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はてなキーワード: 休職とは

2017-08-21

体調不良

少し前から仕事をしているとイライラすることが増えてきた。

もともといろいろな仕事結構マルチタスクで開いてしまい、少しつづ閉じていく。。。みたいな仕事をするタイプなのだけど、開いた仕事を忘れてしまうことが増えてきた。

はいえど、一大事にならない程度には回収はできていた。


その状態で少し仕事をしていたけど、また少し経ったぐらいから明らかに涙もろくなったり、感情的にいろいろな人と会話することが増えてきたように感じることが増えてきた。

その罪悪間で押しつぶされそうになる日も多くなってきた。その頃から自分に対して負荷をかけるようになった。例えば、昼ごはんを罰としてあえて抜いてみたり、体をつねってみたり。

体に悪い、痛い、そういう感覚が味わえることをちょこちょこ与えつつなんとか乗り切ってきてた。あまりにもいろいろ不安になって一度本気で首絞めしてた時期もある。

自分自分に課す首絞めは簡単には死ねないので大丈夫。(死ぬ前に手の力が抜けるので死ぬまではいかないのです)


そのあともう少し経ったぐらいから急にまた調子よく仕事できる時期が来た。結構いい感じでこなしていて、バンバンタスクぶっ壊していた。

でもその頃のことを思うと、結構ミスとか抜けが多かったように思う。調子良かったのはたぶん上部だけなんじゃないか・・・


もう少したってから会社に行こうとするたび目眩頭痛吐き気が襲ってくるようになった。最初の頃はまだ調子悪いなー?風邪引いたかな??ぐらいで済んでいた。

そのうち会社に行くのも辛いレベルで、朝起きれなくなった。この段階でさすがにもう無理、おかしいとなり、病院に行った。

結論から言うと、神経衰弱https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E8%A1%B0%E5%BC%B1_(%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%96%BE%E6%82%A3)

と診断された。そして、医者からすぐにでも1ヶ月間の休職をすべき。という診断書をもらった。

人事に連絡をし、この診断書を提出、なるべく早めに休ませろ。という要望を出してほぼ1ヶ月。というのが今。



実は現状まだ休職扱いにはなっていない。少ない有給を使いつつなんとか仕事に噛り付いている状況。

今日は完全に動けず家で休んでいて、ふと動けるようになったのでこの文章を書いている。

人事にはその旨を伝えているが、引き継ぎやらなんやらをしないと休ませられない。の一点張りで話が進んでおり、明日医者に行くので再度強めの診断書をもらう予定だったりする。

現状の診断書では休ませられない。というのが本音らしい。

診断書には法的な拘束力がないのは知っている。最近仕事中は何も食べ物が通らないレベルで体調が悪くなってきている。ウィダーインゼリーを飲み込むのが精一杯でなんとか仕事している。

そのような状況を話しても引き継ぎだの・・・という話になる。

そんな会社もうさっさとばっくれちゃえ。っていう意見も聞く。だけど、こんな状態になるまで働き続けるぐらいには変に正義感が強い私なのでどうしようもないらしい。

このあと引き継ぎが終わったとしても素直には休職にはさせてくれないだろうなとは思っていて、すでに転職活動もしている。

ここに書いて何かして欲しいとか、そういうわけではないのだけれど、記録として残したい書き出したらスッキリするかな?と思いここに記載をした。

ちなみに今日は一日中、ひたすら泣いている。ここまでのメンタル状況になったのは誰のせいなんだろうなと思う。

自分のせい?上司のせい?会社のせい??と思いつつ、完全に動けなくなるXデーまできっと働かなきゃならないのだろう。

2017-08-19

頭が悪いのが原因で社交不安障害になって人生詰んだ

現在26歳、県内底辺高校卒業後、2年間予備校に通い辛うじて県庁合格

ここまでは良かったが、働き始めてから絶望的に頭が悪い事に気が付いた。

今まで自分勉強できなかったのはやる気がなかっただけだと思ったが学習意欲はあったのだ。

絶望的に、頭が悪いだけだった。

例えば横一列でスタートしたはずの同期達が10聞いて7、8のアウトプットをしている中、自分だけ頭の中が「?」マークだらけで1程度のアウトプットしかできない。

もはや何がわかならいのかもわからないような感じだった。人の声が頭からすり抜ける。言葉の受け取っても情報処理ができない。

研修中の同期の遠くから聞こえる「頭良い人だと思ってた。」という声が今でもこびりついて離れない。

先輩に「◎◎さんに××の件で電話して」と言われた。

××の件の意味はなんとなくわかるのだが、××の制度内容が全く理解できていなかった自分パニック気味になった。

自分いまいち理解していないのを察した先輩が丁寧に説明してくれた。

自分がわかったことといえば制度についてではなく、先輩が丁寧に説明してくれたことと、先輩の困惑だった。見かねた別の先輩が連絡してきた。

周りに頭が悪いと思われた。周りに頭が悪いと思われた。頭が悪い癖にそのことばかりで頭がいっぱいになっていた。

悩みに悩んで精神科に行って検査した。案の定知能指数は健常者の中では最下層だった(動作言語性の差に開きはなく大体80前半、つまり発達障害ではない)

社交不安障害だと診断され、ワイパックスが処方された。

医者からは「一つの事を一つずつやりましょう」と言われた。一つのことすら処理できないとき、どうすればいいですか先生

朝起きるたびに恐怖と不安で頭がいっぱいになりワイパックスを流し込み無理やり口角をあげてみる。

通勤中の車の中で恐怖を掻き消そうと大声を上げる。

そんなことを続けていたら半年ほどでノイローゼになる仕事を辞めた。

色々疲弊してそのまま2年ほどニートになった。親の疲れた顔が辛かった。

このままじゃ不味いと思って一念発起してライン工バイトを始めた。

しかミスが多く仕事の覚えが酷く遅く、優しかった職場の人たちの態度までも急変させてしまった。

気にかけてくれてた優しい人たちを怒らせ、呆れさせ、疲れさせてしまった。

次第に職場に向かうのも息が苦しくなり、またワイパックスに頼るようになった。

それでもだんだん視界に白みがかかるようになり、頭がボーっとしてきて、もう限界だと感じ辞めた。

今は休職中だが、正直自分がどんな仕事なら続けられるのか本当にわからない。

仕事をしていない今、40分のジョギングと、瞑想と、野菜をとる生活は心掛けているが何か変わったかといえばあまり変わらない。

最近よく小さいころの夢を見る。

小学生の頃の夢だ。

2時すぎの晴れた日に窓から覗く晴天を横目にみんなで授業を受けていた。

みんな楽しそうだった。きっと僕はこのころから大して授業を理解できていなかったのかもしれない。

2017-08-16

社会全体の正義と、個々の生存戦略は必ずしも相容れないよなあ

うつ病休職中なのに遊ぶのはズルい!同僚の密告で退職した女性 - きなこ猫のスッキリ生活

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.kinakoneko.com/entry/depression

バカvsバカの通りだと思うけど、意外と多くの人が「同僚が悪い」「鬱病してるほうが悪い」と二元論で語る人もいて驚く

会社や同僚の鬱病に対する理解の甘さ、鬱病側のわざわざ楽しげな写真を公開してしまう脇の甘さは同時に成立するような気がするのだが。

ダブルスタンダード申し訳ないけど、私が鬱病側だったら好きにリフレッシュさせてくれと思うし(SNSはやっぱりコントロールしたほうがいいと思うけど)

会社や同僚側だったら、ただでさえリソースの少ない中小企業なのだから、長引くようであればいったん辞めてもらって療養に専念してもらえばと思ってしまう。

社会全体の正義と、個々の生存戦略は必ずしも相容れないよなあと炎上するネタを見て常日頃思う。

いつまで「できないやつ」に消耗してるの?

世の中には職場での人間関係なんかでストレスを溜めている人が多い。

処理しきれない業務量に職場の同僚や上司上層部との人間関係がこじれにこじれ、最終的にうつ病になってしまう人が増えてきている。

これはもうそ会社問題だし、うつにまで追い込まれる人が出る時点で「ブラック企業」だと認定してしまって問題ないと思う。

こういたうつになってしまった人は一先ず会社休職するなりして、精神科に行き治療しつつ、転職なり起業するなりして新たな生き方模索していくのがいいんじゃないかな。

人を追い込むブラック企業に対して嫌悪感があるけど、それ以上にイラッとするのが、できない相手に対してイライラする人だ。

とあるブログ記事を読んだのだが、うつで休んだ人が生き抜きに遊園地で遊んでいる画像SNSでUPしているのを見つけて、それをネチネチと社長に報告し退社に追い込んだという話だった。

確かに、うつで休んでいるはずなのに遊園地で遊んでいる画像SNSでUPしちゃうのはどうかなとは思うが、うつの人にとっては大事息抜きなんだろうし、UPするならば匿名アカウントでやったほうがよかったんじゃないかなと思う。

これを見つけた人が「この人の分まで働いているのに遊んでるなんて許せない!」ってなるのもわからなくはないが、わざわざ社長に報告するようなことでもなくねーか?と思ってしまう。

その人がいないだけで社員全員に心に余裕ができないぐらい負担がかかるようなその環境自体をまず疑えよと思ってしまう。

そして、社員だろうとなんだろうとそもそも元は他人なわけなんだし、その人が何をしていようと気にせずほっておけばいいんじゃない

そんな気にするだけ無駄だだし、そんなことよりも目の前の仕事やって早く家に帰る方法なり、転職先探すなりすればよくないか

イライラして社長に報告して気が済むんだろうけど、その労力も仕事に使えよとしか思えないわ。

自分友達にも似たような人がいて、遊ぶたびに仕事の話となり、仕事ができないO君に対しての愚痴をよく聞く。

仕事ができないのに態度が大きく、常に上からで相当イライラするらしい。

一応合図地を打って、それとなく賛同しておくけど、正直そのイライラ無駄だな~って思ってる。

そんなやつ早い段階で見捨てて、己の仕事に集中するようにすればいいだけでしょ。

仕事を頼んでも間違いまくりで逆にこっちの仕事が増えると怒りを表していた。

始めからちゃんとできないことを考慮して、修正すること前提でそいつ仕事渡せばよくないか

数年同じ仕事をしているんだから一定レベルまではいってほしいのかもしれないが、目の前にいるのは部下・同僚であっても他人だぞ?

育った環境が違うのだから考え方から何まで全て別物だし、そんなやつにいくら期待したって裏切られるだけだぞ?

共通してイライラする要因になっているのは「同じ時間仕事して同じ金額をもらっているのに、相手だけ楽をしていてずるい」って感情なんだと思う。

自分だけ真面目に仕事してバカらしい」ってのもあるんだろうね。

でもよく考えなよ、真面目に仕事している分相手よりはスキルが上がっているだろうし、上の立場に行って給料が上がる可能性もあるんだよ?

スキルがついて、やれることの幅が増えれば、それだけ転職先の幅も増えるし、もっと給料のもらえる企業に行ける可能性も増えるよ?

向こうは停滞どころか後退している可能性があるし、いつまで経っても平社員から抜け出せやしないよ。

スキルも大してないか転職先も少ないだろうし、上から評価・心象もあまりよくはないはずだよ。

そんなやつに対してイライラしてストレス溜めるなんてアホらしいよ。

いつまでも「できないやつ」に消耗していないで、少しでも楽に仕事をこなす方法でも考えなよ。

2017-08-06

年金の三号分割制度理不尽過ぎて草生える

当方、夫で主な家計収入を稼いでいた者。

からの度重なるモラハラ抑うつ神経症となり休職を余儀なくされた後、

医師からの薦めで別居、離婚協議

三号分割という年金の三号被保険者扶養者に対して厚生年金とか2階建て部分を婚姻期間に基づいて半分請求できる制度がある。

まあ、要は、扶養されている妻とか夫とかの配偶者にも年金権利を半分渡す制度

これは良い制度であると思う。

扶養されていて、且つ夫婦が納得していたならば

私の環境においては妻はパートこそしていたものの、いつまでに就職するという約束反故にされ続け

私がモラハラ原因の抑うつ神経症休職を余儀なくされた際にも妻が「金どうすんの!なんで働けないの!ふざけんな!」のように連日まくし立てた。

私は再三妻約束通り就職してくださいと伝えたが、「私はイラストを描くのとパートでいそがしいの!」というばかりであった。

ちなみにイラストはいもの別にお金になっているわけでもない。趣味のようなもの

ある日夜中魘されて汗だけてベッドがぐっちょりぬれしまうようになったときに、汗で体が冷えてしまい朝8時頃から風呂に入っていた。

そのときに「風呂の音がうるさい!私は3時まで絵を書いていて寝ていないんだ」と言われた。

私が寝る時の0時頃まではスプラトゥーンをやっていた気がしたが、きっとその後イラストを描いたのだろう

なんであれ冷えた体のままだと風邪をひくのでその旨を伝えたら

「私が起きてから良いと言うまで風呂にもトイレにも行くな、あと家事をやる時間もないから、おまえは稼いでもないんだから家事はおまえがやれ!」

と言われた。

妻にもう一度、今私が働くことはできないので、代わりにフルタイムを働いてもらえないか聞いてみた。

でもイラストが忙しいようであった。

そんな生活はやっぱり破綻するもの

今は離婚協議である

このような状況で離婚となっても妻は三号分割で年金の(2階建ての)半分を持って行くことができる。

約束通り就職をしていた場合請求ができないのだが、約束を果たさなかった上に三号分割を請求するらしい。

そしておそらく、そんな事情もしらない年金事務所はこの請求を通すであろう。

三号分割の申請が通った場合は、就職するという約束に対する債務不履行民事で争おうと思う。

タイトルは半ば釣りで、理不尽なのは妻だろう

うつ病

夫がうつ病だ。

一緒に病院に行くこともある。うつがひどい時は薬だけもらいに、自分だけ行くこともある。

病院は激混みだ。

つのは30分、診察1分が普通になっている。先生頭痛薬飲みながら診察に忙しい。

あれおかしくない?と感じたこと。

病院が混んでるから、あれこれ言って診察長引かしたら悪い気がするよ」と夫が言う。

患者にそんな気を使わせるのがおかしいと思った。

先生休職を勧めた。そして休職した。

会社を辞めるのは勧めないけど、休んだ方がいいと言う。

だか先生頭痛薬飲みながら診察を続けて、「私も休みたいですよ。でもね、患者さんもいるし、働いてもらっている人もいるし家族を養わなきゃいけないわけで、はい明日から休みますなんて言えないのよ」と言った。

その時は「はぁ〜(そうですね)」としか思えなかったけど、今になって夫も同じではないかと思った。

夫の上司は優しかった。

「また一緒に仕事できるよう、ゆっくり休むといいと伝えて。バイクが好きだからツーリングでもしてリフレッシュするといいよ」

会社保健師とも話した。

上司と同じようなことを言っていた。

でもこんなことも言っていた。

夫の他にうつの人はいるのか聞いたら

「違う部署の人がうつになって、親が亡くなってからひどくなって、休みがちになったの。そんな時、誰かがその人のSNS見たら旅行してて元気そうだってうつだって言ってたのに出歩けるぐらい元気じゃないかってみんな怒ってんのよ」

その時も「はぁ〜(そんなこともあるんですね)」ぐらいにしか受け取らなかった。

今になってみるとそれもおかしい。

保健師なのに理解していなく同調していたなんて。

夫に対してどこか行ってリフレッシュしてこい言いながら、行ったら行ったで元気じゃねえかって文句言われる。

その辺歩いてたら誰かに見られて

あいつ買い物してたよ」

「なんだ外歩けるのか。元気じゃん」

「ただのサボりじゃね?」

そんな事言われたくないから出掛けられなくなっている。

2017-07-29

主人公になると決めた

 僕はずっと、自分人生傍観者だった。

 この感覚自体理解出来ないという人が多そうだ。と言うか、そうであって欲しい。僕という人間世界中に一人しかいないと理屈では分かっているが、僕に対する僕自身評価が「その他大勢」だったのだ。世界主人公は僕以外の誰かで、僕はそうではない有象無象の一部だった。

 キモオタコミュ障で、学生時代教室の隅でキノコを生やしながら本を読んでいた。イジメの標的にされなかったのは、比較的育ちのいい子ばかりの私立学校ゆえイジメ自体が少なかったからで、公立に通っていれば悲惨学生時代になっていたと思う。

 本や漫画の好きな、いわゆるオタ友達ならいたのだが、彼らとも時々隔たりを感じていた。「普通高校生が異世界召喚されちゃう、みたいな話あるじゃん。もし自分がそうなったらどうする?」なんて話をしていると、僕は野垂れ死にする自分しか想像出来なかった。ファンタジー世界に行ったらこ属性魔法が使えそう、とか、さすがに王族に見初められる自信はねーわ、とか、そういうバカ話をする友達が眩しく見えた。彼らは自分主人公である世界想像出来るのだと知って、羨ましかった。

 仮に最初からファンタジーRPG世界に生まれ落ちたなら、僕には名もなきNPCがお似合いだろう。世界を救う旅をする主人公に話し掛けられて、「夕食の材料を買いに来たんだ」とかのどうでもいい話をする人。ゲーム攻略の手掛かりを提供することも、プレイヤーの心に残ることもない、そういう存在

 頭も顔もよろしくない僕が、器用に生きるのは無理だった。せめて真面目に勉強して、それなりの大学に行き、手堅い職に就こうと思った。そして当初思い描いていたレールと比べれば、多少の紆余曲折はあったものの、最終的には建築系の企業入社図面を書く仕事に辿り着く。

 この仕事は僕に合っていた。PCに張り付いてCAD操作をするのは得意だった。雑談が苦手でも、最低限の挨拶情報交換さえハキハキとしていれば「自分作業に没頭できる人」としてプラス評価を受けられるのもありがたかった。休み時間にも図面を書いて練習したり、参考書を読んで勉強していれば、そっとしておいてもらえた。人間関係の苦悩も、当面は食いっぱぐれの心配もなく、収入は安定していた。

 顧客の「こういうものを建てたい」という注文や、上司の「法に触れないように調整しておいて」といった指示を、PC画面上に反映させていく毎日。僕は自分意思を持たない、人の言葉PCに受け渡すだけの変換機みたいなものだった。仕事自体は好きでも嫌いでもなく、ただ毎日が過ぎていく。それでいいと思っていたし、僕にはそれがお似合いだと思った。

 そこそこ経験も積んで三十歳になったある日、僕は小さな建築現場事務所に配属されることになった。

 現場事務所にも色々あるが、僕が回された先は労働衛生基準法に照らせば真っ黒な、およそ人の働ける環境ではないという最悪の部類である間取り関係上、空調の効きが悪く、夏は暑く冬は寒い。窓はないため無風であり、日光は差さず、機械音だけがうるさい。

 環境改善要望無視され続け、僕のメンタル一年でイカレた。それでも一年間は問題なく務めたのだから、この人事は正解だったと言うべきだろう。最初からいた現場長以外の、僕の後任として入った人たちは、ほとんどが数日でダウンするか逃げ出してしまったらしい。退職間際、現場長一人で仕事を回しているので大変そうだ、と人づてに聞いた。

 そんなことを言われても、発熱眩暈、圧迫感、何の刺激もない時に突然涙が出る。労働どころか外出もままならなくなった僕は、仕事を辞めざるを得なかった。休職も出来ると言われたが、回復後に同じ環境に戻される可能性を考えると気分が悪くなったので、丁重お断りした。

 変換機として生きて行くことは、もう出来なくなった。

 かような経緯から、今の僕は三十路過ぎのニートである。なんと切ない響きだろうか。結婚どころか恋人もいない上、肉体と精神も損なってしまった。あとは失うものと言えば貯金残高と寿命だけ、というこの状況にあって、僕は一つの気付きを得た。

 職と健康を失ったことで、親には心配を掛け、友人からは「無茶しやがって……」とオタクらしいコメントを頂戴し、必然的に世話を焼いてもらう機会が増えた。それはとてもありがたく心強いことなのだが、申し訳ないことに、施される親切が僕の欲求とずれていることがある。たとえば今はさっぱりしたものが食べたい気分なのに、友人が手土産としてベイクドチーズケーキをくれる、というような。

 当たり前だ。僕の親しい人たちは、僕自身ではないのだから。彼らは彼らなりに、良かれと思うことをしてくれるのであって、僕の漠然とした欲求を察してくれるエスパーではない。友人は僕が「チーズケーキが好きだ」と言っていたことを覚えてくれてはいても、僕が今なんとなく食べたいものまでは分からない。

 ましてや職場において、僕が本当は日の当たる綺麗なオフィスで働きたがっているだなんて、誰が想像出来ただろう。ぼっちが平気で本さえあればゴキゲンコイツなら、環境が多少劣悪な現場でも耐えられるだろう、と判断されたのに違いなかった。

 僕の欲求を察して満たしてくれるヒーローなんて、どこにもいないのだ。

 ならば僕自身が、僕の欲求を聞いてくれるヒーローにならねばなるまい。主人公の座に戻らなければ。次はどんな働き方をしたいのか、どういう生活をしたいのか、趣味だって好きなだけ増やせばいい。一つずつ確かめて実現させて行く必要がある。

 今までは周囲に流されながら、手の届くものだけを掴んでいたけれど、本当は自分で水を掻いて行きたい場所に行けばいいし、欲しいものに手を伸ばしたっていいのだ。

 そういう風に考えて顔を上げると、空が今までよりも広く見えた。ごちゃごちゃと続く街並みを眺めるだけで、心が躍った。

 世間には「誰もが主人公」というメッセージが溢れている。その言葉自分には当てはまらないと、僕はずっと思っていた。

 だが今なら、「誰もが主人公」という言葉を受け入れられる。主人公とは、舞台の上で華々しく歓声やスポットライトを浴びる人を指す言葉ではないと気が付いた。演劇よりもゲームイメージした方が分かりやすいだろう。僕は多くの人にとっての「その他大勢」だが、物語の中で果たす役割が何であれ、僕は常にその人物を通して世界を感じ取り、考え、行動する。使用するキャラクターカスタマイズは出来ても変更は出来ず、人に操作を代わってもらうことも出来ない。生まれた時から死ぬ時まで、ずっと主人公であり続ける。

 だから、僕は主人公だ。非力でいいとこなしで、ステータス異常「うつ」まで付いてる始末だけれど、装備やスキルを工夫しながら目的地に向かうことを許された主人公なのだ。設定された座標を往復するだけのNPCじゃない。

 今の僕は三十一歳。自分がやりたいことを見極め、がむしゃらに夢を追い始めるには微妙な年齢である。夢を叶えようとしても、たとえば警察官になるには既に受験資格を失っているし、俳優を目指そうにもこの年齢の未経験者を入れてくれる劇団を探すのは難しい。

 僕の場合は更に厄介なことに、そもそも自分のやりたいことが分からない。趣味と言えば読書ゲームジョギングくらいで、人に誇れるものは何もない。小学四年生くらいまでは作家になりたいと思っていたが、三十一歳になった僕が小学生自分を参考にするというのも情けない話である

 しかし、うん、作家か。今も昔も、本が好きなのは確かだ。文章が書ける限り何歳からでも目指せる、年齢制限のない夢があるというのは悪くない。故に諦めを付けるのが難しいという、泥沼のような側面には注意を払う必要がありそうだが。

 他にもきっと、意識するより先に諦めてしまった「好き」や「やりたい」が山ほどあるのだろう。中には既に、年齢制限に引っ掛かってしまって叶わないものもあるだろう。それでも今の僕は、それらを探しに行きたいと思う。仕事でも、趣味でもいいから、傍観者をやめて、僕自身物語に介入したいと思う。

 それにしても、まさか三十路を超えた後にやりたいこと探しをする羽目になるとは。作家になりたいです!と公言するのは匿名記事ですら気恥ずかしいのに、年齢がそれに拍車を掛ける。若い人は是非、若い内にこの恥をかき捨てておいて欲しい。

 僕の物語ハッピーエンドである保証はない。夢を一つも叶えられないまま死ぬのかも知れない。そうだとしても、ジタバタもがいた後の方がきっと安らかに死ねると信じ、決意を固めるべくこの記事を書いた。デスクワークしかしなかった日よりも、気力を振り絞ってジョギングに出た日の方がよく眠れるのと同じように。

 三十一歳、無職独身恋人なし、病身。見事な詰みの現状から、この先何が得られるのか、少しワクワクしている。



追記:

 コメントトラバともありがたく拝読している。僕は個別に返信出来るほどマメではないので、かいつまんで書く。

 とりあえず、今の僕は既に心療内科のお世話になっていること、療養二ヵ月目でそれなりに落ち着いていることをお伝えしておきたい。

 この記事では「主人公」という、誰にでも通じるであろう言葉を用いたけれど、意味としてはゲーム用語の「プレイヤーキャラ」の方が適切だと思う。僕の自意識主人公のそれになっても、他の人から見れば立派なモブのままだ。

 ブクマコメで指摘されている、「これといってやりたい事が無さそうに見える」は、本当にその通りだ。自分のやりたいことを考えてみた時、小学生の頃の夢しか思い出せないくらいには何もない。

 最初から主人公としての自意識がある人には分かってもらえないかも知れないのだが、「お前は主人公じゃない」「どうせ何も出来ない」と自分に言い聞かせ続けていると、やりたいという気持ち自体が起こらなくなる。出来もしないことについて考えるのは、不毛無駄なことだから。出来る人を羨むのはしんどいから。心を守るために、「別に自分はやりたいとも思わないし」と思い込むようになってしまう。

 ずっとそんな風に生きてきた僕は、まずやりたいことを探すところから始めなければならない。言われてみれば、似たような筋書きの作品はいくつも思い当たるのに、僕は今まで何を読んでいたのだろう。本で読むのと、体で理解するのは別のことだということか。

 実は僕の状況は、詰みというほど悪くはない。失ったものは大きいが、得たものもまた大きかった。この記事に書いた自意識の変化が一つと、もう一つは人に恵まれていると実感出来たことだ。

 別地方勤務の同期が突然旅行で近くまで来てくれたり(うつ患者観光案内させるとか鬼か)、元上司が飲みに連れ出してくれたり(薬の関係で僕は飲めないのに)、オタク友達はここぞとばかりにDVD押し付けてくる(全部観ているとただのヒキコモリになってしまうからやめて欲しい)。

 盛大に人生をスッ転んだ結果、それでも助け起こそうとしてくれる数少ない人、僕が大切にすべき人たちをハッキリと見分けられるようになった。今のところ僕のやりたいことリスト最上位は、「この人たちに恩返しがしたい」だ。自分欲求とのバランスを取りながら、頑張ってみたいと思う。

 今はチーズケーキの気分じゃないとか言ってごめん。今度は僕が、自分で選んだ菓子を持って遊びに行く。

2017-07-27

https://anond.hatelabo.jp/20170727120746

谷垣自転車事故で1年近く現場に戻れてないが、議員辞職はしてないが?

当然、休職なり、辞職なりスべきって話でしょ。

安倍さんだって叩かれたんだし。

安倍さんを叩いて、出産は叩かないって変だよね。

うつ病になると何もできなくなった

Twitterの内容も入ってこないし、漫画を読んでも目が滑る

飯を作るのもめんどくさいし、かと言ってコンビニにいくのもめんどくさい

洗濯物たたむのめんどくさいし、風呂はいるのもめんどくさい、がんばってもシャワーが限度

からはねた髪を整えるのもめんどくさい

タバコが切れたけど買いに行くのもめんどくさい

仕事に行って失敗して怒られて帰ってきて眠剤を流し込んで寝る

めんどくさいかバナナカップ麺しか食わない

文章構成を考えるのも難しい


積極的になれることは、エアコンの温度を上げたり下げたりすることくらい

休職できる貯金もないし、もうだめだな。

2017-07-26

双極性障害

私は双極性障害と診断されている。20歳の時に診断されてから約2年が経とうとしている。

そして今私は2回目の休職である理由鬱状態になり動けなくなったこと、偏頭痛が酷く仕事が出来なくなったからだ。

前職のとき厚生年金保険に加入していたため傷病手当金支給されとてもお世話になって有り難かったが、現在国保に加入しているため傷病手当のようなものが全くない。さら職場からもそのような手当がないため貯金を崩すしかないのだ。

しかし、現在貯金は10万ほど、再来週から週に数日間働くことになっているがどれだけ頑張っても1ヶ月間で4、5万しか稼げないし保険料住民税所得税等が引かれて手元に残るのは3万ちょっとになってしまう。これでは携帯代を支払ったらもうほとんど手元に残らない。

もちろん今現在自立支援制度医療費は1割だしこれから手帳申請も考えている。

でも、国保だとなぜ手当を貰うことができないのだろう。又、障害年金はきっとわたしの症状では軽い方だからきっと申請しても下りないだろう。

貯金がなくなったら生活が出来ない。大げさに言ったらもう死ぬしかない。

もう少し双極性障害精神の病に対しての制度病気自体について会社や周りの人について考えてほしい、と思った。

2017-07-25

恋人うつになりまして

タイトルは某映画から拝借しました。

恋人が鬱になって会社休職することになったらしい。

最近元気がないな、とはなんとなく感じてた。

いつもは弱音をはかないし、会社のこともあまり言わのにそれを伝えてくれるってことは、それだけしんどいんだと思った。

でも、まさか休職するくらい深刻だったなんて気付けていなかった。

実はわたしも前うつになって、薬の副作用とかで相当しんどかった。

副作用吐き気はひどいし、動けない、食欲もないし、勝手に涙はでてくるし。

のしんどさを恋人体験するのかと思うと、つらい。

実はもうすぐ入籍予定で、負担にならないように延期した方がいいのかなぁとも思った。

でも、延期はやめた。

延期したら恋人自分のせいだって思っちゃうかもしれない。

それに2人暮らしなら、私がちゃんと働いてれば恋人が休んでたって生活できる。

なんなら仕事もやめてしまえば良いと思ってる。

でも延期をやめようと思った一番の理由は、そばに支える人がいた方が良いと思ったから。

鬱の間は、自分は一人だ、孤独だって思っちゃう

から、せめて一緒に暮らして一緒にごはん食べて、大好き!ってハグして、一人じゃないよって伝えたい。

仕事より身体が大切だから、笑っていて欲しいから。

自分も鬱を経験していたから、どんな状態かはなんとなく分かる。

から恋人が鬱になったって知って、先に自分が鬱を患っていて良かったと思った。

わたしが鬱の時に恋人はたくさん支えてくれたから、今度はわたしの番。

休職の間は休むのがお仕事から、精一杯だらだら過ごして欲しい。

無理はしない、むずかしいけど、無理しないことをがんばりたい。

2017-07-23

無能と思われたら職場を変えたらいい」→本気でそう思う。

社会人になって15年。転職回数5回。

気づけば中年のオッさんだ。

最近、「社会人は思ったより楽しい」とか、

社会人は辛い」というエントリーが多数上がってるので、

俺も経験を書いてみたいと思う。

結論から言うと

会社無能扱いされたら自分能力を悲観するより、会社に合ってない」

と考えたほうがいい。

ここからは、そういう考えに至った

自分職務経歴を書いていく。

超長文なのだ無能と言われて苦しんでる人に、

この言葉が届いたら良いなと思っている。

たぶん、君が輝く職場はどっかにある。

1社目:飲食店チーフ

15年前は超就職氷河期

同時にブラック企業大学新卒を食いつぶし始めた時代でもあった。

大学時代、何も考えていなかった俺は、

安易にチェーン飲食店チーフになった。

今でこそブラック企業代名詞外食産業だが、

不安時代を切り抜けるには手に職を付けて

店を持って自立すべしという話は、

当時の無垢大学生を大いに引きつけた。

当然、考えるよりも手と体を動かす仕事

終わらない仕込みの山と料理長の怒号。

意思の通じない中国人アルバイト

毎日9時から24時までのシフトが週6日。

心も体もすり切れ休みごとに癒しを求め、

風俗に通うが勃つこともできず、

嬢の胸で泣いて過ごす日々であった。

半年で布団から出られなくなり出社拒否

会社からの連絡に出る事もできないまま離職になった。

出社できなくなる前日、店の店長から

「お前のような奴は何をやっても続かない」

根性のない奴は一生負け続ける」

大卒は考えるだけで、行動が伴わない無能ばかり」

と散々呪詛言葉をかけられた。

この職場では、明らかに俺は使えない無能であった。

2社目:WEB制作会社

1社目を辞めてから3年間、自宅療養になった。

毎日ゲーム漫画アニメに明け暮れて気づけば27歳。

自分人生が一生引きこもって終わる恐怖と、

社会人生活の恐怖がぐちゃぐちゃになり動けずにいた。

そんな時、mixiオフ会で知り合った制作会社の人から

手伝って欲しいと言われた。

俺の書いているmixi日記文体面白いのと、

話してて賢いと思ったからとの事だった。

仕事WEB制作進行管理

アニメキャラゲームを商材として

取り扱ってる会社だった。

社員数8名の小さな会社

先輩と1つ案件を回し終わったら、

からは一人で全部やらされる事になった。

最初不安であったが、この仕事は向いていた。

3年間のひきこもりで培ったアニメゲームの膨大な知識は、

この仕事を支えた。

クライアントは自社の仕事マニアックなところまで

理解している俺を大層評価してくれた。

求められれば面白くなり、みんなの期待に応えたくなってくる。

世の中のアニメトレンドWEBキャンペーントレンド

毎日寝る間も惜しんで貪るように吸収し提案した。

完全に身バレるので書けないが、

アラフォーオタクなら誰でも知っている

WEBキャンペーンも手がけた。

気づいたら社長の次に高給取りになっていた。

当時、組んでいたデザイナーの子と付き合い結婚した。

この職場では、明らかに俺は有能であった。

3社目:広告代理店

4年も経った頃、俺はアニメゲーム仕事に飽きていた。

もっと大きい仕事もっと社会インパクトのある仕事がしたかった。

そんな時、代理店から引き抜きの話をもらった。

給料制作会社の1.5倍。

携われる案件ナショナルクライアントと言われる

一部上場企業のものばかり。

俺は、二つ返事でその会社転職をした。

そこで待っていたのは、

クライアントクリエイティブディレクター

無茶苦茶資料に落とし込み調整するだけの仕事

打ち合わせごとに変わる仕様企画

それを徹夜してパワポに起こしては、

翌朝のMTGゴミのように捨てられるの繰り返し。

クライアント確認ステップが上がるたびに

繰り返される板挟みと調整。

営業はヘコヘコするだけで問題をややこしくする。

内容が固まらないまま時間ばかりが過ぎていき、

制作チームから非難は俺にぶつけられる。

毎日、朝4時過ぎに帰っては10時に出社する日が続いた。

半年もしない内に俺の鬱病は再発した。

会社人間から

鬱病持ちとか人事なにやってたんだよ」とか

部門結成以来のババを引いた」とか

あいつの案件になるなら降りる」とか散々陰口を叩かれた。

2ヶ月休職をした後、退職した。

この職場では、俺は再び使えない無能であった。

4社目:常駐WEBコンサル

妻子がいたので1社目の時のように長期休養は取れなかった。

俺は不調ながらも転職活動に繰り出した。

早く家に帰れる会社自分裁量が大きい会社であれば

業種、給料企業の規模は問わなかった。

そして、エージェントから紹介されたのは

地味なBtoB自治体役所WEBコンサルを専門でやっている会社

クライアントが定時なので、

常駐勤務ならは同じような勤務体系でいけるでしょう。

と、勧められての事だった。

実際、朝は9時に出社。18時には全員退社する職場だった。

健康的な労働時間精神衛生を良好にする。

代理店ボロボロされた精神はすぐに癒されていった。

WEBネットにまつわる仕事は全て俺の管轄であった。

前職や前々職で作った人脈やノウハウは、

旧態然とした会社や団体に珍重され感謝された。

代理店の使い方も慣れていた。

発注される側の苦悩を味わっていたので、

先回りしてキーパーソンに見せるなど根回しなどを行った。

時代感ともあっていたのか、

案件受注額は毎年倍倍と膨らみ、

本社の規模は3年で5倍以上に大きくなった。

会社自治体の常駐を3つほど経験した後、

常駐管理部門トップとして役員待遇本社に帰還した。

この職場では、俺は再び有能になった。

5社目:個人事業主

結局、本社に戻ってすぐ、社長と折り合いがつけられず

前の会社退職した。

今は、フリーランスとして仕事をしている。

好きなことだけをやっていける。

気持ち良い仲間とだけ仕事ができる。

おかしいと思ったことは拒否できる。

やりたくない仕事は受けないこともできる。

全然稼げてないし、

休みもほぼ0になってしまったが、まあ良い。

そこそこ貯金したので5年くらいは

収入なくても食っていける。

ここで結果をあげられるかどうかは解らないが

もう会社に振り回される事はないだろう。

そして何より毎日楽しい

人生で今が一番楽しいと断言できる。

もし、今「無能」と言われて苦しんでる人がいたら

色々と動いてみたら良いと思う。

貴方必要としている職場は確実にあるし、

楽しい職場もつらい職場もある。

無能と言われるような状況に身を置くのはやめたらいい。

大丈夫無能人間はいない。

無能にされてしまう場があるだけだから

https://ken46.com/munou-shokuba-chg-8251/

2017-07-18

祝うなボケまじで終わってる

子供が生まれて妻入院中にお祝いを渡しに行きたいとごねる遠方住みの実親がたまらなくうざい。うざすぎる。

こっちは上の子幼稚園やら未就園次子の相手やら、家事やら育児休職やら出生届けの手続きやらモー何やらで、オメーらを相手にしてる暇はネーんです。手伝いに?子供の扱いも下手なうえ遠方で勝手がわからない老人が来たところでかえって足手まといなんだわ(2番目の子出生のときで懲りた)。

そういう独善的儀礼主義元凶で妻にも疎まれてるって気づけよ。祝う気持ちがあるんなら、俺の要望に沿ってひと月くらいはそっとしといてくれや。落ち着いたら顔見せに行くっつってんだからさ。

って伝えたけれど、孫が生まれたのに急いで直接お祝いを渡さないのは非常識でお前の言い分は世間一般おかしいんだとさ。もう何なんだろ超絶無駄疲れたわまじで

2017-07-16

https://anond.hatelabo.jp/20170716062006

前にも書いたんだけど、

精神疾患になる人は優しいとか優しくないとかもあるかもしれないけど、

自分の考える理想自分現実ギャップが大きすぎて受け入れられない人だと思う。

理想(野心)っていうのは人間関係とか自己実現とか。自己実現の中に人間関係も含まれる。

から失恋するとみんなうつ病だし、人間関係における理想ポジション他人かぶると色々人間関係ドロドロするか病む。

なので小さい頃から色んなポジションカースト)で色んな人間関係の振る舞い方を経験した方がいい気がするのだよね。

最悪家の中小中学高校大学であるひとつポジションだけで生きていく人、あるひとつポジション目標にしてる人いるけど(アスリートとか頭いい天下りする人とか)、

大人になってから環境立場)の変化色々対応でき無さそうな人もいるよなと。

病んでいる人の中には、夢が叶わなかったことより、それに付随して得られるはずだった人間関係立場を受け入れられなくて病む人がいて、

わりとそちらは難しい。自己実現自己愛社会的地位パートナーとの関係とかカーストの中の自分)にからむ。

諦めるのは大変ですよ。




追記。

ポジションが安定してないと病むっていうのもある。

子どもとして安定するぐらいに、奥さん旦那さんとして安定する程度には。

自分が望む安定さを欲して、所属する社会組織不安定にしてしまう人がいる。

危害メンヘラもだし休職メンヘラもだし(最悪両方辞めさせられるでしょ)









あと東芝とかも。






また追記。

20代まではわりと夢が職業的自己実現であることが多く、

30代に近づくと夢が人間関係的な自己実現シフトしてくる。

上で書いたように、職業自己実現人間関係自己実現は関わっている。




またまた追記。

お金はそれらを色々解決することもある。






またまたまた追記。

理想自分理想ポジションを追い求めることはある程度必要

そういう人が社会を伸ばすこともある。

しかしながら、ストレスたまるし時には排除も起こるしぶつかり合いにも限度があるので、

よく話し合うこと大事。でも価値観の相違は埋まらないものもある。

諦めと妥協はどこかで必要

お金時間がある限り必要じゃない分野もある。アート界隈研究者界隈な。

でもそれ普通会社員も同じかな。

お金時間裁量少ないけど。

村上春樹ぐらいしか完全なる自由人いないイメージ

でもエッセイ読むと自己管理出来てて僧侶みたいだよな。井上雄彦も見た目はそんなん。





またまたまたまた追記。

精神疾患者に必要なのは自分の今に納得すること。

まり悩みについての思考の停止。悩みを終わらせる諦めること。

そして次の夢。趣味とか。

思考停止強制的にしたい人は環境を変える。

その環境選択肢の中に無意識的に死が存在するから微妙なことになってるよジャポン





さらにまた追記。

ポジションが人を育てることもある。

助けたくなるメンヘラとそうでない人

短くまとめようと思っていたら思いの外長文になってしまった。

読んでいただけるかどうか。

会社に入った時、お偉いさんがおっしゃっていたことを今でも覚えている。一語一句覚えているわけではないが、

「君達には必ず苦しい時が来るだろう。そんなときに周りに助けてもらえるのは、普段から周りに手を差し伸べている人たちだんだよ」

要約するとこんなことをおっしゃっていたと思う。

確かにそうだと思った。自分で言うのもおかしいかもしれないが私も世話焼きな方で、友達や後輩が困っていたら助言に留まらずその人のためになると思ったことをしてきたけど、そのような人たちは人間的にも優れていて助けたいと思うような人たちだったから。

逆に私も苦しい時は助けて貰ったしお互い様だ。

自分の行動はいずれ自分に跳ね返ってくるのだ。自分権利ばかり主張するような人を助けたいと思う人は、あまりいない。

同じことはうつ病などのいわゆる「メンヘラ(私はこの呼び方はあまり好きではないが)」にも言える。

私はアメリカ育ちで親の転勤で東京に来たあと日本有数の女子校をでて名門と呼ばれる大学に進んだが、周りに精神的に病んでしまう人はかなり多かった。薬を飲んでいるor飲んでいたという人も少なからずいた。中には大学受験燃え尽きた人もいたのだろうと思う。

色々な原因があるがゼミ研究室要求レベルの高さや人間関係、更には大学入学時の戸惑いなどでうつになる人が多くいたように思う。

嘘か真か私の大学自殺率は高いと聞いたことがあるが、確かにそういう話はちょくちょく耳に入って来た。

大学無料カウンセリング施設は充実しているものパンク状態だったらしく、それが精神的に参ってしまう人の多さを物語っていたように思う。

運が良かったのか私にはそのようなことがなかったが、実際私の友達にもそんな人はいて、彼ら(彼女ら)にできる限りのことはして来たつもりだ。理系だったか研究室に入ってからそのようなことが多かった。

もちろん専門家ではないか適当なことはできないのだが、彼らはそのような状態になると冷静さを失うので、とにかく今は大きな決断はしないで専門家(大学カウンセラー相談できるなら指導教官、軽々しく勧められないが急を要するなら大学診療所など)に相談するよう促したり、ささやかだが生活の助けをしたり、少なくとも理解者でいる努力をした。力になれなくても、理解者がいるということで少しでも安心してもらえたらと思ったから。

実際、彼らは性格が良くて人間的にも優れている人ばかりだったから、それに全く迷いはなかったしむしろしてあげたかった。そう思わせるような人たちだった。

会社に入ってもそのような人はいたけど同様だった。(優良と呼ばれる会社でもそうなのだから厳しい会社もっと多いのだろう。)どこにでも休職している人はいると思うけれど、少なくとも私の周りの人は復職後暖かく迎えられていた。

うつになるのはそういう人たちだと思っていた。

優しくて気が使える人たちだから精神的に参ってしまうのだろうと思っていた。

でも、ネットで分かったのは、その印象は半分本当で半分嘘だということだ。

ネットとは便利なもの普段接しない人たちの声も聞くことができるが、メンヘラの人も同様でなかなか現実世界では声を届けることができない彼らもネットでは想いを伝えることができる。ネットには問題もあるがこれは素晴らしいことだ。

大半の人は私の「メンヘラ像」そのままの人たちなのだが、中にはそうでない人もいることがわかった。

私がそう思ったのはサユ@おどりばさん(id:SayuLog)のブログ(http://www.sayulog.com/)を読んでからなのだが、これを読んで私の認識の間違いを訂正せざるを得なかった。

確かに辛い思いをされていることは理解できるのだが、冒頭にあったように自分のことばかり主張しているように見えるし、自分理解してくれない人に対してはかなり批判である

運転が許されていない類の精神薬を飲みながらも免許を取ろうとしている時点で自分本位だ。(誤解の出ないように免許を取る際の手続きを公開するべきだと思っている。そうでないとこれからもこのブログを見て大丈夫なのだ勘違いして免許を取り運転してしまう服薬中の人が出て来てしま可能性がある)

もともとの性格なのか病気がそうさせるのかわからない(後者であることを祈る)が、正直同情するどころか反感を抱いてしまった。

他にもあまり同情できないメンヘラさんが何人かいる。

よく考えてみたら日本だけでも何十万人、何百万人、もしかしたらもっとメンヘラがいるのだから全員が人間的に優れているわけではないのだ。他人に強く当たるような人や自分本位の人はうつにならないと勝手に思い込んでいたがそうではないようである

そんなとき、確かに声は大きく発信力はあるかもしれないが、悲しいが現実世界で助けてくれる人はあまりいないだろう。友達はどんどん離れていくだろう。残るのは家族医者くらいのものだろうか。そのような人たちのために福祉制度があるのだろうか。

当たり前だが健康な人も人間である。困っている人がいても誰でも助けたいと思うわけではない。負の感情を抱いている人に献身的になるほど人間ができている人はそういないだろうから

2017-07-15

逝ってみたい、三途の川の、向こう側

私は、昔から他人と話すことが苦手で、自身意思意見を話すことがうまくできない。

特に、1対1ともなると、何を話すべきなのかわから言葉が出ない。

他人に関しての興味が薄く、他人感情をなんとなく察する、所謂空気を読む」ことがほぼできないと言って良い。

私は、仕事上のとあることがきっかけで、仕事を辞めた。端的にいえば、人間関係に疲れてしまったので、辞めた形だ。

以前はソフトウェアエンジニアSEとして働いていた。

とある案件で、仕様作りで折り合いがつかず、客と受注側リーダーとの間で板挟みになってしまった。仕様書作成もうまくできず、自身無能さに絶望した。

日を重ねる毎に、その絶望感は酷くなった。ストレスで深く眠れなくなった。残業と長い通勤帰宅は遅く、毎日深夜1時頃に布団に入るが、5時前には目が覚めた。遅刻が恐くて、睡眠毎日浅かった。

いいようのないモヤモヤが、毎日溜まっていった。通勤憂鬱になっていった。

そんな毎日半年近く続いたある日、私の体は動かなくなった。

本能が、会社に行くことを拒んだ。

そのまま私は休職し、その後退職した。

怠惰な私は書類を書くのすら億劫だった。

最近は、"楽しみ"という感情を感じなくなってしまった。

以前まで楽しいと思っていたことすら、退屈、とき苦痛を感じるほどだ。以前は好きだったゲームですら、全く楽しめなくなってしまった。

自分は何のために生きているのか、わからなくなってしまった。何を目標にして生きていけば良いのか、わからなくなってしまった。

できるなら、もうこのまま消えてしまいたい。

2017-07-06

私を苦しめるおじさんを忘れてしまいたい

適応障害になって休職している。

目が回って動かない日や、薬の副作用吐き気が止まらない日もあった。

眠っていても毎日毎日よくわからない長い夢をみたり、夜中に発作のような咳が出て飛び起きるから、朝起きてもきつくて動けない。

いきなり不安になって泣き出すようになって、もう私は無理なんだと思った。

適応障害のせいでないものもあるかもしれないけど、いまの私にはすべて適応障害になったせいにしか思えない。

適応障害になったのは、会社のおじさん社員のせいだ。

親しみやすく親切な人で、でも好き嫌いがはっきりしている。

私は好かれた。

たくさんお世話になったし、たくさん親切にしてもらった。

だけど、徐々に手とか腕とか頭とか背中とかをポンと触るようになってきた。

気持ち悪くてなんどもやめてほしいと言おうと思った。だけど言えなかった。

去り際にされるというのもあったけど、お世話になったからという気持ちが強く、言えなかった。

周りの人にも言えず、ずっとずっと嫌だった。

会いませんようにと毎日祈って出社してた。

私の姿がその人の視界に入らないように、プリンタトイレは遠いところのものを使ったり、社内の通路もすべて遠回りしていた。

その人のスケジュール毎日チェックして、その人の予定に合わせて自分も行動していた。出張の日だけ安心して会社に来ることができた。

たったこれだけで、って自分でも思った。

だけど嫌で嫌で仕方がなかった。

会社休みがちになった。有給はすべて体調不良で消化した。

上司相談したらすぐに職場を変えてくれてありがたかった。

だけど私は前述の通り。どうしたらいいんだろう。

どうしたら普通に会社に行って仕事できるんだろう。ちゃんと仕事がしたい。

私はこんなに苦しいのに、そのおじさん社員海外出張ばっかり。いなくなってほしい。

悲しくなってきて吐き出したくてだらだら書いたけど

もうおじさんのことを忘れられるように頑張りたい

楽しく明るく仕事がしたい。ほんとうは楽しい職場会社に行くと楽しいのに

2017-07-03

過労とストレスで体を壊したせいで休職をし、また復帰したが、

以前よりも体力の限界がすぐにくる。

6時間働くので精一杯。8時間も働けば帰宅即就寝レベルで疲れる。

飯を食うのも疲れる。ウィダーインのようなもので誤魔化すと今度は頭が働かない。

週3でスポーツジムに通っているけど、全然体力がつかない。

奨学金も返さなきゃいけないし、1日8時間・月20日働かないと人間として最低の生活ができない。

仕事でうまく行かなかったりした時に「死にたいな」と思ったことはあったけど、

すぐに疲れる体で人生エンジョイできる気がしないので、早く死んで楽になりたいと思った。

2017-07-01

社内でムカつく上司を殺す方法

懇切丁寧に書くのが面倒なので、簡単に書いとく。

1.上司の家を特定しましょう。持ち家だと謄本上げられるのでとても良いです。

家族構成とかも把握しておくとなお良いです。

2.上司言動を出来る限り記録し続けましょう

3.出来る限り会社数字確認しましょう

4.上司の社内的な立場や評判、課せられているミッション現業での来歴などの情報を把握しましょう

上司が何か打ち合わせや詰めや詰められをしてたら、近くを通るなどして話の断片でも良いので情報収集すると尚良いです。

5.上司を褒め称えつつも、自らのいたらなさで困らせてしまってるのが辛いみたいな話を社内で雑談程度良いのでまき散らしておきましょう。これには数カ月かかります

6.5までやったら、少しずつ上司が苛つく行動を意識的に取り始めましょう。

出来るだけ公衆面前罵倒される状況を作るとベストです。

上司子供が産まれたり、離婚したり、新たなミッションが課された、といったライフイベントが起きたタイミングだとナオヨイです。

7.出来るだけ上司より早く出社し、遅く帰りましょう

8.「実態はどうであれ」、勤務記録を2つ作っておきましょう。上長管理部に提出するものであれば、残業は一切つけないか、最低限つける程度にして、もう一つの裏勤務記録には3ヶ月以上40h以上の残業継続しているものをつくっておきましょう。何の案件残業せざるを得なかったか適当に辻褄をあわせておくのもわすれずに。

9.ここまでやったら上司敵対している、あるいは何とも思っていなかったりする偉い人に上司ハラスメント言動録や不正サービス残業強制記録などを携えて訴えましょう。

自分も刺し違える前提なら、メンタル診断書ももらっておけば良いですね。

なお、これをやる際にはあくまでも「自分認識において事実である」ことと、「自分認識表現に多少齟齬があるかもしれないのでそれ前提で話を聞いてほしい」旨、及び「自分上司のことをこうして刺すのは忍びないし逡巡したが、会社のためを思って話そうと覚悟した」「認識齟齬があり、こちらの申し立て棄却されて、処分されることになっても文句は言いません」とかなんとか殊勝なことを伝える必要があります。あ、録音はさせちゃダメですよ。

10.ここまでやると社内調査が始まります。裏取りして概ね真実だと偉い人が判断してくれれば上司は大体しばかれます

社内で上司言動についての情報操作がうまくいっていれば、その成功率やしばかれレベルが上がります上司依願退職させられるとか)

うまく行かなかった場合イリーガルリーガルの間のスレスレのところをやりきる気持ちを持っていきていきましょう。

例えばたまたま上司と朝晩の通勤経路と通勤時間帯が一緒になり続けるとか、たまたま上司と思わしきSNSアカウント上司しか知り得ないであろう情報と共に問題発言を繰り返してしまったり、たまたま上司ご近所さん達の家に怪文書投函されるとか、たまたまペットが残念なことに誤ってホウ酸団子食べてしまったり、ご家族不審電話がかかってきたり。犯罪はだめですよ。普通に考えて労基にチクりを入れつつ、共産党系公明党系の市議さんとかに陳情入れたりとかしておいたり。

録音できないように上司の耳元で声量絞って「もし何か不公正な、あるいは不法報復してきたら、こちらもリーガルイリーガル関係なくやるところまでやり切る覚悟は決めましたからね。あ、そうそうこないだ偶然ご長男公園で会いましたよ」とかなんかそういうこと言うと良いかもしれませんし良くないかもしれません。知りません。

これで無事、上司が(社内的に)死んだらよし。そうでなければ自分が辞めればよし。ここまで来るのに半年から一年くらいかかるので、就業規則次第では休職手当を会社からひっぱれますし、最悪傷病手当を受けることができます。あと失業保険も即もらえる可能性もあります

ムカつく上司(同僚や部下でも良い)頑張って殺しましょう。

え?もっと安全で手軽で短期間でやる方法はないのかって?

あるわけねえですし、刺し違える覚悟も無いのに人の人生設計壊そうとするんじゃねえぞ。

それにムカつく上司の下で働き続けてアップサイドあるのか?今死ぬか、大分経ってから死ぬかの違いしかないだろ?

じゃあ今死のうよ。身を投げるんだよ。

殺していこう。闘争しよう。虐殺しよう。そうして報酬ポジションを得よう。どうせ真面目に従順に働いていたって搾取され続けるだけなのだから

2017-06-27

https://anond.hatelabo.jp/20170626215134

他の人も書くと思うけど、「当事者」って言葉を使うんではないかな。ガイジではなくて。

医師と話が出来るだけでも、すごくない?臨床心理士の人でも、なんか理解なさそうな人とか、いるし。分かってるだけ、いいんじゃないの。

良く話しそうに見えるから都市部に住んでるなら、当事者会に行ってみたら?

TwitterとかのSNSでも発達当事者クラスタがあるから、そういう人の中には、高卒で良かった、

大卒である理由分からん、みたいな人もいるんで、共感、貰えるかも。

入学金は、それもまた、授業料と考えたら、どう?

生涯年収で考えたら、200万円ぐらいは、合わない仕事・合わないことを続けて自責の念に駆られて、

適応障害・欝病とかになって、一年二年の休職病気療養に中年時間をつぶすことに考えたら、まだ、マシだって

20代なら行政支援就労では受けやすいと思うよ。

2017-06-26

多様性と寛容

多様性ということについてみなさんも昨今様々に課題と向き合っておられるだろうとおもいます

そして寛容ということの難しさ(自分対峙する課題を口にすることすら難しいこともあるでしょう)を痛感することとなった方が少なからずいらっしゃるのではと想像します。

私の場合多様性課題はこのようにやってきました。

就業中に役場公務端末でパチスロ世間話や幼い女の子動画に魅入ることを抑制することのできない男性同僚と、同じ職・地域隣家任務遂行がどのように可能なのか(私の主な任務は赴任地域安心安全で魅力的な育児環境を有していることを広報することによって地域次世代問題対処すること)。予想しなかった(この事が課題であると感じる私の感性を過敏であると受取る方のあることを認識することも含め様々な) 事態に私なりに(本来任務邁進する傍らではありましたが)全霊で取り組んだのですけれど進捗が遅々とする中で年度末が迫りました。行政の納得のいく対応あるいは私の赴任地の変更がなければ公務を続けることはできないというのが私の考えでしたが、3月も終える間際までその方向性は見えてきませんでした(対応が形になるまでの報酬を頂かない休職提案しましたが、かないませんでした)。対応の中で私の契約形態である特別職非常勤公務員一般労働者としても公務員としても法的な枠組みから外れていて職場での公的仲裁支援を受けることが出来ないこと─それは公務員守秘義務等を記した公務員法の枠外であることでもあります─を知ることにもなりました) 。

私は新たな一年真剣公務邁進する決意表明としての首長から辞令受領を行いませんでした。

この決断公務に就くものとして(昨年8月不退転の決意で職に臨んだのではありましたが私の決意などそれほどの重力を備えてはいなかったことになります。私の職務予算特別地方交付税対象でしたので全国のみなさんの税金から報奨を頂く身でもありました) 、また地域で接してくだすっていたみなさんへの私なりの誠意の示し方でもありましたが、 その結果現在私は公の職になく、よくして頂いた地域からも既に離れ(住居も職務とセットでした)数ヶ月が経っています

私はこの課題解決したり正しく問題提起したり寛容する度量を持ち合わせていませんでしたし、現在に至ってもわかりません。

いま、私は新たな場所で、より私らしさに眼差した小さな生活を始めています

地方公務員法

昭和二十五年十二月十三法律第二百六十一号)

最終改正平成二六年六月一三日法律第六九号

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO261.html

■総 行 公 第59 号 平成26年7月4日

http://www.soumu.go.jp/main_content/000302194.pdf

2017-06-14

人生匂い、色、電車、死

夢の中ですげえダウナーポエムが爆誕したのでここに書いておく。夢の中ではラップ調だった気がする。なお、自分うつ休職中。

題: 人生匂い、色、電車、死

人生匂い色こんなだった

人生匂い色こんなだった

仕事してない時は元気だって僕は

仕事してる時はこんな匂い

そんな人生に生きる意味あるか

電車、死

(おわり)

仕事してない時はうんぬんは嫁に言われることがあるので現れたのだと思う。

2017-06-13

学生時代の友人が鬱になって人との距離のとり方がおかしくなっていた話。

先日、夜1時頃急にラインが送られてきた。迷惑なやつだ。

増田久しぶり!相変わらずタバコ吸うてんのか??笑笑

自分学生時代ヘビースモーカーだった事を差し置いても約4年、連絡すら取っていなかったのにこの下手くそ話題の振り方はなんだと思った。もしくはヘビースモーカーだった印象しか無いのかもしれない。

その友人自体学生時代の大きなグループの内の一人で、大勢で遊ぶことはあれど少人数で一緒になることは無いし2人で出かけるなんて以ての外。一緒にコンビニ行くぐらいはあったが。

それでも仲が良いかいかで言えば間違いなく良い部類に入るわけだし、学生時代と変わらないノリで返事をしたら急に電話が掛かってきた。


友「今どこで働いてるん?東京だっけ?」

増「東京だね。急にどうした」

友「そっか、そっか。東京のどこ?」

増「会社新宿だけど」

友「新宿のどこらへん?」

増「それ聞いて意味ある?笑 どうしたん?」

この時点でなんだか違和感があった。距離のとり方が下手くそすぎる。冒頭のラインも久々に連絡する一言目とは思えないので、宗教の勧誘とかアムウェイ的な話をされるのかとすごく身構えた。

自分最後卒業したのは所謂専門学校で、今振り返るとゴミの掃き溜めだった。掃き溜めの中でも意識の高いゴミが敗者復活を目指すような2年制の学校

友人は卒業後に環境省で働きだし近畿事業所だったかその辺で勤務していたが、2年後に東京本部的なところに行かされたという話は他の友人伝手で聞いた。

一方自分はまともな就職先が無くダラダラと数ヶ月送っていた後、実家から離れないと怠け癖は消えないと使命感に駆られ上京東京フリーターを1年続けた後にベンチャー正社員へ。

当時は公務員になった友人が「勝ち組」で、フリーター自分は「負け組」の図式が出来上がっていたと思う。


そんな勝ち組負け組だった自分仕事について根掘り葉掘り聞いてくるわけだ。

労働時間や月収、会社の住所や社員数まで。

流石におかしいと思ったので「どうした?この4年ぐらいで人との距離の取り方わからんようになったか?」とズバッと聞いてみた。

すると

「実はちょっと前に鬱って診断されてな。今実家帰ってきてるんや。」

理由を聞くと給料が少なすぎるという。

労働環境自体ホワイトホワイトで9時半-17時半、仕事も辛くない。辛くないが残業で稼ぐタイプなのに残業が出来るほど仕事がないそうだ。

月収に関しては手取り自分の1/3以下。飲みにも行けないし自分趣味も辞めないとやっていけないレベルだとか。

因みに増田はさっきも書いたがベンチャーでそれなりに貰っているが、毎日みなし残業で週の労働時間は60~70時間ぐらい。

ボーナスは出ないので、年収にすれば同年代より少し多いぐらいだし、バリバリ残業する奴には追いつかれる。

それを伝えると初めは月収の多さに羨ましがっていたが、労働環境で軽く引いていた。もう慣れたということもあるが、実際このぐらい世間では結構普通だと思っていた。公務員の中でも特にゆるい場で働いてきたからか辛く見えるらしい。

友「そっかーいっぱい貰ってるのな。お前アホやったのにな。」

増「今でもアホは変わらんけどな。気張るとこ気張ったからかな。」

友「で、ちょっと折り入って話があるんやけど」

増「金か。貸さないよ笑 うちの会社入っても多分きつくてやめるからおすすめしないよ。」

友「いや違う最後まで聞いて。」

増「ごめんごめん。はいどうぞ」

友「仕事復帰してまた東京戻ったら・・・ラーメン奢ってくれん?」


飯に行くのは問題なかったので適当にあしらって電話を切ったが、人との距離のとり方がおかしくなったのはマジみたいだった。鬱か原因かどうかは分からないが昔はそれなりに面白いやつだったと記憶している。

給料こそ少ないが、恐らく金に困ってるから奢ってくれとかではなくてただ会って話がしたいだけだと思うんだけれど、もっとストレートに言ってくればいいのにと思う。

電話しててもずっと退屈だったし、自分の話をするために回りくどくこちらの仕事をこれでもかと聞きまくる。まず導入が長いし不審

最終的には久々に会って話をする誘いをとんでもなく鋭角から攻めてくる。今がそんな状況なら周りから避けられてないかなあと心配すると同時に少し哀れに思う。

仕事会社人間関係楽しい収入面では楽させてもらっているので今だけでも少し勝ち組の自負はある。独立も見えだしている。

一方、安定コースを歩むかと思えば理想現実ギャップに悩み、精神的にも変わってしまった現在負け組側に片足突っ込んでる友人。

お互い20代も半ばを越え収入面での世間的な体裁も気になりだす時期だと思うが、彼はこれからどうするのだろうか。今のままだとどこにいってもやっていけなさそうだ。



7月休職から明けて東京だそうで、その時に会って話すとなると逃げ道がないので自分も鬱になりそうである

2017-06-11

婚活しまくってた10代の私

私は都内の中堅私立大学に在籍していた時、婚活をしていた。期間は途中の休止も挟んで3年くらい。

以下に当時の活動を列挙して行く。

婚活サイト

これを中心に婚活していた。大手ではyoubrid、Yahooお見合いブライダルネットあたりに入会していたと思う。あといくつか小さなところにも登録していたけどよく覚えていない。

どこのサイトもそうだが、何万人もいる会員のプロフィールを全て見ることはできないので、フィルターをかけて検索することになる。

私がかけていたフィルターは、

・25歳〜40歳

年収350万円以上

大卒以上

関東在中

とかだったと思う。

サイト意識していたことは、

・とにかくプロフィールを充実させ、話の取っ掛かりをつくる

マメ日記更新する

・フォトスジオで撮ったきちんとした写真をのせる

・1人の人とメッセージをやり取りするのは一日一往復まで。かわりに内容を濃くする

ハンドルネームをあるSF小説タイトルをもじったものにし、相手が気がついたらその話題で盛り上がり、気がつかなくても「ハンドルネーム意味はこれなんですよ〜」と言って話のネタにしたりした

検索していいなと思った相手にはメッセージを送り、何度かやり取りした後に会っていた。サイトはどこも一長一短で、合うか合わないかは人によると思う。私は街コンとか他の婚活方法よりも、メールである程度やり取りしてから相手に会える婚活サイトが一番性に合っていた。

街コン

合計10回くらい行ったかな。オタク向けのやつだと積極的男性割合が低く感じたし、そういった括りがないものの方が積極的な(暗に性的な接触を望む人含む)人が多かったと思う。

結婚相談所

サンマリエに一度相談に行ったら、ドン引きするくらいの勧誘を受けて怖くなって入会しなかった。お金なかったし。住所と電話番号を書いちゃったかDM電話死ぬほどかかってきて困った。

活動場所はこんな感じ。一番活動してた時は同時並行で10人くらいの人とやりとして、朝1人会って夕方もう1人に会うみたいなスケジュールをこなしてた。勉強してバイトして婚活するのは結構消耗した。

会った相手に必ずきかれたのが、「どうしてその年で婚活しているの?」という質問

相手によって答えを変えていたけど、端的に言うと私は、1人で生きて行く自信がなかったのです。

精神的に弱くて、実家がわりかし貧乏で、不器用で、人とも上手に関われなくて、高校中退して大検大学行って。

そんな私が、1人で生きて行くなんて到底不可能だと、それがわかっていたから、誰かに一緒に生きて欲しかったし、誰かに私と一緒に生きていきたいと思って欲しかった。

その誰かを見つけるために、より多くの選択肢がある場所で、「若い」というアビリティがある内に早く活動をしておきたかったんです。

ただ誤算は、婚活サイト出会う真面目な人はすぐ結婚したいと思っているし、私はすぐ結婚できないということだ。私は学校卒業就職というプロセス踏まないといけない。私がよく会っていた30代半ばの男性達がそんなもん待ってられんというのは当然の話であるわけだ。

(ちなみになんで大学で探さなかったのかというと、大学という「市場」で自分に優位性はないと考えたため。)

そんな中、私は婚活とは全く関係のないオフ会出会った男の人と友達になり、その人の友達とも仲良くなってよく数人で遊ぶようになった。

そのうちの1人が、今の夫だ。

夫は物静かで喜怒哀楽に乏しく、口数も少ないのでどちらかといえば苦手なタイプの人だった。ただ、なんとなーくグループで遊ぶ内に、なんとなーく2人で遊びに行くことになり、なんとなーく交際し始めた。結婚の話なんてしたことなくて、緩やかな付き合いが続いた。

就職して2年目。私は仕事である失敗をし、リカバリーするために朝から夜までぶっ通しで働き、食事を取れなくなって眠れなくなって死にたくなって救急車で運ばれた。

それでも休職はしたくなかった。一度止まってしまうと、もう働くことはできない気がしたから。

病院に毎週通いながら会社に行くのは大層しんどく、トドメADDだとか学習障害だとか診断されて、つらくてつらくて、夫(その時は結婚していない)当たり散らしてた。

夫は私が何を言っても一言も言い返したことはなかった。(あの時どんな気持ちでいたか数年後聞くと、「君が辛そうなのが本当に悲しくて、僕に何か言うことで、少しでも君が楽になれたらいいと思ってた」そうだ)

当時、狂ったように泣き叫ぶ私に夫は言った。

「つらいなら、病院に行かなくてもいい。会社に行かなくてもいい。病気でも障害があってもいい。僕は、君が生きていて、君が君であるだけでそれでいいんです」と。

夫は私の通院についてくるようになった。雨の日でも、待合室で二時間以上またされても、黙ってそばにいてくれた。

それは結婚した今でも続いている。

相変わらず生きづらいけど、しんどいけど、仕事続けながらなんとか夫と生きている。

今でもふと思う。

婚活サイトフィルターかけていたら、歳が離れていて大卒ではない夫に出会うことはなかったんだなあと。

以下の増田出会ったきっかけは?という質問があったため、馴れ初めを書いてみた。

http://anond.hatelabo.jp/20170126204733

2017-06-09

嫌いだった人が亡くなった。

数年前に同じ職場だった方が、亡くなった。

少ししてから自殺だったと聞いた。

私はその人が嫌いだった。

その人は異動してきてすぐに、心の病で休職経験があると私に言った。お節介の私は、その人が早く職場に慣れるよう何かと世話を焼いていたと思う。

その頃 職場は本当に人手不足で、ほとんどの人は持ち帰り仕事をしていたし、残業会社協定ぎりぎりだった。初めはその人も早く慣れなきゃ、一人前にならなきゃと言っていた。

社会には優先順位などを判断して自律的に動ける人と、それが苦手で指示を受ける方が向いている人がいる。その人は後者なのに、リーダーを任されるはずの等級を与えられていた上、うちの職場企画業務ばかりで、不向きな業務であることは誰の目にも明らかだった。

毎月ルーチンの担当業務も全て、課の他メンバーと一緒でなければ進められなかった。その人と、その人が頼りきりのメンバー業務は玉突き的に他の人に回った。

すでに限界間際の職場さらにピリピリとしていった。

その人は自分業務に精一杯で、他のメンバーの都合を考えられないタイプだった。重要会議の始まる時間に出席メンバー相談事を始めて、周囲が声をかけても中断しないなんてことが頻発していた。残業中22時近くに業務相談を受け、数十分かけて説明したのにメモ一つ取ってもらえず、翌日完全に同じ相談をもう一度されたこともあった。

その頃、女子トイレで「あなた残業中いつも化粧崩れてるよね」と言われた。「女を武器にしてるよね」とも言われた。

誰のせいで残業が増えてるのか、甘えた声で男性仕事押し付けてるのは誰か、私の倍の年齢で倍の給料をもらいながら半分以下の仕事しかしてないのは誰か。

我慢限界だった。

私はその人が嫌いだった。

心の中で給料泥棒と見下していた。

恥ずかしいことだが、私はその人が頼りきりにしていた男性と一時期こっそり付き合っていたこともあり、女々しくて薄暗い嫉妬気持ちもあった。

その人の体調不良による休みが数日続いた後、休職になったと発表された。後ろめたい気持ちもほんの少しあったが、正直その人がいない方が仕事は早く回った。

そのまま別の職場に籍が移って、その間に部には人の出入りがたくさんあって、私も部内異動をしたある日。

その人が亡くなったことを知った。

思わぬ人から自殺だったと聞いた。

異動後も休職していたことは知っていた。

うちの職場休職した最大の要因は、業務ミスマッチだったと思うが、私の影響が無かったとは言いきれない。異動してからの数年、その人に何があって、どうしてそういう決意をしたかは分からない。

おそらく表面張力限界を超えてグラスから水が溢れるように、長年の積み重ねだったのだろう。私が棘になった日もあったのだろう。

会わないうちに赦されていたと思いたい気持ちと、あの頃に戻ったとしても、自分感情や行動は変わらなかった、正当だったという気持ちと、きっと異動してからの数年が原因なのだと思いたい気持ち

思い悩んだところで何も変わらないから考えるのをやめてしまいたいのに、毎分毎秒蘇る。

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