインストリームじゃないけど得体の知れないもの

メインストリームじゃないけど別の権威のあるもの

で身を固めてた。


バンダナとか指貫きグローブを装備するオタクが本当に居た時代の話。

彼等は普通になれない自分世間説明する為に「タフガイ武装をしてた。

それが見当外れで更に外面を異様にするものであっても。


いま野間説明しようとしたら大張・萩原という名前自然ポンポンと出てきたけど、

調べてみたら見事に同い年や同世代だった。(野間大張が1966年まれ萩原1963年まれ。)

勘で喋ってるけど大きくは外れてないんじゃないかという自信を得た。

野間は明かに大張や萩原のようなあの世代のオタク臭いが濃厚にする。

オタク気質でありながら自分オタクと率直に認められない。

タフガイを装備して自分説明しようとした。


3・サブカルというもう一つの(逃げ)道

オタクでありながら差別のせいでオタク自分を認められない人間

当人なりのタフガイ属性を装備した変なオタクになっていたという話をした。

しかしそういうオタク気質・強い自意識の持ち主の為のもう1つのパスが当時あった。

サブカルだ。

(ここで言うのはテクニカルタームであって、一般的意味サブカルチャーではない。)


サブカルとは何かを説明するのは難しい。

端的には「音楽映画についてマニアックなところ(最初から売れないマイナーなところ)に取り組み、

しかオタクではないことを強く自己規定する人達」とかになる。

この人達に無理があったのは、どうしようもなく存在意義他所依拠していたところだ。

メインカルチャーとは違うんだ、オタクとは違うんだ、という所だけで成り立ってた。

から非常にオタク意識オタクに執着してオタク蔑視して攻撃してたのもサブカルだった。

近縁種でありながら自分達ほど自意識が高くないオタクにつきまとって蔑視することで自己肯定感を得ていたから。


結果論から言ってサブカルは滅びオタクは栄えた。

オタクが堂々と自称できる世間になってしまった。


オタク自意識戦場から本格的に去ってしまった後はサブカルは空回りするしかなくなった。

そしてわりと自由創作や消費をし続けていたオタクの影響力経済力に勝てなくなった。

自意識問答にあまりに長い時間を割く人間は結局は敗れ去る種だったのだ。


これは後世の人間による傲慢歴史的結果論だが、

オタク丸出しでオタクをやれてたオタクや、バンダナ程度の武装自己肯定出来てたオタクは、

アニメを捨て馬鹿にされないための映画音楽に走ってカルト度外れ度を競うという

自意識の強さゆえに終始無理してるサブカルより強かった。


4.自意識から卒業できなかった方のオタク

もう結論が見えてきただろうか。

野間オタク差別全盛時代差別の脅威をヒシヒシと感じて育ったオタクで、

メインストリームでは生きられない自分の精一杯の防備を固めるためにサブカルオタク蔑視することで差別される弱者位置から逃れようとする生き方)に走り

サブカルをやってたせいでオタクにもたらされた開放に立ち会えずに

未だに自意識の檻に囚われ続けているオタクだ。


野間差別に強い関心があるのもオタクに強い執着があるのも理由が分かるだろう。

ずっと被差別感を持っていて、オタク蔑視する時にそこから逃れてきたのだ。

典型的差別被害者差別主義者だ。

今更そこは責めない。

まして彼等より安穏な時代を生きる世代断罪していいものと思えない。


ただし野間を長年苛んだ差別は明かに在日差別のようなソリッドでトラッド差別ではない。

80年代の「ネクラ」「ダサい」のようないじめ空気だ。

そのいじめ空気と格闘し続けて中年になったのはそれはそれで面白い人で、

そこを率直に出すことでメディアや論壇に居場所の確保が出来たと思う。


しか野間はまたしても自分肯定できなかった。

そんなことにクヨクヨと悩んできた自分を認められなかったのだ。

またもサブカル特有自意識の強さであり、あっさり被差別者としての言論を確保したオタクとは対照的だ。

サブカルオタクよりも弱い人達だった。

当人の心性も、結果的に追い込まれ立場も。


オタクが開放されて去ってしまサブカルとしての今後に行き詰まりを感じた野間

在日差別反対」という明かに当人が長年取り組んできたミッションとは違うものを掲げてしまった。

そして当人なりの精一杯のタフガイあの世代にとってのそれは不良)として革ジャンを着て釘バットを持ち中指を立てた。


差別反対を標榜すること、やけに暴力性をアピールすること、オタクに強い執着を持って追いすがり繰り返し侮蔑すること、

傍目にはヘンテコちぐはぐな彼の行動が、成分を分析すればいたって自然帰着なのだ


大張や萩原はとっくの昔に武装を脱ぎ捨てて普通のおじさんになった。

野間を追い込み続けるのは自分肯定出来ない弱さとその逃げ道としての自己欺瞞だ。


5.野間という人

プライドが高い野間には許せない。

世間空気いじめられて悩み続けてきた自分を。

あっさりと「いじめられた」と認めて被差別言論を獲得するオタクどもを。


野間は決して頭悪くはない。

抽象的な議論が出来ない方ではない。

なんたってオタクから。悩み続けてきた人だから

定期的にめちゃくちゃな暴論をぶつのはそれがタフガイ仕種から

「乱雑で悩みなんか持たない自分」を世間に表明する必要が定期的に生じる。

それは精神的な発作だと思う。


からおそらく、自分サブカル経歴が見る人から見たら弱点バレバレなのもたぶん自覚してる。

いま野間wikipediaを見たら、なんと前半生がまるまる削除されていた。サブカル時代の経歴の全てが。

45歳時点からまりそれ以前について触れないwikipedia人物記事って地味に異様だ。

もともと野間雑誌編集者とかギタリストとか紹介されてたはず。

学生時代から参加してるバンドサブカル界隈ではそれなりに有名で、

ミュージック・マガジン』なんていう典型的サブカル誌の編集者でもあった。


いったい誰の手の者が人の前半生をこんな風に抹殺したんだろう。

野間否定的な者ではあるまい。

野間肯定的な者でもあるまい。

このサブカル活動文脈理解できて、その裡のみじめな自意識の懊悩を理解できるオタク教養のある者、

そしてこの経歴にすら強い羞恥心を感じて肯定できなくなった者に違いない。


調べてみると近年の野間は「サブカル」を批判対象へのレッテルとして結構連呼しているらしい。

脱オタクしてサブカル立場オタク侮蔑し、

サブカルして活動家の立場サブカル侮蔑し、

まりいつまでも自分自身を肯定することが出来ない。


6.まとめ

一部にみられたこういうのがあまりにも見当はずれな分析なのでひとこと言いたくなりました。

野間氏は不良ではなくオタクです。

2018-04-23

シンデレラガールズでボイス総選挙を再び願うという事の罪

デレステとの合同で総選挙を行うと発表されて以来、より一層ボイス総選挙を願う声を聴くようになった。

あの出来事はもう3年以上も前の事である。知らない人も沢山増えた事だろう。むしろ知らない方が身のためかもしれない。

彼女を思えば、この話を敢えてするという事は全くもって好ましくない事だとは思うが、それでも敢えてどうか詳細はある程度伏せながら言及させて頂きたい。

アニバーサリーボイスオーディション俗称ボイス総選挙は3周年記念の企画として開催された。今や当時の上位陣はほとんどボイスが付いたが、当時は全員についていなかった。

中間速報であるアイドルは1位に、そしてあるアイドルが2位となった。それぞれの人気を思えば妥当と言えるものだっただろう。

その後投票が締め切られ、そこから2週間が経ち最終結果が発表された。

彼女たちの順位は入れ替わっていた。

中間で2位だった彼女は鮮やかな転劇を演じて見せた、はずだった。


だが現実残酷で余りにも冷酷だった。あやふや情報偏見に染まった悪意の塊だけしかそこには存在しなかった。

かに2週間という期間は少し短ったかもしれない。確かにどうしても気になる情報があったかもしれない。

だとしても余りにもおぞましい感情ばかりが散見される日々が続いた。

今ではその見る影もなくなったのは、ただただ敬意を抱く事しか出来ない御本人の努力の賜物である

それでも約1年という長すぎる時間を要した。どれ程のものを背負ってあのステージに立ったのか、我々の想像が遥か及ばないほどのものだったと今も感じている。

終結果で逆転されてむしろ良かったと言われてしまった彼女は、そのすぐ後に栄冠に輝いたものの、その更に先でこの件が尾ひれを引くという不名誉を被ってしまった。


あれから時が流れた。今日という日を迎えられているのは、ある方が文字通りに必死の思いでいて下さったからだと私は強く思う。

そうだったからこそ、ボイス総選挙は完全な黒歴史とならずに済んだ。それでもある面でおいて黒歴史である事には変わりはないのだが。アイドルマスターシンデレラガールズというコンテンツにおいてPが犯した最大の汚点だったと私は断言できる。

ボイス総選挙を再び願う事。願うこと自体とやかく言うつもりはないが、約3年半前にやってしまった事を思うと、素直に賛成することはできない。あのような出来事が再び起きないと誰が保証できるのか?ボイスに対する飢餓感が以前にも増しているというのに。

もしもボイス総選挙が再び開かれる日が来た場合あん出来事が二度と繰り返されない事だけを私は強く願っている。

2018-04-22

最高

自担が出てる舞台を見たらもう現実とかほんとにどうでもよくなった。

あそこは正しく夢の国である。というか夢そのものである

ふわふわしてまだ抜け出せない。

全体的な流れはすべての要素がハンバーグみたいなメインが多すぎる、とても濃い、ダイジェストすぎる、よく分からない舞台だった。

それでも楽しかった。それってすごい。

わけもわから時間が過ぎて行って見所ばかりで、それでも楽しい

終わったあとの充足感と、まだ、もっと・・・という飢餓感が同時に存在してる。


うわー!と叫んで走り回りたい気持ち。気分の高揚が続いている。止まらない。


人間、生きている間にこんな気持ちになれることが何回あるのだろう。

こういうのを幸せというのでは?

人それぞれ感じるポイントは異なると思うけど、私の場合はこれだ。

自担を見ること、自担の出てるステージを見ること。

幸せだ。

2018-04-09

人を愛せない人間はどうすれば救われるのか?

表面的な行動ならいくらでもできる。

老人に席を譲ったり、同僚の仕事を助けたり、

病の友人に見舞いをしたり、落とし物を届けたり、

後進のためにできることをやっておく、

家族のためにサービスする、彼女サプライズして喜んでもらう、

できるだけ楽しい思い出になるように「ニコニコ仮面」を被りお調子者を演じる。

どんな冗談をどのタイミングで言えば笑いが取れるか計算する。

思っていた通りの反応。

その繰り返し。

 

だけど、俺は人を愛せない。

 

俺を慕ってくれている家族恋人、友人には本当に申し訳ないのだが、

どうしても人を心の底からしたことがない。

愛する人のために命を捨ててもいいというような境地に至ったこともない。

ただ自分のできる範囲内で「サービス」しているだけだ。

まりにも演技が上手くいってるおかげで優しいとか気が利くとか評価され慕われている。

けれども、それは全てただの行動だ。

単にそうしたほうが物事円満に上手く回っていく。

そう学習し行動してるにすぎない。

君たちは人間によく似たロボット感情移入しているだけだ。

 

もちろん、誰かが傷ついているところを見ると心が痛む。

だが、これは相手を思いやっているわけではないのだ。

誰かが傷つく可能性があるということは、いつか自分にその順番がめぐってくるかもしれない。

そういった不幸への恐怖心が俺の心を動かしている。

からこれは決して他人を思いやった心境ではないのだ。

俺が募金をしないのは、募金必要とするような大多数の不幸な人間のことまで考えてしまっては、

自分の心に生まれる恐怖心は膨大に膨れ上がり、日常生活を送れなくなるからだ。

から当然アフリカの子供たちが何万人死んでいようが俺は救おうとも考えようともしない。

ただ己の範囲内でそういった人間がいると穏やかでいられないから、

不幸な存在を消すという意味で助けるようにしている。

他人の目からはそれは誰かを思いやった心から出た善意に見えるかもしれない。

しかし、俺からしたらストレスを減らすための自分のための行動でしかない。

 

どうすれば人を愛せるのか?

 

過去聖人たちは隣人を愛せと言ってきた。

ありのままを受け入れ悟りを開けと言った。

俺は人を愛したい。

だけど愛する心が無い。

こればかりはどうしようもない。

 

目が悪ければメガネをかければいい。

耳が悪ければ補聴器をつければいい。

足が悪ければ杖をつき、車いすに乗ればいい。

声が出ないなら機械にしゃべらせればいい。

だが心が足りない人間はどうすればいいのか。

 

善意からくる行動をまねていれば、いつか答えが分かると思っていた。

誰かの喜ぶ顔を見れば、いつかこの冷めた心にも小さな芽が育つと思っていた。

だが、どれだけ待っても、芽はひとつも出ることがなかった。

元々そこに種はなかった。

 

自身、愛を信じていないのだろう。

本当に愛が素晴らしくこの世の真理であることが疑いのない事実であれば、

とっくの昔にこの地球は愛で満たされているはずだろう。

実際は今日飢餓死ぬ人間や殺される人間貧困に苦しむ人間

この地上には数えきれないほど存在する、今、この瞬間にも。

この世は地獄だ。

 

俺は単に、日本という社会、この時代に生まれ勉強することができ、

この年まで病気事故なく、成長できただけにすぎない。

俺とアフリカの子もの違いは、単に生まれ場所境遇の違いだけだ。

俺がアフリカで彼らと同じように生まれたら、今のような生活絶対に送っていない。

愛について考えるよりも、日々の生活でめいいっぱいだろう。

だが、俺はここで産まれしまい、今、ここにいる。

それは誰にも変えられなかったことであり、起きてしまたことだ。

から俺は考え続けるしかない。

愛せない人間はどうすればいいのか?

 

俺は必ず死ぬ

人間は必ず死ぬ

だが死ぬときに生きてきてよかったと、

まれてきてよかったと一度でも思うことができれば、

俺は産まれてきたことに感謝して死ぬことができる。

自分普通人間と同じように趣味仕事ややりたいことはもちろんある。

だが、それらは死への恐怖に打ち勝つだけの魅力にあふれる題材でもない。

愛だ。

人に愛してもらうのではなく、究極に人を愛する必要がある。

おそらくそれこそが死への恐怖に打ち勝つ唯一の手段であり、最も尊い行為だろう。

だが人を愛するには何が足りないのか未だに理解できない。

人を愛する人間と同じポジションに立てば何か分かると考えていた。

しかし、何も分からなかった。

余計分からなくなった。

 

愛が素晴らしいのは分かる。

どうしても愛を手に入れたい。

親になり子を持てば分かるのだろうか?

だがそんな理由で産まれてきた子が、

心の底から父親から愛されていなかったとしたらどうなる?

表面上愛しているように見えて、子もそう思い信じている。

しかしその内面ではまるで子を愛していなかったら?

誰も知らなければいいというのは通用しない。

他でもない、俺自身が知っているからだ。

 

できる以上のことはやってきた。

しかしもう手詰まりだ。

宗教哲学書、過去偉人たち、

何かを意図的に信じ込むことも試してみたがどうしてもできなかった。

愛はどこから与えられるのか。

それとも自分機能的に愛を持てずに産まれてきたのだろうか。

愛を知る人たちが眩しい。

俺はこの先ずっと彼らに劣等感を持ちながら生きていくしかないのだろう。

俺は地獄にいる。

2018-04-08

anond:20180408033452

いや、それでも残さず食べられない事は悪なんだよ

アフリカ飢餓に苦しんでるやつらの前で同じ事言えんのかよ

2018-03-26

anond:20180326113418

それだけしか食べないでも痩せないって事は

基礎代謝が足りない(筋肉量が少ない)か

体が飢餓モードに入っていて食べたもの全部吸収してるかのどちらかだ。

解決策は運動しかない。がんばれ。山に登れ、泳げ、電車止めてチャリにするとかしろ

2018-03-21

anond:20180321165106

あなたのいうマクロミクロの違いって要するに

マクロ社会全体が少子化けしからんもっと結婚してセックスする男女が沢山あるべきだ。

ミクロ→俺はモテないし子供作ってくれそうな女と付き合う甲斐性もないか風俗で性欲を発散する。

ってことでしょ。

他人任せで社会を語るってどうでしょうかねえ。

マクロ世界飢餓問題対応したいと思う人だって募金したり食品廃棄をしなかったりって努力しますよ。

あ!たとえ話はまた揚げ足とる材料にしちゃうかな!

まあ、もう徴兵される可能性のない老人だって若者戦争経験するべき!」とか言えますもんね。

現象名前

他人任せで自分努力しないで上から目線説教」でしょ。

2018-03-19

この世ってつくづく思うけど、地獄のものだな

はてな匿名ダイアリーだけでもそうだけど、

幸せを持たざるものは、どうやっても救われないで地獄絵図を作るキャストしかない

一方、幸せ人生を送る側は地獄絵図なんてほぼ視界の外にして生きている

簡単に言えばアフリカ飢餓孤児お茶の間テレビで眺めながらホットケーキメープルシロップかけて食ってる構図だ

もし真横に異常に腹の出た飢餓孤児がいれば内心穏やかでなく満足に食事も取れずに、

自分が食べる予定だった食べ物を分け与えるか、もう少し頭が良ければ救急車を呼んで入院させ点滴させるだろう

ところがどっこい、これは起こり得ない

何故なら遠いか

ただ遠いから、自分生活と関わりがないからという理由で平然と無関心になれるしご褒美スイーツを食っても心を痛めない

 

今30歳、当時中学生1年の頃にアフリカ飢餓孤児TVで見たときはフーンと思っていた

しばらくそんな国もあるんだと思っていたがふとしたとき気づいた

「俺と孤児のどこが違うの?」

肌の色とか民族とかDNAとかそういうのは割とどうでもいい話で

もしアフリカの民と日本の民がそっくりそのまま場所を入れ替えたら、

俺が飢餓孤児になってアフリカの子どもが食卓目玉焼きを食いながら俺をTVで見ていたんじゃないか

人によっては「日本アフリカ人が住んでもアフリカのようになるだけだ!」みたいなことを言う人もいるかもしれない

もちろん現実アフリカ人を急に移せばそうなるだろう

じゃあアフリカ人が日本列島にたどり着いて日本人がアフリカ大陸に残った別の歴史世界の話でもいい

それとも俺の魂がアフリカの子どもで、アフリカの子もの魂が日本人の体の中で入れ替わって産まれてきた世界でもいい

とにかく、完全に、運なのだ

なのだ

こればっかりはどれだけ取り繕ったところで人生は運に支配されている

努力すれば変えられるという人も勿論いる

だが努力が公平であればあるほど、天才努力に凡人の努力は勝てなくなっていく

甲子園に出場した甲子園球児が全員プロ野球選手になれないのと同じ理屈

プロ野球選手は圧倒的に眼の才能によって大きく分けられる

眼球の筋肉(眼筋)は後天的に鍛えにくい部位であり

ドーピングは単純な筋肉量ではなくこういった鍛えにくい部位の筋力を増強させている

こうすることで恐ろしく早い速度のボールを肉眼でとらえることができヒット率が上がるのだ

結局、ボールバットに当てる才能は天から授かりしものであり、

凡人はドーピングを使った「努力」をしなければそこまで到達できないのである

しかしその努力スポーツ界では認められていない、ただし公には。

 

では逆説的にすべての人間が同じ能力を持つクローン人間だったとしたらどうだろう?

どこにいてもどんなとき出会うのは自分と同じ人間

発想も発明ファッションも日々の生活も何もかもどこを見ても似たり寄ったり。

嫌いなものはこの世から消え去り、自分の好きなものしか残らない。

大した争いも起こらず同じ権利のため競争も起こらない。

ベースとなる人格がよほど凶暴でない、疫病が流行らない限りは一見平和世界に見える。

しかし彼・彼女にとってその世界は本当に楽しいものだろうか?

好きな物・嫌いな物が混在し自分理解を超えたもの存在し、

異文化があり自分と違う価値観があり、日々体験更新していく方が個人人生において充実しているのではないか

自分が作った映画小説など、所詮自分想像以上の産物にはならないだろう

娯楽に頼ろうとしても自分日記を振り返って読む感覚しか得られないだろう

なぜならその経験解釈でさえも彼らは同じような解答しかできないからだ

もし増田に俺しかいないとしたら絶望である

明日明後日も「この世は地獄だ」という日記を見かけるであろう

俺たちがそう思ったタイミングが別々に訪れ、別々のタイミングで同じ投稿をするだろう

そしてそこには同意トラバさえつかず、なぜなら自分が分かり切ったことだから自分独り言に反応する必要性すらなく

ただ独り言が流れ続ける暗闇へと変わるだろう

それもまた地獄と言わずに何というだろうか

 

ここで理想的解決としては運の最低の期待値をせめて飢餓孤児や産まれた瞬間殺される子どもでないように世界を作り替えることだろう

重大な疾患を抱える子ども遺伝的コーディネイトしても良いかどうかは倫理観が問われるところだが

個人的には行ってもよいと考える

なぜなら、元々生まれ必要などこの世には無いからだ

人間原理的に生存繁栄肯定され、そこに疑問の余地を挟まないのが当然だと思われている

しかしそれは誤りである

宇宙地球人間がいつ死んでもいいと思っているし、

絶滅しようがどうなろうが知ったこっちゃないというのが至極当然の感想だろう

この広い宇宙知的生命体が人間しかいないという考えも妄信的で霊を信じるよりも俺にとってはオカルト思想

また宇宙から寵愛を受けているか人間誕生したというのもまた妄信的で人間原理によりすぎた思想

人間宇宙から無関心であることに感謝しつつ、人間選択のものによって理想的世界を手にするべきだ

理想的社会を手に入れるためならば人間は産まれ必要性あるかないか選択することができ

まれた知能と肉体を一定以上備えた状態の子孫を望んだっていいのだ

なぜなら宇宙も神も世界も誰も人間について無関心だから

関心があれば産まれときから不幸な孤児をこの世に産むわけがなく、何らかの救済を宇宙法則として残しているはずである

仏教には輪廻転生という言葉があり罪を減らすために現世に産み落とされるという

では産まれた瞬間からコンビニ袋に入れられ、トイレに捨てられ死んだ赤子はどこに罪を減らすチャンスがあった?

全く宗教が信じられないのはどれも神は人間に寵愛を与えているという観点である

俺は全く信じられない

俺が安心してホットケーキを食うことができるのは飢餓孤児地球から存在しなくなった瞬間だ

それ以外では頭の隅から追い出して生活する逃避行動を取る以外にない

もしくは俺が自分の行動に矛盾性を排除するためには隣に飢餓孤児がいても無視して締めパフェを食う神経を身に着けるしかない

俺がどうしても神を信じて感謝することができないことはその1点だけでも十分すぎることだ

故に神や宇宙人間そもそも無関心であるという解釈を俺は信じている

そしてその上で神や宇宙人間にとって安全装置として機能しないのであれば

人間にそれを作る選択権があることを人間自身が認める権利があるということだ

人間人間必要権利自由を決める上で最も重要なのは法だ

法について話をするのは、また別の機会にしよう

 

話を戻すがこの世は地獄のもの

人間生命は単に誕生することができたか

可能性の隙間があってそこを通り抜けたか存在しているのであって

寵愛を受けたわけでもなければ選ばれた存在でもない

宇宙天体・この世の物理法則自分らの隙間に入り込んだ生命に対しては無関心であり

自分らが身をよじってそれらが絶滅しようが全くの抵抗がない

故に生命は神や宇宙に頼らずに自分たちで選択しなければならない

でなければいつまでも地獄に閉じ込められたままだ

もっと具体的に言えば俺が真に幸福ホットケーキを食べる瞬間は未来永劫来ないことになる

この世は地獄

2018-03-16

anond:20180316115806

次〇〇で産まれたいは、まだ人生希望を持ってる証拠

俺はもう生まれ変わりたくないので

俺が死ぬ前に地球崩壊してほしい

運が悪ければアフリカ飢餓孤児として生きることになるかもしれない

出生自体が不幸の始まり

2018-03-15

anond:20180315155909

ファイアパンチ 全8巻

藤本タツキ

『氷の魔女』によって世界は雪と飢餓狂気に覆われた。凍えた民は炎を求めた…!

2018-03-11

anond:20180311094116

ニュースネガティブ情報に溢れている。なぜか?

実際のデータは「過去より現在の方がよくなっている」と示しているのに、なぜ人は「過去はよかった」「未来は悪くなる」と考えてしまうのか

これは「ニュース性質」と「認知性質」という2つが化学反応を起こすためだと説明されています

ニュースは「起こらなかったこと」ではなく「起こったこと」を伝えます。そのため「3月火曜日飢餓が減った」ということはニュースにならないのです。

 

スティーブン・アーサー・ピンカー(Steven Arthur Pinker, 1954年9月18日 - )はカナダモントリオールまれアメリカ合衆国実験心理学者、認知心理学者。

言語自然選択によって形作られた「本能」あるいは生物学適応であるという概念大衆化したことでよく知られている。

 

ニュースは、確証バイアスを増大するためのツールから必要でないときは見なくてもOK

人はニュースを見なくても生きていくことはできます

2018-03-01

大好きだったはずの感想を送ることに疲れた話。

同人活動の話。

と、いっても私は同人誌は出してない。

創作活動もしてない。

もっぱらロム専。

なんにも生産はしない、人様の作品を消費だけするタイプ人間

でも素敵な作品を読むと、その感想を書いた人にいつも伝えたくなった。

実際伝えてた。

私は感想を送るのが大好きだった!

漫画イラスト小説も、自分が伝えたいと思ったことは創作してくれた人にいつも伝えた。

ご覧の通り創作をしていないので日本語は下手くそ

それでも下手くそなりに一生懸命感想を送った。感想を送る際は何処でそれを見たか、何が良かったか、何処に一番心動かされたか。図々しい時はキャラクターの心情を推測してみたり、続きを想像しては続編を楽しみにしてると素直に言ってみたりもした。

こんな感じで書けばいつも3000文字くらいの感想になる。

長いと10000文字を越したりする。

気持ち悪いなって我ながら思う。けど書いちゃったし。

誤字はないか読み手が気分を害するようなことを書いてないか確認して、ドキドキして送信する。

あ、そう!一番好きなのは手紙!これこそ一方的イベントで渡して逃げれば良いだけ!!

名前だけ添えてアドレスも書かない。

読んでるかなんて知らない。

捨てられても良い。

感想のお返事はいらない。こっちが素敵な作品に触れて勝手にそれについて書いて。自己満足

それに対し相手に見返りを求めることはしない。してはいけないことだと思ってた。

どういう作品を作るかは書き手自由。書くのをやめるのも書き手自由

でも返信不要とは必ず書いてるけど、時々お返事をくれる人はいた。

拙いながらも私の書いた感想を読んでくれて嬉しい嬉しいって。そう言われるとやっぱりこっちも嬉しくなった。

わざわざ返事をくれて、支離滅裂感想にとても喜んでくれた。

私が伝えたかたことをきちんと汲んでくれたり続編に意欲的なってくれた人もいた。

友人に「感想を書くのも創作をしてることになるよ」なんて、言われて正直うかれていた。

たまに感想を送ってブロックされることもある。感想なんていらないって言われたこともある。感想送るのが好きすぎて身内から辟易されたりもする。

ブロックされた時は失礼なことを言ったかな?って感想読み返したり、次の人にはそうならないようにしようと気を付けた。感想いらないって人は見かけたら直接の感想我慢した。

あとで言われたらそれ以降は控えた。

感想です!と送っているのでメールを読むのも好きにしたら良いし、手紙も捨ててくれて構わなかった。さっきも書いた通り自己満足だし、書きたくて書いてるだけで、誰にも強要されたことはなかった。

人に感想を送ることも強要したことはない。感想送るのが良いことって風潮も実はあんまりきじゃない。

自分義務的に送ってるように思われたくないから。ただ!好き!ってことを伝えたいだけ!!それだけ!!!

何処が良かった、この表情が好きだった、この言葉はずっと胸に残ると思う、この部分で泣いてしまった、この距離に胸を打たれた。そんなことを書きたいだけいつも書いてた。

そして感想を書くために素敵な作品を何度も何度も読み返す時間がとてもとても好きだった。楽しかった。

そんな時に現れたツイッター匿名ツール

あれが私は大好きだった。

むかし拍手と言うのがあって、それはもう感想送りたがりの私は好きな書き手さんの作品更新されるたびにぱちぱちしてはコメントを送ってた。

そんな感じでたくさん言葉を投げた。

ツイッターでは気軽に感想を欲しいと呟く人が多かったので幸いどんな感想拒否されることもなかった。

イラスト可愛いです。その色合いがとても好きです。何日前の妄想ツイートとても萌えました。

そんなことを色んな人に毎日暇な時に送ってた。

けど、やっぱり感想欲しい感想欲しいってツイートが多く見られる。あれ?送ったのになって思う。また送る。

前読んだ漫画のあの部分が好きです。あのセリフが本当に印象的で。

伝えたいことなんて山ほどあった。

過去作の感想も送ってしまえと最初は楽しく送ってた。もしかしたら以前書いたようなことを繰り返し書いていたかもしれない。でもそこ好きだし。どうせ匿名だし。

それでも毎日毎日感想欲しいってツイートを見かける。

また、送る。足りないのかな?また送る。

だんだん感想を送る場所を見付ける為に作品を読んでる気になってきた。おかしい。義務的感想を送るのは嫌いなはずだったのに。

でも、どうすれば素敵な作品を生み出して下さる書き手さんの飢餓感のようなものを満たしてあげることが出来るのか分からなかった。いや、満たすなんて烏滸がましいけど。でも、私の送った感想はまるでなかったことのように扱われてる気がした。

書き手の方たちは毎日必ず匿名コメントでいくつか感想を貰ってるのに、私も送っているのに。感想欲しい感想欲しい。そうみんな言っている。

私、感想送ったよ?私の感想読んでくれた???

感想を読む読まないは自由だと思っていたのに急に不安になってきた。

何をどうすれば良いのかも分からなくなってきた。

取り敢えず送る、ひたすら送る。

返事が更新されてる。返事なんて求めていなかったはずなのにそれを見て安心する。でも感想が欲しいと言われ、また必死に送る。

そんな風に送り続けているといつしか感想を送る楽しみもわからなくなってきた。

匿名ツール、気軽さ。それによって自分感情まで消費していくような気がした。

そして今までなんの見返りも求めていないと言いながらいつしか感想を送って相手を喜ばして悦にいる自分性格の悪さにも気付かされてしまった。

こんな奴が今だれになんの言葉を送ったって駄目だと思う。

もうなんだか言葉が上手く見つからなくて、ふと自分感想を送ることに疲れているのだと気付いた。

そうだ、もう、感想送るのはやめよう。

こんな奴から感想きっとだれも嬉しくないに決まってる。

感想を書こうと楽しみに積み上げた本を見ながら思った。

次のイベントに参加されるか調べて手紙を書こうと思っていた本たち。どれも素敵な本ばかりだ。

一生懸命感想を書く為に言葉を探すことが好きだった。その私の一生懸命にはなんの価値もないことに、気付いてしまった。

どうせ自己満足行為だった。

別に私がそれをやめたところで。

2018-02-22

金無し無料で済ませるオジサン

エロも娯楽も全て無料で済ませて生きている。

違法行為など一切しなくてもネット回線からはいくらでもコンテンツが流れ込んでくる。

ゲームアマチュア制作フリーゲーム企業宣伝用に配る少し古い名作ゲームまで選び放題だし、なんなら基本無料ネトゲ人生まるごとポイしたっていい。

YouTuber動画は有名所を追うだけで1日が潰れるし、昔ながらの面白動画も今なお作られ続け名作だけを消費しようと思っても時間が足りなすぎる。

エロ関係は……違法っぽいのがそこら中に多すぎて、安全と核心が持てる範囲だけで数を揃えるのはちょっと厳しい。とはい二次元に適性があるなら尋常でない量がネット中に転がってはいる。逆に物の多さから唐突ニッチ性癖に開眼し逆に飢餓を起こしてコアラパンダを笑えなくなることもしばしば。

漫画に関してはWEBコミックやスタミナ制サイトでかなり回せる。

麻雀将棋なんかのボードゲームはいよいよネットが強いね。なんで金払ったり自分ゲーム買ってまで人口密度も低いしメンツもほぼ固定のリアル卓に出向かなきゃいかんのか状態になってるゲーム多すぎる。

いやしかし本当に無料でアレコレ手に入りますよ。

最新であることに拘ったり特定の何かが欲しいと思ったりしない限りは人生10周分ぐらいの娯楽はネット経由だけでほぼ手に入る。

毎月うん千円払えば実質無料で遊び放題。

凄い時代だよ。

何が凄いってそうやって無料で済ませてることを恥じなくていいのが凄いね

廃棄弁当貰ったり試食ガッツいたりしてる所を知り合いには見られたくないけど、ネットだったら誰にも見られないし見られたって恥ずかしくはない。

凄いよ。

土日に図書館入り浸って一日中雑誌読んでるのを知り合いに見つかったら「あいつ……ホームレスになったのでは?」と心配されかねないけど、一日中家でAbeamaに張り付いてる分には「あいつ……最近見ないけど引きこもりになった挙句死んだのでは?」程度で済むもの

2018-02-17

性を売ってる主体女性って時点で全然説得力ないんだよな。どこまで行っても。

飢餓感に漬け込む手段を取るのに躊躇がない生物。そりゃ見下げられて当然です。

2018-01-28

anond:20180128124928

ネットの普及していなかった70年代日本は(そして欧米は)海外生産拠点を作り経済的には貧困を輸出していた。誤解を恐れずに言えば海外経済植民地を作り奴隷労働をさせていた。増田の言うところの穢れない増田のお婆ちゃんは、その奴隷労働の上がりの経済的繁栄享受していた。もちろん増田も、俺も、例外なく先進国の全員はそうだ。

70年代そういう情報可視化されていなかったから、一部の大手商社とか、海外進出メーカー上層部が知っていて、国民は知らずに済んだし、たまにそんな報道が出ても「どこか未開に国で起きていること」とスルーすることが出来た。

そういう「高度成長期の罪業」っていうのは罪業じゃないのか? といえば、やはり罪業だろう。増田が言っているのは「昔から凄まじい数の罪業を振りまいてきたけど、最近それが目に入ったので心が痛い」であるようにも聞こえてしまう。

増田の言う「地獄」ってのは極論すると「俺が苦しい」でしかないんじゃなかろうか。

今でも、もちろん、そういう開発途上国経済搾取構造存在する。でもネットの普及とグローバリズムが、彼らにも情報入手の手段を与え、世界全体で見れば飢餓や疫病を減らしつつあるというのも事実としてあるわけだ。日本国内で見ても情報公開が進んだせいで、目の前にあるのに甘受してた悲劇を避けられた人も多いだろう。医療情報や、ブラック会社や、制度的な無知から救われた人は少なくないと思う。

増田個人的視点でその苦しさを正直に吐露しているのはわかるんだけれど、文明発展の功罪を語るのならば、もう少し全体を公平に見てあげないと、「先進国/すでに得ている者の開き直り/過剰要求」っていうやばい醜悪晒しちゃうと思うんだよ。

2018-01-24

日々のインプット仕事アウトプットして、賃金のアップで喜ぶって結果に満足する

つまんねえ毎日 繰り返しの生活 目をこすり開ける玄関

何してもそれなりの満足感で終わり すぐ欲求飢餓 次を求める

2018-01-11

anond:20180111153023

政治的に正しい男性自分からアプローチしないからでしょ。そういう男性別に珍しくない。

セクハラ』って言葉流行語大賞になる前は結婚したカップル出合い社内恋愛だった(という統計がある)。

フェミニストが声高にセクハラを叫んだあたりから、急速に男性からアプローチが難しくなる。実際、非婚化も進んだ。

いやさ、別にセクハラが良いとは思わない。逆に女性からアプローチが、それも頭がそこそこ良くて誠実な男性へのアプローチが増えるべきだったんだが、セクハラを訴えてたフェミニストはそこまで頭が回らない。結局、女性の考え方を変えるには至らないまま少子化が確定した(ごく最近アンケートだと20代女性告白率が増えてるが、これはフェミの働きかけ、というより単純に飢餓からだろう。フェミ的な出版物コラムは減っている)

キミの親しい人もさ、まぁ結婚したい気持ちがあるなら、結婚を勧めたらいい(35歳を越えると結婚可能性は減るのでその前に)それで救える女性が一人増えるなら暁光だ(君の職場関係者はやめとけ、IQが離れていると関係性を維持するのは難しい、という統計がある)

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