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はてなキーワード: 必死とは

2018-01-19

博論審査を終えて(所感、長文)

周囲の誰にも話せないので、誰も見ていないかもしれないが、ここにツラツラと書く。

出来の悪い駆け出し研究者の戯言だが、誰かが聞いていてくれたら嬉しい。

身バレは怖いので、専門分野は伏せさせていただく。


先日、博士論文審査を通過して、学位取得がほぼ確定した。

正確には、まだ微修正製本作業があるので、学位授与は2ヶ月ほど先だが。

博論審査が終われば、いろいろと解放されると思っていた。

ブラック気味の所属研究室からも抜け出せるし、次のポスト任期付きだが決まっている。

結婚、の予定は無いし恋人も居ないが、ずっと放置していたプライベートも少しは充実できるだろう。

しかし、実際に終わってみて、期待したような達成感や開放感は全く無い。

それどころか、非常に後味の悪い悔しさばかりに捕われている。

まりに虚しく、情けなくて、もう3日ほど布団から起き上がれない。

私の博士論文は、とても酷い代物だった。

「3年(あるいは5年)間の研究集大成」ではなく、「研究者としての第一歩」にもならず、

博論審査を通過するためだけの博論」にしてしまった。

非常にせこく、下品で、信念が無かった。

こうなったのは当然で、自業自得だ。一貫した研究をやって来なかったのだから

博士課程の研究とは、(人によっては修士課程からかもしれないが)

「1つの大きな研究プロジェクトを立て、試行錯誤しながら遂行する」

プロセスを初めて自力で行うものだ、と思う。

私は、この最初から躓いていた。

博士課程において(おそらく)一番重要な、「1つの大きな研究プロジェクトの構築」が出来ていなかった。

長期的なゴール設定も無いまま、目の前の課題盲目的に取り組み、とりあえず日々忙しいからと慢心していた。

なまじ、目の前の課題は山ほどあったので、散発的にでも小さな成果が出れば、研究したつもりになれた。

本当は「個々の課題が、より大きな研究計画の中で、どう位置づけられるか」こそが重要だったのに。

私は問題本質から目を逸らし続け、そのまま博士3年の後期まで至ってしまった。

10月後半、いよいよ問題から目を逸らせなくなった時、私の目の前にあったのは

複数の、脈絡ない研究課題の、小さな成果の寄せ集め」だけだった。

個別の成果だけでは小さすぎて博論にならないし、全体を包括するストーリー存在しない。

私には、博士3年間でこれをやりました、と言えるものが無い。

そして、この愚か者がどうしたか

分かりやすい業績(論文等)が出ている話を掻き集めて、後付けでゴールを作った。

つぎはぎだらけの代物に、博士論文タイトルをつけて提出したのだ。

元々興味があった話題は、切り捨てた。十分な成果が出ていなかったから。

私のこれを博士論文と認めて良いのか、自信が無い。

少なくとも、「3年間の研究集大成」では決して無い。

なんて、取り返しのつかない事をしてしまったのだろう。

恥ずかしくて、情けなくて、泣きたいのに涙も出ない。

それでも、博論の提出条件(論文数など)に適っていたから、私は合格を頂いた。

私のこの学位は、半分以上「お情け」で与えられたものだと思う。

これを誇れるだろうか。

博士号とは何だろうか?

私は博士号に値する人間になれただろうか?

博士号とは、先を行く先輩研究者たちに

自分が一人前の研究者であり、1つの研究プロジェクトを完遂させられる人物である

と納得させて、自力で掴み取るものじゃないのか。

お情けで頂いて良いはずがない。

恥ずかしい。悔しい。

それでも、頂いた博士号を返却する気はない。(もっとも、取り消し以外でそんな制度は無いが)

今のラボで、オーバードクターする気もない。

見切り発車で学位を頂いてしまったのなら、これから博士号」に見合う人物になるしかない。

しかし、なれるだろうか?

私なんかが、3年かけて1つの研究プロジェクトも成し遂げられなかった人間が、この先一人前の研究者になれるだろうか。

いっそ、怠けていたら幸せだったと思う。

少なくとも、怠けた故の失敗なら言い訳ができた。本気を出せば良かったのだ、と。

私は、方向性の正誤はともかく、言い訳余地が無いくらいには必死に頑張ってきた。

その結果がつまらないものだったのだ。一体どう受け止めれば良い?

努力たからえらい、結果よりプロセス大事だ、なんて言えるだろうか?

私は言えない。

大人世界では、結果が全てだ。プロセスじゃない。当然だ。

覚悟していた以上に、自分は出来損ないの期待外れだった。

どんなに頑張っても、理想ハードルは超えられない。

自分の期待も、他者からの期待も、簡単に裏切ってしまう。

私は非常に、信用できない奴だ。

でも私には、こんなに信用できない自分くらいしか味方が居ない。

今後も、この胡散臭い研究者もどきを信じて、地道に努力を重ねるしか無い。

そうして度々、期待を裏切られては失望して、潰れて、また立ち上がるしか無い。

他に、私に選べる選択肢など無いんだと思う。

酷い博士論文を提出して、博士号を頂いてしまった分、

自分失望した分、他者失望させてしまった分、この先結果を出していくしかない。

一人前の研究者に、なれるか自信はないが、なろうと努力するしかない。

結果はすぐには出ないから、きっとまた暫くは、挫折感や敗北感とのにらめっこだ。

失った期待や信頼は、一朝一夕には取り戻せないし、そう簡単に一発逆転は起きない。

また1つ、恥を上塗りしてしまった。

また1つ、今後の課題を増やしてしまった。

しかし、挫折や敗北から這い上がることだけは、幸か不幸か慣れている。

博士号に見合う研究者たるべく、今回の反省点を、今後に繋げていこう。

私はきっと自分に甘いし、世界は私に甘くないから、今後もっと苦しいだろう。

それでも、頑張る。

頑張る以外の選択肢が、最初から存在しない。


3日も泣いて寝込んだ。

明日こそは早起きして、やるべき事を地道にやっていこう。

anond:20180119195728

江戸時代から続いているか永遠に生活保証されると思っちゃうかい

うん。

残念でした。

店を守るのは鰻じゃなくて店主の役目だよ。

死にたくないならもっと必死商売した方がいい。

なにあぐらかいてんの?

親の教育がクソで死ねって思って爆死寸前に

俺の親は共働きだった。

父親公務員

母親事務


俺は小さい頃からロボットみたいにいうことを守ってきた。

門限を気にし、起床時間、親の言う事、親の価値観を気にしてきた。

守らなかったら、怒声を食らった。

から怒鳴られ、旅行先で怒られ、俺はいつも怯えていた。

もちろん、ムカついてもいたが、守っていれば褒められたので、

嬉しいときもあった。


親は世間には良いかっこして、悪く思われないようにと必死だった。

気に食わないことが在ると、世間を見下すことによって自分たち肯定していた。

俺もその「相手を見下す」方法でもって叱られた。

自分の考えをバカにされ、「今のお前にはわからない」と言われてきた。


親は口癖だった。

「好きにすればいいじゃん。」

「好きにすればいいじゃん。」


何を言っても同じだから、悩みを相談たことは一度もなかった。

そして俺は好きに生きなければいけないという価値観に縛られていた。



もう一つ口癖があった。

「人様に迷惑をかけるな。」


ならいうだろう。でも、言われた俺はもうよくわからなかった。

迷惑をかけず、好きなことをするなんて、できなかった。

親のいう人様なんて9割自分たちのことだ。

親に迷惑をかけずにできる好きなことなんて、オナニーぐらいだった。


親は「お金が無くても幸せと感じて欲しい」と願って教育してきたようだ。

俺はその願いを遂行しなければいけないと思っていた。

学校はいろんな言葉を習った。

「恒産なくして恒心なし」

一定職業財産を持たなければ、しっかりとした道義心や良識を持つことはできない。)

「衣食足りて礼節を知る」

(人は生活に余裕ができて、初めて礼儀節度をわきまえられるようになるということ。)


大人になった時、俺は就職せずに社会にでた。

大多数が就職するように教育されてきただろうが、俺は違った。

就職がわかんなかったから、お金がなかった。

衣食も足りてなかった。

親の教えに沿って生きてきたが、俺は圧倒的に不幸を感じていた。


はいわばコンピューターだった。

そして、親のプログラミングで動いてきた。

親は「幸せ」に向かうように設計したつもりだと思う。

しかし、俺は不幸だった。あきらかにエラーだった。


教育に正解は在ると思う。

教育って、出してほしい結果があって、そこにたどり着かせたいからするんでしょ。

子供に限ったことじゃない。

新人教育だって、なんだって、同じ。

別にすげえ人間を育てられたら正解とかじゃなくてな。

目的を達成するかどうか。


批判したいやつが批判してくるポイントもわかるけどね。

ただ、批判したいヤツは、初めから親の言う事を守るように設計されてないんだよな。

別に珍しい話じゃなくてさ。

感情派は否定してくる話なんだよ、これ。

感情派は「スタートそもそも違うんだよ」って話してもわかんないみたいなんだ。

でも、ロジカルオナニー野郎はわかってくれるよな?


もう爆死だ。

地獄で、絶望だ。

(ちなみに爆死も、地獄も、絶望自分が感じたらソレ。

誰も他人の爆死も、地獄も、絶望も図れやしない。)

全部、嘘デタラメだった。

コード全消去だ。

色々考えたけど、こればっかりはもう無理だ。

解決できない。


だけど、地獄の世の中で、1個だけ伝えたいことがある。

親も所詮男と女しかない。


タリーズでくっちゃべってる金髪の女、

スーツ来て口臭そうなおっさん

ロン毛でタバコ臭いバーのマスターみたいなヤツ、

クラスでいけ好かなかったあいつ、

うるせえ女子

鏡の前にいる自分

そういうなんかどっからどうみても不完全な人間一人ひとりが

結婚して子供を育てて死んでいく世界だ。


ソレを思えば、ロジカルオナニー野郎にも、少しは心の余裕が持てる。

anond:20170213030534

読み手の受け取り方にもよるけど、

そんな幻想FGOにはほぼ無くて、何かあれば主人公が死にかけるし、必死こいて守った後輩すらも死にかけるし、大事にしてたものも失いかけるし

最早主人公にとって何が一番大事か判然としない。

あれをハーレム物の萌え文学と呼ぶのは自由だけど、その割に黒化するキャラやら、主人公以外の人物愛着がある事を示唆されてたりだとかマスターに対するのは恋愛感情ではなく全幅の信頼、それも使命感の上で行動してるように見える。

実際、誰かの幕間では裏切りがどうこうって言及もあったし、サーヴァントと言えどそんなもんなのかなって

奈須きのこ氏はよく知らないけど何も主人公マンセー状態を描きたい訳じゃないだろうってのは素人自分にも分かる。

まあ、他作品への興味の布石となる材料を散りばめてるって感じ。でも最終的にはサーヴァントが好むのはFGOマスターではなく、元作品マスターなので主人公は横恋慕してるような状態に近い。

FGO出のサーヴァントなら違うかもだけどね、そこまで深く考えない方が楽しいんじゃない。

サイゼリヤ間違い探し難しすぎ問題

サイゼリヤキッズメニューに載ってる間違い探しやったことある?もうずっと言われてるけどキッズレベルじゃないだろあれ。

かに序盤はパッとわかるのが4個くらいはある。だけどそこから地獄料理が来るまで必死に探しても7〜8個が限界。難しすぎて、「表と裏で間違いが10コあるよ」ってのが間違いなんじゃないかと疑ってしまレベル

ぜんぜん終わらないからまた来た時に続きを、と思うといつのまにか新しい間違い探し更新されている。

サイゼリヤには間違い探し制作プロがいるんじゃないだろうか。

いじめを乗り越えた「3つの掟」

これは俺の体験談だ。

俺は中学生の頃、いじめられていた。

殴られたり金を取られたり、物を捨てられたりしたわけではない。ある出来事きっかけで、友人グループから仲間はずれにされた。そこにいるのに無視された。聞こえるところで、でも直接ではなく、悪口を言われることが増えた。不名誉あだ名を付けられ、近くを通るたびにそのあだ名でヒソヒソ呼ばれたりもした。

そんなのいじめじゃないという意見もあるかもしれないが、当時の俺にはつらかった。もしかたらこのまま学校に行けなくなるかと思った。


だが俺にはそうすることはできなかった。

代わりにいじめを乗り越える3つの掟を決めた。それを心の中で唱えながら残りの中学生活を耐える道を選んだ。


1. 「人の悪口を言わない」

2. 「いじめてくる相手をとにかく避ける」

3. 「ひたすら勉強する」


1. 人の悪口を言わない

いじめてくる相手と同じことをしても意味がないと思った。悪口をこぼした人から噂が伝わって、またいじめられるかもしれない。絶対いじめてくる相手への不平を漏らさないことにした。いじめの原因となった出来事は、俺にも悪いところがないわけじゃなかった。だからそんなことをしたら余計に火がつくと思った。誰にも、何も言わなかった。親や教師相談するなんて言語道断だった。

2. いじめてくる相手をとにかく避ける

相手全員の行動パターンを調べ抜いた。どこを通って登校してくるか。昼休みはどこにいるか部活にはどのルートを通っていくか。それらを全て避けるようにして動いた。遠目に相手の顔が見えると血流がサッと冷たくなり、バレないようにこっそりきびすを返して別ルートに行く。そんな生活だった。とにかく逃げた。そして逃げていることがバレてはいけなかった。おかげで悪口を聞くことが減った。言われることが減ったわけではない。悪口不名誉なあのあだ名も、聞こえなければ言われていないのと一緒だと必死に思い込んだ。


3. ひたすら勉強する

義務教育学生最後に残されたもの勉強だと思った。他の全てを捨てたから、時間だけはたくさんあった。学校の授業を一言も聞き漏らさずに受けた。学校が終わると家でずっとずっと勉強していた。登下校以外家から出たくない。勉強だけしていたい。中学範囲をやり尽くし、高校問題集に手を出した。幸福なことに勉強の内容だけは先が見えないくらいたくさんあった。何も知らない親は、俺が急に勉強するようになったと無邪気に喜んでいた。ほどなく当たり前に成績が付いてきた。それでも心は重たいまま、頭脳けがキリキリ研がれていった。




始業前の教室で手持ち無沙汰の時間が嫌で、でも遅刻寸前になると逆に目立つから、と開始5分前に登校した。休み時間は全て寝たふりで乗り切った。始業のチャイムで目覚めるふりが上手くなった。授業が終わるとすぐに、でも目立たないようにそっと帰った。家に帰ると猛勉強した。そんな生活が続いた。

学校祭や体育祭は裏方役を選んだ。欠席すると余計に目立つからだ。同じように修学旅行も息を殺して参加した。行かなかったら負けだと思った。ただ、所属していたバスケ部は誰にも言わずにすぐ辞めた。狂ったように勉強ばかりしていたので、成績だけは相変わらず伸びていった。幸い試験の結果を貼り出すような学校ではなかったから、誰にもバレなかった。

おかげでその中学からでは考えられないような私立高校に余裕で合格した。だけど目立ちたくなかった。教師絶対秘密にしてくれと頼み込んだ。理由は言えなかった。教師は進学実績に匿名で加えるなら、と約束してくれた。

卒業式。開始5分前に行き、証書を受け取って式を終え、アルバムをもらって最後ホームルームが終わるとバレないようにそっと抜け出してそのまますぐに家に帰った。感慨はなかった。これでやっと中学生活を終えられた。いじめを耐え抜いた達成感ではなく、安堵の気持ちけがそこにあった。


高校では、1つめの掟「人の悪口を言わない」だけ守った。中学の同期が誰もいない環境で、久しぶりに仲の良い友人ができた。嬉しかった。いじめられることももうない。だけどもそんなとき中学時代自分が頭の中に呼びかける。調子に乗るな。人と関わるな。心に刻みつけた掟は、大学に行ってもなかなか消えてくれなかった。


実家の整理を手伝っていたら中学卒業アルバムが出てきて、いろいろ思い出しながら書いたら量の加減がわからず長くなってしまった。これが今いじめられている誰かの助けや参考になるとも思えない。俺も、俺をいじめていた相手も、もう大学もとっくに卒業して普通のオッサンになり働いている。別に今更復讐しようなんて思っていない。あのときひたすらに勉強たから今があると思えば感謝できるくらいだ。だけど俺は、久しぶりに集まった中学同期と「あのときは楽しかったなあ」って言いながら酒を飲むことはできない。それだけだ。

はてなからモラルが消えた。誰か共に悲しんでくれ。語ってくれ

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20180118151545

大好きだったはてなモラルが消えた。

少し古い界隈だ。『この増田タイトル元ネタ』が何かを知らない人はちょっと無視してくれ。

昔、著作権を大好きだったはてなー達、あるいは今でも好きでいてくれた奴、少しばかり付き合ってくれ。

いや、もう一人もいないだろうな。

お前らが好きなのは著作権違反している奴らを囲んで斧で叩く」事であって、著作権を守ることそのものには微塵も興味が無いものな。

たまーにブログがパクられたときだけ必死批判をするけど、その後は平気な顔して自分ブログに本文と関係ない漫画キャプを貼り付けて遊んでるような連中しかいねえんだよな。


(追記)

形だけでいいからさ。もうちょっとだけ「僕達には著作権という物を大事にする姿勢があります。なぜならそれは創作者に敬意を払うことだからです」って態度でコメントしてくれよ。形だけでいいから。

auの「笑おう」っていうCM

ギャラが高いタレント大勢出て、高そうな衣装とかセットつくって、じゃんじゃんCM流して

「笑おう」っていうだけのCMやってるけどあれなんなの???

3大キャリアとも実質、性能とかサービスの差がないか広告にカネかけてブランドイメージづくりしか差が出ないか必死だけどさ。

ほんとにユーザーに笑ってほしいなら、

カルテルみたいな高い料金設定して、バカ高い広告つくって無意味メッセージを流すんじゃなくて、

料金値下げするよね。そっちのほうがユーザーにっこりだよね。ほんと。

今まで必死に打ち込んだことが大学受験しかない

独学で必死に打ち込んだからこそ結構覚えてることが多くて、

大学卒業した今でも科目別の出題傾向とか参考書とか覚えてる。

科目によってはセンター試験の点数まで覚えてる。

でも普通の人からしたらこんなん気持ち悪いよな。

過去の栄光にしがみついてるようにしか見えないよなぁ。

20半ばにもなって1年半程度の経験をこんな覚えてるのってなんだかなぁっておもっちゃう。

必死に打ち込んだことが受験しかいからこうなってしまうんだろうな。

2018-01-18

生きているのがしんどい

生きているのがしんどいと思い始めて、多分だけど15年とか経っている、ちょっとした消えたがりの散文が、つらつらと下に書いてある。

時間がある人はちょっとだけ読んでほしい。そして何か、少しでも意見が欲しい。いろんな考えが知りたい。でも、かなり怖い。

いや、読むのは時間を持て余した人だけでいい。かなり端折って書くけれど、15年くらいの時間を書いていく。きっと恐ろしく長くなる。なんか流行りだからここに書いたけど、きっと読む人は片手ほどで、その中でコメントを残す人を期待するのも間違っているんだろうけれど。なんてったって散文だし読みにくい。

でも、誰でもいいから話を聞いてほしい。私かうすればよかったか、これからどうすればいいのか。無責任で構わないから教えて欲しい。

初めて消えたいなと思ったのは5歳くらいだったと思う。6歳だったかもしれない。

親の都合で転園してきた先で同じ園の女の子に仲間はずれにされた。

ぼんやりしか覚えてないけど転園する前も、仲良くしていたのは女の子ひとりと男の子ひとりだけだったから、昔からまり好かれるような子じゃなかったんだろう。多分、すごく生意気子供だったから。

みんなが可愛いお姫様ごっこセットをつかって、私はなんか地味な、柄のないスカートだけ渡されて、「それもお姫様から使えばいいじゃん」って。キラキラの、可愛い模様がついたフワフワのスカートを我が物顔でつかいながら、私に言うのだ。

先生が「順番ね」と注意をして、真ん中くらいの順番を手に入れたけど、気づいたら割り込みされて最後になっていた。

私の順番は回ってこなかった。

その時に、私はここにいてはいけないんだなと思った。いる価値がないというか、いる事の方がおかしいと言うか、そんな感じ。転園してきた訳だから、仕方ないけれど。それで、早くここから消えてしまいたいと思った。

その時、唯一できた友達は、多分友達じゃなかった。

あれ持ってきて、これ持ってきて。何かを持ってこないと仲間に入れてあげない。そういうことを言って来る子だった。パシリにされていた。

でも、パシリでもすれば一緒に遊べたから、喜んで従った。あまりいいこととは言えない。けれど、一人で積み木で遊ぶよりずっとマシだった、消えなくてもいいと思った。頼られているのだと錯覚した。

小学校に上がって、ランドセルを買い与えられた。普通赤色じゃなくて、少しくらい、ワインレッドランドセル

母親はなんでピンクとか真っ赤じゃないのって言われたけれど、ワインレッドが可愛かった。ランドセルの蓋の裏が、赤系のチェックでとっても可愛かった。気に入りだった。

パシリはまだ続けていた。というか、パシられることが普通だった。

小学生になって、一緒に登下校をするようになった。

なんで変な赤色なの?って笑われた。

それを「可愛かったから」と言ったけど、それは可愛くない!こっちが可愛い!と言われた。多分、その子達に「センスがない」という判定を受けたんだと思う。

パシリにされてて、さらセンスもない。なんとなく流れで、みんなよりも立場が下だった。

ジャンケンランドセルの持ち合いをした時、他の子が負けたらみんなで持ち合いっこするのに、私が負けた時だけ全部持たされて、持つ距離も長かった。挙句、置いてかれた。前に進んでも誰もいなくて、置いていかれたんだと泣いた。おうちも少しだけ離れた同級生の重いランドセル5つを持って、道の真ん中で泣いた。泣いて数分たったら、なんだか自分のことが惨めになって、どこか誰もいない、遠いところに行きたくなった。結局はその子たちが戻ってきて、どうにかなったけれど。

小学2年生になって、夏休みで転校した。どことも知らないところだった。でも、一番長く住んでいたし、今の友達大学友達を除いて全部小中高で一緒に過ごした子だ。それまでに比べてとても恵まれていて、いい友達だと思う。一人一人が唯一無二の友達だとおもう。

でも、友達がいても、残りの4年半はいじめられて過ごした。

最初は多分「遠いところから変なやつが来た」っていう理由それから訛りが違う。あとは真面目ぶってる。オタク父親の見ていた深夜アニメを一緒に見ていた。デ・ジ・キャラットとか、ギャラクシーエンジェルとか。今でも大好きだ)であること。あと態度が生意気。たぶんこの生意気って言うのは、生意気だという子の都合が悪いことを「誰にも言うな」と言われても担任にチクッたからだと思う。自分あんまりにも理不尽だと思ったことは黙っていられなかった。多分、そういう意味では「いい子」ではなかった。

でも、石を投げられて先生に報告したら睨まれるって、おかしいじゃん。石投げる人の方が酷い。チクった私が悪いのか。

多分悪くは無いんだけど、こどもの世界ではご法度だっただけ。けれど、それがどうしても辛かった。おかしいと言ったら「お前の方がおかしい」と言われてすごく辛かった。ここにいたくないと思った。

親に「ここの学力は低いんだから、90点以上取らないとダメだよ」と言われた。頑張って100点とっても褒められなかった。周りからは「勉強もできるっていう自慢か」と妬まれた。

言っておくけど1番を取れたことは無い。せいぜい10とか20とか。自分ではすごいと思った。100人近くの1020って凄いじゃん。って。でも親にはそれじゃダメときつく言われた。ちょっと点数が下がったらお小遣いを減らされた。

生きているのがしんどかった。でも頑張らないと、価値がないと思った。

中学に入って、小学校の時みたいな勉強をしていたら、順位が真ん中よりも下の、後ろから数えた方が若干早い場所になった。その時に「さすがにやばい」と思って、塾に入りたいと言った。一人でする勉強限界を感じていた。

下がった順位を元に戻したら「当たり前だ」と言われた。

中学では部活に入っていた。周りはみんなキラキラしているのに自分だけ見ずぼらしく感じた。部活に入ってすぐ、どうしてかレギュラーに選ばれた。自分初心者で、周りには小学校の時から続けていた人がいたのに、自分担当に人がいないからという理由レギュラー入りした。初心者なりに練習した。練習中、何度も泣きそうになった。でも自分が頑張ることがこれからに繋がるとおもった。最後までやりきったあとに残ったのは「初心者なのにレギュラーに選ばれた変な人」だとおもう。若干避けられてたし、自分も周りにどう接していいかからなかった。ここで必要とされていないとさえ感じて、練習サボりがちになった。先輩からは、嫌われていたと思う(練習をサボったから当たり前だ)。同級生からもよくは思われていなかったと思う。

部活同級生から「〇〇先輩はあなたと同じように生徒会もやって部活もやって成績もいいのに、なんであなたは同じことが出来ないの」と言われた。生徒会が忙しくて休みがちになっていた。そんなの言い訳だと怒られた。それでも暇を見つけて部活に行っていた。それでも怒られた。今消えてしまえば楽だろうけど、消えたら迷惑をかけるなと思って、最後まで頑張った。意地汚く残り続けた。高校進学は「〇〇高校の□□学科じゃないと、ご飯作らないから」と言われた。当時、高校授業料無償化されていたから、ご飯を作らないになったのだろう。端的にいうと「親の希望に添えなかったらお金は渡さないし育てないから」といわれたのだ。必死になって、どうにか合格した。合格したけれど、自分学力じゃ、高校勉強は厳しいなと感じた。もう一つの学科自分レベルに合っているとおもった。でもそこでは絶対ダメなのだという。辛くなるんだろうなと感じたけれど、それでも合格したのだから通うと決めた。

高校に入って、それなりの地位をもてたと思う。部活は変わって、生徒会には入り続けた。その部活がいわゆるパソコンをいじる様なもので、関連分野で色々頼られた。今度はパシリみたいなのではなく、よく巷で話題になる「絵をかけるならちょちょいっと描いてよ」の類でもない、本当の意味での「頼り」だった。

得意分野を持つということは自分自力で立つことのできる力であると、その時感じた。普段だったら近寄れない、スカートを曲げて薄く化粧をした、クラスの人気者と話せる。そういう立場をその時手に入れた。

多分、高校生の時が一番、生きていて楽しかったと思う。みんなが私のことを知っていた。それに対する恐怖もあったけれど、決してマイナスではない視線は「自分はここにいていいんだ」と思える自信に繋がった。

大学は推薦で入った。センター前に決まって、受かるとは思わなくて、とても喜んだ気がする。

クラスメイト合格を伝え、「あの〇〇か!?」「嘘ついてるわけじゃないよね!?」と言われながらも喜んでくれた。学校先生もとても喜んでくれた。自分の妹も、私よりも喜んで泣いてくれた。

母親合格たことを報告したら、おめでとうよりも先に「お金がかかるなぁ」と言われた。

正直なところ、大学に進むことについては消極的だった。高校に入った直後は専門学校に入りたいと思っていた。でも父親は「進学するより働け。進学するなら国立じゃないとだめだ」と言われた。だから専門学校を諦めた。中学生の予想通り高校勉強はつまづいてしまって、学科では後ろから数えた方が本当に早いくらい、勉強はできなくなっていた。どれだけやっても勉強が伸びなかったから、早い段階で部活シフトチェンジした。そんな経緯があったから、大学は行かないで高卒で働くかなとなんとなく思っていたら、母親が「高卒で働くより大学に行ってほしい。私立じゃ学費は出せないけれど」と言ってきた。これに逆らうとまた何か言われるんだろうなと思って、とりあえずやるだけやってみることにした。でも、勉強はできなくなっていたから、模試はどこも最低判定。ただ、推薦でチャンスがあるところがあったから、一かバチかで受けてみた。これでダメなら学力じゃ到底叶わないから、就職をしようとおもった。部活の成績がよかったから、それで受けた。

そうしたら受かった。奇跡だと思う。なにかの間違いじゃないかと思ったが、それでも受かったら嬉しかったのに、おめでとうもなく「お金がかかるなぁ」しか言われなかった。

誰が国立に行ってほしいと言ったのだと、その時は悲しくて悲しくて仕方がなかった。

こんなの傍から見たら「親の言う事しか聞いていないからそうなる」と思うのだろう。私もそう思う。

けれど、高校受験の時に「お金さないよ」といわれ、大学受験に「国立しか認めない」と言われ、受かったら「お金がかかるなぁ」。反抗するなら自立しろ、親に頼るな。

それでは何をすれば良かったのだろう?

奨学金は申し込まなかった。心のどこかで受からないなと思ったし、親の収入などの関係で、ほんの少しだけ規定より上回っていたから受かるわけもなかった。し、なんとなく大学に入れても、やめてしまうかもしれないなと思ったのもある。とにかく奨学金は取らなかった。だから親に学費を払ってもらうことになる。お金がかかるのは、百も承知だった。

でも、まさか合格おめでとう」よりも先に「お金がかかるなぁ」だなんて。なんだか悲しくなった。受けるのをやめた方が良かったのではないかと後悔した。

何より、ひたすら「お金がかかる」とい割れるのが嫌で、消えてしまいたくなった、なんのために頑張ったのだろうと、ひたすらに悩んだ。

大学に入るまで、そして入ってからお金がかかると言われた。言われ続けた。

大学に入ってしばらく経った頃、仕送り勝手に減らされた。1万円も減った。バイトをやりながらも結構ギリギリで頑張っていたのに、なんの前触れもなく減らされた。

なんで仕送り勝手に減らしたの?せめて減らすなら前もって言ってよと親に言った。そしたら、「元々この金額だったでしょう?」といわれた。頑張って節約しながらも生きていたのに、あたかも「余分にお金をねだっている」風にされたのがひどく苦痛だった。

その年の夏、節約しなきゃとおもい、電気代をとにかく節約した。外に出るようにしたり、電気をつけなかったり冷房をつけなかったりした。

その月の電気代は1,500円もしなかった。

純粋に、自分すごいとおもった。

こんなに節約頑張ったよ!と母親にいったら、「もっと節約できるでしょ」と言われた。

電気をつけず、テレビもつけず、パソコンもつけず、ご飯はまとめて炊いて冷蔵庫に保管して、一瞬だけ電子レンジでチンする。冷蔵庫も止めてしまうと食べ物が保管できないから。そんな最低限だったのに、もっとと言われた。

馬鹿らしくなった以上に、親から私は「ただただお金のかかるダメな長女」だったのだろう。お金がかからなければかからない方がいい。そんな認識だったのだろう。

こんなに頑張っても文句を言われることに、自分が生きている意味とはなんだと問いたくなった。

答えは出なかったから、ただただ消えたくなった。

どう生きていてもお金がかかると言われて、生きているのがしんどくなった。我慢するのがバカバカしくなった。

バイトはしていた。学校に慣れるまで、夏休み前後から始めたいといったら、それでは困ると言われて5月くらいから始めた。バイト先の先輩に厳しくされて、辛いと嘆いたら「みんなそんなもの」と取り合ってくれなかった。辛かった。

そういうことも含めて、たまにTwitter愚痴を呟いていた。愚痴をいうと今まで仲良くしてくれた人が、なんでも話せた人達が「自分の方が辛い」と言い始めた。自分の方が不幸合戦が始まって、私の「つらい」が軽くあしらわれた。次第に愚痴を言えなくなった。私だけ「辛い」が軽くあしらわれるのが辛かった。

頑張って大学に通った。頑張ってレポートを書いても単位が取れなくて、好んでとったパソコン系の授業を始め、授業に出ると頭痛が激しくなったり、気分が悪くなったりした。1年間くらいだったと思う。でも、お金をかけてもらっているから行かないといけないと、頑張った。

しばらく立って新学期になった。自分の妹が私立大学に入った。

母親は、私立入学するのを許したらしい。

どうして?という気持ちがすごかった。父親が許したのかという疑問もあったのだが、早々にほかの選択肢を諦めた私とは違って、妹は頑張って説得したんだなと思ったら、それは認めてあげるべきだと思った。合格たことは喜ばしいことだし入学も喜ばしいから、合格おめでとうと、素直に伝えた。

しばらくして、父親入学を許していないということが分かった。それで父親に「お前も加担したんだろう」と責められた。私は何も知らなかった。

なんで私が責められているんだろうと、つらくてつらくて。消えてしまいたいと思った。私から奪われた仕送り1万が、妹の入学金や学費になるんだなと思うと、なんとも言えない感情が湧き出てきた。

しばらくして両親が離婚すると言うことを伝えられた。どう思うと聞かれて、私が何か言ったところで何か変わるの?と答えた。冷たいなとも思ったが、私は私でそれどころじゃなかった。

学校に行けば嘔吐頭痛を繰り返して、正直もう限界だと思っていた。

しばらくして父親から伝えられた。

離婚とともに破産すると思う。妹の学費や母方の生活費は払えなくなるが、お前の学費生活費だけは出してやるからな」

素直に喜べという方が無理だ。体調不良等でまともに単位も取れなくなっていったのに、どうして喜べるのか。それが決め手になって、学校に行かなくなった。休学届けを出して、今はアルバイトだけやってる。

両親から連絡が来るだけで胃が痛む。学校に行けない自分社会に出てもやっていけるとは思えない。大学友達とは疎遠になっているとおもう。ただたまに道ですれ違って、名前を呼んでくれて、元気?と声をかけられると、いい人と友達になったなと思う。同時に、こんなダメ人間友達でごめんねとも。

高校までの友達は「そのまま社会に出てもやっていけるよ」という。でも、日本会社というのはおおよそブラックだと思っているし、そんな所に行ってしまったら自分は生きながら死んでしまうのだろうと思う。きっといまのオタク趣味もままならない。二次創作をする時間もなくなるだろう。そうやって仕事に謀殺されて、私は私でいられるのだろうか。

そこまで考えて、今までの人生の中で、私が私でいた瞬間とは何なんだろうと思った。

私とはいったい何なんだろうか。

私が生きている意味とは。

なんでこんなに必死になって生きているのか。

辛いという言葉は、私の方が辛いで潰されて、楽しいことなんか二次創作を始めとしたオタク趣味ばかりで、そのオタク趣味すらも、今じゃ疎外感を感じている。自由に慣れていたはずのSNSは、現実と同じように苦しいものになっている。

辛いと思うことも軽んじられ、ひたすら金がかかるといわれ、遊びに行くと贅沢だお母さん達は頑張ってあなた仕送りをしているのにという。

私はなんのために生きているのだろうか。

こんな生活、生きているというのだろうか。

ただ呼吸をして、心臓を動かして。ただそれだけ。

生きているのがただただしんどい。早く死んでしまいたいとすら思う。でも死ぬお金がかかる。親が困る。周りも困る。

ある日母親に言われた、「お父さんはあなたを生んだ時に『なんで生んだ』といったのよ」と。

母親はそれを私に伝えて、何がしたかったんだろう。

必死に育ててくれてありがとうと言って欲しかったのか。

ひたすらお金がかかると言われて育って、なぜ生んだと言われたと言われる。

「なんで私のことを産んだの?」とは言えなかった。「産まなくてよかったのに」とはもっと言えなかった。言ってやりたかったけど、それを言ったら家から追い出されると思ったから。

私は「そう」とだけ返したのを覚えている。いつ、こんなことを言われたのかなんて、細かい年は覚えていないけれど、そういうことを言われたということだけは鮮明に覚えている。

私は

どうすれば良かったんだろう。

何をすればもっと前向きになれたんだろう。

何をすれば「頑張ったね」と言ってもらえるようになるんだろう。

毎日生きているだけでも精一杯なのに、もっともっとと周りはいう。頑張ることが当たり前。

でも、私はまだ頑張ってないんだと思う。恵まれているのだ。奨学金を借りずとも大学に行けたのだから。好きなことをやれているのだから

世界一不幸だと思うな。世の中にはもっと不幸な人が、辛い人が沢山いる。

みんなそう言う。私のつらいという気持ちを無いものとして。みんなそういうのだ。

生きていることの何が楽しいのだろう。

生きるなんて、辛いだけじゃないか

早く誰か、私を殺してほしい。

金だけかかって、だれの期待にも応えられない私を早く殺してくれ。

生きているのがただただしんどいということすら認められない世界なんか、壊れてしまえばいいのに、世界はそれを許さない。それなら。私を早くこの世界から追い出してほしい。

早く私を殺して欲しい。早く殺して。早く。こんなに辛いのに、世界は生きれという。お前はまだマシだと。

何がマシなのかちっとも分からない。生きているのがしんどい

親愛なる関西ジャニーズJr.へ。キンプリデビューの日に

ジャニオタのつまんない自分語り

キンプリデビューした。

今のJr.界隈は、上がつまってるだの、ユニット飽和だの、散々言われてきた。

からキンプリデビューたことは本当にJr.を変えると思う。

関西ジャニーズJr.には昔、なにわ皇子King of Kansaiというユニットがあった。二つのグループを合わせてなにきん、なんて呼ばれていた。3人ずつで6人、素敵な6人だったみたいだ。私はその頃の関西ジャニーズJr.を知らないから、なんとも言えないけど、あぁ、きっと良い関係性の6人だったんだなって、今もなにきんを求める人たちを見て、ふっと思う。

その6人の1人は、美容師になった。

そして、2人は関西を離れて東京で夢を追いかけ始めた。

関西には3人になった。

氷河期だと言われた。

3人の内の1人は、3人がいなくなって初めての夏、松竹座が埋められるか不安だったと言った。

もう1人は、朝ドラに出た。映画に出た。僕を通じて関西ジャニーズJr.を知ってくれたら、と言った。

そして、一番年下の子は、16歳の誕生日抱負を聞かれて、関西ジャニーズJr.を大きくしたい、と泣いた。

そして、関西ジャニーズJr.には、たくさんの素敵な仲間が増えた。

今度、W主演でミュージカルをやる彼ら

全国netドラマに出て、怒られながらもやりきって、大先輩の記念ドラマに、大先輩と一緒に出た彼

在籍しているかどうかも分からないほど干されてたのに、努力ミュージカルを勝ち取り、うちわを最速で完売させた彼

3人がいなくなって、スポットライトを浴びる人が増えた

関ジャニ∞のバックについたよ。

全国放送バックダンサーをたくさんの関西Jr.でやったよ。

そして何よりね、

大阪城ホール単独コンサートやったよ

関西Jr.ここまで来たよ。

もう氷河期じゃないな、黄金期はもうすぐそこだな。

そんな矢先の東京に行った2人を含むデビュー発表だった。

自分で引くほどショックだった。何でそれがショックだったのか、分からない。

自担が次にデビューとは思ってなかった。だから、多分選ばれなかったことがショックだったのではない。 じゃあなんで?

一晩中考えた。泣いた。朝起きてWSを見てまた泣いた。

テスト前なんだからせめて2月に入ってからにしてよ、なんて思ったけど。

回らない頭で考えて、わかったのは、たぶん、3人の気持ちになってたんだな。

ユニットを組んで、次泣くときデビューしたときにしよう、なんて言って、あんなに幸せそうだった6人を私はもう過去映像しか見られない。2人はデビューした、1人は美容師になった。残された、なんて言い方したくないけど、今関西で頑張る3人は、どんな気持ちなのかな。悲しいかな、悔しいかな。

でも、優しい3人だから絶対ファンの前ではそんな素振りは見せない。「仲間の門出」だって「おめでとう」って言うんだろうな。

そんな出来すぎた3人のことを考えてた。

私は悔しい。Jr.らしく、シャカリキに、目の前の仕事を頑張ってきた関西Jr.が推されないこと。レッスン場がないこと。少クラが1年に2回しかないこと。

そんな私の大好きな関西Jr.が、デビューなんかで、一瞬でも後ろを向いてしまたかもしれないこと。

あぁ、関西Jr.。お願いだから夢を見続けて。夢を諦めないで。

春の松竹座でも、かわいい笑顔を見せて。

勢いのあるって自分で言ってたじゃない。絶対止めないで。自信を失わないで。

関西Jr.のことを大好きな人はたくさんいるよ。

から、悔しいことは悔しいって言って。

少しスタートダッシュが遅れただけじゃない。キンプリなんて、すぐに追い付いて追い越してよ。早く関西かましてやってよ。

弱気関西Jr.なんてもう見たくないよ。

なんて、こんなのも性格の悪い私の戯言なんだけど。

関西Jr.を、関西担を、可哀想なんて言わないでほしい。3人は必死関西を引っ張ってる。

可哀想なんて言うなら、松竹座に来てよ。もう絶対そんなこと言えなくなるよ。

キンプリデビューおめでとう!じゃないよ!次は今の関西だよ!

京セラで「皆さんのおかげでここまで来れました」って言ってよ!

皆で世界で一番幸せになってよ!

ジャニーズJr.はすぐに逃げられる。でもだから逃げないでほしい。

逃げないで、ジャニーズ事務所幸せに、誰より笑っててほしい。

彼が目指す三宅くんのように、いくつになってもアイドルに、彼が目指す佐藤勝利くんのように、アイドル像を形にしたようなアイドルに、そして彼が目指す二宮くんのように、アイドルを土台にして色んな方向に輝いてよ。

お願いだから報われてよ。

後ろを向かずに、どうかただ前だけを。

『泣きべそをかいた分だけ楽しいことが待っているのさ』

拝啓 愛しの関西Jr.

敬具 ただの、一アイドルオタクより

ワーママSE増田転職理由(追記)

増田は、去年末から転職活動してるSE

子持ちで残業できない、アラフォー、職歴が微妙、の三重苦。

正直難しいかと思っていたけど、子育て理解があるまぁまぁの企業から一次面接通過した旨をもらった。

純粋SEではなくなるが、上手く行けば自社定住の上、仕事内容も面白い賃金も上がる。嬉しい。

昨今減っていく一方だった自信が潤う。

この波に乗って転職を決めたい。

転職活動をしていて、思ったことを記録しておこうと思う。




転職活動をしているが、実は、別に増田の務める会社はすごく悪いわけではない。

しろ全国平均よりはぜんぜんいいほうだ。

詳しく書くと身バレするので避けるが、女性に関する制度管理職比率で売りにしているところがある。

だが、増田は今も半分、マミトラックに入りかけだ。

普通レベル能力で育休復帰後、短縮勤務をしたら、

長年お付き合いあるところの成長もできない案件に押し込められて、

職歴的に中途半端転職もできず、

安い給料気持ち程度しか上がらず、教育機会は少なく、

メインの案件ももらえないで飼い殺しにされる事実が、

SEとしての増田の目の前にある。






性別差別が少ない業界だ!って若く希望燃えるSEお嬢さんに夢のないことを言ってすまない。

しか仕事の差、賃金差は少ないのはいい。

ただ出産育児はどうしても日本女性に全て押し付けられてしま事実からすると、後々悩みたくないなら外資オススメする。

激しく旦那外資オススメする。英語を頑張ってほしい。増田学歴的に無理だったが。


それはさておき、夫もSEで、しかも常駐先が遠いため、増田子供の送り迎えをほぼ一手に引き受けている。

この現状では、ほぼ残業できない。

そう考えると、成長機会のない仕事をしてる暇はワーママには一分たりともないことに気がついて、復帰して落ち着いてからと言うもの、すごく焦ってる。

首切られない、または潰れても他の会社で、国際情勢も合わせると、最悪海外子供を喰わせていかないといけない。

それには、技術経験語学力の獲得が必須条件。

それに趣味にもお金使いたいから、能力に伴って、給料も上げていきたいんだ。

から残業してバリバリの人ほどの成長スピードは無理でも、せめて成長はできる仕事はしないと、60歳になるまで前線技術者やってられる気がしない。

今の会社じゃ、ワーママに成長機会を与えてくれるかというと、残念ながら、ほぼない。

子供の手が離れるまでは、良くてリーダー、開発の手伝い。大体は運用保守

場合によっては事務系に転向させられる。やんわりとした首切りも見かけた。

ごく普通会社所属する特殊能力のない大半のワーママSEって、いつその立場になるのか、怯えながら、給料も上がらないのに成長せず糞つまんねえ向かない案件ばっかりやらされた上で「仕事をもらえて有難うございます」みたいな顔しなきゃならない会社勤めを強いられてるんですよ。

それは心理的に負荷が高いから、転職する。

今ならまだ年齢がギリギリ間に合うから








と、面接受かったよの報告と共にこの考えを夫に言った所

業務を変えるとか馬鹿か」

「そこは親会社の使えないやつが集められた所」

「お前は子供が要るのに転職するリスクなんも考えてないな、相手に踊らされてるだけ」

「俺は転職するなら大企業でのほほんとしたい」

楽しい仕事なんて上辺だけだよ」

ってね、言われてね。

増田はそれを言う精神理解出来なさすぎて唖然としたし、喧嘩してしまった。

自分仕事愚痴ばっかりで増田愚痴の一つも聞かなかっただろお前はよ~。

自営業の親を持っているせいか、ケツが小せえなあと思ってしまう。

これが一般の夫の普通感覚なんだろうか。

伴侶の見る目は、信用されてないんだろうか?









というか、ワーママSEからこそ、技術や手に職をつけないといけないと必死におもってる増田は、おかしいのだろうか。





増田は、ワーママという括りではなく、興味のある仕事で、給料もあがる、どこでも勤め出来るだけのスキルを手に入れられる、という当たり前の理由転職したいだけなんだが。



追記:

夫氏は神経質すぎる家庭の主婦が一番似合っているという気はしており、できれば増田が稼いで家族を養うほうがいいとは前から思っている。

この場合増田のそれほどでもない能力性別差別等のガラス天井問題になる。最悪それは起業すればチャラになるが。

ただまあ、どっちかというと、以前夫氏が病んだ時、増田

「いいよすぐ辞めて養生してから転職しろそのくらいの金はある」

って言ってたのに無理やり影で転職活動してて大手ばっかりうけて(全部落ち)たって事件があって、

増田の状況を話した上で「踊らされてる」だの「大手親会社以外移動に意味がないでしょ」だのって言ったことが、愛がなさすぎてドン引きしているのが一番引っかかってる。

みなさんは現実土下座謝罪されたことがありますか?

わたしはありますドラマみたいだなと思いました。


みなさんはコップの水を目の前の人間にぶちまけたことがありますか?

わたしは一度だけあります土下座している人に向かって、そのとき持っていたコップの水を全部勢いよくぶちまけました。うわっ、ますますドラマみたいだなと思いました。

すなわち、わたしには「土下座して謝っている人に向かってコップの水をぶちまけた経験」があります稀有経験だと思いますが、リアルで話すと絶対に引かれるので、致し方なく匿名ダイアリーに書いています


どうしてそんなことをしたのか?

相手土下座という、およそ非現実的謝罪方法選択したときわたしは強い危機感を覚えました。彼の必死さが怖ろしく、一方で、ここで舐められたら終わりだと思いました。わたし相手絶対に赦さないことをはっきり示し、復縁を諦めさせる必要があると感じました。

伝統的には土下座をしている相手を踏みつける方法もありますが(ドラマとかで)、現実にそれをやると犯罪なので、とっさに手に持っていたコップの水をぶちまけました。水は弧を描いて、土下座をしている相手の後頭部と背中を濡らしました。

厳密に言えば、これも暴行罪に該当する可能性がありますが、場所が自宅のリビング相手パジャマ姿だったので、万が一、被害届を出されても警察は動かないだろうと考えました。

相手は、土下座して謝っている最中に水をかけられるという完全に異常な状況であるにもかかわらず、特に驚く様子もなく、か細い声で「ごめんなさい。本当に反省してる。許してほしい。」と言いました。

わたしはここが正念場だと思ったので、普段は出さない大きな声で「うるさい。早く出て行け。視界に入るだけで不愉快だ。」というようなことを言いました。その夜はさすがに眠れませんでした。


その日に至るまでの3カ月間、彼はほぼ一日おきに「とても反省している。愛しているのは君だけだ。君を失ったら生きていけない。なんでもするからやり直すチャンスをくれ。」といった内容のポエムメールを送ってきていたのですが、その夜を境にピタリと止み、2週間ほどで荷物をまとめて出て行きました。

彼が去ったあと、がらんとした部屋のテーブルの上に記入押印済の離婚届と一緒に四つ折りにされた便箋が置いてあり、確か「君と暮らし10年間、とてもしあわせだった。本当にありがとう。傷つけてごめんなさい。」というようなことが書いてありました。

わたしはそれを読んだあと、すぐに鋏で細く切って他のゴミと一緒にマンションゴミ捨て場に持って行きました。

部屋に戻って靴を脱いだ瞬間、ああ本当に一人になってしまったんだなという実感が湧いてきて、涙が溢れて止まらなくなり、床にうずくまって、文字通りわんわんと泣きました。

離婚たことについて後悔はなかったのに、それでも10年の歳月はあまりにも長く、喪失感は大きく、どうしようもなくてわんわん泣きました。


それから一年は、これまでの人生で最もつらい期間でした。一番つらかったのは、人を信用できなくなったことです。わたしはおろかだったので、10年も一緒にいた相手が病的な嘘つきであることを見抜けなかったのです。客観的証拠により相手が膨大な嘘をついていたことが分かった後は、誰も彼もが嘘つきに見えました。

周囲の人からは、なんであんなにいい人と離婚したのか、もったいないと責められたり、浮気は男の甲斐性だ、許せない女のほうが悪いと説教されたりしました。

離婚後も相手からは「元気にしてる?君のことをとても心配している。落ち着いたらまた会えないかな。」といった内容のメールときどき来ていたのですが、返信せずに削除していました。

最近連絡がないなと思った矢先に、「ご報告」という妙にかしこまった表題メールが届いて、開けてみると「結婚再婚)することになりました。相手妊娠しています。」といったことが神妙なトーンで書いてありました。彼が出て行ってから半年も経っていませんでした。


彼の再婚相手は、複数人いた浮気相手の誰でもなくて、わたしもよく知っている、ほんの数日前に一緒に食事をした女性でした。わたし彼女を友人だと思っていました。お酒がとても好きなはずなのに、その日はガス入りの水しか飲まなかったので、体調が悪いのかなと少し心配していたのです。ああ、なるほど、妊娠していたかアルコールを飲まなかったのかと妙にスッキリ腑に落ちました。

わたしは、「土下座して謝っている人に向かってコップの水をぶちまけた」瞬間が一連の出来事クライマックスだと思い込んでいたので、まだ続きがあるなんて想定外でした。事実小説より奇なりとはこのことかと思いました。

そして、ようやく治り始めた傷口に乱暴に塩をすり込むようなことをした彼らを強く憎みました。彼らを憎んでも自分を損なうだけだと頭では分かっているのに、感情コントロールできなくて、四六時中、彼らがしたことについて考え、彼らが不幸になるように願いました。そのときには、もうわんわん泣く余裕もありませんでした。


その後どうなったかというと、特に何もありません。

彼が出て行ってから一年くらい経ったある日、気が付くとすべては過去になっていました。時折、激しい憎しみの名残が発作のようにやってくるのですが、それも長くは続かなくなりました。ただ、不倫浮気を美化する内容のドラマ小説に強い嫌悪を感じるようになりました。

彼らが不幸になったかも知りません。子どもは無事に生まれたらしいと風のうわさに聞きました。それでよかったと思いますわたしの見ている前で、彼らが不幸にならなくて本当によかった。

さっき「離婚して、わんわん泣ける女になりたかった。」というタイトル記事を読んだら、一連の記憶フラッシュバックしてつらくなったので、気持ちを静めるためにこれを書きました。

自分経験に照らすと、記事中できれいごとを言っている元夫は嘘つきで、本当は慰謝料を払わず離婚して他の女性再婚したいだけなのではないかと感じましたが、そんな風にうがった考えを持つことは人を幸せしません。



なので、ここに書くことで忘れてしまうつもりです。

2018-01-17

anond:20180117231015

人と一緒に食事をしないことを必死言い訳する理由はなんだ

槇原敬之の声、歌詞

「こんな俺でも生きていていいんだ」という気持ちにさせてくれる。

マッキーの声がこんな自分肯定してくれる。

マッキーの歌の中に出てくる主人公は、どれも不完全で、否定的な感じがする。

きっと、それが自分に適合するんだと思う。

逃げてばかりで、嫌なことから目を背けて生きている。

それでも、自分を大切に、って言ってくれる。

すると、自然と、なんとか生きていこうと思える。

ちょっと前に、多分、いままで心のどこかで必死に、でも、騙し騙しでせき止めてきた何かが、本当に些細な出来事によって崩壊して。

すると、今までしてきた普通生き方(少なくとも自分では普通だと思っていた)ができなくなって、周りと同じようにこなしてきた日常生活が途端に怖くてたまらなくなった。

今まで毎日挨拶を交わしていたはずの友人とも会うことがままならなくなって、いつのまにか人と接することを拒否するようになり、人間関係が滅茶苦茶になった。

順調に進んでいたはずの人生のレールから脱線した。

どうしてこうなったのか、自分でもよくわからないし、今でも悪い夢を見ているんじゃないかという錯覚に襲われるけど、多分これは現実

もうなにもかも投げ出して消えたいと思うこともあるけれど、弱い自分はそれを行動に移すことも出来ずに、泣き寝入りをする。

そんなときマッキーの歌を聴いて、それで事態好転するわけではないけれど、冷静になることができる。

解決の糸口は今も見つからないけど、なんとかもがいて行こうと思う。

あと少しで、この悪夢から目をさますことができるかもしれない。

2~2.5次元のあれそれに疲れたっていうよくある話

好きなアプリイベントが被りまくって辛い

そりゃ年末年始は書き入れ時なんだろうけど、全部同時期でしんどい

どれもこれもやりたかたこほとんど出来なかった

福袋みたいなのが多すぎて課金するのも相当悩んで慎重になった

また今年も季節イベントは被ることが目に見えてるのに、走り続けるのが辛い


好きなジャンルイベントが被りまくって辛い

必死チケット申し込んで、やっと取った日程に別のイベントが重なる

別に複数回行きたいとかじゃない

1日きりしかないイベント同士が重なったらもうどうしようもない

必死に調整して予定あけても、同じタイミングで別ジャンルイベントする

告知早いところはとことん早いけど、遅いところはとことん遅くてギリギリに被りが判明する

ライブコンサート企画展示、舞台、他社コラボ、どれもそう

半年先のイベントが楽しみっていう気持ちより、スケジュールばかり気になって辛い


ブラインド商品ばっかりで辛い

お金を出しても出しても好きなキャラのグッズが手に入らない

譲渡とか交換とか人気レートとか色々確認するだけで精神疲弊する

アプリガチャとかもそうだけど、お金を出しても目当ての商品が手に入らない現実

まだ価格帯が低ければ妥協できるけど、1アイテム1000円近く出しても無理

じゃあ直接買えるグッズはって言ったら見飽きた既存絵ばっかりで面白味も何もないのが辛い


新しいジャンル開拓するのが辛い

かに新しくハマっても、イベントやら何やらで苦労するのが目に見えてる

もうできるだけ新しいものには触れないように意識をそらすようになってきた

でも10年以上前に好きだったジャンルが突然復刻することも増えてきたから始末が悪い

やっぱり好きだから何かあったらつい追ってしまうけど、結局待ってるのは現行ジャンルと同じ地獄

ジャンルのものを嫌いにはならないけど、やっぱり疲れてきて辛い


それでも死ぬまでオタクなんだろうなとは思うけど、とにかく疲れた

2018-01-16

クソ男死ね

クソ男死ね

劣等感が強くて、その劣等感弱者を見下すことで解消しようとする人間死ね。主に男にそういう人間が多い。

劣等感を、女・在日朝鮮人生活保護受給者といった、社会的弱者攻撃蔑視することで解消しようとする、クズ

そういう男が多い、死ね

若い世代からってフェミニストとは限らない。むしろ若い世代非正規の男が増えて、稼げないことで劣等感を強くしたクズ男が増えて

そういう男が、女や在日朝鮮人生活保護受給者攻撃してる。クソが。稼がなきゃ、って価値観にとらわれてるところも愚かだし、

その稼げないことによる劣等感弱者攻撃することでしか解消できないところも愚か。クソ男、死ね

若い男で正規には確かにフェミニストが多いかもしれない(劣等感が強くないから)

でも、若い男でも非正規劣等感強い人間ダメだ。クソ男、ミソジニー男。

死んで欲しい。いつも偉そうで、女を見下して、嬉々として「嫁」とかって蔑称を使ってる、クソ男。目の前に女の人がいても、そういう蔑称を使うところがクズ

エリート意識が高く、プライドが高そうだから非正規自分を受け入れられてなくて、その劣等感から弱者を見下すんだろうけど。

日本には、劣等感が強い男が多い。全員が全員、表立ってミソジニー言動をしてくるわけではないけど、端々にそういった思想を感じる男が多い。

表立って、堂々と、ミソジニー言動をしてくる、クソ男もいるけど。

劣等感が強い男の特徴

自分では女好きだと思ってる(実際は女嫌い、ミソジニーによって女を見下すために、色んな女に手を出してる。遊び人ほど女嫌い、ってやつ。芸能人にも多い。こういうやつは下に見える女しか選ばない

キャバクラに行ったり、アニメ声優に入れ込んだり、女を消費したがる(キャバクラに行くような男とオタク男は違う人種と思われがちだが、実は同じ。女を対等に見てない、消費したがる点で同じ

・家庭環境由来の劣等感ミソジニーだったりもする(母や祖母虐待精神的なものも含む)をされてたとか

自己顕示欲が強い、良く喋る(劣等感から承認欲求が強くて、よく喋るのかも。表立ってミソジニー言動をするタイプはこれに当てはまるが、表立っては言わないタイプは当てはまらいか

まだ、ミソジニー男が多数派ではない職場からマシ、なのか…と、悪い方に慣らされてはいけない。それでも3分の1はいる、最低でも。

ミソジニー男はミソジニー男同士で仲良くしてる、嫌いな人間同士が仲良く喋っていて、イライラする。喋らずに仕事しろよ、と思うけど、劣等感から自己顕示欲が強い人間から雑談しないのは無理なんだろうな。

大多数の女が、キャバクラに行くような人間、堂々と女を見下したがる人間を嫌うのは当然だけど、オタク男も実は同じようなミソジニーだっていうのは、認知されてるのかな?

認知されてるからこそ、オタク男は嫌われてるのかな。キャバクラに行くようなミソジニー男と違って、金もない、社交性もない、そのくせ、劣等感が強くてプライドが高いから、その劣等感を解消するために

二次元で女を消費したがる、だから気持ち悪い、怖い、と。

そういった、下に見れる存在しか相手にできない男が増えて、女児への性犯罪も増えたのでは?

もとから日本には劣等感が強い男が多かったけど、そういうやつらは昔はキャバクラで堂々と女を見下すことで劣等感を解消してた、クズだけど。(キャバクラに行く理由、で、「堂々と女を見下せるから」と答える男が多いと聞いたとき、男ってクズだなと再確認した

だけど、不況で貧しい男が増えて、キャバクラに行く金はない、金をかけずに堂々と女を消費する方法として、二次元コンテンツ需要ができ、そこが伸びた。アニメなんて、劣等感が強いクソ男がクソ男のために作ってるような作品ほとんどだから(そうじゃないのもたまにあるけど)ほとんど見ない。アニメは嫌いではなくても、アニメを好む、オタク男が嫌い。劣等感の強い、クズ男。

そうやって、男の劣等感を解消する方法としてキャバクラとかの代わりに二次元コンテンツ需要ができて、需要があるからこそ、ロリ系の二次元コンテンツ蔓延して(女かつ子供という、劣等感の強いクソ男が好む対象)それによって現実でも、子供性犯罪をする男が増えた、と解釈してる。

気持ち悪い。クソ男が。二次元だけならまだしも、現実にも女を傷つけるとか、終わってる。そういう風に、二次元だけなら良いとかって言う男は(二次元なら児童ポルノ肯定するような人間)実際の犯罪に繋がってる状況を見て、どう思うのかな?

児童ポルノやそれにまつわる議論、かつての援助交際ブーム、どこを見ても、クソ男が弱い立場(女かつ子供)の存在劣等感を解消しようとしてる、という構図になる。

そんな風に劣等感の強い男を量産してきたのが、この国の終わってるところ。

漫画は読むけど、男作者の作品は、男に都合が良い、男の劣等感を解消してくれる、都合の良い存在が出てくるから、苛つく。

子供だったり背が低かったり、自分より身体的に弱い、から自分を傷つけない

・にも関わらず精神的には自分より大人で母の役割果たしてくれる(自分を全肯定したり導いてくれたり

そんな、都合の良い存在いるか、クソが。

自分より下に見れて、怖がらなくて良い、子供身体的に弱い存在、でも、精神的には導いてくれる…って、そんな存在、都合が良すぎ。夢みてんじゃねぇよ、クソ男が。

この前、はてブ話題になってたアフタヌーン漫画も、こういう存在が出てきてて、イライラした。

なんで、日本の男はこんなにも劣等感が強いの??

教育のせい? ずっと競争させられてきて、褒められることもなく、職場でもパワハラやそれに近い待遇が当たり前の、劣悪な労働環境で働いてたら、劣等感が強くなるの??

女で劣等感が強い人間は、そんな男に選ばれることで劣等感を解消しようと、クソ男に迎合して、必死メイクしたり露出したり。そういう人間も少なくないから、イライラする。

労働環境や家庭環境のせいで劣等感が強くなる(男女ともに)→男は弱者(主に女)を見下すことと人の上に立つことで劣等感を解消しようとする→劣等感の強い女はそんな見下してくる男に迎合して

メイクだったり言動だったりで男ウケを考える。ミソジニー内面化する

そういう国、なのかな。

劣等感が強い、クソ男、ミソジニー男と、それに迎合する、ミソジニー内面化した女とが大多数の、病んだ国。韓国よりマシだろうけど…。日本韓国も、滅びればいいのに。

日本の中でも特に劣等感強い地域があって、そこは滅びればいいと思う、そうじゃない地域人間はまだマシでも、そういう地域人間と関わることもあって、そのたびにストレスが溜まる。

クソ男、ミソジニー男も嫌いだし、それに迎合してる、ミソジニー内面化してる女も嫌い。

数少ない、劣等感の強くない、健全な男(ミソジニーではない男)とフェミニストミソジニー男を嫌ってるような女、ぐらいしか、心を許せる人間がいない。

敵ばかり、クソな国。滅びればいい。

ミソジニー男、死ね劣等感が強い男、死ね。そんな男に迎合する女も、死ね

日常生活も、ストレスが溜まる。ミソジニー男と迎合する女を目にするから

創作物との関わりも、フェミニスト女性が作ったような作品じゃないと、楽しめない。いくら評価されてる作品でも、男作者だとミソジニーだったり男に都合の良い女が出てきたりして、萎えから

男に迎合しない女性だけ、そんな環境暮らしたい。

クソ男も、それに迎合するクソ女もいない、世界

最近、女嫌いの若い男が増えてきてる(ように感じる、ネットで)のは、上に書いたように、非正規に男が増えて、稼げない劣等感を女を見下すことで解消しようとする男が増えたことと、それによって

「男で得をしてないのにかつての得をしていた男のように女からまれてる」

存在が増えたから。

日本の女は、大なり小なり、男への恨みを抱えてる。下に見られたり、抑圧させられたり、自分より能力がないのに仕事評価されてるのを見たり、性暴力被害にあったり、そういうの無しで生きていけないから。

から、女から男への恨みは昔からずっとあるけど、それが今でも存在するにもかかわらず、男としての得が減った(男なのに稼げない・労働市場で有利ではない)存在が増えたから、昔より得が減ったのに

相変わらず恨まれてるから、反発するんだろうけど、昔より減ったとしても男の方が得をしてるんだから、恨まれるのは仕方ない、と思うけど。

そうやって、男と女で憎み合って、くだらないと思うけど、私はクソ男が嫌いだし、ミソジニー男が嫌いだし、女を憎み返してくる男が嫌いだから、憎み合うのは避けられないんだと思う。

クソ男、死ね。少なくとも、私の周りのクソ男が全員、死んでくれたらいいのに。

底辺DQN(中卒や高卒)と同じぐらい、存在価値がわからない存在。死んでほしい。

anond:20180116113715

そうか俺は「ばかじゃねえの?そんなのに必死になって」と思ったな。

舞台挨拶はしごは客が悪いという人が理解できない

映画とかドラマ舞台挨拶で終わったら本編を見ないで次の同じ作品舞台挨拶に行くことが悪いのか全くわからない。

とりあえずお客は金を払ってきて、しかも本編を捨ててまでまた新たに金を払いに行っているのである

これがそれをしない人間には不快に感じるのであろう。

しかし彼らだって本当なら優雅に座っていたいだろう。

なぜ金を払って他のはしごしない(要は金をその人より払わない)人間非難されるのか。

運営が悪い

スケジュール組んだ映画会社テレビ局が悪い。

時々ちゃんとはしごしても問題なく間に合うようにしてくれてるところはもっと賞賛されるべき。

全部行く必要がない?と思われてるそこの貴方

人間だもの同じ回など一つもない。

貴方にはなくても彼らにはかけがえのないコンテンツでかけがえのない日なのかもしれません。

そもそもチケットが取れる状況が悪い

1人一公演とかに制限ついてるわけじゃなく、先着ならとれたもの勝ちである

それで取れなくて転売に手を出すとかは別な話なので置いておく。

逆にはしごが少ないとうまらないところだってあろう。(もし貴方コンテンツが人気でそんなことないならそれは幸せなことです、よかったね、今回の話とは別の話だ。)

③メインの映画は正直いつでも見れる

ドラマしろ映画しろから見れるのである

舞台挨拶映像にならないことも多い。

作品が好きならめったにないチャンスなのだ

溶けそうなアイスがすぐそこのテーブルにあるのにそれを眺めながら手持ちのようかんを食べるだろうか?

まあ態度でかくはしごするやつらに怒りをおぼえるのはわかるけど、一生懸命腰低くして次の会場に向かう人達はがんばってんなーって見つめててあげようぜ。

そういう人達お金落としたおかげで続いたりしているコンテンツもあるのだから

>ビックリマンチョコ買ってシールだけとって中身捨てる奴ってどう思った?

よくあるたとえですよね!

ビックリマンチョコの例えは正直間違っていてどっちもナマモノというところが今回のミソです。

賞味期限が切れそうなパン複数買って耳だけ残したみたいな例えの方がまだしっくりくるかと思います

残すのは悪くないけど本編の映画は書いてある通りいつでも見られるしその時だけ用事があるって話では。

必死にならなきゃ座席が埋まらない、必死にならなきゃ続かないコンテンツもあるんです。そういう発想に至らないのはうらやましいです。

医師によるコメント

私大医学部金欠で退学になるかもしれない話が出ている。

特にトラバなどはせずにひっそりと感想を書く。

増田は卒後約10年目になる医師だ。この10年、医師の中では変わった経歴なので詳しくは書かない。

一般的に言って、医学部に入れば医師になれると思っている人が多いかもしれない。

しかしそれは間違った認識である

医学部学年100人ほどのうち、毎年数名は脱落がでる。

メンタルがやられる人や病気、色々な理由がある。

その上国家試験でも脱落する。

90%以上の合格率を維持するために、私大ほど必死国家試験対策講座を取らせたりもする。

これらの流れについていけなければ医学部に入ったからといって、医師にはなれない。

それは学力メンタル資金、すべてにおいてだ。

お金がなければ教科書すら買えない。

教科書だけで何冊になると思っている?

この増田はまだ低学年で、基礎科目の教科書だけならそれほどの数ではないかもしれないが

臨床になれば内科だけで7冊以上にもなる教科書がなければ、国家試験勉強スタートラインに立てない。

年々変わる疾患の扱いや法律もあるから先輩のものをすべて使用するわけにもいかない。

医学部に入ったからといって、医師になれるとは限らない。

それはこの増田だけに限らないことだから、なれないのであれば仕方がないと考える。

このセクハラ職場

必死に奥様の代替語を考えている。

フェミニストの主張に奥様、主人が差別語というのがある。配偶者様・パートナー様という提案をしていたが文章的にしっくりこない。

親不孝者の腐った決意

後期試験が終われば卒論就活

モチベーションをあげるための合言葉は「実家から出て行く」。

こんな程度で親元から離れるなんてガキ思考の親不孝者だけれど。

出て行ったらもう関わるつもりはない。

しかしたら離れることでそこそこの関係が保てて連絡くらいは取り合うかもしれない。

とにかく、まずは家を出たい。

母親が苦手だから

とにかく関わりたくないという気持ちしかない。

不細工と言われて育てられた。

全ての行動が遅くて、よく鈍臭いと言われた。

鏡を見るのが嫌になった。

少しでももたもたするとすぐ怒られた。

よく出される夏休みの宿題

家事を手伝おう。料理をしてみよう。

初めてのりんごの皮むき。

よく見るマンガのようにつらつらと長い皮なんてできるわけない。

センチで途切れる皮を見て、下手くそと言われた。

以来、台所には立っていない。

手伝えと言われて行くことはあったが、分からないことを訪ねても教えてくれなかった。

からないままの私は手伝いが出来ずに怒られた。

台所にいるだけの邪魔存在なので、行くことをやめた。

少しでも手際が悪いと金切り声で怒られる。

料理以外のことも、次第にやらなくなった。

家事を何一つ手伝わないぐうたら娘。

親不孝宣言をするクズからそれくらいの自覚はある。

母親に何かをしているところを見られるのが嫌になった。

でも、コソコソしているのがバレると機嫌が悪くなる。

隠れてやるくらいならするな、が口癖の時期があった。

今も隠れてたくさんのことをしている。

誰も家にいないときお菓子を作って一人で食べた。

自室にこもって絵を描くのも楽しみの一つだ。

誰に何も言われない空間は気を遣わなくていい。

話は少し変わるけど、母親父親が嫌いだった。

から見て夫、私から見て父親と呼ばれる人物が。

顕著になったのは私が中学に上がった頃からだ。

今まで幼かった精神が成長してそういったものに気づけるようになったか

ある程度の自我を持ち始めた娘にはもう隠す必要はないと思われたか

父親が帰ってくるなり舌打ち。

父親が出て行った後、加齢臭臭い家中アルコールで消毒してまわった。

まるで思春期の娘のようだ、と思春期真っ盛りの私は感じていた。

おかげで父親に対する嫌悪感を抱いたことはない。

それよりも、汚物邪魔者扱いの父親を見るのがいたたまれなかった。

たまにこちらに飛び火が来ることもある。

父親が触れたものを触れた私も汚物認定された。

聞こえるか聞こえないくらいか悪口

隠れてやるくらいならしなければいいのに。

消毒の件に気づいているかは分からないが、父親が何か反発したところを見たことはない。

母親からしてもストレスが溜まっている状態だった。

中学生のこの時代が一番荒れていた。

対する私もこの頃が一番嫌悪感があった。

痛いほどに掴んでくる母親の手を必死にふりほどこうとした記憶がある。

虐待で訴えられてもいい。お前を育てずに済むならそれでいい。

母親が嫌いなはずなのにこの言葉は私を傷つけた。

母親は姑を嫌いだった。

からすれば、母親の母も姑も同じ祖母なのに対応の差は歴然だった。

成人式写真。元々乗り気じゃなかったが、おばあちゃんのために、と泣きじゃくる母親を見て撮ることとなった。

撮ることには文句はないが、母方の祖母にはアルバムを送ったのに、父方には何もしなかった。

母方の祖母が言うには、あっちには何もしなくていいと本人が言ったそうだ。

そんな母親でも、毎日料理を作ってくれた。

家に帰ればご飯があった。

私は恵まれている。

だけど、母親感謝する気になれないのは、この状況が当たり前だと思ってしまう、ゆとりの子供だからだろう。

私は親不孝者だ。

この程度のいざこざで家を出ようとするのだから

育ててもらった恩よりも、ほんの少しのワガママが勝つのから

成人式アルバム。私用のが部屋に置いてある。

どうやったら母親にバレずに父親に渡せるだろうか。

私は鏡が嫌いなくらい自分の姿を眺めていたくはない。

撮影後、家でまだ化粧の取れていない私の顔をこっそりケータイで撮った父親

このアルバムを渡せば、あの時感じた心苦しさを消せるはずだ。

あと一年

就職先を早く決めて、バイト貯金を増やして、早く自由になろう。

一人の家なら、料理を始められるかもしれない。

テレビを見ていても、私の好きな俳優悪口を挟む人はいない。

あと一年、頑張ろう。

2018-01-15

私の嫉妬神経衰弱カード(18歳未満は閲覧禁止!)

1.元カレに買ってもらったネオジオ本体を今でも大切に保管している

2.元カレラブホで撮った2ショットパソコンに残ってる

3.元カレに突かれながら潮を噴きまくった夜を忘れられない

4.元カレにもらったスク水タンスにある

5.元カレといたした後とてもボーッとしながら二人でラーメン屋に行って、ボーッとしながら食べた

6.元カレ実家の台所で1回、元カレの弟がいる部屋のすぐそばで1回いたして、翌朝ラブホテルで3回くらいいたした

絶対今の彼氏には言えないぜ

そんなことより今の彼氏との対面座位してる瞬間が最高に幸せ

必死に腰振りながら私のおっぱっぴー必死に吸ってるの

すごくかわいい。歳上だけど最高にかわいい。好き。

山椒魚世界の神であるか?

 現代文の授業で山椒魚を初めて読んだとき、この捻くれ者は、私によく似ていると思った。だが決定的に違うところがある。それは山椒魚世界の神であったが、私は神にはなれなかったという点においてだ。その違いとは些細なようであって、とても重大なことであると私は思う。それは、私が誰かの神に、世界になりたいのに、なれない不完全な出来の人間であるからだ。

まず前提として、この文章はすべて、井伏鱒二氏の短編小説である山椒魚」を借り、私が私について語るだけの、極めて主観的でくだらないものであるということを示しておく。恐らく十八の人間が書く文章なんてたかが知れていると思うが、それでも私は山椒魚にとてつもない親近感を抱いているのである。それについて少しばかり、私が今まで思ってきたことを書けたらいいと思う。

まず「山椒魚」とは一体何かということを明確にしておく必要がある。山椒魚とは前述したように、井伏鱒二氏による短編小説である山椒魚自身身体が成長しすぎてしまたことによって、住処である岩屋から出られなくなってしまう。外に出ようと幾度となく繰り返す山椒魚だが、それが叶うことはついになかった。外の世界自由に生きる生物たちに嫉妬を抑えきれない山椒魚は、ついに悪党となり、山椒魚は岩屋に入ってきた蛙を閉じ込め、自身と同じ状況に追いやることで、自身精神の安定を保とうとしたのである。蛙は屈することなく二匹は岩屋の中で激しい口論を二年にも及んで繰り広げるが、空腹で動けなくなり、死しか望めない蛙に対して、ようやく山椒魚友情を感じるのだ。山椒魚は聞く。「お前は今、何を考えているようなのだろうか?」と。それに対し蛙は、「別に今でも、お前のことを怒ってはいないんだ」と答えるのだった。

この山椒魚を初めて読んだ時の感想は、「二年も口論を繰り返していたのか」とそれに尽きる。だが数回これを読み深めていくうち、山椒魚とは、ただ友達が欲しかっただけの、普通人間なのではないかと思うに至ったのだ。山椒魚には寓意が込められており、簡単に例えを出すならば「うさぎかめ」のように、ほかの生物もの真意本質を遠回しに伝えるというものだ。私の中で山椒魚普通人間であるし、出られなくなった岩屋は肥大した自意識であり、蛙はそれらをすべてわかっていた人間なのだ。これらも前提に、本題へ入ろうと思う。

何故この文章題名を「山椒魚世界の神であるか?」にしたかは至極単純である。私にとって山椒魚は、世界の神であるからだ。もっと突き詰めて言えば、岩屋の中に閉じ込められた蛙の世界であり神であるということだ。まず先程書いたように、岩屋は肥大した自意識であると私は思っている。山椒魚はその自意識に閉じ込められた、或いはそこから出ることを拒んだ所謂可哀想人間に過ぎない。蛙はその山椒魚自意識を満たすため利用された、こちらも可哀想人間であるという認識をしている。山椒魚は蛙を利用し監禁することによって、死の間際に、世界となり神となることに成功したである

人間人間の神になるために必要なことは、その標的からすべてを奪うこと以外に存在しない。山椒魚は蛙を自分の住処に閉じ込め取り入れることによって、蛙からありとあらゆる自由を奪うことに成功している。それがなければ山椒魚は神になれなかったし、もしかしたら山椒魚は図らずも神になっただけかもしれない。だがそれだけ、人間人間の神になるということは難しいことなのだ。それが善悪のどちらに所属するかはまず置いておくとして、私はそれをやってのけた山椒魚を素直に尊敬する。山椒魚悪党となることで蛙を閉じ込めたが、この時の山椒魚の心境を鑑みるに、標的が蛙であった必要はなかったのだと思う。よくニュースで聞くような、無差別殺人犯の言う「誰でもよかった」と同じように。ただこの「山椒魚」にとって、この蛙が蛙でなかった場合、二年間口論が繰り広げられることも、最後にようやく友情が芽生えることもあり得なかったのではないだろうか。

 しかし、だからといって山椒魚が神であるということに相違はない。閉じ込められた蛙にとっては、憎むべき対象も、愛すべき対象も、結局は山椒魚しかいなかったのである。蛙は最後に「今でも別に、お前のことを怒ってはないんだ」と言った。それはおそらく、蛙自身も、山椒魚を神とすることで救われた一人の人間だったからだと思う。山椒魚が蛙を閉じ込めたとき、蛙は、閉じ込められた岩屋の中で堂々と「俺は平気だ」と宣言する。それは山椒魚を見くびってのことだったのか、それとも逆に、山椒魚ならば…という、敬愛の証だったのかもしれない。ただ私が思うのは、おそらく蛙も、もしかしたら山椒魚と同じような立場になっていた可能性があるということだ。メタフィクションのような話になってしまうが、蛙は山椒魚よりも体が小さいので、少なくとも岩屋から出られなくなってしまうということは考えにくい。なので、自由に飛び回ることのできる外の世界―要するに「山椒魚」の世界観で「社会」で、同じ立場になっていたかもわからないのだ。山椒魚肥大した自意識から出られなったが、それはあくまでも人間の内側で起こっている出来事に過ぎない。自身の激しいナルシズムが引き起こす極端な自己評価他者評価ギャップに悩み、それを見栄で隠そうとしたために発生した、ある種一時的反抗期のような、よくよく考えてみれば、我々も通ったことのあるような道でしかないのだ。だが蛙は人間の内側でそれを発生させてはいない。人間人間が大量に入り混じる、失敗の許されない、いわば監獄のような世界でそういった問題に悩まされていたとしたら、それはきっと山椒魚よりも可哀想で哀れな姿になっていたに違いない。山椒魚は蛙を閉じ込めることで、自身と同じ状況の人間作成し、その結果精神の安定を保とうとしたが、それは蛙も同じだったかもしれないということだ。蛙は山椒魚に「わざと閉じ込められる」ことによって、可哀想人間に捕らえられ逃げられない自分を作り出し、自分社会に対する折り合いのつかない問題から逃げ出そうとしたと考えれば、最後の「今でも別に、お前のことを怒ってはいないんだ」というセリフにも納得がいく。

この文章を書くにあたって、自分の「山椒魚」に対して抱いた如何ともし難い薄気味悪さというのは、蛙によってもたらされた山椒魚への許しが生み出したものだと気付いた。小説である一言言ってしまえば確かに終わりなのだけれども、例えば自分が身勝手理由他人監禁され、しかもそこで死を迎えなければならないとなった場合最期相手を許すことが出来るものだろうか。それが愛する人家族ならいざ知らず、どこの誰ともわからない人間にいきなり監禁された時点で、普通に考えて怒りなんて言葉では済まない。それこそ二年間によって繰り広げられた喧嘩でさえ、この最期によればおつりがくるほどだと思う。最初こそ「二年間も口論していたのか」なんて暢気な感想を抱いたけれど、少し考えてみたら、最期の蛙の言葉は、私にとっては最早呪いだ。もしも私が山椒魚だったとして、自分が閉じ込めた相手が死の間際に自分を許す旨の発言をしたら、嬉しさも喜びも何も感じることは出来ない。むしろ、「この人は今まで何を考えて自分の思い通りになってくれたのだろう」という不信感すら残ってしまうだろう。自分という一人の人間を殺したという事実から逃げるなよという、怨念のようなものさえ感じさせる。それを考えると、山椒魚が蛙を閉じ込めたというよりも、蛙のほうが、山椒魚を好きに操っていたようにしか考えられないのだ。蛙は山椒魚のことを、自分と似た人間だと思い、自身社会に出たことで削られてしまった自尊心自意識回復するために、「わざと山椒魚と一緒にいた」ようにしか思えない。物理的にそこから出られなかったとしても、こころだけでも自由になることは出来たはずなのだ山椒魚と違って自由に泳ぎ回ることが出来ていた人間ならば。だがそうではなかった。ということは、蛙は自由に泳ぎ回っているように見えて、その実、社会という檻から逃げられず、自分肯定するために必死だった、ただの哀れな、普通人間しかなかったのだ。

最後にもう一度、これは私が井伏鱒二氏によって描かれた短編小説山椒魚」を借りて書き殴っただけの、主観的陳腐文章であることを明記しておきたい。ここに書かれていることはすべて、私が勝手に作り上げた妄想であって、おそらく山椒魚には、これよりももっとポジティブメッセージ寓意)が込められていることだろうと思う。しかし私にとって「山椒魚」は、どうにもポジティブものとは受け取れなかった。可哀想人間が寄り添って、互いの削れた部分を埋めるために、互いの世界になろうとする。そんな常人には理解出来ない、孤独で閉鎖的でどこまでも自分本位人間本質を描いているように見えたのだ。

私は山椒魚に似ている。けれど私は誰かの世界にはなれなかった。私にとっての「蛙」がこれから現れることはあるのだろうか。山椒魚が蛙を操っていたのか、蛙が山椒魚を操っていたのか。本当のことは、誰も知らない

              

                                                                                                    了

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