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2017-10-16

褒めると死ぬ病男はもうイヤ

どうせN=1と言われるんだろうけど、自分がこれまで関わりを持ってきた男に似たようなタイプが多すぎてゲンナリしてる。

最初自分父親で、子供ときによく遊んでくれてた。

そこまではよくても趣味とかスポーツとかしてて自分の方がうまいうちは機嫌よくああしろこうしろって付き合ってくれるのに、こっちが気に入って努力してうまくなっていくと決まって機嫌悪くなった。

子供心にそれを自覚したのがとある学外の文化系の賞を自分が受賞したとき

子供の時から父親はその賞で県で金賞をとったと言っていたのだが、自分全国区で賞をとったと報告をしたとき、びっくりするくらい喜んでくれなかった。

しろその賞をとってから一緒にやってくれてた趣味をやめてしまった。

次が高校に入ってから最初に付き合った彼氏で、学校である楽器バンドを組んでた。

私は学校に入ってから始めた初心者で、彼は子供ときから習い事をしていたとかで入学時そのクラブで一番うまかった。

でそんな彼と付き合っていろいろと演奏方法を教えてもらって、自分でも相当努力をしたらなんかうまくなっていっていつのまにか周りの人が私の方に演奏を頼むようになった。

そしたら急に別れようとか言い出して、それどころか卒業まで陰で私のことをグチグチ悪口言ってたらしい。

そんでつい最近また経験したのが同じ会社上司

新卒で入ったときからの直属の上司で、同期の中では私のことを何かと気にかけてくれていた。

仕事相談にも乗ってくれたし、私が仕事をして起こしたミスカバーをしてくれたすごくいい人だった。

営業職みたいな数字がはっきりわかる仕事で、入社して数年ということで私も自分のお客さんを任せてもらえるようになったんだけど、運もあってかなりいい新規さんがついて営業成績がぐんとのびた。

それまでの常連さんも電話で私を指名して注文してくれるようになったりしてかなり仕事面白くなってきた時期なんだけど、最近上司が私の足を引っ張るようなことばかりしている。

かい書類ミスを終業間近の時間帯にしつこく嫌味を言ったり、この前は私のお客さんの前で「上司として若い社員ミスカバーしているせいで夜中まで帰れない」といったことを愚痴ってた。

ちなみに私はここ最近手伝ってもらったりとか直接ミスを指摘されたことはない。

こっちが立場が下で自分が教える立場ときにはニコニコ「がんばれよ」「応援してるぞ」とか言うくせに、それで能力が伸びてくると今度は足引っ張るってなんなん?

だってそれなりに努力してここまでになったんだから、褒めてくれるとかないの?とか言いたくなる。

3度めの経験イライラしてしょうがなくて、「男ってさあ」とかでかい主語も使いたくなってきたのでここで愚痴る。

2017-10-11

東野圭吾が俺をニートにした

俺は社会が怖い。

社会人間は皆が自分利益のためだけに動いていて、誰一人信用することなどできないと思い込んでいる節がある。

からこそ俺は高校卒業就職をせず、だらだらとニート生活を送っているわけだ。

それが本当に思い込みかどうかは実際に社会に飛び込んでみなくてはわからない。

しかしそれはどうしても嫌だ。

会社へ出勤する自分想像すると、上司に叱責され、同僚に嘲笑われ、後輩に馬鹿にされるイメージが鮮明に浮かぶ

周りには敵しかおらず、日に日に自分の心が削られていく。

そんな生活だけは絶対にしたくない。

俺の深い芯の部分が拒否反応を起こす。

ずっと疑問に思っていた。

そもそもなぜ周りの連中は平気な顔をしてそんなところへ飛び込んでいけるのだろうかと。

その理由が判明したので今このエントリを書いている。


そう、ぶっちゃけ東野圭吾だ。

つい昨日ネットを見飽きて珍しく自分本棚に手を伸ばした。

それで東野圭吾の「変身」を読んだ俺は理解した。っていうか思い出した。

こいつが俺の社会に対する恐怖を刻みつけた元凶だと。

はてななんかを見ている人は東野圭吾小説を一冊くらいは読んだことがあるだろう。

作風が狭いわけではないが、もっと根本的な部分で東野圭吾小説には社会に対するネガティブ感情が刻み込まれている。

如何に社会自分のことを必要としておらず、如何に一人ひとりが自分のことだけを考えて生きているかということを教えてくれる。

東野圭吾差別いじめを具体的に描く。

子ども関係から発展したママ友同士のいじめ旦那収入で競い合うセレブの争い、優秀な部下に対する上司陰湿嫌がらせなどが大好物である

だが決してそれらの行為否定し、批判する意味で描かれるわけではない。

主人公は必ずしもそれらに苦しめられる被害者ではないのだ。

結構確率主人公自身がそれを実行する側であり、その心理思想がまるで見てきたかのように詳細に描かれる。

加害者自分が重なることで、誰かを苦しめる行為がただの悪意によってのみ生まれものではないということを理解させられる。

それは即ち、差別いじめやそれ以外の犯罪人間社会にとって本質的ものであるということである


俺はそんな東野圭吾小説小学生の頃に貪り読んでいた。

読んだことがある人ならわかると思うが、東野圭吾小説はとにかく読みやすい。

論理明瞭な文章で難しい語彙も表現も少ないため、小学生でも漫画のようにスイスイ読める。

なぜか小学生の俺は東野圭吾小説を異常に気に入っていて、そればっかり月に何冊も読んでいた。

(白状すると今も昔も東野圭吾以外の小説はあまり読んでいないにわか野郎だ。)

その蓄積が俺の社会に対する恐怖を育んだというわけだ。

これは決して過大な表現じゃない。

子どもの頃に受ける影響というものは計り知れないもののようで、俺は骨の髄まで東野圭吾社会に対する負の感情に蝕まれ、どうしようもなく社会を恐れている。



と、タイトルからここまで東野圭吾自分怠惰責任押し付けニートとして綴ってきたが、まあ実は東野圭吾小説を憎んでいるようなことは一切ない。

なぜなら別に俺は社会に出ない自分嫌悪しているわけではないからだ。

東野圭吾に影響を受けたことも、その結果社会を恐れていることも事実だが、だからなんだという話だ。

子どもの頃から教えられてきた正規ルートからは離れてしまうが、それもまた人生であることには変わらんのではないか

私の人生をひん曲げてくれた東野圭吾感謝の念を込めて、就寝しようと思う。(AM 6:53)


追記:王道すぎてつまらんが私はやはり「容疑者Xの献身」が好きだ。

2017-10-09

もういい年だが、父親が本気で気持ち悪い

就職して親元を離れ数年、未だに父親気持ち悪い。

離れれば感謝気持ちも沸くかと思っていたが、父の事を思い出すと気持ちが悪くなる。

小学生の頃、眠りに落ちる少し前位に父が私の部屋に急に入ってきて、顔や胸や陰部をべろんべろんに舐めまわしてきたこ

普段ロクに話さないのに、私の生理の話の時だけ饒舌になっていた事

自分が答えられない事を質問されたら、わざと大きなゲップをこちらにかけてきたこと(わからないならわからないといえばいいのに…)

毎晩酔っぱらって奇声をあげたり部屋を滅茶苦茶にしたりしていたこ

ものすごく太っていて、何度も何度もダイエットをはじめては一度も成功させること無く酒を飲みはじめる所

学費や食費を出してくれたのはありがたいんだけど、全く尊敬できないしむしろ嫌悪と恐怖しか感じない

どこの父親も家ではこんなもんだ、お前は高望みが過ぎる!と父に言われてきたが、いまいち信用できない…

2017-10-07

anond:20171007023536

アニメ漫画ゲーム世界ですら悪者キモイ奴はオタク根暗小児性愛者って描写されてんだから制作陣のオタク嫌悪ヤマカンだけじゃないでしょ

逆にどうしてアニメ製作者がオタク嫌悪しないと思った

アニメとかオタクとか嫌悪してるのになんで監督やるの?

Twitterでムキムキしてるヤマ○ンとかい監督さんは、なんでオタクとか蔑むくせにアニメつくっちゃうの?

パンツとか見せなくても良いものを見せて涙を流してもらいたいとか、そういう考え自体気持ち悪いと思うんだけど

自分を棚に上げるっていうか逃げっぱなしで、あれは某企業からアイディアなんて言い訳しちゃってるのどうなの。

つーか、Twitterでもブログでもグチグチ文句言って、俺は偉いんだみたいな感じの態度してるのに

企業からアイディアからヘコヘコと媚びて作っちゃう辺りで何のプライドも持ってない気がするんだけど。

それで批判されるとムキムキームキムキーして、必死オタク中傷始めてて面白い

社会人アニメ見てるのがうんたらかんたらと中傷してる割に、その手の人が見そうなものしか作れないって

結局、オタクに媚び売ってないと自分って存在確立できないんだよね。

アニメじゃなくて、実写で映画でも作ればいいのに。

別にヤマ○ン一人居なくたってアニメ業界は何も痛くもないと思うよ。

しろ、この手の気難しい自分オンリーの人は実写映画監督してる人が向いてると思うよ。

そっち系の人たちからも疎まれる姿しか想像できないけど。

2017-10-02

共産党リベラルではなくて保守左翼

私はそれを肯定する立場で、過度な自由主義の風潮は嫌悪しています

なので鼻につくリベ傾向があった民進党共闘することで、丁度いい塩梅になるかと期待していました。

今回の分裂にはガッカリです。

 

ちなみに今の自民保守右翼維新希望リベラル右翼といったところでしょうか。

自民党野党時代に、民主党への対抗として保守右翼傾向を強め、安倍再台頭へとつなげました。

なので民進党の、リベラル左翼傾倒も安倍政権への対抗として決して間違ってはいませんでした。

残念です。

腐女子嫌悪の根幹は「生々しさ」

腐女子差別はいけないと思いながら、

どうしてもその話題嫌悪感しか持たないのは

アブノーマルと「生々しさ」の問題なのだとふと思った。

ノーマルエロは半ばギャグめかして語られるか、

ひっそり隠れて語られるシーンが多い事に対して

腐女子公然の場で生々しい性的ホモネタを大声で話す。

これが一番終わっている。

腐女子死すべしとは言わないが、

もうちょっとボリュームを下げて、

自分たちが隠れて生きなければいけない存在だという事を自覚してほしい。

自分たちネット上で意味のない「ルール」を設けて活動しているつもりなのだろうが、

隠れられてないんだよ。

検索結果汚してるのは腐女子なんだよ。

キリシタン迫害時代を生きてきたのだと理解してほしい。

2017-10-01

保毛尾田とかなんとかの件で他のあれとかこれには抗議しないくせに!というのがちらほら見えて気になってる。人間、そんなあれもこれも感知できるわけじゃないだろと思うし、特別酷い時に特別かい声出すんだし、当時は声を出せなかったが今なら言えるというのもあろうし、こまめに声を出してるのに全然注目されてないというのもあるだろうし。なんかうるさい団体がいて難癖つけてるっていうイメージしか考えられんのかよと思う。

それにしても当事者の反応見てると、よっぽど当時は酷かったんだろう。自分は保毛尾田とやら知らないんだけど。オネエキャラとかも常に批判はあるけど、そういうのの比じゃないね自分観測範囲内ではほとんど意見割れてないんじゃないか。そりゃ、当事者でも容認する人もいるだろうけど。いつだっているよ一定数は。からかいに発展しやすい芸だったから実際に被害がかなりあったんだと思う。フジテレビレインボー掲げてたのにこの有様ってのもかなり怒りに火をつけたと思う。

セクシャルマイノリティ自分当事者であることを親しい人にも家族にも言えない場合が多いから、誰も味方がいない中でひたすら地獄みたいな中を耐えてきたはず。そういう苦しい記憶を蘇らせたんだろう。

自分当事者に片足突っ込んでるような存在だけど、親しい人から心底嫌そうに「ああいうのって気持ち悪いよな!」みたいなことを聞くと、自分自身に言ってるわけじゃないのに足が震える。自分のこと知ったらどんな反応されるんだろうって思うしな。大人でもそうなんだから子供だったらダメージもっと深いはず。子供は手加減も知らないし。

これくらいで文句つけるなという人達は、どういう場合にどういう点が批判されるのかってのを理解できてないんだろうし、多分企業理解できてないから(問題に向き合う気がない?)、類似(と判断した)のものを全部自粛しちゃったりするんだろう。それで、圧力団体が抗議したせいであれもこれも消えた!ってなる。自粛につながるから抗議するのが悪い!みたいになる。逆に抗議に耳を貸さずにやり続けるとか。極端すぎる。これでどうやって前進するんだ。

あれには抗議しないのか、というのであげられてたものとして、レイザーラモンHGがあるけど、批判あったと思うよ。ただ結構意見割れる感じだと思う。グッズ化の時には抗議されてたみたいだな。ネタとしては服装と動きが奇抜であんまり他人へのからかいに発展する要素は無さそうだし、それまでのステレオタイプと若干違う感じではある。ただ、個人的にはかなり嫌だった。HGネタ結構漫画かにもあって、それもだいぶ嫌だった。偏見を深めてるところは確実にあると思う。

そのほかにホワイティミル姉さんとかがあげられてたけど、これらは違うんじゃないか?まあステレオタイプなところはあるし、批判ポイントは多々あると思うけど、そこまで抗議されるようなもんではないような。ネタを全部見たことあるわけじゃないけど、特定属性への揶揄とか入れなくてもネタが成立するのでは。いや、あんまり覚えてないからあれだな。結局、LGBTネタにするのがいけないというより、特定属性揶揄し、気持ち悪いもの嫌悪される存在として描いてるかどうかが重要だと思う。

最近のものでは女マンってのがあるんだけど、あれは個人的微妙。結局女っぽい男性気持ち悪いものとして描いてるようには見えた。本当に最初の方しか見てないけど。最近は違うかもしれない。女の味方と言いつつ下心あるだけみたいな感じのキャラではある…のか?よく分からん

ああそうだ、あとあれ、淫夢ネタとかってやつ。あれは抗議すべき大元みたいなのが不明瞭なだけで、かなり批判はされてる。ただ外野からだと全貌がよく分からないし、自分元ネタを知らずに用語を使ったことがある。ネット上の "ホモネタ" なんか全部クソだよ。他人センシティブなところを勝手おもちゃにして遊んでんだ。無邪気に楽しんでるだけなら、少しは考えてくれ、自分が何をおもちゃにしてるのかを。


自分ハゲとかデブとか見た目を揶揄するのも、見た目では分からない特定属性揶揄するのも、かなり嫌だ。自分もそれをやってるところがあるのは自覚してるが、他人を傷つけない表現なんかない、みたいに話をでかくして開き直るのはもっと嫌だ。問題があるならできる限り改善していくものだ。

面白いものだろうが面白くないものだろうがだめなもんはだめだし、問題が深刻なら表に出せなくなることはある。面倒くさいからって1か0かの極端に走るなよと思う。

https://anond.hatelabo.jp/20171001101545

君の家族や親しい友人の一人が突然「同性が好きだ」と言い出したり

仕事上どうしても付き合わざるを得ない人が実は同性のパートナー生活をしていた

というような状況を一度真剣想像してみればよろしかろ。

嫌なら直接付き合わなければよいのであって、ことさら嫌悪しています表現する理由はないでしょ。

2017-09-30

腐女子の人は自分が性の対象になることも嫌悪しているのかしら

と、また主語が大きいと言われそうですが。

https://anond.hatelabo.jp/20170930091904

"腐女子の間には、欲望をもった自分否定する文化があると思う"

というとなんか尼さんみたいですね。

なんだろう、なんか性的に満たされてない自分根底にあって、そっから腐女子化なのでは?と思ってしまうのですが違うのかな?

腐女子各々で違うだろうけども。

男性ヲタの衆は性的に満たされてない場合が多いんじゃないすかね。

自分が性の対象に見られることに対しても否定したいわけですかね。

私は人の形していたらたいていは性的対象としてみてしまうのですけどもね。

駄目ですかね。

もっとセックスの話したらいいと思う。

https://anond.hatelabo.jp/20170930115435

他にも

声が高いことで笑ったり

背が低いことで笑ったり

片言の日本語で笑ったり

全部差別だよね。きりがないね

ホモゲイ嫌悪する人もいるし、そもそも異常だからね。

別に自分普通じゃないことを公言してもいいけど、独立した個人なんだから「あ、そうですか」でしかないんだけど。

社会が受け入れろってのはおかしいよ。

お前らの正義はその程度

男は相手ゲイだと分かったら「オレも狙われちゃうかも!?」って思うって言うじゃん

自分がどんだけ女にモテない不細工でも、ゲイからモテ性的に求められてしまうと思ってしま

ノンケ男はゲイに恐怖、強い嫌悪があって

なおかつゲイを演じていたのがネット好感度の低いとんねるずからこうなったんだと思う

差別はんた~いとか言ってるけど

それは高い倫理観を持っているからそう言えるのではなく、嫌いだから、笑えないか排除しようとしてるだけ

今回のことをきっかけに、

同性愛者に限らず、太った人や頭髪が薄い人や絵が下手な人や運動音痴なんかを馬鹿にするのも嫌い!!」

みたいな声も多く挙がっているが

この手の人たちは、

ネット好感度の低い吉本芸人自身運動音痴ネタにしたら「差別だーー!!」「いじめの原因になる!!」と言って

ネット好感度の高いタレント自身運動音痴ネタにしたら「クソワラタwww」「かわいい!!」「あるあるぅ!私も(俺も)運動音痴から分かるぅ!」と

まったくの無意識で手のひらを返している

嫌いな相手がしていることだから、と、悪意を持って見るから相手にも悪意があるように見える

例えば城島リーダーネット好感度低いタレントだったら茂子は女装差別と罵られていたと思う

2017-09-29

性的マイノリティ勝利時代

保毛尾田保毛男が久しぶりに登場したが、LGBTへの配慮が欠けるとし、たちまち炎上フジテレビ社長謝罪した。

性的マイノリティが大嫌いだ。

私はもちろんLGBTQのどちらでもなく、マジョリティに属しているだろう。

ただ、ここ20年ほどは性的マイノリティにとっては大勝利と言えるほどの成果を得ている。

ポリティカル・コレクトネス世界中でどんどん進んでいる。

保母保父保育士

看護婦看護士

スチュワーデスフライトアテンダント

ポリスマンポリスオフィサー

セールスマンセールスパーソン

他にもたくさんある。

もちろん職業の改称ばかりでなく、その他多方面においても、性的マイノリティに対する理解は広がっているし、著名人カミングアウトも増えてきた。

この風潮の広がりを見て思うのは、

彼らが自らにおける立場を強く主張し、それなりに熾烈な争いを繰り広げて、ここまでの市民権を得てきた、ということだ。

ダイバーシティが進み、誰しも生きやす社会形成しようとする動きが広がっていく。

しかし、これまで心地良く過ごしてきたマジョリティの方々には、昨今の風潮に疑問符を浮かべる者もいれば、自らの立場危機を感じ性的マイノリティ排斥しようとする者もいる。

もちろんそういう方々も等しく受け入れられて然るべき。

みんな良い勝負をしよう。生存競争と同じで、生きやす社会自分で勝ち取るもの

少数派で辛く生きている人も、多数派でも自分の中の少数派が抑えられないもの、全部ぶちまけて、死んだら負けの良い争いをしよう。

仲間をたくさん作れたら勝ちだ。保護排斥・受容・嫌悪、どういう選択をしても生き残れさえすれば、あなたあなたらしく受け入れられる。

人生謳歌しよう。

anond:20170929114914

タトゥーって社会的弱者なの?

タトゥー文化嫌悪する方々が多数派で、かつそれを公共の場表現すること(ヘイト)が罪にならないのであれば、文化的弱者と言えると思う。

自分で選んでやってるファッションじゃん

自分で選んでる。しかし、「ファッション」の定義にズレがあると感じる。ファッション人格の一部、人によっては相当な比重だよ。日本的宗教観のように、季節や気分によってとって変えられるものではない。

なんで弱者になるの

なぜ弱者の道を選ぶのか、という問いかな?人格形成遺伝環境の二つの要因が複雑に絡むらしく一般化できないけど、「なってしまう」という解釈がある程度しっくりくると思う。

なんでも弱者とか文化とか言えば済むと思ってるの

言えば済むと思ってたら、反論を受け付けなくていいよね。

バカじゃないの

一般的にはバカな方だと思うから論理的に考えたいと思ってる。

さら反論していただいて、これから社会への寄与に役立てていきたいと思う。よろしくね。

虐待だったのかわからない」ということ

 虐待とはなんでしょう。殴る事? 蹴る事? でも殴ることも蹴ることも全部虐待だというのは暴論ではありませんか?

 自分が「虐待」されていたのかどうかわからないひとたち、というのは少なくないような気がしました。頭の整理も兼ねて、こうやって拙いながら書き込んでいます。 

 私は去年大学生になりました。視野が一気に広がりました。交友関係も広くなって、様々な価値観を持つ人たちとかかわりを持つようになりました。本当は高校生の時からうすうす勘付いていたのですが、大学生になってはっきりと「自分虐待されていたのではないか」と考えることができるようになりました。テレビ報道されるほどショッキングな家庭ではありませんでしたが、暴力を振るわれる恐怖が常に傍にある幼少期を過ごしていたということが異常であることをようやく理解できるようになってきたのです。

 小学生中学生の頃の私は、なんの疑問もなく「きっと他の子も殴られたり蹴られたりしているだろう」と思っていました。あるいは、暴力が過剰であったとしてもまさか虐待」というレベルに達しているとは考えもしませんでした。なにせずっとそういう家庭に身を置いていましたから、それが「当たり前」だったのです。だから大丈夫だと思っていました。自分の家はおかしくないし、自分自身おかしくはないと思っていました。今思い返せば、そういう思考に逃げることで様々な負の感情を抑え込んでいたのかもしれません。

 私の悩みはもっぱら「私は虐待されていたのか」というものです。私を悩ませている一番の原因は、両親が歳とともに穏やかな性格になり暴力を振るわなくなったことです。私はその変化を喜ばしいものだと捉えると同時に酷く「憎い」と思いました。どうして「何も悪いことをしていない」みたいな顔をしているのだろうと恨みそうになって、両親を恨もうとしている自分自身嫌悪したりしました。忘れられないのです、私を殴ったり、髪を掴んで引きずり回したりしたあの人たちが忘れられないのです。なのに穏やかになった両親を前にすると、自分虐待されていた、と考えることもできなくなります。今が幸せそうだからです。つまり、「昔は両親二人とも大変だったから仕方ないのかもしれない」と考えることができるのです。

 でも、過去暴力に怯えていた自分を「仕方ない」の一言で宥めることができません。「家族幸せ」と「自分の不幸せ」がずっと対立しているのです。だからはいつまでたっても「自分虐待されていたのではないか」と考えることをやめられません。もしかしたら、死ぬまで解決しない問題なのかもしれません。あるいは、いつかどこかで妥協する日が来るのかもしれません。

 

 いじめセクハラは「された人が嫌がったら」いじめセクハラとして成立する、と聞いたことがあります。では虐待はいつ成立するのでしょうか。親が子を叱るのは当然のことです。時には殴ることが必要になる場面もあると思います。つまり虐待には「された人が嫌がったら」という条件が当てはまらないように思えるのです。私は殴られたことも蹴られたことも、髪を掴まれ引きずり回されたこともあります。嫌だと思いましたし、その暴力が異常だと気付きました。だけどこれが虐待だったかは、何年たってもわからないままで、もしかたらこの先ずっとわからないのかもしれないのです。

2017-09-27

未だにラインを使っていない上司がいて迷惑している

その上司にだけ連絡はメール電話。でもメールは送っても気づかない時あるし、電話してもタイミングが悪いと機嫌悪くなって逆ギレしてくるし。ほんとめんどくさい上司。だったらラインやってくれよ。あんたに連絡するの、ほんと億劫なんだよ。

2017-09-26

会社の先輩の姉が同性愛者だった。聞けばタイで本格的な手術を行うのだと言う。

女性器にメスを入れて男になる手術だそうだ。二十代で初めてそれを耳にした時は大層驚いたけど、案外マイノリティーは身近な所にいるんだな、と。

その先輩自体、別の女性にべったりで何となく気持ちが悪かった。居心地が悪いと言うか。あまりに親密過ぎる距離

そういう気持ち悪いという他人生理的嫌悪を跳ね除けて成立する愛情もあるんだろう。それが不倫であっても、同性愛であっても同じ事。他人は自らの中のルールしか他人評価出来ないんだから

2017-09-25

身体醜形恐怖自己臭恐怖でセックスが不感・苦痛

ここ匿名ダイアリーだよね。だから日記を書くんだけど。

全身を医療レーザー脱毛した。丸2年、30万円かかった。レーザーで毛根を焼き殺す施術からクリトリスの近くの粘膜を脱毛する時が呻き声が漏れるほどの激痛だった。

乳輪とか指とか、医療レーザーが適さない部位の少量の毛も絶縁電気針で脱毛した。ひとつひとつ毛穴に針を刺して電流を流し毛根を焼き殺していくというもの。黒色に反応するレーザーでは指毛のような灰色の細い毛の永久脱毛に向かないので、電気針にした。術中は激痛で、術後もしばらくは皮膚の深部組織が焼けたことによる赤い斑点が残る。電気針は皮膚が黒い部位にも向いている。私は乳首が黒いし、乳輪の毛が細く弱々しかったので、レーザーは向かないと判断して電気針にした。

永久脱毛と違って黒乳首医療アプローチ改善が出来ない。私の黒乳首遺伝母親乳首カフェオレ色なのに、父親乳首漆黒なせいで最低の身体になってしまった。黒乳首を奔放な性行動と結び付けられると本当に不快だ。無知や悪意によって黒乳首ビッチ説をばら撒き続ける人間が居る。ただの遺伝による醜い身体的特徴を、本人の行動の責任にしないで欲しい。

その他にも色々な身体コンプレックスがあって、セックス中に気が散って、快感が無い。突かれているときも、腸がゴロゴロするような感覚がして「おならが出るんじゃないか」という考えが頭に浮かんできて、100%気を取られてしまう(出ないんだけど)。あと体臭が気になって仕方がなくなり、私の体に顔を近づけないでくれという気持ちでいっぱいになり、拒否嫌悪するような表情や仕草相手に気取られないための演技でいっぱいいっぱいになる。「あん乳首でよく声優やろうと思ったな」の新田恵海や、ケツ毛バーガーなど、匿名ネット民集団実名・顔出しの女性容姿侮蔑していた光景が頻繁にチラついて、正直プレイどころじゃない。

身体醜形障害自己臭恐怖症の症状リストを見ているとそこそこ当てはまるなと感じる。治したいという気持ちは湧いてこない。治すメリットがあまり感じられない。昔の写真と比べると私は痩せたし姿勢が良くなった。今では眉の形が綺麗、メイクが上手くなった、何使ってるか教えて、と女性に話しかけられることも多い。集合写真を撮られるときポージングや表情も、撮られるのに慣れたことでこわばりが取れて自然になった、割と写りが良くなったと思う。洋服テイストも変わって、学生っぽいガーリーカジュアルからモード寄りのシンプルになった。唯一、性的な部分だけが悪化している。でも治したいというより、レスになって楽になりたい気持ちだ。元々そんなにしたくないほうなのかもしれない。今は行為結構苦痛がある。精神障害の無い普通女性らしく演技をして、耐えている。だからまりなど長時間一緒に居るのがかなりきつい。泊まりの翌日に体調を崩したりする。

これを、この内容をこうしてネットに書いてどうしたいんだろう。私の親や彼氏や顔と名前が一致する身近な人々じゃなくて、ネット女性容姿罵倒している知らない人々を、呪い殺したい気持ちがある気がする。新田恵海ケツ毛バーガーの件で(上手いこと言ってウケを取って場に貢献しているつもりで)酷いことを書き込んだり、酷い書き込みを見て笑ったりして(でも結局、書く奴・思いつく奴が一番酷いよねと自分悪者になることは回避しながら)、楽しんでいた人たちを呪い殺したいような気持ち。楽しんだなら、その罪は漱げないから、一生決して拭い去ることはできないから、苦しんで死んでほしいという気持ち

2017-09-24

腰の立たない女とセックスして何が楽しいんだろう?

セックス合意とかなんか色々議論があるけど、そもそも、腰の立たない女や腰が逃げてる女とセックスして何が楽しいんだろう?

ダッチワイフに面倒さを足しただけだよ?

楽しいセックスを目指すのが、男女ともに幸せになれる方法じゃないのかなぁ?

腰を振ってくれる女とするセックスじゃないと、ゼッタイ楽しくないよ?

男女双方が楽しめるセックスを目指してれば、レイプなんて多分起こらない。

腰の立たない女とのセックス楽しいと思う男が居るとしたら、嫌悪軽蔑憐憫を感じる。

それはとてもダサいし、キモい

もう一度よく考えてみて。

腰の立たない女や腰が逃げてる女とセックスして何が楽しいの?

2017-09-21

自称オタク被害者意識が一番キモイ

オタク婚活サービス話題で「オタクいか嫌悪されてるかわかる」などとほざいてるバカにあきれてものも言えない

オタク趣味なんかよりオタクアイデンティティとする謎のプライドコンプレックスこそが嫌悪されてんだよ。

アニメ見まくってようがフィギュア集めてようが生活に支障が出てるレベルでもなければどうでもいいわ

「俺はオタクからメソメソメソメソ偏見がグチグチグチ、リア充エライのかグチグチグチ」とか言ってる卑屈なカスから

「うわっきもっ二度と関わりたくねえ」と思われるんだぞ

蔑視された過去がウンヌンだかなんだか知らないけど目の前の人間にいちいち被害妄想抱いてお前の過去押し付けるな。ニュートラルに会話しろボケ

人嫌いの生きる世界は無いんですか

いろいろあって自己啓発本を読んでいるんですが、だいたい全部人間が好きなことが前提にあって辛い

これ言い出したらクソリプ代表である「○○な人だっているんですよ!!」になるのでとても言えたもんじゃないです

とは言え、人は嫌いだし、自分人間に生まれたことすら嫌悪している人間なのでどうすりゃいいんだか

やっぱり素直に山ごもりでもして一人で静かに死んでいくべきなんでしょうか

2017-09-20

anond:20170920104910

失敗しない恋愛なんてありえない~の増田ですが、実はうちの両親も離婚しています

幼いころから両親の修羅場は何度も見た。

実家雰囲気は常に悪く、両親が嫌いで家が嫌いで、高校出たとき実家を飛び出して祖母のうちに厄介になることにしたくらいだった。

その一年後に両親はついに離婚した。

正直、失敗するたびに、こんなふたりに育てられた自分はもしかしたら一生パートナーなど望むべくもないのかもしれないと思ったことはなんどもある。

今は社会に出て親元離れて一人暮らし嫌悪憎悪すら抱いていた両親とも別々にではあれど飯にいくようになった。

しゃべってみると両親は美点も汚点もある普通のまっとうな人間だった。当たり前だが。

ふたりのなれそめや、なんで破たんしたかの思いなども聞いたりした。

それを聞いて、自分は同じ轍は踏まないと誓った。

今は、そういう二人を知ってる自分からこそ、パートナーをきちんと大事にできるはずだと思っています

2017-09-18

anond:20170918053725

この書き方だと

在日というなら私たち在日ですよ?」

という言葉の裏に

「でも私たち特定在日生き方とは違う生き方ですけど?」

という留保が読み取れる。

すなわちこの増田は「良い在日」と「悪い在日」を峻別する主義である

ネトウヨのやつらは「在日」というだけで「良い」も「悪い」も一緒くたにするなと。

  

だがネトウヨは違うのである

「良い悪い」ではなく「好き嫌い」で峻別しているのだ。

たとえ目の前の人が善良そうであっても特定在日というだけで

拭いきれない不信感や恐怖や嫌悪を感じてしまっているのだ。

2017-09-17

自分への自信のなさ」、「他者への接触や干渉を拒絶・回避すること

「けど、ご主人様は「周りの人」が自分のご主人様になってまうでしょう?」

鳥取様が「チョコのご主人様」でいようとする事で自分を下に置こうとするのをやめてくれはったら」

「そのうちに役割なんてのうなっても平気になるって…その位仲良うなれたらとおもうてたんやけど…」

「けどあかんかった」

「うちが思うよりずっと鳥取様は自身がなくて…うちといると自分いじめていってしまう」

「うちの思うてへんことでどんどん自分を嫌いになってしまうんです」

「だからもう」

「一緒にいてはいけないんやと思いました」

――きづきあきら・サトウナンキ「メイド諸君!」第4巻

「お前の世界にはお前しか存在しないんだなあ」

「……は?」

「この間の千代子の元「ご主人様」としゃべってる時も思ったけど」

「まるで壁に話しかけてるみたいだ」

「俺はお前に話してるのに」

「お前はお前と話してるんだよ」

「……ちゃんと会話してるじゃないか?」

「ははは」

「お前は結局 俺のことも」

「いや」

「史子の事も好きじゃない」

――きづきあきら・サトウナンキ「メイド諸君!」第4巻


このスレをみて思ったことをつらつらと

このスレでは、>>1セックス中に相手にどう思われているかを酷く気にしている

1風吹けば名無し@無断転載禁止2017/09/15(金) 21:42:02.62ID:YiEaxTy6a

「(ワイの息臭くないかなぁ)」

「(目の前にワイの顔あって嫌やろうなぁ)」

「(オナニーしてた方がええなぁ)」

20風吹けば名無し@無断転載禁止2017/09/15(金) 21:47:34.13ID:YiEaxTy6a

ホンマは腕枕嫌なんちゃうかなぁ

ワイの体熱くて寝苦しくないかなぁ

とかもある



そして、それは「罪悪感」という形で表現される

9風吹けば名無し@無断転載禁止2017/09/15(金) 21:44:39.65ID:YiEaxTy6a

罪悪感半端ねーわ



「罪悪感」はセックスという行為のものへの嫌悪に変わり

34風吹けば名無し@無断転載禁止2017/09/15(金) 21:51:25.04ID:YiEaxTy6a

この思考のせいでセックス嫌いになったわ



そして、セックスを避けられない関係のものへの拒絶・回避へと繋がる

33風吹けば名無し@無断転載禁止2017/09/15(金) 21:51:18.67ID:MbSdzbYz0

自分の嫌な所我慢してくれるような子とエッチできるって素敵やん

45風吹けば名無し@無断転載禁止2017/09/15(金) 21:52:42.83ID:YiEaxTy6a

33

すぐフラれるんやろなぁ

ならこっちからフるのが最善やろなぁ

って感じですぐ別れる模様




この一連の流れに、見に覚えのある人間は多いのではないだろうかと感じてしま

自分は何かやってしまったのではないか

自分は嫌われてはいないだろうか」

自分行為相手不快感を与えていないだろうか」

「嫌われている、疎まれているに違いない」

「やっぱり何もやらなければよかった」

自分もっと意識してれば、もっと自制していれば」

「そんな感情を持たなければよかった」

調子に乗って、自信過剰にならなければよかった」

そもそも他人と関わろうとするから相手不快感を与えてしまうのだ」

このような経過の中で、次第に対人関係のもの拒否するか

良くて、「当たり障りのない事」ばかりを言い、相手への影響力や干渉を極力薄めようとする

何らかの拍子に人間関係上で自尊心が傷ついた場合は「関わろうとしたこと」それ自体を失敗だったと判断し始める

他者との接触には必ず軋轢とすら呼ばないような、摩擦が生じる

違う人格同士が関係を持つ時、お互いに多少の不快感嫌悪感を覚える

関係の中で生じるそうした摩擦を「全て自分へ原因帰属」すること

何かが生じたら、“それは全て”自分責任があると思う傾向

そう、この心理状態にあたっては、もはや“相手がどうこう”ではないのだ

関係”という言葉が“相互作用”と同義である場合、もはやこのループにおいて関係性は希薄である

なぜなら、相手如何は関係なく、自分の中で完結しているからだ


こうした、自分の事しか見えていないような“近視的”な対人認知を持つ者は多いのだろうか

多かれ、少なかれ

(視力の悪さを示す眼鏡が時として嫌悪されるのは、近視的対人認知連想させるからではという邪推はさておき)

そして、近視的な対人認知が生み出す罪悪感は

時として自分への攻撃性だけではその甲斐性を果たせず、「逆ギレ」という形で相手への攻撃となる

あなたが○○したから、私が☓☓してしまったんじゃないか。私は悪くない」といった風に


そして、それが進むと関係のものを拒絶するために

自分ではなく相手関係を拒絶するように働きかけ始める

あなたの周りに、やたらと攻撃的で、嫌味ったらしく、皮肉屋な人間はいないだろうか

まるで、「関係のもの拒否しようとしている」かのような振る舞いをする人は

これはまさに倒錯である

自分の自信の無さから相手への干渉(不快感提示)に罪悪感を感じるわけだが

その呵責に耐えられなくなると、今度は相手への干渉をむしろ積極的に行っていくこととなる

「自他へ攻撃性を向けてしまうこと」とは、このように生じる場合もある


以前の増田で書いたように

特に日本人は、罪を罪として罰を与えられることよりもむしろ

罪を許されること、情けをかけられる事の方を疎む

「許し」では「罪悪感」は晴れないのだ



それは、結局は「その赦しが本心でないとしたら?」という恐れを持つから

自分に自信がなく、相手言葉にも信頼を置くことができない結果

人は対人関係から退却し、回避し、時として攻撃性を以って拒絶する

結論

二次元におけるバブみにおける絶対的信頼・信用と圧倒的かつ究極的な許しが

現代に生きる人間の心の拠り所(宗教)になるのは、必然である

したがって、「もっと私に頼っていいのよ」は福音(エヴァンゲリオン)である

シャアは悪くない、悪いのはそんな男を作ってしまった社会

俺も悪くない、悪いのは社会

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