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2018-10-24

猫が死んだ話

気持ちの整理に書かせてもらう。

 

数年前、最愛の猫が死んだ。

の子が死んだら自分も生きていけないとすら思っていた猫だった。

それなのに実際のところ、自分は涙を一滴も流さず、それどころか悲しささえ感じなかった。

自分のことをよく泣いてよく笑う人間だと思っていたから、この感覚は凄く奇妙だった。

どうして何も感じないんだろう?

猫の死を実感できていないのか。ショック過ぎるのか。もしかしたら本当は愛していなかったのか。自分は薄情なやつなのか。

そもそも生き物が生きて死んでいくことに意味なんてないのではないか

何年も考え続けた。どこか冷めたような気持ち生活しながら、ぼんやりと。

 

最近、なんでもないような瞬間にふと、あることに気付いた。

あれからずっと心のどこかで、何かが欠けたような感じがしていること。

 

衰弱して目も開かないような子猫の頃、一度は処分されそうになったところを引き取った。

臆病で人を怖がって、でも自分のことは気に入ってよく傍にいてくれた。

最期に見つけた時、まだ体が柔らかくて、太陽の熱で体があたたまっていたから、生きてるみたいだなって思った。

あたたかさ、柔らかさ、よく居た寝床お気に入りごはん、抱っこされるのが好きだったこと。

自分にとってあの子のすべては、死んでしまたことへの悲しさじゃなく、一緒に過ごした時間の方だった。

そんな単純なことをようやくちゃん理解できて、はじめて涙が出た。

 

生き物が生まれて生きて死んでいくことに特別意味なんかないんだって、この数年間ずっと思っていたけれど、

の子が生まれて傍で生きてくれたことには心から感謝してる。

最愛の猫が、一緒に生きてくれた。こんなに幸せなことはないと、今でも思っている。

2018-10-23

anond:20181023231648

🐥たぶんだけど、そんな高尚なもの特別ないんちゃうかしらん❓

生きてきた証を、爪痕を、この世に残したいと思う人は

ムチャぶりもするのかも知れないけど。

魂と肉体のバランスをとりながら、生きることで、なにかを得られるのかも。

得られないのかも。

どこかで何かを気付く、そんな事もあるのかも。

増田さんがいてくれて嬉しいし感謝してます

anond:20181023091246

親に金

悪いことは言わんそれが一番感謝される、お前もわかってるんだろ?

下手の考え休むに似たりやぞ

父親と縁を切りたい

父親が嫌いで縁を切りたいと言うと、咎められるのは何故だろう。

私は父親が嫌いだ。
家事もせず、学校などの行事にも来たことがない。
休みの日は寝てばかりで、家族サービスはほぼ無し。
(仕事付き合いでの飲みは極たまにだったし、帰宅はほぼ定時だった)
手をあげることはしなかったが、すぐに怒鳴るし、いつも反省文を書かされていた。
気分が悪いと言って、多いとき会社を週に2,3回は平気で休む。
その休む旨を伝える会社への電話も、母に押し付ける。
発言責任を持たずに、言ってることがころころ変わる。
競馬パチンコなどのギャンブルが好きで、株で失敗して借金を作ったこともある。
たから見れば小さなことかもしれないけど、嫌悪感は塵も積もれば山となっていた。

小学生の頃、母と一緒に風呂に入っていると、湯船に浸かっていた母がこみあげたように泣き出した。
「辛い」「もう耐えられない」
私は泣いている母をただぼーっと見ていた。
離婚したいならすればいいのに、と内心思っていたが漂う空気が重たくて言えなかった。
きっと、私の為に耐えていたんだろうけど。

私が大学生になったとき、両親は離婚することになった。
父親にどちらについていくのか聞かれて、母がいいと言ったら、考え直せと言われた。
何をどう考え直すんだよ、と思ったが、結局父親と暮らすことになった。

父親についていきます、と半ば無理やり言わされたようなものだった。
大嫌いなのに、離れるチャンスなのに、逆らう勇気が私にはなかった。
金銭的なことを考えると、父親を選ぶしかなかったという理由もある。
母はパートを掛け持ちしていたが、それでも父親に稼ぎは敵わなかった。
今思えばバイトを増やして、母に生活費を渡せばよかったなぁ。

父親と2人で暮らしている時、掃除洗濯は全て私が担当していた。
晩御飯は週5で私が作り、実家暮らしをしている同年代社会人の中では生活費もそこそこ納めていた方だと思う。
(最初10万入れろと言われたが、なんとか7万に減らしてもらった)
私がかつての母の代わりの役目になっていた。

最近私は一人暮らしを始めた。
父親がいない、一人の空間がこんなに快適だとは思わなかった。
父親からは週に1回位の頻度でLINEがくるようになった。
無視をすると面倒なことになりそうで、スタンプだけを返している。

父が老いて、腰も曲がって思い通りに動けなくなった時、私は一切の連絡を絶つと思う。
介護もしたくないし、喪主にもなりたくない。仮に遺産があったとしてもいらない。
私に関わることなく、知らないところでひっそりと死んでほしい。

これくらいの父親普通だろ、とか、甘えたことを抜かすな、とか言われるんだろうなー。
育ててもらった恩が~とか、きっと言われるんだろうなー。
二十数年の積み重ねで父親に対する評価は、地にめり込むほどに下がっているんだからしょうがない。だって本当に人として大嫌いだし。
金銭的な意味では感謝しているが、ただそれだけだ。
稼いでいた額は違うだろうが、母の方が仕事家事も私の面倒も手を抜かずにしてくれていた。
母の面倒を見るのは全然構わないが、あの人の面倒を見るのだけは御免だ。

母は今、婚活サイトで知り合った人と同棲をしているらしい。
写真を見せてもらったが、温厚そうな人だった。
再婚するかは分からないが、幸せになってほしいなぁと思う。

こんなにも嫌いなのに、自ら縁を切る勇気がない。
人様に迷惑をかけない方法で、あの人が早く死んでくれないかなぁ。
縁切り神社って効果はあるんだろうか。

ハズキルーペ耐久試験の朝は早い

「まぁ好きではじめたハズキルーペ耐久試験ですから

最近は良い尻圧が来ないと愚痴をこぼした。

まず、角度の入念なチェックから始まる。

「やっぱり一番うれしいのはお客さんから感謝手紙ね、この仕事やっててよかったなと」

毎日毎日温度湿度が違う。機械では出来ない」

anond:20181023135156

専業主婦家庭だろうと「誕プレにしまじろう申し込んでやったぞ!さあ感謝しろ!!」って親戚怖すぎるんだけど。

買い切りの教材だと思ってんのか?毎月来るんだぞ?ほっといたらそれが高校生までずーっと続くんだぞ??

つーかおもちゃじゃねえぞあれ?教育教材だぞ?子供教育なんて親が教育方針によって何やるか選ぶもんだろ??

勿論個人情報勝手提供すんなってのもあるし

そもそも本人(保護者)以外が勝手に申し込めないだろああいうの

使う暇あるとか無いとかの問題じゃねえよ、親の承諾も得ないで誕プレにするようなもんじゃないんだよ

増田感覚が怖すぎる

どうも。清潔感のないアトピーゾンビです

ぶっちゃけ身だしなみは、そこらへんの奴らより気を使ってるよ。

でも清潔感はない。アトピーゾンビから。色々試してもさっぱり効果なしだ。

それを、努力が足りない!甘え!言い訳すんな!きもい死ね!不潔!虐められて当然!嫌われて当然!

清潔感は最低限のマナー清潔感がないかモテないんだよ(嘲笑) だのとごちゃごちゃ言ってくる。

はー…。あのさー。他人が同じ努力をしたら自分と同じ結果が出ると思うなよ。

清潔感(笑)がある奴は遺伝ガチャで当たりを引いただけだろ。

運が良かっただけだろ。生まれガチャで当たりを引いたことに感謝しろよ。

清潔感とやらを押し付けてくんなうぜーな。死ねカスボケが。

と、元アトピーゾンビ、現DQNの俺は思う。

対中ODA

対中ODAの話になると、相変わらず実際を知らない人が多いようなので、まとめておく。

(1)ODAの中心になっているのは円借款(つまり金貸し)である

外務省サイトより

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/kuni/14_databook/pdfs/01-04.pdf#search=%27%E4%B8%AD%E5%9B%BD+%EF%BC%AF%EF%BC%A4%EF%BC%A1+%E5%89%B2%E5%90%88%27

これを踏まえると(現在はまた少し数字が動いているが)

円借款は約33,000億円(約86.1%)

無償資金協力は約1,600億円(約4.1%)

技術協力は約3,800億円(約9.8%)

これらは、敗戦に対する賠償趣旨実施されており、1,500億円というのが国家に対する賠償相場として異常に高額というわけでもない。

(2)中国はそれを利子付きで返済している。

https://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20170929/Recordchina_20170929027.html

そして、「借金」であったとしても、もちろん感謝されており、円借款に関してはWin-Winだと言える。


以上を踏まえれば、「経済発展した中国ODAを払う必要があるのか」とあおっていた一部メディア(はっきり言うが産経などhttps://www.sankei.com/west/news/140505/wst1405050057-n1.html)の主張の筋のおかしさが見えてくるだろうし、ODA終了とともに問題となる一番のポイントは、これまで築いてきたODAに代わる新しい中国との関係構築であることは明白である。今後、「開発協力対話」を立ち上げてそれを維持しようという話なら、一応期待できる内容なので、今回のニュースはまあよいニュースと捉えることができるだろうが、それは産経など一部メディアが言う意味でではない。むしろ、ああやってあおり立てる報道新聞を売り、儲けるというそ姿勢は、とりあえず新しい日中関係の構築にとって百害あって一利無い態度であることは間違いない。

心を折られた人間はどう立ち直ればいいのか 追記

答がでないので増田で吐き出してる。

前にホームレスにまで墜ちた人が自助努力で立ち直った人の話が話題になってた。

あの人は本当にすごいと思う。なぜならここまでどん底に堕ちても自力で立ち直れる精神を保っている人は稀だからだ。

元々のメンタルが強い方なのかもしれない、または文面になかっただけで精神的に頼れる親族恋人がいて、見守ってくれていたのかもしれない。

残念ながら大抵の人はこうはならない。心を徹底的にたたき折られて自力で立ち直ることが不可能になる。

僕の知っている限りここまで墜ちてダメになった人がたどるパターンは2つ。自分を責め続けて鬱状態になって自殺願望の塊になる。もしくは責任他者社会なすりつけてに被害妄想の塊になる。精神が荒廃した状態になる。

ここまで墜ちて心を折られた人は、もう自力で立ち直るのが不可能になる。親しい家族親族がいたら彼らに支えてもらって回復を試みることも可能であるが、そこまで墜ちる過程でそういった大切な人間関係自身暴言暴力でぶち壊した人も少なくなく、家族親族も誰も近づこうとしない。

こういった人が生活保護案件になると、「国の金で支えてもらっているのに感謝するどころか周りに悪態つきまくって刹那的に金を使い果たす生活しかできない」というネットでもフルボッコ案件ができあがる。心がある程度正常でないと将来に備えてお金管理して使うということができないのである。そしてそれを注意してくれる家族もいないのである

僕の身内にも後者のケースが一人いる。何度も話し合いをしても被害妄想の塊で、彼自身言動や行動で家族との絆を粉々にして、年老いた両親とあいつの息子はあいつを残して他県に引っ越した。そして彼は現在住む場所もなく軽自動車の中で寝泊まりしてる。

からも何度か仕事を紹介したが、初めて数日で「俺をだました両親やお前に落とし前つけるまで仕事なんてする気にならない」とバックレてもう紹介するのも無理になった。

なんとか彼が通えそうな病院施設への入居を勧めたら激怒されて、それっきり連絡も途絶えた。

何を話しても過去自身の失敗を認めることができず、結局他者や両親に責任なすりつける。

正直彼がどうやって立ち直ったらいいのか見当もつかない。生活保護でも受けたらいいんだろうが、そうしたら彼が大事にしてるあの軽自動車も手放すことになるので申請してないらしい。

あんなボロ車、売っても二束三文しかならないのに。

僕も彼の件があっていろいろな制度を調べたが、どれも当人自発的に動かないと使えないものばかり。

世の中の制度というのは「自分のことは自分解決できる大人」むけに設計されていて、彼のようないいおっさんなのに自分では何もできないクズが使える制度は見当たらない。

精神病院などの強制入院人権侵害に引っかかるのでハードル高い。そりゃ俺や周りの人間素人判断で「精神案件だわ」って思っても、医者の診断なしで入院させることなんて無理筋だろう。だがこういった人間自分精神科に診察すら行ってくれない。心が壊れているのに自分が正常で回りがオカシイと思い込んでいる人間に何ができるのか。

高校時代あんなに活発で面白かったあいつが、あそこまで墜ちて、それをみて僕や両親すら何もできないのが現状である。このままだと万引きなどの軽犯罪を犯して刑務所に入れられるのがベストシナリオなんじゃないかとすら思えてくる。

彼のように心が折れてしまった人はどうやって生きていけばいいのだろうか。答が出ない。

追記:これの末路です

https://anond.hatelabo.jp/20161019074216

2018-10-22

anond:20181021212341

http://b.hatena.ne.jp/entry/373013740/comment/harisenbon_fukurahagi

女性のいう清潔感って「毎日風呂入って、着替えて、歯磨きして、小奇麗にする」程度では絶対クリアできない。

髪型をおしゃれにして、ジャストサイズの服を着こなして、朗らかな表情」くらいでやっと達成できる奴”


ほんっと男女とも実際には人それぞれだとは思うんだけども、というか思うからこそちょっと長いけど書きます

(最初に書きますが「だから女の方が苦労してるんだよ」という結論ではないです

どちらからの押しつけもなくなればいいなという話です)


世の中の小綺麗に見えてる女性はおおむね上記のようなことを毎日やって、さら

「こういう努力をしていない顔をする」をクリアして初めて

人間扱いされるくらいの圧力の中で自分の外側を保っているように感じています

もちろん様々な理由主義でそうでない、できない人もいるけど、

そう括られてしまう人は初めから今の社会における「人間の女」にカウントされていない場合が多いように思います

(ルッキズムナチュラル性差別感に基づいて考えない人にはきちんと「人間」として認識されていると思いたい)

一般に「女性」と聞いて頭の中でどういう女性像をイメージするでしょうか、

大抵は上記ブコメをすべてクリアできているような小奇麗な女性想像しないでしょうか

アウトラインが整っていて、太っても痩せすぎてもなくムダ毛とか加齢臭とか想像もしないような

でも現実には女性も生き物なので、脇にも腕にも足にも指にも鼻の下にも顎にもモミアゲの下にもムダ毛超生えるし

20代も後半になれば(人それぞれだけど)三日間くらいうっかり枕のタオル替え忘れると加齢臭してくるし食べれば太り夏には汗をかき

脂性肌なら朝髪洗っても夜にはもう後頭部からちょっと嫌な臭いしてるの自分でも感じてヒヤヒヤしたり

その逆ならフケが黒い服で目立っていないかとか気にすることが際限なくあります


でも社会に出てる10時間はそれが世間にばれないように朝シャワー浴びて髪2度洗いして顔洗って歯磨いて

体も洗って匂わないように、なんならい匂いくらいデフォルトでするようにでもわざとらしくならないように気を遣って

定期的に毛も剃ったり抜いたりそもそも毛なんて生えてませんみたいに装って

でもそこまでやってやっと「基本の状態」が整ってて、化粧とか服装センスとかがその上にさらに載ってく

ブコメには「達成」と書かれているけど、女性にとってはそこが最低限のスタートラインで、ゴールじゃない

場合によってはもっとハードルの高いところを要求されていて

ちょっと怠って表面が綻びようものなら「もう少しきれいにしたら?」とか「疲れてるねー生理不順?」とか

女の子なのにいい匂いしないね」「もうちょっとニコニコしてなよ、女の子なのに感じ悪いよ」

とか男女問わずわりとカジュアル飛ばしてくる人がいます ちょっと整えたら逆に「男できたの」とか

とにかく「変化しない一定以上の感じよさ」が一般的な女性にはなければならないという風に思ってる人がおり

決して悪びれている風でもないので「それが普通」くらいの中で生きてる人がたくさんいるのだと思います

(男女ともにたくさんいるんだけど、スタートラインの違いに男女の非対称さが今のところちょっとあって、

それがこういった問題対立を強化してるように思えます)


こういうこと幼稚園とか小学生とかの頃から言われ慣れてる女の子は「それが普通、それ以下は怠けてる」くらいの基準で生きてて

女以外にはなれないのでそれが別に普通ではない、ということに気付けない人もたくさんいるのではと思う

私も中学生の頃「一重でブスなのになんで化粧とかで直そうとしないの?直して当然じゃない?」

って同級生に散々言われてました 女の子はある一定以上整っていなければそもそも価値なし、

努力して当然、何らかの方法自分の力で直してから土俵に出ろくらいの感じです

でもそれはその子たちがある日突然そう思ったわけもなく、ここまでやってきた社会がそれと教えてるからだと今は思う

そういう人が多発する「清潔感」のハードルもそのくらいになっていて、男性にも同性にするのと同じように

その人にとっての肥大した、でもあまりにもナチュラルな「普通」を押しつけているのかもしれない、

というような現状があるのはちょっとだけ知ってもらえたらいいなと思います(受け入れる必要はない)

それはここまでやってきた社会の在り方の中で「女は美しく」という圧力が働いてきた結果のものだと思うし、

裏を返せばそれは男らしくとか男のくせにみたいなキツく厳しい圧力も同時に存在してることの証左だと思います

オシャレも清潔感バリバリにするのも男女共に自由だしときどき楽しくもあるけど、

でもそういう圧力のない世の中の方がラクなことは間違いない

から「今こういう現状がある」ということは少しだけそうなんだーと思ってもらって

「誰であれ人から見た目だけでジャッジされてそのままになる社会が変わるといいよね」ってなっていけるといいなと思う

この話のうえで「でも女なんだからムダ毛の話とかぶっちゃけるなよキモい」みたいに言ってもいいと思う人がもしいたら、

清潔感」を押しつけてくる人とそれは問題の根っこが同じなのではないか、と感じます 社会として考える問題と思います

見た目問題で苦しんでる人はほんと男だけでも女だけでもないし、

自分の見た目に拘ってる人でもできたら解放されたいって思ってる人いっぱいいるはず

私もできたらもう少し化粧とか見た目とか体型とか考えないでラクに生きていきたいので

お互いがお互いをジャッジすることが当然ではない、ってことが共有できたらなあって思う

こういう感じで対立が深まっていくのすごく嫌なので、書きました

追記

たくさんの方に読んで頂いて感謝しま

少し言葉足らずだったな、というところをちょっとだけ追記しま

“なるほど、個人的には身なりを飾る事が楽しくて好きなので、同じくそれを楽しんでる人と付き合う事にします。”

ブコメにありましたが、私も装う事、化粧をすること自体は好きです(時々疲れてしまうけれど)

ただいつも自分が好きなように完全にはできないことや、不完全さを勝手に見出されて揶揄されること、

たまに力を抜くことを許されないこと、他人から正しい女の子はそうじゃないでしょ、などと言われること等を問題と感じています

装う事を楽しむことも、それを選ばないことも誰もが自由行使するべきだと思うけれど、

その価値観を自分以外に押しつけることを問題に思っている、ということを書きたかったのですが

オシャレを楽しんでいる方は女性が装うことは世間圧力からだけだというのか!と不快に思われたかもしれません

その点を非常に申し訳ないなと思いました もしそのように思わせてしまっていたらごめんなさい

コスメ好きな人も、服が好きな人も男女問わずどんどん主体的に楽しんでほしいと思います

前述したような社会的な圧力のある現状と、人間主体的ファッションを楽しめる状態とは両立していると思っていて

本文に書いたように私は一重で、自身の一重を化粧を覚えた今ではとても気に入っています

私は私で主体的に一重の自分の顔やそれに似合う恰好を楽しんでいるつもりですが、

未だに「一重ヤじゃない?プチ整形しないの?」とか「せめてアイプチしたら」と言ってくる人がいたり

「お母さんはもっと柔らかい服装が好きだけどなあ」「男はそういう恰好きじゃないよ、モテないよ」と言われたりする

その状況やそれを言わせてしまう背景には強く反発したいと思っています(現実には結構難しいですが…)

そしてこういった抑圧は性別に関わらず装う事をやめたいと思っている人や

馬鹿らしい、苦しいと感じている人にも同様になされるべきでないと思っています 

また長々と書いた部分を苦労自慢のように思わせてしまたことも申し訳ありません、

私は「小奇麗に見える事」にしがみつく状態ときどき疲れてしまって降りたいと思いつつ

それが恐ろしくてなかなかできない人よりだいぶ毛深い今のところ世間に負けているただの成人女性

その私自身という個人と私の目から見た狭い観測範囲の話しかすることができませんが、

こういう現状もある、ということをどうしても書かなければならないと思って書きました

そういったマウントをとるようなつもりで書いたものではない、ということだけ最後にもう一度言わせてもらえればと思います

以上です あとほんとに本文が長くてというか追記ちょっとどころではなく長くなりこれもごめんなさい 猫は偉大です

ドリフェス!ファンになれなかったオタクの話

 10/21、日本武道館

 ドリフェスが終わってしまった。

 私がドリフェスを知ったのはアニメからだ。そのあと、これが「若手俳優を使ったアイドルコンテンツであることを認識した瞬間、「あ、近寄らんとこ」と思った。

 私は特撮が好きで、でも俳優のものは好きにはなれないタイプオタクだった。漫画も好きだけど、2.5次元舞台ミュージカル的なものもどうしても好きになれなかった。そしてもうひとつ、私はとあるジャニーズアイドルの、Jrからファンだった。男アイドルを下積み時代から追っかけていた。

 これらの経験が、私にとって「どうしても5次元(2.5次元)アイドルコンテンツであるドリフェスを好きになれない理由」だった。そしては私は、それは好みだからしょうがない、と、ドリフェスを好きになれないことを自分に許した。だからドリフェスファンの仲間入りが出来なくて、すぐにドリフェスから距離を置こうとした。

 そんな時に、TwitterAGFでのドリフェスツイートがいくつかRTされてきた。どれも楽しそうで、でも私はもうドリフェスから離れる覚悟を決めていたので、他人事のようにそれを眺めていられた。2016年秋、ドリフェス出会ってたった数週間目のことだった。

 その時に流れてきたRTひとつで、私は石原くんに興味を持った。俳優活動まで追いかける気はさらさらなかったけれど、それでも、三次元ドリフェスまでなら応援してもいいかな、と思えるくらいには彼はアイドルとして魅力的だった。

 それからはずっと葛藤しかなかった。

 二次元三次元は別物として好きで、俳優(ここでは敢えて俳優と言おう)をキャラとしては見れなかった。TwitterのTLで「三次元みてないファン嫌い」とか「五次元分かってない」とか「三次元二次元で見れないひと可哀想」って言われる度に自分のことだと感じてしまって、ドリフェスのこと呟くのやめた。確かに私はドリフェスを好きだったのに、そういう目線で、他の人と同じように好きにはなれなくて、他の人と同じ好きではないことを非難されるのが辛くて、結局は逃げた。それでも私は確かにドリフェスが好きだった。人とは違う好きかもしれない。そういうファンは受け入れられない、認められないかもしれない。それでも私はドリフェスが好きで、公式の言う「ドリフェスファンの皆様」になりたかった。いつか、なれるんじゃないかって希望と夢をもって、円盤買ったり、アプリ課金したり、グッズ買ったりした。1人でライブ行って、1人でコラボカフェ通って、1人でシーパラダイスに行った。(1人で水族館行ったwww)

 武道館2days、本当は1人で行く気だった。

 仲間にされたくなかった。誰かに勝手に、私の想いを、キラキラした綺麗事で飾り立てて欲しくなかった。

 20日

 私は二次元は主に慎くんのファンで、でも三次元は慎くんに見れないから、たったの一度も慎くんのドリカ飛ばしたことは無かった。でも最後からと思って、青いパンツに青いアクセサリーつけて、慎くんのドリカを用意した。一番好きなURホーリーナイトと、SRシュガーリーカルーセル三次元匂いがしないものを選んだ。

 ライブに、慎くんはいたのか、と言われればやっぱり居なかったと思う。溝口くんは溝口くんで、及川慎くんを演じた素晴らしいキャストさんだった。慎くんそのものは、やっぱり私には見えなかった。

 三次元が嫌いなわけじゃない。大好きなキャラクターを真剣に演じてくれて感謝しかない。それでも、私はアイドル及川慎のステージを見ることなく終わった。別に後悔はなかった。楽しかった。そして、それでいいと思っていた。

 この日のラスト石原くんは「ドリフェスはまだ終わらない」と言った。言い回しは明確には覚えてないけど、たしかに終わらないと言った。

 私は嬉しくなってしまって、その日その足でレターセットを買って、次の夢を書いた。中国アプリが出るから、次は中国ツアー行きたいです。その次はヨーロッパ、そして全米デビューだ!その時わたしは本気でそう思っていたし、ドリフェスというものそれから先も続いていくのだと思っていた。そういう意味でその言葉を受け取ってしまった。

 翌朝、恥ずかしくなってホテル手紙を置いたまま九段下の駅へ向かった。その手紙未来永劫、私の本棚眠ることになるだろう。

 21日、アリーナ

 一日目のような驚きは無かったけど、やっぱり楽しかった。ペンラを振るのも、ドリカを選ぶのも、昨日見演出も、見なかった演出も、すべて楽しかった。でも、時間が経つにつれて、この次がこの曲で、これがあって、そしたらアンコールがあって、終わる。そういう気持ち強迫観念のようにのしかかってきて、上手くペンラを振れなくなっていった。それでもアンコールが終わるまで、全力で楽しんだと思う。ファンになりきれなかった残念な私は、その時必死ファンを取り繕っていた。

 最後挨拶石原くんは、ドリフェスが終わると言った。昨日は終わらない、と言ったのに、今日は終わる、と言った。

 そして、ライブ楽しい100%だと言った。わかる。私もそう思う。ライブはいつも楽しいアプリも楽しかったし、アニメも大好きだ。グッズも沢山買って家に置いてある。楽しかったし、大好きだった。

 ドリフェスという作品が、こんなに大きな舞台気持ちよく終わる。それはすごいことだと思う。でも、それでも、私はその時まだドリフェスファンになっていなくて、ファンを名乗る自信もなくて、そして同時に私はドリフェスファンになることが夢で、明日にはドリフェスファンなれるかもしれないって思っていて、素直にすべてを受け入れて好きだ!って叫べるようになるまでドリフェスに終わってもらうわけにはいかなくて、最後を受け入れられなくて、挨拶の間ずっと唇かんで俯いてた。

 昨日、「まだ終わらない」と言った石原くんは、今度は「明日も(ドリフェスなくても)いけるっしょ!」って言った。

 感情的には「無理っしょ!」って感じだった。絶対むり。無理っしょ!

 それから直ぐに、一話の奏と純哉くんのシーンを思い出した。

 無理っしょ!無理っしょ!言ってた純哉くんが、奏に「無理っしょ」って言われて、「イケるっしょ」って返したあのシーン。無理だった。どうしても無理だった。でも私は、全力で「いけるっしょ!」って叫んでいた。

 叫んだあと、ショックで椅子に座った。

 言ってしまった、ドリフェスがない明日を「いけるっしょ!」って言ってしまった。まだドリフェスファンになってないのに。まだ何にも始まってない、まだ何にもなれてない、何も出来てない、なれなかった、辿り着けなかった、ドリフェスは勝ったかもしれないけど、私は負けた。1度も勝てずに負けた。ドリフェスファンの皆様にも、ライバルにもおじいちゃんおばあちゃんにもなれずに、負けた。無力感でいっぱいだった。

 そのあと、2度目のアンコールが起こった。

 私はもう言えなかった。「明日も(ドリフェスなくても)いけるっしょ!」って言ったのに、ここでもう一度ドリフェスを見たいなんて言えなかった。2度目のアンコール、1度も「いけるっしょ!」って言えなかった。何がいけるのか、分かんなかった。7色に変化するドリカペンライトを見つめて、座ってることしか出来なかった。

 石原くんが、あの時、いろんな感情渦巻いた武道館ファンを、問答無用で、終わらせた。しかも、ファン自らの手でドリフェスを終わらせるように、させた。

 あの時、いけるっしょ!って言えなかった人も、きっといるんだと思う。そういう人は強いなと思う。私は、無理だった。「いけるっしょ!」って言われたら、「いけるっしょ!」って返すファンになりたくて自分を取り繕っていたから、本音を叫べなかった。だから、私はその時、自分意思で、声で、ドリフェスを終わらせた。ドリフェスを好きになって初めて、自分感情に嘘をついた。私は自分感情に反した意思で、本当に、ドリフェスを終わらせてしまった。ファンにもなれず、夢も希望も何もかもあの瞬間に自分で終わらせた。



 私、別に珍しいタイプオタクじゃないと思うんですよ。

 私みたいに、三次元から二次元を感じ取れない、取りたいとも思わない人っていたと思う。キャラが好きだからこそ、キャストに対してどうしても厳しくなってしまう人も、当然いたと思う。

 ドリフェス追っかけている過程で、私はそれがすごくしんどかった。三次元ライブ行ったあと、二次元キャラクターが「ライブに来てくれてありがとう」と呟くのが、耐えられなかった。私はどう頑張っても二次元ライブに行くことは出来ないことを実感した。他にも色んなことがあった。他の人たちにもあっただろうし、お互い理解できないところで苦しんでいたこともあっただろう。

 その声はどんなに隠しても確実にキャストスタッフに届いてしまっていたと思う。それが嫌で、Twitterつぶやくことをやめた。不満怨み恨み、そんなものを感じるのも、口に出すのも嫌だった。それでも、確実に、キャスト達は知っていた。

 ドリフェス完璧コンテンツじゃなかった。人にすすめるのを躊躇うくらい、不完全で不愉快コンテンツだった。少なくとも、私にとってはそうだった。これを読んでいる人達の中にも、いるかも知れない。凡そ、少なくない人数がドリフェスに複雑な感情を抱いていたことだろう。

 ドリフェスに関わった人達すべての心に感情があって、それはドリフェスが嫌い、憎い、というのも含まれてて、それ含めドリフェスだった。

 そうキャストに言われた瞬間、本当に無力感が私を襲った。

 こんな言葉を言わせてしまった、こんな言葉を言わせるまで追いかけなきゃ良かった。不満があるなら離れれば良かった。バレていた。こういうのがあるから相手認知されるのは苦手なんだ。

 私はただの一度も胸を張ってファンです、と言えたことは無い。終わってしまった今、未来永劫言える機会を失してしまった。しかも、自ら終わらせてしまった。

 ドリフェスを好きなフォロワーさんも居たけど、ただの一度も会えなかった。

 行ってない、会えない、現場はいない、と嘘をついた。現場で知り合ったファンの人からTwitterアカウントを聞かれても、一度も教えることは出来なかった。いつきのぬいぐるみを抱えたお姉さん、1月空の中上着ロッカーに入れた私を心配してくれた純哉推しのお姉さん、推し被りして慎様の方ですと訳の分からない言い訳をしてしまった溝口くん推しのお姉さん、クロスエコーを模したドレスお召になられたプリンセス、他にもお話してくれた色んな人。twitterで楽しそうにドリフェスを楽しんでいた皆さん。ごめんなさい、私は仲間にはなれなかった。それでもご一緒させてもらった時間は楽しかったように思う。それも多分、ドリフェスだったのだろう。私は負けた。ドリフェスに負けた。ドリフェスの求めるファンになりきれないまま、終わってしまった。終わらせてしまった。

 これからドリフェスにハマる人もいるかもしれない。それだけのコンテンツ力を持ってると、私は思う。アニメ見て、ライブDVD見て、楽しんで欲しい。

 それで、武道館DVD石原くんが言った「渦巻いてるいろんな感情」には、私みたいな薄暗い、苦しい、醜い感情も含まれていること、ドリフェスキレイなだけのコンテンツじゃなかったこと、それでも一切の妥協をせずに走り抜いたこと、知って欲しいな、と、少しだけ思った。

 消えるべき存在だった私が、自分ファンと名乗ることを許せなかった私が、どうしようもなく、ドリフェスの一部になってしまっていたこと、知って欲しいような、絶対にバレたくないような、複雑な気持ちで今、あの日々の明日にいる。

anond:20181022173146

うちのかーちゃんも同じようなもん。すぐにカッとする。

けど俺は、癇癪を起こされるのが本当に嫌で、本当に怖かったから、言葉の端からかーちゃんの何歩も先の感情を先回りして、とにかく俺は落ち着いて話すように話し方を変えた。かーちゃんの状況や、心配事象の先を全て先回りして予想して、そして、かーちゃんの聞きたい順番で全て話し、話したい順番で全て話させた。で、中学生ぐらいのときからかな、かーちゃんを落ち着かせるように話しまくった結果、かーちゃんの中で俺だけが心穏やかに話せる相手認識されたみたいで、何でも信用してもらえてる。ちなみにこの先回り力は、現在仕事でも役に立ってるので、かーちゃん性格には感謝している。

そういうかーちゃんと話すときに、自分は欠片もヒートアップしたらだめだ。相手ホットになっているとき自分感情を疑え。自制するんだ。自分感情相手への思いやりを以て凪いでいれば、ほとんどのケースで相手は落ち着く。相手を変えようとすんな。まず自分だ。

anond:20181022150309

清潔感と清潔ってのは別の意味で使われてることくらい理解しような

わかりやすいように映像化してやったんだぞ、感謝しろ

お前らは出会い感謝してる人財なんだろ?

意識高すぎ高杉くんだもんな

https://anond.hatelabo.jp/20181021212341

顔がブサイクなだけでなく眉毛ヒゲもロクに整えられていなくて髪もボサボサ、顔には油が浮いて首に汗疹

着てる服もダサくてボロボロリュックも財布も汚らしくて靴も真っ黒、近寄るだけで顔をしかめたくなる悪臭が漂ってくるし

虫も2,3匹飛んでそうで生理的に受け付けないので半径二メートル以内に近づかないで欲しい、

 

を幾重ものオブラートに包んで「清潔感がない」って言ってやってんだぞ 感謝しろ

流行りに乗る絵描き達に、感謝

すごい。

グリッドマンに出てくるエロい女の子の絵が大量に投下されているじゃあないか

脚がムチムチでエロい六花とおっぱいサイコパスエロい新条アカネの絵が大量に。

アニメ見て「この女、エロいなー」と思って検索したら、すぐに絵描き達のエロフィルターを通して見たキャラの絵を見ることができるんだから感謝だ。

絵描き達すごい上手いし時間かけて書いてるんだろうなー。まあ、そんな絵も俺はスナック感覚で消費してしまうんだけどね。

スッスッスッとスクロールですよ。

2018-10-21

他人馬鹿にする為にビーガンやってる人

ビーガンのものには別に悪いイメージは無い

俺は料理趣味なだけどビーガンレシピは制約があるからこその工夫が面白いので、よく参考にしてる

そういうレシピネット上で公開してくれてるビーガン人達には感謝しかない

正直なところ畜産への批判は俺にはピンと来ないが、そういう考え方の人が居る事自体は悪いことでは無いとも思う



でもね、たまーに「今どき肉を食べるなんて遅れてるー」みたいな感じの人がいるのも確かなんよ

例を上げると、人が肉食ってるところで「なんで動物の死骸食べるの?」って言ったりとか、

場末とんかつ屋に「なんで今どきビーガンメニューを用意してないんだ!」って怒ったりする

そういう人は「肉食ってる人間より、菜食主義者は優れてる」という優越感の為だけに、ビーガンやってる様に見えてしま

他人へのマウンティングが主目的で、ビーガンやってるのはその為の手段に過ぎないんじゃないかって思ってしま

ビーガンが全部あんな感じの人達とは思わないけど、そういう人はやっぱり迷惑だなと思う

ビ・ハイ騒動考察

私はT式コーチングというものが本物かどうかを入念に調べながら実践し、それに関わるコーチング理論にも徹底的に手を出し、当然一月万冊にも辿り着いた。

彼らが主催するセミナーのようなものにも時々顔を出していたので、ビ・ハイアの従業員も知っていた。

私自身はコーチとしての資格などは持ってはいないが、T式コーチング理論はそれ自体は決して悪いものではない。

私は100%盲信している訳でもないが、本来の使い方をすれば素晴らしい効果を発揮するものであると感じている。

しかし、S社長(以下S)の解説するコーチング理論を精査したところ、T式のものとは少し違い、独自解釈理論で展開されている。

だがそれ自体コーチング理論からすれば大きな勘違いという程でもなく、本人すらも気づいていないかもしれないが、根源がT式とは違うコーチングをやってるなーといった感じだ。

実際、いまいち腑に落ちなかった部分をSの解説理解できた事もあり、彼にネット経由で直接感謝を述べたのだが、私の予想とは違うリアクションが返ってきた。

それは異様なまでの自画自賛である

これを機に、その内容とは裏腹に、私は彼に対し人格的な違和感を抱く事になった。

私の見解では、Sはめちゃくちゃ外ヅラは良いのたが、その本性は超自己中心的人間

自分天才だと思い込んでいる人物であり、普段から発言は嘘と本当の事を混ぜ込んであるので、非常に巧妙にまるで全てが本当の事だと思わせる話術もある。

更に、上手いことをやれば何をやっても許されると思っている。

知識人コーチ連中も含め、恐らく周りのほぼ全ての人間が彼を信用し、凄く良い人だと思っていた事だろう。

よって知識人と言えども、今回の事態を受け入れられず、混乱したまま擁護に回ってしまったのではないか

その点、コーチのU氏のスタンスはとても冷静で、元々今回の騒動の主要な人間関係を知っていた私は、彼の主張によりほぼ全容を理解できた。

この度の大下氏の主張は、恐らく社内でのSは彼の言う通りの人物なのだろう。

コーチング知識があるにも関わらず、事実それとはかけ離れた非人道的なSの振る舞いは、決して許されるものではない。

相互監視などはストックホルム症候群を応用した手法にすら思えるし、他にも読書で学んだ洗脳手法従業員に多用していたのだろう。

また、報道はされていないが、Sと大下氏は大学時代から20年来の友人でもあるはずなのにこのような仕打ちとは、Sの非道さが際立つ。

そして、ただでさえ怪し気な雰囲気が付き纏うコーチング業界にとっては、これは大変な痛手であり、大きな誤解も生まれる。

もちろん世の中にはコーチングと謳ってはいるが、インチキ紛いの連中も実際にいる。

たが、Sのやっていた事は当然それ以下で、彼が勝手に師と仰ぐT氏にとっても大きな迷惑である

事実独自理論を称えていたのでT式とも呼べないのだが、彼の巧妙さの真骨頂はそこではない。

本物のT式のコーチ交流を持っていた事にある。

Sにとっては権威付けのようなものだろう。

その並外れた営業スキル(外ヅラの良さ)で彼らに近づき、友人としてすっかり信用させていた。

私はそのコーチの方々とも会った事があるが、人間的に信頼もできる方達だと感じた。

私が唯一違和感を覚えたのは、やはりSだけだ。

また、T氏の一番弟子と言われるAコーチが、ビ・ハイアへコーポレートコーチングを行っていたという。

しかし、その最中従業員自殺が起きた。

残念ながら防ぐ事はできなかったが、これを機にA氏は流石にSの本性を見抜き、離れたのではないかと推察する。

しかしたらそれに加え、Sがコーポレートコーチング契約に反した行動なども露見したのかもしれない。

A氏のコーチングを受けていたにも関わらず従業員自殺するなど、その通りに実践していればどう考えても起き得ない状況だからである

今回の件で、A氏以外のSに関わったコーチ公式認定コーチから排除された問題は、T氏からすれば謹慎のようなものではないかと思う。

勿論除名は謹慎と比べるまでもなく重い処分ではあるが、やはりT氏としては動かない訳にもいかないだろうと、同情の余地もある。

とは言え、私は関わったコーチにも非があったとは思えない。

やはりSがずば抜けて良い人を演じるのが上手いのだと思う。

表向きには良い人、裏の顔は冷酷、もしかしたら本物のサイコパスなのかもしれない。

それを見抜けなかったコーチ知識人ある意味被害者でもあるが、それに反し彼らの社会的影響責任は大きい。

ただ、その現実を受け入れられず擁護に回っているとしたら、そこには同情の余地はない。

今回の騒動は、本来民事裁判などではなく刑事事件となるべきだと私は感じるのだが、その行く末を見届けたい。

それとともに、他のコーチング理論ならいざ知らず、少なくとも利他的である事を取り入れているはずのT式のコーチングには罪がない事も加えて主張したい。

この際、キズナアイはどうでもいいので元増田に教えてほしい

https://anond.hatelabo.jp/20181020130536

元増田ありがとう

まず、元増田解説感謝を示したい。

この問題について、自分はずっと論点がつかめずに長い間モヤモヤしていた。

元増田解説によって、やっと何が論点なのか分かってきた。ありがとう

その上で、元増田好意に期待してさら質問したい事がある。

私の質問

元増田マルクス主義フェミニズム立場を全面肯定している訳ではないので、より正確には「そこにはどんな正当性があると(マルクス主義フェミニズムでは考えられている)のか?」になるかな。

あと、キズナアイも誰か1人の意思のもとに行動しているとは限らないが、少なくともキズナアイを演じる1人の個人がおり、その個人自発的意志を持って活動しているのは、まあ確かだろう。

議論の前提

元増田千田氏の問題提起を以下の4点に要約した。

一旦、この4点はすべて真実だと仮定して話を進めよう。

(1) キズナアイNHK解説記事において「相づち」をする役割となっている

(2) 「相づち」をする役割は、従来から女性が担ってきた役割である

(3) 従ってキズナアイ解説記事における役割は、従来の女性が担ってきた役割を担っていることになる

(4) そのことは、理系と呼ばれる分野で活躍する女性などに対して、好ましい状況を生むようなものになっていないのではないか

今私は、キズナアイ論争ではなく、キズナアイ論争を通じて解説された「役割再生産」というコンセプトについて聞きたいので、一旦、この4点が事実かどうかの確認は横に置いておきたい。だから、これらが真実なのかは誰にも断定する事は出来ないが、事実だと「仮定」して議論を進めたい。

個人自由

誰かの自由意志、例えば、キズナアイが「NHKノーベル賞解説動画に出演する」という自由意志を、制限する事が正当化されるとしたら、それはどんな理由によってだろうか?

色んな立場がありえるが、私は、この立場に立ちたい。

十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重必要とする。(日本国憲法より)

もし、この立場に立つ事に同意して貰えるのであれば、キズナアイが「ノーベル賞受賞者のうなずき役として、NHKに出演したい」という自由意志制限できるのは「公共の福祉に反するから」という理由以外にはありえない事になるだろう。

公共の福祉

ひるがえって、「役割再生産を防ぐ」というある種の「公共の福祉」には、個人自由制限できる程の論拠が足りているのだろうか?

先程私は、(1)〜(4)の要約をすべて事実だと仮定すると言った。私はそれは議論関係無いことだと思った。だけど違った。

それは今やこの議論に致命的に重要になった。

だって根拠が無い事によって最大限尊重されるべき個人自由が制約される事に正当性などある分けがいから。

個人自由制限しうるほど確固たる根拠になりえるのか?」という視点で見た時「会話実験」というどうとでも解釈できそうなアプローチは十分な証拠たりえるのか?

再び質問

以上の私の立場を踏まえてもう一度聞きたい。

息子の彼女キツイ

私には大学生の息子がいる。他県の大学に進学したので、息子は一人暮らしをしている、と思っていた。


私は息子にあることを伝えに、アポなしで息子のアパートに訪れたが、不在だった。

そりゃそうだ。大学生そんなに暇じゃない。

仕方ないので、部屋の前で待つことにした。とんでもなく暑い

しかしここで逃げてはもう伝える勇気が出そうになかったので、500mlペットボトルお茶をちびちび飲みつつ待つこと2時間

息子が来た。前に帰ってきた時と変わらない様子で安心した。

でも隣には知らない女の子がいた。彼女がいるとは聞いていなかったが、彼女だろうと咄嗟判断した。

タイミングの悪い時に来てしまったと私が少し慌てていると、息子もこちらに気づいて少し慌てていた。

私と息子が焦っているのをよそに、その女の子は冷静に言った。

「このおばさん誰?」

おばさん。そうだ、私はおばさんだ。

しかし、見ず知らずの人に『このおばさん誰?』と聞けるのは小学生くらいまでじゃなかろうか。

息子に彼女いたことと、タイミングが悪かったことと、どストレートに「おばさん」と言われたこととで私の頭の中は一層パニックになった。

おばさん、そうか。そう言われても仕方ない。歳もそうだが、息子と私は全く顔が似ていない。

今日はその理由を息子に伝えに来たのだ。

息子は焦って「かあさん」とだけ紹介してくれた。

私も「母の○子です。突然すみません。」と言った。

しか彼女はいたって冷静だ。彼氏母親におばさんと発してしまたことに全く焦りがないようだ。

あやかです。初めまして。ちろくんと一緒に住んでます。」

ちろくん?一郎だから「ちろくん」なのかな?というか一緒に住んでるんかい

「○子さん、上がってください。部屋汚いですけど。」

あやかと名乗る女の子が私を部屋へ誘導するまでわずか1分足らず。先頭を切る彼女に、私と息子はただついて行くしかできなかった。

なんなんだろう。頭が全く追いついていない。息子も焦っているのが伝わってくる。血は繋がっていないが、性格は私に似てしまった。本当にごめんよ。

汚いと言いつつ、部屋はよく整頓されていた。息子がちゃんとした生活を送れているようで安心したのと同時に、掃除してくれているであろう彼女感謝気持ちが湧いた。

私が部屋を見渡している間に、彼女お茶お菓子を用意している。よく客でもくるのだろうか。手際が良すぎる。その間ずっと息子は空気のようだった。

もともとうまく立ち回れる器用な子どもではないが、あまり空気っぷりに少し情けなく思ってしまった。そんなとこも可愛いのだが。

しみじみとしていると冷たいお茶アルフォート星たべよが出てきた。全部好きだ。有難い。

有難いのだが、今日は息子に大事な話をしにきた。十数年間、いつか言わねばと思っていたが、なかなか勇気が出なかった。

今日ならいけるかも知れないと、思いつきと衝動だけでここまで来た。どうしても息子と2人で話がしたい。

私の気持ちとは裏腹に、気づけば3人で机を囲んでいた。


思い出すと頭が痛くなって来たので続く。

偏見ヴィーガンを叩く人たちへ

マイノリティへの差別に敏感だと思われる場所で、ヴィーガンに対しては「◯◯人は頭が悪い」「◯◯は犯罪者予備軍」と同じようなレッテル貼りが平気で行われ、そのようなコメントが多くのスターを集めている光景を何度か見て悲しくなったので、この記事をあげます

偏見の解消に役立つのか、より悪い印象を与えてしまうのかはわかりませんが、「倫理的観点からヴィーガニズム」について書きます

まず、宗教上の理由からヴィーガンになる人はいても、ヴィーガニズムのもの宗教ではありません。宗教神話信仰に基づいていますが、ヴィーガニズム現実的認識科学的根拠に基づく生き方です。論理的考察によって動物搾取倫理的正当化できないと判断し、犠牲を減らすための次善策を実践することは合理的ではないでしょうか。一部の悪徳動物愛護団体などがカルト的主張・振る舞いをしているからと言って、ヴィーガニズムカルトとする理由にはなりません。また、ヴィーガニズム自然崇拝と相性が悪いです。

ヴィーガニズムへの反応では、事実に基づかない思い込み論理を飛躍させ、レッテルを貼って貶める人たちが多く見られますヴィーガニズムはよく宗教的だと言われますが、知識を得て考えようとせず、主観的な決めつけを盲信することこそ宗教的態度ではないでしょうか。実際のところ、「感謝していただくのが大事」「残さず食べれば供養になる」「人間特別理性的存在)だから、(肉食動物と同じように)動物を殺していい」「昔から続いている」「(畜産業は)自然食物連鎖の流れのひとつだ」「動物を食べないなら植物も」などの反論には筋が通っていませんし、宗教的考え方に近いです。

ヴィーガニズムは、「苦痛搾取を減らすこと」に重きを置いています。このことからなぜ牛乳や卵がダメなのかも理解できると思います

なので「命は平等なのに植物の命はいいのか?(植物も同じように尊重しろ)」というよくある反論はズレていますが、これには「それほど植物を大切に思っているなら、肉食をやめれば結果的に多くの植物の命を救うことができる」と答えます植物を持ち出す人は大抵、真面目に植物のことを考えているわけではないと思います。ただ肉食をやめたくないのだと思います。それなら「たとえ動物搾取し、環境破壊し、飢える人を増やすことになっても肉食をやめたくない」と言うほうが、自分エゴと素直に向き合っているだけまだましだと考えます

動物搾取に反対することと、ハンバーガーピザケーキアイスを食べることは両立可能です。葉っぱ生活を強いられるわけではありません。

ヴィーガニズムをよく知らない人々の反論は、同じパターンの繰り返しになっています論理的ものを考えることができれば、ヴィーガニズムについて筋の通った反論をするのは非常に難しいと気がつくと思います。なのでヴィーガニズムを斥けようとする人のほとんどは、理解を拒み、感情文化思い込みなどを盾にした詭弁に逃げたり、馬鹿にして取り合わないことで溜飲を下げたり、単なる罵倒に終始しているように見えます

搾取を低減するために自らの理念を広めて新しい生き方選択肢提示することよりも、自分快楽のために動物たちに苦痛と死を与えることのほうが「押し付け」がましくはないでしょうか。現実的認識に基づいて倫理と向き合い、動物搾取だけでなく食糧危機地球環境問題をも解決できる道を選んだヴィーガンより、それらの問題に関心を持ったことがあるのにもかかわらず、彼らを鼻で笑う人のほうが「偽善者」ではないでしょうか。

世界問題解決するためには、まずより多くの人にヴィーガニズムについて知ってもらう必要があります。それさえ気に障る人はいるでしょうが…。肉屋の襲撃などはヴィーガニズムを広める手段として認めることはできないです。迷惑まりないですね。

ヴィーガンになることを強要しません。しかし、せめて都合の悪いことに目を背け続けるのはやめませんか、と私は言いたいです。自分の暗い欲望に蓋をしてヴィーガン揶揄し、「精神異常者」「宗教的な過激派組織」「人間より動物大事な奴ら」などのようなヴィーガン像を広め、貶める態度ついて今一度振り返っていただきたいです。

最後に、肉食をすることは、畜産業における虐殺まがいの行いを支援することになります地球環境を守りたいなら、節水するよりも電気自動車に乗るよりも、肉食をやめるほうが効果的です。貧困に喘ぐ子どもたちを救いたいなら、募金するよりもヴィーガンフードを買うほうが貢献できます。かつて奴隷制が当たり前だったように、今は動物搾取が当たり前だとされています世界で多くの弊害をもたらしているにもかかわらずです。初めから完璧を目指さなくとも、少しのことから始める勇気があれば、前進できます。これらのことを心の隅にとどめておいてくれる人が僅かでもいるなら、私は嬉しいです。

anond:20181021035814

おまえ、謙虚なやつだな。

おまえが馬鹿だと指摘したことに対して、感謝してくれるなんて、なかなか言えるセリフじゃねえぜ!

おまえも馬鹿なんだよ

2018-10-20

anond:20181020225137

そういうのは興味深い研究ではあるけれども、「植物を食べていい理由は痛みを感じないから」と信じたい一部のベジタリアンの主張が反証されるという程度の話であって、彼らが肉食を再開する理由にはならん。「痛みの質が違う」という再反論可能ではある。


そもそも好きな人だって動物をよく殺してるからといって人間も殺していいとは思ってないわけで、植物を殺していいか動物を殺していいは理屈として成立しない。あくま感情による線引きの問題なのよ。反論するなら「食われる動物はかわいそうかもしれないが、自分食べ物の命は尊重しない、あるいは殺してから感謝・お祈りしてそれでいいことにする」って言うべきなんだな。それが世界でもメジャーなやり方だし。肉屋を襲う過激派ビーガン迫害扇動する人間自分倫理観絶対あるいは科学的に正しいものであってそれを人に押し付けるのが正義だと思ってるのが根本的によくない。

2018-10-19

タチが悪い(慣用句

とりあえず舘ひろしのせいにして責任所在あやふやにすること。

[反義語]オバマ感謝

口蓋裂のこと

落合氏が息子の口蓋裂を公表したこと話題になっている。

落合氏は高名なコンピューター技術者メディア露出も多いことから、同様の状況の親たちへの励みになればと写真を公開することにしたらしい。

これについて、まあ当然というべきか、外野いちゃもんをつけているというのが現状ですな。

曰く、子供写真当人に断りなく世界中に発信するのはいかがなものか、しかも先天性の奇形晒すはいかがなもんかと、まあそんなところでしょう。

この手のいちゃもんがつくのは自然現象に近くて、梅雨に雨の日が少ないと夏に水不足になる、みたいなもんで

あるいはおいしいブドウを皿に盛っておくといつの間にか小虫がたかる、みたいなもんで、まあ話題のあるところには当然生じるし、ある程度避けられないと思う。

かくいう私もその虫の1匹に過ぎないんですが、まあ聞いてくだされ。

今回のはよくなかったね。

何がよくなかったって、写真公開するのは息子が成人したあとでもよかったはずなのに、勇み足でわざわざ公表したことについて、よくなかったと思う次第。

だってこの後ご子息が真っ当に成長する保証はどこにもない。今時お医者さんに行けば口蓋裂なんてなかったみたいにきれいに治してくれるけど、まだ治療完了してもいないうちから公開する必要はなかった。治療が終わって、きれいにしてもらって、健やかに大きくなって、それからご子息本人にこれこれこういう理由赤ちゃんの頃の写真を公開したいいんだがいいかな?って確認を取ってからでも遅くなかったはずだ。

そうしなかったってのはやっぱり、自身のために公表たかったんだって思っちゃいますよ。なんだか知らんけど。

あるいは競合する第三者に手柄を取られる前に自分権利を主張しておくという習慣なのかもしれないけれど、とりあえず現時点で公開して得する人はほとんどいないだろう。

しかもそのことを氏がわかってないはずがないんだよね。めちゃめちゃ優秀な方だからね。

 

かくいう私の姉も口蓋裂で生まれてきた。母は東奔西走してお医者を見つけてきて、姉を治してもらった。今から50年以上前のことだ。奇形に対する偏見も相当なものだったろうにすごいことだ。

甲斐あって姉は今も元気にしているし、完全に健常人だ。見た目にもほぼまともで、口蓋裂でしたと言われなければわからないだろう。

だが母は死ぬ間際に姉について「満足に産んでやれなかった」と悔いていた。そんな風に思ってるなんて、私はずっと知らなかった。

今時口蓋裂はきれいに治してもらえる。それでもなかったことにはならない。

私は結婚していないけれども、それは自分意思結婚しないことにしたのだけれども、母は私のこともきょうだい奇形児がいるか結婚できなかったんじゃないか責任感じていたと思う。

落合氏のご子息はどうだろうか。後からまれてくる彼のきょうだいはどうだろうか。彼の母親はつらくないだろうか。今後死ぬまでつらくならないだろうか。公表しなければよかったって後から思ったりしないだろうか。

落合氏のやってることは美しいけれども、我々のような人間のためにやってくれているのだけれども、ありがたいと思うのだけれども、心の底から感謝はするのだけれども。

それでも、のんきにテレビ見てる私の父を見るにつけ、落合氏がなんか憎たらしいと思ってしまいました。

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