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はてなキーワード: 辞令とは

2021-08-25

anond:20210824225348

病床数の不足は、施設不足よりも医師不足によるところも大きい

コロナで暇にしている開業医医師免許持ってる専業主婦招集令状を出して、コロナ対応に当たらせろ(少なくともワクチン接種や問診はできる)

歯科医師看護師助産師にも一定研修を施して、一部の医療業務をできるようにすべし

保険医なんて売り上げが保証された公務員みたいなものなんだから辞令一本で全国どこでも赴任させろ

2021-07-07

さよなら東京

新卒で入った会社の転勤で東京に来た。

もともと東京で働きたかったわけじゃない、でも若手で期待されているのを知ってたしキャリアアップになると確信して部署異動も含めて辞令を飲んだ、後悔はしてない。

でも転勤して、上司の期待通りのことは何一つ出来なくて、オペレーター仕事しかできず、なんのために転勤したのかダンボールだらけの部屋で毎日涙目で自問自答した。

満員電車と人の多さが怖かった、誰かとご飯を食べることが減り、醤油がしょっぱくて食パンが薄く、空気乾燥していて、物価が高く、なにより東京は寒かった。

大雪の日の夜、しんしんと積もる雪を見て感じたのは薄い恐怖だった。このまま振り続けたら、生き埋めになるのでは。

朝起きて一面真っ白で深く雪に埋もれた景色を見て叫びそうになった、会社を休んだ、布団の中で泣いた、こんな遠くに来るつもりなかったのに。溶けない雪が死ぬほど怖い。

まれ故郷は地面そのものが温かくて雪が降ってもすぐ溶けてしまう、温暖な気候硫黄匂いのする街だった、嫌な思い出もあるけど心底帰りたいと思った。

でも帰ってどうするの、私の席などないのに。どんな顔して帰るの。不様だ。

母の失望した顔が浮かぶ、結局あんたはお父さんと一緒ね、と

ふとした瞬間に生まれ故郷方言がもう出てこない、かろうじて、関西の方?と聞かれる、笑って違いますと答える。

頭に靄がかかってる、朝きちんと来てくれるだけでいいんだ、きちんと来てから先の話をしようと上長は優しく諭す。チームのみんなが心配して代わる代わる声をかけてくれる。分かってます、色々試行錯誤してて、上手くいきそうな途中なんです、新しい枕を伊勢丹で買ったんですよ、そんでアロマデュフューザーで快眠のやつ焚いてるんです、大丈夫です、大丈夫ですよ、頑張ります

産業医は鬱じゃないと言った、そうですちょっと生きづらくてホームシック引きずってるだけです、もともと根暗ロングスリーパーだし、朝は弱くて、生理痛胃痛もあってちょっとタイミングが悪いだけです。7時には目が覚めてるんです、頭に靄がかかってるだけで、上手くスイッチが切れたら始業に間に合います

温泉に入ってとり天が食べたいだけなんです、お願いです見捨てないで頑張ってみせるから失望しないで。

2021-06-27

人事権のない人事部

全国規模の弊社

定期異動は地域管轄する役員にお伺いをたて、排出希望を受け入れ希望を聞いて役員同士を調整するお仕事

ま、実際は役員同士で話がついてるんだけどね

それを辞令に変えて落とし込むだけの簡単お仕事

でも人事異動に関する文句人事部に来るんだぜ

自分キャリアパスがどうなっているか教えてほしい」って言われても

「知らんよ」とは答えられないので「上司相談の上で決めている」としか答えられない

実際は欠員が出たところに行き当たりばったりで埋めるだけ

あーつまんねぇ

2021-06-18

はてなやめるので10000ブクマ見返した+ブクマカの名(迷)言まとめた(7)

anond:20210618210607

社会編2

情けは人のためならず、だが他人に施すためには自分が、そして社会全体が豊かで余裕がなければ。自分社会全体がカツカツで生きてるのに他者を助けることは物理的にも心情的にも無理。だから経済成長は善なのだ。 - id:rider250

ブコメページ - サナギさんツイート: "ここは俺の日記帳 公務員になって最初辞令生活保護ケースワーカーに任命された時はショックだった 地方公務員がやりたがらない業務トップ常連だし、何より生活保護に良いイメージを抱いていなかった 某お笑い芸人の一件も記憶に新しかったし、当時は俺も生活保護バッシング同調していた"

専業主婦じゃなくても、旦那高収入じゃなくても、出産子育てができる環境にならないと少子化なんて改善されるわけがない。 - id:urakenism

ブコメページ - Yoko on Twitter: "違うな。「女性が最も安心して出産子育てができる環境」は、高福祉社会でしょう。 相手男性経済力なんて不安定過ぎる。百歩譲って「その女性自身が経済力があること」かもしれない。 https://t.co/aDpgJVprnP"

女性自己決定権があがると出産率は下がるんじゃないかと思う。だから女性が産みたくないなら産まなくて良いし、それで国が滅びるとしても仕方ない。誰かの犠牲の上に成り立つ社会などなくて良い - id:theatrical

ブコメページ - 子育ては命を削る」女性出産押し付ける人々に、出産育児実体験を持って反論「気絶した」「他人にはおすすめできない」 - Togetter

クチャ食いをマナー違反としない文化は意外と世界メジャーマナー自分を律するもので、他人強要する方が恥ずかしい。 - id:jaguarsan

ブコメページ - 蕎麦の啜り音がクチャラーと一緒…? - Togetter

自分自身にとっては十年前のことだが、この「なぜ自分は働くのだろう?」という問いを強要しつつ、じゃあ働きたくないという答えを許さない、都合の良い答えばかり求める就活というものが大嫌いだ - id:hakyu

ブコメページ - 就活生に送る!就活内定が出ない人の3つの特徴 - paiza開発日誌

欲を持てば足を引っ張られ、夢を語れ馬鹿にされ、やる気を出せば一方的搾取されるこんな世の中じゃ。 - id:inumash

ブコメページ - 正論】「欲ない、夢ない、やる気ない」……現代日本の最大の危機はこの「3Y」にある 作家堺屋太一(1/5ページ) - 産経ニュース

典型的日本人的考え方。完璧から大丈夫として、不測の事態に対する備えをしない。不測の事態想定外から起こること。最低限の備えは常にしなければならない。 - id:sisya

ブコメページ - 那須雪崩:「経験則から慢心…歩行訓練、3教諭決断 - 毎日新聞


続きます: anond:20210618211951

2021-05-08

真人間のふりをする

先日、少しだけ偉くなった。

辞令を出された時は完全に寝耳に水。きっとアホ面をしていたと思う。

マスクをしていたので助かった。

 

今の会社就職する前はニートだった。

派遣で完全に精神がやられたので、失業手当を貰いながら3ヶ月ほどダラダラとしていた。

元々派遣関係ないところで精神をやられていた上に、派遣先で完全に空回りしてしまい、孤立

まさか社会人になってまで便所飯するとは思うまい

次に働く場所では、不器用なりにうまく立ち回ろうと思った。

 

ハロワ仕事を探す際に、保険も兼ねて障害者雇用検討することになった。

当時病院に通っていたので、手帳の取得はすんなりといった。結局クローズ就職したので使わなかったのだが。

就活では真人間のふりをした。学生の頃から続けた接客業経験をフルに生かす。

 

晴れて就職が決まるものの、初日遅刻、3日目に休憩時間に外出したら車がエンストし戻れなくなる…などアンポンタンの極み。

果てには新人しからぬ上司への忖度の無さ。まさに傍若無人

よくクビにならなかったと思う。

 

そうして研修期間が終わってから、一番過酷な外の部署に配属された。

ただし自分にとって、客の対応は得意。

家では根暗、人と極力会おうとしないコミュ障っぷりだが、仕事ではスイッチが入ったように"演じる"ことができる。

人間性はともかく、業務で同じ失敗を極力しないように、メモだけは自分なりにまとめながら取った。

努めて真人間のふりをした。というか8割方愛嬌だけで乗り切った。

配属されて間もない頃、下請け会社の人に「いつもニコニコしてるね」と何度か言われることがあった。

「笑っとけばプラスになることが多いんですよ。気分も上がるし」とか返した気がする。

 

部署異動と人事評価でそれなりのものを経て、後輩の指導に当たることも増えた。

最近では色々と仕事を任されることもある中での辞令

何だかんだで仕事必要なのはコミュ力だと気付かされる。

未だに上司に対して指摘はするし(業務上のことも倫理的なことも)、我ながら可愛げのない人間である

プレッシャーにとても弱いので、期待されても何も出んぞと思いながら、今日真人間のふりをする。

2021-04-10

北支事變と陸戦法規

外交時報 第八十四巻』昭和十二年、外交時報社、pp.47-56

北支事變と陸戦法規

篠田治策

 明治四十年(千九百七年)十月十八日海牙に於いて調印せられたる開戦に關する條約第一條によれば、一國が他國と戦争を開始するには理由を附したる開戦宣言形式又は條件付附開戦宣言を含む最後通牒形式を有する明瞭且つ事前の通告をなすことを要す。故に現在北支及び上海方面於いて進展しつゝある日支両國の戦闘は、理論上之を日支戦争又は日支戦役と称すべきものに非ずして、事變即ち北支事變、又は上海事變と称すべきものである。我が政府公文にも新聞紙報道にも総べて事變の文字を用ゆるは之れが為めであると思はる。換言すれば宣戦の布告を見るまでは、戦争又は戦役と呼ばずして軍に事變と称し、両國間の國交は断絶せざるのである。之れを先例に徴するも、明治二十七・八年の清國との戦、明治三十七・八年の露國との戦、世界大戦参加による青島攻撃戦等は、之れを日清戦争(戦役とも称す以下同じ)、日露戦争日独戦争と称し、明治三十三年の義和団事件、近年に於ける済南出兵上海出兵満州出兵等は、総べて之れを事變と称したのである

 此の招呼は従来何よりて定まりしか詳知せざれども、現今に於いては確然明白に区別せらるるは、政府公文或は法規等にも「戦時事變に際し」云々等の文字を用ゆるも明らかである。故に日支両國の何れかより

<四七>

宣戦の布告若くは條件附開戦宣告を含む最後通牒あるまでは、如何に大部隊の衝突あるも未だ事變の域を脱せずと謂ふべきである。猶ほ八月二十三ワシントン發の同盟通信によれば、アメリカ國務長官コーデル・ハル氏は、今回の北支事變に際しては終始冷静な態度を持し形成注視しつつあつたが、二十三日午後聲明を發し、日支両國政府に対し「戦争行為に訴へぬよう」要請した由である二十三日は我が陸軍部隊上海附近上陸を開始した日である。即ちハル長官現在の日支両軍の戦闘行為を以て、未だ戦争に非ずと見て居るのである。然れども、我が政府最初宣言したる事件不拡大の方針余儀なく抛棄したるのみならず在外艦隊司令長官支那船舶に対し沿岸封鎖を断行し、支那も亦縷々大部隊を動員して攻撃的態度を採りつゝあるにより、或は近き将来に於いて事變を変じて戦争となるべき可能性ありと信ずるのである

 我が國の國内法に於いては事變と戦争区別せざる場合多く、例へば出征軍人の給奥、恩給年限の加算、叙勲に關する法規など総べて事變と戦争を同一に取扱ふも、國際法上にては事變と戦争は大なる差別がある。

 即ち現在の事變が変じて戦争となれば、日支両國は所謂交戦國隣、共に戦争放棄を遵奉する義務を生じ、同時に中立國に対しても交戦國としての権利と義務を生じ、中立國は皆交戦國に対して中立義務負担するに至るのである。語を換へて言へば事の事變たる間は必ずしも國際法規に拘泥するの必要なきも、一旦戦争となれば戦場於いて総べて國際放棄を遵守すべき義務を生ずるのである。然れども事變中と雖も正義人道に立脚して行動し、敵兵に対し残虐なる取扱を為し、良民に対し無益の戦禍を蒙らしむるが如きは努めて之れを避くべきは言を待たずである。此の點に關しては、皇軍は我國教育の普及と伝統武士道精神により、毎に正々堂々たる行為を以て範を世界に示しつゝあるは欣快である。嘗て済南事變の際支那兵が邦人

<四八>

対する残虐視るに忍びざる殺戮行為、今回の通州に於ける邦人虐殺行為等天人共に許さゞる野蛮行為に対しても、敢て報復の挙に出づることなく、飽くまで正々堂々唯だ敵の戦闘力を挫折するに留めたのみである。故に皇軍には戦場於いて事變と戦争区別する必要はない。何れの場合にも武士道精神に則り行動するが故に、戦争違反問題を生ずることは殆んど無いのである

 従来我が陸軍戦場於いて戦時國際法適用の万全を期せんが為目に戦時國際法の顧問として日清戦争には故有賀長雄博士を、日露戦争には第一軍乃至第四軍に何れも二人づつの國際法学者従軍せしめたのである日清戦役後仏國の國際法学者にして同國大審院検事長たるアルチュール・デジャルダン氏は日本軍の行動を激賞し左の如くに曰つた。

東洋の僻隅に大事業を成就すべき一國あり、之れを日本とす。其の進歩は単に戦争の術に止まらず、戦時公法理想於いて欧州をして驚嘆せしむるものあり。國際法論は欧州於いても漸を以て進みたるものなるに、日本は一躍して此の論理を自得したり。是れ果して高尚なる正義を感得したるに因るか將た又利害を商算したるに因るかは別論に属すと雖も、其の之れを寛行するや極めて勇壮にして、恰も自國の能力覚知する心念の中より適宜に之れを節抑するの嗜好を自然に生じたるものの如し。是れ人類一般利益として祝す可き所なり。

又仏國の國際法学者ポールフォーシル氏も、當時日本軍の行動を評して左の如く曰つた。

此の戦役に於いて日本は敵の万國公法無視せるに拘はらず、自ら之れを尊敬したり。日本軍隊は至仁至愛の思想を體し、常に慈悲を以て捕虜支那人を待遇し、敵の病症者を見ては未だ全て救護を拒ま

<四九>

ざりき。日本は尚ほ未だ千八百六十八年十二月十一日の聖比得堡宣言に加盟せずと雖も、無用苦痛を醸すべき兵器使用することを避け、又敢て抵抗せざる住民の身體財産保護することに頗る注意を加へたり。日本は孰れの他の國民も未だ會て為さゞる所を為せり。其の仁愛主義を行ふに熱心なる、遂に不幸なる敵地住民租税を免じ、無代償にて之れを給養するに至れり。兵馬倥偬の間に於いても人命を重んずること極めて厚く、凡そ生霊を救助するの策は擧げて行はざる無し。見るべし日本軍の通過する所必ず衛生法を守らしむるの規則を布きたるを、云々。

日清戦役にては敵軍は全然國際法を守らざるが故に、我軍にても之れを守るの義務無かりしも、然も四十餘年前に完全に之れを守つて先進國を驚嘆せしめた。日露戦役當時は海牙の平和條約調印後なりしが故に、陸戦法規を守るべき義務ありしも、尚ほ宣戦の詔勅中にも「國際法の範囲内に於いて一切の手段を盡し違算なからしむることを期せよ」と宣せられ、参謀総長は訓令を發して戦規遵奉の趣旨を周知せしめ、更に前期の如く各軍司令部に國際法顧問を配属せしめた。戦役中特別任務を以て米國派遣せられた法学博士男爵金子太郎氏が歸朝の後國際法学会にて為したる演説中に左の要旨の一説がある。

米國人は事實の真相調査せず、動もすれば國際法違反を称するを以て之れに対する材料蒐集中、新聞紙上にて我が第一軍乃至第四軍に國際公法専攻の学者二名宛を配属し、陸戦の法規解釈其の適用参謀部に於いて國際法専攻の学士協議せしめ、公法違反を生ぜしめざることを發見せり。是に於いて各種の集会に於ける演説或は新聞記者との会見に於いて余は毎に「米國人は國際公法提唱日本政府の決心は露國は大國なり腕力於いては或は露國は日本に勝るならん、貴國人が露西亞の聲を聞き戦慄す

<五〇>

る程の大國なれば、日本も恐れざるに非ず、然し國家の危急存亡に代えられざれば全滅を賭して最後の一人まで戦ふにあり、而して此の戦争日本が國際法を破りしことあらば世界歴史汚名を遺すが故に假令戦に敗るるも國際法は遵奉する決心にて現に此の如く専門学者が各軍に配属せられあり、故に余は日本軍に國際法違反無きを保證す」と説明せるに、此の説は次第に傅播して後には日本同情者が各所にて演説等をなす時、日本軍が國際公法家を二名づつ従軍せしめたる事實を述ぶる毎に非常に喝采を博したり。又エールハーバード等の米國國際法大家と会見せる際彼等は各國共に今度日本が外國との戦争に國際法学者従軍性せしめたる如き前例なし、将来日本の新例に倣ふべきことにして、右は一進歩を陸戦の法規に與へたるものなりとして大いに称賛したり。之れ實に日本陸軍の今回の處置は文明國の真價を世界に示したるものと謂ふべし。云々。

 世界大戦の時は、青島攻撃軍に嘗て筆者と共に日露戦役当時第三軍に在勤したる兵藤氏従軍したるを聞きしも、其の職名を詳かにせず。又浦鹽派遣軍には主として外交官をもつ組織したる政務部を置いた。此の政務部は主として外交方面事務従事したるも、亦國際公法適用に關して其の権威たりしは勿論である(筆者も數ヶ月間此の政務部に派遣されて居つた。)

 過去に於ける皇軍の行動は實に右の如く最も鮮かであり、所謂花も實もある武士的行動であつた。斯かる傳統的名誉を有する行軍の行動は今回の事變に際しても決して差異あるべき筈は無い。理論上事變は國際戦争に非ざるの故を以て、節制無き行動に出づるが如きは想像だに及ばざるところである

 唯だ、陸戦法規適用に關し、茲に疑問の生ずるは領土性質である。假りに之れを中華民國

<五一>

領土なりとせば、國交断絶を来さず単に事變たる間は、未だ之れを敵國領土と称するを得ざるが故に、出征軍は如何なる程度に其の権力行使すべきか、又南京政府官吏は既に逃亡し、地方民衆自ら自治政権樹立したりとせば、國家として列國の承認無きも、戦闘地域を其の領土として取り扱ふべきか等の問題である

 宣戦の布告により事變が變じて日支戦争となりたる場合於いて北支一帯が依然として中華民國の領土なりとせば、問題は至つて簡単にして、我軍は之れを支配して軍政施行治安を維持するのみである。然れども事變として繼續中及び新政府領土となりし場合には、其の地域行使すべき軍の権力に多少の差異あるべきは明らかである

 日露戦役の際は戦闘地域性質を異にする三種類の領土があつた。即ち樺太の如き完全なる敵國領土遼東半島及び東清鐡道沿線附属地の如き敵國の租借地と、満州一帯の如き第三國の領土があつた。樺太に關しては完全に我が占領軍権力行使したるは勿論なるも、租借地に關しては租借権其物の性質すら学者間に議論一定せず、如何なる原則に基きて之れを占領すべきかは問題であつた。筆者は遼東半島上陸直ちに此の問題に直面し、又間も無く着手したるダルニー(大連)の整理に際して実際問題に逢着した(拙著日露戦役國際公法第二章三章)。又当時諸國は局外中立宣言したるも、遼東以東は之れを除外し日露両國の戦場たらしめるが故に、所謂喧實奪主の観ありて、交戦國は任意に此の地域活動したるも、其の権力講師には純然たる敵地占領とは自ら異なるものがあつた。

 今回の北支事變に於いても、其の交戦地域領土性質曖昧なるに於いては、日露戦役当時の先例を参

<五二>

考にして之れに善処し、然も恩威併行、皇風をして六合に洽からしむるの用意あるを要す。

 従来北支方面は日・満・支に微妙なる關係を有し、外交政治に極めて複雑なる舞臺であり、事變の原因も一部は其処に在つた。故に平和克復の後は雨降って地固まり、明朗なる新天地を現出して再び颱雨の發生地たること無からしめねばならぬ。従って陸戦法規適用に当たりても緩急宜しきを制し、傍ら戦後政治工作に關する其の地均しの役目を引受lくるを必要と考へられる。固より事變であり、戦争であるに拘らず、我が武士道の精神と殆んど一致する陸戦法規は完全に適用せらるゝは疑ひなきも、其の間事に輕重あり、絶大の権力を有する軍司令官禁止事項の外は自由裁量余地あるかは明かである

 陸戦法規の條項を北支事情と敵軍の素質に対照して一々之れを論究するは、紙面の許さゞるところなるにより、筆者が茲に希望するところを一言に表示すれば、過去の二大戦役にて、克く陸戦法規を遵守して皇軍名誉を輝かしたる如く、此の事變に於いてもこの點に注意を拂ひ、更に占領住民に対しては軍律を厳重にし軍政に寛仁にすべしと謂ふのである

 凡そ遣外軍隊は一地方を占據すると同時に、軍隊安全作戦動作の便益を図るが為めに、無限権力を有するが故に、軍司令官は其の占據地域内に軍律を發布して住民に遵由するところを知らしめ、軍隊安全作戦動作の便益を害する者には厳罰を以て之れに蒞み、同時に一般安寧秩序を保持し良民をして安んじて其の生業従事せしめねばならぬ。固より戦闘に關係なき事項は其の地従来の法規により、其の地方官吏をしてその政務に当たらしめ、以て安寧秩序回復維持瀬しむるを便宜とするも、事苟も軍隊の安危に關するものは最も厳重に之れを取締らざる可からず。假令ば一人の間諜は或は全軍の死命を制し得べく、一條の

<五三>

軍用電線の切断は為めに戦勝の機を逸せしめ得るのである。故に軍司令官は此等の危害を豫防する手段として、其の有する無限権力を以て此等の犯罪者厳罰に處し、以て一般を警めねばならぬ。故に豫め禁止事項と其の制裁とを規定したる軍律を一般公布し、占據地内の住民に之れを周知せしむる必要がある。日清戦役の際は大本営より「占領人民處分令」を發布して一般に之れを適用した。日露戦役の際は統一的の軍律を發布せず、唯だ満州総司令官は鐡道保護に關する告諭を發したるのみにて各軍の自由に任せた。故に各軍區々に亘り第一軍にては軍律の成案ありしも之れを發布せず、単に主義方針として参考にするに止め、第二軍には成案なく、第三軍にては確定案を作成したるもの司令部より統一的軍律の發布あるを待ち遂に之れを公布するの機を失し、遼東守備軍は第三軍の軍律を参照して軍律を制定發布したりしが、後遼東兵站監は之れを改正して公布した。旅順要塞司令部特に詳細なる規定を發布し、旅順海軍鎮守府別に軍律を發布し、第四軍にては一旦之れを發布したるも後に之れを中止し、その他韓國駐剳軍、及び樺太軍は各々軍律を發布した。

 軍律に規定すべき條項は其の地方の状況によりて必ずしも劃一なるを必要とせざるも、大凡を左の所為ありたるもの死刑に處すると原則とすべきである

一、間諜を為し及び之れを幇助したる者

二、通信交通機關を破壊したる者

三、兵器弾薬其他の軍需物件を掠奪破壊したる者

四、敵兵を誘導し、又は之れを蔵匿したる者

<五四>

五、我が軍軍人故意に迷導したる者

六、一定軍服又は徴章を着せず、又は公然武器を執らずして我軍に抗敵する者(假令ば便衣隊の如き者)

七、軍隊飲料水を汚毒し、又軍用井戸水道破壊したる者

八、我が軍軍馬殺傷したる者

九、俘虜を奪取し或は逃走せしめ若くは隠匿したる者

十、職場於いて死傷者病者の所持品を掠奪したる者

十一、彼我軍隊の遺棄したる兵器弾薬其他の軍需品を破壊し又横領したる者

 而して此等の犯罪者を處罰するには必ず軍事裁判に附して其の判決に依らざるべからず。何となれば、殺伐なる戦地於いては動もすれば人命を輕んじ、惹いて良民冤罪を蒙らしむることがあるが為めである。軍律の適用は峻厳なるを以て、一面にては特に誤判無きを期せねばならぬ。而して其の裁判機関は軍司令官臨時に任命する判士を以て組織する軍事法廷にて可なりである

 帝國政府が屢々聲明する如く、我國は決して北支侵略して我が領土なすが如き意圖を有せざるも、今回の事變によりて北平天津地方より支那軍隊駆逐し、現に事實上その地方を占據し、戦局の進展に伴日、占據地域を拡大しつゝある。而して此の地方住民自治政権樹立したるとするも、我軍の支援無くしては一日も安定し得ざるは明かである。故に如何なる外交辞令を用ゆと雖も、此の地方一時的にもせよ事實上我軍の占領である。勿論日支両軍衝突の一時的現象に止まり永久に之れを占領するの意思無きが故に此

<五五>

占領は九國條約に牴觸するものに非ずと信ずる。

 我軍が一時的なりとも北支地方占領したる以上は、我軍は其の地方の人心を鎮撫して Permalink | 記事への反応(1) | 11:41

2021-04-05

転勤と地方分権

はてな界隈において、たまに話題に上がる「転勤したくないのに辞令が来た」「転勤したくないから辞める」の問題について考えてみた。

転勤とは、東京大阪などの大都市に勤めているエリート社員達を、人材に乏しい地方支社に「応援」として送り込むことだと思う。

大都市に勤めているエリート社員達にとってはたまったものではないかもしれない。

しか地方支社からすれば大都市の優秀な人材を受け入れることになる「恩恵」なんだよね。

地方支社を活性化するためには、人事制度を使って大都市人材を無理矢理にでも地方支社に送り込まなければならない。

ここで、表題に書いてある転勤と地方分権の関係である

地方分権は重要政策である」「地方分権はすぐにやるべきだ」と言っているはてな界隈の人たちに聞いてみたいことがある。

本気で地方分権を進めるということは、大都市に住んでいる都市住民を(半ば)無理矢理にでも強制的移住させる必要がある。

去年2020年に、東京本社機能を置いていたパソナグループという会社兵庫県淡路島本社移転させるというニュース話題になった。

これこそまさに地方分権の正しい在り方なんだろうけど、はてな界隈の人たちは歓迎していなかったように思えた。

島流しだ」とか「東京に家を買ってしまった」とか「もう辞める」とか非難轟々だった。

地方分権が本格的に始まったら、真っ先に身を切る改革を迫られるのは都市住民であることを分かっているのだろうか。

2021-03-22

菰田

以上のお話によって、郷田三郎と、明智小五郎との交渉、又は三郎の犯罪嗜好癖などについて、読者に呑み込んで頂いた上、さて、本題に戻って、東栄館という新築下宿屋で、郷田三郎がどんな楽しみを発見たかという点に、お話を進めることに致しましょう。

 三郎が東栄館の建築が出来上るのを待ち兼ねて、いの一番にそこへ引移ったのは、彼が明智交際を結んだ時分から一年以上もたっていました。随したがってあの「犯罪」の真似事にも、もう一向興味がなくなり、といって、外ほかにそれに代る様な事柄もなく、彼は毎日毎日の退屈な長々しい時間を、過し兼ねていました。東栄館に移った当座は、それでも、新しい友達が出来たりして、いくらか気がまぎれていましたけれど、人間というものは何と退屈極きわまる生物なのでしょう。どこへ行って見ても、同じ様な思想を同じ様な表情で、同じ様な言葉で、繰り返し繰り返し、発表し合っているに過ぎないのです。折角せっかく下宿屋を替えて、新しい人達に接して見ても、一週間たつかたたない内に、彼は又しても底知れぬ倦怠けんたいの中に沈み込んで了うのでした。

 そうして、東栄館に移って十日ばかりたったある日のことです。退屈の余り、彼はふと妙な事を考えつきました。

 彼の部屋には、――それは二階にあったのですが――安っぽい床とこの間まの傍に、一間の押入がついていて、その内部は、鴨居かもいと敷居との丁度中程に、押入れ一杯の巌丈がんじょうな棚があって、上下二段に分れているのです。彼はその下段の方に数個の行李こうりを納め、上段には蒲団をのせることにしていましたが、一々そこから蒲団を取出して、部屋の真中へ敷く代りに、始終棚の上に寝台ベッドの様に蒲団を重ねて置いて、眠くなったらそこへ上って寝ることにしたらどうだろう。彼はそんなことを考えたのです。これが今迄いままでの下宿屋であったら、仮令たとえ押入れの中に同じような棚があっても、壁がひどく汚れていたり、天井蜘蛛もの巣が張っていたりして、一寸その中へ寝る気にはならなかったのでしょうが、ここの押入れは、新築早々のことですから、非常に綺麗きれいで、天井も真白なれば、黄色く塗った滑かな壁にも、しみ一つ出来てはいませんし、そして全体の感じが、棚の作り方にもよるのでしょうが何となく船の中の寝台に似ていて、妙に、一度そこへ寝て見たい様な誘惑を感じさえするのです。

 そこで、彼は早速さっそくその晩から押入れの中へ寝ることを始めました。この下宿は、部屋毎に内部から戸締りの出来る様になっていて、女中などが無断で這入はいって来る様なこともなく、彼は安心してこの奇行を続けることが出来るのでした。さてそこへ寝て見ますと、予期以上に感じがいいのです。四枚の蒲団を積み重ね、その上にフワリと寝転んで、目の上二尺ばかりの所に迫っている天井を眺める心持は、一寸異様な味あじわいのあるものです。襖ふすまをピッシャリ締め切って、その隙間から洩れて来る糸の様な電気の光を見ていますと、何だかこう自分探偵小説中の人物にでもなった様な気がして、愉快ですし、又それを細目に開けて、そこから自分自身の部屋を、泥棒他人の部屋をでも覗く様な気持で、色々の激情的な場面を想像しながら、眺めるのも、興味がありました。時によると、彼は昼間から押入に這入り込んで、一間と三尺の長方形の箱の様な中で、大好物煙草をプカリカリとふかしながら、取りとめもない妄想に耽ることもありました。そんな時には、締切った襖の隙間から、押入れの中で火事でも始ったのではないかと思われる程、夥しい白煙が洩れているのでした。

 ところが、この奇行を二三日続ける間に、彼は又しても、妙なことに気がついたのです。飽きっぽい彼は、三日目あたりになると、もう押入れの寝台ベッドには興味がなくなって、所在なさに、そこの壁や、寝ながら手の届く天井板に、落書きなどしていましたが、ふと気がつくと、丁度頭の上の一枚の天井板が、釘を打ち忘れたのか、なんだかフカフカと動く様なのです。どうしたのだろうと思って、手で突っぱって持上げて見ますと、なんなく上の方へ外はずれることは外れるのですが、妙なことには、その手を離すと、釘づけにした箇所は一つもないのに、まるでバネ仕掛けの様に、元々通りになって了います。どうやら、何者かが上から圧おさえつけている様な手ごたえなのです。

 はてな、ひょっとしたら、丁度この天井板の上に、何か生物が、例えば大きな青大将あおだいしょうか何かがいるのではあるまいかと、三郎は俄にわかに気味が悪くなって来ましたが、そのまま逃げ出すのも残念なものですから、なおも手で押し試みて見ますと、ズッシリと、重い手ごたえを感じるばかりでなく、天井板を動かす度に、その上で何だかゴロゴロと鈍い音がするではありませんか。愈々いよいよ変です。そこで彼は思切って、力まかせにその天井板をはね除のけて見ますと、すると、その途端、ガラガラという音がして、上から何かが落ちて来ました。彼は咄嗟とっさの場合ハッと片傍かたわきへ飛びのいたからよかったものの、若もしそうでなかったら、その物体に打たれて大怪我おおけがをしている所でした。

「ナアンダ、つまらない」

 ところが、その落ちて来た品物を見ますと、何か変ったものでもあればよいがと、少からず期待していた彼は、余りのことに呆あきれて了いました。それは、漬物石つけものいしを小さくした様な、ただの石塊いしころに過ぎないのでした。よく考えて見れば、別に不思議でも何でもありません。電燈工夫が天井裏へもぐる通路にと、天井板を一枚丈け態わざと外して、そこからねずみなどが押入れに這入はいらぬ様に石塊で重しがしてあったのです。

 それは如何いかにも飛んだ喜劇でした。でも、その喜劇が機縁となって、郷田三郎は、あるすばらしい楽みを発見することになったのです。

 彼は暫しばらくの間、自分の頭の上に開いている、洞穴ほらあなの入口とでも云った感じのする、その天井の穴を眺めていましたが、ふと、持前もちまえの好奇心から、一体天井裏というものはどんな風になっているのだろうと、恐る恐る、その穴に首を入れて、四方あたりを見廻しました。それは丁度朝の事で、屋根の上にはもう陽が照りつけていると見え、方々の隙間から沢山の細い光線が、まるで大小無数の探照燈を照してでもいる様に、屋根裏の空洞へさし込んでいて、そこは存外明るいのです。

 先まず目につくのは、縦に、長々と横よこたえられた、太い、曲りくねった、大蛇の様な棟木むなぎです。明るいといっても屋根裏のことで、そう遠くまでは見通しが利かないのと、それに、細長い下宿屋の建物ですから、実際長い棟木でもあったのですが、それが向うの方は霞んで見える程、遠く遠く連つらなっている様に思われます。そして、その棟木と直角に、これは大蛇肋骨あばらに当る沢山の梁はりが両側へ、屋根の傾斜に沿ってニョキニョキと突き出ています。それ丈けでも随分雄大景色ですが、その上、天井を支える為に、梁から無数の細い棒が下っていて、それが、まるで鐘乳洞しょうにゅうどうの内部を見る様な感じを起させます

「これは素敵だ」

 一応屋根裏を見廻してから、三郎は思わずそう呟つぶやくのでした。病的な彼は、世間普通の興味にはひきつけられないで、常人には下らなく見える様な、こうした事物に、却かえって、云い知れぬ魅力を覚えるのです。

 その日から、彼の「屋根裏の散歩」が始まりました。夜となく昼となく、暇さえあれば、彼は泥坊猫の様に跫音あしおとを盗んで、棟木や梁の上を伝い歩くのです。幸さいわいなことには、建てたばかりの家ですから屋根裏につき物の蜘蛛の巣もなければ、煤すすや埃ほこりもまだ少しも溜っていず、鼠の汚したあとさえありません。それ故ゆえ着物や手足の汚くなる心配はないのです。彼はシャツ一枚になって、思うがままに屋根裏を跳梁ちょうりょうしました。時候も丁度春のことで、屋根裏だからといって、さして暑くも寒くもないのです。

 東栄館の建物は、下宿屋などにはよくある、中央まんなかに庭を囲んで、そのまわりに、桝型ますがたに、部屋が並んでいる様な作り方でしたから、随って屋根裏も、ずっとその形に続いていて、行止ゆきまりというものがありません。彼の部屋の天井から出発して、グルッと一廻りしますと、又元の彼の部屋の上まで帰って来る様になっています

 下の部屋部屋には、さも厳重に壁で仕切りが出来ていて、その出入口には締りをする為の金具まで取りつけているのに、一度天井裏に上って見ますと、これは又何という開放的な有様でしょう。誰の部屋の上を歩き廻ろうと、自由自在なのです。若し、その気があれば、三郎の部屋のと同じ様な、石塊の重しのしてある箇所が所々にあるのですから、そこから他人の部屋へ忍込んで、窃盗を働くことも出来ます廊下を通って、それをするのは、今も云う様に、桝型の建物の各方面に人目があるばかりでなく、いつ何時なんどき他の止宿人ししゅくにんや女中などが通り合わさないとも限りませんから、非常に危険ですけれど、天井裏の通路からでは、絶対にその危険がありません。

 それから又、ここでは、他人秘密を隙見することも、勝手次第なのです。新築と云っても、下宿屋の安普請やすぶしんのことですから天井には到る所に隙間があります。――部屋の中にいては気が附きませんけれど、暗い屋根からますと、その隙間が意外に大きいのに一驚いっきょうを喫きっします――稀には、節穴さえもあるのです。

 この、屋根裏という屈指の舞台発見しますと、郷田三郎の頭には、いつのまにか忘れて了っていた、あの犯罪嗜好癖が又ムラムラと湧き上って来るのでした。この舞台でならば、あの当時試みたそれよりも、もっともっと刺戟の強い、「犯罪の真似事」が出来るに相違ない。そう思うと、彼はもう嬉しくて耐たまらないのです。どうしてまあ、こんな手近な所に、こんな面白い興味があるのを、今日まで気附かないでいたのでしょう。魔物の様に暗闇の世界を歩き廻って、二十人に近い東栄館の二階中の止宿人の秘密を、次から次へと隙見して行く、そのこと丈けでも、三郎はもう十分愉快なのです。そして、久方振りで、生き甲斐を感じさえするのです。

 彼は又、この「屋根裏の散歩」を、いやが上にも興深くするために、先ず、身支度からして、さも本物の犯罪人らしく装うことを忘れませんでした。ピッタリ身についた、濃い茶色の毛織のシャツ、同じズボン下――なろうことなら、昔活動写真で見た、女賊プロテアの様に、真黒なシャツを着たかったのですけれど、生憎あいくそんなものは持合せていないので、まあ我慢することにして――足袋たびを穿はき、手袋をはめ――天井裏は、皆荒削あらけずりの木材ばかりで、指紋の残る心配などは殆どないのですが――そして手にはピストルが……欲しくても、それもないので、懐中電燈を持つことにしました。

 夜更けなど、昼とは違って、洩れて来る光線の量が極く僅かなので、一寸先も見分けられぬ闇の中を、少しも物音を立てない様に注意しながら、その姿で、ソロソロリと、棟木の上を伝っていますと、何かこう、自分が蛇にでもなって、太い木の幹を這い廻っている様な気持がして、我ながら妙に凄くなって来ます。でも、その凄さが、何の因果か、彼にはゾクゾクする程嬉しいのです。

 こうして、数日、彼は有頂天になって、「屋根裏の散歩」を続けました。その間には、予期にたがわず、色々と彼を喜ばせる様な出来事があって、それを記しるす丈けでも、十分一篇の小説が出来上る程ですが、この物語の本題には直接関係のない事柄ですから、残念ながら、端折はしょって、ごく簡単に二三の例をお話するに止とどめましょう。

 天井からの隙見というものが、どれ程異様な興味のあるものだかは、実際やって見た人でなければ、恐らく想像も出来ますまい。仮令、その下に別段事件が起っていなくても、誰も見ているものがないと信じて、その本性をさらけ出した人間というものを観察すること丈けで、十分面白いのです。よく注意して見ますと、ある人々は、その側に他人のいるときと、ひとりきりの時とでは、立居ふるまいは勿論もちろん、その顔の相好そうごうまでが、まるで変るものだということを発見して、彼は少なからず驚きました。それに、平常ふだん、横から同じ水平線で見るのと違って、真上から見下すのですから、この、目の角度の相違によって、あたり前の座敷が、随分異様な景色に感じられます人間は頭のてっぺんや両肩が、本箱、机、箪笥たんす、火鉢などは、その上方の面丈けが、主として目に映ります。そして、壁というものは、殆ど見えないで、その代りに、凡ての品物のバックには、畳が一杯に拡っているのです。

 何事がなくても、こうした興味がある上に、そこには、往々おうおうにして、滑稽こっけいな、悲惨な、或は物凄い光景が、展開されています。平常過激反資本主義議論を吐いている会社員が、誰も見ていない所では、貰もらったばかりの昇給辞令を、折鞄おりかばから出したり、しまったり、幾度も幾度も、飽かず打眺うちながめて喜んでいる光景ゾロリとしたお召めし着物不断着ふだんぎにして、果敢はかない豪奢振ごうしゃぶりを示している、ある相場師が、いざ床とこにつく時には、その、昼間はさも無雑作むぞうさに着こなしていた着物を、女の様に、丁寧に畳んで、床の下へ敷くばかりか、しみでもついたのと見えて、それを丹念に口で嘗なめて――お召などの小さな汚れは、口で嘗めとるのが一番いいのだといいます――一種クリーニングをやっている光景、何々大学野球選手だというニキビ面の青年が、運動家にも似合わない臆病さを以て、女中への附文つけぶみを、食べて了った夕飯のお膳の上へ、のせて見たり、思い返して、引込めて見たり、又のせて見たり、モジモジと同じことを繰返している光景、中には、大胆にも、淫売婦(?)を引入れて、茲ここに書くことを憚はばかる様な、すさまじい狂態を演じている光景さえも、誰憚らず、見たい丈け見ることが出来るのです。

 三郎は又、止宿人と止宿人との、感情葛藤かっとうを研究することに、興味を持ちました。同じ人間が、相手によって、様々に態度を換えて行く有様、今の先まで、笑顔で話し合っていた相手を、隣の部屋へ来ては、まるで不倶戴天ふぐたいてんの仇あだででもある様に罵ののしっている者もあれば、蝙蝠こうもりの様に、どちらへ行っても、都合のいいお座なりを云って、蔭でペロリと舌を出している者もあります。そして、それが女の止宿人――東栄館の二階には一人の女画学生がいたのです――になると一層興味があります。「恋の三角関係」どころではありません。五角六角と、複雑した関係が、手に取る様に見えるばかりか、競争者達の誰れも知らない、本人の真意が、局外者の「屋根裏の散歩者」に丈け、ハッキリと分るではありませんか。お伽噺とぎばなしに隠かくれ蓑みのというものがありますが、天井裏の三郎は、云わばその隠れ蓑を着ているも同然なのです。

 若しその上、他人の部屋の天井板をはがして、そこへ忍び込み、色々ないたずらをやることが出来たら、一層面白かったでしょうが、三郎には、その勇気がありませんでした。そこには、三間に一箇所位の割合で、三郎の部屋のと同様に、石塊いしころで重しをした抜け道があるのですから、忍び込むのは造作もありませんけれど、いつ部屋の主が帰って来るか知れませんし、そうでなくとも、窓は皆、透明なガラス障子しょうじになっていますから、外から見つけられる危険もあり、それに、天井板をめくって押入れの中へ下り、襖をあけて部屋に這入り、又押入れの棚へよじ上って、元の屋根裏へ帰る、その間には、どうかして物音を立てないとは限りません。それを廊下や隣室から気附かれたら、もうおしまいなのです。

 さて、ある夜更けのことでした。三郎は、一巡ひとまわり「散歩」を済ませて、自分の部屋へ帰る為に、梁から梁を伝っていましたが、彼の部屋とは、庭を隔てて、丁度向い側になっている棟の、一方の隅の天井に、ふと、これまで気のつかなかった、幽かすかな隙間を発見しました。径二寸ばかりの雲形をして、糸よりも細い光線が洩れているのです。なんだろうと思って、彼はソッと懐中電燈を点ともして、検しらべて見ますと、それは可也かなり大きな木の節で、半分以上まわりの板から離れているのですが、あとの半分で、やっとつながり、危く節穴になるのを免れたものでした。一寸爪の先でこじさえすれば、何なく離れて了い相なのです。そこで、三郎は外ほかの隙間から下を見て、部屋の主が已すでに寝ていることを確めた上、音のしない様に注意しながら、長い間かかって、とうとうそれをはがして了いました。都合のいいことには、はがした後の節穴が、杯さかずき形に下側が狭くなっていますので、その木の節を元々通りつめてさえ置けば、下へ落ちる様なことはなく、そこにこんな大きな覗き穴があるのを、誰にも気附かれずに済むのです。

 これはうまい工合ぐあいだと思いながら、その節穴から下を覗いて見ますと、外の隙間の様に、縦には長くても、幅はせいぜい一分ぶ内外の不自由なのと違って、下側の狭い方でも直径一寸以上はあるのですから、部屋の全景が、楽々と見渡せます。そこで三郎は思わず道草を食って、その部屋を眺めたことですが、それは偶然にも、東栄館の止宿人の内で、三郎の一番虫の好かぬ、遠藤えんどうという歯科医学校卒業生で、目下はどっかの歯医者助手を勤めている男の部屋でした。その遠藤が、いやにのっぺりした虫唾むしずの走る様な顔を、一層のっぺりさせて、すぐ目の下に寝ているのでした。馬鹿几帳面きちょうめんな男と見えて、部屋の中は、他のどの止宿人のそれにもまして、キチンと整頓せいとんしています。机の上の文房具位置、本箱の中の書物の並べ方、蒲団の敷き方、枕許まくらもとに置き並べた、舶来物でもあるのか、見なれぬ形の目醒めざまし時計漆器しっきの巻煙草まきたばこ入れ、色硝子いろがらすの灰皿、何いずれを見ても、それらの品物の主人公が、世にも綺麗きれい好きな、重箱の隅を楊子ようじでほじくる様な神経家であることを証拠立てています。又遠藤自身の寝姿も、実に行儀がいいのです。ただ、それらの光景にそぐわぬのは、彼が大きな口を開あいて、雷の様に鼾いびきかいていることでした。

 三郎は、何か汚いものでも見る様に、眉をしかめて、遠藤の寝顔を眺めました。彼の顔は、綺麗といえば綺麗です。成程彼自身で吹聴ふいちょうする通り、女などには好かれる顔かも知れません。併し、何という間延びな、長々とした顔の造作でしょう。濃い頭髪、顔全体が長い割には、変に狭い富士ふじびたい、短い眉、細い目、始終笑っている様な目尻の皺しわ、長い鼻、そして異様に大ぶりな口。三郎はこの口がどうにも気に入らないのでした。鼻の下の所から段を為なして、上顎うわあごと下顎とが、オンモリと前方へせり出し、その部分一杯に、青白い顔と妙な対照を示して、大きな紫色の唇が開いています。そして、肥厚性鼻炎ひこうせいびえんででもあるのか、始終鼻を詰つまらせ、その大きな口をポカンと開けて呼吸をしているのです。寝ていて、鼾をかくのも、やっぱり鼻の病気のせいなのでしょう。

 三郎は、いつでもこの遠藤の顔を見さえすれば、何だかこう背中がムズムズして来て、彼ののっぺりした頬っぺたを、いきなり殴なぐりつけてやり度たい様な気持になるのでした。

 そうして、遠藤の寝顔を見ている内に、三郎はふと妙なことを考えました。それは、その節穴から唾つばをはけば、丁度遠藤の大きく開いた口の中へ、うまく這入りはしないかということでした。なぜなら、彼の口は、まるで誂あつらえでもした様に、節穴の真下の所にあったからです。三郎は物好きにも、股引ももひきの下に穿いていた、猿股さるまたの紐を抜出して、それを節穴の上に垂直に垂らし、片目を紐にくっつけて、丁度銃の照準でも定める様に、試して見ますと、不思議な偶然です。紐と節穴と、遠藤の口とが、全く一点に見えるのです。つまり節穴から唾を吐けば、必ず彼の口へ落ちるに相違ないことが分ったのです。

 併し、まさかほんとうに唾を吐きかける訳にも行きませんので、三郎は、節穴を元の通りに埋うずめて置いて、立去ろうとしましたが、其時そのとき、不意に、チラリとある恐しい考えが、彼の頭に閃きました。彼は思わず屋根裏の暗闇の中で、真青になって、ブルブルと震えました。それは実に、何の恨うらみもない遠藤殺害するという考えだったのです。

 彼は遠藤に対して何の恨みもないばかりか、まだ知り合いになってから半月もたってはいないのでした。それも、偶然二人の引越しが同じ日だったものですから、それを縁に、二三度部屋を訪ね合ったばかりで別に深い交渉がある訳ではないのです。では、何故なにゆえその遠藤を、殺そうなどと考えたかといいますと、今も云う様に、彼の容貌言動が、殴りつけたい程虫が好かぬということも、多少は手伝っていましたけれど、三郎のこの考かんがえの主たる動機は、相手人物にあるのではなくて、ただ殺人行為のものの興味にあったのです。先からお話して来た通り、三郎の精神状態は非常に変態的で、犯罪嗜好癖ともいうべき病気を持ってい、その犯罪の中でも彼が最も魅力を感じたのは殺人罪なのですから、こうした考えの起るのも決して偶然ではないのです。ただ今までは、仮令屡々しばしば殺意を生ずることがあっても、罪の発覚を恐れて、一度も実行しようなどと思ったことがないばかりなのです。

 ところが、今遠藤場合は、全然疑うたがいを受けないで、発覚の憂うれいなしに、殺人が行われ相そうに思われます。我身に危険さえなければ、仮令相手が見ず知らずの人間であろうと、三郎はそんなことを顧慮こりょするのではありません。寧むしろ、その殺人行為が、残虐であればある程、彼の異常な慾望は、一層満足させられるのでした。それでは、何故遠藤に限って、殺人罪が発覚しない――少くとも三郎がそう信じていたか――といいますと、それには、次の様な事情があったのです。

 東栄館へ引越して四五日たった時分でした。三郎は懇意こんいになったばかりの、ある同宿者と、近所のカフェへ出掛けたことがあります。その時同じカフェ遠藤も来ていて、三人が一つテーブルへ寄って酒を――尤もっとも酒の嫌いな三郎はコーヒーでしたけれど――飲んだりして、三人とも大分いい心持になって、連立つれだって下宿へ帰ったのですが、少しの酒に酔っぱらった遠藤は、「まあ僕の部屋へ来て下さい」と無理に二人を、彼の部屋へ引ぱり込みました。遠藤は独ひとりではしゃいで、夜が更けているのも構わず女中を呼んでお茶を入れさせたりして、カフェから持越しの惚気話のろけばなしを繰返すのでした。――三郎が彼を嫌い出したのは、その晩からです――その時、遠藤は、真赤に充血した脣くちびるをペロペロと嘗め廻しながら

2021-03-03

自分を殺さなくていい方法をやっと見つけた

仕事嫌いで毎日仕事行きたくねーと思い、定時直前にはもう帰りてーと思いながら、食い扶持のためにしょうがなく仕事してた。

なんかしらんが昇格した。同期の中で最速。意味わからん、他の同期は何やってたんだよ。1月辞令が出て、1月分の給与が先月入った。3万以上増えてた。わからん

出世したって能力も大してなく、クソ人間差別主義者で非モテ男尊女卑カスってことは一切変化してない。育ちが悪いコンプレックスを解消することもなく、孤独が好きなくせに孤独から脱することを願ってるのか呪ってるのかわからない、地面を這いつくばって泥水すすりながらクソがカスやってるゴミ人間である自覚もなにも変わっていない。

わかったよ。クソカスゴミな俺も、必死こいて社会やってる私も、どっちも自分で結局魂は一つなんだよ。カメレオンのように姿形は変化しても、自分なんてそこにあるんだから探すまでもない。自分を殺さなくていい、どっちもワイや。育ちが悪いのもワイ、口が悪いのもワイ、俗に言う天才なのもワイ、なんやかんや仕事で結果出すのもワイ、週8で酒かっくらうのもワイ、歯すら磨かずに寝ることもあるのもワイ、昨日と同じ服着ててもワイ、誰も居ないところで激昂してフライパンを壁に叩きつけたのもワイや。全人類死ね人類が居るから世界はクソになるんや!人類諸悪の根源ゴミカス!クソ!死ね!って毎秒思ってるのもワイや。殺す価値もないわクソが。はよくたばれ。

2020-12-19

マカロンについて書こうと思う。

マカロンという菓子について書こうと思う。

クソみたいな長文で腐女子お気持ちではあるがカツカレーとかハンバーグカレー比喩とかでなくストレートに捻りのないマカロンのものへのお気持ちということはあらかじめ言っておきたい。

マカロン名前だけはポピュラー思うものの、食べたことのある人はどれぐらいいるのだろうか。

マカロンプリキュアでも言及されていたような気がするが基本的にさほど美味いものではないと思う。デパートによく入っているような有名なマカロン専門店マカロンも食べたが、やはりその認識である

マカロン、それは誰かが言っていた、仏壇に供える砂糖菓子とさほど変わらないという表現がぴったりで、見た目だけのファッションスイーツと言われても仕方がない存在である

私自身も長らくそう思っていたが、弟にもらった神戸のある店のマカロンだけは、はっきりと次元が違っていた。

さくっ、しっとりとした優しい食感に、濃厚で複雑な味わいがぎっしりと詰まっている。

噛むほどに、極小の絶品ケーキが舌の上でほどけていく。ベタベタ表現だろう、だが、味の宝石箱や!と言いたくなるほどの素晴らしいものであった。

そこには、従来の単調な甘さのマカロンはなく、食感、香り、味といった複雑で高次元の味わい、いや食体験をもたらすそんなマカロン存在していた。

私はすっかり、マカロンが好きになっていた。

あの食体験への驚きをなんとしてでもまた味わいたいと、帰省する弟には毎度あのマカロン土産にするようにとお願いしたりした。

他にもそんなマカロン存在するのかとマカロンを見るたびに買って食べ比べたりもするようになった。冒頭の有名店への評価はこのときに感じたものであるが……意外にもシャトレーゼがなかなか頑張っていると感じた。

そしてマカロンを食べ比べて感じたことは、やはりあの店のマカロンは別次元だったということだ。

そして別次元マカロンと私の蜜月は、残酷にも唐突に終わりを迎えた。

それは直接遠方のあの店に、マカロンを買うぞと勇足で行ったときのことだ。ショーケースにマカロンが並んでいないことを確認して、店員さんに尋ねると「マカロンはもうやっておりません」と、非情にもあっさりと全ての終わりを告げられたのであった。

もう二度と、あのマカロンが食べられない。

私は絶望感でいっぱいになった。しか大好物の食べられないこの世界でも、生きて行かなければならない。

おぼろげに面影のあるシャトレーゼマカロンを食べては、あの店を思い出しながら自分を騙して数年を生きてきた。

……そして、再会は突然にもやってきた。

一年前、辞令が出てすこし遠くに転居した。私は軽度ではあるがアトピー持ちで定期的に皮膚科に通わねばならない身であるたまたま新しい職場で勧められた皮膚科にはじめてかかったときに、皮膚科の隣がオシャレな感じのケーキであることに気がついた。

皮膚科の待ち時間というものは、何故かどこの地方のどの皮膚科に行っても大抵の場合長い。クソほど長い。半日無駄になることもザラだ。暇にあかせて隣のケーキ屋のクチコミを調べることにした。

なんということだろう。店のオーナーは、神戸の……あの店で修行した人だということがわかった。皮膚科の待ち時間というにもかかわらず、胸がはずむ。そして、居ても立っても居られなくなって受付に「外で待ちます」と告げてケーキ屋に駆け込んだ。

マカロン

ああ、マカロン

ショーケースに、きっちりと色とりどりのマカロンが整列している。

あの店からも遠く離れたこの街にお前は暮らしていたんだな。奇跡が幾重にも連なったこの再会に、謎の感動が呼び覚まされる。いや、まだだ。このマカロンがあのマカロンと決まったわけではない。まずは、食べてみるほかにはない。

チョコレートピスタチオフランボワーズ

それだけあれば、きっと別人なのか本人なのかわかるはずだ。裏切られてしまうかもしれないのにこれ以上ないほどにうきうきとしながら私はそれを購入した。

皮膚科の順番が終わって、車のなかで包みをひろげる。見た目は、やわらかく不揃いのところもあるすこし素朴なフォルムで、有名店にありがちなシュッとした綺麗なものではない。でもそれが逆に、あの店を思い出させる。

ひとかじり、口にする。

マカロン

マカロン、間違いなく、これはあの店の……別次元マカロンだ。その深みのある美味しさもさることながら、マカロンと離れ離れになって、面影を探し求めて彷徨っていた期間や、そして再会に至るまでの偶然の全てが、特別な食体験となってまた戻ってきてくれたのだ。

例えてよいのかわからないけれど、ペルシアで起こって滅びてしまったマニ教が遠い中国でまだ生きているのを見つけた人も、このような気持ちだったのだろうか。そんな気持ちすら沸き起こるのだった。

マカロン基本的に美味しいものではない。しかし、私にとってはものすごく美味しいものだ。願わくばこの店がマカロンをやめないように、私はこの店で定期的にマカロンを買おうと、残りのマカロンを噛みしめながら考えたのだった。

2020-12-02

田舎(といっても千葉房総)から都内大学、いまは大田区住まいだけど、

東京は消費の街なのはそのとおり。ただ選択肢の多さはやはり田舎とは違うよね。

うちの田舎にしても車必須電車は1時間に1本だった。移動が大変。

自分の年齢になって「地方いってよ」と辞令おりたらどうしよう。

まあIT土方リモートワークなのでまずないけど。

そういや東京で消耗してるの?とイキってたバカはどうしたのかな。

ハゲ散らかして帽子かぶってるヒョロガリが痛々しい。

2020-10-16

辞令貴殿を悪役に任ずる

これが悪役令状か...

"悪役令状"

約 3,660 件 (0.43 秒)

2020-09-25

仕事愚痴を親にしてしまった。

 

一人暮らししたいって思ってたけど、愚痴を言い合ったり、話をする人がいるっていいな。

 

転勤の辞令が出るまでは、住んどこ。

2020-03-26

4月辞令交付式は予定通り決行するらしい。

うぜー

不要不急だろ、中止しろよ。。。

2020-03-04

anond:20200304121739

感染者の話ではなく医療従事者の負担の話だよ

1日12時間勤務で昼飯のときしか座れない15連勤とかが常態化してて、防護服着たまま病院のベンチでうなだれるように居眠りしてるスタッフ報道されたりしてる

あと、COVID-19専用病棟に配属予定の看護士十数人が同時に辞令拒否して出勤拒否したりとかしてる

2020-02-08

先輩と私

ちょっと前に書いたものだけれど、下書きに入れていたもののお焚き上げをさせてほしい。

端的に言うと失恋した。告白してフラれたとかではないんだけど。吐き出させてほしい。

私30歳女彼氏なし。

人事異動でやってきた先輩。30代後半男性独身結構厳しめで正論バリバリな人。辞令が出た時に

「え〜っ!あの人が来るの!?」と職場が騒然とした。

自分も別部署だったときに怒られたことがある。あれは私も悪いんだけどさ…。

 

先輩が異動してきてから2ヶ月後、仕事ペアを組まされることになった。

前評判が良くなかったから戦々恐々としてた。でも杞憂だった。

仕事相方として、誠実に接してくれた。仕事根拠がしっかりしていて丁寧だった。確実に職場雰囲気に変わっていった。

 

仕事の合間にする雑談も、諺や故事成語歴史古典文学から引いてくるような話題が多かった。本をたくさん読んでいるようで、気になったシリーズ8冊まとめ買いしたと言っていた。なろう系も読んでる???ラノベ??内容は結構忘れてしまったけど、とにかくいろいろ詳しかったし、説明うまいので何言ってるかわからない、理解できないって感じではなくて。私が知らないことも多かったので、勉強にもなった。それで会話が続いたのは今まで先輩だけだった。

 

あと食べ物に関しても、ものすごく詳しく、美味しんぼも読んでる。

仕事の合間には、昨日の帰りにデパートで買ったというお菓子の味や由来を語ってくれた。

私にも大抵の知識はあったし、美味しんぼも読んでた(山岡子供ができるぐらいまで)ので応戦する。

ドラジェは糖衣、あ、糖衣は正露丸の糖衣なんですが…」『硬いのですよね、中がアーモンドの。引き出物ですか?』

デメルラングドシャを食べながら)「ラングドシャは猫の舌って意味なんですよ」『(知ってる…)デメルで猫の舌っていうとチョコレートの方が有名ですよね』

そんな感じで応戦していたら、新作を買うたびに勧めてくれるようになった。

結構いろんな人にも勧めてたけど。

もらってばかりなのも何なので、私からちょっとしたお菓子差し上げたりもした。

たまに机の上に「お土産です」と置いてあったりした。旅行とかじゃなくて、レオニダスとかデパ地下とかの。

うれしかった。彼の中でちょっと特別扱いなのかなって。そんなんされたら惚れてまうやろー!!!

  

先輩は顔がイケメンとかそういうわけではないんだけれど、顔立ちはあっさり系。

服装もおしゃれというではなくて、シンプルな大きめサイズを着てる。

まあ仕事中は制服あるから制服補正がかかってると思う。

彼女はいないらしい。自称だけど。あと少子化話題の時に「結婚してる人は希望があるけど、自分にはないので」みたいなことを言っていた。察し。ペア組んですぐの頃は、先輩結婚してるか彼女がいると思ってた。何かの拍子に「誰かと行ったらいいんじゃ?」みたいなことを言った時に、「自分結婚相手とか”誰か”がいるように見えますか(怒)!?」と返ってきた。はい、いると思ってました。

 

個人的価値観の話になるけど、私は顔立ちや服装重要視してない。

顔の造形よりも顔つき、よりも性格のが重要だと思ってる。

あ、でも頭の良さはほしい。会話が成り立たないのは辛くなる。

 

話を戻そう。

先輩の声が、私の好みのタイプだったんです。落ち着いた暖かくて丸みのある声。ずっと聞いていられる。

 

そんな感じで仕事中もちょっと楽しく過ごせてたんだ。会話してるのが楽しいと思えたのは久しぶりだった。

 

それが、年明けから職場で一人休業者が出て、ペアの組み換えがあり私と先輩はそれぞれ別の人と組むことになった。

片付けと机の移動をして私と先輩のペアは解消した。

 

それから数週間。

先輩とは挨拶電話の取り次ぎでしか話していない。先輩が新しいペアにも親切で、他の人とも雑談してるのがよく聞こえる。

私が先輩に話したエピソードを「聞いた話ですけど…」と、新しいペアの人に話しているのを聞いてしまった。心がぎゅっとしてどす黒い感情でいっぱいになった。それは私のエピソードで、それを盗られた気がした。

 

昨日、仕事量がかなり多かった。もうペアではないけど、まだ同じ班で、それは班でやる仕事だったんだ。定時ギリギリになって慌てながらその仕事をやっている私と、ゆったりと帰り支度をしている先輩と新しいペアの人。

以前だったら先輩はその仕事をしていたら、どれぐらいで終わりそうか声をかけてくれたんだけどな。ああ、私は彼の気に掛けるメンバーリストにはにもう入っていないんだと思った。泣きそうだった。

 

そうだよね、隣の机で、仕事相方だったから気にしててくれたんだよね。

机も離れたしもう相方でなくなったから、気に掛ける必要はないもんね。

彼の温かな優しさの対象外になってしまったのがショックで、先輩にどう接していいのか分からなくなった。

ペアが変わって相方でなくなっても、同じように接してくれると思ってたんだ、でもその考えは間違ってた。

ウマが合って、上手くやっていけてると思ってたのは、きっと私だけだったんだ。

たまに意地悪なことも言ってしまったし。

 

炭酸のようにシュワシュワと私の心は浮き立っていたんだ、きっと。

大好きとまではいかないけれど、好意を抱いていたのは確かだったんだ。

この泡がブクブクに沸騰して吹きこぼれしまったら…。

出勤すればまた聞こえてきてしまう、私には向けられていない温かな声を耳にしても私は平気でいられるのかな。

2020-02-05

年収1000万になったので褒めて

今日辞令が出て年収1000万(見込み)になった!

(書いてる間に厳密には昨日になったけど)

彼女できたことない陰キャオタクキモメンだし、

夢見てたキラキラした生活とは遥かに程遠いけど、

桁が上がったら胸を張れる気がする。猫背だけど。

もうすぐ社会人6年目にしては頑張った方だと思う。

自慢できるような友達もいないのでここで自慢させて欲しい。

褒めて。

2020-01-08

電車絶対隣に座ってくるおじさん

がいる。

職場からの帰りの電車で1時間くらい座るんだけど、半年くらいこのおじさんに遭遇してる。

田舎ワンマン列車で、2両しかない。おじさんに隠れて電車に乗っても、おじさんは私を探して移動してきて、見つけたら私の近くに座る。

隣が空いてなかったら、正面に座る。

痴漢とかそういうのではなくて、電車内の私がいる場所の近くにわざわざ移動してきて、付近の空いている席に座るだけ。

実害はないけど、普通に気持ち悪い。

でも、ほんとにそれ以上の実害が無いから困ってる。

痴漢されたわけでもないし、

ストーカーや付きまといをされてる訳でもない。

ちなみに土日は遭遇しないから、普通に土日休み仕事をしてるおじさんなんだろう。

年末年始も遭遇しなかった。

本当は違う電車に乗ればいいんだけど、田舎から電車の本数が少なくて、一本遅らせようと思ったら1時間後とかになる。

できればあまり、遅い電車に乗りたくはない。

から自宅までの道も人通りが少なくて、怖いから。

近くに座られたときは、なるべく移動するようにしてる。

だって意思表示はしておきたくて。

私が一回移動したら、おじさんは付いてこない。

からまぁ、被害っていってもその程度。

でも、本当に気持ち悪くて、毎日嫌になる。

「やめてください」って言えばいいのかな。

でも逆上されたりしたら怖い。

実害が無いから、駅員さんとかに相談しにくい。

家族には相談してるし、これが痴漢とかだったらきっと守ってくれると思う。でも本当に、近くに座ってくるだけだから、どうしたらいいのか分からない。

あと何ヶ月かしたら、辞令が出るかもしれない。

そしたら、もう我慢しなくて済むんだろうけど、

そしたらあのおじさんは、別の相手を探すのかな

2019-11-11

「なんで(私は優秀なのに)まともな仕事渡してくれないんですか」と絶叫した若手社員

絶叫したのは一人だけど、同じように周りを唖然とさせたのは更にもう二人いる。

三人とも若い女性で、高学歴最近高学歴若い女が怖いのは、この三人の影響です。

A子は新卒で弊社に入社した一年目の女性社員で、人当たりもいいし、性格も控えめで丁寧。隣の部署なので直接やり取りする機会は少ないけれど、悪い印象は無かった。ところが先日、彼女オープンスペースで先輩社員指導を受けている声を聞いた。

断っておくが、弊社はデスクはあるものの、集中したい場合などにオープンスペースを利用したりするだけで、決してこの子いるから来たわけじゃない。少し離れた席だったので、最初は二人が座ったのも気づかなかったほど。そんな中、すすり泣く声と共に

「私はもっとできるのに、なんでこんなに退屈でつまらない業務ばかりさせるんですか?」

という声が聞こえた。驚いてそちらを見ると、先輩社員は改まった顔で

「どのデータがどういうロジック抽出されていて、その数値の傾向を見ることで業務知識も深まる。まだ実業務に入って二ヶ月だし、この辺りの勘所は覚えてほしい」

と。なるほどなあ、という感じ。

A子の部署は決して花形部署ではないけれど、堅実で数字に強い社員けが入れる部署だ。

中途でも新卒でも、狙って入ることのできる部署ではない。A子もそれは多分自覚しているはずだ。辞令の時にもきっと役員から言われているだろうし。

だけど彼女は収まらない。

「じゃあ先輩がやればいいじゃないですか!私はもっと負荷が大きくてやりがいがあって、誇れる仕事がしたいんです!!」

おっと……。これ以上の立ち聞きは無用、と、適当に空いている会議室を予約して、その日はオープンスペースを後にした。

B子中途採用千秋似の愛嬌の良い子だ。

の子はとても明るくて、おっとりとしている。お嬢様なのか、ちょっと心配になることもある。

と、私は割と最近まで思っていた。多分周りもそうだと思う。それが、先日仲の良い同僚と飲みに行ったときに、B子が今腫れ物扱いされている、と聞いて驚いた。

あのB子が?と疑う私に、同僚が話してくれたのは、B子は事あるごとにやれ「パワハラだ」「セクハラだ」「軽んじられている」と、人事と上司メールをするらしい。

ただ、私たち感覚おかしくて、彼女感覚が正常なのかもしれないとも思った。私が新卒の頃は、業界的なものもあって、新卒飲み会に行くと脱げだのなんだの言われたり、お触りがあったりしたから。だから私たちの「普通」は今の時代に合っていないのかもしれないと思う。だから、どう思うかじゃなくて、何があったのかを確認した。

パワハラだと訴えた内容は、B子の作ったメール添削を先輩社員が行って、「こういう時はこういう言い回しを使ってね」と指導したそうだ。それがパワハラだったらしい。またある時は、B子更新したファイルを、上司先祖返りして上書き保存してしまったらしく、それを知ったB子が更に上書き保存をかけようとしたところで、先輩社員が「一旦別名保存にしてくれ」と依頼したところ、「改悪されたのは私なのに!なんで私がそんな事をしなくちゃいけないんですか!」とご立腹。…なるほど。

セクハラの件は、B子歓迎会の席で、隣の席に座ったベテラン社員距離がやや近く、タバコが臭かったことが該当したらしい。近さの感覚は人それぞれなので言及しないけど、まあ、なるほど。これが感覚の差か。

私の中でB子は本当におっとりとした子、というイメージだったので大変驚いた、と共に、どこで何を言われているかからいから、なるべく近づかないようにしようと思った。

C子はやや我が強いけど明るい子で、素直。

しかしこのC子、任せた仕事納期が守れない。もしくはとんでもないクオリティで提出してくる。

スケジュールに無理があったかスキル不足かと思って、ヒアリングをしてみた。他の業務との兼ね合いや、作業中に困った点、行き詰った点はどこか、と聞いてみた。そうすると、他の業務は今殆どなく、作業的には得意な分野だと言う。じゃあなんで?と思って、C子の指導をしている先輩社員相談した。(C子は去年の新卒なので、先輩社員指導はもうほとんど受けていないし、業務確認も受けていない)

私が指導役に相談すると、彼は小さくため息を吐いて「多分、居眠り」と零した。

居眠りかあ。そりゃ眠くなるよな~~~~~。と思ったんだけど、いやいや、どんだけ寝たらあのクオリティになるの?と思って深堀り。そうすると彼は「人事や上にも相談してるんだけど」と前置きしてから彼女は三時間くらい無断で外出して戻って来なかったりする。実際に睡眠障害の診断がおりていると教えてくれた。病気なら仕方ないか、と思ったものの、仕事ストレス睡眠障害を患っているなら、仕事を休んでしっかり療養した方が良いのでは?と思う。それは彼も思ったようで、無理して辛い思いをするなら、少し休んで自分で「大丈夫」と思ったら戻ってくるのもありだよ、と諭したらしい。ところが彼女は「それはできない」の一点張り。先日また数時間姿を見かけないからと携帯に連絡を入れたら、「辛くて外で泣いてました」と返事がきたらしい。

そんなこんなで、やたらと若い女社員に驚かされてばかりの日々です。

皆さんの職場はいかがですか?

2019-10-22

anond:20191022115400

辞令だけにして施設の大半をなくせば皇室予算は大幅減にできるし祝日にする必要もなくなるよ。

2019-09-23

鬱病ワンオペ母が映画キングダムを観に行った話

前置きの長い愚痴です。

キングダムへの愚痴ではないです。映画キングダムは素晴らしい作品でした。

11月6日にブルーレイDVDが出るそうです。

3歳の女の子と、その父親と一緒に住んでる母親です。

娘が2歳の秋に鬱病の診断を受けました。その時点で夫は海外への転勤が決まっており、帯同してくれと頼まれました。

鬱っぽくなってきていると気がついたのは、診断を受ける1年ほど前のことです。

日中何度も記憶が飛ぶようになり、抗えない眠気で1歳の子どもと二人きりなのに眠ってしまうという症状からまりました。

夫は激務で、休日と名のつく日でも昼まで寝て、夕方から出勤。その年の12月には一ヶ月で2日しかまともに家にいる日が無かったとTwitterに記録されています

夫と地域の子育て支援課に相談し、心理士さんと面接しましたが、その時点では私の意識を変えれば精神科などに通う必要はないという結論を出しました。

しかし翌年の6月に活字が読めない、料理段取りができず調理時間がかかり味も感じないなどの症状が出始め、7月から通院開始。11月に医師から鬱病だと言われました。

途中、ほぼ1日ベッドから起き上がれないほど体調が悪くなった時期もありました。小さな娘には長時間テレビを観せてしまったり、自分感情コントロールできずに強く当たってしまたこともありました。虐待をしているのではないか自分を責め、家事をしたいのに動かない身体が悔しくて、毎日泣いて暮らしていましたが、夫がその様子を見る機会はなく、状況の深刻さは伝わりませんでした。

夫と結婚したのは娘が産まれる5年前のことです。

私は4人兄弟の長女で、実家は愛に溢れた仲の良い家庭でしたが、親に甘えることを遠慮して育ちました。

親への甘え方を知らず、甘えている妹弟を羨みながら生きていた10代の頃の私は、嫉妬から逆恨みのような形で勝手家族から孤立して、漫画世界に逃亡しました。友人に恵まれて、成人する前に漫画とは適切な距離を置いて付き合えるようになりましたが、その後も漫画を読む時間は心の支えであり続けました。

職場出会った夫とは漫画趣味が一致したこと結婚を考えるきっかけになりました。

自分漫画との関係理解してもらうことは、家族になる上でとても重要なことだと考えていました。平たく言えば、オタク自分を知った上で女性として見てくれる男性出会うことは簡単ではないけれど、オタクを隠して家族になることはできないと考えていました。

夫の転勤を機に入籍し、実家から義実家からも離れた関東圏に住むことになりました。夫はオタクと言えるほど漫画アニメ好きな人ではありませんでしたが、休日にはレンタルショップ漫画アニメDVDを借りて、二人で感想を言い合って過ごすこともありました。卑屈な性格の私は、自分がこんなにも幸せ生活を送っていいわけがない、いつかドンデン返しが来るに違いないと不安に思っていました。それほど、毎日幸せでした。

そんな中で、夫がレンタルショップで借りてきたのが原泰久作の漫画キングダムで、私は夢中になりました。

子育てをする中で鬱になってしまったのは、恵まれ家族の中ですら孤立してしまった自分が親になる自信が全く無かったのが原因だと思います。自信がないから頼りたい、相談したいと思っていても夫は激務、実家義実家も遠く、実母はダブルワーカーになっていて電話タイミングを合わせるのも難しい、義母は癌と闘っていてそれどころではないという状況でした。

何故産んだのかと思う方もいると思いますが、子どものいる生活を夫が希望しており、その時は産まれたら仕事セーブすると言っていました。しかし、妊娠中に義母が癌を患っていることが発覚。夫は新幹線で片道2時間かけて義実家へ通い、義母の闘病のサポートしました。義母の病状が落ち着くと、通勤距離片道2時間半の職場へ異動。彼も想像できなかったことでしょう。娘が1歳を迎えるまでは、彼の方が「自分が思うほど育児に協力できない」というフラストレーションで鬱っぽくなっていたように思います。そしてそれは私を余計に追い詰めました。

ようやく映画キングダムの話になります

娘2歳の2月、夫は海外転勤の辞令を受けて一足先に引っ越しました。私と娘は実家に二ヶ月ほど居候させてもらって、渡航の日を待っていました。バタバタ引っ越しの準備を進める中で、映画キングダムの告知を見ました。私は所謂原作厨」というやつで、アニメ化ですら自分イメージと違って不満を持つことがあるので、実写化はとても不安でした。中国の歴史ものなのに、どうして日本映画化されるのかという疑問もありましたし、原作スケール日本映画表現できるのかという不安もありました。しかし、その不安メインキャストを知ると共に期待に変わりました。それが自分の中のイメージにぴったりハマっていたからです。勿論、なんで日本人が演じるんだという疑問は残りましたが、日本漫画キャラクターの顔は日本人の顔なんだなと、メイクをした俳優さんたちを見ながら思いました。

キングダムの公開日は渡航の日程ギリギリでした。私は夫に、渡航日を少し後ろ倒しにして観に行かせて欲しいと頼みました。夫は早く家族と住みたいと言っていましたが、私の願いを聞くと「今まで映画を観に行かせてあげられる機会を作れなかったね、楽しんでおいで」と手続きをしてくれました。

観賞の時間、娘は母に見てもらうことにしました。

実家で過ごした二ヶ月半の間、ほとんど母に娘を預けることはありませんでした。私よりも先に、実家の近くに住んでいる妹が子どもを預けに来るからでした。

映画公開日翌日、映画館のあるショッピングセンターまでバスで向かおうとしていた私に、両親が「車で送っていくからついでにお昼ご飯も食べよう」と誘ってくれました。(今、この一文を打ちながら涙ぐんでしまうほど、私は両親への甘えに飢えていたんですよね)

子どもの頃は仲の良かった両親も、子ども独立するとお互いどう接していいのかわからなくなってしまったらしく、少しギクシャクしていました。二人で連携して支度を進め、おしゃれをして車に乗り込む両親を見ることですら、私には感慨深いものがありました。

私が選んだ定食屋で、両親と娘が順番を待つ間に一人、チケットを買いに行きました。何年かぶり映画で、有人カウンターが無いことに大きな衝撃を受けつつ、自動券売機で席を選んで発券しました。「キングダム」と印字されたチケットを手に取った時、私の心は幸せ気持ちで満たされました。大好きな作品が納得のいく形で実写化されて、それを今から観られるという幸福だけではありません。今自分がこの場に立つために、今まで甘えられなかった夫が、両親が協力してくれたことが嬉しくて熱いものが込み上げました。

定食屋に戻ると、父が娘にお子様ランチを注文していました。まだ2歳の娘は食べきれないと言うと、「おじいちゃんが孫を甘やかしたいんだよ」というような事を言った気がします。実は、娘の初節句の時ですら、私は自己主張ができずに両親にも参加して欲しいと言えませんでした。妹の子を預ける予定を聞いて、それを優先してくれと言ってしまったのです。娘がおじいちゃんおばあちゃんに甘える機会すら奪ってしまった自分を責めていた私は、父から孫への愛情にすら感動してしまいました。お子様ランチの残りを食べきるのは大変でした。

食事を終えて、娘は眠くてグズリながら両親の車に乗りました。「すぐに寝るから大丈夫、気にしないでゆっくり楽しんでね」と母は言って去って行きました。

今まで抱えていたマイナス感情から解放された私は映画館に向かって踵を返しました。

「今から観るよ」と、定食を背景に撮ったチケット写真を貼ったツイートには、いいねが数件付いていました。私のアカウントフォロワーにはキングダムファンはいないので、「よかったね」「いつも頑張ってるから楽しんで」という意味でつけてくれたのだと勝手に感じました。

着席してから、泣く事と、好きなキャラクターが出てきた時に声を上げてしまう事を想定して、ハンカチを握りしめました。

左隣には50代くらいのご夫婦が座っていました。旦那様が原作ファンなのかな?同世代女性ファンをあまり知らないけど、それくらいの世代男性に人気があるのかな?などと考え、どう見てもオタクではない一般人のご夫婦不快にならないように、オタクっぽい反応を出さないように鑑賞しようと思いました。

映画は素晴らしかったです。俳優さんたちは、キャラクターのものでした。

特に吉沢亮さんの演じられたキャラクターの演じ分けには感動しました。私が漫画を読んだ時には読み取ることが出来なかった部分まで演じられているように感じました。

私の好きなキャラクターも、あのキャラクターの歩き方だ!あのキャラクター戦闘の動きだ!といちいち納得し、感動しました。

俳優さんたちの身体の作り込みにも驚き、感動しました。キャラクターの背景を描く体格を、生身の肉体に再現されていたからです。血の滲むようなトレーニングの成果なのだと思います

作品全体に、俳優さんをはじめスタッフの方々がそれこそ命懸けくらいの愛情を注いでくださっているのだなと感じ取ることが出来る作品でした。

私の好きな漫画作品を素晴らしい映画にしてくださったスタッフの方々に心から感謝します。そして、映画化されなかったらキングダムに触れることがなかったであろう、俳優さんのファンの方や映画好きの方の元に、キングダムを届けてくださってありがとうございます

観賞後、細かい部分の感想と共に、「こんなに幸せオタクはなかなかいない」とTweetしていました。



さて、ここまでが長い長い前置きです。

映画観賞中のこと。

ここまで書いてきた背景の中で幸せ気持ちで胸を膨らませて、私はその席に座っていました。

CMが一通り終わり、本編が始まりました。キングダム世界観を説明するナレーション重厚感があり、期待が膨らみました。

冒頭の映画オリジナルのシーンには戸惑いながらも日本映画とは思えない画面の良さに不安が和らぎ、主人公たちの生活を描くシーンに変わった頃には集中して映画世界に入り込んでいました。

その時

ピカっ

左の席が眩く発光しました。

隣の奥様がスマホの画面をチェックする光でした。

すんっと高鳴っていた胸の音が消えたのを感じました。

私は映画世界から弾きだされ、現実世界の、スマホを見る女の隣に座っていました。

その後も何度もスマホチェックをする女性に声を掛けようかなと思いました。しかし、私には映画館でこの作品を観賞する機会がもうありません。少しも見逃したくないし、聞き逃したくありませんでした。

注意をする間の数十秒、彼女の方を向き、口を開く。その間もスクリーンの中の時間は流れ続けます。なんと注意するか、棘のない言葉を考えることに脳を使う時間必要だし、声を掛けて素直に謝罪してやめるとは限らない。後の鑑賞に支障が出るような反応が返ってくる可能性もあります。出来れば声を掛けたくありませんでした。

きっと連れの方が観たくて、あまり興味がないのに入ったんでしょう。スマホで何をチェックされているのかはわかりません。お仕事のことかもしれないし、緊急性のある連絡が来るかもしれない状況なのかもしれません。優しい気持ちで察してあげることはできなくはないのですが、私の中の幸せ気持ちは、スマホが光る度に萎んでいきました。

「私の好きなキャラクターが出てくるシーンが近づいてきている。出てきた後に光ったら声を掛けよう」そう思って、なるべく横を気にしないように心掛けました。幸い、その後彼女スマホを出すことはありませんでした。

たかスマホが光るだけ。目くじらを立てるほどこだわる人は気持ち悪い、そう思う人もいるかもしれません。

私もキレ散らかすほど怒った訳ではないです。その後、Twitterにも残念だった。運が悪かったくらいのテンションTweetしただけだったと思います

そんな事に執着して作品の素晴らしさへの感動が占める心の面積を縮小するのは勿体無い事ですしね。

でも、やりがちな人が知らないなら知ってもらいたいな。一緒に鑑賞している人の中にはその上映が特別意味を持っている人がいるかもしれないこと。

注意されないか大丈夫というわけでないのだということ。

知っててもやっちゃう人のことはもうどうでもいいです。

とってもつまらない日記を書いてすみませんでした。

前々から自分ワンオペ育児からの鬱について、自己消化のためにどこかに吐き出したい欲求があった中、Twitter映画観賞時のスマホについての話題をいくつか見かけたので。親にも甘えられない赤ちゃんが、インターネットユーザーに甘え散らかす愚行なのは承知の上です。

私の心の状態は随分良くなってきましたが、この話に対する反応を見る勇気はないので、書き逃げします。

産後の私が一番幸せだった日の話でした!娘の成長に興味ないわけじゃないよ!!

あ〜〜〜最後まで最高に幸せな気分のままキングダム摂取たかったなーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!

2019-08-13

責任取るのが管理職仕事だろ自分で考えろ甘えんなwwwwww

えっ辞令?来月から管理職??

2019-07-25

anond:20190725181100

旧姓使用って学校内での運用みたいなものかと思ってたけど違うの?

辞令旧姓で出るの?

2019-06-07

育休有給、転勤とか

カネカの件が炎上しているのを見て、自分の思うところを書いてみる。ネット上に長文を載せたことがないので、稚拙文章申し訳ない。

家族事情日本を離れて数年経つが、日本に住んでいる間は一部上場企業メーカー技術総合職として10年近く働いていた。

その時に自分の中で考えていた事や出来事を思い出しながら書いてみる。あくまでも1例に過ぎないけれど。

  • 育休取得について

部署にもよるが調整業務も多く、拘束時間が長かった。

8時台に帰るのも「もう帰るんですか、今日早いですね」みたいな会話になる。

そんな状態なので、キャリア的に過渡期の30代から40代男性社員が1か月でも育休取るというのは本当に難しそうに見えた。

それでも全社で2,3人くらい取ったらしいとは噂で聞いた。

ではなぜ同じポジションでも女性が育休を1年取れるか考えてみると、結局、数の問題もあるかと思う。

女性総合職自体が全体の10%程度、技術総合職限定すると数%で非常に少なかった。

女性産休育休は割とすんなり取れて、時短勤務の申請も出来たが復帰後が地獄

実家サポートがないと子供に何かあった時、母親保育園に急遽迎えに行くパターンになるが、周りがその人の仕事を全カバー出来るような人的リソースもない。

なのでどんどん仕事が積み重なって、心折れてしまいそうな彼女たちを見て、自分は話を聞くことしか出来なくて悲しくて暗い気持ちになった。

自分は女だが、そうゆうのを見ていると、結婚はまだしも出産後の自分生活イメージが全くもって描けなかった。

女性の先輩方から産休育休取得回数(要は子供の数になるが)が多いと密かに人事評価が下がってしまうという話も聞いた。

男性社員だったらなおさら単位で育休を取るイメージなんて掴めないだろうなと思う。1か月ですら難しいのに。

せめて子供が生まれたばかりの頃に時短勤務とか取って早く帰れば、奥さんだって助かるだろうに、とさえ思っていた。

定時にすらなかなか帰れないしなぁ。そりゃ少子化にもなるよって思う。

自分退職時には普通に未消化分の有給は貰えたし、年度末までいたのでボーナスも貰えた。

海外移住想像以上にお金がかかったため、本当に助かったし今でも会社感謝している。

から件の会社対応は、かなり衝撃だった。

私は転勤辞令がなかったので、同僚の話からにはなるが2週間後に突然辞令というのはなかったように思う。

国内場合、少なくとも数か月くらい前から上司からいくことになりそうみたいな話はされるようだった。

海外場合は1年から半年くらい前からっぽかった。赴任手当は結構貰えるらしいけど。

家を購入してから転勤の話が出るというのは当てはまりそう。

やっぱり転勤って家族にとって本当に物理的、精神的、金銭的にも負担になるよね。パートナーが同等に稼いでないと拒否は出来ないし。

色々あって今は現地のスタートアップ企業で働いてるが、ほぼ毎日定時で帰れている今の方が出産に対して少し前向きな気持ちになったような気がする。

ちょっと酔ってて且つ書き疲れたので、詳細は省くけれど・・・

私が働きだした頃はまだ家庭を顧みずにワーカーホリックであることは美談だったけれど、少しずつ変わりだしているような気がしている。

やっと問題だと世間認知しだしただけだから全然道のりはまだ長いけど。

個人人生ターニングポイント結婚出産介護etc...)でお互いにもう少し寛容になれたらいいのにと思うけど、そんなに単純じゃないよね・・たぶん

やっぱり件の会社対応は、自分たち労働者にとって厳しい方向に向かっているような気がする。

とりあえず日本社会が良い方向になることを願って、今年の夏(だったっけ?間違ってたらすみません)の選挙在外投票を必ずしようと思う。

おやすみなさい。

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