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2018-01-20

anond:20180120172721

田舎インフラ作れ」ってのが田中角栄って事

バブル期の話とは別だアホボケ文脈

バブル期公共投資しまくって弾けたとたん負債抱え込んだのは何処の国だ言ってみろ

田舎行ってみろ

いらん橋やらオブジェばっかじゃねーか

anond:20180120171308

え?ネオリベはまだ田中角栄財政出動反対の文脈で使ってんの?

逆だろ。田中角栄悪夢がここまで切望されるようになってるのはお前らのせいなのでは。

【追記】

田中角栄バブルじゃねえしwww

ICANが偉そうで好戦的過ぎると言う話をよく見かけるが

日本人謙虚すぎる上に平和ズレしすぎるから

あれでもICANは、欧米文脈の中では謙虚平和的なのではないかと訝しんでしま

2018-01-17

目潰しのススメ

トイアンナ

トイアンナ」って名前?たまに見かけるけど、ネット有名人っぽいね?(実名なの?)

 

男はプライド

彼は言った。「次に付き合うなら、米系外資っぽい詰めをしない女がいい」と。

仕事ができる女は、無意識のうちに男のプライドを叩き潰してしまい、男が冷めちゃうんだろうね?

仕事ができる女で、ミサンドリーっぽいサンプルがいるので、何となく分かるような気がする)

 

レイプ犯は●してOK

私が17歳でレイプされた

誰にも何も言えなくて数日後に首を吊った。

搬送された病院で目が覚める

なんかよく知らんけど、人生ハードモードだったっぽいね

うーん、離婚云々とは違う文脈で、女はレイプに反撃できるようになって欲しいと思った。

格闘技護身術義務教育で必修にして、女は全員「目潰し」をマスターして欲しい)

 

目潰しは体格差を超える技 

田岡 一雄(たおか かずお、1913年3月28日 - 1981年7月23日)は、日本ヤクザ実業家山口組三代目組長。

間内では喧嘩相手の目を指で突く手口で恐れられ、「クマ」と呼ばれた。

anond:20180117155034

マジレスすると、

風と共に去りぬ」を「風と共に去らない」と解釈するのは間違い!

という前置きからその類例が期待される文脈で、

ツァラトゥストラはかく語りき」→「ツァラトゥストラはこう言った

風と共に去りぬ」→「風と共に去っていった」

を挙げているんだから誤読を誘う文章構成であるのは間違いない。

そもそも「かく語りきが難しいからこう言ったに改題された」と勘違いしている元増田がアホ。

2018-01-16

ショタジャンルなるものが、ゲイ向けではなく、美少女系に連なる文脈男性向けとされてる風潮ちょっとだけ面白い

ストーリー問題

anond:20180116071707

 

なんか罵詈雑言食らってるみたいだけど負けないで

たぶんこいつらはまだ問題に気付いてないだけだ

 

こういうの、イラストレーターでも同じこと無かったか

初期は絵描き側が叩かれていた

「好きなことしてるんだから文句言うな」みたいな、よく分からない搾取側に立った意見が多かったと思う

それが、絵描き悲惨な状況をネットで何度も訴えた結果、世間見方が変わった

まあ、いずれにしても問題は依然解決されていないが、定期で炎上するしそういう会社は白い目で見られるようになった

 

ストーリーの影響度が下がったことは、個人的には喜ばしいとも思っている(一応自分ストーリー重視派なんだけど)

昔は逆にストーリーしかなかった、文字での表現が主だったか

はいろんなことができて、色んな形の「ストーリー」があると思う

 

IT業界ビジネス業界では面白いことに、ストーリーが今重要視されている

コンテンツストーリーとは違うが、文脈っていうんだろうか

ストーリーには色んな形があるんだと思う

ただ、明確なストーリー制作者がいないというか、より複雑なものになっていると思う

からこそ旧来のストーリー制作者は、一段難しい仕事チャレンジできる重要人間だと思ってる

IT業界だとUXとかプロダクトマネージャーテレビ業界だと放送作家アニメだと何だろうシリーズ構成ゲームだとプロデューサー

ストーリーが死んだわけではない、進化してより難しくなったのだと信じている

(それに、やっぱり売れる作品ストーリーはすごい)

 

その上で、その仕事・実績が奪われているなら問題なんじゃないか

もちろん実績を譲渡する代わりにその分のお金をもらってるなら文句も言えないけど

もらってないなら問題業界のやり方として搾取構造になってる

 

考えてみたら、他の業界で見ると名前なんて出るほうが珍しいとも思う

仕事ってどこからどこまでが誰のものって言いづらいからね

より大勢が関わっているものほど、個人は目立たない

から名前が出なくても上手くやる仕組み方がやりやすいんじゃないか

例えば、実績として言って良い状態にするとか

俺もフリーだけど「それ俺が作ったよ」って言ってるんだよね

言えないならその分高くなる

それが当たり前にできる状態がまず目標ラインじゃないか

(クソ難しそうだけど、面倒くさいのは力のあるシナリオライター個人事業主ってところなのかね)

意図せぬ差別マイクロアグレッション!だから黒塗りはダメなんだ!と言っている人間がいたが、マイクロアグレッションという概念には相当批判的な文脈があるんだがそこには目が行かないらしい。

文字言葉が与えられればそれは自明ものとして受け入れてしま欧米至上主義がなせる業か。

2018-01-15

anond:20180115131856

一体どういう文脈だったらこれが良しってことになるんだ…

anond:20180115131553

どういう文脈かも分からない少数のツイート晒し上げて叩くのを娯楽として楽しむ文化しか読み取れませんが。

anond:20180115005324

なるほどー

でも、一般的には野生のほうが不衛生で伝染病も多いはずなんだけど、

何でヒトだけなんだろう。

仮にヒトだけ限定して発生する特性があったとしても、数千万年の間で耐性つけたり淘汰されるべきだよね。

おそらく

  • 近年までは病気認識されていない
  • 近年急速に浸透した

のどちらかだねー

江戸時代から梅毒はあったらしいし、

子どもができない体質的文脈古代からいから、おそらく前者なんだろうね。

でも、宗教戒律はそこら辺の対策になってたと思うんだよなー

女性結婚まで処女守るとか、

魔女狩りとかも発端辿ると関連性出てくるかもね。

2018-01-14

ドヌ―ヴ文書の訳に関する堀茂樹さんの言及コメしたら…

1) https://anond.hatelabo.jp/20180114045429 文書訳についての堀さんの解説(訳したのは私ではない)。

2)これに以下(2)のようにコメントした。

3) そしたら間もなく、twで次のような発言をなさった。https://twitter.com/hori_shigeki/status/952471781528367104 

4)これが私のことを言っているのか分かりませんけど、その可能性を考えてお応えを書きました(4)。

でも、まさか、そんなはずありませんよね。堀茂樹さんのような方が、根拠も示さずいきなり人をバカ扱いするような傲慢な真似をされるはずありません。(*^^*)

ちなみに私は、自分の頭がいいとは思っていないし、ドヌ―ヴ文書を「こきおろす」つもりもありません。

悪い頭で一生懸命考えて、この文書必要明解さや整合性に欠けている、と判断し、それを筋道立てて提案しました。それだけです。

また、文書執筆し、発表した女性たちの勇気には敬意を感じます

2.おっしゃる通り、「la galanterieギャランリー」には、ドアを開けてあげるなどの女性への「礼節」と誘惑の両義がありますが、それでしたら、この語を「女性に対する慇懃な振る舞い」とか「レディーファースト」と訳すのも誤りですよね。これだと、日本人にとっては「ドアを開けてあげる」「席を譲ってあげる」などのイメージしかなりません。それを男性優位性にのっとった攻撃批判する極端で過激フェミに、ドヌ―ヴたちは反対しているのだ、という印象を与えますが、これは不公平です。もっと曖昧に「女性に対するお作法」でどうですか。それか、注でもつけて説明するしかありません。ところで、「そこにごく淡い艶(つや)が伴っていれば」の「淡い艶」って何ですか?ドアを開けながら、女性をじっと見つめることですか?「あなたれいですね」とボソっという事ですか?どちらも下心がないとは言い切れません。他人が書いたもの理由にその人を褒めたり、貶したりする前に、テキストをじっくり読まなければならないとも思いますが、そもそもこのテキストはもともととても曖昧で、整合性に欠けたものです。多くの語義が曖昧で、何が言いたいのか分からない。いくつもの主題がとびとびになり、また混合し、一貫性があるのかないのか分かりません。彼女たちの判断を示す文がどのようなニュアンスを含んでいるのかも曖昧です。部下や自分学生の膝を触ったり、唇を奪おうとするのは、「女性に対する慇懃な振る舞い」なんですか?「男尊女卑的な攻撃」なんですか?最も重要なのは、それぞれの言説がどのような現実還元されるべきなのか、という断定ができないことです。それというのも、執筆者たちが具体例を挙げていないからです。だから、それぞれの読者がめいめいにそれぞれの現実還元して、擁護したり批判したりしているのです。そして、日頃フランスで性暴力やしつこい誘惑に悩まされている女性にとってはかなりの確率自分達を傷つけるテキストです。このテキスト痴漢の件は、バスで裸の男性器を押し付けられ、2年間バスに乗れなくなった人を傷つけましたし、嫌だと言っても追いかけて来る半ばストーカー的なフランス風ナンパ擁護しているのではないか、とも危惧させます。これらを、職場上司業界権威者自分先生にされる時はまた格別に深刻です。フランスでは客や、自分学生大学でも高校でも)、部下を口説くことって大して問題視されてこなかったですから。ともあれ、このテキスト不明瞭さがあまり問題にされないのが、とても問題だと思います。色々なフランス専門家たちが、このテキストをどう読むか、で色々な議論を交わされているのですが、そもそも一貫した読解に耐えうるテキストなのか、を問うた方がいいと思います。このことは翻訳にも影響します。翻訳とは、文脈や論旨の一貫性やその他の背景を参照しなければ、非常に困難な作業ですから

4. 私のことを言っておられるのであれば、根拠を示さず「望ましくない態度」と批判するのはレッテル張りです。じゃあ、例えばimportuner★とはこのテキスト執筆者たちにとってどういう意味なのですか?この語が分かりにくいと感じたのは私だけではありません。事実le mondeが辞書的な語義を解説するに至っていますhttps://twitter.com/deja_lu ネット上でも解釈は分かれています。例えば路上で知らない女性ナンパすることを考えてみましょう。①女性ナンパ目的Bonjourと声をかけただけで、例えその後彼女を煩わさなかったとしても、importunerになる。②Bonjourの後で、女性無視する、あるいはあっち行ってください、と言ってもナンパを続ける。どちらに解釈するかで、このテキスト意味合いが大きく変わってきます。①の場合、確かに、「ノーと言う自由」はこのimportunerする自由がなくては成立しないと言え、また彼女たちが批判するフェミニズムはより過激ものと言えますが、その場合、「drague insistante★★」擁護との整合性は?②であれば、「ノーと言う自由」がimportunerする自由がなくては成立しないと言うのは、詭弁です。なぜなら、「ノー」を無視して誘惑を続けることは、「ノーを言う権利」を半ば侵害しているからです。「il faut savoir répondre à cette liberté d'importuner autrement qu’en s’enfermant dans lele de la proie★★★」は具体的に何をしなければならない、ということなんですか?①の場合はノーと言えば済みますが、②の場合はどうすればよいのですか?また、路上でのナンパではなく、職場上司や逆らえない相手に誘惑された時は?それとも、この文章は①のケースのみ想定しているのでしょうか。そうではないでしょう。②の場合や、「ノー」と言えない状況で誘惑された場合、誘惑する方が悪いのに、どうしてされる方が何かsavoir répondre★★★★するための能力努力を求められねばならないのですか?以上の2点だけでも、私は曖昧不明瞭だと思いました。とても重要な点なのに、です。解答をお持ちでしたら、ぜひご教示いただきたいです。

★importuner:うるさがらせる、嫌がらせ

★★しつこい誘い、ナンパ

★★★獲物の役割に閉じこもる以外のやり方で、この嫌がらせるimportuner自由に応える能力がなければならない。

★★★★応えることができる(能力がある)

anond:20180114194624

テレビや歌の文脈同意するけど、

元増田の言ってる話は世界共通じゃないの?

anond:20180114045429

おっしゃる通り、「la galanterieギャランリー」には、ドアを開けてあげるなどの女性への「礼節」と誘惑の両義がありますが、それでしたら、この語を「女性に対する慇懃な振る舞い」とか「レディーファースト」と訳すのも誤りですよね。これだと、日本人にとっては「ドアを開けてあげる」「席を譲ってあげる」などのイメージしかなりません。それを男性優位性にのっとった攻撃批判する極端で過激フェミに、ドヌ―ヴたちは反対しているのだ、という印象を与えますが、これは不公平です。もっと曖昧に「女性に対するお作法」でどうですか。それか、注でもつけて説明するしかありません。ところで、「そこにごく淡い艶(つや)が伴っていれば」の「淡い艶」って何ですか?ドアを開けながら、女性をじっと見つめることですか?「あなたれいですね」とボソっという事ですか?どちらも下心がないとは言い切れません。他人が書いたもの理由にその人を褒めたり、貶したりする前に、テキストをじっくり読まなければならないとも思いますが、そもそもこのテキストはもともととても曖昧で、整合性に欠けたものです。多くの語義が曖昧で、何が言いたいのか分からない。いくつもの主題がとびとびになり、また混合し、一貫性があるのかないのか分かりません。彼女たちの判断を示す文がどのようなニュアンスを含んでいるのかも曖昧です。部下や自分学生の膝を触ったり、唇を奪おうとするのは、「女性に対する慇懃な振る舞い」なんですか?「男尊女卑的な攻撃」なんですか?最も重要なのは、それぞれの言説がどのような現実還元されるべきなのか、という断定ができないことです。それというのも、執筆者たちが具体例を挙げていないからです。だから、それぞれの読者がめいめいにそれぞれの現実還元して、擁護したり批判したりしているのです。そして、日頃フランスで性暴力やしつこい誘惑に悩まされている女性にとってはかなりの確率自分達を傷つけるテキストです。このテキスト痴漢の件は、バスで裸の男性器を押し付けられ、2年間バスに乗れなくなった人を傷つけましたし、嫌だと言っても追いかけて来る半ばストーカー的なフランス風ナンパ擁護しているのではないか、とも危惧させます。これらを、職場上司業界権威者自分先生にされる時はまた格別に深刻です。フランスでは客や、自分学生大学でも高校でも)、部下を口説くことって大して問題視されてこなかったですから。ともあれ、このテキスト不明瞭さがあまり問題にされないのが、とても問題だと思います。色々なフランス専門家たちが、このテキストをどう読むか、で色々な議論を交わされているのですが、そもそも一貫した読解に耐えうるテキストなのか、を問うた方がいいと思います。このことは翻訳にも影響します。翻訳とは、文脈や論旨の一貫性やその他の背景を参照しなければ、非常に困難な作業ですから

http://blog.inouetakuya.info/entry/2018/01/13/235843

書いている間にすでに追記で捕捉されていたのですが。。

そういうもどかしい思いを抱えながら「ほんとうは(本気出せば)もっと書けるでしょう?」と思いながら「不合格」のボタンを押す。

ブコメ文脈から不合格」の場合フィードバックがない、あるいは、そういう風に外野から見えてるということで言いたいんですが。

そういう人には黙って「不合格」返すのでなくて、テンプレメールでいいから期待しているものはこういうノリです、とフィードバックを返した方がいいと思う。押された側としては「なんか宣伝してるから試しに登録してみたけど、コメントなしで不合格かよ、ハードル高いサービスだな、めんどくさ」くらいにしか響いてない可能性がある。転職する気ないので利用したことないから実際どうなってるかわからないけど、すでにそういうことしてたら申し訳ないけど、してるよって一言Twitterか何かで追記した方がよさそう。

自分が勤めている会社会社としてユーザーに知っておいてほしいことはメディアチームが頑張って毎日ブログ書いてるけど、そういうメディアで発信してることって同じ界隈の人は読んでても実際利用してるユーザーは案外見ていなかったりして、せいぜい見るのはランディングページの上の方くらいの人も多い(具体的にははてなブログに住み着いているユーザー=転職ドラフトユーザではないので自分たちブログを書いてるのに、という気持ちがあっても伝わってない可能性がある、特にエンジニア以外の職種について)。

期待していないリアクションをしたユーザにはこういうの期待してるよって直接返すことも大切で、ひどすぎる相手に対しては雑でもいいので何かしらのフィードバックめっちゃ続けてほしく思う。

あと、お試し利用でも丁寧な(感じに見える)メールが帰ってくるとなんかとても嬉しい(まったくもって個人の感想) 。

周りの信頼のおける人に自分レジュメを見てもらうことを強くお薦めしたい

転職用のレジュメを周りの人に見てもらう件については、技術があるけど埋もれてる人ってコミュニティ的にも埋もれてることが多いような気がしていて、技術的なことがわかるそういう相手いるんだろうか、その辺違和感

転職は次が決まるまで隠すか、オープンにやるのは今のところをやめることが決まってからでないと気まずくて仕事に集中できない場合が多いと思う。ので、相談するとしたらその相手仕事で関わっていない相手になりがちなわけで。

それくらい信用のおける人間関係を社外で構築できる能力 or コミュニティへの出入りがあるなら、その手のアピール能力 or やめたくなった時の転職先はすでにあるので、転職ドラフトを利用するだろうか。。という気がする。

ので、一時的軌道に乗るまででもいいので中の人のフィーあげてでもそこを頑張るともっとたくさんの人が技術的に正当に評価される気がするしそうなってほしい。。

実際エンジニアポートフォリオってQiitaとかブログプロジェクトの詳細とか出してしまうと誰かわかってしまい、そういう実名に近しいものが公開されて、周りの人間関係に影響する形で利用するまで実態がはっきり見えてこない(ように見えてる)から、ぼかした感じで愚痴られると自分みたいな外野人間がブーブー筋違い文句言いそう。

anond:20180114113754

10年前の価値観で言えば評価が高かった属性A」が現在では無価値になるってのはある。人事的な評価基準での下落がこの記事の射程だけど、あえていえば不動産取得と取得した地域の人気と類似現象だ。「購入したとき大人気の地域だったんだけどその後人気が下落した」みたいな話。元増田文脈で言えば、取得できたのは本質的に運だ。

一方全く逆で「10年前は見向きもさなかった属性Bが高評価」になる事例もある。これまた元増田文脈で言えば本質的に運だ。

10年前、属性Aの持ち主は我が世の春を謳歌してて、属性Bの人間蔑視して叩いていた。いまは属性Bの人間が殴り返している。それだけのことだ。

もちろんその一方で、10年前叩かずにいたひとも、今現在殴り返していない人もいる。さらに言えばそういう運の偏りに対して何らかのケアが出来ないか模索し行動する人もいる。

「運が良い人間が偉くてそうでない人が雑魚」という話のレベルでは、運に全てが帰着するんだけれど「運の善し悪しにかかわらず他人を蔑み叩く人と、そうでない人」という視点評価すれば、それは運ではなく人間性問題だとも言える(人間性を育む運とまで言えばまた別だが)。

たとえば、社会は(結果論として言い逃れようもなく)氷河期世代蔑視して冷遇してきたわけで、因果問題としてその結果生じる問題を甘受する責任はあるんじゃないかと思うわけだ。

anond:20180113114634

カトリーヌ・ドヌーヴ署名した記事翻訳の件】お返事を拝見しましたが、いろいろ問題点が残っているようです。目下時間的余裕を欠くためにぶっきら棒な指摘の仕方をすること、ご寛恕ください。テクストを読む際に、まして翻訳する際に当て推量はマズイですので、以下の諸点を改めてじっくり検討されるますように。(元記事: http://www.lemonde.fr/idees/article/2018/01/09/nous-defendons-une-liberte-d-importuner-indispensable-a-la-liberte-sexuelle_5239134_3232.html

la galanterieに関して:

 参照サイトhttps://fr.wikipedia.org/wiki/Galanterie は、la galanterieというきわめてフランス的なものを適切に説明しています。けれども、その内容の一面だけ取り上げて、「恋愛のお作法に乗っ取った男性からの誘惑の手順」というふうに「恋愛」や「誘惑」に直結させてしまうのは行き過ぎです。なぜなら、①そもそもフランス語圏日常社会生活で言われるla seductionの意味するところは、日本語の「誘惑」よりずっと広く、一般的である。②男性別に何らまったく誘惑の下心なく女性にドアを開けて差し上げる、席を譲る等のレディ・ファーストも、そこにごく淡い艶(つや)が伴っていれば立派なla galanterieである。③la galanterieをめぐって、それは男女同権原則を何ら妨げることなく男女関係文明的にする作法なのか、男性優位のパターナリズム表現なのか、という議論が頻繁に行われているという文脈フランスには存在する。

■agression machisteについて:

 前項の(3)からも分かるように、agression machisteは、(外見に反して男尊女卑を含意している)パターナリズム押し付けを指しており、問題テクスト賛同者たちによれば、la galantrieは agresssion machisteではない。ある種の「痴漢行為」はagression machisteの一つと言えますが、agression machisteすなわち「痴漢行為」ではありません。

■s'autonomiserに関して:

 「自立」と「自律」は区別する必要。autonomieは「自律」です。また、現状の日本語では、「自立する」とは言いますが、「自律する」とは言いません。

■une conception substantielle du bienについて:

 これの改訳例として私が「実体論的な善概念」としておいたのを「善の本質的概念」に直しておられますが、それでは意味を成しません。この言葉は、哲学的で少し難しいのですが、まず間違いなく、道徳律をたとえば「他者自由を妨げない」ことというように「否定的」な形式で考えるのでなく、「これがが善だ」というように実体論的に(あるいは、本質主義的にと言ってもいいでしょう)考える、そういう善概念を指しています。あとに出てくる哲学者のRuwen Ogienが世間道徳批判するときによく使う言葉でもあるようです。ですから、「実体論的概念」「本質主義概念」と、「本質的概念」はまったく異なります。ゆえにここは、せめて「本質主義的な善概念」とでも訳しておかないといけません。

■misogynieについて:

 これは「女性嫌い」「女性蔑視」であり、「女性差別」の元になり易い性向ですが、「女性差別」と混同するわけにいきません。

la liberte d'offencerについて:

 「この概念攻撃しようとするのは(神や国家指導者のような)『権力』『権威』とそれをアンタッチャブルものにする空気」と断定(推量?)するのは早合点です。テクストに、Le philosophe Rugen Ogien defendait une liberte d'offenser... と書いてあるのですから固定観念に囚われず、Ruwen Ogienの哲学思想念頭に置いて理解しないといけません。そうすると、「人の気分を害する自由」あたりがやはり適切なのです(「中指を立てる自由」は論外)。

la liberte de dire non a une proposition sexuelle ne va pas sans la liberte d'importuner :

 「『ウザがられる自由』が男たちの側にあると解釈するのは…」無理ではないですよ。それどころか、その自由相手(←ここでは男性)に認めるからこそ、女性の側がそれを「ノン!」と突き返す自由が生きるわけです。「ノン!」と拒否することがimportunerすること、ウザがられることではありません。なお、こういう間主観関係が成立するのが男女間に限らないことは言うまでもありません。

■Pour celles d'entre nous qui ont choisi d'avoir des enfants, nous estimons...:

 これを「子供を持つことを選んだ人々のために」とか、「私たちの中で子供を生むことを選んだ人達のために」と訳すのは、当該テクスト文脈の中では明らかに誤訳です。"Pour"はここでは、En ce qui concerne や quant aの意味なのです。著者(たち)は、私達のうちで子供を持つことを選んだ者についていえば、私達の考えはこれこれだ…、と述べているのです。

以上。

「ウザがらせる自由」に対して:『あなたは、豚として生まれたの?』

(追記)ウザがらされない→ウザがらせられない ですね。日本語不自由になってました。恥ずかしい。

後、importuner と Un porc, tu nais がどちらもアンポルチュネで発音同じことに言われて気づきました。これも恥ずかしい。

そして、さらに恥ずかしいことに、最後段落抜けてました。大急ぎで追加しました。

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ちょっとフランス語翻訳してみたくなったので、最近増田の流れで、一つ記事を訳してみました。

Leïla Slimani (レイラスリマニ)というモロッコ出身フランス人女性作家の Liberation のサイトに昨日掲載された«Un porc, tu nais ?» (「あなたは、豚として生まれたの?」)という記事です。

なんで、これを訳したかというと、先の「ウザがらせる自由」が、何やらフランス代表するもの英米からmetooブームに対する、大陸から批判みたいな取られ方をしている向きがあったからです。全然そんなことありません。twitter を見る限り、あの記事叩かれまくっています

現在も、テレビ討論番組で、Brigitte Lahaie という元ポルノ女優(あの記事署名者の一人です)が「レイプ最中だって、楽しめるわ」と発言した件で、絶賛大炎上中です。(この発言が、あの記事の後半部につながっているのは明らかでしょう)。

フランスでは #metoo に加えて #balancetonporc というタグ使用されていて、意味は「あなた豚野郎を叩き出せ!」です。ものすごく攻撃的ですね。Le Monde 誌の記事はそんな流れの中でのカウンターとして出されたもので、まぁ、要するに両者ヒートアップしてるってことです。

あなたは、豚として生まれたの?」は明確に「ウザがらせる自由」に対する反論として書かれています。いくつかの言い回しが、あの記事から来ているので、増田での訳語にその辺はあわせました。この記事文脈では「ウザがらせる」は生ぬるい気もしますが。

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(追記)ブコメで指摘がありましたが、あちらの翻訳は「ウザがられる自由」でしたね。完全に見間違いをしていました。

でも、これはしょうがないところがあって、原語 importuner は他動詞能動形以外のなにものでもないので、まさか受動形で訳しているなんて思わなかったのです。

「ウザがらせる」が正しいです。

不器用勘違いから来る過失のニュアンス」は日本語訳からまれものであって、原文にはそうした解釈余地はありません。

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小説家による平明に書かれた文章なので、致命的な誤訳はないと思いますが、気づいた点があれば、じゃんじゃん指摘しちゃって下さい。

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あなたは、豚として生まれたの?』

通りを歩く。夕方地下鉄に乗る。ミニスカート、胸の広く開いたシャツハイヒールをはく。ステージの真ん中で一人で踊る。派手めの化粧をする。ほろ酔いタクシーに乗る。半裸で草むらで伸びをする。ヒッチハイクする。深夜バスに乗る。一人旅をする。テラスで一人グラスを飲む。ひと気のない道を走る。ベンチで待つ。男を誘い、意見を交わし、歩き続ける。イル=ド=フランスの人込みに紛れる。夜勤する。公共の場子どもに乳をあげる。賃上げ要求する。

こうした、日常的で平凡な生活において、私はウザがらせられない権利を、そんなことにかかずらわされない権利要求します。 私は、私の態度、私の服装、私の歩き方、私のお尻の形、私の胸の大きさについて、とやかく言われない自由要求します。私は、私の平穏孤独権利を、恐れることなく前に進んでいく権利要求します。私はただ、内的な自由だけを求めているのではありません。私は、外での、広々とした場所での、私もまたその片隅を占めている世界においての自由を求めているのです。

私はちっぽけな壊れやすい品物ではありません。私は守られることを求めているのではなくて、安全尊重についての私の権利を認めるよう求めているのです。そして男性たちは、皆が皆、豚であるわけではありません。そんなことは全くありません。この数週間、どれほどの男性たちが、彼らの能力でもって、今起こっていることを理解し、私を魅了し、驚かせ、大喜びさせたことでしょう。どれほどの男性たちが、もう加担することをやめ、世界を変え、これらの行為から、彼ら自身をもまた解放しようとする意志を示してくれることで、私を驚嘆させたことでしょう。

というのも、例のいわゆるウザがらせる自由は、その奥底に、男性性についての極めて決定論的な見方を隠しているからです。すなわち、「あなたは豚として生まれたのだ」と。

私の周りの男性たちは、私を侮辱するものたちに対して、怒り、抗議してくれます。朝8時に、私のコート射精した誰かに。私の出世に何が必要理解させようとした上司に。研修の対価にフェラチオを求めた教師に。「キスしないか?」と尋ね、「淫売」扱いして去った通行人に。

私の知っている男性たちは、この男らしさについての反動的見方に、うんざりしています。私の息子は、そう私は希望するのですが、きっと一人の自由な男になるでしょう。その自由とは、ウザがらせる自由ではありません。制御できない衝動にとりつかれた捕食者としてではなく自分定義する自由です。私たちを魅了した男たちが持っているようなたくさんの素晴らしい仕方で、魅了することのできる一人の男に、息子はなるでしょう。

私は一人の犠牲者ではありません。しかし何百万もの女性たちはそうです。これは事実なのであって、道徳的判断やそうした女性たちを(犠牲者として)本質化するものではありません。

そして、世界中の何千もの街の通りを、うつむいて歩いている全ての被害者たち、付け回され、ストーカーされ、レイプされ、侮辱され、公共の場場違いものとして扱われている彼女たち、その恐怖が、私の中で瞬きますうずくまり、恥じている彼女たちの、辱められたという理由で通りに投げ出され除け者になった彼女たち、彼女たちの体がウザがらせる行為を招くからという理由で、黒く長いベールに隠させられている女性たちの叫びが、私の中で響いています

カイロニューデリーリマ、モースル、キンシャサカサブランカの通りで、歩いている女性たちは、失踪誘拐そして(下心ありの)慇懃さを心配しているのではないでしょうか?彼女たちに、誘惑し、選び、ウザがらせる権利などあるでしょうか。

私は、いつか、娘が夜中に通りを、ミニスカートと胸の開いたシャツを着て歩き、一人で世界旅行をし、真夜中に何も恐れることなく、そんなことを考えることもなく、地下鉄に乗れることを望みます。その時、彼女が生きるその世界は、清教徒世界ではないでしょう。私は確信しています、それはより正しい世界、そこでは愛と歓びに満ち、魅了し合う場だけが、より美しくより豊かである世界になるだろうと。それはまだ想像すらできないものだけれど。

http://www.liberation.fr/france/2018/01/12/un-porc-tu-nais_1621913

2018-01-13

EUモロッコ間で締結の漁業協定は……

EUモロッコは、1996年に提携合意を、2006年に漁業クタにおける協力合意(以下「漁業協定」という)を、そして2012年に農産物・加工農産物及び水産物・加工水産物に関する自由化協定を締結した。2016年12月21日に当司法裁判所は、欧州委員会に対しポリサリオ戦線が提起した訴訟における判決への控訴において、EUモロッコ間で締結された提携合意協定西サハラには適用されていないと判断した。しかし、この事件は同漁業協定に関するものではなく、それゆえ当裁判所判決において、その協定については何ら有効性の判断を行わなかった。

UKにおいて、西サハラキャンペーン(WSC)は、西サハラの人々の権利認定サポート目的とする独立ボランティア組織である。WSCは、高等法院(英国及びウェールズ)の女王座部(行政裁判所)にて、EUモロッコ間で締結した漁業協定と、同協定を首肯し施行する規則類は、同協定規則類が西サハラ地域水域適用される限りにおいて無効であると訴えている。WSCはそれゆえ、UK当局が同協定を履行すること、とりわけ西サハラ産品をモロッコ王国の産品と認めて特恵関税待遇を与えることを違法行為だとみなしている。さらに、WSCはUK当局西サハラ近海漁業ライセンスを発行する権限を有していることについても争っている(同協定で、EU漁船特定の条件の下でモロッコの漁場内で漁獲してよいと定めているため)。

高等法院は当裁判所に対し、まず、西サハラキャンペーンEU規則類の有効性について国際法を遵守していないとして争うことができるか、次に、EU法のもとで同漁業協定有効なのか、について確認を求めている。EUが締結した国際協定とその施行規則類の有効性の審査のための仮決定的手続のもとで請求が行われているのは、これが初めてである

 今日、メルキオール・ウォスレ法務官は、彼の見解のなかで、当裁判所は「EUが締結した国際合意適法性査定する裁判管轄を有しており、WSCのような団体は同漁業協定適法性を争うことができ、そして、同漁業協定西サハラ地域水域適用対象とするために無効である」と回答すべきである旨を主張している。EUが締結した国際合意適法審査する枠組みのなかで、国際法上のルール準拠することが自然人法人に開かれているかについて当法務官は、そのルールが無前提かつ充分明確であり、その性格と主要なロジック申し立てられた法の適法審査を妨げていないのであれば、EUが拘束されている国際法上のルール依拠して法的な手続きを行うことが可能でなければならない……と、みなしている。

 当法務官は、WSCの依拠する以下の国際法上の3規範に関して、こうした条件を満たしていると考えている。それは:(1)自己決定権、(2)天然資源にかかる永久主権原則~それが西サハラ人民利益のために当該資源の利用を要すかぎりにおいて~、そして(3)占領地域天然資源の利用にかかる国際合意の締結に適用される国際人道法のルールである。当法務官は、これらの規範EU締結国際合意適法審査の枠組みのなかにあり、これらに依拠することは可能である……と結論している。

 そして当法務官は、同漁業協定とこれを首肯し施行する規則類が、これらの3規範に適合しているか審査している。

 まず当法務官は、西サハラの人々が国連総会の設けた条件で自己決定権行使することすら、かくも永くの間、機会を奪われている……と、述べている。西サハラ併合によってモロッコ王国統合されたが、この地域の人々が自由意思表示をしたことによるものではなかった。モロッコ領土への西サハラ一方的統合と、当該地域にかかるモロッコ統治権主張を根拠として、モロッコが同漁業協定を締結して以来、西サハラの人々はその天然資源自由処分していない。それが、自己決定権によって求められているにもかかわらずである。したがって、申立ての規則類によって定められ行われる西サハラ近海でのEUによる漁獲は、西サハラ人民自己決定権尊重するものではない。

 モロッコによる西サハラ統治権の主張は西サハラ人民自己決定権を損なったことによるものであるから西サハラ人民自己決定権モロッコによる侵害の結果である違法な状況を是認せずその維持に援助を与えないようにする義務を、EUは怠っていた……と結論する。この理由のため、西サハラ地域とその近海への適用に限って、同漁業協定とそれを首肯し施行する規則類は、欧州連合に対し外事につき人権保護国際法を厳格に遵守しなければならないと要求する欧州連合条約の定めに適合していない。

 当法務官は、西サハラにおけるモロッコデファクト施政勢力もしくは占領勢力としての地位は、同漁業協定の締結を正当化できないと考えている。第一に、「デファクト施政勢力」の考え方は国際法存在していない。第二に、モロッコ西サハラ占領勢力であるが、同漁業協定の締結のされ方が、占領地域適用される国際合意占領勢力による締結に適用される国際人道法のルールに適合していない。

 次に同法務官は、同漁業協定により提供された漁獲のほとんどが西サハラ近海限定的関係している(これらの海域で得られた漁獲は、同漁業協定で定められた漁業文脈で行われた総漁獲量の91.5%付近にのぼる)と認定する。同漁業協定に従ってモロッコ王国へ支払われた財政的貢献は、ほとんど西サハラ人民利益のためだけに使うべき…ということになる。当法務官の見解では、同漁業協定西サハラ人民利益のための漁獲となるために必要な法的セーフガードを含んでいない。この意味において、天然資源に係る永久主権原則占領地域天然資源の利用にかかる国際合意の締結に適用される国際人道法のルール、そして最後に、これらの原則ルール違反した結果である違法状態是認せずその維持のために援助を与えないEU義務を、同漁業協定及び他の申立ての規則類は遵守していない。

 これらの理由全てにより当法務官は、同漁業協定無効である結論する。

anond:20180113194757

欧米ゲーム中毒ってアジア系と違ってゲームの中では勤勉っていうタイプはかなり少ない

対戦ゲーム意味不明な行動して他人喧嘩売ったり日本だと荒らし扱いされるような非生産的なことが好きなキチガイみたいなタイプがおおい

根が真面目な人が依存症になって…みたいな日本想像されがちな文脈とは欧米結構違うんじゃないかと思ってる

女子グループが話してたんだけれど

どこそこでおまけしてもらった、みたいな文脈

美人かつお笑いキャラみたいな子が冗談っぽく、「美人から得しちゃうんだよね~」みたいなことを言ったら、

もう一人の美人の子は「アハハ、さすがA子!」って言って笑ってたのに

美人じゃない容姿の子が「自意識過剰自分で言う!?」とか言いまくってた。

これって何かの法則?というか心理学的になにか説明がつくものなのか?

2018-01-12

anond:20180112192901

色覚異常を色覚多様性に言い換えたこ自体ポリコレ問題ではなく正確性の問題であって、ただしアンチポリコレ民たちはポリコレ大好きだから勝手ポリコレポリコレと騒ぐのは仕方ないかもね、というところからの、最近ゲームでもカラーユニバーサルデザインに気をつけてるしポリコレ範疇でしょからの、ポリコレは主に言葉遣いなどの表現上の差別問題のことであってユニバーサルデザイン問題はその範疇じゃねえよ、という文脈だろカス

anond:20180112185754

はあ?

多様性って言い換えた時点で、から続いてる話題だろうが。

文脈読めないならシコって寝てろよクサマン

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