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はてなキーワード: 手段とは

2017-12-12

https://anond.hatelabo.jp/20171211134237

相いれない意見の保持者と対峙したときあなたはどうするかといわれたら

あなた第三者自分が感じた差異について不快感をしめしたことを伝達するわけね


個人がそれぞれの感覚で得た情報をおのおのの運命遺伝子かに定められた性格

気のすむようにという解決手段をとる選択肢があるよね


からないのはあなたはだれの生きやす世界を求めていて何を排除しようとして

その手段自分の力か他人助成を求めているのかはっきりしないのだけど

その腹を立てるっていうのは何をするための情動なの

anond:20171211235137

高学歴自殺に追い込まれるまでにアレヤコレヤで表現し訴える手段があるけど

低学歴者にはそれもなくどれだけ自殺してても統計を取らない限り可視化されないから表面的に幾分気楽に見えるだけ

そこでは何かが起きても世の中では騒がれないんだよ

真剣に取り扱われることはない

現場仕事が関わる職種に就けば嫌でも実態は目に耳にすることになる

2017-12-11

選挙権納税額に比例させる事について考えた

初めに

現状の一人一票のシステムだと富裕層が重い税負担に対抗する手段が一切ない。

これはかなりの問題だと思う。

一部の人に重い負担をさせることを多数決で決めることははたして正しいのだろうか。

税率の自動調整機能

このシステム採用すれば市場自動調整機能のような「税負担自動調整」が可能なのではないだろうか。

富裕層の税負担を重くすればその分選挙権も大きくなるのでそのうち税負担は軽くなる。

逆に富裕層の税負担を軽くすれば選挙権は小さくなるのでそのうち税負担は重くなる。

これによって自然とちょうど良い税負担になるのでは。

問題点

こんな感じ?

fgo名物ツイッターPvP

 fgoメインコンテンツの一つと言われている、ツイッターでのPvP

 ここでよく使われているテクニックに嫌気がさしている。

 相手発言を、相手頭が悪いという方向に拡大解釈した上で攻撃する方法だ。

 わかる人にはこう書けば伝わるので、具体例は出さない。

 使用した本人と、その取り巻きにとっては正論であり、それに対する反論無視すれば、勝った気になれるようだ。

 同じく、相手発言意図捏造し、自分捏造した発言意図を叩く方法もある。

 どちらの方法も、基本的には相手とのコミュニケーション拒否し、その上で自分が勝ったと言い張っている。

 私は、尊敬している人であっても、このような手段を使う人とは関わりたくない。

 私はそう思っているが、そのような手段を使う人を含むコミュニティ所属する人にとって、その行為快感なのかもしれない。

 この記事を読んで、自分のことを言われていると思った人。そこまで自分省みることができるなら、おそらくあなたのことではないでしょう。

 この記事を読んで、特定個人が思い浮かんだ人。あなた本人がどうかはわからない。ただ、余計なお世話を言うなら、その人と距離を置いたほうがいいと思う。

 この記事を読んで、特定集団を思い浮かべた人。その対象が、ファンであっても、アンチであっても、集団を思い浮かべてしまうのは思考が働いていない。余計なお世話を言うなら、ツイッターfgoもやめて、人との関わりを減らしてはどうか。

 そのような発言を見たことがないと言う人。幸運な人なのか、人の言葉意味を正確に把握できない人かのどちらかなので、私からは何も言えない。

 最後に、匿名ダイアリーに書きこそしたが、私のことを知っている人間には書いた人間自明だと思う。

 そう伝わるように書いた。

 私が誰かを気がついても、ツイッターでは無視してほしい。

 そして、できれば、私がツイッターで何か言ったときや、fgoPvPが発生したときに、この記事を思い出して欲しい。

似非科学に関して青春時代の思い出を交えた個人的考察

 似非科学というのはいつの時代もなくならないものだ。パッと思いつく例だけでも、血液型性格診断ゲーム脳環境ホルモン水素水マイナスイオン、等々、枚挙に暇がない。多くはマスコミによって支持され、テレビ番組特集が組まれ、その科学的根拠あいまいにも拘らず世間に流布されて浸透する。テレビ番組などはあたかもその説を「検証」しているかのような映像を作り、怪しい肩書専門家コメントを添える。視聴者の多くはなんとなく「科学的に証明されている説なんだ」と信じ込み、疑問を持つことなく受け入れてしまう。一億総白痴化社会の完成である最近ネット上で多くの意見を比べて読むことができるので、情報収集能力の高い人たちはそこまで騙されやすくないとは思うが、未だテレビ新聞が主な情報源である人たちにとっては、上述の似非科学が今でも信じていることが多い。特に血液型性格診断などは、宗教のように信じ込んでしまっている人も相当数いるだろう。

 私も子供の頃はこれらの似非化学に騙されやす人間だった。最近ほとんど見ないが、昔はテレビが娯楽の中心だったこともあり、夕食時などはよく見ていたものである特に捏造問題で打ち切られた「発掘あるある大事典」などは、親が好きだったこともあって毎週見ていた。その中で血液型性格診断特集を何度か行っていたことは、今でも何となく覚えている。番組の中で「数名の幼稚園児を血液型別に分類してその行動を観察する」という検証が行われており、ものの見事にその血液型の特徴が行動として現れていた。見ていた私は「やっぱり血液型性格には関係があるんだなー」とぼんやりと納得していたが、今になって思い返してみれば数名の幼稚園児の行動で結論を出すのは早急すぎるし、番組が「○型かつ××な性格」の幼稚園児を数名集めることな造作もないことだし、そもそも集められた幼稚園児の血液型が本当に表示通りだと証明する根拠は何も無い。極めつけはあの「あるある」である。そういえば「あるある」マイナスイオン特集も何度かやっていた記憶がある。まあ、放送内容の真偽を検証するのは今となっては不可能に近いことだからやめておくにしても、心理学会において血液型性格判断の真偽は何度も検証されており、いずれも関連性を肯定するものがないことから、かの理論が出鱈目であることは疑いようがないだろう。

 しかし、科学価値は小指の爪の垢ほどもない血液型性格診断であるが、この似非化学が私に教えてくれたことが二つある。それは「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」ということと「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」ということだ。付け足すなら、当時私はまだ純粋ティーンエイジャーだったので、「大人は平気でうそをつく」ということも学んだと言えよう。

 私が初めて血液型性格診断反証する意見に触れたのは、中学二年生のことだったと記憶している。当時別段読書が好きでもない(むしろ嫌い)だった私が、たまたま休み時間図書館に立ち寄り、ふと目に留まった一冊の本を手に取ったのがきっかけだった。それは村上宣寛という方の著書『「心理テスト」はウソでした。受けたみんなが馬鹿を見た』(2005、日経ビジネス)という本である。新作であったこの本は本棚の上に表紙が見えるように立てられており、そのセンセーショナルタイトルに興味を惹かれたのを覚えている。

 10年以上前に読んだものであるためにうろ覚えな部分もあるが、本の内容は大きく2つに分かれていた。前半が血液型性格診断への反論、後半はまた別の心理テストへの反論が主であった(後半の内容は忘れた)。本文の中で、今日血液型性格診断の源流である能見正比古氏の著書をけちょんけちょんに貶し、また血液型性格診断のような「占い」を人に信じ込ませるための心理テクニックであるバーナム効果」についても詳しく説明があったと記憶している。

 当然、本の内容は著者の考えであり、本の内容が絶対的事実であるとは(今となっては)思わない。しかしこの本の内容は、血液型性格診断科学的根拠のある学説だと何となく思い込んでいた私にとっては、とても衝撃的な物であった。血液型性格診断のものというより、これまで固定観念的に信じ込んでいた常識が、脆くも崩れ去った瞬間で、まさしく目から鱗であった。活字嫌いな私が、数日図書館に通って本を読んだのは、(マンガ喫茶を除けば)後にも先にもこの時だけであろう。「借りて読めよ」と言われるかもしれないが、当時の学校図書館ルールで、新作は借りれなかったのである

 新しい知識を得たら人に言いふらしたくなるのが能のないアホウドリの常である。当時は全盛期こそ過ぎたものの、血液型性格診断世間一般根付いており、それを否定する論調は(少なくとも大手メディアでは)ほとんど存在していなかった。要するに「他の誰も知らないことを自分けが知っている」ような状況だったのだ。腕のケガだと偽って毎日手に包帯を巻いて通学していたリアル中二病の私にとって、これほどドヤれる材料は無い。とは言え、何の脈絡もなく血液型性格診断の話をするのも変である。友人との会話の中で血液型の話が出てくるのを待ち、出てきた瞬間にこれでもかと否定する。それによって「頭が良い奴」と思われて皆からちやほやされる。正に完璧計画だった。

 ところが、実際に反論してみたところ、いずれもあまり芳しくない結果に終わってしまった。どや顔血液型性格診断否定しても、「でも何となく合ってる気がするし…」と、決まって歯切れの悪い反応しか返って来ないのである挙句教師からも「屁理屈ばっかりこねるな」と言われる始末。今となってはどちらが屁理屈なんだと思わざるを得ないが、確かに思い返してみれば、血液型の話でわいわい盛り上がっている時に、キモいデブどや顔否定して来たら、場が白けてしまうのは明白だろう。要するに私の敗因は、イケメンではなかったこである

 冗談はさておくにしても、それ以降、私は血液型性格診断の話が出てきた時、余程仲の良い間柄でなければ、ニコニコして受け流すようにした。まさに2017年現在でも血液型性格診断肯定論者の方が言うところの、「否定する奴はモテない」という説を支持する対応であった。情けないとは思うが、当時ただでさえ友達が少なく、これ以上周りから孤立するようなことは避けたかった私を責めることなど出来るだろうか。ちなみに今は目上の人でなければそれとなく否定している。相変わらずチキンであった。まあ、事実事実として、TPOに合った会話合わせというのは必要だと思っている。

 そこで私が学んだことが、先の「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」の二つだ。血液型性格診断を信じている人に、上述の心理学会の話や、バーナム効果の話をしても、決まって返ってくる言葉は「でも何となく当たってる気がする」「私の周りでは当たっている」と言ったものだ。査読のある学術誌に投稿された数千人規模の調査結果よりも、自分の身の周りの数名の事例を優先するのである。当然その事例には得てして強い確証バイアスが掛かっているのだが、本人はそれに気付くことができない。「客観的事実よりも自分が信じたいことを信じる」典型である

 これは、似非化学に限らず社会の中のあらゆる現象に対して言えることである。例えば昨今、「若者の○○離れ」という言葉をよく耳にする。○○の中には、テレビ新聞、車、バイク、酒、読書など、ありとあらゆるものが入り得る。そして、その原因は大抵若者帰着させることが多い。「最近の若者は人との関係希薄から酒を飲みながらのコミュニケーションをしないのだ」とか、「世間政治に対して無関心だからテレビ新聞を見ないのだ」とか、とりあえず若者悪者にするような結論が多いが、決して「社会の変化によってニーズも変容し、製品価値相対的に下がった、すなわち製品自体時代の変化に追いつけなくなったのだ」といったような、自らに責任帰着させることは決して言わない。やはり自分が信じたいことしか信じていないのである

 また、血液型性格診断を信じている人の共通点として、否定しようとすればするほど攻撃的になって反論するというものがある。先の中学生の時の教師がその典型例だろう。理論的な反論が出来なくなると「屁理屈をこねるな」と論点をずらして逃げるのである。「否定する奴はモテない」というのも同様で、血液型性格診断の真偽について反論しているのに、「モテるモテない」の話にすり替えさら相手を「お前は場の空気の読めないモテない人間だ」と罵倒しているのである。そうなってしまうと、もはや冷静な会話は成り立たない。こちらがいくら事実を述べても、返って来るのは罵倒だけであり、最終的に相手が逃げてしまうのである。そこに残るのは無駄時間の浪費と徒労感だけで、何ら生産性のない労力を費やされることになる。

 こちらもやはり社会全般で言えることだ。例えば「若者犯罪ゲームアニメによる影響だ」などの持論を展開する人に、「若年層の犯罪率は年々下がり続けており、反対にゲームアニメ市場は伸び続けている。」と反論しても、恐らくその後は謂れなき若者批判罵倒くらいしか返って来ないだろう。論理的反論を受け入れられない人間にとっては、実は事実などどうでも良く、会話を勝ち負けを決める手段としてしか考えていない。そして自分が負けるのが嫌だから最後子供のような罵倒に終始し、逃げてしまうのである。こういった手合いは、「自分の非を素直に認められない」ことも共通点と言えるだろう。人間であれば誰しも少なから負けず嫌いな側面は持っているが、この手の人間特にその傾向が強い(と何の統計的データもなく私の主観でそう思っている)。

 似非科学のような嘘を信じ込んでいる人は、宗教信者に近い。もちろん宗教否定している訳ではない。宗教というものは、「事実か否かを証明する術がない」にもかかわらず、「否定は許されない」というのが特徴である。これ自体別に悪いことではなく、「鰯の頭も信心から」と言うように、それを信じることによって本人の精神的支えとなるのであれば、それで良いと個人的には思っている。客観的証明できなかったとしても、個人の中で信じていれば問題はないのである。ただし行き過ぎると他者に対する不寛容に繋がり、戦争弾圧に容易に発展してしまうため、注意は必要である仏陀キリストと「顔を描いてはいけないあの人」の誰が一番偉いかというような論争は、決して行ってはならないのである(仏陀キリストが同じアパートの一室で生活しているマンガはあるが)。

 「宗教」と「似非科学」の明確な違いは、前者は「事実かどうかわからない(事実であることに重きを置いていない)」のに対し、後者はそれが「明確な嘘」だということである。明確な嘘を流布すれば、社会に対して損害が生まれる。血液型性格診断であれば、近年問題になっている「ブラハラ」なる差別を生じる。ゲーム脳であれば、本来何も悪くないゲーム会社風評被害を受ける。水素水であれば、医学的根拠のないただの水を健康に良いと信じ込んで高額な値段で買わされる消費者が現れる。そして、損をする人の裏側では、他者を騙して得をする悪人存在しているのである。大抵は嘘っぱちの本を書いた奴とその取り巻きだ。

 だからこそ似非化学は撲滅しなければならないし、似非化学の考案者やそれを流布するメディア批判されなければならない。日本表現の自由保障されているから何を言おうと自由であるが、それはあくま公序良俗に反しないことが前提であり、嘘によって不正利益を得るのは詐欺である表現に対して批判を行う自由もあるのだから客観的に見て明らかに事実と異なる論説に対しては、毅然とした態度で批判すべきである

 そして、一般消費者である我々は、常にその情報事実であるか否かを見極める努力が求められる。媒体を問わずメディアは平気で嘘をつく。他人に言われたままのことを信じる人間は、その情報が誤りであった場合他人責任を求めがちである。何が正しいか自分判断し、自分責任において選択する力こそが、情報化社会を生き抜くために必要スキルと言えるのではないだろうか。

 似非科学流行は、社会におけるメディアリテラシー成熟度合いの指標と言えるかもしれない。

anond:20171211094416

司法裁判は(最近特に)多少「かわいそう」も考慮されるね。かわいそうを金額に変える手段としては裁判もいい。

元増田はそういうのがいやみたいなんだから裁判はしないほうが良いだろう。

anond:20171211014419

正面切って戦い挑む革命テロとは呼ばんよ。

テロっていうのは要人暗殺かに代表されるような目的のためには手段を選ばない行為の事。

対象要人ではなく一般市民になると無差別テロと呼ばれる。

ヒステリーな人って

セクハラとかモラハラとか理不尽なことがあっても論理的にNOと拒絶できない圧力が掛けられてる。

そういうことが慢性的にある。

真っ向きって環境を変えられないから全身で不機嫌を表さないと、自分の在り方を変えることが出来ないんだと思う。

不機嫌になることも出来ないもっと弱い立場の人はどうすればいいんだ、嫌なことを回避することしか出来ない。

社会的に生きる手段が現状のところとても少ない。

2017-12-10

anond:20171210192514

何となくわかる。

なんだか原罪みたいな意識があって、

他人から至らなさを責められたら自分の言い分を一切主張することな

黙ってひれ伏しそのまま滅び去るのが唯一の救済手段だと感じていた。

どんなに理不尽でもそれで争いがなくなり地上に理想郷が実現するのだと。

改めて言葉にするとまるで新興宗教だ。なんだこれ。

PEZYに関する個人的なまとめ

専門家どころか業界関係者でもない奴らが適当言ってる記事が多すぎて見てられないから、とりあえず業界関係者の端くれとしての私見をまとめておく。

断っておくと、業界関係者ではあるので素人よりは知っているつもりだけど、PEZYを直接触ったとかい立場ではない。

から中の人やPEZYに直接携わっている関連組織の人ほどではないけど、古い考えに振り回されていたり、

全く見当違いなことを偉そうにほざいてる某とか某よりは全然詳しいはず。

論理的反論質問なら歓迎、政治的なことはわからんからそれはよそでやってくれ。

中の人関係者Twitter監視しているつもりなので、反応次第では色々追記するかも。

Q1.

結局何が逮捕理由だったの?

A1.

簡単に言えば、「NEDOメモリプロジェクトで取ってきたお金を別のことに使った」ということ。

プロで取ってきたお金は、本来はそのプロジェクト範囲内でしか使ってはいけないのに、

それ以外のことに当ててしまった、いわゆる目的使用というのが逮捕理由

Q2.

特捜が出るような事件なの?

A2.

過去にはもっと少ない額における研究目的使用での特捜案件もある、とは断言しておく。

https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG25045_V20C13A7CC1000/

これで終わりなのか、余罪があるのか、もっと大きな事件を追っているのかは分からないけど

一応特捜が動くには十分な理由ではあるはず。

Q3.

どうしてNEDO側は気付かなかったの?何をやってるの?

A3.

1つ言えることは、NEDOは過剰なくらいに監査が厳しいことで有名。

資産人件費はもちろん、消耗品で購入したものも1つ1つチェックしていて、

NEDOは(二度と)取らない」と言ってる研究者企業は少なくない。

今回の事件社長経営する別企業への外注するという手段を使っていたようだけど、

発注先は適切であるか、納品物はちゃんと存在するのかをNEDOがチェックしないわけがない。

よほどやり方が巧妙だったのか、NEDOとしては問題ないという判断があったのか、

そこは裁判にならないと分からなさそう。

Q4.

スパコン利権を守りたい大企業陰謀じゃないの?

A4.

現在国内メーカースパコンをやっているのは富士通NECだけど、

富士通はPEZYグループのExaScalerと取引出資実績があるし、

最近NECは別路線に進んでいる。彼らがPEZYを潰しにかかる理由はない。

http://journal.jp.fujitsu.com/2016/08/15/01/

Q5.

量子コンピュータを広めたい国の暴走じゃないの?

A5.

それはない。量子コンピュータでできることと、PEZYができることは全く違う。

古典的(?)なスパコンが得意で、量子コンピュータには苦手なものというのはいくつもある。

そんな中で古典的スパコンを全力で排除しにいくほど役人馬鹿じゃない。

Q6.

Green 500で世界の頂点を行ったのは嘘なの?

A6.

真に中立立場でいえば「わからない」が正解。

Green 500はかなり信用ベース運用されていて、厳密な審査が行われているわけではないから、

ぶっちゃけ嘘をつこうと思えばいくらでもできる。

ただ、計測やそのためのプログラムを書いた技術者の中には、

非常に高い技術力を持っていることで入社から有名な人が何人もいるという事実があり、

私は彼らが嘘をついているとは思えない。

Q7.

結局PEZYのプロセッサって使えるの?Green 500/TOP 500専用プロセッサじゃないの?

A7.

PEZYには得意な処理、不得意な処理の差がはっきりとあって「汎用性が低い」というのは間違いではないけど、

「全く使い物にならない」は言い過ぎ。

実際にPEZYを使った脳のシミュレーションや、宇宙物理関係シミュレーションが行われていて、

これらはPEZYの特徴に馴染んでいるからうまくいく。

Graph 500でやられているようなビックデータ解析みたいなPEZYが苦手とする分野もあるというのは事実で、

彼らもそのことを重々理解しているはず。

これはPEZYに積まれているメモリの性能があまりよくないからなんだけど、それを解決するというのが

今回問題になってるメモリプロジェクト

加えて言うなら、プロセッサ計算性能と比べた時のメモリ性能が悪い、というのはPEZYだけじゃなくて最近プロセッサ業界が直面している問題

この問題はPEZY誕生以前から言われてて、中国スパコンなんかはその問題を潔く諦めて他の手段をとることで、

メモリ性能が悪くてもGraph 500上位に食い込むことに成功している。

からPEZYのプロセッサ技術方向性は全くおかしな方向に向いているとは言えない。

はいえ、個人的にはPEZYはマーケット開拓できるのかが疑問なんだけど、まあそれは技術と分けて議論されるべきなので割愛

嫌なら見るな・読むな”の罪

嫌なら見るな・読むな”という言葉をよく見かける。

この意見ある意味で正しい。

作品が嫌で嫌で仕方ないのに、何の生産性もない誹謗中傷粘着質に続けるやつは、

さっさと病院にいけばいい。

一方で、私はこの言葉膾炙たことで生じる・または生じるであろう弊害が、

恐ろしくも憎い。

弊害とは何か。

正当な道理のある意見批判封殺するための手段に、この警句を用いる輩の発生である

輩はつまり信者揶揄されるもので、作家作品を退廃させ、堕落させ、

文化の先鋭的なきらめきを貶める俗物にして最低の悪性。

ある作品を語る際、人は往々にして下のいずれかのカテゴリーに柔らかく属する。

批評・・・作品の良し悪しを根拠を以て説明評価を定める。

感想・・・作品好き嫌い根拠の有無に関わらず語り、主観的評価を定める

批判・・・作品改善点や嫌いな点を根拠を示して説明し、作品あるいは作者に諫言・あるいは低い評価提示する

誹謗・・・作品あるいは作者を根拠を示さず、あるいは根拠すら捏造して貶める

誹謗を除き、批評感想批判はあるべきものだ。

批評作品の良さも悪さも根拠のもの論理説明される高度な作品への知性的愛情だ。

感想も良い。好き嫌い自由に語ること。それは大いに大事にされるべき一人ひとりの感性だ。

批判。さて批判はどうか。私は批判誹謗に巻き込まれ大いに疎外されている事象をあまりに多く見すぎた。

私はこれが許せない。批判とは作品という刃に打ち込まれる鍛冶師の槌であり、

時に作品の強度を高め、時に実用に耐えない刃を折る、厳しくも愛ある鍛刀技術だ。

なぜ愛があるか分かるか?それはそうだ、根拠を以て作品の未熟さや改善点を提示するなんて、

愛がないとできる訳がない。

さて、そのような批判に対して、実に多くの人はこの言葉を投げかける。

"嫌なら見るな・読むな"と。

批判と誹りの区別もつかない敬虔なる信者が、ただ良い評価だけを貰えれば良いというクリエイター堕落した願望が、

批判作品を育て、作り手は更に良い作品を作る、という厳しく果てしなく尊い循環の連鎖を阻み、

その結果、ただ賞賛けがまれユートピアのようなディストピアが生まれ

その強すぎる光の影には知性の欠片もないアンチ誹謗中傷が渦巻き、

作品を愛する知性ある批評言葉を発する賢人は、静かに筆を置くのである

anond:20171210123826

ゲイじゃないけどショタには手を出す痴漢一定いるからな

男全員去勢するしか手段がない

少なくとも未成年と接する職業性癖チェック厳しくしてほしい

2017-12-09

anond:20171209165934

マクロパラメータが痛んでるときに、最後ブラックボックスであるイノベーションにかけて一発大逆転を狙うと必ず無理がたたってインパール作戦になるので、現実直視し、エビデンスに基づいてコツコツ修正するように、と言ったのに…。 経産省にも責任があると私は思う。

https://twitter.com/noricoco/status/937902064104980480

この分析は非常に正鵠を射ていると思う。今や、この国のあらゆる人々が一発逆転を期してユメを語る人間にカネを託すようになった。言い換えれば、経済が停滞を続ける状況下において、ブラックボックスは最もカネになる存在となったのだ。

 

しかしながら、社会システムが硬直化して閉塞している場合、不確定要素を入れて、例外的状況を生み出すしか活路はないと思うんだが。

(もちろん、規制緩和というやり方等もあるが、それはそれでやれば良いと思うし、使える手段は全て使うべきでは?)

 

単にやり方が良くないだけにも見える。

STAP事件場合は、公的機関である独立行政法人に金が集まりすぎたのが多分問題だったし、スパコン詐欺事件場合は、助成金詐欺だが、大体、民間資金だけでは回せないか助成金を入れるという話が筋なのであって、「公的資金を入れている場合は、それに対する民間資金の上限を設ける」等の措置を取ればいいようにも見える(もちろん、簡単に考えすぎな部分もあると思うが、基本路線としては)。

 

もちろん、「民間資金だけで回せる」というならば、それに越したことはないし、金になりそうならば、公的機関でも民間営利企業になった方が良いと思うしね。

民間だけで回すならば、基本的に「自己責任」で済む訳だから業務内容が反社会的行為かという側面はまた別問題だろうし)。

anond:20171208194809

けっきょく、雰囲気で金を出す政府じゃなくて、民間ベンチャーキャピタル助成してもらえってことかな。

おれは基礎研究立場からいまいちピンと来なかった部分もあるのだけど、産業応用の場合はたしか

売れるものができたかどうかのみが成功指標になるかもしれない。ただそれは事業者側の都合であって、

税金ソース助成金だと国民がそっちの考えに寄り添って納得するのは難しい。特に失敗した場合は。

基礎研究場合もっと面倒で、目標を達成できたかどうかははっきりしないことも多々あるし、

それを逆手に取って全体的に見ればあきらかに失敗なのにやりっぱなしで終わらせることもある。

理想評価方法があるかどうかじゃなくて、金は出したけど何の指標もなくて効果が分かりませんでした、

はいつまでたっても金の無駄遣いになるからそこはちゃんと具体的に説明しろと言ってるわけ。

ビッグサイエンスだと最初から手段のための箱物を作ることが目的にしちゃって、すごい箱が完成したか成功だ、

みたいな本末転倒プロジェクトも多い。政府スパコン事業産業への波及効果があることを装いつつ、

やってることは利用する立場研究者別に求めていない、豪華でなんかすごそうだが使いにくいスパコンと、それを納めるための施設を作るという側面が強いでしょ。

JRマジで潰れたら良い

古いインフラがのさばっているから、イノベーションが阻害されているのが日本

これから忘年会シーズンで駅のホームから転落する人が続出する。それがわかっているのに、抜本的対策を取らないJR東日本

あれだけのスピードで走っているのに、通勤時間帯は座れない人が殆ど。非常停止で急停車するとかならずこける人がいるのに、抜本的対策を取らないJR東日本

電車などという前世紀の遺物がなくなれば、最初は不便かもしれないが、きっともっと快適な通勤手段が生み出されるはずだ。

2017-12-08

anond:20171208224247

俺はあくま作戦実現の可能性の話しかしてないぞ

こういう手段を使うと実現できるね、という話

バイオテロがどの程度起こり得るのかという話はしてない

もししたいならご自由にどうぞ

俺はあまり興味がないから他の奴とやっておくれ

手軽に運用できるBC兵器炭疽菌とかサリンなんてものがあるよね

そういえばオウム化学兵器北朝鮮技術が〜とかいう話もあったけどあれはどの程度信憑性があるのやら

2017-12-07

anond:20171207235259

風船爆弾でもなんでも使える物は使うんじゃないですか?

実際、旧日本軍も使いましたし

北朝鮮にしても、使える古い兵器でもなんでも総動員してくると思いますけどね、死活問題になれば

あなたにせよピンチになれば、手段を選ばず、藁にも縋るのでは?

そりゃネットしてりゃ「コイツ特定して人生壊してえな」と思う

「俺にとっての禁句を言いやがった殺す」「俺の好きなもの否定しやがった殺す」「何か喋りが気に食わない殺す」「お前から過去煽りを思い出して殺意がぶりかえした殺す」とかよく思うが
いざ特定出来ても何も出来ないのもまた事実
そいつの家まで行く金が無いし、そもそも報復手段で思いつく事の内99%が犯罪行為から俺が最終的に痛い目にあうはず
何かしらの住所特定した後、何らかのアクション起こせるヤツって凄えわ

anond:20171207145023

 まったく同感です。私は京大卒の38歳ですが、26歳で就職してから4回転職(うち3回はクビ、うち1回は自己都合退職だったが役員と大ゲンカ)してますけど、何とか食えていってます家族は妻と子供1人。ちなみに職業税理士です。もうすぐ独立予定で、5回目の転職も近い感じです。

 うちの父はサラリーマンだったんですが、リストラされるのを見てきましたし、会社というものに対して信用が置けませんでした。なので、就職活動してたときも、みんなと同じように大企業就職する、ということにはこだわりませんでした。自分は父と性格的が似てるし、同じような目に逢うのはイヤだったので、結局は自営業を目指すことに…。

 でも、仕事をクビになった者として分かったことは、たとえクビになったとしても、人生は何とかなるし、食っていく手段なんていくらでもあるんだ、ということ。この辺の感覚は、よく分かるなあ…。

人生は甘いか甘くないか

日本では、つらそうにしている=がんばっていると見られる風潮があるとネットのどこかで読んだ。

我慢したり、忖度したりするのもまた人生なのだと。

実家サラリーマンではなく自営業だったので、世間一般普通の家庭のことはわからない。

もちろん大社長の息子というわけではないが、子供二人が大学に進学でき、年に1回程度の家族旅行海外に行けるという意味では恵まれた家庭だったと思う。

大学に入ってからは自立のために家から仕送りをもらわず生活をしてみた。もちろん最終的に困ったら仕送りがもらえるというセーフティネット付きではあるが。

そこでわかったことは、プライドとか他人から賞賛ということを抜きにすれば、お金を稼ぐ方法はいくらでもあるということだ(もちろん法を侵さずに)

自分東大生だったのだが、ネットで色々と言われているが、基本的東大生というのはなんだかんだでやはり優秀である

でも、そんな彼らでも就活の時は本当に悩んでいるようだった。

たぶん彼らはどこででも生活していけるような優秀な能力をもっているにもかかわらず、親が官僚であったり、大企業部長クラスであったり、大学教授であったりするので、それに見劣りをしない就職先かつ同期と比べても見劣りがしない就職先を探すので必死なようであった。

僕は親がサラリーマンでなかったこからスーツを着てネクタイを締めて就職活動をする、またはその後そのような格好で働くということが想像できず、いわゆる普通就職活動ドロップアウトした。

研究室の知り合いの知り合いの人がつくったベンチャー企業に誘われて、とりあえずそこで9ヶ月くらい働いた。

9ヶ月しか働けなかったのは僕がクビになったわけではなく、そのベンチャー企業が潰れたからだ。そもそもベンチャーとはそういうものである

つぶれた会社ではあるが、自分一人が暮らしていくには悪くない給料をいただいていたこともあり、僕はあまり悲嘆にはくれなかった。大学時代の同期が慰労会をしてくれたが、給料も悪くなかったし、いまは失業手当もらってるし、生活には困っていないと僕がいうと、別の人種を見るかのように驚かれた。

それからまた大学時代バイト先のツテをつかって、別のベンチャーベンチャーというか会社設立から5年以上経っていたし、社長IPOバイアウトも考えていなさそうだったので、正確に言えば中小企業なのだが、そこで働くことになった。

とにかく社長が明るくて人格者だったので、自分としてはとても気に入った職場だった。

そこでも自分が思うに、悪くない給料をもらえていたし、大学時代から付き合っていた彼女とも結婚し、現在3歳の娘がいる32歳のおっさんになった。

ある程度フレックスな働き方を許してもらえているが、基本的には9時ごろに会社に行って、22時くらいに会社を出るような生活をしている。疲れた日は18時ごろに退勤する。土日は働かない。

こないだ大学時代学科の同期の同窓会らしきものがあり、久々に20人くらい集まった。5人は転職していたし、流動化は高まっているんだろう。

30代になったことで、このタイミングで家やタワマンを買うのはお得かどうかだとか、自分は社内で出世コースに乗れているのかどうかだとか、みんなそんな話をしていたが、自分は早く家に帰ってゼノブレ2してーとしか思っていなかった。

自分最初会社失業した時に慰労会をしてくれた友人が「そういえばお前は最近どうなの?」と聞いてきたので上記のような話をしたところ、みんなが固まった。

そして年収も聞かれたので答えたところ、更に固まった。要は、僕がもらっている年収は彼らと比べて遜色がなく(もちろん少ない、少ないがバカにできるほど少なくないということらしい)かつ楽そうな恵まれ生活をしているをしているということらしい。

ある友人が決定的なことを言った。「お前の人生、ほんと甘いよなー。オレらと比べてイージーモードだわ」

一瞬カチンときたが、とはいえ彼らの話を聞いていると、たしかに辛そうな人生を送っていそうだったので、それもそうだと3秒後くらいに思い返し、冷静になって「そうだね。オレの人生あまあまだわー」と答えた。

僕は怠惰であり、彼らのように身を粉にして働くことができないんだと自覚している。

一方で、そんなに私生活をつぶしてまで働く必要あるかと思ったりする。いや、面白い仕事ならいいんだけど、上司飲み会につきあうとか、忘年会幹事をするとか、そういうのは無理だ。

というわけで、僕は今の働き方に満足しているし、仮に会社が急に潰れたとしても、「まぁそういうこともあるだろう、あの人格者社長からなぁ」と正直思っているし、そうなったらそうなったで、また職を探せば良い。最終手段家庭教師でもプログラミング教室でも、なんでもやっていこうと思えば生きてはいけるものだ。

それが他人に対して威張れるような生活ではないことはわかっているけど、他人に威張ったり、承認欲求のために自分人生を潰したり、そんなことをするのは馬鹿らしいなと思ってしまう。

でも、なぜか増田にはこういうことを書いてしまった。やっぱり承認欲求なのかな。反省

早く家に帰ってゼノブレ2やりたい。

給料あげろが通用しない業界が確かに存在するんだが

経済が良くならない限り、低賃金労働やらせしかない産業が確かにある

介護とか外国人技能研修対象になってるようなやつな

給料をあげるとどうなるかっていうと、その会社は潰れる

んで潰れるとどうなるかっていうと、はてなではなぜか新陳代謝が起きて優良企業によって引き継がれるなんてこと言われてるけど大間違い

産業の空白が起きるとそこには悪徳業者が入ってくるってのが歴史の常道

日本だとヤクザだな

弱みのあるやつをかき集めてより過酷奴隷労働をさせるやつらが台頭してくる

そもそもからなくて潰れる業界になんで優良企業が参戦してくると思ってるのかが謎

俺は別に頭良くないが、そんなこと考えてるはてな民はたぶんシンプルに頭が足りてないと思う

ただ、一つだけ低賃金労働を救う手段がある

人が変わることだ

人ってのは俺でありお前らな

一つは値上がりしてもそういう業界サービスを利用するってことだ

生活破綻ギリギリになってでも、その産業個人的支出の中からなんとか工面する

そうすれば、その金が労働者流れる

低賃金労働者は救われる

あるいは、あらゆる増税を受け入れるということだ

消費税はもちろん所得税もそう

相続税なんか100でもいいかもしれん

そうして、その業界ガンガン補助をぶっ込むかだ

企業圧力をかけたところで、儲かってない業界は潰れるだけ

お前らが変わる必要がある

どうだ?お前らは低賃金労働者を救うつもりがあるか?

告白をされた

昔の話。

中学2年生だった頃の話。

思い返せば、最も異性と交流があった時期だ。

まだ人間として腐ってなかった時代

それから1年後、俺は女性恐怖症になり、高校大学と、女性との関わりを避けて生きてきた。

中2のあの頃の自分にそんなことを言っても、きっと信じてもらえない。

それほど、普通中学生をやっていた。

季節は夏だった。

当時、学年の過半数はもう自分携帯電話を持っていて、当時の主な連絡手段メールだった。

俺の電話帳には、無数の男女の名前とともに、電話番号メールアドレス登録されていた。

いつもと変わらない学校生活を送った、ある日の夜のことだ。

知らないアドレスから、知った名前とともにメールが送られてきた。

『○○です。△△からメアドを聞きました。よろしくね』

ニュアンス的にはこんな内容だったように思う。

送られてきた名前は、一緒のクラスになったこともなければ、一度も喋ったことのない女子のものだった。そういう名前女子がいるということだけは知っていた。

からアドレスを聞いてメールをするというのは別によくあることで、それは男女間でも同様だった。

適当に返信した。よろしく。

翌日、学校に行くと、その女子から声をかけられた。

「昨日は突然メールしてごめんね。驚いたでしょ」

今日の夜もメールするから、見てね」

なんだ、こいつ。

面と向かって話しているんだから、今、直接言えばいいのに。

釈然としなかった。頭の片隅には恋愛沙汰的な予感も、なくはなかったかもしれないが、直接は結びつかなかった。

その日の夜、昨日とさほど変わらない時間彼女からメールは届いた。

本当に取り留めもない内容のメールだったことは覚えている。

どうでも良すぎてほとんど忘れてしまったけれど、確か、違うクラス女子についての話題だったと思う。

適当に返した。正直面倒くさかったけれど、何通かメールのやり取りはした。

ほぼ初対面であったことには代わりはなかったし、彼女と仲のいい友人もいたため、あまりにそっけないと申し訳ないと思ったからだ。

しかし、誰と話しても結論が変わらないような話だった。

何回かに分けて「1 + 1 = 2」という内容のメールを送られているようだった。

俺はそのメールに対していちいち「そうなんだ」みたいに相槌を打っていた。俺がどう反応しても、話の終着点ははっきりと「2」と決められていた。

彼女はそれでも喜々としてメールを送ってきた。何がそんなに楽しいのか分からなかった。

そんなやり取りを続けていくうちに、少しずつ、彼女自分好意を抱いているということを俺は理解し始めた。

学校ではたまに会う程度だった。しかも、仲のいい友人とグループで話す程度。2人だけの会話はメールでのやり取りに留まっていた。

この状態が1ヶ月以上続いた。

携帯の画面を眺めて夜を過ごすことが、一種の習慣になっていた。

そんなある日の夜、次のメールが送られてきた。

お祭り、一緒に行かない?』

地元お祭りを今週末に控えていた。そのお誘いだった。

幾度となく他愛のない話題メールを交わしていた彼女からの突然の誘いのメールに、俺は少し戸惑った。

しかし、断った。友達と周る予定だから、ごめん。とメールを送った。それは事実だった。

明日、話があるんだけど、いい?』

すると、こう返ってきた。ああ、これは多分そういうことなんだろうと察した。

これに関してはどうやっても断れそうになかった。承諾した。

翌日、俺は彼女から告白をされた。

今思うと、彼女は、どちらかというと人気のある方だった。

常に笑顔で過ごしていたし、人と衝突するのを嫌っていたように思う。

そのせいか、周りの女子も穏やかな人が多かった。

加えて、ルックスは良かった。

美人というよりは可愛い系で、小動物、という形容が似合っていた。

背は低かったが、それがプラスイメージ個性として成り立っていた。

彼女のことを想う男子は少なくはなかったが、彼女はどちらかというと平等で、友人といることを好んでいた。それ故に、その類の話は(自分を除いて)卒業まで聞かなかった。

彼女の周りには、マイナスの因子はひとかけらも存在していなかった。

そんな彼女から俺は告白されたのだ。

俺は断った。

理由は言わなかった。

それを言ってしまうと、嫌われてしまいそうで、言えなかった。

俺は怖かったのだ。

それを承諾してしまうと、途端に何かとてつもなく重い責任自分にのしかかってきそうな気がして、怯えてしまったのだ。

その重荷に自分は耐えられる気がしないと、はっきりとわかった。

ビビって逃げたんだ。

だって彼女のことは可愛いと思っていた。

知り合う前までは、それこそなんとも思っていなかった。

けれど、突然のメール、そして初対面で突然声をかけられた時から、その心境は少しずつ変化した。

最初は投げやりだったメールのやり取りも、いつしか楽しみになっていた。

それなのに、俺は断ったのだ。

俺に失恋させられた彼女は、涙目になって、その場から立ち去った。

去り際に、何か言っていたような気がするが、俺も気が気じゃなくて、聞き返す余裕なんて無かった。

直後、ものすごい後悔に襲われた。

死にそうになりながら俺は帰った。飯も食わずに寝た。

翌日、廊下で見かけた彼女は、外見からはいつもどおりのように見えた。

それだけで安心した。

途端に、昨晩の出来事はもうとっくに終わってしまたことで、遠い記憶のように思えた。

それでも、お祭りには行かなかった。行けなかった。

少し経って、俺は電話から彼女の項目を消した。

今まで交わしたいくつものメールも全て一括削除した。

とにかく全てをなかったことにしたかった。

彼女出会う以前の生活現在まで続けてきたように自分を偽った。

そうして、心の奥底に強引に蓋をして閉じ込めた。

今、22歳になってから唐突にこの事を思い出した。

あの時、違うアクションを起こしていたら俺は今変わっていたかもしれないと、思ってしまう。

ただ、彼女と交わしたメールの日々は、それはもう楽しかった。

いくら履歴から消そうとも、当時の携帯がなくなろうとも、それだけは変わらない事実である

2017-12-06

本質的には「キモいおっさん問題なのに「金がない」がつくのは、キモいおっさんに残された救済手段は金しかないということなのだろうが、クレジットカードCM世間の人がホリエモンに反発したとおりお金で買えないものはいっぱいあるのだよなあ。

急に結婚願望が湧いてきたが、いくら金があっても無理臭くて震える。

2017-12-05

実写・鋼の錬金術師を観た感想

12月2日鋼の錬金術師を観てきたので感想を残します。叩くようなレビューを期待されてる方には悪いですが、かなり好意的な内容です。

実写化という点で、はじめは私も食わず嫌いしてました。劇場に足を運んだのも、正直怖いもの見たさと特典欲しさです。つまらなくても特典がある!面白かったらその分得するから!みたいな気持ちで観に行きました。

面白かったです。超引き込まれました。

先にねたばれの無い範囲簡単に書くと、鑑賞前は原作と同様の流れの内容を想像していて、あの旅をどこまで描くんだろうと思ってたんですけど、原作の山場や重要な場面をすくいあげてそれらを繋ぐストーリーを生み出した感じでした。

そのために原作の改変部分は多かったですが、このストーリーを紡ぐ上で必要ものでしたし、なにより描かれるシーンにはハガレンへの愛を感じる演出があちこちに見られて楽しかったです。

原作をよく知る人ほど、このシーン、この演出…!っていうわくわく感が楽しめると思います(監督原作の大ファンとのことですが、どうやら本当ですね…)。

この作品について良くない意見をかなり目にするんですけど、これもしかして実写という表現を選んだばかりに酷評を受けてるのでは…もし同じ内容でアニメ作品だったらこんなに叩かれてないのでは…と思ってます(アニメ1期のときもそうでしたけど、原作と異なる展開をするお話に対して原作ファンは、反射的に否定的気持ちを持つことが少なくないように感じるので…)。でもハガレンに初めて触れる方にとってきっとアニメより実写の方が近寄りやすいですよね…!難しいところです…。

しかしながら初めての方にはちょっと展開が早いかなと思いました。理解が追いつかないというか、噛み砕けない部分があったのでは?映画の内容はどちらかというと原作を知っている方向けかなと思いました。

他にも人物バックグラウンドとかあの時間内で語りきれていない部分はかなりあるので、映画の前にでも後にでも、原作も読んでもらえると嬉しいな~。

いずれにせよ、原作世界とは異なる「IF」を覗くような気持ちで気楽に楽しんでほしいです。とりあえず観てほしい(そしてできれば肯定的意見を持つ方とわちゃわちゃ感想を言い合いたい)!

ちなみに私は原作読了していて、アニメは1期が大好きです。

これ以降にはねたばれを含む感想を書きますので、映画観賞前の方は観賞後にお読みください。


ストーリーについて】

多少気になる表現もあったんですけど(後述)脚本結構良いと思いました。ハガレン兄弟が体を取り戻す方法を探る物語なので、そのひとつキーアイテムである賢者の石ストーリーの軸に持ってこられたんだと思うんですけど、2時間ちょいであそこまで石関連のあれこれ描いてひとつの話として成立させてるのは、ま~これよく脚本書いたな~って思いました。ほんとこれ素直にすごくないですか。ただほんとに時間(尺)がないので物語は旅というか兄弟のめちゃくちゃ忙しい数日間みたいな印象を受けました。欲を言えばもうちょい兄弟の親しげなシーンとか欲しかったな~前後編にでもしないと本当に時間が厳しいですけどね…。

場面別に感じたことを挙げていくと、なんといってもキメラを完成させたタッカーをエドが追い詰めていく場面、間の取り方が完璧でしたよね!不気味なキメラと、真実を暴く台詞台詞絶妙な間、あの緊迫感はそう簡単に醸し出せるものではないです…感服…。

そして兄弟喧嘩の場面!これはもう…CG技術に関しての思いは後ほどまとめて書きますが、これほんと、エドが生身の左手で殴りましたよね!この演出で私はあっエドだ!そしてエルリック兄弟だ!ってぐいっと引き込まれました…!エドはこの状況なら絶対左手使うよね…!その後のアルの「痛いよ」も含めてあそこは本当に良いオリジナルシーンでした!ほんと監督ありがとうございます…!原作によっぽど愛情がないとこの発想できないですよ…!

あと捕まったエドホークアイが見張りにハッタリをかけ脱出するシーンも、あそこめちゃくちゃハガレンでしたね!本当にエドが考えそうな手段で観ていてニヤッとした…!

それからヒューズの死の直前にロイ電話が通じた演出も嬉しかった。原作ではあの時2人は言葉を交わすことができなかったので、会話の内容に関わらず本当にありがたいというか、ヒューズへの救いになっていると思います

あとウィンリィかばんにデンのマスコットがついてたの気づいた方いますか?あれテンションあがった!

否定的意見としては、シナリオの進行上仕方のないことなんですが、アルが自分記憶疑念を抱く流れで、キメラニーナを挟まないでほしかったな…という気持ちが残っています…かなり個人的気持ちですが、ニーナ最後にはアルの感情に余計なものがない状態(純粋ニーナアレキサンダーを悼む気持ち)であってほしかったので…。

それからかなり細かいところになりますが、ウィンリィに関して、兄弟の旅に同行するにあたって理由付けの台詞一言でもあれば良かったなとは思っています(私の聞き漏らしであればごめんなさい)。シナリオウィンリィ存在兄弟の仲直りでも重要役割を担ってるし、機械鎧は2度壊れたしで全体を通して必要なんですが、ただなにかはっきりとした理由があったらと…。

あと対エンヴィーのシーン、ロイの手元から炎がブオオーッと出てたのはちょっとクスッとしちゃった、火炎放射器みたいで…。

・“気になる表現”について

お母さんの錬成に対して幼少アルがあんまり乗り気じゃなさそうに描写されていたのが気になってたんですけど、あれはエド大佐に声を荒らげてまで(自分の体そっちのけで)アルの体を取り戻すことにこだわる要因として描写したのかなと思ってます自分が巻き込んだ結果アルがああなったから、と。

それからラストの「人として死ねるのね」って発言については、原作ホムンクルスであることに誇りを持っていたラスト発言としてかなり引っかかっていたんですけど、エドがお母さんの墓前で人体錬成を思いついた時、「人体錬成」ではなく「人造人間」って言葉を使っていましたよね、あくま仮定ですが、あの映画の中でのホムンクルスたちはお父様が作った存在ではなく人体錬成の結果生まれ存在なのかなと、それでラストのあの発言に繋がるのかなと思ってます(そういえばアニメ1期のラストも、人間として存在すること・人間として死ぬことを望んでましたね)。それから、石を抜き出されたラスト再生しなかったこからホムンクルスが石を核にして作られたわけではないと推測すると、この映画ではホムンクルスもつ石は生命維持装置のような位置付けなのかなと思っています。(この考えでいくと、将軍が作った人造人間たちは簡易版ホムンクルスということになるのか…?)

CG(VFX)について】

想像以上でしたね。まずアルフォンスですよ…!旧缶詰工場兄弟が寄り添うシーン、エドの顔がはっきりと鎧に写りこんでるのあれほんとすごくないですか!?技術ありがたい~!アルの動きに関しては、CGありがちな軽さというか重みのなさを心配してたんですけどいやもう杞憂…あそこまでガシャガシャ動くとは思ってなかったので感動しました…。重そう硬そうで最高だし、原作でアルを前にしたキャラクターが散々思っているであろう「うわでかっ」感をここまで味わえるとは思ってませんでした!

それから回想で登場した錬成に失敗したお母さんの姿はかなり気色悪くてよかった!あんなん夢にも出るわ~!

ていうかキメラニーナですよ…!手を舐めたあの舌はつくりもの?犬かなにかの本物の映像なの?かなり生々しくてあれほんと鳥肌立った…。先にも触れましたがここは緊張感ある俳優たちの演技も本当に素晴らしくて、本当に最高の(最悪の)シーンでしたね!

ただ一点、お母さん錬成中の風ブワワーッのところ、観客を引き込むための見せ場として、迫力はあったけどちょっと大げさすぎたというか、うーんこうなったか…と思って観てました。原作通りだとすこし画が地味だったからああなったのかな…?

キャラクターたちについて】

外見は実写化作品を観るにあたって原作ファンがまずぶつかる壁なんですけど、原作者キャラクター(中身)がしっかりしていれば、と外見は気にしていなかったとのことなので、私もあまり意識しすぎないように観てました。…でもホークアイの前髪もうちょっとなんとかしてほしかったよ~!ヒューズはほんとにヒューズで最高だった…あのにこにこ顔だよね~!エドウィンリィのやりとりを見てる時の忍び笑いもほんとに好き!

舞台挨拶で(キャラクターを演じる際に気をつけたことは?という質問に対して)松雪さんが「人間に見えないよう演じた」と仰っていたのでラストをよく見ていたんですが、圧巻の演技力による人間離れした妖艶さというか、私の語彙が無く的確な表現ができないんですが、あれは確かにラストでした、色欲ホムンクルス存在してました…。

そしてロス少尉も美しい…好き…。登場する時間さえあれば、アームストロングやハボックの姿も見たかったな~!

アル役の水石さんの演技も結構好きです。アニメに馴染みがあるとどうしても大ベテラン釘宮さんが演じるおちゃめで明るい声が浮かぶんですけど、実写ではアルフォンスのまじめさを濃く演出したのかな~と解釈してます。ところでアル、最初全然喋らなかったのはなにか狙いがあったんでしょうか、登場シーンさえ無言でしたが…。

子役はね…特に兄弟、うん…。一部を回想にして演技力のある山田さんが演じるのは良かったです!

それから衣装エドコートがひらっひらっとするの見てて楽しかった!あとホークアイ将軍の人造人間殲滅後に暗い道を走っていく引きのシーンも、軍服の裾が広がってきれいだったな~。

私は趣味コスプレをしてるんですけど、衣装って普通洋服と同じ動きではきれいに見えないんですよ、ただ着るだけじゃなく衣装が映える立ち方動き方というのがあって、(入場特典冊子で監督も触れていましたが)特にエド役の山田さんはそれをよく意識されて動いてるなあと感じました。原画展で一部の衣装が公開されていましたが、そもそもこの衣装たちもめちゃくちゃ作り込まれてるんですよね!魅せる衣装だな~と思って調べてみたら、担当されたのは普段舞台用の衣装を作製されている方だそうで納得しました。いいな~着てみたいな~!

とても長くなってしまいましたが、強く残った感想としてはこんな感じでしょうか。

映画鑑賞前にこの感想をここまで読んでいる方少なからずいると思うんですけど(なので結末は書きませんでした)、実写だから、っていう理由で観ないのは本当にもったいないですよ~!

なにより鋼の錬金術師が、原作連載中の頃のように、アニメ放送中の頃のようにまた世間を賑わせるなら、ひとりのファンとしてとても嬉しいので!ぜひ観てみてください!

ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました

ここからは本編とは関係ない話で、中継で舞台挨拶を見ていて思ったことなんですけど、監督俳優の降壇後すぐに席を離れた女性たちが結構な数いて、持ち物から察するに山田さんのファンの方なのかな、映画を観ずに帰ってしまったように見えたんですけど…。山田さんをはじめ出演した映画のお披露目のご挨拶にきた俳優たちに対してその行動はめちゃくちゃ失礼だからね!アイドルが好きなのはいいですよ、でもそこにいるのは俳優としての山田さんと、山田さんと一緒に映画を作り上げた方々なので、そしてあなたたちが座ってた椅子映画を楽しみにする人のために用意されたものなので、まじでわきまえてください…。なにしに来たの…。

あっあと舞台挨拶会場と映画館にいた女性たち、赤コート率高くて萌えました。多いだろうなと思って私は赤い帽子我慢したんですけど、それでもかなりの人と被りましたね。みんなハガレン好きなんだね…。

あとはアル役の水石さんがガッチガチに緊張してたのをかなり覚えてる…好感度高い…。

〈おわり〉

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