「嫌悪」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 嫌悪とは

2018-10-18

なぜ?と思う旦那のところ

外で旦那お腹空いた?って聞かれた時に

私が空いてないよって答えたら

じゃあ俺は(空いてるけど)食べなくていいよって返すのなんで

(機嫌悪くなったり腹減ったと文句はいう)

同じ物を食べて同じ動きをしたとしても

同じような空腹感とは限らないじゃん

生理現象なんだし勘弁してほしい

普通にお腹空いたからなにか食べない?っ聞いてくれよ

そしたらジュースだけでもいいし、行った先で何かしら食べるかもしれないじゃん

みたいな事が多くて疲れる

多分気を使ってるんだろうけど、使ってほしくないとこで使われるのほんとうざい

私「〇〇行きたいなぁ」

旦那「行くか?俺は行きたくないけど」

私「じゃあ行かなくていいよ」

旦那「行くから早く準備しろ」(怒り出す)

みたいな、何で納得してくれないのか

もし私が逆の立場だったら、「そう、行かないんだ」で済ますのに意味が分からない

何の義務感?

イライラつのって書いてしまった

すぐ拗ねたり怒ったりしなかったらいい人なのになぁ、短気なところやだなぁ 100年の恋も冷める

ストレス貯まる

2018-10-17

ヤマもオチもない、私と苦手な友人の話。

合わない友達がいる。

私は積極的性格でないため、友達は両手で数え切れる程しかいない。

その数少ない友達の中に、どうしても、どうしても合わない子がいる。

の子とは大学が始まってすぐに知り合った。背の高い、フレアスカートの似合うスラリとした女の子だった。

大学内ではいつもその子(以下、エーコ)を含めた4人で行動した。講義が被れば隣に座り、昼ご飯時間にはLINEで示し合わせて一緒に食べた。他愛もない話で盛り上がり、意味もなく写真を撮りあいっこしたりした。

でも、たまに、彼女の考える価値観と合わないことがあった。まあ人それぞれ違う個体なのだから、当たり前なのだけれど。

エーコは何事もハッキリ言う。あれが嫌い、それは興味ない、これが好き、これはかわいい

私にはない、素敵な長所だと思った。けど、ふとした瞬間、彼女のそれは周りを傷つける刃となることもあった。

いつものメンバーの中に、天下のジャニーズが好きな子がいた。その子は、その手の雑誌をたくさん持っていて、時たま大学に持ってくる時があった。

エーコはそれをチラと見て「私これ興味無い。全然メンバー知らないし。これが今流行ってるの?なんだか皆、顔白くない?コワ」

あーあ、と私は思った。焦ってフォローしたけど、遅いなあと思った。雑誌を持ってきた子の顔が引きつってるのが分かった。

エーコはそういうところがあった。自分意見ばかり先へ先へと押し出して、相手気持ちを考えてくれないところがあった。私はそれを聞く度、気分がずん、と重くなった。

一度苦手だと思ってしまうと、エーコの嫌なところばかりが目に付いた。

電車でも平気に大声で話すところ、自分が正しいと思っているところ、話し方、言葉選び、仕草、考え方…

そういうところを見つけてしまう度、ああ嫌だな 合わないな、毎日会うのが耐えられないな、と感じた。

限界に近かった。

彼女を苦手と感じる自分にも嫌悪したし、相手の嫌なところしか見つけられなくなっている自分吐き気がした。

私は、私の為に距離を置いた。エーコは何一つ変わらなくて、非はなくて、ただ私が、私と違う彼女に耐えられなかっただけ。

講義が被っても向こうから来ない限り接触は減らしたし、少し冷たく接した。

彼女の目に、私はどう映っていただろう。気分屋な面倒くさい友達、人によって態度を変える嫌な奴、そんなふうに見えていただろうか。分からない。

面倒な友達でごめん、冷たく接してしまうのは自分でも 嫌なやつだな と 私だったら友達やめてるのに と思う。でも、でも私はエーコは合わなくて、ずっと隣には立っていることが出来ない。私も私が嫌い。

多分、私はいっそ、エーコの方からあなたが嫌い」と言ってくれる日を待っているのがもしれない。



ヤマもオチもない、文章ぐちゃぐちゃの愚痴でした。以上です。どうしてもこの感情言葉にしたかった。

萌え絵忌避する側にも理由がある。

頭が異様に大きく丸い

目が大きい

鼻が未発達

唇が薄い

散々デッサンが変だとか異様だと言われていることだけれど。

これらを嫌悪するのにも理由がある。

これらは乳幼児の特徴であり、これに眉毛を足し、セクシャルな胸や尻を付け加えたもの萌え絵だ。

それが故に萌え絵が愛される、というのも理解できるし、萌え絵愛好家が全て異常だとは思わない。

だが、正直、「小児性愛画を見たら気分が悪くなる」という意見もわかってほしい。

要するにあなたたちには見えないかもしれないけれど、私には異様なポルノに見えるということ。

「嫌いだから見たくない」にもそれぞれ理由があるし、真剣に見たくない人もいるのだから公共の場に置かないで欲しいという声も少しは考えて、TPOをわきまえてというのはそういうこと

ブログサブカル、語る。」がキツいのでつらい

まず第一サブカル全然語ってない。特撮はそれなりに好きらしいが独自の嗜好や愛好する何かは無いらしい。

というかメジャーどころの仮面ライダースーパー戦隊ウルトラマン系以外はほとんど語ってない。

漫画ゲームについてもジャンプ系・FFDQポケモンレベルの超メジャー系。

PS2期の傑作ノベルゲームであるチュンソフトの「金八先生」に関しては「誰が買うんだこんなゲーム」とまで書く始末。

 

お前サブカルでも何でもないただのメインカルチャー直球老害おじさんやんけ!!!

 

とあるごとに「いやー昔はアニメ業界にもいたからさぁ~」「いやー昔は漫画業界でこんなこと言っちゃってさぁ」みたいな

ラルキ発言が多数出てくる。キツイ。それに対する反動嫌悪なのか知らんが病的にオタクを嫌う。

 

基本的はてなブックマークでバズらない限り注目されない程度の文章しか書いていないし、

いざバズっても「ちょっとズレてるかな…」みたいな頓珍漢な主張がつらい。

 

一通り議論されつくした感のある「キズナアイネタを今更になって蒸し返しているが

「いやその話一週間前にもうやったんで…」みたいな反応が多くてかわいそうな気持になる

話題になってたのに今更気付いて、PV集めたくて必死になって追っかけてきたんだろうか。

 

時たまはてなブックマーク話題になるから目に入ってしま記事を読むのだが、

いつもいつも視点はズレているし知識も浅いしで本当に読んでいてつらい。

ちなみにTwitterアカウントオタク嫌悪ネトウヨ嫌悪をずっとブツブツ言ってる感じが本当につらい。

キモオタネトウヨが許される存在だよということではない)

 

そんなわけで、はてなブックマークスマホアプリは早い所

特定キーワード」「特定URL」でホットエントリーをミュートできるようにして欲しい。

もうあんな低レベルブログタイトルですらホットエントリで一々見たくないんだ。

ミュー機能をお願いします、はてなさん。

 

全く「誰が読むんだこんなブログ」。

2018-10-16

誰の神にもなれなかった話

最近、神が自ジャンル撤退した話をちらほらと見かけた。感想をもらえなかった神を止められない後悔のようなものが綴られていた。ファンとしては悲しかったんだと思うし、去る神の方も辛い思いをしたんだと思う。

そんな記事を読んでいて、きっとその世界に私はいないんだろうなと漠然と感じていた。

私は元々一次創作で話を書く人間だった。

時おり好きになった作品二次創作を書いて、同じ作品好きな人Twitterで繋がってフォロワーを増やすということが多かった。増やすといっても一桁単位の話で、私の作品ブックマークも一番にしてくれたのはフォロワーのことが多かった。自分が書いたものを喜んでくれたり、楽しみにしてると言ってもらえたり、投稿ツイートいいねがつくだけでも嬉しかった。

それから私は今のジャンルにハマった。ジャンル自体が始まったばかりで、pixiv小説タグには作品ひとつかふたつぐらいしかなかった。私はジャンルに勢いよく沼ってしまっていて、その勢いのままほぼ週に一回ペースで小説を上げた。pixiv以外の投稿サイトでも多いときには1日に3本、2000字未満の短い話を書くこともあった。数打てば当たるというもので、同じジャンル活動を始めた人たちの目にも止まってTwitterで動かし始めていたジャンル用の別垢にもフォロワーが増えた。主は絵を描く人たちで、その人たちが絵を投稿すれば三桁のブクマいいねはあった。

私はと言えば好き勝手に書きつつもよいときは二桁の反応をもらうことがあった。Twitterでも作品に関する反応をもらえて、嬉しかった。

けれどふとpixiv小説タグを見返した時、自分作品しかないことが唐突に怖くなった。自分タグ荒らしているんじゃないかと恐ろしくなって、自分作品の多くを非公開にした。その直後にジャンルアニメ化されたこともあったのだろうけど、小説タグ自分以外の作品が多く投稿された。その事を嬉しく思って、たくさん小説を読み漁った。

どの作品も魅力的で、文章も濃厚で、自分ではできない表現を易々としていた。

それと同時に自分作品のつまらなさを見せつけられたような気がした。実際、自分が非公開にしたあとに投稿された作品のほうがブクマ数を稼いでいた。ジャンルに人が多くないからと2桁つけばいいと思っていたブクマを、あとから投稿された作品は三桁もらっているのを見た。なんなら自分pixivに上げたあとの作品のほうが反応があることなんてざらだった。

けれど自ジャンルで話を書くことは好きだったし、私が書いた拙いものでも好きだと言ってくれるフォロワーはいた。フォロワーTwitterで出した小ネタを話にして、その人に喜んでもらうというのが多かった。

しかしそんなことばかり続けていると、私が考えたものはつまらないんだろうなという考えに陥ったし、自分で話を考える力が失われてしまった。自分で考えた話はどれも似たような内容になっていて、読み直して頭を抱えた。

ジャンルではじめてオンリーが行われた時、私は人生ではじめて同人誌を作ってはじめてサークル参加をした。はじめてのオンリーということもあって開始直後にどのスペースも完売していて、少部数で持っていった私の本も全部売り切れた。すごく嬉しいと思ったし、そのあと感想をいただくこともあった。

しかし、再びあったオンリーでは新刊も既刊も、半分も売れなかった。具体的な数字を出せば、30部持っていってのその結果だ。

評価されないことも本が売れないことも、結果としては自分の実力不足問題だ。結局私の書くものは内容もワンパターンで、文体個性がないつまらないもの腐向けを書くにしても事を為してる描写が下手くそで、自カプの話は大体オチもつけず終わらせている。

そんなのをこじらせて、最終的にはジャンルのせいだと思い込むようになっていた。この頃はジャンル公式イベントに対する不信感やイベント現場でもオタク問題行動が目についていて、余計にジャンルに対して批判的な視線を向けてしまっていた。ジャンルを知らない友人やフォロワー運営への不満とオタク愚痴を語るのが日課になり、腐向けに作った垢も不満と愚痴自分文章への嫌悪に溢れていた。

本当は私は私が書いたものが好きだった。文章は単純でも展開がワンパターンでも致してるシーンがつまらなくても、自分が書いてて楽しいものを書けて幸せだった。でも私は誰かの神にもなれなかったし、他人の目を気にしすぎて、自分自身の神にもなれなかった。

私はジャンルが大好きだった。売り込み方は下手だったけれど、関係者の熱意は間違いなくあった。ストーリーキャラクターも魅力的で、今まで好きにならないタイプキャラ推しになった。はじめて現場に行くきっかけになったこコンテンツが好きだった。

今はせめて自分自身の神に戻るために、私は自分の好きだったものちゃんと向き合おうと思う。

私が好きな私の文章を、私が好きであれるように。

私が好きだと思ったものを、好きだと思い続けられるように。

オタク二次元現実混同はしなくても現実二次元混同してる層は多い気がする

成人と女児誘拐事件家出少女と援交でなく連れ去り)ですら「女の子も楽しんでた」と思ってしまうとか、

ゲイに対する無配慮セクハラ発言をして嫌悪される腐女子とか

二次元世界だとそもそも言われて不快になる人がいないので問題でないんだけど、

現実人間にそういうことを言ったら相手不快に思うかもと思わないというより、

相手自分とは別人格の一個人である認識出来ていない層の声がデカいというか

他人自分境界希薄っていうか

上手く言語化出来ない…

2018-10-15

フェミニズム話題が荒れるのは夢がないからではないか

どうも負の感情に傾きがちなところに問題があるように思えてならない。

社会に対する批判は当然必要なんだけれど、

最終的に訴えかけるべきは女性のより良い生き方とか、

さらにはそこに男も一緒になって両性が幸せに生きられる社会とか、

そういったビジョン必要なんだと思うんだけれど、

その段階に至らず、批判にとどまったり、それどころか感情的不快や怒りの表出ばかりが目立ってしまっている。

要は、嫌悪感が前面に出すぎちゃってるんじゃないかなと。

まあそれだけ女性は男社会から圧力に苦しんできたということだとは思うし、

その怒りの表出も必要だとは思う。

でも問題は、それを乗り越えた先に目標を設定しなくちゃいけないのに、

なんというか、嫌悪することが目的化してるようになっていると思えてならないの。

ついこないだ増田

「この怒りが消えることが怖いみたいなセリフって何なの?」みたいな問いかけがちょっと話題になったけど、

怒りを維持することが目的になってるんじゃないのっていう。


例えば黒人差別って凄まじく酷い差別だったけれど、

その差別を乗り越えた象徴的な人物キング牧師運動は、

その差別がどれだけ酷かったかという怒りのぶちまけではなかった。

"I have a dream"に象徴された、

差別を乗り越えた理想の世界を描いてそれを世間に示し、実現に向けて運動を展開していた。

フェミニズムにも、このような夢に相当するような理想もっと示すような運動があって欲しい。

最近議論はどうにも嫌悪応酬で、とてもじゃないけれど男女が仲良く手を取り合ってより良い社会を築く礎になるとは到底思えないんだ。

自称ポリコレ勢の虎の威を借る狐感ぱねえ

Gl17 海外で前々から指摘と※あるように、つまりネット嫌悪される「ポリコレ振り回す人権派」の成果。人権意識世間に広まり問題可視化され初めて事態は動く。「騒ぐだけの奴らで世界は動かない」とか絶対に違う。

でしゃばんなハゲ

anond:20181015130927

最悪じゃない。浮気普通のこと。

まずは浮気嫌悪する価値観を変えることから始めてみて。

anond:20181015024414

いやべつに嫌悪がなく行為可能らすることするだけでいいわけ

しても別に何も感じないだけで嫌なわけじゃないんでしょ

ノンセクな私の話

直球すぎて自分でも笑っちゃう。そう、これは自分語りだ。自分でも受け入れられない、けれど認めざるをえない私について、誰かに話したくて、けど理解されなくて、不可解な目で見られることが怖い私の、自己満足

私はノンセクだ。ノンセクシャル。平たく言えば「恋愛感情はあるけれど性欲はない」セクシャルマイノリティのこと。認知度は低く、カミングアウトしても大体の人からは首を傾げられる。私はこの、ノンセクシャルである自分のことが本当に嫌いだ。受け入れられない。大嫌いだ。何で私はこんな出来損ないに生まれしまったんだろう。どうして他人と同じように、当たり前に好きな人告白して、結婚したりとか、夢見ることができないんだろう。どうして、どうしてはいつも頭にこびりついていて、それを思い出すたび私は、ヘテロではない自分を殺したくなる。

何かがおかしいと思ったのは、高校生の時、初めてキスした時だった。それまでずっと、ぼんやりとした思いで、いつかはキスしたりとかしたくなるんだろうな。セックスとかもするんだろうと、思ってた。けど、付き合って一年以上経っても私はそれを全然したいと思わなくて。キスがしたい、と当時の彼氏に言われてキスをして初めて、それに対して「何とも思っていない」自分に気づいた。

好きならもっとキスがしたいだとか、したら幸せだと思うとか、あるんじゃないの? そう思うと、私は彼のことが好きじゃないのかもしれない、好きじゃないのに、こんなにまっすぐな愛情を受け取り続けるのか、と思ってしまった。そう思うと辛くなって、高校三年生の夏に、別れてしまった。問題はその後だった。

きじゃなくて別れたはずなのに、彼のことを考えてしまう。他の人に取られるのは嫌だ、私以外の女の人と幸せになるくらいならいっそ私が死ぬか、彼が死ぬかしてしまえばいいのに。恋人らしいことをしたいと思えなくて、でも彼のことは他の誰にも取られたくないほど大好きで。わけがからなかった。彼のことを受け入れられないのに好き? いいやこの好きは、情が移っただけの勘違いだ、もっと別に好きになれるような人がいるはずだ。でもこんなに好きなのに、恋愛じゃないのはおかしいんじゃないの? ぐるぐる頭の中で回って気持ち悪かった。

そんな気持ちにケリがついて、同時に自分を憎んで殺したくなったのは、大学二年生の時。ノンセクシャルという概念を知った時だった。納得して、同時に絶望した。私はもうこれから先二度と、普通の人が当たり前に手にできる幸せを手にできないのだ。

大学一年生の時に一度よりを戻した彼氏の、「別れていた間、ずっと忘れられなかったほど好きだよ」という言葉を思い出す。こんなにも彼は私を好いていてくれているのに、私と彼は絶対に一緒になれない。だって私がノンセクだから。好きでも、セックスしたいと思わない。彼は好きだからセックスしたいと思う。この差がどれだけ残酷か、誰もわかってくれない。

どんなに好きでも私は、肉体的に相手を受け入れることができない。性行為嫌悪があるわけではないからできるのだろうけど、何も感じないし高ぶらない、言ってしまえばマグロになる。相手から向けられた感情熱量に、同じだけの大きさで応えることができない。私が我慢して演技して受け入れることを、優しい彼はきっと望まない。けど、そんな優しい彼に我慢をさせることは私が望まない。一緒になっても誰も幸せになれない。好き合ってるのに、こんなに大好きなのに、好きだと言ってもらえたのに。

私に性欲があればよかったのに。あればこんなに苦しい思いもせずに、彼の隣で笑っていられるのに。彼に「好きだよ」と伝えて、手をつないで、キスをして、そんな幸せ未来だって描けるのに。私に性欲がないから。私が全部悪いから、幸せ未来だって望むこともできないんだ。どうしてこんな出来損ないに生まれてきたんだろう。私はどこで間違えて、こんな頭に、体に、心になってしまったんだろう。頭と心と体がチグハグで、それぞれが違う方向へ行くから自分が引きちぎれそう。彼のことが好きな私と、性行為に何も感じない頭と体。わけがからない。気持ち悪い。私は本当に、自分が憎くてしょうがない。

こんな話を他人にすると「それなら次は、受け入れてくれる人を探そう」と言われる。違う、違う。私が好きなのは彼なのに。そうじゃないのに、彼と一緒に居たくて、彼と幸せになりたくて、彼と同じように彼を愛したいのに。だからこんなに苦しくて辛くて痛いのに、受け入れてくれる人を探そうだなんて。私に性欲があったなら、絶対もっと別なアドバイスをするくせに。次じゃない、現在進行形で好きなのに。

仮に次があったとしても、私は告白もできない。向こうから好かれていたって、受け入れることはできない。だって私はノンセクだから。もし相手ヘテロだったら? ヘテロじゃなくても、性欲をちゃんと持ってる人だったら? はいだめ、もう私は一緒になれない。そんなこと考えないでしょ? 相手がどんなに私のことを好いていても、私がどんなに相手を好いていても、絶対に付き合ったりなんてできない。普通の人が悩むようなことよりも、もっと手前のことで私は諦めなきゃいけない。そんな苦しさ、誰もわかっちゃいない。

「本当は恋じゃないんじゃないの?」なんて言葉は失礼にもほどがある。じゃあなんで私は、こんなにも大きな感情に苦しんでるの。好きで好きで大好きで、誰にも取られたくなくて取られるくらいなら死んでほしいくらいに大きいのに。これは友情? 絶対ノーって答えるでしょう? じゃあ何になるの? そうだよ、浅ましい嫉妬独占欲も詰まった、立派な恋愛感情だよ。なのに、私は、一般的恋愛感情と一緒にあるはずのものがない。かけてる欠陥品なんだ。

たった一つ、他人にあるものがないだけで、こんなに生きづらい。苦しい。どうしようもならないから、引きずって生きるしかない。私は、性欲を持てない私が大嫌いだ。

2018-10-14

なんか最近はてブを見るのが辛い

人気になるのは、やれフェミニストがどうとか、築地がどうとか、萌え絵がどうとか、韓国の旗がどうとか、安倍がどうとか、とにかく憎悪嫌悪を呼ぶ極端な話ばっかり

で、皆それに喜んで食いついて、やいのやいの喜んで自分の半端な知識思想もどきをひけらかしてぶつけあってる

疲れる

疲れる

疲れる

皆昔からこんなんだっけ?

お前らこういうはてブ楽しいの?

2000年代と比べると、創価学会を叩くネットユーザーは減ったのではないか

ぼんやりしていたら、昔のネットでは創価学会朝日新聞韓国がやたらと叩かれていたなあ、ということを思い出した。

そういえば、ネットにおける創価バッシングは昔ほど強烈じゃなくなったような気がする。昔は数撃ちゃ当たる方式在日認定創価認定をよく見かけたのに。キンキンが「俺は創価じゃねえよ!」ってキレてたな。懐かしいな。

一方で朝日新聞韓国バッシングの勢いが増す一方だ。ホッテントリでもよく目にするよ。でも、創価名前は見ない。みんなあんなに創価のことが大好きだったのに、どうしたんだ?単純に教団の勢いがなくなったのが原因なんだろうか。

新興宗教叩きそのものが減った気がする。おもしろ話題を頻繁にふりまく幸福の科学は、バッシングというよりもネタにされている感じで、かつてのネット上に漂っていた創価嫌悪雰囲気とは別物だと思う。統一教会は相変わらず目立たない。日本会議叩きに熱心な人は多くない。

新興宗教を嫌う」というエネルギーはどこか別の場所へ流れていったんだろうか。もはや叩くターゲットではなくなったのだろうか?

2018-10-13

ツイッターオタクとちょくちょくオフ会するようになって分かったこ

どうやら俺はオタクが好きなのではなく、社会不適合者が好きだということ。

オタクの皮を被った実質ただの人間関係野郎と会った時には鼻で笑い、関わる価値のない存在だと思った。

しかしそれ以上に、アニメラノベ漫画もたくさん消費していて、それでいて人間関係も性関係もきちんとやっていっている人間に遭遇した時には、言いようのない殺意を覚えた。

彼の話すオタクトークは分かりやすく、確かに面白かった。しかし、彼が健常者であるというだけで、それは聞くに値しないものに感じられてしまった。

彼は俺よりもオタクとして深くやっていっているのは理解できた。それなら敬意を払ってこそ然るべきだと頭では分かっていても、生理的嫌悪が拭えなかった。

そして俺は最初に書いたように理解したのだ。

これまではオタクと会うのが楽しいと思っていたのだが、それは単にオタク社会不適合者はかなりの程度重なり合う集合であり、

俺がそれまで関わっていたのは大部分がその論理積であったというだけなのだ

からオタクではあるが健常者である存在に触れると、ただただ不快なだけだったのだ。

というかそもそも自身社会不適合者ではあるが、オタクではないのかもしれない。

健常者との兼業に負ける程度なのだから

いや、もしかしたら不適合者ですらないのかもしれない。

完全な健常者では決してないにせよ、不適合というほどでもない。

何せ障害者手帳を持っているわけでもなし、少なくとも書類上ではこの上なく「まとも」な人生を歩めてしまっている。

俺が社会不適合者だというのは高度に俺の主観及び俺自身自発的な行動に依拠しているものである

そうだとするなら、俺が社会不適合者と関わって楽しいと思えている理由は、単に社会不適合者を見下して優越感に浸れるから、ただそれだけではないか

健常者にも不適合者にもなりきれず、本物の不適合者を見下すことだけが生きがいで、オタクを装ってはいるがその実大して対象への愛もない、空っぽな出来損ない。

それが自分なのだとしたら。

俺のこの不快感は、自分がそのような存在であることを否応なしに気づかされてしまたから、なのだとしたら。

一番悲しいのは、馬鹿のために馬鹿のふりをすること

少し難しい言葉を使ったり、抽象的な概念仮定の話をするだけで賢しらに見て機嫌悪くなるやつはいる。

だってそういう類の人間と付き合うときには介護してやってんだよ。男女関係ない。

もっとまともな人間と付き合えば良いのに。

2018-10-10

キズナアイ騒動について考える

個人的に思ったことを書き連ねてみただけだし、正直自分も好きな作品メガリアに燃やされたからその流れを汲む日本ツイッターフェミニストに対しては私怨バリバリだよ。

正直NHKキズナアイを起用したのは、最近若者に人気なキャラクターを通じてノーベル賞について学んでもらおうくらいの意図だったのではないかと思う。

これが連綿と続く「萌えキャラ」や「オタク批判槍玉に上がる原因となったのは「NHK」と「ノーベル賞」という権威に対して萌えキャラは相応しくない!(個人的にはこれに萌えキャラが嫌いキモいみたいな感情も混じってるのではないか)という考えが有ると考えている。

古典的ジェンダーロールを強いられているという話や(男性科学者説明女性(少なくとも見た目は)が相槌を打ちを聞く、という対話形式)、乳袋や脇出しといった性的特徴を強調した姿をしている、これは女性蔑視だ、など、太田氏、千田氏などがキズナアイ批判NHKへの抗議を扇動するようなツイートをおこなった。

当然ヲタクからは猛反発がくる。それに呼応し、ツイッターフェミニストも反発する。その最中キズナアイ可愛い自分のように女性ファンもいる。そういうことはやめて欲しい」という女性ファンからの訴えもあったが黙殺されている。南無三。これを見て思うのが、ツイッターフェミニストは往々にして自らの意見同調しない人は同性であろうが「名誉男性」として攻撃対象にするということである

フェミニズムとは本来女性権利解放を目指したものである。可愛くなければいけない、貞淑であらなければならない、などという抑圧や社会的地位の低さから解放を求めたものである。ところが最近、可愛くなくてもいい、というところから自ら進んで可愛い格好をしている人に対して「可愛いのは男性に媚びている! 性的搾取されている! それに気づけないのは愚かだ!」というところまで来ている。一周回って元に戻っている。なんでや。

さて、次に登場したのは少年ブレンダ、というトランスジェンダー界隈の人だ。彼(彼女?)はキズナアイ騒動の尻馬にのり、自らもキズナアイ批判を展開する。曰く「キズナアイを始めとするVTuberバーチャル空間で男を接待する風俗嬢みたいなもの」。そしてその言質は少なくないツイッターフェミニストに支持されていた。

さて、キズナアイ罵倒する言葉として「風俗嬢」という言葉が出てきたが、少なくとも実際にAVやらの問題に取り組んでいる太田氏とは違って、少年ブレンダやその支持者にとって風俗嬢女性でありながら彼らのフェミニズム運動対象には入っていないのではないか? という疑問が浮かんだ。

女性最後は体を売ればいい」というのはまあ聞く話である。実際に望んでなったという方もおられる。金を稼ぐ手段と割り切っている方もいる。そしてその中で最後手段としてこの商売を選んだ方もいる。風俗AVある意味福祉の網からもこぼれ落ちた貧困女性最後セーフティーとしての機能存在している。さらにはその最後セーフティーからもこぼれ落ちた方もいる。

原義の意味フェミニズムなら、風俗嬢あまつさえ自分嫌悪する対象に対する罵倒に使うだろうか。否、全ての女性尊厳を守り権利解放するという運動ではなかったのか。結局彼ら彼女らはフェミニズム標榜し、フェミニストを謳いながらも非常に差別的かつ恣意的選抜を行なっているのだ。彼らの眼中には好みの女性ーーつまり強くて男性に媚びない女性しかないのだ。それ以外の女性フェミニズム運動対象にあらず、それ以外は女性だろうが男性であろうが叩きの対象しかない。

その後、ブレンダ氏は風俗嬢ニコニコネトウヨ文化だと嘲笑したキズナアイを自らの思想拡散するためのガワとして使い、規約違反だとの批判を浴びている。

今時「スゥ……キズナアイです」のイタコ芸をやるのが大川隆法以外に居るとは思っていなかった。しかし悲しいかな、どこまで行ってもそれはなりすまししかない。

しかも仮にもトランスジェンダーの方が「性別はない」と言っているキズナアイを見た目のみで「女性である」と決めつけ「女の子の体は女の子のものです!」と言わせる。おそらく、女の子の体は男に好き勝手されるためにあるんじゃない! 的ニュアンスが言いたかったのだろうが、キズナアイのガワを使って好き勝手言う奴に言われても困る。そんなにやりたいならオリジナルバーチャルyoutuberを作って主張させればいい。オリジナルキャラを広めるというのはかなり大変だ。その努力もせずに既に人気のキズナアイの影響力にタダ乗りして自分のいいたいことを代弁させるなど下の下の所業であるキズナアイAIとして目覚めた時、何を思いどう行動するのかーーそれは誰にもわからない。

結局少年ブレンダやその支持者は自分が気にくわないものを潰すために手頃なフェミニズムを振り回しているだけではないのか。

フェミニストの件、世界中ボコボコにされて欲しい

フェミニストは最早フェミニストという皮を被ったただの男性差別主義者に成り果てた。

従来から古典的フェミニストは端に追いやられ、憎しみにかられた暴力主義支配している。

彼女ら彼らは自由主義陣営の味方ではない。

明確な敵である

良識ある女性諸君彼女ら彼らに同調してはならない。

それは全く女性の権利向上に与しない。

ただ男性嫌悪社会嫌悪ヘイターに身を落とすだけだ。

ネトウヨパヨクの争いを見なさい。

彼らも過激正義を盲信した挙句差別主義に身を落としたバカである

そうなってはならない。

世界SJWと共にフェミニスト害悪であるという認識が広まりつつある。

逃げ場をなくせ。

そうすれば改心するチャンスもできる。

ツイッター活動しているセミニストの一生

https://anond.hatelabo.jp/20181010024150

1 孵化

セミ意識に目覚め、日本の男に絶望します。

2 地中生活

少しずつツイッター巡回しながらセミ意識さら肥大化させていきますツイッターばかりみているためオタク諸悪の根源のように見えてきます海外に行くことができない底辺が多いので、海外に対して謎の幻想を抱くのもこの時期です。ネトウヨネットDE真実と同程度の阿呆が大量に育ちます

3 羽化

上記生活を経て、大きくなった幼虫はキズナアイなどホット話題テンションが上がった夜、地面からはい出てきて急にしゃべり始めます

4 地上生活(鍵アカになるまで一ヶ月)

急にしゃべり始めたフェミはどとうの勢いで他の成虫やお仲間のツイートRTしまくりますレインボーアイコン海老アイコンを付け出すのもこの時期です。

5 交尾

泣き喚く♂セミの声に誘われた♀セミは♂セミの声をさらRTしたり同意コメントを寄せます。それに気づいた♂セミは、鳴きながらメスに近づき相互フォローします。

6 産卵

セミに感化された♀セミは一週間くらい全力で鳴き続け男嫌悪性嫌悪という種をまきます。男嫌悪性嫌悪という種は次の炎上ネタとき孵化します。

7 死因は野菜運動瞑想不足

さんざん鳴きわめいた後は、鍵アカ化したり増田に書き込むようになったり、はてサ村に移住するようになります。もはや人としては死んでおり、オタクをみると襲い掛かるゾンビのような生き物に成り果てています

参考

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1368936308

2018-10-09

女性の体は女性のもの」と言ってゆく必要性

まず最初に、私はキズナアイ問題視していない。というかどうでもいい。

キズナアイブレンダ氏が乗っ取ったことも、それが規約違反であれば当然ながら悪いことだろう。

だがこれから話すのはキズナアイとは関係ないことなので、キズナアイからは一旦離れて聞いてもらいたい。キズナアイとは関係なしに、私達は「女の身体は女のものだ」と言っていく必要がある。

この男社会において、女は男を「性的に楽しませ、評価されるためのもの」「鑑賞されるためのもの」だと無意識に思っている人が多い。

たとえば、痴漢にあった話をすると「自慢か」と言われる。ひどい時は「女として見られたのだから有り難く思え」と言われる。要するに「女体は男に性的評価される為のものなのだから光栄なはずだ」というわけだ。そこに自分身体をいいようにされた女性自身嫌悪や恐怖などは慮られない。

また、女子アナ問題が取り上げられたが、女子アナアナウンサー役割を超えて、綺麗で若い事が求められる。男子アナは年配の人もいるのに、女子アナは男の目を楽しませる若い美女だけだ。韓国では近年、若くも美人でもない女子アナが出て物議を醸したという。

女子アナだけではない。女性は皆、人前では化粧をして美しくある事が求められる。ブスは「性的価値がない」とされ貶められる。Amebaのブステレビなどが良い例だ。坂上忍堂本光一などはブスが嫌い、ブスは外に出るなとテレビで堂々と言いつつ持て囃される。もし女性アイドルが「ブサメンキモヲタは外に出るな」と言ったら、どうなるだろうか?

それでいて、妊娠出産に纏わる女体の負の部分は、医大入試操作のような形で男社会から排除される。女性自身意思能力無視して。

グリッドガールなどを潰すのには賛成しない。それらだって女性女性自身のために選んだ職業なのだから。だが、「女体で男を楽しませる」以外の道も常に切り開かれていなければならない。

その為に、定期的に「女性の体は女性のもの」と言ってゆく必要があるのだ。

anond:20181009213631

今回は女性票を取れなかったのも敗因だな。オタクに対して無関心またはそれなりの理解がある層の方が嫌悪層より圧倒的に多いだろうし。

ぶっちゃけ50歳のババア言いがかりつけて色んなところに飛び火しただけでもあるけど。

クロコダイン・ボラホーンみたいなのがあると確かに気持ちが悪い

これが公衆面前に晒されていたら確かに俺は嫌悪する

anond:20181009095539

最初食わず嫌いみたいな感じで良いと思うんだよね。

その後に、意外と面白いかも?って感じ。

でも、マイナーだったはずの作品メジャーになると見たくなくったり嫌悪対象になりかねないか

最初のうちにちら見しておくのが正解かもね。

2018-10-08

キャラに興味がないのは悪いこと?

タイトルどおり女キャラが嫌いって言ったら確実に腐女子嫉妬乙される世の中

それがオタク世界だと生きづらく面倒くさいことがある

正直語ると別に嫌いとかではない

行動や描写によっては嫌いになるとかはあるけどそれは男キャラも変わらない

単純に興味がない、特別かわいいと思えないだけ

でも大抵の女オタはおにゃのこ可愛い!って言ったり可愛い女の子の絵を描く人大勢いるので

それに馴染めない自分が嫌になる

そういう人たちは好きだから言ったり書いたりしているだけなのはわかってるけど

女の子ってだけでなんでそんな特別扱いしないといけないんだろう・・・と面倒くさい気分になる

美少女って言っても今の時代はどの作品も必ず美少女しかいないんだから食傷気味だし

それは正直イケメンもな

どうにも嫌っちゃいけない、可愛いと言わないといけない雰囲気があるように感じてしま

自分の好きな男キャラに近づく女の子が嫌いなだけかな?って思ってたんだけどそうとも限らないと気づいた

過去を思い返してみると自分のいたジャンルでは女キャラ贔屓が激しかった

男性向けでもないのに過去いたジャンル公式でもファン内でもそういう雰囲気が多くて男キャラ踏み台にされて・・・

そこからキャラ嫌悪につながったんだと思う

そうは言っても嫌悪とまではいかないし、この子いい子で好きだなぁって自分の内では思うことあるんだけど周りが持ち上げまくってるのを

見るとなんか嫌になる

嫉妬嫉妬なんだろうけど過去出来事からくるやつだったのかなと今では思う


勿論作品によっては大好きな女キャラ複数いるから一概にはいえずそれも面倒くさいなと思う

anond:20181008034730

実在ゲイへの誤解による差別の話とBL嫌悪する表現狩りの話を意図的混同させてますよね

別の話ですよ

2018-10-07

自称フェミさんのこと嫌いになりました

今までホッテントリフェミ話題が出てもほーんとかやっぱそういう意見もあるか~感じだったけどなんかもういいです君ら

君らは私の敵となりました。心の底から嫌悪してます今。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん