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はてなキーワード: 一年とは

2017-11-18

うんこするなら裸がいい

一人暮らしの時はいだって裸でうんこしてた。

でも、秋冬は冷えるから遠慮してるし、外では当然無理。

さら結婚してからは家でも中々裸うんこプレイすることができない。

一年の間で裸うんこを楽しめる時期は春と夏の、妻が家にいない時。

はいつの間にやら裸うんこで季節の訪れを感じるようになってしまった。

早く三十代になりたい

二十代は自分にはちときつい

まだ若者ゾーンというか色んな重圧がある感じ

三十代を心待ち

もうすぐ29だからあと一年と数か月

2017-11-17

エンジニア派遣が嫌いで会社を辞めた

最近会社を辞めた。

元々は、営業会社で成果を出せば評価され、売らなければ評価されないというような会社だった。

売らなければダメという環境は、人によってはブラック企業に見えていたのかもしれない。

それでもみんなで協力しあって、いいチームとして働けていたとは思う。

そんな中、去年の秋頃新規事業を立ち上げるということで、エンジニア派遣職を多く雇うことになった。

会社を大きくしていく上で、別の収入源を持つことはとても大事だということは理解できているが、やはり文化の違いはあった。

例えば、エンジニア職の給料は我々の2倍程度高く、労働姿勢も大きく異なる。

大手企業にいたとか年齢が30歳程度だとか様々な要素はあるようだが)

勤務態度だけで見ても、

毎日のように遅刻業務中もずっとslackを使い雑談をしていて、休憩時間も守らない。

業務中とか関係なく、エンジニア派遣達が四六時中喋っているようなものだった。

この勤務態度に関しては、感情的イラついているだけの部分があるかもしれないのでいいとしよう。

エンジニアだし、労働時間じゃなく質が高いっていうだけなのかもしれない。

本当の問題は「仕事がいつできるのか」というものになる。

結果として新規事業はまだリリースされていない。

一番最初の進捗では「2016年の年初」と聞いていたが、11月の今でも出ていない。

それでも何も言われない。「仕方ないよね」で済まされる。

百歩譲ってリリースが遅れるのは許せたとしても、彼らの態度や待遇に何も変化が起きていないということが許せなかった。

営業が売上少し届かなかった時に横で詰められていても、

半年リリースできていない彼らは派遣女性たちとずっと喋っていた。

一年程度、我慢してきたが心が折れて結局、転職を決意した。

一年前いた営業達はもうほとんどいない。

この職種を選んだからこうなったのかと考えることはある。

エンジニア様はやっぱり違うんだと考えるときもある。

どんなに環境が最悪だったとしても最後まで成果を追うことができたし、

営業を続けていきたいとは思っている。

昨日、前職の夢を見てなんとも言えない気持ちになったのでここに置いていく。

かっこいい30歳になるよ。

8つ年上の男を振った

8つ年上のバイト先の社員を振った。

バイトといっても来週辞めるのだけど。その、送別会も兼ねて、バイト先の30歳の男性社員と2人で出かけた。

普段は、バイト近くのファミレスでご飯を食べたりするのだけど、わざわざ新宿イタリアンを予約してくれていた。

たわいもない話で盛り上がっている中、夏休みにどこに旅行に行きたいかの話しが出てきたので「いいですね、彼女さんと行けばいいじゃないですか」と言った。社員には付き合って3年の彼女がいた。

「いや、別れちゃったんですよ」

社員が口を開く。重い空気。そう言うのわかってたけど。だって、急に誘われたし、わざとらしいし。

一週間前に別れたらしい(追記:彼女がある宗教信仰していて、結婚の話を進めるのなら入信してほしいと頼まれたらしく)。そして、帰り際に告白された。わたしには付き合って一年彼氏がいたので断った。バイト先では自分のことをあまり話していなかったので、社員は気づかなかったようだ。

わたしバイト先で友達ほとんどいなかったし、ういた話もなかったし、無難ニコニコしてるおとなしい人って感じなので、イケると思ってたんだろうなあ。

と、まあ、よくある話なんだけど。振る側にまわるのも嫌な気持ちだとわかった。

好きでもない人から好意気持ち悪いとか男の子から好意気持ちいいとか某漫画とは違う。

かなり年上の人が自分の目の前でガッカリと肩を落としているのが、見ていてつらい。つらいのは向こうだし、勘違いさせたのは自分なんだけど。わたし反省すべきなんだけど。

そんなのはわかってるけど、なんか、「なんとも思ってない人から好かれる」って重たいなって身をもって体験した。当たり前だと言われればそれまでなのだけど。

2017-11-16

anond:20171116113918

デートで非日常演出とか一年もしたらキツくなるぞ。結婚したあとなんかどうすんだよ。結婚記念日サプライズパーティか。おめでてーな。

2017-11-15

「好き」に向けられた銃口と血塗れの「お花畑

まず初めに、これは一年間悩みに悩んで結局担降り出来なかった自分気持ちを整理しようと書いたものであり、特定の誰かの存在や考えを否定したり攻撃しようとする物ではない。

事の発端は今更言うまでもない、例の「小山事変」だ。

それまで私は「愚痴垢」という物の存在こそ知っていても実際に見た事が無かった。しかし今年に入ってから数々のスキャンダラス出来事が発覚した事により愚痴垢は一気にその数を増やし、ついにその勢力平和だった自分のTLにも及んだ。

私の自担は渦中の彼では無い。それでもNEWSというグループファンである私には自担と同じように彼のことも大事だったし愛おしかった。だから初めはなんの配慮もなくアイドルプライベートを暴いて叩くそ存在に腹が立ったし、愚痴なんて言うぐらいだったら担降りすればいいのにと思って見ない様にしていた。

けれど「事変」の内容がどんどん明るみになるにつれ、いつしかその存在無視出来なくなった。

当時の私は最年長の彼を信じたいと思っていたし、それならば愚痴垢など見ないでいた方がいいに決まっている。けれど私はだんだんとそれまで自分の目で見てきたはずの彼のことが信じられなくなって、彼の言動真実を知りたくていろいろな愚痴垢をわざわざ検索して探すことまでして見て回るようになった。

結局真実は分からなかった。

流出した写真動画など目に入った物は全て見たし、明らかに黒だと判断できる案件も少なくなかったけれど当然のように信憑性の無い話もたくさんあって、ますます何を信じればいいのか分からなくなった。

今回の騒動について、責任所在だとかアイドル恋愛観だとかについて議論することはもう望んでいない。

私の中でも結論は出ていないし、誰かの意見を聞いてそれに納得することもないだろう。

様々な人の愚痴垢を見て回って、それらは大きく2つに分けられると考えた。

一つは単純に、アイドルを叩きたいだけの人。NEWSというグループのことが嫌いだったり、他のグループファンであるにもかかわらず興味本位で薮をついて出てきた蛇の首を掴んで鬼の首を取ったような気になっている人。これらは今回の炎上おもちゃのように扱っているだけなので興味が無くなれば沈静化する。

もう一つは最年長の彼を叩きつつもまだNEWS或いは誰か一人のメンバーに対する「好き」を捨てられないでいる人。今も残っている愚痴垢には圧倒的にこちらの方が多いように思える。

彼女たちの言葉は切実だった。

汚い言葉で罵る人もいれば冷静に淡々愚痴をこぼす人もいた。

皆揃って口にしていた。

「降りれるなら降りたい」と。

あれから何ヶ月経っても未だに彼について言及せずにはいられないのは、まだNEWS或いは誰か一人のメンバーへの未練を捨てきれていないからのように私には見える。

私のことに話を戻すと、たぶん私も自分の中に残っているNEWSというグループに対する「好き」を消したかったのだ。いろいろな愚痴垢を見ながら自分の中の「好き」に銃口を向け続けた。彼を攻撃する言葉をたくさん吸収してその「好き」をボロボロにして消し去ってしまたかった。

愚痴垢を除いて落ち込んではコンサートに行って幸せ気持ちになって。

愚痴垢を除いて落ち込んではテレビではしゃぐ姿に絆されて。

さっさと諦めてこのグループを降りようと引き金を引き続けた。

何ヶ月もその状態が続いて、正直に言うと疲れてしまった。

結局まだ私はNEWSを降りていない。次のシングルもきっと予約するだろう。

ほとんど非がない自担のことを諦められないからかもしれない。

NEWS楽曲の唯一無二性を諦められないからかもしれない。

コンサートでもらった幸せを諦められないからかもしれない。

とにかく、私はまだ彼らを応援している。

「お花畑」という単語愚痴垢で見ない日は無かった。真実を知ることを拒否して自分の中の理想アイドルだけを信じ続ける盲目的なファン。人によって多少の誤差はあれどおおよそこんな意味だろう。多くの愚痴垢は侮蔑的ニュアンスを含んでこの単語を示した。

私は愚痴垢の事を「地獄」のような場所だと思っている。作ってしまったら最後、もがき苦しみながらもそこから抜け出せない。それが分かっていたから私はとうとう自分愚痴垢が作れなかった。愚痴垢を作る目的なんて人それぞれだとは思うが、そこには誰一人幸せそうな人などいなかった。

それならば私は「お花畑」のファンでいようと思った。「好き」がどうやっても殺せないものであるならもう「好き」を諦めることを諦めようと思う。信じたくない事、見たくなかった事に蓋をする「努力」によってボロボロの「好き」で溢れ血塗れになった私だけの「お花畑」を守ろうと思う。

地獄にいるのとどちらが幸せかなどと考えても仕方がない。どうせもう何も知らなかった頃の幸せは帰ってこないのだから




そして私の「お花畑」を守ることに疲れてしまったら、地獄に身を堕とす前に全ての「好き」をどこかに閉じ込めて、ひそかに担降りしよう。

anond:20171115212420

単巻の漫画なんかいくらでもあるけど。

構造的に一年で完結不可ってわけでもないし。

仮にノーベル賞貰えるならいくらでも一年で完結させるだろうよ。

経験たことのない悲しみ

大人になるといろんな経験をしてそこからいろんな優しさを与えられることができると思っているんだけど、

妻を亡くしたお義父さん、お腹の子を亡くした友人、にどうしてあげたら良いのかかれこれ一年近く悩んでいる。

今はあちらからの接触を待つのみで、こちからほとんどなにもしていない状況なんだけど、これでいいんだろうか。

事が起こる前の関係性を思い出しては少し寂しくなるんだ。彼らの悲しみにはほど遠いんだろうけど。

anond:20171115145647

Firefoxマルチプロセス化は一年前に導入されてる。

今回のFirefox高速化は開発言語の変更(C++→Rust)とそれに伴うプログラム全面的な書き換えによるものだぞ。

Chromeと比べてメモリ消費量は30%減(自称)だ。

2017-11-14

元彼の話

学生時代の友人のツイートを見て思い出したことがある。

まず友人というか、彼はサークルの後輩で、嘘か本当かわからないけど、彼氏がいる私に「好きだ」と言ってきたことがある。

はいい子で、よく話を聞いてくれて、私も彼の趣味に付き合うのは苦じゃなかった。

バイトの話、家の話、将来やりたいこと。

見栄を張る相手じゃなかったから、すごーく気楽で楽しかった。

そうすると、当時付き合っていた元彼のことを思い出した。

はいい人だった。いい人すぎて恋愛対象に見られない、という典型的タイプだった。

あとは優柔不断なところもあった。もちろん悪い奴ではなかった。いい人だった。

そんな彼は、実は私の今の彼のことを「気をつけてね」と言っていた。

当時私は彼にちょっと冷めていたけど、今の彼から言い寄られていた時には「彼がいるので」と断っていた。

今の彼は「もし必要になることがあれば(笑)」という軽い感じだった。

それは良くない意味での軽さもあるけれど、プレッシャーにならなかったから、私は強く避けることもしなかった。

から、たぶん、元彼は今の彼のことが好きじゃないんだと思う。わかんないけど。

今の彼には家庭がある。妻子がいる。

私はそんなことをする人じゃないと思い込んでいたし、まだまだ子供だったこともあってこうなってしまった。

今はすごく反省をしているし、あと少しだけ見逃して欲しいと世間懇願している。

元彼はめんどくさいところも多かったけど、きっと私を大事には思っていた。

彼もきっと、理解するのは複雑だけど私のことを大事に思ってくれているのだと信じたい。

今私は彼が作ってくれたお弁当を食べている。


あと一年半で東京オリンピックが開催される。

開催が決まった当初、学生だった私は「どんなキラキラした未来が待っているのだろう」とワクワクしていた。

今、キラキラした未来が手に入る予測はないし、

そんなことを望むのはしてはいけないって思うけれど、

何もかもよくわからない今より、少しは何かが変わっているといいな

うちの親

うちの親、いわゆる毒親

学校いじめられたりもあって、引きこもったりメンタルクリニック通ったりする中で、カウンセリングにも通ってた。

その中でだんだん、うちの親に苦しめられている自覚が出てきて、カウンセラーさんにぶちまけたかったけど、「親」と言うことが、何か禁忌に触れるようで、先生にさえ言えず、当時は毒親なんて言葉もなかったから、苦しさと罪悪感で一杯だった。

子ども頃、何かで怒られたとき、「バカから遊戯トライアングルなんて任されるんだ」とか、今思うと意味の分からない罵倒に大泣きした。

小学校に上がれば、博物館へ行くのに無理矢理スカートをはけと怒られ、はかないなら博物館へ連れていかないとまで言われた。

どうしても嫌で下にキュロットはいてたけど、それも許されず、その日に撮った写真は全て仏頂面の苦い思い出。

まだある。

高校にあがり、寒くなったら去年のお気に入りダッフルコートを着ればいいかと思ってたある日、帰ってきた途端鬼のような顔で「ダッフルコートなんて子どもコートを着るな!買ってきたこれを着ろ!」と怒られたりもした。

全くもって意味が分からず、戸惑いつつも反抗した。不安になって、翌日友達確認したのを覚えている。

引きこもりときも、「自分のペースでやればいい」と言いながら、唐突に痺れ切らして激しく責め立てられて否定され、その度にどん底に落とされた。

「二十歳なんだから」は誕生日迎えた日からタコ

誕生日迎えた途端、昨日とは別人のように大人になれたら誰も苦労なんてしないのに。当時はそんなことにすら気づけず、ただただ自分でも自分ダメ人間だと否定していた。

そして私には兄がいる。

他の人に指摘されて気づいたけれど、母は考え方が古くて長兄を溺愛し、本人も「母親はみんな冬彦さんを育ててるんだ」とさえ公言した。

私が初めてもらった自転車はお古で、兄は新品だった。

中学生くらいまで、ずっと親と喧嘩になる度に兄をエコヒイキしている、と反抗していた。

そしていつも、私はヒステリーを起こしていた。

病院で働いてるとき感染症病気をもらってしまい、偏見と少ない知識不安に苛まれているときに「私(母)と兄はどうなるんだ!」と責め立てられたこともある。

一番不安なのは私だった。

泣きながら病気について調べ、発症しなければ感染もないことなどをメールで送ったら、三日後にケロッとした顔で「私(母)も兄もそんなの(病気)気にしないし」と言われた事が忘れられない。

かなり経ってから上記の言葉は傷ついたと伝えたら「だってそのときは本当にそう思った」と悪びれた様子もなく返事をされて、私の中で何かが壊れた。

いつも頼んでないことを自分でしては「○○してあげたのに」と見返りを求めてきたし、ただコンビニに買い物行くのにさえ「あんたも行くら行くけど」とよっかかってきて気持ち悪かった。

やっと新しいカウンセラーさんと出合い、それでも親との関係が私の考え方にかなり影響しているの気づいてもらうのに、一年以上掛かった。

それでも、20年ぶりにバッサリ短くした髪を、親が真似て同じようにずっと長かった髪を同じ長さに切ったとき嫌悪感は分かってもらえていない。

親とは家庭内別居みたいになって、一切口もきかず、自分生活自分で面倒を見出しから、私はヒステリーを起こさなくなった。

いつも感情に嵐を起こしていたのは、親と関わるからだと気づいた。

あの、スイッチが入ったように訳もなく急に込み上げてくる怒り。

自信のなさからブラック企業ばかり選んでお金貯めるどころではない、ギリギリ生活ばかりしてた。

ようやく、最近まともな仕事に就いたので、ここで踏ん張って家を出ようとしている。

何度も同じことを、わからせようと無駄努力を重ねてしまったのは、長年の憤り、親に対する分かってくれるかも知れないと言う僅かな期待があったと思う。

それが段々、距離を置いたことで不可能だと気づいた。

今はただ冷静に、スルーする力を身に付け、全力で逃げようと思う。

2017-11-13

うちの猫はよく鳴く

猫がうちに来てもう五年になる。

図体がでかくて迫力がある猫だが、鳴き声は案外か細い。名前を呼んでも頭を撫でてもとにかくにゃあにゃあよく鳴く。

しかし、うちに来た頃はむしろ鳴かない方の猫で、こんなによく鳴く様になったのは一年前の出来事が切欠だった。

一年前、祖母一周忌があり親戚一同集まっての法事家族で行くことになった。それは隣県で行われる事になり、泊まり掛けで参加した。

当然猫は連れていけないのだが、人見知りをするのでペットホテルに預けるのも心配で、猫を預けられる親戚も近くにいなかったので仕方なく一人で留守番させることに。

一泊し帰ってくると、猫が鳴きながら出迎えてくれた。今まで迎えには来ても鳴きながら来るなんて事はなかったのに珍しいな、と思いながら餌をやると、餌の入った袋を見るだけで恐ろしい勢いで鳴く。

これはおかしいと家族会議をしたところ、おそらく家族が帰ってこないのを心配してずっと鳴き続けていたのではないか、という結論に。その日の夜は一緒に寝たのだが、猫一匹で過ごした夜を想像してしまい、眠れなかった。

申し訳ない事をした、と今でも思う。あの日の夜、猫がどうしていたのかは誰も知らないけど、寂しい思いなんかもう二度とさせない。飼い主としても、家族としても。

2017-11-12

「○○一年分」の食品がもらえるとして最強は何かを考えてみたんだが

どん兵衛

が優勝した

2017-11-11

おおらかに生きろ

祖父一周忌に向かうため、新宿からホリデー快速富士山に乗っている。

この一年は本当に早かった。未だに思い出すし、夢に出てくる。後悔もある。

いつもはオレンジ色の中央線に乗っていくんだけど、

普通オレンジ色の車両じゃなくて、古い特急車両特急券なしで乗れると聞いて初めて乗ってみた。

自由席しかとれなくて、ちょっと早めから並んで、窓側の席がとれた。

前は山登りに行くであろう男性

横は電車が好きそう?な男性写真とか動画ちょこちょこ撮ってる。

後ろはスーツを決め込んだ50代女性レッツノートをいじってる。

発車前に少しリクライニングしたら、後ろのおばさんに

「え?、ああ、、、少しにしてください」

ってきつくいわれちった。

更に、私の座席の回転(進行方向に応じて向き変わるの?)のロックが甘いっぽくて、すごい勢いで座席蹴られた…。

なんか仕事大変なんだろうとは思うけど…。

なんか本当にこういう小さいことなんだけどら消耗してしまった。

普通に特急券買ってかいじとかあずさにのったらよかったんかな。

特急券買ってもこういうリスクあるよねぇ。でも車両が新しければ、座席の整備とかちゃんとされてんのかな。

子供の頃から神経質だった。こういう小さなことを引きずってしまう。

おおらかに生きろ。って生前言ってくれたじーちゃん。

なかなか、僕は変われないよ。

2017-11-10

anond:20171110214327

増田さん、お誕生日おめでとうございます

今日一日が最良の日で、またこから一年楽しい事がたくさんありますように。

小学校一年の子ゲーム機を欲しがってるんだけど、ニンテンドースイッチとかDSとかみんな何歳ぐらいで持つものなんだろ?

誰も私のことを気にかけてくれない、というつらさ

一年間頑張ってきたサークル活動が、自分にとって失敗に終わろうとしている。

去年、先輩方の事情で、サークル幹部半年前倒しで私たち一年生に替わった。

いきなりのことだったので、慣れない私たち右往左往しながら、実際のところは何もすることができなかった。

そして、しばらくすると新代表のやる気のなさ、不適任さが浮き彫りになった。

このままではバラバラになってしまう。

私はこのサークルが好きだったので、代表から権限の多くを引き継いで、頑張った。

低空飛行ながら、なんとかサークルは持ち直した。

新年度になり、私たちは二年になった。

勧誘を頑張ったおかげか、新入生がたくさん入った。嬉しかった。

新入生は優秀な人が多かった。

私もやる気が出て、頑張った。いろいろなものを一緒に作った。(私のサークルものを作るサークル)

活動は去年より充実していた。

新入生も二年生も楽しそうに見えた。

私もとても楽しかった。

異変が起きたのは夏休み入ってすぐの、合宿の時だった。

合宿初日夕方、二年生の女子の部屋に呼ばれた。彼女達は明らかに怒っていた。何があったのか聞くと、合宿企画係の女の子と、副代表(名ばかり)が、夕方にとんでもない大喧嘩をしたらしい、ということだった。

話を聞くと、合宿の内容について、副代表がいろいろと文句を言い、それで口論になったということだった。話を聞いて、自分には副代表の方に非があるように思った。

しかし、何より不思議だったのは、その喧嘩した2人が、サークル内でとても仲が良く、ムードメーカー的な存在だということだった。とても喧嘩するようには見えなかったので、私は驚いたのを覚えている。

その後、合宿は(表面上は)無事に終わった。

喧嘩真相は、夏休みが明けてから判明した。

私は(そして部員の大半も)知らなかったのだが、二人は付き合っていたのだ。そして、合宿の一月ほど前に別れていたのだった。要するに痴話喧嘩である

そして、その喧嘩きっかけに、サークル下り坂になっていく。

夏休みが明けて以降、それまで熱心に参加してくれていた二年生の女子たちが、あまり来なくなった。

二年男子は人数も少ないし、元々あまり参加していなかったので、結局、まともにサークル活動している二年生は私を含めて数人になってしまった。

二年生の仕事は膨大である

それを少人数でこなすのは容易なことではなかった。今まで他の人に任せていた仕事も私がやることが多くなった。

それでも、なんとか忙しい中で頑張れたのは、私がまだこのサークルが好きだったかである

しかし、やはり疲れるものは疲れるのだ。

特にイベントの前になると、夜遅くまで残らないといけないことが多く、つらかった。授業中に寝てしまうこともあった。体力的にはギリギリ状態だったと思う。

そしてある日、疲れ果てて夜遅くに家に帰ってきて、考え事をしていると、ある事実に気がついて愕然とした。

それは、もうサークルの誰も私のことを気にかけてくれないということだった。

二年生は、あの事件以来、サークル活動距離を置こうとしている人が多い。少なくとも以前の熱心さはなくなってしまった。私は事情を知ってるから、それを非難することはできない。

一年生は、私たち二年生がどれだけ大変な仕事をしているかまだ知らない。

私の周りにはもう、愚痴を言える人も、一緒に大変だと言い合える人もいなかった。

私を気にかけてくれる人はいなかった。私にはサークル活動がつらいものになっていた。

イベントは無事に終わった。皆、表面上は楽しそうだったが、心中はどうだったのだろう。私はとにかく疲れていた。

そしてイベント後、幹部交代の話が出た。

本当はあと半年残っているのだが、早めに交代したほうがいいとの意見が二年生の間で出たのだった。

色々と協議した結果、残りの半年は引き継ぎの期間とすることになった。

私たちサークルは、一年生の話し合いで幹部を決め、上級生はタッチしないのがルールである

二年生で残りたい人は新幹部と共同して働き、辞めたい人はすぐに交代する。そのように決まった。

私は残るつもりだった。まだ、サークルのために頑張らなければならないという気持ちが残っていた。誰も私のことを見ていなくても、サークルのことについて教えていかないといけないだろうという責任感があった。その時までは。

しか最近、またある噂が聞こえてきた、一年生の新幹部の間で、色々と問題が起こっているということだった。

あの人とあの人の仲が悪いとか、誰にでも愛想を振りまくあの人が危なっかしいとか、あの人とあの人が付き合って、あの人が嫉妬しているとか、そういう話である

その話を聞いて、私の気持ちは完全に切れてしまった。

結局同じか、と思った。

このままいけば、またゴタゴタで消耗し、私たちの代と同じようにみんな消えていくに違いない。

正直、もう関わりたくないと思った。

あと半年猶予があるが、私もその猶予を待たずに消えるだろうと思う。

残った人は困るかもしれないが、もう頑張る気力も、責任感も無くなってしまった。

ここで頑張っても、誰も私のことを見ていないだろう。私の頑張りを評価してくれる人はいないだろう。

そもそも代表ですらない、さらにいえば副代表でもない、ほぼヒラの私が、何故あんなに頑張らないといけなかったのか。そして、何故、誰も私のことを気にかけてくれなかったのか。

何がいけなかったのだろうと思う。

何がいけなかったのだろう。

私の一年間の頑張りは、一体なんだったのだろう。

誰か教えてください。

2017-11-09

anond:20171109141538

漫画電子書籍で買うけど、超お気に入りは紙の本買ってる。小説は基本紙。

漫画情報から参考になるか解らないけど書いておく。

ebookjapan使ってる。カバー裏のおまけなんかは確かに入ってたり入ってなかったりする。先に確認できないのはつらいから超お気に入りは紙。

何割が電子対応してるかは解らないし、「それなり」としか表現しづらい。

最近話題漫画は基本電子書籍化してるけど、10年15年前の微妙マイナー漫画なんかは電子化されてなかったりする一方でこんなものまで…!って作品もある。

話題作品でもなぜか頑なに電子書籍化されない漫画もある。検索してみるしかない。講談社電子化結構乗り気だから電子化されてるものが多いはず。

発売日は紙と同じものもあるけど基本少し遅れて配信される気がする。これもやっぱり作品と使うサイトによって変わる。俺が読む漫画で同時発売は少数派。

同時発売されるもの存在する一方で半年一年単位電子化が遅れるものもある。極端な例で言えば紙が発売されてから3年経っても続巻が電子化されていない作品も知ってる。

配信タイミングと品ぞろえは本当にケースバイケースだから自分確認するしかない。

俺は7インチタブレットで読むけど電池の消耗は気にならない。ネットサーフィンしてる時の半分くらい。だから専用端末の必要性は感じてない。

クラウド本棚があってそこからDLして読むタイプからアップロードしちゃえば容量は食わない。DLWifi環境でしちゃってる。LTEだとそれなりに消費すると思う。

結構便利に使ってるけど、個人的にはパラパラっとページを流し見して特定コマを探したい時がたまにあって、それが出来ないのが電子の最も嫌なところ。

あとはやっぱり見開きのページがわけわかんなくなったりする。全部表示させると絵が小さくなって迫力が減る。

でも本棚圧迫しないのは本当にいい。スペースが無いから買うのやめよって事は無くなった。

あとポイント使えたりセールで安く買えたりする事もあるからお得感があるタイミングもある。

姉とわたし

姉に会いたい、と今朝コーヒー一口含んだ時、不意にそんなことを考えた。わたしを甘やかしてくれる姉のことが、わたしは大好きだった。捉えどころのないあの人は、言ってみればこの漂うコーヒーの煙のような人であった。

わたしは誰がどう見たって可愛くない子どもだったし、自分でもそれを分かっていたけど、姉はいつも「あんたはこの子に似ているね」と外国の儚げな美しい女の子を指差した。姉は海外雑誌を読む姿が様になる、姉が指差したような少女とはまた違った、けれどとても美しい人だった。父にも、母にも、勿論わたしにも似ていない人だったが、母方の祖母には、少し似ていた。わたし祖父母も大好きだったが、やはり一番姉が好きだった。

姉は美しい人であったが、決してお淑やかな性格ではなく、奔放なところがあった。頑固者で、一方では生真面目でコツコツ努力する人間であった。さらさら流れる水のように美しくて、掴み所のない女性だった。

姉とわたしとは四つ離れた姉妹で、似ても似つかぬ容貌性格であったと思う。しかし背丈は似たり寄ったりであったし、服の趣味も似ていたので、髪型を姉に似せていたときには、双子かと尋ねられたこともあった。思わず姉と顔を見合わせて笑ったら、仕草までぴったりですね、なんて言われて、益々大きな声で笑ったこともある。懐かしい思い出だ。

姉に会いたい、というのは、姉が今はもうここに居ないためである。亡くなったわけではないが、年に一度便りが届くだけなのだ

姉が大学卒業した年、わたし高校卒業した。姉は家を出て、少し離れたところで一人暮らしを始めた。そうしてわたしがまだ大学に通っている学生だった頃、ひょいと家に戻った姉が布団にもぐったわたしにこっそりと、「日本を出るんだ」と告げた。まるで子どもの頃一緒に悪戯したときのような口調で、ニコニコ笑いながら、そんなことを。

姉には年の離れた恋人がいた。出会いは知らないが、大学生の頃に知り合ったのだ。彼を追いかけて、姉は就職先を彼の住む街に決めたことをわたしは知っていた。それで、その人が海外に行くというので、仕事を辞めてついて行くのだと姉は言った。前に言ったように姉は頑固者だったので、引き止めることは何の意味も持たなかった。だからわたしは代わりに「そっか、元気でね」と言った。姉は頭の良い人だったし、特に姉の英語はとても美しい響きを持っていたから、向こうでもきっと上手くやるだろうと思った。そしてまた、姉は恋人と別れても、きっとここには帰ってこないだろうなとも。この家も、あの街も、姉には窮屈すぎたし、姉はもっと広い世界に行くべきだと思っていた。だから当然だと、これで良いと自分に言い聞かせた。本当は、姉を奪っていくあの男が許せなかった。顔も知らない姉の恋人を、心の底から恨んだ。それでもわたしはもう一度、「元気でね」と言って笑った。少し声が震えた涙声になったのが恥ずかしかった。姉はわたしの頭をいつもと同じように撫でて「ごめんねぇ」とあまりすまないと思っていない風に言った。

あんたはとびきり可愛いからね、これから先も、誰からも愛されるよ。私が言うんだから、間違いないよ」

わたしは布団にもぐったまま、声を殺して思わず泣いてしまった。わたしは可愛くないし、誰からも愛されるなんてわけはないのに、飛び立つ姉は無責任にそんなことを言ってわたしの頭をただただ撫でていた。酷い女だ。同時に、この人が世界で一番幸せになったらいいなと思ったし、できたらこの人が世界で一番幸せになるのを、隣で見ていたかったなとも思った。勿論、もう過ぎた願いだ。

姉は駆け落ちをしたわけではなく、きちんと両親には話をつけていて、わたしに報告をした翌日、家を出た。そして確かその三ヶ月後くらいに、日本を出て行った。最後空港で見た姉の恋人は思っていたよりもずっと普通の、しっかりしたお兄さんという感じの人で、わたしは少し安心した。姉が飛行機に乗る前、二人で抱き合ってわんわん泣いた。ようやく泣き止んだところで姉は「あんたにあげる」と言って、大好きだった外国モデル女の子の切り抜きを沢山くれた。「この子あんたに似てるから好きだったんだ」と姉は言ったけど、何回眺めても、やっぱりわたしには似ていなかった。それでもその言葉は嬉しくて、大切で、わたしはその切り抜きの入ったファイルを有り難く受け取った。

あれからもう随分経って、初めはこまめに届いていた姉からの便りも、今では年に一度、元旦の頃に届くだけになった。今でもあの恋人と一緒のようで、手紙には腹が立つほど仲の良さそうな二人の写真が同封されている。遠くに行ったとはいえ、今の時代、帰って来られない距離とも思わない。帰って来たらいいのに、と思う。とはいえ姉はあの時も思った通り、あの家には戻らないだろうなとも思っている。

わたしは、姉のお告げ通り誰からも愛されたというわけではないが、それなりに人の愛を受けて、人並みに成長した。きちんと独り立ちをして、今は都内会社員だ。大企業ではないが、そこそこの収入と、有給をきちんと消化できる環境を手にしている。姉が会いに来てくれないのなら、わたしが会いに行ったって良いだろう。もうそのくらい、お互い良い歳になった。あの頃はまだスマホが普及していなかった。あと一年ばかし我慢しておけば、ちょうど普及していた頃だった。姉も流石に今は手にしていることだろう。SNSIDなんかをしっかりと聞いて帰ってこよう。必ず、そうしようと考えている。

姉の誕生日は冬と春の境の、曖昧で美しい季節の只中だ。姉のそうした偶然のような美しささえ好きだったなぁと思う。好きだったのだ。なので、ちょうどその頃、きっと姉のもとを訪ねてみようと決めた。すっかり冷めてしまったコーヒー匂いを嗅ぎながら、そんなことを考えた朝だった。

追(11/11) あん時間に書いたのにこんなにたくさんブクマがついててびっくりしました。普段は夜中か夜明けに疲れたとかしか書いてないので姉のこと書いたのは初めてですが、こんなに伸びたのも初めてです。コメント返すのとかは面倒なのでしないですけど、わたしは本当にただのしがないアラサー会社員ですし、匿名である以上そんなの嘘かもしれないですし、創作だと思う方はそう読んでいただければと思います。褒めて下さった方も、色々と評価下さった方も、こんな長くてヤマもオチもない文章を読んで下さってありがとうございますコーヒーの煙は自分でも笑いました。小説家でもないので、許してやって下さい。

2017-11-08

anond:20171108174251

元増田です

あれこれ言及いただいたので、つらつらと。

同棲してみたら良かったのに

今はとてもそう思っている。そして試してたら多分半年位で出てくことになっただろうと思う!

付き合いはそこそこ長いし週5位で入り浸ってたりしたので、結婚までの間で、日常生活を送ることになった場合の状況をちゃんと見極められなかったのは私の落ち度でしかないと思う。

いやーほんと、他人としてみてる(向こうの一人暮らしにはあえて口出ししなかった)のと想像してみるのとやってみるのは違うんですわ…。

男ならそんなもんでは?or良いほうでは?

えっこんなもんなの…一人暮らしの男女差やばくない?(男なら、ときたので男女で、という言い方をしておく)

ちなみに私の基準は母なんだけど、フルタイム正社員してて、毎日掃除機洗濯(4人分)&料理をこなしてる人だったので、今の我が家掃除機1か月に1回あるかないか洗濯1週間に約2回(これは一人暮らしならもっと少なくても理解できるんだけど、二人暮らしだと単純に考えて量が2倍ですよと説明してある)・料理週半分くらいって状況が結構心苦しかったんだけど。

でも考えてみれば、その分父の仕事とは…風呂場&ゴミ出し担当?って感じだったし、母も父に対して「何もしない!」って怒っていたので、同じことが我が家でも起きているだけなのか…

世の主婦の方々が「最初が肝心」「旦那教育」「うちは教育間違ったから…(苦笑)」って言ってくる意味が、今身に染みて理解できるぜ。

旦那は育てよ、というのもよくわかる。が、自我のある成人男性を育てるの、なかなかのハードワークよ?他人を変えるより自分を変えるほうが楽ってくらいに。この一年で思い知った。そもそも言ってもやらないので、やる気があるとも思えないけど…

女性も働く今の時代、いつになったら家庭内ももう少し平等に近付くんだろうな。

金で解決

単純明快で大変良いと思います。正直にいうと、今まで頭の中を幾度となく過ぎったアイディアでもある。

仕事から帰ってきて当たり前のように「今日ご飯何?」って聞いてきて「えっないの?」ってなんとなく機嫌悪くなられるのがとても納得いかなかったんだけど(私だって仕事してきたよ!帰ってきたのついさっきだよ!って思う)、家事に対して対価があるならまぁやろうかなという気分にもなるし。

ただしその分稼いでもらうことになるので、残業代すら渋られる今の状況だとあまり現実的ではなさそうだな…。

でも交渉までいかなくとも、提案余地はあるね。対価は金じゃなくても、掃除だっていいのよ、ってな。

別れたら?

私の中ではかなりアリよりのアリの選択肢

他人を変えるより自分を変えるのが楽だとしても、それが我慢妥協の上に成り立つのであれば、受け入れる必要はないと思っている。だから夫も無理に変わらなくていいと思っているし。

もちろん、ある程度は必要なことだけど。でも体を壊すほどのストレス・疲労を抱える意味ってあるの?っていうのが基準ブラック企業の離れ時のようだ…

みんな我慢して結婚生活を続けてるんだから、って自分の苦労話をしてくる先輩主婦の方々もたくさんいるが、「えっでもそれ選んだのはあなたでしょ?」って思う。

同じように、この夫と結婚することを選んだのは確かに私で、その責任が私にあることはわかっている。別れるなんて、辛抱強くない我儘な選択肢だなぁと自己嫌悪になりかけるけど、ここまで私なりに足掻いてきたんだよな、とも思う。やってみて駄目だったんだから仕方ないよな、って開き直りたくなることもある。だから将来的な選択肢としてはアリ。

…といろいろ考える間にも夫は風呂にも入らずぐっすりで、自分から後で決めようって言ってたやつはどうするの?って感じだ。他にも話すべきことはいろいろとあると思うんだけど。いろいろ真剣に悩んでること、問題視してほしいこともあるんだけどな。

栄養、休息、睡眠を心掛けなければいけないのは病人の私のはずなのだが。なんだかまた不眠が再発しそうだ。

一年教員をしてみて思ったこ

これは本当に私の勝手な印象だし、辞めた奴が砂かけるのもなんだかなとは思うけど、全力で砂かけていきたいので書く。

なるほど、これは若い人辞めるわ、と思った。

私は一年間だけ期限付きの教員をしただけなので、もちろん何年もやってみたら違うのかもしれないし、

もっと違う職場だったら、また違う印象を受けたのかもしれない。でも、私がいた職場は、まず間違いなく若い人は絶対にいられない、いたくはない場所だなと思った。

まず、セクハラが横行しすぎである。これを言うとフェミ二ストかよ、みたいに言われたりする?のかもしれないけど、

たぶん一般企業に勤めてる方から見たら「え…???」ってなるような発言がすごく多かった。

女性妊娠出産当たり前、彼氏がいない子は可哀想相手を世話してあげようか?同性愛!?セックスってどうやるの?

男性は家庭を養うために働くべき、彼女がいないのは可哀想、男としての魅力がないのではないか筋トレしたら?同性愛者?気持ち悪いな、俺のこと狙わないでよ!

こういう考え方をする人がめ……っちゃくちゃ多い。

待って?今は昭和ですか?平成なんですけど?お願いしますそこんとこ〜〜!!!

いや、もちろんそう言う人ばかりではなくて、そういうことを平気で言っちゃえるのは40〜50、60くらいの世代の方が多かったわけなんだけれども…。

男性にも女性にも平等にそういった、無神経なことを言える人が多くて、嫌悪感とかを超えてもはや感嘆してしまレベルだったことが、とても印象に残っている。「あっすごいですねそういうこと言えるんだ〜他人に!」みたいな。もはや、すごい。称賛するレベル。すごいよあなたたち…。

これを書くと、きっといやセクハラってもっとすごいから…!みたいな話も出てくると思う。たしかに、すごいセクハラはきっともっとすごいんだと思う。いやすごいっていうのも違うか、ひどいんだと思う。でも、ちょっと視点を変えてみて欲しい。

この人たち、生徒にモノ教えてるんだよ?

怖くない?いや普通に怖いよ!!10代に何歪んだ価値観植えつけてんの!?

というのも、そういう歪んだ価値観は、ふとした時に出るんだ。たとえば、授業中とかに

勤めていた時の職場に、とても尊敬できる先生がいた。(よくない先生もいれば、いい先生もいるってことですね)たしか40歳くらいの人だったと思う。

授業も丁寧で、教え方も上手く、常に勉強して向上心があって、生徒にも平等に接していたし、飲み会でも気さくな感じで、あまり人に意見することもない人だったように記憶している。

そんな先生の授業をある時見学していたら…なんだったかな、だいぶ前のことなので記憶曖昧な部分もあるけど、とある男子生徒が後ろの席の男子生徒と話し出したんだ。

授業に関する話で盛り上がっているようだったけど、あんまり賑やかになりすぎたんで、その先生が注意したんだよね。

お前らうるさいぞ、そんなに仲良くしたいのか、みたいなことを言った。そしたら、片方の男子生徒が俺ら仲良しなんすよ!みたいなことを返した…と思う。ここまでは割と曖昧から信用しすぎないで欲しい、私もそこまではなんとなく聞き流して見ていた。でも、次の先生セリフだけは間違いなく一字一句、正確に覚えている。先生は、片方の男子生徒を指差して、

「◯◯(生徒の名前)はホモらしいぞ。周りの男子は気をつけるように」

って言ったんですけどこれすごくないですか?!?!?!?!?!?!?

すごい!!この平成のご時世に!LGBTを見直そうブームのこのご時世に!!!すごい〜!この発言!もはや凄すぎる!!しかもこの発言で笑ってる生徒もヤバイ!!!完全にこの教師価値観に慣れ親しんでるやん!!みんな、目を覚まして〜〜!今は平成よ!!

私は自頭があんまよくないと思うので、この発言いかにクソかってことを理性的説明することがいまいちできない。でもこれを、生徒に対して言うのが決定的に間違ってるってことくらいはわかる。そして私はその日からそいつの授業を見に行くことをやめた。反吐が出るで候だからである

こういうエピソードは腐るほどある。ありすぎて途中から数えるのをやめた。生徒は可哀想だなと思う。知らず知らずのうちにそういう価値観を植えつけられるのだな…。だからこそ、自分でちゃんと自分なりの価値観を構築するために、色んな本を読み、知識をつけて、自分で成長していってほしい。完璧に正しい大人などいないのだ。正しくあろうとするためには、自分で何が正しいか判断できるようにならなくてはいけない。それには努力必要なんだな。

自分にもできてないことを偉そうに書いてると頭痛がしてきたのでここまでにしとく。

年が上の世代と、下の世代ではどうしてもジェネレーションギャップってやつが出てくる。

自分たち若い頃は許された発言でも、今では許されないものがある。それは、時代が変化するとともに、変わっていくものからしょうがないことだ。諦めて、適応していくしかない。

私もきっともう、一回り下の世代から見たらたいそう遅れて見えるのだろうし、「え??」と思われそうな発言をしてしまう時もあるのかもしれない。適応するのはめんどくさい。常に下の世代から学んでいかなくてはいけないのは、超めんどくさいことだ。

でも、めんどくさいからやらない、を自分に許したら、たくさんの相手を傷つけることになる。私はそれが怖いと思う。

もし、これを読んだ人が、自分も怖いなと思われたのであれば、今日から改善していくことはできる。必要なのは改善しようという意識だけだと思う。あれ?なんか何言いたいのかわかんなくなってきた…。あ〜やめよう、教師って得てして語りたがりが多くて嫌だな。クソ、こんなブログ書いてる時点で語りたがりなんだよな〜〜〜〜〜

とかく、今の教育現場若い人には向かない。…と私は思う。

まり価値観の差がありすぎて、世代間のギャップありすぎて、お話にならないかである。もちろん残業ヤバイとか部活動ヤバイとか強制わいせつヤバイとか色々ヤバイことはたくさんがあるんだけども、働いてみて一番きつかったのはそこだったので。

教育現場に入ろうという方は、一度そのへんをよくよく考えてみてからにしたほうが、よいのではないかなと思います。おわり!!

(追記/17.11.09)

ええと、こんなにたくさんの反応をして頂けるとは思っていなかったので、

少しびっくりしています。昨日は投稿してから丸一日チェックしていなかったので、ちょっと驚きました。

たくさんのご指摘を頂いて、どれも勉強になるものばかりだったのですが、全てにはご返信できないので、ふわっとまとめて追記しておきたいと思います

・期待してたのと違った(単純な話だった、教育現場ならではではない)

しかに!という感じです。改めて読み返してみると、これ、たぶんべつに教員に限った話じゃないなと…。投稿する前は思い出してカッとしていたので気付きませんでしたが、きっと色んな職場共通してあることなんだと思います。もちろん、無い職場もあるのでしょうが…。

これが教育現場のだめなところなんだ…!と思ってしまったのは、私が大学を出たてで、社会ほとんど経験しないままに学校採用されたからだと思います。こういう価値観蔓延っているのは学校だけなんだと思っていたのですが、他の職場でもあるんですね。恐ろしい話です…。

これは取るに足らない私見ですが、こういった話が単純な話、よくある話だと思ってしまう(私も読み返したらどこかで聞いたような話だと思いました)意識は、結構怖いのではないでしょうか。よく、あっては、いけないことだと私は思います。敏感になりすぎるのは良くないですが、でも鈍感にもなりたくはありません。

ただ、教員ならではの嫌な話が見たかった方に大しては、ご期待に添えず申し訳ありませんとしか言えません…

・作り話ではないのだろうか?

あ、違います。ほんとですとしか言いようがないです。というか、嘘までついてはてな匿名ダイアリー投稿する意味がありません。この話をどこかで書いて、意見を拝見したかっただけだったので、たぶんもうここに書き込むことは無いと思います

文章が下手、ダメ

すみません教師辞めて正解だったと思います説明が下手なんですよね…他にもたくさんダメなところはあります。授業はがんばってやっていましたが、私なんかに教えられるより、もっとずっといい先生がきっといるはずで、申し訳ないと思いながら教えていました。

あと、茶化すように書いたのは、まじめに書くと本当に辛い気持ちになってきてしまうからで、保身のためだったと思います不快にさせたのなら、申し訳ないです。

・一例のみを取り上げて全体を評価すべきでは無い

すみませんしか言えません…。読み返してみると自分でも暴論が過ぎたなと思います。まったくもってその通りだと思います。私の勤めていた職場は御察しの通り中学校だったのですが、荒れた学校で、誰も行きたがらないので教員の入れ替わりも少なかったのです(情報後出し卑怯ですね、すみません)。

たぶん、私が書いたような価値観の方々がたくさんいたのは、そのせいもあると思います。だから、全ての学校、全ての先生がそうであると言うわけではもちろんありません。良くない書き方をしてしまったと今、猛省しています。一例のみを取り上げて〜というのは私の悪い癖なので、気をつけたいと思いますありがとうございます

長々とした追記になってしまい、まった長い上に読みにくい文章書きやがってこいつは、みたいな感じだとは思うのですが、たくさんの意見が拝見できて、とても勉強になりました。本当に感謝しています2chみたいにボコボコにされるのかと思っていたので、すこしほっとしました。

私は今は別の職場で働いているのですが、みなさんがご指摘なさるように、やはり一年間でも教員をやっていた時の常識が残っているなと感じることがあります。だからきっと、今の職場でも浮いていたりすると思うので、今までの自分職場の方々を反面教師にして、きちんと生きていきたいと思います

あ、最後蛇足感が否めない話なのですが、教員ならではの嫌な話と言えば、生徒の成績操作とかですかね?余裕であったのでそれも嫌でしたね。成績を全部打ち終わってから、印象の悪い生徒の数値をこう…弄るんですが。上から指示があるんですよね。本当に嫌な作業でした。生徒はもっと可哀想ですし、もうこういう行為に加担したくないと思ったのも、辞めた理由ひとつだと思います

こんな長い文章最後まで読んでくださってありがとうございます

いろんなことを反面教師にして生きていくで候です。では御免!

2017-11-07

自炊レパートリー

俺の自炊レパートリーはかなり少ない。

まず肉と野菜をなんとなく炒めただけのもの。気分で肉と野菜の種類を変える。

あとは豚汁ミネストローネ。気分で味付けを変える。

このレパートリーだけで一年暮らした。全然飽きない。

これって異常?割とあるある?

私の貯蓄額は470万でした

大学の頃から20代折り返しの今までコツコツ貯めて今年の冬のボーナスで貯蓄額500万行くな!とウキウキしてたら独り身の血縁者が突然病に倒れた。健康診断をきちんと受けていなかったこ親族、病状が悪く行政制度を利用しつつもそれなりに高額な医療費が掛かった。親族でこの医療費出資出来るのは貯蓄のある私だけだったので、貯金から払った。今後も通院が続くというのでお金を少しでも親族の手元に残させる為に、退院親族会社に持って行く菓子折り代も払った。借りているという駐車場代も払った。そういえば病院で使うタオルパジャマ、下着、洗面用具その他全てに掛かる費用も払ってる。

父親祖母が死んだ。幼少期散々母や私を虐げて来た祖母に対し払う金は鐚一文ないと思っていたが、祖母と一緒に私を虐げて来た父親は「俺の給料から天引き祖母葬式代を出す。嫌なら家から出て行け」と母に宣った。父親給料から月々祖母葬式代を出すと家計費は一万円しか残らない。母も働いているとはいパートタイマー、そう高い稼ぎは望めない。葬式代を払い終えるまでの二年間、母の支援の為に生活費を払う。

私には10歳上の姉と2歳上の兄、一つ年下の妹がいる。それぞれフリーターニートフリーターという肩書き実家寄生しており生活費けが掛かる。収入源にはなり得ない。家計は上記の通りなので生活費を払うが、私が必死に働いた金がこいつらの衣食住になると思うとこんな静かな夜なのにとても穏やかではいられない。

貯金残高がみるみる減っていく。今年中に500万到達なんて夢のまた夢だ。しんどいお金が減ることではなく「自分に原因がないのに、苦労して築いたもの他者によって崩されること」が苦しい。何で私がこの理不尽を負うのか?という気持ちが拭えない。私はケチなのか?金の亡者なのだろうか?ちゃんとした人は病気親族を労わり亡くなった方を悼み兄弟を我が身のように想うものなんだろうか。どれにも当てはまらない自分自己中心的なのだろうか。

今後も貯金残高が減ることが予想されて気が滅入る。こんなことのために貯めたんじゃないのに。自分の為に貯めたのに。

お金の話だしこんな内容だし、友達にも誰にも言えなかったからこうして吐き出せて良かったし反応まで貰えて嬉しかった。ありがとう

姉は以前外で借金作って、ヤクザ引き連れて母の職場に乗り込んできた前科持ち。借金作って借金取りに追われるまでの流れをもう数回繰り返してる。兄は母から貰った大学教科書代や定期代を全部趣味にぶっこみつつ、大学に通ってるフリを一年か二年し続けてその間母からずっと「教科書・定期代」を貰い続けてた。大学中退三十路間近の今までヒキニートニートだけど飯と風呂は人並み以上。

妹は就活時代説明会で頷いてる奴ら全員赤べこww馬鹿みたいwww」とイキッた結果フリーター。全員いつ他所様に迷惑を掛けるか分からんから監視下に置いておくというのが母の方針座間市の件が全く他人事じゃない、この三人は何をしでかすか分からない。生活費が足りなくなった母親キャッシングに手でもしたらそれこそ後が厄介なので足りないお金は私の貯金から出すのが一番平和ルートとして確立されてしまっている。本当は出したくない。でも職場に乗り込まれたりするのはとても困る。

父も姉も兄も妹も全員明日辺り不慮の事故で死んで欲しいと願わずはいられない。

こうしたあまりに不出来な親族は本当に、本当に呪いだと思う。私は前世放火殺人レベルの重罪を犯した罪を今償わされているのか?と思ってしまう。他にも更に苦労してる人は沢山いるだろうけど今夜くらいは苦労人としてその頭数に入れて欲しい。

増田達の家族ってみんなまともな人ばかりなんだろうか。自分もまともな親族に恵まれたかった。兄弟の人数だけは多いし、心強さを感じてみたかったな。

2017-11-05

アイドルマスターミリオンライブが終わることについて

更新終了のお知らせから1週間経ち、少しだけ落ち着いたので、今までの記録と今思っていることを少しだけ書き出す。

グリマスに触れた始めたのは丁度一年前。

曲が自分の好みだと言うことに気が付き、TAシリーズを買い始め、4thのライブにも行き、そこからミリオンのことばかり考えるような生活になった。

始めた当初、ゲームは潜在スキルが導入されかなりの人が消え去ったという話だけは聞いていた。

ゲーム感想としては営業はオートがあるものの、タップしたほうが速く、そもそもタップをさせる回数が多い。

UI微妙に不親切で前時代ソシャゲ感がたっぷりだった。

それでもキャラの事を少しづつ知りたいということもあり、グリマスを遊んでいた。

毎日欠かさずやっていたわけでもないが、気がついた時にライブを開催し、青飴を交換し、ガチャを引き、営業し、イベント報酬分だけ走ったり楽しんでいた。

当然デッキが弱いので当初は上位を狙えるイベントは皆無だったが、それでもチョコイベで1回、2回ほどガチャ天井付近まで回したので他の人からカードを借り、復刻の絆イベで1回入賞できた。

金で殴るのはクソと言いながら金で殴る楽しいクソゲーを少しだけ感じていた。

ここのところ復刻イベばかりだったので、新しいイベントやらないかな~なんて呑気に考えていたが、

実際に待ち構えていたのはサービス更新の終了だった。

サービス当初から触れてた人はもう覚悟ができてたのかなぁなんて思ったのだけど、

サービス更新が終了するなんて自分は露ほども考えていなくて、

告知前日には友人と前回の感動イベは全く走れなかったけど次の感動イベは走れそうだから青飴貯める~なんて会話してて…。

まさかまさかもう終わるとは…。

ミリシタが出たってあと1年ぐらいは続くのかなとか思っていたのに、そんなことは無く終了のお知らせが来てしまった。

というかまだまだ俺はグリマスを遊んでる途中で、劇場で歌える曲はまだまだ全部解禁してないし、

担当トップアイドルはまだ取っていないし、少しづつ強くなったデッキも、もう活躍する場がなくなってしまう。

CS版だったらトップアイドルを目指す物語に一区切りがついて終わるが、最後のイベで区切りがついてくれるのだろうか。

もう見えない世界で、アイドル達が、トップアイドルを目指す日々が続いていくなんて、そんなのは嫌だ…。

ミリシタもイベントが来たものの、曲を遊んでいると悲しく辛い気持ちになってしまいまともに遊べていない。

そんな悲しい気持ちにばっかり囚われていた一週間だったが、連休に少しだけミリオンから離れ、たくさん寝て遊んだ気持ちが落ち着いてきた。

グリマス自体は実際の所、もう人が増える要素も無く、消え行く存在ではあったので仕方ないが悲しいものは悲しい。

わけわかんないイベントを楽しんだり、わけわかんないガチャを楽しんだりすることはもうできないのは悲しい。

それでも、今後ミリオンライブというコンテンツが伸びていくにはグリマスはもう枷になってしまっていたのだろうと思いたい。

最後イベントがどうなるのか、きちんと終わらせてくれるのかが少しだけ…少しだけ怖いが、この世界への決着を見届けたいと思う。

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