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はてなキーワード: 創作とは

2019-05-25

anond:20190524190519

恋愛漫画対立を描く理由メリットは、

(1)「何も思ってなかった」から相手が好き」に変る展開よりも、「相手が嫌い」から相手が好き」に変る展開のほうがダイナミックで、読者の驚きが大きくなる

(2) 対立したり嫌いになるほど個性があったほうがキャラが立つ

(3) 短所欠点見方・描き方を変えれば長所や強みになる。例えば、他人攻撃的な男は見方・描き方を変えれば、自信があってメンタルが強いという長所に変わる。女にしつこくつきまとう男は見方・描き方を変えれば、面倒見がいい性格という長所に変わる

(4) 現実では「好き」になる前に多かれ少なかれ「苦痛」がある。苦痛のあとに気持ちよさがやってくる描写現実味がある

(5) 創作の定石として主人公は「無知」にしたほうがストーリー面白くしやすいが、これは逆に言えば見下されやす攻撃されやす主人公になりやす

(6) 主人公をいがみ合い(対立)の「弱者」側に立たせることで、読者が主人公感情移入やすくなる。主人公ピンチも描きやす

 (補足すると、読者が共感感情移入していないとクライマックスの感動がなくなって失敗するので、読者が感情移入することは重要なのだ

(7) 中途半端では読者の印象が弱くなるから、印象に残るように過激に描く

読者が同じ刺激に慣れてしまっているので、エスカレートして過激描写になっていくというのは作者側より読者側のニーズ問題ではある。

でも対立描写エスカレートしすぎて現実離れしたり、いがみ合うのは読者にストレスがかかるから最近は「何も思ってなかった」から「好き」にだんだん変わっていくマイルドな展開も多い。

 

いずれにせよメリットは多いか自然淘汰的に選択されている。

対立障害)は話作りにおいて定石といえ、(2)(3)(5)(6)(7)はバトル漫画などでも同じである

ここまでいろいろ分析してしまったが、これを理解たからといって恋愛漫画面白くなるとは限らない。

いやむしろ恋愛漫画がつまらなく感じることさえあるだろう。

それはたとえるなら、マジックの種を知っているとかえってマジックがつまらなくなるようなものだ。

 

ストーリー創作するとき意識的上記を狙っていくと客観的あるいはひどく詐欺的な感じがしてしまって筆が止まることになるのでやはりよくない。

上記なんぞ気にしない程度に鈍感なほうが筆がすいすい進むのだ。

おそらくこの分析が役立つの創作したものをチェックや推敲批判するときだろう。

 

読者目線で今後も漫画を楽しみたいのならここに書いてあることはさっさと忘れて、感覚的に楽しんだほうがよい。

anond:20190524174547

楽しみ方は人それぞれだから、「好き」ってところがまずは細分化する。

作品全体のセンスが好き、話が好き、声優が好き、キャラの外見が好き、キャラ性格が好き、音楽が好き…

あとはその作品の良さがわかっている自分が好き、とか。

私が二次創作にはまってるアニメは、実はあまり好きではない。

「その作品二次創作」が好きだったりする。

たまに自分でも二次創作するけど、もう古い作品なんで閲覧者はほぼいない。

下手だし。じゃあなんでやってるかというと、やっぱその作品(の二次創作が)好きだから

世の中不満と理不尽だらけで、自分じゃ解決できない問題ばかり。でも我慢するしかない。

四六時中苦しんでると頭がスパークするんで、そんなとき好きな作品のことを考えたり創作してると、つかの間の幸せが得られる。

2019-05-24

言葉文字を独占できるか。 裁判所判断

人が考えた造語商品名を無断で本に書いて良いのかというような相談を目にすることがある。

大雑把には個人企業単語文字の独占をする事は認められないというのが裁判所の傾向のようだ。当然と言えば当然だろうが。

多くの作品タイトルや単純な文字からなるロゴ著作物では無いとはいう。それは、下記のような判断を読むと何となく納得のいく感じではある。

なお、何らかの商品役務に対して商標として登録する事も出来るが、こちらの保護範囲著作権よりも狭く、単語文字の独占ではない。

ロゴ著作物かで有名な判決。この裁判ではAsahiのロゴ著作物性が否定された。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/816/013816_hanrei.pdf

いわゆるデザイン書体文字

字体を基礎として、これにデザインを施したものであるところ、文字は万人共有

文化的財産ともいうべきものであり、また、本来的には情報伝達という実用的機

能を有するものであるから文字字体を基礎として含むデザイン書体表現形態

著作権としての保護を与えるべき創作性を認めることは、一般的には困難である

と考えられる。

書道著作物かの判例

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/607/013607_hanrei.pdf

したがって、文字自体は、情報伝達手段とし

て、また、言語著作物創作する手段として、万人の共有財産とされるべきもの

である。そして、文字は当該文字固有の字体によって識別されるのであるから、多

少の創作的な装飾が加えられた字体であっても、社会的情報伝達手段として用い

られる需要のある字体について、特定人に対し独占排他的著作権を認めること

は、その反面でその範囲について他人使用排除してしまう結果になる。そのよ

うな事態は、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利保護を図

り、もって文化の発展に寄与する」という著作権法の目的一条)に反するもの

あるから、これを認めることはできない。

人の店名をサイトに書いて利益を上げるなと、食べログを訴えたが、訴えた原告が負けた判決

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/462/084462_hanrei.pdf

しかし,原告は,法人であり,会社であって,広く一般人対象にして飲

食店営業を行っているのであるから個人と同様の自己に関する情報をコン

トロールする権利を有するものではない。そして,上記のような原告要求

を認めれば,原告に本件店舗に関する情報掲載される媒体選択し,原告

が望まない場合にはこれを拒絶する自由を与えることになるのであり,その

反面として,他人表現行為や得られる情報恣意的制限されることにな

ってしまうのであって,到底容認できるものではなく,原告上記主張も理

由がない。

anond:20190524124109

無料で読まれるのが困るなら公開しなきゃいいだけ

作者側の都合ではなく読者側の態度の話をしている。

金に困ってるのでもなければ作品に対して金を払うのは当然。

でも同じ世界観、同じキャラクターであるのは変わりないのであれば、そういうコレクターアイテムに金を使う趣味は、俺にはありません。

まあ書いてみただけで、実のところ俺もそっちのタイプなんだよな。

なろう系が売れてる理由で「原作ファンコレクターアイテムとして買ってる」は嘘だと思うわ。

嘘というか、そういうファンの数はたかが知れてると思う。

それは確かにその通りだと思いますが、俺はそういう作品に金を払いたくはないですね。

こっちは見解の相違があるけど、まあその嗜好を否定はしない。残念だけどね。

しかし、作家さんは、作家さんとしてそれでいいんですかね?

「俺ならこうする」は創作をする動機としてはむしろ王道では?

ネットでは気軽に発表できるから、そういう二次創作的サイクルが高速で回るってのもある。

クリーチャー娘の作者があんなに博識なのに、その知識所謂なろう系(俺tueee)のストーリーで世に出してしまったのが非常にもったいない無料開放されてる第一話とか、突然のサバイバルに対しすぐどうすればいいか考えが出る(友人からアウトドア知識を得たらしい)主人公からその知識を活かして深みのあるストーリーを作れたかもしれないのに、フェミ批判のところだけバズったの見たけど漫画技法選択チョイスがそれでいいのかと思う。

男を尊重しない女の説明に対しての女キャラ反論で、まくし立てるような連続セリフで、「そういうとこだぞ」でハイ論破。よりによってそこだけバズったからそのあとの女に対する(フォローの)考察部分なしで、フェミミソジニストだの言われる結果となった。

型月厨、カゲプロ厨、東方厨みたいにバズったツイートでの、説明が悪いからこそ受け入れられずに、作者の知識無駄にしてしまったと思う。

あとけもフレ(1期)で、世界観キャラ説明させないところがすごいって考察を見て、世界観キャラに言わせない創作って難しいなと思っているところで、言わせてる女キャラage言われてるモブキャラsageみたいな説明くさいセリフ回しだからこんなにモヤモヤするのかもしれない。

『鳴鳳荘殺人事件』が許せない話。

やあやあどうもお前らこんばんは。

FGO最近全然やってないけどTLに冬木クリア条件のイベントがあるって流れてきたかシナリオ読んで来てその勢いで書籍版も買ってきたマンだよ。

*この先、FGOイベント及び書籍『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』のネタバレ満載ですご注意ください。



さて。

俺はこの『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』という小説が許せない。

ゲームシナリオの方はどうでもいい……って言ったら失礼か。とにかく。小説独自要素?小説の落とし?が許せん。


この小説は。消費者にとって、そして二次創作者にとっては福音かもしれないけど、一次創作者にとっては、間違いなく、呪いだ。

タチの悪い呪いだ。

物語る者の矜持を打ち砕いて、迷わせてしまうような、そんな呪いが込められている本だ。


どういうことだとお思いの方も多いだろうから説明をする。

この『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』は、「脚本家が倒れたミステリ映画の続きを登場人物達が考える」という、メタミステリものだ。

個人的には『愚者のエンドロール』あたりを連想するところだけど、まあそれは置いといて。

作中では5つの「あり得たかもしれない未来」(ルート)が提示された。

ゲーム版では、プレイヤー達の「投票」によって、一番得票の多かったジャンヌ・ダルクオルタルートエリスルート)が選ばれ、"撮影"されたのだが、小説版では提示された5ルートの全てが一旦は"撮影"されたことになっている。


大まかなストーリー説明はこれくらいにして、俺の気に障った箇所についての説明をしていこう。

『鳴鳳荘』の冒頭には、ラストにも繋がる、とあるシーンがある。

おじさんが幼女大事な本を壊してしまい、図書館司書作中作の「映画」では脚本を務める)に修復を依頼する、そんなシーンだ。

ゲームではこのシーンは「映画」にうまく組み込まれるだけだったが(伏線回収は見事であった)、書籍版では、なんと、このシーンに対応するシーンがエピローグとなっている。

紆余曲折の末、壊してしまった「ペパーミントグリーン色の本」(ゲーム版の方で亡くなってしまったキャラのことを暗示してるらしいですね)を復元したおじさんが、幼女に本を返却する。

速読み始めた幼女は、ややあって、突然本を閉じてしまう。

「これはわたしの読んでいたご本とは違うような気がするわ。出てくる子たちや舞台は同じなのに、なんだか違う話を読んでいるよう……」

そう。

「不幸な事故」によりバラバラに壊れてしまった物語を、おじさんたちがなんとか修復し、意味の通じるようにページを繋ぎ合わせたが、もともとの物語とは全く違うものになってしまったのである

更に幼女は続ける。

「このままページを捲れば、本当の結末とは違うものが待っているんでしょう? それは……とても怖いわ」

これに対して、おじさんはこう答え、

「もし君にとって不本意な結末なら、忘れてしまえばいい。いや……」

「良かったところまで巻き戻して、そこから想像しなおせばいいんだよ」

最後に、こう読者に語りかけて、『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』という「物語」は幕を閉じる。

登場人物感情物語上のマクガフィンを受け)「何より結果をもって、その選択肯定しようなんて……おこがましいとは思わんかね?

ちなみにこのおじさん自身は、世界史実在した人物テーマにすることが多いFateには珍しく、創作バックボーンもつキャラクターである。余談ではあるが。


俺には、おじさんのこの言葉が、呪いしか受け取れなかった。

創作者の、「物語る者」の役目は、責務は、自分の頭の中にぼんやりとある、つかみ所のない"話の種"みたいなものを、しっかり捕まえ、「物語」という形にして消費者に届けることである

もちろん、その過程で、いくつもの"語られなかった"可能性は摘み取られる。

でも、そうして、物語というのは"物語"になるのである


あり得たかもしれない未来ひとつを捨て、もうひとつ未来を掴み取るための主人公決断

見えかけていた可能性のひとつを捨て、別の可能性を選び取るためのヒロイン葛藤


世界にとってか、主人公にとってか、主人公の愛する者にとってか、はたまた悪役にとってか。

誰にとってかは不定しろ、とにかく、より良い「結果」を目指す登場人物たちの苦悩、死闘葛藤、そして決断

それこそが「物語」の本質だろうと、俺は思う。


から――

よりにもよって、そんな一次創作登場人物達に、「良かったところまで巻き戻して、そこから想像しなおせばいい」だなんて言わせるなんて、許せない。


「『本当の結末』なんてない」と主張するのは、「全ての結末は等しく同じ価値がある」のと同じことで。

それは、「本当の結末」のルートに辿り着くために主人公たち登場人物が払った犠牲を、抱えた葛藤を、定めた決断を、無価値である貶めることにはならないだろうか。

物語る者は、物語を創り出すと同時に、物語中の人物の"感情"も創り出す。

全部が嘘でも、主人公が、ヒロインが、登場人物が抱えた"感情"だけは本物で、そんな"感情"に人は共感するから人類有史以来物語を求め続けてきた。

そう、俺は思っている。


この『鳴鳳荘』は、ひょっとすればそんな「登場人物感情」は交換可能であり、等しく価値がある(≒等しく無価値である)。そう主張していることになりはしないだろうか。

だとしたら、俺は、この作品のことを許せない。一生根に持ってやる。



翻って、二次創作をする人たち(同人誌漫画を書いたり、pixiv小説を書いたりする人を想定している)からすれば、この「呪い」は間違いなく「福音」であろう。

というか、彼らが日頃からやっていることだろう。

あり得たかもしれない未来、語られなかった可能性を追い求め、掬い取り、自分の力で結晶にする。

だって二次創作したこともあるからわかる。

「こうだったらいいな」「あれがああだったらどうなってたのかな」

"if"を追い求めるのは、ロマンがあるし、楽しい。それはわかる。


でも、その楽しさは、「原作絶対」という前提あってこそのものではなかったのか。

公式で語られたことは全て「正しい」。その前提の上で、ちょっとだけ世界を歪めてみて、結末がどう変わるのか。

それを楽しむための、ただの思考実験ではなかったのか。

"全ての結末は等しく同じ価値がある"だなんて、俺にはとても思えない。



現実的なことを言えば、Fateがもともとマルチエンディングな"ノベルゲーム"という媒体から派生したものであることと、俺が抱えているもやもやは繋がっているのだろう。

ゲームセーブロードシステムが使えるから何回だってやり直しができるし、消費者プレイヤーはいくつも用意された結末を全て体験することができる。

それは素敵な体験かもしれないが、ある種「逃げ」である、かもしれない。

「選ばなくても結末に辿り着ける」あるいは「複数選択から複数を選べる」ことなんて、人生ではあり得ないのだから

2019-05-23

「生きる意味」の定義

生きる意味が知りたいとか言うけど、生きる意味ってそもそも何だよ?

 

意味がある、意味がない

意味がない行動というのは、やりがいがないしゴールがないんだよな

徒労だしやる気も出ない、意思決定もできない

もちろん、意味があってもそうなる場合があるが

たぶん、「意味がない」っていうのは{やりがいがない、ゴールがない、徒労感、意思決定しづらい}を一言に押し込めてるんじゃないか

 

「金が無い」に似てる

何か欲しいものがいくつかあったとして

言葉から出てくるのは「あーAとBとCとDとEが欲しいー」よりも「金がほしい」なんだ

そういう意味で似てると思う

 

ほしいのは何か

やりがいがない、ゴールがない、徒労感、意思決定しづらい}

これらを改善したいんだ

 

・何をやるか明確で、ゴール設定や意思決定がしやす

やりがいがあって充実感がある

 

たぶん面白いゲームってここらへん上手いよな

 

「生きる」意味

ゲームとか、あるいは3年くらいの「意味」の見つけ方って難度低いと思うんだよな

皆が言う「生きる」意味ってのは、人生くらいの長期スパンの話なんだろう

 

短期スパン意味を変えてもいいけど

一貫性がないから嫌だよな

漫画とか、コロコロ意味」が変わるのとか読みづらいし

 

生きる意味を与えられても満足しない説

たぶん、他人から「お前はこのために生きろ」って言われても

やりがいがない、ゴールがない、徒労感、意思決定しづらい}が解決しない事が多いんじゃないか

そういう意味では「生きる意味が欲しい」は語弊があるんだよ

意味を与えられても「それじゃやだ」って言うんだから

 

都合の良いストーリーや設定が欲しいんだな

 

創作って良いよね

RPGとか、異世界転生とか、ラスボスが居るとか良いよねわかりやすくて

anond:20190523124214

はぁ。まーた会社名を出さな創作が始まったよ。いい加減にしてほしいなあ

2019-05-22

趣味人種は浅い

イギリスで25年以上かけられた鉄道模型が徹底的に破壊犯人極刑を求める声「釈放されていいわけねぇ」「銃殺刑にすべき」「死刑でも生ぬるい」「シベリア送りの拷問も相応しい」 - Togetter https://togetter.com/li/1357802

くわしいことは忘れたし、探すほどのものではないので、軽く概要だけ、さもなくば全創作ということでもいいよ。

広く浅く多趣味と自負する増田友達がずっとソシャゲをやっていることに「まだやってるの?好きだね」といったらすごく険悪なムードになった。これって私が悪いの?という増田ちょっとバズりましたよね。

あれみて思ったけど、広く浅く多趣味を自認する人種って、その実、なにも熱中してない、入り込めていないんだよな。だからこそ、なにかひとつの道を極めるために猛烈な集中力や執着を持つことができない。

から反動で、それをしてるひとに対して「まだやってるの?好きだね」と思う。それはそれで率直な感想だろうが、これ、実のところ、ちょっと羨ましいのではなかろうかと思うのだ。

なにごとにおいても夢中に一途に追い求められる人種にたいしてないものねだりというか隣の芝生は青いじゃないが羨ましいや嫉妬という気持ちが芽生える。

それを自覚してるひともいるかもしれないし、無自覚なひともいるかもしれなしい、本当になんとも思っていないのかもしれない。

でもそう思ってみると多趣味ってその実ただ「浅い」だけではあるなと。各分野で極めてる多趣味なひともそりゃあいるかもしれない。ただ希少も希少だろう。多数は本当に入り口にとどまったもの、1回2回サークルに顔を出しただけというのもあるだろう。

それが悪いってこともない。

浅いだとか極めることが絶対的に上位なわけでもない。

ただまあ多趣味を自認するひとをそういう目でみておくのはそんなに無駄なことではないとは思う。

anond:20190522022357

やおいという古語もいいところの言葉をひっぱりだしてきて何を主張したいのかさっぱりわからないのでたぶんおじさんの釣り創作

2019-05-21

肉体障害知能障害コミュニケーション障害

次は創作障害

創作者以外全て障害者と見なされる時代がやってくる

二次創作が読めなくなった

同人誌を書き続け、いつしかプロになり、ようやく生活が安定してきた。

からの夢だったし、自分作品お金になって生活できるのは

本当に幸せだと思う。いまが一番楽しい幸せだ。


しかし少しずつ考え方が変わってきた。

あれほど好きだった二次創作同人誌が読めなくなり、書けなくなった。

プロという立場なのに人様の設定やキャラクターを借りて

それを自分作品と言ってしまうのはどうなの? という気持ちが生まれてきた。


それだけならまだしも、アマチュア同人作家へも同じ気持ちを抱くようになってきた。

借り物のキャラクターなのにあたか自分のもののように振る舞う人たち。

誰かが必死で考えた世界観なのに創作論を語っちゃう人たち。

締切締切って何作家ごっこしちゃってるんだか。

所詮素人でしょ? 偉そうに。

…なんてどす黒い感情が湧き上がる。

かつて私がしてきたことなのに。


二次創作にも著作権はあるし、お話自体自分で考えるわけだから

私の言い分がおかしいのはわかっている。

結局は自分が変わってしまったのだ。

これってお笑い芸人YouTuberを見下しているのと似ているかもしれない。

それってダサいし、心が狭い。

そもそも私は生活が安定しているだけで売れっ子ではないのだから

こういう風に文字にしてみるとほんと説得力ないなあと思う。


プロにも二次創作を続けている人はいっぱいいる。

そういう人がうらやましい。

二次創作からたくさん感動を貰ったし、友達もできたし、本当に楽しかったのに。


一次創作に関してはそういう気持ちにならないので、

同人活動は一次で続けている。同人誌自体は大好きなのでこれからも続けたい。


いつかまた書きたいジャンルができて二次にもどっぷりハマってみたい。

でも今のどす黒い感情が無くなってしまったら商業でやっていけなさそうな不安もある。

SNSじゃとても言えないのでここに吐き出してみた。

夢見りあむはどこに立ったのか

あくまで私個人主観である事を先に書いておく。

私は夢見りあむが憎かった。

私は水野推しのPである

いつか彼女に声が付き、弓道シーンがドラマCDで描かれ、

弓道袴を着て天然発言をぶちかましてくれるそんな一幕を、耳を澄まして聴く日が来る事を信じて彼女推してきた。

からこそ、夢見りあむが憎かった。

たとえバズが原因であろうと、ガチャブが原因であろうと、

アイドルに声がつく事は目出度いことで、

その後のアイドルキャラが更に鮮やかになり、広がっていくナラティブブーストとでも言うべき効果がある。

自分推しではないアイドルが選ばれても、それはそれでデレマス世界に新しい色が付き、世界は少しずつ面白くなり、広がる。

私はそれもまた、楽しみにしている。

からこそ、夢見りあむが憎かった。

アイドル世界が広がるのは、何もそのアイドルの姿形のお陰だけではない。

声のなかった時代に生まれ公式キャラカードセリフ、ぷちデレラセリフイベントで生まれユニットや掛け合い、劇場描写などの公式による掘り下げ、

それに呼応して生まれるn次創作

それらによってアイドル存在は大きく分厚くなり、

それを元にブーストがかかり世界が広がる。

故に、声が付くというのはゴールではないと思う。

無論、声が付かなければ駄目かというとそういう訳でもなく。

私は声が付くというのはポケモン進化のように考えているのだ。

ヒトカゲリザードになった、でもガルーラ進化しないのにリザードより強いかもしれない。

コイキングギャラドスになって存在感が一気に増したかも知れない。

そんなふうに、アイドル一人一人にそれぞれの成長と進化タイミングがあるのかも知れない。

から、私は水野翠に、もっと大きな存在へと進化して欲しかった。

無理やりにでも進化させたかった。

そして、私は夢見りあむのその姿を見た。


彼女は。

夢見りあむは、あまりに薄かった。

まるで、レベル15ぐらいで捕まえ、厳選も努力値振りもせずにその場で石を使って進化させたポケモンの如く。

彼女には、声がついて振りまけるであろう『それまでに掘り下げた自身の色彩』があまり薄っぺらすぎた。

総選挙の結果と、その反響を一通り見終わって、

私は夢見りあむを憎めなくなった。

彼女を見るのが怖くなってしまったのだ。

しろ水野翠が登場後、このような担ぎ上げられ方をされなかった事に、安堵してしまった自分がいたのだ。

彼女はどうなるのか。

進化図鑑を埋めた後は秘伝要員、もしくは殿堂入りまで要員として役目を果たすのか。

この結果を受けてさえ、ただただ創作より消費のスピードが勝るその姿を、私は直視できなかった。

夢見りあむはアリーナステージに立ったのだろうか。

それとも、絞首刑処刑台に立ったのだろうか。

2019-05-20

久しぶりにブーン小説が読みたくなった

ブーン小説簡単説明すると一行AAを使ったSSのことで、もともとはvipスレ立てという形で投稿されていたらしい。伝聞。私がその存在を知ったときvipよりも創作板にスレを立てる方が主流だったと思うし、検索にかけたら、その創作板も管理人になにかがあったらしく廃れていた

(軒並み平成に留まっている)まとめサイトで好きだった作品を読み返して、惹かれるタイトル物語に目を通して、創作板の代わりにできたのであろう創作ファイナルで現行のスレをチェックした

作者は「支援「乙」一言でも嬉しいか積極的に書き込め、というような文言はよく見かけたけれど相変わらず勇気がないので増田から支援「乙」します。10年前の作品も現行の作品おもしろかったし、10年後、現行の作品を読み返せる環境が整っていたらいいなあと思う。直接的な形で感想を伝えることさえできない自分にそれを願う資格はないけれど

他人趣味絵に「デッサン狂ってる」と指摘するのは正しいのか?

Twitter趣味絵を上げたらデッサン狂いを指摘されて落ち込んだ。

正しい助言だとしても、求めてもいないのに助言してくる人はありがた迷惑存在しか思えない。

でも理屈で考えれば批評自由は誰にでもあるし、批評創作者が成長する糧にもなる。

なのに批評迷惑と感じてしま自分は絵だけじゃなく人格まで歪んでるんだろうか?

そんなことをグルグル考えて結論が出ず、とにかく落ち込んでいる。

anond:20190520195542

そう。だから俺は創作って言ってるんだよ。

あぁため息しかでないな。またかぁってな。

自分のめんどくささの話

わたし創作するタイプオタクだった。

今までは本を出すために書いて、本を出して、イベントに出ておしまい

なんとなく書かなくなってもうこのまま読み手側にいるんだなと思っていたところ、つい最近出戻ってしまった。最初は久しぶりの感覚にひたすら楽しんでいるだけだったが、ここ最近楽しさよりもしんどさが勝つようになってきた。

書いても書いても自分作品が上手いと思えない。面白いとも思えない。比べてもロクな事ないとわかっているのに周りと比べてしまうのをやめられない。

筆が早い神がたくさん書いているのをみながら、大したものでもないのにやたら時間かけている自分はなんなんだと頭を抱えるばかり。

きっと書くこと自体向いてないと思いつつも書く楽しさを知ってしまたからやめられないままズルズル続けている。

明確な答えが出せないまま、ただただしんどさだけを抱えて今日も何かを書こうとしている自分がいる。

2019-05-19

10シンデレラガール夢見りあむ


正直、ここ2年程の新参なので担当アイドルは既にシンデレラガールになっていた。

なのでこのタイミングで書くべきではないかなと自粛していたのだけれど、発表前日になってついに耐え切れなくなったので乱文承知で書かせて欲しい。匿名だし。

新規であるが故に総選挙に当てられる熱意がはじめからまりない人間意見として軽く捉えるくらいで大丈夫です。

夢見りあむを好きになれた。夢見りあむにシンデレラガールになって欲しい。

ビジュアルが好みであったのも確かだけれど、公式から供給を得るうちに彼女の毒とも言える魅力に見事にやられてしまった。

アイドルへの憧れ、あと1年で成人になってしまうと色々考え不安になる時期(これに関しては様々だと思う)、勉学への諦念、自己評価の低さに反比例する承認欲求…他にもりあむの持つステータスに一つも当てはまらない人というのはあまりいないんじゃなかろうか。

いたらりあむの事嫌いそうだしそれは誇って良い。

話がずれたけれどもこれで言いたいのは、りあむを応援シンデレラガールになったのであれば自分人生の中で成し得なかった事、諦めてきた事がちょっとは報われるかもしれない、と自分が感じてしまたから。この手の自己投影アイドルは親しみやすい反面、自分勇気を持てなかった為に消えていった夢未満の願いを叶えてもらおうというエゴ彼女に背負わせてしまう。甘ったれにも程がある。

担当と言うと少し違和感があるので推しと言っている。

そんなりあむの優しい毒のおかげで好きになれたし、熟成されたジャンルの中で新たな刺激として楽しんでいる。

前置きで述べたが自分デレマスに触れた時にはもう担当にしたキャラシンデレラガールになっていたので、これから同じ時間を過ごせるキャラとして、言い方はどうかと思うけども丁度良かったのかもしれない。

夢見りあむにはシンデレラガールになって欲しい。1位になって、オタクちょろい!と笑っているのを見て、ガハハと一緒に笑っていたい。

けれど、なるのは今ではない。

一部にはりあむには何もないと言う人もいるが、それは怠慢だと思う。

今まで積み上げてきた物語を盾にりあむについて考えようともしていないように見えてしまう。現に人々の創作意欲を刺激しまくって作品が溢れかえっている題材や魅力を彼女は持っている。それがインスタントものであるとしても。

担当盲目的になるのは良いが、仮にも中間3位で上位を争おうという相手にぽっと出だからなにもないと決めつけて下げる。

難しい事はよくわからないけど、こうやって相手を決めつけて見下して蹴落として、という事を何年も続けて来たんだね。そんな気持ちになった。(関係ないけどアンチが多い理由新規にも容易に分かってしまうのは問題じゃない?)

自分は夢見りあむを好きになれた。幸運な事だと思っているし、シンデレラガールにもなってほしい。

でもそれは今ではなくて、今回で声が付いたとして、運が良くて年に1〜2回くらい追加コミュがあって、SSRも追加されて、彼女の「物語」がある程度出来たあと。

2年後くらいかな、それまで特定キャラご贔屓コンテンツが続いてるかは謎だけど、それくらいになって初めてガラスの靴を履いて欲しい。

今年しか1位になれないぞ、というのもわかる、分かるけど、それでもそれくらいの時間が欲しい。

せっかく好きになれたから、イロモノが贔屓とかガシャブとかそういうのなしに、正当にシンデレラになる姿を見てみたい。

夢見りあむにシンデレラガールになって欲しい。

anond:20190519215253

これが創作だったらいいな、と思って読みました。

元彼女に、がんで辛いって、電話かけてみては。

一緒に泣いて、先の事かんがえてみてよ。二人で。

anond:20190519131120

こんな文体で書く人なんざ、創作の中にしかいないわな。

地方新聞投稿欄にもいないだろうが、増田なら尚更いるわけがない。

本気でこの文体の不自然さが分からないのはヤバいんじゃないか現実架空区別つかないって事だから

あと「なんとかブリッジ」だとかヒント出してるのも不自然

天然で「トランプゲームなんて皆同じ」だと思ってる人だったらこんな事書かないだろ。全部同じだと思ってるんだから

実際は同じじゃない事が分かってるからわざわざ書いてるわけだ。

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