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2018-12-10

[] #66-2「結果発表

第4位・・・20話 「害虫駆除普遍的手段とは」

皆も知っての通り、俺は異世界に改めて生まれ落ちた存在だ。

なので神に贔屓にしてもらったが故の、持って生まれた才能がある。

それに加えて割かし努力家。

強くなるための環境も出来ていた。

人格者でもあるので、必然と仲間が集い、慕われる。

何よりゲームみたいなシステム跋扈しているこの異世界は、文明こそ遅れていたが酷く快適だ。

現世での俺のしみったれた生活は忘れざるを得ない。

そんな俺が、この異世界活躍することは定められた運命に近い。

これまでの功績は控えめにいっても半分以上は俺の手柄ではあるが、それでも恵まれいたことは否定できないだろう。

そんな俺でも、長く冒険を続けていればピンチの一つや二つあってもおかしくはない。


だけど、そのピンチを切り抜けることが可能な“奥の手”がある。

ヴェノラ「明らかに嫌なヤツめ、溜飲を下げさせてもらうぜ! ジャストコーズ・オン!」

その奥の手こそが「ジャストコーズ」という、俺に備わっている独特なパワー。

正当な理由があるとき目的を最大限遂行するための力を一時的にその身に宿すことができるのだ。

ヴェノラ「ジャストコーズ・ドッジボール! これで頭に対するあらゆる攻撃無効化できる!」

粗野な冒険者「なんだ、それは! すごくズルいぞ!」

発動しなくても何とかなることは多いが、発動できればどうにかできることが多い。

その圧倒的な効果により、目の当たりにした敵の多くは口々に「ズルい」と負け惜しみをほざく。

俺もズルいパワーだと思うときもある。

からといって、それが使わない理由にはならない。

俺にはそのパワーを行使するだけの、正当な理由があるからだ。

こう言ってしまうと、ジャストコーズを使っていれば楽勝ムードだと思う視聴者もいるだろう。

だけど相手だって愚か者じゃない。

そこまで強力な「ジャストコーズ」の対策を色々するわけだ。

ヴェノラ「ジャストコーズ・マジックリーン!」

魔法使い「くっ、ならばマジックシールドで防ぐ!」

ヴェノラ「俺のジャストコーズは魔法じゃない。つまり、それで放たれるマジックリーンも魔法属性ではないので防げない!」

魔法使い「そ、そんなズルい」

もちろん俺はすごい人間なので、それを尽く挫いてきた。

ジャストコーズが目的を最大限遂行するための力であるならば、それを防がれる道理はないからだ。


だが、そんな中でも予想外な対策をされ、酷く狼狽したのがこのエピソードだ。

ヴェノラ「ジャストコーズ・オン!……なぜだ、発動しない!?

ウロナ「……ああ、そっか! 今のヴェノラには、それを行使するだけの正当な理由がないんだ!」

ヴェノラ「正当な理由がない……?」

ウロナ「ヴェノラはいつも相手を『嫌なヤツ』だと言ってからジャストコーズを発動させてきた。でも『嫌なヤツ』だという理由だけじゃ足りなかったんだ。他にも、ちゃんとした理由がなきゃダメなんだ」

ヴェノラ「な、なんだって!? 嫌な奴を懲らしめて溜飲を下げたいってだけじゃあ、正当な理由にならないのか!」

傭兵くずれ「ふっ、今さら気づいても遅い!」

この時まで、俺はジャストコーズの発動条件を勘違いしていたんだ。

仕方ないので俺の元々のスペックで何とか懲らしめたが、この傭兵くずれが俺よりも強かったら危なかった。

今回のエピソード以降、敵以上に俺もジャストコーズについて考える必要が出てきたわけだ。


投票者コメント

「今まで万能だと思っていたジャストコーズに、こんな弱点があったなんて! これをリアルタイムで観たときは衝撃だった」

ジャストーコーズで勝利という流れが定番になってきた頃に、このような展開を入れてくるのがすごい」

「久々に己のスペックだけで勝利するヴェノラの戦闘シーンは迫力満点!」

「『そもそもジャストコーズを発動させない』という対策をしてきたこともそうだけど、それをポッと出のモブキャラがしてきたことも予想外だった」

(#66-3へ続く)

2018-12-07

anond:20181207093353

うんまぁコレ。ミニブタかめっちゃカワイイしな。w 牛も大人しいしナゲットの原料はヒヨコなんだっけ?

 ナゼ殺問答の上手い回答を考え続けてるけど、最近は「どうして赤信号を渡っちゃいけないの?」がいいと思っていて、実は疑問自体が間違っているから考えても無駄だ。

信号を渡っちゃいけない理由は赤信号を渡っちゃいけないとみんなで決めたからであって、色彩心理学や光の波長etc、は決定までの動機の一つに過ぎない。青がダメだと決めたらそうなるんだ。

 赤がダメである普遍的理由なんかない。

害虫や不衛生、危険生物も『それが人間にとって』そうであるからで、害も危険も人がそう感じたからに過ぎない。

 無制限に他の生き物を殺す人間危険認識される可能性が高いのは分かってるだろうから言及しないが、裏を返せば元増田は嫌われている生物を愛おしんでいるとは言えないか

>罰せられなきゃいけない"ほど" ~

 ではないにせよ、君は悪だとは感じているようだからサイコパスではないだろう。

悪は悪だと決めたからそうなんであって、その本質はヒトという種全体のエゴイズムに過ぎない。

 戦争の例は月並みから敢えて隣国の話を出すが、その国では日本に関する法律けが違っているという。自分達も虐殺差別を行ってきているにも関わらず、日本けが許せず、未来永劫呪い、恨み、殺してやると公に発言しても拍手されるのだと言う。…これはその国の人間が異常なのではなく、人の本質なんじゃねーのか?

 自己中心的欺瞞的で残忍で、他の生命価値すら自分達が決める権利を持っているという勘違いは、ヒト特有のモノだ。

それを社会として矯正して平和にやる為には教育しかないんだよ。

 頑張って勉強し続けてくれ。

俺が偉そうに書いたのも、全部どこかに書いてあって昔読んだそれをまとめ直しただけに過ぎない。


 もし君がナメクジを好きなら、それをかわいがるのを別に止めはなしない。

そうして増えたナメクジ愛着を感じたのなら、それが命の尊さだと思い込んで同じように犬猫他人を大切にしてやってくれ。

 元々が価値なんかないのなら、自分気持ちがいいように色々な物を大切にした方が"自分気持ちよく生きられる"からだ。

悪い事じゃないんだ。みんなそうしてる。

 それから、間違っても病害虫駆除業者にはなるな。オマエは向いてないからな。

2018-12-01

[]くるみ割り人形秘密王国

くるみ割り人形秘密王国』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けであります

総評

すごいぞなんと150点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。なんで、なんかもっとお金出したい感じはあるんだけど、この映画場合グッズとかサントラとかそっち方向にはいかない、いけない、やばい

この映画公共向けにレビューするとジャスト95点くらいなのははっきりしていて(いや辛く採点すれば80くらいか?)残りの+50くらいは何かといえば完全に性癖の話なのですよ。いつもそうだけど、今回はそれにもまして(主に後半)全く当てにならないレビューであることを告白しなければならないです。何がやばい特殊性癖なのかについて最初に語ると話が混乱するので、後ほど詳細を述べます

遺産継承の話(前編)

物語ストームボール一家クリスマスの準備をしているところからまります。でも主人公でありミドルティーンの次女であるクララ(演マッケンジー・フォイ)は浮かない顔。他の一家もなんだかギクシャクしている。それも無理のない話で、どうやらストームボール一家母親は、このクリスマスの直前に死んでしまったようなのですね。

家族を失った喪失の中でもストームボール一家伝統であるところのクリスマスをしようとしている。ヴィクトリア朝の話だから親族の大規模なパーティーに出ようとかあるのだけれど、母親を失った悲しみからそれらを拒否して引きこもりたい主人公クララと、このような状況だからこそ普段通りに日常に過ごさなきゃならないと考える父親の間には、感情的な亀裂があるというところから物語は始まるわけです。

そういう意味で言えば、これは大事家族を失った喪失から回復する話です。同じテーマを扱った今年の映画でいえば『若おかみは小学生!』なんかがあります普遍的ものなので他にもいくつもあるでしょう。

そういう普遍的テーマだったんで、料理作法にも定番セオリー)みたいなものはあるわけですが、まずそのセオリーのものはきちんとこなしていた。そういう意味脚本及第点

また、同じテーマをこなしながらも独自性のある切り口も感じられました。この項目はその独自性についての感想です。

この種の「喪失再生」の作品において、「去ってしまった人から過去において贈られた自分に対する愛情を再認識する」というエピソードは非常に重要セオリーポイントになります

それは例えば前述の『若おかみは小学生!』においても「私たちは娘であるあなたを愛していたよ」「その愛は永遠だよ」というようなメッセージ存在していて、それが主人公に受け取られることで回復の契機になりました。

いってしまえばこの「親から愛情」ってのは遺産なわけですよね。だからこのテーマ遺産継承に関するテーマだと考えることもできます

でもこのテーマには隠された問題点もあって、それは「親子間の関係遺産を残すもの/受け取るもの、というような一方通行の、上位者秘密下位者が気づくだけという、そういう物語として描いていいの?」というものです。この問題告発って自分は今まで意識したことがなくて、『くるみ割り人形秘密王国』で始めて気が付きました。

例えば先程から比較している『若おかみは小学生!』においてこの問題提起はないんですね。それはなぜかといえば、『若おかみは小学生!』の主人公おっこはタイトル通り小学生で、これから自分世界確立していく存在からです。重要なのは遺産が(つまりは死んだ両親から愛情が)「あった」事であって、それにさえ気づけばおっこのここから先のミッション回復だけなわけです。

しかし『くるみ割り人形秘密王国』の主人公クララはミドルティーンであり、もうすでに自分なりの自意識世界観も作り上げつつある存在です。

次女のクララには、上には憧れつつも素直に従うことができない長女がいて、下には一緒に遊んで面倒を見てやる長男小学生低学年くらい?)がいます。弟の面倒を見ながらも、女性的な完成度と貫禄では長女に勝てない次女。おしゃれは苦手でちょっと理系工学系)な変わり者な主人公

彼女はそういう意味で「母親を失って狂乱するほど悲しむ幼子」ではない。悲しいし落ち込んでいるし、日常を取り繕おうとする父親に反発をするけれど、だからといってそれを破壊しようというほどのパニックにはならない。自分自身の力でこの悲しみを乗り越えようとしている、まだ若いけど自立を目指す女性なわけです。

そんな彼女は、通り一遍意味では「死んだ母親から愛情があった」ことはわかっています世間一般でそういう慰めの言葉はよく聞くし、自分が母に愛されていなかったという疑いはない。

でも、じゃあ、その「愛情」って具体的にはなんなんだろう? もちろん日常でのさりげないやり取りや、スキンシップや、無言での加護やら、ありとあらゆるものがその候補なわけですが、それらは要するに伝われば伝わるし伝わらないわけです。過去のシーンとしては無数にあるそれを、クララはまだ自分の中で結晶化できていない。そこにクララの戦いはあるわけです。

この物語ではその愛情を暗示するキーワードとして母親の残した「大事ものは全て中にある」という言葉があります

クララは亡き母からプレゼントエッグの中に残されたこ言葉を追いかけて冒険の旅に出るわけですが、この言葉意味は最終的には「私(母)がいなくなった世界においてあなた主人公クララ)が前を向いて生きていくための大事ものはすべてあなたの中に残してきた」です。

大事ものは、様々な教えであり、生きていく知恵でもあり、もちろんつながりや愛情人格のものでもあり、大げさに言うならば「母親家族)と過ごした時間のすべて」なわけです。

そしてこのキーワードが示すのは、それだけにとどまらないんですよね。

この言葉は「nを残してきた」「nが私(母)の愛情である」という指定ではないわけです。だからこそ逆に「何が残されていたと認識するかは、娘であるクララが選んで受け取りなさい」という信頼であるわけです。

愛情遺産なわけですが、それは決して贈る/受け取るという一方的関係ではない。この物語における「気づき」はそういうステージテーマとして描写されている。それはやはり一味変わった、深い踏み込みだったと思います

一方、作中において「遺産」はもうひとつ意味でもあらわれますクララの母は幼いころ「秘密王国」を発見してその民に慕われた女王でもあったのです。わお。ですから遺産女王位。クララは本作のメインの冒険である秘密王国への迷い込みそこで戦うこと」をとおして、この「女王位の継承」という問題へ巻き込まれゆきます

でもこの問題も前述の「母の愛情いかに受け取るか」とワンセット、同じ物語の両面なのです。

クララは「女王が去ってしまって荒廃が始まった秘密の国」で大歓迎を受けると同時に、その危機においては「お前なんかは女王代替品にすぎない」ともいわれてしまます。「女王の位」をうけとった娘クララは、ただ単にそれを受け取った段階では「無力な模造品」にすぎないという弾劾です。

クララの母でもあり前女王でもあるマリーが幼いころ発見して作り上げた秘密王国とそこに住む住民たちは、マリーに生み出されて育てられたという意味では、クララと同じく「マリの子供」でもあるわけです。表面上は老人に見えても年上に見えても異形に見えたとしても、その意味では全てクララ兄弟姉妹に等しい。その彼らが、母マリーがなくなって、道を失い、うろたえ、クララに剣を向けさえする。

その混乱はマリーの残した女王位をただ受け取るという、つまり遺産を残す上位者、受け取る下位者というだけの状態では、収拾されないわけです。

まり、これもまた、「継承というのは一方的な贈与関係ではない」というテーマ接続されているわけです。

作中で、母との回想シーンの中で、クララは母からあなたは姉に憧れているけれど、あなたにはあなた独自世界があって物事あなただけの見方で見ることができる。そこがあなたの魅力なのよ」と励まされます

クララクララなりに世界を見ることができる。それは父母や周辺環境コピーとして自意識確立していくしかない幼子ではなく、ミドルティーンとしてすでに自分世界があるこの物語クララしか描けなかった切り口です。

から無限の贈り物を残されたけれど、その中のどれを受け取るか――母の残した教えや愛情のうちどれを「クララという自分自身のコアとして据えるか」というのは、クララの側の自由であり、その選択によって自らの存在を定めるわけです。

その自由の幅が良かった。

この物語の中で、クララは「秘密王国」での旅と冒険を通して、そういった自分自身の内面出会い、悲しみを癒やすわけですけれど、でも実はこの度ってなくても良かったんですよね。作中でも途中でリタイヤして現実世界に帰る選択肢が示されるシーンが有ることからも分かる通り、それはありなわけです。途中で帰るどころか、実は、出かけなくても良い。

クララはもうすでに自分自身を確立しつつあるミドルティーンで、この作品冒険なんかを経なくても、時間さえかければ悲しみから立ち直っていたと思います父親との間にギクシャクした感情は少し残ったかもしれないけれど、それすらも時間の流れでおそらく解消できた。

そこがとても良かった。

幻想郷への旅が必要不可欠であり、この冒険行がなければクララ破滅していたのだとすれば、クララは神が(母が)操る遺産相続操り人形なわけですが、そうではなくクララは旅をやめる自由がある中でそれを続行し、自分で選んだわけです。

から与えられたすべての教えや愛情の中から、姉と同じように「おしゃれで社交的な自分」ではなく、「機械いじりが好きでとびっきりの発明家である自分」を選んで継承した。同じように「秘密王国歓待されるだけの女王」ではなく「みんなのために調和を取り戻そうと戦う女王」も選んだ。選ぶという行為によって、ただ与えられる下位の存在ではなく、継承というテーマにおいて贈り主である上位存在と対等の関係であることを示したのです。

この辺はもはや登録商標とも言って良い「ディズニープリンセス」というワードの「プリンセス」にたいして、一定の回答を出そうと本作が挑んだ結果でもあると思います

まりプリンセスというのは継承である」という主張です。

王位とか王権(そして愛情を)先代から送られ継承した存在が、プリンセスである

でもそれは逆説的に、「プリンセスとは手渡されはしたものの、その手渡されたものをまだ十全には使いこなせないし、自覚もはっきりとはできていない、運命自分自身と戦いの最中にある存在だ」という主張でもあると思うのです。

そういう踏み込みのある本作は、テーマから見ても脚本構造から見てもかなりの出来でした。

――まあ、もっとも、ここまで脚本を褒めては来たんですけれど、その表現としての台詞回しがどうにも垢抜けない感じで、紋切り型なところも多くて正直言えばそこは今ひとつです。取ってつけた感じがある。

てなわけで、構造面ではキラリと光る部分はあるけれど、80〜95点くらいですかね、これは。という感想になるのでした。

文字数オーバーしたので後編 https://anond.hatelabo.jp/20181201181722 に続きます

2018-11-30

いい加減エログロバイオレンス表現の自由とか言って擁護するのやめよう

表現の自由人権でしょ。人権って「どんな価値のない人間にも普遍的に与えられる権利」のことでしょ。

表現の自由が主論点になるのはヘイトスピーチ似非科学みたいな本当に価値のないゴミ以下の表現に関したときだよ。

「大量殺人を犯した極悪人にも生存権があるから死刑反対」と言うのと一緒。

「顔が怖いか死刑しろ」と主張する人に「顔が怖くても生存権はある」と返すのはあまりにも議論が後退しすぎ。

2018-11-28

[]ゾンビランドサガ8話泣いた(ネタバレ

あんなんずるいわ

 

笑っていいのか泣いていいのか

笑えるシーンと泣けるシーンと、両方の波状攻撃がやばかった

最初おっさんでけぇ」と思って笑うのに最終的にそのおっさんで泣くという

普通泣ける話というと湿っぽくなるのだが

8話は見た後のすっきり感がすごいと思う

だってまだ生きてるんだからな(ゾンビだけど)

ちなみにこの泣けて笑えるってのは監督意図していたらしい(Twitter

 

ここ笑っていいの?っていうところでサキちゃんが全力で笑うのも好き

 

実はパピィは死因について気づいていない

死因をヒゲにしたのは上手かった

あれにより過労死なのかショック死なのか分かりづらくなったが

パピィ側から見れば過労死しか見えない

リリィの回想には過労が入ってこなかったのに、パピィの回想には過労が入ってきたと気づいただろうか?

 

Tシャツを買いに来たパピィ

6号がリリィに見えるのは気のせい、そんなことはあるわけない

そう思いつつもう一度会いに来るパピィ

優しそうな笑顔一見矛盾しているような行動がラスト号泣我慢していたのだと分かる

 

死者からの前向きになメッセージ

To My Dearestは、よくみると普遍的別れの歌だ 

死別とかそういうことは一切言っていない

よくあるような「私が死んでも悲しまないで」ではなく

「(死んだけど)私は大丈夫から見守っていてね」というメッセージになっている

過去ばかり見ていたパピィに前を見せたわけだ

ちなみにダンス最初のシーンでは、皆が俯きリリィは後ろを向いているのだが

歌の最後では皆は上を向きリリィは前を向いている

こんな既に死んだ者から励まされることがあるだろうか、不思議感覚

 

男の娘

実は、8話ではほぼ「男」「女」という単語が使われていない

リリィちゃんは正雄くんでした」

女性アイドルグループに正雄がおっちいかんのかい

「正雄じゃないもんリリィだもん」

なのでより正確には性別ではなく年齢の話だ

「GOGOネバーランド佐賀」のネバーランドは年を取らない国という意味

ただ、性同一性障害の子は男女差が出てくる第二次性徴でかなりショックをウケるらしいので、リリィがそうなのかどうかは結局不明

まあ「付いてようが付いていまいがゾンビやけん細かいこと」だ

 

男の娘設定に必然性はあるか

ここで引っかかってる人が少しいるみたいだった(2割くらい?)

いや、性別必然性なんてあるわけないのだが

メタ的に見れば、フランシュシュ内の多様性には寄与している

平成生まれ明治まれ平成アイドル昭和アイドル身長出身地性格など多様性を示す属性は色々ある

そこに性別を入れたくなるのは分かる(他にあるとすれば国籍とか?)

多様性属性過多だとやっぱり話は動きやすいし色々できる

リリィ天才子役アイドルゾンビから天才子役男の娘アイドルゾンビになったわけだ

 

ライブシーン

本作は、楽曲難易度と、それをこなす声優技量に何度か驚いてるがまた今回もすごかった

バラード調?ミュージカル調?

私はまずディズニーっぽいと思ったが、あれちゃんと歌うの難しいだろ

さすが田中美海

そしてまさか2D作画ダンス

私は3Dも好きだが、今回は表情がすごくでてたのでよかったと思う

あんな柔らかい動き久々に見た(原画一人かな?)

個人的ディズニー的な動きは苦手なんだが、ギリギリ日本アニメとD系動きのライン中間になってたと思う

 

動きがやけに細かいと思ったら、フランシュシュダンス担当の人たちが実際に踊ってそれを起こしているみたいだね

アクター → モーションキャプチャー が

アクター → 2D作画 というフロー

ちなみにリリィさくらと目があってはにかんだのは、アクターの子がそうだったかららしい

 

このライブシーン本当にずるい、「5周しても泣く」みたいな人結構見かけた

というかパピィの気持ち理解した2周目の方がヤバイともっぱらの噂

 

成仏エンド無くなった?

今回はリリィも「これからテレビにいっぱい出る」と言っている

それは願望などではなくもはや生きる意味

そして愛ちゃんもまだ高みを目指してるし

いよいよ簡単死ねなくなってきたな(純「すでに死んでますけど」)

 

徒花ネクロマンシーの歌詞の「何が神の冒涜か 裁きなどさせない」っていうの

ゾンビが全力で生きようとしてて好き

 

さくらママ

ママ・・・ママ!!

 

純子が落ちてた

これ、「純子は照れてただけじゃないの?」というような異論があるようだが

そういう人は純子のブロマイドをよく見て欲しい

アレを撮影してるのはたぶん巽だ

特にから2枚目の表情がヤバイ

 

日常と非日常

8話のパピィの職場日常感強くて面白かった、対比が効いてる

最後に少しだけ日常に変化が生じる、しかしそれはパピィにとっては非常に大きなことなんだ

 

巽有能過ぎない?

ついに海外の今期キャラランキング男性)で1位になったぞ

いいのかw

 

9話以降もヤバそう

週末にあったマチ★アソビカフェイベントでの情報らしいが

「出た楽曲はまだ半分くらい」だそうだ

え?あと4話だよ?w

 

ちなみにOPED以外の楽曲BDに添付されるらしいかファンは諦めて買うしかない

2018-11-25

いまさら押見修造にハマった

とりあえず僕は麻理のなかと惡の華志乃ちゃんは自分の名前が言えないを読んだ。

人間内面描くのうますぎ。

ただのこじらせた異常者の話じゃなくてあくまでも誰の心の中にもある普遍的描写になってるのほんと上手いし最後キッチリ希望のある終わり方になってるのが良い。

惡の華とか凡百のマンガ家なら絶対投げっぱなしエンドになってただろうし。

映画ちゃんと見に行かないとなあ。

2018-11-24

anond:20181123002740

人はわざわざ考察厨になるものではなく、妄想してるうちにひとりでに考察厨になるものだと思うが、意識的考察厨になりたかったら、

過去の有名作品自分の好きな作品の、設定、世界観キャラ類型ストーリー展開などの分類表を自分で作ってみることだな

「この作品はこのパターン」「これはA作品とB作品の要素の折衷」「このキャラ類型は途中まであの作品のあのキャラ同類型、しかしこの部分が違う」「この作品の序盤でこのキャラはこういう立場だった、話が進んだらこういう立場になった」

なんてのを、いちいち、表に書いて比較していれば、だんだん自分の頭の中で、分類、類型化ができるようになる

もちろん、そんなもんは「自分なりの分類、類型化」であって、世間に通じる普遍的ものかはわからんけど

[] #65-7「短くて長い一日」

今そんなことに思いを馳せるとは、我ながら危機感がないとは思う。

だが、こうして悠長に構えているのには理由がある。

最悪、『次元警察』ってヤツが来れば元に戻してくれる、とガイドが口走っていたからだ。

世界が分裂すると、次元警察はすぐにそれを探知。

俺たちよりも高次元存在なので、この事態も容易に解決してしまうらしい。

「ああ、時間がない! 次元警察に捕まったら任務どころじゃないよ~」

とどのつまり現在こいつが躍起になっているのは、単に自分がムショに入れられたくないからなのである

ガイドが捕まろうがどうでもいいし、俺とドッペルは今日記憶を消される程度らしいから大した問題じゃない。

なので俺はこの事態を静観していたってわけだ。

どうせ、この状況で俺が介入できる余地はない。

何かしたところでロクなことにならん。


とはいえ、ただ一つ、気がかりなことがあった。

「「「に、兄ちゃん……」」」

ドッペルがブレて数人いるように見えていることだ。

最初目眩でも起こしたのかと思ったが、それぞれ服装が明らかに違っている。

「これ、目眩のせいじゃないな……」

世界が分裂しかけているから、“別の可能性”がダブって見えているんだよ」

なるほどな。

ドッペルだけがそうなっているのは、ガイド別世界の住人で、俺は“普遍的存在”だからってことなのだろう。

「まあ、世界が再結合されれば、ちゃんと元に戻るから大丈夫だよ」

ガイドはああ言っているが、ドッペルの様子を見ていると不安が募る。

「な「なん「だか「怖」いよ」」」

世界線のズレが大きくなってきているのだろう。

同時に聴こえていたドッペルたちの声がズレてきている。

ドッペルの不安感が、こちらにまで折り重なって伝わってくるようだ。

俺はこのまま何もしなくて本当にいいのか。

知恵を絞るべきでないかという気持ちを燻らせた。


とはいえ、ここで頭をフル回転させたところで、解決の道が見つかるはずもない。

時間の設定がズレた原因が分かればいいらしいが、ガキの頃にSFをかじった程度の俺が分かるわけがいからだ。

「ああ、くそっ。服が張り付く」

しかも、この暑さだ。

寝起きは解消したが、この暑さでは頭が回らない。

「夏の昼は本当にあっちいなあ……ん?」

そのとき、俺は一つの可能性に思い至った。

まさか、“そういうこと”なのか。

「おい、ガイド……つかぬことを聞くが、お前“あの可能性”を考慮していなかったりしないよな?」

「え、なんのこと?」

「『夏時間サマータイム)』だよ」

「……なにそれ」

マジか、こいつ……。

(#65-8へ続く)

2018-11-23

フェミニズムが考えなくてはいけない思想

はじめに

人がある思想を持つとき、ある程度の一貫性を持たねばならない。

日本人を殺してはいけないという思想を持つ人が、外国人なら殺しても良いとする思想もつというのは難しい。

反原発を叫ぶときに、反自民にならなければいけないというような一貫性要求されるときに私達は困難に直面する。

かに自民党原発肯定派であったとして、原発に反対するのであれば自民党に反対しなければ一貫性を保てないことになる。

この困難がそうであるように、思想上でもある思想を持っているのであれば、別の思想を持っていなければならないといういことがある。

私が考えた中でフェミニズムが持たなければ一貫性を損ねてしま思想リストアップする。

反原発がそうであるように、自民党肯定していてても反原発は主張できる。

しかしこういった困難は先に見えていれば冷静さは装うことはできる。その意味では無駄ではないのだ。

世界主義国家主義

女性性と男性性の違いを述べるときにそれは文化社会によって違いが異なる。

例えば日本では、女性性の特徴であるものが、海外ではそうではないことがあるかもしれない。

そうなると主張が弱くなるので、国内限定にするか、全世界を射程に収めなければならない。

世界主義的に考えるのであれば、女性性を普遍的に考えなければいけないだろうし

国家主義的に考えるのであれば、女性性を特殊的に考えなければいけないだろう。

人間中心主義自然主義

女性権利を拡大を目指すときに、男性性、女性性を語らなければいけない。

そういったときに、男性性、女性性を語ることが女性性を規定してしまう時がある。

女性とはこういう存在、それ以外は違うという風に。

すべてを包括する女性性など不可能なので、男性が持つ権利人間が持たなければいけない権利とし

女性権利を向上させる。

こういった思想を持つと、人間という種族肯定しなければいけないし、世界主義へ接近することになる。

また自然的女性を原点とし、現代自然より劣っている部分を論点とし女性権利を拡大する。

こうなると自然的もの肯定しなければいけない。

2018-11-22

anond:20181122162246

趣味も年齢も違う集団で、しか仕事の話をしづらい飲み会なら「恋愛とか結婚」みたいな普遍的テーマを選ぶのもしょうがなかろう。

要は天気の話のようなもので、悪意などないのだ。それを捕まえて「セクハラセクハラセクハラ!」とやったから、

あいつには付き合いきれない」となってしまう。自業自得

[] #65-5「短くて長い一日」

ニセ弟は沈黙を貫いている。

いつだ。

いつ入れ替わった。

「なあガイド、別次元にトんだ場合にこんな感じの現象が起きることはあるのか」

「断言はできないけど……もしそんなことが起きたら大きな次元の揺らぎが発生するから、その時点で気づくよ」

となると、別次元による影響じゃあない。

思い返してみれば、弟は待ち合わせ場所に合流したときから様子がおかしかった。

あの時、既に入れ替わっていると考えるなら……。

俺は予想を確信へと変えるため、ニセ弟の目を覗き込む。

すると慌てて目線を逸らし、モジモジと縮こまっている。

その仕草を見てやっと分かった。

「お前、ドッペルじゃないか!?

ドッペルは弟の友人で、いつも何らかの変装をしている子だ。

特に弟の真似をするのが上手く、友人でも見分けるのが難しいほどである

さすがに身内の俺なら分かるんだが……寝起きの脳みそじゃあ、ちょっとキツい。

「無理を言って、変わってもらったんだ……き、きき、気を使ってくれたんだろうね。」

弟も楽しみにしていただろうに、友達相手とはいえよく譲ったな。

「別次元自分が、ど、どんな感じか気になっ……て」

その時、ドッペルを支えている片腕に大きく体重がかかった。

俺は反射的に、両腕で抱え込むようにしてドッペルを支える。

今にも倒れそうなほど弱っているようだったが、本当に倒れこんでしまった。

「おい、どうしたんだ」

「恐らく、別次元に長く居すぎたんだね」

そういえばガイド説明していた。

次元本来存在しないものは、エネルギーを大量に消費することで存在を維持できるらしい。

ドッペルはそのせいで疲れてしまったんだろう。

だが、そうなると、俺が全く消耗していないのはなぜだ。

「なんで俺は平気なんだ」

「それはキミが“普遍的存在”だからだよ」

「なんだそれは」

「あらゆる次元で、ほぼ性質が変わらない存在のことだよ。次元が変われば因果も変わり、必然的に人も変わるけど、たまにその影響を受けにくい存在がいる」

「俺は他の次元でも、ほぼ同じ性格、見た目ってことか」

「そういうレベルの話じゃないよ。極端な話、人間存在しない次元でもキミは普遍的なんだ。例えば豆粒サイズの石ころを別次元に置いてきてしまったとしても、その石ころが与える影響はたかが知れているだろ?」

ガイドの言っている理屈はよく分からないが、俺はどの次元でも石ころみたいな存在ってことらしい。

俺は自己評価が高いわけではないが、その表現はさすがに癪だな。

「……ともかく、元の次元に帰ったほうがいいってことだな」

「そうだね。キミの血縁である弟くんなら、もっと耐えられたはずなんだけど……そうじゃないなら厳しいね。あまり長居させると存在を保てなくなるかも」

こいつ、サラっと恐ろしいことを言いやがった。

それって、ドッペルが死ぬってことと同じ意味じゃねえか。

「今すぐ元の次元に帰るぞ」

「いま座標を合わせるから待ってて……」

「そういうのは、あらかじめ記録しておけよ」

「記録を残しておくと、次元警察がそれを探知するんだよ。次元跳躍を乱用していないかって常に目を光らせているからね。取り締まりにでもあったら、それこそ厄介だ」

やれやれ、これでパラレルワールド旅行は終了か。

もっとクワクするもんだと思ったが、これならテーマパークでも行ってたほうがマシだったな。

「あれ……時間が……」

この時、俺はガイド怪訝な反応にまで気を配れなかった。

とにかく早く帰ろうという気持ちばかりが先行していたんだ。

「ほら、急げよ」

「焦らないでよ」

「焦るに決まってんだろ」

次元というものが俺たちのいる世界とは違うっていうことの、本当の意味

それをちゃんと考えていれば、“あの可能性”にはもっと早く気づけていただろうに。

(#65-6へ続く)

2018-11-21

夕焼け空を「醜い」と思う人はいないの?

みんな空を見上げながら「美しい」とか「キレイ」っていうでしょ

特になんとも思わない」という意見はあっても「醜い」とか「キライ」だという意見はみたことがない

少しはそういう意見を持つ人がいてほしい

だって美の価値観普遍的世界とか絶望しかないでしょ…

ちなみに、松本人志紅葉を「汚い」と感じるらしい

2018-11-20

アイドルを作ることなかれ

偶像を作ってはならない」っていう割と有名な戒律があって、その「偶像」って「アイドル」って置き換えることもできるのかななどと日々思ったりしている。

昨今、アイドルがらみで、政治的批判や摩擦が起きているのをみて、あーなんか、その戒律もある程度普遍的な真理なのかなーと思い始めている。

anond:20181120153402

よくあるけど、大抵、ヘテロカプがヘテロカプとして成長する過程で身につけざるを得なかった母性やら父性の部分に憧れてるだけな気がする。

もう一回、理想的なお母さん?に生みなおされたい育てられたい甘えたい、みたいなのって普遍的だけどさすがに親の側になると持たなくなる望みだからね。

2018-11-19

[] #65-2「短くて長い一日」

「一緒に別の次元に行ってみよう! そうすればキミも、ボクの言っていることを信じるはずだ」

『別の次元

その言葉が俺の琴線に触れた。

「別の次元ってのはアレか。パラレルワールド、平行世界的なヤツか?」

わず興味本位質問を、食い気味にしてしまう。

今までにない俺の好反応に、ガイドもたじろいでいた。

「んー……まあ広義的には」

「そうか……やっと分かってきたようだな。そういうのでいいんだよ」

「どういうの?」

俺が知っている限り、こいつが今までやってきたことは尽く期待外れだった。

人の家の庭を焼き払う謎のオブジェクト

生身の俺に妨害されただけで、何もできなくなる程度の機能しかないダサいスーツ

色々なものを無理やり詰め込んで何がやりたいかからない、使い勝手の悪そうな多機能端末。

その他、俺の弟相手にも色々と披露していた。

将来生まれてくる子供人生シミュレーションできる装置だの、罪と罰を測ることができるメーターだの。

こいつにとっては未来科学力を証明しているつもりなのだろうが、いずれも胡散臭い感性がズレている。

もっと普遍的イメージに応えるようなものなら良いのに、どれも頭でっかちだったかコメントに困っていた。

シンプルに空を自由に飛べるだとか、玩具兵隊だとか、世界旅行に行けるようなものとかでいいのに。

いつもヒネたことばかりやってくるから、凄いかどうかイマイチからないし、興味も湧いてこない。

だが今回、やっとマトモなものが出てきてくれたようだ。

「じゃあ、その別次元について、話を聞こうか」

これでもジャリガキの頃はSFに慣れ親しんでいた。

今でこそ落ち着いてはいるが、ここにきてその頃の気持ちが再燃していく。


…………

そして出発当日、早朝。

待ち合わせ場所であるガイド居候先に来ていた。

次元に与える影響を最小限にするため、身に着けるものや、持ち物は最低限だ。

しみったれた小旅行である

それでも俺がOKしたのは、もちろんパラレルワールドというものに惹かれたのもあるが、“とある条件”を飲んでもらったからだ。

「後は弟くんが来るのを待つだけだね」

俺は同行者、つまり弟も共に連れて行くことを条件にした。

さすがに苦手な相手と二人っきりなんてのはツラすぎるからだ。

見知った身内でもいれば、多少はマシになるだろう。

……だが、弟が来るのが遅い。

から来ると言っていたが、まさか二度寝しているんじゃないだろうな。

あいつは俺以上に朝に弱いから、有り得そうで不安だ。

「うーん、弟くん来ないね。そろそろ出発なんだけど……」

次元を飛ぶんなら、今の時間とか気にしなくてもいいだろ」

「色々とこっちにも事情があるんだよ。好き勝手次元を跨ぐと厳罰になるからあんまり融通利かすわけにはいかないんだ」

「じゃあ、このままだとお前と二人で旅行ってか?」

「まあ、元から二人で行く予定だったんだし同じことでしょ」

勘弁してくれ。

こいつと長時間一緒とか、補正をかけてもロクな思い出にならないぞ。

(#65-3へ続く)

2018-11-17

ここ最近Qiita騒動における「受動的」という問題

という内容の記事Qiitaに書いても「増田で書け」と言われるのがオチなので増田で書く。初増田に書く内容がこんなのとは…。

元々Qiitaは「Yahoo!知恵袋」ぐらいのものしかないと思っており、はてブに上がっても内容チラ見してスルーする事が多かったが、ここ最近になって「ゴミ記事ばかりだ」「低評価ボタンをつけろ」しまいにゃ「ゴミ記事を選別する機械学習モデルを作る」なんていう見事なブクマ稼ぎ記事ホッテントリに上がっていたりして頭を抱えそうになった。

そういうあからさまなブクマ稼ぎ記事こそ「ゴミ記事」と批判すべきなのではないかと。機械学習排除しても残るのは「普遍的記事」のみとなり、さらに見る価値もなくなる。

Qiitaは小綺麗な5ch(旧 2ch)である

(今はもう寂れてしま言及する人も少なくなったが)Qiita所詮は「便所の落書きレベルと変わりなく、5chと大差がない。そもそも匿名ハンドルネーム)で書かれる記事文句をつける方がおかしいのである

もしこの騒動が昔の2chで起こったら「100年ROMれ」と言われNGIDにブチ込まれるのがオチである荒らしに反応する方もまた荒らしなのである

同じようなもので「食べログ評価問題」というのがあった。その時は「食べログ評価を信用する方がおかしい」という意見が大半だった。これには自分も深く同意する。

匿名での寄稿記事など信用性の面で評価するべきではないし、検索結果が汚染されるとかもう笑止千万というところである

なぜ「マイナス検索」を使わないのか

Googleには古くからマイナス検索」というのがある。特定キーワードドメインが含まれサイトを除外して検索結果を返してくれる機能だ。

これは専ブラでいう「NGキーワード」であり「NGID」機能と同じである。見たくないものを自らの選択で除外できるのである

ドメイン単位で結果を返してほしいなら「検索キーワード site:example.com」で絞り込める。逆に「このドメインからの結果は返してほしくない」場合は頭に「-(ハイフン)」をつけるだけで除外できる。

例えば「nginx」の事を調べているが「Qiitaからの結果を返してほしくない場合は「nginx -site:qiita.com」とすれば、Qiitaにある記事が全て除外される。この除外条件は複数指定できる。

流行っている「Python」などでは「Qiita」もそうだが、調べたい内容がない(侍ナントカみたいな)記事までヒットする事がある。そういう場合もこの除外条件を複数つけることで丸ごと排除できる。

特にプログラミング言語系の場合は「teratail」のような「技術系に特化したYahoo!知恵袋」みたいなサイトである。内容は言うまでもなくお察しレベルなので「Python -site:qiita.com -site:teratail.com」みたいにして排除してしまう。

それでもGoogleが悪いというのか

Qiitaゴミ記事問題について「SEOに強すぎて検索結果から排除できない。SEO汚染排除できないGoogleクズ!」と言う意見も聞かれた。笑止千万である

先ほどにも書いた通り、Googleでは「マイナス検索」があり自ら取捨選択できるようになっている。そもそもキーワードだけ散りばめて広告費を稼ごうとするアフィリエイトサイトワードサラダなど)について言うのであれば一理ある。

しかし、Qiitaについては俗にいう「スパムサイト」の定義に当てはまらないのでこのような批判は論外であるGoogleはお前のおかんではない。言うならばセルフレジ入店舗にて「店員商品精算を行わない不誠実な店だ」と嘆く老害のようなものである

評価について

Qiitaに低評価機能をつければゴミ記事が一掃できる!」と息巻いていた人もいた。はたから見れば「バカジャネーノ」と言いたくなる。

成功例として「Stack Overflow本家)」の名前を上げている人が多数いたが、Stack Overflowにも「ググれカス」と言いたくなるレベル質問投稿されている事には誰も言及しない。

評価を行って記事自体排除したところで検索結果として消される訳ではなく、もちろんGoogleでも引っかかる。そもそもググれカス」という文化日本最初であり、最近では海外でも「ググれカス」という文化流行ってきている。

そういう文化圏がなかった頃の話を成功例として持ち出されても日本では上手くいかない。逆に投稿者が萎縮してしまう事で利用者低下に拍車がかかり、サービス維持が困難になるだろう。

評価機能がある事で利用者減に繋がった実例がある。かの「pixivである。「pixiv」の評価システムが少し前に五つ星から「スキ!」に変わったのは「ねとらぼ」などで取り上げられたので知っている方も多いであろう。

五つ星システムでは悪意のあるユーザー集団で「星一つ」をつけて投稿者の筆を折らせる行為が目立った。その対策がされた後、今度は逆に「満点(星五つ)」を集団でつけ投稿者を舞い上がらせて(5chなどで晒し)影であざ笑うという悪質な行為が目立った。

絵師というのは他人評価が気になり、エゴサをしないという選択肢を取りにくい。pixiv作品URLでググって5ch内のスレで晒されてボロクソに叩かれているのを発見した時どう思うだろうか。自分なら間違いなく筆を折る。

そうして「投稿者」が減っていき「閲覧のみ」だけのユーザーが増えていく。当然、雑多の中にある魅力的な作品投稿されなくなっていくので言うまでもなく「閲覧のみ」のユーザーも減っていく。魅力的な作品もなく課金なんてしてもらえない。

日本文化圏は「加点方式」ではなく「減点方式なのは言うまでもない。もしQiitaに低評価、もとい投票システム実装されたとすればpixivの二の舞になるのは目に見えている。Qiitaが潰れても問題ない?だったら侍ナントカみたいなサイト検索結果が汚されるのは別に問題ないというのか。

調べるなら「受動的」にではなく「能動的」に調べろ

もう一度言うが、この情報過多の時代「口をあんぐり開けてエサをもらえる」なんて考えてはいけない。有益情報が欲しければ対価を払って手に入れろ。技術はタダではない。

対価を払うにしても頭を使って事前に調べないとQiitaよりゴミ情報を掴まされる危険性すらある。もう何度も言う必要はないからこれ以上言及しない。

どうしても対価を払いたくないのであればQiitaでも何でもいいから「雑多な情報から掘り出し物を見つける」感覚で調べろ。そういう事もできないのであれば100年ROMれではなく直ちにインターネット回線を解約しろ

トレジャーハンターになれないのであれば(現代インターネットを使うのは)難しい。

経済回復させて国民みんな幸せにするのなんか簡単

結婚子供三人を義務にすりゃあいいだけの話

結婚出来ないやつには女あてがえばいいし

子供出来ないやつには養子でも不妊治療でもさせればいい

結婚して幸せな家庭をなんて人類レベル普遍的幸せのあり方で何万年も変わってない本質

障害者デブ、ブス、ホモ関係ないとにかく結婚子供三人を義務

生活保護受給者ほとんどはい大人のくせして独身

自分の為にしか何もしないゴミ屑が落ちて生活保護になるってのが客観的事実だろ

誰かの為だからこそ人は頑張れる

家族の為に尽くし子供がまた大人になって家族の為に尽くす

それが人の本質なのにはてなバカってそれを無視して自分勝手にやらせろっていう

本当バカばっかり

anond:20181117144219

なるほど理解出来た、ありがとう

かに、ある種の信念や規範意識に充足することで死を忌諱しなくなる現象は在るように思う。

生死よりも大切な何かのために生死を問わなくなる、

あるいは生死より大きな価値を得て満足したために生死が取るに足らないものになる、

といったところだろうか。

すると、生死を超越するほど強力な信念や規範の無い人々にとって、生には普遍的価値があり死は無価値になるのかな。

私にはそんなに強力な信念や規範は無いが、かと言って生に普遍的と言い切れるほど強い価値を感じたことも無いので

「死を口にすることが憚られるほどの強力な価値である生」とはどういうものなのか、見聞きしてみたいんだ。

anond:20181117021125

a. (それがあると仮定して)普遍的正義

a'. それが一番良いと思える

b. 社会にとって一番良い

c. 会社にとって一番良い

d. 自分にとって一番良い

e. 対象にとって一番良い

2018-11-15

anond:20181115233234

表現の自由普遍的人権構成する要素足りうるなら国家間表現の自由の制約に差はないだろう

基本的人権とは神聖にして侵すべからざるものではなく、その時代その国々において差があって当然のものであるから日本社会としても行き過ぎた自由制限するという方向に力学が働きつつあるということなのだ

であるからして、今後我が国において表現の自由簒奪されようとも、それは人権侵害したことにはならない

そもそもが、健康で文化的な最低限度の生活と言いながらそこらへんにホームレスがいる国だということを理解しよう

あなたがそのような報復を行って世間から鬼畜呼ばわりされたいというのはどうぞご自由

報道番組でお会いできることを願っています

普遍的な悪であるホロコースト南京虐殺と比べると、原爆投下正当化材料を遥かに豊富に持っていて、それらにきちんと向

き合って原爆非難論理を組み立てるのは簡単じゃない。ましてや日本侵略擁護南京虐殺否認したりする口で原爆非難

しても、そんな倫理微塵も普遍性はない。

https://twitter.com/chounamoul/status/1062863763831844864

シュナムル 原爆 防弾少年団

毛沢東万歳by マオケー民

われわれはかつて、整風運動は「普遍的マルクス主義教育運動である、といったことがある。整風とは、全党が批判自己批判を通じて、マルクス主義を学ぶ事である。整風の中で、われわれはかならずマルクス主義をいっそう多く学びとることができる。

2018-11-14

[]ボヘミアン・ラプソディ

ボヘミアン・ラプソディ』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

すごいぞなんと140点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。なんでサントラ買いたいくらいには良かったです。

ただその一方で実はこの映画感想を書くつもりは当初なくて、というのも自分クイーンリアルタイム応援してたファンではないからなんですよね。もちろん日本人普通に暮らしていればCMやら飲食店の店内楽曲クイーンの曲は耳にしてるし聞けば、あああれね! くらいのことは言えるんだけど。

でもどうせファンの人がたくさんレビューを書くと思ってたんで自分が書く必要はねえでしょうと、思ってました。

フィクションでええやないか

んだけど、実際見てみてその周辺の感想とか聞くと、もやもやした気持ちが募ってきたわけです

やはり133分という限られた尺の中では出来事を省略する必要もあったり、感情動線設計エピソードの順序入れ替えなどは行われているわけです。そういう意味でこれはノンフィクションではなくて、エンドロールにも書かれているようにフィクションです。

本国広報プロデューサーもそうフィクションだと発言しているんだけれど、コアなファンであればあるほど史実との違いが目につき、ニコニコ笑いながら(多分なんの悪気もなく)貶すという光景がなきにしもあらず。実在人物フレディ・マーキュリーの伝記的な映画でもある以上仕方ないのだけれど、正解/不正解という視点がついてきてしまう。

オタクオタクであるゆえ仕方がない心性で「かー。しょうがないな、この部分もうちょっとこういう描きを入れてほしかったな。かー」「よくやってるけど30点!(地獄のミサワの顔で想像してください)」的な、本当は大好きなクイーン映画がすごく良い出来で嬉しいのだけれど一言わずにはおれないような。そういう反応多いのです。

気持ちはすごくわかるのだが、ソロで鑑賞にいったこ映画の後ろに行ったカップル男性が「あいクイーンのことになると早口になるよな」とかで、なんか、すごくいたたまれなかったりもする。キミのその愛情彼女さんには全く通じてないし、むしろ映画の感動いまどんどん減らしてるよみたいな。

からこのレビューでは物語フィクション)としてこの映画おすすめします。

若い人もクイーン知らない人もちょっとしか知らない人も寄っといで。これはとても良い映画だったよ。知識なんていらないよ。単体で物語としてよかった。だから観るといいよ。そういうレビューです。

何もないという窒息

映画はフレディがクイーン前身バンドであるスマイルメンバーに声をかけるあたりからまりますデビュー前のフレディは当然まだ若く、瞳だけがギラギラした挙動不審青少年で、当たり前の話だけど何も持ってないわけです。

何も持ってないというのは、金も実績も名声も持ってないし、家庭ではなんだか居心地が悪いし、将来の確固たる保証もないということで、その何も持っていないという閉塞感が初っ端から強烈に描写されます

それがすごく良かった。

それは、この映画ロック界のスーパースター伝説偉人フレディー・マーキュリーを崇める映画ではなくて、何にも持ってないチンピラのフレディから始める映画だっていう鮮烈な意思表示なわけですよ。

野心を持った若者っていうモチーフ映画でも小説でもよく出てくるモチーフなのだけれど、若者は野心を持つってわけではなくて、それは全く逆で、財産らしきものは他に何も持ってないから野心ぐらい持たないと惨めでやってられないってことですよね。

作中で描かれるフレディがまさにそれで、デビュー後彼はすぐさまオレ様キャラを発揮し始めるのだけれど、最初デビュー前のシーンでは内気で繊細な少年なわけですよ。オレ様ってのは虚勢だとすぐわかる。スカウトの前でも音楽プロデューサーの前でもでかいことを言うけれど、それは「いまは何者でもないチンピラだ」ってことを当の本人たちが痛いほどわかってるからにすぎない。

かに伝説バンドクイーンメンバー全員が稀有な才能を持っていて音楽に愛されていたのかもしれないけれど、でもそれは人間的な弱さを持っていなかったことは意味しないし、何も持ってないし、何も確かなことがない。将来何になれるかわからないし、不安だけど、弱みを見せるわけにも行かない。それって、青少年普遍的鬱屈だとおもう。そういう意味で、スクリーンの中のフレディは、たしかに観客席と地続きだと感じました。

生存戦略としての虚勢

から無駄に見栄を張り無駄喧嘩を売ってオレ様は天才なので何をやっても大成功なんだぞー! と嘘でも吠えなきゃならない。それは文字通りの意味で虚勢なのだけど、フレディはその意地を張り通して段々とスターへの階段を登っていくわけです。

生存戦略としての見栄と意地で、それがある程度以上に通用成功する。

からこそフレディは問題解決する手法として去勢音楽しか持たないわけです。下手に成功しちゃったから。そして、バンド内で揉め事が起きても、スポンサー揉め事が起きてもこのふたつで解決していくしかない。他のノウハウはびっくりするほど何もない。

でもその問題解決手法アーティストとして成功するために最適化されているために、フレディ個人内面の寂しさや煩悶を癒やす役には全く立たない。

溝ができつつある恋人であるメアリーとの間をなんとかつなぎとめようとするフレディのやり方は、小学性みたいに真っ直ぐすぎて、純真ではあるのだけれど多分恋愛検定で言うと偏差値43くらいでとてもつらい(っていうかお前隣り合った家の寝室の窓から明かりのオンオフ相手確認するとか昭和少女漫画クラスやぞ)。

バンドメンバーとの関係傲慢ワンマンが過ぎてギクシャクしていくが、こち解決傲慢&虚勢に仲間に対する甘えをトリプルでどん!! しているわけでお前よくこんなんで空中分解しないな?(とおもってたら分解した)という感じで、これまた辛い。こっちは偏差値41くらい。素直でない分2低い。つらい。

全体的にコミュ力中学生レベルでしょう(つらい)。

自分性自認ヘテロなのかゲイなのかで悩むフレディは、その鬱屈がたたって恋人メアリーとは距離を置くことになってしまうし、それをきっかけとして私生活が荒廃していくわけです。周辺に金をばらまき、ドラッグ乱交パーティーに溺れていくけれど、それで内面の寂しさは癒せない。

そもそも音楽&虚勢という生存戦略アーティストとしてのし上がることに特化しているので、私生活を豊かにするには役に立たないわけです。それどころかスターダムにのし上がればのし上がるほど、マスコミの下世話な視線に晒され、心無い詮索で私生活崩壊していく。仕事音楽)に逃げ込もうとするその弱い心が、事態を決定的に悪化させてしまう。

バンド危機だし、フレディは仲間からも「キミって時々本当にクズ野郎になるよね」といわれてしまう。スクリーンを見ながら「せやな」と言わざるをえないわけですよ。

フレディは、フレディの才能に殺されつつあるわけです。

でも、やっぱり、救いはある

この映画ふたり大好きな登場人物が居て、そのひとりはバンド精神的なリーダー?であったブライアン・メイ(演グウィリムリー)。この人の演技が、めちゃくちゃ良かった。特にセリフにならない表情の動きみたいなもので、映画の深みを何層も掘り下げてくれました。

喧嘩をした直後に浮かべる「仕方ないなあ」というような許容の表情や、ラストライブシーン中の「言葉にしなくてもわかってるよ」とでもいいたげなさりげない承認の表情など、どんだけバンドが砕け散りそうでも、メンバー音楽に対する愛を、演技だけで表現してのけた。ぶっちゃけすごい。

朴訥な、言葉は悪いけれど垢抜けない田舎者風のキャラ構築だけど、静かな思いやりと知性が感じられるっていう難しい役だったのにね。

もうひとりはジムマイアミハーバー。このひとは、当初クイーンというバンドプロデューサーから紹介された弁護士として登場します。契約面でクイーンを支えるためのスタッフのひとりでした。

出会ったその最初のシーンで(ヤング傲慢な)フレディからジムという名前はつまらないんでマイアミに変えろ」くらいのことは言われて笑いのもととなり、つまりコメディキャラ位置づけです。

でも物語中盤、フレディは誤解と癇癪からマネージャーであるジョン・リードを一方的にクビにしてしまうわけです。そしてフレディは、後任のマネージャーを「次のマネージャーはきみだ」のひとことで、その場に居たジムマイアミハーバー押し付けちゃうわけっすよ。

そんなの嫌でしょ。自分なら引き受けたくないです。だってクイーンの連中は音楽やってるとき以外は飲んだくれてるか喧嘩してるか女といちゃついてるかで、偉そうだし、わがままだし、人の話聞かないし、どう控えめに評価しても糞ガキ(主にフレディ)だもの

でも、ジムマイアミハーバースタジオ演奏しているクイーンを見て、引き受けてしまう。「わかった、やるよ!」といってしまう。それがすごく胸に詰まるシーンでした。

だってさ、たしかクイーンは(主にフレディ)は人の迷惑を考えないクソ野郎だけど、音楽の才能は本物で、それ以上に音楽と観客に対して真摯なのは見ててわかるんだよね。そこだけは本気で一切手抜きしないで、いいものを作ろうとしてるのがわかるのだ。

ジムマイアミハーバー弁護士としてのキャリアもあるし、こんなワガママ集団のお守りなんかしなくても十分生活できるはずでしょ。一方、クイーンマネージャーを引き受けるっていうのは彼らのツアーもついていくだろうし、各方面からの問い合わせやスケジュール管理もしなきゃいけないわけでしょう。それは控えめに言って、人生を捧げるってのとほぼイコールですよ。このわがまま集団を守って、彼らの盾になり続けるという意味だ。

立派な大の男の人生進路変更させてしまう、クイーン音楽のちからってのは、別段彼らの業績を知らないスクリーンこちらの素人にも、やっぱり分かるんですよ。そこで迂闊にもホロリと泣けてしまった。

(あとで調べて、彼ジムマイアミハーバー本人は最後までマネージャーを続けて、この映画制作にも関わったことを知って二度泣けました)

チャンピオンは誰だったのか?

フレディは前述の通り、性自認問題やら持ち前の癇癪から疑心暗鬼になって、「家族」とまで思っていたバンドメンバーを遠ざけて孤独になり、その孤独がつらくてより酒におぼれて生活がぼろぼろになっていく。

でもそういう最悪の時期を、元恋人メアリーの助言で断ち切ってバンドメンバーのもとに戻るわけです。

そこから映画クライマックスへ、復帰のための厳しいレッスンから1985年のライブエイドに向かっていく。自分HIV罹患していて余命がいくばくもないこと。でもそれでも「同情はゴメンだ。俺の望みは残りの人生音楽に捧げることなんだ」とフレディは仲間に言うわけです。

それに対する仲間のアンサーが「お前は伝説だ」と。

でもフレディは「俺たち全員だ」と応えてライブへとつながってゆきます。幾つもの和解があって、ライブ当日、フレディは素晴らしいパフォーマンスを見せる――というのがクライマックスの展開なわけです。そこで立て続けに流れる名曲の数々ですが、やはりひときクローズアップされているのが"We Are The Champions"という楽曲です。

おそらく誰もが耳にしたことがあるこの曲が名曲だってのはもちろんあるんですが、やはり、この物語の中では、すごく重いです。そして良かったです。

この曲は確か公開当時「傲慢歌詞だ」という批判を受けたはずなんだけど、実際映画館で、物語の中で聞くと、ちっともそういう曲には聞こえないんですよ。歌詞のものは「俺たちはチャンピオン勝利者)だ。今まで色々やってきた結果勝利者になった。敗北者に用はない。俺たちはこれからも挑むんだ」というもので、なるほどそう要約してみれば、傲慢にも聞こえます。とくに大セールスを記録した世界アーティストのそれともなれば、そういうやっかみを受けるかもしれない。

でも、そういうふうには聞こえなかった。

しろ、今まで自分たちがやってきた努力や行動のすべてを自分たちは自分たち自身に胸を張っているけれど、それを周囲には理解してもらえてない、“未だ自分たちは最終的な何かを何も受け取っていない”若者である自分が、自分自身に対して「俺たちは勝利者だ」と励ましているような、自分友達鼓舞するような、そんな曲に聞こえるのです。

しかに名声も金も手に入れたけれど、でもだからといってそれがゴールだなんて思わない。今現在環境は決着ではない、だから敗北者に用はない。もっともっとおれたちは目指す何かに向かって、求めていた何かに向かって手をのばすんだ。そんな歌詞に聞こえてしかたがないわけです。

人間人生の何処かのシーンで、自分を励まさずにいられない心境になるってどうしようもなくあると思うんですよ。

苦境にあっても、自分は間違っていない。今まで歩いてきた道は愚かだったわけではない。それを証明するために現在という試練を超えて、未来で何かを手にしたい。

そんな気持ち世界アーティストであろうともそこらに兄ちゃんおっさんであっても、抱くことはある。むしろそこらのおっさんやおばさんだからこそ、自分応援する必要がある。多くの観衆のそういう内面祈りのような感情を、本人に変わって歌い上げるからこそ大スターになれるんじゃないかと思うわけです。

から"We Are The Champions"という曲におけるWeは、フレディでありクイーンメンバーであり、ライブエイドの観客であり、そしてこの映画を見ている人間でもあるわけです。

それがとても良かった。この映画自分に関する物語として見れることが、とても良かった。

これらのことは別段クイーン情報を知らずとも、楽曲に対する知識がなくてもこの映画を見るだけで十分についていけます

この映画は、伝説バンドクイーンというのが居てその偉業にひれ伏すためのものではなく、かと言って歴史的事実に対して○×クイズをするための出題でもなく、音楽に深い愛を捧げた内気な少年プライドと虚勢を頼りに世界と戦った――そして最後には家族の元へと戻り偉大な勝利を得た。

そういうビルドゥングスロマン映画であって、あるいは中途半端知識のあるファンよりも、何も知らない世代や人々にこそ深く刺さるものだったと思います

2018-11-13

さすがに文章読めなさすぎじゃない?

ユダヤ人団体、BTSに謝罪要求 かぎ十字似の旗振る(https://www.asahi.com/articles/ASLCD4T4BLCDUHBI01C.html

現在の人気ブコメ、いったい記事のどこを読んだの? タイトルだけしか読んでないの?

それとも、彼らがブコメをつけたあとに記事の内容が書き換えられたの?

Ez-style 共同が書いてから大分時間が経ってるうえに、原爆の件に関して日本人謝罪しろと言ってる部分をあえて書いてないという、分かりやす記事ですね/追記:原文→ https://bit.ly/2FeOdMd

stand_up1973 こういう所は本当にダメだな、朝日新聞朝日カットした部分に、SWC普遍的団体だという矜持が込められてるんだよ。だからそこはメディア党派性で省略しちゃいけないの。

記事の冒頭で原爆について言及してるし、記事中の「非難する」「批判した」の対象原爆Tシャツじゃん。

原爆投下の画像印刷されたTシャツを着ていたことが批判され、日本音楽番組への出演が取りやめになった韓国男性音楽グループBTS(防弾少年団)について、ユダヤ人人権団体サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部・米ロサンゼルス)は11日、「非難する」との文章公表した。

原爆投下をあしらったTシャツを着たことは「過去をあざけるこのバンドによる最新の一例に過ぎない」と批判した。

『BTSが公式謝罪することを求めた。』の1文についてだけは、何について誰に謝罪するのか、が明確ではないけれど、それは記事文脈上明らかでは?

この記事普通に読んだら、「SWC原爆TシャツについてBTS批判し、謝罪を求めた」と読めるでしょ。

朝日新聞が嫌いにしても、流石にバイアスかかり過ぎじゃない?

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