「バスケット」を含む日記 RSS

はてなキーワード: バスケットとは

2019-09-24

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASM9L7K7VM9LPIHB02Y.html

そもそも本当に人の命が本当に一番大事なら、水泳バスケットバレーボール柔道学校では禁止せんと理屈に合わないと思うが。

上記は良くて、組体操けがダメっていうのは何とも不思議

個人的意見としては組体操とか要らない派だけどね。

2019-09-20

anond:20190920092907

この話題好きな人はこれを読もう。いろんなスポーツの由来が書いてある。

https://web.archive.org/web/20190330172024/http://www.geocities.co.jp/Athlete-Crete/4031/yurai.htm

例えば、なんでフットボールっていう足を使うスポーツ歴史が長くて、現代から見るとより直感的な気がする「ハンドボール」やバスケットなどの球技歴史が短いのか、これを読めばわかる。

一方、脚(足)とボール関係あるボールゲームのことをフットボールといいますフットボールは多人数で争う対戦型のゲームで、ボール相手方のゴールにたたき込むことによって勝負が決まりますサッカーラグビーフットボールといいますが、サッカーは手を使うことを原則禁止されていますが、ラグビーは手を使います。手を使うのにフットボールというのはおかしいといえばおかしいのですが、ここでフットボールと呼ばれるのには理由がありますハンドボールボールが掌サイズなのに対し、フットボールボールは、両手でなければ扱えないほど大きなボールを使います大勢プレーヤーが密集してボールを取り合うので、大きなボールでなければ都合が悪かったのでしょう。この大きなボールは、革製でしたが、その中身は、牛や豚の膀胱が使われていました。この膀胱性の中空ボールは、弾力性に乏しく、ゲームは密集したプレーが中心となりますさらに、この膀胱性の中空ボールは貴重で、一般には革製のボールに布などを詰めたものが使われ、手でプレーするには重く、第一手が痛くなってしまう代物でした。結局、フットボールは、ボールをもって運ぶか蹴るとかいった、足と脚を使ったプレー主体にならざるをえなかったのです。


ちなみに主にオーストラリアで人気のあるラグビーラグビーリーグ)は、いわゆるラグビーラグビーユニオン)がプロ化するにあたって協会分化して、危険性を下げるためにスクラムなどを抑制していった結果、また違うフットボールゲームになった。バックス主体ラグビーでこれはこれで面白い

で、これを書くまで知らなかったんだが、オージールールラグビーは、ラグビーリーグとはまた違うのか。勘違いしていた。

2019-07-26

30年前のブルース

"最後のゴール 転んだ時の

 傷あとは まだ痛みますか"

サッカーラグビー想像すると絵になるのに

バスケットを思い浮かべると

間抜けな情景になるのは、なぜ?

2019-06-13

カラオケ行こうか迷う

時間無料ポテトからあげバスケット無料、ただしドリンク代別で1どり必須って店

うがーーーーでも迷ってるうちにチラシどっかやったーさがしてもみつかんねーーーーーー

2019-06-03

anond:20190603225122

放射能ブリジストン自転車ジョブノ」から猛毒コバルト60検出

1. 経緯

(1)本年4月17日火曜日)16時10分頃、

ブリヂストンサイクル株式会社から文部科学省に対し、以下の内容の連絡があった。

販売している自転車バスケット放射線量を測定したところ、

その一部から、表面から1センチメートル距離で毎時7.5~10.6マイクロシーベルトを検出。

また、在庫自転車1,145台の調査を行ったところ、

86台(いずれも同社国内工場内での組立時期が平成23年11月平成24年1月のもの。)の

自転車バスケットから放射線を検出。

当該バスケット海外から輸入したもので、

同じバスケットを装着している自転車を約2万台販売済み。

(このうち、組立時期が平成23年11月平成24年1月のものは約3,200台)

これがジパング

2019-05-05

anond:20190505170801

最適解なんて存在しないけど(当たり前だよなあ?)絶対にやっちゃいけないパターンはたくさんある

「1つのバスケットに全部の卵を入れるな」というのはその際たる例

2019-05-02

どう考えたら 新幹線の三景

暮れの新幹線

相当の混雑なので指定車両に移ってみた。

ここも満席だったが、 ふと見ると、座席に小さなバスケットが置いてあり中に小犬。隣に若い女性が座っていた。

早速「ここ空いてますか」と尋ねてみた。すると、その女性は、「指定席券を買ってあります」と答えた。

私は虚を突かれた思いがした。


改めて車内を見渡すと、多くの立っている大人の中、母親の隣で3歳ぐらいの男の子が座っている座席もある。あれも指定切符を買ってあるのだろう。

仕方なくいっぱいの自由席に戻ると、ここにも学童前と思われる子が親の隣に座っていた。

懲りもせずにまた「ここ空いてますか」と尋ねると、母親は仕方なさそうに子どもをひざの上に乗せ、席を空けた。

私はその座席で居心地の悪さを感じながら、この新幹線の中での三景をどう考えたらいいのか自問した。

2019-02-28

部下に結婚しないの?とか聞く前に給料就業時間バランスを見直せ

こないだ上司と飲んでるときに「結婚はしないの?」って聞かれた。わたしは26歳のSE上司とは3年くらいの付き合いになる。毎日毎日9時から21時まで働いて帰って寝る、もしくはたまにこうやって飯屋に連行されて飲んで帰って寝る生活。平日はゴリゴリ働いて、週末は趣味社会人サークルがあるからほとんど家に居ない。こんな状況じゃ自分の面倒を見るので精いっぱいで、恋愛結婚もしてる場合じゃない、するなら部署変えてもらわないと無理です。ってこたえた。

それなのに全然ピンときてないみたいで、彼によると結婚に魅力を感じていないか時間がないとかを言い訳にしてしまうんだそうだ・・・。そして結婚することのメリットを羅列し始めた。

「さみしくない」とか「家賃折半で済む」とか「子供はいいもんだ」とか。いろいろいってたけど。どぉーでもいい。黙れ。○ね。○す。

しまいには「俺もお前と同じくらい残業もして働いてるし週末も活動してるけど、家庭は維持できてる」だと。あーーー思い出したらイライラしてきた。

わたし「お言葉ですけど、奥さまは上司さんの扶養内ですよね?」

上司「そうだけど」

わたし「それで上司さんは帰宅したら食事とお風呂が用意してあって今着てらっしゃるスーツバスケットに入れておけば奥さまが洗濯したりアイロンかけたりクリ―ニングに出したりしてくださってるんですよね」

上司「そうだよ」

わたし上司さんは奥さまがお仕事諦めて飯炊き女に従事して下さってることもっと感謝したほうがいいですよ。わたし上司さんと同じくらい手取りがあれば家事もできるジゴロ飼って結婚でもなんでもしたいですけどね。あいくそんなお金もないし。今は自分の面倒見るので精いっぱいなので(あなたのような)自分のこと自分でできない男性そもそも多忙男性懇ろにしてる場合じゃないんです。」

上司ポカーンとしてたけど今度は飼い犬の話し始めたからもういいやって感じ。給料上げろ。バー

2019-02-16

ダウンロード違法化について

 ダウンロード違法化話題になっている。

 このことを考えるには「本とは何であるか」を今一度考える必要がある。

 本はもともとは「情報を記録してより多くの人に伝達する」ためのものだろう。

 「作者が金銭を得る」ことは本来なら「副作用」に類するものだ。

 「本とは何であるか」を見失ってしまたから複製が罪とされるのだ。

 もちろん、これは個人の感想に過ぎないが、もし間違っているなら教えてほしい。

 本とは一体何なのか?

 なぜ本を複製することが罪となるのだ?

※なお「本」をテーマとしているのは真偽は不明であるダウンロード違法化出版業界要請であるとされているため。

 もはや、この前提が正しくないのかもしれない。

 ミリオンセラーを出せば巨額の富を得ることできたのが、よくない。

 「良い商売」になってしまたか権力構造が生まれることになる。

 当初の目的は忘れ去られ、一部の人間のための理屈が全体を支配する。

 かつては「製本コスト必要」だったから、その費用請求したに過ぎない。

 しか現代ではデジタル技術によりゼロコストでの複製が可能だ。

 複製コストがかからないのなら読者は料金を支払うのはなぜか?

 「本を出したい側」すなわち「情報を記録したい側」「情報を伝達したい側」にとっては「無制限いくらでもデジタル複製できる」現代の状況は本来ならば喜ぶべきことではないのか?

 記録性や伝達性を高めるために生み出された手段としての本だが、逆にそれらを喪失しつつある。

 商売邪魔になるからと記録されなくなる。

 これでは本末転倒ではないか? 方向性を見失ってはいいか

 複製が悪と言うならばテクノロジーは間違った方向に進んでしまったのだろうか?

 複製コストだけじゃなく作者の生活費必要

 「本を売る」ということで作者の生活保障するシステムだ……、というのは一理あるだろう。

 だがシステムとしては欠陥まみれだ。拗れすぎてしまった。まるでスパゲッティコードだ。

 通説では「本を売るだけで生活できるようになれば生活のすべてを本を作ることに費やすことができる」とされている。

 しかし「売れること」への強迫観念質的変化をもたらしてしまった。

 競争はとても過酷だ。限られた人間けが「作者」になれる。

 「売れなければならない」から表現たかたことを切り捨てる。

 だというのに本は売れずに儲かりもしないなら怒りも沸くだろう。

 一体誰が得をしているというのだ?

 「本が売れなければ作者は生活できない」とは作者になれた側の理屈だ。

 現在システムでも切り捨てられている人間はいる。

 日の当たることのないものは闇の中へ葬られ、なかったことにされているだけだ。

 「本を出す」ということが「競争勝利した」という別の意味合いへと変容しつつある。

 半ば競技化した出版競争というもの他人を踏みつけた上にある勝利だ。

 ジャンルにもよるが、作品の中でどれほど綺麗事を語っていても、背景にあるのは血生臭い権利の獲得競争だ。

 トロフィー価値が下がるから「本は売れなければならない」という逆説的理論が構築される。

 目指すべきは「本が売れなくても生活できる」社会ではないのか?

 なら、いかにしてそれが可能なのか?

 ここで映画音楽の例を見てみよう。

 ところで映画音楽はいち早くダウンロード違法化を取り入れた。

 しか音楽なら公式MV公式無料配信され、映画なら地上波で放映されるものも珍しくない。

 有名な作品ほど、そうなる。

 結局はダウンロード違法化とは裏腹に無料デジタルコンテンツ提供されている状況だ。

 その一方で知名度の低い作品は人に知られることもなく消え去っていく。

 ダウンロード違法化によってデジタルデータ販売収益が得られるようになったのだろうか?

 どうやら、デジタルデータ販売とは別に収益を得ている様子だ。

 映画音楽と本の違いはなんなのか?

 キーとなるのは「施設」だ。

 映画ならば映画館が、音楽ならばライブハウスコンサートホールがある。

 他にもスポーツ場合でも施設があってプロがいる。

 野球ならば野球場、サッカーならサッカー場、バスケットボールならバスケットコートプールならプールゴルフならゴルフ場といった具合にだ。

 お金が欲しい人とお金を払いたい人が施設に集まる。

 施設を基点とする集金システムは、強い。

 「他人土地に無断で立ち入ってはいけない」という始原的なルールに基づいているためだろう。

 うまくいっているファンビジネスには施設があって、うまくいっていないファンビジネスには施設がない。

 本は施設との結びつきが弱い。

 「基盤となる施設の不在」こそが本の作者の食えないことの最大の要因であるとは考えられないだろうか?

 本にも書店図書館漫画喫茶といった関連施設があるにはある。

 だが、それらは作者の収入に直接的に結びついてはいない。

 デジタルデータのない時代、本は書店に行かなければ入手することができなかった。

 書店は「発売日に本を手に入れる」という日常の中でのプチイベント提供する施設であったといえる。

 しか現代ではデジタルデータがある。

 しかも売る側の人間が「本と電子書籍は同じ価値ですよ」と宣伝しているのだ。

 実物とデジタルデータは本当に同じ価値なのだろうか?

 書店でのサイン会のようなイベントは「宣伝になるから」という理由無償であることが慣例となっているらしい。

 むしろデジタルデータ無料サイン会が有料であるほうが直感的ではないか

 テレビ放送されてこそ「遊園地で僕と握手」というシステムがなりたつ。

 アニメ業界も同様に施設を持たないか金策に苦労するのではないだろうか?

 イラストレーターならアトリエアニメならアニメスタジオのような施設はあるが、これらは工場に近い。

 売れないといわれているアニメ業界だが、一部のアニメ映画はその例外のようだ。

 映画館という施設のパワーを借りたからうまくいったのかもしれない。

 それでは、どんな施設を作ればいいか

 それは出版業界人間が考えるべきことだろう。

 もし何のアイディアも思い浮かばないようであれば出版業界になんの存在意義があるのか?

 出版業界などダウンロード違法化と一緒に崩壊してしまえばいい。

 もしも作者と読者が直接的に結びついてしまえば出版社はお役ごめんだ。

 今後の生き残りを狙うなら出版社にも施設を用意する動機はあるはずだ。

 商業施設というのはただそこにあるだけでなく「関係性」を提供するものだ。

 演者と観客、対戦相手講師と受講生、提供する側とされる側といった関係性だ。

 お金を持っている人、お金を使う人、あるいは大勢の人との「関係性」を提供する「施設」だ。

 もしくは公共性を持った施設でもいいかもしれない。

 ここでいう施設というものはまったく新しい概念でなくてもかまわない。

 地図でも開いて目に付く限りの施設を本と結び付けて考えればアイディアひとつも思い浮かぶことだろう。

 本が売れないかダウンロード違法化というのは根本からしておかしい。

 それよりも適当施設を用意するほうがよっぽど現実的だと思うがどうだろうか?

2019-02-04

リバイバルものアニメで当たってヤツあったっけ?

中華一番が再アニメ化されるそうだけど、もう正直期待値下げてかないとやってらんないくらリメイク版つまんないの多くない??

方針演技とか丑寅とか、観てないけどキャぷツバとかも盛り上がってるってぜんぜん聞かないし、

なんかイー作品なんだったら盛り立てて欲しいのに、わざわざ評判下げるために再アニメ化してんのかなって気すらしてきた。

かいって今ちょっとアニメ化して欲しいのは、クリームっぽいマミスピンオフだけどさ!

ブギポップも、「ソレ今やるアニメか?」感が半端なくて。果実バスケットも当時だから観れたかも知らんけど。。。

イー作品だとしても、時代と合わないのこともあるのかもナァって。

いやでも、ひょっとしてバン!と当たったアニメもあったかもしれない・・・。記憶にないけど。

え・・・、ある?

2018-12-28

anond:20181228151438

真面目に紙食器と 「とりあえずでかめ洗濯バスケット」買ってきて汚れ物は全部そのバスケットに突っ込んで定期的にコインランドリーに通うとかで解決できるぞ>色々面倒臭い問題

2018-11-24

劇団た組。第17回目公演『貴方なら生き残れるわ』を観た

高校教員をしてる。管理職でない限り、全員が何かしらの部活動を受け持たないといけない。私は男子バレーボール部だ。

バレーボールは体育の授業くらいでしか触ったことがない。指導は、別に専門の先生がしてくださってる。だから私は見てるだけ。

でも、楽しい

弱小だけど、みんな一生懸命で、中には練習サボる子もいるけど、みんなバレーが大好きで……。

6時半に練習が終わっても、そのまま体育館に残ってボールを触っているから、私はそれをぼんやり眺めて、7時半になったら、まだ物足りなさそうな部員たちを追い出して、体育館を施錠するのが日課になっている。

自分のよく知らないものでも、誰かが夢中になって頑張っているところを見るのはとても楽しい

と同時に、不思議でもある。

どうしてこんなに一生懸命になれるんだろう。

どうしてこんなに、こんなに…。


11月24日(土)

劇団た組。第17回目公演 『貴方なら生き残れるわ』

作・演出加藤拓也/音楽演奏谷川正憲(UNCHAIN

を観た。

好きな俳優さんのTwitterから、この公演のことを知って、劇団HPであらすじを読んだ瞬間、絶対に観に行こうと決めた。

――――――――――――

<あらすじ>

松坂は母校の体育館にやってきます

そのコートで、失った熱量を懐かしんでいると先生に会ってしまます

先生は言います。元気か。

松坂は言います。まあまあです。

そして松坂シュートを打ってみなと促されます

促された松坂シュートを打ちます。打って、それから、謝ります

バスケット辞めてごめんなさい。

松坂バスケットを何も言わずに辞めたのです。

誰も知らないまま、辞めたのです。

ただ、バスケットを辞めたのです。

たかだかバスケットを辞めたのです。

――――――――――――

何がそこまで私を惹き付けたのかわからない。

でも、心臓素手で鷲掴みにされたような衝撃があった。

から、観に行った。

客席に入って、まず目に入ったのは中央バスケットゴール。そして床に描かれたバスケットコートライン

フラット舞台の両脇には階段があって、まるで体育館ギャラリーみたいだな、と思った。

下手側の階段の踊り場にはギターを抱えた人がいた。「間もなく開演です」のアナウンスのバックで、静かにギターを弾き始める。音が重なって、重なって、そして静かに反響しながら消えた瞬間。

松坂が母校の体育館にやって来た。

自分の呼吸が邪魔に思えるほどの静寂と緊張感。

そしてそれを少しずつ切り裂くように、そこにある、松坂の肉体。

先生がやって来て、松坂シュートを打つように促される。高校時代が蘇る。

部活前の男子部員空気が、本当にリアルで驚いた。シューズの紐を結びながら、他愛ない話をするあの感じが、私が普段目の当たりにしているものと同じ温度でそこにあった。

物語が進むに連れて、少しずついろいろなことがわかってくる。

ずば抜けて上手いのはキャプテンの吉住だけ。彼は素行が悪くてバスケが強い学校には行けなかったから、この学校で一からバスケ部を作った。ちょっとやんちゃで、先生に口答えすることもあるけど、それは結局のところ本人が甘えたなんだと思う。

他の部員高校からバスケを始めたか、少しかじった程度。

主人公松坂は、もともと野球部だったが、部員と折り合いが悪くて部活を辞めた。バスケ部に入ったのは、クラスメイトに「楽だし、初心者でも大丈夫」と言われたから。

部員個性が見えてくるに従って、私は自分部活の生徒の顔が重なるような気がしてならなかった。一人一人は全然違うのに、「ああ、いるよな」「ああ、あるよな」が積み重なって、まるで自分の話のように思えてくる。

中でも胸に来たのは、顧問の沖先生が授業準備が忙しくて部活に来れなくなるシーンだ。代わりに来た外部コーチに、吉住は激しく反発する。

「俺らのバスケ知らないやつに練習メニュー指図されたくねえ!」「お前、顧問じゃねえのかよ!何で来ねえんだよ!授業が増えたとか知るかよ!部活時間部活に来いよ!俺の言うこと聞けば勝てるって言ったよな?じゃあ命令しに来いよ!」

私も、授業準備や他の生徒の対応部活になかなか行けない日がある。やっと体育館に行くと、もう終了の挨拶…なんてことも、何度もある。

生徒は部活に休まず来てるのに、顧問部活に来ない…なんて、不満に思っても仕方ないよな、と思うけど、授業準備も部活動指導も、教員にとっては両方とも「仕事」だ。私自身はかなり部活が好きな方で、沖先生もかなり部活が好きな方で、でも部活よりも優先しなきゃいけないことがある状況は、すごくよくわかる。

でも、それは部員には「わかってくれ」と言ってもわかるもんじゃないよな、というのも、すごくよくわかる。

コーチが来て、彼らの練習風景はがらりと変わる。活気が出る。それまでだらだら惰性でやっていた練習が、意味付けされて、みんなが「勝つために」練習をやり始める。

新入生が入ってきて、二年生になった松坂たちは少しずつ「自分武器」を身につけていて、チームは確実に強くなったことが肌で感じられる。

そして迎えたIH予選。

負けたら、三年生の吉住と當座は引退だ。

IH予選1回戦は、勝った。でも、ミスが多くて先生に叱られる。

そして當座が、「辞める」と言い出す。

大学受験マジでヤバいからバスケ大学推薦がもらえる吉住と違って、俺はバスケ頑張っても何にもならないから、勉強しないとマジでヤバいから

當座は序盤から勉強部活の両立に悩んでいるような描写が繰り返されていた。だからいつかはこうなる予感があった。でも、それは今なのか。三年生の、IH予選で、1回戦は弱い相手ギリギリ勝って、2回戦は相手も強いからこうはいかないかもしれないけど、でもとにかく負けたらそれで引退の、三年生の、今なのか。

そんな當座に、吉住は噛みつく。「何でだよ!」と詰め寄る。

そして溢れる當座の本音。「俺がいなくても、俺より上手い後輩がいるか大丈夫だよ。俺が試合に出るよりも、後輩が出た方がいいよ」

「下手でもお前出ろ!俺のパス受けろ!」吉住の激昂。二人きりの三年生。吉住と當座と、顧問の沖先生の三人だけでやって来た一年間。少しずつ後輩も育って、やっと勝てるようになった三年生の、IH予選。

でも、頑張ってどうなるんだろう。将来どうするんだろう。部活を頑張った、その先は?

私も、自分高校時代勉強理由部活を辞めようとしていた同級生必死で引き留めたことがある。結局、彼女は三年生の夏まで部活を続け、一緒に引退したけれど、今でもあのときの私は正しかったのかとたまに思い出す。もしかしたら、あそこで私が引き留めずに彼女部活を辞めて勉強だけに打ち込んでいたとしたら、彼女もっと上の大学に行けたかもしれないと、考える。まあ、最終的に決断したのは彼女自身なのだから、そこに私がとやかく言うことに何の意味もないのだけれど、私は最後まで彼女部活ができて、とても楽しかったのだけれど……。

教員になってからも、勉強と両立できないか部活を辞めようかと悩んでいるという相談を受けたことは何度もある。そのたびに、私は止めてきた。それが正しいかはわからないけど。

今でも、必死練習する部員たちを見ながら考えることがある。バレーを頑張ったからといって、進路の保証があるわけでもない。この時間を、補習やアルバイトに費やす方が有意義な生徒もいるかもしれない。でも、この経験はきっと、いつかどこかで、何かの役に立つんじゃないか…。

「これが将来にどう活きていくか」なんて、考え出したらキリがない。とくに教員仕事なんて、どんな指導をしたとしても、本当にそれが生徒にとって良かったかわかるのは、5年後が10年後か、何年先になるかわからないし、もしかしたら一生わからないままかもしれない。

それでも、今一番良いと思えることをやるしかない。

IH予選2回戦。

格上の相手に、チームは苦戦する。でも、全く勝てない相手ではない。今、自分たちにできる、最高のプレーを。

残り時間あと6分。点差はわずか。負けたら、ここで終了。勝ったら、もう少しだけバスケができる。

私はここでも、自分部活を彼らに重ねていた。

今年のIH予選。地区大会は勝ち抜いたけど、県大会は1回戦から格上の学校相手で、良いプレーはしたけど、負けてしまった。

バレーボール制限時間はない。先に25点取った方が勝ちだ。じわじわと、相手の点数が25点に近づいていく。

「ああ、このまま、このまま終わってしまうのか。もっと見ていたかった……もっと見ていたい……いや、まだ終わってない、希望はある……うちがここから○点取れば…………」

そんなことを考えながら祈るように試合を見ていたことを思い出した。

そのときの、バレーコートの中の選手気持ちはわからない。でも、今、目の前の、バスケットコートの中の選手気持ちは、客席まで伝わってくる。きっと、同じだ。彼らも、彼らも。そう思うと涙が出た。


舞台上の試合のシーンでは、本当にバスケ試合が行われていた。

もちろん、ある程度の段取りはあるだろうが、シュートが決まるかは打ってみないとわからないところは、試合と同じだ。シュートが決まればこう、外れたらこう、みたいなパターンはあるのだろうが、それも、試合と同じだ。

何のスポーツでもチームで行う競技すべてに言えることだろうが、上手いチームは「いるべき時に、いるべきところに、いるべき人が、いる」と感じる。

それは、演劇も同じだと思う。


舞台は、何が起こるかわからないライブ感が魅力だ。

でも、人生は何が起こるかわからいから、こわい。

何をやるのが良くて、自分は何がやりたくて、それがどう自分のこの先に繋がっていくかは誰にもわからない。

何かをやるにしても、何かをやめるにしても、自分が「良かった」と言えなきゃいけない。

いろいろなものが重なって、なんだかもうわけがからなくなって、最後の方はほとんど泣いていた。

泣きすぎて拍手ができなくて、それだけが心残りなくらい、泣いていた。

かに感想を伝えたいけど、あいにく私は友達が少ない。

からいつも感想Twitterで呟いたりするのだけれど、今回はあまりにも自分プライベート事象リンクしすぎてしまたから、匿名ブログに託すことにする。

観に行って良かった。

ありがとうございました。お疲れ様でした。

2018-11-04

飲みに誘うよりも

知り合いになった女の子を飲みに連れてくパターンって多い気がするが、自分スポーツに誘う。

いきなりハードルたかそうだけど、自分初心者で下手だから、とか言って連れ出す。

テニスでもいいし、運動公園にあるバスケットのゴールで遊ぶとかでもよい。

運動してると、オッパイが揺れるのを見れる。

気温高めの季節だと薄着なのでさらによい。

オッパイに限らず、女体が動く様が観察できて楽しい

酒が入ってカッコ付けたこと話してしまうヘマすることもないし。

とにかく動いてる女体はイイ。

そんな話。

飲みに誘うよりも

知り合いになった女の子を飲みに連れてくパターンって多い気がするが、自分スポーツに誘う。

いきなりハードルたかそうだけど、自分初心者で下手だから、とか言って連れ出す。

テニスでもいいし、運動公園にあるバスケットのゴールで遊ぶとかでもよい。

運動してると、オッパイが揺れるのを見れる。

気温高めの季節だと薄着なのでさらによい。

オッパイに限らず、女体が動く様が観察できて楽しい

酒が入ってカッコ付けたこと話してしまうヘマすることもないし。

とにかく動いてる女体はイイ。

そんな話。

2018-11-02

anond:20181102122808

データは探せばあるだろうが、カードキャプターさくら原作漫画アニメ公開後にブレイクスルー突破して男性を含めた漫画読みに親しまれた。

そして、今でいう所のフルーツバスケットだったりみたいな「男性にも読まれ少女マンガカテゴリを生成するに至った訳だ。

女性側にとっては今も昔もこれからもあの絵柄は少女マンガ以上未満それ以外でもなかったが、男性にとってはナニを扱くのに十分な絵柄だったわけだな。

もちろんレイアースもその嚆矢ではあったろうが、本格的にそのブレイクを果たしたのはCCさくらからだぜ。

なによりCCさくらは他の少女マンガと比べて? 装丁少女マンガ的ではないサブカル寄りに設定されていたからな。

まあ、Xとかいろいろあるので影響している要素はそれ一つではないのであるが。

2018-10-30

ピクニックでもないのにサンドイッチ食う奴

バスケットに入れるくらいの手間を惜しむなよ

2018-10-26

anond:20181026221052

テーブルちょっと引っ掛けてそいつカバンをかけられる便利グッズってあるじゃないですか

バッグハンガーっていうらしいですけど

飲食店であれを使ってカバンのショルダーベルトをかけた時に床に付かない長さがちょうどいいかなって思ってます

カバンを入れるためのバスケットが置いてあるような小洒落たお店には行かないもんで

2018-09-20

[]プーと大人になった僕

プーと大人になった僕』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。

総評

これは100点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、この100点は大傑作という意味ではない(300点とかありえる)んだけど、ごちそうさまでした、わしゃぁあ満足です。という意味で良作だというのはたしか。損しません。

まあ、家族向けとかカップル向けかと言えば、実はそんなことはなくて、一人で見に行けよおい、しか社会人がいけよ、っていうのはあるので万民向けとはいい難いんすけどね。この映画は、だって学生にはわからなさすぎでしょ。

ざっくりいうと「おとなになって社会人となり企業戦士として毎日ブラック労働をしているクリストファー・ロビン仕事家族の間で板挟み。人生迷子なっちゃったプーさんといっしょに正しい人生を探そう」みたいなあらすじ&テーマであって、それは予想通りだったし、そして予想を満たして十分以上な脚本完成度です。テーマ物語性(増田はここを中心として映画を見ちゃうタイプです。趣味合わない人は申し訳ない)でいえば、非常に満足でした。

がー。そのてんに関してはー。満足だったのでー、逆に満足であったがゆえにー。脇へうっちゃっておいてー。この映画のー。感想についてはー。別の部分をー。述べたいとー。おもいまーす。

ショタクリストファー・ロビンクリストファー・ロビンすぎてやばい

映画冒頭部分では、まだ「100エーカーの森」でくまのぷーさんと遊んでいた頃のクリストファー・ロビンショタ)が登場するんですが、もうね、これがね、非常にこうファビュラスっていうか尊いわけですよ。華奢な白人少年が四分丈の(日本で言う半ズボンよりは少し長いけど膝上の)ズボンから、少し筋張ったくらいの細っい脚をね。伸ばしてね。みどり豊かな森の中をバスケットを持って歩く姿がね。素晴らしいわけです。

わかりますか。美少年なんでございます

シーンはクリストファー・ロビンが寄宿学校へ向かうその直前。楽しく美しく永遠だと思われていた「森でのプーさんとの日々」が終わるちょうどその時。作中では「お別れをいう日(Day to say goodbye)」と描かれるその日なわけですよ。

クリストファー・ロビン楽しい田舎暮らしから、厳しく抑圧的な寄宿学校へ入らなきゃいけない。それは大人への第一歩で、もう今までのように日々をただ日々として楽しく過ごせる時間は終わってしまった。それをクリストファー・ロビン本人もわかってるんですよ。もう自分はゆったり時間を過ごせない、これから時間に追われて毎日何かをしなきゃいけない、大人になるからもう仕方ないんだって諦観してるんですよ。

その「子供としての最後の日」。100エーカーの森で、プーさんピグレットティーガーたち森の仲間でパーティーをして楽しく過ごしたその後、森を見下ろす高台丸太ベンチに座ったクリストファー・ロビンプーさんの二人は、こてんと肩を寄せ合い夕日に向かってずっと座ってるんですよ。

そこで「ぼくのことをわすれちゃうの?」と鼻にかかった声で尋ねるプーにたいして、ショタ大事なのでもう一度いう)美少年クリストファー・ロビンが、優しくて、それでいて困ったような表情で「プーのおばかさん」って言うんですよ。

ほんと。

尊い

わかるか人民どもこの尊さが? 「おばかさん」ですよ。もうね、水銀灯の牙城にいちどの跳躍で飛び込む偉大なシーンですよ。もちろん画面は映画でありフルカラーなわけですけれど、この夕暮れは追憶郷愁の甘さを伴ってセピアにさえ見えるわけですよ。つまり何がいいたいかって言うとクリストファー・ロビン尊い

イケオジクリストファー・ロビンクリストファー・ロビンすぎてやばい

あっという間に幼少期、少年期、青年期を過ごしたクリストファー・ロビン。寄宿学校で父の訃報に接して、社会に出て、将来妻になるべき女性イヴリン出会い求愛して結婚し、子供を作り、出兵(たぶん第二次世界大戦)して、なんとかロンドンに帰ってきて、就職して仕事に打ち込む中年になってるんですよ。

大企業カバン製造部門責任者となったクリストファー・ロビンは、会社上層部からこの部門効率化(予算削減)を求められていて、その要求は−20%。リストラ待ったなしの状況で、大事な部下を切り捨てるかどうかの瀬戸際の日々を送り、その結果として休日家族との時間も奪われているわけですよ。妻からは「もう何年も笑顔を見ていない」と言われ大事な娘のマデリから失望されて、でも、家族を守るために部門を守るために、家族旅行への参加をキャンセルしてまで働かなきゃならんわけです。

予定されてた旅行イヴリンとマデリンの妻子を送り出して、週末も缶詰仕事しなきゃと追い詰められたロンドンのアパルトメントのクリストファー・ロビンのもとになぜかプーさんが現れて助けを求める、というのがこの映画の第二の開幕です。

懐かしい友プー出会ったクリストファー・ロビンは彼の頼み(行方不明になってしまった仲間たちを探してほしい)を叶えるために(どっちかっていうと大都会ロンドンにおいては厄介なお荷物プーさんを森に帰すために)、郊外の美しい故郷に戻ろうとします。そこでプーさんクリストファー・ロビンは一緒に旅をするわけですけれど、相変わらずふわふわ夢みたいなことを言う(まあぬいぐるみなので当たり前だけど)プーさん脳天気っぷりに、時間黄金よりも貴重になってしまったブラックカンパニーソルジャーマシーンクリストファー・ロビンはいらつくわけですよ。プーさんベタベタはちみつで汚してしまった廊下掃除している間にも、刻一刻とリストラタイム期限が迫ってるわけで。「なにもしないをすればいい」とか「ゆっくりすればいい」とかいプーさん言動癪に障るのは、まあ、仕方ないです。

送り届けた「100エーカーの森」で、とうとうクリストファー・ロビンは切れちゃうわけっすね。

「ぼくはもう昔のぼくとは違う」とプーに突きつけてしまう。その時の表情がね、もうね、良い。

良いよね。

良い。

失意のぷーさんは「従業員を捨てなきゃならない(リストラ)」というクリストファー・ロビンに「もしかしてぼくも捨てたの?」と聞いちゃうわけです。

それに対してクリストファー・ロビンは「捨てたんだよ」と答える。

この時の表情も、良いのです。

「ソレ」をいっちゃったら相手が傷つく以上に自分も傷ついちゃうのを自覚していて、それでも言ってしまったクリストファー・ロビンの、ナイーヴな表情が尊いわけです。おっさんのくせに。イケオジつぇえな。

この時クリストファー・ロビンは「いいやプー特別友達から捨てるわけないじゃないか」と適当に言うこともできたわけです。でも、それは事実じゃないわけですよ。現実として30年以上プーさんを忘れていたわけだし、放置していたし、それは客観的にって捨てたと言われても当然なわけですよ。そういう現実を糊塗して「捨てるわけない」とクリストファー・ロビンは言えなかった。特別友達からこそ、そこで嘘はつけず、自分相手も傷つけるのなんてわかっていたけれど、「捨てたんだよ」と答えるしかなかったわけですよ。

40代になったクリストファー・ロビンはもうおっさんなわけですけれど、ロンドン紳士然としたイケオジなんですね。その彼がいろんな現実言葉を飲み込んで、意地っ張りにも露悪的な「捨てたんだ」って告げるそれが、もうね。

ほんと。

尊い

わかるか人民どもこの尊さが? 「捨てたんだ」ですよ。そんでもってさらに終盤になってね、途方に暮れて懺悔をするようにつぶやく「ぼく迷子なっちゃった」ですよ。いつも迷子になったプーさんを探しては連れ帰る、森の英雄だったショタロビンが、社会人になって人生迷子なっちゃったわけです。大事大事で何よりも大事な娘を守るために頑張ってるはずなのに当の娘にがっかりさせて心配させて、もう何が正しいんだかよくわからなくなっちゃったわけですよ。大人になったクリストファー・ロビンにこそぬいぐるみプー必要なわけです。

まり何がいいたいかって言うとクリストファー・ロビン尊い

結論

クリストファー・ロビン尊い

2018-09-05

意識高い系と言われ早15年

当時は若者と言われていたけれどもオジサンと言われてしまう年齢へ突入し、それでも意識高い生活が辞められないで居る。

朝の起床はGoogle Homeアラームで目覚め、目が冴えたら「OK Google おはよう」と言い、本日の予定と朝のNHKニュース聴く

朝食は様々試行した結果、やはり日本人は白米に減塩味噌汁焼き魚、そして漬物にすると体調が良いと気付いた。たまには納豆生卵も行く。

それに加えて野菜不足を解消するため出勤前に野菜果物ミキサーに掛けたジュースを飲んでいる。

持ち物はPeak DesignのEveryday BackpackMacBook Pro2018、iPad Pro、SONY RX100、GoPro HERO6 Black、GARMIN EDGE 520、小型Bluetoothスピーカー書類ノート、筆記用具(Apple Pencil含む)、USBハブや充電ケーブルタオルドリンク、財布、着替えなどを入れている。

手持ちはiPhone XApple Watch、Apple AirPods

運動不足にならないよう5駅分を自転車で走り、GARMIN EDGE 520やApple Watchでログを取る。自転車乗り始めの頃より移動時間が短縮しており心拍数も落ち着いている。

通勤中はお気に入りPodcastを聴いているかビジネス書自己啓発系の本を読み上げ機能で聴いている。

自転車から降りて残りは電車で移動だが、可能な限りキャッシュレス生活しようと思っているので、Apple WatchのSuicaで改札を通る。Suica以外の決済は基本的iDを使う。

昼食はiPadを持ち出し同僚とカフェキッチンカーであまり脂質が多そうでないものを選び、同僚と雑談Webブラウジングしながら食べる。

時間に余裕があれば、ポケットへ忍ばせたSONY RX100で写真動画を撮り、iPadで簡易的に編集SNSなどへ投稿して遊ぶ。

時間に余裕がないときMacBook Proを持ち出して昼食をしながらの仕事なってしまう。

毎週水曜日仕事終わりにジムへ通っており指導を受けつつ汗を流す。ジム目的痩せることや鍛えることでなく、体力の低下を可能な限り防ぎたいからだ。

週末金曜はたいてい同僚とフットサルバスケットボルタリングなど身体を動かす遊びをし、その後に軽く酒を飲むということをやっている。

酒が入ると自転車は駐輪所へ置いたままにして月曜の帰り回収することとなる。

寄り道せず帰ると、夕食と酒を頂きながらNetflixYoutubeを観ている。

寝る前には「OK Google 電気消して」と言うとPhilips Hueが消灯する。

土日は子供と遊んでいるか、嫁と子供と買い物に出掛けるか、趣味日曜大工へ没頭している。家のテーブルや棚はほぼ自分で作ったものだ。

長めの休暇が取れると、親父とお袋を呼んで家族みんなでキャンプへ出掛ける。これは俺が小学生の頃から親がやってくれていたので続けている。

雑談の折に普段こんな生活をしているよと言うと「意識高いですねw」と同僚や後輩、部下から言われてしまう。

2018-06-20

anond:20180611200804

段ボールは、ダイソーで売ってるダンボールカッターですぐに小さく切って生ごみ

洗った服は取り込んだらすぐ畳みますタンスより、収納バスケットに入れたほうが楽ですニャ。

引き出しは奥に入ってると取り出しにくいけどバスケットはそれごと好きな処で作業できるので。

2018-04-08

anond:20180407080732

あれくらいがニッチ性癖として多くの人間認識できるラインなんじゃない?

個別に聞いていけばいろいろあると思うよ。

僕の例だと、動物が滑車のついたバスケットに乗ってロープをシャーーって下っていく様子を毎晩想像して勃起してた(子供だったのでちんこを擦るという発想がなく頭の中がきもちいい状態を楽しんでいた)

2018-03-17

anond:20130809115823

昔に読んだこの記事がまた伸びていた。

最近見かけた、格差を表す画像のことを思い出した。

バスケットのゴールからだんだんと遠ざかるように人間が配置されている画像

ゴールから遠い=後ろにいる人間は、より近くにいる人間たちのことがよく見えていて、

ゴールに近い=前にいる人間は、後ろが見えないか自分相対的に楽だと気づかない。

それどころか、自分より少しでも前にいる人間を見て羨ましがるという無限ループ

記事でも触れられていたが、高学歴の世界にはそれはそれでまた別の

苦しみや争いがある。だから文句を言うなとかそんなことを言うつもりはない。

互いに前後を振り返れば、気が付くことは出来るのではないか?という話。

自分が生きている常識以外の常識存在することを想定し想像する。

生涯を通して戒めにしていきたいと思った。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん