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はてなキーワード: 世間とは

2017-06-22

pixiv論文問題オタク立場から考えてみた

 1ヶ月が経とうとしているpixiv論文問題ですが、皆様もそろそろ忘れてきた頃合いでしょうか。

 備忘録として、書きたい。

 問題の経緯や、研究上の・法的な問題、および女性オタクの側の事情についてはだいたい下でまとまっている。

https://anond.hatelabo.jp/20170525145352

https://anond.hatelabo.jp/20170527202448

https://anond.hatelabo.jp/20170528113521

https://anond.hatelabo.jp/20170530031948

https://anond.hatelabo.jp/20170531012221

 前提として書いておくと私はヘテロ男オタで、全年齢向けの二次創作一次創作同人好きな人であるR-18にはあまり触れることはない。最近はめっきり海鮮になったがちょっと前に二次創作小説を書いたことがあり、即売会でも売ったことがある。ついでに言うと研究者の端くれでもある。そういう立ち位置

 なのでやっぱり、そういう立場としては、腐女子の側をどうこう言う前に男オタの側の過去を振り返ってみる必要があるだろうなと思う。キチガイじみた腐女子叩きに加担したことはさすがにないけど(ていうかそんな腐叩きが蔓延ってたことも、後になって知ったくらいだ。けどまあ、知らなかったことは言い訳にならんよな)、腐女子文化に対する偏見蔑視のようなもの自分の中にあったことは否定できない。それは女性差別同性愛差別の複合だという主張ももっともで、実際の行為に加担したわけでなくとも黙認・許容することでそういう連中が跋扈する土壌を作ってきたことは、謝るほかない。

 けれど、今回の件で、一部のオタク(これは男女を問わない。ヒステリック論文側を叩いていた男オタ、一山いくらってレベルでいた)が、著作権法について何もわかっていなかったり、引用表現の一部なんだという大原則を忘れて表現規制を主張したりするのは、本当に醜悪光景だったと思っている。

 そして学問の側からは、文化人類学だのといった喩えも飛び出す始末で、なんというか、オタク尊重している風でいてオタク尊厳を傷つけている人が多いなって思った。ていうか、オタクの側から同人商業と一緒にしないで! という主張が出てくるのが、ほんと残念だった。

 私は、いくつものジャンルで、私を夢中にさせてくれる、そこいらの商業作品よりも全然おもしろい、二次創作同人小説を読んできて、そのたびに心が踊った。ワクワクしながらページを繰った。読み終えて長い余韻に浸った。そういった経験があるから二次創作だろうが商業作品だろうが、良いものは良いし、アニメだって漫画だって、主流派カルチャーとなんら劣るところのない、遜色ない芸術表現だと信じている。

 でも、世間一般では、それは単なるオタク二次創作だ。マトモな文化人や識者は鼻にもかけない。最近だとライトノベルだんだん市民権を得てきつつあるが、二次創作はそうじゃない。それにオタクの中にも、まあ、でも、所詮俺らのやってることは二次創作だしな、っていう意識一定数ある。

 そんななかで、そんななかでだよ?

 著作権法は、いっさいの差別をしていないんだ。

 いったん公表した著作物であれば、村上春樹だろうがピコ手エロ同人だろうが、同じ枠組みで保護し、同じ枠組みで義務を与えてくれているのは、大げさに言えば著作権法だけだ。

 著作権法は、村上春樹小説を無断で全文アップロードすることが違法なのと同じ理由で零細同人作家薄い本を無断でアップすることも違法なのだ、と言い切ってくれる。著作権法は、誰かが勝手村上春樹作品自分が書いたと偽って発表してはいけないのと同様にBL二次創作の著者名義を勝手に騙ってはいけないのだ、と保証してくれている。そして、今回問題になったように、村上春樹小説が好き勝手引用されていても拒否できないのと同じ理由で、合同誌に書いたヘボ小説引用されあれこれ分析されても諦めなさい、と告げてくれる。

 これは、考えようによっては、すごく誇らしいことなんじゃないか

 法律に守られた著作者である、というその一点で、私たち村上春樹と対等なのだ。同じ地平に立っている。少なくとも、著作権法という枠組みの中では。

 私はオタク文化は主流文化と対等だしそうであるべきだと強く信じている。けれど、著作権フェアユース規定がなかったり、オタク蔑視が残っていたり、オタク側の自虐自己防衛もあったりして、なかなか対等だということになっていないのも受け入れている。それはもう、仕方のないことだと思う。

 でも、だからって、既に得ている法的な対等の地位を捨て去ろうなんて主張に、頷けるわけがない。同人商業と同列に考えるな、って主張は、一見もっともらしいけど、でも、「立場の弱い作品」として保護しようとか保護してもらおうっていうのは、対等じゃなくなるってことだ。かつて私の胸を揺さぶったあの感動が、商業作品よりも面白いと思えたあの作品が、「しょせん同人」になるってことだ。

 創作の楽しさと苦しさを知る者として、それは、やっぱり嫌だ。創作は胸を誇れる素晴らしい趣味で、あらゆる作品は同じ地平に立っているんだと私は信じたい。私の書いたヘボ小説や、私を作ってきた素晴らしい二次創作小説を、私は貶めたくない。下手くそだ、と言われるのは私がヘボ字書きってことなので甘受するけど(くやしい! 次はもっといいものを書いてやる!)、そもそも商業とはまるで別物のお遊びなんだよ、と言われることは悔しい。だってそこには、紛れもない、本当の感動があったんだから

 だから、私は、同人小説だろうが好き勝手研究報道引用していいんだよ、と強く言いたい。これ引用していいの……? とためらっている研究者がいたら、いいんだよ、と背中を押してあげたい(もちろん、不安なら許可取れば? とアドバイスはするだろうが)。だって村上春樹小説は、好きに引用していいんだから私たち文化が主流文化と対等であろうとするならば、そうされることを受け入れるべきなんだ。

 私たち文化は、「保護」を与えてもらわないといけないほど、か弱く、脆弱で、稚拙ものではない。私たち文化は、そんなに惨めなものではない。

 同人作品には商業作品と違った研究倫理著作権に関する考え方を適用すべきだ、という主張は、オタク権利向上に反する。だから私は、オタクとして、その主張を否定する。

 私たちは、オタクは、もっと強くあるべきだ。

https://anond.hatelabo.jp/20170622121023

80だとか100だとかいってる人は実際にそんだけ働いたことがない人なんだろうか

世間知らず。

2017-06-21

アニメ実況などという世間的に恥ずかしい場にいる時点で同類なんだから

仲良くしろ

もしくは一人でみろ

もしくはアニメ卒業しろ

https://anond.hatelabo.jp/20170621090729

一部被っているのと包括しているのとは全然違うぞ。

ラノベ児童文学かの判断が難しい作品があることで、ラノベ児童文学というカテゴリを包括しているなんてことになるわけがない。

先にも言ったが、網羅性を追求しすぎれば該当率が下がる。結果としてジャンル分けそのもの有効性がなくなる。

該当しそうな作品がいくつか見つかっただけでそのジャンル内包できるなら、ミステリなんかは世の中に出回っている小説ほとんど全てのジャンルカバーすることになる。

でもそれじゃ、「ミステリ」というカテゴリ自体機能しなくなるんだよ。


まあそういう話を置いといても、俺は現状「児童文学ラノベ」と世間認知されているとは思っていないし、君の中で「児童文学ラノベ」ならもう定義乖離しすぎていて、すり合わせる必要性すら感じない。

無限ループに感じていること

私は20代後半フリーター.もうかれこれ3年くらいコンビニ夜勤バイトしている.

大抵の仕事ルーチン作業だと思うがコンビニもそう,レジ接客して,商品が納品されたら陳列して,店内を掃除しての繰り返し.

私の働いている店の夜勤時間帯には大体同じ客が来る.毎日だ.毎日同じ顔ぶれを見る.私からすると毎日コンビニに行くなんてどうかしてる.スーパー・サイズ・ミーという映画マックを30日間毎日食べて吐くというのを見たことあるが,毎日コンビニ飯で飽きないのか?

毎日毎日同じ作業をして,同じ客を接客し,世間が朝出勤している中を逆方向に家路につく.

コンビニ夜勤は防犯上の理由従業員が2人以上のところがほとんどだろう.

3年も同じ店に勤めてれば,同じバイトが何度も入れ替わるのを経験する.夜勤を何年も続けてるほうが異常だと思うし少数だろう.

ある日,Aさんという男性夜勤バイトに入ってきた.他に仕事も持っているようでまともそうな印象だった.

他のアルバイトや他の店がどうかは知らないがそこの店では,数週間や数カ月ですぐに辞めていきまたすぐに新しい人が入りころころ変わっていった.なので,新しい関係を築くことに億劫に感じていた.

夜勤はやることが多い.客も多い,午前3,4時でも一時間に3,4人は来るそれ以上かも知れない.なので従業員同士で会話する暇はほとんどない

Aさんと業務以外の会話をすることも少なかったと記憶してる.しかし忘れられないことがある.Aさんからあるエピソードを聞いた.そして数週間後にまた同じエピソードを聞かされたのだ.

「それ前にも聞きました」とは言わなかった.でも会話の少ない相手に話したことを忘れるだろうか.この時点ではあまり気にはしなかった.

そのAさんも数カ月で辞めていった.バイトを辞める理由などはみな適当なのは経験で分かった.所詮バイトだ.しかし違う人だが,まじめに働いていたのに急にバックレられたのは驚いた.

そしてまた何人か入れ替わり,Bさんという男性の方と一緒に夜勤をすることになった.この人はチャラチャラしてそうな感じだった.あと金遣いが荒いらしい.

人が変わっても業務は同じ,誰にでもできる作業の繰り返しだ.

そしてまた同じことが起こった.デジャヴだ.Aさんと同じように,同じエピソードを2度聞かされたのだ.もちろん話の内容は違うがこんなことあるだろうか,それともA氏もB氏もただのバカなのか.

不気味に感じた.生きた心地がしないというかこれは現実なのか疑わしくなる.

まだBさんとは現在も一緒に働いているが,もう数カ月かで辞めていき,新しい誰かがまたデジャヴを起こすのではなかろうか.

自分は今タイムループの中を生きているのか.魔法少女まどか☆マギカスカイクロラ

目覚めから起きると違う時間軸の現実に移っているのだろうか,昼間に寝るとそんなことが起こるのか?

ミスターノーバディ」という映画監督ジャコヴァンドルマルという人は,同じようなことをいつも考えてるらしい

毎日,同じ作業に同じ客についでに睡眠不足.いつか本当に気が狂いそうだ.近いうち自動レジやら海外労働者とかで仕事奪われそうだし早く抜け出さないといけない.

https://anond.hatelabo.jp/20170621093833

増田コミュ力あるって言ってんだぞ?

世間のみんなが「カラオケ」って言ってたら、カラオケ行くのか?

それ一番コミュ力無い人間の行動だぞ。

当人が「歌駄目です」って言ったらどうすんの?

なんで部外者に聞いてるん?

https://anond.hatelabo.jp/20170621002243

お前の中では、児童文学ラノベも同じかもしれんが、さすがにそりゃ世間一般認識から逸脱しすぎてんだろ。

そこまで逸脱してると、争いにもならん。

そもそも外国作品なんかだと、ラノベという概念自体がないだろうに。

勝てば官軍、負ければ賊軍

6月20日現在27連勝中の藤井四段。27連敗であれば、メディアに取り上げてもらえることはなかっただろう。(ただし巨人以下略)

「勝ち」は素晴らしい。積み重ねる事で、それまでは平凡だった生活が一変しスーパースターになることができる。

一方で「負け」はどうであろう。当然の事ながら、誰もが自ら進んで負けたくはないし、敗者は世間から羨望の目を向けられることもないだろう。しかしながら、圧倒的大多数は「負け」を経験し受け入れなければならないという過酷現実が待っている。

甲子園優勝を目指す一流の高校球児たちも優勝校以外はすべて負ける。イチロー落合球界代表する名打者打率5割を超えることは出来ず、勝つ打席よりも負ける打席が多いだろう。

だが、「負け」はそんなに恐ろしいものではないだろう。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」とは松浦静山言葉であるが、「勝ち」よりも「負け」に多くの成長の糧が隠されており、一番重要なのは賢い負け方ではないだろうか。投資家ではないが、必然的に起こる負けを最小限にするリスクコントロールの術を身に付けなければ、「負け」は消して怖くないはずだ。

職場の大先輩が口癖の様にいつも言っていた。「小僧。男はいつも勝負師でないといかん。いつでも勝負の場に身を置いておけよ。」

自分には運が無かったなどと普段から何かと言い訳をして負けを認める事がなかったが、先日とある事で完膚無きまでに打ちのめされた。完敗である。悔しくて泣いた。

「負け」は辛い。恐怖そのものだ。だからといって、諦める訳にはいかない。今この瞬間から逆襲は始まっているのだ。消えることな屈辱大敗を胸に、何度でも立ち上がってみせる。

ってなわけで、明日も元気モリモリ働く。

藤井くん頑張れよ。負け犬オッサンも頑張るワン。

2017-06-20

誠実さなかいらなかった

炎上商法とか目くらましとかい下衆の勘繰りをせずに考えると。

本当に結婚したいくら真剣好きな人がいて、大切なファンをこれ以上だましたくないというのなら、ああいう行動に出るのもわかる。

それは正直だし誠実なんだろうけど、ファンが求めているのはそういうことではない。

ぶっちゃけ、年頃で平均以上に容姿の優れた女性だったら彼氏の一人や二人いるのが当たり前なのはいくら世間知らずのドルヲタでも分かっている。

分かっていてもステージ上ではいないように振るまってほしいし、週刊誌に撮られても「友達」とか「弟」とか愚にもつかない言い訳をしてほしいのだ。

結婚するために辞めたいんだとしても、適当に「大学に入るために辞めます」とか言ってくれればファンはいい思い出だけを残すことが出来る。

本当は生身の20歳の女を応援してるんじゃなくて、ステージ上で20歳の女が演じている役柄を応援しているだけなんだ。

「愛を知った」と言ったが、ファン人間としてアイドルを愛しているんじゃない。演じられた「偶像」だけを愛しているんだ。

いきなり役者が演技を放棄して自分語りを始めて、演劇全体が滅茶苦茶になったら、観客が「金返せ」と言うのは当たり前だろう。

不特定多数に向かって「役柄ではなく生身の自分を愛してほしい」というのは、あまりにも強欲すぎるんじゃないか

誰も、24時間365日演技しろとは思っていない。演技するのはステージに立っている間だけでいい。

「○○ちゃん」役の役者ステージの外で何をしていようが、「○○ちゃん」には関係ない。

どんな写真動画があっても、「○○ちゃん」が言ったセリフしか信じないから。

https://anond.hatelabo.jp/20170619172721

これ俺だ。

人が好きなんじゃなくて

相手に好かれる性格に変化した自分が好き

愛想笑いじゃなくて

本気で相手が笑った時

高揚感で満たされてなんというか無敵になった気さえする

相手の望んだ性格になれたという

同時にクソみたいな自分性格をうまく隠せてたという安心感

クソな性格に蓋して

偽りの最高傑作を作り上げる事に磨きをかける

父はテストが80点以下だと不機嫌なるので勉強して機嫌をとった

小学校では人気者だったのに隣町の中学校はいじめられかけた

いじられ役に徹してそいつらの機嫌をとった

その時は自分を消してでも相手の機嫌をとれたことが幸せ

俺に心を許して心から笑ってくれることで安心した

相手が求める空想上の人物をになれた瞬間は何ともいえない安心感がある

でもクソの方が俺だ

それに気づく奴はいない

みんなが知ってる俺は過去をいまだに克服出来ずに生まれ副産物

色々な本を読んで悩みの原因は分かった

過去自分だと分かったが何も解決しなかった

クソな自分世間さらけ出す度胸がない

というか長い間クソの方を出してないのでしようとしても良くわからない

出しても相手が傷ついたと気づいた瞬間に自動でご機嫌スイッチが入っている

周りも幸せに出来るし無害だしこのままでもいいかと思う時もあったけど

時々揺らぐ

クソの方を好きになって欲しい

良い人を極めるのもいいと思うが

このモード相手感情に合わせるので自分人生じゃないように感じてしま

人に興味がないのに興味を持とうとして

虚構自分相手が好きになってくれて

でもクソみたいな自分こそ好かれたいという気持ちは捨てられなくて

こんな同じ境遇の人と話す時、真の自分でいられる気がする。

俺はどこかでお前みたいなやつと出会って酒飲むまでは死ねん。

親が死んだらその時は親を許したい。

ゆっくり霊夢Fランク大学就職課に就職したようです」は倫理的には間違ってるよという話

ゆっくり霊夢Fランク大学就職課に就職したようです(ゆっくりFランシリーズ)をいくつか視聴してみた。

視聴した率直な感想でいうと、この動画根底に流れている作者の人間観に俺は全く共感できなかった。

ゆっくりFランシリーズ動画作成者根底に流れているのは、「いわゆる一般論」に理論武装された自己責任論と、人間の発達(青年期のおける課題、等)を

無視した「人とはこうあるべき」という人間観の押し付けであるように思えてならない。

また、俺がゆっくりFランシリーズを視聴していて抱いた感想は以下の通り。

Fラン大生は努力しないク〇」「Fラン大生は総じてク〇」「Fラン大に入ったのは自己責任

Fラン大生は何をやったところで無力で無能なので、頭は使わず死に物狂いで生きていくしかない」「努力できないのは能力問題ではないので自己責任

…こう感想を書き連ねてみるとはっきりわかるが、この動画作成者そもそも人間の発達」についてどれだけ勉強してないんだ?と思う。

それとFラン大生のような立場に置かれている人間について、どれだけ理解しているのか疑問符がつく箇所がちらほらある。

この動画作成者には、まず「そもそもなぜFラン大生は勉強ができないのか」という素朴でわかりやす問題について勉強していただきたい。

もっと簡単に言うなら、「なぜ勉強できない奴が世の中にはいるのか」について勉強して欲しいと思う。

そういう問題を諸所考えていけば、「どうして勉強が不得意な奴が世の中には存在するのか」ということや、

「どれだけ学習意欲を喚起させてもFラン大生が勉強しない理由」であったり、「Fラン大生がやる気を出さな理由」が

みえてくるんじゃないかと思う。

…まあ、結論だけをいうと、Fラン大生は小中高を通じて学習意欲や適切な学習機会を奪われたある種の社会的弱者だということがみえてくるのだけど。

…少し話が逸れたかもしれない。閑話休題

俺、このシリーズ動画作成者人間観は、はっきり言って間違ってるし人として腐ってると思う。

この動画作成者は、学生一人一人の人生を本当に慮って就労支援しているようには思えない。

この動画作成者は、人材右から左スライドさせていく、さながら人材コンサルタントのようにしか思えない。

最後に。

こんな動画を見てしまって鬱になっているFラン大生よ、こんな動画、気にするな。

君は君の思うままでいてもいいんだ。

から大学生の間、君は君がやりたいと思ったことを、思うままにやるといい。

そして幾つかの年月を過ごしたある日、君はきっと気付くだろう。

『君の人生は、親のためでも世間のためでもなく君のためにあるということ』に君は気付くだろう。

その時になって初めて、君は「思うままであれ」という言葉真意に気付くだろう。

思うままであれ。

主体性を取り戻そう。

そして、このつまらなくも面白い世の中という大海原を、思うままに生きてみよう。

ゆっくり霊夢Fランク大学就職課に就職したようです」は倫理的には間違ってるよという話

ゆっくり霊夢Fランク大学就職課に就職したようです(ゆっくりFランシリーズ)をいくつか視聴してみた。

視聴した率直な感想でいうと、この動画根底に流れている作者の人間観に俺は全く共感できなかった。

ゆっくりFランシリーズ動画作成者根底に流れているのは、「いわゆる一般論」に理論武装された自己責任論と、人間の発達(青年期のおける課題、等)を

無視した「人とはこうあるべき」という人間観の押し付けであるように思えてならない。

また、俺がゆっくりFランシリーズを視聴していて抱いた感想は以下の通り。

Fラン大生は努力しないク〇」「Fラン大生は総じてク〇」「Fラン大に入ったのは自己責任

Fラン大生は何をやったところで無力で無能なので、頭は使わず死に物狂いで生きていくしかない」「努力できないのは能力問題ではないので自己責任

…こう感想を書き連ねてみるとはっきりわかるが、この動画作成者そもそも人間の発達」についてどれだけ勉強してないんだ?と思う。

それとFラン大生のような立場に置かれている人間について、どれだけ理解しているのか疑問符がつく箇所がちらほらある。

この動画作成者には、まず「そもそもなぜFラン大生は勉強ができないのか」という素朴でわかりやす問題について勉強していただきたい。

もっと簡単に言うなら、「なぜ勉強できない奴が世の中にはいるのか」について勉強して欲しいと思う。

そういう問題を諸所考えていけば、「どうして勉強が不得意な奴が世の中には存在するのか」ということや、

「どれだけ学習意欲を喚起させてもFラン大生が勉強しない理由」であったり、「Fラン大生がやる気を出さな理由」が

みえてくるんじゃないかと思う。

…まあ、結論だけをいうと、Fラン大生は小中高を通じて学習意欲や適切な学習機会を奪われたある種の社会的弱者だということがみえてくるのだけど。

…少し話が逸れたかもしれない。閑話休題

俺、このシリーズ動画作成者人間観は、はっきり言って間違ってるし人として腐ってると思う。

この動画作成者は、学生一人一人の人生を本当に慮って就労支援しているようには思えない。

この動画作成者は、人材右から左スライドさせていく、さながら人材コンサルタントのようにしか思えない。

最後に。

こんな動画を見てしまって鬱になっているFラン大生よ、こんな動画、気にするな。

君は君の思うままでいてもいいんだ。

から大学生の間、君は君がやりたいと思ったことを、思うままにやるといい。

そして幾つかの年月を過ごしたある日、君はきっと気付くだろう。

『君の人生は、親のためでも世間のためでもなく君のためにあるということ』に君は気付くだろう。

その時になって初めて、君は「思うままであれ」という言葉真意に気付くだろう。

思うままであれ。

主体性を取り戻そう。

そして、このくだらなくも面白い世の中を、思うままに生きてみよう。

木村拓哉は嫌われない

コンコン

木村「失礼します」

男「(窓の外を眺めながら)ん、暑い今日も、

そろそろ夏かな、ユー、サーフィンしてるの?最近

木「話とは」

男「ああ、うん、ユーさ」

    「事故っちゃいなよ」

木「…は?」

男「事故っちゃいなよ」

木「いや…ちょ待

男「待たない。ユー、ここに残るからには、

今のイメージのままいちゃだめ。わかる?

木村拓哉世間の敵にしてはならない。演じなさい。

グループのみんなが心配で、気がかりで、

気もそぞろで事故を起こすような人間味あふれる

国民的人気者を。」

木「…」

男「…タクヤ。ユーには言ってないの。

木村拓哉”に言ってるの。わかる?アンダスタン?

木村拓哉”ならこんな時どうするのか…よく考えてみて」

木「…」

男「あ、それと」

男「ケガはダメNG。コツンと当てる程度ね。

人は用意する。こっちで。明日夕方甲州街道

府中方面に流しなさい。じきに目の前にバイクが現れる

から。あとは好きな信号で、ユーのタイミングで。

わかるよね」

木「…失礼します」

踵を返した木村。その背後から…かすかに鼻歌

わず足を止める木村

(♪すごい立派になって すげーいい服着ても

 モロにころべば痛い そんなもんだよね)

木「…っ」

叫びのような音を立てて強く閉められるドア。

鼻歌はまだ続いている…

(♪ヘイヘイヘイガー

 いつの日にか また幸せになりましょう

 ヘイヘイヘイボー

 かっこわるい 朝からとにかく始まる)

https://anond.hatelabo.jp/20170620182709

世間的にはラノベじゃないだろうね

成人男女の恋愛ものが多いし、出してる作品ほぼ映画化されてるし。

https://anond.hatelabo.jp/20170620182126

本人が自称してる肩書きなら、違うという明確な反証がなければ、世間はまず黙認するよ。

https://anond.hatelabo.jp/20170620181142

その人間カリスマがあると世間が認めたらな。

どちらにしろ「作者が企図していたらラノベ」とは単純化できないわけだ。

https://anond.hatelabo.jp/20170620180425

それは言えばいいんじゃないか?

ただ俺たちが純粋カリスマだと考える人間を「カリスマ」と呼ぶように、カリスマ自称する人間を「カリスマ」と呼ぶのもまた世間流儀だろ?

https://anond.hatelabo.jp/20170620114348

見るのは一瞬でも、それを名画として認識できるかどうかっつーと、他者評価がないと難しいでしょ。

世間的な評価考慮せずに良し悪しを言えるなんて、それこそ子供かその道の専門家くらい。

年上の部下、男のプライド

既婚子無しロスジェネ女の、ある種のグチ。

実力を買われ、数年前からプレイングマネジャーとして「部下」が数十人いる。「部下」の半分は年下、残り半分は年上の社員だ。世間でもブラック認知されている業界なので、多くの女性は耐えきれず、年齢とともに離脱していく。なので業界歴の長い年上の社員たちは、大半が男性だ。

私の年上の「部下」たちは、団塊ジュニアからバブル世代まで。正直なところ、ついこの間まで先輩だった彼らの「上司」として振舞うことに、初めは馴染めず、戸惑っていた。しかし、人間は慣れる。最近は、相手に年長者として一定の敬意を払いつつも、こちらの要求ははっきり伝える「コツ」みたいなものを身に付けた。もちろん、慣れたのは私だけではない。「部下」の方も、自分を追い抜いていった小賢しいブスを「上司」として扱う忍耐を身に付けた。プライドの一部を犠牲にし、会社員として組織の決定に従った。当たり前のようで、なかなか辛い事だったろう。彼らには、その点で感謝している。

問題は、最近加わった「年上の部下」である。「自分より若い女」に追い越されたという実体験を持たずに、女がリーダー組織に後から付け足された若めのオッサンである。彼らは、もれなく「年下の女上司」を舐めている。あからさまな態度でなくても、彼らの潜在意識から「年下女の言う事なんて聞いてられるか」という嘲笑が滲み出してくる。厄介なことに、彼らは女を蔑視しているつもりは全くない。ごく自然に悪意なく「女の言う事に聞く価値はない」という態度を垂れ流してくる。

そんな態度を取られては正直残念だが、業務に支障がないなら私も我慢できる。私のミッションはチームの業績を上げる事だから、多少腹が立つ態度でも、結果を残してくれるのなら何とか目を瞑ろう。しかしながら、「年下の女上司」の忠告を聞かないオッサンは、顧客ニーズを汲み取るのも下手だ。人の言う事も聞かず、人に尋ねることもせず、顧客に的はずれな提案をして白けさせた挙句が「教えてくれないから」とはどういう事か。何か、お前のその下らないプライドを慮って私に上手く立ち回れと言うのか。

まあ、私は業績が大事から上手く立ち回って、オッサンのクソみたいなプライドを真綿に包むようにしておだて、何とか上手くやれるように気を使ってやる。オッサンが私のお陰で上手くやれて、それをあたかも自らの実力と機転かのようにふれて回るのも、黙って生温かく見守る。オッサンが何の役にも立たないプライドをギンギンに膨らませて気持ち良く仕事が出来るように、あくまでも目立たず、さりげなく、頭下げて這いつくばって地ならしをしてやる。

でも、オッサンがニヤついて些細なお手柄に酔ってる間に、彼らには出来ない大胆で繊細な決断を下してビジネスを牽引するのは、オッサンより若くて優秀な女の私だ。奴らより稼いで若手を養い、経営を安定させ、雇用を増やし、業界を良くするのは私だ。

私にとって出世はもはや、ミソジニーに対する復讐みたいなものだ。彼らが絶対に追いつけない所まで行ってやろうと思う。そして、邪魔なだけの彼らのプライドを、いつか根元からへし折ってやりたい。はるか上の方から、小さな石を投げる。石は小さいが、重力で加速し、想像を超えた破壊力生まれる。オッサンプライドに当たると簡単にぽっきりと折れ、オッサンは二度と立ち直れない。そんなシーンが見られる日を楽しみにしている。

2017-06-19

左翼イメージアップに努めろ

ネット右寄りの方が声が大きいかブコメ見始めたのだが、最近劣化というか感情に任せて叩いている人が目立っていて辟易している。

インターネット慣れてない(左翼にとっての)無能な味方がフレンドリーファイアし続けているのも害悪しか言いようがない。

そういうわけでイメージダウンし続けているわけなのだ安部政権の悪行云々言う前に左翼善行を積むべき

民主主義が死んだとかいう前に民主主義を味方にしろ民主主義でいるうちはどれだけ愚かでも世間様は絶対

お前ら全員的外れなんだよ

りりぽん(須藤凛々花)の話題が色々あがってるけどさ、はてなで語られてることなんてどれもこれも的外れなんだよ。

お前らこの騒動以前にりりぽんのことを知ってたか

れんぞくして握手会のレーンに並んだことは?

はるばる往復6時間かけてライブに行ったことはあるか?

全員自分と同じようなおっさん達にもみくちゃにされながら、イェッタイガーを叫んだことはあるのか?

部屋で一人、すがるような気持ち推し選抜入りを祈ったことは?

無い袖を振りに振りながら、何十枚と同じCDジャケットだけは数パターンある)を買ったことは?

いままで無名だった推しが、ちょっとメジャーになって嬉しいような寂しいような気持ちになったことはあるのか?

はてなでは、今までAKBGに全然関心を抱いてこなかったような奴らが見当違いの批判をし、メディアまとめサイト面白いおかしく極端な意見だけを世間に見せる。

俺が言いたいのはたった4文字、たった4文字だけなんだ。

指導者なき表現はこんなもんなのか

しがない漫画描き。

 

自分も一人の表現者として「読者受けが全て」という覚悟はある。

から自分から見てどんなくだらない作品世間の評判を得ようとも、甘んじてその結果は認めるつもりだ。

 

はいえ、あちらこちから流れてくる話題ネット漫画のたぐいを見ていると、どうしても「なんでここまで読み難いものが…」と困惑せざるを得ないときがある。

 

・絵が添え物程度の扱いで、膨大な文字数ネームですべてを説明しているもの

・2コマで十分表現出来る話を無理矢理4コマに引き延ばし、余計な状況描写リアクション主題がぼやけているもの

今日見かけたあるものは「(子供能動的に本を)読む」「(子供に本を)読み聞かせる」というふたつの話をまったく説明なくひとつの「読む」という言葉表現していて、洒落演出のつもりなのかも知れないが、作品の根幹のテーマ理解させたいのか、とんち問答でもさせたいのか、怪しいくらいの難解さとなっていた。

 

どれもこれも、プロ指導者に持ち込めば、いの一番に直せと指摘されるような部分だ。

あるいは、対面で知人などに見せて感想を得たとしても、何人かは読みにくいという指摘を必ずするだろう。

ある意味漫画の「てにをは」だ。

 

しかインターネットの、特にSNSなどで「バズる漫画はどれも大抵こういう、ある種ざつな部分がある。

のみならず、本人が特に問題とは認識していないのだろう。何作も同じような事を繰り返し続ける。

 

理由は多分、SNS作品が「共有」されていく過程にある。

SNS作品を「共有」するのは、その作品で満足した読者であるから、「読みにくい」ところはどうかこうかすでにクリアしてしまっている。

読みにくさにスルーした人は感想なんか書かないし、友人知人がわざわざ「共有」してきた作品ネガティブ感想を敢えてつけるものも居はしまい。

これがブログ自作ホームページにでも上がっているものなら、いくらでもコメントフォーム突っ込みが入るだろう。

2chに関連スレでも立とうものなら、罵詈雑言に混じって必ず読み辛さの指摘は出る。

そしてやはり、昔ながらのやり方で、手渡しで誰かに感想を求めたとしても、SNSほど忖度は働かないだろう。

 

SNS以前の時代他人漫画を読んでもらって感想を貰うという事が、一定数の「わからない」という感想を貰うことと等しかった時代

誰もが「わかる」表現必死模索したし、表現指導をするとはすなわちこれを指摘する事だった。

今やそういう場は、表現者登竜門としてオーソドックスものではなくなってしまった。

 

「きちんとネガティブな指摘を貰う」ということは意外と難しいことなのだ。

他人からネガティブな指摘を貰う事なく、自主的に読みやす表現模索するのは、もっと難しいことなのだろう。

SNS時代には、それでも届く読者には届いてしまうから、それで良いという考えもあっても良いのかも知れない。

「届かない読者に届けてこそ表現では」という思いも自分にはある。

SNS時代表現は、時代を超えて後世に届くのだろうか?

表現とは何か、表現者は何を目指すべきなのか、根底価値観が揺らいでいるのを感じる。

私には 無理だったね 研究室大学院生(字余り)

結論から申し上げますと,就活はもう終わらせられます

内定をいただいたのであとは明日にでも内定承諾書ポスト投函するだけ.

一方で何が起こったかというと学会が飛びました.

これで晴れて僕はノー学会就職失敗.教授からは鬱陶しく思われるゴミ院生です.

やる気?何もないよ.モチベーションなんてどこにもないよ.

なりたいと思っていた自分の姿なんて研究の難しさ,自分の頭の悪さ,能率の悪さの前に全部ふっとんだよ.

とおおおおおおっっくのとうに無くなってた.

一方で色々なことを確実にしっかりこなす,同僚の姿,同期の院生の姿を見て自分を対比して情けなく思うわけだ.

なんていうか,もう研究室来たくないなあ.

何を目標にしてやればいいのかもう分からない.修了を目指す?そんなんもう適当にやってればできるんじゃない,と思えちゃうよね.

就活だって研究だって,なあなあでここまでこれちゃったんだもん.一過性の恥と後から思い出して少しだけ引っかかる後悔を

少しだけ我慢できれば自分はいずれ就職して,お給料貰ってる生活があるんだもん.そう思うようになっちゃったよね.

なにこいつwゴミじゃんwって思う人もいるかもね.

でもたぶんその感覚はもう自分にはないからそういう風に煽られても「何こんな場末まで来てんの?研究しろよw」っていうふうに返すんだと思う.

環境のせいにするな.今までなんの積み重ねもないのはお前のせいだ.」とか言われても脳内でニヤケてるぐらいだもんな.

もう駄目になってるんだよね.教授に少し怒られた所で「喉元過ぎれば熱さ忘れる」の最強の札切ってるから,痛くも痒くもない.

雑魚やんw)って思ってる自分がいるんだよね.いやほんと雑魚だよ自分は.

もう自信なんてないや.スマブラ研究で使ってるプログラムなら同じ学科の奴には負ける気がしないけど,そんなん教授のおっしゃるコミュニケーション能力」の前には全ッッッッぜん関係ないですもんね.ワロス.

いか学部4年で理系院進を考えてるやつに言うぞ,3年間を振り返って,自分に変化が1つでも起こせなかった奴.言われたことしか聞かず単位を取ってきた奴.「真面目」が良さだと思ってる奴.逆にそこそこの変化を経験してここまで来れたと思ってる奴.そこそこの成績でそこそこの楽しさしか経験してこなかった奴.

院進に関してはもう一度よく考えろ.「周りが」「親が」「ネットが」「世間が」「学歴が」の地獄の5段活用判断するのはやめろ.

お前自身問題だぞ.自分にできること,自分にできないこと,そういう向き不向きは誰にも必ずある.そしてそれは多くの場合変わらないし変えようと思っても大抵手遅れだ.

辞めること,逃げることは恥じゃない.無知と意地と見栄で突っ込んで時間と金精神をすり減らすなら挑戦なんてしないほうがよっぽど良い.

まあ結局院生にならなくっても就活には失敗してたしセワシ君の言ってた「なるようにしかならない」は経験できたよ.

もう一度言うよ.院生に向いてない奴は確実に一定数いる.院生学生じゃない.お金を払って給料のもらえない大学に通う社会人トイレ光熱費ネット環境,冷暖房書籍ほとんどタダ)で,研究は「仕事」だ.自分はこのコトに気づけ無かった.それが今だ.情けないし,これから生きていく中できっと何度も後悔する.図書館でこれ書いてるけど正直泣きたくなってきた.

自分ブログに書こうと思ったけど,特定されるとなんか恥ずかしいしまだ院には8ヶ月ぐらいはいるしなあなんてまだ今後の生活を考えて割り切れないゴミだ.建設的な考え,失敗から次の方向を決めること,データ客観的な整理,ごちゃごちゃしてきたgithubの整理,汚いデスク

自分理系院生だ.でも,正直もう何もないというかいらん.院生としての実績も,研究室の居場所も,研究方針も.

いか適当研究終わらせて,さっさと研究室引き払って死にたい

あと8ヶ月のモチベーションなんてないって言ったけど,修了していなくなる時,自分の作ったソース自作モジュールクラスNASgithubローカルから全部すっぱ抜いて去るこれだけはやってみたいなあと思ってる.

https://anond.hatelabo.jp/20170619104209

かぐや姫の物語レッドタートルを「やーいジブリのくせにコケコケた」とメディアがはやし立てたりしたのもそういう世間意識によるところがありそう。

映画祭って商業要素の少ない鑑賞会っていう役割ビジネスとしての見本市っていう役割が表裏一体になってるけど、

鑑賞会で褒めてもらったっていうのをビジネス的なセールスポイントにするっていうことに違和感が出てきてるのかもね。

審査員は娯楽作の売り込みをしようと思ってるわけじゃなくて良いと思ったもの推挙してるだけだし。(いろいろあるのかもしれないけど建前ではね)

映画批評がちゃんと機能してれば日本でも他人の推薦するものを見に行くスタイルができてたのかもしれないけど、

批評家が信頼されてないから、なんとなくすごい賞とったか野次馬根性でみんな見に来いみたいなプロモーションなっちゃうんじゃないだろうか。

世界三大ファンタスティック映画祭存在意義をわかってくれる人とか今の日本でそんないないのかもしれない。

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