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2018-09-23

人生唯一のデート体験に思うこと

いない歴=年齢の自分が一度だけデートしたことがあって、

屋台でお肉を一緒に頬張ったり目に留まった変な店に立ち寄ったり、

好きな人と一緒にいるってこんな幸せなのかと衝撃を受けた(その後の顛末はともかく)

その相手恋愛偏差値自分に比して圧倒的で、

自分にとっては人生で初めての経験でも相手にとっては何遍とやってきたことだから

そんな体験も先週食べたランチのように忘れられてしまうのかと思うと泣けてくる

逆に言えばそれくらい経験値があるから自分とでも喜んで出かけてくれたのかとも

そんな思考回路がいない歴=年齢の原因の一つだとはわかっているけれども

劇団四季キャッツ

キャッツ東京に来たぞおおい。

劇団四季作品キャッツが一番リピート率が高いと言う。

わかる。頷くしかない。

20回以上観劇しているがそれ以上カウントしなくなった。

独身時代貯金溶かしたからね!怖いよね、どれだけお金使ったとかヤボだよね!

キャッツヤンべえ。本当に語彙力なくなるけどヤベエ。

まず役者が近い。他の劇場だと法に触れますかと心配するくらい。

尻尾が当たるくらい。ドッキドキするの。

あんな至近距離猫ちゃんに見つめられたら、心臓バックバクであれ、これは恋?トゥンクくらいヤベエ体験きっから。落ちるよ。沼に。

神席は回転席だ。回転するの。めちゃくちゃわくわくするしかないでしょ。

普通席とか動かないじゃん。でも動くの。うご!!!

席が動くギミックとか考えた人マジ天才

回転席取るの本当大変だけどね。

会員先行でさえ最前列取れない。

二台携帯タブレットPCを使ってやっと平日取れた。

取れた日に舞です。舞うよね。

嬉しすぎて。

センターじゃなくて端っこだけど回転席最前列

もう祭り

ジェリクルソング脳内リピートしっぱなし。

観劇一週間前から顔パックとかして準備。ふだんしないのにね。誰にも見られないのに謎のコンディションで臨む意気込みでさ。

当日とかもう大変。3時間前に駅ついて色々準備。

観劇ウンコ行きたくならないように腸を調整したり、シッコ行きたくならないように水分管理したり。

結果劇場ついて緊張のあまりお腹下して焦るの。

開演10分前とかまだトイレに居ると泣く。

やっとギリギリセーフで席着いたらOP音楽が鳴って号泣

5年ぶりのキャッツ号泣。まだ始まってもいないのに音楽鳴っただけで感情の振り幅マックス

自分がヤベエ奴だとわかっていても止まらないキャッツ愛。

あーー好き。本当好き。素敵。素晴らしい。最高。

あーーーーほんっとキャッツ好き。

すき。

って思っていたらもうカーテンコール

次も頑張ってとろ。席とろ。

私が社会人になってやっと余裕がでてきた時に、両親へ贈ったチケットキャッツだった。

私も親も初めての劇団四季。C席しか取れなかったけど、一瞬で落ちた。沼に。

すぐ会員になった。

ライオンキングウィキッドなどもたくさん行ったけど、キャッツに行き着く。

自分でもこの感情が何かわからないし、他にぶつけられない。

キャッツ出会えてまだ15年だけどロングランからまだ少し安心している。

終わらないでねと。

あー好き。

2018-09-22

anond:20180922191527

今ならVRを使って自分自身女の子のカラダに憑依させることも可能ですし、

VRで疑似体験してみるのもいいかもしれませんね。

ちなみに私もあむあぃおかし製作所とか好きです。笑

やる気がでないがわからない

困った。支離滅裂に殴り書き。

友達会社やばいらしくて転職しないといけないのかもな、と言われて。

じゃ!これやってみたら!とか色々言ってみたけど

「やる気がない。愚痴を聞いて欲しい。」と言われて。

聞いていたけど、正直聞いてもどういう気持ちなのか、何を言って欲しかったのかわからなかった。

ちなみに、彼女うつ病ではない。やりたいことはやれる時間はある。

でも特に暇ができたら何か自分からするタイプじゃない。

私は「やりたいことがない状況」が生きてきてなかった。

人生に迷ったことはもちろんある。進路なり、転職なり、ニートしてた時期もある。

何かを迷いながら何かをやめたこともある。

迷う気持ちはわかる。

でも暇ができたら同じことをしてると飽きるから何かしらしてしまう。

勉強なり、ハロワなり、人に話を聞くなり相談するなり、資格とるなり、農業行ったり、何かを体験しに行ったり、本読んだり何かしらしてた。

ADHD疑いもある私だからなのかもしれない。

やりたいことをいやいややらされている、のが辛いのはわかる。

疲れてるわけじゃない。

けど、何もしない気持ちが何故しないでいられるのか真剣にわからない。

頭でポンポン浮かんじゃうし、我慢してられないから。

うんこ食わせたっていいじゃない。にんげんだもの」ロボデリについて

最近私のTLを賑わせているロボデリについて女性視点意見を書いてみる。

なんか男側ばっかり叩かれてるけど、サービス提供している女性側に対する意見がないことに違和感があるので。

まず自分属性を書いておくと、

私は風俗体験したこともないし、(社長にくっついてスナック行ったことはある)

もちろん働いたこともない。ただガールズバー体験入店ティッシュ広告をみて調べたことはある。

風俗嬢を立派とは思わないけど汚い仕事とも思っていない。社会的リスクが高いけどリターンが大きい仕事という認識である

叩かれているロボデリオーナーツイートと元従業員数人のツイートを見ました。詳しくはまとめでも見てろ。

オーナーは「コミュニケーション不全で他の風俗店ではNG客が楽しめる店があってもいーだろ!!」っていってるのね。

私はそう解釈した。私はその主張は別にいいと思う。

実際の店で従業員フォローがなってないとか、オーナーがヤク中とか、そんなのは問題

女の子がしゃべらない」そして「客もしゃべる必要がない」コンセプトのお店はニーズにあった商売だと思うし、

オプションうんこ食うっていうクソぶっとんだものがあっても、需要供給があればいいのですよ。

そういう性癖持っていられるのも”人権であるわけで。そういうどマイナー人種に合わせて商売がなりたつ日本の懐の深さよ。

話が逸れた。

で、

女性蔑視とかしゃべれないのに無理やりでかわいそうとか女性人権がないとか色々言われてるけども、

前提としてロボデリ従業員は「数ある風俗店の中から選んでロボデリで働いてるよね?」と思うわけですよ。

店がクソとか客もクソとかスタッフがクソとか、

それなら辞めるなりその場で逃げ出すなり訴えるなり警察行けば と思ってしまう。

本当に口がきけない動物ロボットなら「かわいそう・・・」って思えるんだけど、

喋れるでしょ?嫌って言えるでしょ? 嫌なら嫌って言って辞めろよ!!!

それができないなら人権がないって言えるけどさ・・選んで働いてるやん・・・

意志薄弱とか精神障害持ってて逃げられないの? それはもう逮捕案件だよ。警察行くか誰か助けてあげてください。

もう自分意志でそこで働いてお金もらってる時点で、「望んでその仕事をやっている」ことになるじゃない。

ビジネスとして成功しちゃってるじゃない。

そらオーナーもでかいしますがな。

「こんなはした金で女に食糞までさせれるんだぜ」ってオーナーも客も思いますがな。

嫌だろうが我慢するから!! 

長々書いたけど

うんこ食いみたいなマイナー性癖を持ってたり、コミュ障リアル女に触れない人らの最後の砦風俗なワケで。

風俗嬢の方々も自らの自由意志でそこで働き、お金をもらって性サービス提供している。

店側の対応問題があるだとか、金払ってるからってNG行為をする客を叩くならまだしも

ただ自分の嗜好から数億マイル離れたからといって店や客を過剰に叩いたり

女性蔑視だ暴力だと叩くのは微妙にズレてませんか?その叩き。

ロボット扱いが暴力行為助長するっていうなら、ある一定ラインを越えればNGにすればいいだけでしょ

客の人間性問題であって、ロボデリというコンセプト自体絶対悪ではないのでは?

ここは微妙な部分だから、店側はきちんとケアするべきだとは思いますが。

それに一般的性癖ジェントルマンな方々にも、ロボ女というジャンル需要あると思いますよ?

しゃべんのめんどくさい時もあるだろうし、そこは風俗嬢でもメリットな人いるでしょ。

従業員の嘆き色々読んだけど、ツイートで言われてるようなクソ客がたくさんいる日本ちょっと病的だよなとは思う。

むっつりにもほどがあるわ

そいつらこそ本当に”リアル女子”とのふれあい必要だと思うのは私だけ?

ロボ女相手だと気がでかくなってNG行為する人間一定数いるのが日本社会の闇な気がする。

正直嫌がる女の子に無理やりうんこ食べさせて興奮する性癖もったやつは私の周りにはでてこないでほしいというのが本音だけども。

金払ってそれが表にでないようになるならロボデリ様様です。

・・と思うんだけど、どうですか?

風俗嬢を”やらざるをえない状況になったことのない”外部だから言えることなんでしょーかね。(このご時世そんな子いるんかね)

腸弱党から離党したか方法書く

20歳ぐらいかお腹が弱くなった。今40代だけどひどいときは1日おきぐらいでPだった。

今までいろんな方法を試したけど、ここ半年ぐらい調子がいいので効果があったもの書く。

ヨーグルト

スーパーで売っているカスピ海ヨーグルトとBifixを、毎朝100gぐらいずつ交互に食べる。

カスピ海ヨーグルトだけだとウコが固くなりやすい。

●イモディウム

通販で売っている「イモディウム」という薬。有効成分は「塩酸ペラミド」なので成分同じなら他のでもいいかも。

即効性があり、飲んで30分ぐらいで落ち着く。

まとめて買ってつねに持ち歩き、ヤバいときはすぐ飲めるようにしておいた。

細菌性の下痢ときに飲むと大変なことになるので、使用自己責任でお願いします。

プルーン

ドライプルーン毎日2個食べる。食べすぎは逆効果

たまにダイナマイトみたいなウコが出る。

イチジク浣腸

距離ドライブや旅行なんかのときは朝イチで浣腸それからイモディウムを1錠飲んでおく。

翌朝にもう1錠。これで完璧

大豆

自分で茹でてもいいけどめんどくさくてやらなくなる。

Amazonでパック入り水煮大豆をまとめ買いしていろんな料理に入れるのがおすすめ

これ続けたらかなり調子が良くなった。

効果がなかったもの

ビオフェルミン、その他の整腸剤

ヤクルト

カスピ海とBifix以外のヨーグルト

正露丸

ストッパ

上記は1~2日は効果があったけど、続けたらダメだった。

以上はあくま個人体験にもとづく感想です。

離党はいいぞ。

みなさま、素敵な腸ライフを!

置換神学はありえない

置換神学・・・ユダヤ人は度重なる反抗のため神に捨てられ、呪いけが残ったという神学

呪いとは祝福の逆である旧約聖書申命記28章には、神に従うことによる祝福と反抗による呪いが書いてある。ユダヤ人はこの呪いをすべて体験してきた。

しかし、実際に見ると、ユダヤ人が例えばノーベル賞受賞者にはユダヤ人が多い。25%とか40%とか言われているが多いことは事実さらに、世界にはユダヤ人金持ちがたくさんいることも有名である

このように、どう見ても、祝福されていないとは言えないであろう。申命記根拠にしてみても、確かにユダヤ人には律法を守る人が多い。これによって祝福されているのかもしれない。

よって、呪いけが残ったとする置換神学はありえない。

2018-09-21

[] 第21話「続けよう増田週間」

2018年3月21日 天気:薪ストーブがないなら南国に移住すればいいじゃない

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才能がないのではない。

伸びない増田を書く才能があるのだ

RE:VIEW

見るに再度と書いてレビュー

ただ一瞬体験しただけではなく、振り返って言語化するからこそレビューなのである

消費者に出来る唯一の生産活動を、遠い昔誰かがこう呼んだ。

がんの代替医療についてがん患者として思うこと

気のせいかもしれないが、最近著名人ががんで亡くなるニュースが多い。

私は30代で乳がんにかかってしまい、現在休職してがん治療を行っているのでそのせいもあるとは思う。

 

がん治療中の身としては、正直逝去ニュース自体シャットアウトしたい気持ちが強いが、テレビスマホで見たくなくても目に入ってしまう。

ニュースへのコメントなどでいろいろと考えさせられてしまうことが多くなったので、すっきりしておくためにここで書いておきたい。

 

きっかけとなったのは、さくらももこさんが乳がんで亡くなられたニュースだ。

詳細は不明であるが、彼女は一旦病院での治療を行い、最終的には代替医療でがんを治療しようと試みていたようである

そのニュースに対し「お悔やみ申し上げるが、怪しい根拠のないインチキ療法を行うからこんな目にあう。

病院ちゃん治療をすることが必要だ」といったコメント散見された。

私もがんが発覚する前、小林麻央さんのニュースを見てそのような感想を抱いた記憶があり、

がんを患ったことがない人、がん患者が周りにいない人にとっては一般的感想になるのかもしれない。

ただ、がんを患う身となってから勉強体験をするにつれて、若干考え方が変わるようになった。

 

そもそもがんは進行具合によって、治療方針が大きく異なる。

がんの種類にもよるが、まだがんの腫瘍局所しかみられないステージ0~3のケースにおいては、

がんを根治することを目的病院は手術や抗がん剤放射線といった科学的根拠に基づいた標準治療を行ってくれる。

ただし、がんは標準治療が終わっても、必ずしも治ったと言い切ることができない。

寛解状態を維持できる方もいる一方、一旦治療が終わって寛解状態となっても、他の臓器に転移して病状が進む方もいる。

 

患者としては、ステージ0~3の場合抗がん剤治療などの辛い治療を耐える気力もあるかもしれない。

私は現在乳がんの根治を目的として抗がん剤治療を行っているが、正直結構辛い(副作用が軽い人もいるが)。

最近はい吐き気止めがあるので吐いたりこそはしないが、抗がん剤をうって1週間は寝たきりで起き上がれないし、

白血球の数が大分減り細菌ウイルス感染をおこしやすいため体調が回復しても行動はある程度制限される。

 

髪の毛はなくなってハゲになってしまった。

抗がん剤治療が終われば生えてくるし、カツラがあるから大丈夫と人には言ってはいるが、やはりショックだったことは否めない。

薬によっては手足がしびれてペン包丁を持ったりすることができなくなる。

肝臓腎臓の数値も悪くなるなど、高齢の人や持病がある人は身体的に耐えられないこともある。

私が使っている抗がん剤副作用上記のようなものが中心だが、他にもいろいろなものがある。

また、手術で体の形はかわる。健康な体とはやはりどう見ても違うし、リンパ節を切除することもあるから後遺症も残る可能性がある。

 

「治る可能性がある」と医者に言われているから、憂鬱ではあるもの病院に行き、

我慢して標準治療を受けているような状態だが、がんが発覚してもこの治療を受けたくないといって拒む人の気持ち理解できる。

副作用自体仕事価値観として耐えられないこともあるだろうし、

頑張って標準治療を受けても、まれとはいえない確率で再発・転移して一気にステージ4の病状へ進むことがあるからだ。

 

ステージ4は、がんの腫瘍局所のみならず、他の臓器や部位に遠隔転移をしているような状況を指す。

このような病状では、基本的にがんを根治することを目的とせず、抗がん剤治療を中心とした、延命QOL向上を目的とした治療方針をとる。

現代医学限界として、ステージ4のがんの根治は難しいようだ。

延命といっても、寿命を迎えるまでというわけではない。

樹木希林さんのケースのように転移を起こしても10年程度生きられるといったこともあるが、早期に亡くなってしまうケースも多いようだ。

 

自分ががんを患うようになって、ステージ4に進行した場合代替医療をやってみる選択肢否定できないな、と思うようになった。

 

病院治療をしたとしても数年以内にはおそらく死ぬとわかったときに、

患者として副作用てんこもり抗がん剤治療をやる気力が残っているのだろうか。

ステージ4の場合原発巣の治療とは異なる薬剤を使うようだが、どうしても前に受けた治療の苦い記憶が思い起こされてしまう。

治らないとわかっている延命治療お金を使うくらいなら、インチキかもしれないが奇跡的に治ったという人もいるという代替医療をやってみてもいいんじゃないか。

こんな風に代替医療選択する人がいたって、おかしくないと思うようになった。

 

もちろん法外なお金をとったり、標準治療は間違っているなどと言ったりしている代替医療に関しては、

それを提供するクリニックや団自体問題だと思うが、患者判断問題といった物言いはできない。

代替医療選択したいと思う気持ちフラットに聞いてくれたり、下心なく相談に乗ってくれたりする人はなかなかいないと思う。

がんは日本人の2人に1人がかかる病気なので、病院外来待合室はいつも患者とその家族で大盛況だ。

医者看護師は忙しく、話を聞いてくれる余裕はなさそうで、「治療を受けるのはあくま自己判断です」とオブラートにつつんでいわれるのが関の山だろう。

 

代替医療科学的根拠はない、それ自体は間違ってはいないが、代替医療を選んだことを責めるのは心苦しいと思うようになった。

だって科学的根拠のある治療とやらでは、ステージ4のがんを治療したいと思う心はなぐさめられないのだから

 

がんが発覚してからステージ4まで進行したら、と考えない日はない。

自分がこんなにも生きていたいと思っているとは、今まで思いもよらなかった。

もしステージ4に進行してしまったら、気楽な代替医療にすがってしまうかもしれない。

そんな時、「あなた選択肢おかしい、科学的根拠のある治療に切り替えるべき」なんて訳知り顔で言われてしまったら、本当に腹立たしいだろうな。

 

(補足)乳がんを前提として書いているので、他のがんの種類ではいろいろかみ合わないところもあるかもしれません。

猥談したい

中学生ぐらいの時の、仕入れエロ知識をひたすら教え合うだけの、そういうなんというか、

言ってしまえば「実際体験したことないけど、確実にあるだろう物」の話を、真偽とか全く確認せずに話をしたい。

 

この楽しみって、最近わかったんだけど、都市伝説の話し合いと一緒なんだよね。

友達の友達が言ってたんだけど。

anond:20180920163719

団塊世代は1人残らず苦労知らずでひたすらハッピー脳天気で夢見がちだった

そんなこと、言ってないんだよなぁ…。強迫神経症かな?お薬出しておきますね。

あと、黒沢とか野村芳太郎は、彼ら自身団塊の世代なわけではないので彼らの作ったもの団塊の世代目線ではないのでは?とお返ししておきます

二人とも戦時体験があるわけでさ。

満員電車で酷い目に遭った話を教えてほしい

もう1年以上前の事だけど、今思い出しても腹立たしいし、相手を一発パンチしておけば良かったと後悔してる。

他の人の酷いエピソードを聞いて、自分体験って大した事無かったんだなって思いたい。

2018-09-20

anond:20180918012627

>『うちら仲良かったやんw』

それ超王道あるあるの中のあるあるパターン

いじめてた側の主観では、暴力ではなく遊びの一環、相手は「仲良しグループの中の面白キャラ」「俺がいじってやったお陰でみんなの話題になれた」と本気で思ってる

そういう性格で成長後になったのが、社長とかエリート官僚とかではなくお笑い芸人というのもじつに納得

当人は場を盛り上げる才能があると思ってるんだろうな

たぶん当時の話を暴露しても、当人主観との完全なすれ違いで相手は何も実感を持たんぞ

こんな奴に復讐してもぬかに釘、こんにゃくを殴るような手応えしかないだろう

当時のことを忘れるのは無理としても、こいつの存在が頭の中の比重で1%未満になるぐらい、後天的に、面白い物、こんな奴よりもっとずっとすごい人物、怖い物、嫌な物、美しい物、痛い体験気持ちいい体験、等々を増やすことをお勧めする

頭の中の意識がこんなくだらない奴に支配されることこそ人生の敗北だよ

俺の友人にも1人いる、いまだに高校時代にさんざん体罰くらわせてた教師悪口ばっかり言ってる奴、どう考えても教師の方が悪いのだが、いまだにその話を俺にするときその男は「俺はこんなに被害者だった」という感情自己陶酔してるのがプンプン臭ってしょうがない

そいつ48歳な

高校生だったのは昭和のころだ

「こんなこと書いてるお前はいじめられたことないんだろう?」て言うんだろ? 逆だよ!! 俺も似たような経験は山ほどあるよw なんでクソ野郎に限ってリア充人生歩んでるんだよ!? と何万回思ったことか

が、復讐心は自分に何の益ももたらさなかった

これはダメ人間の先輩からの助言だ、いや助言なんて説教臭いね、うん独り言

「お前みたいなダメ中年にはならねーよ」ぐらいに思ってくれ

東大の友人「受かったときに鼻で笑われたのに絶望した」

この友人はとにかくなめられる。何か目標に向かって行動してることを周囲に知られると徹底的にバカにされて妨害を受けるようなキャラだ。

から東大志望だとバレたときはまあ周りがキツかったらしい。卒業まで全員が自分の失敗を願ってるような感じだったとかで。

「おめえみたいな奴に受かるわけないだろ」

「高い目標持ってることがもうムカつく。惨めな人生過ごす義務がある。だからヤラれ続けてろよ」

こんなふうに茶々入れられるなんて当たり前だったらしい。

ちなみにこの友人は黙ってても嫌われるタイプだ。悪事を働いたりデリカシーに欠いた天然発言をするわけではない。とにかく遠慮がちで大人しくてなめられやすいというだけだ。ちなみに顔は相当ひどい。

それでもこいつは東大現役合格したんだけど周りは全く悔しがることも彼を認めることもなかったそうだ。

まず、東大を落ちて家を飛び出し地方就職に逃げた、というデマが広まったらしい。

予備校合格体験記が出てからいよいよ彼が受かったことを認めざるを得なくなったら今度はみんな「東大なんて目指せば誰でも受かる程度だったんだなあ」。

この東大友達の嘆きが忘れられない。

「結局、絶対に上手くいってほしくないと周りから願われる才能を持って俺は生まれしまったってことなのかも。もし俺が億万長者や篤志家だったとしても周りはバカにし続けるはず」

こう打ちひしがれる彼を見て

「うるせえカスだなあ。てめえは周りからボロ雑巾扱いされてることに哀れにも気づけずに恥を晒し続ける天然系底辺でいろや。なに被害自覚してやがるクソブサイク死ね

と内心でイライラ罵倒し始めて、彼の心をとにかく傷つけたいという衝動に駆られている自分気づき、俺は本当に驚いた。

彼は嫌われる天才なのかもしれない。

追記

自分がこの東大友達イラつくとき、どのような心の動きをしているのか自己分析してみた。

もっと傷つくところが見たいのに友達が逃れようとしてる。

これだった。

この友達から花粉症が治まったって報告受けたときにムカついてムカついてたまらなくなったことがある。

2018-09-19

カルチャースクール的なやつ

短期講座Aに申し込むくらいには興味があるんだけど、長期講座Bにはさすがに期間長いしその分お値段も……なので申し込む予定がない場合

長期講座Bの無料体験付きの説明会って申し込んで行ってみてもいいと思う?

建前としては説明会に行ってスクール自体雰囲気を見たい。ぶっちゃけると体験レッスンが受けたい

行って丸めまれて申し込んじゃうのはまあアリなんだけど、基本的には申し込むつもりは今のところないので悪いかなーと思って躊躇している

anond:20180919173047

キレることで得られるメリットが続く限り、キレ続ける。

キレるとぶん殴られるくらいのデメリット体験して初めて、キレないようになる。

まり学習するんだ。

からキレる奴にはとことん真正からぶつかった方がイイ。

SIerベンチャーWeb開発と社内SE渡り歩いた

あくまでも個人的体験感想

会社上司による

ブラック度(ホワイト度)

ホワイト度は会社の規模と比例する

ブラック度が高いのは同族経営だな

創業一族の力が強すぎて社員経営者召使いと同じ

正しく評価されるかどうか

会社の規模に比例する

SIerはn次評価もあるので上司が正しく評価されてるかどうかも評価される

ベンチャー上司のさじ加減

社内SE技術的な評価をする上司がいなかった

技術的な楽しさ

ベンチャーWeb>>>社内SE>SIer

ベンチャーはどんどん新しい技術に挑戦してたけどバージョン管理が難しい

社内SEはは自分のさじ加減

SIerは枯れた技術しか使えないもしくは工程管理がメイン

給料

会社の規模に比例する

友人の話

今年の12月に手術を控える友人がいる。まだ20代で仕事現在も続けているが、病気により徐々に握力が低下するなど身体への影響も大きくなりつつある。

その上、転勤族の彼は今年4月に海沿いの町に異動した。配属先や周囲には同年代の人もなかなかおらず、気を紛らわせることが難しいという。

そのため非常にナーバスになっているようだ、というのが月に何度かの長電話から伝わってくる。

病名はわからないが、中学生とき高校生ときも手術を行い、今回も全身麻酔での手術になるそうだ。思春期にそうした体験をしたために、多くのことに対して消極的な冷めたもの見方をするようになった、と彼は話す。おそらく、そうすることで自分精神を守っていたのだろうと思う。

電話口で彼は「楽しいこと何かない?」と聞く。あれこれ提案し続けているが、何一つ彼の興味を引くようなことを私は言うことができず、仕方がないので楽しそうな振りをして笑って日常を語る。ごまかしに過ぎないことはきっと伝わっているだろう。

「終わるのを待っているようでなにもする気が起きない」と言いながら、自分身体機能の低下を冗談交じりに嘆き、私が何の解決ももたらせないと知りながら「何か楽しいことは」とくり返す。延々と冗談めかした雑談を続けることくらいしか、私にできることはない。

電話を終えて、ふと自分がもしも1か月後に死ぬとしたら、と考えた。

もしそれが避けられないとしたら、きっとどこか遠くへ旅に出るだろう。旅先が知らない場所であればあるほど、まるで夢のように思える。死ぬなら夢の中がいいなと思う。

もし家族がいる人なら、大切な人のために残り時間を使うことを考えるのだろうか。

叶えたい夢がある人は、そこに一歩でも近づいて終わることを選ぶのだろうか。

私にも親や大切な友人はいるけれど、死ぬときは彼らのいない遠くにいたい。できれば死んだことも知られたくない。

友人には死んでほしくないし、手術の成否や身体の不調がどうであれ、できるだけ悩まず(無理だけど)、できるだけ苦しまず(あり得ないけど)、できるだけ楽しく(どうか)人生を過ごしてほしい。もしも自分がそのために何かできるならいいなと思う。

生きる意味が見出せない。

欲しいものがない。

あるいは欲しいものを得られない。

孤独や疲労、世間の冷たい態度や疎外、そういったものものを越える理由がない。

あそこでの仕事をしていた時も、虚しさが拭いきれなかった。生きることはできても、動いていても、心は死んだように輝かず、生きているのに死んでいるようだった。

とてもとても、虚しかった。

それを克服しようと、したいことをしようとこちらへ来たけれど、その仕事も「違う」と感じ、その仕事なすためのハードルを越える必要もないと感じ、やめてしまった。

自分の持つものを上手く活かせる場はあるのだろうけど、探す気にならない。

そうまでして生きる意味が僕にはない。

生きるというより、諸処のストレスを越える理由が。

それに、したいことが思い浮かばない。

自信がなくなってしまった。自己能力、体力に対して、そしてまた、自分を動かす「したいこと」に対しても。

力が湧いてこない。この心と体で出来ることなど、なにもない。それほどまでに、心と体が動かない。

場所があれば違うのかもしれない。

でも依るべき場所がない。

実家はない。

ママは僕が自死したら死ぬまで苦しむだろう。一人でに自分を責めるだろう。

可哀想だとは思う。

ママはあの苗字として出来る限りのことを僕にしてくれたけど、でもやはり、あの苗字という選択は僕にとって大きく間違ってたみたいだ。僕には、母が消えてしまったような、取られてしまったような、そんな気持ちが常にあり、こんな歳になっても消え切らなかった。

その反動恋人に熱を入れたけれど、あの人とも一緒になることはできなかった。でも僕も子供が欲しかったし、いい父親になるだろうと思ったから、可能になったとしても一緒にいない選択をとるだろう。

それでもあの人との恋愛は、生きていて良かったと、それまでの孤独や寂しさは、この幸福を感じるためだったのだと思えたほど、素晴らしいものだった。あんな素敵な体験が出来る人は、地位や富や歴史的人物だとしても、そうはいない。そう思える。

でも逆に、失った後に苦しむことにもなる。

あれから数年が経っても、落ち着いた恋愛が未だ出来ず、「出来ない」という経験けが積み重なった。

仕事家族恋愛

全てにおいて失った感覚

日々や人生で沈むときは、そういった捉えを強く感じる。そんな僕には、何かを得られる気がしない。ただ転がり落ち続けるだけだ。

生きたい理由がなく、不幸を避ける。

から死ぬ

僕と関わった方々の今後の日々に、一抹の影を残してしまうことを心苦しく思います申し訳ありません。

僕の死は、誰にでもある宿命や産まれながらの不幸に対し、僕自身が勝てなかったというだけです。そしてまた、破滅的な傾向と不安定精神に依りますたまたまが重なり、ここまでに至ってしまった。そういう人生もあります人生選択できるほどの熱量を、誰しもが持てるわけではない。

これまでの日々で、笑顔や温かい気持ち、感動する体験ができたことを幸福に思います

2018-09-18

息子だけど、親権押し付け離婚した母親について

そういえば自分の周りに親権を押しつけて離婚した母親がいたなあと、元増田を読んでいて思い出した。

もう20年近く前の話だし、元増田の元家庭とはずいぶん環境も違う。

記憶も定かでは無いけれど、「親権押しつけて離婚した母親」がどう見えたか、息子の立場の思い出で自分語りする。

母親最後に見送ったのは私と弟だった。

私の母親は、私が10歳の夏に家を出ていった。

母親の姿を私が最後に見たのは自宅の玄関

私と弟が学童保育から帰ってきて一息ついたあと、入れ替わりで母親は家を出ていって、そのまま帰ってこなくなった。

私と弟がどこにいくのか尋ねたところ、

ちょっと買い物に出かけてくる、あんたたちも来る?」と母親は応えた。留守番をしている、と返したと思う。

まだ日が落ちる前で外は暑かったし、エアコンが効いた部屋から出たくなかった。

それが母親と面と向かって話した最後の会話だった。

その日以来、母親は帰ってこない。ずいぶん長い買い物である

父親が帰ってきたのは20時ごろだったと思う。

母がいっこうに帰ってこないから、勝手レトルトカレーを食べるか迷っていたところだった。

そこから記憶あいまいで、「お母さんは買い物に出かけている」と父親に伝えたこと、その日は結局帰ってこなかったこと、

翌日の夜に「お母さんはもう戻らないんだってさ」と父親に伝えられたことは覚えている。


日経ってから改めて、「お前たちはどうする?お母さんについてくる?」と父親に聞かれた。父と母だけで子供に見えないところでやり取りをしていたんだろう。

私と弟は、間髪入れずに「父親についていく」と伝えた。

子供ながらに、「父親は家に住んでいる、母親は家を出た」「父親仕事をしている、母親パートタイムで働いている」「母親と一緒になるのは不安しかない」と思ったから。

その日からしばらくは子供部屋ではなく、父と母親の部屋で寝ることになった。

父親には「お父さんが寂しいだろうから」なんて言ったけど、たぶん怖かったんだと思う。寝ている間に父親もいなくなったら、とかたぶんそういうことを考えてたんじゃないか

家庭事情、なぜ離婚したのか

正直なところ、離婚前後夫婦関係母親の状況について、父親に聞いたことはない。父の浮気のようなわかりやす理由があったのかも分からない。

当時は、父親の機嫌を損ねたくなかったから、そんなの聞けるわけがなかった。

私も弟も父親も、母親がいなくなって、各々で新しい日々を送ろうと四苦八苦していたし、そのうちに聞くタイミングを失ってしまった。

というかよく考えたら、父と母親の馴れ初めについてすら詳しく知らない。なにしろ私がそんなものに興味を持つ前に離婚してしまたから。

父の年齢から離婚時点の年齢を考えると33~4歳前後になるから、彼らはおそらく大学を出てすぐに結婚したんだと思う。

父は普通サラリーマン帰宅20前後母親も、私が幼稚園の頃からパート勤務をしてて18時頃の帰宅が多かった。

なにしろ大学を出てすぐ私たちを生んだわけだから我が家にも給料的には余裕が無かったはずだ。

共働きということもあって、私と弟は小学校に入るとすぐに学童保育に預けられた。

周りの友人たちの母親専業主婦ばかりだったし、いま思えばマイホームを持った落ち着いた家庭が多かった。

記憶にある限りでは、私の母親PTAなどにもほとんど参加していなかったと思う。地域での友人関係というのも無かったんじゃないか

当時は家の鍵を渡されてなかったから、学童保育から帰ったあとは玄関の前に座って、母親の帰りをぼうっと待っていたのを覚えている。

食事レトルトや総菜がほとんどだった。忙しかったんだろう。

離婚の経緯に関しては唯一、母親祖父から「あの子あんたたちを育てるのを投げ出した、だから勘当をした」という趣旨の話を聞いたことがある。

そのため、母が家を出て行った理由は、私と弟の世話に嫌気がさしたからだと思っている。

実際、当時の私と弟は問題児で、小学校でも幼稚園でも喧嘩忘れ物などの問題行動をよく起こしていた。

まり詳しく覚えていないけど、家庭でも似たような状態だったのだと思う。酷く手のかかる子供だったと思う。

そんな状態である上に、私と弟は昔から比較的父になついていた。母親から見れば「男3人と自分」という対立構造に見えるときも多かったんじゃないだろうか。

上に書いたように、父と母親のどちらにつくかのやり取りもあったから、子供目線だと「母は親権押し付けて出て行った」のではなく「僕たちは自分父親を選んだ」という意識を持っていた。

でも、こうして書いていると、やはり母親私たちと居ることが耐えられなかったんだと思う。

「買い物」に出ていく際の「あんたたちも来る?」という問いは、きっとそんな耐えられない息子たちと自分関係を確かめ意味言葉だったんだろう。

ごめんね、お母さんよりも冷房を選ぶような息子たちで。あの日暑かったからなあ。

離婚のあとのこと

断片的な記憶だけど、父親離婚届を書いているところ、書類を返送する際に「こんな男と10年以上いてくれて~~~」という趣旨手紙を添えていたことを覚えている。

父は「本当にお母さんと連絡したいと思ったら、この携帯番号にかけたらいいから」といって、母の連絡先が書かれたメモ電話機のわきに残してくれた。

何度か電話をかけた記憶はあるが、そのとき何を話したかはもう覚えていない。

しばらくは祖父母が手伝いに来てくれていたこともあり、私も弟もすぐに母親がいない生活に順応した。メモはしばらく壁に貼ってあったけど、どこかにいってしまった。

その後、母親祖父から絶縁されたらしい。

もっとも、何年かに一度は連絡がある、ないしは帰ってきていたこともあるらしいので、本当のところは知らない。

私が二十歳を過ぎたころぐらいに、祖母から母親と会うつもりはないか」と聞かれたこともあった。

ただ、そのときにはもう私も大学生だったし、妙な蒸し返し方をされるのが不気味で会うのを拒んでしまった。「会わなかったぶんのお小遣いをくれるなら考えるよ」とかなんとか適当なことを言って。

小遣い自体は実際にもらった。

大学時代、祖父母の援助で車の免許を取得させてもらった。

あとから聞いた話によると、これは母から祖父母に「息子のために使ってほしい」とあずけられたお金から出されたものとのことだった。

祖父から「残りは、いつかお前たちがいい人を見つけて結婚式をするときに渡したい」と言われた。

父と母親の間で、慰謝料だか養育費だかの金銭のやりとりがあったかについては、知らない。たぶんもう知ることもないと思う。

私のその後

離婚してすぐに一家4人ですごしていた家からは引っ越すことになった。

学校が変わったことがきっかけで、無自覚問題児から自覚のある問題児に変わった。

父親との関係とは紆余曲折あったものの、大学までは出してもらった。

その間、母親がいないことで不便した記憶というのはほとんどない。保護者参観に親が来ないことにもすぐに慣れた。

中高生ときから料理をするようになったし、親が家にいないおかげでのびのびと生活していたから、むしろ恩恵のほうが大きい。

最近になって若干面倒になってきたのは、職場の同僚や知人から

「いつ結婚するのか?」と尋ねられること。

これは母親がいなくなったこととは直接関係とは思うけど、異性と生活を共にして、家庭を持つイメージがどうしても持つことができない。

おじいちゃん、お母さん、ごめんなさい。どうも僕はあのお金をもらう気にはなれません。

母親をどう思っているか

今になって思うと、ひどく気の毒に感じている。

母親が私を生んだ年齢をすぎて数年が経つ。もし今の私が、私のような子どもを持っていたとしたら、おそらく私だって投げ出すと思う。

もっとも、母親が買い物に出かけた理由が、本当に私たちだったのかは知るよしもないんだけど。

元増田について

本当にお疲れ様でした。

自分語りをしながら、もしかしたら私も元増田の書いてるような「隠し通された子供」なのかもしれないのかなあ、なんて考えてしまいました。

ただ、いずれにせよ元増田さんの体験元増田さんだけのものですし、好き放題に増田で叩かれたり、長文で自分語りする父子家庭出身者が現れても、あまり気に病まないでください。

どうにかいろいろと上手くいくようになって、元増田にとってもお子さんたちにとっても一番傷が少ない結果になるように、祈ってます

https://anond.hatelabo.jp/20180918120625

夢か現実か…

私と妻が数週間前まで毎日のように遊んでいた友達が突然いなくなった。

 

何故、あんなふうに関係が終わってしまったのか疑問が残ったまま…。

もしかして、あの楽しかった日々は全部夢だったのか…。

もう何週間も経つのに忘れられない私は妻に確認してみた。

 

友達と遊んでいたのは全部夢だったのかな?」

「全部、現実だよ」

 

やっぱり、そうだよな。あんなに楽しかったのに現実でなかったわけがない。

でもなぜ妻はそんなに平然としていられるのか…。

聞いてみると…

 

楽しいけれど、ネット上での友達は実際に会うこともないし、別にすぐ切れる相手

実際はどんな相手かも分からないでしょ?何を本気になっているの?」

 

そう。私と妻はゲームの楽しみ方が違っていたのだと気が付いた。

妻は純粋ゲームを楽しんでいるだけ。

私は一緒に遊べる本当の友達が出来たと錯覚していたんだ。

 

何なら妻がいるのにちょっと秘めた気持ちもあったかもしれない。

そんな気持ちを見透かしていた妻は友達と離れ内心はホッとしているのではないかとも思う。

 

現に「まだ友達に未練があるの?」と聞かれることがある。

これに対して、私は「そりゃ本当に楽しかたからね。お前も楽しかっただろ?」と問うと、

「まぁね。」と言うので、少し安心する。

 

友達がいなくなった私は人生で一番不思議体験をして、人生で初めて心療内科のお世話になった。

結果、もちろんPCSNSゲームのし過ぎなのだが、私が行った病院では治せないらしく

薬処方で、この不思議体験だけを消して欲しくて、薬を処方してもらうことにしたら、

少し治まった。今はもう飲んでいない。。。

 

この不思議体験については後日書くことにする。

本当に表現規制って厳しくなってるの?

現在刊行中のエロ漫画誌を調べてみたら、これだけあるらしい。

『COMIC LO』『COMIC快楽天』『COMIC快楽天ビースト』『コミックメガストアα』『ANGEL CLUB』『BugBug (バグバグ)』『COMIC失楽天』『COMIC HOT MILK (ホットミルク)』『COMIC 夢幻転生』『COMIC阿吽』『COMIC華漫』『COMIC真激』『MEN’S GOLD (メンズゴールド)』『TECH GIANテックジャイアン)』『アクションピザッツ』『アクションピザッツDX』『ゲッチュ』『コミックアンリアル』『ペンギンクラブ』『ペンギンクラブ山賊版』『まんがシャワー』『メガストア』『ヤングコミックチェリー』『人妻本当にあった Hな話』『二次元ドリームマガジン』『魔翔』『漫画ボン』『漫画ローレンス』『comicキャンドール』『Comicバズーカ』『G-type(ジータイプ)』『Men’s Young(メンズヤング)』『PUSH!!』『アクションピザッツスペシャル』『コミック戦国無頼』『ドキッ!』『ドキュメント実録 ! 人妻姦熟コミック』『愛の体験スペシャルデラックス』『増刊 コミックメイト

昔ながらの劇画誌っぽい物を除いたオタ向けだけで30誌以上ある。雑誌コードではなくアンソロ形式なども含めれば、さらに膨大な数になるだろう。

30年以上オタクをやってるじじいの昔話をすると、1990年代当時はここまで多くなかったはずだ。1980年代もっと少なく、ことオタ向けとなると『レモンピープル』とか、同時に10誌もなかった(よく休刊して入れかわった)

そんな80年代当時のオタは『レモンピープル』がコンビニで売られる事態なんて考えてもなかったろうし、そうなって欲しいと希望してたとも思えない。

***

1990年ごろになるとオタ向けエロ漫画誌も数が増えてコンビニでも売られるようになり、目立つようになって、遊人だの山本直樹作品やり玉に挙がるようになった。

このころから「ここでエロ漫画規制容認すれば、日本表現の自由がない言論弾圧国家になるぞ!!」と力説する者は多かった、今はなき米沢嘉博(初代コミックマーケット主催)とか。当時からその手の連中は、自分らを強権力に対するレジスタンス見立て自己陶酔してるような反体制きどり臭が鼻についたものだった。

しかそれから約30年、本当に日本表現の自由がない言論弾圧国家になったの? いつまで経っても、朝日新聞産経新聞どっちも廃刊させられてないじゃん(ネット上で一個人が別の一個人発言に噛みつくことは「弾圧」ではないですよ)

当時と今の変化と言えば成年コミックマークが導入されて、「建前上」漫画にも18禁が導入されたぐらいじゃね。18禁コードは昔から映画にもビデオにもあった、漫画にも導入された一点で「言論弾圧時代の始まり」と言うのは論理の飛躍しか思えない。

成年コミックマークの導入直後は、エロ漫画業界縮小を本気で恐れる者は多かったけど、結局そんなことは起きなかったのは冒頭のリストの通り。エロ漫画誌が都の条例かに引っかかって休刊したが、同じ編集部が新雑誌を創刊(ようは誌名変更)して、問題視された作品が平然と連載を続けたケースもめずらしくない。

そういや1980年代当時は、メロンブックスとらあなみたいに「市井個人が作ったエロ同人誌を町中で買える書店」もなかった。イベント行くか雑誌通販欄に頼るしかなかった。この点でも今のほうがよほどいい時代になったもんだと思う。

***

表現の中身はどうか? 1990年代以降、実写ヌードじゃ陰毛がはっきり見える写真集OKになった、この点なんかむしろ表現規制が解除されてるじゃん。

80年代当時のオタ向けエロ漫画は今よりずっと修正がきびしく、男女とも股間は広範囲にわたってべったり黒塗りでまったく何が描かれているのかわからん場合が少なくなかった。そもそも性器を精密に描くような絵柄も少なくなかった。

ところが、現在流通しているエロ漫画誌を見れば、ちんちんおまんまんもリアルに描いたうえで、うっすらスクリーントーンを貼っただけという場合が平然とごろごろある。ジャンルの幅も、ロリ専門誌、ショタ専門誌、ファンタジー系専門とかずいぶん広がった。

***

袋だたきを承知で書くが、表現規制反対派は、この30年ずっと「狼が来た」少年しか見えない。じじいの実感としては、1980年代当時よりむしろ今のほうがずっとエロ漫画誌の刊行点数も増え、エロ表現オープンになった気がしてならんのだ。

***

つい先日も「ラノベの表紙」のエロ表現問題になったが、叩いてる奴はほとんど、政治家でも権力者でもない市井ブロガー風情じゃないの。よほど政府与党大臣が言い出せば実際に規制される可能性は高いだろうが、表現規制を言い立てるのは一部の左翼フェミニストだけで、国民の大多数が支持する長期政権保守自民党オタクの味方なんだろ?

要するに「エロ漫画表現規制言論弾圧危機だ!!」って騒いでる奴は、「今すぐ日本中国みたいな左翼独裁国家になる!!」と言ってるのと同じようにしか思えない。そんなもん、まったくもって現実味が感じられないのだが。

戦後1980年代まで続いた冷戦時代右派は何十年も「今すぐソ連アカが攻めてくる攻めてくる!!」と言い続け、ついにその日は来なかった。左派は「今すぐ軍国主義復活だ!!」と言い続け、ついにその日は来なかった。冷戦体制崩壊後、右派は「中国経済崩壊」と言い続けてそろそろ30年になる……この手の予言が当たったことって何回あったっけ?

anond:20180918135609

これ嘘松でしょ

現時点の仕事場プライベート「だけ」の記述になってる

過去例えば学校ではどうだったかとか、仕事場プライベート中間の例えば通勤中の人取引先、警備の人の反応について意識がいってないのは体験じゃなくて考えて書いたためでしょ

貧乏人は金と時間の使い方がおかし

自分が今持っている金や時間をコレに使うことは、投資だろうか?それとも浪費だろうか?と考える習慣がない人が多い。

貧乏人は、一日だけでもいいから、金持ち生活体験するといいと思う。

良い服買って良い時計付けて、高級車レンタルしてみたり、高くて旨いものを食べまくってみたり、いい女とヤってみたり。

そうすることで自然意識が高くなって上昇志向が身につくと思う。

とっさのときに行動できない話

芸能人飲酒運転ひき逃げ事件動画が出回っていて、横断歩道通行中に突っ込んでくる車の映像に衝撃を受けている人が多い。事件悪質性みたいな観点とは別に、眼の前で車にはねられた人がいるのに、他の通行人が駆け寄りもせず、見知らぬふりをして立ち去る様を避難する声も少なからずあるようだ。

人は、とっさのときに行動できないものである

そういうことを身をもって体験した昔の出来事を思い出したので、書き残しておく。

から20年以上前自分高校生だったときの話である

通学のため、朝、バス停バスを待っていたら、目の前を自転車に乗った(おそらく)女子高生が通り過ぎていった。自分はそのとき文庫本参考書のようなものを読んでいたのだと思う。自転車が通り過ぎた後、耳に「ガシャン」という倒れる音が飛び込んできた。

見ると、自転車が倒れて、女子高生も倒れている。そのときバス停には自分と後輩のふたり(両方とも男)しかいない。後輩と顔を見合わせた後、あわてて駆け寄ると、血は出ていないが、呼びかけても返事がない。

バス停には自分しかおらず、その道は人通りもないので、誰か他の人が来ることもない。

道路を渡った反対側にガソリンスタンドがあったので、後輩にそこに行って公衆電話を借りて救急車を呼ぶように伝えた。

慌てて道路を渡る後輩。

と、ここで困ったことに気がついた。

彼女スカートが思いっきりめくれているのである。まじまじと見たわけではないので詳細は覚えていないが、白い下着が目に入った。

人通りがない、とはいえ、眼の前の通りは、車通りがそこそこある。なにより、もうすぐ乗る予定のバスがやってくるわけで、それには自分高校の生徒がたくさん乗っているはずである

このままだと、彼女が多くの学生下着を晒されてしまうわけで。

おとなになった今なら、さっとスカートを戻すなり、もっているハンカチで隠すなりができるのだろうけど、そのときは半分パニックになっていて、スカートを戻しているとき彼女が目を覚まして、めくっていると思われたらどうしようとか、そういうしょーもないことが頭を巡ってたりした。

結局、後輩がガソリンスタンドでお店の人に事情説明しているうちに、彼女が目を覚まして、再び自転車に乗って行ってしまった。

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