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2017-08-20

https://anond.hatelabo.jp/20170820221108

ありがとう

でも既に家は出てるんだ。メール電話のやり取りだけ。

自分と関わらないのがお前(私)の為だ」とか言ったり、かと思えば

「お前は敵になる人間だ」って言われたり大変。はあ疲れた

ただ、親をクソとは思ってなくて、大変そうな人生だけど死ぬ前くらいそこそこ幸せな顔して死んでほしいなと思ってる

別に死ぬ予定はないけど、自殺すら仄めかされているから。)

社会に出て、良い人間と会えて、多少正常な?コミュニケーションを学ぶと

親が私に向かってしているコミュニケーション方法がいささか人を傷つけすぎるのはよくわかるんだ

でも私が正しいコミュニケーションをしている自信はなくて、

親が嫌なことを探ったり、意味の分からない罵倒(親が嫌いな人間に似ているとよく言われる)をされたら何が似ているか聞いたり

全然答えてくれないけれど、

疲れたなりに生き方を探っているんだ

成人したとはいえ、子どもから抜け出せない自分を嘆かわしく思いながらも。

でもこの辛さからも、早く解放されたい…。逃げたらそれはそれで、罵倒されるか、家に来られるんだ。

今日CCさくら(再)見てて湧いた疑問

なんで桃矢兄ちゃんがカードの持ち主にならんかったんやろ?

ということで原作カードキャプターさくらをひっぱり出してきて読み直してみた。

とくに言及は無いけれど桃矢にもカードを持つ条件は完全に揃ってた。アニメには無い藤隆の子ども力も備わっている。

ただ作中で言われるように、クロウは桜が持ち主になることを分かっていてああいキュートな杖を作ったか

最初から桃矢可能性すらなかったわけだ。

藤隆の子どもという条件以外の条件は、月を納得させられるかというのもあった。しか桃矢は月とラブラブなんだから問題ない。(クロウ的にはちょっと意外だったらしいが)

最初から桃矢ならば、月の魔力消費はそこまでのものでは無かったのではないか

これではクロウが桜に可愛い杖を持たせたかっただけのロリコン野郎みたいになってないか

とも思ったのだがここで落ち着いて考え直してみた。

そもそも桜が可愛い杖を持ってるのは、桜が可愛いもの好きだからだろうか。

しか可愛いもの好きではあるが、そこまでラブリーロリータ好きな印象は無い。変なぬいぐるみが自宅にわんさか飾ってある。

服装も色々着こなしているので、フリフリに偏っている印象もない。

ということは、つまりロウロリコン可愛い杖を持たせたかっただけなのではないか

ここで落ち着いて考え直してみた。

あれは桜の友達ラブリーロリータ好きで、桜のために豪華な衣装を作ってくる知世のために作った杖なのではないか

ということでクロウロリコン説は払拭しておく。あいつ侑子が好きだったし、生まれ変わっても観月先生が好きだった。(藤隆はロリコンだが……。)

ここで本題に戻る。そうなると、桃矢が持ち主に選ばれなかった理由があるはずだ。

そういえば、桜を認める発言をしていたカードが居た。ライトとダークだ。

ライトは桜の心が綺麗だったから、本から解放されたあとは桜の心の中に棲んでいた。

果たして桃矢の心にカードが棲むことが可能だっただろうか?

…なんでや、桃矢兄ちゃん超良いやつやんけ。

って思ったのだが、ここで問題となるのがアニメで省かれた「エリオルの願い」だったのかもしれない。

エリオルは自らの未来が全て読める強い力が嫌で、力を失くすことを望んでいた。クロウリードもそうだったのであろう。

あれは「クロウ未来を知りたいと望んでしまたから」(etc.好きな人を死なせたくないと望んでしまたから)という魔力暴走のようなところがあった。

桃矢も、未来が読めた。作中よりも遠い未来まで桃矢は見てしまっているらしい。

これは憶測だが、桃矢予知能力自体も、母親を失くし、可愛すぎる妹を守りたいという気持ちが強すぎて生まれシスターコンプレックスのせいでの、魔力暴走だったのではないか

だとしたら、クロウ桃矢次世代の最強魔術師にしなかった理由も、月に力を奪わせた理由も、納得が行く。

桜ぐらい「ほんわか」してる女の子じゃないと、大きな力を持つことはその人を不幸にするだけなのかもしれない。

てなわけで、自己完結した。

しかし新シリーズでは桃矢に新たな力が備わっているようで、桜の魔力暴走説まで出ているため、この推論もどうなることやらといった感じである

終わったいじめはどう裁くのか

終わったいじめ、つまり卒業就職環境を離れ、実質いじめから解放された状況のことである

多くの人が理解しているように、そのいじめ精神的・物理的なものにかかわらず、

一度いじめられた記憶トラウマはその後のキャリア人間関係にも多大な影響を与える。

対人恐怖症、依存症、各種のコンプレックス…それによって恋愛結婚、進学や就職といった規定ライフイベントが妨げられるのは、これを読む全ての人が分かっていることだろう。


現在いじめは在学中でしか裁くことができない。

現状起きているいじめの方が重大な問題であるのは理解できる。

確かに、未来が不確定である子どもたちのほうが、事実上終わってしまった問題を抱えた僕たちよりもずっと重要だ。


だが。

一見健全社会人をやっていたとしても、上にあるように、本来ライフイベントや想定していたプランから大きく外れてしまった人は多い。

そういった人々をどうやって救済すればいいのだろうか。

言い換えれば、「どうやって元いじめっ子を法の日の元に引きずり出して脳天に鉄槌を下すか?」という問題だ。

終わったいじめにはまず証拠がない。

レコーダー子供でも気軽に持てるようになったのはごく最近の話だし、10年以上経った場合は物的証拠証言曖昧になってしまう。

仮に証拠があったとしても、「現状やっていけているのなら、問題はないのでは?」で終わってしまう。煽り代わりにセラピーを勧められて終わりだろう。

相手だってまず覚えていないケースが多い。

泣き寝入りするしかないフラストレーションを収めるには、やはり違法な行動にでるしかないのだろうか。

ゲーム休暇ほしい。

仕事や家、様々な人間関係から解放された数日間で、

腰を据えて没頭する大作ゲームがこんなに楽しいものとは。

2017-08-19

anond:20170819171712

自分社会人になってやっと親から解放されて

自由を横臥していた時に今の旦那さんと出会って

濁流に飲み込まれるようにバタバタ結婚してしまったんだけど

10年位は独身に戻りたくて仕方が無かった時期があったな

みんな感じてる事がいろいろなんだね

2017-08-18

同じ悩みで悩んでいる今の時代学校先生

親が学校先生だった、ずっと部活で家にいなかった、土日はもちろん平日も10時過ぎまで帰ってこなかった。

兄弟コンビニ弁当、おいしくなかった。

でも夏休み冬休みは4泊以上の旅行に連れてってくれた。

しかった、嬉しかった。

でもその10倍教え子達を遠征に連れていっていた。寂しかった。

そんなに私たちの親を占拠している教え子は図々しくも家にまでやってきた。迷惑だった。私たちの親はどこにいるの。あなたたちにも親はいるでしょう。

つの日かこんな日々から解放されて家族時間が過ごせると信じていた、待っていた。

来なかった。

私の親は精神的に追い詰められていなくなってしまった。

返してほしい。私の親を、時間を、なにもかもを。

教え子達、その親、まわりの職員教育委員会、なにもかも許せない。ずっと許せない。

あなたがもし教員でもしご家庭があるなら、ちょっと考えてみてほしい。

あなたの教え子を大事気持ち仕事に熱心な気持ち

でもあなた家族時間もそのときしかないんです。

それを忘れないでください。

給料以上のことをする必要がありますか?お金ももわず自分家族ともそばにいれなくていいんですか?

部活なんて滅びてください。

糖質制限ダイエットについての雑感

糖質制限を始めて2ヶ月弱経ったので、経過や感じたことについて書いておく。

糖質制限にかかわらず、ダイエット健康のために何か始めたい、あるいはやっているが心が折れそうという人の励みになれば幸いである。

開始時の状況・現在体重

29歳男一人暮らし。168cm/95.20kgから始めた。運動は月に1、2度のフットサル程度。

始める前は毎日のように二郎系ラーメンを食べていた。それかすた丼

料理レシピを調べて一読すれば、たいていのものは困ることなく作れる。

現在体重は、84.25kgで、おおむね11kgほど減った。

開始前

始める前に糖質制限について調べた。糖質とは何か、どの程度制限するのか、何を食べて良いのかなどから、細かいことまでインターネットで調べた。よくわからないまま始めると、性格上面倒になってやめたくなるからだ。

金を出したのは、レシピ本1冊だけだ。ネット情報については、レシピに出てくる食材調理法を参照すればある程度真偽が分かるし、書いてあるものを食べてればまあ痩せるだろうくらいの気持ちである

根を詰めすぎるのは良くない。そもそも二郎系を食べていた。それに比べれば、多少間違っていようが、全部マシである

こうしてどのようなものを食べるのか、具体的にイメージしてから開始した。

調べながらでは、調べること自体が面倒になるし、思いのほか糖質が多いものを知らずに食べてしまうと、精神的にダメージをくらい、やめたくなる。

開始から2週目まで

滑り出しは順調だった。料理も回数は少ないが始め、おいしく作ることができた。

自炊したくないときは、大戸屋に行ってご飯抜きにしたり、ローソンで買っていた。ローソン糖質量が少ないパン、甘い物を売りにしているので、助かっている。

主食を一切とらず、一食の糖質量を極端に少なくしたので、この間は辛かった。量をたくさん食べてもエネルギーが足りない感じで、もっと食べたかった。空腹なのとも違う感じだ。

女性は、生理もあるので、ゆるく初めて体を慣らした方がいいんじゃないかと思った。

3週目

3週目に入ると、エネルギーが足りない感じはほぼなくなったが、慣れると逆に余計なことを考えるものであるラーメンが食べたくなったのだ。

糖質0g麺なるものも売っているが、もともと二郎系を食べていたのだ、満足できるわけがない。それでもまだやる気があったし、仕事が忙しくてわざわざ食べに行くよりも早く帰りたかったので持ちこたえていた。

4週目から5週目

飲み会に行った。もともと飲み会では少ないながらもご飯物なども食べていた。

その日は盛り上がり、遅くまで飲んだ。その時、「シメラーメン食べよう」などと言い出したやつがいた。

もともと軽く糖質解放している日である。誘惑に負けてしまった。

その日を境に、食いまくった。1週間毎日二郎系すた丼を食べた。昼と夜に分けてではない。夜に立て続けて食べたのだ。

一番食べた日は茹でる前600gの麺に、おそらく400gくらいの野菜が乗った二郎系すた丼ダブル肉飯増しを食べた。

5週目はみるみるうちに戻って行く腹を見てやばい気づきラーメンすた丼はやめたが、ご飯は食べていたし、おかずも気にしていなかった。この間はお腹は大きくなっていないと思い込みたい。

6週目から現在

こんなことをしていた自分を許し、再スタートを切ることができた。

食べまくったことは、誰に迷惑をかけたわけでもないので、気にしない。むしろ幸せに過ごせてよかったぐらいでないと、自分の罪の重さに押しつぶされて、嫌になってしまう。

スタートを切ってからは、はじめに食べていたような糖質をかなり抑えた食事をすることができている。

途中あんなことがありながら、おおよそ11kg痩せているので、糖質制限はやはり痩せるのだなと驚いている。

まとめ

始める前に調べることが大事。どんなやり方で、何を食べるのかイメージしておかないと、開始後に食事制限+調べるということになって、1日中糖質制限のことを考えることになる。

とりあえずご飯抜いて肉、魚、葉物野菜食ってればいい、くらいでもいいからとにかく何を食べるのかイメージしてから始めた方がいい。

そして失敗は気にしないで次頑張ればいいと思うこと。妥協することや、自分を責めないことが大事である。道を踏み外してもまた戻って来ればいいのだ。

私は踏み外し方がひどかったが、戻ってこられた。

本田宗一郎氏は大変失望してこう話したそうです ”韓国とは絶対に関わるな”と。

https://anond.hatelabo.jp/20170817200113

戦後朝鮮半島日本実効支配から解放されました。

ご存じの通り、韓国では、戦後40年以上の長きにわたり反日教育を続けてきました。

徹底した反日教育を受けた子供達も、成長し社会に出て活躍を始めます

当然、韓国若者達は「日本人悪人」だというイメージを持っています

彼らの発言や行動は反日的です。

韓国経済復興し、世界中の様々な場所活動することになるわけですから悪口日本人にも伝わってきます

お隣の国が、日本に対し悪口罵詈雑言を並べ立てる以上、仲良くできるわけありません。

有名なところでは、故本田宗一郎氏の「韓国人とは関わるな」発言があります

アジア小国日本」は、戦後、破竹の勢いで成長しました。

アメリカに次いで、世界第二位経済大国に発展しました。

アジア諸国への技術支援のという事で、昭和40年代前半に本田技研創業者本田宗一郎氏が、台湾韓国技術支援に行きました。

暫くして、台湾から、「日本と同じものが作れるようになりました。是非見に来てください!」と、嬉しい連絡が入りました。

そして暫くして韓国からも連絡が連絡が入りました。

我ら韓国でも「日本と同じものが作れるようになりました。もう来なくてもいいです。」

そして韓国本田とのライセンス契約一方的に解消し、エンジンからデザインまで全くのコピー品を”韓国ブランド”として販売を始めました。

本田宗一郎氏は大変失望してこう話したそうです ”韓国とは絶対に関わるな”と。

日本は、技術国、工業国です。

この無礼な態度は、バイク自動車エンジンなどの産業に関わる人を中心に、日本国民の知ることとなりました。

日本人韓国への嫌悪感が当然アップするのも当然のこと。

日本人の昔を知らない世代のでは「チョン」と言う響きが、相手バカにするのに、ちょうど良かったのだと思います

その結果「チョン」は、めでたく差別語の仲間入りとなりました。

腹痛ってさ、緩急つけてやってくるよね

それも、プロ野球ピッチャーみたいに。

鳥肌が出るときは、大概ヤバい

これは、私の経験則なので、中には当てはまらない人もいると思う。

鳥肌が出るときは、おおよその場合、アレである

加えて、吐き気もないようであれば、もうほぼアレである

下痢だ。

何が原因なのかは知らないが、厄介なことに、前触れもなく突然やってくる。

突如として始まる腹痛

あの痛みって、なんなのだろう。

ひょっとしたら、そんなものを通り越して、いきなり肛門ダイレクトアタックの人もいるかもしれないが。

あの痛みは、例えるなら、腹を開かれて、腸をぎゅっとつかまれたような、そんなような痛みだ。

私の場合は、痛い→落ち着く→痛い→落ち着く→……のサイクルが、おおよそ5分程の周期で延々と続く。

最初我慢できる程度だが、徐々に痛みが強くなる。

そうして、最終的に、あいつが来る。

便意だ。

あああああああああ(ry

ダッシュでトイレに駆け込み、無事に出したら、「はぁ~サッパリサッパリー」。

と、素直に出せれば良いけど、私のお腹はそんなに素直じゃない。

だいたい、格闘することになる。

私の場合、「コイツが出るまで腹痛やめないぜー!」みたいなヤツが出るまでおさまらない。

私はこれを、便宜上「核便」とよんでいる。

この核便、出るまでになかなか時間がかかる。

今日も30分くらい格闘した。

こいつが出るまで、私の腹痛は続く。

加えて私は慢性的に痔なので、便が肛門を通過するたびに痛みが伴う。

腹痛と痔の痛みでダブルパンチを食らう。

さすがに大声を出すわけにもいかないので、頭のなかで大声を上げる。ああああああああああ(ry

苦痛から解放

こうして無事に核便を出し終えたら、ようやく私は苦痛から解放される。

そんな、すっかり解放された気持ちで、これを書いている。

2017-08-17

敗戦記念日国民意識も変わってきた。中国北朝鮮を敵視する排外主義が横行しネット雑誌では「反日」や「売国奴」と罵詈雑言

2017年8月15日 07:10

長い戦争がようやく終わりを告げ、平穏暮らしが戻ってきた。人々が平和の尊さを実感したのは、戦時下生活の制約から解放され、日常を取り戻した時であった。

 作家永井荷風終戦の日から3日後、日記にこう書いている。「朝おも湯を啜(すす)り昼と夕とには粥に野菜を煮込みたるものを口にするのみ。されど今は空襲警報をきかざる事を以て最大の幸福となす」(『断腸亭日乗』)

 戦後生活雑誌暮しの手帖」を創刊した花森安治は著書『一戔五厘の旗』で「夜になると 電灯のスイッチをひねる」「ねるときには ねまきに着かえて眠る」「戦争のないことは すばらしかった」とつづった。

 きょう8月15日は終戦の日。72年という戦後歳月日本社会を大きく変えた。戦後まれの人が2014年に総人口の8割を初めて超えた。身を以て戦争リアルさを語ることのできる人が周りからいなくなっていく。

 戦争体験者が急速に減っていく中で、「平和」や「民主主義」という言葉戦後初期に持っていたインパクト喚起力を失いつつあるのではないか

 「ねるときには ねまきに着かえて眠る」ような当たり前のことに幸福感を覚えるのは、それができなかった戦争時代を生きていたからだ。

 それだけではない。戦後72年たって、戦争ができる社会への編成替えが急速に進み、戦争を起こさせない社会的な力が弱まっているのである

■    ■

 政府与党は、数の力に物を言わせ、特定秘密保護法安全保障関連法、「共謀罪」法を強行的に成立させた。いずれも日本社会の在り方を根本的に変える法制である

 米朝が戦端を開いた場合には日本集団的自衛権行使するため自動的戦争に巻き込まれ可能性が高い。

 国民意識も変わってきた。中国北朝鮮を敵視する排外主義が横行し、ネット雑誌では「反日」「売国奴」などの罵詈(ばり)雑言が飛び交う。国民の分断が進み、ささくれだった空気が漂っている。

 「平和」「民主主義」「人権」という言葉を聞いただけで、アレルギー反応を起こし、忌避するような動きが広がりつつあるのも気掛かりだ。

 国会肥大化する行政権に対し、チェックする役割果たしているとはいえない。三権分立機能不全に陥ると、戦争を止める力が弱まる。

続きはURL先でどうぞ

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/128080

★1)8月15日(火)18:59:40.93

スレhttp://asahi.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1502791180/

2017-08-16

メカニカルゴリ押しって大好き

よろしくお願いしまぁぁぁすっ!!と好きなだけ ボタンを押せるウェブサイトができたというので

手でぽちぽちやったけど、100回達成で二番目までしか解放されなかったので

adbコマンド様に全て任せて朝を待とう。

adb shell getevent -lでEnterキーボタンの押下位置を割り出して

/dev/input/event0: EV_ABS ABS_MT_POSITION_X 00000347

/dev/input/event0: EV_ABS ABS_MT_POSITION_Y 000006fb

16進数10進数に変換して、bashで以下のコマンドをぐるぐる回す。

#!/bin/bash

COUNTER=0

while [ $COUNTER -lt 100000 ]; do

adb shell input tap 839 1787

let COUNTER=COUNTER+1

done

サーバ見てないし、UAいじってPCでちょいちょい直せばアンロックできそうなことは想像ついたけど、これはこれでいいものだ。

画面ぼけっと眺めてるだけでもうるさいが。

2017-08-15

自殺者の心理

自殺の名所として、新小岩という駅が存在する。

成田エクスプレスが猛烈な勢いで通過していくらしい。

そんな鉄の塊に飛び込めば、さも簡単死ねそうだ。

自殺からすると、これはおおいにメリットだ。

一瞬の苦痛・恐怖で、この苦痛に満ち満ちた世界からオサラバできるのだ。

その反面、遺族には多額の賠償金請求されると聞く。よく聞く話だが、実際にどの程度の額を請求されるのか、私は知らない。

ただ、家族に対してなんらかの恨みを持つ人であれば、ある意味では、これもメリットだ。

カネという形ではあるが、なんらかの損害を与えることができるからだ。

死ぬなら勝手に一人で死んでくれ、という意見

「また遅延か、ふざけるな」

「モロに見ちゃった人、かわいそうだ」

「なんで飛び込むかな、遺族のこととか考えないわけ?」

これらの意見は、これから自殺しようとする人には、届くことはない。

自殺する者としては、「いか安易に・確実に死ねるか」という点を重視していると思う。

その他のことなんて、もはや自身が死んだあとのことなんて、死んだ当人には関係がない。

から、考える余地もない。

周りから勝手だと思われるかもしれないが、自殺なんてものは、そんなもんだと思う。

自分 = 世界

自身の死は、すなわち、世界の終わりだ。

自身にとって、他人なんてものは、ゲームでいうところのNPCのようなものにすぎない。

から自身が死んだところで、それらも同じように消えていく。

「いや、そうではない。」

周りからは見れば、確かにそうだ。

遺される人たちは少なからずいるし、巻き込まれて心に深い傷を負う者もいる。一般的には、"そういうことになっている"。

ただ、それがいざ、自分の番となった場合はどうか。

「死んだ後に復活して、それを書物に書いた」なんて話は聞いたことがない。だから自身が死んだ後のことなんて、想像世界しかない。

ただいえることは、自身としては「なんにもなくなる」ということか。

傷つく苦しみより、消失の痛み

自殺者にとって、自殺時に受ける苦しみなんて、それまでに受けた苦しみなんてものとは比較にならないほど軽い。

少しの間の苦しみをペイするだけで、その苦しみから永遠に解放される。

こんなに幸せなことはない。

代償はそれなりだが、自殺することは、すなわち、幸せへの近道だ。

から自殺者は減らない。

老人人口が多く、若者意見が反映されない現代日本に、将来性なんて見いだせない。

搾取されるだけ搾取され、絞りカスになって死んでいく。

そんなものを、生きる喜びとは思えない。

から自殺者は増える。

やれ「こんなもの子供に悪影響だ」だの、「不純異性交遊だ」だの、そんな理由で、性規制は年々厳しくなる。

その一方で、医療技術進歩により、妊娠中絶という道が開かれている。

から子供は増えない。

夢も希望も、あったもんじゃない。

終わりに

こんなことを書いている私も、自殺真剣に考えている。

考えはじめてから、もう半年以上経つか。

そんな中で思ったことを、書きなぐった。

自身の中で、もうそろそろいい頃合いなので、一応、自殺のための身辺整理を始めようと思う。

関税法違反指定薬物輸入)

取り調べというと刑事ドラマみたいなステレオタイプイメージしか無かったが「おまえやったんだろ」「カツ丼食うか」みたいなのは一切無くて何年も前から証拠品押さえては写真に収め書類にしてファイリング郵便トラッキング確認アクセスログの照会等裏取りして後は本人宅で令状見せてパパッと押さえるもの押さえて軽く本人に確認をし調書として書き上げ捺印して帰ってく

一応警察の尿検査を受け未規制(のはず)の4F-MPHのアルミ袋とパケ、PEA結晶が付着した電子はかり等々PCスマホと一緒に押収されたが税関本丸ローマ字名(不詳)が実在する人物で本人が輸入を行った決済、発送メール等の証拠が欲しかった様だった

取り調べは捜索時にもするが基本は税関に何度か出向き聞き取りを受ける

調書は第三者(誰か聞くの忘れた)が判断するらしく本人の生まれやなぜ薬物を入手するまでに至ったかも初めに軽くに聞かれた

確実である事柄に対してのみ本人から確認を取るので特段慎重に発言しなければいけないような事は聞かれず押収の際に撮った写真メールブラウザ履歴銀行仮想通貨売買サイトの照会ログと照らし合わせて間違いないか本人の同意確認していく流れだった

取り調べで知ったもうどうでもいい知識だがトラッキングナンバーを付けて郵送すると書状扱いにはならず通関検査で留まると開封検査され調査対象になるが書状は開封検査ができないので留まると内容物の確認の書面が届く

受け取るとローマ字名(不詳)から実在する人物証明になり受け取り拒否するには自筆サイン必要なので留まればほぼ確実に積む

ちなみに川崎郵便局の通関率は体感的に5%以下、推測(妄想)だが郵便物の中のモノがアルミ袋に入れられてればまず留まり職員により手作業検査され、アルミ袋に入れてなければテラヘルツ波検査機(実用化されてるか知らない)でどんな薬物か一瞬で判断され留まる、恐らく指定薬物を輸出する主要な輸出国、引き受け地、偽装された外装の特徴等職員は把握してるのではと勘ぐる

新しくできたサイトで今までとは違う引き受け地、発送国だと始めの数ヶ月は比較的留まらす手に入った

したらばの掲示板も閉鎖されオープン情報共有の場は無くなり各国の法規制により大手ベンダーさえ消え市場規模が縮小していく今、指定薬物指定されてない薬物の入手は違法薬物より敷居が高いのではと思う

これまたどうでもいい話だが厚労省や各都道府県が発表する国内危険ドラッグ買い上げ調査は購入した人に廃棄を促し販売店を指導するために商品名まで記載してるのはわかるが逆に宣伝になりかねないのでは

取り調べでも昼休憩は外に出れて時間たっぷり設けられてありその都度近くのラーメン屋に通った

二郎系ラーメン野菜少なめニンニク多めスープ薄めがおいしかった

取り調べが終わった際に今回の件に関して逮捕とかはない筈だけど何かしらの処罰は受けるかもしれないと説明を受けたが何とも後味が悪い

調査はまだ続くが)取り調べが終わったら押収品は返還してくれる予定だったのだが後からいつ返せるかわからなくなってしまった

もういらないのでこの不安から解放されたい

つらい

別に農家感謝しないし1日3食やめていいよな(餌付けから解放される中学生の図)

https://anond.hatelabo.jp/20170815015756

子供解放するのか

負の連鎖を続けるのか

興味深いね

もっとも現状では夫相手にも発言権はろくになさそう

2017-08-14

創作物におけるテレパシーセキュリティ

お盆休みで暇だからテレパシー通信プロトコルについてぼんやり考えてた。

映画アニメ漫画とかで、直接相手の心に話しかけるタイプテレパシー描写が出てくるけど、どの作品送信側のリクエストに対して無防備すぎる。
受信側は、「ポート解放ファイアウォールは無し」みたいな設定にされていることが多い。
また、通信リクエスト許可してからテレパシーを受信するわけではないので、着信拒否はできない。
どの場面も、いきなり電話がかかってきて、受話ボタン押してないのに相手一方的に話しかけてくる感じのテレパシー描写だ。

まあ、受信側は初回通信時「あれ?なんか声が聞こえるぞ。」というテレパシーに対して無知であることも多いので、対策がなされていないのも仕方ないのかもしれない。
でも、二度三度と今後も通信していくんだったら、スパムテレパシーを防ぐファイアウォールや何らかのフィルタリング機能がないとノイローゼになるだろう。
テレパシー相手が、ツイッターでいうところのクソリプを延々と飛ばしてくるやつだったらと思うとぞっとする。

最後に、凝ったテレパシー設定が出てくる作品があったら読みたいので教えてください。
過去に読んだSFでも、地球外生命体がテレパシー(あるいは、そうと明言されてはいないが、脳に直接メッセージを送り込む方法)でコンタクトしてくる作品はいくつかあったけど、人類相手から信号に対して無防備だったなあ。

2017-08-13

泣くということ

まとめる気もなく思考の跡を自分がクソな人間であることを暴露しつつ。

幼稚園年中の時に

「嘘泣きするな」と先生に叱られた。

私(もしかしたら他の子も)はクソ野郎だったので、

泣くことで相手を謝らせ自分正当化(もしくは無害化)するという手段に出ることがあり、それを叱られた。

泣くことで相手を謝らせる作戦祖母の怒りを避けるために編み出した方法である

実に小賢しい。実にズルい。

祖母は怒った結果私達が泣き出している時に誰か人が来ると世間体からか私達に非があっても態度を豹変させて私達に謝った)


先生の教えは人の顔を見て泣くなということを意味していると私は解釈した。



中学の時、自分は最悪な人間だったので、

部活引退解放からひとりだけヘラヘラしてて、友達に怒られたのだが(当たり前だ)、

その時言われた

「なんで泣かないの?みんな泣いてるよ!」

というセリフがとても頭の中に残っていて、その時、失礼なことしたなと思うと同時に、

この友達はみんなが泣いてるから泣くの?って思った。

(私のことがムカついていたから泣いた可能性もあるなと今は思うんだけど)

個人的部活強制加入と辞めるの不可で継続強制はやめた方がいいと思う。

下関国際野球部ブコメにもあったけど「逃げた」という表現もやめた方がいいと思う。


十二国記の風の万里黎明の空というファンタジー小説の上巻300ページ目に、

「人の泣くのにはふたつあるんだなって。自分がかわいそうで泣くのと、もうただ悲しいのと。自分がかわいそうで泣くのは子どもの涙だよな。だれかなんとかしてくれって、涙だからな。…(後略)」

っていう厄災孤児セリフがあって、結構影響受けた。

ただ悲しくて泣いたエピソード(人々がいた風景がなくなってしまった)で戦災孤児が言ったセリフ

子どもの涙も流すとも言ってる。

対比で描かれている人物自分がかわいそうで泣いていた見た目は16実際は100歳くらいの女の子で、

100年近く抑圧から抜け出せなかった抜け出そうとしなかった子で、自分を慰める涙ばかり流してた。

他の人も同じくらいもしくはそれよりつらい人死んで泣けない人がいるのにずっと泣いてるのはカッコ悪いよっていう話。

※ちなみに彼女主人公ではないけど彼女合わせて3人の女の子が成長する物語

居たい環境地位からのズレと自己憐憫の話。


ラジオで某ミュージシャンが泣いたことがあって、作るのつらくてつらくてしょうがない、しかも結果出ないって言う。

(あれを聞くと頑張ってほしいけどつらいならやめたいなら無理強いさせたくないと思ってしまうのだが)




泣くのって他人から見た美醜が結構関わる行為で、

泣くのはダサい汚いズルいカッコ悪い男らしくない恥ずかしいっていう言説と美しいって言説がある。

他人が泣くのは、腹立たしいこともあり、美しく感じることもある。

他人存在意識して泣くとかそういうんじゃないただ感情に任せた涙が甲子園にはあるけど(他人は確実に存在していて消費してるけど)、

そういうのって世の中どのくらいあるのかっていうことと、

他人存在意識して(共感を求めて)泣いたとしても、

理解共感できる涙と共感出来ないダサい涙があって、

少なくとも子供の涙(自分を慰めるための涙)とただ悲しくて泣く涙というような、

カテゴリー分けするのは単純には無理だし、

美醜を感じることはあれど、それも立ち位置や前提となる状況についての知識によって異なるため、

共感文脈だなと思うように今なったとこ。

甲子園も美しいけどかわいそうで間違ってるから改善すべきという人もいるし(子ども意思目標大人子どもに負うべき責任バランス


とりあえず、常に他人の目を気にしてカッコ悪くないように泣く泣かないを決めている(他人の目を見て感情を圧し殺す)と、

病気になるからやめた方がいいと思う。

助け(共感)が欲しいときに泣けないと死ぬ

自己憐憫も時には必要だ。

社会簡単には泣くことを許さないけど、泣いて反応が帰ってくるまでは、社会が何が恥ずかしいことだとしていて、何が恥ずかしくないとしているかからないし。

※ちなみに海外では結婚式で泣く日本の男は面白いBSのCOOLJAPANでやってた。海外大変。メンタル病む。

生きているということは他人から観測されることなので他者存在からは縛られる。


泣く泣かないに関わらずダサいはいる。

ということはダサいは泣く泣かないによらないのか。

泣くのはダサいかっこいいの最終段階のダメ押しか。ダサいかっこいいは過程

これだな。


そして泣くことを恥ずかしいことだと考えたことすらない人は、わりといい人生送ってる気がする。

目標地位を達成するためには泣きたくなること=恥をかくことは何度もあるはずだから

失敗して泣くのが恥ずかしいがために目標に挑戦しない頑張らない人なんてざらにいると思うんだけど、もったいない

から、恥という概念に関連する行為範囲が狭い人は自由だ。

以上まとまりなく。


追記

小説は毒にも薬にもなります

社会不安障害になりそうな文章だな。

グーグル思想残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 中編①

性格の違い

女性は、平均して、より

また留意すべきことは社会構築主義者の主張に反して、調査が示唆するのは全国レベルジェンダー平等男性女性性格特性心理学的相違を引き起こすということだ。なぜなら、社会がより繁栄し、より平等になるに従って、男女の生得傾向の違いがより現れてくる余地を得るからであり、性格特性の男女の違いにおいて存在するギャップがより広く現れてくるからだ。私たちジェンダーギャップが性差別により生じると仮定することを止める必要がある。

男性地位へのより高い衝動

私たちはいつもなぜ女性指導地位にいないのかと問うが、なぜそんなにも多くの男性がその地位にあるのかとは問わない。これらの地位はしばしばストレスの多い長時間労働必要とするし、バランスのある充実した人生を求めるのであれば大した価値はない。

地位というもの男性が値踏みされる際の一番の判断基準であり[4]、多くの男性地位のために犠牲が多く、満足の少ないこの種の職業に駆り立てる。注意すべきことに、技術職と管理職において身入りが良いがストレスの多い職に男性を導くのと全く同じ衝動が、男性炭坑採掘ゴミ拾いや消防士のような人気のない危険職業に導く。また、職業関係死のうち93%をも引き起こす

ジェンダーギャップを減らすための非差別的方法

以下でここまでに概略した男女の特性分布差についていくつかのことを述べるとともに、逆差別に頼ることな技術職における女性登用を増進するためにこれらを解決する方策提案する。グーグルはすでにこの分野において進歩しているが、これらの提案を列挙しておくことは有益だろうと思う。

哲学的には、男性女性平等な分け前を訴えるためだけに技術職に勝手社会工学を行うべきではない。これらの変革のそれぞれについて、それがなぜグーグルの役に立つかという原理原則に基づいた理由必要だ。つまり私たちグーグル最適化すべきなのだグーグル多様性ががその理由の一部となるような。たとえば、今現在、より長時間働き、よりストレスを受け入れようとする人は必然的出世するが、これをあまりに多く変えようとすれば、悲惨な結果となる可能性がある。また費用と便益を考慮すれば、グーグル資金調達は有限であるため、その配分は一般に認められているよりも、よりゼロサムであることを心にとどめておくべきだ。

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さらに分割。

グーグルの思想的残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 中編②

2017-08-12

Aセクシャルの人に10年間片思いした話。  

相手迷惑ををかけたくないので身バレ防止にいろいろフェイクは入れるけれど、出来事体験に関してはなるべく正直に気持ちを書こうと思う。


 私はいま25歳だ。地方田舎で育った。相手幼稚園からの幼馴染だった。漫画みたいな幼馴染じゃないけれど、地元友達で、幼稚園小学校中学校と一緒だったし、小学生ときにはよく一緒に公園とかで鬼ごっこかくれんぼをした。中学に入ってからは、もともとお互いに漫画アニメが好きで、本の貸し借りをしてライトノベル時雨沢恵一の「アリソン」とか「涼宮ハルヒ」とか)というものを私が教えてもらったりもして、まだそういうオタ趣味学校でおおっぴらにできない時代だったのもあって、よく話すようになった。それで、なんでか覚えてないけれど、気になりだして、気が付いたら好きになってた。中3の時にはがんばって同じく一緒に好きだったバンプライブに誘って一緒に初ライブに行ったりもした。相手は異性の友達はどちらかといえば苦手そうにしていたけれど、その中でいちばん仲のいい異性になることができた。

 中学卒業したら高校別になることはわかっていたから、とにかく気持ちを伝えたくて彼の受験が終わったタイミング告白した。どうなるかも深く考えないまま、共通友達うまいこと呼び出してもらって、小さいこからよく遊んだ公園気持ちを伝えた。ずいぶん長い沈黙があって、そのあとの断りのセリフは「ごめん、恋とか愛とかがよくわからない。人をうまく信頼できないんだ。増田がきらいとかじゃないんだけれど、そういうことがどうしてもできない」というものだった。彼は少し泣いていた。話そうか迷って、きちんと誠実に断るために探してくれた言葉だと、今ならわかる。その誠実さがすごく尊いもののように見えて、おおげさに言うならすごくきれいに思えて、区切りをつけるとかは吹き飛んで、余計に好きになってしまっていた。そのカミングアウトの内容そのものに惹かれてしまった部分もやはりあったと思う(今考えると業が深い……)。

「でも、そんな風に想ってくれる人がいると思うと、なんだかうれしい」という言葉本心からのものか、それとも彼のやさしさだったのかは、いまだにわからない。

 けれど、当時の私の思考回路はひどく短絡的で、「だったら、彼に信頼してもらえるようになればいいんだ」というものだった。そういうわけで、違う高校に進学したわけだけれど、中学時代グループの集まりを定期的に企画したり、高校部活人間関係の悩みとかの相談積極的に乗ったり、ガラケーメールぽちぽち打ったりした。今考えても涙ぐましいし、ムダに行動力ありすぎた。相手性格を考えるとちょっとやりすぎな面もあったけれど、そんな重いエゴまで含めて本気の恋だった。彼のことを考えない日は嘘偽りなく一日だってなかった。それが空回りしている自覚もあったし、全然そういう目で見てくれている様子がないこともわかっていたけれど、思い続ければいつかは、なんて甘い幻想も同時に持っていた。

 結局、高校3年の終わりに中学時代地元グループ卒業旅行に行って(もちろん企画からすべて私が幹事をした)、そこでまた告白したけれど、まったく同じ断り方をされて撃沈した。今度こそもうダメだなって思って、おしまいハグをしたらちょっとびっくりされたけれど、手を背中に回してポンポン、と叩きながら「ごめんね」と言ってくれた。 今にして思い出すと、これはすごく、彼にとってきつかったかもしれない。

 大学は私が都会の大学に行ったので、地元グループとも帰省したときくらいしか会わなくなった。大学では初めての恋人ができたり、他にも普通大学生らしいことをいろいろ経験したし、様々な恋愛関係する感情を味わった。彼のことはあきらめて気持ち封印してはいたけれど、それでも常にずっと心の中では彼のことをいちばんのところに置いていた。このころになると、ずっと片思いをしているということが完璧に美化されていた。

 そうして、アセクシャルAセクシャル)という言葉を初めて知ったのも大学時代だった。知った時、真っ先に彼のことを思い浮かべた。

 大学卒業して、Uターンで地元に帰ってきた。久しぶりに地元特に仲のいい何人かと再び会うようになった。ある時、彼の親友的な人と話していたら「増田さん、中高のとき彼のこと好きだったでしょ」と真正から指摘されて、封印していた気持ちが解けてしまった。4年間蓋をしていたものが、びっくりするくらいあふれてきた。その親友が「だんだん結婚とかも皆考え始めるような歳になっているのに、そういう話題が彼にあまりにもないか増田さんをあてがってやろうかと思って」と言うのでこれに甘えて利用して、彼と遊んだデートしたりした。お互いにいろいろ話すけれど、でもやっぱりこれまでと同じく恋愛的な意味での全然手ごたえは何もなかった。それと並行して。やはりAセクの件があったので、その親友に彼はAセクなのではないか相談した。親友氏にも思うところはあったようで、何度かそれについて議論もした。

 複数回デートらしきものをして、どちらにせよこの恋はだめだと思い知らされたので、結局過去と同じように自分気持ち区切りをつけるために告白をした。Aセクの件もあったから、一応相手負担にならないようにというつもりで、その当時でできる限りの気遣い自分の率直な気持ちとを文章化して手紙として渡した。後で読んでと言ったのに彼はその場できちんと読んでくれた。そして返事の代わりに、件の親友名前を出して「こないだ、Aセクシャルっていうのを教えてもらって、自分でもいろいろ調べて読んでるうちに、読めば読むほど『そうだ、これだったんだ』とわかって涙が出てきた。他人を愛することができない自分は、どこか明らかにおかしい、欠けた人間だって思っていたから、すごく安心したんだ」と教えてくれた。

私にはそれを受け入れるしかなかったし、何よりも泣きそうな顔だけど解放されたみたいなすっきりした様子の彼を見てうれしかったのも事実だった。

 私と親友氏とで「一応、Aセクであるとすぐに決めつけすぎないほうがいい」と伝えておいたものの、十中八九彼はそうなのだと思うし、少なくとも今現在彼の自覚Aセクということになっている。


 ここからあとは、私一人の話。

 私にとって、彼はまさに青春のものだった。そう思い込んで美化してきたところや、一途な自分片思いに酔っていたところ、そのエゴに時折死ぬほど自己嫌悪したところ、醜いとこや酸っぱいところも、些細なことでめちゃくちゃ幸せな瞬間も、ぜんぶぜんぶひっくるめて、いま大人になった私を作っている大切なものだ。詳しくは書かないけれど、彼を好きにならなければ私の人生はぜんぜんつまらない方に変わっていたはずだと思う。たとえ片思いでも、幸せだったし、幸せをくれたと思う。恋愛ってそういうところがあると、私は思う。

 ただ、そんな恋愛を、彼はしない。そういう感覚を彼はおそらく持たない。今後一切、恋愛から何かを得ることはない。

 このことを、私はどのように整理したらいいのだろうか。

 恋愛はすばらしい。いろんなドラマ物語においても恋愛至上主義圧倒的多数な世の中で、人々はそんなフィクションを見て、やはり恋愛はすばらしいものだと思う。誰しもが人に恋をして人を愛するのだと信じ込む。そう刷り込まれた?私の観念はとても硬い。

 では、他人を愛さない人は、すばらしいものが欠けているのだろうか。人生のなにかしらを失っているのだろうか。彼はおかしいのだろうか。

 断じて違うと、私は確信している。でも、それは私の中の固定観念矛盾している気がする。

 私にとって恋愛のない人生は、ずいぶんパサパサとした無味乾燥もののように思えてしまう。彼がAセクである自覚を得た日以来、失恋による大きな胸の空洞がつらいし、今まできれいに思えたものがきれいに思えなかったりする(感覚がにぶっている感じがする)。彼を好きだったとき世界の見え方はとても色鮮やかだったのに。

 気が付いたら私は25歳で、中学卒業してから10年が経とうとしていて、10年前のあのころキラキラした感覚がいろんな意味で信じられなくなってきている。恋愛しか得られない感覚があると信じているくせに、彼のことがあって今の世の中における恋愛絶対性について疑ってもいる。人間幸せの形ってもっともっと多様だと思いたいのに、自分経験がその価値観に異を唱えてくる。

 こんなことを考えていると、結局彼と私とではとんでもない隔たりがあったのかなとか考えてしまって、今でも少し凹む。



 自分の中でもいまだに結論がでていないせいで最後何を言いたかたかよくわからなくなってしまった。こんな深夜に書きなぐった読みづらい長文を読んでくださって、ありがとうございます。なんでもいいのでみなさんの意見を聞いてみたいです。ちなみに私がちょっとヤバいのは承知です。

https://anond.hatelabo.jp/20170812124312

それならますます嫁の人生縛ってないでほかのみちさがした方がいいと思うわ。

でも経緯見てみると死ぬことで解放するつもりだったのかもな。

正しい選択なのかは分からないが。

俺だったら普通に離婚提案するが

て言うかもと増田結婚するだけなら子供いらないレアな女も居ないわけではないからそれ狙えばいいんじゃね?

2017-08-10

https://anond.hatelabo.jp/20170810062004

どういうメカニズムが働いてそうなるのかわからん

泣くというのはストレスを解消(緩和)する生理現象

感情を抑えているところにストレス解放するきっかけが生じた場面で涙が出る

我慢してた→励まされた(きっかけ)→もう我慢しなくていいよ→涙がでる

2017-08-09

フェミニズム男性を救う」時代は終わった

男性男性性に縛られていた時代には「フェミニズム男性男性から解放する。共闘しましょう」が成立した

今はダメ。今の男は「男性性」に縛られてなどいずとっくに解放されているから。

正確には「男性性」のマイナスの面から解放されている。

その証拠に、デートで女に奢るという男はもはや少数派。

からもう「男性から解放してあげる」は男にとって何の魅力もない。

男の支持を得る方法女性専用車両にでも反対すればいいんじゃないかな

はいじめっ子だったのだろうか

私が高校生の頃、同じ学年に佐藤さん(仮名)という子が居た。私は2年生の時同じクラスになった。

佐藤さんはなんというか、普通ちょっと地味な子だった。派手なわけではないが、ダサいわけでもない。特別に明るいわけでも暗いわけでもない。卑屈なわけでも不遜なわけでもない。

彼女学校に来るのが早い方で、私も早い方だった。他に人が居なければ喋る。その程度の仲だった。でも私はその時間が好きではなかった。

彼女と話す時間はつまらなかった。でも何があんなに楽しくなかったのかは未だに解らない。誰かの悪口を言ったりする子ではなかった。普通に好きなアーティストの話などをしていたがつまらなかった。

他の仲がいい友達が来ると、解放されたような気持ちになった。彼女は他の子が登校してくるとすっと「じゃあね」と言って去って行ったからだ。

私は最初佐藤さんは誰とでも仲良くなる社交的な子だと思っていた。行動を共にする子がいつも違ったからだ。

だが段々とそれはどうも違うらしいと気付いた。彼女は誰とでも仲良くなれるわけじゃなく、特定の仲のいい子が居なくて彷徨っている子だった。

私と私の友人達は、口にこそ出さなかったが彼女が輪に入ってくるのが嫌だった。

放課後どこかに遊びに行こうなんて話して盛り上がっていて、彼女が私も行っていい?と入ってくると0.2秒くらいの間空気が凍った。

断る理由も無いのでいいよと言って一緒に行ったが、だからと言って次から積極的に誘いたいと思う事は無かった。

私の居たグループ?は20人くらいのうすーい繋がりのグループ

(AちゃんとBちゃん、BちゃんとCちゃんは仲良しだがAちゃんとCちゃんは話はするけど個人的にやり取りをするほど仲良くはない、みたいな)

その場に居合わせた人によってその日一緒に居る人が変わる、結構流動的なグループだったが、佐藤さんに対する態度だけは何故か一貫してた。

3年生になり佐藤さんとクラスは離れ、朝に話す事も無くなった。接点は無くなったわけじゃなかったが薄くなった。私の中で彼女存在は限りなく薄くなった。

とある学校行事彼女に久々に話しかけられた。何を話したかは覚えていないが、5分程雑談をして私は当番があったのでそう伝えて別れた。

すると一緒に当番になった子から佐藤さんと仲良いの?と聞かれた。私は仲良くはないけど、去年同じクラスだったから話す事はあるよと答えた。

当番の子はよかったと笑った。そして「今年初めて一緒のクラスになったんだけどあまり得意じゃなくて…」と続けた。

私はなぜかショックだった。当番の子は決して佐藤さんと仲良くするタイプの子ではなかった。強い接点を持つわけでもない人にさえ彼女は嫌われていたのだと知ってしまった。

私が通った学校平和学校だったと思う。皆毎日を楽しむのに忙しく、特定の人をいじめたり追い詰めたりする暇は無かったと思う。

佐藤さんの事も、皆得意じゃないとは思いつつ積極的にそれを口に出す事はしなかった。遊ぶ時参加したいと言われれば受け入れた。

でも彼女との交流はなぜだかとんでもなくつまらなかった。妙に苛々して、到底楽しい時間とは思えなかった。

声のトーンやテンションも仲のいい友達と喋る時とは明らかに違ったと思う。

から自分からしかけたり、遊びに誘ったり、手紙を書いたりする事は無かった。

佐藤さんの「仲良くなろう」という気持ちに応える事はしなかった。気付かないふりをし続けた。

あれはいじめだったんだろうか。

私達は誰も示し合わせたりはしなかった。不思議と皆が彼女を得意じゃなくて、でもみんなそれを口にしなかった。

当たり前だが暴力を振るったり、物を隠したりもしなかった。

でも今日はこのメンバーだけで過ごしたいなと思ったら佐藤さんの目を避けて打ち合わせをした事はあった。

「皆」の中に佐藤さんを含もうとはしなかった。含もうとすらしなかった。

私の楽しい日々の中に佐藤さんは不要だったからだ。

2年の学級文集にちょっとした文章を書く欄があった。

そこに佐藤さんは私と過ごした朝のひと時について書いている。

私が嫌々過ごしていた毎朝の10分少々が、彼女にとっては1年の思い出だったのだろうか。

卒業からもうすぐ20年経つ。あの時の友人の多くとはもう連絡を取っていない。当然佐藤さんとも。

彼女はあの後誰かと仲良くなれたのだろうか。幸せにしているのだろうか。

どうか幸せになっていてほしい。それだけは本心だ。

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