「自己評価」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 自己評価とは

2017-07-27

自分投稿した文章を何度も読み直して

こいつ面白いこと書くなぁと思ったら自己評価の低さが病気レベルなので精神科行ったほうがいいよ。

2017-07-12

頼むから静かにしてくれ

成人した人間の最低限の処世術として、自分感情を無闇矢鱈に他人にぶつけない、ぶつけてもどうにもならない、他人コントロールできない、自分感情のツケは自分が払うしかないって理解しなければ、社会生活は大変に難しい、と言う前提があると思う。

ところが、世の中には些細なことを粗探ししたり、小さなことで他人恫喝したり、意識せずにモラハラを働くような(それこそ、「なんで私が怒ってるかわかる?」式の)人間や、逆に他人から評価自己評価に直結してて、他人から承認を集めないと自分を保てない承認欲求モンスターたちが掃いて捨てるほどいる。こう言う人たち は何を考えて生きてるんだろう?

他人支配したいと言う欲望を抱えているのか?

普通に考えて、自分他人精神は別で、他人精神コントロールできないなんて当たり前のこと、誰にでも分かりそうなもんじゃいか自分他人未分化なのか?赤ん坊なのか?社会赤ん坊ばかりなのか?赤ん坊がそのまま社会に出て無数に対人トラブルを起こし続けているのか?

他人精神コントロールしたいと言う願望を実行するのは、他人の肉体を傷つけたい、と言う願望を実行するのに負けず劣らず醜くて卑劣ものだと思う。

迷惑から学校では道徳じゃなくてアンガーマネジメントとか、モラハラ人間から身を守る方法を教えて欲しいくらいだ。

2017-06-27

信用

社会生活を送る上で山盛りの支障があるにもかかわらず、どうにも自分他人から信用を得たいとか、信頼されたいとかいった感覚がまるでわかっていないような気がする。

当然何かと相手のご期待に応えられず「信用を失うことが怖くないのか!」といった形で叱責されることが年を重ねるごとに増えてきたのだけれど、

こちらとしては、えっ、私のこと信用なんかしてたんですか?ダメですよポンコツなんだから信用したら。期待しないでくださいよ間抜けですね。ってな感じだ。

なぜこうも信用に対して無頓着なのか、自分思考はどの辺りが歪なのか、その辺をもう少し掘ってみようと改めて考えてみた。

そもそも相手に対して信用があるかないか対応を変えるものらしいということは知識としてはわかっているし、

現代人間社会におけるコスパの面で、信用というのがかなり優れていそうだという事も頭では理解しているのだけれど、自分としてはまるで実感が伴わない。

「虫嫌いの人は虫を近づけられるのがイヤだ」という感覚が、自分は虫が好きであるがゆえに「知ってるけどイマイチからない」のと同じ感じだ。

この辺のちょっとしたことに関する実感の伴っていなさは、抱えている発達障害由来のものなのかもしれない。

基本的には過去の膨大な失敗や知識から得たパターン学習を基に頭でワンクッション考えてから行動することで相手に沿った適切とされる対応ができる場合が大半なのだが、

自然とわき出てくる感覚としての実感がないので、未経験の応用パターンを「少し考えれば当然わかる事」として求められるとたまに失敗してしまう。

例えば「虫嫌いの人~」を応用して「虫嫌いの人に虫の図鑑を見せにいってはいけない」というのは、子供の頃なかなか納得できなくて飲み込むのにかなり苦労した。

だってこれ絵じゃん、というのと、詳しく理解すれば恐怖心も薄れるだろう。という発想だったのだが、まあ、ズレている。

現時点で自分は、信用というもの評価を心の奥底で「ある方がいいけど何か無理してまで得たいとは思わない程度のどうでもいいこと」としか捉えていない気がする。

では、なぜ頭の中でコスパのいい要素だと知っていながら、信用をどうでもいいと感じているか理由を考えていると、

そもそも自分が誰かを信用していないまま、コミュニケーションを円滑にするために相手を信用しているポーズ意図的に発信し続けているために、

信用などなくても表面上は特に問題なく生活ができるものなのだ学習してしまっている。という可能性に辿りついた。

自分他者を信用する感覚について特に意識したことはなかったが、改めて考えてみるとどうやら他人のことをろくに信用しておらず、

他人感情思考を真に理解することができない以上、あらゆる他人は常に次の瞬間自分敵対する可能性を持っている。

とごく自然に考えて、それをベースに生きているぐらいの殺伐エンジン根底に横たわっているように思えてならない。

こう考えると、これまで自己評価的には、素直で人懐っこくて純朴な性格だと自分のことを思っていたのだけれど、

「敵」か「今は敵じゃない」かの二段階だけで区別しているせいで、とりあえず敵じゃないと判定して、

一般的に信用しているとされるポーズを発信し始めるまでがかなり早いだけのことだったのかもしれない。

これは思い付きの仮説だが、そういった他人を信用しない姿勢に加え、色々な感覚過敏がある事が、

他者とのコミュニケーションや人の多い環境で異常に体力・精神力疲弊する遠因の一つになっているのかもしれない。

自然と視界内の他人の体の動き、歩調、視線、呼吸、緊張とかの情報無意識に受信、分析していて、

敵対しそうな気配があるかどうかのセンサーを全開で働かせてしまっているとしたら、そりゃまあ疲れそうだ。

そういえば一度、大阪電気街ひったくりを遠目に目撃した際に、犯人が走り出す前から犯人に妙な違和感を感じて足を止めて注視していた事があって、

同行していた知人に後から「なんでお前わかったん?」と気味悪がられた。

まあウスノロビビモヤシなので追いかけたりはせず、覚えておいた特徴をあとから警官に伝えただけだったが。

しかしなるほど、私はどうやら信用というものに対して大変根本から向き合い方が捻じれていたようだ。

思えば、知人友人関係どころか、家族恋人相手ですら、常に直後に相手と縁が切れても大丈夫だと思える程度の関係を保ち続けている。

進学時に学費を出してもらう際や、家を借りる時に保証人になってもらう必要があったが、なにかとても気持ち悪くて非常に落ち着かなかった。

はいえ、自分としてはあくま個人個人として、相手を一知的生命体の個体として尊重して接してきたつもりだ。

思想に立ち入らず、主張に踏み込まず、追わず、求めず。それで十分だし、それ以上の関係他者と築きたいと思ったことも恐らくまるでないと思う。

貸し借りをすることがあっても、返ってこなくても惜しくないものしかさないし、自分が弁償できそうなものしか借りない。

昔、恋人関係になった相手からものすごくよくできたロボット自分のことを人間だと思い込んで人間のフリをしているようだ。と言われたことがある。

あの言葉は、結構核心を突いていたのかもしれないな、と今になって思った。

さて、どうしたものやら。

2017-06-25

SEO集客をメインとしたサイト運営において重要なこと

私は前職で、女性をメインターゲットとしたサイト構築に携わった。

残業もあまりなく労働環境はとても良かった。

売り上げも上昇傾向で、経営者戦略ニッチな分野を攻めた良いビジネスプランであったことが大きかった。

唯一の欠点サイト構築を担うシステム部門にあった。

巧遅でも綺麗なソースコード』を書くことを評価する風潮が強かった。

SEO集客では『巧遅でも綺麗なソースコード』がサイトの成長を加速させるのではない。

SEO集客では『拙速だがトライエラーを繰り返すこと』がサイトの成長を加速させる。

システム部門責任者が『巧遅でも綺麗なソースコード』を求めることはサイトの成長を鈍化させる。

すなわち会社の成長を阻害することを意味する。

誤解しないでいただきたいのは、汚いソースコードでも良いと言っているわけではない。

冗長ロジック排除共通化はしっかり行い、可読性・保守性はしっかり担保するべきだ。

オブジェクト指向などの方法論を追及しすぎずに費用対効果を考えバランスを重視せよと言っているのだ。

この考え方を前職の上層部に訴えたこともあったが残念ながら響くことはなく前職の会社を去ることになる。

現職の会社では、システム部門において『拙速だがトライエラーを繰り返すこと』、すなわち『プロトタイピング思考』の重要性を

チーム内に浸透させることからスタートし周囲から理解を得ている。

現職の上層部から自己評価と同等のフィードバックをいただけたこともあり、労使間でWin-Win関係を築くことに成功している。

2017-06-24

https://anond.hatelabo.jp/20170624004902

ブコメが付く前提なのも含め、自己評価が高杉。

いろいろあったろうが、それがお前の評価だ。

ならばどうするか、そこにお前の道の拓き方がある。

2017-06-14

https://anond.hatelabo.jp/20170614181135

右翼でも左翼でもありません」

自己評価が歪んでいる。面倒くさい系。多分、どっちかなんだろう。必ずミュートまではいかないが、若干引っかかる。他の要注意ワードがあればミュート。

2017-06-09

コンビニの女店員と談笑する時点でお前はイケメン自己評価を改めろ

http://anond.hatelabo.jp/20170609094220

化粧がプラスアルファのものだと考えてると矛盾してるように思えるかもねえ。

自己評価マイナス100から90くらいになるためにやったりするんだよ化粧って

即誰かに見られるわけじゃないけど自信につながる長茎術や1cmでも増えてほしいって身長伸ばすサプリ飲むみたいなもんだよ

2017-06-08

女性自己評価高い人多いですよね

昨日オードリー若林が、自己評価高いやつが面倒くさいって話をしていた。

本当は60点の人間自分のことを80点だと思ってる振る舞いをしてくるときに、否定するわけにもいかないし20点分の気を使わないといけないから面倒くさいって話だった。

個人的にすごく納得する話で

男性にも女性にもいるけど特に女性はこの傾向が強いと思う。

ブスでも自信もってる人いるし、普通の顔だったらまあだいたい自己評価高めの態度の人多い。

全体的に一段階ぐらい底上げされてるような気がする。

あんまり批判されないからかな、

当然親は優しいし近所の人も優しいし学校先生もあまり厳しく当たらない男も下心があるから本音批判したりすることはなかなかないだろうし。

自己認識大事ですよね。

2017-06-04

彼氏と話してきた

自己犠牲の話 http://anond.hatelabo.jp/20170604072641

を書いてから、たくさんの人に意見をいただいて驚いていた。全部読ませていただいて、客観的に見ると私はかなり重い女だなと実感した。うすうす気がついてはいたけども。

自己評価はお察しの通り低い。後天性の身体欠点ができてしまったので、気付かぬうちに自信のなさにつながっていたかもしれない。理性としては個性一種と受け取っているし、そこら辺を彼氏が本当に気付かないようにフォローしてくれて、全くコンプレックスとしては感じなくなったけども。

彼氏が知らない複数人からもいい人だと言われて嬉しかった。いい彼氏釣り合えるように、自覚できた欠点改善できるように努力したい。

彼氏電話してきた。

彼氏意見が整理できたとのことだったので、どっちの方向に整理できたのか若干ドキドキしながら聞いていた。

昨日私が痴漢に遭ったのは彼氏実家に行く道すがらのことで、私は電車の中でSOSの連絡をした。

ところが私が彼氏と会った時は私は笑顔で、一見こともなげにあった事実のみを報告し、そのあとは何事もなかったかのように楽しそうにふるまっていたから、もう少し悩みを共有したかったとのこと。

また、帰りしな私が少しずつ漏らした痴漢の詳しい話は彼氏には想像より複雑で深刻な話だったようで、それをどうして早く言わなかったのかとも思ったかもしれない。

それでも私が困ったことが起きた最中彼氏に言えたことがとてつもない進歩なのに(正直彼氏以外に個人的悩み事を最中相談したことがない)、そこまで頭が回らなかった、と。

結果、彼氏に「自分が悪かった」と謝られて、私は自分性格の難を謝ることができなかった。やはり彼の方がずっとずっと大人だった。

私はもう20余年こうやって生きてきたけど、彼氏とはずっと一緒に居たいので、程よく面倒をかける方法を探していきたいと思う。ただでさえ会おうと思っても気軽に会えない距離にいるのだから自分の考えを我慢せずに吐露できるようになろう。

心配かけないようにしていることが、かえって心配されることにつながってる」とブクマコメにあったが、ビンゴでそれだろうな。

でもどれくらいおんぶにだっこになっていいかもわからないし、極端に違う方向で重くなる可能性も考えられるから、とりあえず、相談するときしっかり助けてもらう意識で話すことから始めたい。

2017-05-28

呪いの克服

(もう何度この話を持ち出しているかからないがそれでも気が済まないくらい私の中で大きな話である

かつて他人からかけられた嫌な言葉(私はこれを呪いと呼んでいる)がずっと付きまとって自己評価に多大な影響を及ぼしている。それを克服するにはどうしたらいいのか。自分の考えを変えられるような器用さは持ち合わせていない。

もし、呪いとは真逆言葉他人にかけられたら、その呪いは解けるのだろうか。

呪い言葉が「醜い」だとしたら「美しい」は解毒になるのか?

そのためには私は努力をしなければならないし、言葉をかけてくれる人に出会う運を勝ち取らないといけない。

途方に暮れている。

http://anond.hatelabo.jp/20170527075354

はてな書き込みしてるのは負け組からね。

なまじお勉強が出来てプライドが高いんで、自己評価他者評価ギャップにより世の中へのヘイトがたまっていき、その鬱積した気持ちコメント欄に吐き出す。

否定じゃない。本当のボクをもっと見て!っていう悲痛な叫びなんだよ。

2017-05-23

結局のところ、人間として不良品だって

つらい。つらい。どうにもつらい。

なにをどうがんばっても今よりより良い状態に辿り着ける気がしない。今まで今までなりにがんばってきただろうにそれでどうにもならなかったので今更どうにもならないとしか思えない。生きる才能がなかった。生きることに向いていない。その才能がない。本当に向いているなら今はもっとよりよいじょうたいに或るはずである。そうでないということはつまりこれから生きていても無駄なのではないか

なにか大義のためであったりそうでなくても今よりほんの少しずつ物事をよくしていくために人間は生きているはずなのであるがそれがない。だったら生きている意味などないのではないか? おそらくない。ならばなぜこんなに辛い気持ちを味わってまで生きていなければならないのか?

この辛さがいつか報われて今よりももっとよい状態をいつか手にできると信じられるからこそひとは辛さに耐えられるのではないか。あるいはよほど辛さに前向きに鈍感であるかだ。わたしにはそれがなく今の人生は延々続く責め苦に感じる。自分人生がこれから面白いものになる期待が持てない。どうせ今までがんばってきてそれもなにひとつうまく料理ができなかったのだ。

わたしは凡百の才しか持たぬ。いや凡百以下である就活で失敗したのは、就活という枠組みに適応できなかったという理由なのではきっとなかった。単にひととして劣っているので雇い口がなかったのである自己評価が低いのではない。能力が低いからこそ、評価が低く、評価が低いからこそ、自己評価が低いのである。それほどまでにどうしようもない人間であるからして、生きているだけでそれは無駄なのであろう。

こんなにつらいならきっと死んでしまったほうがまだマシだ。そうであるのに、死ぬとそれはそれでいろんなひとに迷惑がかかる。親は紛いなりにも悲しむだろうし、それはそれとして、昨年祖父葬式があったが、それがひどくめんどうだった。それに親族知人に自殺者が出るというのはたぶんかなり気分の悪いものだろう。中学生の頃に自殺未遂をし、弟に死にたい気持ち吐露したら、親に「そういうことは弟には言わないで」と言われた。当然だ。弟には申し訳のないことをした。愚痴や弱音、希死念慮吐露他人にとっては害だ。わたしは生きていく価値のない人間であるから他人に害なすことは道理に合わない。生きる責め苦から逃げ出したい。けれど他人迷惑をかけることなくこのゲームから降りることは許されない。

ああどうせ死ぬならそのまえに、死ぬ気で好きなことをやってみろって? もうやった。やった。でもなんにもうまくいかないんだよ。なんも楽しくない。映画を見てる最中楽しいけれど、その後はなんにも残らない。結局のところ創造的な営みでなければひとは快楽を得ることはできないんだよ。でもその創造的な営みには才が要る。気力が要る。体力が要る。それがなんにもないんだよね。時間はきっと作ればあるはずなのにね。自分自分を楽しませてやれない。死にたいわ。労力に対して、脳内で分泌される快楽物質の量が圧倒的に不足している。要はコスパが悪いんだよね。でもうつではないと思う。だって毎日自炊をして、出勤してる。要はつまり、単にわたしは生きるのに向いていないってこと。生き物として間違っているということ。

運動?やってるよ。毎日自転車通勤してる。野菜?食ってるよ。大量にたまねぎ人参を刻んで煮込んでスープストックつくって、それにしめじほうれん草カドカ入れて毎日食ってる。瞑想?してるよ。じゃなきゃ、もうとっくに潰れてる。でもね、だめなんだなぁ、これが!

やっぱり、低級市民。やっぱり、負け組。みんな優しいから、そんな君も生きていていいんだよと言ってくれる。でもみんな、やっぱり、わたしよりよほど立派な人間なんだよね。

2017-05-22

いじめは人を変える

 以前いじめられたことがある。理由は私が「Aでない」から。それは加害者側の主観であると後々知ったが、未だに「Aでない」という自己評価がつきまとっている。そして二人の私が心の中に同居するようになった。

 あれ以来、Aでない人に出会うと「Aじゃなくても大丈夫だよ」と思う自分と「Aじゃないなら罰を受ければいいのに」と思う自分が同時に存在している。表面的には前者を全面に押し出しているが、心の中は後者でいっぱいといった感じだ。私よりもAでない人はたくさんいるのになぜ私だけ苦しまないといけなかったのか、なんでこいつはのうのうと暮らしているのかと苛々して仕方がない。

 後者の私はいつか加害者になると思う。いじめから数年後、加害者と同じ立場になったとき、彼らの気持ちを深く理解してしまった。同じ過ちを繰り返さないように抑えているが、いつ箍がはずれるかわからない。

たぶんフルスペックを出せば凡人の200%くらい出力できるが…

いい歳したおっさんだが「本気を出せばSだが面倒なのでBクラス」だと思ってる

 

やりたくない理由はこうだ

責任が増える

・常にその頑張りを期待され続ける

上から目線マウント思考になる

・どんなに積み上げても寿命が来たら死ぬし、寿命が来る前に劣化する

・金を手に入れても買いたい物もない

 

ようするに頑張ったところで所詮無駄だと思っているのでのらりくらりして生きたい

しかし成長を求められる職場なのでやらざるを得ない

なぜそんなところに入ったのかを説明すると面倒なので省くが流石にサボり続けられなくなってきた

辞めたくはないので勉強しないといけないのだが正直ノリ気がしない

誤解しないで欲しいが元々の頭は自己評価で高い方だと思う

ただ勉強に昔から楽しさを感じない

集中力だけで乗り切ってきたタイプ

 

自分が成長して力を獲得すると経験上間違いなく傲慢人間になる

これを基礎人格の俺としたらいつも24時間表に出てるのは偽造人格の俺だ

基礎人格の俺は弱者死ねといい、敵も死ねといい、言う事聞かないやつは死ねと思っている

偽造人格の俺は基礎人格の俺にデメリットを感じ、嫌気がさして構築した

大人しいニコニコしてる人格

もし俺が事件を起こしたら「挨拶できてしっかりした子(おっさん)だったのにねえ」とコメントされるタイプ

この偽造人格を被ってる間だけ俺は大人しい草食動物でいられるし

いからこそ他者マウントしたり高圧的な態度を取らないでいられる

なんと美しいのだろうか

基礎人格のように醜い闘争快感を感じるのと違い他者を思いやろうとする素晴らしい性格

ここまでで気づいただろうがこの日記を書いているおっさんは極度のナルシストだ、残念ながら

 

この偽造人格もかれこれ10年以上使っている

せっかく押さえていた基礎人格もここから求められる成長性と共に

男性特有マッチョイズムも発掘していかなきゃいけないと思うとかなり憂鬱

平和平等で融和で調和を愛したかったがこの世界経済はそれだけでは生きるのを許してくれない

俺が野獣になっていくところを見ても同僚はどうか失望しないでほしい

俺のせいじゃない

この世界が牙と爪を要求してくるから

http://anond.hatelabo.jp/20170522012940

言う方は無いです。ひたすら言わない(言えない)という現象です。

特に女性のアレが苦手です。なんか褒められて、褒め返して、それでコミュニケーションが完結するというやり取り。まず自己評価が低くて褒められるのが居心地悪くて超苦手。相手を褒めるのも、自分なんかジャッジする立場に無いと思うし、上から目線な気がして無理です。

単なる社交辞令を難しく考え過ぎなんだと思うし、みんな素直で、褒められて嫌な人はいないと思ってるだけなのも分かるし、褒め返さなかったら貰いっ放しみたいな印象になるだろうことも分かるんですが・・・

普通の(大抵の)人なら嬉しいことが、自分にとっては嬉しくない。どころか、かなり微妙ぶっちゃけ嫌なことに属する。自分がされて嫌なことを他人にするのが抵抗がある。でも相手は、ひねくれた自分なんかと違って、そんなこと全く思ってないんだ(うわわああああん)。でループしてる感じです。すいません一方的自分語りしてしまって。

2017-05-21

自己評価が高い時に転職した時は、謙虚に。

私は2回転職をしているが、

もし自己評価がそこそこ高い時に転職すると、

次の職場での自分の振舞い方に

ひどくギャップを感じる事があって

転職先で苦しんで、精神的に参ってしまうか、

慣れるのに長時間かかってしまうから

注意した方が良いと思った。

かなり謙虚になるくらいが良いと思う。

  

そもそも転職する時と言うのは、

やむを得ない事情を除けば、

ある程度自分に自信がある状態である時の

方が多いのかもしれない。

少なくとも自分はそうだった。

他でもやっていけるかなと感じたか

転職する気になったと言うか。

  

しか転職をすると、当然周囲の評価

からの積み上げ直しになるから

今までそこそこ評価されていた場合は、

ギャップを感じて苦しんでしまう。

  

私はそれを2回も繰り返してしまたから、

転職活動中の人は、

同じ過ちを繰り返さないで欲しいと思った。

2017-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20170517234055

能力は高いがその能力以上に自己評価(とプライド)が高そうで、承認欲求も強そう。ふだんの取り組み姿勢にも打算や下心めいたものを感じる。みたいな感じ?

ビジネスパースンとしては特に問題にはならないと思うけど、研究職ならもっと素朴な学究肌の人のほうが成果を出しそうな気はするね。

逆にこういう人は学内政治に強かったり助成金獲得したりするのが得意だったりするかもしれないので使い所しだいで有用なのでは。

2017-05-13

いい加減にしろボケども

http://b.hatena.ne.jp/entry/originalnews.nico/23681

何このブコメ欄?

マイノリティのために戦う正義の味方(気取り)の集う場所じゃなかったんですかはてなは?

何でこんな面白がってる奴らが大量にいるんですかねぇ。

てめーらナチュラル童貞はいくらいじって遊んでもいい属性だと思ってんだな、死ねよ。

 

何が童貞質問に答えます、脱童貞のお手伝いをしますだよ糞が。

こんなの非童貞非処女が考えた「いかにも童貞がしそうな質問」を糞アマが切り捨ててるだけじゃねぇか。

それを非童貞非処女が「うわー童貞が滅多打ちにされてるwww」って笑うための本だろ。

童貞見世物にして遊んでんじゃねぇよ。

 

あのな童貞ってのはな、お前ら非童貞非処女が思っている以上に繊細なんだわ。

童貞が全員「いやー俺童貞でさーw」みたいに軽いノリで童貞ネタにできる奴ばっかりだと思ってんの?

アトピーや大きな傷跡など身体的な瑕疵があって他人に裸を見られたくない、どうやっても自己評価を高く持てずに自信が持てない、そもそも女性恐怖症だ、etc...

そんなどうしようもない理由を抱えてるやつもいるんだわ。

そして一度も異性に愛されたことが無い奴は、多かれ少なかれコンプレックスを抱えてるんだよ。口では「諦めてるから」なんて言ってる奴もな。

そういう連中も踏みつけて遊んでるんだお前らは。

愚痴る前に少しはモテる努力しろって?

貧困者や生活保護支給者に言ってみろよ、「少しは稼ぐ努力しろ」ってな。

 

 

 

大体一番人気コメさ、何これ?

macgyer “そんな方々を「呼んでない飲み会勝手に来て料理文句言う奴」みたいな感じにしてしまったこと、反省しています。”いちいち面白い

何が面白いんだよバーカ。

当事者がいない場所はいくらでも人をコケにしてもいいんだとよ。

じゃあ朝鮮人がいない場所はいくらでもチョン連呼していいな。

女がいない場所はいくらでも女をマンコ呼ばわりしていいな。

で、それを聞きつけた当事者が「やめてくれ」って言ってきたら「呼んでない飲み会勝手に来て料理文句言う奴」呼ばわりして適当にあしらっていいな。

んなわけあるかボケが。

 

ここでこのくだらない本を絶賛した奴は二度と弱者の味方気取るんじゃねぇぞ糞が。

2017-05-11

ララランドの引き起こす元カノへの罪悪感

先日ララランドを見た。

音楽も、ストーリーもよかったと感じた。なのに引き起こされたのは罪悪感だった。

ララランドは、女優志望のミアが、ジャズピアノマンのセブと恋に落ち、別離するストーリー

最後、ミアは女優として成功、セブも自分のお店を持っており、彼らは夢を叶えて終わる。

ミアはセブではない夫と結婚して子供もいる。セブは独身なのかどうかは不明だった。



大学2年から4年まで2年間付き合った元カノがセブと重なった。

自分から好きになって告白して付き合うことになり、こちらから別れを告げる形になった。

勝手である

別れた理由は保身だ。

相手自分にとってふつうのひとではなかった。

自分とは家庭環境も通ってきた経歴も価値観もなにもかもが違った。でも好きだった。

相手の方が「なんで自分のことを好きなのか」と疑問に思うくらいに。

自己評価が低く愛情表現に乏しい人だった。

終わりを恐れながら付き合っていた。

相手に「あなたを置いていくのがこわい」と伝えたことがある。

こんなこと、いつかは終わると思いながら付き合っていた。

就職が決まったタイミングで、もう無理だ、と思った。

ふつう幸せがほしい。同じような家庭環境で経歴で価値観が合うひとと

ふつうに祝福される付き合いがしたい。

このままこの人と付き合い続けたとして、ふつう幸せは手に入らない。

から、別れたいと言って別れた。もうやめたい。詳しい理由は言えなかった。

終わりを恐れながら終わりを待っていたなんて矛盾しているし最低である



私は結果的ヘテロの女で、相手ノンセクシャル(と思われる)の女性だった。

多感な時期のセクシャリティの揺れを引きずって彼女と付き合い、

最終的に保身のために切り捨てた。

元カノと別れた後は、反動で男と遊びまくった。

今は落ち着いて、同じような家庭環境で経歴で価値観が合う彼氏がいる。

付き合って2年経ち、同棲の話が出た。欲しかった、祝福される付き合いだ。

私のふつう幸せは、

家族友達世間一般から、なんの障害もなく祝福される恋と結婚ことなのだ。



ミアとセブはお互い夢を叶えている。

でも、私の人生映画ではないので、彼女と偶然出会って目配せと微笑みで夢が叶ったことを

かめ合うことはできない。

元カノに対するこの罪悪感は消えることがないだろう。

2017-04-26

自分って実は優秀なんじゃねって思い始めた話

自分自己評価がめちゃくちゃ低い。自分の代わりなんて腐るほどいると思ってる。

中高から進学校でその中では凄ーく優秀な奴を見てきて、ああこいつらには敵わないなと思いつつ6年間過ごした。

それでも高3の時は割と頑張って東大に入った。でもこんな奴東大では当然真ん中より下だ。学内偏差値45くらいってところか。

結局自己評価って自分の周りの中でどうか、で考えるから凄ーーく優秀な奴に囲まれ自己評価は地に落ちた。

正直自分なんかまともに飯食っていければ万歳だくらいのことを半分本気で考えていた。

でも世間を知らなかったのね。

中学生の時から割と世間から隔離されてたっぽいことを最近知った。

なんか、今まで「できて当たり前」「わかって当たり前」のことをして評価される機会が何度かあった。

あーこんな自分でも一応優秀な部類なんだって思い始めた。

2017-04-11

http://anond.hatelabo.jp/20170411123656

その気持ちよーーーくわかる。私も自己評価がとにかく低い女性と6年(!)付き合って、先月結婚した。増田が書いてあるように、「どうせわたしなんか」という文句を筆頭に卑下してくるので、「いい加減に直せ!」と度々大喧嘩することも。しかし、なんだかんだ笑った顔が好きなので、最終的に許してしまっていたが、やはり疲れる。かなり疲れる。それでも自己評価を低くしてはいけないと懇々と諭したおかげでちょっと改善されたが、それでも卑屈になるので諦めた。「はいはい」と聞き流すようにした。ただ言いたいだけなんだと。

全然答えになってないけど、これから一生一緒にいるということえを冷静に考えて、無理と思ったらきっぱり別れたほうがいいよ。大丈夫そうなら受け止めるしかない。時々怒りながらね笑

恋人が卑屈すぎてつらい

2年付き合ってる恋人がとにかく自己評価が低すぎてつらい

とあるごとに「どうせブサイクだし」とか「メンヘラでごめん」とか言ってくる

最初のうちはフォローしてたけど最近はそうするのにも疲れてきた

じゃあそんなブサイクメンヘラと付き合ってる私は何なんだという気分になってくる

ルックスは人並みだし(ブサイクと思ったことはない)性格も多少難ありだけど

それでも2年一緒にいるっていう事実だけで自信を持ってもらうことはできないんだろうか

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん