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2017-06-23

https://anond.hatelabo.jp/20170623084633

勉強だけできても大人になれなくて、大人になれないと稼げなくて、稼げないと高校勉強する目的を達せない。

親は手続き的に高卒資格を取得するためだけに出資する訳ではなくて、その後に自立する過程方法として高校へ通わせているので、資格取得だけしてビジネスに繋がらないのでは出資詐欺だ。

成長に必要なら遊びでも何でもやらなきゃならん。勉強だけしていれば契約上は良いんだから良いだろうといいというものじゃない。

政治系のニュースって可決した法案の内容だけ見とけば良いよね

1億人の中の1票じゃ政治のもの個人が影響を及ぼすことなんて出来ないし政治過程を知る意義がほとんどない

政治系のニュースを見たり読んだりするのは時間無駄

趣味としてならその限りではないと思うけどね

2017-06-22

やばすぎる本を読んだ

最近国立国会図書館に入り浸ってるんだが

その中で読んだ本でもダントツやばい本を読んできた

たぶん胸糞悪くなる人が大半だと思うので、エログロ小説性犯罪記事を読む心持で読んで欲しい

====

まあ平たく言えばロ〇コン向けの本なんだけど

80年代に発行されただけあって、今手に入る二次元漫画雑誌なんか目じゃないぐらい倫理観ガバガバ

まず女の子(おそらく8,9歳くらい)のヌード写真は当たり前

実在する学校名を堂々と載せて、校門前スナップしたと思わしき素人女子中学生てんこもり(さすがに目線は入ってる)

どうすれば小さな女の子とお近づきになれるのか?親にばれずに一緒に遊ぶには?細かいところまでレクチャーしま特集

極めつけは、上記の方法で数々の少女を襲ってきたと思われる人物が、実際に目をつけた女の子公園で声をかけて、家に連れ込んで…以下略

上記の過程を全て撮影し、その写真少女を抱く自分に酔ったポエミーちっくな手記まで付随していた

印象的だったのは、これらの記事の節々でコメントしている筆者ら(こういった方面での愛好家達)が、「今まで〇〇人ハントした」といった様に、少女に対し乱暴した人数をまるでコレクションか何かのように自慢げに語ったり

まるで無機物人形を見るかのような上から目線で、道行く少女らを眺め、観察し、批評する

彼らが心から生と性を楽しんでいる様が、数十年だった今でも文章からにじみ出ていた事だ

悍ましいとか、気持ち悪いとか、憤りを覚えるとか、女の子可哀想だとか

当たり前に出てくる感情はもちろんあったが

一方で、この本から流れてくる異常且つ意味不明ななパワーに圧倒された…

今ではとっくの昔に規制された幼い少女に対する性愛を、ここまであからさまに語り合う人々や場があったのか、与えられていたのかという驚きが強かった

余談だが、こういった類の本を閲覧する際は別室と呼ばれる小部屋へ案内され、その部屋以外への持ち込みは一切不可だ

私がこの本を借りる際は、別室の受付に待機している女子大生らしき係員の女性が手渡してくれた

致し方ないとはいえ、何だか申し訳なくなった

ポケモンGOへの提案

まず、本家ポケモン面白い

面白い点は色々あるけど、1番面白いのは、やっぱりバトルだ

ポケモンバトルはめちゃくちゃ複雑で、膨大な知識必要だし、戦略無限にあるし、ポケモンもめちゃくちゃ種類がいる

好きなポケモン、好きな技、思いついた戦略なんかが生かせるように、戦略を練って戦う

大概が思い通りにはいかないけど、負けるとそこで悩んで試行錯誤する

その過程がやっぱり楽しいかなー

あと、その戦略を実現するために、技を選出し、努力値を振って、ポケモンを育成していくのも大事な要素

この育成も、とても面倒ではあるけど、未来のバトルを思うとワクワクするよね



それに対してポケモンGO

これは何が面白いかっていうと、現状では収集

これまで、バトルそのものはつまらなかった

ポケモンを捕まえる、レアポケモンを見つける、最終進化系まで進化させて図鑑を完成させる、いい技、いい個体値ポケモンをフル強化してポケモンを完成させる

そして所有欲が満たされる

それが面白い、というか、そこだけがゲームの肝だ

現状、バトルに面白みはないし、勝ったところで何も起きない

戦略もないので育成もない

あえて育成のことを言うならば、膨大な数を捕まえて、その中で1番良かった個体を強化するだけだ

捕まえたこの子を、どう育てよう?という要素は皆無だ

本当に収集しかなかった

しかし、近々の大型アップデートジムは大きく変わり、ポケモンGO世界も大きく変わることになるだろう

せっかくなので、ポケモンGONiantic提案しますね


まず、同一ジムには同一ポケモンが置けなくなったそうな

これはすごくいいアップデート

でも、まさかバトルに選出する手持ちのポケモンは、同一種類を複数匹選べる、なんてことはないよね?

ジムはいろんな種類がいる、でも相手が変わるだけで、戦いは相変わらずカイリューで連打で済む、なんてことはないようにして欲しい

相性補正の倍率が変わったそうなので、今までほど簡単カイリューで押せるわけじゃないと思うけど、それでもラプラス相手以外ならほぼカイリューで連打すりゃいいだけなのは変わらないはず

やはり、バトルに選出するポケモンも、同一種類は一体のみに制限して欲しい



次、育成について

わざマシンが導入されるそうなので、この子にこの技を覚えさせよう、というのがある程度出来るようになる

これは本当に良アップデート

たくさん捕まえて、良かった子だけを残すのではなく、育てたい子を大事に育てたい

ポケモントレーナーとして、1匹を大事にしたい気持ちはすごくある

それが叶うのがわざマシンなので、すごく嬉しい

で、さらに思うのがやはり相棒ポケモンの意義

1匹だけを相棒に選ぶわけで、そこには特別な何かがあって欲しいと思う

現状では、相棒ポケモンはアメ稼ぎの手段だけで、ポケモンとの絆が深まるわけでも、バトルで思いがけない活躍をすることもない

アニメポケモンでは、1トレーナーは1ポケモン特別に大切にしていて、非常時には心を通わせる

本家ポケモンでは、サンムーンでポケリフレなるものができて、ポケ豆をあげていっぱい撫でてあげると、状態異常気合いで治したり、敵の技を見事に回避してくれたり、瀕死になるはずの技を耐えてくれたりする

これみたいな、ポケリフレ的な効果を、相棒ポケモン一体だけに与えてくれたらいいなと思う

いや、ポケリフレ効果じゃなくてもいい

本家でいう、努力値振り的な要素にしてくれて構わない

同じ種類、同じ個体値ポケモンでも、相棒としてどう過ごすかによって育ち方が変わるとかね

ふしぎなアメ実装されるそうなので、もはや相棒ポケモンにアメだけの意味を持たせる必要はないと思う

相棒だけ、Z技みたいな、渾身のクリティカルヒットがたまに出る、とかもいいかもね

とにかく、相棒ポケモンの意義の再考を、お願いいたしま




あとですね

ジム改変、わざマシン実装レイ実装などで、だいぶ面白くはなりそうだけど、結局「ゲーム本質収集」という部分については、これでは変わらなかったな、という印象を持った

好きなポケモンに好きな技を覚えさせる、そのためにジムをやって、レイドをやって、ボスポケモンゲットして、わざマシンをゲットする

そして、やったー!理想ポケモンが手に入ったよー!で、終わり

いや、ジム防衛っていう、ingress 的な縄張り争い面白みを感じる人は、これで面白いと思うと思う

でも、やっぱり本家ポケモン好きな者からすると、縄張りゲー要素はあってもいいけど、戦略性と育成要素が充実しないと、これはもうポケモンが登場するingressしかない

戦略を考える→育成する→戦う、という部分がもっと充実しなければ、本当の意味でこれはポケモンじゃないと思う

いや、収集ゲーは収集ゲーとして楽しんでいるし、これを否定する気は無い

でも、ジムが改変されたって、僕は縄張り意識防衛意識も持たないし、初心者でも誰もが戦いたいときに気軽に戦って、気軽に勝てる場所がある、という状況であって欲しいと思っている

どこも安定タワーで、初心者は勝てないし簡単にはジムを落とせない、なんて状況はいらない

勝っても負けても楽しいバトルがポケモンのはずだ

(初心者こそ勝てないといけないはずだ、そして、上級者がウンウン頭捻らないと勝てない場も必要だ)

もちろん、レイドでレアポケモンゲットしたいし、わざマシン欲しいし、伝説も捕まえたいから、ジムは今以上にやることになると思うよ

そして今より楽しくはやれるんだと思う

でも、バトルの目的は、バトルする→理想ポケモンゲット、ってことで、やっぱり収集目的

本家の、戦略練る→育成→バトル、っていう、バトルそのもの目的には、今回のアップデートでもなり得ないよね

めちゃくちゃいいアップデートで、面白そうだし、はやくやりたいけど、やっぱり、バトルそのものもっと楽しくして欲しいのと、育成ももっと幅を持たせて面白みを出して欲しいなあとは思うかな

いや、今回のアップデートで終わりじゃなく、日々変わっていくはずなので、今後も期待しています

交換や、プレイヤー同士のバトルが実装される頃には、この辺がもうちょっと変わってくるんじゃないかなーと思ってます

2017-06-21

仕事ミス発達障害のせいにしたくない

当方男性20代

アスペルガー症候群、つまり発達障害(診断済み)だけど手帳は取ってない。

大学卒業後は一般枠で3年ほど働いてとくにトラブルはなく順調だったが、

今年の冬から仕事内容と人間関係が変わってからミスが続発して、だいぶ参っている。

環境が変わる前の上司も後の上司アスペの事に理解が無く、それとなく自分アスペである事を話たのだけど、

「そんなん俺にも当てはまるわ」「君が考えすぎているだけやで」とあしらわれ、流されてしまった。

社員も年齢層高く、発達障害のようなメンタルの事をよく知らない世代が多いのもあると分析している。

環境が変わってから自分なりに努力して改善はしているけどマニュアルの内容がよくわからないことが多く、

そのことを質問しては上司を「そんなこともわからないのか」という態度にさせて申し訳なくなって謝り、

連絡の内容の理解ができなくて何度も確認をすれば怒られて謝り、その過程でもミスをしていて謝り続けて疲れた

規模がそこまで大きい勤め先ではないので、未だに後輩が入ってこないのでいつまでたっても立場は下。

LINE仕事グループに入るようになっては毎日のように

すみません」「申し訳ありません」「申し訳ございません」と書いていて

それに既読の数がどんどん付いていく様子を見るのが実に苦痛

朝起きれば、また今日も謝って既読がつくのかと思うとうんざりする。

でも、ここでミスが多いのはアスペのせい、発達障害のせいだと伝えても無意味どころか、

何の解決にもならない光景が容易に想像できてしまう。

そしてなにより、私自信が自分ミスや失態をアスペ発達障害のせいにする事に

すごく後ろめたさ、卑怯さを感じているのがつらい。

親の教育が厳しく、迷惑をかけてはいけない、当たり前のことができるべきだとよく言われたのに、

迷惑をかけやすく当たり前のことが出来ないアスペだということが判明してから、尚更辛い。

こう書いている間もまたLINEで公開長文説教が来るのを見ていると憂鬱だ。

長文の説教を書かせて上司の貴重な時間を奪っているのがこの私自身というのがとても不甲斐ない。

…乱文すみません

酒のメリットってあると思ってたけど

https://anond.hatelabo.jp/20170619212616

 

話題でふと思ったんだけど

コンパとか会社の大きな飲み会しろ

最初はぎこちなくて後半だんだん打ち解けて

物足りなくて2次会へ行きたいなって流れになると思ってる

 

打ち解ける過程に酒の酔いが必須なのかと決めつけてたけど

少し時間必要なだけで酒はなくても場が明るいなら問題ないのかな

2017-06-19

ニジマス釣り 釣り方と仕掛け 情報サイト釣りき」

~この裏技は、高齢層の玄人が好んで使うようですが、

まり検索してもひっかからないので公開してみようとおもいます

そのためにスーパーにイクラを買いにいったという(笑)

こうやって記事になるときは良いんですけど、実証する過程カメラ一生懸命イクラに向けていると、

妻に、「あんた(いい歳して)なにやってんの( ̄□ ̄;)」

的な目で見られるのだけはなんとかならないか(笑)

http://nijimasu-fishing.com/column/ikura.html

いい歳して・・・・きつい奥さんだなあ・・

サザエじゃ駄目なんですかね

G

ゴキブリ怖すぎる。

普通の虫は余裕なのになんでだ。

理性ではゴキだって普通の虫だってわかってるのに、感情が全くコントロールできない。

たぶんこれは精神に直接攻撃を仕掛けられてる。

進化過程物理攻撃でなく精神攻撃を身につけたんだ。

あのナリでエスパータイプかよ。

死ね

指導者なき表現はこんなもんなのか

しがない漫画描き。

 

自分も一人の表現者として「読者受けが全て」という覚悟はある。

から自分から見てどんなくだらない作品世間の評判を得ようとも、甘んじてその結果は認めるつもりだ。

 

はいえ、あちらこちから流れてくる話題ネット漫画のたぐいを見ていると、どうしても「なんでここまで読み難いものが…」と困惑せざるを得ないときがある。

 

・絵が添え物程度の扱いで、膨大な文字数ネームですべてを説明しているもの

・2コマで十分表現出来る話を無理矢理4コマに引き延ばし、余計な状況描写リアクション主題がぼやけているもの

今日見かけたあるものは「(子供能動的に本を)読む」「(子供に本を)読み聞かせる」というふたつの話をまったく説明なくひとつの「読む」という言葉表現していて、洒落演出のつもりなのかも知れないが、作品の根幹のテーマ理解させたいのか、とんち問答でもさせたいのか、怪しいくらいの難解さとなっていた。

 

どれもこれも、プロ指導者に持ち込めば、いの一番に直せと指摘されるような部分だ。

あるいは、対面で知人などに見せて感想を得たとしても、何人かは読みにくいという指摘を必ずするだろう。

ある意味漫画の「てにをは」だ。

 

しかインターネットの、特にSNSなどで「バズる漫画はどれも大抵こういう、ある種ざつな部分がある。

のみならず、本人が特に問題とは認識していないのだろう。何作も同じような事を繰り返し続ける。

 

理由は多分、SNS作品が「共有」されていく過程にある。

SNS作品を「共有」するのは、その作品で満足した読者であるから、「読みにくい」ところはどうかこうかすでにクリアしてしまっている。

読みにくさにスルーした人は感想なんか書かないし、友人知人がわざわざ「共有」してきた作品ネガティブ感想を敢えてつけるものも居はしまい。

これがブログ自作ホームページにでも上がっているものなら、いくらでもコメントフォーム突っ込みが入るだろう。

2chに関連スレでも立とうものなら、罵詈雑言に混じって必ず読み辛さの指摘は出る。

そしてやはり、昔ながらのやり方で、手渡しで誰かに感想を求めたとしても、SNSほど忖度は働かないだろう。

 

SNS以前の時代他人漫画を読んでもらって感想を貰うという事が、一定数の「わからない」という感想を貰うことと等しかった時代

誰もが「わかる」表現必死模索したし、表現指導をするとはすなわちこれを指摘する事だった。

今やそういう場は、表現者登竜門としてオーソドックスものではなくなってしまった。

 

「きちんとネガティブな指摘を貰う」ということは意外と難しいことなのだ。

他人からネガティブな指摘を貰う事なく、自主的に読みやす表現模索するのは、もっと難しいことなのだろう。

SNS時代には、それでも届く読者には届いてしまうから、それで良いという考えもあっても良いのかも知れない。

「届かない読者に届けてこそ表現では」という思いも自分にはある。

SNS時代表現は、時代を超えて後世に届くのだろうか?

表現とは何か、表現者は何を目指すべきなのか、根底価値観が揺らいでいるのを感じる。

2017-06-18

https://anond.hatelabo.jp/20170615145435

私見であるが、生物意味は究極的には子孫繁栄かと。

それが真だとすると、自身の子が居ないならば、血縁者の年少者や親しい知人の子自身リソースを配分することで、代替的な意味を見いだせるかもしれない。

そういう子供未来を明るいものにするために、仕事をすると考えると価値観が違ってみえるかもしれない。

他の方法で生を実感するには、原始的生物の部分を刺激してみるのはどうだろうか。格闘技などの対人スポーツであれば、競うことでアドレナリンが分泌されるなどして昂揚した気分になるかもしれない。もうそれを習慣としているのであれば、より過激スカイダイビングなどの物理的な危険が高いものはどうだろうか。

あるいは、もっと原始的な衣食住の部分を意識的に揺らしてみる、例えば断食などをすると実感できるかもしれない。

(くれぐれも、最低限度の身の安全と、社会的に認められる範囲の行動で、の前提だが)

私の体験では、一人で旅行をするのが退屈な日常から離れるには、良いと思う。

というのは、慣れない道を歩き、耳慣れない言葉を聞き、いつものとは異なる食べ物を食し、初めての部屋で眠る。私がビビりがちな性格であるからか、かなり生物的な危機感が煽られる。十分な準備をしても落ち着かない。

また、知らない土地歴史を知るのが楽しい。今ある街並み・建築物・展示品が人の手で作られるに至るまでの過程想像すると、人の文化に触れられる気がする。人工物でなく自然の中でも発見があり、日に焼けたり、森や海の臭いかいだりし、キャンプで火おこしをすると、人間も一匹の獣から始まったことを体感するようで楽しい

人生意味は「自分の血を残す」部分が大きいと思う。しかし、子供を持たないという選択をするならば、自分の生を満たすためのちょっとした冒険してはどうだろうか。

2017-06-16

職場恋愛している同僚、処女だったことも初プレイの内容もフェラがうまくなっていく過程もアンダーヘア整えていく時期も何から何まで職場おっさん連中にバラされていること知っているんだろうかと思う

知ってたら恥ずかしくて顔出せないか

2017-06-15

生きている理由がない、だが、死ぬ勇気もない

たぶん、ここ数十年で幾度となく繰り返されてきたであろう話題。そして、これからも何度となく同じ話をして行くであろう話題。だけど、この先に幾星霜の年月を重ねようとも、決して人類が回答を得ることはかなわないであろう話題

「このような増田を書く際には適度な自分語り必要である」との先人の教えに倣い、私も自身人生を少し顧みる。

とは言え、特にこれといって語れるような、起承転結栄枯盛衰の激しいエピソードはない。期待に沿えず申し訳ない。

私は、凡庸な働き者である両親の下に産まれ大学まですべて可もなく不可もなしと言ったレベルの国公立で通し、東証一部ではないが倒産寸前でもないと言ったどこにでもある企業就職し、今に至る。要は平和謳歌していたわけで、「幸せかどうか」という尺度で測れば、私は十二分に幸せなのだろうと思う。


先日、同級生の友人らと一席設ける機会があった。私の交友範囲は、狭いようでいて結構広い、まあ所謂普通」の範囲内だ。私ほどの年齢になると、このような場でだいたい出てくる話題と言えば、増田諸氏にもお馴染みの「子供の話」である

子供習い事は何がいいか、今どきは中学受験をさせるべきか、保育園になかなか受からない、・・・語らいの場を彩るには事欠かない。

私自身は独り身だが、そう言う話題は端的に言えば好きである同級生の、愚痴のような自慢のような我が子の話を聞くのも好きだし、独りやもめが一丁前に進言することも吝かではない。

だが、そう言う話題をしていると避けて通れないのが「増田結婚しないの?」「増田の子供、見てみたいよ」等の友人の無邪気な言動である

もう何度となく聞かれたので回答が半ばトークスクリプト化しているが、私自身は結婚する気が全くない。子供を作る気もない。

友人らの結婚式に持参した祝儀袋は50枚ではきかないし、友人らの華燭の典の末席に私の椅子を加えてもらえるのは悪くない。幸せのおすそ分けがあった数年後に、友人らの間に生まれた新しい命に触れる栄誉に浴した機会も両手両足では足りないだろう。

そんな友人達の子供の相手をするのも、また楽しい。先日も友人宅で友人の子供たちとゲームで盛り上がった。そういった私の姿を見てきている友人達はいつも怪訝そうな顔をして、お決まり言葉を投げかけてくる。

曰く、「増田絶対にいいお父さんになれるよ。」と。

しかし、残念ながらそんな姿を友人たちに見せる機会は、永遠に実現する事はないだろう。なんだかこちらが申し訳なくなってくるが、こればかりはどうしようもない。

結婚出産をしない事の仔細については伏せさせていただくが、私自身はLGBTという訳でもないし、病気等によって子供が作れない身体という訳でもない。過去交際した異性がいない訳でもないが、結婚するというビジョンは当初から皆無だった。




・・・さて、長々と私の宴席話を綴ってしまったが、ここまでが枕詞である。以下より表題の件となる。

最近発生したとある些事によって、私は自身の今後の人生を考える機会を得た。それは老後の事であったり、貯蓄の事であったり、人間関係の事であったりする。

不思議不安はない。「少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。」と言ったのは太宰だったか芥川だったか。或いは川端だったかも知れない。

老後を一人で支えていく貯蓄は作れる。今現在のところは十分な資産が無い為「ある」とは胸を張って言えないが、仮に70歳定年制度が導入されようとも、食べていけるだけの資産形成するだけの資力はあるものと自負している。

加齢による孤独との付き合いも、それなりにこなしていくつもりだ。とは言え、老境に達した事もない若輩が悟ったような事を口にするのも軽々しい。鋭意努めるといった表現に留めておこう。

そのような事を独りごちること数日、ようやっと私は「自身に生きている理由がない」と言う平々凡々な結論に至った。

却説そうなると困ってしまう。理由もないのに生きていくには、あと数十年という年月は些か長すぎる。排泄物生産する装置として延々と過ごしていくには動機けが心許ない。

人生に対しての意味を考えるのは、数多く存在する宗教という団体が約二千年ほど前から継続して取り組んでいるようだ。詳しくは知らない。

彼の団体が世に出している成果物を拝見したこともあるが、私には意味を見出すだけのものはなかった。

理由も無い、意味もない。そうなると次の段階として「可及的速やかに、かつ周囲の迷惑を最小限にとどめる形で自殺する方法考察する」ということになるが、私にはそれを実行するだけの胆力が備わっていなかったようである。自ら命を絶つという行動を想像するとき自身の玉袋が萎びていく感覚が如実にそれを証明している。

安田講堂演説をぶった後に割腹して果てたのは誰だったか筋骨隆々とした当時の写真を見るに、グラビアモデルか何を生業としていた人だと推察しているが、どうだろうか。職業はともかく、その胆の据わりようはまさに驚嘆に値するが、私には到底真似のできない所業である

理由も無く、勇気も無い。理想も無かった。願望もこれといって無かった。意味のある無しは私自身が決定するものではない。後世の人間理由付けしたもの意味だ。

かと言って「無い」状態を維持していくのも据わりが悪い。回答でも解答でも一向に構わないのであるが、「ある」状態にしたい。ふとそう思い至って有休申請をしたのが昨日の午後、目の前のキーボードを叩いては嘆息する作業に飽きてきたのがつい先ほどの話だ。

先人の知恵を生かす事こそが人類であり、その事を辞書で引くと即ち「英知」である。ならば私も人類の英知の恩恵に与ろうと「はてな匿名ダイアリー」なるサイトの中に設置されている検索窓で「人生 理由」と入力してENTERキーを叩いたところ、検索結果は0件だった。平日の昼間から人生 理由」や「人生 意味」といったワード検索をかけている中年男性という絵面も大変に珍妙ではあるのだが、ここで膝を折るわけにもいかない。

Google検索で「人生、宇宙、すべての答え」で検索すると「42」という解が得られるというのは割合に有名な話ではあるが、できれば証明過程のほうも見せていただきたいので、「人生 理由」や「人生 意味」などのワードGoogle検索をかけても、有象無象が多くて選り分けるのに四苦八苦しているうちに時間けが過ぎ去っていく。回顧するに到底建設的な所作とは言えない。

※ちなみに、「人生 理由 anond」等とGoogle検索すると、先人への英知に到達する作業が捗ったという事実も申し添えておく。


・・・結局、特段の進歩もなく、たまっていた有休を消化して終わるだけの一日となりそうだが、髪の毛一本分、まさに寸毫ほどの厚さだけでも遺物があれば、後進増田諸氏の灯台となり得る可能性はあると考えた。

可能性に賭けることは好きではない。そもそも賭け事が嫌いだ。だが、この愚かな人間がしたためた理由意味もない駄文が、誰かにとっての灯火となれば幸甚である

大海原の中のマッチ一本分にも満たない、本当に小さな灯り火であるが。

ここまでお付き合い頂き、かつ増田諸氏の人生の貴重な時間をも少々頂けた事に深謝する。増田諸氏の人生に幸多からん事を祈念して、ここで筆をおく。

https://anond.hatelabo.jp/20170615111115

普通に考えれば子どもでも分かりそうなことなのに警察ですら頭悪い行動を起こすから

影響元にまで責任を追及するなら義務教育過程洗脳組み込んどけばいいのに

2017-06-14

これまでは捜査一般市民から情報収集過程でそのような人物(作者)が居たかもしれません

みたいなクッソ遠回しな建前を用意しないとできなかった事を

これからダイレクトにやるぞっていう事だろ

捜査権持ってる所にそういう安易認定増やしてどうすんだよ

スマートフォンが飲み込んだもの

http://anond.hatelabo.jp/20170613210316

電話通話

コンパクトカメラ

ビデオカメラ

・フォトスタン

ポータブル音楽プレイヤー

電卓プロ用除く)

ちょっとしたプリントメモ代わりの印刷

地図

時刻表

ポータブルナビ

電子辞書

メモ用紙(写真で済ませる)

スキャナ写真で済ませる)

ICレコーダー

ポータブルゲーム機

ハンドヘルドPC

ポータブルテレビ配信で済ませる)

ポータブルラジオラジコなど)

アマチュア無線

トランシーバー

雑誌

新聞

etc

プロハードに使う用途はまだまだ専門性が高い専用機必要とされているが、普通の人が「あったら便利なのに」みたいなポジションガジェットほとんど飲み込まれた。これらの大方の利益は「ちょっと使えればいいんだけど必要からしかたなく買っていた」分の膨れた分で出ていた。

写真にしても、当時もし殆どの人が「フィルムの何コマ目」だけ指定プリントを依頼していたらかなり減収になったにちがいない。ほしいのは2,3枚でも24枚撮りなら24プリントしていた。それが大きい利益になっていた。

音楽家が「CDを買って欲しい」というのも、CDパッケージする過程でさまざまな周辺業種を巻き込み、結果的に「欲しいのは1曲だけど1000円」という形で業界の動く金額が大きくなれた。欲しい1曲だけ250円で買われてしまっては従来通りの規模を維持できない。

俺が埼玉県警広報なら「クジラックス先生に『申し入れ』なんかしてませんよ、捜査の一環として市民の皆様ともいろいろなお話をしており、その過程でご面会する機会があっただけです」。くらいの発表をするでしょうね。埼玉新聞の「申し入れ」「要請」という言葉は、どこから出たのか。

埼玉新聞側も、さすがに「公権力による『穏便なお願い』…これはマズい」と考えたのではないかしか警察批判する意志は弱くお茶を濁している。ここで筆が鈍るところに問題があるというか、記者にも警察にも「軽く見られている」気はする。

「逆らったら死ぬバカでも分かるけど決して強制ではないお願い」というのの怖さは警察からヤクザまで同じで、ただ当事者に「お願いへ対抗して権力横暴を阻止しよう!!」などという強い闘志が湧き上がる可能性はまずないので、メディア掲載時点がある程度カバーするべきだったのではと思うところ。

「この警察対応はマズいのでは」と新聞記者は察していると思う。それは「異例」という表現に現れている。と同時に「エロマンガだと読者を反権力で煽るのは難しいかも」という意志垣間見えるのが最後にある警察側の「検討したい」という警察善意に対しての批判が全くないところ。

https://twitter.com/mishiki/

なるほどこういう考え方もあるのか

http://anond.hatelabo.jp/20170613210316

おじいさんのランプ (http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/635_14853.html) という小説を思い出した。

まあ、現像屋は現像のもの技術必要だった時代には儲かる仕事だったんだろうけれど、その過程をなくせるようになったら要らなくなったということなんだろうね。

2017-06-13

http://anond.hatelabo.jp/20170613120513

死そのものに対する忌避と、

死ぬ過程における苦痛に対する忌避と、

死ぬことによって本来得られるはずだった利益を損失することへの忌避は、

切り分けて考えなければならない。

死が怖くなくても、痛かったり苦しかったりすることは嫌だよ。

2017-06-12

できない子を育てるのが難しい

Webエンジニアをやってます

この春からエンジニアだけの小さい部署上司となっていろいろ大変だと感じています

そのなかで特に思うのは若手のできない子の育成が難しいと感じています

できない子をAとします。

昨期までは私も上司ではなくAと同じ一メンバーとしてフォローしつつやってきました。

そんな折、昨期末にAと年齢は同じくらい、だけど前職がベンチャーでなんでも自分でやるタイプで頭の回転も早い、みたいな子が入ってきました。

この人をBとしましょう。

Bは要件を飲み込むのも手を動かすのも速いので安心して仕事を任せることができています

部下を動かす身としては非常にありがたいことで助かっているのですが

一方Aはまだ独り立ちするには不安があり、要件の誤った理解、十分な設計もできないといった状態です。

この結果「中途の人ばかり評価されている」とAから相談されました。

率直に言えば「彼のほうができるんだから評価されるのは当たり前だろ」なのですが

「今までの頑張り」など過程評価してほしいと考えているようです。

人間なのでそういったところを見てほしいと思ってしまうのも理解できますが…

からは求めていることとしてスピード感を持って仕事をするということは伝えています

(いつまでに○○を終わらせる、といったスケジュール関連のこと)

スケジュールを守ることで信頼を醸成できると思っていますのでまずはここから

しか経験が物を言う(と私は思ってます世界なのでそんなに急に期待値に届くということはないです。

なのでAには他人自分比較してもしょうがない、他人を気にするなという話もしましたが

彼も二十数年、自分価値観を持ってやってきているのでそう簡単に変わるものでもありません。

体育会系に振り切れば「悩んでる暇があったら手を動かせ!」みたいに言えるのですが

Aの性質上、それは納得しないで悩むままだろうなとも思います

私も上司になってまだ2ヶ月そこらなのでAをどう育成していくべきかが模索中です。

はてなにはエンジニアの人も多そうなので後輩育成で新任上司贈る言葉があったら伺いたい次第です。

※他にも悩みや問題はありますが直近での悩みはこれです。

なぜ大人になると変れなくなるのか

理由簡単で「苦手なことをやらなくなるから

 

こどもの頃は嫌なことでも親に怒られて渋々やらなくちゃいけなかった

その過程で苦手なものを克服していったのだが

大人になると叱るやつがいなくなる

そして自分の好きな事しかしなくなる

 

ここで脳の変性が止まる

http://anond.hatelabo.jp/20170612010200

確かに、こういうことをやっている人がいたら一般的には「行動力ある」となるだろうな。

で、たぶんこういうことをやってきた人間からすると、何もしない人間はひどくつまらなく見えるようなきがする。

何にも挑戦していない人間、変化していない人間

その挑戦ってのは、実は小さいな小さな挑戦の積み重ねで、一定の期間を経て成果が出るもの

しかし、久しぶりにあった友人などは、その過程を知らないから、「お前いつの間にそんなすごいやつになったんだよ〜」となる。

どっちかって言えば俺もそう言う側の人間ではあると思うが、小さい挑戦を始めるところから見てきた友人がいて、「あ、当たり前だけど最初からすごかったわけではないんだな」と気づくことができた。

そのことに気がついてからは、泥臭いことでも地道にやって積み重ねていかなきゃだめなんだなと思うようになった。

でもそれが意外にというか当たり前というか難しい。。。

2017-06-11

続・白紙に戻せぬ遣唐使教科書の読み比べ)

http://anond.hatelabo.jp/20170611183038

これのつづき。今回も文字数制限にひっかかったので、分割します。

  

桐原書店新日本史B』(日B 011)

一方、インドの僧菩提、林邑(ベトナム中部)の仏哲、唐僧鑑真らの外国人も、遣唐使船に便乗して来朝し、インド西域東南アジア文化を伝えた。

遣唐使船は日本人が唐へ往来するためだけではなく、外国人日本に招くためにも使われていたのです。「遣唐使」「鑑真」というのは中学生レベル用語です。しかし、この2つを結びつけて説明できる人は案外少ないんじゃないでしょうか?

ちなみに、山川の『日本史B用語集』によると、菩提僊那、仏哲という用語を載せている教科書は、唯一これだけみたいです。しか桐原書店は彼らの業績を説明するための註を設けている徹底ぶりです。入試問題になったら難問だと思いますが、大切なのはこういう人名を丸暗記することじゃなくて、東大寺大仏開眼供養会はインドベトナム出身僧侶たちも参加していた国際色のあるイベントだった、それは遣唐使船がもたらしてくれたものだということでしょう。

  

日本がしばしば新羅従属国として扱おうとしたため、両国関係はしばしば緊張した。しかし、日本遣唐使が唐において新羅人に助けられることもあった。」

これもこの教科書に独特の記述です。遣唐使新羅人に助けられたというのは、円仁著作『入唐求法巡礼行記』のことを念頭に置いているんでしょうか?

また、上掲の講談社日本の歴史シリーズから引用すると、次のような話もあります

遣唐使派遣が間遠になり、日本の船が唐まで行かないなか、それでも求法の念止みがたいとなれば、来航する新羅船を利用するしかない。そしてまた新羅商人たちは、概して好意的に彼らを助けたのであった(坂上早魚『九世紀の日唐交通新羅人』)。こうして入唐と研鑽を果たした天台真言の平安仏教旗手たちが、仏教の使命は鎮護国家にあるとする考えに則り、護国の修法による新羅調伏を担うことになったのは、実に皮肉なことであった。

  

坂上康俊『日本の歴史05巻 律令国家の転換と「日本」』

  

  

  

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

このころ唐では、みずから世界の中心とみなす中華思想が強まり、周辺の国々を夷狄として見下す考えが生まれていた。この考え方は日本にも影響をあたえ、朝廷新羅や、朝廷に服属しない東北九州南部の人びとを蝦夷隼人とよんで夷狄として蔑視しはじめた。

朝廷東北地方九州南部進出した経緯を説明する際、そこには中華思想の影響があったことを説明しています。それに絡めて新羅との関係にもちょこっと触れているので、先にとりあげた東大入試問題を解くときのヒントになるでしょう。

もっとも、この点はやはり、山川出版社新日本史B 改訂版』(日B018)の方が優れています。私が先に引用した箇所のすぐうしろ([後略]とした部分)では、朝廷が「東北地方蝦夷九州南部隼人異民族夷狄)として服従させ」たことを説明し、「律令国家が蛮夷を服属させる帝国であることを内外に示した」と結んでいるのです。

それに比べると、三省堂教科書は、遣唐使中華思想という2つのものを関連付けて理解することが不可能です。

  

  

  

東京書籍日本史B』(日B 004)

遣唐使8世紀には6回、9世紀には2回派遣され

実教出版にも「奈良時代遣唐使は6度派遣され」たとありますが、東京出版9世紀のことも記述していてグッド。

遣唐使は894年、菅原道真の建議で廃止されました。ですから9世紀末まで遣唐使派遣する制度は残っていたはずなんですが、8世紀と比べるとその回数がめちゃくちゃ減っていることが分かるでしょう。

理由は、日本がもはや唐から学ぶべき必要・意欲がなくなってきたこと、唐が政治的混乱に陥って衰退したことによる国威の低下、商船の往来が活発になったことで日本が唐に朝貢をしなくても舶来品を入手できるようになったこと、などです。

これがさっき桐原書店のところで述べた話にもつながっています時代が9世紀(すでに平安時代)になっても、仏教では唐に確固たる先進性がありました。だから日本僧侶たちは唐に留学することを熱望したのです。しか朝廷遣唐使派遣積極的ではなく、彼らは新羅商人の助力を得なければ、渡航が困難という状況だったのです。

  

[引用者注:702年の遣唐使派遣の再開について] その目的なかには、「日本」という国号を認めさせることも含まれていたと考えられる。

東京書籍教科書にだけある、この一文。「日本」がはじめて国際社会に登場したのがこの時点だったと言っているんです。

これ、すごいことを言っていますよ? 「日本」が太古の昔から存在したという皇国史観に対する強烈な一撃です。

ちなみに、このとき天皇」は国際デビューしていません。倭国はなんとかして「日本」への国号変更を唐に認めさせることはできても、皇帝にあたる「天皇」という称号を用いて唐と対等外交をする力がなかったのです。唐では天皇のことを「日本国王主明楽美御徳」(日本国王メラミコト)と呼んでいたようです。もしかしたら当時の日本朝廷内では、「スメラミコトは唐の皇帝に臣従したが、天皇は臣従していないか日本国王ではなく、したがって日本は唐の朝貢国ではない」という回りくどい官僚的答弁があったかもしれませんが、その点は不明です。このような高度に政治的問題は、国史編纂ときに巧妙な隠蔽がおこなわれるからです。(上掲の講談社日本の歴史シリーズ青木和夫著の中央公論社日本の歴史3巻 奈良の都』を参照せよ)

  

さて、これは東京書籍にかぎらず、多くの教科書でそうなのですが、古代史において「天皇」「日本」という表記を用いるときには慎重になっている様子がうかがえます。例えば白村江の戦いでは、唐・新羅と戦った国が「日本」ではなく、「倭」倭国」「朝廷」等の表記になっています

なぜ教科書がこんな表記になっているかというと、「天皇」「日本」という称号国号は、ある時期の特定政治状況のもと、人為的に作られたものからです。具体的には天武朝(673年~686年)のころ、大王とその国を神格化する目的で、初めてこれらの称号国号使用が開始されました。ですから、もし神と同一であるところのその「天皇」、その神のおさめる国である日本」が、天武朝より遥か昔から存在していたかのように記述するならば、それは皇国史観に他なりません。

無論、教科書では便宜的に仁徳天皇推古天皇というような表記が使われていますけど、古代史における「天皇」「日本」という表記の取り扱いについては一応注記が設けられていたりします。例えば『詳説日本史』は壬申の乱ののち、天武天皇が「強力な権力を手にし」て、「中央集権国家体制形成を進」めていく過程で、そのころに「大王にかわって「天皇」という称号が用いられる」ようになったと書いています。同社の参考書『詳説日本史研究』はそこがもっとクリティカルです。「大王から天皇へ」というコラムで、「天皇」という称号が天武朝に始まることの歴史学的な検証を載せ、唐の皇帝が一時「天皇」と称していたのを知った日本側が模倣したという説を紹介しています

こういう細かな表記へのこだわりからも、各社の教科書がどんな史観に基づいているかを見ることができるはずです。

日常系って物語じゃないよね

かわいい女の子を眺めるだけ。それはそれで需要があるのはわかるけど、物語とは言えないよね。

物語主人公目的が、目的を達成する過程における成長が、葛藤が、目的を妨げる敵対者が、盛り上がる展開が、謎が、対立がある。

日常系にはそれらが、全部とは言わないが存在しない。登場人物日常を切り取っただけ。

下手な脚本を見せられるよりは女の子達の日常を眺めてた方が遥かにマシだと思うよ。でもそれが"物語"だとは思わない。

2017-06-10

結婚したいか?と問われると

明確に「したい」とは言えない、37歳独身婚歴なし男である

結婚する前に、「恋愛」といっていいのだろうか?

自分から好きになった相手を振り向かせたい」

である

単に口説き落とすまでの過程を楽しむだけとは明らかに違う。

(その違いを第三者にわかるように言語化ができない…)

行き着く先は恋愛でも結婚でもどちらでもいいので、とにかく「自分から好きになった相手」だということが重要なのである

今まで相手から好きになってくれて始まった恋愛はあったが、自分から好きになって始まった恋愛はなかった。

しかも、「相手から好きになった」というのも、何らかの理由で、または偶然相手自発的好意を向けてくれただけで、自分が何かして「好意を抱かせた」わけではない。

せっかく好意を持ってくれた相手に対して極めて失礼だが、別段何とも思っていなかった相手から好意を寄せられても、さして気持ちも盛り上がらず、付き合い始めたとしてもほどなくして終わっていくだけだった。

自分としては何も満たされることはなかった。

最初の問いに戻って。

「単に結婚したいわけじゃない。自分が『この人!』と思った人と結婚したい。そうでなければ結婚する意味はない」というのが正確な回答か。

贅沢な願いといわれるだろうか?

ただ、恋愛はともかく結婚という人生の重大イベントともなれば、自分から好きになった相手を振り向かせて気持ちの盛り上がり最高潮!!くらいでなければ、結婚しようというモチベーションにはなり得ないと思う。

よしんば結婚しても、これまでの恋愛経験と同じくほどなくして熱が冷めてしまい、関係継続が困難になるであろうことが容易に想像できる。

とりあえず自分の魅力になりそうなことをどんどんやってみることにする。

筋トレ(もうやってる)、仕事(もうやってる)、料理(これから)、貯金(これから)。

誰かから命令されるのが嫌い

私は誰かから命令されるのが、人並み以上に嫌いだ。

原因はおそらく成長過程にある。

小・中学校野球部所属していたのだが、そこでは監督の言う事は

内容はどうあれ絶対服従しなければいけなかった。

今思えば反抗しても良かったのだけれど

それが出来ない雰囲気がなんとなくあったのだと思う。

そのおかげか、今では納得できない事を

命令されるのが無性に嫌いな人間になってしまった。

  

それが行き過ぎると、

まり理不尽な事で悩んでいる時、

世間だけではなく、人を作った神様か誰か知らないが

「それ」に怒りを向けてしまう時がある。

  

人間をこんな風に作りやがって、と。

  

何かの本で読んだのだが、生き物は数億年前に

嫉妬」と言う感情を追加された時から

競争し続けながら、ただ淡々と世の中を発展させるように

なったようだ。本当かは分からないが…。

  

悩みがなくならないのは当然だ。

そのように作られているのだから

見えない何かから命令され続けているような感覚に、

時に、怒りを感じてしまう。

あぁ、今日明日も、何かに命令されながら、

私たち競争し続けている。

歴史はいつまで繰り返されるのだろう。

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