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はてなキーワード: 普遍的とは

2021-05-16

anond:20210515114659

科学調査というのは明証、分析総合枚挙からなり、合理的批判に耐えられること。

そして、普遍的と言えるのは現代では科学論文誌に投稿して、専門家査読を受けて科学論文誌に掲載されたものある意味最低クラス

パナソニックであろうが査読論文もなしに科学調査というのは通じない。

2021-05-10

anond:20210510043304

人生パートナーがいない人生はあらゆる文化宗教民族においても不幸とされてるから

結婚に相当する文化のない場所なんて見つける方が大変なくらい普遍的なもんだぞ

2021-05-09

コロナウイルス社会的契約の弱さを白日の元に晒し

(2020/04/04 FT)

Covid-19のパンデミックに明るい兆しがあるとすれば、それは偏った社会に一体感をもたらしたことです。しかし、ウイルスやその対策としての経済封鎖は、既存の不平等に光を当て、さらには新たな不平等を生み出すことにもなります病気を克服するだけでなく、すべての国が間もなく直面する大きな試練は、現在共通目的意識危機後の社会形成するかどうかです。西洋指導者たちが大恐慌第二次世界大戦後に学んだように、集団犠牲を求めるためには、すべての人に利益をもたらす社会契約を提供しなければなりません。

今日危機は、多くの豊かな社会がこの理想にどれほど及ばないかを明らかにしていますパンデミックを食い止めるための闘いが、医療システムの準備不足を露呈したのと同様に、政府が大量の破産を食い止め、大量の失業対処しようと必死になっている中で、多くの国の経済のもろさが露呈しています政府は、大量の倒産や大量の失業回避するために奔走しています国民総動員の呼びかけにもかかわらず、私たちは実際には全員一緒にいるわけではありません。

経済の締め付けは、すでに最悪の状況にある人々に最大の犠牲を強いるものです。一夜にして、ホスピタリティレジャー、およびその関連部門で何百万もの雇用生活が失われた一方で、高給取りの知識労働者は、しばしば自宅で仕事をするという迷惑な状況に置かれていますさらに悪いことに、まだ働ける低賃金仕事に就いている人たちは、介護士医療サポートワーカーだけでなく、倉庫作業員配達員、清掃員など、命がけで働いていることが多いのです。

政府による経済への並外れた予算支援は、必要ではあるものの、ある意味では問題悪化させることになります。不規則不安定労働市場の出現を許してきた国では、そのような不安定雇用形態の労働者金融支援提供することが特に難しくなっています。一方、中央銀行による大幅な金融緩和は、資産家を助けます。その背後では、資金不足の公共サービスが、危機管理政策適用という負担の下で軋んでいます

ウイルスとの戦いでは、一部の人利益を得て、他の人が犠牲になっているのです。Covid-19の犠牲者は、圧倒的に高齢者です。しかし、ロックダウンの最大の被害者は、若くて活動的な人々であり、彼らは教育を中断し、貴重な収入放棄することを求められています犠牲はやむを得ないが、国家努力の中で最も重い負担を負っている人々に、どのようにして返還するかを、すべての社会が示さなければなりません。

過去40年間の一般的政策方向性を覆すような、抜本的な改革検討する必要があります政府は、経済においてより積極的役割を果たさなければなりません。政府は、公共サービス負債ではなく投資とみなし、労働市場不安定さを軽減する方法模索しなければいけません。再分配が再び議題となり、高齢者富裕層特権問題となるでしょう。ベーシックインカム富裕層向けの税金など、これまでは風変わりだと思われていた政策検討されなければなりません。

ロックダウン中のビジネス収入を維持するために政府がとっている前例のない措置は、正しく、欧米諸国が70年間経験したことのないような戦時中経済比較されます。この例えは、さら推し進められていきます

戦争に勝った指導者たちは、勝利を待たずにその後の計画を立てました。フランクリン・D・ルーズベルトウィンストン・チャーチルは、1941年に「大西洋憲章」を発表し、国際連合方向性を示しました。イギリスは、1942年普遍的福祉国家を目指す「ベヴァリッジ報告」を発表しました。1944年のブレトウッズ会議では、戦後金融システムが構築されました。これと同じような先見性が今も求められています。真の指導者たちは、公衆衛生上の戦争を超えて、平和を勝ち取るために今すぐ動員するでしょう。

引用元

https://twitter.com/HelenCSullivan/status/1246600170738868225

2021-05-08

anond:20210508101028

わかる

自分も同じような気持ちになる

ハリウッド美男美女が出てくるけど話自体普遍的で、なんならよくある、ありふれた、でも当人たちにとってはかけがえのない人生の一部だった過去の話ってのがとてもいい

2021-05-06

anond:20210506145738

フェミが単なる女権拡大主義者だったら、こちらは見向きもしないよ。

でもフェミ普遍的人権思想を掲げているのだから当然男性だってそれに興味は持つし要求する権利はあるでしょ。

言行不一致は破滅の始まりだよ。

anond:20210506003846

からそういう話じゃねーんだ。

なんか反差別絶対正義みたいに信じてる連中が少なくないけど、反差別が今の絶対的な正義みたいなツラするようなポジションに来たのは、単にそれが資本主義にとって都合が良かったからで、反差別の正しさは天然の信奉者が思うほど絶対的でも普遍的でもないだろ、って話。

anond:20210506001832

反差別が必ずしも間違っていると言うわけではない。

ただ、反差別なんて資本主義にとって都合が良いか祭り上げられてるだけなのに、「差別いくない」を普遍的正義だと信じて疑ってなさそうな人間がわらわらいてウンザリする。

科学技術左派思想について

https://anond.hatelabo.jp/20210504201554

左派政党理念先行型というのが元増田の指摘にあってほんとその通りだと思うが、この原因について自分なりの考えを書いてみた。

まず、左派思想典型的なのは人権、男女同権、貧困対策だと思うんだけど、こうした現代左派理念普遍的絶対的だと多くの左派勘違いしている気がする。

例えば、男女同権なんだけど、もし、現代人がタイムスリップして江戸時代以前で布教するなり活動するなりしてそうした社会が成立するか少し想像してみて欲しい。

産業革命以前の社会に男女同権を持ち込もうとしても無理か無駄で終わると自分は思う。

産業革命以前の工業化機械化されていない社会では人間の筋力が労働力防衛力に直結する訳でそうした社会の元では

男女分業には一定合理性があって、もしかすると当時はそのことがより文明的だったのかもしれない。

現代日本で暮らす我々からすれば許容し難いけれど、今は良くないこととされていることが皮肉にも昔は合理的でよいことがあっても不思議じゃない。

まり女性解放するためには一般女性を目覚めさせるためにも女性の権利の活動家の方々の活躍必要なことは言うまでもないけれど、

やっぱり人間の筋力に依存しない社会全体の技術の発展も同時に必要だったのではないだろうか。

技術の発展は必須というのではなくて、場合によっては理念の実現の難易度を下げてくれる要素もあると思う)

というか、前者ばかりが注目されて後者左派思想家や政治家が語らなさすぎると思う。

これが理念先行型の現状なのではないかと思うがどうだろうか。

男女同権の話だけだとアレなので貧困についても同じだと思う。

江戸時代貧困に比べれば現代日本貧困は随分マシだ。

その原因はもちろん、現代には基本的人権の尊重福祉思想によって弱者救済制度があるからだけれども、

一方でそうした福祉制度として導入したり、運用できるのも社会全体で見たら圧倒的に現代の方が裕福だからというのもあると思う。

「再分配の強化!」に比べれば左派成分は少ないかもしれないけれど、長い目で見たら「皆で豊かになろうぜ!」でもそれなりの貧困対策は見込めるんで

もっと緩く政治家なり活動家なりを支持してもよいように思う。

雑な話なんだけれども、まあ、適当

1.科学技術社会全体を発展させて社会をより裕福にしま

2.より裕福になった分の一部を新たな福祉に使います

3.今まで十分に活躍できなかった弱者層が新たに社会進出します。

(彼らの協力でさら科学技術社会全体を発展させる難易度が下がります

1.最初に戻る

みたいな分かりやす左派の発展モデルを用意すりゃええのにな。

(3は相当に嘘くさいしこれは例えばね)

2021-05-03

anond:20210503234930

「できるけどあえてやらない」にかっこよさを見出すのも普遍的じゃね

anond:20210503234226

童貞は恥ずかしいことでしょ。

これは社会がそう規定しているから恥ずかしいというものではなく、「やりたいけど能力がないために出来ていない」ということを恥だと感じるのは普遍的なことだからこそ恥ずかしいんだよ。

弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしよう」がはてな民の総意

弱者男性はまずクロワッサンを読め。丁寧な暮らしをして、自分の機嫌を取れ。」

絶賛してる多くのはてな民と、ブチギレてる弱者男性擁護派に見事に別れたこ提言

でもこれ冷静に考えると正論なんだよな。珍しくはてな民がマトモなことを言っている。

反発してしまうのもわかるが、全くの正論しか言いようがないのだ。

現代弱者というのは結局の所、自分自分の世話ができないことがストレスとなり

他人リソースを注入せざるを得ないのに加害性が高く、コミュニケーションも高コストになる、というところに本質がある。

おとなしく機嫌の良い弱者ならなんとでもなるが、暴力的で不機嫌な弱者支援しづらく、相互扶助のリターンは小さく、支援者にも避けられ、ますます弱者になっていく。

社会関係資本という最も重要資本を自ら失ってしまう。たとえば公的支援も後回しになり、金銭サービスを受ける際にも追加でコストを取られる。

私的関係なんて当然言うまでもなく壊滅していく。それが弱者たる所以

から、「まず自助努力で丁寧な暮らし自分の機嫌を取れるようになり、そこから支援を受ける」というのは理想的な流れと言える。

ここまではほとんど自明な話だ。

とはいえ、これを弱者に向かって直接いうと当事者や、同情している人々に激怒されるのも確かだ。むしろそれこそが真の問題である

答えはわかっているのに、納得したくないというケースが非常に多い。

最近の別の典型例は車椅子クレーマーで、あれは弱者敵対的コミュニケーションによって周囲に加害していた例だろう。

一般人の反感を買ってますます支援理解を得られなくなるのだが、「あれが戦略的に正しい」という意味不明擁護左派の中で多かった。

もちろんそんなわけないのだが、当事者に寄り添うと、認知が歪んでしまい、客観的物事を見られなくなるのだ。これ自体は仕方がない。一般的な話で、左右の問題ではない。

今回の件で言えば弱者男性擁護派もブチギレていた。全く同様の心の動きだろう。

そこにさらなる正論反論しても、ますますヒートアップするばかりで、納得が得られる可能性は低い。

忠言耳に逆らう、というのは普遍的な話だ。最も重要提言ほど、正面から言うと理解が得られない。


からこそ、様々な弱者に対して「弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしようよ」という正論を投げかけるのは有効だと思う。

障害者マイノリティ弱者男性、いろいろな弱者がいるわけだが、その全てに同情している人間はそれほど多くないだろう。

自分がまったく同情していない、あるいは嫌悪している対象ならば、「弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしよう」という正論合理性簡単理解できると思う。

もちろん同情しているとか、実際に当事者なら怒るだろうが、その場合にはまた別の対象を持ってくればいい。

弱者男性擁護派も他の弱者に対しては同様の論理を持ち出していることは多い。

そこからはじめて繰り返していけば、弱者一般に対しても全く同様の論理が成立することも、最終的にはみな理解できるだろう。

実際に今回、はてな民の大多数は理解できた。地道にやっていくことが大事だ。

そうすればだんだんと加害性の高い弱者が減っていき、協調性の高い社会にたどり着くことができるだろう。

今回の提言は図らずも多くの学びを得られた。


余談だが、以下のような論理は全く空転しているといいたい。

今まで言っていたことと矛盾している人間がいたからといって、今回の反応が間違いだ、というのはレトリックにしてもあまりにも短絡的だ。

しろ、今までが間違っており、今回正しい結論に至ったと見るべきであろう。

https://anond.hatelabo.jp/20210503143456


追記

ブコメに明らかに文意が読み取れていないはてな民が見受けられる。

私は福祉否定しているわけではない。弱者に助けが必要なのはそのとおりだ。読めばわかるだろうが、共助や公助を受ける「ために」自助努力必要だという話をしている。

それが、助けてくれる相手に加害をしないように最低限のセルフケアをする、丁寧な暮らしをする、という今回の提言だろう。

まりこういうことを言いたくはないが、自分が何に賛同して何に反対しているのかぐらい考えてからコメントを書いてほしい。

2021-04-30

anond:20210430122415

なんか久宝留理子の「「男」」みたいで普遍的すぎて言われても麻痺しちゃった感ある

2021-04-23

anond:20210423151119

政界に巣食う女性優遇男性差別について記す。

政治好きには元来男性が多く、従って政治家界隈の代議士にも男性が多い。そこに近年のジェンダーレスの流れが来ており、「男性が多いのは女性差別である」という号令の元、女性優遇文化跋扈している。

女性というだけで当選されるし、評価も甘い。これは特定自治体だけでなく普遍的に発生しており、「同じ能力なら男性より女性」という事態が発生している。

当然実害も発生している。有名所では国政政党のうちの一政党が、とある有名第三セクター担当者女性代議士アサインした。この女性代議士政策立案能力は高くないことは国会図書館の憲政資料などから明らかだった。にもかかわらず「我々の政党女性代議士活躍しています」というアピールのため有名第三セクター担当者になり、その第三セクターは目も当てられない品質になった。公に語られることは少ないがこの一件はハイレベル代議士の中で「性別ではなく能力優遇すべき」と思わせる一件となった。

男性限定弁論大会」「男性のためのキャリア相談会」のようなものはまず無いし、そんなものを開催するとなったらバッシングされるだろう。しかしそれらの女性版は実在する。明確な性別による区別政界には存在している。そのように人を性別区分けをしていながら、もう一枚の舌で「私たちジェンダーによる差別が無い世界を目指しています」と言うわけである。何が何やらわからない。

日本のみならず世界的に自由主義陣営リベラル思想の人々が多い政界とされている。それは体感的にもその通りなので、ここではこれを真として扱う。だからこの政界男性含めほとんどの人々は性差別を無くそうと本気で考えている。しか女性女性であることの権利を活かし「女性限定○○を開催しよう」と言うし、能力を棚上げして男女比を50:50に持っていくために「女性採用しよう」と言うし、男性代議士も協力して稼いだお金を「女性支援団体寄付しよう」と言うわけである。これに反対すると「男性はこれだから」「女性差別主義者」「保守思想」といったレッテルを貼られてしまう。だから誰も女性優遇措置には反対できない状況が続いている。

我々男性代議士が望むのは、性別によって優遇不遇されることが無い世界である性別に関わらず能力が優れた人が高い給料をもらい、昇進する世界を求めている。しか実態はその真逆を行っており、ジェンダーギャップの少ない世界にしようと声高に叫ぶ人たちが女性優遇をしているのである

皮肉ってわかってるか?

IT界に蔓延女性優遇について

IT業界に巣食う女性優遇男性差別について記す。

コンピュータ好きには元来男性が多く、従ってIT界隈の技術職にも男性が多い。そこに近年のジェンダーレスの流れが来ており、「男性が多いのは女性差別である」という号令の元、女性優遇文化跋扈している。

女性というだけで採用されるし、評価も甘い。これは特定企業だけでなく普遍的に発生しており、「同じ能力なら男性より女性」という事態が発生している。

当然実害も発生している。有名所ではGAFAMのうちの一社が、とある有名OSS担当者女性エンジニアアサインした。この女性エンジニアエンジニアリング能力は高くないことはGitHub履歴などから明らかだった。にもかかわらず「弊社は女性エンジニア活躍しています」というアピールのため有名OSS担当者になり、そのOSSは目も当てられない品質になった。公に語られることは少ないがこの一件はハイレベルエンジニアの中で「性別ではなく能力優遇すべき」と思わせる一件となった。

男性限定プログラミングコンテスト」「男性のためのキャリア相談会」のようなものはまず無いし、そんなものを開催するとなったらバッシングされるだろう。しかしそれらの女性版は実在する。明確な性別による区別IT業界には存在している。そのように人を性別区分けをしていながら、もう一枚の舌で「私たちジェンダーによる差別が無い世界を目指しています」と言うわけである。何が何やらわからない。

日本のみならず世界的にIT業界リベラル思想の人々が多い業界とされている。それは体感的にもその通りなので、ここではこれを真として扱う。だからこの業界男性含めほとんどの人々は性差別を無くそうと本気で考えている。しか女性女性であることの権利を活かし「女性限定○○を開催しよう」と言うし、能力を棚上げして男女比を50:50に持っていくために「女性採用しよう」と言うし、男性エンジニアも協力して稼いだお金を「女性支援団体寄付しよう」と言うわけである。これに反対すると「男性はこれだから」「女性差別主義者」「保守思想」といったレッテルを貼られてしまう。だから誰も女性優遇措置には反対できない状況が続いている。

我々男性エンジニアが望むのは、性別によって優遇不遇されることが無い世界である性別に関わらず能力が優れた人が高い給料をもらい、昇進する世界を求めている。しか実態はその真逆を行っており、ジェンダーギャップの少ない世界にしようと声高に叫ぶ人たちが女性優遇をしているのである

追記

話を理解してない人が多くて困る。男性優遇されてる会社時代ではあることは認めるよ。

からといって男性差別したらダメでしょう。我々は平等社会を追求すべきであって、

男性優遇されてたから不遇な目に遭うべき」のような理屈は通らない。

現に俺は女性優遇な今の環境において不幸な目にあってる。

それは都合が悪いか無視か?弱者男性の声は聞くに値しないのか?

お前らの正義感は歪んでる。

追記2】

なぜかちょまど氏と断定してるブコメがありますが、違います

2021-04-22

偏差値60のそこそこ上手くいく人生の果てに、つまら大人になりそう

合法的自分語りをしてもいい場所だと聞き、俺のことをまったく知らん他人自分人生を見てどう思うか気になったので、初めてこの場を借りてこんなのを書いてます。そういうつもりは毛頭ないんだけど自虐風の自慢みたいな話にガチギレして憤死しちゃうような方は自衛してくれ。

まず現状。

マーチ下位レベル大学3月卒業したばかり。就活はかなり上手く行った方だと思う。大手優良企業代表格みたいな大企業から内定をもらい無事就職、このまえ初任給を受け取ったぐらい。同期は数百人いて、大半は顔も名前わからん大手特有のアホみたいな福利厚生で、自己負担3万でそこそこの広さで一人暮らしを始めた。

続いて今までの話。

まれも育ちも東京。両親メガバン銀行員のクソお堅い家庭に生まれ幼稚園小学校と社宅住み。きょうだいは姉1人。チビのころはセミ取りとかが好きなヤンチャで割とクソガキだったと思う。ただ環境的に中学受験者がほぼいなかったのもあって勉強小学校の中ではたぶん一番か二番ぐらいには出来てた。中学受験にてそこそこ東大を出す私立中高一貫男子校合格偏差値59〜63ぐらいでイメージしてもらえれば。

特筆すべきこととしては、小3で父親が急死。急な心停止=ほぼ原因不明みたいな感じ。母親曰くほとんどそんなことは今までなかったらしいんだけど、前日クソ酔っ払って帰ってきて、朝にはもう亡くなってたらしい。その日の朝は寝てると思って誰も気付くことな小学校に行ってたけどね。

続いて小6の終わりごろ父親の働いてた銀行の社宅を出て近くに戸建てを立てる。人生初の引っ越し。推測でしかないが、たぶん総額1.2億ぐらいはかかってる。遺族年金とかそれまでの積み立てとか諸々を合わせてキャッシュ一括ノーローンとかいうおよそ母子家庭とは思えないイかれた家の買い方をしたうちの母親の度胸は素直に尊敬する。そのあと生活が苦しいとかもなく、流石にFP2級とか持ってるだけあるわとかは思う。

割と余談だけど、それだけの貯蓄があったこととか葬式の名簿とかみる限りはうちの父親は社内でもかなり強烈に優秀だったっぽい。今となってはいなくなってからの方が長いもんだから他人感すげえんだけど。

続いて中高時代

通ったことある人は割と同意を得られると思うんだけど、中堅進学校って上と下の能力差がすごい。俺は勉強は嫌いだったから下から数えた方が早いような落ちこぼれ一歩手前といった立ち位置

上を見るとほんとにイかれた連中で、俺はここで本当にすげえやつってのは世の中にいるんだなと体に刻み込んだね。真面目なだけで東大に行く奴ももちろん中にはいるけど、その上に狂気的な勉強マシーンとか、スーパーハイスペックの頭おかしい奴(だいたいギャグ方向におもろい)とか、そんな連中も普通に生息してるような環境

これは普遍的にそうだと言えるのかはよくわからんけど、面白いのがそういう連中と俺みたいな勉強できない層が普通に仲良くよろしくやっていられる環境だったってとこ。だから勉強できるやつに僻みとか覚えたことは一度もないし、まあアイツらはちょっと普通じゃないから追いつけんわとか勝手に思ってた。

一度もないはウソだわ。テスト前は僻んでたような気がする。

そんな環境で6年間過ごした。男子校はアホすぎておもろい。二度目があったら通わないけどな。大学受験は私文志望でやる気はあんまりなかったけど、流石に3年の12月ごろにケツに火がついて、第一志望ではないものマーチの下位学部合格し進学。

周りの進学実績は東大とかの国公立15%、早慶55%、マーチ15%、あとはほぼ浪人みたいなイメージ体感いか勉強せずにそこそこいい学歴をつけるかをだいじにしてたもんで学歴コンプはなし。そもそも早慶受けてないし。

薄々気づいてるかもしれないけど、あんまり努力をしないでここまできた。要するにペラ人間が出来上がりつつある。これ、実はもうちょっとだけ続くんじゃ。

大学時代

基本的に私文は大学に行かないみたいな都市伝説があるらしいけど、普通に2/3は出席しないと単位くれない授業が多いもんでわりと大学には行ってた。サークルガチャには成功し、割と力を入れて色々やったりしながら入り浸っていたのもある。もともとあんまり母親とは考え方が合わなくてあまりきじゃなかったこともあって平日はほぼ大学にいて、休日は家にいるみたいなスケジュール多め。例のウイルス流行る3年生まではだけど。

就活ES四通しかさない最強のコスパ就活になった。内定二つに一つ選考辞退、一個webテストでお祈り。落ちたところは第二志望だったしその時点で一個内定持ってたか別に気にはならなかったけど、どうせなら全部通ってたほうが話のタネになんのになあとか今でも思ってる。

最終的に決めた企業経団連ルールを遵守して6月から選考が本格スタートするところ。これだけで特定されたらちょっとやだな。

ES添削だけ同業に入った先輩にお願いした以外は特別なことはなんにもしてない。面接対策特にしなかった。面接官と雑談してたら選考が進んだって感じ。正直自分スペックでは受かる訳ないと思っていたので流石に内定もらった時は驚いた。母親自分の100倍ぐらい喜んでいたので、それを見てちょっと冷めた。顔も知らない奴に優しくするつもりもないんで譲ってやりたいとかは無いけど、流石に俺が受かってる裏で超真面目にOB訪問とかしてるような層も含めて万単位学生がお祈りもらってると思うとごめんなって気もする。

長くなって申し訳ない。で、無事に実家も出て、一人暮らしをする1人の大人デビューをしたというのが現在までの人生の経緯。

ここから会社の話。

ほぼ全部の企業がそうだろうけど、絶賛研修間中

全員を観察したわけじゃないから一概にそうだと括るのも流石に雑かなとも思うけど、ずいぶん人気企業として名を馳せている割には、面白い人間はいなさそうだなというのが正直な感想。もちろん自分のことは棚にあげてます。この会社にいるのはお勉強のできそうなマジメちゃんか、要領が良くてなんでも70点出せるようなタイプ。悪く言えばクソ真面目なやつと薄っぺらい奴だけ。

中高時代にいたようなイかれた連中はここにはいない。国内トップレベル大手にいないんだから、たぶんそういう奴は別のキャリアを歩んでるんだろうなと思う。

ふと自分に立ち返って考えると、自分だってその一員だということに気づく。人生経歴から言ってどちらかと言えば比較的要領がいいペラペラ層にあたるようで、自分が嫌いな"つまんねえ大人"にどうやらなってそうだという気づきがここ最近自分トレンドです。

ガキの頃は置いておくとして、中高時代学校に行けば何かしら面白いことは起きたし、大学時代サークルにそこそこ心血を注いできたからやることに困ることなんてなかった。

今、社会人になって、俺は何をする人間なのかが分からなくなりつつある。仕事して、寝て、休みの日にはダラけてるだけって虚無じゃね???あれ???

と、思ってクソ長い自分語りをしてみた。ここまで読んでくれた暇な人、ありがとう。今後の生き方の参考になりそうならするので、悪口でもなんでもいいんでこういう人生感想を残していってくれると嬉しい。

2021-04-21

anond:20210421163946

マナーとかの範囲で嘘をつくことを卑しいって言えちゃうのってめちゃくちゃ尊大だとおもうよ

嘘も方便であることは仏教なんかでも説かれている普遍的常識からおぼえておきなね

2021-04-20

anond:20210420094344

あい事象自体普遍的存在するけど、そういう相手とは一緒に楽しめる遊びをしたら良いだけだと思うわ。

アレを書いた本人に侮蔑的思考があってそういう書き方をしてることが邪悪だと思うわ。

2021-04-18

エヴァンゲリオンを乗り越えて、あるいはその手前で

 お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ。という言葉が、自分身体を上から下に駆け抜け、僕はそれで、頭から血が抜けていったように感じた。その言葉は、ある意味では間違っていなかった。けれど、間違っているといえば、全面的に間違っていた。

 目を凝らしても見えてくるのはパソコンの画面と荒れ果てた部屋しかない。右手の小指と薬指がその付け根にかけて少し痺れている。特にキーを叩いていたわけではない。パソコンの画面をつけて、何をしようかと思っていただけだ。すると、僕に言葉がやってきた。それは僕が望んだ言葉ではなかった。この暗い部屋は、僕が望んで生まれものだった。この荒れ果てた部屋は、僕がどうしてか生み出したものだった。あの言葉は、ただ、とても嫌いな言葉だった。

 望む、望まないなんてことを考えたことはほとんどなかった。あるといえば、望まないことばかりだ。いろんなことが嫌だ。特に、望むことは何よりも嫌だ。自分が何かを望んでいると思うだけで気分が悪くなってくる。自分が何かを望まなければ生きていけないのだとしたら、死にたくなる。何も望みたくない。何も望まれたくない。そうして僕はこの場所を作った。僕が今望んでいること? それには答えられない。ただ一本の煙草が吸えたらいいと思っているだけだ。それが望みなんて大きなものに含まれるのだとしたら、今すぐにでも僕は首を吊ってやる。セブンスターソフトは残りわずかだ。一本取り出して、口に咥えた。火を付けずにパソコンの画面を見た。

 さっきまではTwitterホームが映っていたが、僕はもう少し孤独になりたくて、ウインドウを閉じた。デスクトップ画面には、雑多なファイルが、まるでこの部屋みたいな雑駁さで並んでいる。それの後ろには描かれた美少女アニメ美少女なのかどうかはわからない。インターネットで見つけた、絵の美少女だ)が憂鬱げに体育座りをしている。彼女右手には安全剃刀が持たされている。左腕にリストカットの痕はない。安全剃刀は文字通り安全なのだ少女の足元には薬瓶が転がっていて、その転がる移動を堰き止めるように、本が置いてある。フェルナンド・ペソアの本らしい。表紙の白い部分には血痕のようなものが伸びている。

 灰を落としてみると、煙草の1/3はなくなっていた。僕は考えごとをする前に、なにかと準備運動必要みたいだ。考えるべきことというのは、僕の身体を駆け抜けて行った言葉についてだ。

 僕は「望む」なんていう大掛かりなものが嫌いだ。望むとも、望まざるとも、嫌いなものは嫌いだ。だが、そこにばかり注目していては次の文がわからない。次に進む。すると、それがあらわれているという。

 それがあらわれている。それはお前が望んだものだ。

 というのであれば、僕はわかるような気がする。まずはじめに「あらわれ」があって、その説明、あるいは定義けがされる。これは、わかる。あると思う。いや、あるべきなのだ自分がいまどうして存在しているか? こうして暗い部屋で、食事に使って洗わないままで転がっている食器や、ゴミの類いが転がっている、この雨戸が閉められた部屋で、僕の身体は、パソコンは、煙草は、まず、「ある」。そして僕がその「あらわれ」を何らかの形で受け取る。受け取ったものには、それ相応の制限がある。それが説明であり、定義でもある。こうして抽象化すれば、わかる話だ。話がわからなくなっているのは、そこに「望む」という言葉が出てきているからだ。煙草を灰皿にすりつぶした。

「こうしていても埒があかない」

 そう呟いた。こう言ったところで、あの言葉が離れていくわけでもなく、これから行動をとったところで、あの言葉が離れていくわけではないだろう。精々気晴らしにはなるだろうが、自分の中にある嫌悪感がぢくぢくと膨れていくか、いつの間にか消滅しているか、そのどちらかだ。経験的に、後者の方がよくあることだ。いつの間にか消滅するには、原理的に時間必要から

 家を出ると小雨が降っていた。庇の外に左手をかざすと、ほんとうに細やかに、少ない量の水が手のひらに当たった。深い青空全国的に深夜であることを告げていた。振り返って家に鍵をかけてから、僕は肺にあるどんよりした空気を深い青の空気と入れ替えた。まるで僕の肺が一つの世界になっているみたいに青い深夜だった。その世界は二つあった。そのうちのどちらかに、隣部屋のお風呂匂いが流れ込んできた。歩き出した。傘はいらないだろう。煙草お菓子を買ってくるだけだ。

 思った通り、雨ざらし階段はそれほど濡れていなかった。足を滑らせる心配はなさそうだし、きっと降りはじめてすぐなんだろう。階段を降っていくと、

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ」

 という、声がした。言葉ではなく、声がしたのだ。階段を降りている感覚が薄れて、ゲシュタルト崩壊してしまった。階段構成する線と線の繋がり、それがなす直角と、段差、線の全てが空白もしくは混沌世界に放り込まれた。ポケットに入れていた鍵は、僕の拳から飛び出すことなく、音を立てることもなかった。目を閉じた。「うわあ」と思った、その頃にはもうすでに階段の一番下まで辿り着いていた。でも服は汚れてしまった。階段から転げ落ちたのだ。頭の裏、腕の曲がらないところ、脚の曲がるところ、何より腰が傷んだ。それから遅れて左手に妙な感覚があった。座り込んだまま、左手を開いてみると、家の鍵を強く握りすぎたからか血が出ていた。鍵に何かキーホルダーをつけていたわけではないから、純粋に鍵で傷ついたのだ。親指の付け根に小さな切り傷が付いていた。思ったより血が出てくる。なんとなく、右の人差し指中指でそれを拭い、右の頬に付けてみた。この、なんとなくの一連の動きは、シネマスコープの中に映し出されているといいな、と思った。身体中が痛かったけど、おもしろかったから、よかった。僕は立ち上がることにした。雨は本当に少しだけ降っている。

 ここからコンビニに行こうとしている。それなりに汚れてしまったが、仕方がない。自転車を見た。自転車に乗って行こうか、いや、この程度の濡れ具合で滑って転んだのだ(たとえ変な声が聞こえてしまたからといえど。またあの変な声が聞こえないとも限らない)、大事をとって、あと気晴らしのために歩いていくことにしよう。自転車を金網越しに見た。僕は歩いてコンビニに向かう。決めたからだ。ぶらぶらさせていた右手を鼻の前にかざして、匂いを嗅いだ。鉄くさく、砂っぽかった。これでコンビニに向かおうとしているのだから、笑えてくる。いや、これは気晴らしにすぎない。コンビニ店員も、適当事情を察してくれるだろう。コンビニ店員は本当に飲み込みが早いから、わかってくれるはずだ。

 そんなことを考えていると、下には列車が通る小さな橋に辿り着いた。水色の塗装ははげかけているが、子供が手すりで遊んでいて怪我をするほどではない。おしゃれみたいに朽ちている。その下では電車が通る。橋の真ん中に辿り着いて、ここから落ちたら死んじゃうだろうと思った。いや、生きちゃう? 電圧注意と書いてあるから、落下して骨が折れたり、死んじゃう前にびりびりっと身体破壊されてしまうかもしれない。それにいま僕は濡れている。電気はよく通ることだろう。でも、痛そうだ。さっきの落下でさえ痛く、血を流してしまったのだ。僕というのは風船みたいに壊れてしまときには、弾けるように壊れてしまう。そして、壊れてしまうと、びっくりするし、うるさい。毎度この橋を通るとこんなことを考える。死ぬことはないだろうとは思うが、死んでいいかもしれないと思う。そして、橋の真ん中で線路を眺めるのをやめ、先に進もうと体勢を変えると、昼間子供達がよく遊んでいる公園が見えてくる。深夜の公園だ。いやらしいことを考えないわけではない。でも、重要なのは、いやらしいことを考えたその時には、もうすでに水色の手すりから離れて、コンビニに向かって歩きはじめていることだ。

 公園に面した道路を進むとコンビニがある。だからコンビニに向かうまで、橋の上、橋の下り、道路、と少なくとも三つの視点から公園を眺めることになる。意図して見ないときもあるが、この場所から見た公園をその時に考えてしまっているから、大体いつもみているようなものだ。道路に面している側には遊具はない。公衆トイレがあって、それを二本程度の灯りが照らしている。公衆トイレほとんど立方体の形になっていて、二つの光源から伸びるそれの姿は、三つの視点、どこからみても美しい。道路から見たとき前景に公衆トイレがあると、その後景にブランコがあって、その間くらいに滑り台がある。ジャングルジム砂場公衆トイレに隠れてしまう。

 今日こうして家を出てきて、コンビニに向かっているのだけれど、いつもは見かけない、変な影が三つの視点全てにあらわれているのを見た。人影というには小さく、あまり動いていない。でも横に長いわけではないから、犬や猫の類いではないと思われる。霊でも無さそうだ。霊に影があったら、僕はその霊と仲良くできるだろう。

 よくわからないその影は少し揺れているだけで、歩いたりしている様子ではない。ブランコ周辺でただ揺れている。こういうのはあまりない。不審な影を見かけることはよくあるが、それはその人物不審から影も不審に見えるのであって、影が独立して変な雰囲気を纏っているのはなかなかない。それに、徹底して影の主が見えてこないというのも、変な話だ。影しか見えない。特に怖がることはなかったが、

「変だなあ」とは思っていた。そのまま、コンビニへ向かった。

 その前に、円柱状の灰皿に吸い寄せられていった。右ポケットには忘れずにセブンスターソフトと、ジェットライターが入っている。ジェットライターは素晴らしい。片手で着火できるというだけで、なんだかカッコいい感じがする。喫煙にかっこよさを求めたことはないけれど。客観的にそう思う。絵になるというか。

 セブンスターを咥えて、右ポケットからジェットライターを取り出して、先端に火を付ける。ゆっくり吸う。強く吸うと美味しくない。けれど今は若干の湿気があるから、どちらにしろ美味しいのかもしれない。

 煙草を吸っていると、気分がいい。家から出てすぐ深夜の空気を吸ったように、身体の中の空気を違う空気で入れ替えているように感じる。手軽に自由を手に入れてるような気がする。これが自分の望んだものなのだと言われたら、認めてしまうかもしれない。この一本の煙草が僕の自由に繋がっているなんて、ちょっと詩的だ。けれど……

 お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ。

 これはどういうことだったんだろう。

 こと?

 あれははじめ、「言葉」として僕の身体に降りかかってきた。「言葉」が身体を貫くような感覚は、実はよくあることでもある。だからそれはいい。問題はその「言葉」が「声」になって聞こえてしまったということだ。「声」になって聞こえたということは、誰かがそれを喋ったのだ。あのとき、僕の近くには誰もいなかったから、僕の「言葉」が「声」に聞こえてしまった(?)ということなのかもしれない。つまり幻聴のようなものだ。幻聴ということは、幻? 幻には思えなかった。なぜなら、まずはじめに「言葉」が降りかかってきたからだ。幻にふさわしいのは、何の予兆もなく、何の脈絡もない「声」が聞こえてくるということではないのだろうか。あるいは、僕を貫いた「言葉」は「幻の声」を予知していた、とか。ファンタジーじみてきた。同時に自分精神的におかしいと思われる(思われてしまう)ことを毛嫌いしていることに気づいた。言葉に則して物事判断している。まるで、そうしないと生きていけないように。セブンスターは半分になっている。そうしないと生きていけないということは、僕は「言葉に則して物事判断することを望んでいる」のかもしれない。それのあらわれとして、部屋があんなことになっているのかもしれない。数日間シャワーの浴びていない自分がいるのかもしれない。言葉に則して物事判断することを望むというのは、ここまで代償が必要なんだな、とひとりごちて、笑った。口から煙草の煙が飛び出た。

 コンビニでは煙草お菓子を買った。煙草はいものセブンスターお菓子適当チョコ、なんだか寝付きが良くなるらしいチョコがあったからそれと、イカのゲソを買った。ゲソを買うとビールに手を伸ばしそうになる。でも僕はビールはあまり好きではないから、好きなのはゲソとビールという組み合わせだけだから、やめることにする。結構そこで戸惑う。けど、ビール自分には必要のないものだ。煙草チョコイカのゲソは、自分必要ものだ。

 帰り道、公園が見えてきた。あの影はまだ居るだろうか? 僕としてはいないほうがいい。帰りは行きと違って、目に入ってくる視点が二つなくなっているからだ。橋の下りと、橋の上では、振り返らない限り公園の姿を捉えることができない。公園の姿を素で確認できるのは、今、この公園に面した道路でだけなのだ。だからこそ、ここでしっかりと、あの影がまだ居るかどうかを確かめ必要がある。そうしないと、公園を背にしてからが怖い。

 立方体公衆トイレが二つの光源に照らされて伸びる影の先には、ジャングルジムがあり、わずかながらジャングルジムの影も砂場に広がっている。幾何学的な影は、砂場の凹凸に習って、あまりユークリッド幾何的ではない形になっている。ブランコにはあの小さな影はなく、滑り台にも影はない。灌木を含め、公園全体を見渡してもあの小さく、揺れていた影は見当たらなかった。僕は一安心して、煙草を口に咥えた。少しだけ、雨が強くなってきた。火をつける。

 とりあえずは安心てところだろう。もともと霊とかは考えていなかったから、特に恐れることはなかったのだけれど、一応だ、一応の確認必要だと思ってだ。それから公園から目を離して歩いてみた。なぜかまた右手の小指と薬指が痺れてきた。コンビニで買ったもの左手で持っている。右手煙草を吸うために放っている。それにしてもあの影はなんだったんだろう。影があるのだから、影の主はいるのだろうが、僕はそれを見ることができなかった。するとやはり、影は独立したまま存在し続けるのかもしれない。僕の中でも。世界の中でも。

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ」

 という声があらわしていたものは、僕の考えていたように、ものごとの素朴な存在を認めろ、ということなのかもしれない。だからこそ、影にはその元があるとは考えなくて良いし、「声」のものも、「言葉」のように独立したツールとして、その元を探る必要はないのかもしれない。だが。

 そうしたことを伝えるのであれば、やはり「言葉」に留めておくべきではなかったのだろうか? 「声」でこのことを伝えるというのは、そのもの矛盾しているからだ。通常のものの考え方ではたどり着くことができない。「声」には人を必要とするという考えは、どれだけ複雑な回路図だったとしても、確かなものからだ。僕はそう思う。「声」独立して、僕に警鐘を鳴らしていたというのは、考えられない上に、警鐘ですらない。現状の説明を、何か「声」を使って説明する必要はどこにあったのだろう。必要? では「言葉」で表す必要はどこにあるのだろう。普遍的で、使いやすいのがキーなのだろうか。それが必然に関わっているのか。でも、こうしてみると「声」も「言葉」も大差ないように思える。すると、なぜはじめに「言葉」があり「声」が生まれたのか、が問題なのかもしれない。僕はあの言葉から逃れられていない。いまだに考え続けている。もうすぐ橋を渡り終えるというのに、家に帰ってもずっと考えてしまうのだろうか。橋の下階段に足を付けると、

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ!」

 明らかに声がした。それもあのときに感じた「声」ではなく、方角があり、ちゃんとした輪郭を持った声だった。だが、どこか浮世離れしている。それでも僕はびっくりした。何しろ深夜なのだ。僕は振り返った拍子に咥えていた煙草を落としてしまった。湿っていた地面に落ち、火が鎮む音がした。そこから煙が立ちのぼった。雨が止んでいた。

「お前がどう考えても何も変わらないが、お前はなぜか望むことができる。お前はそれを否定しているだろうが、それは、お前が望むことができてしまうことに勘づいていたからだ」

 橋を上ってくる音が聞こえる。人にしては軽い音だ。

「お前が何かを望んでいたとしても、それが叶うことはまれだ。まれということは、叶うこともある。お前はそういう能力を持っているのだ」

 橋の上に立って僕を心持ち見下してきたのは、高校一年生くらいの少女だった。それにしては身長が小さいし、逆光だからか影しかみえない。

 僕は思ったことを言った。

「でもそれって、僕以外の人にも言えることじゃないですか?」

 なぜか敬語が出た。

「そうなの?」

「たぶん」

 影の少女はため息をついた。マジで……と呟いていた。僕は聞き逃さなかった。

「お前が考えていることは、実は大切なことだ。これ以上ないくら大切なことだ。あまりそういうことを考える人はいない」

「そうなんですか。ちょっと煙草吸ってもいいですか」

わたしにもくれ」

 それにしてもこいつはなんなのだろうか。深夜に高校一年生くらいの少女と一緒にいて、通報とかされないのだろうか。僕は影の少女煙草を渡すために近づいたが、影の少女は、「少女」になることはなく、影の少女を保っていた。なんなのだろう?

ありがとう今日煙草が美味しい日だ。君が思ったことだよ」

「そうだったかもしれませんね」

「だが、お前には足りないものがある」

「なんでしょうか?」

 そこで少女は本当に長く時間をあけて、煙草を吸った。とても長い時間だったが、次に出てくる言葉がわからなかったから、僕は待っているという気分ではなかった。僕も僕で煙草を吸っていたのだ。

「お前は実は求められて、存在している」

「え?」

「お前はそれを拒絶している」

「そうかもしれませんが……」

「お前は求められているから、存在しているのだ。お前が求められなくなったら、存在しなくなる。死ぬとはまた違ったものなのだがな」

わたしはお前に求められて存在した。類を見ないほどひねくれたやり口だったがな」

 そういって影の少女は僕の手を取った。左手の血は止まっていて、傷になっていた。影の少女が、その手をぎゅっと握ると、傷はなくなった。影の少女は、影の少女にふさわしく、とても冷たい手をしていた。

「お前の考えていることは基本的に正しい。が、まずい考えでもある。それを警告しに来た。お前には知ってもらうことがひとつだけある。そのために来た」

 そう言うと、影の少女は地平線の向こう側に指を差した。何も見えない、と言うと、耳を澄ませ、と言われた。それに従って耳を澄ませていると、軽く、高いが地鳴りのような音が聞こえてきた。信じられないだろうが、線路中に列車が猛スピードで走ってきている。どの列車も見たことがない。ここは新幹線は通ってないだろうが、新幹線と同じくらいのスピードで走っている。だからか、電車にも見えない。謎の列車が猛スピードこちらに走ってきている。深夜なのに。どういうことなのだろうか。

「お前に足りないものは」

 影の少女は、橋の手すりに立った。そこで、影の少女少女になった。制服を着ていた。白いパンツが見えた。胸は小さく、確かにあった。ショートヘアだった。見覚えのある子だった。だが、会ったことはない。会ったことはないが、見覚えのある子だった。可愛い少女煙草を咥えたままだった。

 夜が静まりかえっていた。少女が決然と橋の手すりに立って僕を見下しながらも、夜空にはたくさんの星がきらめいていた。青い深夜は地平線見渡す限りに広がっていた。少女は僕を哀れむように見ていた。空間が張り詰めていた。それを揺らす列車の轟音。少女がふらっと動いた。

「圧倒的な喪失だ」

 制服少女は橋を飛び降りた。少女が地面にたどり着くころに、列車は飛び込んできた。衝突する。血が流される。さっきまで話していたあの謎の影は少女で、彼女飛び降り自殺をした。僕が手を伸ばした時点で、少女は見えなくなっていた。なにもかもわけがからない。僕は止められたかもしれなかったのに、影の少女から少女になったところで驚いて、何もできなかった。もしかしたら、なにもするべきではなかったのかもしれない。彼女は僕が求めたか存在したのだ。だが、彼女は自ら消滅することになった。ということは僕は彼女自殺を願ったのだろうか。彼女 Permalink | 記事への反応(0) | 11:49

2021-04-17

進学校はいじめってないの?

偏差値高い学校に行ったことないかいじめってのは普遍的存在するものだと思ってた。

それは学校にとどまら仕事場でも同じだと思ってた。

しかしたら世の中には人が集まっているにもかかわらずいじめ存在しない場所もあるのだろうか。

教えてください真実を。

anond:20210417120839

そういう建前はみなさん好きだけど、普遍的感覚として残り続けるんじゃないかと思ってる。

女が下方婚してないように。

アンガマネージメントとか大げさに横文字でいうが、

要するに「忘れること」か「許すこと」のふたつだ。

 

忘れること、というのは瞑想代表される訓練により養われる。

主に、瞬間的な怒りに対処する方法だ。

怒ったな、と自分感情をいち早く察知する。

瞑想による訓練によって、感情普遍的ものではないと承知できていれば、その怒りを消去することが出来る。

怒っても、素早く忘れてしまえば、その怒りはなかったことになるという技術だ。

これは訓練によって上達する。

キレてしま自分に嫌気がさしている人は習得を目指して欲しい。

ただ始めて半年でなんとかなるとかいものではないから長い目で習得を目指す覚悟ができてからね。

 

許すこと、というのは忘れることが出来ない怒りであるとか恨みとか、長期化した怒りを消去する技術だ。

これは訓練すること出来るのかな?

歳を取ることは、これを助けることになるかもしれない。

あとは文学とか映画を見るなどの視点多様性自分に取り入れることだろうか?

許すことさえ出来るのなら、アンガーは消える。

それが出来ないから苦労するのだろうけれど。

でも許してしまえば、楽になるよ。本当に。

2021-04-15

anond:20210415001514

もうちょっと生存バイアスとか

圧縮された普遍的言語を使ってくれないと

からないや

それにアルゴリズム計算量や

アプローチの仕方、努力定義

(ここでは動く時間を示している)

とかね

2021-04-12

anond:20210412012918

つーか、今時物理の「エロ本」を買う子供なんているの?

大昔の話が未だに当てはまると思っているオッサン

そもそもエロ本を机の上に置く母親」って普遍的ものなの?

この行いを男女逆転させた場合父親が娘のベッドの下に隠してあったティーン向けのエロ本を机に並べるという事になるが

そもそも娘の部屋を掃除する父親なんてものがほぼいないだろ

掃除母親仕事となっているから、母親がベッドの下を掃除するのに邪魔な本を出してるだけ

なので根本的には「自分の部屋くらい自分掃除しろ」で終わる話

2021-04-10

あの日見たメニューの正体を俺はまだ知らない

ちょうど20年前ぐらいになるだろうか。

地方大学生だった俺はこれといった夢や目標を持たず、うだつの上がらない日々を過ごしては悶々としていた。

そんな俺の密かな楽しみは、バイト給料が出た日の帰り道。

いつも降りる駅のいくつか手前で下車すると、目に入った古臭い食堂で好きなだけ飲み食いする。

これだけのことだが、たまに大当たりなどもあっては、その幸運一種ギャンブル的な面白さに矜持を感じていたんだ。

そんなことを繰り返していて、あるとき立ち寄ったのは、これまた年期の入った食堂。如何にも地元御用達と言わんばかりに錆びた看板を気にする様子もなく、店頭に並べられた花はどれも頭を垂れていた。

入ってみると大方普遍的定食名ばかりが壁に張られおり目新しいものもなく、ただひとつ気になったのは『カレイライス』というメニューカレーライスちょっとハイカラな言い方してるのかな?程度に気にして、注文したのは焼き肉定食。味は普通よりちょっとおいしい程度で、そこまで印象に残らず。ただボリュームはあって、そこは好印象。

完食して会計を済ませようとしたところで常連らしきおっさんが来ると「さかなのやつね」とこなれた感じて注文。すると注文を聞きにきたおばちゃんは「カレイライスね」と承諾。俺はギョッとしたが、おばちゃんは俺に気付くとレジに来たので会計を済ませ、そこで俺は店を出た。

から今だに、『カレイライス』の正体を俺はまだ知らない。

anond:20210410011734

内容次第だろ。

キャンセルカルチャーは、基準に関する議論が緩すぎる。

明らかに誰かを根拠なく中傷したり、特定集団差別するような発言ならアウト。

これは、マジョリティだろうがマイノリティだろうが関係なく適用されるべきルールだ。

普遍的」とはそのような意味だ。

その線引きが曖昧なまま、時間の経過だけ問題にしても仕方ない。

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