「普遍的」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 普遍的とは

2018-06-22

自分が抑圧者であると指摘され、もろくも崩れるポリコレ当事者

幸色のワンルーム 放送取りやめに関しての思いとか。|たれ(甘辛い)|note

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.mu/amakara_no_tare/n/na4eb53fb6768



もう消されてしまったけど読んでいて脱力した。

から言ったじゃん。幸色のワンルームは、若い子が普遍的に持っている逃避行願望が投影された作品だって少女向けのたわいもない作品だって

現実事件モチーフにしたものではないと作者が明言し、発表されたのも事件半年後というラグがあったにも関わらず、

誘拐事件を女の責任転嫁したい性差別的な作品という文脈勝手に仮託して吹き上がっても仕方がないだろう、と。

しまいには、若年層の家出助長するからダメなんて噴飯物の主張まで出てくるんだから手に負えない。

しかし、抑圧された不満が自身に向かうのを目の当たりにして意気消沈する正義の人の姿には笑う。え、今になってようやく気付いたの?

君らのやってることはパターナリズムそれと同じとは思い至らなかったのか。

人が自由に楽しみ萌えていたものに、正しいか正しくないか尺度で介入して矯正させておいて

「抑圧するつもりなんてなかった」とかよくもまあ言えたもんだよ。

「ここは退屈迎えに来て」

ここは退屈迎えに来てってタイトルの本があって、すげえ好きなタイトルなんだけど、

この「迎えに来て」って普遍的にみんな持ってる欲望だよな。

つまんない世界にいて、誰か迎えに来てくれないものか。

自分能動的に抜け出すのは大変だから、誰かに助けてほしい。

でも駄目なんだよな。

そんな都合のいいことはない。迎えに来てもらえるのは、それこそ恵まれた一握りの人だけ。

迎えに来てじゃなくて、自分が迎えに行くくらいの気持ちじゃないと。

2018-06-21

たくさんのコメントありがとう

ちょっと前に書いたこちらの記事日記)に、たくさんのコメントを頂きました。

https://anond.hatelabo.jp/20180504230325

どうもありがとう肯定的コメントは全体の一割程度、残りの九割は否定的コメントでしたが。反応を頂けたこ自体が有難く嬉しいものでした。

ブックマーク頂けたのは三百三十六。そのうちコメント頂けたのが一百数十といったところでしょうか。そんな風なフィードバックを賜りました。

興味深いと思ったのが、こんな記事日記)は読むなというコメントでした。そしてこのコメントが最も多くの支持を得ていました。

読む価値がない、時間無駄から読むなと、そのように捉えてもらっても構わないのですが、わざわざブックマークして他者に読むなと推奨するというのも興味深いと思いました。聞きたくないことを私が書いてしまったのか、これを読んで同じWeb上のコミュニティの人々が何らかの影響を受けることを阻止したいと思われたのか、純粋善意か。読んで価値なしと思われたのならそのまま無視しておけばいいものをとも思うのですが。

一方、肯定的に捉えてくださった方は一〇名くらいの方々でしたか普遍的な内容であるとか、素晴らしい内容だったとか、有難くもお褒めの言葉を頂きました。真摯に書いたつもりです。実際、私個人経験を通じて確信を持てたことを書き連ねました。

具体的なことを書いてないじゃないかというコメントも少なからずありました。具体的に書いているつもりなのですが。これこれこういうことそのままにやっていれば儲かるし、お金がどんどんたまりますよというようなものを期待されたのでしょうか。そんなものあるわけないじゃないですか。大切なのは原則的ものであって、それに工夫を加えて自身の技として用いなければ現実の役には立たないのだということも、私自身の失敗経験から学べた大切な事柄です。

2018-06-18

パクチー好きを嘲笑するのは快感ですか?

タイではパクチーなんて食べないんだろ?」

「んー食べませんね」

 

俺の上司と、タイでの半年駐在から帰国したばかりの後輩の会話だ。

 

パクチーなんて飾りみたいなものなんだろ?」

「ええまあそうですね」

パクチー大盛りブームなんて頭おかしいって思われるよな?」

タイ人は驚くでしょうね」

パクチーパクチー言ってる日本人バカタイだな?」

「ですね、ハハハハ」

「笑いものだよな、ハハハハ」

社食で、上司はどんどん声を大きくしていった。

同じテーブルにいる俺に聞かせるかのように。

俺はその会話を聞いて(聞かされて)上司の「底意地の悪さ」を感じた。

 

何故なら・・・

俺の女友達パクチー好きで、

パクチー料理専門店へしばしば一緒に出掛けるとその上司に話したことがあるからだ。

先月か先々月だったと思う。

意外と旨いんですよなんて喋った記憶もある。

 

俺は思う。

タイ人にとってのパクチーと、俺らにとってのパクチーって違くないか

俺が生まれときパクチーなんて身近になかった。

あのカメムシみたいな草と初めて出会った時の衝撃、臭いによる長年の拒否歴史があり、

ひょんなきっかけで平気になり、むしろ食味の個性に惹かれ始めた。

それ全部込みで「おや?イケるぞ?」となって

タイ料理ベトナム料理には「もっと入れて食おうぜ」になってきた。

そのうち飽きるかもしれないし、ずうっと好きかもしれない。

何かが好きになったり仲良くなったりするって、そういうことじゃねえの?

そういう普遍的な営みのひとつじゃねえの?

俺とパクチー関係も。

 

タイの人々にとって貴重ではないものを我々が珍重するのは頭がおかしいのか?

彼らが常食しないものを我々が喜んで食べること、それはバカタイなのか?

それはどういうロジックなんだ?

馬鹿にされてイヤな気分だ。

 

それに何より不愉快なのは

他人の食嗜好を嘲笑する行為の卑しさを知らないことだ。

俺まじであの上司が嫌いだ。

2018-06-14

anond:20180614175532

そこら辺がたぶん左連中のダメなとこなんでしょうなぁ。

自分が属するところをバカにされると若干腹立つってのは人種によらず普遍的にみられる価値観っすからねぇ。

で、それでむっとして調べてみると、金太郎飴かってくらい同じような仲間連中でわいわいやってるのよね、彼ら。

で、「ああ、こいつら同じ仲間連中で帰属意識を高めるために喚いてるんだな、だっさ」って失笑してしまう。

2018-06-10

[]6月10日

○朝食:餅入りたい焼き

○昼食:ネバネバご飯ローソン野菜いっぱい的なやつ)

○夕食:ラーメン(冷食)、酢豚(冷食)

○間食:カラムーチョチョコカフェオレ

調子

むきゅー!

明日の朝5時から世界最大のゲーム見本市、E3で僕の好きなMicrosoftカンファレンスがあるので、今日は早寝します。

休みの日なので、むっきゅりしてた。

むっきゅりというのは、ネットフリックス映画ドラマを見ながら、ゲームをするという意味かもしれません、今日のところは。

今日見たのは「アレックスストレンジラブ」という洋画と「アンブレイカブル・キミー・シュミット」という海外ドラマ

アレックスストレンジラブの方は、とても真面目で襟を正して正座してみるようなタイプ映画だった。

特に最後最後演出は、とても印象的で、社会的テーマ性を強く感じさせられた。

こういう「普通とはなにか?」「どの人たちも悩みの形や大小の違いはあれど、なにかを抱えている」みたいな、すごく普遍的テーマを、ああい演出で見せられるのは、リアリティがあって、この映画フィクションの中にとどまった問題提起じゃない感じがとてもして、好きだ。

もうひとつ見た「アンブレイカブル・キミー・シュミット」は、打って変わって、ゲラゲラ笑いながらみるコメディ

どっちが好きとか嫌いとかじゃ無いけど、こういうゲラゲラ系好きだなあ。

こういうゲラゲラの中に、人種の話とかの社会的テーマがそっと添えてあるタイプアメリカドラマって感じがして好き。

今日シーズン1をガーっと見た。

割とオチちゃんとしていているからこそ、シーズン2も早く見たい。

シーズン4まであるので、これからもちまちま見ていこうと思う。

3DS

ポケとる

マンスリーピカチュウをもらった。

これで、マンスリーピカチュウラスト一匹。

7月でこの長かったポケとるも終わりだと思うと、もの悲しいなあ……

スイッチ

ポケモンクエスト

7、8、9、10面を攻略中。

特に進展らしい進展はないかな。

iPhone

コマスター

デイリー要素こなしただけ。

グランブルーファンタジー

AP半額キャンペーン中なので、経験値稼ぎのクエストを周回してた。

使える、使えないは別として、サイドストリーやメインストリーで手に入ったキャラクタたちのレベルを育ててアビティ解放したりしていた。

やっぱり、ガチャで引いただけのキャラクタと違って、物語を通じて仲間になったキャラクタ思い入れが違う。

特にお気に入りなのが、土属性の[灼熱の帝国魂]ユーリというキャラクタ

性能的には、味方を守る防御キャラで、土属性の防御キャラは全員にバフをバラまける上に地震10倍UPを付与できるSSRのサラというキャラクタがいるので、正直あえてこのユーリくんを使う必要はないのだけど、

見た目が格好いいし、僕のもう一人好きなキャラクタの「ファラちゃん」とも絡んでいたりしているところも好き。

(このファラちゃんも土属性なので、バトルで組ませたりしている)

それと、メインストリーキャラクタは、メインストリーを進めないと上限解放の段階が解放されないので、メインストリーも進めていた。

物語はあとでまとめて読もう!(ほんとにぃ?) と思って、ガンガン進めて、今日は32章までクリア

anond:20180610082110

その感覚やばいんだ。

ヘイトはそれをする人間属性によって許されたり許されなかったりするもんじゃ無い。普遍的に許されないものだ。

それを起点にしないとそれこそネトウヨのやってることを批判できない。

彼らは自分被害者から加害者へのヘイトやり返しは許されると思ってるんだから

これは韓国中国についても同じで、彼らは「戦犯国」叩きは正義、「戦犯国」からの反撃は悪だと信じ込んでる。

属性ヘイトする資格あるかないか決まるって感覚が、自分たちのヘイト認識できない原因。

たとえ日本戦犯国で日本人が戦犯民族でもヘイトは許されない、を起点に置かないとヘイト連鎖は止まらないのよ。

2018-06-09

幸色のワンルームテレビ放映中止になったらネットフェミニズム理想理念を捨てて現実をとったことになる


女性蔑視したり不当な待遇にすることは許さない。もちろん、そのかわり優遇してもらったり特別配慮してもらう必要もない」。これがフェミニズム男女平等理念だと思う。これに対し、いまTwitterにはびこっている「女性優遇するべき。とくべつな配慮をするべき」、というのはフェミニズム似て非なる何かだ。一種男女差別であり、逆バックラッシュといってもいいのではないだろうか。 (いや、ただのポリコレ棒では)

しかし、現実差別が解消されていないいまの状況で「一次的に」「例外として」女性優遇するべきということならわからなくもないかなーと。そういうことを考えている。いわゆるアファーマティブ・アクション問題だよね。(いや、ただのポリコレ棒では)


『幸色のワンルーム』に関して、純粋ロジックで考えるなら放送中止はできないというぼくの考えは変わらない。でも、社会成熟していないという現実配慮してそのロジックを捨てるべきだ、それが成熟した態度だ、ということなら話はべつ。それなら理解できる。ただ、ぼくはそれでも理を通すべきだと思うけれど。なぜなら、理を捨てて現実女性問題配慮を示してしまうとそれはそれで色々とねじ曲がるからフェミニズム思想とはそういうものでしょう。それが、あるいは弱者に寄り添うということなのかもしれないということはわかるけれど、それでも。フェミニズム男女平等を主張する。(いや、ただのポリコレ棒では)

しかし、現実社会はまだ男女平等に程遠い。だから、「現時点では」女性に対する配慮必要だ、という理屈はわかる。しかし、そこで女性に対し特別配慮を示してしまうと、社会改革は進まない。男女平等という理念は浸透しない。これはたしかにむずかしい。ぼくは、やっぱり男女平等理念を浸透させ、社会前進させるためには女性特別扱いするべきではないと思う。しかし、それはぼくがそう思うというだけであって、唯一の正解ではないだろう。じっさい、そのことによって犠牲者は出るわけだし。そのことはよくわかった。なので、「現時点では」女性に対する配慮必要だ、そのためには理念を捨てるべきだ、という考え方は否定しない。(いや、ただのポリコレ棒では)


ただ、ぼくはそちら側には立たない、というだけだ。そういう考え方とは敬意をもって対立する。これ、ぼくが何をいっているのか理解してもらえるかな?女性普遍的特別扱いされるべきだ、という思想アンチフェミニズムとかバックラッシュといっていいくらい退行的だろうしかし、いまここにある問題配慮して「一次的に」特別扱いされるべきだという理屈は、フェミニズムではなくても理解はできるものではある。そちらのほうが現実的なのかも。「一次的に」女性問題配慮女性特別扱いすることを認めたとして、社会成熟して男女が真に平等になる日はそれではいつ来るのか、ということは気になる。(一次的ってなに?辞書で調べたら「まずもって」「第一に」「優先して」っていう意味らしいけど、じゃあ「まずは」って書けば良くない?なんで一次的なんていい方をするの?その表現する意味ある?馬鹿なの?)

一次的にでもフェミニズム理念を曲げてしまったら、いつまでも社会前進しないのではないか(「一次的にでも」っておかしくない?第一にしたんだから妥協産物みたいな表現として使うのはおかしくない?言葉にこだわってる演出をしておきながらなんか言葉の使い方おかしくない?それに社会前進なんで望んでないのでは。というか私もそんなこと望んでない。社会前進なんで曖昧としたものを望んでる人なんているの?)



男女差別社会において、男女平等実践することによる弊害はたしかにあるだろう。それくらいなら女性の抱える問題配慮して男女平等理念はとりあえず捨てるという選択肢はありえる。ぼくはそちら側に立たないけれど、納得のいく話だ。「今日」を取るか「明日」を取るか、という話なのかなあ。(いやだからポリコレ棒では?今日も勝つ、明日も勝つ。すべて勝つ。気合根性だって世界でしょ。理念を捨てたりしないよ。だってポリコレは正しいんだから正義なんだから理屈なんてしゃらくせえ。黙ってろボケ世界だよ。無駄な抵抗だよ。今でも理が重視される世の中だといつから錯覚していた?) 

今日」ではなく「明日」を取る、というと良いようだけれど、それじゃ、その「明日はいつになったら来るの、という問題はある。「今日」の問題から目を逸らしているだけじゃないの、と。それはそうかもしれない。だから、ほんとに正解がある問題じゃないんだよね。(正解はないと言いながら自分のほうが正しいと思ってるよね。理は自分の方にあるけど感情には配慮しますよくらいの立ち位置だけど本当にそうなの?あなた正気は誰が保証してくれるの?)


ぼくはそれでも差別的な女性優遇に反対だけど。(そもそも差別的な女性優遇というこの人の評価は正しいの?ポリコレ棒の人たちの主張はもともと差別的な男性優遇是正して平等に戻してるだけって言い分でしょ。これに対して反論できるの?女性差別的に優遇されているとは思わない、といわれたらどう反論するの?そのあたり感覚で喋ってるだけで、自明のことのように語られてもなぁ)

たとえば、現実女性のために一時的配慮としてある種の表現規制する。それが差別的な社会における一次的な配慮だというとして、いったいいつ差別がない成熟した社会は訪れるのか、という問題がある。だから、「女性の苦しみに寄り添う」ために表現抑制することにも反対かな、と。ただ、そういう気持ちはよくわかるので、そういう立場に立つことが悪いとは思わない。それはたぶんフェミニズムでもなければ男女平等でもないけれど、ひとつ現実的な方策としてありえるとは思う。

(なんかさっきから気持ちはわかるけどフェミニズム女性馬鹿だなって見下すような目線入ってませんかねこの人。というか気持ちだってわかってないだろ。ただのポリコレ棒では)

2018-06-08

普通に美味しい」って普遍的に味覚の流行がどれだけ変わろうとも美味しいって意味だと思ってた(ヴェルタースオリジナル的な

2018-06-05

女性からプロポーズ

男女平等が叫ばれている昨今、男性がすべき女性がすべきもの排除しようという動きが出ている。

女性社会進出したり、男性専業主婦したりするのがいい例だ。

ふと思った。プロポーズはどうなってるのか。

プロポーズ普遍的イメージは「男性」が「ロケーション」を選び、プロポーズ言葉とともに「給料三ヶ月分」の「指輪」を渡している。

男女平等の世の中では「女性」が「ロケーション」を選び、プロポーズ言葉とともに「給料三ヶ月分」の「何か」を渡す場合もあるはずだ。

友達から聞いた話でもいい。女性男性プロポーズをする事がありえるのか気にある。

真の男女平等は難しいかもしれない。ただ、少し考えるとすべての生物が生きやすい世の中になるかもね。

2018-06-03

法華狼は

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20180410

>もちろん人間は全知全能でなく、

ある分野ではデマを厳しく批判できても、別の分野ではデマに騙されることは珍しくない。

共感できる話題でのみ人権に敏感になりがちなことも、残念ながら普遍的問題ではある。

さすが詳しいですな~「デマに騙される」にあらず、御仁様自らデマを流したのだが

被害の訴えと加害の押し付け

同等の問題があるかのように主張するデタラメぶり

精神拷問に等しいデマを流して自白させたことを

問題視もせずに、被害の訴えの価値毀損に利用してなさる

自殺陰謀論」「唾棄貧困家庭

「たびかさなるデマの流布や情報剽窃批判されているバイラルサイト

などを批判もせずに引用したハム速保守産経をしっかり問題視しながら

ジャパン蔑称啼き喚き」を批判もせずに引用した

自身は悪くないと残念な主張をのたまいなさる

anond:20180603010115

別にカタカナにしたか揶揄する意味合いが追加されたわけではなく、通常ではない表現には追加の意味を込められるということだと思う。

人がそういった変化球を使ってまで表現したい意見否定的ものが大半であるため、込められる追加の意味否定的ものになる。

厨房池沼だって中学生知的障害者という単語にそれを揶揄する意味合いが追加された単語である

そういった言葉には生成ルールの流行りがある。

最近表現カタカナが多く使われているというのは、カタカナ性質という普遍的ものが原因ではなくそういった生成ルールが流行っているというだけなのではないだろうか。

2018-05-24

栗城史多名誉ある生贄の心情だったのではないか

自分には彼が何を考えていたのかサッパリからなかったし、みんなどう理解すればいいか分かりあぐねている様子だけど、

この断絶は藤子F不二雄の短編ミノタウロスの皿に似ていると思った。

宇宙飛行士主人公が不時着したのは人形生物が牛型の生物家畜にされている星。

その星で出会った祭典での栄誉ある最高級食材に選ばれたヒロイン

主人公はそれを止めようとするが、ヒロインは食べられることを心から喜んで受け入れており、その価値観の断絶を主人公最後まで受け入れられなかった。

個人的にはこの話はインカやアステカの生贄の文化モチーフにしたものじゃないかと思っている。

そして栗城史多と、彼の支持者達のもっていた世界観というのも、これに似ていたんじゃないだろうか。

冒険の共有」を掲げた彼の支持者は口々に勇気をもらったと言う。

雨乞いや豊作を願って神に捧げられた少年少女達も、その共同体の人々に勇気を与えたことだろう。

みんなのために、死ぬ根拠はないけど、死ぬ。みんなはその尊い死を称える。死んで本望だったろうとすら言う。

その価値観はなかなか理解しがたいが、人の弱さが生み出す普遍的システムであるのかもしれない。


だが死の恐怖はそうやっても誤魔化しきれるものではない。

標高6739メートル火山で見つかったインカの生贄の少女は、

豪華な食生活一年以上の準備期間の後、死ぬ前にコカを齧っていたという。

標高7400メートルで一人息絶えた登山家は、その瞬間に、何を考えていたのだろうか?

anond:20180524202100

・「潰せ」という指示はわりと普遍的で、最初の反則行為自体は、もしかしたら他のチームでも起きていたかもしれない

昨日から同じようなこと言ってる奴がいるけど信頼できるソースを出さない限り信用できないよ

日大関係者どっちもどっち論に持って行きたくて書いてるだけかもしれないからね

というか常識的に信じられない

強く当たったところで、相手怪我しない限り「潰した」ことにはならないじゃん

日大アメフト部事件について思うこと

はじめに

・全て個人想像感想です。

日大の元監督コーチ擁護する意図はありません。

・なんかちょっとアメフトコンタクトスポーツの実情を知ってる人とそうでない人の間に乖離がありそうなので書いてみました。

ちょっとだけ自分のこと

学生時代アイスホッケーをかじってました

・といっても一部リーグバリバリやってるようなチームではないです。

・そこそこ真面目にやってたつもりですが僕自身はド下手くそでまともに試合たことがなかったぐらいです

アメフトに関してはルールをそこそこ知っててテレビでやってたら見る程度です。アイシールド21は好き。

監督コーチ発言に関して

これはアイスホッケーやってたとき感想なんですが、

まあーーーなんていうか荒っぽい人が多いです。もちろん全員じゃないですが。

今回取り沙汰されている「最初のワンプレーで○○を潰したら試合に出してやる」なんて、

まぁ僕も言われましたよ。

まして日大フェニックスなんて群雄割拠のチームでレギュラー争いに居る選手なら言うし言われるし割と当たり前に飛び交う言葉だと思います

その良し悪しはまた別として。

 

なんで、

撤回された元監督の「あのぐらいの気概がないと勝てない」発言とか、

会見後に出てきた「潰せというのは強く当たれという意味でよく使う言葉」というのは、

失言言い訳でもなんでもなくその時点では当たり前のこと、ただの本心だったんだと思います

チームの雰囲気はもしかしたらよくなかったかも知れないですが、

それ自体問題となって取り沙汰されることはまず無いと思います。たぶん他のチームでも言ってるだろうし。

まぁ汚い言葉だとは思いますけど。。。

ルールという「絶対防衛線

じゃあ何で今回は問題になったの?というと

選手ルールを破り、監督コーチがそれを容認してしまった」

これに尽きると思います

 

アイスホッケーアメフトラグビー他、

直接殴りあう格闘技に至るまで、

ルール無用相手をぶちのめしていい」なんて競技はありません。

グレイシー柔術だって目潰しと噛み付きは反則です。

 

アメフトタックルの細かいルールまでは知りませんが、

アイスホッケーなんかだとかなり細かい反則の条件があります

(NFLクラスになると化け物しかいないのでルール無用に見えます・・・)

 

なので、反則行為に至ってしまった彼は、ルールの中で正当に相手を「潰す」べきだったし、

仮に間違った行為に至るような指示をしてしまったとしても、監督コーチルールを逸脱してしまった彼を強く嗜めるべきだったと思います

 

 

怪我をさせる意図はあったの?なかったの?

一言で言うと、「そんなもんはわからん」です。

かに口の悪い人なんかは「相手怪我して出れなくなったらラッキー」みたいなことを言う人もけっこう居ます(僕は嫌いですが)。

 

ただ、逆に、ルールを守っている以上は

「これは相手怪我するかもしれないな・・・」と思って手加減することは

まず無いです。

なぜなら重篤事故怪我を起こさないのが大前提としてルールが組まれていて、

またそうならない為にプロテクターを着けているんです。

なのでルールを守っている限りは「手加減は必要ない」んです。

なので仮に怪我をさせられた場合の矛先はまず審判に向きます

「今のファールじゃねえのかよ!」って。(※審判に対する暴言ダメですよ)

まー、たまに報復的な行為に出る人もいます・・・

 

 

じゃあどうすりゃよかったの?

今回の彼がやってしまったプレー、

仕方の無いこととまでは言いませんが、

「厳しい状況下でアメフトをプレーしている選手なら起こりうること」

なんじゃないかと思います

 

また、監督コーチの「潰せ」という指示やそのほかの厳しい発言も、

その時点ではそこまで問題ではなかった・・・とまでは言いませんが、いちいち取り沙汰されることではなかったのかなと思います

 

ただ、ルールの中でやらなければいけないことは絶対条件ですから

普段からクリーンなプレーを心がけよう」という意識付けをチームとしても個人としても徹底する

(パワフルなプレーをしない、の意味ではない)のは絶対ですし、

万が一もしそれを踏み越えてしまったのであれば、

指導者は厳しく選手を叱るべきだし、

指導が至らぬばかりに申し訳ありません」と選手ともども即座に相手謝罪をしにいくべきです。

そうしていれば関学選手世間もここまで噴き上がることはなかっただろうと思います

 

おそらく、元監督他は「相手もそういうこともあるかもしれないし許してくれるだろう」

勝手に甘えてしまっていたのではないか、と思っています

 

 

さらにその後の対応

それでも、関学は即座に被害届を出すことはせず、まず詳細の説明謝罪を求めました。

おそらく「なんらかの事情や行き違いがあったんだろう」と同じフットボーラーとして日大にチャンスをくれたのです。

 

ここで「我々の指示や指導が良くなかった、プレッシャーのあまりやってしまたことで本人も反省している、申し訳ない」と素直に謝っていれば、

まぁせいぜいスポーツニュースで好き勝手言われるだけで済んだでしょう。

 

が、こともあろうにこの関学の「最後通告」に対しても、

監督日大首脳陣は保身と揉み消しに走り知らんぷりを決め込んでしまます

なんなんすかね。謝ったら死ぬ病気なんですかね。

ていうか保身が透けて見えるくせになんにも守れてないのウケる(真顔)

 

そりゃあ関学被害届も出しますし、

日大の彼も「えっ被害届出されてんのに大学に見捨てられたら俺だけ悪者じゃん」ってなります

(まして会見の内容からして「お前は悪くない、我々の指示だ」といったようなことをコーチから言われていたようです。

守ってくれると宣言した相手にいきなり手のひら返されたらそりゃ自己防衛に走ります。)

 

結果、選手本人が異例の顔出し謝罪会見となるに至ったんだと思います

(関学選手側の対応からも彼一人を司法の場に出すことは望んでいないように思います。)

悪いのはだれ?

もちろん最初に重大な反則を犯してしまった彼が悪いです。

が、それ自体は彼個人とチームとして、誠意ある対応をしていれば、

せいぜい出場停止程度で済むことだったと思います

ところが実際の大学対応は誠意どころか切捨てと保身に終始するという最悪なものでした。

彼も絶望したと思います

プレッシャーに耐え、コーチ監督悪口雑言にもチームが勝つ為と耐え、

日本代表の座を手放してでもチームに貢献したいと理不尽な条件で出場したにも関わらず、

ミスをすれば自分個人のせいにされなんなら前科者にされかねない。

そんな目にあったらアメフト辞めますってなっても仕方ないですって。

 

どんなスポーツでも、監督コーチはチームを率いる以上、

勝つことが目的となりそれが評価に繋がるというのは仕方の無いことですが、

からといって「自分さえ勝てれば全体の品位責任はどうでもいい」とはならないはずです。

(この辺はいわゆる企業におけるCSRの考え方にも近いものがあると思います。)

勝つことを目的としながらも、

アメリカンフットボールひいてはスポーツ界全体が健全に盛り上がり発展していくような手段を取らなければならないはずです。

その責任を果たさないどころか利己的な行動に走りアメフト界全体の品位を下げるようなことに至ってしまった以上、

監督他当時のチーム首脳陣はアメフト界を去るべきです。

(つーかどの界隈にいても害しかなさそうなので絶海の孤島の無人島とかで隠遁生活しててほしいぐらいです)

今後に望むこと

一部報道によると日大フェニックスの無期限出場停止可能性もあるようです。

僕はそれは嫌だなぁと思います。(来期の停止ぐらいは仕方ないかなと思いますが)

 

もちろんチームの体制雰囲気問題はあったと思います

が、せっかくこれでアメフトクリーンスポーツであることを主張していかねばならないときに、

厳しい目に晒されながら競技を続けていく方がきっとしんどいと思いますし、

何より日大フェニックスにいるほかの優秀な選手たちをアメフトから遠ざけてしまうのは忍びないです。

(解散して他所のチームが拾ってくれるってわけでもないでしょうし)

 

 

 

たらればの話

まぁこんなこと言うてもしゃあないですし可哀想ではあるんですが、

日本代表を辞退させられた時点で彼には何かがおかしいと気付いてほしかったです。

プロリーグ実業団ならまだしも、

大学選手日本代表に選ばれるというのはそれはチームとしては非常に名誉ことのはずですし、

そこで彼を行かせないのは身勝手しかないです。

いやまぁそりゃ内心では戦力ダウンは嫌だなあとか思うかもですが、

それこそ先述の「業界に対する責任」のひとつだと思います

最後

アメフトに関しては門外漢のくせに、

なんかおんなじように人間がぶつかるスポーツ経験者(ぬるめ)というだけでえらそうに語ってしまいましたが、

 

・「潰せ」という指示はわりと普遍的で、最初の反則行為自体は、もしかしたら他のチームでも起きていたかもしれない
・最悪だったのはその後の態度の方でこれは本人の誠意と意識問題
雰囲気は悪かったかもしれないが選手に罪は無いのでチームは潰さないでほしい

 

というのが僕の見解です。

別にこれを押し付ける気もないですが、

「だから体育会系はクソ」「業界全体が腐敗している」みたいな言い方をされると

個人的にはちょっともにょもにょするなあということで。

anond:20180524170340

そもそも性愛対象が誰であろうと関係無い話を、意識高い人たちが普遍的に持ち出してくるから訳が解らなくなるんですよ。

ゲイの人が男湯に入っても性的行為に及ばなければどうでもいいんですよ。内心ほくそ笑んで下さっても構わないんです。

なら、すべての湯を混浴にしてもよかろう?

ヘテロ男性が女湯に入っても性的行為に及ばなければどうでもいいだろう。

そういうことになっちゃうぞ?

anond:20180524145305

そもそも性愛対象が誰であろうと関係無い話を、意識高い人たちが普遍的に持ち出してくるから訳が解らなくなるんですよ。

ゲイの人が男湯に入っても性的行為に及ばなければどうでもいいんですよ。内心ほくそ笑んで下さっても構わないんです。

「内心が女だから男湯に入るのが苦痛だ」は「野郎の裸が見たくないから男湯に入るのは苦痛だ」とレベルとしては変わらない話じゃないですかね?この人の苦痛まで社会対応出来ないですよ。

2018-05-22

おっさんずラブ」が素晴らしすぎるから、長文で語りたい

おっさんずラブ」が凄く良い。

あと2話で終わってしまうからもっとみんなに見て欲しくて、熱く語るよ。

ざっくり言うと、ダメリーマン田中圭)とエリート営業マン(牧凌太)のボーイズラブに、部長吉田鋼太郎)と牧の元カレ武川主任眞島秀和)が当て馬的に横恋慕って感じなんだけど。

5話で牧の過去が語られることで、人物に深みが出て「愛」の深みが尋常じゃなく深まった。もはや、沼。抜けられなくなってる人も多いし、もっと沢山の人にぬかるんで欲しい。

まずさ。就活中はオドオド大学生だった牧くんが、入社後4年で本社勤務のエリート営業マンになれたのは、武川さんの導きがあったからだよね。

対して、ヘボリーマン春田入社10年たっても、にこにこ朗らかでいられるのは、部長の見守りがあったからだと思う。

ついつい、牧くんと春田恋愛事情を追ってしまうけど。この2人の裏には部長主任、2人のオッサンの愛があることが分かる。

部長は、10年かけて春田の良いところを伸ばし続けて、フォローしまくってきたんだと思うよ。ダメダメなところさえ、春田個性として潰さずに、大切に大切に守ってきたんだよね。そりゃ、「今のはるたんを作ったのはオレだ!」って言いたくもなるよ。

武川主任もさ。

牧が会社で自信を持って仕事が出来るように、丁寧に導いてあげたんだと思うよ。四年で本社勤務のエリート営業マンに仕上がったのは、本人の資質武川主任庇護の賜物。それより何より。真っ直ぐ目を見て春田に愛を伝えられる、今の牧になれたところが素晴らしい。

部長武川の注いだ愛は、同性愛でも何でもなくて。

子どもを育てているお母さんの中にも、部活の先輩にも、会社上司にも、みんなの中にある普遍的な愛だ。

からこそ、部長の愛を受け止め、それを振り切って牧を選ぶ春田を見て、部長の奥さん(大塚寧々)大号泣ちゃうし。「牧がいないとダメなんだ!返してくれ」とすがる武川には、見ているこっちの心が締め付けられる。

若者たちは先へ進む。オッさんの愛を置き去りにして。その残酷さが、とても美しく描かれてるドラマだと思う。

私は年齢的には、もうおっさん側の人間からね。見送る側の未練も分かる。そしてそれ以上に、置き去りにしてきた愛が古傷みたいに疼く。「あの時は、ホントにごめん」ってなる。

おっさんずラブ」は、そんなドラマなんですよ。老若男女問わず、全方位でみんなに見て欲しい。あと2話だし。

そして、制作部の人たちに。ステキドラマありがとう。この土曜日のためだけに、平日がんばれてるよ。

2018-05-21

TRPGパラノイアパラノイア達に支配されたおはなし

TRPGパラノイアとそのルール解釈宗教論争で揉めてる話です。

まず自己紹介をすると僕は生粋ではないにしろTRPGが好きでパラノイアTS版の出る前の第2版の頃から知っているプレイヤーです。いきなり専門用語を出しましたが最後まで読めばわかります(です・ます調はここまで)

僕の好きなTRPGテーブルトークロールプレイングゲーム・平たく言うと卓を囲んで冒険ごっこ遊びをするゲーム)に「パラノイア」と題された米国まれの人気タイトルがある。

TRPGファン界隈ではとても有名なゲームシステムで、その秘密1980年代当時の本国米国皮肉ったゲームデザインにある。

このゲーム説明すると、自然物が排除され全てがコンピューター管理された封建主義の巨大施設で暮らす国民が、自国内で発生したトラブル解決するSFゲームだ。

面白いところはPCプレイヤーキャラクター)は施設で産まれ育ち自然界を知らない設定なので、例えばゲーム中に外の世界任務に行き木を見かけることがあったとして「あの木で休もう」などと発言すれば、「木とはなんですか? 貴方はなぜそれを知っている?」と仲間に言及され、略式処刑されるシステムにある。

またPC達は皆、与えられた任務とは別の反逆的な思想を持たされており、任務邪魔するような役割を与えられていたりして達成できないことがままある。もし妨害していることが明らかにされると、それも処刑対象だ。しかPC達にはクローンが数体用意されているため中途で死んでも記憶コピーされ冒険に復帰できる。

こんな特異なTRPGシステムは他にない。

パラノイアのコンセプトは間違いなくPvP参加者同士の戦い)である

通常のゲームではGMゲームマスター)の用意した邪悪な竜をPCが協力して倒すがパラノイアPCPCが倒す。ルールブックにもそう書かれ推奨されている。人気タイトル故に版がいくつもあるが、少なくともこのゲームを有名にした第2版ではそうであった。当時のベテランTRPGプレイヤーもやはりパラノイアプレイする以上は仲間同士で争っていた。

そして、このことがいまファン内で論争を招いている。もはや宗教論争といっていい。卓内で宗派の違う者を歯に衣着せぬ言い方でボロクソに言っている。僕はそれをとても虚しく思う。

ややこしい話だが、パラノイアは版がいくつもあるばかりかシステムの応用版も公式から出ており、それらのファンである程度住み分けが出来ている。それらの説明割愛し、今回趣旨としたい大きな宗派は主に「第2版属派」と「TSトラブルシューターズ)派」に絞る。

この2つはイスラムの2大宗派酷似し、源流は同じにも関わらずそれぞれが独自文化形成している。

前者を「属派」としたのはこれがまたややこしい話だが、肝なのでしっかり説明する。少し歴史の話になる。

現在、正統第2版派はほぼ死滅している。これで遊んでいるサークルTRPG界でも深みにいる層だ。30年も前の版だから当然かもしれないが。

故に第2版は現在から10年ほど前に無料で有志(と呼ぶと怒られそうだが)によってウェブ上に少し改変されたものが公開された。それをもとに、いわゆるゆっくり音声などで実況したセッション動画投稿され、その斬新なゲームから人気を博した。

そしてその後に公式からTS版が発売された。

からもう大変なことになっている。なにがっていえば、まず前者の主なファン動画サイトに在住したTRPGに触れたことのない者が多いことだ。そして、後者は根っからTRPGファンである

TRPGというのはGM裁量権を握るもので、サッカーを例に出せばラインを越えればどちらのスローインかというジャッジGM仕事だ。

しかし、愚かながらパラノイアにおいてはゴールのラインを明らかに越えてもGM面白くなければノーゴールとしてよい。ルールブックにもそう書かれている。

そのルールに則った文化が醸成された結果、動画では派手な爆発が好まれ必要以上に略式処刑を繰り返すものが多く、パラノイアを初めて動画で知った者は仲間を爆破すればいいのだと刷り込まれる。そして、さあやるぞとルールブックを買う。

次の問題は、現在ルールブックはTSしか販売されていないことだ。そうなってくると、パラノイアプレイしようとした生粋TRPGファンの間に爆破プレイヤー流入してくる。そして、セッションが荒れる。するとTS派は初めて怒りを覚える。「あいつらのせいで面白くない」これは実際にTS派が言っていた言葉だ。

今度は私達の番だといわんばかりにTS派はなんとPvP否定に傾倒していく。なんと他のTRPGと同じ様に、真面目に任務遂行する文化が出来始めたのだ。

そして、TS派の重鎮が「第2版属派のはパラノイアではない」と新規TSプレイヤーに呼びかける。こうして2つの宗派思想が離れた。

実のところ、TSルールブックにもPvPを推奨はある。僕はあると思っている。しかTS派のある重鎮は「いや、どこにも書いてない」と言う。

これはどちらが正しいということはなくて、どちらでも解釈できる書かれ方をしているためだ。宗教を例に出した理由がここでようやくわかっていただけると思う。

ルールブック(聖典)の解釈を巡り対立構図ができているのだ。TS派の中にもPvP肯定派がいたり、属派の中にそもそも派閥意識していない者がいたりなどの点もまたリアルである

先に述べたとおり、TRPG、ことパラノイアGM裁量次第のゲームなので、GMPvP否定ならばゲームはそうなり逆も然り。

問題思想の異なるGMの卓に当たった時である

その時は途中で脱退するわけにもいかずとても窮屈な時間を過ごさせられる。

ゲームデザイナーは普遍的SFTRPGデザイン辟易してギャグで仲間内で楽しく盛り上がることのできるゲームとしてパラノイアをつくったといわれているのだが、昨今のこのプレイヤー状況はどうにかならないものだろうか。

田島貴男って歌上手いよね

今どういうのが流行っててとか全然知らないんだけど、昔買ったオリジナルラブベスト聴いたら上手いのは知ってたけどなんかびっくりして、検索してライブ動画とかも観たんだけど

声はすごいし表現力がとんでもないし歌詞普遍的なのにオリジナリティがありメロディは心を溶かすようで、よく見たらスタイルもよくてセクシーだし

これから最近の曲も調べよう

2018-05-20

少子化の真の原因は選択肢の多さ

伝え聞く話なのであまり真に受けないで下さい。

少子化の原因として子育て世代貧困が挙げられています

これとは違う原因が存在しているようです

このあたりはバブル期でも少子化が進展していることと

都道府県出生率トップ沖縄都道府県別所最下位でもあります

まり所得出生率は逆相関の関係すらあるのです

また社会普遍的

都市出生率が低く地方出生率が高い」

という大原則があり

これ以上の東京への集中を防ぐのが一助かと

例として

日本全体:東京よりも

都市への人口集中が激しい北海道では

道民540万人中札幌市民は195万人

札幌市民195万人中

面積で最大の南区人口は14万人

残りの180万人、つまり道民の1/3は

東京23区より狭い面積に居住している

北海道内でも札幌市出生率

ほかの地域と比べて低く

札幌市人口流入すればするだけ

北海道全体の出生率が下がっていく

東京一極集中問題視される東京ですが

その東京でも所得子育て支援でリッチな区部よりも

しろ貧弱な島嶼部で出生率の高い傾向が見られます

そして真の問題経済的理由ではありません

経済的問題にしてもファクタに過ぎず

実は「選択肢の多さ」が成婚率を狭めています

男5女5程度の小集団で、男女ペアを作らせる

それぞれの人気はトップの2人に集中する

これを10人ごとグループでやっているのが地方

東京場合、男100女100の集団になる

人気が集中するのは、やはりトップの2人

男98人と女98人は不本意ペアを強いられる

地方の5人ずつグループから東京人間が吸い取られる

5人ずつのグループが歯欠けし、地方でもペアが作りにくくなる

これが現状。地方でもペアは作りにくくなっている

かりに100人を語るとしても

地方だと「10人の小集団×10

人気が集中するのは20人獲れるわけですが

都市圏だと「100人の大集団×1」で人気が集中するのが2人

頑張ったとしてもせいぜい5で、20人には到底及ばず

10×10よりマッチング率が低いんです

本当に少子化をなんとかしたいのなら

地方分散するべきですが、肝心の雇用がなく

ますます出生率の低い都市への転出捗るという悪循環

これはエシャラン(梯団)の定理といいまして

この場合結婚に対するありとあらゆる要素

(収入学歴身体的特徴etc.)に応用できます

集団は小集団よりも選択肢が多いように見えます

より近似の需要要素が比較されるので、結局のところ選択肢が狭まります

もう一つ注目すべき点は堕胎です

第1次ベビーブーム(と呼ばれる)

戦前の高出生率の残り香」直後の急減で

この時期にあったのが

中絶解禁(優生保護法恣意的運用 経済的理由による中絶)

じつに出生数の7割が中絶されました

なぜ中絶が解禁されたか

農村社会普遍的出生率が高く

衛生状態などにも左右されるが「都市1:農村4」前後

この状況で農地改革を行うと

農地改革土地を投げ与えられた元小作人

小規模自作農は、農村の高出生率を背景に

継代によって営農継続困難なほど土地が細切れになってしま

これを防ぐために、中絶解禁が実行された

それでも父母が存命である限り

農地という雇用環境限定される

そこで、農地改革によって土地を得た

小作人の子弟たちは「農地によらない雇用先」

出生率の低い都市を目指すこととなった

彼らこそが「金の卵団塊世代

そして「金の卵団塊世代人口移転こそ「戦後繁栄

地方人口都市集約し、都市の限られたリソース(土地)を

とりあいさせることによって生み出された「高度経済成長」と言う名のバブルなのです

高度経済成長期以前、地方供給1に対し需要0.8~1.2

都市供給1に対し需要前後だったわけですが(流入人口比)

それ以後は人口移転がありまして

供給1に対し(各地方から吸い取った)需要前後が積みあがり

地方価値は下がり、都市価値高まることとなりました

価値は、需要が過集中することで生み出されるもの

需要の過集中には人口移転必要、ところが地方カラッポ

移民ぐらいしかアテがないのが現状の日本です

地方はすでに人口都市に吸い取られつくしているので

景気拡大に必要人口移転

それに伴うバブル駆動する能力が不足しており

今後考えられるのは

現在残り火の残っている地方都市から

東京人口を吸い取りあげ

東京のみで駆動するバブルを実現するぐらいでしょうね

実際 公示地価価格推移を見るに

すでに「東京のみが生き残る」フェーズに入っているかと考えられます

もっとも 大規模災害が起きた際に

そうした東京果たして無事でいられるのか?と言った点からは目を背けているのですが。

2018-05-18

切実に単位が欲しかったあの頃

目名近代文学の達成B 1

レポート名称講義全体の感想

 私はもともと自ら進んで本を読むタイプではなく、現代文の授業も退屈に全く聞いていなかったので、何だか難しそうである日本近代文学というものも全く知らずに生きてきました。文学部とは反対に、実益価値を置く商学部においてこのような人は多いと思います。それにも関わらず本講義を受講したのは、就活という制約のために労力をそれほどかけることができないという条件に合致し、次に近代文学に触れる可能性のない人生というのは少々勿体無いのものではないかと考え、何か読み始めるためのきっかけになるかもと興味が得られたためです。

 この授業はそういう文学初心者には丁度いいものだったように感じます。扱う題材も文豪たちの探偵小説からということで、ある程度プロットがしっかりしていて初心者にもとっつきやすものでした。また先生もそういう人たちに配慮して少しでも興味を持てるように工夫して授業を行なっていたように思います。大量のパワポの準備や、足を使って村を訪れるなど、手を抜かないところも好印象でした。作品や作者に対する解説解釈も一歩踏み込んだものが多く、ここまで深い読みがあるのかと感心することも多かったです。

 そのおかげか、小中高とあれだけ現代文の授業を毛嫌いしていた私にとっても、この講義面白く興味深いものとなりました。と同時に、ある小説の一篇を長時間かけて解説させられる普遍的現代文の授業スタイルますます害悪のように思えてきました。

 またレポートを提出させ、優秀なものプリントにして共有するというのも良かったです。私の字数を埋めただけのようなレポートに比べて、同じ学生でもなんて中身のあるレポートを書くのかと刺激を受けることもありました。特に氾の妻についてのプロ顔負けの自作小説には驚きました。私も一度くらいプリントに載るようなレポートを書いてみたい気持ちもあったように思いますが、そもそもこれまで二回しかレポートを提出できていないので気のせいだったかもしれません。

 そういえば最近、私は講義を受けていなかったらまず読んでいなかった春琴抄を非常に面白く読み進めています。どうやら講義を受けるにあたって近代文学を知るきっかけにしたいという思いは気のせいではなかったようです。あとは単位さえ得られれば当初の目標をほぼ完璧に達成することができそうです。よろしくお願いいたします。

提出日時:2012/01/30 00:27

2018-05-17

anond:20180517154549

普遍的単位はないよ。

西暦不要になることはあっても変わったりはしないと思う。

2018-05-16

「辛かったら逃げても良い」「いじめられたら転校すれば良い」というアドバイスについて思うこと

今日はてブを見ていたら「『病むくらいなら逃げなさい』というアドバイス無責任」ではないかという記事ホットエントリーに上がっていた。

それについて思うことがあったので、書かせてもらう。

[参考記事]

https://news.careerconnection.jp/?p=54001

自分は小さい頃からほとんど全てのカテゴリーいじめられてきた。

小学校中学校高校、塾、部活動と。さすがに大学になるといじめはなくなったが、それでも大学生、社会人となった今も友達ほとんどできない。

いじめに対して先生が悪かったとか、いじめてた人が悪いとかいうつもりは全くなくて、むしろ先生は見つけ次第、(今では問題になるであろう体罰も含めて)叱ってくれたし、そうすると一定期間はいじめられなくなる。

でも結局、いじめられる原因は自分にあったから、すぐにまたいじめられるようになるし、先生も同じ人間から全てを未然に防ぐことなんてできない。

最初は「なんで自分だけ」と思っていたけど、だんだん時間が経つにつれて自分に原因があることは分かっていたから、周りが悪いとか一切思っていないし、むしろ平均よりモラルが高い環境にいたから、この程度で済んだのが幸いというくらいに思ってる。

翻って何が言いたいのかというと、少なくとも自分経験則からしていじめられる人は、(「いじめられる人よりいじめる人の方が悪い」といった比較論は理解できるにせよ)多分にいじめられる要素を普遍的に持っていると思う。

そしてそれは、もしかしたら転校するなり環境を変えることが改善される可能性は多少あるにせよ、確率論で言えば環境を変えても同じ目に逢うことも多い。

さらに同じ目に遭った場合、「環境を変えてもダメだった」という経験ますます自分無能感を高めて、それを受け入れるようになり、さら社会不適合になるという負のスパイラルに陥る。

もちろん命に支障が出るようないじめられ方をしているのなら環境を変えたり、引きこもっても良いが、その環境に異常性がないのにいじめられているのであれば、環境を変えることは自分経験則からして一概に正解とは言い難いところがある。

社会で生きている以上、そういったいじめが起こるのはやむをえないところはあるし、その矛先が自分に向いてしまうことは受け入れるという度量は多少必要だと思う。

まして社会人ともなれば、お金を稼いで自立しなければならず、環境自分好みに変えることはさらに難しくなる。逃げてばかりでは生きていけないし、(むしろ現代共同体から省かれても生きていけるという点で幸せであり、)残念ながらそれを受け入れる経験必要なのかもしれない。

では結論としていじめられている人は何をすべきなのかということについて、これといった答えは持っていない。

ソフトウェア用語で「銀の弾などない」という言葉があるように、パーソナライズ化された苦境の中で、それを一括りに取り除ける行動術がないと思うし、その人自身が色々な試行錯誤をして何とか生き延びていかなければならない。

幸い自分は引きこもらず、いじめに耐えながら、勉強だけは人よりできるようにするという意欲を持てたことで、そこそこ良い大学に通っていじめから脱却できたが、仮に勉強すら放棄してしまったらと思うとゾッとする。

結局のところ「辛かったら逃げて良いんだよ」というのは、銀の弾丸を求めている人々の潜在意識に訴えかける良質なコンテンツということで、実用性はさほど伴っていないのかもしれない。

逃げていても誰もが幸せに暮らせる社会を実現したいという志は全く否定しないが、残念ながら自分たちの生きている時代では実現しそうにないし、まずは目の前にあることを一つずつ対処していく他はないのではないのだろうか。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん