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はてなキーワード: 境界とは

2017-10-20

コンビニエロ本問題

これは突き詰めるとエロ本定義問題になる

現在コンビニで売られてるもの18禁マーク付きのエロ本ではない

本屋隔離区画で売られているようなエロ本コンビニには置いてない

表紙ではせいぜい水着くらいの露出度コンビニを歩いてて裸が目に入ることはない

これがまず大前提

 

一方で扇情的ポーズ煽り文句が並んでて水着といえどどう見てもエロ本じゃねえかというものもある

漫画で言うなら18禁とそうじゃない漫画の違いって消しの種類の違いでしかない

18禁エロ雑誌」と「18禁じゃないエロ寄りの雑誌」の境界マークの有無を除けば曖昧

同様に「18禁じゃないエロ寄りの雑誌」と「エロも含まれ普通雑誌」の境界曖昧

表紙の肌の露出が多いというだけでヤンジャンヤンマガananやその他写真週刊誌等々を

コンビニから全て撤去すべきだと言う人は、いるとしてもかなり少数じゃないかと思う

 

エロ寄りの雑誌とそうじゃない雑誌を分ける判断基準

まりどの雑誌を成人コーナーに置きどの雑誌一般の棚に置くかの判断

言ってしまえばコンビニ勝手にやってるだけで別に法的根拠とかはない

何となくフワフワした社会的合意はあって、それを基準にした自主規制なのだけど

そこを実際に法で切り分けるのはほぼ無理だろう

 

現実問題としてエロ健全グラデーションの中でどこかに線引きしなきゃならない

現状はこうなってるというお話

 

 

女性性的な消費対象として見ることへの批判が次第に大きくなってる中で

以前は通用していた上記のような線引きが揺らいでいるという現状もある

子どもに見せたくないというのは

「女を性的に消費することを当然とするような価値観をばら撒くな」という話でもある

けどこの辺になるとエロ本定義問題からちょっとずれるなあ

ジェンダー論になると果てが見えなくなるのでここまで

 

(追記 表現を所々修正

2017-10-11

anond:20171011223517

見える境界(線のようなもの)があったとしてその両側で2人が揉めていたら片方づつ担当するのだろうか

2017-10-10

お酒の好みの伝え方

辛口信仰をやめましょうだなんて記事が上がっていたので、飲食店経営してきた中でお客様の好みを聞き出すのにどんな言葉を使ってきたかを教える。

まり、それに習って好みを言えば目当てのお酒出会いやすいということ。

香りと味を分けて考える

味覚というもの曖昧もので、嗅覚との境界がとてもいい加減です。

例えば甘口が好きだと伝えたいとき香りが甘いのか味が甘いのかは別です。

花のような香り、樽の香り、スモーキー香りベリー香りなど、香りの好みや強弱をしっかりと伝えましょう。

味の対比を考える

味覚を簡単に並べると、甘味塩味、酸味、苦味、辛味などがあります

そして、世の中で高く評価されているお酒は、例外なくこれらどれかだけが強いのではなく、それぞれのバランスが優れているお酒です。

例えば辛口に話を戻すと、南国カレーのように甘いのに辛いは両立しえるので、ただ辛口とだけ言われるとバランスの優れたお酒はまず除外されてしまます

もちろんそれは人の好みですので、優れたお酒=誰もが好きなお酒とは限りません。

ただ、料理店側から見ると、この人はこだわりは強いけどお酒のことをあまりよく知らない人だなと思われてしまうかもしれません。

お酒の味を表現する便利な言葉

そうは言っても、食事理科実験ではなく気軽に楽しむものです。

から、あまり味そのものを難しく考えてしまうとつまらなくなってしまます

そんな時、こんな言葉を知っていると比較的うまく伝えられますよという言葉を並べておきます

  • 旨味・コク

まさにこの旨味やコクと言う言葉こそが、それぞれの味覚がもつバランス意味しています

甘いだけのお酒、苦いだけのお酒、辛いだけのお酒、酸っぱいだけのお酒には、絶対にこの旨味やコクを表現することはできません。

しかし、すっきりとしたお酒を飲みたい人ももちろんいます

から、これだって好みの一つでしかないし、料理との組み合わせを考える上で積極的選択すべき要素なのです。

そしてこれらの要素の大半は、甘味塩味・苦味のバランスで作られています

自分の好みのお酒はこれらがどんなバランスで作られているのかを考えるといつもとは違った楽しみ方ができるのではないでしょうか。

また、アルコールの強さも旨味には大きく影響してくるので注意が必要です。

いわゆる辛口を好まれる方は、この辺りの言葉を伝えると良いのではないでしょうか。

これらは飲み終えたあとの口に残る味の余韻に関係してきます

基本的に苦味、酸味、辛味が強く、そして甘味の少ないお酒です。

しかし、甘味とキレ・ドライさが共存できないわけではありません。

香辛料のような辛さを強くすれば甘味は舌から揮発するように消えていくし、実際に糖が少なくても強い香り甘味を感じさせてくれるお酒もあります

まり、甘口なのにキレのよいお酒存在しうるわけです。

それこそが、辛口一言では絶対表現できない味といえます

甘みやコクとにているかもしれませんが、主に味や香りの複雑さに関係してくる要素です。

お酒熟成するほどに美味しくなると言われています

主に、甘味が強くなり酸味が取れ、香りが深くなります

樽や檜の香り好きな人は、この言葉を選んでみると良いかもしれません。

ただし、基本的醸造に年月をかけているということはそれだけ手間とコストがかかっているということですから、値段とよく相談して選ぶようにしましょう。

  • 華やかさ

香りや色に強く影響される要素です。

また、比較的「飲みやすい」という言葉を選ぶ方にお出しすると喜ばれるお酒です。

甘味と酸味のバランスがよくスッキリ飲めたり、口の中いっぱいに香りが広がるようなお酒を好まれる方におすすめ言葉です。

ある意味では熟成と対になる、若々しさの溢れる要素でもあります

男性でも比較的使いやす言葉なのもポイントです。

  • やさしい味

お酒があまり得意ではない方におすすめ言葉です。

この言葉を使えば、アルコールの強いお酒が選ばれることはまずありません。

それぞれのバランスが小さくまとまっていて、きれいな味を楽しむことができるはずです。

日本人を苦しめる辛口呪い

さて、呪いというには大げさかもしれませんが、どうしてこれほどまでに辛口と言う言葉が便利に使われるようになってしまったのでしょうか。

その大きな要因の一つは、アサヒビールが一大セールス確立したビールスーパードライにあると言ってもいいでしょう。

ビール国民晩酌に快進撃を進めはじめた当時、そのシェアを独占してやろうと各社があの手この手でしのぎを削っていました。

ユーザービール=苦いものだと認識していたので、メーカーは本場の味に近づけようと苦さをアピールする戦略を選んでいました。

しかし、そんな中で唯一異なる戦略で一気にシェアを奪い去ったのがアサヒビールスーパードライでした。

そしてその戦略こそが、辛口戦略だったのです。

大人たちはビール=苦いものだと思っていたので、苦いビールを無理してのんでは本当は大して美味しくもないのにそれが格好がいいと信じていました。

そんな状況をいち早く察知したアサヒは、他のメーカーとは反対に敢えて苦味を減らし、キレよくゴクゴクと飲めるビールを作ってそれを辛口表現しました。

苦い=格好がいいと背伸びしていた大人たちは、まんまとこの辛口という言葉にひょいひょい乗り換えていったのです。

これによって、日本人にとって辛口という言葉は、その言葉自体にそれほど意味がなくても、なんとなく大人な格好がいい雰囲気を醸し出してくれる便利な言葉になってしまいました。

そうして、日本酒にとっても辛口とはつまり、米の甘い部分だけを贅沢に使う大吟醸否定する言葉でありながら、安酒を格好良く飲ませるのにもってこいの言葉になってしまったのです。

辛口という言葉全てを否定するつもりはありませんが、ただその言葉だけを出してそれがこだわりだ。という顔をされてしまうと、あぁ、メーカーに踊らされているかわいそうな消費者だな、としか見えないわけですね。

だって、本当に辛口が好きならスピリッツとかストレートで飲めばいいじゃないですか。

「飲みやすい」、「辛口」という評価はもう卒業

少なくとも上から2つの要素を提案すると、きっと自分好みのお酒出会ますよ!

ただし、要素が重なれば重なるほどそのお酒の値段が上がっていくことに注意。

良いお酒とは、つまりそういうお酒であり、良いお酒を飲むことよりも、好みのお酒出会えることのほうが人は幸せになれるはずです。

2017-10-07

婦人科へがん検診に行ったら子宮の入口に3mm大のポリープがあると言われた

二年前はなかったのに。

乳がん検診も残ってる。こちらは触診を選択したら超音波の方が良いと母に言われた。懸念事項は、左胸のしこり。5mm程度で大きさに変化はなく、痛みもなく、境界はハッキリしていて、動く。

口には親不知と舌炎があるし、検査すればするほど何かが見つかる連鎖が嫌だな。

とりあえずビタミン剤でも買っとくか…

2017-09-29

なろう系PV調査(2017.09.28)

なろう系の公称部数を調べていたら、帯に別の情報が載っていることにも気付きました。旧来の小説の売りにはなかった情報です。

それは「PVページビュー)」という数値です。

どうやら部数情報がない1巻や2巻ぐらいのまだ出版されてまもない作品、もしくは公表するほどは(まだ)多くは売れていない作品などは、PV情報を書くことで「小説家になろう」で多くの人に読まれているので、人気なんですよとアピールするのが狙いのようです。

このPV、「小説家になろう」では作品のNコードURLの末尾のアルファベット数字のもの)が分かれば、誰でも最新のPV確認すること可能です。

なので公開されているランキングの上位から片っ端から調べる……という方法もありますが、かなりの数になりますし、日々更新され情報が変わっていくので、今回は公称部数を調べたついでに確認したので、帯などに記載されていたPV情報を基本にしたものを並べていきたいと思います

3億超え

2017-09-26

anond:20170926214138

座れない電車後ろから風景さよならするか前から風景こんにちはするか横から鏡の境界を劈くするか

ツクツクボーシの薄黄緑に季節の終わりが木魂してめくらキャバレーのように砕け散る砕け散る砕け散る

2017-09-24

パクリオリジナル境界はどこにあるのか

ドレミファソラシドはお前のオリジナルなのか

パクリオリジナル境界がどこにあるのかわからないのに悪者扱いされているやつとそうでないやつがいるのはなぜなのか

武装難民って言うけどさ対馬だの福岡だの韓国との境界洋に面した地域ではそんなに簡単に武装できるんですかねお互いにって現状認識修羅ですかね

歴史のことはよくわかりませんが1500年分ぐらいはわだかまりがありそうなのでなんとかすればとしか言いようがない

2017-09-19

https://anond.hatelabo.jp/20170914224407

アイドルに限らずよくいるよね、こういう人。

「俺の好きなブランド、薀蓄やこだわりを何も知らないようなチャラい奴が着て絶賛してたからもう着なくなった」

「俺の好きなアニメファンイタい振る舞いをしてるのを知って作品を嫌いになった」

とかと同じ。

こういう人は一般的ファンとは思考回路が違う。

自分では「○○を好き」と思っているけど、他人から見れば「○○が好きなのと同時に、○○を好きな"いい趣味してる自分"が好き」な奴なのが特徴。

後者の部分が膨らんでくるほど異常な言動をするようになる。

一般的ファンとは違うと言ったが、その境界曖昧で、ほとんどの人が後者の要素を多かれ少なかれ持っている。

程度の問題なのだが、最初から後者目的流行り物に飛びつく人はまだマシで、深刻なのは前者をこじらせて後者に化けた人だ。

自分の「好き」が高度化して高尚であるという思いが強くなると、趣味対象(アイドルとか)そのものや、その楽しみ方も勝手に高尚化しようとする。

結果として、他のファンに異様に厳しくなって原理主義者と化したり、

ファンからの目を気にして異様に閉鎖的・排他的になったり(腐女子に多い)、

ときには、製作運営者に非常に辛辣言葉を投げて、「こういう風に作るべきだ(俺の思う通りに作れ)」と傲慢になったり(アニメアンチに多い)する。

彼らは、

趣味なんだから他人がどうであろうと自分が良いと感じていればその思いを通すべきだ」

という正論を受け付けられない。

その趣味自体自分の一部として内面化してしまっているから。

いわばアクセサリーのように自分と一体化したものから、そのアクセサリーが何者かに卑しめられると自分品位も下げられたように感じる。

それを自意識が受け入れられないから、好きなはずのものを「嫌い」とすることで、自分から切り離そうとする訳だ。

幼稚な思考ではあるが、誰もが一度は陥るレベルで、ありふれた思考でもある。

それ故に、どんな趣味でも、この手の人はちょっと深堀りしてみればしょっちゅう目にするレベルに周囲に潜んでいる。

そういう人がどうすれば、そういった思考回路卒業できるのかはいまいちよく分からない。

他者自分と同一の存在かのように信頼しすぎる・期待して求めすぎる日本人心理的傾向にも原因があるような気がする。

2017-09-18

理系大学院生による告白ガイドライン

https://anond.hatelabo.jp/20170918002546

最近、「告白ハラスメント」なる概念流行しているらしい。大学院界隈でもちらほらとそのような話を聞く。

こちから見ると、勇気を振り絞った一世一代告白があたかセクハラのように扱われるのは非常に心外である

しかし、この問題は、おそらく向こうが思わせぶりな態度を取ることで、こちらがてっきりOKだと勘違いすることが原因だと考えられる。

そこで、男子大学院生は同じ研究室女生徒から何をされたら告白OK判断するのかをはっきりしておきたいと思う。


(1)「2人で食事」は告白OKサインとみなす

2人で飯を食べるのは実質デートである

それを拒否しなかった時点でこちらは「もしかして…脈あり?」と判断したくなる。

その日偶然学生食堂に2人で行くにしろ、2人で食うのが嫌ならば適当に逃げるはずである

逃げない、ということはデートしていいということではないか


(2)「2人で下校」は告白OKサインとみなす

下校中隣で歩いていたり電車で立ったり座ったりしている時は食事中よりよほど近い位置にいることができる。

それが拒否されなかった時点で、こちらはやはり脈ありではないか判断している。


(3)「相談事」は告白OKサインとみなす

自分の悩みを打ち明けてくれるのは実質彼氏彼女関係と言っていいと思う。

そうじゃなかったらやるな。


代表的な事例としてはここらへんがあると思う。

もう一度言うが、向こうがそういう態度を取るからこちらも告白していいと勘違いしたくなるのであって、こちらだけに責任があるような言い方は心外である。あるのは好意のみであって悪意などではない。

「察しろ」「空気を読め」など偉そうな批判も控えて欲しい。大体、理系特に旧帝大辺り)の男子大学院生ともなれば、小学校を出たら母親以外の異性と接触する機会がない院生も珍しくない。母親彼女のように扱って練習しろとでも言うのだろうか。


こちら側の誠意としてガイドライン提示した。

からこちから告白を「ハラスメント」扱いするなら、せめて思わせぶりな態度は取らないで欲しい。

それが、我々男子大学院生から全ての女性への要求である




(追記)

むしゃくしゃして書いたのだが、意外と反応が多くて驚いた。

いくつか補足しておこうと思う。


一応マジレスしとくと、いくらなんでも学食ノーカン、下校一緒もないないないない。学会で同行もノーカン

http://b.hatena.ne.jp/entry/345038556/comment/work_memo

そうだとしても、理性と感情は違う。

2人で食事や下校という状況で「〇〇さんにはいつもお世話になっております」「色々お話させてもらってよかったです」とか言われると、頭の中の恋愛スイッチが完全に入ってしまう。

そうなると、後はどこで彼女とできるだけ接触する機会を作っていつ告白するのかしか考えられず、理性でしか考えられなかった。

から予防措置としてそもそもサシ飯なんてやめて欲しかった。


増田のような人達に問いたいけど、友達、仲間、ただの同級生・同僚との区別をどうつけてるんだろう。男性同士でも親しさの度合いはグラデーションあるだろうに。つか一緒に学食でメシ食ったら親友なの?

http://b.hatena.ne.jp/entry/345038556/comment/movesinthefield

確かに、男性なら普通に友人付き合いなどグラデーションのある付き合いはするので原因について考えてみた。

前提として、特に博士課程の大学院生は多かれ少なかれ結婚などの人生ステップについて思い悩んでいるというのがある。この年になると周りが徐々に結婚したり親から「いつ結婚するの?」と聞かれたりするからだ。

から男性女性では接する時の気持ちが全く異なる。もちろん仲のいい男性の友人もいるが、いくら仲が良くても結婚やその後のステップには至らない。

一方で女性、それも同年代院生であればその可能性がある。かなり小さくても、男性の0よりは大きい。だから交際結婚のチャンスがないか、というのはどこかで常に考えてしまい、結果として上記のようなイベントきっかけにすぐ次のステップに進みたくなるのだろうか、と推測している。

同性愛などのLGBTであればまたこの境界は異なるだろうが、今は異性愛である自分の話なので考慮しない)


はてぶでの反応を見ると、さすがに「我々男子大学院生」というのは主語が大きすぎたかもしれない。

身の周りの男子大学院生でも彼女がいて、正常に交際関係を築いている者は一定数いる。

「我々、女性経験のない男子大学院生」と訂正させて頂きます


(追記2)

追記を書いていたら思ったよりコテパンにされていた。

でも確かに、男性2人でだったら仲が良くなくても普通にやることなんじゃないか、とだんだん冷静になってきました。

しかしたら、普通に悪いことをしてしまったんじゃないか、と今は思ってます。ここで謝ってもしょうがないけど。

これから先、どうすればいいんだろう。


(追記3)

こんなに愚かな大学院生書き込みに色々な意見アドバイスを頂き、本当にありがとうございました。こんなにネットで反応があるのは初めてで、非常に驚きました。

これだけ多くの反応を頂いて、やっと自分の愚かさを自覚しました。今はもう、自分がしたことも勢いのままにここに書いたことも、涙が出るほど後悔しています

ただ、皆様からコメントを見ると他にもこのように男子大学院生が早まった告白をして迷惑をかける事例は各地で発生しているようです。他に同じことをしでかしそうな院生がいた時、これに対する周りからの警告とその後の私の反省を見ることで誰かに迷惑をかける事例を未然の防ぐために、この記事は残しておきたいと思います。もう最初の方は見返したくもないけど、それは自業自得だと思っております


あとひとつ、今はもう恥ずかしいことでしかないけど参考になるかもしれないエピソードを追加しておきます

紅茶が好きだと言っていた彼女に喜んでもらいたくて、先日「いつも研究頑張っているから、差し入れです」とブランド紅茶(数千円くらい)の箱をプレゼントしました。

その後、自分やらかした後で、封の開いていない紅茶を「そのようなつもりだったなら自分が持っているのは申し訳ないです」と返されました。その時は、物ですら拒絶されたことにただただ傷ついていたのですが、今考えると、告白する前から使っていなかったということはそのような贈り物も距離の取り方としてはよくなかったのだろう、と思います

特定は避けるために一部の事実は変えていますが、おそらく似たようなものでも問題が起きていたと思います


この増田への言及やはてぶの中には、とても具体的で実践可能アドバイスも数多く含まれています

この失敗の記録が、女性経験に乏しい大学院生にとっての助けになればいいと思います

ここで終わらせて頂きます。改めて、本当にありがとうございました

2017-09-11

2017-09-10

https://anond.hatelabo.jp/20170910232348

例えば世間的に現代では回避性人格障害とか境界パーソナリティ障害とか色々病名とかあったとしてそれがなんなのかって話でしょう。

ただの個性だよ。

なんか人間関係がうまくいかないなあとか。

2017-09-09

アマプラ日記

ここ一か月くらい仕事中に見てたやつ

 

シンフォギアシリーズ

おもしれ~~~~~~うお~~~~~~~~~!!!

生きるのをあきらめるな~~~~~~~~~!!!!!

 

モーレツ宇宙海賊

おもしろかった!!!!!

映画のほうもよかった!!!海賊をはじめる!!!!」

 

境界りんね(途中)

おもしろい~~~!!!!!!

高橋留美子先生はやっぱすごいな!!!!!

  

リタイアしたもの(再視聴したい)

宇宙をかける少女

・一番最初ガンダム

明日のよいち

2017-09-01

百合作品の魅力

個人の感想です

 

友達から徐々に意識するっていう過程が良い

・初期位置が近い

・同性同士だから風呂とかショッピングとか髪いじりあったりとか、男女では見られないパターンが見られる

・両方恋に悩んで女々しくなっても違和感ない

クレイジーサイコレズ非常識な迫り方をしても男女の場合に比べて犯罪臭が薄いので成り立りやす

・場の属性が2倍に増える。例えばお姉さんキャラロリキャラが同時にその場に存在し得る

・同性なんて変だよねって悩むのが良い(これはBLでも同じか)

相手への感想が「かわいい」だったりするのでどちら向きにも共感やす

可愛い声が2倍

・いちゃついたときのシルエットが良い、絵的に映える

・友人として好きなのか、本気で好きなのか、境界曖昧でドキドキする

・男キャラが居ないと、男性的なシナリオにならなくても違和感がない(戦闘・衝突・エロが減って、日常系成分が増える傾向)

 

個人的には百合至上主義とか男嫌いとかじゃなくて、百合にすることで新しい魅力が生まれると考えてる

最近BL作品も似てると思うけど、非BL作品BLやるのとはちょっとニュアンス違うと思う

 

あと百合BLのようにねことたちが明確に定まってないことも多いが

これはあくまで(主に)男視聴者欲求を満たすための百合であるからだと思う

両方が萌え対象であるほうが(商業的に)受け入れられやす

昔はそうじゃなかった気がするんだけど(一迅社の影響大きそう?)

昔のような宝塚的な感じはむしろ女性に受け入れられやすいよね

男の娘みたいな感じ

2017-08-29

真木よう子コミケ参戦はコミケ目的に反している

https://anond.hatelabo.jp/20170828024450

上記の記事を読んでの反論です。

記事内の、オタ・非オタであるか、アマチュアプロ法人であるか、営利非営利であるか、などは本件に関係ない見当違いな意見だと思う。

真木よう子コミケ参戦はコミケ目的に反している。というより、全くの逆の考え方をしていると思うのだ。(目的理念については後述)


コミケ同好の士の為の場だと思う。自分の好きなもの表現したり、見つけたり、仲間を探したり、そういう場ではないだろうか?

しかし今回の真木よう子作品は、そこに当てはまるように思えないのだ。

理由は、彼女クラウドファンディングのページにある。参考:https://camp-fire.jp/projects/view/40020

ページトップ文章の一部に、

皆様と一緒にフォトマガジンを作ろうと、試みて居ります出版社を挟まず、皆様の御希望写真、ワタクシの本音。等、多数載せる予定で御座います

とある

まり皆様と一緒に、皆様のご希望写真+αをクラウドファンディング――出資者を募って皆様のお金で作ろうとしている。

先述した内容の通り、コミケ同好の士の為の場だとしたら、彼女は一体なにが好きなのだろう?

写真だろうか、それとも二番目のワタクシの本音だろうか、あるいは自分自身が好きでそれを表現したいと考えているのか。

自分自身表現したいなら正しいと思う。

究極的に創作はそういうもので、何らかの形式ジャンルを倣って表現するのは、その為の手段のはずだ。

彼女自分自身写真という媒体表現したいなら、写真という手法自分というオリジナルジャンル(或いは自分の好きなもの)を表現するとも解釈できる。

叶姉妹場合は、それに似た形ではなかったろうか。

しかし今回の件は違う。

彼女は、皆様をしきりに強調している。

皆様のお金で、皆様の御希望写真を、皆様と一緒に作りたい、と。

さて、最初に『全く逆の考えをしている』と述べたのはこの為である

まり彼女表現者として自己から他者へ好きなもの提供するのではなく、他者から自己へ好きなもの提供してほしいと言っているように思えるのだ。

クラウドファンディング使用は、この点をより顕著にしている。

当該ページのホームプロジェクト本文に、

より皆様とお近づきになりたく、この様な企画を思いつきました。

雑誌タイトル・内容も、未だ何も決まって居ませんので、是非、皆様の意見要望をお送り下さい。

とあるのもそうだ。

上記の文は明らかに、好きなものを外に出したい=表現したいとは書かれていない。

(もし自分本音やそれに類する表現したい内容があるなら、ここに書かないのは不自然だ。穿った見方をすれば、他者の好きなもの(或いは自己への好意)を内に取り込みたいようにも見える)

この根本的な表現の間違いが、"真木よう子コミケ参戦問題"の肝だと思う。

表現者としての内と外の優先順位が逆なのだ

自分の好きなもの(内)を他者(外)へ出す、のではなく、他者の好きなもの(外)を自分(内)へ入れる、という目的では、まるで読者(受け手)の目的である

例え結果的には同じ出版物であっても、コミケの、そして表現者目的に反しているという点が、この件の問題ではないだろうか。



記事への反論について

真木よう子氏は既に本件について謝罪しており参加中止を表明している。ネット上のコメントやまとめには、当記事と同じような発言も幾つか見られる。

それをわざわざ取り上げ反論したのは、記事の内容に不満があったからだ。

筆者に悪気があったとは思わない。コミケ文化を憂慮して書かれた記事だと思うが、結果として悪い印象を与えていないだろうか。

彼は真木よう子氏に問題はないとし、各々の批判問題のない理由を挙げている。

(なお、当記事への批判は以下が該当するように思われる。しか交流表現は別物であり、作家表現を前提に交流している。当記事反論はその表現目的に反しているというものだ)

参加目的に「(ファンの)皆様と会いたかった」と言ってる点を持ち出し、参加するなと批判している人がいるが、

同人作家で、「買ってくれる人や~~さん(同人作家)と交流が楽しみ」みたいな呟きをしている人なんて簡単に見つかるし、

彼のいうように、オタ・非オタアマチュア法人営利非営利コミケには関係ない。それには同意だ。

だが、最終的にオタが非オタ排除したような結論になっているのはどうなのだろう。

特に、オタというもの境界定義ますます曖昧になっていくであろうこれから時代に、

とあるにも関わらず、皮肉にもこの記事はその境界問題蒸し返しているように思える。

個人的な話をさせてもらえば、自分子供の時分は、まだオタク犯罪者予備軍という印象が強く、オタクというだけで世間から白い目で見られる時代だった。

だが、様々なメディアを介して有名になり人気も上がり色々な人が集まるようになり、現在は既にオタク一般人境界は限りなく薄く微かなものになったと思う。

そうした時代にあって、この記事は結局はオタク一般人(あるいはそれに類する言葉)の影に怯えているように見えるのだ。

彼にはそう思えたのかもしれないし、実際そのような考えの人もいるかもしれないが、オタクであるかどうかはこの問題を正しく捉えていると思えない。

そもそも自身も、

まず、コミケは、オタのためだけの、非オタは参加を許されない祭典ではない。

と言っているではないか

コミケの参加に関わる内容は、コミケ参加者とすべきで、不要言葉のくくりを認めるべきではないのだ。

これから時代に大切なのは曖昧境界に怯えるのではなく、境界を取り払い同じであると主張する勇気ではないだろうか。



目的理念について(補足)

最初タイトル理念と書かず目的にしたのは直観的なものでした。(タイトルを先につけた)

なんとなくコミケ理念なんて仰々しいものでなく、もっと単純で根本的なものだと思ったからです。

記事を書いている途中で見つけたのですが、http://www.comiket.co.jp/info-a/WhatIsJpn201401.pdf

コミックマーケット理念は、

コミックマーケット同人誌を中心としてすべての表現者を許容し継続することを目的とした表現可能性を広げる為の「場」である

とあります

記事は、その理念の前半の表現者について、表現目的に反している、延いてはコミケ目的を満たしてないと論じて、後付けですが一応タイトル回収?できているのではないでしょうか。

いやほんと、長々と失礼しました。

2017-08-28

真木よう子コミケ参戦はコミケ理念に反していない

かれこれ20年近く夏冬と連続当選してサークル参加してる身だが、真木よう子コミケ参戦は別に問題ないと思ってる。

真木よう子の参加は、コミケ理念に照らし合わせると、何の問題もないからだ。

私のようにコミケに長く参加している古参でさえも勘違いしている人がいるのだが、

まず、コミケは、オタのためだけの、非オタは参加を許されない祭典ではない。

そして、今のコミケは、「非営利」の、「アマチュア」に限った場ではないのだ。

2013年に、申込書等、コミケ準備会側の公式文書に書かれている「コミックマーケット理念」の記述から、「営利目的としない」などの一連の文言が消えたことを知る人は少ないんじゃないだろうか?

営利目的としない」の等々の文言が消える前は、

コミケットアマチュア営利目的としない団体サークル)、個人のための展示即売会です。基本的法人会社)あるいはそれに準ずる方の参加はお断りします。

と、なっていた。参考 http://wanda.hatenablog.jp/entry/20100418/1271549068

長らく「営利目的でない」「アマチュアの」イベントであり、「法人」は原則ダメですよー、という理念を掲げていたが、

こうした理念がとっくの昔に形骸化していたのは、コミケにそれほど詳しくない者の目にも明らかであっただろう。

そして、最も新しいC93(今年の年末に行われるコミケ)の申込書に書かれているコミックマーケット理念には、

コミックマーケット同人誌を中心として

すべての表現者を受け入れ、継続することを目的とした

表現可能性を広げるための「場」である

と、書かれており、続いて、

コミックマーケットは、法令と最小限にとどめた運営ルール違反しない限り、一人でも多くの参加者を受け入れる事を目標とする

とも書かれている。オタじゃないと参加はダメとか、オタク文化系の頒布物じゃないと参加はダメ、とも書かれていない。

有名人ダメ、とかもない。

このコミケ理念に照らし合わせると、真木よう子の参加希望を、現時点で全否定する理由は無い。

個人として、事務所を通さず好きに作りたいのなら、本人がコミケを選んだって構わないだろう。

クラウドファンディングで本を作るのだって別にいいと思うし、これから時代同人活動での一手法になりうると思う。

自分の金で作らないなら、参加は絶対に認めないぞ!なんてルールは、どこにも書いてないのだし。

また、「コミケでやる必要がないかコミケ以外でやれ」というのは暴論すぎる。

それこそ、よく知られている「一般的な」同人活動だって

委託店等の販路が多くある昨今なら、「コミケでやる必要はない活動」となってしまう。

参加目的に「(ファンの)皆様と会いたかった」と言ってる点を持ち出し、参加するなと批判している人がいるが、

同人作家で、「買ってくれる人や~~さん(同人作家)と交流が楽しみ」みたいな呟きをしている人なんて簡単に見つかるし、

混雑しそうだから参加ダメ!なら、そもそもサークルや島中の大行列を生んでいるサークルはどうなんだ?となる。

禁止されている徹夜等を含め、そういう混雑を生んでいる大人サークルは、コミケに参加するべきでなく、大手委託店等で通販のみを行うべきなのだろうか?



私が参加したこの20年近くの間に、オタとオタを取り巻く環境、そしてコミケも大きく変わった。

90年代には、アキバビルの薄暗いフロアスチールラックをおいただけ、という裏ビデオ屋のようだった同人委託店が、

今や全国に複数店舗を擁するようになり、販路も拡大し、

同人だけで食っていけるような人も(参加者全体の数からすると割合は少ないが)見受けられるようになった。

まり、明らかに営利目的収益目的だなってとこも珍しくはなくなった。

サークルのような大手や有名どころは法人成りしてる例も見受けられ、限定グッズを売り出す企業ブースは毎回長蛇の列で大盛況だ。

企業人間がブレーンとして関わって制作された、商業流通している本に顔負けの同人誌だってある。

コスプレ広場コスプレイヤーには、芸能事務所登録しているような子も増え、

芸能界へのステップアップを目指す子もおり、現役グラドルすら来るようになった。

現役プロ漫画家イラストレーターが参戦する例だって、ずっと前から枚挙に暇がない。

そうしたコミケに参加するプロアマチュアが、コミケを通して知名度をあげたい、広告宣伝効果を得たいという思いだってごくごく普通のことになっている。

コミケに参加したこと無い人でも、コミケ等大イベント前の怒涛の頒布広告宣伝ツイートはよく目にするだろう。

好き嫌いはあるだろうが(私自身はこうした一連の変化は苦手だが)、こうして世とともに変わっていったのもコミケ現実だ。

私は今の言葉で言うところの陰キャなので、キラキラした芸能人や、リア充と言うのかパリピというのか、

なんというのかそういうある種の言葉でくくられる人が来て多数派になっていくのは嫌だ。

しかし、それは私の好悪に過ぎず、そうした好悪の感情をもとにある参加希望者を叩き、拒むことは、コミケ理念に間違いなく反している。

極端な話、コミケ理念に反せず、法令と、準備会が定めた運営ルールを守っているならば、

「オタなんて大嫌い」という人が、「オタ大嫌い論」という本を評論情報ジャンル頒布するために参加したっていいのだと思う。

コミケ準備会側が、搬入計画懸念を示したりして参加させないと判断するならまだしも、

私のような一人ひとりのコミケ参加者らが、コミケ理念に反していない者を、

「こいつは参加するべきではない」「コミケに不慣れなこいつは問題を起こすに違いないから来るな」として叩き、

参加を断念させることになったら、ただただ禍根となる。

特に、オタというもの境界定義ますます曖昧になっていくであろうこれから時代に、

オタ的でないからと叩いて参加を断念させ排除するのは、悪用される恐れのある前例にもなろう。長文すまない。

2017-08-24

https://anond.hatelabo.jp/20170824160631

女性の誘い方のアドバイスなんて求めてないぞ。

そんなややこしい話はしてないと思うが勝手に混乱して人格攻撃に走るのはやめてくれ。

わかりやすくざっくりいうと嫌なら断ればいいだけで済ますのとアプローチ自体を「ハラスメント」という強い言葉を使って

社会的封殺する境界はなんなの?って話だよ。

2017-08-18

そんなんは前提なんだよばかやろう

ここまではネタだすまん

おまえは当たり前のこと言ってるだけだが意外に理解されてない感じがするな

すべての倫理的正当性ってのは、なにかを盲目的に真としなければつくれなくて、

一般的には、多くの人が信じてることや、宗教的倫理感、

お前の言う通り「実在する人」「自分から観測できる人」などの環境

これらをふまえつつパワーゲームを行った結果、

結論めいたものがつくられている。

差別はいいけど区別必要」とか言ってるやつを見ると反吐がでる。

(いや、それはそうなんだけどよく考えもしないでフレーズだけ言ってるやつも多い)


個ではなくてグループに対してなんらかのラベルを貼った時点で

区別が生じ、区別はすなわち差別の根源となる。

そこに境界なんてもんはない。


あるグループにはそこに属する者の帰属意識連帯感が必ず生じるし、

そのグループ対する最適化がおこなわれるから


たかも「理想の何か」があって、

「こうするべき」みたいに大上段に言ってるやつは

学がないことを露呈していて恥ずかしい。


例えば、人とその他の種族を別個に考えて良い理由

存在しないけど、存在するかもしれない身長1mmの人間とかに配慮しなくていい理由


そこに明確なものはなくて、結局のところ、そのグループがどの程度の勢力か、

長い年月をかけて構築された倫理観パラダイム、それにより

それぞれがどんな心象ももつか、

そんな曖昧なことで決定される。

からこの問題は、互いにこういった背景を理解して、

意見交換をしていかなければならないし、

実のところパワーゲームなので、

声をあげたほうが強くなる。


でもな、

増田(いや、よくしらんが)やオレのような、

系の外から考える人間は、

変化をもたらせないないんだよ。


変えていくのは、盲目的に主張するアホ共だ。

(変革者の全員がそうだって話じゃなくて、変化の大部分はそういう人間によって

つくられている)


# まぁ結局、日本教育自体が何か絶対的な正しさがあるような前提で

# つくられている(「こうすべき」を押し付ける)傾向が強いか

# ってところが大きいと思っているので、個の責任ではないんだろうけど。


レスしろよ!

https://anond.hatelabo.jp/20170817200113

2017-08-04

https://anond.hatelabo.jp/20170804171323

んなバカ

結婚話題なんて女の大好物だぞ

姉か妹がいれば必ずその手の特集、専門雑誌買ってるのを見たことあるはず

ってか、性教育アダルト境界曖昧だろ

避妊を教えることはコンドーム避妊薬の使い方だけじゃない

挿入なしのセックスを推奨することは、ほとんどアダルト領域に入ってくる

教育が興味を呼び起こしてより未成年の性行為助長する可能性は十分あるし

結果、妊娠する子供が多くなるなんてことは別にありえないことじゃない

教育に素直に従う子供なんてのがいないのは容易に想像できるだろ

2017-08-02

罪悪感というのは自己中心的な陶酔である

それが自己陶酔か否かを判断する境界は、外部への働きかけがどうであるかにかかっているのだと思う。

ネット上で見かける、私は罪悪感を感じています的な心情の吐露は、たいてい自己陶酔で終わっていて吐き気がする。

そんなひ弱さ、甘えを恥じ知らずに振りまいている軟弱者共にビンタをおみまいして回りたい。

2017-07-31

https://anond.hatelabo.jp/20170731001552

ベンチャー営業なんて、競合いっぱいいる中での競争か、こんなもん売れるか?って境界みたいなものを売り込めるさきを探すようなものだけど。

一般営業経験もない、かと言って、熱意持ってなにか売りたいものがあるって言うのでもないベンチャー営業なんてブラックギリギリだぞ。

社長がまともな奴という保証も全くないんだし。

というか、社長のかってな思い込みでこれで売れるはずだ、売れないのはお前が悪い。みたいな感じで欝ルート間違いない。

最低社長特性商品特性を見極める能力、それと、技術がまともに営業の声を聞くタイプかの識別絶対必要

社長営業嫌い臭いベンチャー、、、という名の中小企業には絶対入ってはダメ

社長営業技術両方先陣切って走ってるか、社長技術営業きちんとできて、もう片方も有能な人がいるってタイプじゃないとダメ

2017-07-30

Re:不倫

いろいろなご意見ありがとうございます

女性男性、未婚、既婚、未経験者、経験者、それぞれのご意見

入り混じって、年齢によるタイムラインイメージが頭の中に思い浮かびました。

共感できないとか、クズとかちんぽとかのご意見は、女性か若年なのだろうと

思いました。

女性は男の合理性について、本能的に共感できないのではと思います

女性にとって、不倫男はどんな理由であれ、一途を貫けなかったという意味

不幸の温床であり、忌むべき存在なのでしょう。

男性からは、冷静な分析、わかるという共感、それでもお前はバカだ、というご意見

すべて頷けるご意見です。

女は身ごもる子供を育てるために浮気は許容できないし、男は種を広げるという本能から

ひとりの女に固執しなくなるという、またかと言われそうですがDNAの司令があります

男女の存在競争の中にあり、男はいい女を取り合い、女は優秀な男を取り合う。

それは、本能というOSが、理性を押しのけて司令する。

今回のことで、それが自分の中にあることをひしひしと感じました。

意志の力でどうにかせよ! というご意見もありましたね。

しかし、人生でなにに価値を置くのか? 果たして自分気持ちを押し殺して

行方正に生きることで死ぬ前になって満足できるのか? という思いはあります

社会規範に従って生きることは誰にも迷惑にならずに済むが、

それですべての個人はほんとうに満足できるのか? ということです。

生きることは一度きりで、死んだら生き返りません。

高齢の人へのアンケートで、「したことより、しなかったことに後悔した」という

データもあります

これは社会性が云々より、個人生き方問題です。

ネットではサッカー試合のように人のミスに平気でブーイングするが、

私たち人生において観客ではなく、選手側です。

私の葛藤で言うなら、ほんの出来心から始めた関係であっても、

愛情の薄れた奥さんより、ほんとうに好きだと思った人をなぜ取らないのか?

ということです。

いずれにせよ、人は遭遇する出来事試行錯誤しながら生きるしかなく、

自分も女との一期一会出会いにいろいろ考えた末、行動した結果が、

修羅場だったということです。

判断が甘かったね、というのであればそうなのでしょう。

以下ご意見への返答ですが、冒頭文と分けて書いたので、

文体が変わっています

あなた時間をかけてその子を壊したのではないのか?


あなた境界性人格障害にしたのではないか? という意見であればそれは的外れ

最初関係を持ったときに、リストカットの後だけでなく、全身のいたるところに自傷の傷があり、

いわゆるメンヘラだということがわかった。

本人からも、自殺未遂を繰り返していたことも聞いた。

障害者手帳を持っていていることもその後わかった。

つきあっているうち、被害妄想的なので調べたら、統合失調症らしいと思った。

ただ、精神障害だとしても、できるだけ普通の人として接しようと思いながらつきあっていた。

その後、気にいると男とすぐ寝るなど問題行動が多いので、

性格の傾向を調べていたら、境界性人格障害に多くの共通項があった。

境界性人格障害は、統合失調症不安症の境界にいる例ということから名称で、

まさにその症状だということがわかった。

性欲をコントロールできていなかったのでは?


それはあるかもしれない。

奥さんがいたので、しばらくは誘いを断っていた。

しかしあまりに猛烈な求愛に押し負けてしまい、

自分自身も限りある人生からこういう経験をしてもいいかもしれない、

という思いがあり、関係に至った。

自分は特段非モテというわけではないと思う。

経験人数は結婚するまでに40人後半くらいあった。

から非モテから引っかかった、という部類ではない。

性欲に抗うことは困難ではないのでは?


自分はどちらかというと蛋白で、仕事趣味に没頭していればそれで

満足な人間であると、それまでは思っていた。

ただ、女の、すべてを捧げてもいい、死んでもいいというほどの猛烈な求愛は

初めての経験で、それほどまでなら・・・という揺らぎが起こった。

こちらのそっけない素振りにも関わらず毎日連絡してきて、話せば

明るく努めようとし、プレゼントなど尽くし方もハンパでなく、

の子といたほうが幸せかもしれないとも思った。

単なる性欲ではなく、ものすごい「愛」をそこで感じた。

今思えば、それも病気のなせる技だったのかもしれないが、

病的であれ、女の愛情ものすごかった。

「優しい男」とは?


相手のことを気遣い、できるだけ察してどうにかしてあげようという行動をよくしたことを

そう表現したのだけど、「甘い」「優柔不断なだけ」というご意見には賛同する。

知り合いからも甘いだけと言われている。

あくま相手のことを考えて行動していたということだけど、

奥さんのことを含めれば、世間的に優しい男ではなかった。

奥さんにとっていい夫でありたいとも思っていたが、ひとりの男としての

アイデンティティを考えたとき、こういう道もあるのではないかという思いもあった。

合理的なら不倫しない


合理性で動くのに性欲に負けたじゃないか? というご意見は、

くそのとおりだと思う。

ただ、人間は非合理と合理の合わさったもので、男はどちらかというと理性的で、

女はどちらかというと感情的で、どちらが優勢かというだけに過ぎない。

自分は思いの勢いに感情で負けたと思う。

ただ不倫問題解決についての判断は、あくまで状況を統合するという理性が働いていたということ。

「男」ではなく「あなた」だからではないのか?


もちろんそれはある。

世の中には自分のようにリスクを取らず、死ぬまで誠実な人もいるだろう。

しかし、あなたが男であるなら、私と同じ本能が脳に組み込まれていることを忘れないで欲しい。

ただ機会が今までなかっただけで、あなたの中にも生物本能は組み込まれている。

悪いと思っていないのか?


特に奥さんに対して悪いと思っている。

女に対しては、お互い様だと思う。

自分が誘いの乗らなければ誰も傷つかなかっただろうと思う。

誰の得にもならなかった。

全員が傷ついてしまった。

被害者なのですか?


被害者とは思っていない。

女のことは自分も好きだった。

尽くしてくれる姿に本当の愛を感じた。

奥さんにバレてもそれは変わらなかったし、今でも会ったら気持ちが揺れると思う。

完全に接触を断つことで、もう思い出さなくなってきている。

ただ、もう会うことはないだろう。

人生のもの犠牲にすることはできない。

別の形で出会っていたらと思う。

反省していないのか?


リスクを取ったことで、結果的に奥さんと女を傷つけたことを反省している。

誰にとっても平穏を望むなら、もうやってはいけないのだろう。

ただ、単純に「だから不倫はやめましょう」という結論では、世の中の不倫問題解決するとは思えない。

日本結婚システムは、恋愛感情がいずれ薄まるということを考慮に入れていない。

すでに結婚したうち1/3は離婚に至る現実がある。

残り2/3も、結婚システムにやむなく従っているところもあるだろう。

さらに、離婚において発生する金銭的な不条理もある。

金持ちほど損をし、貧乏人ほど簡単に別れられるシステムになっている。

もちろん、恋愛感情がなくなっても、淡々と一緒に暮らす人もいる。

それを世間的な常識として受け入れる人は大勢いる。

しか40代女性浮気経験は7割以上、といったデータもあるように、

男女の行動傾向に結婚システムが合わず、不幸が生み出されている現実がある。

EU圏では、結婚ではなく事実婚で一緒に暮らし、そうした不合理を避ける状態とも聞く。

しか日本暮らしているのだから、郷に入れば郷に従えで、受け入れなければならないとも思う。

2017-07-27

マタハラ準拠の考えなんて男なら誰でも持ってるよ

だって自分妊娠しないんだもん。その上で、それを表に出すか出さないかマタハラになるかどうかの境界であってさ。

効率の極みである産休お荷物妊婦邪魔だと思わないなんて無理無理無理のかたつむりだっつーの。

内心は自由なんでしょ?

俺は考えを変えるつもりないし、たぶん全体の意識だって変わるわけないよ。宗教にでも頼らない限りはね。

消えた増田に全力マジレス

非モテが力を持てばゲスいことをするってことではない。

・人はおおかたが、内心はゲスいことを考えている。

・力を持つことでそのゲスさを外に出してもいいと勘違いする不届者も残念ながらいる。

・要するに力の行使範囲勘違いするところが問題

世の中には、Aセクハラをするひと/Bセクハラをしそうになってもがまんできるひと/Cセクハラ発想がないひと、の三種類のひとがいて、Aセクハラをするひとは、力の行使範囲勘違いしている人、と言っていいと思う。

多くの人間はBに所属し、聖人君子かと思うようなCは希少種である

それはともかく、Aセクハラをする人は、なぜ行使範囲勘違いするのか。幾多のセクハラを受けてきた当増田が観察した結果をまとめてみると、

 1 力の行使範囲が広いほど自分が偉いと考えている(旧来型セクハラ人格野良犬マーキング

 2 プライベートパブリック区別をつけられない(空気読めない、もしくはおれら仲間だからつい的な境界症例的なアレ)

 3 もともと「女(または男)は見下していい」と思っている(ネオ性差別、「分断」派)

あたりが、感情原型としてあるのかなと考えている。これは原型なので、多くのセクハラ事案はこれらがそれぞれ個別比率でミックスされている。

少し前に話題になった、中西大介元Jリーグ常務理事セクハラ事案などは、1と2の合体型というか、職場(や家庭内)で起こるセクハラ典型的パターンだろうと推察できる。

偉いんだから何しても許されるという甘えた心と、自分たちは身内なのだから許されるだろうという甘えた心である。要するに甘えてんだあのタコ坊主一生戻ってくんなサッカー界隈に。増田Jリーグ好きなのでつい激昂してしまったが。

ちなみに、この数日話題になっている彼のケースだと、1に加え3の要素である性差別性的対象へのコンプレックス感情などもありそうだと愚察している。

珍しい種類であるCは、大抵ちょっと非の打ちどころのないモテだったりして、世界不公平さに思いを馳せたりもする。

彼らにはセクハラ不要なのだ。内心のエロ心を外に出す必要を感じていない。

権力範囲確認をする必要がないほど対社会的承認欲求に満たされているし、自分と異なる人(性的志向対象含め)とは融和すべきで対立するメリットゼロだと自然に考えることができる。

大抵の場合そのような聖人君子プライベートにも満足感を得ているので公私を分けるのも比較的容易であるCタイプの人は家族円満に加え子供まで優秀だったりするので、ほんとすごい。

話は逸れるようで逸れないが、増田は「モテ」をバランス力ととらえている。イケメンであるとかお金を持っているとか、それだけでは「モテ」は成立しにくい。

バランス力って、イケメン4、お金5、地位4みたいにモテ要素がバランスよく配合されてるヤツだろ?ケッ、と思う増田諸兄もひょっとしたらいるかもしれないが、当増田が主張したいのはそういう意味でのバランスではない。

人が持っている各戦闘能力(顔、金、能力面白力、愛嬌ギーク力、諸々さまざま)には、残念ながら個々人ごとスコア差があるし、各戦闘能力間にも「社会における評価」差がある。

簡単に言えば「顔」は社会的評価が高いが「ギーク」はそうでもない。でもタモリ倶楽部世界観では「ギーク」のモテ力はかなり高まる、みたいなことだ。

増田の言いたいバランス力とは、己が持ってる各能力とそのスコア自分が納得しているか、ということである自分と「自分能力」に折り合いがついている状態を「バランス力がある」と表現したい。

増田諸兄は「おれと似たような顔面あいつには可愛い彼女(彼氏)がいるのに…」と思ったことが一度ぐらいはあるだろうか。少なくとも当増田にはある。

そういう「あいつ」が、私からみても良いヤツならまだ納得できるが、それほど良いヤツではないむしろ悪いヤツなのに…ということも少なくない。

嫉妬含有率の高い感情に我ながらがっかりし、うっかり己の不運に絶望しそうになるところだが、一方で、この「むしろ悪いヤツで戦闘力もあるとは思えないのに良い思いをしているヤツ」は、己の戦闘能力客観視し適切な戦略を実行しているからこそ、果実を得られている(当増田はそのやり方は必ずしも常に好ましいことだとは考えないが)と考えることができるのではと思うのだ。

戦闘能力を示すチャートグラフの数値や面積の広さが問題なのではない。いや問題ではある(初めからまれ果実を手に持って生まれ人間も世の中にはいる)が、それとは別に、「自分は今はその面積しか戦闘能力がない」「うむそれなら持っているもので戦おう」と己の能力を素直に受け入れ対社会への解釈客観的に出来る者には、その後の成長力も含め、なんにせよ未来があるということだ。

例えば、ギーク力が突出して高いだけの人間だったとしても、場所メンツを選べば合コンでいい塩梅彼女をゲットすることだってできる。

ポイントは「いい塩梅の」である社会的100点満点の(自慢できる)彼女である必要性は、少なくとも内的にはないということに、気づけるかということ。

手に持っている武器では倒せない敵に向かっては(または向かいもせずに)ヘイトを貯め込んでいく、このような状況を、当増田は「バランス力のないヤツ」と定義したいのである

全ての項目が10点満点のチャートグラフを書けなくても、あちこちでこぼこで尖っていびつグラフ自分でも、持ってるもんでやりくりしてこう、と折り合いがついた、バランス力が取れた状態になると、不思議なことに(まぁ不思議ではない当然ではあるが)チャートグラフのへこんだ項目のスコアも伸びていく。そもそも足りない自分に折り合いをつけられること、それ自体が「戦闘力の開発」だったりもするし。

一方で、この折り合いがつかないと、どんどん生きにくい自分になって行くんだろう。無い能力評価されにくい能力相手を呪う前にやることがあるってことだ。

そうすりゃCの聖人君子にはなれなくても、B:ごく普通セクハラ我慢できる小確幸人生は、手にすることはできる。

セクハラする人生は、幸せ人生とは決していえないのだ。あれは統合できない自己が、己や周りを巻き込んで自爆していく作業しかない。

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