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はてなキーワード: 科学とは

2022-05-27

性癖という日本語の使われ方について

どうやら5chの言語板では推測を書いてはいけないというどう考えても科学の発展の妨げにしかならないような謎ルール存在するので、以下、スレに書き込もうと思っていたことをまとめてここに書く。

性癖性的な癖に言い替えられるような使い方で使っているのはネットかつオタク文化圏に集中していることは疑いようがないことだと思う。

まずツイッターのbioがそうだ。

これを言ったらツイッターのbioとオタクがどう結び付くのか分からないし視野狭窄しか思えないって言われたけど。

なので他にも例をあげていこう。

booklive

cmで有名なシーモアやめちゃコミやrentaよりも蔵書が多い電子書籍サイト

ここでは商品説明も含め全文検索ができる

とりあえず前から5作品の該当文を順にあげる

もっと抵抗してくれよ 爽やか王子の歪んだ性癖

性癖が暴かれる!? 新感覚オフィスラブ!(中略)彼女のヒミツは…「アレ」に人一倍興味があること・・・!?

性癖ヤバめなオトコに狙われました。

・彼の性癖は歪んでる。~聖母エリート悪魔的とろとろ溺愛セックス

・ひなこは今夜も鷹臣先生を困らせたい おしどり夫婦のナイショの性癖

全て性癖を「性的な癖」と置き換えても成立する文脈で使われている

1000件以上ヒットしたが5件連続でこうなのだから漠然有意性が感じられるとは思う

全部検証するのは大変骨が折れるので興味がある人がすればいい

pixiv

イラスト投稿サイトとして最大手

また似たような引用方法をしてもくどい感じもするので検索結果のリンクだけ貼っておく

https://www.pixiv.net/tags/%E6%80%A7%E7%99%96/novels

あえて小説を選んだのはより検証がしやすいからだ。

なんか最初のあたりで中国語のものが目立つが、日本語作品ではやはりそういう性癖の使い方が目立つと思う

とまあ最大級文化圏を二つも押さえば十分だろう。

以下ではなぜこのような性癖の使い方が行われるようになったか推測、かっこよくいえば仮説を書く。

動詞名詞で書けるから

「○○をする性癖がある」があるというのは、一部の国語教師面をした人間からのウザ絡みを避けられるという意味でより無難な書き方をするなら「○○をするのが好き」と言い替えられるだろう。

しかし単に「○○がすき」みたいにというふうに書くとなんか締まりがない感じがしなくはないか

なんというか名詞性癖を使うのと比べるとバシッと決まらない感じがするというか、読み手を想定してみればそういった文章は漫然と左から右へと意味内容が流れていくばかりその読み手の頭からするっと抜けてしまうような感じが俺はする。

それに比べて「性癖がある」というのは名詞的な表現だ。その言葉の前で受けている性癖の内容をバシっと捉えて概念化している。

概念化は名詞効用だと思う。動詞で終わる文章が単に事実や考えを伝えるのに比べると、文章全体ではなく、一つ名詞読み手意識が集中される。

名詞記憶のとっかかりにもなる。そういう意味でも読み手の頭により強く残る。

あとは内容が正確に伝わりやすいという効果もあると思う。

以前私は「漫画の魅力ってそれが二次元メタファーされるように」という文を書いて、ここで「そんなメタファーの使い方はしない」というふうに言われた。

しかしこうやって指摘するぐらいの人間はその言わんとすることが伝わっているからこそ、その意味用法がずれているということに気付けることが指摘の動機となっているはずなのだ

完璧に正しい用法かの確証はないがおぼろげに自分の伝えたいことにかすっている程度ぐらいの可能性でも感じるなら、少し小難しくてもそういった名詞特に術語を使うほうが、読み手は「あああのことが言いたいのね」となるのだと思う。

性癖本来は単に癖と言うのをより生硬にした表現だ。そういう日常的にあまり使われてなかった言葉をあえて使う場合日常的に使われる言葉多種多様な場面で使われるためにぱっと読み手の目に入って来てもその言葉だけでは文脈が絞り切れないという意味ではニュートラル認識されるのに比べれば、そういう言葉特定ミームというか匂いを帯びやすい。

性癖」の意味をひとたびずらして「性的な癖」という文脈で使うようになると、もうそういうミームで固定される。

からそういうミームを共有し合う人間にとっては性癖という言葉を出すだけで、みなまで言わなくても何が言いたいのかなんとなくわかるというか、そういう読解の省エネ的な効果が認められるのだと思う。

とにかく、単に何々が好きというのが読み手に「なんの意味で好きなんだろう」とその実態のより詳しい限定化を課す、すなわちボトムアップ式の理解を課すものだとすれば、性癖概念で言ってしまえばトップダウン式に何が言いたいのか理解されるという点が便利なのだ。その代償として国語教師面した人間に噛みつかれるリスクを負い得るだけで。

俺がメタファーという言葉を使ったのもそういう効果を狙ったものだ。そもそもメタファー以外に自分の伝えたいことにあてはまる表現が見当たらないって理由も大きかったはずだけども。

(アスペは会話をあまりせず書き言葉友達から難しい言葉と思われているもののほうがアスペにとっては身近というのはアスペの悪い癖だ。もちろん俺の「メタファー」は他の定型から見れば理解の浅いずれた使い方なのかもしれないけど、俺にとってはメタファー理解度という点で使うべき一番ましな言葉だったのだ。そもそも言葉の難しさとは何なのか。たかカタカナ文字言葉の難しさをどう規定できるというのか。正も凸も小学生で習う同じぐらいの画数の漢字だが習う時期が全く違う。俺はこれにも納得できないがそれは上記のことに通じる話だと思う。凸が身近な人間にとっては普通の人にとっては正の方がやさしい漢字に思えても、その人にとっては凸の方がやさしいのだ。)

名詞は特技、趣味性癖というように表とかの項目にするにも都合がいい。

これが一つだけ「性的に好きなこと」とかだったら統一感もない。

ノニムの定着に立ち会っている。

角川類語新辞典には「手癖」「尻癖」「酒癖」と○癖という言葉がたくさん載っている。

癖をへきと音読みする言葉は実はそんなに多くないが、それでも日本語、いや日本人伝統として○+癖という造語法で言葉を作っていく造語意識が背後にあることを伺うことはできる。

基本的に癖の内容を象徴し得るような漢字+癖という組み合わせて作られていることは明らかだ。

酒癖はそのままだし、尻癖は失禁する癖のことで、その現象が起こる場所を示す漢字を使っているという点でちょっとひねっているが、根本はおなじだ。

そんなわけで、もとの性癖は性も癖も似たような意味で使っている漢字を組み合わせた熟語だけども、それとは独立して性的な癖という意味での、酒癖等と同列な「性癖」が今作られるようになっていったとしても、日本人の背後にはそうおう造語意識がずっとあったわけだから、何もおかしくないわけだ。

まり両国には地名と両者の国という二つの意味が考えられるがこれらは辞書では別の言葉として別別に立項されているように、あの性癖とこの性癖辞書で別扱いするべきぐらいに全く別物の言葉なのだというのが私の仮説だ。

よって性癖性的な癖と言い替えられる文脈で使ったときに「誤用だ」とかいうのは全くずれていて、単なるシノニムとしての衝突に翻弄されているだけなのである

日本語だとちょっと突拍子なく感じる意見かもしれないが、英語ではスペリングが同じで別の概念として複数立項されている言葉は何も珍しくない(無学かつ個別の事例を覚えてられるほど記憶力よくないので例はあげられないけども)。

まり我々は新しい言葉としての「性癖」の定着過程リアルタイムに立ち会っているというわけである

漫画キャラファンになってグッズにカネを使うような人に「そんな人は存在しない!」って言ってもそんなことは承知の上で楽しんでるわけよ。

宗教だって信仰にあたって神や仏が実在すると思う必要はない。

教えに共感するといった形での信仰はごく普通に成立するし、科学的・社会的常識に反さずに共存可能ものだよ。

でもやっぱり抽象化して考えるというのは学問的訓練を受けていない人には難しいのだろうということもよくわかる。

広く布教しようとすると必ずねじまがる。

広く信仰を集めている宗教教義グダグダで何を言ってるんだかわけわからんし、少人数のものはそれはそれで先鋭化しすぎて共感できんし……。

ま、宗教という形での信仰が廃れたのはしょうがないんだろうね。

2022-05-26

働くことの無意味さを伝えたい

今の日本社会は終わってる。

頑張って働いても給料は上がらず、税金けが増え続ける。

過酷労働を苦に自殺してしまう人が後をたたない。

なぜ日本はこんなことになってしまったのか、考えたい。

 

日本不景気理由

まず日本不景気理由から話したい。

なぜ日本の景気はいつまで経っても良くならないのか。

その理由日本人が真面目に長時間働いているからだ。

実はこの長時間労働こそが不景気を生み出している。

今の社会の仕組みだと働けば働くほど景気は悪くなってしまう。

普通、働けば景気が良くなるように思えるが、現代社会は非常に複雑になっていてそう単純にいかない。

 

生産と消費のバランス

長時間労働の何が問題なのか。

それは生産量が消費量を大幅に超えてしまうことにある。

ここで言う生産とは労働によって生み出される物やサービスのこと。

そして消費とはその生産された物を購入する行為のこと。

良い社会を維持するためにはこの生産と消費のバランスが非常に重要になる。

当然働くことによって生産が増える。

そしてこの生産と消費のバランスが悪くなることによって不景気を引き起こす。

 

まず社会全体の生産量と消費量がほぼ同じ状態について考えたい。

生産量と消費量が同じ、これはつまり市場で売られている物の量と買われている物の量が同じということ。

企業からしたら販売している商品が全て売れていることになる。

物を作れば作った分だけ売れるという企業からしたら夢のような状態になる。

当然企業は儲かるのでその分労働者の給料も高くなる。

労働者は生産である一方、消費者でもあるので稼いだ給料は消費に回る。

すると企業さらに儲かるので、労働者の給料もまた増える。

このような好循環が起こると、好景気と呼ばれる状態になる。

 

では生産量が消費量を大幅に上回るとどうなるだろうか。

実はこれが非常に困った状態になる。

生産が多いのだから一見良いことのように思える。

かに消費者からすればありがたいことではあるが生産者側からすれば苦しい状態だ。

生産量が消費量より多いということは、売られている物の量よりも買われている物の量の方が少ないということになる。

まり必ず売れ残りが発生する。

販売している商品が売れなければ当然その分は損失になってしまう。

企業からしたらそれだけは絶対に避けたい。

 

売れ残りを阻止するために企業が取る策は主に2つある。

まず一つ目が生産を減らすこと。

そして2つ目が商品を売るためのマーケティング活動を行うこと。

例えば商品価格を下げたり、品質を高めたり、宣伝を行うなどがある。

しかしこのどちらの策も企業にとって大きな負担となる。

商品生産を減らしたり、価格を下げれば当然売上も落ちる。

品質を高めたり、宣伝を行うにも高い費用がかかる。

これらによって企業利益は大幅に減少し、それに伴って労働者の給料も下がる。

 

商品価格が下がったり、品質が上がるため消費者からしたら恩恵を受けることができる。

しか消費者もまた労働者であって、商品が売れないことにより給料が下げられるため、お金がない。

せっかく市場に質のいい商品が出回っていても、お金がないのであれば買うことができない。

これによりますます商品は売れなくなり、企業利益は減っていく。

このような悪循環が起こると、不景気と呼ばれる状態になる。

まり生産量と消費量の差が大きいほど景気は悪くなる。

 

働けば働くほど景気が悪くなる

生産量と消費量の差が大きくなるほど景気が悪くなると話したが、では現代社会はどうなっているのかというと圧倒的に生産が消費を上回っている状況にある。

まり超がつくほど不景気状態

現代はとにかく生産量が凄まじく多い。

これは少し考えれば簡単にわかる。

現代は昔に比べたら遥かに生産能力が高い。

昔は全て手作業仕事をしていたのに対して、今は大部分が機械による生産を行っている。

現代生産能力は昔に比べたら何十倍、何百倍といったレベルで向上している。

 

それにも関わらず労働時間が昔と比べてもほとんど変わっていない。

日本で言うなら一般的会社員は週に40時間、それに加えてさら残業までしている。

この労働時間はおそらく昔からほとんど減っていない。

それどころか下手したら増えている。

これは非常におかしなことだ。

生産能力が向上したのだからその分労働時間が減らなければおかしい。

 

労働時間が減らない理由

それは現代社会では人は働かなくては生きていくことができないからだろう。

生きていくためにはお金必要で、お金を得るためには働く必要がある。

成人していてまだ年金をもらえる年齢に達していなければ働かなくては生きていけない。

生活保護という手段があるものの、若くて健康人間では申請が通らない。

それに生活保護受給している人に対して世間からの風当たりは強い。

親に養ってもらえば働かなくても生きていくことはできるものの、そのような無職ニートと呼ばれる生き方世間から非常に軽蔑される傾向にある。

から少なくとも日本においては経済面世間体的に働かざるをえない。

 

そしてこの働かなくては生きていけないという状態が非常にまずい問題を生み出している。

生産能力科学進歩とともに上がり続けている。

それなのに労働時間が減っていない。

これによって必要以上の異常なほどの生産を行っている。

前述したように生産と消費の差が大きくなるほど景気は悪化してしまう。

現代はこの異常なまでの生産により世界中不景気引き起こしている。

生産が多いのが問題なのだから本当は生産を減らさなくてはいけない。

生産を減らすということは労働を減らすといことだ。

しかし働かなくては生きていけない、仕事尊いものだといった価値観によりみんな長い時間働き、生産を増やし続けてしまっている。

現代のような供給過剰な時代においては、働けば働くほど景気は悪くなり、労働環境悪化してしまう。

から現代において働くこと、正確には長時間働くことは社会を蝕む害悪行為しかない。

 

消費が増えることは絶対にない

生産量が消費量を超過していることが問題なら消費を増やせば良いんじゃないか

そもそも生産が増えればその分消費も増えるんじゃないか?といった意見もあると思う。

実際に日本の政治家や資本家達は消費を増やそうと必死になっている。

しかし残念ながら消費がこれ以上増えることは絶対にありえない。

なぜなら消費をするためにも時間欲求必要からだ。

 

食料を例にすると、人が一日に食べられる量は限られている。

食料の生産が増えたところで人間の食べられる限界量が変わるわけではない。

食糧難が当たり前であった昔であれば、確かに生産が増えれば食べる量も増えたかもしれない。

しか現代肥満に悩んでいる人が多いことからもわかるように、ほとんどの人が食欲の限界まで腹を満たしている。

まりいくら食料の生産が増えたところで消費が増えることはない。

 

例えば町に大きなレストランが出来て、その店がものすごい繁盛したとする。

これだけ見ると消費が増えているように思えるが、実際には増えていない。

このレストランに来た人達レストラン食事をした分、食事の回数が一回減っているわけである

もしこのレストランがなかったとしたら、その人達は自宅や他の飲食店食事をしていたはずだ。

もし自宅で食事をしていたとしたら、そのための食材スーパーなどで購入していることになる。

まりこのレストランができたことによって、他の飲食店食品販売店の売上が減っている。

新しい店ができて儲かったとしても、その分他の店の売上が減るだけであって、全体としては一切消費は増えていない。

 

これは他の業種にも言えることで、例えばある人物旅行に行って、その旅先でたくさん買い物をしたとする。

するとその地域では消費が増えて、お店の売上が増える。

しかしその地域旅行している間、その人が元々住んでいる地域では消費をしないことになる。

もし旅行に行っていなかったとしたら、その人は地元で消費をしていたはずである

仮にずっと家の中にいたとしても、ゲームをするでも本を読むでもテレビを見るでもスマホをいじるでも、何かしらの消費活動をしていたはずだ。

旅行に行ったことによって、これらの消費がなくなっている。

から結局どこかの地域企業の消費が増えたとしても、別のどこかの消費が減っているだけであって、全体としての消費は全く増えていない。

 

かに昔であれば生産が増えればそれに伴って消費も増えた。

昔はとにかく生産能力が低かったので、圧倒的に物が足りていなかった。

生きるのに必要な食料を生産するのに精一杯で、他の物を作る余裕がなかった。

から技術が向上して生産が増えれば、それに伴って消費も増加した。

しか産業革命以降の爆発的な生産能力の向上により、ついに生産量が人々の需要を超えてしまった。

そうなるといくら生産が増えたところで、消費が増えることはなくなる。

 

ここまで消費が増えることはないと書いてきたが、実は増えないどころか消費は今後減り続ける。

その理由は世の中が便利になっているからだ。

最もな代表例はスマートフォンだろう。

スマートフォンはたった一台で数多くの機能を持っている。

電話パソコンゲームカメラ音楽プレーヤー地図、本、辞書新聞

たった一台のスマートフォンでこれら全ての代わりが出来てしまう。

まり買う必要がなくなる。

実際にスマートフォンの登場により多くの産業の消費が落ち込んだ。

もちろんスマーフォンの登場により増加した消費もあるとは思うが、明らかに減少した消費の方が多いだろう。

 

それと製品品質の向上も消費が減少する要因だ。

技術の向上により製品耐久性は上がっている。

まり壊れにくくなっていて、そうなると買い換える頻度が減り、消費が減少することになる。

これらの要因によって消費は増えないどころか、今後減り続ける傾向にある。

 

この「消費が増えることはない」という事実経済対策をする上で絶対に頭に入れておかなくてはならないことだ。

しか日本の政治家達はこの事実に気づいているのか気づいていないのかは不明であるが、とにかく消費を増やすことしか頭にない。

絶対に増えることのない消費を増やすために莫大な税金労働力を投入している。

このままの状態が続くと社会はどんどん歪になり、やがて崩壊してしまう。

 

不毛な消費の奪い合い

現代生産量が爆発的に増え続けている。

しかし消費が増えることはない。

まり圧倒的に供給過剰の状態にあり、消費が不足している。

現代はこの不足している消費を世界中企業が奪い合っている状況だ。

そしてこの消費の奪い合いはあまり無意味で、不毛しか言いようがない。

 

わかりやすいように一つ例え話をする。

業績不振に苦しむ食品会社Aがあった。

A社は現状を打開するためにコストカットを行って商品価格を下げ、積極的宣伝活動を行った。

これらの企業努力が実り、A社は売上を伸ばすことができた。

しかしこうなると困るのがA社と同じ食品を扱っているB社である

A社の商品が人気になったことにより、B社の商品は売れなくなってしまった。

このままではまずいのでB社はA社と同じように商品価格を下げ、積極的宣伝活動を行った。

これによりB社は売上を元に戻すことができた。

しかしこれによってまたA社の売上が落ちてしまった。

 

こうなると結局元の状況に戻ってしまい、A社とB社が行ったマーケティングが完全に無駄ものになっている。

当然これらのマーケティングにはコストがかかっている。

価格を下げるために従業員給料を抑えたり、宣伝するためにも多額の費用がかかる。

しかしこれだけコストをかけたにも関わらず何の成果も出ていない。

このような無意味不毛競争世界中のあらゆる企業間で行われている。

 

そしてこの消費の奪い合いの犠牲になるのが労働者だ。

企業ライバル企業に勝つために労働者に負担を強いる。

顧客に対して過剰なサービス要求したり、長時間残業をさせたり。

これらによって労働者はどんどん疲弊していく。

そして一番悲しいことがこれらの働きにって労働者が報われることはなく、それどころかさらに悪い状況に陥ってしまう。

社会全体として消費が増えない以上、一つの企業努力により売上を増やしたとしても、その分他の企業の売上が落ちる。

売上の落ちた企業社員さらに厳しい労働要求するようになる。

このように苦労して働けば働くほど労働環境悪化していく。

 

熾烈な企業競争メリットがないわけではない。

製品サービスの質が高くなるので、当然消費者からすれば恩恵を受けることができる。

しかし多くの消費者労働者でもある。

多くの労働者は企業競争により給料を下げられ、長時間労働を強いられているため、金も時間もない。

せっかく質の良い商品が売られていても、それを買うための金と時間がない。

 

このような悪循環が今の日本で起こっている。

そしてこのまま何の策も打たないとさらに状況は悪化していき、取り返しのつかないことになってしまう。

 

労働時間の短縮が不可欠

ここまで現代社会問題点について話したので、ここから改善策についにて話したい。

働きすぎによって生産が増えすぎているのが問題

そして消費が増えることは絶対にない。

となれば取るべき方法は一つしかない。

生産を減らすこと、これが唯一の解決策だ。

生産を減らすということはつまり労働力を減らすということである

労働力を減らすためには主に2つの策が考えられる。

 

まず一つ目が法律によって労働時間規制すること。

今の日本でも法定労働時間が決まっており、週に40時間までしか働けないと法律で決まっている。

しかしこの週40時間労働というのが現代生産能力を考えると異常なほどに多い。

現代科学進歩により昔とは比べ物にならない生産能力を持っている。

にも関わらず労働時間が昔とほとんど変わっていない。

これがどれくらい異常なことか言うまでもない。

これに加えて日本人の多くは長時間残業をしているのだから目も当てられない。

 

では現代ではどれくらいの労働時間が適正なのか。

これは非常に難しい問題なので正確には言えないが、現代生産能力を考えれば半分の20時間にしても多いと思う。

週に10~15時間くらいの労働時間が適正なんじゃないかと思う。

そんな短い労働時間社会が回るはずがない、と思われるかもしれないが何とかなるんじゃないかと思う。

その理由については後述する。

 

2つ目の方法が毎月国民全員に定額の給付金を与えて、働かなくても生きていける環境を作ること。

この方法は近年話題になっているベーシックインカムという制度だ。

例えば月6万円などの人間ギリギリ生きていける金額を毎月国民全員に支給する。

これによって人々は生きていくために無理して働かなくてもよくなる。

 

これらの策によって労働力が減り、生産と消費のバランスが緩和され、景気が良くなり、労働環境改善されることが期待できる。

https://anond.hatelabo.jp/20220527000129

に続く。

2022-05-25

3回目接種してない

単に面倒なのと、ズボラなのとで3回目接種してない。

私は論理科学を愛し、非論理的なものについては攻撃的にマウントを取りに行く系の人間なので、反ワクチン派とかをあげつらうブコメとかしてるタイプなのであるワクチン2回目まではテンション高く、ワクチン推進派の急先鋒を気取って予約してたんだが、なんせ、根が飽きっぽく、自己管理できないヤツなので、3回目ともなるとやる気が起きないのである。どうにかこうにか職場での3回目接種の予約をするところまでは頑張ったのだが、前回までの接種記録をどこにしまいこんだのか忘れてしまい、接種を受けられない体たらくである普段の会話で3回目接種が話題になっても、気配を消すようにしている。

そうこうしてるうちに、今日自治体から4回目接種の予定について案内が来た。今更3回目接種してないなんて恥ずかしくて言い出せない。どうしよう。

賢者歴史から学ぶ

コロナで死んだ20代以下は2年で10人ちょい

 

一方日本は年間300人弱が小児癌死ぬ

200人くらいが白血病ALL、小児リンパ白血病

原因はよくわかってない、電磁波化学物質遺伝

帰納解析を見ると、先進国のほうが発症率が高い

先進国の中でも富裕層ほど発症率が高い

先進国富裕層ほど医療アクセスやす発症が補足されやすいじゃん、

いというバイアス排除した研究結果で)

 

乳幼児期を過度な清潔環境で育てるのがどうもよろしくないってのがわかってきた

潔癖環境が癌以外にもアトピーアレルギーアルツハイマーを誘発していることがわかってきた

 

推測されるメカニズム

乳幼児期に適度に病原体に曝露し免疫学習することで正常な免疫力が育つが、

清潔すぎる環境での育児はチャンスを奪ってしまう。

T細胞B細胞が適切に学習できていないため、その後癌化細胞が発生しても攻撃できない

 

乳幼児は成人よりも免疫細胞を多く持っている

まれた直後は免疫学習はゼロ

母親母乳から免疫、IgAを受け継ぎ一年程度病原体から守られる

その後適宜体内に侵入する異物、病原体接触自力での免疫学習を始める。

異物の中には攻撃してはいけないものもある、常在菌の多くは有益共生している

食品免疫応答するのもマズイ。

免疫細胞は一歩ずつ学習する、発熱下痢嘔吐があるときに体内にたくさんいる異物を「ヤバイ奴」と

判定できる仕組みがある。

免疫細胞は鎖で縛られており38.5度の体温で解けて活性する。

から善良な医者子供に解熱剤を処方しない。

せっかく巡り会えた学びのチャンス。

ネットで高評価が欲しい医者はガシガシ処方する。

熱でうなされている子供医者の薬でみるみる快方すれば、そりゃね。

ちゃんとお薬出してくれる名医だぁ。

 

ともかく、そうやって成人するまで数百の異物と出会い敵味方を振り分ける

 

この二年間多くの親は子供を清潔に保った、公園での砂場遊びを禁じた。

他人との接触を最小限にした。

発熱があれば、医者の「39度くらいまでは我慢させてね」を無視して

グリッととケツ穴に座薬をぶっこむ

子供を愛してのことだろう。

 

子供同士の遊びを避けコミュニケーション能力を奪い

幼い子供に、世界は見えない汚物にまみれていると刷り込み怯えさせた

精神的影響は10年20年、一生続くぜ、覚悟してる?してないよね。

 

国や将来が不安から貯金をする、お金を使わない。

皆が同じ行動を取ったおかげで消費低迷し経済シュリンクしせっかくの貯蓄はインフレで消えた

なんのこっちゃ

自分さえ良ければの大失敗

これを経済教科書では合成の誤謬という

ミクロ目先の効能や結果を信じて積み上げる

悪いものを一つづつつまんで捨てる

そうすればいずれパラダイスが訪れるだろう。

 

経済社会、人体は複雑でそんな単純ではないよね、人類が何度も繰り返してきた失敗

 

緊急事態だった、とにかくコロナ驚異を避けるのが最優先

子供が10人も死んでんでんでん

その後のことは今後考えりゃいい

免疫学習?

二年遅れで再開すりゃいいじゃない。

ま、ね。

でもそうはならんのだわ。

 

先進国小児がん謎の急増、なんて新聞記事が出るのが2,3年後だろう。

原因は清潔にし過ぎだけではないのが厄介で、解明は不可能

正確な答え合わせは数十年後

 

でもでも、なにもしないよりもなにかをして後悔したほうがいい

なるほどオマエはトロッコレバーを引くのだな。

俺は5人を見殺しにするね、

ま、正解は無い、哲学は人それぞれ、批判はせん、多様性

 

世界ベストセラーのスポック博士育児書が出版以来どれほどちゃぶ台ひっくり返されてきたか

先日俺はPMBOK第7版を読んで腰を抜かした。

我々が信じていたものはなんだったのか。

だが、脆弱な我々庶民はそれでもなにかを信じ基準を設けて生きていかなきゃならない。

それを批判するつもりは無い。

 

愚者経験から学ぶ

我々人類はまだ愚者なのだろう

 

タバコ健康寿命に悪い

ここ半世紀で男性喫煙率は8割から1割に減った

女性はもともと喫煙率低く2割から1割

削減率は明らかに性差がある、同じ社会環境医療制度遺伝

タバコ健康に影響があるなら女性より男性寿命伸び率が高くないと計算が合わない。

だけどここ半世紀の男女の寿命差はまったく変化がない。まったくだ、ゼロ

あれ?

 

ちゃんと結果出てる、禁煙運動まったく無意味

答えあわせできてるのに、ヒステリックタバコ排除が改まる気配は無い。

しろ加速

そこに科学理論は無い。

臭いんだもーん、情緒

 

タバコ肺気腫の原因になる、そりゃなるだろう、こんなもの体に良いはずがない。

そうやって悪いものをつまんで捨てて、良い結果が出るか?

社会や人体への副作用は複雑に絡み合う。

禁煙運動最初に始めてヒステリックに続けているのがアメリカ

最後まで抵抗したのが日本フランス

はて国民平均寿命は?

 

アメリカの短命は肥満のせいだと言う

なぜ肥満になる、食い過ぎだ、なぜ食いすぎる、ストレス

なんでそんなにストレスがある、社会が抑圧されているからだ。

アレもダメ、コレもダメルールルール

アメリカ自由の国つぅけどね、ありゃ自由がないか自由標榜するんやで

実際のアメリカ社会自由がないねん。がんじがらめや。ストレス社会

ニューヨークロサンゼルス歯科医よりも精神科医の方が多い。

 

タバコ有害だ、キィー、排除

OK、わかった、抵抗無意味、負けを認める

だが、俺はオマエが無害で他人迷惑をかけていないと信じているオマエの趣味

俺にとっては不要ものから難癖つけて取り上げてやるぜ、が連鎖する。

昨今はあらゆるもの攻撃対象になっている。

誰がそんな社会を作った?

おめぇだぜ

 

ちょっと汚く、ちょっと有害で、ちょっと迷惑で、ちょっと不快で、

でもみんなちょっと我慢する

そういう社会の方が健全健康で快適だと思うぜ

2022-05-24

anond:20220524201217

宗教がふわっとしてると思ってるのか?

宗教古代科学法学だぞ

人権社会科学の一つ。ふわっとしてないぞ

anond:20220524130721

こういうことを科学的にちゃん説明できる人って頭が良いと思う

人間再生工場

例えば発達障害精神疾患を患っていたりあるいは歳をとっておっさんやおばさんになってしまったり顔が不細工だったりすると結婚恋愛に不利になるし、そのまま中年になるとかなり難しくなるので天涯孤独覚悟を決めないといけないかもしれません。

 まあ女性場合子宮パワーがあるので男性よりは有利かも知れませんが、整形手術ぐらいは出来たとしても、現代社会文明では中々そう言う人達を救うのは難しいと思います

 現代社会科学ではそう言う人達を救うのは難しくても近未来世界ではそう言った人達を救えるぐらい文明が発展してる可能性があると思います

 何故なら科学進歩で一昔前の時代であれば治らない病を治療できるようになったり、平均寿命だって劇的に伸びていますし(そのせいで社会保障が圧迫されているけど)なので現代ではどうしようない事でも文明が発展すれば救えるようになると思います

 例えば整形手術だって今よりももっと安価で受ける事が出来るようになるかもしれないし、再生医療とかが進めばIPS細胞3Dプリンターで人工的に臓器を作り出して悪くなった臓器と交換できたり、若返りの技術とかが開発されて若返りに成功したり、人工知能と融合してサイボーグ化できて人工的に知能を強化する事ができたり、自分精神イケメン美女に転生する事ができるようになったり、とにかく現代では考えられないような様々な可能性が考えられます

 なので近未来になれば現代では到底救いようのない恋愛弱者の人達を何箇所かに集めて科学の力を使って治療を施したりエンパワメントして異性としてそれなりに魅力的な人間として再生すれば恋愛弱者を救い事もできるのではないか妄想してみました。

2022-05-23

anond:20220523112006

ほぼ同意なので魚拓支援しといた

ただし↓こういう真っ当な意見無視して「はてな民」全員を主語にしてしまうお前も科学素養に欠ける点がある事を自覚したほうがいい

糖尿病待ったなし??そんなわけないでしょこの程度で。普段どれだけ糖分摂ってないor他に余分な糖分摂りまくってるの…。//糖質制限な方々はヤクルトすら飲めないんだなぁと

一日一本しか飲まないんだから糖尿病になるような糖質量じゃないと思うんだけど(14g) なんか読み間違えてるのかな

血糖値スパイクって言ってる人いるけど、みんなが寝る前に飲んでるわけじゃなくない?俺は夕方くらいに飲んでるが。

ヤクルト糖質量で糖尿病なんてならねぇよ。適当なこと言い過ぎ。ピルクル1箱飲んだらさすがにまずいが。

anond:20220522220552

それは、宗教には実用性が無い、と考えるのが誤りで。

たとえばイスラム教の内容ってのは、当時のアラブ砂漠で生きるための実用性の塊なんだ。

我々に身近な仏教も、メンタル維持とかに実用性があるから、いまでもバンバンに利用されている。

 

でも改変要素がないから、進歩もなくて、時代遅れになったり、含まない領域が広くなりすぎて現代人にはあたかも役に立たないかのよう見えたり、するわけだ。

19世紀科学ではスマホが作れなかったけど、今は科学は変わったから作れる。

anond:20220523002928

現在科学レベルでは 『自由意志は気のせい』が誠実な答えだけど

自分(我)が無いのにあるように振る舞わないで😡って言われても単純に誰もやめないでしょ

世界が公正じゃ無い・自由意志がないと言われると絶望するという感覚マジでからない

宗教由来でないとするとなんだろうな?

 

ただサルトルアドラーがウケが良い理由(売れる理由)はなんとなく分かりました

anond:20220522211634

デカルトは徹底的な懐疑の果てに「我が思うことだけは懐疑できない。だから自我だけは確実に世界存在する」と言った、これが独我論だが。

科学の発展と、またデカルト批判の果てに見えてきたのは、デカルトの考えとは違って、普通に「我思う」ことも懐疑できるということだ。

独我すら存在しないかもしれなくて、それは誰にも証明できず、故に独我論世界への懐疑は空虚である

2022-05-22

anond:20220522220552

科学なんて信仰と同じとか

スマホポチポチやってるの

流石にアホっぽいからやめてほしい

anond:20220522215553

宗教と比べた科学の優位性って実用性に尽きると思うやで

科学インターネットスマホ家電医薬品は作れるけど宗教ではどれも作れんやで

anond:20220522220433

信仰のほうがよっぽどそうだろ

それにムカついた奴らが科学を作ったんや

anond:20220522215259

マスコミが言ってるから家族友達が言ってるからでも同じ話成り立つしあらゆる情報信仰と言ってるようなもんやがその指摘することでなんか意味あるん?

自分信条科学事実矛盾してるから宗教イメージ悪いのを利用して科学を貶めたいですって事なんか?

anond:20220522215259

そだよ。

 

ただ大きく異なるのは、科学という宗教は、それ自体の中に改変の仕組みを持っている。

キリスト言葉は嘘になることはないが、アインシュタインニュートンは嘘になり得る。

そこはやはり大きなアドバンテージなんだな。

やっぱり最後信仰なのでは?

科学宗教とは違う!検証可能性がある!とか言ってるけど、まぁそうなんだろうけど、でも大多数の人間にとって現代科学検証しようにもあまりに複雑だし、そもそも検証特殊機器必要だったり、検証に莫大な費用がかかったりするしで、もはや検証不可能になってる。

大多数の一般人にとっては、科学者(と呼ばれる人)が言っていることを信じるか否かしか選択肢は残されていないわけで、それは結局「教祖様が言っていること、経典に書いてあること」を信じるかどうかという宗教思考過程構造は全く一緒だよね。 

追記

例えば、コロナでも原発でもテーマはなんでもいいんだけど、専門家意見が食い違ったりすることってあるじゃん

そういう場合、どの専門家意見を大多数の一般人は「信じれば」いいんだろうか。その判断基準はどう定めればいいんだろうか?

上記の通り、一般人にとって科学検証可能ものじゃないので、「どの専門家意見を信じるか」こそが肝な訳よ。

その判断基準ってみんなどうしてるの?

その人の経歴?業績?論文の数?現在役職所属組織名前政府専門家会議メンバーか否か?表情や仕草?着ているもの髪型?喋り方?過去発言内容?Twitter投稿頻度?その内容?

自分の専門分野の問題ならある程度判断がつくかもしれないけど、人はあらゆる分野の専門家になれるわけじゃない。

何度も言うように一般人にとってはもはや「信仰」。YouTubeで怪しげな人の解説動画が何十万再生もされているのを見るにつけ、「人から信用される方法」を磨いたやつが最も「信頼」を得て、そいつ意見流通してしまう。

それを専門家が「ちがう、そうじゃない」と必死で訂正しようとしても無駄。なぜなら正しいか正しくないか問題なのではなくて、どっちが信頼できるかの問題から

信頼を勝ち取るのに「主張内容の正しさ」は無力だよ。世の専門家と呼ばれる人達が間違った情報が世に流通してしまっているのを嘆くつぶやきなんかは多々あるけど、それは専門家一般人の信用を勝ち取るための闘争に敗北し続けているからなのではないか

つらつらと書いてみたけど、なんか辛いね。やっぱり中身の正しさで勝負したいよね。一人一人が主張内容を吟味してこっちの言ってることが正しい!という世の中であって欲しい。そんな世界未来永劫やってこないんだろうな。

anond:20220522212454

まず自我がどこにあるか指し示してみて

独我論世界に生きていないのは単なる科学素養常識問題だったりするのかな?

雑誌の読み物レベルの話に思えるが

独我論世界に生きていない人がよくわからない

『私は私だけの世界を生きており、そこに他者存在しない』(世界と生はひとつである、私は私の世界である主体存在しなければまた世界存在しない)が

受け入れられないってなぜなの・・・

 

時間存在しない(複数出来事同士の相互作用世界は物ではなく、実際には出来事の集まりであり、複数出来事関係性を、時間のように感じている)事から

例えばウィトゲンシュタインの下記↓とか『?!』ってならない・・・よね・・?

  1. Die Welt ist alles, was der Fall ist.
    世界とは、起きている事全てのことである。(物ではなく、事実総体であるとする)
  2. Was der Fall ist, die Tatsache, ist das Bestehen von Sachverhalten.
    起きている事、つまり事実とは、幾つかの事態が成り立っていることである。(事態+成立=>事実

 

追記:

  1. 今のところ、ただ単に常識アップデートがなされていない(科学素養問題)で終わりそう

  2. あとは精神的な不安が原因の何かかな。孤独を恐れているようだが無人島ならともかく都市部孤独になるっていうほど容易か?

  3. 例であげたウィトゲンシュタイン『私の心の限界が私の世界限界である。』と言うのは理解ができても、なぜウィトゲンシュタインが、
    『愛されると嬉しい。愛されないと淋しい。愛されなくても、愛することができれば満たされる。愛が欲しくて見つめる。
    少しでも愛が感じられれば、胸が暖かくなる。愛するものがあれば夢中になれる。そういう愛の代わりになるものはこの世に何もない。
    幸福と呼ばれるものの中には必ず愛が含まれている。いや、愛こそが幸福のものなのだ。』
    と口にするのか理解が出来なそう


  4. https://live-the-way.com/great-man/philosopher/ludwig-wittgenstein/
    『きみ自身がきみの世界だ。きみの生き方で、きみの世界はいくらでもよくなっていく。』
    『きみがいいと思ったら、それでいい。誰かから何と言われようと、事実が変わるわけじゃない。』
    『 内心や胸の奥の気持ちといったものがそれほど重要なのだろうか。その人の表情や態度に表れているものよりも、本当に重要だと考えていいのだろうか。』
    『少なからぬ人々は、他人からほめられようと思っている。人から感心されたいと思っている。さらに卑しいことには、偉大な人物だとか、尊敬すべき人間だと見られたがっている。それはちがうのではないか。人々から愛されるように生きるべきではないのだろうか。』
    『人は欲しがっているものを本当に欲しいのではなく、別のものを手に入れたいと渇望している。たとえば、大型犬を欲しがっている人が本当に望んでいるもの自分支配する力だというふうに。』
    信仰が人を幸せにすると言われれてきたことの意味がわかった。神にかしずいて謙虚に生きることによって、もはや人への恐怖感がなくなるからだ。ふだんのわたしたちはそれほど他人を恐れて生きている。』
    『 人として弱いということは、生きていくうえで受けるべき苦しみを自分で受けとろうとしないことだ。 』

    上記ならウケが良さそうな気がする。なのでサルトル(実在主義)やアドラー(実在主義)ならウケそうって思いました。実際売れたしね

    アドラー心理学とサルトル実存主義からみる人生論 | 理学療法士SGMの備忘録
    https://sgmbibouroku.net/archives/752

一発屋じゃない科学者

大学の授業で講師が「科学者基本的一発屋一発屋でも十分凄い)だけど、アインシュタインとか南部陽一郎とか、一部の天才中の天才だけは複数の分野で業績残してる」

と話してるのを聞いて、たしかに近年のノーベル賞見ても、

iPS細胞だけの一発屋

青色LEDだけの一発屋

リチウムイオン電池だけの一発屋

とか、一発屋ばかりなので、現代科学において一発屋じゃない科学者っているのか、各分野に詳しい人教えてほしい。

シン・ウルトラマン ≒ シン・日本神話 説。

 ネタバレは、控えめに頑張るが。

感想なので、どうしても類推可能だと思う。

嫌な人は、ご容赦下さい。

 

3

 

2

 

1

 

 まず、

ウルトラマン大仏

という前提を飲み込んで欲しい。

 根拠としては、

・光の国からやって来ている。

デザインの一部に アルカイック・スマイルが参照されている。

・諸外国でも仏教文化圏では、ウルトラマンの人気が高い。

デカから強い。

 んで、

ウルトラマン大仏 】 という前提から考えると

 シン・ウルトラマン は、何を描いているのか?

増田は、 飛鳥時代仏教伝来、白村江の戦い大化の改新

現代日本外交情勢をモチーフ換骨奪胎したと解釈した。

 

 現代でこそ、仏教日本需要されているが、仏教が伝来した飛鳥時代では〈蕃神〉、つまり異物だった訳だ。

これが、外星人としての斎藤ウルトラマン

 そして、後に日本では護国仏教として受け入れられるけど

これが、ヒーローとしてのウルトラマン

 一方で、仏教は究極的には悟りを目指す宗教であり

これは、光の国から裁定者としての側面。

 作中では、

原理的には超科学によって地球人ウルトラマンと同等の存在になれると示唆されているが

これって、原理的には万人が悟れる(≒阿羅漢)とする仏教よね。

不完全な変身が危険なのも、魔境であるからだとも解釈できる。

 

 仏教は救いの宗教ではあるが。

仏教ヤマトに公伝した時期は、白村江の戦いでの大敗もあり

ヤマトを取り囲む外交情勢が激変した時代でもあった。

 ヤマト日本改新するためには

脅威でもある海外(外星人)の仏教(ウルトラマン)を含めた当時の最新知識

受容し自分のモノにする必要があった訳だ。

 んで、

自国外交情勢が落ち着いて、自国アイデンティティー確認したくなったので

8世紀に『古事記』、『日本書紀』が成立する。

 

シン・ゴジラが、東日本大震災モチーフに作劇したのと同様に

シン・ウルトラマンは、仏教が伝来し、日本神話が成立した飛鳥時代引用しつつ

現代日本外交情勢をモチーフにしているか物語構造が強い。≒面白い

 だが、

モチーフモチーフだけに

『シン・ウルトラマン』の問いかけ そのもの不愉快な層が居ると。

 

 シン・ウルトラマンは、シン・ゴジラと同様に

オリジナル ウルトラマン表現たかったモノまで分解再構成し、

ウルトラマン現代日本も描き切った大作だと増田は思う。

 ここまで長文を読んでくれて thx

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