「プロ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: プロとは

2019-10-15

ミリオン顔面偏差値

各々がぼくのかんがえたさいきょうのミリオン顔面偏差値をそれぞれ出し合って、その平均値を求めれば真の意味偏差値が出るんじゃないのと思い至った二番煎じ行為

でも声優周りって一番声でかいから匿名でやらないの真面目に頭悪いと思うよ

ツイートとは7割くらい見解は一致してた所感

だけど全体的にミリオン声優大好きなので査定甘め

山崎はるか 47

髪の毛がオタク拒絶反応で受け入れられないのかな〜と思ってたけど黒髪時代今より普通にブス

田村奈央 40

言うことな

愛美 52

流石に平均は越してると思うけど具体的にどこがいいかと言われたら困る顔

駒形友梨 60

クォーターずる

某ラジでブスが常套句にされてるのほんま意味わからん 不愉快

種田梨沙 48

老けた?

小岩井ことり 55

近くで見たら思ったより美人じゃないな…ってなりそうだけど

麻倉もも 62

言うことな

村川梨衣 45

言うことな

田所あずさ 50

まあこの当たりが基準値いいんじゃないですか

結構贅沢だけど

夏川椎菜 50

平均はいってる

木戸衣吹 44

写真集出す程だったか

郁原ゆう 49

歯の矯正前は42くらいだった

稲川英里 46

稲川英里(環のすがた)だったら54くらいある

平山笑美 43

本当に神様は二物を与えないよな

上田麗奈 65

くちなしってほんとにプロカメラマンさんが撮ったんですか?

大関英里 49

平均はいってないと思う ギリ

角元明日香 43

流石に40↑はあるでしょ

歯を矯正しろ

斉藤佑圭 45

年齢考えたら全然良いとは思う

ただこのコンテンツ最強のアラサーいるから年齢考えない評価せざるを得ないんだよなぁ

小笠原早紀 42

歯を矯正しろ

高橋未奈美 57

60はあげすぎでしょ

浜崎奈々 46

言うほど悪いか

戸田めぐみ 50

言うことな

阿部里果 56

言うことな

山口立花子 60

このくらいはあげよう

渡部優衣 53

スタイル評価が引っ張られてないか

Machico 47

2ndあたりが一番好きだった

雨宮天 60

言うことな

近藤唯 63

ミリオン声豚星人が地球に来て「一番顔面偏差値高いミリオン声優を連れてこないと地球滅ぼす」って言われて上田麗奈伊藤美来仕事スケジュール付かなかったら俺は間違いなく山口立花子近藤唯指名する

と言うか伊藤美来には勝ってると思う

渡部恵子 47

老けた?

諏訪彩花 54

まあ写真集出すくらいには可愛いとは思います

藤井ゆきよ 63

言うことな

末柄里恵 52

基準田所あずさにしたせいで数値狂ってるかもしれない

原嶋あかり 47

見る人が見れば50後半付ける顔

伊藤美来 62

過大評価されてると思う

野村香菜子 47

言うことな

中村温姫 47

言うことな

桐谷蝶々 44

言うことな

香里有佐 42

過大評価され過ぎだと思う

南早紀 57

うん


そもそも全身晒し商売してて、その中でもルックスに明らかに優劣があるんだからそりゃこう言う穿った見方するよねって話

まあこの行為陰湿極まるオタクじみてる事は確かだけど

こいつはもっと低い いや高いって思った人は自分でもぼくのかんがえたさいきょうのミリオン顔面偏差値を考えてみてね

ほら オタクってキャラランク考えたりするの好きじゃん

[] #79-8「高望みんピック

≪ 前

担当だった私の顔写真まで貼られてしまいましてね。逃げ場を断たれたと思いましたよ」

コンサルタントは、婚活レースにおける敏腕コーチとして祀り上げられる。

おかげで相談にくる人は増えて、会社は大きくなった。

しかし言い換えるならば、夢追い人を増やして生殺しにするか、罪も大きくなったということだ。

「母数が多いか成功者も多いと誤解しがちですが、実際に結婚までいけたのは三割ってところです」

打者なら上等ですな」

婚活野球じゃありません」

結婚相談所に足を運んでも7割の人は結婚できない。

そこを明言せず宣伝し続けるのは欺瞞だろうとコンサルタントは言った。

「いい加減な仕事をしているとは思っていません。真摯対応してきたつもりです。それでも結果は伴いません」

何とか止めようとしても改善せず、裸一貫の血だらけで走り続ける者はいる。

そんな惨状に何度も居合わせ自分返り血で真っ赤だとコンサルタントは言った。

婚活が上手くいかない人に対する、周りの風当たりが強いのも問題でしょう。たまたま上手くいった人たちや事情を知らない人は物知り顔で、厳しい態度をとりがちです」

そのせいで当人は余計に意固地になるか、ふさぎこんで前を向けなくなってしまうという。

それではマトモに進むことは出来ない。

泣き言も許されない環境で、それでも走り続けられる人間は少ないだろう。

「何か言いたいって気持ちも分かるんですけどね。しか分不相応だとか、あなた尺度や都合で決め打ちしてはいけない……なんてこと言うわけにもいきませんからね。こちらは現状の説明や、ノウハウを教えることしかできない」

しか結婚できるかどうかというのは最終的に運だと、コンサルタントは声を強める。

麻雀プロ素人に負けることがあるように、勝率を上げる要素は多分にあっても、それが決定打とはなりえないのだという。

「何がよくて何がダメかなんて、本当のところは誰にも分からないんです。それでも私の場合仕事でやっているので何か言わざるをえませんが」

火のついていないタバコを、コンサルタントは手元で遊ばせる。

タケモトさんが見かねてライター差し出すが、静かに断りのポーズをした。

「昔は自由恋愛結婚もできなかった社会でした。しかしこういう仕事をやっていると、今をいい時代と捉えることはできないんですよね。煉獄に片足を突っ込んでいるように感じます

コンサルタントがかなりセンチメンタルになってきたあたりで、休憩時間は残りわずかとなっていた。

野暮ったいとは思ったが、タケモトさんは結論を急くことにした。

「その話をオレにしたのはなぜなんですかいとどのつまり、オレはどうすればいいんです」

ちゃんと走るのを忘れないことです。後先を考えることは大事ですが、まずこのレースを走りきってください」

走るためのコンディションが調えば、後は走るしかない。

その時には他人野次も声援も気にならなくなるという。

成功率を上げるのに必要なのは“選ぶ側”と“選ばれる側”の意識、その両方をバランスよく持つことに集約されます

相手に何を望むか”と“相手が望むものに応えられるか”は地続きだ。

その考えが地に足をつけて、次の二人三脚レースを走るためにも必要ものとなりうる。

そうコンサルタントは語った。

しんどいなあ……」

そのことを理解はしたものの、タケモトさんは息を重苦しく吐きだす。

歩き状態からもう一度走り出すのは、心身ともに負担がかかる。

「やる気を出しても、跳べないハードルを今すぐ跳べるようになるわけじゃないですし」

「そこは開き直ることも大事です。ハードルを倒してゴールしても失格にならないんですから

ハードル走では、わざと倒したりして跳ぶ気が一切ない限りゴールは認められている。

“選ぶ側”の心構えも同様であるコンサルタントは言う。

結婚はゴールじゃないと言う方はいますが、婚活レースにおける紛うことなきゴールですよ。だから手を抜いて走ってはいけません」

「……まあ、ゴールしたきゃ進むしかないですわな」

タバコの火を消すと、タケモトさんは渋々といった感じで喫煙場を後にした。

次 ≫

2019-10-14

1エンジニアのあるITスタートアップ企業での敗北

https://anond.hatelabo.jp/20190828221637

先月転職した。フェイク混ぜながら書く。

4月ぐらいから毎月の退職者が止まらなくなり、特に社員が毎月2人以上辞め始めた。

一番多いときは30人以上いたプロパーが、もう15人ほどしかいない。

あれだけ来年、再来年プロダクトを語っていたCTOがあっさり辞めたのは笑った。

いやたしかにそれではまずいだろうとは思っていたけど、それを先導していたお前がハードウェアチームで真っ先に転職するのはねえだろ。

恐ろしいことにソフトウェアチームはリーダー残して全員辞めた。

もう人を雇わず外注にするそうだ。というか外注にするしかない状況。これでは人も雇えない。

CEO退陣して裁量のない肩書きに変更された。今後の決定はCFOCOOがするんだと。

それでもCFOCEO兼務する、という風に言えないのがまだまだこの会社甘いなと思う。

この半年間、どうすればこの事業が生き残れたのか、どこが間違っていたのか考えていたのだけど何度考えても

最初から事業領域が間違っていたという結論になった。

作っている方もよくわからないものを、よくわからないまま(何に使えるという断言も確信もないまま)ユーザーに売ろうとしている。

それはユーザーも買わんだろうと。しかも7万円もするし。

この前ふと猫用のfitbit的なものが発売されているのを見て、ああ、なんて素晴らしい製品なんだと感心した。

これと比べるとこの会社プロダクトは全く何も解決しない。

コピペじゃ意味ないよ

増田ブログって三割は誰かが書いた記事引用だと思う。それを我が物顔で鬼の首を取ったように世間を鋭い角度で見ている自分投影する事で賞賛を得ようとか浅はかな考えの人が多い事多い事、自分は何もしないし生み出さないけど賞賛は得たい、欲求を満たしたいそんな身勝手で甘い考えはすぐにバレるからやめとけ。

そこにお前の意思があるか? お前がどう思ってるかでブログを書いたらいい。馬鹿にしたり批判的な人はよっぽど一流でもない限り噛み付いて石を投げなきゃ気が済まないんだよ。きっと部活一生懸命やってレギュラー勝ち取った人に向かって部員でもないのにレギュラーになれたとこで所詮学校の中だけの話で頑張ったって日本一にもなれるわけ無いしましてやプロに成れるわけでもないのに馬鹿みたいだなとか言っちゃう可愛そうな人なのかもしれない。

可哀想なのは何も積み重ねてなくて人を批判して自己を保っている側ような人なのに。

話が脱線した。結局世の中ってふと気が抜けて死にたくなる気分の時もあるし大人になるにつれて面倒臭い事が増えてもう全部がどうでも良くなって投げ出したり壊してしまいたくなったりが重なって事件事故を起こしてしまう事だってあると思う。決定的に何か辛い事があったわけでもないけど徐々に本当に少しずつ溜まっていったものダム決壊のように前触れもなく壊れてしまうように突発的な出来事が起きてしまうし、逆に前触れも何にもなく強い風が吹き抜けるように今まで好きじゃなかった人が好きになったり今まで出来なかった事ができたりそんなことを日々繰り返しながらそれでも生きていくんだと思う。ネットに溢れるAだからB、理論果たして本当にそうだろうか曖昧グレーゾーンな部分があるのが人間で僅かな差で揺れ動く繊細な感情を持つの人間なのではないだろうか。例えば猟奇的事件を起こした人が暴力的漫画ゲームを好んでいたからそういった事件を起こしたのか、どうでも良いようなクレームを入れる人は心が満たされていない人なのだろうか、そうやって比較することで自分はこうじゃないか大丈夫、あの人はああだから嫌い、やばい人と決めつけるのは杞憂で一度疑ってみることが必要なんではないだろうか。

他人がどう思うかなんて分からない、何を考え生きているかなんて人心把握出来ない。だから無責任に身勝手理由自分意見押し付けたり正論を盾にして相手不用意に傷つけたりするのは何とも言い難い歯痒い気持ちになる。言ってることは正しいのかもしれないけど歯切れが悪いというかモヤモヤする。もう少しで良いか相手気持ち尊重する。否定しない受け入れて理解する。その上で自分の考えを相手に伝える。それが正しいコミュニケーションなんではないだろうか。それこそが対話なんだと思う。お互いが気持ちよく会話ができれば自分の周りが変わり始めるそれが連鎖のように皆の意識が変わりやがては世の中が良い方向へと変わるそんな気がする午後23時5分。

いかなる人間でも追い込まれるとあさましさが出ちゃうから

プロマウント師は追い込まれないように立ち回る

シューターと似ている

2019-10-13

anond:20191013190105

スポーツでも競技人口が少ないとそうなりがちだわ。特に女子スポーツとかそういうの酷いし。

ゲーム競技自体は多くてもプロとしてやってる人が現状少ないからそうなってるんだろうな。

eスポーツ大会と言っても面白いのって1割ぐらいじゃん

チームや選手の層が薄すぎるんだよね。

強い人達が弱い人達ボコボコしました(e-sports界隈では轢き殺したという表現を使うことが多い)はい終わりって試合が多すぎる。

綱引きとかそういうのがほとんどない。

ただ強いから勝っただけ。

シャドウバースぐらい運ゲーになるとそういうのも減るけど、じゃあそれって何が凄いのって試合しかない。

引いたカード機械的に出していってミスしてないから凄いねってだけでプロ技術みたいのがない。

そんな中でも面白い試合が1割ぐらいあるから見るけど、ハッキリ言って見る価値があったと言えるのなんて本当にソレだけ。

見てよかったと思えるのになると1%ぐらいかな。

最近見た1%

LoL Worlds 2019 PLAY-IN KNOCKOUT DAY1第1試合 DAMWON Gaming vs Lowkey Esports 1戦目

https://www.twitch.tv/videos/491383488?t=34m0s

懺悔差別に荷担してしまたことについて。

から4年前くらいのあるとき、私が「人を馬鹿にするような、差別的表現は控えた方がいい」と言ったことに対して「そうやって規制ばかりしていたら面白いものは作れない」と反論された。

その反論に対して、私は戦えなかった。そんなの絶対に間違ってると思ったのに、何も言えなかった。それがずっと心にしこりとして残っている。

から懺悔したい。懺悔して、もうそろそろ許されたい。

私は演劇が好きで、高校大学3年生までの6年間、演劇部に所属していた。

私が大学所属していた演劇部は所属人数が多く、私の在籍中は40人くらいはメンバーがいたと思う。

その演劇部は毎年の秋、学園祭にて、1チーム2人〜の小さいチームに分かれて短編劇を作り、学園祭の間じゅう、交代制で絶やさず何かしらの劇を上演し続けるという企画をしていた。

ももちろん友人たちとチームを作って参加した。

そしていくつか結成されたチームの中に「ホモクラブ」(※仮名)というチームがあった。

ホモクラブメンバーは私の一つ下の学年の男子を中心に5,6人が集まっていた。

その名前の通り、彼らは「主人公主人公恋人役もゲイ」という設定の劇をやっていた。

設定がそうというだけで、テーマは「純愛」だと彼らは謳っていた。確かにかい設定を無視してストーリーラインだけ見ればそれは「数々の困難を乗り越え主人公恋人が結ばれる」というもので、少女漫画のような「典型的ラブコメ」を過激ギャグ調に演じることで揶揄するような内容だった。

ストーリーラインだけ見れば「純愛」だったと言えなくもない。

ただ、彼らは劇中のキャラクターに「ゲイ」という属性付与していた。

登場人物は全員、男性同性愛者。

主人公は雄々しく熱血な性格男性で、恋人役は「一昔前の少女漫画典型的なか弱くて健気なヒロイン」像をかぶせられた男性だった。

「やめて!僕のために争わないで!めそめそ」といった感じの恋人を、主人公が「俺が守る!」といった感じで熱血に困難を乗り越え、ふたりは結ばれる。

彼らの演劇は「チープで典型的ラブコメが男どうしで、下ネタをまじえつつ繰り広げられる」ことにおかしみを見出すものだった。

私は彼らの演技が不快だった。

彼らの演技に、自分同性愛であることで苦しむ人々への配慮というものはなかった。

自分たちとは違う性自認性的指向の人へのリスペクトは欠片も感じられなかった。

彼らが自分たちとは違う価値観の人を、キモイだとか直接的な表現差別していたわけではない。

だけど彼らは普段生活からホモ」という単語を仲間内相手をふざけて馬鹿にする言葉として使っていて、そのノリがまんま舞台に乗っていた。

彼らに話を聞いてみたことはないけれども、きっと実際に自分たちが演じたいキャラクターと近い性的指向の人に取材をしたり、セクシャルマイノリティに関して勉強したりはしてないのではないだろうか。少しでも勉強していたら絶対にしないだろうという表現を、彼らはしていた。

現実に「やめて!僕のために争わないで!めそめそ」といった感じの男性絶対にいないとは限らないし、そういう人はそれがその人の個性なので、否定するつもりは全くない。

現実同性愛者が下ネタを全く言わないとも限らない。そういうのが好きな人もいる。

自分とは違う性的指向キャラクターを描くときには必ずモデルとなる性的志向の人に取材をして、勉強しなければならないのかと言われれば、絶対にした方が良いと私は思うが義務とも言えない。でないと「どこまで勉強すればOKなのか」なんて話になりかねない。

そして私は「ホモ」という言葉を狩りたいわけでもない。文脈によって、それが実在他人貶めるために使われるのではないと明らかにした上でその言葉を使うのは、なんら問題ないと思う。

私は表現規制したいわけではない、表現自由だ。

ただ彼らは仲間内下ネタを楽しむノリをそのまんま、舞台に上げてしまっていたのである

舞台ということは、少数だったとしても観客がいる。演劇は観客がいてはじめて完成する。

演劇独りよがり自己表現ではない。

観客席を作って発表する以上、その劇は仲間内下ネタ披露大会ではない、自分とは違う価値観もつ観客に見せるものであるはずだ。

彼らは演劇のものが好きなようで、部内でも特に精力的に活動していた。

あるとき地域お祭り特設ステージで彼ら「ホモクラブ」が劇を上演することになった。彼らのいつもの芸風で。

私はこれはまずいと思って、彼らに「あなたたちの演劇は見てひどく傷つけられる人がいるから、やめた方がいい」と告げた。

チケット販売してやる公演ならばある程度客層を絞れる。面白そうだと思った人しか見に来ない。

だけどお祭り特設ステージとなると訳が違う。通りすがりに、何も知らずに観る人が大勢いる。

大通りが一本、歩行者天国になって展開されるような大規模なお祭りだ。年に一度の、市内の人間なら知らない人なんていないようなお祭りだ。

その歩行者天国と繋がっているアーケードに設置された特設ステージが、彼らの舞台になる。

いったいどれだけの人が彼らの演劇を目にするだろう。その中にいったいどれだけ、自分性的指向に悩む人がいることだろう。

だけど彼らが慕うある先輩は「この世の人間みんなに配慮することなんて不可能だ。そうやって規制ばかりしてたら面白い舞台は作れない」と反論した。

私は何も言えなかった。その意見絶対に間違ってると思ったのに。

「この世の人間みんなに配慮することなんて不可能」それは正しいと思う。きりがない。

「そんなことない、ハリウッド作品とか、ポリコレに気を付けた上で面白い作品はたくさんある」と言っても良かったけど、彼らはハリウッド巨匠じゃない。プロじゃない。そんなものを求められるレベルにない。

そして、どんなに観客のひとりである私が不快に感じても、本人たちが「馬鹿にするつもりはない」「真剣だ」と主張する以上、この人たちには何を言っても無駄だと思った。

から何も言えなかった。ただ傷つく人がたくさんいると伝えることしか出来なかった。

それ以来ずっと、私は差別に荷担したという罪悪感を抱いている。

人類配慮することは不可能だけど、意図的とある属性面白可笑しく馬鹿にはしないようにするということは出来るはずだ。

特に、今までいないことにされていたセクシャルマイノリティの人々がネットを通じて手を取り合い発信し、ひどい差別を受けてきたことが顕在化してきたこ時代に、どうしてあえてゲイという属性ネタとして消費できるのか。

彼らはその「ネタ」で傷つく人がたくさんいる、今まで傷つけられてきた、やめてほしいという声を全く無視している。

そしてそういう声を知っていながら彼らを止められなかった私も、加害者だ。

私自身、自分性的指向がよく分かっていない、揺らいでいるというセクシャルマイノリティのひとりだ。

それにもともとぱっとしない性格で、お世辞にも自分磨きに熱心とは言えないせいで、つまり暗くて不細工陰キャなせいで、中学生の頃は息苦しい思いをすることもあった。高校に入ってからは、怖くて男子とは業務連絡以外で口をきけなかった。

から他人の無邪気な言動で傷つけられる苦しさは人並みには分かるはずだった。それなのに、何も言えなかった。

先日、ネットフリックスにて山田孝之氏が主演のドラマが公開された。全裸監督だ。

私は山田孝之氏が好きなので迷ったが、結局not for meな作品だなと思って見ていないが。

全裸監督宣伝で「規制ばかりで息苦しい世の中に風穴を開ける」的なことを謳っていた。正直、推しが主演の作品なのに素直に推せない、残念な作品だなと思った。

差別による抑圧と、差別を避けるための規制による抑圧。どちらも抑圧には変わりないけれども、どちらがより優先的に解決されるべきかというと、前者なのではないだろうか。

私は今も苦しい。罪悪感がずっと消えない。セクシャルマイノリティに関する記事テレビ番組を見る度にそのことが思い出される。

どうしたら消えてくれるんだろうか。

ただこれから一生「規制ばかりで面白い作品がつくれない」という論調に反発し続けるしかないのかと思うと、気が滅入る。

良い「自分の許し方」があればぜひ、教えてほしい。

災害時の謎の国age

荒川の調節すごい!相模川ダムの調節プロ!流石日本!って喜んでる人は他の氾濫ニュース見てないのか?

2019-10-12

栗のおいしい季節だな

栗、おいしいよね

和菓子洋菓子も大好きで栗の甘いお菓子も当然大好きなんだけど

栗ごはん、てめーだけはだめだ絶対に許さないと思っていた もうめちゃくちゃに嫌いだった

そんな感じでもう10何年も栗ごはん食べてなかったけど最近プロが作った栗ごはんを食べる機会があって

それが素朴だけど衝撃的なおいしさでな な な なんじゃこれうめーーーーーーーーーーーーな!?!?となって非常にびっくりした

その薄い塩味+ただ剥いた栗+うるち米のみの栗ごはんをしみじみおいしく食べて思ったんだけど

自分が嫌いだった栗ごはんというのはつまり「栗の甘露煮を炊き込んだかあとで混ぜこんだ甘いごはん」だったんだなと気がついて

この十数年自分であれこれ調べてみようと思わなかったことを後悔した

子供の頃に食べた栗ごはんはあの甘く甘く煮てクチナシで色をつけた

栗を炊き込んかあとで混ぜたかしたもち米入りの炊き込みごはんほとんどだったか

(北海道だけなのかもしれない本州の方どうですか、北海道赤飯の豆もでかくて甘い(これはごま塩かければおいしいと思う)(ダブスタ))

栗ごはん=そういうものでそれだけしかないのだと思い込んでいて本当に長いこと損をしていた

栗=甘く味をつけて食べる という思いこみもあって薄い塩味栗ごはんがとてもおいしい、なんて露ほども考えたことがなかった

そういうことに気がついてからはむしろ栗は塩気のある味つけの方がいいのではないか…と思って色々試してみると

エビキノコなんかと栗をオリーブオイルニンニク鷹の爪なんかで炒めるとべらぼうにうまい

角切りのベーコンと合わせて炒めたりそれで米を炊き込んでやるとまたこれがうまい

蒸したり茹でたりした栗にただいいバターをとろっと溶かしてやったところに粗い塩をかけて食べるとまたこれがとてもうまい

要するに味の濃い甘めの芋のような扱いで色々な油やスパイスを組み合わせて

調理するととてもおいしいし自分の好みに合うということがわかって

ここまですでに何十年も生きてきて今さらものすごく新しい世界が広がってしまって

塩味の栗うめーという頭の悪い感想しか毎度出てこないもの

とにかくものすごく幸せになったのでひとまず増田に記すものです 塩味の栗すごくうまい

anond:20191011122447

無観客試合てのはたいてい懲罰なんやけどなあ

あ、それプロ場合

残念ながらアマチュアだと助成金も出ない

素人の群れにプロが混じって二流の商品をタダで配ってチヤホヤされる

インターネットにおける人気者の半分ぐらいはこれなんだよ

anond:20191012094717

しかもこだわりが強く好きなものしか作りたがらないよな。

売れるものを作るのがプロなのに。

2019-10-11

いまさらながらFF15をやってみた

ネット上でホストファンタジーなどといろいろと悪評を聞くが、自分でやってみないとなぁと思ったので。

ちなみに買ったのはロイヤルバージョンで、1年前に買っていたが、どうにもやる気がでず、1年間寝かせていた。

最近やった他のゲームアストラルチェイン、FF9カップヘッドなど。

先に結論を書くと、FF15は80点くらいの作品で、決して悪い出来ではない。良い部分があるが、粗削りな部分があるといった評価とも異なる。

しろウェルメイドであり、ゲームとしてウェルメイドでありながら、圧倒的なセンスの悪さが、FF15を怪作たらしめていると思う。

先に悪い部分を書こう。

ほぼ前情報なしでプレイしたので、作品オープニングでタイトルとともに、Stand by meが流れたときは、センスの悪さに鳥肌が立った。

自分に忍耐がなければ、電源を落としていただろう。それくらい、21世紀のこの時代にStand by meは気持ちが悪かった。

旅がテーマ、男4人の旅というのは知っていたが、だとしてもだ。

ホストファンタジーという揶揄からもわかる通り、キャラクターは大不評のようだ。

自分野村ファンタジーにはそれなりの耐性があるものの、全員黒い衣装ってどうなの?とは思う。

あと車の乗り方。ヤンキーか。

終始、画面がシュールな笑いに包まれるのだが、製作者がこの笑いを意図したものなのか、天然なのかがわからず、笑っていいのかどうかよくわからない。

口調は主人公のみ気になったが、それ以外のキャラクター特に気にならなかった。

100万回くらい言われているのだろうが、駆け足&説明不足。しかし、この原因はあとで考察する。

ファンタジーなのか現代なのかはっきりしてほしい。道路は異常に整備されているが、車の数は少ない。

誰がどういう目的あんなに道路を整備したのか。車は一般人ももてるのか、特権階級だけなのか。

帝国はなぜ空から襲ってくるのか。道路に非常線を張れば、一発で主人公を捕らえられるのにバカなのか。

良い部分

オープンワールドゲームとしてよくできていると思う。地形も良いし、世界もそれなりに広い。

仲間とのパーティがあるオープンワールドゲーとしてはよくできていると思う。特にチョコボの出来が非常に良い。

チョコボに乗って初めて、やっとFF15やってよかったと思った。それまでは苦行だった。

車は、道路を走っているだけなので、個人的にはあんまり良さは感じなかったが、人によっては、あのドライブしている感じを楽しめたのではないかと思う。

オープンワールドゲーでは終始走り続けないといけないので、そこに車によるオートドライブというのは新しい世界の魅せ方だったと思う。

アクションゲームとしても良くできている。特筆すべきものがあるわけではないが、やっていて気持ちよさは感じるのでよかった。

さて、FF15ゲーム部分としてはよくできていて、ストーリー部分は終わっていて、演出センスが壊滅的であると書いた。

その理由FF15オープンワールド化とこれまでのFFギャップにあると思う。

基本的にはFFストーリーリブンのRPGと見做されていた。FF13が一本道とバカにされたように、FFはこれまでストーリーを語ってきた。

そのため、FF15でもストーリーを語りたい、クリスタル帝国王家召喚獣が出てきて、いろいろやりたいという欲望製作陣にあった。

一方で、オープンワールドゲームストーリーを語るのに、あまり向かない。または、現状でストーリーを語るうまいフォーマットが生まれていない。

ゼルダBotWでも、かなりストーリー部分は淡々としていた(ゼルダは基本淡々としているが)

オープンワールドでは、どうしても小さなクエストを回りながら、大きなストーリーを進めていくというプレイタイルになる。

世界には小さなしかし大量の点としてのクエストがあり、そこを自由にまわりながら、その世界を楽しむことがオープンワールド面白さなので、

ゼルダであれ、ホライゾンゼロドーンであれ、Falloutであれ、大きなストーリーは、主人公個人動機依存する物語で、世界を救う動機ではない。

から、回り道がストーリー矛盾しない。

一方で、FF15場合は、国と国の間の大きな物語を語ろうとしてしまっている。つまり、従来の線としてのストーリーだ。

すると、この王子は親父が殺されて、国が崩壊しており、もしかすると自国民が路頭に迷うかもしれないのに、ふらふら旅をしているお馬鹿さんになってしまう。

国が滅んでいるのに、シドニーに頼まれて、ワックスを取りに行ってしまう。それ、やる必要ある?とプレイヤーは突っ込んでしまう。

結果として、オープンワールドゲーの楽しさである回り道が、ストーリーにとっての罪悪感を生んでしまい、

どちらを重視するプレイヤーにとってもしっくりこないプレイタイルをつくってしまっている。これがFF15ゲームとして見たときの一番の欠点である

もちろんキャラクターが気に入らない、ファッションが気に入らないという感想はあるかもしれないが、

上記オープンワールド大きな物語矛盾こそがFF15を怪作としているところだ。

つの解決策は、ノクティスを村人にすればよかったと思う。

ノクティスと仲間たちは、戦争孤児で、シドが引き取って育てていた。つまり、ただの村人である

ノクティスが18歳になったときに、一般人では手に入れることが不可能な高級な車が見ず知らずの人間から送られてきた。

そこには、こう書かれている。「世界を見よ。そして、自分が何者かを知れ」

ノクティスはこれを機に旅に出ることにする。

グラディオラスが言った「おまえ一人では心配だ。用心棒がいるだろう?」

イグニス料理ができる人間必要ですね」

プロンプト「旅に出るなら、記録も必要だよね」

4人の旅が始まる。

旅の途中で、ノクティスは謎の力を手に入れることになる。

その力をめぐって、帝国軍とやりあうことになり、帝国に追われることになる。

たまには幼馴染のシドニーのところに戻って、車を修理したり、彼女のお願いを聞いてあげる。

世界を少しずつ回るにつれて、帝国とルシス王国の争いに、巻き込まれていくこととなる。

次第に明らかになる自分の出生の謎。そして。。。

おそらくこういう導入の仕方の方が、すんなりと世界に入れたのではないかと思う。

FF15はとにかく惜しい作品なんだけど、インディーゲーや小さいメーカーがつくったゲームと異なり、

なんか根本的なところでずれているゲームという印象がある。

開発期間がもう少しあれば、開発資金がもう少しあれば、といった話で解決されるものではまったくなく、

このゲームをどういうゲームにしたかったのかが不明確で、昨今のスクエニディレクターをやれる人が少なくなってきているのを如実に表していそうだ。

プレイだがKH3も同じ感じがしていて、材料がいいが、味付けが悪いと思わせる。

出勤日にはほぼ毎日痴漢をしつづけて20年。謝りたい。

痴漢冤罪時間お金名誉を失った方々へ、ひとりの痴漢として謝りたい。ぼくのような痴漢いるから、被害者がおり、そして、その被害感情や恐怖心が痴漢冤罪を生むわけだ。

まり、ぼくがいるか冤罪も生まれるわけだ。申し訳ない。あやまりたい。ペコリ。

はじめて痴漢をしたのは大学生の時。箸が転んでも勃起した年頃。

満員の電車で、かぐわしいニヲイのする長髪の女性の臀部に押し付けられたぼくのペニス射精経験した。フィニッシュの瞬間だけ腰を振ったことを覚えている。ぼくにとっても、そして、誰よりもぼくのペニスにとって大きな出来事だった。

そうして僕は痴漢に目覚めた。でも、そこはプロである。捕まるようなへまはしない。出勤日にはほぼ毎日痴漢をしつづけて20年。3流とはいえ一応上場企業入社して順調に出世して家庭まで持っている。

たか痴漢されど痴漢最高裁まで争っている人のニュースを見ると胸が痛むと同時に笑いもこみ上げてくる。下手打ったな、と。痴漢をしてつかまったのか、痴漢をしてもいないのに捕まったのか、どっちか知らないがどちらにしろマヌケにもほどがある。

とは言え、やはりぼくの立場上、そういう人を嘲笑するのではなく、謝罪したい。ごめんね。ペコリ。ペコリ。

2019-10-10

くっそ面白いな……このWEB小説天才じゃん……と思ったらプロだった

まあ……別にそれで面白さが変わるわけじゃないんだけどさ……臨場感ちょっと下がるよね。

作者の人格作品は別っていうのはやっぱり嘘だよね。

なんかこう作品っていうのはどうやっても体験からさ、読み手精神状態とか人生状態と同じく、作品に対するイメージのものがかなり影響する。

本に出会ストーリー自体作品の第0章になっているような所がやっぱあるじゃん

ほら、ニュー死ねパラダイスとか、主人公キスシーンの雑コラみたいので涙流すのは、作品への評価はその背景により影響を受けるっていう最たるものっていうかさ。

値段も影響はあってさ、タダで読む作品と金払って読む作品はやっぱタダの方が面白いんだよ。

金払うと元を取ろうっていう気持ちが働いて邪念が交じるんだよね。

たとえそれが1000億持っていての10円だろうとさ。

買うという選択をした自分判断力の正しさについて世界勝負が始まっちゃうっていうのかな。

それが単にポチポチして読むだけなら、時間の使い方っていう面では世界自分のバトルみたいなのは起こるっちゃ起こるけど、作品鑑賞への影響は最小限になるっていうか。

あいいや。

とりあえずさ、魔法少女インタビュー https://ncode.syosetu.com/n5561er/ ってのがめちゃ面白かったよ。

このアニメが好きなら当然、出ている声優ファンだよね?←これ嫌い

私の好きなコンテンツは、なんだかんだでもう10年くらい続いている。

漫画(アニメ)で10年ともなると、ファンヘビーユーザーが多くを占めているものもあるだろう。

私が好きなものも例に漏れずその一つ。最近になってまた色々と企画が増えていたが、思うことがある。

アニメファン=その作品声優ファンで当たり前などと公式さんが勘違いするのはやめて欲しい。

もちろん嫌いなわけではない。

原作から入った自分も、初めてアニメを観た時はどのキャラクターも声がぴったりで驚いたし、可愛く魅力的に息を吹き込んで下さる声優さん達には感謝気持ちでいっぱいだ。

だけど、そのアニメファンは全員声優さんだけが出演するイベントに行きたいと思うものなのだろうか?

周りはそういった方が非常に多いので、たまに自分おかしいのかと思ってしまう。

そして何より、ファンコンテンツに必ず声優さん関連の特典を付けたり、アニメの中に実写で登場させるのはどうかと感じた。

前者は興味がなければ避ければ良いだけだし、何度も言うが声優さん自体は嫌いじゃないし…寧ろ好感を持っている方だ。

でも(プロ歌手ではない)その人達ライブお金を出して行きたいかと言うと自分は違う。

好きな映画に出ている女優さんや俳優さんの「お茶の間ファン」みたいなものだと思っている。

要するに自分作品声優さんを、別のコンテンツとして分けて見てしまうという事です。

もちろんその辺の好きの度合いは人それぞれなので、そういった声優さんのライブお金を落とすファンの方々を否定するつもりは毛頭ありません。

ただ公式さんのスタンスが鼻につくだけで。

先日公開された新作のアニメの中で、キャラクター声優さんに変身するという演出があった。

「そういうストーリー」「ギャグ」と言われると何も返せないけど…私はそこに劇的に萎えしまいました。

それもその新作アニメシリーズは「初心者向け」と謳っている。

ヘビーユーザーばかりになってしまったコンテンツ新規ファンを取り込もうという意図も少しはある…と信じたかったのだけれど、新規の人はきっと突然キャラコスプレした人達が実写で画面に現れても、ポカーン…じゃないのかな。

最悪、この人たち誰?まであるでしょ。

ツイッターで周りのファン感想を見たら、みんな結構喜んでいてちょっと驚きました。

ちょっとしかったっていうのもあります

それから、あまり公式さんが声優さんとキャラの同一視を促すのもちょっとどうかな、と思いました。

今はそういう時代なのかもしれないけどね…

ちゃごちゃ書いたけど結局は

みに○り第2話のノリはドン引きしたけど周りは喜んでるから言えない!

からここに書きました。

ファンも、公式さんも、どんどん内輪ノリが酷くなっています

ファンの中でも信者化が激しく、近年は異を唱えにくい雰囲気が出来上がっております

こっち系のオタクになる前ですが、内輪ノリ信者ばかりになって新規が入れなくなり、潰れていったコンテンツを沢山見てきたのでとても心配です…

作品ファンではあり続けますが、アニメ関連はこれから一歩引いて見ていようと思います

追記

ファンコミュニティに怒ってるとかじゃなくて、例えばアニメ本編の中でキャラクター中の人に変身するとか、作品の特典に必ず声優さん絡みのもの付属しているだとか、ラジオはチェックして当然みたいな公式サイドの促しや悪ノリが嫌になっただけです

anond:20191010181229

サッカーだって30年前とはルール全然別もんだぞw

かい部分が変わってもゲーム連続性、継続性は揺るがない

格ゲープロなんてスト2から現在までいろんなゲーム渡りあるいてるじゃん

anond:20191009114445

カメ止めのストーリーはあれで完結していなくて、

そこから更に「しこしこミニシアターに通うサブカルオタどもとクリエイターの卵たちが社会現象を引き起こす奮闘記」が加味されてたんだよ。

当時の熱狂が生んだカタルシスあって初めて100%面白さを体験できるから、今更見ても当時絶賛された意味はもうわからないよ。

その点ある意味ブレアウィッチプロジェクトと同じなんだよなカメラを止めるな。

それからゲットアウトの話になるけどあれの脚本監督ジョーダンピールっていう、主にコント番組に出てたコメディアン。ゲットアウトが処女作

強引な言い方をすればビートたけしみたいなもので、映画オタ特有ロマネスクやこだわりがないかわりにエンターテインメントとしてのサービスさりげなく仕込むのが上手い。

そんでピールは黒人だけどスノッブ白人に囲まれて育ったような複雑な人で、アメリカ黒人問題を独特な視点で捉えてる。

結果コントとして見ることが出来てとっつきやすいが、単なる娯楽作として割り切れない深刻さもある作品ができた。

映画オタの無邪気でひたむきな活動大衆普遍的共感を覚えたカメ止めと、エンタメプロが長年のノウハウからアメリカの歪みを喜劇昇華したゲットアウトは結構対照的作品だったと僕は思う

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん