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はてなキーワード: 視点とは

2018-10-19

anond:20181019192500

ひろゆき[西村博之]の本の宣伝か。

読むとしたら図書館で借りてみよう。(買う価値判断

彼は裁判所判決にも従わないタフな精神の持ち主だ。

何か参考になる視点もあるかもしれない。

横山由季子「ブロックバスター展は善か、悪か」を批判する

 美術手帖で連載中の「シリーズ:これから美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。

まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。

https://twitter.com/blanche1002/status/1051094298815430659

 「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。

 まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的価値判断であり、展覧会評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要から止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である

 次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論対象提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?

 実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会ブロックバスター展だと言っていい。明確だ。

共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議メディア担当者と話していても、60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚がある。

 共催展一般共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。

 しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター特有問題についての指摘はわずしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。

 そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか批判的に捉えているか文章引用しつつ細かく見ていこう。

ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。

 一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員成るほど美術真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。

そして現場学芸員は、採算性と学術性を両立させるという大きな矛盾に直面することになる。

 ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。

最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。

 共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?

あくまでも組織としては採算性が優先されることになる

 当たり前なのでは。

ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。

 ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。

共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館展覧会未来はそう長くはないであろう。

 若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者リーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。

近代美術の延長線上に現代美術位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディア現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術現代美術をつなぐ展覧会企画したり、現代美術一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。

 これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催粛々とやってればいいのでは。

数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代主題ごとに画業をたどるようなオーソドックス構成となりがちだ。先行研究調査をふまえた新たな視点を、カタログ論文作品解説のなかで示すことはできても、展覧会構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館ルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画自由度が低くなるという側面もあるだろう。

 そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館就職してください。あと、日本学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。

オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語イタリア語ドイツ語スペイン語、そして日本語や中国語韓国語資料網羅されている)、それを日々リアルタイム更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。

 日本フランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国美術研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。

 私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。

anond:20181019162814

「言い返せ」って言ってた事を実際はちゃんと伝えてたのに視点変えて批判続けるのはアンフェアでしょ

せめて一回謝罪しなきゃ

2018-10-18

弊社まんさん、タスクを共有するのに可視化しない

潜在しているタスクに気が付かないと「気が利かない」と評価される

気が付かないことには気が付かないから影で悪口いわれまくり

しか作業漏れが多く発生するし

全体の工数見積もりもできない

まんさんは神の視点を持ち合わせてるか、

なにか目に見えない力で連携してるの?

anond:20181018024314

そんな風に教員がどう社会から指図されるかという視点が抜けてたら賞賛されることは無いよね

学校批判って柔道不随とか掛け算こだわりとか組体操とかPTAとか表に出てくる問題の重大さもさながら、教育委員会を通じた権力分立機能してないことが共通問題としてあるんだよな

異常な教育指針や指導は指摘され是正されてカリキュラム運営方法改善されるべきなんだけど、それがなされないことが学校暴力的な異常者の巣窟に仕立てていて学校バッシングに繋がってる

その一端はこのエントリからも見えるよね

anond:20181016220247

求めている内容と異なるかもしれないですが。

自身を取り巻くもやもやがなぜ?何をきっかけに?をとにかくノートに書き出す。何となくポジティブに感じること、ネガティブに感じることについて、なぜそう思ったのかをいろいろな視点で書いていく。

すると、何となくその感情を引き起こすトリガーが見えてくる。スッキリする。

これを繰り返していくと、自分言葉説明できるようになる。

他人言葉ではなく、自分言葉を喋れるようになる。

自分言葉が喋れると、他人言葉を聞けるようになる。

その人の言葉を話す人間を見れるようになる。

そういう言葉人間との出会いは感動するし、自信にもなる。

これは自分人生にとってはとても大事なことであったように思う。

anond:20181017211625

本人のインタビュー発言としては適正だと思うけどそれを町中に張り出すのはどうかと思うよ。

実のところ障害問題ではなくて

「〇〇は言い訳に過ぎない。負けたら弱いだけ。」のコピーを見て(上から目線を感じて)イラッとする人は〇〇が何であろうがそれなりにいる。意識高い系意識が高い人を批判する意識が低い人批判もあるだろうが)の成功者に感じるあれ。


例えば意識高い選手代表である本田圭佑だってさすがに「負けた奴は弱いだけ」なんてポスターを作ったりはしないだろう。

負けた後に言えば潔く聞こえるかもしれないが、「弱いだけだったな」と追撃を加える人もいるだろうし、勝ったほうが言ったら煽りにほかならない。オリンピックパラリンピック精神に符合するかも疑問。

要は選手イメージアップにならない。


補足:パラリンピック出場者は(健常者から見ても障害から見ても)社会的成功者であるもっといえばスポーツ選手自体が眩しい。元増田はパラバミントンに関わってきたことを誇りにされていてそれは立派なことだと思うが、批判が全く理解できないというのはスポーツできない人の視点あんまり一般人スポーツ文句つけるのもどうかと思うが)を欠いているように見える。件のポスター体育館とかストイック選手ばかりが集まっているところに貼ったらいいと思う。

2018-10-17

宇宙で一番嫌いな漫画

「……お前の描いてる、この漫画の主役たちってさあ。正直なところ、仕事仲間の寄り合いって感じが強くて、まったく魅力を感じないんだよ」

私の手に掴まれている手紙の文面は、そのような書き出しから始まった。目を背けたくなるのが道理だろうに、私の視線は縫いつけられたようにその文字列の上から動かせなくなった。

今朝、私はまだ日も昇らないうちに目覚めてしまった。仕方がないので新聞を取りに行こうとしたら、一緒にこの手紙発見したというわけだ。差出人の名は無く、私の名前けが封筒の表に大きく書かれていた。怪文書の類かもしれない、私は疑ったが、一応持って行っておいてもいいだろうと軽く考えてしまった。あの場でゴミ箱に入れてしまえばよかったのだ。

 私はこれでもそれなりに名の売れている漫画家だ。その中でも、今描いている漫画は私の描いた中でも最高だと自負している。そう思ってはいてもこれまでに批判を浴びたことは度々あった、だがこのような、よりにもよって、……キャラクター描写について指摘を受けるということなど、ただの一度も無かったのだ。

 「これまでは前作の手前、こいつらにも魅力はあるんだって思い込もうとしてたさ、でも、もう限界だ。無理だね。あのコミュニティ間に熱狂するのは不可能だ。なんだあの、殺伐とした主役校Iは」

 これはただの偏執的な、妄想に頭をやられた人間の世迷言だ。こんなものは一刻も早く捨ててしまうべきだ。私が作っている世界完璧だ。批判が溢れるはずのインターネット書き込み上ですら、私は私の作品の、ストーリー登場人物に対する表立った批判など見たことがない。

私に対する罵倒はいつも決まっている、やれ「絵が下手」だの「画面が地味」だの、描画に対する文句ばかりだ。そんなことは自分でも分かっているから、より上を目指すために甘んじて受け入れる。しかし、こんなことを書かれたのは初めてだ。

私は手紙丸めしまおうとして、止めた。読んだ上での批判であるなら、受ける義務はあるのではないか。たとえそれがまるで理屈が通っていないにしろ、一意見には違いないのだ。私は皺の寄った手紙をもう一度指で広げた。

 「見ていてもギスギスしすぎだし、個人の功を焦ってるし、チームワークも話の都合上身に着けただけだ。ベタベタして欲しいって言ってるんじゃない。かけがえのなさを仲間の内に見出せよ。形だけの、ハイタッチするとか、頭を撫でるとか、そんなのを求めてるんじゃない。そういうところを描けばみんな喜ぶだろう、と狙ってんのかどうかは知らないが、響いてこないんだ、そういうのは」

 そんなはずはない。この、指摘されている箇所、この描写に該当する話は特に読者の受けが良かった。ここで私は閃いた。この手紙を書いた人間は、相当ひねくれている。あるいは単純に、私に嫉妬しているだけだ。気付いてしまえば、どうということもない手紙だ。とりあえず最後まで流し読みをして、後はシュレッダーにでも掛けてしまおう。

 「お前、描けていたじゃねえか。こういう過程を経たからこういう結果になるっていう機械的論理だけじゃなかった。前作では、人間自然とこうなるって有様をしっかりと描いていたじゃないか

 首に冷や汗が伝った。天井を見た。床を凝視した、ベッドの下も覗き込んだ。なんだ、なんなんだこいつは。何故私が、捨てたことを、切り離したことを勘付いているのか。他の誰にも、読者だけじゃない、編集にも、アシスタントにも告げていないし気づかれてもいないことなのに。

 そんなことが、どうして分かる。お前に何が分かるというんだ。私が、どういう気持ちで今の漫画を描いているのか、知っているとでも言うのか。

しかもさあ、別にそんな、わざとらしいボディタッチとかやられてもさあ。お前らいつからそんなに距離が近くなったんだ? 馴れ馴れしくなったんだ? って白けるだろう。描けよ。そこをサボってどうする。こいつらが放課後にわいわいやってる姿がまるで浮かばないのはどうしてなんだ? 試合しかしてないのが問題なんじゃねえ。そこまでする思いやりの理由そいつが見えないからいけないんだ」

 違う。私のせいじゃない。硬派な方が受けるんだ。尚且つ、要所では触れ合いを多くしておいた方が、読者の反応も上がる。たとえ、そこに至るまでの経緯が見えなくても読者は気にしない。そんな細かいことに反応するような読み手は居ないんだ。だから、そんなことはしなくていいんだ。

 「前作は良かった」

手紙を握る、指の力が抜けそうになった。足もよろけて、背後にあった机で腰を打った。

あいつらの任侠じみた繋がり方は確かに良かった、ああいうのは特殊だ、というのを差し引いてもな。お前こうやって、まともな高校生の仲の良さを描けるだろう。描いていただろう。何がしたいんだ?」

 お前なんかに! 私は喉元まで出かかった叫び必死に呑み込んだ。呑みきれずに、一部はうめき声となって口から漏れ出た。私以外の人間に、分かるものか。







 前作の「あの人のために」、は良かった。あいつらは自分を見失わなかった。なんだあの連中の体たらく。まともなのは主人公だけだ。あとはみんな動機丸投げしやがって、自分が情けなくないのか、ええ!

 

 あいつらをあの作者の漫画キャラだと思いたくない。ストーリーのためのコマじゃねえかあれじゃ。なんのために話書いてんだよ、キャラのために描けるだろうが。お前はそれが出来るのに何でやらないんだよ。 全部薄っぺらいんだよ。演出が下手くそすぎってのもあるが、脚本があれだけよく出来てるのにこんなに胸に響いて来ないのは異常だ。話を良くするために他を全部ダメにするなんて馬鹿じゃねえの。

 なんでこんなに感情移入出来ない奴らしか居ないんだってことだ。回想だのもっともらしい理由づけだの、そういうのじゃねえよ。それが出来る腕を見せびらかしたいのか。違うだろう、あいつらは何がしたい、何を求めてる、そういうのは全部個人が決めるものだ。

 あいつの後悔なんてさ、あれはあんなに都合のいい話は無いと思ったね。「コレがこうしてああなった因果であって、コレがこのように作用してこうなりました」なんてのはいらないよ。元々やってたぐらいでいいんだ。矛盾なんてものを吹き飛ばせるだけの熱が確かにあったはずだ。一切合切なくしたなんてありえない。 失望してる。こいつだけは後悔するようなことはしないと思ったのに。違う。完璧ストーリーなんかいらない。わがままキャラが見たいんだ。自分意志で動く奴らが見たいんだ。アレは違う。認めるもんか、あんなのはお前が書いたキャラじゃない。

 面白さなんていらないと思った。漫画に要るのはそういうんじゃない。作者の持つ欲求であり、キャラの我だ。動いてくれればそれでいいんだ。何をはき違えたんだお前。そんなものは誰も求めてない、そんなもので人は揺さぶられない。それは計算つくしたお涙ちょうだいだ。配分を読み切った作品だ。そんなものは読みたくなかった。文学に任せろ、そんなもん。お前の漫画にそれは絶対必要なかった! 主人公校だけが舞台装置として完全にキャラが死に切ってるのは不幸すぎた。主人公がまともに見えるのは、おそらく自己投影しているから。もうそれでもいいなんでもいいかキャラが生きていると実感させてくれ。お人形遊びに付き合わすのはもうやめろ。

 お前は自分が持ってた才能を全部捨てたんだ。ネームを描く力も、絵の魅力も、そこに人が居て生きている、と思わせてくれる熱も、全部無くした。

 話なんかどうでもいいんだよ。少なくとも、あれだけやれれば。お前は何がしたかったんだ。お前はそれらを引き換えに、完璧な話を作りたかったのか。イレギュラーの起こりえない絶対的なものを。なら捨てろ。そんな才能は捨ててしまえ。物語に拘泥して動けなくなるようなら、もう漫画なんて描くな! パッとしないのは絵のせいじゃねえよ。あんな話の出来だけいいもん見せられたって何とも思わないよ。面白ものはああ面白かった、と消化されて終わる。矛盾だらけの継ぎ接ぎ脚本でも、キャラクターが動き、演出で心を惹きつけ、見ているだけで楽しいものは忘れられない。

 お前は特化する方向を間違えたんだ。出来ることをやってりゃよかったんだ。お前、これからどうするつもりだ。もう漫画は描けないはずだ。描くんなら軽蔑するね。何もできなくなったくせにまだしがみつくのかって。

 漫画ってのは総合芸術だよ。絵もコマ割りもトーンワーク視線誘導もセリフ回しもなにもかも含めた画面作り、その中を動き回るキャラ、話。漫画は生き物だ。ハリボテなんかじゃない。どうしてそれを忘れたんだ。知ってただろ。やってたんだ。どうして出来なくなった、道を間違えた……。 

この漫画は嫌いだ。もうダメだ。これから良くなるんだったら手のひらいくらでも返すが、無理だ。こんなもの見るためにお前の漫画読んでたんじゃねえよ。

 仕切りなおしていろんなもんを無かったことにするぐらいしか方法が見えない。ここまで人間味の感じられない漫画になるとは思わなかった。シナリオの書き方、セリフが導かれる論拠、ともに完璧。それがどうしたぜんぜん面白くない。

 何回読んでも印象に残らねーのはそのせいだ。オレの記憶力じゃねえ、一回こっきりしか読んでねえのだってもうちょっとマトモに覚えてるぜ。 

ダメだ。話題を目にしただけで吐きそう。もうこの漫画に関わりあいたくない。

 どうしてこんなになるまで入れ込んでしまったんだろう。どうして普通に好きでいられなかったんだろう。

 答えは出ている。前作を読まなければ、存在に気づかなければよかった。

 初めて手に取った時、かけらも期待していなかった。読み終わった後土下座した。

 なんて面白漫画なんだろう、なんて完成された非の打ちどころのない脚本だろう。キャラクター舞台の中で生き生きとその生きざまをこちらに伝えてくる。なんて感動的な話なんだ。すばらしい。

 そこで終わっておけばよかった。

 あの漫画面白い。今に至るまで何も変わらない。それでも受け入れられなくなった。拒絶するしかなくなった。

 全部前作の焼き直し。パッチワーク。いいとこどり。リテイク、もしくはリメイク。それも、そういうものとして見た場合、非常に出来が悪い。

 知らなかったら良かった。単品で見たらこんなに面白漫画は今の日本にはほとんどない。前作を下敷きにしていると気づかなかったら誰もが熱狂する。

 他の作品に似ているところやなんかはね、メッキだよ。中にあるものを隠すための見せかけだ。読んだ奴みんな引っかかった。自分以外誰一人として気づいちゃいない気づくはずがない。妄想じゃないんだよもしそうだったらあんな配置にしない。

 他の作品酷似している、設定だけは! 結局あいつがやりたかったのはそんなんじゃない。バラバラでめちゃくちゃに終わらせてしまった何よりも愛しているあの世界をより完璧にするためだけの踏み台あいつらの生に意味を与えるための儀式

 前作のあいつらは徹底的ムラ社会で怖いというか陰湿だったけどそこが驚異の連帯感に繋がっていてなおかつちょっとイカれてるぐらいの精神面に直結してるという奇跡みたいなバランスだったというかこういうのを書かないんだったらまっとうなコミュニティ勝負するべきだった。

 今作も強豪かやや強いぐらいの高校でよかったはずなんだけどねえ。前作と色を変えるならこっちは根っから個人主義で前半はそれぞれ意地張り合ってなかなかうまく行かないとか、それでよかった。

 ちぐはぐすぎるんだよ。殺伐としたままで書きたいなら全体的に性格を歪ませるべきだし、いい人だらけにするなら融和はもっと初期に来ないとおかしい。

 試合展開も無慈悲なだけでリアルかと言われるとどうかと思う。

 なんもかんも薄っぺらい。抑揚がない。緩急をつけられてない。メリハリに欠ける。ただだらーっと緊迫したようなシリアスらしき雰囲気淡々と垂れ流し続けているだけ。

 現実味も全くない。そう言われるのは容赦がないから。ただそれだけ。本当にそれだけ。そこ以外に何一つとして肉感が感じ取れない。漫画っぽい、フィクション香りがする。

 おかしいよ。前作で出来ていたはずのことが何一つ出来なくなっている。終始しみったれた湿っぽい鬱々とした話が延々と続いている、カタルシスの欠片もない。

 ネームは前作中盤から怪しくなり、冗長病もその頃発症。絵柄はせっかく良くなったのにどんどん悪くなって今じゃやる気あんのかと問いたくなる。それでも話とキャラの芯だけは捉えていたのだ。だから最後まで好きだったし読んでいられた。

 なんでこんなに辛気臭いんだよ。暗いのとただうっとうしいのは別物だ。

 確かに前作の脚本は作りが甘かった。穴もあちこちにあった。終盤はSのことを抜きにしてもやりすぎた。全体として全くバランスが取れていない。出来はいいとは言い難い。

 だからどうした。あっちには陰と陽が確かにはっきりと存在していた。コントラストが美しかった。日が暮れてもまた必ず夜は明けるのだと感じられた。大切なのはそこだろうがよ。

 完全なる穴のない脚本からってそれがずーっと日の当たらないじめめしたところをいつまでも這ってるような話だったら意味がない。

 最後に今までが嘘だったかのように明るくなるんだろうどうせ、しかし遅い。遅すぎる。いつまでやってる気だ。

 バランス感覚がおかしいんだよ。根本的に存在してないんだよ。前作はそれが萌え駄目として表出したが今回はなんだこれ、完璧なる脚本萌えか? 破綻がなくてもこれは失敗っていうんだよアホが!

 前作は明るかったから何があっても相殺されてたと痛感する。今作のあいつらをあん意味もなく馴れ合わない関係にしたのはどう考えても間違っていた。ストーリーラインが暗いのにメインまで暗かったらそれはただの胸糞悪い話だ。

 

 今から仲が良くなっても都合だとしか思えない。もともと顔見知りの連中はかろうじて許そう。それ以外は何故このタイミング唐突に実はオレたち元からこんな関係ですみたいな顔をするんだ? 何を考えたらこんな描写が出来るんだ? 読者を舐め腐ってるんじゃないのか? 何故大多数の読者は頭空っぽにしてちょーかんどー泣けるーかっこいーしか言わない? おかしいだろ? 気づけってんだよ! てめえらがそんなんだからなにも変わらなかったんじゃねえか!!

前作のSはなんで人気が出なかったんだろう。あんなにバカ丁寧に描写して、一番力を入れていたのに。

 いやまあ分かるよ。あん内面感情移入できるような気グルはそう居ない。Sは狂っていた。治ったのかどうかも怪しい。というか性根は治ってない。あんなのを可哀想とかがんばれとか応援できる方がどうかしてる。

 今作のキャラにはそこまで思い入れがあるのか怪しさすらある。あんな作者じゃなかったんだけどなあ。客観性重要さは覚えたけどいくらなんでもキャラから遠ざかりすぎっていうか、その割に主人公がゴテゴテしてるのはまあ、趣味なんだろうけど。

 主人公だけ趣味に走るというのは悪くない。悪くないけど作者の趣味世間の99%の人間からかけ離れているのが問題だった。

 うん、前作みたいに趣味の要素を散らした方がよかったね。主人公より好きなキャラが出来て自制が効かなくなりそうならもう諦めてそいつ視点にすりゃいいし。それやっても破たんさせないだけの能力があるんだからやってもよかったよね。

 この作者の趣味って結局これ「人間欠点」だからな。欠点萌えからな。Sの性格視野狭窄強迫神経症とかOのスランプ通り越してイップスとか前作主人公エゴイストなとことかYの結局自分楽しいからやってただけってとことかKの子供っぽいとことかあいつのプライドが高くて足元が見えて無さそうなところとか。

 そんなん一キャラにつっこんだらどうなるかぐらい予想してよ。欠点と言えばコミュ障のIが居るが前作にコミュ障が居ないのであれはただの欠点だし、臆病とか自身の無さはなんだろう……前作だと開き直ってたからやっぱあれもただの演出なんだな。好きな欠点とそうでもないのがあって好きな方を全部主人公に入れたのか……アホだろ! 

 普通の読者にはそんな趣味はないからね。みんな強くて頼りになって優しい人が好きだからね。人間の弱さになんて興味持たないからね。俺ツエー嫌いとかいう奴居るけどウジウジやってるのも嫌うんだろそいつら。バカじゃねえのと思う。

 本気で人間の弱いところ欠けているところ一般的に好かれないようなところに魅力を感じて、気が狂っているような思考回路がかっこよくて、追い詰められて何も見えなくなって死にそうになっている人間燃えるなんて奴は狂人だよ。みんなそんなのはファッションで持て囃すだけで、本当に好きなのはまともな人間だけだよ。作者が狂っていたから、狂っているくせに「まともでカッコいい人間」を誰よりも完璧に書けるからいけなかった。

 あんなの誰が愛すんだよ。お前と一部の物好きだけだろ。主人公になら愛を偏らせても物語はそうそうぶっ壊れない、だけどあんなのが主人公になったらダメだろう。最後に全部持ってっちゃダメだろう。それで納得する奴なんか、お前と俺しか居ないだろ。

 

 …………ああやっぱりそれでも俺だけは、この世で俺だけはそれを望む。人の苦痛を、悩む姿を、まともな脳の構造ならそもそも問題にもしないようなところで必死にもがいて息が出来ないとうめいているところを、やっとのことでそこから這い上がって人の優しさに涙するところが見たいんだ。

 Sは性格が歪んで神経症だったりして狂っていた。主人公は生まれときから狂っていた。狂人葛藤し悶絶し一度は絶望希望見出し覚醒するなんて展開はね、受けないんですよ。受けるわけないでしょう。だってこの世にいらっしゃるほぼすべての人間正気なんですからね。狂人の苦しみなんか分かる訳がないんですよ。そんなの見せられたってピンと来ないしつまらないんですよ。

 だから好きだった。他の誰も描けない漫画だった。お前が一番誇っていい個性だった。でもそれは大多数にとっていらない才能だった。しょうがいか迎合した。そちらの方面でもたぐいまれなる才能を持ってたからなんとかなった。俺は悲しい。理由が分かっているから悲しい。

 俺だけは好きだった。あの狂気が一番好きだった。気が狂っている人間たちの美しさが好きだったんだ。

anond:20181017141909

カスメとかにはあるよな。

かに、FPV視点のみではなくそれをあとで見返すためのVRカメラってのは意外と需要あるかもしれん。

ブログサブカル、語る。」がキツいのでつらい

まず第一サブカル全然語ってない。特撮はそれなりに好きらしいが独自の嗜好や愛好する何かは無いらしい。

というかメジャーどころの仮面ライダースーパー戦隊ウルトラマン系以外はほとんど語ってない。

漫画ゲームについてもジャンプ系・FFDQポケモンレベルの超メジャー系。

PS2期の傑作ノベルゲームであるチュンソフトの「金八先生」に関しては「誰が買うんだこんなゲーム」とまで書く始末。

 

お前サブカルでも何でもないただのメインカルチャー直球老害おじさんやんけ!!!

 

とあるごとに「いやー昔はアニメ業界にもいたからさぁ~」「いやー昔は漫画業界でこんなこと言っちゃってさぁ」みたいな

ラルキ発言が多数出てくる。キツイ。それに対する反動嫌悪なのか知らんが病的にオタクを嫌う。

 

基本的はてなブックマークでバズらない限り注目されない程度の文章しか書いていないし、

いざバズっても「ちょっとズレてるかな…」みたいな頓珍漢な主張がつらい。

 

一通り議論されつくした感のある「キズナアイネタを今更になって蒸し返しているが

「いやその話一週間前にもうやったんで…」みたいな反応が多くてかわいそうな気持になる

話題になってたのに今更気付いて、PV集めたくて必死になって追っかけてきたんだろうか。

 

時たまはてなブックマーク話題になるから目に入ってしま記事を読むのだが、

いつもいつも視点はズレているし知識も浅いしで本当に読んでいてつらい。

ちなみにTwitterアカウントオタク嫌悪ネトウヨ嫌悪をずっとブツブツ言ってる感じが本当につらい。

キモオタネトウヨが許される存在だよということではない)

 

そんなわけで、はてなブックマークスマホアプリは早い所

特定キーワード」「特定URL」でホットエントリーをミュートできるようにして欲しい。

もうあんな低レベルブログタイトルですらホットエントリで一々見たくないんだ。

ミュー機能をお願いします、はてなさん。

 

全く「誰が読むんだこんなブログ」。

2018-10-16

anond:20181016194407

あくまでも個人感では日経が一番マシだと思ってる

ただ、それでも政府発表やライター主観そのままのトンチンカンな事を言っている場合がたまにあるので、どの道多角的視点必要

フェミ対オタみたいなのずっと眺めてたら

Twitterで男オタクラスタから流れてくる黒髪巨乳JKヒロインがなんたらみたいなバカツイート見ても

まっさきに「ああこれ燃えそうだな」みたいなメタ視点が頭をよぎってしまってなんか無邪気に笑えなくなってしまった。

これが大人になるってことなのかな。(違うよ)

anond:20181016131216

でもだいたいの場合純粋感性だとか、子供向けの表現に感動してる大人という捉え方は勘違いなんだよね。あるいはナチュラルアニメを侮ってる。

普通良識的な大人が見ても大人感覚で感動できるような多面性をもたせて、よく練られて作られている事がほとんど。

から架空の憎らしい「幼稚な大人」を妄想上で作って嫉妬してしまうほどに余裕のない人から攻撃されてるんだよ。

また、特に深夜帯のアニメは高度なコンテキストを汲んでいないとついていけないものも多く、それが理解できない非オタからまれる原因かもね。

いずれにしろ感動すること自体は何も社会的にも人格的にも悪くないのに、それを熱心に論評できるくらいのエネルギーを割けるというそれだけでも、社会生活忙殺されてる人からすると憎らしく映るんだろう。どうしようもないね

てかネットをしてたら分かるけど、案外インテリな人ほどアニメ偏見なくよく見てるんだよ。

業界の著名な人がその業界独自視点アニメ評してたりするし。

先日だってテスライーロン・マスクスノーデンがアニメ通だと露呈して話題になってたよね。

2018-10-15

anond:20181015215004

とりあえず、声をあげてたほうが良いと思うよ。

要は、アラートをあげていましたよ、ってことね。

期日に成果物が全くありません、っていう状況だけは、絶対に避けたほうが良い。後で問題が発生した時に、責任問題になる。

上司相談して、それでダメなのが現状なんだろうけど、全体にチャットツールなりメリングリストなりで、相談する。

もしくは、さらに上の人間に対して、現状こうなので自分放置したままだと炎上しますよ、と伝えておく、とかかな。

素人レベル自分だけれどプログラム側で、言うとしたら、

  • 小さく作る。小さく修正する。小さく確認する。

あたりかな。完全に自分視点なので、元増田には合わないかもしれない。

あと、質問の時は出来る範囲でいいんで、ちょっと10~15分くらい)調べて、自分なりに答えなり推測なりを出したうえで、

『〇〇が分かりません。△△△を調べました。自分□□□だと考えています』みたいな感じで聞いてくれると、自分だと教えやすい。

 

最後に、頑張らないこと。無理をしないこと。自分を責めないこと。他の人も言ってるけど、自分もその仕事先が悪いと思う。

完全に無責任位置から発言から、話半分で聞いてください。

anond:20181015211307

増田さんの視点だと何の数字をどう見てもその結論に至りそうだなとは思った。

陰謀論は俺も嫌いじゃないしそれはそれでかまわんのだが、違う視点も持ってみたらいいと思うよ。

少なくとも、企業が喜んで税率通りの税金を最大限払いたいと思っているわけじゃないんだしな。

anond:20181015180203

そこを不快感オーバーロードして「本人が希望していれば自由だけど希望することは俺の完璧視点からあり得ないと判明したので潰す」って言うんでしょ

フェミ一人一派」は無責任まりない

フェミニスト側の視点に立って考えてみると、自分たち社会を変えていく上で注意するべき点は女同士の分断である

ただでさえ美人とブス、高学歴女性低学歴女性など女同士は最初から分断されているからね。

なので例え女同士は最初から分断されていたとしても、女同士で団結しているように(社会に対して)見せかけなければならないのである

女同士を分断させる方法簡単である

例えば「男にモテる高学歴ワーキングマザー」の女性像をメディアなどを使って社会全体に称賛するとする。

これだけで男にモテないブスや低学歴女、未婚女の劣等感を煽って女同士の分断を遂行できる。

これを防ぐための方便として「フェミ一人一派」という虚言を使っているだけである

しかしよく考えてみると、「フェミ一人一派」と言う考え方は無責任まりない。

フェミニズム運動は究極的には、現在の男社会を女社会に作り変えることであり、いずれはフェミ思想フェミ運動は一つの方向性に収斂されていかなければならない。

それを無視してフェミ一人一派の考え方を変えないと、責任空洞化を招くことになる。

その時の無用社会の混乱を防ぐためにもフェミ同士で価値観や考え方を統一するプロセス絶対必要

出会い系疲れた。。

二十代後半の男なんだけど、出会い系疲れた。あー、最近の言い方だとマッチングアプリと言えばいいのかな。

自分が使ってるのはペアーズ なんだけど、まず、マッチングするのに時間がかかる。可愛い子はそれだけ狙う相手が多いので、まず諦めるんだけど、そうでなくても後ろ姿が映ってるだけで数十人がその子を狙いに行く。そんな状況だから女の子基本的に受けの姿勢なので、めちゃくちゃ会話に気を使わないと続かない。

この感じ、就活ときに味わったあれに似てる。リクナビマイナビに載ってる会社だと、大したことない普通企業なのに説明会に行ったら平気で50人は受験者いたりみたいな。

性欲がありあまってないと、相手が送ってきたつまらん短文の文章に対して媚び売ったメッセージを考えるモチベーションが続かない。

いやー、困ったね。「性欲がありあまってないと」って書くと、セックスのことしか頭にないんだろって言われそうだけど、そもそも趣味に対しての質問投げかけても「○○です!」って一言しか返ってこないことがざらなんだからしょうがない。出会い系してると会話を楽しめる女なんて1割にも満たないんじゃないかと思えてくるよ。

まぁ、モテ視点から批判するなり、モテ視点からマウンティングするなりしてくれていいよ。

これからペアーズ みたいな出会い系始めようと思ってるやつの参考になれば幸い。

俺は多分、1人で死ぬよ。

2018-10-14

anond:20181014142444

そこまで自覚があるならあとは書くしかないって分かるでしょ。

自分に大きな締め切りをひとつ作るのがいいと思う。

コンテストみたいなものがあると思うからそれに応募する、とか決めなよ。

短編でも中編でもいいよ。普段メモ以外のところから持ってきてもいい。

ひとつ書き上げるということを経験すると、見え方が一段階上に上がると思う。

最初から最後まで書く、ということは自分ひとつのものを何度も読み返して推敲し、構成や細かいところの修正を重ねる作業絶対必要になる。

ディテールを詰めて完成させたもの反省点が多く見えると思う。

あー、最初からここはこうしとけばよかったなとか、こういう繋ぎって難しいんだなとか。

次の課題が見えている時点でスキルが上がっている。

その次はそのあたりを踏まえて、もっといい作品が書けるようになっている。


長期的にものごとを見る視点があるのはいいと思う。

20年でこれが出来なかったという事実認識できてる。

じゃあ次の20年は?

そのうちの1/20である、次の1年は?

それを半分と考えて、半年は?

半年で一作。

一作仕上げるには、ネタ出しをいつまでに終わらせるか?プロットは?構成は?仕上げは?いつまでにやればいいか?(小説の書き方は知らないのでふわっと言ってます)

スケジュールを逆算して、いつまでに何を終わらせればいいということが見えていれば、あとはそれをこなすだけなのでいいと思う。

工程ごとに細かく締め切りを決めれば、自分が今何をするべきかが見えてくる。

それを繰り返していけば全部終わったときには完成してるよ。

anond:20181014121043

そうだなぁ〜、ちょっと長いけど考えてみた。

・例1:メタ視点の導入NG情動レベルで話を済まそうとする

会社にて、Aさん、Bさんの間で問題が起こっている時、Cさんが仲裁するとしよう。

 

実際は業務システム問題があるにも関わらず、Cさんはそういう俯瞰した視点の持ち出しは避けて、

「Aさんにも家庭があるんだから」や「Bさんもわざとやったんじゃないんだから」と、同情を煽って曖昧に済ますという選択を選ぶ。

ちなみにシステム上の問題なので、問題は繰り返される。そしてこの仲裁も繰り返される(扇情バリエーションは増えるかもしれない)。

 

・例2:「空気」「同調圧力」に合わせる

面白くない上司冗談に笑わなかったら冷遇されるので、顔の筋肉を動かす。

もしくは、全員冗談言ってる場合、横並びのために冗談をいう。

これはあんまり説明しなくてもいい気がする。

 

・例3:権力内面化

上の立場のひととやりとりする際、敬語謙譲表現がこれでもかと盛り込む。

ごますり

正直、コミュニケーション冗長になり、消費エネルギーが爆増する(疲れる。。)。

 

 

しろ、こんな一生懸命理由を考えちゃってること自体が、アホっぽい気もするんだけど、、、

しかし、笑わずに読んでくれると嬉しい。

好きなものを好きでいたい

最近好きな漫画アニメを観たりするのが少しつらい。

作品に対しこれは正しいのか誰も傷つけていないかという視点に囚われすぎてしまい、考え方が極端になってしまったように思う。

例えば〇〇系が流行る中で△△は素晴らしいみたいなのがあれば、じゃあ〇〇はダメっていうんですか!みたいなヤバい思考になってる。

誰も〇〇がダメなんて言っていないし、それが好きな自分のことも悪く言ってない。にも関わらず間違っているような感覚になる。拡散され示される数の多さにひとつの考えと受け入れられなくなる。

これはもう自分自身の問題しかない。

ただ好きなジャンル踏み台にされるのはやっぱりつらい。

でも自分がそれを批判しても相手がしてることと何も変わらないし、誰かの口を塞いでしまうことになるかもしれない。

自分はいじめられたつもりしかなかったけど思い返せば誰かを傷つけてた、みたいな罪悪感を感じる。

結局自分自身にブーメランが刺さってしまう。

足を引っ張ってる感じがして申し訳ない。私は新しい女性理想像になれないことに嫉妬しているのかもしれない。

正直今流行ってる漫画女子への煽り文句も割としんどい。一時期流行った呪いみたいなのを違う意味自分でかけてしまってる感覚

夢見がちでも、好きな作品量産型だと笑われても、時にキャラ自己投影して、古い価値観に縛られ、それが創作無自覚に反映されていたとしても、その考えや好みを誰かに押し付けたりしないようにしたいと思った。

好きなことには変わりないけど、本当につらくなったらジャンル自体から離れよう。

よくある話だけど

自分がいるマイナーカプに疲れてきたと思う。

日記というのは以降の自分相手に話すものなんだろう。お前はまだこのカップリングいるか?いてほしいと思うけど、いないだろうとも思うよ。私のことだから




私が先人というわけでもない、ある人が描いた二次創作を読んで感化されたカップリングだ。

拙いながら本も出した。所謂オタクをかれこれ20年程やってきて初めての本だった。

よくあるマイナーカプの書き手のように「一冊でも売れたら嬉しい」なんて殊勝な人間ではないので、ツイッターピクシブでしばらく投稿を続けてからイベントに行った。無名では売れるものも売れないだろう。それがド素人の初本なら尚更である

初めてのイベントで予想以上に売れた。会場で半分ほどが、そして残りの在庫の半分が通販で人の手に渡った。ざっくり75%も売れたなんて信じがたくて、今でも会場で渡された売上金を封筒にいれて保管している。

すごく楽しかったし、このために来ましたとさえ言ってくれた人もいた。驚きすぎて家に帰ってからも頭がまわらなかった。


なんで疲れたんだろう、と考えることはある。今も、これまでにも考えた。

元々人は数えられる程しかいない(と思う。ピクシブ作品も1ページ埋まらない)ジャンルだ。ROMを含めてもせいぜい、と呼べる程度だろう。

話せる仲間が欲しくてどうしてもさびしい時、作品ブックマークから相手SNSを辿りまくった。ツイッターでカプ名サーチだって何度もかけた。

ネットストーカーじみた検索は、マイナーカプと呼ばれるところにいる人はみんなやっているんだろう。私もそんな一人だ。フォロワーフォロワーを全部見たりした。


投稿に反応が欲しいならもっと大手にいけばいい。ユーザー母数が多ければ多いほど反応は増える。話せる相手も、書き手も増える。

私がメインに描いている作品のなかで一番好きなカップリングマイナーなだけで、作品自体は非常に有名でファンも多い。私はつまみ食いもする性質から、メインではないにしろ作品大手カプが好きだ。

から疲れたなら移動すればいいのにと思う。


実際自分はなんでこのカップリングが好きになったのか思い出せない。初めに好きになった作品カップリングは別のキャラクターだった。

いや、思い出せないなんて書いたが、この日記の一番最初に書いたんだった。ある人に感化されたのだ。

素敵な作品だと思った。絵柄や表現はもちろんだが、何より私になかった解釈視点で描かれていたことが新鮮に感じられた。

それなりに昔の話なので、もう記憶の中で美化されてしまたかもしれない。


あの感動がきっかけで描き始めたカップリングだけど、その作者にも作品にも執着しているわけではない。なにせ忘れていたくらいだ。

私の投稿に毎回反応をくれる人たちにも特別の人はいない。

ライバルがいると強くなれるというのは本当らしいなと最近になって思う。

この疲れは張り合いの無さなのだろうか。


人が少ないことはわかっていた。描き始めれば愛着が湧いてもっと好きになることも、そのうち別の作品に移ることもわかっていた。

反応はあれば嬉しいがなくても描くし、自分キャラクター解釈ツイートする。一人で壁打ちをして遊ぶのが気楽でいいからだ。

本を売ったとき在庫を抱えるのが嫌で売り込みをした。もっと言うなら、売れていない自分はさぞ惨めだろうと恐れたからだ。

自分でも「一人遊びならなんで本を出したんだ」と思う。同人誌を出すときはまず正気を失え、なんて言われているけど、あれも本当のことなんだろう。原稿をしている私は正気ではなかった。



日記にすれば多少考えがまとまるかと思ったが、あまり変わっていない気がする。

反応があれば嬉しい。本が売れたときは舞い上がるような心地だった。

今思い出しても嬉しいけど、もちろん喜びは掠れている。私は相変わらず今のカップリングに疲れている。

私が勝手に盛り上がって勝手に頑張って勝手に疲れているのだと思うが、だとしたらどうすればこの疲れが取れるのだろうか。

描くのをやめてゲームをしたり映画を見たり、別ジャンルを漁りまくったりもした。一向に疲れは取れず、増すことも無く、存在感だけはジリジリと不快感を残している。



ここまでだらだらぐるぐると同じことを、やけに深刻ぶって書いている。

本当に何に疲れたのかわからない。焦りや不安ではなく疲れだ。

友人に言われた「自分解釈意外を受け付けなくなって、自分作品しか読めなくなる」結末が、すぐそこまで来ている気がする。

そうなったとき、私は売れ残った本を燃やして別の作品へ移るのだろう。

2018-10-13

anond:20181012144629

小説家武器はいくつかある。

大きい視点では、物語構成・話のネタ

ミステリーだったらトリックとか。

小さい視点では、シーンの組み立て方とか、

セリフ所作機微とか、レトリックとか。

近代的なアニメとかラノベ作法に親しんでるなら、

物語構成セリフ機微レトリックとかが重要かな。

もしそっちに親しむようであれば、

そうした小手先を憎め。嫌え。

それを小手先として受け入れてる限りは、

いつまでたっても小手先で終わるから

最初のうちは書くだけでいいよ。

たいていの人はその書くだけが続かないから。

書いてるうちに「自分はなぜ書くのか?」を

考えずにはいられなくなってくる。

そこで答えを出せないとどうせ書けなくなる。

表現する人には、楽しむ人と

それを己の使命と課す人が出てくるけど、

使命型になると人生終わる可能性あるから

気をつけてね。

めめんともりかるぺでぃえむ。

性犯罪者被害者気持ちけが優先されて、具体的な方法議論することがタブー視される空気が異常に思う

https://twitter.com/summer500la/status/1050308038060433410

こちらのツイートについてのブクマで、男が全面的に悪いという意見以外を言うと性犯罪者予備軍扱いを受けるのは異様に思う

この件だけに限らないが、被害者と一緒になって、性犯罪者が許せない、貴女は悪くないよという意見から少しでもずれると

被害者を責めているだの、お前は性犯罪をする側だの言われて、まったく具体的な解決法を議論することができない

結局、それって自分たちいかに良い人間アピールしてるだけで、全然性犯罪をどう防ぐかの視点が無いように思う

正直、こういうの見るとウンザリして関わりたくなくなる

犯罪が悪いことだという空気を作るのが大事とか、気持ち大事とか

普段根性論精神論バカにしてるくせに、こういうときはそういうふんわりしたもの大事にして、正義面しないといけないのな

anond:20181013061909

ありがとうございます

本業の方に添削していただいて、文例まで書いていただけて恐縮です。

かにそのように書いた方が、ずっと没入感があり、感覚が刺激されますね。

かにこれは第2話という位置付けです。タイトルの「サトシ原子炉」をクリックするとカテゴリページに遷移するので、そこに第1話があります。もし読んでいただけたら嬉しいです。

地の文についてですが、神の視点の文は基本的にありません。タイトルにある名前登場人物視点で書くようにしています

ご教示いただいたことを踏まえて、全体との整合性にも気をつけて修正を加えていきたいと思います

追記

語尾については、その登場人物出来事を語っているように書いています。すなわち、基本が過去形で、臨場感をもたせたいところや、客観性が乏しく、その人物感覚感情比重が大きい部分は、終止形にするようにしています

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