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はてなキーワード: いくらとは

2024-07-27

私はたしかに、恋人もおらず、人生を語らう友もおらず、子供もおらず、誇れる仕事財産もなく、家も車も持てなかったが、それらを列挙してみても、あまり未練を感じない。

なにやら、自分とは遠い世界の話の気がする。

ポケモンストーリークリアして満足するように、その先の育成や対戦がどうと言われても、それは自分とは別の人々に向けたコンテンツに思えてならない。

人生を損してると言われても、私にはこれでもうお腹いっぱいで、いくら高級ディナーが控えていようが、レストランから退出したいというだけの話だ。

8月下旬SASUKEワールドカップ放送すら遠く感じる。

一か月先のイベントが遠く感じるという感覚は、今までなかった。

いよいよ潮時かもしれない。

生き甲斐を拾い集めて辿っていくうちに、気づけば人生をやりおおせているのかもしれないが、もはや一か月先のマイルストーンすら億劫になった。

2024-07-26

anond:20240726234355

東北ジャップいくら溺れ死のうが俺達の弥助の方が大事だぜ!!

帰省すんなって言ってるのに息子が孫連れて帰省する悩みの話を聞いて

https://togetter.com/li/2407918

それさ、自分が夫の実家帰省してたんやないんかい

息子はたまに会うじいちゃんばあちゃん他親戚と楽しくすごしてたんでしょ。

その記憶があるから自分の子にも楽しい思い出を作らせたくて帰省したいんだよ。

それと、嫁さんの気持ち勝手に代弁するから真意が伝わらないんじゃね?

それで「本当は来て欲しいけど物わかりの良い義母を演じて断ってる」ってねじまがった解釈されてるんじゃないかのう。

はっきりと「息子にも嫁にも孫にも会いたくない」って言えばいくら何でも伝わるやろ。その後の関係はしらんけどな。

平成二年生まれオタクロマンス観(HL・BLGL)を形作った作品たち

もうすぐ誕生日を迎えて33歳が終わるので、いい機会だと思って平成初期生まれである自分ロマンス観の奥底に眠る作品について、水面まで引っ張り上げて雑語りしてみた。なお性別は男。

HL:anond:20240724184142

BL:anond:20240725222040

GL:これ

GL

ガールズラブと項目を立てておいてなんだけど、実は未だによくわからない概念もしかして期待して読みに来たかもしれない人がいたらゴメンなさい)。とりあえず自分ステートオブジアートとして率直な気持ちを残したいと思う。

BLの方で書いたように、筆者は昔からティーン向けの少女漫画少女小説摂取していたので、(少)女同士の関係性は友情(たまに愛憎)のものとしてプリセットされていた。なので女と女の距離が近くても「ああそういう感情ね」として頭の中の知っている感覚にラベルを振り分けていた。そこに特別名前を付けることはなかった。ただ「友情・親愛」と。

その後、オタクとして成長すると共に、だんだん百合という概念が男オタクの間に伸長してきたが、百合市場が出来上がるのを横目に眺めるだけで、自分自身がどうこうということはなかった。

覚えている限りだと、高校生の時(2006年くらい?)にオタク同級生の間で少女同士の関係性を題材にした漫画だったかラノベが友人の男オタクの間で流行っていたと思う。なんだっけ……4コマ漫画で……メガネ女子の眼の前で授業机の中から大量の煮凝りがぬぽって落ちるシーンだけは覚えているんだけど……。当時は百合という言葉は使っていなかった気がするけど、可愛い女の子同士がいちゃいちゃしているのがいいんだ、みたいなことを言っていた気がする。自分はそれに対して、特に思う感情はなかった。いや、逆に今更?という感情だったかも。なぜならば既にその場所は訪れたことがあったから。

自分が初めて少女同士の恋愛にも似た感情のやりとりを意識したのは、小説だった。図書館で借りてきたとある作家小説で読んだS(エス)といううら若き乙女同士の関係女学校に通う少女同士の疑似恋愛。そこにあったのは上辺は花畑を舞う蝶のように煌めき美しいが、内側に潜ると内蔵のようなヌメついた湿った感情だった。疑似恋愛嫉妬、そして混じる疑似ではない気持ち

そんな作品を読んできていたので、かわいい子とかわいい子がかわいいことをしている、みたいな作品に喜んでいるオタ友がどうにも幼く見えてしかたがなかった。

そうして百合とかGLとはあまり仲良くないまま、女同士の関係友情というフォルダに入れて今の年齢まできたのだけど…………ただ……心の中で唯一引っかかっている、消化できなかった少女同士の関係があった(過去形)。それが恩田陸小説「蛇行する川のほとり」に出てくる若い女子高生二人の関係性だ。

タイトル 蛇行する川のほと
作者 恩田陸


本作は、高校美術部に所属する女子部員たちが、野外音楽堂で行う演劇の背景美術を仕上げるために夏休みに川のほとりにある合宿を行うというシーンから始まる。(一応)主人公の毬子は憧れの美術部の先輩である香澄さんに合宿に誘われ、有頂天彼女主催する合宿に参加する。本来ならば年頃の少女たちの楽しいお泊り会となるはずだったのだが、香澄さんをはじめとする他の参加者は、彼女に何かを企んでいるような、隠しているような態度を取る。次第にただの楽しい合宿ではないことが分かってきたころ、毬子本人が忘れていた幼い頃にあった事件が浮かび上がり彼女過去を照らしてくる。そして過去を失い、少女大人になる。

本作のあとがきで、作者の恩田陸は「私が感じていた『少女たち』を封じ込めたいと想って書いた」と記している。その言葉の通り、本作には様々な「少女」が登場する。まだ大人子供奇跡狭間うつろう毬子、過去を持たない完成された香澄彼女相棒天才肌の絵描き芳野、一足先に大人へと羽化した真魚子。4つの章を通じて彼女たちは多様な顔を見せる。無垢でいながらも自分でも把握していない秘密を握っている毬子、どこまでも独立して半身の芳野にすら内心を明かさな香澄、優れた美術家の観察眼で本質を見抜きながらも最も大切な自分の中の香澄への気持ちに気付いていない芳野、そしてとある事件きっかけでその輪に無理やり入れられた真魚子(まおこ)。章ごとに語り手が代わり、一つの側面の形質は、語り手へと姿を変えてると主観となる。

本作には、登場人物のうちに公式に女女カップルと呼べる組み合わせが存在する。香澄芳野だ。常に二人で行動し、二人で一日を過ごし、どこでも二人の世界を作る。互いに互いを引き立て合うようなお似合いの二人。しかし二人は望んで一緒にいるわけではない。過去を共有してしまって、もはや離れられないのだ。お互いに過去という鎖を結びあってしまったと言っても良い。しかし、少なくとも芳野の方は、共に鎖を結びあった相手香澄で良かったと思っている。

門外漢自分が考えるに、多分世の中のGL?百合?好きは、芳野編を大いに好むと思う。そこで繰り広げられるのは、互いに誰よりも近く、親密で、そしてお互いに内面の99%まで理解しているのに、その残りの1%が、相手への愛が本当にそこにあるのか分からないという愛の物語だ。芳野編の、今まで無意識に避けてきた香澄肖像画を描くことで、自分の中の気持ちを形作るという展開はとても美しいものがあると思う。

ただ、自分はこの二人の関係性は処理出来ていた、と思う。友情、親愛、そして強い愛情と。自分が最も咀嚼できなかったのはもう一つの組み合わせ、毬子と真魚子の方だった。

同級生の中でも子供っぽい毬子と、級友に先駆け一足先に大人になってしまった真魚子。恋愛面でもお子様な毬子と既に大学生恋人がいる真魚子。正反対の二人は対極に位置するからか、親友同士であった。香澄芳野という二人と比べると、一生離れずに共にある彼女たちに対し、高校生の間は親友でも卒業したら普通に進路が離れ疎遠になり、それでもたまに会ってお茶をする、というような関係だろう。仲良しで大好きだけど、互いに混じり合う程に近いわけでもなく、恋人よりも好きというわけでもない。そう、それだけなら十分に理解できたんだ。

物語の後半、とある事情により毬子の代わりに真魚子が合宿に参加することになる。自分が一番よくわからなかったのがそこだった。毬子が事情により参加できなくなるのは分かる、でもあん事態になったとは言え、真魚子が嫌っていた香澄たちのところに単身乗り込むようなことをするのか、と。だって毬子と異なり彼女にはなんにも過去事件因縁が無い。だからいくら毬子に頼まれたからって、わざわざ事態を究明するために乗り込む必要はなく、ほとぼりが冷めるまで、物語が閉じるまで放っておけばいい。しかし、彼女は乗り込んだのだ。

この機序がずっと咀嚼できていなかったのだけど、最近、もしか自分の考えは順序が逆であるかもしれないと気が付いた。頼みを受けて乗り込まねばならないほど、本当は彼女にとって、親友は本当に大切な存在だったのだ、と。誰よりも冷静で頭が切れる真魚子であっても、いや毬子の親友彼女からこそ動かざるを得なかったのだと。その時、すとん、と腑に落ちた音がした気がした。

香澄芳野の唯一無二の分かち難い強固な結びつきとはまた違った、同級生親友というどこにでもある女子高生の毬子と真魚子の結びつきも、それはそれで一つの思春期の素朴な輝かしい感情の頂点なのだと。

百合とかGLとか未だよく分からないけど、自分にとってそれらに一番近い感情は、この二人を想うときかなって思った。

ネット民はなんでそんなに弥助問題にこだわるの?

から、どんな分野でも、トンデモを言い出すやつがいトンデモ説が一般に定着するなんてありふれてるじゃん

エセ科学界隈なんてまさにそれ

中学高校範囲教科書読むだけで明らかにおかしいってわかることでも、一般の人は疑わずに信じてちゃってたりするじゃん

そういう内容って、専門家研究者は、いちいち否定するのも馬鹿らしくて基本ノータッチだよね

だって中高の教科書レベルの間違いだよ?

専門家が突っ込むレベルじゃないよね

「はあ、教科書読みはったらよろしいわあ」以上のこと言えないし、言う気も起きないよね

でもたまーに、ネット民は何が気に障ったか、怖いくら固執しだすトピックがたまにある

専門家がアホらしすぎて口をつぐむような話でも、ネット在住の素人たちが大合戦しだす時がある

弥助問題ってまさにそれだなあって思う

俺は素人から何も知らないが、弥助なんて教科書に載らないどうでもいい人物なのにどうしてそんなこだわるかわからない

そして聞くところによると、文献に残っている記述も、ほとんど何もわからないような数点しかないらしいじゃない

何をどう話したってファンタジーだし、「ある」も「ない」もファンタジーな話じゃん

そんなファンタジー合戦によくそこまで情熱燃やせるなと

みんなエセ科学ファンタジー健康被害出ても興味ないのにさ

黒人奴隷どうこうもファンタジーで、あるかもしれないしなかったかもしれないじゃない

そういうファンタジーで誰かを貶めようとするのなんてこの世界日常じゃん

ファンタジーしかできない分野の歴史解釈に正しい史観みたいなので対抗しようとすんのもバカらしすぎるし、それもファンタジーじゃんって思う

興味あんのは歴史的事実ではなくて、党派性から来る自分名誉不名誉だけでしょ

それは政治バトルだよ

政治バトルが本来することなんだろうに、青筋たてて歴史バトルしたがる素人はまじで変な奴らだなって思う

いくら嫌いでも病気になって休んでる人にイソジンはどうしたとかって揶揄うのはさすがに人間性終わってる

anond:20240726103729

いざという時に

「そんな悪気はこっちに全くなかった、普通に楽しく会話してただけなのに凄い怒られた。意味わかんない、怖い怖い怖い」

というお芝居するカードを切れるからいくらでも悪意を持ってガンガンいったるでー笑


っていう、お前の親の顔を見たい系の処世術を本当にしでかしちゃうのって女にすげえ多い。露骨に多い。

男だと勉強スポーツルックス・社交スキルぜーんぶ偏差値63くらいの1.5軍格のスペックの奴とか、あと中高一貫校出身者くらいしかたことない

anond:20240726101737

あと気になったのは市立小学校であるにも関わらず、校庭は小学生のもの、と断言する声が多かったこと。

市立なんだからのものに決まってるだろ。

 

こんなのが続くと、今度は「グランドゴルフ場専用設備の整備に●千万円」とか使うようになるぜ。

人口増え続けてる大都市ならいざ知らず、過疎化進む地域で専用設備なんて使ったら金がいくらあっても足りないわ。

anond:20240726104811

当たり前すぎる指摘で申し訳いくらいなんだけど、

「ここ5年間の最安値に対する最高値の比」がたとえ1.0倍だったとしても、

その間に「2倍になってまた半額(元値)になる」を5回繰り返してれば、売買のタイミング次第で32倍にできるよね?

せめて「そんなことはわかっているけど」みたいな但し書きを付けとかないと、私みたいな無用突っ込みを受けちゃうよ。

anond:20240725102352

すでに書かれてるけどシューゲイザーというロックの中のジャンルがあるよ

もっと英語ではshoegazeと呼ばれてる

意図的ノイズを乗せたギターを筆頭に、楽器陣がとにかく轟音で音が厚いんだけど

ギターフレーズはどこかメルヘンというかポップで

そこに聞き取れないくらいのウィスパーボイスのボーカルが乗ることで

どこかメランコリックな、夢見心地な雰囲気演出するという

ロックの中では大変ニッチジャンルです

anond:20240726130619

人権って異世界にもあるの? いくら殺しても人間じゃないならセーフでは?

anond:20240726103032

ここ20年くらいでアニメを作ることが社会的に認められてきたために、参入してくる制作者たちが基本的に「クリエイター」ではなくなってしまった結果です。どういうことかと言うと、キャラクターをきれいに作るだけなら、普通の人が技術習得すれば、それなりにできるようになります。でも、そこに魂を入れられるかどうかが、クリエイターかそうでないかの違いなのです。クリエイターというのは、もともとそういう資質を持った人が、自己修練してクリエティティを高めてくことによってなるもので、大学専門学校養成できるような甘っちょろいものではありません。

わかりやすい例を挙げると、京都のお土産の中には、とても高度な技術で作られている民芸品がたくさんありますよね? でも、それらは「作品」ではなく「工芸品」と言われることが多い。技術だけで作ると、いくられいに作ってもそうなってしまうんです。一方、ゴッホの絵は一般的意味できれいじゃないから「工芸品」にはならないけれど、数億円という評価額がついたりする。

それはなぜか? そこにアートとしての作品性があるからです。アート工芸品のレベルを超えます。つまり今のアニメ業界制作者たちは、工芸品を作っている技術者でしかないのに、アーティストクリエイターだと嘘をついているんです。他のジャンルもそうですけどね。

だけど、僕は「魂が入っている」という言い方は個人的に嫌いです。なぜかと言うと、「魂」という言葉は誤解を生みやすいからです。「魂を入れれば作品になる」という説明がなされた瞬間に、「全身全霊をかけて一週間不眠不休で作ったから、魂が入った」とか言い出す輩が現れる。「作品」かどうかの判定基準は、そんなに生やさしいものではありません。

https://char-blog.hatenadiary.org/entry/20100811/1281549867

社会への復讐に幼い少女レイプした事件に叶いもしないのに死刑死刑って憤ってたら思うつぼやんな

あんなの粛々とにのっとって罰してその後一切話題にしないくらいじゃなきゃ類似犯が増えるだけだよ

仕事がないは甘え

最寄りの老人ホーム介護しろ

いくらでも人手は要る

漫画単行本の表紙、対価は支払われている

漫画単行本の表紙、描いても0円。出版社おかしい。金を払ってください。」とする投稿がバズっていました。

結論からいうと実際には0円ではなく、お金は支払われています。ただし、それは原稿料ではありません。印税です。

複数の方が指摘するように原稿料印税定義が異なります

原稿料発行者が出す著作物寄稿した原稿への「掲載料」です。漫画では大抵、1pいくらといった計算です。

印税は著者が出す著作物発行者が支払うものです。発行部数に比例した金額となります

1000円の単行本を1万部刷り、印税10%だと100万円が支払われます

これに表紙や描き下ろしなどの対価が含まれます

10万部だと1000万円、100万部だと1億円、1000万部だと10億円!

注目すべきは、刷った部数に応じるのであり、実売部数ではないことです。※電子書籍は別

現実的には大多数の単行本は刷り部数の半分も売れず、重版がかかることはありません。

大体赤字です。採算ラインを知りたい場合は「商業漫画 黒字」などで検索してください。

何度でも言う。AI開発に「失敗したので諦めます」は絶対にない。

俺は量子コンピュータ研究してたからわかる。

 

意味がわからいか

お前らはAI以外の科学研究分野になんて興味もないから知らないんだろうが、この業界には「もはやだれもできると信じてないけど、政治的にやり続けなければいけない研究」というものがある。

量子コンピュータがそうで、20年前には「無理。できない。ほぼ間違いなく」という答えが出てる。

それでもなぜ研究を辞められないか? 「ほぼ」でなく「絶対」でない限り、もし万が一にも億が一にも「敵対勢力」に先に開発されたら安全保障に重大なリスクが出るから、というだけの話だ。

かつての原爆宇宙開発と同じだ。

違うのは、これらがある程度の結果にたどりつくことで開発競争にもケリがついたことと違って、量子コンピュータはどこまで行っても何にもならないから、ただ無駄研究費を食うだけなこと。

成果が出ていると強弁するために、「量子超越性」などと20年前はなかった概念が作られた。しかし、今量子コンピュータと呼ばれているものは、20年前に量子コンピュータと呼ばれていたものとは全く違う。

具体的には何が違うか? 今の自称量子コンピュータには「暗号解読」なんてできない。何もできない。

何もできないのに何かをやっていると主張するために「超越性」などという何の根拠もない言葉で誤摩化している。

専門外なので推測だが、「常温核融合」や「常温超伝導」も似たような状況なのではないか

 

量子コンピュータ場合、先に開発した方が情報通信セキュリティ覇権を握る絶大な武器を得る。

常温核融合や常温超伝導も、エネルギー利用に革命的な変化をもたらすのだから、勿論軍事上の脅威になるだろう。

そういう技術は、たとえ「ほぼ無理」でも開発を辞めることはできない。「絶対無理」を誰かが証明でもしない限り。

 

AIがそういう技術に当たるかと言えば、それはその可能性はあるだろう。膨大な生成情報によるネット情報の攪乱はセキュリティ上のリスクになり得る。

少なくとも、その可能性を政治家が信じる限り、そう扱われる。

お前たちが量子コンピュータ可能性をいつまでも信じ込まされていつか何かになると思っているのと同じように、AIも(仮にどこにもたどりつけないとしても)そういう立場を失うことはないだろう。

それが(悪い意味で)研究開発の現実というものだ。

AIでもなんでも良いが、それぐらいの現実感覚は持たないで空回りしているのは傍から見ても忍びないぞ。という忠告

 

素人素人呼ばわりされててワロタ

大学院まで専門にしてても就職全然違うところにいくなんてよくあることなんだがそんなことも知らないのか低学歴はw

量子ゲートが云々とかそれこそ素人向けメディア受け売りばっかで量子チューリングマシンも知らないやつがどの面下げて

そんな次元問題じゃねえんだよ

いくら電卓の桁数をあげてもアプリは作れない

って話をしてるの

まあ、ほんと、お前らみたいなのがいるからある種の研究職はバブルみたいになるんだよな

2024-07-25

anond:20240725222826

人のメンツプライドを傷つけることが、実際に傷をつけるよりも遥かに重いということを知ってほしい

なあ、俺を論破したりレッテル貼りした増田のクソ野郎

てめえらカス共に刻まれた心の傷は未だに血を流してるんだぞ

人生が終わるまでの間、俺に土下座し続けて欲しいくらいだわ

昔見た記憶のあるコントをずっと探してる

お笑い番組バラエティ番組?すごい短いコーナーとか、エンディングの前にやる小ネタとか、そういうのだったと思う。

芸人着物みたいな衣装にロン毛の黒髪のかつらをして、両手を合わせて左右に揺れながら「ど〜でもえ〜ね〜ん」みたいなことを言う。

しか視聴者投稿とかゲストエピソードを読み上げて、「そんなんど〜でもえ〜ね〜ん」みたいな感じでオチをつける、みたいなネタだったと思う。

そのセリフがかなりうろ覚えなんだけど、メロディというかリズムというか、

歌ネタみたいになってて、ずっとそれを口ずさんでた記憶がある。

明石家さんまがやってたような記憶もあるんだけど、明石家さんま+関連キーワードいくら探してもでてこなくて、違うのかなあ。

ここ数ヶ月、なにのヒントも思い出せなくて、とにかくずっともやもやしてる。

anond:20240725184711

いくら共産党といえど、勝ち目のない選挙はいかないってことかね

国政なら比例に入れるために行くけど

anond:20240714201952

日記を書いた者です。しばらくインターネットを離れていたのですが、誤植情報不足によりTwitterで誤った憶測が広まってしまったため追記しました。

AIを利用したらいいというアドバイス散見しましたが、お恥ずかしながらAIについては実態を何も知らず、英語も全くできません。

Chat-GPTなどのようにWeb上で文字を送るもの何となく知っていますが、stable diffusionなど、サーバーAPIという専門的な技術がないと使えそうにないものは、それ以上のことがよくわからず、また規制派に混ざって活動をするうちに、推進派が主張するAIに関する知識はすべて嘘という認識になってしまい、一切の主張や難しそうな話を遮断し続けていたように思います

AI絵を普通の絵に修正することはきっといくらでもできますが、私の問題解決できるいい手段ではないと思いますし、戒めという意味でも区切り必要なので、絵に関するインターネット活動はここで完全に諦めようと思います

私もコメントをくれた方々も完全な匿名ですが、私の愚かしさを「大丈夫」「低気圧で落ち込んでるだけ」「あの大御所の○○先生は40超えて云々」などと安易肯定せず、ストレート言葉をぶつけてくださったお陰で、蔑ろにしてきた現実と幼稚な精神に向き合って立て直していく決心がつきました。本当にありがとうございます

anond:20240725204112

そーゆーオタクどもなんていくら界隈で有名でもただ現実逃避してきただけのオタクであって勉強ができるわけでも一人前の社会常識がある訳でもないんだよ

anond:20240725193734

元手がいくらで、年利何パーセントでそうなったのか気になる。

anond:20240725074317

その記事ネット上にかなり出回ってるので有名だけど、

かさばるし買う人間も限られてるので型取りした親はそんなに儲かってはないだろう

一昔前のジュニアアイドルの際どいDVDの方がよほど経済を回していた

 

幼女は性の対象と思われていなかった近代から

幼女ヌード芸術とされもてはやされたのが80年代

それを見てロリコンに目覚めた人間が多数発生し

エロ本業界がこぞって幼女ヌードを売り始め、東南アジア幼女撮影しに行って

日本ヌード写真集を売るという一大経済圏が出来上がる

撮影者として最も有名なのが清岡純子モデル代表西村理香だろう

地下では幼女への性犯罪の様子を収めた映像普通に売買されていたが摘発されたという話は聞かない

この時代ロリコンの表の黄金時代だったと言える

 

90年代後半になって急速に問題視され始め、売買が禁止される

禁止される直前にはヌード写真集ロリエロビデオが高騰し、とても買えるような値段ではなくなったのを覚えている

2000年代に入ると、表では取引できなくなった代わりに

ネットを通じてP2Pでやりとりする時代になり、過去流通したもの

新規撮影したものネットさえ使えればいくらでも手に入るようになる

この時代ロリコン裏の黄金時代だったと言える

売買が違法でもネットダウンロードすれば、自分がアップしない限り合法だったので

趣味として収集していたロリコンは相当多かったはずだ

ロリコン人口は増え続け、ヌードではないギリギリの着衣DVDというもの流行るようになる

 

ロリコン文化が壊滅的打撃を喰らったのはやはり2014年単純所持禁止だろう

ここから社会的にもロリコン文化はアウトであるとみなされるようになり、

二次元ならOKという文化を死守しようとしている勢力存在するものの、

Amazonクレジットカード会社から攻撃もあり相当弱体化している

現在はダークウェブなどで流通しているようだが法を犯してまでロリコン趣味を続けようという

人間の数は相当減ったと思われる

時代の流れでロリコン文化タブーになり弱体化したことは本当にいいことだと思っているが、

自分世代はこのようなロリコン文化栄枯盛衰経験できた稀有世代であり、幸運だったと思う

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