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はてなキーワード: パーラーとは

2018-08-28

anond:20180828105412

もっとプライベートマンツーマンダメ出しされたい

ブルックリンパーラーとかで

相手は待ち合わせの十分前に来てて

「十分前行動は基本でしょ?タイムイズマネー。俺は他人時間を奪うようなことしたくないから」

出会いがしらからダメ出しされたい

2018-04-24

anond:20180424211657

増田は「やすき家」の自販機を知らないのかな

2018-01-30

テイルズ子供売っマッチ

極めて寒さと雪の夜は、この日に忍び寄ると、年の最後の日です。大晦日新年を歓迎します。冬の寒ピアス 、その後暗く 1通りに多くの人が買い物から出てきました。新鮮な表情でクワ今日大晦日からです。と真っただ中に それらの人々の威嚇。少女 私は服を着て ために、未舗装道路を歩いて老人。マッチ そこに彼女キャリア 彼女ナプキン試合でそれを包みました。と一致するものを売って少女を握りしめ片手でそれを保持するので、彼は私が木をしたい」、叫びました。火は、それをいくつかの試合を襲った...それ... マッチ、「彼女過去を歩く母親と息子のためにいわゆる「婆マーシー足が...助け試合に私は思ったラットを購入してください」。それは、私にはわからない、多分、彼女はいくつかの慈悲を得ることができ、それは「すでに自宅で一致することができた...そしてそれが再び使用されないであろう、母と子の両方が親切な人であると思われることが期待されています。私は言わないだろう 彼女から日中彼女セントを与えないものマッチを購入Doetaa「誰のために他の誰かに依頼してください。かわいそう すごすご震えと哀れひどい飢え歩きました。島のふわふわ雪の巣。ショルダー長ブロンドの髪、彼女母親は間違いなく駆動可能で惜しまれる喜びはないと思います自身ビットは、彼女があることを試合販売しようとします。今日彼女試合ではなく、バンドルかを販売している場合ので。でも、いくつかのシリング銀1。手に家に一度。彼女父親でなければならなかった、酔っぱらいがこの少女虐待エミュレート破りました。彼女試合販売しようとしたので、非常に取り乱した、と彼女は通りを横断しようとしていたとして。向こう側 カートライトは、高速で通り過ぎる車でした。彼女は離れて跳びました これは、古い靴を作ります 跳ね返るためにそれを置きます。すべての方向に 彼女はショックを受けたが、彼は、叫んだ大声で彼女の靴を心配していた、 "ああ、靴は、" 少年は、不良であった靴は、サイズに生まれた古いだけのペア、だからしても、それを後悔を投げた後に見えました。彼女の足は非常に多く、それは彼女が冷たいのために寒さの中に外に着用している靴を亡くなった母親の靴です。一つだけは...だけ必死に靴をジャンプ。1つの飛沫は、どこにも行っていません。他の側では、正常に動作しない少年 一つは、可能性をつかん それから彼は叫んだと...離れてそこから実行する前に、「彼がスリープ状態ガレージに彼の息子を取るだろう」と述べたしたがって。リトル母親が原因至る所に散らばっ散乱無差別に落ちる彼女コレクションの一致、に沿って寒さ、暗赤色のあざの行くために裸足で歩いていました。そして厳粛に「これらの一致はないもはや、製品として販売されます私たちは家に帰ると私の父はどのくらいを叱るビートにしている場合は、「彼女ぼんやりと思いました。彼女はその後、緑色の小さなペアがあるため寒さと雪の心に傷を負った、先に行きました。ああ..因果関係彼女の何も..作品かわいそうな子供はそんなに悪い.... 光はすべてのドアの窓から輝いていたと通りに出くすぶりローストガチョウの香りが漂うにおいがします。はい..今日大晦日はそうです。新年 リトルハンマー自分自身にすべての時間を事も無げ。クスクスの音 そして、彼女は停止し、ビューを覗くためにを求める人々の家で楽しくはしゃぎます最後に、それはあまりにも、年の終わりです。この離れて 彼女意見では。彼女はそれらを羨望WOPが突然戻って保持するために彼女ベストを流れ落ちる涙。これは、停止していないライン流下母親まで母が生きていたとき彼女は常にあったので、どうしようもなく...当事者が祝うと料理について考えを。クリスマスへの感謝祭 彼女彼女家族...しかし、ここで死んない母はありません。彼女は家の中で男性を見ました 包まれた贈り物は、彼の子供たちの子供たちに与えられている喜んで開封されたギフトを急ぎました。私は彼らの幸運が悪い...覗いてうらやましいです。彼らの喜び。これは、知られていないどのくらい 撮影したとき彼女意識していました。家の中で明るいライトオフでした。すべてのリターン ロンリー条件 それは非常に古いですし、もう一度...全領域を通じてセラピストは雪がまだ定期的に落ちている女の子もっと歩き続け着実に、そしてので寒さと疲労のため、彼女避難所に下って行きました。家の階段 屋根が少しを拡張し、それが雪の一部を奪うのに役立つ、彼女ラップします。風邪を緩めるためにウォームアップしたいと考えています小さいです。しかし、それはすることができませんでした。少し寒さを迷子彼女を助けます彼女は彼がそんなに恐れたので、家に帰る勇気がなかったです。お父さんはいつも彼女父親への残酷彼女は極めて酔って... ...赤ちゃんの冬を恐れます。私はすべての上に震え 彼女の手はほとんど、彼女が縮小しようとした、氷冷ました。別の小さいです しかし、彼女はまだ非常に寒かったです。彼女は本当に温め小さな手を両方の母は風邪でダウンして冷却するためにお茶を味気ありません。ああ...試合はいくつかの茎はあなたが気分を良くするに役立つことがあります彼女が引っ張られていない場合 ただ唯一のタイロッドからそれを取ります。そして、ウォームアップに身をANGする壁に指を渡ります最後に、その後母「唾吐き」火花が点滅し、一致を引き出す少なくとも1レバーとは思いつきました。それは彼の手で小さな男の子まで、それに対する素晴らしいビーコンとして非常に明るく、ロウソクの炎のように暖かいです。ドアと大きな真鍮のノブ暖炉の前に座って少し眠り自身。パワー·パーラー暖かい素晴らしい....母の足が離れてイギリスにそれはウォームアップするためではなく、炎を簡単にダウン消滅しました。任意のつかの間の暖炉 ベビーシッターストーク一致 バーンズはそれはより明るく、この空洞壁の建物を燃やし、再点灯した試合係争中。照明効果はパテになると予測されています。薄い透明な膜の木のラットのように。

2017-05-11

夜空に浮かぶパーラーの光って

パチンコパーラーの光が雲間を照らして動いてるの見るの、おっさんになった今でもなんだかわくわくするんだ。郊外住みの特権ってやつ?

ガキの頃はUFOだなんて騒いだこともあったっけ、もう遠い昔。

2017-05-01

ハーゲンダッツを作っているタカナシ乳業は、小食な横浜市小学生救世主だった

ハーゲンダッツを知っているだろうか?そう、あの、全国のコンビニに売っている高級アイスクリームだ。濃厚なミルク豊富フレーバー。単純に美味い。ハーゲンダッツオランダ会社だという事を知っている人も多いだろう。が、実は、日本で全国のハーゲンダッツオランダで作ったものではない。日本ハーゲンダッツは、「タカナシ乳業」という会社契約して一手に製造を引き受け、群馬県の専用工場で作っている。

タカナシ乳業」という名前を聞いたことのある人は少ないだろう。横浜市本社のある、横浜地元企業だ。タカナシ乳業テトラパック牛乳は、約25年前、横浜市立の小学生だった自分給食に、パンの日もご飯の日も、毎日配られていた。

当時の小学校給食は、「給食は全部食べなければならない」という厳格なルールがあった。特に自分小学校給食調理室が併設されていたためか、ルールが徹底されていた。12:25から12:45までの20分の間に給食を完食しないと、その後の片付け・掃除時間や昼休み時間も残って食べさせられた。片付けの時間は皆が机を後ろに下げて掃除するので、残って食べている生徒の周りの机は取り払われ、周りが皆掃除をしている中、1つだけ浮かぶ机の上で給食を食べさせられる。掃除中の教室でホコリが舞い、食べ物に降りかかる中、一人だけ給食を食べさせられる。「お前は何で掃除を手伝わないんだ」、「お前が食べるのが遅いせいで皆が迷惑するんだ」という周りの生徒の視線の中、一人だけ給食を食べさせられる。ひどい場合には、まだ給食が残っているお皿1つだけ残して、立って食べたり、教室の角で食べたりした。

しかも、給食を全部食べなければいけない理由付けとして「給食を全部食べないことは、給食を作ってくれる給食のおばさんたちを悲しませる行為だ」という理屈が使われていた。つまり給食を完食しないことは、大人を悲しませる反社会的行為なのだ、と教育されていた。食の細い自分は、小学2年生までは1週間に1回ぐらいの頻度で、居残りで食べさせられた。正直、地獄だった。給食のおばさんは、自分が苦しむ事で喜ぶらしい、では、自分が死んだら給食のおばさんはどんなに喜ぶのだろう、と毎日思っていた。「給食を完食できないボクは、社会迷惑をかける犯罪者だ、早く死んで社会迷惑かけないようになりたい。お父さんお母さん生まれてきてごめんなさい…給食を完食して社会に貢献できる人間になりたい」と思っていた。

小3になって、ようやく、転機が訪れた。いつも、早く処理するため最初に一気飲みしていたタカナシ乳業テトラパック牛乳をとっておいて、残っている食べ物牛乳で流しこむことを覚えたのだ!これは、本当に画期的発明だった。教室時計を見て、約半分、12:38ぐらいから、計画的に流しこみを始める。正直、マズイけど、給食を残って食べさせられる地獄に比べれば、味なんかどうでもいい。食べきることが大事だ。割り切りと優先順位を覚えて、何でも牛乳で流し込んだ。ご飯の日は嫌だった。牛乳にご飯は合わない。マズイけど、流し込む。焼き魚も合わなかった。醤油牛乳は本当にマズイ。コッペパンの日は、幸せだった。パン牛乳は合う。揚げパンが出る日は天国最後牛乳で流し込んでも美味しい。

タカナシ乳業テトラパック牛乳は、小食な小学生だった自分にとって救世主だった。タカナシ乳業テトラパック牛乳のおかげで、給食を完食できるようになった。給食を完食できない、反社会的犯罪者という自意識から解放され、クラス給食完食という目標に貢献できるようになった。社会に貢献できる自分になれた事が本当に嬉しかった。

タカナシ乳業のおかげで救われた自分は、その後、普通に東大に入ってエンジニアになった。そんなタカナシ乳業には、この4月14日から横浜駅東口にあるそごうの地下2階で、初の直営ミルクパーラー開業した。行って来た。普通に美味かった。

http://www.takanashi-milk.co.jp/wp-content/uploads/2017/04/20170405_04.pdf

タカナシ乳業社員横浜市立の小学校教員も、苦笑いすることを承知の上で書いた。どれだけ自分が「給食完食ルール」で苦しんだかを知ってもらうために。小学校PTAでは、「来年から楽になるなんてずるい」という意見で、楽にすることが許されないようだ。私の通っていた小学校にも、PTAがあり、不毛ベルマークも集めていた。

自分は、ちゃんと苦しんで給食を食べ、社会に貢献した。あなた世代だけ、楽をして逃げ切るなんてずるい。私は苦しむのが仕事だと思って小学校を生き延び、今、社会に貢献している。あなた世代も、私のように苦しんで、社会に貢献して欲しい。

http://www.huffingtonpost.jp/2017/04/23/pta-reform_n_16199536.html

2015-10-28

猫カフェとかスイーツパーラーとかにおっさん1人で入るときに、女性男性ばかりの空間に入る時の恐怖みたいながほんの少しだけわかった気分になる

2014-06-24

バンコク風俗旅行に行ってきた

今のような政情不安になる少し前に男友達と2人でバンコクへ3泊4日の風俗旅行に行ってきた。

事前に色々調べて、初めてのバンコクで少し不安もあることからMP(マッサージパーラー)と言う日本ソープのような比較安全風俗を中心に回ることにした。

それにしてもバンコクMPは凄い。まず普通に大きな幹線道路と思わしき道沿いに建っている。高級MPは何も知らない人ならばホテル百貨店と思うんじゃないだろうか?ベッカムが行ったとされるMPはまるで宮殿だ。

風俗隔離されている日本からすると街に溶け込んでいて少し戸惑う。なんて素敵な街だ。

高級店は建物の中も本当に豪華だった。また、金魚鉢と呼ばれるひな壇に女の子が並ぶ光景は圧巻。日本格安ソープ程の値段でモデル女優のような女の子と遊べるし、実際に本人を目の当たりにして選ぶから、騙されることもない。

バンコク滞在中は昼と夜に風俗行って、それ以外はその辺の屋台で飲んでた。(一応バンコクの3大寺院にも行った。)

最終日の夜にバンコク最後風俗に選んだのは日本人に人気があるとトゥクトゥクの兄ちゃんが言っていたMPだった。

店に入って席に案内され、ビールを飲みながら女の子を選ぶ。その美瀬は金魚鉢は無く、ソファー女の子が座っていた。客側の席と近いので女の子達のアピールが凄い。なるべく目を合わさないように選んでいると、全くアピールをせずに目が合っても少し会釈する程度の女の子がいた。

可愛かった事もあり、その女の子を選ぶことにした。

部屋に着くと少し会話を試みてみた。片言の英語で話しかけると、少し日本語が分かると言うので、なるべく単語を並べる形で話した。

の子タイ人で23歳、5年目らしい。わざわざ自分タイ人だと名乗ることに少し違和感を覚えたが流した。

自分の事を話しやすいと感じたのか色々と愚痴を言い出した。店で掃除やベッドメイキングをするおばさんが意地悪らしい。ゴム女の子が自腹で店から買うらしいのだが、おばさんに代金を払ったら、その後貰ってないと言われ、結局またお金を支払う事になったとか、私物を盗まれたなど。

話しいるうちに日本語がどんどん上手くなっていった。おかしいと思いながらも話しを聞いていると、気を許してくれたらしく、本当の事を教えてくれた。

実際はミャンマー人で19歳、ただし勤め始めて5年目は本当とのことだった。

19歳で5年目。噂には聞いていたが直接その話しを聞く事になるとは思わなかった。

14歳で買われて、初めてはお店で経験したとこのこと。初めての子は高いらしく、通常料金の10倍ほど。そこから少しずつ値段が下がり、18歳になると通常料金になるらしい。

それからも身の上話が続いた。

父親が病気らしく、年に3回ほど実家に帰る

借金で売られており、返済が終わるまであと3年はかかる

同じ境遇ミャンマーの子と3人で住んでる

日本語は付き合っていた日本人に教えてもらった。逆にタイ語ほとんど話せない。

なぜ自分に話してくれたのか、本当に気を許してくれたのか、それともチップのために皆に話しているのかは分からない。

人身売買現実出来事として否応なしに受け止めなければならなくなった旅行となった。

しかし、そのミャンマー女の子ともやることはやった。今さら善人ぶるつもりは無いし、これから風俗に行く。

だが違法風俗は行かないし、人身売買が無くなり、その結果MPが無くなるとすれば、それは喜びこそすれ、何も残念なことはない。

2007-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20070427114356

kentwebのプログラム参考にして掲示板作ったが相当作り直したな。

でもそんな変とは思わなかった。

まぁ私コボラーなのでパーラーの気持ちは正直よくわからない。

 
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