「一年」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 一年とは

2019-03-24

anond:20190324154037

そういや面談一年以上やってないな…

何でやらないんすか?やった方が良いっすよって言ってあるから次年度はやってくれると思うけど。

こっちから言わなきゃ制度として評価漏れが起きやすいんであれば、やっぱりもうちょっと頻度上げて欲しいな。

言ってはみるよ。

anond:20171228191127

一年上前増田だけど状況はあんまり変わってない気がする。

公開されているDS-Liteコンフィグipv6フィルタかけてipv4用のトンネルは全通しだし、この状態だとLAN内にリモートしたいときグローバルIPv6アドレスで全公開する以外の解決法が見つけられない。アクセスサーバ側の認証機能セキュリティを頼るのってなんか怖いし。

浪人をすることになった人へ

~~はじめに

 もうかなり前の話になるが,私も大学受験に失敗し,浪人をすることになった。

 (することになった,というのは,したくてしたわけではないかである。)

 人生で初めて,目の前が真っ暗になるような思いを味わった。

 どうすればいいのかわからず,途方に暮れた。

 そのとき書籍等を通じて様々な先達の経験に触れ,それに励まされてなんとか乗り越えた。

 これは遠い昔の一受験生出来事であるが,ふと思いついて,自分が励まされたように,何かの役に立てばと思って書いてみた。

 時代が変わっているので,個々の科目の勉強法等は記載していない。

 もっと大きな方法論の一例として見ていただければと思う。

 大事試験で失敗してしまい,失意の中にある人が,捲土重来を期すのに少しでも役立ってくれれば幸いである。

 人生で最も勉強をしたのは,大学受験に失敗し,浪人生活を送った時だった。

 その当時は自分なりに辛い思いもした。しかし,その分必死になって努力を行い,いかに状況を打開するかを日々考え抜き,最終的に結果を出すことができたので,得るものも大きかったように思っている。

 なお,前提として,私は小中高と地方公立学校で育った者である。塾にも浪人時代を除いてほとんど通ったことはない。

 高校時代部活をやっていたので,高2の冬までは授業を普通に受けていただけだった。志望校を決めるような段階になってからやばいと思って「受験生」になった,というのがバックボーンとしてあるので,以下の文章はそれを踏まえて読んでいただければと思う。

~~気持ちの立て直し方

 それまで特に勉強において壁にぶつかったこともなかっただけに,不合格の衝撃は当時の自分にとっては,人生のものだった。

第一志望しか受験していなかったので,選択余地なく浪人をすることになったが,仮にすべり止め合格を得ていたら,果たして浪人という選択ができたか,全く自信はない。

 それくらい,浪人するということについて,落胆していた。

 同級生のうち,現役で受かった者が嬉々として大学生活に入っていく中で,少なくともも一年,いろんなもの我慢して勉強に向かう生活余儀なくされるというのは,たまらなくつらかった。

 ひととおり落ち込み終わった後で,考えたのは,一つには,終わってしまたことを悔いても何もこの現実を変えることはできないということだった。

 現役で大学生になる身近な同級生想像し,なぜ自分はそうなれていないのかと身悶えせんばかりに考えたときもあったものの,いくらそのように思ったとしても何も現実は変わらない。過去に属してしまたことは,もう客観的には変えることはできない。そうだとすれば,今できることは,その意味付けを変えることしかないと思った。

 今身を切るように辛く感じられる大学不合格という事実も,たとえば,次の機会に晴れて合格し,20年,30年も経てば,なかったことにはできるわけではないが,その影響は極めて小さくなっているだろうと言い聞かせた。

 またおそらく世の中の評価というのは,失敗の数で評価されるわけではないとも考えた。人の失敗の数を覚えている人は多くない。そうではなくて,失敗の数があったとしても,結局のところ成功の数がいくつあるかが重要だろう。

 そうだとすれば,まだコントロール可能範疇に属している,未来を変えることで,過去出来事意味合いを変化させるしかないのではないか

 来年合格という成功によって,今年の不合格という失敗を塗りつぶすしかないと考えるに至った。

 期間はあまり覚えていないが,ここまで考えを整えるのに1か月くらいはかかったのではないか

~~戦略

 以上で考えたように,今年の不合格という意味合いを相対化するためには,来るべき「次」の受験で,必ず合格しなければならない。

 再来年では駄目だ。また実力だけ伸ばしても駄目で,仮にいくら模試の成績が良かったとしても,現実合格できなければ全く意味がない。

 このようにして,「次」の受験で,「必ず合格する」ということを目標として設定した。

 目標が定まった後,「必ず合格する」とは,どのような状態かと考えた。合格する可能性があるというだけでは駄目だと思った。可能性だけならおそらく今回もあった。「受かりうる」というだけでは足りない。「次の一回」で「必ず」合格しようと思えば,「受からないということがない」,「どうやっても受かる」という状態にまでもっていかなければならないと思った。

 自分の中では,「100回受けて100回受かる状態」というのを一つの基準としていた。

 そうなるためにはどうしたらいいのか。

 以下は,自分の中で描いたイメージである。 

 受験において,本番で出題される試験問題のものコントロールできない。

 自分が得意な問題が出るかもしれないが,苦手な問題が出るかもしれない。

 そうだとすると,たとえば100回試験を受けた際に,自分が得られる得点ないし全体の中での自分順位としては,一定の幅が生じると想定した。

 自分が得意な問題が出れば点数ないし順位は良くなる。苦手な問題が出ればその逆となる。その幅と位置自分の実力を示していることになる。

 受かる可能性があるというのは,自分の中のベストの結果のときに,それが合格ラインを超えているということだ。すなわち,上で述べた実力の幅の上端が合格ラインを超えていることであるそもそもここが合格ラインに届かないというのでは,合格確率は0なのであって,話にならない。

 自分の実力を客観的見積もったときに,現役の受験時点でも,得点幅の上端は合格ラインを超えていると思った。しかし,全体として超えているかというとそうではなく,大半は合格ライン以下に位置していたのではないか分析した。

 この状態だと,運よく自分の実力の上端付近が発揮できるような問題であれば合格という結果になるが,そうでなければ不合格という結果になる。

 以上の思考過程を経て,「必ず」合格するという状態を実現するためにすべきこととは,自分の実力を示す得点幅の下端を合格ラインより上にもっていくことだと規定した。その状態が実現できれば,どんな問題が出題されても必ず合格できる。

 このようにイメージした。

~~戦術

 次に,得点幅の下端を合格ラインよりも上に上げるためにすべきことは何かと考えた。

 ただちにこうすればいいということまではわからなかったが,とりあえず実現すべきこととしては,得点できるはずの問題を必ず得点するということだった。先のことはわからないが,最低限,このことを徹底しなければならないと思った。

 それだけでいいのかは,未知の領域なので不明であったが,得点幅の最下端を合格ラインよりも上にしようと思ったら,少なくともこの程度のことは実現できていなければ話にならないだろうと思った。

 先に述べたように,受験の本番では,試験問題コントロール範囲である受験会場に来てしまってからでは,いくら「ここを勉強しておけばよかった」と後悔しても,その時点で知らない知識は答えようがない。試験現場でできることとしては,そのときに持っている力で解けるはずの問題を確実に解くことだけである

 この視点は,いろいろなところに適用できるが,たとえば時間配分のところにあてはめると,「解けない問題時間を浪費して,解けるはずの問題を解けないということを起こしてはならない」ということであると思った。

 また,当時よくしていた勘違いなどのケアレスミスも,本来解ける問題を取りこぼす可能性があるので,起こしてはならないことになる。

 これらは,本来解ける問題をこぼしているという点では共通しており,このようなことがあってはならない。

 受験本番までは実力自体を向上させることももちろん目指さなければならないが,それと同時に,試験当日に,その時点で持っている実力すべてを最大効率得点につなげられるようにしておかなければならない。

 その観点から模試などを受けた場合の振り返りとしては,正解したかどうかはあまり気にせず,正解できなかった問題があったとして,「その時点で正解する可能性がなかったのかどうか」を入念に確認した。

 知識が足りなかったなどの理由で,そのときは正解する可能性がそもそもなかったのであれば,それはその時点ではもうしょうがないので,ただただ後日正解できるよう,知識を補充するなどして実力向上を図るというだけのことである

 一方,その時点で正解できたはずの問題を取りこぼしていた場合は,全力で悔しがるようにした。

「必ず」合格するという目標達成の観点からは,このような事態絶対に起こしてはならない。

 そのようなことをしている限り,「必ず」合格するという目標は達成できないからだ。

 その場合,正解できたはずの問題をとりこぼさないために,なぜそのようなことが起きてしまったのか,再発防止策として何が考えられるかなどを必死で考えた。

 以上は基本的自分の中だけでの問題であるが,一方で他者との比較視点も生まれていた。

 正解可能性について考察しているうちに,自分が正解できなかった問題について,他の受験生はどうなんだろうかという視点が生まれたのである

 自分が間違えた問題の正答率が高かった場合は,それだけ多くの受験生に差を付けられたことを意味するのであるから試験結果に与える影響は極めて大きい。一方,正答率が低かった場合には,大半の受験生もまた正解できていないわけなので,差を付けられた受験生の数が少なく,試験結果に与える影響は少ないということになる(極端な話,正答率が0%の問題であれば,全員が間違えているということから得点という点だけみればその問題はなかったのと同じであって,間違えたことの影響は0である。)。

 このような視点で各問題ごとに正答率を確認するようにすると,感覚的には一般的に明らかに簡単と思われる問題でも,正答率が100%ということはないということに気がついた。受験生は,ごく簡単問題でも意外と間違えてしまっているのである

 この点に気づいたときには,大げさにいえば勝機見出した思いがした。

 とんでもなく難しい問題まで正解できるようにならなければ「必ず合格」という目標が達成できない,ということだとすると,その難易度はかなり高い。

 難問というのは,どんな問題が出るかもわからいから難問なわけで,対策という意味では容易ではない。

 しかしながら,正答率が高い問題を取りこぼさない(他の受験生に差をつけられない)ということは,意識して徹底的にやりさえすれば実現できることだと思った。そして,これがきちんと実現できれば,成績的にはかなりのところまでいけそうだと思った。

 このとき受験生活の中で,初めて具体的な見通しがついた。

 時期的には,浪人になって最初の方で行われる模試の結果を分析してこう思ったはずなので,わりと早い段階でこのような確信を得られたのはありがたかった。

 以上から,正答率が高い問題を重視し,かつ,それを絶対に落とさない,ということが具体的な行動目標となった。このように目標が明確になると,自ずとそれを実現するための勉強法も明らかになった。

 自分が正解できる可能性のある領域を増やすことを目的とした勉強塗り絵に例えれば,色が塗ってある範囲を広くするようなこと)も勿論必要にはなるものの,それよりもむしろ正解できる可能性のある領域での正解率を高くする(塗り絵で言えば,色むらをなくし,より濃くするようなこと)勉強を重視すようになった。

 より具体的にいえば,復習を重視するようになったということである

 知らない問題よりも,一度やったことのある問題の方が正解率は高くできるはずで,投入する時間に対して得られる成果が高いと思われるからである

 復習は徹底的に行うようにした。特に記憶重要となる社会の科目などは,一日の勉強最初には,それまでやった学習内容をさかのぼってかならず目をとおしてから先に進むようにした。

 具体的には,使っているノート基準最初から前回勉強したところまで必ず全部目を通すということをしていた。それはその一冊のノートを使い終わるまで繰り返した。見直す時間が膨大になってもしょうがないので,時間一定を心がけていた。勉強が進むことによって見返す領域が広くなることになるが,その分見返すスピードを上げて各ページ毎の見る時間は減らして行った。

 ノート最初の方であればあるほど,何度も目にしているので,時間が短くても問題なかった。時間よりも回数を重視し,回数を繰り返すことで,記憶への徹底的な定着を図った。

 これは面倒に思うかどうかだけで,誰にでもできることと思う。そして,記憶力に個人差は多少あれど,何十回と接触した内容については,誰でも記憶には定着しやすくなる。とにかく,一度学習した内容を,二度と忘れたくなかったので,そのようにしていた。

 そのような学習法を実践していたことで,知識系の問題については,絶対の自信がついた。

 当時は,記憶違いということはほとんど起こりようがないような状態を実現することができていた。

~~結果

 以上のような勉強法を行ってきて,浪人の夏に大学別の模試を2つ受けた。

 これはその大学を受ける受験生であれば,たいてい受けるという種類の試験だったので,模試とは言え,その時点でのその大学を受ける受験生の中での位置付けを図る重要試験だった。

 浪人生活を開始するにあたって,自分の中では目標があった。

 「100回受けて100回受かる」という観点から,冬の大学模試で100位以内に入ることを目標としていた。

 当時,志望学部合格者数が600名程度であることから,少し目標としては高いかと思ったが,これくらいが実現できなければ,安全圏にあるとは言えないので,あえて高めの目標を掲げたつもりだった。

 蓋を開けてみると,夏の大学模試のうち,最初に結果が返ってきた方は,79位だった。

 自分で定めた目標クリアできたので,非常にうれしかったのを記憶している。

 想定していたよりも成績がよかったので,浪人生活全体を通して,このときが一番うれしかったように思う。

 (それでも,これは単なる模試に過ぎないので,この程度の成績で油断はいけないと自分を戒め,喜ぶ気持ちを押さえつけた。)

 しばらく経つと,もう一つの大学模試の結果が返ってきた。そちらは20位だった。全く想定しておらず,正直自分もびっくりした。こんなに結果が伴うとは思ってもいなかった。

 ただやはり,「まだ受かったわけでもなんでもないので,いくら模試の成績がよかったところで,本番に受かるという目標が達成されたわけではない,油断だけはしてはいけない,もっと取れたはずだ」と自分に言い聞かせるのに必死だった。

 その後も大きな方針を維持したまま勉強を続けたところ,冬の大学模試では13位と14位という結果だった。

 受験本番はどうだったのか,順位は発表されないので分からない。

 予備校の発表する模範解答に照らして行った自己採点結果は悪くなかったし,結果はもちろん合格だった。

 合格確認したときには,うれしいというよりは,ほっとした。精神状態としては,「受かっているかどうかドキドキする」という状態ではなく,「絶対受かっているはずだが何かの間違いで落ちてないだろうな」という気持ちだったからだ。

~~まとめ

 方法論は人に合わせて千差万別なので,以上の方法が唯一絶対ではないと思う。

 全く同じ人間が一人としていないように,誰にもピッタリと当てはまる万能の方法などというものはない。

 それを前提として,自分浪人生活のうち,成果につながった要素を抽出するとすれば,以下の点ではないだろうか。

 まず一つには,本気で結果を出したいと思っていたことだと思う。

 何事につけ,物事には障害がつきものである。そのような前提状況の中,何も考えずにただ臨めば,結果が出るかどうかは当たるも八卦当たらぬも八卦のような確率論に終わってしまう。

 「本気で結果を出したい」というのを行動に置き換えると,「受験優先順位を上げ,その他のことはどうでもいいと考える」ということである。本気でそう思えれば,遊びたいとか,のんびり寝ていたいとか,そんなことは気にならなくなる。

 それは「誘惑に打ち勝つ」ということとは感覚的には少し違う。誘惑を感じている状態は,まだ本気度が高い状態とはいえないと思う。本当に結果を出したいと思って,その状態に入ったときには,その他のことは本当にどうでもよくなる。

 「その他のことはなんでも差し出すから,とにかく希望している物事について結果を出させてくれ」という心持ちになる。そのときは,優先順位が二位以下のものごとは些事である

 そのような状態に入れると,仮に何か障害が生じたとしても,手段を尽くし,工夫を尽くして,結果にたどり着くという状態になる。

 時間しろエネルギーしろ資源が有限である以上,その中で一つの結果を確実に出そうと思えば,何が何でも結果を出したいという状態自分を持っていくことが必要になる。

 不合格という現実に直面したとき,何度も「嘘でしょ。結果を取り替えてくれないか。」と何度も思った。しかし,一度出た結果は変わらない。これが現実である

 自分の周りの環境自分コントロールすることはできないということをまざまざと体感した。

 一方で,自分はいくらでもコントロール可能なのだ

 不合格回避したいという思いを,エネルギーを,合格への執着へと昇華させることはできるはずだ。

 二つ目は,以上の状態を前提として,「結果を出す」ということを実現するためにどうすればいいのか必死で考えたことではないかと思う。

 先に記述した思考過程を経て,自分なりに結果を出すために必要な条件を考え,それを満たすためにひたすら実行した。

 小中高と地方公立学校で育ってきて,全国規模で自分が試されたことも位置づけをはかったこともなかったため,余力を残すという発想がそもそもなかったということも幸いした。

 自分みたいな遅れて必死になった者が全国レベル受験生相手に確実に合格するという状態に達するためには,とにかく妥協なく徹底的にやり切る以外にはないと思っていた。

 後にも先にもこのときほどストイックになったことはない(なお余談だが,このときにあまり想像以上に結果が出てしまったため,後になってまた別の試練に立ち向かうことになった際に,「あそこまでやらなくてもいいだろう」と無意識に思ってしまい,無駄に回り道をすることになる。何事も,やるなら最初から本気でやるべきである。)。

 当時,浪人時代灰色一色で,とても精神的につらいものであったが,きわめて得るものの多い時期でもあった。

 生活のことは親に完全に甘えられる時期であり,徹底的に勉強のことだけ考えていればよかったという意味では,むしろ幸せな時期であったともいえる。

 浪人時代を通じて,物事に本気になるとはどういうことか,結果を出すとはどういうことかなどを身をもって体験することができ,その後の人生にも大きないい影響があった。たまたま運よくラッキーで現役合格してしまっていたら,このように自分を振り絞るような努力をする機会は得られなかったの

2019-03-23

漫画を描くたび大泣するのやめたい

社会不適合者のオタクなので、会社で働ける気がしないため、家で働く仕事がしたいなと思って漫画を描いている。

一応プロを目指していることになるのかな。ダメ人間から実家寄生しながら同人誌作りつつ、投稿用の漫画を描く。

持ち込みに行けば、面白くないと言われるし、友人に見せれば面白くないと言われる。

自分でも分かっている。なんとなく何がダメなのか、何が足りないのか。直そうと頑張って他人から貰ったアドバイスを活かしたつもりで新しい作品を描くけど、やっぱりおもしろくない。

今日も新しい漫画が完成した。友達に見せたら、やっぱり面白くないと言われた。

友人は悪くない。だって面白くないから。率直な意見を言ってくれるのは正直ありがたいし、大事な友人だ。

でも、やっぱり面白くないと言われるのは辛い。電話を切ったあと大泣して今もこれを書きながら泣いている。

漫画家になりたいっていう強い意志を持っている人は、ちゃん相手意見を聞いて次に活かそうって前向きに考えて、また漫画を描けるんだろうな。

私は無理だ。否定されるたびに1時間ぐらいずっと泣いて、しばらくメソメソして、創作意欲をなくす。

三ヶ月ぐらいはそんな感じでやる気をなくしてぐったりしているけど、やっぱり諦めきれなくてまた描き始める。

能面でも、メンタル面でも向いていないんだろうなということは分かる。

分かるけど、そんなことをダラダラ続けて五年ぐらい経ってしまった。

こんな調子から一年オリジナル漫画を2~3作品しか完成させられないし、諦めたほうがいいなあ。

でも諦めたら就職しなきゃいけない。無理だ。

どうすればいいんだろう。ODしたくなってきたなあ。

悪名高き高輪グリーンマンション事件最高裁判決

 日本刑事司法お祭り騒ぎ状態でまだまだ完璧にやらないといけない時代で、警察官の有形力の行使方法に関する判断基準定型的だが、結論としては、法廷意見が、昭和オヤジ警察官に有利に扱っていて調子に乗っていた時代

任意捜査においては、強制手段、すなわち、「個人意思を抑圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的捜査目的を実現する行為など、特別根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」(最高裁昭和五〇年(あ)第一四六号同五一年三月一六日第三小法廷決定・刑集三〇巻二号一八七頁参照)を用いることが許されないということはいうまでもないが、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、右のような強制手段によることができないというだけでなく、さらに、事案の性質被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし様態及び限度において、許容されるものと解すべきである。」

 という判断基準は、実に完璧主義で、定型的であり、やる気は感じられるが、趣味は感じられない。

 補足意見で別の裁判官が、任意捜査としてはやりすぎで違法という冷静な意見を述べたが、当時の興奮した最高裁では採用されず、警察官を勝たせる意見法廷意見採用された。このように、一種興奮しすぎた権力実態が横行していた時代であったが、昭和60年に、昭和オヤジの機長が起こした日航機墜落事件が発生した。

 このような興奮しすぎて、判断基準定型化していた当時の権力状況と、何か関係があるのだろうか。

S59.02.29 第二小法廷・決定 昭和57(あ)301 殺人(第38巻3号479頁)(高輪グリーンマンション事件

主    文

     本件上告を棄却する。

     当審における未決勾留日数中六〇〇日を本刑に算入する。

         

理    由

 一 弁護人加藤満生、同猪狩庸祐、同沼尾雅徳(以下「弁護人ら」という。)の上告趣意第一点の一のうち、判例違反をいう点は、所論引用判例は非供述証拠に関するものであつて事案を異にし本件に適切でなく、その余は、憲法一条、三三条、三四条、三八条違反をいう点を含め、また、被告人本人の上告趣意第一第一ないし第五の、被告人に対する取調手続違法理由として憲法三条、一八条、三一条、三三条、三四条違反をいう点は、いずれも実質は単なる法令違反の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。(職権判断

 1 第一審判決及び原判決認定するところに記録を併せると、被告人に対する本件取調べの経過及び状況は、おおむね次のとおりである

 (1) 昭和五二年五月一八日、東京都港区ab丁目c番d号eマンシヨンf号室の本件被害者A方において、被害者が何者かによつて殺害されているのが被害者の勤め先の者によつて発見され、同人通報により殺人事件として直ちに捜査が開始され、警視庁捜査一課強行犯二係を中心とする捜査本部が所轄の高輪警察署に設置された。犯行現場の状況等から犯人被害者と面識のある者との見通しのもとに被害者生前の交友関係を中心に捜査が進められ、かつて被害者同棲したことのある被告人もその対象となつていたところ、同月二〇日、被告人は自ら高輪警察署に出頭し、本件犯行当時アリハイがある旨の弁明をしたが、裏付捜査の結果右アリバイの主張が虚偽であることが判明し、被告人に対する容疑が強まつたところから、同年六月七日早朝、捜査官四名が東京都大田区gh丁目i番j号所在のB荘(被告人の勤め先の独身寮)の被告人の居室に赴き、本件の有力容疑者として被告人任意同行を求め、被告人がこれに応じたので、右捜査官らは、被告人を同署の自動車に同乗させて同署に同行した。

 (2) 捜査官らは、被告人の承諾のもとに被告人警視庁同道した上、同日午前九時半ころから時間余にわたつてボリグラフ検査を受けさせた後、高輪警察署に連れ戻り、同署四階の三・三平メートルくらいの広さの調べ室において、一名(巡査部長)が主になり、同室入口付近等に一ないし二名捜査官を立ち会わせて被告人を取り調べ、右アリバイの点などを追及したところ、同日午後一〇時ころに至つて被告人は本件犯行を認めるに至つた。

 (3) そこで、捜査官らは、被告人に本件犯行についての自白を内容とする答申書を作成させ、同日午後一一時すぎには一応の取調べを終えたが、被告人からの申出もあつて、高輪警察署長宛の「私は高輪警察署でAさんをころした事について申し上げましたが、明日さらにくわしく説明します。今日は私としても寮に帰るのはいやなのでどこかの旅館に泊めて致だきたいと思います。」と記載した答申書を作成提出させて、同署近くのCの宿泊施設被告人宿泊させ、捜査官四、五名も同宿し、うち一名は被告人の室の隣室に泊り込むなどして被告人挙動監視した。

 (4) 翌六月八日朝、捜査官らは、自動車被告人を迎えに行き、朝から午後一一時ころに至るまで高輪警察署の前記調べ室で被告人を取り調べ、同夜も被告人帰宅を望まないということで、捜査官らが手配して自動車被告人を同署からほど近いホテルDに送り届けて同所に宿泊させ、翌九日以降も同様の取調べをし、同夜及び同月一〇日の夜はEホテル宿泊させ、右各夜ともホテルの周辺に捜査官が張り込み被告人の動静を監視した。なお、右宿泊代金については、同月七日から九日までの分は警察において支払い、同月一〇日の分のみ被告人に支払わせた。

 (5) このようにして、同月一一日まで被告人に対する取調べを続行し、この間、前記二通の答申書のほか、同月八日付で自白を内容とする供述調書及び答申書、同月九日付で心境等を内容とする答申書、同月一〇日付で犯行状況についての自白を内容とする供述調書が作成され、同月一一日には、否認供述調書(参考人調書)が作成された。

 (6) 捜査官らは、被告人から右のような本件犯行についての自白を得たものの、決め手となる証拠が十分でなかつたことなどから被告人逮捕することなく、同月一一日午後三時ころ、山梨市から被告人を迎えに来た被告人の実母らと帰郷させたが、その際、右実母から「右の者御署に於て殺人被疑事件につき御取調中のところ今回私に対して身柄引渡下され正に申しうけました」旨記載した高輪警察署長宛の身柄請書を徴した。

 (7) 捜査本部ではその後も被告人自白裏付けるべき捜査を続け、同年八月二三日に至つて、本件殺人の容疑により前記山梨市の実母方で被告人逮捕した。被告人は、身柄を拘束された後、当初は新たなアリバイの主張をするなどして本件犯行否認していたが、同月二六日に犯行自白して以降捜査段階においては自白を維持し、自白を内容とする司法警察員及び検察官に対する各供述調書が作成され、同年九月十二日、本件につき殺人の罪名で勾留起訴された。

 2 右のような事実関係のもとにおいて、昭和五十二年六月七日に被告人高輪警察署任意同行して以降同月一一日に至る間の被告人に対する取調べは、刑訴法一九八条に基づき、任意捜査としてなされたものと認められるところ、任意捜査においては、強制手段、すなわち、「個人意思を抑圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的捜査目的を実現する行為など、特別根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」(最高裁昭和五〇年(あ)第一四六号同五一年三月一六日第三小法廷決定・刑集三〇巻二号一八七頁参照)を用いることが許されないということはいうまでもないが、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、右のような強制手段によることができないというだけでなく、さらに、事案の性質被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし様態及び限度において、許容されるものと解すべきである

 3 これを本件についてみるに、まず、被告人に対する当初の任意同行については、捜査の進展状況からみて被告人に対する容疑が強まつており、事案の性質、重大性等にもかんがみると、祖の段階で直接被告人から事情を聴き弁解を徴する必要性があつたことは明らかであり、任意同行手段方法等の点において相当性を欠くところがあつたものとは認め難く、また、右任意動向に引き続くその後の被告人に対する取調べ自体については、その際に暴行脅迫被告人供述任意性に影響を及ぼすべき事跡があつたものとは認め難い。

 4 しかし、被告人を四夜にわたり捜査官の手配した宿泊施設宿泊させた上、前後五日間にわたつて被疑者としての取調べを続行した点については、原判事のように、右の間被告人が単に「警察庇護ないしは緩やかな監視のもとに置かれていたものと見ることができる」というような状況にあつたにすぎないものといえるか、疑問の余地がある。

 すなわち、被告人を右のように宿泊させたことについては、被告人の住居たるB荘は高輪警察署からさほど遠くはなく、深夜であつても帰宅できない特段の事情も見当たらない上、第一日目の夜は、捜査官が同宿し被告人挙動を直接監視し、第二日目以降も、捜査官らが前記ホテルに同宿こそしなかつたもののその周辺に張り込んで被告人の動静を監視しており、高輪警察署との往復には、警察自動車使用され、捜査官が同乗して送り迎えがなされているほか、最初の三晩については警察において宿泊費用を支払つており、しかもこの間午前中から深夜に至るまでの長時間、連日にわたつて本件についての追及、取調べが続けられたものであつて、これらの諸事情に徴すると、被告人は、捜査官の意向にそうように、右のような宿泊を伴う連日にわたる長時間の取調べに応じざるを得ない状況に置かれていたものとみられる一面もあり、その期間も長く、任意取調べの方法として必ずしも妥当ものであつたとはいい難い。

 しかしながら、他面、被告人は、右初日宿泊については前記のような答申書を差し出しており、また、記録上、右の間に被告人が取調べや宿泊拒否し、調べ室あるいは宿泊施設から退去し帰宅することを申し出たり、そのような行動に出た証跡はなく、捜査官らが、取調べを強行し、被告人の退去、帰宅を拒絶したり制止したというような事実も窺われないのであつて、これらの諸事情総合すると、右取調べにせよ宿泊にせよ、結局、被告人がその意思によりこれを容認し応じていたものと認められるのである

 5 被告人に対する右のような取調べは、宿泊の点など任意捜査方法として必ずしも妥当はいい難いところがあるものの、被告人任意に応じていたものと認められるばかりでなく、事案の性質上、速やかに被告人から詳細な事情及び弁解を聴取する必要性があつたものと認められることなどの本件における具体的状況を総合すると、結局、社会通念上やむを得なかつたものというべく、任意捜査として許容される限界を越えた違法ものであつたとまでは断じ難いというべきである

 6 したがつて、右任意取調べの過程作成された被告人答申書、司法警察員に対する供述調書中の自白については、記録上他に特段の任意性を疑うべき事情も認め難いのであるから、その任意性を肯定し、証拠能力があるものとした第一審判決を是認した原判断は、結論において相当である。二(一)弁護人らの上告趣意第一点の二及び被告人本人の上告趣意第一章第七、第九の一、二の、被告人自白警察官らの強制拷問脅迫誘導等に基づくか、その影響下におけるものであるとして憲法六条、三八条一項、二項違反をいう点は、記録を調べても、所論のように供述任意性に影響を及ぼすような違法な取調べがなされたものとまでは認められないから、所論はいずれも前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

 (二)被告人本人の上告趣意第二章第一の、被告人勾留中の自白警察官偽計に基づくものであるとして判例違反をいう点は、記録を調べても、被告人の右自白警察官偽計に基づくものとは認められないから、所論は前提を次ぎ、適法な上告理由にあたらない。

 三 被告人本人の上告趣意第一章第六の、被告人の所有物に対し違法押収がなされたとして憲法五条違反をいう点は、違憲をいう点をも含め、実質はすべて単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

 四 弁護人らの上告趣意第一点の四(上告趣意書に「三」とあるのは誤記と認められる。)のうち、判例違反をいう点は、

 記録を調べても、原審が所論の証人申請却下したのが合理的裁量範囲を逸脱したものとは認められないから、所論は前提を欠き、その余の点及び被告人本人の上告趣意第一章第八の二は、憲法七条違反をいう点をも含め、いずれも実質は証拠の採否に関する単なる法令違反の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。

 五 被告人本人の上告趣意第一章第九の三の憲法八条三項違反をいう点は、原判決及びその是認する第一審判決が被告人自白のみを証拠として被告人有罪認定したものでないことは各判文上明らかであるから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

 六 弁護人らの上告趣意第一点の三(上告趣意書に「二」とあるのは誤記と認められる。)及び被告人本人の上告趣意第二章第二の判例違反をいう点並びに被告人本人の上告趣意第一第一、第八の一、第一〇の憲法一条、一三条あるいは三七条一項違反をいう点は、いずれもその実質は審理不尽をいう単なる法令違反事実誤認の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。

 七 弁護人らの上告趣意第一点の三(前記六参照)の(五)及び被告人本人の上告趣意第二章第二の二のいわゆる伝聞証言証拠としたとして違法をいう点は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

 (職権判断

 記録によれば、F警部は、第一審において、ポリグラフ検査の際、被告人に本件被害者の着用していたネグリジエの色等、本件の真犯人でなければ知り得ない事項についての言動があつた旨証言し、第一審判決及びこれを是認した原判決は、右証言採用して右言動認定し、これをもつ被告人を本件の真犯人と断定する一つの情況証拠としていることが明らかである。右証言は伝聞ないし再伝聞を内容とするものであるが、右証言の際、被告人及び弁護人らは、その機会がありながら異議の申立てをすることなく、右証人に対する反対尋問をし、証人尋問を終えていることが認められる。

 このように、いわゆる伝聞ないし再伝聞証言について、異議の申立てがされることなく当該証人に対する尋問が終了した場合には、直ちに異議の申立てができないなどの特段の事情がない限り、黙示の同意があつたものとしてその証拠能力を認めるのが相当である最高裁昭和二六年(あ)第四二四八号同二八年五月一二日第三小法廷判決刑集七巻五号一〇二三頁、同二七年(あ)第六五四七号同二九年五月一一日第三小法廷判決刑集八巻五号六六四頁、同三一年(あ)第七四〇号同三三年一〇月二四日第二小法廷判決刑集一二巻一四号三三六八頁等参照。これらの判決は、伝聞証言証拠能力を認めるについて、異議の申立てがなかつたことのほか、証人に対し尋ねることはない旨述べられた場合であること等の要件必要とするかのような判示をしているが

昭和50年代に団藤重光が最高裁判事だった頃からまら判決をしていたよ

 その当時の空気では、キャー卑猥っていう解釈ないし事実認定だったのだろうが、以下の点で、現時点で検討するとナンセンスまりない判決が出ている。

 ・色々言っているけど、検察官公訴権が濫用に当たるのが職務犯罪構成する場合だけというのが論理破綻しており意味不明トチ狂っている。

 ・昭和50年の時点で最高裁も腐っており、すぐに判断せず、もったいぶったようなお上の啓示みたいな判決をしており清廉でない。

 ・あまりに暇だったのか「同法四一四条、三八六条一項三号により主文のとおり決定する。」などといって、決定に当たって一々刑訴法の条文を

  挙げている。これは、昭和40年代からも同じような傾向があり、単に「主文のとおり決定する」ではなく、「~法に基づき決定する」という

  文章の書き方がくそきもい

 こういう次第で、段々腐っていって怪しくなって人気が無くなった。

 

 ・なお、本判決における事実認定の詳細にわたることは問題ない。ただ、法解釈論や、判決を出すタイミングなどがクソ。

 

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/200/050200_hanrei.pdf

(職権による判断

 所論にかんがみ、刑訴法四一一条適用すべきかどうかについて判断する。

  • 1 -

 一 検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な

裁量権を認められているのであつて、公訴の提起が検察官裁量権の逸脱によるも

のであつたからといつて直ちに無効となるものでないことは明らかである。たしか

に、右裁量権行使については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑

訴法二四八条)、検察官公益代表者として公訴権を行使すべきものとされてい

ること(検察庁四条)、さらに、刑訴法上の権限公共の福祉の維持と個人の基

本的人権保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたつてはならない

ものとされていること(刑訴法一条刑訴規則一条二項)などを総合して考えると、

検察官裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定

ることはできないが、それはたとえば公訴の提起自体職務犯罪構成するような

極限的な場合に限られるものというべきである

 二 いま本件についてみるのに、原判決認定によれば、本件犯罪事実の違法性

及び有責性の評価については被告人に有利に参酌されるべき幾多の事情存在する

ことが認められるが、犯行のもの態様はかならずしも軽微なものとはいえない

のであつて、当然に検察官の本件公訴提起を不当とすることはできない。本件公訴

提起の相当性について疑いをさしはさましめるのは、むしろ水俣病公害惹起

たとされるA株式会社の側と被告人を含む患者側との相互あいだに発生した種々

違法行為につき、警察検察当局による捜査権ないし公訴権の発動の状況に不公

平があつたとされる点にあるであろう。原判決も、また、この点を重視しているも

のと考えられる。しかし、すくなくとも公訴権の発動については、犯罪の軽重のみ

ならず、犯人一身上事情犯罪の情状及び犯罪後の情況等をも考慮しなければ

ならないことは刑訴法二四八条規定の示すとおりであつて、起訴又は不起訴処分

の当不当は、犯罪事実の外面だけによつては断定することができないのである。こ

のような見地からするとき審判対象とされていない他の被疑事件についての公

  • 2 -

訴権の発動の当否を軽々に論定することは許されないのであり、他の被疑事件につ

いての公訴権の発動の状況との対比などを理由にして本件公訴提起が著しく不当で

あつたとする原審の認定判断は、ただちに肯認することができない。まして、本件

事態公訴提起の無効を結果するような極限的な場合にあたるものとは、原審の

認定及び記録に照らしても、とうてい考えられないのである。したがつて、本件公

訴を棄却すべきものとした原審の判断は失当であつて「その違法判決に影響を及

ぼすことは明らかである

 三 しかしながら、本件については第一審が罰金五万円、一年間刑の執行猶予

判決を言い渡し、これに対して検察官から控訴の申立はなく、被告人から控訴

に基づき原判決公訴棄却したものであるところ、記録に現われた本件のきわめ

て特異な背景事情に加えて、犯行から今日まですでに長期間が経過し、その間、被

告人を含む患者らとA株式会社との間に水俣病被害補償について全面的協定

成立して双方の間の紛争は終了し、本件の被害者らにおいても今なお処罰を求める

意思を有しているとは思われないこと、また、被告人が右公害によつて父親を失い

自らも健康を損なう結果を被つていることなどをかれこれ考え合わせると、原判決

を破棄して第一審判決の執行猶予付きの罰金刑を復活させなければ著しく正義に反

することになるとは考えられず、いまだ刑訴法四一一条適用すべきものとは認め

られない。

 よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により主文のとおり決定する。

彼氏誕生日台無しになった件

今日、二人で休みをとって

高速バスで片道二時間

お揃いのスニーカーを履いて

石段街をぐるっと歩いて、

露天風呂つきの広いお部屋で

最高の贅沢をする。

はずだった。

今、私は狭い家で

ポテトチップスを食べている。

描いていた旅行は中止。

『ご予約のお部屋がとれておらず…』

電話が入ったのは、昨日だった。

伊香保にある有名な旅館

まさかそんなことが起こるとは。

私たちが予約した部屋に

別の予約が被っており、

部屋を変えてほしいと懇願される。

露天風呂のない、眺望の良い部屋は

明らかにグレードダウンだ。

頭が真っ白になった。

もう、予約は明日に迫っている。

考えたい、と電話を切って仕事に戻る。

正直、考えられもしないのに。

被っている部屋で、どうして

私たちが諦めなければいけないのか。

若いからって馬鹿にしている。

誕生日なのに申し訳ないと言いながら、

特段サービス提示するわけでもない

旅館担当者

そんな宿に行きたいわけないだろ。

誕生日一年に一回なんだぞ。

怒りがふつふつと沸いてきて、

キャンセルしようと電話をかけた。

怒鳴り散らしたい気持ちだが、

その気力すらなくなっていた。

ただただ、涙。

『同行者に相談するので、

また明日電話しますので』

謝る声は電話から聞こえてくるが

その気持ちは、伝わってこない。

日が越えて、彼氏から電話があった。

気にしないで、と言うけれど

そんなこと言わせてしまう状況に

涙が止まらない。

どこにいくかも伏せていて、

完全サプライズの予定だった。

結局、彼は旅行の全貌を知らないまま

無駄になった連休を過ごしている。

代わりの場所も直前すぎて

どこも空いていない。

行く気力も、正直もうない。

なんでこうなったんだろう。

『次回ご予約の際は

最大限の努力をさせていただきますので』

あなたたちの最大限の努力

私は二度と、信じはしない。

いつもと変わらない土曜の12時。

高速バスチケット

ただの紙切れになった。

たまに思い出す人のこと。

中学同級生村田くん(仮名)という人がいた。

彼は軽度の知的障害だったのではないかと思う。

特別学級ではなく普通クラスにいたけれど、成績は下の下で、いつもヘラヘラしていた。

いつも服のそでで鼻水をぬぐうからそれが乾いてパリパリ黄色いシミになっていたり、パンツ姿で校内を走り回ったり、学校前電車踏切棒で遊んで叱られたり、そういう人だった。

自分は彼とひとこともしゃべったことはなかった。

臭そう。

話が通じなさそう。

近づいたらいきなり噛みつかれそう。

例えるなら、野生動物にはみだりに近づいてはならない。そんな感覚で遠巻きに見ていた。

喋ることのないまま中学卒業し、自分は遠くの高校に進学した。

高校一年生の夏、高校の寮から帰省したとき母親が言った。

村田くん(仮名)ってあん同級生だった?川でおぼれて亡くなったらしいよ」

そんな感じで何気なく聞いた気がする。

ふーん、と思った。

高校にあがってもあいかわらず村田くん(仮名)は友達がいないから、いつもひとりで遊んでいたらしい。

その日もひとりでタモとバケツを持って、自転車で川に遊びに行った。

そして川の底に沈んでしまった。

村田くん(仮名)の人生は途切れたんだな、と思ったのをおぼえている。

高校生の頃なんて人生無限に続くものだと、そんな気分で毎日生きていたけれど、自分と同い年の見知った人間人生が終わったことを知ってすこしびっくりした。

その頃の自分はたくさん小説を読んだり映画を見ている子供で、色々な人生があるってことは知っているつもりだったけれど、ある日突然ぶつりと途切れた彼の人生を思った時がいちばん死ぬことがとてもあっけなくて当たり前のことなんだな」と理解したように思う。

人は息ができなければすぐに死ぬんだなと。


成人してからも、ふと彼のことを思い出す。

薄汚れたTシャツと短パンサンダルを履いて汗を流しながら自転車を漕ぐ村田くん(仮名)。

タモで何を採ろうとしていたんだろうか。

何を採ったんだろうか。

残されたバケツには何が入っていたんだろうか。

暖かくなってくると、そんなどうでもいい想像をしてしまう。

一度もしゃべったことのない人なのになぁ。

2019-03-22

はてなのみんなはどうやって映画字幕なしで見れるようになった?

はてなー教養あるからまさかわざわざ吹き替えみたりしてないよな?

日本語で聞くアメリカンジョークとか全然笑えないし

どうやって勉強して字幕なしで見れるようになったのか教えて欲しい

できれば一年以内にそのくらいのヒアリングができるようになりたい

教えてーや

2019-03-20

anond:20190320133008

大衆の大半は一年もせずに忘れるよ。

その事象自体は忘れずとも、特段気にしなくなるよ。

持って帰るのがただめんどくさかったからだったかもしれない。でもさ

海外から帰国して日本中学に馴染むのに苦労する息子に部活でなんだかんだと声をかけてきてくれた先輩がいた。

塾で担当する先生たまたま一緒だったというご縁もあって息子の口からくその先輩の名前が出てた。

この一年、人に合わせることに重きをおかず独立独歩で「変わったヤツだけど害はない」ポジションを獲得してきた息子。

移動時、休み時間も一人でいることが多かった息子のことを気にかけてくれていたその先輩が今日卒業式、小さな作品をくれたそうだ。

さな額に入った絵。

帰宅して開口一番にその報告を聞いた私、イベントセレモニーが苦手な変人(息子に遺伝してしまった)が、号泣してしまった。

今でもコミュニケーションが苦手で目から鼻に抜けるタイプではなく中々社会に馴染めないけれど、世の中にはこうやってそっと寄り添ってくれる人もいるということを学ばせてもらっている中学生活。

先輩に感謝。人の気持ち感謝

2019-03-19

若い子に嫉妬する

男は権力の生き物だから能力の高い人に嫉妬する。

特に、年齢が絡むともっと嫉妬深くなる。

前の会社に出向中。

そこには、一年生ながら私が同じ年齢だったころとは、全く比べ物にならない位活躍している子達がいる。

独りで仕事を回しているんだから凄いよ。

僕がもし同じ会社員の立場なら、案パイを取ったり、逃げるような回答をしてしまうと思う…

多分、そのたくましさに心のそこから君は凄いよって、声が出るだろう。今までだって素直に認めてきた。

それと一緒に、私が同じ年齢だった時の姿と照らし合わせて心がささくれてくる。

フリーおこぼれを頂戴している僕なんかより、人に影響があるものを作ってるのが、たまらなく羨ましい。

自分の同じ頃、不幸のどん底にいた。

就活で、身の丈に合わない応募をして、やっと入れたのが技術派遣会社しかはいれなかった。

威勢だけは人一倍良かったけど、派遣先では使い物にならないとたらい回しにされてた時期かな。

必死に好きでもない車の事を勉強して、自信がなくておどおどして成長なんて一ミリも感じなかった。

あの頃、今と同じ道を歩んでいたら、あと、3年くらい早く気づけたことがいっぱいあった。

大した才能のない僕は、控えめに相手をたてる話し方、三枚目のような反応、聞き手に回る対応で居きるしかない。

悔しいし、人見知りだし、そうやって社会に取り入って行くしかないんだ…

そうやって搾取されて、泥をすするしかないんだ。

…まあでも、社長や、役員のかたからも声かけて貰った、他にも別の部署の方も声かけてくれた。

自分から声をかけれないほど自信がない私でも、覚えてくれて優しくしてくれる人が居るんだからそれで充分と思った方が幸せなのかも。

FXっておかしくね?

30万ほど金が余ったので、以前作って放置になっていたFXの口座に入れることにした。

ドルトルコリラ10万ずつくらい買ってみた。

売り買いしなくてもスワップポイントかい金利が入ってくるらしい。

一日あたり、ドルは80円、トルコリラは450円ほど。

一年放置してたらトルコリラは、16万円以上入ってくる計算

なにもしなくて放置してるだけ。

定期預金でも、0.01%時代に160%の利回り。

狂ってるだろ。

デフォルトの設定でリバレッジ10倍、ロスカット率30%にしてるから、7%以上下がったら補償没収

でも、あと10万あまってるから、そののときはそれを突っ込めばいいんだよな。

anond:20190319201356

一ヶ月後にレスが返ってきて一年後に気付く(いまさら反論するのも大人気ないのでくやしい

一年目の後輩とっつかまえて、煽ったりいじめたりとかなんだよ。メンタル小学生か。不惑越えてて旦那でもあり父親でもあるんでしょ。

anond:20190318161941

これっていままでの大学受験で言うと国公立受けるにしても半部以上の配分をできるようになったことになる

から俺は、一年勉強しなくても東大間違いなく受かるよ

半分の配点が取れれば東大って受かるんですね・・・楽観的。

2019-03-18

異性叩きしてる人って100%非モテだし、異性に対して嫉妬心があるのではと思う

知り合いの男

「女はパパ活できて良いよなw」とか「(知らない女性写真スマホで見せながら)この女マジでクソ」とか言ってて引いてたら

「おれもママ活しようかな」と言い出した。ちなみにチビ&アホで、金払って一緒に時間を過ごしたいと思う人はまずいないと思う。

いきなり告白されたけど本当にキモかった。やんわりお断りしたけど今頃誰かに「この女マジでクソ」とか言いながらわたし写真を誰かに見せてるのかな……(いきなり人の写真を撮ってくるようなタイプだった)

知り合いの女

一年上前にヤリ捨てされた男への恨みつらみを未だに毎日のようにツイッターで垂れ流しててシンプル意味が分からない。

20半ばになるまで処女で、初体験相手にのめり込んだ挙句2か月で捨てられたらああなるのだろうか。

本人の精神衛生上さっさと忘れて前に進めばいいのに、と思うけれど人間そう簡単はいかないのかもしれない。

他にも色々いるけれど、最近見た中だとこの二人がダントツで「おh……」という感じだった。

ネットで異性攻撃している人たちもこういう人間なんだろうなぁ……

anond:20190318181845

一年開拓つくして数十年待つか、数十年かけて開拓つくしていくかの違いしかないじゃん。結果は同じだよ。

anond:20190318160348

東大受かるのってぶっちゃけ簡単だよ

数学教員って常に人で不足だから数学教員になろうと思って30過ぎてから勉強はじめた

数学できれば物理ほぼできるようになるから、なんとなく物理も並行してやってた

英語はもともと大学からずっと勉強してたから、数学物理英語ができるようになったけど

これっていままでの大学受験で言うと国公立受けるにしても半部以上の配分をできるようになったことになる

から俺は、一年勉強しなくても東大間違いなく受かるよ

そんくらい実は東大って簡単なんだよ

anond:20190318152413

8TBでも一年スパンで考えると254.67KB/sec でしか保存できないので、

監視カメラ映像記録してたらあっちゅーまやぞ。

2019-03-17

anond:20190317141642

育児休業を切り上げて早く復帰してる女からしても実はそうやって産休育休を繰り返し取って辞める女は迷惑なの。

元増田のように育児休業給付自体をやめた方がいいとかい意見が出てくるじゃない?

多くの女性は、会社に気をつかって

本当は育児休業給付をもらってもう一年休んだ方が手取りが高くなるってわかってても

早く復帰しているの。

なのに、いいとこ取りだけした人がこうやって目立っちゃう

これだから女は」って全体が悪いように言われる。本当に困る。

2019-03-16

anond:20190316082904

実際正社員よりよい職と言えるかどうかはしらんけど

起業家投資家秘書から議員フリーランス特に原理上多いタイプの職(作家とか?)あたりはただそれだけでそんなレベルでとんでもない底辺扱いの対象になる人って印象は薄いなあ・・・

ある程度成功してりゃまあ正社員じゃないから的非難はある程度避けられる気もするし

あとちょっと違うけど、研究職が一年の遅れもなしに博士とってもだいたい一回目の任期ポスト終わったら即常勤ならんといけないってのも流石に厳しすぎるなあと。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん