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はてなキーワード: 本質とは

2018-02-23

安倍総理最初から議論に負けているのである。思いつきで、テキトーなことやるから簡単論破されるのだ。 私でもわかるのに、検事出身の山尾にかなうわけないだろう。

やはり安倍首相憲法の基本も分かっていないんじゃないか

 22日の衆院予算委員会は、立憲民主党山尾志桜里議員質問に立ち、注目を集めた。昨年10月の衆院選以降、初めて予算委に登板し、安倍首相憲法論争を挑んだのだ。

 安倍首相はかねて「自衛隊についての違憲論争に終止符を打つ」と言って、憲法9条の1項、2項を残した上で自衛隊について書き込んだ3項を加える改憲案を主張している。山尾氏は「違憲議論は常に、自衛権行使が9条2項に違反するのではないかという関係で言われてきた。2項をそのまま残すのでは、合憲違憲議論余地はなくならないのではないか」と質問

 すると安倍首相は、直前に山尾氏が質問した待機児童問題について長々と話し出し、ようやく憲法問題に答えるかと思ったら、「私は内閣総理大臣として(答弁席に)立っている。自民党総裁として憲法改正議論に一石を投じたが、(憲法自衛隊を)どのように書きこんでいくかは自民党議論がなされている」とはぐらかしたのだ。重ねて聞かれても、最後まで自分の考えは開陳しなかった。

自民党総裁内閣総理大臣立場を都合よく使い分けるのは安倍首相常套手段だが、自分が言い出しっぺの改憲案について質問されたのに、正面から答えないのは不誠実だ。山尾氏も「一石を投じた責任者としてあまり無責任」と呆れていた。

憲法学大家も知らず、発言矛盾だらけ

 まぁ、憲法学大家である芦部信喜を知らなかったくらいだから、山尾氏とまともに議論するだけの知識も持っていないのだろうが、年内発議に向けて早く党内を取りまとめるようお尻を叩いておきながら、改憲について質問されると「国会でお決めになること」と言って逃げる。憲法改正ライフワークというのなら、堂々と論戦に応じればいいのに、やり口が姑息だ。

安倍首相自衛隊憲法に書き込んでも『何も変わらない』と言いますが、それなら憲法改正する必要もない。言っていることが矛盾だらけです。とにかく在任中に自分の手で憲法改正を成し遂げたいという野望だけで、憲法本質理解する気もないのでしょう。ただ、この政権は、たとえ論理メチャクチャでもやると決めたら強行する。安保法や共謀罪、いま問題になっている裁量労働制の拡大などもそうです。憲法改正議論国会煮詰まらなくても、数の力で年内に発議まで持ち込みそうで心配です」(立正大名教授金子勝氏=憲法

 生煮え改憲発議なんて、もってのほか安倍首相場合、まずは憲法のお勉強からだ。

山尾氏挑んだ論争に答えられず “勉強不足”安倍首相姑息

2018年2月23日 日刊ゲンダイ

写真知識では山尾志桜里議員にかなわず(C)日刊ゲンダイ = https://farm5.static.flickr.com/4749/40436830771_7f74bbe4e2.jpg

少し解説しておこう。

憲法9条

1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力行使は、国際紛争解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

安倍はこれに自衛隊を認める条文を付け足そうとしている。

しかし、そうすると2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」と矛盾

そもそもこの文言があるから自衛隊憲法違反である専門家は見ていたのである

山尾さんは安倍のその矛盾質問したのである

当然のことながら、安倍改憲案どおりになっても自衛隊憲法違反だ。憲法専門家はそう言うだろう。

安倍最初から議論に負けているのである。思いつきで、テキトーなことやるから簡単論破されるのだ。

私でもわかるのに、検事出身の山尾にかなうわけないだろう。

安倍はいい加減早く総理議員もやめろ。潔く負けを認めろ。

なろう系小説熱狂的な信者プロファイリング増田の傾向が似ていると思った

いじめられっ子弱肉強食論や自己責任はいわれ続けられた過去があるため、普通創作でも味方や主人公サイドがそういう主張だと傷がえぐられて見ていられない

→同様にいじめ経験がある場合は、割とかなりリスキーだったり、明日は我が身で一歩間違えたら自分もそうなるということを学ぶので、おいそれと言えないようになる

→同様に陰キャに感情移入とか絶対に無理なのでまずそういうのは好まない(福本作品最強伝説黒沢の作中の名言評価が二つに分かれるのと同じ)

wiki情報すらマトモに理解できてない自称エリート様、意識高い系が多い、技術持ってるつもりでも技術的な深い話は一切できずにマウンティングに走り始める

頭が悪い悪くない以前に、空気が全く読めない上に訳の分からないところで変に偏執的に意固地で、間違っていることは例え死んでも認めない勢いで発狂する

本質的には陰キャであることは間違いないが、あまりにも他人に対して上下か損得みたいなステータスしか関心が向けられない、人間関係理解できない

いじめに参加するだとか、いじめられたことすらないほどウザがられて無関心なので、空想的な弱肉強食論が大好き、人の立場機微が全く自分本位しか理解ができないので自己責任しか理解の処理ができない

・異常なまでの承認欲求

→周りから関心を持たれたことが一切ないことが、マウンティング必要人間関係友情恋愛の様なステータスは足りないことは理解しているので、異常に(特に恋愛や男女の性愛に関して)執念深いほどの関心を向ける

上下関係大好き、というより対等な関係というものが利害の一致レベルしか理解できない、恋愛関係においても上か下かでしか理解ができない

最初は使い勝手が良いので、割と人がすぐ辞めるブラック職場には適応やすいが、当然軌道に乗ればブラック化の原因となるので捨てられてブラックの中にしか生息できない、永遠に同じところには居付けないので、転職や回転率が異常に高い、例えばフリーランス派遣、そしてweb業界をやたら好む(というよりそこ以外に生きる場がない)そんなパイロットフィッシュの様な存在

→実は技術的な本質は全く低いので、海外はいったが通用しないまま枕を並べて討ち死にするか、そうなるのはわかっているので国内外資で我慢する、という傾向が強い

・いうことや言い回しが異様に似通る、ジャンルテンプレを好む

他人から見た成功像やリア充像やエリート像といった、理想しかから評価される基準がない、多種多様性が全く持って理解ができないので、学歴年収技術、人脈自慢が、人数から平均値に至るまで奇跡的に法則や以上に重なる

まぁ、増田のいうことが本当なら仕事だけは出来るみたいだから仕事がなくて生きていけないとか、お金に困ることはないんじゃあないかな…

羨ましいかどうかは置いといても

anond:20180223174216

元々理解できてないのにそれをじっと見つめるのが考えるということ

に近いものを感じる

本質が置き去りにされている

2018-02-22

anond:20180222142813

精子の性能と、精子もつゲノムの関連性は明らかでない。精原細胞細胞質を共有していること、さらヒストンがプロタミンに置換されることで新規遺伝子発現は高度に抑制されることから運動性の高い精子から優秀な個体が生まれるという仮説には疑問の余地がある。ついでにいうなら、精子もつ遺伝情報個体構成するには不十分であるということも、この論を否定する材料になるだろう。また、受精プロセスにおいて、必要精子は一つではない。卵丘細胞-卵子複合体を突破して透明帯に到達するには、少なくとも1000個の精子必要であると考えられている。受精競争社会での競争比較するアナロジー個人的には嫌いではないが、その本質競争というよりはむしろ協力といえる。結論として、増田が優れた精子からまれたという主張が仮に真実であったとしても、だから水泳が得意だというのはおごりでしかない。優れた競泳選手競争の中で成長できることを知っているか謙虚ものだ。北島康介選手名言を紹介しておく。

 

気持ちいい!超気持ちいい!2004年アテネオリンピックにて

anond:20180222013521

ごめんちょっと何言ってるかわかんないんだけど

なんで増田人生破綻するの?

性欲の本質って何?

バカにも分かるように言ってほしい。

anond:20180222004014

レイプ犯やストーカーの一歩手前の心理ですね?

あの人とやりたいいいいいいいい!!!!!

 

嘘つきの中でも、自分に対して嘘をつくほどこそ、不誠実な嘘はないよね?

これも生きている楽しみの一つだと思うことにする。。。

 

人生破綻時間問題なんだろうなーw

性欲の本質理解していない者は、性欲によって身を滅ぼすことになる。

大脳が壊れたメンヘルの末路は恐ろしい、恐ろしい。

anond:20180221055544

役者を目指して、芽が出ない。

よくあるパターンじゃん。

演劇に興味があるなら、シェークスピア読破しただろうか?

「期待はやがて失望に変わる」…失望から何を学べるだろうか?

 

今の自分に何が足りないのか?逆に、何が余計なのか?

メタ認知自分の観察)を極めると、自他の相違点に気付ける。

役者って、いったんの自分の色を透明にして、台本に合わせて他の人格を上書きする仕事だよね?

(外見じゃなくて)内面を書き換える作業ができる人だよね?

 

人間の心って、何なのか?

人間本質って、何なのか?

それが分かれば、心(内面)を変えることができるようになる。

それは役者に限らず、誰にでも必要な知見/スキルだと思うよ。

2018-02-21

anond:20180220230710

かにナウシカがいなければ現生人類はすぐに絶滅していただろう、そこは認める。

しかナウシカに全責任押し付けたのなら、押し付けられた最高責任者であるナウシカ最後まで慎重な判断をするべきだった。

墓の技術を用いれば現生人類が新しい環境でも生きていけるだけの可能だってあった。

その真偽を確かめる前に破壊したのは全責任を背負わされた者の判断としては絶対に間違っている。

人が傲慢であることを認めるなら例え危険を冒してでも墓の技術現生人類存命のために転用しようと努力するべきだろ。

ナウシカ境遇に対する同情は当たり前だが、それとは分けてナウシカ現生人類運命決断する立場いたことを理解するべきだった。

現生人類奇跡的に新しい環境適応できる確率と、

墓と和解する、墓の技術を使って適応できるよう変わる、新生人類共存の道を歩む確率なら後者の方が高いことは疑いようがない。

武力制圧観点からなら生殺与奪拳をナウシカが握った時点でついている。

その後は交渉テーブルにつくのが最善策だった。

ところがナウシカは根っからテロリストから相手が無力化しても最後まで暴力を手放さなかったわけだ。

その場にもしヴ王がいたらやはり選択は違っていただろう。

真意を聞かされた人間ナウシカだけだったのが現生人類旧人類・新生人類全員の不幸だった。

それにナウシカ押し付けられた側というのなら、ナウシカ現生人類と話し合い情報を共有しあったか

勝手に一人で現生人類を愚かだと決めつけて話すタイミングもあったのに、一人で判断し一人で決断してたじゃないか

それがエゴ以外の何だというんだ。

王蟲とは心を通わせるというが、ナウシカのような特異な人間でないからこそ現生人類を導く役目があったのではないか

カリスマ求心力を向かわせた先は結局ただの暴力破壊活動だった。

それが真実であるのは最後破滅主義選択物語っている。

人間は、追いつめられるとその人間の核心に迫る。

平時においてはみなまとも、とは夏目漱石言葉だが、平時でないからこそナウシカ本質が浮き出た最終審判となった。

どれだけ苦しくても人の命を奪ってでも生きたいと願わない人間もいる。

ナウシカ危険な道を手探りで歩くことよりも、エゴイズムにまみれた自分の信じる正義現生人類の生きのこ選択を奪った。

それはナウシカに背負わされた責任よりも遥かに重い結果だった。

何度でもいうが墓の技術破壊したというのは取り返しがつかない選択だ。

政治力武力を持った人間が行うべき選択は、支持率多数決問題ではない。

正しい歴史が残るかどうかだ。

それは現実世界でも同じだ。

 

ってこんだけ書いててヴ王もその場にいたような気がするなあ。

というかラストヴ王ナウシカ決断に納得してるのがやっぱり腑に落ちないわ。

ヴ王なんて墓所技術を何としても手が欲しかった側の人間じゃん。

墓の技術でとんでもないことになると分かってても欲しがるタイプでしょ。

なんでぶっ壊したナウシカ共感してるんだよ。

そんなお人よしなら不毛権力争いしてるわけないでしょ。

大団円にしたかたか宮崎ヴ王思考を捻じ曲げたのか、ナウシカカリスマに当てられたのか、わからんけど。

2018-02-20

anond:20180217230335

トラバ元増田です。1日ほど見てたけどブクマトラバもつかなかったので「あ、これはスルーされるんだな」と思ってそれきり忘れていたのだけど、今見返してみたらトラバリーが伸びていたので「あなたの考えももっと聞いてみたいと思う」という言葉に甘えて少しだけ。

なお、私も母親との関係は必ずしも良好とは言えない。毒親とまではいかないけれど、あれこれ世話を焼かれると「あ、これは私が自分の影響下にあることを示したいんだな」と思って身構えてしまう程度には距離を置いているが、その辺は余談なので割愛

わかり手氏やトラバをくれた増田(以降トラバ氏)と私との意見の相違の根本は、「魔女を母と見るか子とみるか」ということに尽きると思う。私は魔女母親ではなく、愛されることも愛することも禁じられ、世界から疎外された「子」であると感じた。大人もしくは老人であるという魔女の外見や、拾った子を世話する庇護であるという立場魔女本質ではないと感じたのである

一方で、拾い子もまた「子であること」は彼の本質ではないように感じた。寄る辺ない子供という外見は成長というドラマ演出するための舞台装置にすぎず、その本質は一貫して「魔女の愛を許し受け入れ、自らも魔女に愛を与えてくれる存在であると見たのである。なので、自分の感じたストーリー構成としては「かえる王子様」や「美女と野獣」に近いかもしれない。呪いで醜く、小さく姿を変えられた心優しき存在が、同様に心優しき存在出会いその愛により本来の姿(成人男性)に戻るというアレである。2作品場合は解呪により本来の姿に戻るが、魔女タグ場合魔女が不老であることで、通常の年月経過が解呪の役割果たしているといえよう。

はいえ、そうした見方こそが毒親たる所以であると言われたら、返す言葉もない。何分にも私も上記のような親との関係のせいか家族を持つことに魅力を感じられず、独身子なしを貫いているのでその辺の「母親心理」はよくわからないが、毒親問題の一端が「母親の未熟さ」にあることは十分理解しうるので、「大人の女性を子とみてそれに同一化する」のは毒親的と言われても仕方がないかもしれない。

「子である魔女」が「愛してくれる拾い子」を取り上げられるように感じてつい過剰反応してしまったが、ある作品にどんな物語を見出すかは受け手感性とそれを育んだ生育環境に大きく依存すると思うので、これ以上は魔女毒親説について言うことはない。最初のツィートだけだと魔女毒親という見方が短絡的に感じてしまったが、トラバ氏の文章でそれに対する論拠を読むことができて、同意とまではいかないが納得することはできた。

その意味で、トラバ氏の文章を目にすることができたのはまさしく僥倖だったと思う。トラバしてくれて、「あなたの考えも聞いてみたい」と言ってくれて本当にありがとうあなたの誠意に感謝したい。願わくば、この文章トラバ氏の目に留まりますように。そしてトラバ氏も今後とも良き物語に、良き作品に巡り合えますように。

たとえ話につっこむやつはすべからくバカである!!!クソリプ事例集)※追記の方が多くなった

社会問題とかで比喩やたとえ話をすると、その表現に対してクソバカなコメントをするやつが大量に現れる。

「たとえ話は炎上するとママに教わらなかったのか?」なんてコメントがつくまでがワンセットだ。
それも風物詩ではあるが、にしてもアホみたいなクソコメの数々を見ていると情けなくなってくる。

そういうバカコメントパターンをいくつか挙げて、それらがいかバカであるかを説明してやろう。
以下、

 「たとえるなら、AはまるでBみたいなものだ」

という比喩に対するツッコミとして見てもらう。

「AとBは違う。そんなことも分からないのか。。。」

クソofクソ、最悪だ。こんな風に議論を1ミリも進めず嫌味だけ言うようなバカは本当に救いようがない。マジで消え失せてほしい。

せめて何がどう違うのか、違う理由説明してみたらどうだ?

「AとBは違う。だってBは……」

よし理由を言ったな、だがクソだ。

比喩というもの自体をまるで理解していない。AとBが違うのは当たり前なんだよ。
違うものを並べてるんだから相違点なんて考えりゃいくらでも出てくる、それを指摘するお前は何か少しでも有益なことを言っているつもりなのか? バカなのか?

いか比喩ってのはな、あえて直観的には全然のものを並べて、その数少ない共通点に目を向けさせることで、議論の本題が何なのかを理解させるやり方なんだよ。

Aについて言葉を尽くしても伝わらない、だがBと比較すると腑に落ちる、そういう場面はいくらでもあるし、だからこそ有効なんだよ。修辞法の基礎だぞどんだけ歴史あると思ってんだ。

ゆえにAとBの違いにこだわるお前は、本題と無関係な話を繰り返すバカ丸出しな状態にあることを自覚しろ。

「たとえが不適切」「たとえが悪い」

これも上のやつと同じだ。

バカすぎて、たとえの意味理解できなかったのか? なら素直にそう言えってんだ。

理解はしたが表現の仕方に文句がある? それが本題に何の関係があるんだバカか?

もっといいたとえがある。AはBじゃなくて、Cだ」

提案をくっつけてるだけマシだが、これも上のやつの派生形、ゆえにやはり意味が無い。

このタイプは2パターンあるな。

まず、議論を進展させたいという親切心で、より伝わりやす表現提案しているやつ。あっぱれな心掛けだ。
だがここまで読んで分かっただろ? どんなにうまい表現をしたところでバカは上述のようなトンチンカンな反応をするし、逆に理解力のある人間にとっては、たとえが多少下手だろうと大して議論に支障はない。
まあそういう建設的な意図提案は歓迎したいところだがな。

もう一方は、大喜利したい、うまいこと言いたいだけのタイプ
本題と無関係な話をしている自覚があるならまあそれもいいだろう。そこまで芸術点に自信があるなら、面白いかもしれんから言ってみろ。高確率でクソだろうがな!

「AとBが○○で同じなのは分かったが、××が違う。Aに関しては○○よりも××のほうが重要論点だ、なぜなら……」

これはクソじゃない、良い方の例だ。上のやつと大して変わらないじゃないかって? もはやお前は相当のバカだな。

元の発言者最初からAのことしか話してない。Bのたとえを持ち出したのもすべて、Aについて伝えたいことがあったからだ。

お前はそれを受けて、Aの話を続ける。Aに関して認識の相違があるならその話をする。

比喩が役目を終えたなら、その比喩は用済みだ。
比喩による説明が失敗した場合も、その比喩は同じく用済みだ。
次の話をしろ。

それでいいんだよ。




後書き

増田母親です。このたびはうちの馬鹿増田がこのような糞エントリを書いて皆さんに大変な迷惑をかけてしま申し訳ありませんでした。

煽り口調で何かを書く体験をしてみたかったのですが、こんなスタイルは初めてなので、いろいろと拙いところがあるやもしれません。バカだのクソだのはすべて撤回いたします。だらぶちとかファッキンとかも多分言ってないけど撤回します。

あとタイトルを見て「すべからくをことごとくの意味で使うなバカ」と思ったあなたは正しい。

追記

コメントに反応させていただきます。全部じゃないのはごめんなさい。
ちょっとカテゴリ分けした。

すべからく警察だ!!
一般的コメント
そもそもたとえ話をするなor使いどころを考えろ派
内容ではなくエントリスタイルの話
ネタ
  • たとえるならパンティーのような増田だなみたいなこと言われても困るだろ
    • フフッてなった。そりゃ困る
  • 詭弁論部に入部すると真っ先に訓練させられるのが比喩馬鹿をわかった気にさせて誤った結論へ導くためにこれほど優秀な道具はない
  • 一番かっこいいたとえは「たとえるなら 空をかける ひとすじの流れ星」だと思う。二番の「たとえるなら 風をはらい 荒れ狂う稲光」もいい。意味は正直よくわからない。
    • 自分読書記録をパッと眺めた感じだと、coolだと思った比喩は「その衣は冬を象って青く、春を呼び返すべく緑であった。容貌は美しいが、仮借なき天と星辰をしか映さぬほど高所に据えられた鏡のように無感動である」(ユルスナール『東方奇譚』)かな。(議論関係ない)
  • スカラベは糞虫
  • まるで将棋だな
    • は?

追記2

個別の返答とは別に

ブコメを見ていると、「比喩有効場合もあるがそれ以上に議論を迷走させがちだからそもそも使うべきでない」という意見が多いですね。

まったくもってその通りです。私もリアル会議とかで、たとえ話に終始して結局何の話なのか分からなくなるケースを何度か見ている。

これらをすべて分かってないとだめだ。

ただ、それでも比喩は強力だし、使うなって言っても現にいろんなところで使われている。
例えば差別問題なんかは、立場の違いで感じ方が全く違ってくるから、別の立場の感じ方を想像してもらう意図でたとえ話が飛び出してくるのはやむを得ないのではなかろうか。

そんなとき、どう受け止めて、どう話を進めるのが建設的か? という問題意識でこのエントリを書きました。

[] #50-5「猫の生殺与奪権」

ウナギを守るためだ!」

「『人間の作った勝手尺度で他種の命を測るな』って言ったのはお前だぞ! ウナギを守るために猫を殺すってのは、命に優先順位をつけたってことだ」

貴様らは考えが浅すぎる! もっと広い視野物事を見ろ! 『殺される猫が可哀想』くらいにしか思っていないくせに、その場限りの安易気持ちで猫一匹を守ってどうする」

みんなの言い分も、ウサクの言い分も、相容れないようにみえ本質は同じように思えた。

あーだこーだと理由をつけてはいるが、とどのつまりは異なる命を天秤に乗せ、どちらがより重いか外野が言い争っているに過ぎなかったからだ。

「僕たち人間の都合で猫を殺すなんて勝手すぎるよ」

「その猫を生かしてウナギを見殺しにするのも貴様らの身勝手だろう!」

どちらが身勝手かというなら、どちらも身勝手という他ない。

理由が何であれ、猫を殺すにしろ生かすにしろ、それは俺たちの都合でしかないのだ。

だが、そうやって俯瞰しているつもりの俺もロクなもんじゃない。

ただ成り行きを見守り、自分自身が出すべき結論から逃げていたのだから

しかし逃げられるものでもないことは何となく分かっていた。

この猫を捕まえるのにだって小魚を一匹エサにしている。

その上で握った猫の生殺与奪権。

もはや俺たちは後戻りできなくなっていることを肌で感じていたからこそ、何らかの結論押し付けなければならなかったのだ。


議論平行線を辿っていた。

いや、悪化しているかもしれない。

もはや互いの主義主張をひたすら押し付けつつ、罵詈雑言が入り混じる泥沼と化していた。

テーマが何であろうと、所詮はガキ同士の言い争いってことなんだろう。

まあ、それでも上等なほうだとは思うが。

「ええい、埒があかん! マスダ、猫をこっちに寄越せ」

ウサクはとうとう強攻策に出てきた。

ダメだ! 渡すんじゃない!」

当然、弟たちが割って入る。

兄貴、その猫を連れて逃げろ!」

別に猫を庇いたいと思っているわけではないが、この状況でウサクに渡したところで事態は進展しないだろう。

弟たちとの争奪戦が勃発するだけだ。

かといって逃げたところでその場しのぎにしかならない。

結局、互いが納得しなければ解決しないのだ。

こうなったら、俺が出来る提案は一つしかない。

「みんな落ち着いて、いったん話を整理しようぜ。よく考えてみれば、猫を殺すかどうかの二択じゃないことは分かるはずだ」

「え? どういうこと?」

「この猫がウナギを食べるかもしれないことが問題なんだろ? だったらこの猫がウナギを食べなければ、殺す必要はないってことだ」

折衷である

みんなも疲れてきているから、多少のことは妥協したくてたまらないはず。

「なるほど~、頭に血が上ってその発想がなかったよ」

「ふむ、理屈は分かる」

予想通り、みんな提案に乗ってきた。

こういう口論がゴネ得だといわれやすいのは、この点が大きい。

理屈が通らなくても主張を押し通し続ければ、折衷案に持っていける可能性があるからだ。

不毛な言い争いが辿る流れはいだって同じで、俺はそれを第三者立場から少し早めただけ。

「で、具体的にはどうするんだ?」

強いて不安があるとすれば、折衷案に持ち込んだ後のことについては俺もノープランだってことだ。

(#50-6へ続く)

2018-02-19

anond:20180219152243

ダブスタからダメとい論法は件の本質の是非が置きざりになるのでよくないし、それ言い出すやつは本質避け体質があるか、本質的には自分の主張が間違っているということに気づいてるけどあがいてるだけ。あるべき議論を妨げる害悪であるといえる。

本質避け体質の人っているなーっていうのを小学校のころから思ってた。「いまその話じゃねーだろっ」てことを自信満々で言い出すやつね。あれ厄介。本人真面目に言ってるつもりだから

「獣のような」=ブスという意味ということなのかな

TBSアナウンサー小平奈緒選手のことを中継インタビューで「獣のような滑りだった」と表現したこと問題になっているけど、問題本質はこういうことか。

私は男だけど、別に女に対して「獣」と表現することがブスであるとほのめかしているとは思えない。

更に言えば、ブス自体も女の個性の一つのはずだし、そうでなければならないはず。

小平選手本人も苦笑するだけで、獣と形容されたことについては特に不満げな表情を見せてはいなかった。

女は、高木美帆のような正当派美人しか存在が許されないわけではないことは、彼女自身が一番理解していることだろう。

獣のような容姿生き様も、女の多様性の一つとして認められなければならない。

その意味では、「獣のような」と言われた時の小平本人の切り返し完璧だった。

情けないのは、獣というキーワード過剰反応している差別主義者だよね、特にツイッター女!

女の多様性尊重するのであれば、獣のような女も当然認められなければならないはずなのに、女自身が女の多様性否定しているという矛盾

anond:20180218204936

業績については「研究者としての実績」に絞ってとりあげた。ただ文系若手研究者増田とは、「研究」の捉え方自体が随分違うようだな。

理系研究者を名乗るには必ず「まだ誰もやっていない新しいこと」を研究する必要がある。

文系でも同じですが。研究という営みの本質文系理系も変わらんでしょ。お作法がかけ離れているか相互理解が難しい局面があるだけで。一部の理系研究者の「お前ら文系研究とは何なのか正しく理解していないのかもしれないが~」みたいなナチュラル上から目線はほんと何なの?(あと、仮に百歩譲って理系文系で「研究」の本質がまるで違っていたとして、なんで問答無用理系の方が標準的であり正しいものなのだと思えるの?)

もちろん理系でもレビューや著書を書く人もいるが、それを皆がありがたく読むのはその人が最前線研究をしていることが前提だ。

いや、レビューオリジナル研究業績じゃないってのはその通りだけど、著書はオリジナル研究業績(でありうる)っしょ? 何度も言うけど三浦瑠麗論文や著書は読んでないので、どのくらいオリジナリティがあるのかは知らない。ただ文系では研究書は立派なオリジナル研究成果だ。博士論文書籍化なんてその典型。もちろん一般向けの本とかを書くひともいて、一般向けと専門向けの中間みたいなレーベル典型的には講談社選書メチエみたいなやつね。パンピー向けの概説書とガチオリジナル研究成果が混在してる)もあるから、そこにはグラデーションがあるわけだけど、著書がオリジナル研究成果じゃないというのは不当な言いがかりでは。

ひょっとして文系研究書とか見たことなくてどんなことが書いてあるかイメージ湧かない?(いや別に異分野の研究書を読んだことないのは悪いことじゃないけど、実物を知りもせずにイメージだけで語っていいんですかね、「理系」ってのはずいぶんと気楽なもんだ、と嫌味のひとつも言いたくなる)

理系から視線として、博論を除けば日本語レビュー啓蒙しか書いていない三浦瑠麗は「最先端研究者」とは見られない。

から、私そこは否定してないよね? 三浦瑠麗個人研究者としての資質をあげつらうならどうぞご自由に。私だって彼女政治学者として素晴らしいなんて微塵も思ってないし、私の知ってる(まっとうな)政治学者彼女学者として評価してる人なんて見たことない。でも和文は業績じゃないかのように扱うのはやめてね、っていうのが私の指摘の趣旨ですよ。彼女雑誌に書いた文章が全部レビューだってのは、ブコメでkyo_juさんが指摘したことであって、元増田最初和文しかない」ことを問題にしていたよね? そう言われたらそりゃ「和文でも立派な業績になりうる」と反論するに決まってるでしょ。「言語を問わずレビューしか書いてないなんて研究者はいえない!」という主張ならなんの異議もなかったよ。

いずれにせよテレビ研究者枠にはもっと実績積んでバリバリ研究している(あるいは過去にした)人を呼んだらどうかという話にはなる。

そこに関しても私はまったく否定してないよね。和文論文研究業績であり、また共著が研究業績としてカウントされないことは不当である、と言ったけど、三浦瑠麗の業績が学振PD東大講師、あるいはテレビ出演者にふさわしい立派なものである、とは一言も言ってない。あんなのを東大講師にするなら私の先輩たちに職を用意してやってくれよ、と思うし、テレビに出ずっぱりの「学者」がマトモな学者だった試しなんて滅多にないよね、とも思うけど、そんなの私や「文系」あるいは「政治学者」に言われても知らんわ。東大の人事は東大問題だし、テレビがロクに論文書いてない若手を連れてきて「社会学者」や「政治学者」としてチヤホヤするのはテレビ問題言論人として活動してる人を肩書だけ見て研究者と誤認するのは視聴者リテラシー問題でしょ。理系学位肩書がそういう怪しげなショーバイに一切利用されてないってんならともかく、現実には医学博士号を利用してニセ科学撒き散らしてるひととかいるよね。アカデミアが自由開放的性格を維持していく上では、アカデミアのハクを利用してそういうことをする人たちが出てくるのはどうしても避けられないんじゃね、って私は思うけど(まあ、アカデミアでは全然相手にされてませんよ、と表明する責務くらいはあるかもしれないけど、それはもう色んなひとがやってるよね)。

文系増田日本研究者日本語論文が読まれないことの解決策として日本語論文の良さを英語論文内の引用アピールするという案を提案しているが、理系から見たら不効率まりない。一つの研究分野に標準言語がいっぱいあったら世界中学者言語習得に苦労するだろう。

うんだから文系研究者が色んな外国語勉強してるのはそういう事情があるわけ。たとえば西洋古代史を研究するんなら、まあ英語に加えてフランス語ドイツ語研究文献を読めないと話にならんわなぁ。一つの研究分野に標準言語がいくつかあるのは文系だと割と普通で(古代中世に関する研究だと権威ある学術言語がいくつもあってどれかひとつに決められなかったりするし、複数国にまたがる地域や事例を対象にしている場合なんかは一意に定めることが不可能なのは流石にわかってくれるよね?)、その中で日本語地位が低いことをどう捉えるか、だよねぇ。

これに関して、日本語を諦めて別の言語で書くべきだ派と、日本語地位を高めていくべきだ派と、日本アカデミアを最優先に考える派(これが実のところ多数派だろうねえ)がいるんだなと私はぼんやり思ってる。私が見ている範囲では、現代日本文系研究者多様性は、アメリカイギリスほどじゃないにせよフランスドイツロシアとは肩を並べられる水準にあるんじゃないかな。日本史英文学からアフリカ人類学オセアニアの少数言語中央アジア歴史、とあちこちの分野に手を伸ばしていて、アメリカ人フランス人ドイツ人がそうできるように、自分たち言語でそれらの分野の最先端研究成果を手にすることができる。東アジア中央アジアからは、自国のことを研究するために日本に来て日本語博論を書いて自国教授になるひともいるんだよ。これは、欧米人が読めない・読もうとしないってだけで捨て去るには勿体無い環境だと私は思うけども。

もちろん、日本研究を専門としていない欧米人日本語をわざわざ読ませるのは難しいだろうけど、たとえば日本論文につけられた欧文要旨なら彼らは読めるし、和文で書いたもの翻訳して欧米人にも読めるようにしている研究者だっている。どうやら俺らには読めないがチェックすべき先行研究日本にはたくさんあるようだ、と彼らが認知すれば、いずれ彼らの側から、じゃあ日本語読めるやつに翻訳してもらおうとか、そういう話が出てくるかもしれないし、せめて「読んでないけどこういう先行研究があるらしい」と書かれるようになるかもしれない(これは重要なことだよ。「気づかれない」と「読まれない」はぜんぜん違うんだから。この辺はウンベルト・エーコが書いてたな)。地位向上って、そういう積み重ねの上に成り立つものだと思うんだよね。

こういうプロセスって、文系だけじゃなくて理系にもあるよね。たとえば、優れた魚類学の論文アメリカ人日本語翻訳してまで読みたがったとか、和文論文をチェックしなかったせいでアメリカ人が大損こいたとか(http://shinka3.exblog.jp/8059554/)。それに英語が標準言語になったのは、せいぜいがここ半世紀程度の流れにすぎない。その前はドイツ語とかフランス語とかロシア語とかも有力言語だったけど(たとえば、ちょっと前にサザエの新種記載がされたときは、18世紀フランス語の本が引用されてたよね→https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id468.html)、英語頭角を現してきて残りの言語は標準言語とは見なされなくなっただけで、別にからずっと英語が標準言語だと決まっているわけじゃないし、今後もそうなるとは誰にもいえない(数十年したら欧米人中国語で作文するようになるかもね。そうなったら英文業績しかない人が「中文論文を書いてないなんて!」と馬鹿にされたりするのかな)。日本産動物種の研究だと英語論文和文論文引用されてるのもちょくちょく見るし(網羅的にたくさん読んでるわけじゃないので、私の錯覚だったらごめん)、標準言語統一されてないとダメだ! というのは近視眼的見方だと思うけどなぁ。

いくら書いても読まれないんじゃ意味がない、という元増田感覚はわかるんだよ。というかそれは文系研究者にとっても当然のことだと思う(そりゃ全員が意識高いわけじゃないけど、それは文理問わずだよね)。繰り返すけど最近の若手研究者には外国語積極的に発信しているひとが大勢いる。ただ、日本国民1億人が最先端研究成果を自分たち言語で読めて、どんな地域研究だって自分たち言語遂行できる、という環境が、無意味なこととは私は思えない。増田は、日本にまつわるテーマなら標準言語日本語でもいいんじゃないか、と言った(これは良い感覚だと思うので大事にしてほしい)。でもたとえば、ツキノワグマ研究ホッキョクグマやマレーグマの研究と繋がっているよね。日本史研究する上で西洋史探究されてきた研究モデル概念意味を持つことだってある。国文学だって世界文学の中に位置づけられる必要があるだろう。外国政治についてなんの情報もなしに、自国政治改革ができるだろうか? 外国の失敗や成功についてしっかり学ぶためのツール必要なんじゃないか? ジャーナリスト政治家欧州統合アフリカ経済アメリカ大統領選について勉強しようと思ったときに、日本EU研究者アフリカ研究者アメリカ政治研究者がみんな英語論文を書いていて、日本語にはあっさりした概説書しかない、というんじゃ、不便じゃないのかな。そういう意味で、日本語による研究発表は、世界で読まれていないのだとしても、社会貢献としての意義はけして小さくない、と私は信じてるよ。

2018-02-18

anond:20180218123057

ニュートンの「巨人肩に乗る」って考え方が好き。

CPUOSプログラミング言語ネットワーク、みんな先人達が作ってくれた遺産。その恩恵を受けられる立場にいることは感謝している。

その道具で何を作りたいのか?自分が欲しいもの人類の役に立つもの、いろいろあるね。

 

功利主義 utilitarianism

翻って、フィギュアスケートは?少し辛口意見を言おう。

フィギュアスケートを極めて4回転ジャンプができても、それでは人類課題解決できない。無力なものさw

羽生結弦が癌患者を救うことができるか?全然役に立たないね。精々演技を見せて、一時的に楽しんでもらう程度の影響力しかない。

冷徹に見れば、価値基準の選定によって、物事価値は変わる。実利を求めるなら、娯楽は優先順位評価が下がるのは止むを得ないだろう。

 

自分価値観がないロボット

でも、羽生結弦生活困窮者ではなく、スケートを選びやるだけの条件が揃っていた。その恵まれ環境に対して、嫉妬はしないし、彼のポリシーに従って努力したことは称賛しても良いだろう。

しかし、他人価値観押し付けて、自分価値観として崇め奉りなさいというのは、奴隷ロボットではない限り、ナンセンスな話だw

フィギュアスケートなんて、何の役にも立たない下らないもの」という価値観を、「フィギュアスケートこそ最高であり、人生の全てである」という価値観に交換してくれと言われても無理な話だ。(仮にそんなことを言う奴がいた場合

 

満足=所有/願望

人間としてとても基本的なことであり、言うまでもないことだろうけど、もしかしたら気が付いていない人もいるかもしれないので、念のため申し添えておくことにしてみたよw

anond:20180218024318

その「人殺しの顔をしろ」には、当然法改正が含まれてるわけよ。

必要差別なら、その差別を許容するために法改正しろって話。そしてその法改正が引き起こす、本質なんて言う脳内正解あてではなく法的に同種の差別すべてに責任取れ、と。

人殺しの顔をしてくれ」

女性専用車両について考えてみた」

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2018/02/post-4fac.html

という記事についてたブクマ

kowyoshikowyoshi「屁理屈をこね回すだけの自称現実派はやはりダメだな」

なら感情論でぶつかってやろう。

ある人に本来与えられるべき権利が、その人がある特定の(その権利と直接の因果関係があるわけでない)属性を持っているとことによって不当に侵害される、ということは端的に(ある特定活動に縛られないという点で)広義の「差別」という名に値する。そして、女性専用車両とはまさにそのようなシステムだ。

少なくとも今のところ、「女性専用車両差別でない」ということを導くロジックはない。

一部の人必死に論じているのは、それが『(自分が今まで避難してきた)差別』でない、ということに過ぎない。

だが、おそらく女性専用車両という制度社会によって許容されるべき差別である。なぜなら、女性痴漢危険よって脅かされる権利は、男性女性専用車両存在によって脅かされる権利よりも切迫したものであり、優先して保護されるべき権利であるからだ。(もちろん、白人黒人の近くで生活することによって脅かされる権利についても、同じような議論を組み立てることができる。ただし、構造類似本質類似を含意しない。一方が禁止されるべきだとしても他方はそうでないかもしれない。)

から仕方ない。

……でも、それならせめて、「差別している」という自覚を持ってくれよ!「人殺しの顔をしてくれ!」

バカ日本人女を丸め込むのに、オリンピックほど都合のいいものはない

まず、愛国心に満ちたオリンピック選手

(若くて中性的、顔は多少悪くても可)を用意しま

 

彼に国旗競争主義をまとわせて、

日本は素晴らしい社会であることを喧伝しましょう

 

するとあら不思議

あれほど騒がれてたみーとぅーだのなんだのが嘘のように沈静化

誰もかれも競技に夢中です

 

そう、権利を主張してる革命闘志を黙らせるには

サーカスを用意すればいいだけの話

偉そうなこと言ってる連中も

股間を濡らすコンテンツさえあれば、簡単に手のひらを返すのです

 

人間本質は、古代ローマ時代から何一つ変わっていないのです

2018-02-17

anond:20180217115123

まり格差問題本質ってことだね

「男が悪いくせに男が自分問題解決してない!」って図式に持っていきたい人には悲報だが

男性社会的強者役割押し付けることが男性差別

男性差別」とは何かを一度整理しておこう。一言で言えば、表題の通り男性全般社会的強者役割押し付けることが男性差別である

女性差別本質が、女を社会的弱者として貶めることになるとすれば、男性差別はまさに正反対の素質を持って説明することができる。

社会的強者役割押し付けることである上に、女性差別と比べると、男性差別問題はあまり問題化」されない傾向がある。

社会的強者であることを求められるのであれば、デメリットよりもメリットの方が大きくなるからだ。

しか男女平等社会を求めるのであれば、男を一方的社会的強者として見なすことは有害のものである

女性差別是正すると同時に、男だけに求められている負担を軽減しなければ、男だけに不満が溜まり続けるからだ。

男だけ徴兵されること、男だけが総合職労働市場を独占する代わりに、男だけに長時間労働が課される事実

これは昔は男社会における男の勲章であったかもしれないが、男女平等社会においては男性差別と見なされる。

戦争になったら女も徴兵するべきだし、女も総合職で働くべきだし、(変な言い方だが)女も過労死すればいい。

女性専用車両問題については、男だけが乗車できない車両を設けること自体男性差別である

男は痴漢に合わない社会的強者なのだから、少しは我慢しろ、という考え方自体男女平等ではない。

痴漢ではない大部分の男性迷惑をかけることは男女平等社会観点から許されない。

anond:20180217105149

元増田で書いたように、

ペースや進め方が問題なだけで、

社会進出が悪い訳ではないよ

欧米かぶれのリベラル連中は型にはめすぎ

欧米を見て、

ーーー

日本は遅れてる!」

女性社会進出!」

「男女の扱いを平等に!」

痴漢が発生!」

女性専用車両!」

ーーー

ってのが今の流れ、

本来日本古来のペースであれば

もっとのんびり、

ーーー

婦人社会進出か〜」

賛同〜」

「でも、電車通勤なんか酷じゃないか〜」

男衆に囲まれて辛かろう〜」

「いやまて、家事があるから婦人通勤時間を遅くするべきじゃろう〜」

承知〜」

ーーー

という流れで、

痴漢問題自体が発生しない。

形だけを追って本質を見ない、

アルマーニ校長のような輩が

敗戦後の日本大量発生したのが要因だね

戦争をしてないのと、

米国シンパになっただけで、

現場の機動力は高いけど

指示待ち行き当たりばったりで

上層部は頭の弱い旧日本軍のままなんだよ

人間敗戦ぐらいじゃ変わらないのさ

anond:20180216193037

強さのインフレ問題本質ではなく、それに伴う描写表現インフレが悪いんだと思っている。

最初普通の格闘漫画だったのに強さを表すためにコンクリにヒビを入れるようになり、今度はそれが通用しないキャラが出てきてそれはおかしくないかってなるみたいな。

からどんどん強いキャラがでてきても、コンクリにヒビを入れるような描写を避けていればあまり気にならないはず。

[] #50-2「猫の生殺与奪権」

猫嫌いかアレルギーかと思ったが、そういうことではなかった。

貴様ら、何を悠長にしている。あれはジパングキャットだ! 捕まえて、業者に引き渡さねば!」

ジパングキャット……

ジパング国の環境が作り出したとされている外来種だ。

そもそも猫は雑食であり、健康面を考慮しないのならば大抵のものは食べてしまう。

このため猫の食生活環境によって大きく異なるといえる。

牛肉の国では牛肉を食べ、野菜の国では野菜を食べ、カレーの国ではカレーを食べるわけだ。

そして、ジパングキャットはウナギ稚魚主食とした。

ジパングにはウナギが大量にいることから、そこに生息する猫たちも自然と食べるようになったのだが、これが他の国ともなると事情が変わってくる。

ウナギは俺たちの国では高級食材とされているほど希少な魚であり、国産ともなると一般庶民の手には届かないほどであった。

そのためジパングキャットはこの国のウナギ絶滅させるとして、害獣認定されていたのだ。

あん外来種をのさばらせて、ウナギ絶滅させたとあっては我が国の一生の恥だぞ」

ウサクは真剣だったが、対して周りの反応は冷ややかだった。

ほとんどの子供はそういった話を理屈の上では分かっても、その危機感までは伝わりきらない。

はあ、そりゃ大変だ、くらいにしか思えないのだ。

「それじゃあ、まあ捕まえる? ウナギ食えなくなったら嫌だし」

大した主義主張を持っていない俺たちは、ウサクに何となく話を合わせる。

「『ウナギ食えなくなったら嫌』? 何と軽薄な。『絶滅する』と言え」

俺たちからすればウナギ絶滅するのも食えなくなるのも同じようなものだと思うんだが、細かな表現の違いで何かが変わるんだろうか。

「『絶滅する』って表現じゃなきゃダメなの?」

「当たり前だ。人間の作った勝手尺度で他種の命を測るんじゃあない!」

「それだとウサクの言った『我が国の一生の恥』って理由も“人間の作った勝手尺度”なんじゃ……」

貴様とは志が違う!」

志の違いで本質が変わるとは思えないが、ウサクにとっては決定的な違いなのだろう。

ウサクはこの当時から我が強いというか、思想が強いというか。

まあ何らかの使命感に燃えているような奴だった。

そして、燃えて熱くなったウサクの相手をするのは面倒くさいのでテキトーに受け流す。

間内自然と出来た通例だ。

はいはい

「違う!もっと真剣になるのだ!」

「分かったから、さっさと捕まえにいこうぜ。目的はそっちだろ」


こうして俺たちは捕獲作戦を開始したのだが、いざ探し始めると目的の猫が中々見つからない。

あの猫、かなり人に慣れているようだから、ひょっこり顔を出してきてもおかしくないと思うんだが。

第六感とやらで危機を察知して、俺たちの思いもよらないようなところに隠れているのだろうか。

「おいマスダ! もっと気合を入れて探せ!」

もとから気乗りのしない俺は探すフリをして誤魔化していたのだが、バレバレだったようでウサクに檄を飛ばされた。

「弟を見習ったらどうだ」

「根っほり~ん、葉っほり~ん」

かに弟は歌いながらではあるものの、文字通り草の根を分けて捜しているほど一生懸命だった。

だが弟があそこまで頑張っているのはウサクみたいな志があるというわけではなく、猫探しをゲーム感覚くらいにしか思っていないからだろう。

学童仲間たちも似たような気持ちだったに違いない。

ちょっと知的に振舞ったところで、当時の俺たちは所詮ガキ。

ウサクの言っていたことが実感に繋がらないように、自分たちのやっていることが“どういうことか”も、あまり分かっていなかったのだ。

(#50-3へ続く)

2018-02-15

ボブネミミッミが持ち上げられすぎて、ボブネミミッミを推すとニワカ扱いされる現実

この意味の無い葛藤こそが人間本質

今回浮気がばれて

思う事。

1.自分はこれから浮気をする人生を歩むのか、

 浮気をしなくてもいい自分に変えるのか、本気で考えなればならない。

2.いまの彼氏のことがとても好きだ。

 だから寂しくなったらいまの彼氏を捨てても、(もう元通りの再修復は無理だろうが)

 浮気をしたいのか、想像力をフル回転させる癖をつけたほうがいい。

 浮気をするときというのはべつに誰でもいいので。

3.浮気がばれたときは「この世の終わりだ」というくらい落ちこんだが、

 彼氏普通通りに接してくれるとと見るやケロっとしている。

 たぶんここに私の本質のようなものがあり、これを私は忘れてはいけない

4.別れるのは簡単だ。

 相手が望むなら別れる。

 でも私は相手がどう思おうと、私が浮気をしたのは私の弱さの結果であって、

 私が彼氏の事が好きかどうかとはまったく関係がないので、

 私は彼氏を愛することをやめないでおこう。

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