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はてなキーワード: 普遍的とは

2017-11-21

[] #42-1「ドッペルさんはマトモに見れない」

秘訣

マスダ宅にて

マスダ(弟)「俺の仲間にドッペルっているじゃん。俺の格好をよく真似する奴」

マスダ(兄)「ああ、そいつがどうかしたか

マスダ(弟)「仲間たちですら俺と間違えるのに、なんで兄貴は見分けがつくんだ?」

マスダ(兄)「簡単だろ。自分で冷静に考えてみろ」

マスダ(弟)「……いや、俺の立場だったら簡単なのは分かっているんだよ。自分とは違うのがドッペルなんだから

普遍的

マスダ(弟)「そうじゃなくて、もっと普遍的な見分け方を聞いているわけ」

マスダ(兄)「正直、俺からしたらニセウルトラマンとの見分け方を聞かれているみたいでバカみたいなんだが」

マスダ(弟)「それは俺だって分かるよ」

マスダ(兄)「だったら分かるだろ」

マスダ(弟)「ドッペルはニセウルトラマンじゃないよ」

マスダ(兄)「……この不毛な会話、いつまで続ける気だ」

マスダ(弟)「こっちのセリフだ」

差異

マスダ(兄)「いや、そりゃ分かるって。ほら、背丈はほぼ同じでも、全体的なフォルムも違う。弟は角ばっている印象だが、ドッペルは丸っこい。」

マスダ(弟)「へえー、あまりピンとこないけど」

マスダ(兄)「まあ、一番決定的なのは体重だな。ドッペルのほうが若干重い」

マスダ(弟)「……兄貴、それを俺たちで容易に判断しろと?」

違和

マスダ(弟)「ちゃんと答えてくれよ」

マスダ(兄)「マジかお前……じゃあ説明するが、まず全体的な振舞い方だよ」

マスダ(弟)「具体的には?」

マスダ(兄)「だから全体的にだって仕草とかが、お前と似たような言動を真似しようとしていて、それがかえって不自然になっているわけ」

マスダ(弟)「俺はそれらを自然にやっていて意識していないから、その説明だと分からないんだけど」

マスダ(兄)「……これ、俺たちだけのやり取りじゃ、いつまでも解決しない気がしてきたぞ」

ウルトラC

マスダ(弟)「じゃあさ、細かい違いは置いといて『鼻の頭に血管が浮き出る』レベル方法を教えてくれよ」

マスダ(兄)「その方法だとドッペルに気づかれたら一度きりしか通用しなくなるんだが、まあ方法はあるっちゃある」

マスダ(弟)「あ、やっぱりあるんじゃないか

マスダ(兄)「ドッペルの奴は照れ屋だから、こうやって顔をマジマジと見てやれば気まずくなって目を背ける」

マスダ(弟)「……それは俺も仲間たちも知ってる」

マスダ(兄)「はあ? 方法を知っているなら、聞く必要ないじゃねえか」

マスダ(弟)「(それ兄貴専用の方法なんだよ)」

(#42-2へ続く)

2017-11-09

キモカネおじさん問題って要は…

「男社会」の価値観が根強く残されている社会の中では、キモカネおじさんを弱者認定することは不可能であり、そのこと自体批判されているってことでしょ。男社会価値観の中では、どんな属性の男であっても「強者」として振る舞わなければならない。それが抑圧の源泉なのではないかキモカネおじさんは弱音を吐くことが許されない、自身の不満を主義主張という形でメディアなどで発信したとしても、それは「強者の驕りだ」と無視されてしまう。

から、男は一度でいいから「強者」としての仮面を全て捨ててみればいいと思う。今の若い男の子たちを見てみるがいい。「女性社会進出を早く進めろ! 男性の家庭進出も進めろ! 男は女を容貌判断するな! 女も男を経済力で選ぶな! 女も男を養え! 男だけに責任押し付けるな! 専業主夫いきいきママ生き方を認めろ!」と堂々と主張しているではないか

逆に、女という属性普遍的に「弱者」として認められているから、カネも地位容貌の美しさも併せ持っている小池百合子であっても、郊外に住んでいるカネも容貌の美しさも何もないキモカネおばさんも、一律に弱者としてカウントされる。それはそれで、おかしいとは思うけどね…。

ブレードランナー2049

過去作に思い入れは無いが、すごく面白かった。

ドゥニの画作りは最高。

ブレードランナー初期も、ストーリーよりも画作りが素晴らしい映画だと思うんで、今回のアプローチは続編として正解。

ストーリーも、人間としてのアイデンティティ模索という、普遍的に響くテーマ

孤独哀愁漂う主人公も、愛の通じない彼女もいい。音もいい。

ラスト駆け足になった印象だけど、まああれもいい。

文句なしの今年ベストワン。これぞ、素晴らしい映画体験

2017-11-07

死にたいと言っている人も本当は死にたくないんだ」というバイアスを無邪気に強化していいのか

座間事件を巡る言説で気に掛かる風潮がある。

それは白石容疑者被害者らの意に反して命を奪ったとする情報を以て、

死にたいと言っている人も本当は死にたくないんだ」というバイアスが強化されようとしていることだ。

望まぬ形で命を奪われることを拒むことと、本当は死にたくないということはイコールではない。

死にたい」という言葉の裏にある苦しみ、希死念慮過小評価することは、彼らを救うのとは真逆の道だ。

いや、もちろんほとんどの人は本当は死にたくないに決まっている。そんなことは議論するにも値しない。

しかし、本当は死にたくない人たちが本当に自殺してしまうのが現実なのであって、

その死へと向かうエネルギーデストルドーは決して偽りのものではない。

現に多くの被害者たちが白石容疑者に会いに行ってしまったではないか

その行動の重みを断じて過小評価してはいけない。それは被害者らに対する侮辱だ。

直接命を奪った白石容疑者の罪にばかり着目して、被害者らを白石容疑者の元へ追いやった要因から目を逸らしてはいけない。

白石容疑者のようなごく稀にしか現れない危険など極端に言えば社会にとって大した問題ではなく、

それよりも普遍的な「死にたい」人たちが大勢いるという問題をこそ解決せねばならないのだ。

そして、そのためには「死にたい」という言葉を軽く受け止めては絶対にいけない。

2017-11-06

anond:20171106170656

「同僚」だとしてもウザい男扱いは間違いないよ…

というかこれを嬉しがる女性普遍的にいると思ってるのか…

よっぽど相手の事が好きで何されても嬉しい!ってな人でない限り無いわ

んでたかLINEID交換した(それも仕事上で)程度で相手の女が自分にそこまで惚れてるかも!とか考える時点でないわ

2017-11-05

anond:20171105190056

ドラッガーやら読むと、知的仕事をするには、まず時間の確保・優先順位けが大切とかってあるけれども。いつの時代でも普遍的な話なので、それこそ、銀の弾丸はないっていうタイプ問題なのだろうなー。

人生は長いので。無理しない範囲継続することの方が、大事だと思う。

病気になると、辛い。

08憲章

一、まえがき

 今年は中国立憲百年、「世界人権宣言公布60周年、「民主の壁」誕生30周年であり、また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に署名して10周年である。長い間の人権災害と困難かつ曲折に満ちた闘いの歴史の後に、目覚めた中国国民は、自由・平等・人権が人類共同の普遍的価値であり、民主・共和・憲政が現代政治の基本的制度枠組みであることを日増しにはっきりと認識しつつある。こうした普遍的価値基本的政治制度枠組みを取り除いた「現代化」は、人の権利をはく奪し、人間性を腐らせ、人の尊厳を踏みにじる災難である21世紀中国がどこに向かうのか。この種の権威主義統治下の「現代化」か? それとも普遍的価値を認め、主流文明に溶け込み、民主政体を樹立するのか? それは避けることのできない選択である

 19世紀中葉の歴史の激変は、中国の伝統的専制制度の腐敗を暴露し、中華大地の「数千年間なかった大変動」の序幕を開いた。洋務運動(1860年代初頭から約30年続いた)はうつわの表面の改良(中体西用)を追求し、甲午戦争日清戦争1894年)の敗戦で再び体制の時代遅れを暴露した。戊戌変法(1898年)は制度面での革新に触れたために、守旧派残酷鎮圧にあって失敗した。辛亥革命1911年)は表面的には2000年余り続いた皇帝制度を埋葬し、アジア最初共和国を建国した。しかし、当時の内憂外患歴史的条件に阻害され、共和政体はごく短命に終わり、専制主義が捲土重来した。うつわの模倣と制度更新の失敗は、先人に文化的病根に対する反省を促し、ついに「科学と民主」を旗印とする「五四」新文化運動がおこったが、内戦の頻発と外敵の侵入により、中国政治の民主化過程は中断された。抗日戦争勝利後の中国は再び憲政をスタートさせたが、国共内戦の結果は中国現代全体主義深淵に陥れた。1949年に建国した「新中国」は、名義上は「人民共和国」だが、実際は「党の天下」であった。政権党はすべての政治・経済・社会資源を独占し、反右派闘争、大躍進、文革、六四、民間宗教および人権擁護活動弾圧など一連の人権災害を引き起こし、数千万人の命を奪い、国民と国家は甚だしい代価を支払わされた。

 20世紀後期の「改革開放」で、中国毛沢東時代の普遍的貧困絶対的全体主義から抜け出し、民間の富と民衆生活水準は大幅に向上し、個人経済的自由社会的権利は部分的に回復し、市民社会が育ち始め、民間人権政治的自由への要求は日増しに高まっている。統治者市場化と私有化経済改革を進めると同時に、人権の拒絶から徐々に人権を認める方向に変わっている。中国政府は、1997年1998年にそれぞれ二つの重要な国際人権規約に署名し、全国人民代表大会2004年憲法改正で「人権の尊重と保障」を憲法に書き込んだ。今年はまた「国家人権行動計画」を制定し、実行することを約束した。しかし、こうした政治的進歩はいままでのところほとんど紙の上にとどまっている。法律があっても法治がなく、憲法があっても憲政がなく、依然として誰もが知っている政治的現実がある。統治集団は引き続き権威主義統治を維持し、政治改革を拒絶している。そのため官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は二極分化し、経済奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、国民の自由・財産幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会矛盾が蓄積し続け、不満は高まり続けている。とりわけ官民対立の激化と、騒乱事件の激増はまさに破滅的な制御不能に向かっており、現行体制の時代遅れ直ちに改めざるをえない状態に立ち至っている。

二、我々の基本理念

 中国の将来の運命を決めるこの歴史の岐路に立って、百年来の近代化歴史を顧みたとき、下記の基本理念を再び述べる必要がある。

自由:自由は普遍的価値の核心である言論出版信仰集会結社・移動・ストライキデモ行進などの権利は自由の具体的表現である。自由が盛んでなければ、現代文明とはいえない。

人権人権は国家が賜与するものではなく、すべての人が生まれながらに有する権利である人権保障は、政府の主な目標であり、公権力の合法性の基礎であり、また「人をもって本とす」(最近の中共のスローガン「以人為本」)の内在的要求である中国のこれまでの毎回の政治災害はいずれも統治当局が人権を無視したことと密接に関係する。人は国家の主体であり、国家は人民に奉仕し、政府は人民のために存在するのである

 平等:ひとりひとりの人は、社会的地位・職業・性別経済状況・人種・肌の色・宗教・政治的信条にかかわらず、その人格・尊厳・自由はみな平等である。法の下でのすべての人の平等の原則は必ず実現されなければならず、国民社会的経済的文化的政治的権利の平等の原則が実現されなければならない。

 共和:共和とはすなわち「皆がともに治め、平和的に共存する」ことである。それは権力分立によるチェック・アンド・バランスと利益均衡であり、多くの利益要素・さまざまな社会集団多元的な文化と信条を追求する集団が、平等な参加・公平な競争・共同の政治対話の基礎の上に、平和方法で公共の事務を処理することである

 民主もっと基本的な意味は主権在民と民選政府である民主には以下の基本的特徴がある。(1)政府の合法性は人民に由来し、政治権力の源は人民である。(2)政治的統治は人民の選択を経てなされる。(3)国民真正選挙権を享有し、各級政府の主要政務官吏は必ず定期的な選挙によって選ばれなければならない。(4)多数者の決定を尊重し、同時に少数者の基本的人権を尊重する。一言でいえば、民主は政府を「民有、民治、民享」の現代的公器にする。

 憲政:憲政は法律と法に基づく統治により憲法が定めた国民基本的自由と権利を保障する原則である。それは、政府の権力行為の限界を線引きし、あわせて対応する制度的措置を提供する。

 中国では、帝国皇帝権力の時代はすでに過去のものとなった。世界的にも、権威主義体制はすでに黄昏が近い。国民は本当の国家の主人になるべきである。「明君」、「清官」に依存する臣民意識を払いのけ、権利を基本とし参加を責任とする市民意識を広め、自由を実践し、民主を自ら行い、法の支配を順守することこそが中国根本的な活路である

三、我々の基本的主張

 そのために、我々は責任をもって、また建設的な市民的精神によって国家政治制度と市民的権利および社会発展の諸問題について以下の具体的な主張をする。

1、憲法改正:前述の価値理念に基づいて憲法を改正し、現行憲法の中の主権在民原則にそぐわない条文を削除し、憲法を本当に人権の保証書および公権力への許可証にし、いかなる個人・団体・党派違反してはならない実施可能な最高法規とし、中国民主化の法的な基礎を固める。

2、権力分立権力分立現代的政府を作り、立法・司法・行政三権分立を保証する。法に基づく行政と責任政府の原則確立し、行政権力の過剰な拡張を防止する。政府は納税者に対して責任を持たなければならない。中央と地方の間に権力分立とチェック・アンド・バランスの制度を確立し、中央権力は必ず憲法で授権の範囲を定められなければならず、地方は充分な自治を実施する。

3、立法民主:各級立法機関直接選挙により選出され、立法は公平正義の原則を堅持し、立法民主を行う。

4、司法の独立:司法は党派を超越し、いかなる干渉も受けず、司法の独立を行い、司法の公正を保障する。憲法裁判所設立し、違憲審査制度をつくり、憲法の権威を守る。可及的速やかに国の法治を深刻に脅かす共産党の各級政法委員会解散させ、公器の私用を防ぐ。

5、公器公用:軍隊の国家化を実現する。軍人は憲法に忠誠を誓い、国家に忠誠を誓わなければならない。政党組織は軍隊から退出しなければならない。軍隊の職業化レベルを高める。警察を含むすべての公務員政治的中立を守らなければならない。公務員任用における党派差別を撤廃し、党派にかかわらず平等に任用する。

6、人権保障人権を確実に保障し、人間尊厳を守る。最高民意機関(国会に当たる機関)に対し責任を負う人権委員会設立し、政府が公権力を乱用して人権を侵害することを防ぐ。とりわけ国民の人身の自由は保障されねばならず、何人も不法な逮捕拘禁・召喚・尋問・処罰を受けない。労働教養制度(行政罰としての懲役)を廃止する。

7、公職選挙全面的民主選挙制度実施し、一人一票の平等選挙を実現する。各級行政首長の直接選挙は制度化され段階的に実施されなければならない。定期的な自由競争選挙と法定の公職への国民選挙参加は奪うことのできない基本的人権である

8、都市農村の平等:現行の都市農村二元戸籍制度を廃止し、国民一律平等の憲法上の権利を実現し、国民移動の自由の権利を保障する。

9、結社の自由国民結社の自由権を保障し、現行の社団登記許可制届出制に改める。結党の禁止を撤廃し、憲法と法律により政党の行為を定め、一党独占の統治特権を廃止し、政党活動の自由と公平競争原則確立し、政党政治正常化と法制化を実現する。

10、集会の自由平和集会デモ示威行動など表現の自由は、憲法の定める国民基本的自由であり、政権党と政府は不法な干渉や違憲の制限を加えてはならない。

11、言論の自由言論の自由出版の自由学術研究の自由を実現し、国民知る権利監督権を保障する。「新聞法」と「出版法」を制定し、報道の規制を撤廃し、現行「刑法」中の「国家政権転覆扇動罪」条項を廃止し、言論の処罰を根絶する。

12、宗教の自由:宗教の自由と信仰の自由を保障する。政教分離実施し、宗教活動が政府の干渉を受けないようにする。国民宗教的自由を制限する行政法規・行政規則・地方法規を審査し撤廃する。行政が立法により宗教活動を管理することを禁止する。宗教団体〔宗教活動場所を含む〕は登記されて初めて合法的地位を獲得するという事前許可制を撤廃し、これに代えていかなる審査も必要としない届出制とする。

13、国民教育:一党統治への奉仕やイデオロギー的色彩の濃厚な政治教育と政治試験を廃止し、普遍的価値市民的権利を基本とする国民教育を推進し、国民意識確立し、社会に奉仕する国民美徳提唱する。

14、財産保護私有財産権を確立保護する。自由で開かれた市場経済制度を行い、創業の自由を保障し、行政による独占を排除する。最高民意機関に対し責任を負う国有資産管理委員会設立し、合法的に秩序立って財産権改革を進め、財産権帰属責任者を明確にする。新土地運動を展開し、土地の私有化を推進し、国民とりわけ農民の土地所有権を確実に保障する。

15、財税改革:財政民主主義確立納税者の権利を保障する。権限と責任の明確な公共財政制度の枠組みと運営メカニズムを構築し、各級政府の合理的な財政分権体系を構築する。税制の大改革を行い、税率を低減し、税制を簡素化し、税負担を公平化する。公共選択住民投票)や民意機関議会)の決議を経ずに、行政部門は増税・新規課税を行ってはならない。財産権改革を通じて、多元的市場主体競争メカニズムを導入し、金融参入の敷居を下げ、民間金融の発展に条件を提供し、金融システムの活力を充分に発揮させる。

16、社会保障:全国民カバーする社会保障制度を構築し、国民教育医療養老・就職などの面でだれもが最も基本的な保障を得られるようにする。

17、環境保護:生態環境保護し、持続可能な開発提唱し、子孫と全人類に責任を果たす。国家と各級官吏は必ずそのために相応の責任を負わなければならないことを明確にする。民間組織環境保護における参加と監督作用を発揮させる。

18、連邦共和:平等・公正の態度で(中国周辺)地域の平和と発展の維持に参加し、責任ある大国のイメージを作る。香港マカオの自由制度を維持する。自由民主の前提のもとに、平等な協議と相互協力により海峡両岸の和解案を追求する。大きな知恵で各民族の共同の繁栄が可能な道と制度設計を探求し、立憲民主制の枠組みの下で中華連邦共和国樹立する。

19、正義の転換:これまでの度重なる政治運動政治的迫害を受けた人々とその家族名誉を回復し、国家賠償を行う。すべての政治犯と良心の囚人を釈放する。すべての信仰により罪に問われた人々を釈放する。真相調査委員会設立歴史的事件の真相を解明し、責任を明らかにし、正義を鼓舞する。それを基礎として社会の和解を追求する。

四、結語

 中国世界の大国として、国連安全保障理事会の5つの常任理事国の一つとして、また人権理事会メンバーとして、人類の平和事業人権進歩のために貢献すべきである。しかし遺憾なことに、今日の世界のすべての大国の中で、ただ中国だけがいまだに権威主義の政治の中にいる。またそのために絶え間なく人権災害と社会危機が発生しており、中華民族の発展を縛り、人類文明進歩を制約している。このような局面は絶対に改めねばならない! 政治の民主改革はもう後には延ばせない。

 そこで、我々は実行の勇気という市民的精神に基づき、「08憲章」を発表する。我々はすべての危機感責任感・使命感を共有する中国国民が、朝野の別なく、身分にかかわらず、小異を残して大同につき、積極的市民運動に参加し、共に中国社会の偉大な変革を推進し、できるだけ早く自由・民主・憲政の国家を作り上げ、先人が百年以上の間根気よく追求し続けてきた夢を共に実現することを希望する。

(括弧)内は訳注。

原文:

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/8f95023140c18356340ca1d707aa70fe

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/84859dc4e976462d3665d25adcd04987

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/d5a614fa9b98138bb73cd49d3e923b40

転載自由、出典明示)

https://anond.hatelabo.jp/20171105021157

つの時代も束縛男子依存女子が当たり前のようにいることを思えば、性役割存在もまた普遍的にあるんだろうなあと思うなど。

2017-11-04

道徳とか連呼してる書き込みでの道徳の使いかたは、

博愛的でも返報的でも協力的でも普遍的指令的でもなくて、

なんかよくわからん世間道徳的とされてそうな雰囲気物事くらいの意味か。

2017-10-27

anond:20171027232155

わかってくれないとはどういう意味なのでしょうか。

皆にもあなたと同じように普遍的な真理の解明に興味を持ってほしいという嘆きなのでしょうか。

それは感受性の違いだから難しいのではないでしょうか。

あなただって役に立つことに興味がないのだからお互い様ということで。

誰にも理解されない悩みを聞いてくれ

僕は教育関係仕事をしている。学生や同僚と話すことも多いのだが、誰もが「役に立つものを作りたい(やりたい)」などという。

僕は普遍的な真理や謎の解明にこそ、意味があると思う。役に立つということにはあまり興味がない。

僕を動機付けているものは、世界に対する好奇心なんだどどうして世の中の人はそれがわかってくれないのだろう?

2017-10-25

https://anond.hatelabo.jp/20171025203444

ああ、やっぱり分からない感じなのか。

twitterで、英単語ツイートした適当な奴にいいねを送っていたが、打率が悪いんで今回も分かりにくいんだろうと思っていた。

日本言語学会にもこういう脅迫めいたメールを送って、4日ほど経った。今回も返事は帰ってこないだろう。twitterでは半年ほどは動いているはずだから放置してメールが来たら良いなぐらいのスタンスでいこうと思う。


『三度目の送信になります。(本名)です。

http://otoimi.net/

このようなサイトを作り、宣伝して周っていますが、あなた方が「日本言語学会」などという普遍的名称を掲げ、権威として振舞っているおかげで、こちらはそれに認められてないというだけでデマとして扱われ迷惑しています

あなた方は論文審査と言いますが、そもそも自然言語分析というのは既に知っているものについて明確化する作業なのであって、本来的に演繹的でなく帰納的なものであるはずです。

あなた方が何をもって論文審査するのか理論的に分かりませんし、そのようなもののために無職である私が7000円も支払うわけにはいかないのです。

最初に書いたように、意識しないにしても、あなた方は間接的に私の活動障害になっています

今回に限らず、あなた方はその名称をもって一般的に、権威と認められ、障害として存在しています

であるからあなた方は社会的にこの質問に答える義務があります

返答を待っています。』


追記:ああ、あんた、本当にありがとな。

2017-10-24

人権カルト宗教みたいなものというのは、まさにその通り

https://anond.hatelabo.jp/20171024075235

批判対象として話題になっていたエントリー批判も正しいと思うのだけど、自分が気になったのは本題ではなくて、「人権とか言うのは、カルト宗教みたいなもの」というフレーズ

これは、すごく大事ポイントだと思う。

人権とか民主制とか、信じてない人から見れば、カルト宗教みたいなものなんだってこと。

人権とか民主制を軽視している人が、しばしば「保守」を名乗るけれど、彼ら<も>、人権とか民主制は、「科学的」あるいは「普遍的な」ものだと勘違いしている。勘違いしているから、人権とか民主制批判しても、それに近いものが、社会を支えてくれると思っている。

でも、そうじゃない。人権とか民主制は「カルト宗教」みたいなもので、みんながその価値を信じることにしか基盤がない。みんなが「そんなもの大したことない」と思い始めたら、いつでも崩壊する。

そして、この点において、実は左翼とかリベラルとか言われる人たちも同じ問題を抱えている。人権とか民主制が、「科学的」あるいは「普遍的な」ものだと勘違いしているから、その価値を受け入れない人の立場が分からない。そして、対話が成立しない。

大事なのは人権民主制も「カルト宗教」だということ。脆く、儚いものだということを、認めることだと思う。

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あと、別件だが、「リベラル」という概念と、国際問題安全保証問題につながっているのは歴史的には正しけど、現時点での政策問題としては分けるべきだと思う。

たとえば、自分は「憲法にかかれている国民権利に条件を付けろ(論理的には、普遍的権利としての基本的人権廃止せよと同義)」という意見に反対だし、それが「リベラル」のもっと典型的な主張だと思うのだけれど、一般的に「リベラル」という言葉が指しているものは、それよりもかなり広い。

国際政治について言うと、論理的には、「リベラルであることは、「侵略戦争批判されるべき」ということまで導く。論理的とまでは言わないけれど、慰安婦問題見直し論とか、歴史修正主義かに批判的な立場になることも、「リベラル」の帰結として自然とも言える。

ただ、9条をどうするかとか、米軍基地をどうするかとかは、リベラルかどうかとは関係ない話で、リベラル立場から9条の維持、廃止議論はできるし、リアリズム立場から9条の維持、廃止議論ができる。実際、日本は、「民主主義価値観世界に広めるために、世界最強の軍隊を持つべき」という立場(だった)国と友好的関係にあるわけだ。

リベラル」ということで、こうしたリベラリズム中立的であるはずの問題にまで、特定立場を取っているとみられるのは、「リベラリズム」にとってマイナスだと思う。

2017-10-15

anond:20171015115357

イケメン」は「男前」も含んでいるよね

美しさというよりも男性性、たくましさを多く含んでいる

いっぽう元増田の言う男の「美人」は

美男」「美男子」「美少年」という言葉表現されている

中性的、男女を超越した普遍的な美しさのイメージがある

anond:20171015113640

アホか

そういう風に見えるのは、別に評価する仕組みがないからでも、男社会価値観のせいでもない

現に今でもジャニーズもいるし、売れっ子ホストだっているだろうが

でもジャニーズjr.の大半がデビューなんかできないように、そこまで上がれる絶対数が少ない

女の評価視線金も全部、勝ち残った本当にごく一部の存在だけに集中するからそうなるんだ

勝手に男や男社会のせいにするんじゃねえよ、女の選り好みのせいなんだから

女の美しさに普遍的価値があると認められているのは、それに金を出す男がいるからだよ

大抵の若い女なら、自分の美しさのおかげで得をするという経験カジュアルにある

もちろんそのせいで損することだってあるし、おばさんや下位10クラスのブスには無縁なので

全員というわけではないが、とにかくちょっと得をする場面というのがあるわけだ

だが男にはそれがない、せいぜいブ男が余計に金を払わないといけない程度だ

から突出して美しいわけでもない大半の男にとって、自分の美しさが評価されることはない

評価されない以上、感覚的にはゼロと同じなんだよ

2017-10-14

anond:20171014211112

普遍的ってなんだよ

文章からやばいくらい頭の悪さがにじみ出てるわ

anond:20161017210031

完全に上から目線だけど、

私は「可愛い」「お洒落」を飽きる程言われる人種なんだけど、一見ダサそうな人の格好に少しでもこだわりを見つけられた時は褒めちぎるようにしてる。

それは、その事によってもっと自分のこだわりを出してもいいんだ、と相手が思ってくれたら素敵だと思うから

それが自信になればいいなと思うから

これはもっと普遍的な事にも繋がるしね、今の自分にも必要な事だわ

anond:20171014173235

コミュニティにとって不愉快なことが悪で

であるからイジメられるというルールが一貫しているならまだいいと思うんだよ

それならホモ不愉快からホモいじめたってかまわないしそれが嫌ならホモ同士で仲良くやってろって話でね

でも現実はそうなっていなくて例えばホモいじめはいけないとか「リベラル」で「普遍的」な価値観を外部から圧力押し付けられるようになったのが今の息苦しさなんだよ

だったらそのリベラル保護対象自分も入れろよってみんなが思うようになってしまうのは仕方がない話だと思うわ

2017-10-11

お手本のような思い込みだな。

人権に限らず、権利とは勝ち取ったものだ。

俺に基本的人権があるのは、俺が人権行使し続け、社会に認めさせ続けた、つまり勝ち取ったからだ。

お前も同様に周囲に認めさせ続けることで、自分権利を勝ち取っている。

普遍的に与えられるべき権利など、全ての生物・非生物わず存在しない。

勝ち取るから権利存在し、勝ち取れなければ権利消失する。

弱者だろうが強者だろうが、権利を欲しいなら、他者から与えられるのを待たず、自力で勝ち取れ。

機会は常に均等に与えられている。

証左がどこにあるかって?

イスラム国、少し前のソマリア、今のロヒンギャ

そして皆さんご存知、我が国日本日常のそこかしこ

https://anond.hatelabo.jp/20171011104542

2017-10-10

死刑制度必要性

刑法は応報である死刑が応報なのか、もっと相応しい刑があるのではないか

社会に生きる価値のない人は排除すべきで、それにコストが掛かるのはナンセンスだとは思う

価値を決めるのはなんだろうか、必要悪とはなんだろうか

将来にわたって価値がないと判断する根拠はなんだろうか

コミュニティを小さく分断して運営すると上手く行くだろうか

害虫排除すべきだが。

被害者が殺し方を決めるのもありなのかなと思う。

死んで償う、という文化の国のようであるが、それは自らが死ぬという選択肢が行ったことを超える時にしか有効ではなかった選択肢であって死刑とは少し違う気がする

もしくは死刑選択したくなるような犯罪普遍的存在する国だからなのか

としたら、死刑囚を作らないように、なぜその犯罪を犯したのかという本質改善しないといけないだろう、害虫排除すべきだが、害虫を作らない社会必要なのだろう

それは小さいコミュニティなのだろうか、同じ価値観で生きるコミュニティなんだろうか

だとしたら、そこからイノベーションは起きるのだろうか

多様性必要だが、相反するように思う

良い社会とはなんだろうか、儒教的に全員が生きる事であるならば、それは小さいコミュニティなのだろうか、そこから改善は生まれるのだろうか

弱者寛容的に受け入れるべきだろう、だとしたら、犯罪を犯しているのは弱者ではないのか

社会的弱者貧困に喘ぐ人が犯罪に手を染めてるのではないだろうか

応報ってのもよくわからない

1000万円が致命傷な人もいれば、どうでもいい人もいるだろう

どうでもいい人は1000万円の犯罪は犯さないのか

それは納得

俺は馬鹿が居ない社会がいい

似た者夫婦は好きになれない、違いを受け入れて、違いを活用して、より良いものになる筈だから

小さいコミュニティは似た者夫婦なのかもしれない

どう見てもゴミな奴はいる、そいつらを隔離して勝手やらせればいいのかな

そこからできる奴が出てくればこっちにくればいいし

、新しいルールコミュニティを作るかもしれない

それでいい気がする

じゃあ、どうやってゴミあぶり出すのか

学歴ではないだろう

もっと総合判断必要だがどうやってジャッジするのか

仕事多様性必要から発注する感じなんだろうな

こっちの世界で何かあれば即死みたいなルール必要チップを埋めたい

2017-10-09

[] #38-7「危ないアニメ

====

「くらえ、チョウナ・ブーメラン!」

「おい、シロクロ! やめろよ。投げるな」

「なんでだ。人に向けて投げてない」

「人に向けて投げなくても危ないだろ!」

「え? なんで?」

「投げること自体が危ないって言ってるんだ!」

「じゃあ、何を投げればOKなんだ」

「何も投げるな!」

「随分な話だな。そこまでの権限はさすがにないだろ」

「うわ、急に正気に戻らないでよ」


====

「こうして問題は意外な形で終結し、今でも『ヴァリオリ』の登場人物たちはこれまでと変わらない武器を持っているってわけさ」

父の話に俺は疑問を投げかけた。

それは別の表現スケープゴートにして、問題ウヤムヤにしただけだ。

根本的な解決はしていない。

「息子よ、逆に聞きたいんだが、“根本的な解決”って何だ」

父にそう返され、そりゃあ……とまで言ったところで、ふと口をつぐんだ。

そもそも何をどうすれば、どこまでやれば解決して、そしてそれが本当に正しいことなのか、或いは間違っているのか。

それらを的確に判断できるような、普遍的物差しが俺にはなかったからだ。

いや、恐らくほとんどの人間はないのかもしれない、って言いたいのか。

「息子よ、覚えておくといい。問題ってのはな、それ自体問題ではないんだ」

父の言葉に、俺は首を傾げる。

問題にされない限りは解決もしなくていいってことだろうか。

「この界隈の『検閲するかどうか』っていう最終的な判断は、総意によって決まっていると思われがちだ。だが実のところ、多くは個々人が決めるしかないことだったりする」

「そうじゃないの? だから各々が議論をして、模索していこうってなるのかと」

「その答えじゃ観念的すぎる。しかも、それはプロセスの話だろう。俺たち作り手にとっては何も言っていないのと同じだ。答えを迫られたときにどうするか。それが重要なんだ」

「それで表現を変えたくないって答えを出した場合、どうすればいいのさ。ゾーニングとかレーティングとか?」

「それは妥協案に過ぎない。結局それらの基準だって漠然としている所が多いだろ」

じゃあ、どうすればいいんだろうか。

ますます父の言いたいことが要領を得ない。

「つまりな、こういう番組は案外“上手くやっている”ってことさ」

含みのある言い方に、俺はその意図を読み取ろうとする。

そして、ふと思い至る。

確証はなかったが、俺は恐る恐る尋ねた。

もしかして、その入浴シーン意識を向かせてウヤムヤにしたのは、武器だとかよりもっと問題のある表現を隠すため?」

父は笑いながら、淀みなくこう言った。

「はは、そんなわけじゃないか

俺の指摘がなんであろうと、そう答えるつもりだったんだろう。

しかしたら俺たちが気づいていないだけで、あのアニメには“問題にならない問題”が他にもあったりするのだろうか。

その答えに迫られたとき、俺はどう言えば“問題ない”のだろうか。

そして、それは一体誰が、どう判断すれば妥当なのだろうか。


俺は父にもうひとつ尋ねた。

「結局、父さんはどう思っているのさ。彼らのクレームはくだらないと思っているのか、汲み取るべきところもあると考えているのか」

「息子よ、物事は0か1かじゃないんだ。YESかNOだけではないんだよ。善良な意見に耳を傾け、頷きながら、暴力的性的低俗表現をし続ける。本当の意味での“自由”はそういうことなんじゃないかな」

そんなテキトー大丈夫なのだろうか。

俺が言い表せないモヤモヤとしたものを抱えていると、弟の声がテレビのある方向から聴こえる。

どうやら『ヴァリオリ』を観ているようだ。

「ユーマ・フォーリングホース~」

主題歌を口ずさんで楽しそうだった。

なんだか腑に落ちないところはあるが、弟が以前のように楽しんで観られるのなら、まあ良いかってことにしよう。

……というか周りの熱気に煽られただけで、俺自身は元からどうでもよいってスタンスだったのを思い出した。

(おわり)

2017-10-08

ラブライブサンシャイン2期第1話を観て思ったこと、そしてμ'sとの比較について思ったこ

第1話について

◯良かったこ

 作画完璧で、非常に可愛かった。ズラ丸最高。また、作画について言えば、全体的に幼くなってた印象で、例えば果南とか最初もっとキツかった感じがしたけど、目元とか丸くなって可愛らしさがアップしたと思う。

◯残念だったこ

 シナリオが粗い。1期最終回から1年間という期間は短かったため、手始めのシナリオは急ごしらえになってしまったのだとしたら、これはマネジメント責任だが、1期最終回の評判の悪さを知っててなおこれだとしたら絶望的。

 ネットまとめサイトではまた廃校ネタ持ち出すの、といった感想があったが全くその通りで、一つのアニメの第1話の展開としてあまりにも盛り上がりに欠けるのではないか。そして、輝きたい!とか超抽象的なワード連呼、これはaqoursテーマになってるのかもしれないけど、どこらへんを指して、または具体的に何をすることが輝く、ということなのか観ていて分からない。だから全体的にふわっとした印象になる。μ'sなら廃校阻止、次にラブライブ制覇という明確な目標があったけど、aqours目標ってなによっていうのが分からない。これからどういう流れで話が広がっていくのか掴めない、だから観ていて不安になる。キャッチー楽曲を出すでもなく、新たな展開を見せるだけでもなく、1話からこれか〜って感じがしたのは私だけではないんじゃないか

μ'sとの比較について思ったこ

グループを取り巻く環境について

 aqoursのいいところは都会と地方比較という点において、地方の緩やかで落ち着いた雰囲気であると思う。μ'sもお嬢様学校という特殊環境ではあるが、秋葉とか都会の真ん中にあるので多少雑然とした感じがあるし、中央ゆえ、A-RISEとかライバル校に常に脅かされているような描写から緊張感も多少あった。

 沼津田舎でありかつ景観もいい、ライバルも今のところ2人組の戦闘力が高いのか低いのかよくわからないユニットしか意識しないから(忘れているだけかもしれないが)、安定的環境の中、学園の廃校とか問題はあるけど、こまけぇこたぁいいんだよ的な感じで、キャラクターの成長を安心して見ていられる。それはそれで萌えキャラアニメ死語?)としては良いことだと思う。もはやズラ丸が可愛いアニメとして見続けるだろう。

グループ歴史について

 先程触れた緊張感だが、μ'sとの違いについては、アニメ化されるまでの期間も考えておきたい。つまり、私はこのあたり不勉強だけど、アプリ先行で、アニメ化するまで色々な試行錯誤があったとのことで、PVとか見ているとアニメとは明らかにキャラクターとか世界観の設定が違っていたり、3Dモデルのカクカク具合が見ていて不安になる辺りなど、アニメから入った組としては、まだ未完成である印象が強い。アニメでも最初の頃は3Dモデルはもうちょっとなんとかならないか、と思ったことは少なくはない。

 何が言いたいかというと、μ'sには、廃校阻止という明確なミッションがあり、かつ中央にあるがゆえの競争環境にあり、更にコンテンツ的にも発展途中であった、キャラクターアイデンティティー含め不安定な要素があったため、常に緊張感を見るものに与えた。そして、3年生の卒業というテーマは、ラブライブの総括的な位置づけにもなったため、アニメ以前のPVとかの歴史をある程度知っている人間にとっては、それなりのカタルシスだったのではないだろうか。

 そして、aqoursにはそれがない。環境の緊張感もなければ歴史もなく、単なる二番煎じ。非常に不利だし、ズラ丸が可愛そうである

 この二番煎じという点は、想像するに、μ'sの成功体験を前提とした企画段階において、保守的意見が勝ったのではないか。そうでなければこんなシナリオは書きようがない。

 これはもしかしたら海外展開観点から、そうせざるを得なかったのかもしれない、知らんけど。

 もしμ'sと差別化しよう、という観点があったとすれば、例えば町おこし、とか、もしくはラブライブ出場ではなくもっとヒューマンドラマ的な展開に焦点を当てるとか、こういったテーマ過去にやってるだろうから、なんかのドラマパクるとかやりようがあるだろう。その場合楽曲もμ'sより少なくなるかもしれないが、明らかにμ'sより楽曲の質が変わっているので、それはそれでありなのでは無いだろうか。とにかく下手したら劣化μ’sの烙印を押されかねないこの展開をなんとかして避けてほしいのである。まあ言ってももう遅いだろうけど。

楽曲について

 楽曲について触れたのでそれについても言わせていただくと、今回をきっかけに、改めて昔のPVやら曲やらを見た次第である。すると明らかにμ'sとaqoursの曲の質が違う。まあこんなことは私のようなニワカ者ではなく、ファンの方々で話し尽くされているだろうから細かくは語らないけれども、一言で言うとパンチが足りない。

 これはμ'sの初期設定が割と普通高校生っぽい感じで描かれており、青春というテーマを直接的に感じさせるためかもしれない。つまり、言い表すのが難しいけれど、青春といった普遍的かつ情緒的なテーマで訴えかけてくるため、私は女子高生ではないけれど、ちょっと感情移入するのだ。古今東西やられてきたこテーマだが、短い青春、一瞬で過ぎてしまう今を精一杯楽しみたいという、切なさである。そこでキャラクター性がそこまで確立していないPV、そして畑亜貴キャッチーな曲は、感情バッチリ訴えかけてくるのだ。

 一方aqoursについては、まあアニメが始まるまでの期間はあるにしても、μ'sの前提知識がある状態で見ており、展開が読める。そして、まあ正直に言うと曲もちょっとトーンダウンしている。恋アクとかはμ'sに負けず劣らずだと思うけど…

 だから、印象がμ'sに比べてどうしても薄くなってしまう。非常に不利だし、ズラ丸が可愛そうである

最後

 述べたことは、そんなこと続編であれば普遍的に言えることと、と言われるだろう。aqours劣化μ'sとしての誹りを免れないだろうと諦めてはいる。

 それでも頑張って欲しいのはひとえにズラ丸が可愛いからである。ズラ丸だけではない、ダイヤ、ルビィ、果南など、お嫁さんにしたいキャラは実はμ'sよりaquasのが多い。地方という部分も好きだ。だから、いいかげんμ's、μ's言うのはやめて、aquasらしい活躍をしてほしいのです。μ'sのプロット改悪して乗り切ることはしないでほしいのです。

2017-10-07

[] #38-5「危ないアニメ

度重なる押し問答の末、シューゴさんはとうとう爆発した。

そして、一世一代の決心を宣言したのだ。

「もういい! もうたくさんだ! こんな曖昧基準で、表現が統制されてたまるもんか!」

ワガママを言わないでください。社会にとって害悪ものは統制される。それが今回はアニメだったというだけの話じゃないですか」

「俺から言わせればな、普遍性のないボーダーライン大義名分に、表現を統制しようとすることこそ害悪でありワガママだ」

「だからといって今のままじゃ、また苦情が来ますよ」

「上等だ! 奴らが文句を言うのはもちろん自由だ。だが、オレたちにも同じくらい尊重すべき自由がある!」

シューゴさんは頑なだった。

自分にとって不都合な影響を与えたくなくて、躾もロクに出来なくて、その責任をオレたちに擦り付けるしか出来ない。だったら、いっそ何もない家に一生閉じ込めておけ。それが一番確実で健全だ」

シューゴさんがいつもの調子でまくし立て始めた。

父もフォンさんも溜め息をつくが、どこか安堵もしていた。

シューゴさんほどではなかったが、二人とも今回の対応に不服であったのは同じだったからだ。

どこかでシューゴさんが突っぱねてくれることを期待している節があったのかもしれない。


そして、放送後……

シューゴさん、苦情が……」

「変える気はないぞ。主人公たちの武器はこれまでと同じ、人間相手にもバンバン使っていく」

「いや、今回はそこじゃなくて……」

「ん? どういうことだ?」

「『入浴シーンがセクシュアル的でよろしくない。青少年健全な成長に悪影響を与える!』……とのことです」

シューゴさんは大げさに笑って見せる。

父はあちゃ~と言いながら頭を抱えた。

「わっはっは、あ~そっちかあ~」

「ていうか暴力表現に関する苦情はどうしたんです? 今回はアクションシーンがいつもより派手だったから、むしろいつもより来ていると思ったんですが」

「たぶん、入浴シーンのほうが悪目立ちしたってことなんでしょう。そういう描写のほうが問題視されやすいですから

性別関係なく湯気をこれでもかってくらいつけているんですけどねえ。作画の手抜きを湯気で誤魔化しているんじゃないかって疑われるレベルで。更には放送局がそこに雑な修正まで入れてるほどなのに」

「一番スケベなこと考えているのは子供より、そいつらの方なんじゃねえか?」

「また、そういうこと言う……それに暴力描写性的描写は別物ですから判断基準も変わってくるのは当然ですよ」

「どちらも表現の一形態だろ。それを区別するってことは、基準があるってことだ。明確で、普遍的基準がな。これは良くて、これはダメ。ここまでなら良くて、これ以上はダメ。その基準はどういう構造をしている? エビデンスはとれているか?」

「それは私も知りませんが、彼らの主張自体理解できるでしょう」

「都合のいい言説が使われているだけだろ。是非を判断する境界線はどう可視化されている? それは本当に普遍的な線引きか? 基準曖昧なままなのに、主張に汲み取るべきところがあるからと受け入れていったら際限なく規制できてしまうぞ」

「そうです。主張の内容はそれっぽいことを並べてはいても、本質漠然としていますし。象徴的だったり抽象的なものの域を出ていない。とどのつまり恣意的判断しているのを誤魔化しているわけです。それで表現が統制されるべきとは思えません」

「そんなこと言っても仕方ないでしょ。私たちも上から通達が来たか業務上やってるだけで、それが本当に正しいことか分からなくても、やらないといけないわけですし……」

「ああ、そもそも上の指示に大人しく従ったのがケチのつき始めだったよな。それで安易に変えてしまったら、他の表現も次々とその対象になる」

「そうして世間の目が矯正されれば、今までは全く問題視されていなかった表現まで規制対象認識される。風当たりだけが強くなっていき、虚構ディストピアが出来上がるわけですね。事例の積み重ねが基準エビデンスを形作るなら、なおさら現状にNOを突きつけるべきなんです」

「二人とも、検閲のものの是非はともかくとして、結局何らかの対応はしないと……」

この時フォンさんはかなり戸惑っていたようだった。

目の前の問題から目を背けて、二人が不平不満を言っているだけのように見えたからだ。

「それなら大丈夫だ。今回のエピソードお上からの指令は来なくなる」

しかし、この時すでに対策は講じられていた。

アニメによってだ。

「え、どういうことです? むしろ余計に悪化しそうな気がするんですが」

ちょっとした“自由の応用”ってやつだ。実のところオレたちは表現の自由欠点があることを知っている。全面的に守られるべきものだとは思っちゃいない。なぜなら、それは言論の自由だとか、批評自由だとかいったものを受け入れないことに繋がるからだ」

「それは分かっていますが、だったらなぜ……」

「直に分かりますよ、フォンさん。表現の自由欠点があるように、言論批評自由にも欠点があるってことです」

(#38-6へ続く)

2017-10-05

anond:20171005174504

それはエロゲ号泣できるお前らだけの話だから

一般的普遍的でお前らの界隈から外にも通じるルールのような話し方するのやめてもらえますか?

2017-10-01

anond:20171001145157

でもはてブ見るだけで分かるけどハゲデブチビブスなどのより普遍的属性になると

デブは少しの努力で~」「アレもコレもというのは窮屈過ぎ~」「しかたないしかたないおそろしいおそろしい」とか

自分の手にしっくりくる差別棒だけは取り上げないでくれよというある意味とても心根の正直な人たちが口先だけはごにょごにょさせてるのがいーっぱい

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