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2021-06-16

次の衆院選自民党現職が99%勝つ選挙区まとめ

落選運動とか無駄選挙区を紹介します。

候補者変更で情勢変わる可能性あり









北海道12区 武部 新(二階派・3回)

 北見市網走市など

 →元自民党幹事長武部勤地盤世襲リベラルが強い北海道内で唯一手堅い。

野党公認は未定。1年間他の議員活動してる様子もない。


青森2区 大島理森当選12回)

 八戸市十和田市三沢市など

 →文部大臣・農水大臣自民党幹事長など歴任。現衆議院議長で、在職日数歴代1位。解散した時に「衆議院解散する」って言う人。

野党候補は未定。国民民主党擁立するとのこと。





宮城6区 小野寺五典 (岸田派・当選7回)

気仙沼市など

防衛大臣を3回務める。1997年選挙区有権者へ線香セットを配布し、公職選挙法違反議員辞職→公民権3年停止

その後は連勝を重ね、自民大敗した2009年選挙でも圧勝

【対】内藤隆司 共産党




茨城4区 梶山弘志無派閥当選7回)

ひたちなか市など

 →現・経済産業大臣父親自民党幹事長など務めた梶山静六地盤世襲し、2009年も含め連勝中。ガースーの側近。日本原子力開発機構でも勤務経験のある原子力専門家

【対】 大内くみ子  共産党

    むとうゆう子 維新 




栃木5区 茂木敏充 (竹下派当選9回)

足利市など 

 →現・外務大臣安倍ちゃんが次期総裁候補として名前を上げる。足利市まれ足利育ちで、日本新党から自民党へ。 

2018年選挙区内の有権者に線香を3年間配布していたことを秘書が認める。

線香に自身の氏名を書いておらず違法性はないと主張して間逃れた。

【対】 岡村けい子 共産党



群馬4区 福田達夫 (細田派・当選3回)

高崎市など

 →祖父福田赳夫首相、父・福田康夫首相スーパーサラブレッド父親内閣総理大臣秘書官を務める。2012年に康夫が引退した際、選挙区候補者公募をやったものの、なぜか息子の達夫以外応募がなく、公認に選ばれる。

党内リベラル歴史修正に反対する「過去を学び“分厚い保守政治”を目指す若手議員の会」に参加した。

【対】 角倉邦良 立民  →群馬県議4期

    萩原貞夫 共産党

  

群馬5区 小渕優子竹下派当選7回)

 渋川市など

 →父・小渕恵三総理在任中に逝去し、後継者として26歳で初当選。30代で女性初の経済産業大臣を務める。

大臣在任中に政治資金収支報告書への未記載費用が1億円を超える騒動に。

家宅捜索前にハードディスクドリル破壊するなど危機管理能力が高い。

「姫は悪くない」と証言した秘書起訴され有罪。一連の不祥事大臣辞任後の選挙でも圧勝(得票率7割)

【対】 伊藤達也 共産党



千葉12区 浜田靖一 (無派閥当選9回)

 木更津市など

 →ハマコーの息子。防衛大臣、党国防部会長歴任した国防族議員。「Gi!nz(ギインズ)」というユニットを組んで音楽活動もしている。「選択夫婦別姓の早期実現を目指す議員連盟」会長

【対】 樋高剛 立民 

    葛原茂 共産


神奈川2区 菅義偉 (無派閥当選8回)

横浜市西区など

 →叩き上げで30年以上培ってきた地盤は盤石。妻は永田町ではなく横浜に住んで選挙区を守っている。

【対】岡本英子 立民 →元横浜市議

   明石行夫 共産 


神奈川11区 小泉進次郎 (無派閥当選4回) 

横須賀市など

 →前回は驚異の得票率78.0%を誇る。地元スター初当選2009年以降は、毎回他の選挙区応援に回り、地元ほとんど戻れず。

選挙時の新聞社政策アンケートでは毎回全項目に【無回答】を貫く。

【対】 林伸明 共産



神奈川13区 甘利明 (麻生派当選12回)

大和市など

 →2009年政権交代選挙では小選挙区で敗れ比例復活。その後は得票を伸ばしてきた。

一本化してもキツイ

【対】太栄志 立民 →前回は希望落選

   佐野昭広 共産党



神奈川15区 河野太郎麻生派当選8回)

平塚市茅ヶ崎市など

 →前回は全選挙区で最多得票。父・洋平の代から支援者や、無党派まで圧倒的人気。地元では「太郎ちゃん」と呼ばれている。

次期総理への期待が大きい。

【対】佐々木克己 社民 新人



山梨2区 堀内詔子 (岸田派・当選3回)

富士吉田市など

 →現・環境副大臣学習院時代秋篠宮文仁親王同窓で、徳仁親王(現天皇陛下)のお妃候補になったことも。

富士急創業者一族御曹司光一郎と結婚。夫は富士急社長。義父の堀内光雄から地盤を受け継ぐ。

息子は佳子さま結婚相手として名前が上がったことがある。

自民党党員獲得数ランキングにて、2018年2019年は2年連続で1位。

【対】市来伴子  立民 →杉並区議2期

   大久保令子 共産

 

東京17区 平沢勝栄二階派当選8回)

葛飾区など

 →現復興大臣趣味は「 選挙運動」といわれるほどの選挙好き。

東大生時代に、小学生だった安倍晋三の家庭教師を約2年間務め、定規で頭を叩いたことがある。警察官僚から政治家へ。

【対】円より子   国民 →参院議員3期

   いのくち幸子 維新 →医者

   新井杉生   共産



東京25区 井上信治 (麻生派当選6回)

青梅市昭島市など

 →現・科学技術担当大臣土地柄で浮動票が動きにくい。国交省官僚から政治家へ。妻の父はカバヤ・オハヨーホールディングス会長で、豊富資金力を誇る。

【対】島田幸成 立民 →都議会議員2期


富山3区 橘慶一郎 (無派閥当選4回)

高岡市など

 →元高崎市長。2009年政権交代選挙初当選(この時自民党新人は5人しか当選しなかった)

祖父の代から政治家。万葉集オタク

 【対】坂本洋史 共産


石川2区 佐々木紀 (細田派・当選3回)

小松市など

 →元々は森元総理地盤であり、自民票が強い。相手比例復活を許さず勝利を重ねている。

2020年4月5日、国交大臣政務官在任中に、自身Twitterアカウントで新型コロナ感染拡大に関し「国のせいにしないでくださいね」と泣き顔の顔文字を入れてツイート

 【対】坂本浩 共産党


福井1区 稲田朋美 (細田派・当選5回)

福井市など

 →1区は都道府県庁所在地であり浮動票が動きやすいが、しっかりと組織を固めている。個人ファンも多い。郵政解散選挙刺客として初当選して依頼、2009年も含めて連勝中。原子力発電関連の支持もあり。

【対】野田富久 立民 

  →福井県議6期、福井市議3期のベテラン

   金本幸枝 共産



岐阜2区 棚橋泰文 (麻生派当選8回)

大垣市など

 →1996年初当選して以来連勝中。2009年を除き相手比例復活すら許さず。

かつて自民党青年局長を務め、小泉内閣で若くして入閣。将来の総裁候補と呼ばれたことも。

2019年衆議院予算委員長就任すると、野党質問時間を削り、総理を守る巧みなテクニック披露し、枝野に「首相ポチ」と呼ばれ、解任決議案も提出された。

入閣を目指している。

 【対】大谷里子 国民民主 

  →吉本興業の「伝説の女マネージャー

   三尾圭司  共産党




静岡7区 城内実 (無派閥当選5回)

浜松市西区など

 →元外務官僚2005年郵政国会では森派小泉出身派閥)にも関わらず、安倍ちゃんの説得に反して造反無所属出馬し、刺客片山さつきに負ける。その後は地域密着活動議席を取り返し、自民逆風の09年も勝利している。

この時、自身選挙区内で眞鍋かをり写真を載せた選挙ポスター掲載。眞鍋が「無断で使用された」と主張しトラブルに。

 【対】日吉雄太 立民

 →前回比例復活したもの惜敗率20.38%

 

 

兵庫9区 西村康稔 (細田派・当選6回)

明石市、パソナ島など

コロナ担当大臣2003年に無所属初当選してからは、相手比例復活すら許さず連勝。前回は得票率69.5%で圧勝

地元でもある明石市には異常なほどポスターが貼られている。

選挙区にある店からブランド和牛などを政治活動費で大量購入し、「贈答」や「土産」などの名目で計上している。(政治資金収支報告書で公開)

明石市の市営住宅で育ち、奨学金東大卒業するなど苦労人の一面も。

 【対】福原ゆかり 共産


兵庫11区 松本剛明 (麻生派当選7回)

姫路市など

 →高祖父は初代総理大臣伊藤博文父親松本十郎から地盤を継ぐ。

民主党で、菅直人内閣外務大臣も務めた。自民に風が吹いた20122014選挙でも民主公認自民を下している。

 【対】住吉ひろき 維新 元兵庫県

    太田清幸  共産

 


奈良2区 高市早苗 (細田派・当選8回)

大和郡山市など

 →2005年郵政解散で、造反組の滝実刺客として送り込まれ当選滝実引退後はライバル不在。浮動票の動きにくい土地柄。なぜか今年は櫻井よしことの2連ポスター選挙区に貼っている。

安倍政権で総務大臣自民党政調会長など歴任

 【対】猪奥美里 立民 →新人

    宮本次郎 共産 →前奈良県


和歌山3区 二階俊博 (二階派当選12回)

田辺市御坊市など

 →自民党幹事長。圧倒的な政治力を誇る。地元では「二階さんにお世話になった」と話す人が大勢おり、人望が厚い。

一方で長男の評判は悪く、地元飲食店店員に「二階なんやわかっとるんか」とブチ切れる、親父をバットを持って追いかけ回す、市役所で怒鳴るなどの伝説が。

長男2016年に御坊市長選に立候補した際、党本部全面支援したもの落選した。

 【対】畑野良弘 共産



岡山5区 加藤勝信 (竹下派当選6回) 

総社市など

 →前厚生労働大臣官房長官。前回は得票率71.3%で圧勝自民王国岡山の中でもダントツ

東大から大蔵省官僚加藤六月の長女と婚約するが破談となった後、その次女と結婚して婿入りした。

義父・加藤六月地盤であった岡山5区から民主党の公認出馬予定だったが、直前で岡山県選出の橋本龍太郎元首相の誘いを受け、自民党鞍替え

安倍が次の総理候補として毎回名前を上げる存在安倍ちゃんからポスト安倍として育てられ、順調に出世

 【対】 美見芳明 共産

  

鳥取1区 石破茂 (石破派当選11回)

 →世襲。父は、鳥取県知事参議院議員自治大臣などを歴任した石破二朗

父の逝去により、28歳で衆議院議員に。

自民党国会議員から嫌われてても、地方議員地元有権者からの人気は高い。前回は共産党との一騎打ちとはいえ、得票率8割超え。

 【対】岡田正和 共産



島根2区 竹下亘 (竹下派当選7回)

出雲市など

 →異母兄は元総理大臣竹下登NHK記者を務め、兄の秘書へ。2000年に、引退を表明した竹下登後継者として初当選

今年、島根県知事聖火リレー中止を巡って舌戦を繰り広げた。

 【対】折川ともこ 国民 →元新聞記者

    むこせ慎一 共産

 

広島1区 岸田文雄 (岸田派・当選9回)

広島市など

 →世襲3世親族ほとんどが東京大学卒業している中で東大受験に3度失敗し、早稲田へ。父親から地盤を継いで連勝。外務大臣時代地元オバマを呼んだ。

ポスト安倍梯子を外された人として有名。

前回は得票率78.0%で圧勝。この時はまだ、広島1区民は「岸田が次の総理」と思っていた。地元では悪い噂がない。

 【対】大西オサム 共産






続きはトラバ

2021-06-14

エアプが人をエアプ呼ばわりするな

日商簿記1級の問題です!!!

っていうから、おっどういう問題だ?と思って覗いてみたら

・直接労務費、製造間接費の配賦

・仕損の計算

・月末仕掛品計算


はぁーほんま日商簿記1級とかいワードで釣ってくるのやめろ

なんだその典型的な2級の問題。どこが1級なんだ

腹立つからホントに1級の問題ですか?この程度が解けないで日商簿記1級は無謀ですよ?ってアドバイスと、解き方のヒントだけ書いてやったのに

「分からないなら黙っててください」とかめっちゃ上から目線で怒ってて草生えた。事実を指摘してやっただけなのに

だってお前、製造間接費は直接労務費の200%を配賦してますって書いてあんのに

製造間接費の配賦ができませんって、算数問題が解けない小学生からな。直労×200%=製造間接費って図式が出せない時点でやべーよ?

材料費労務費と製造間接費が出せるなら、自ずと完成品原価と月末仕掛品原価は出てくるのに分かりません!って2級の基礎も分かってない証拠だぞ…

ていうかこの程度の問題ボックス図とかいらねーし…月末仕掛品計算するのに先入先出も平均法も同じ結果になるとかマジで言ってんの…?

日商簿記1級ってスクール料金+受験費用交通費で大体20万程度かかるし、勉強時間も1,000時間ぐらい見積もる試験からマジでやめときなよ…

仕損の評価額すら計算できないって、僕は電卓叩けましぇえん!って大声で叫んでるのと同じレベルからさ…

2021-06-13

教育虐待事件考察してみた

某本当は看護師さんになりたいのに母親に将来を否定された結果起きた事件のことだがそれは自分の子供の将来を強要した母親に原因があると思う

かにいかなる理由でも殺人はよくないしどんな性格なのかもわからない人が事件を起こすことには同情できない

母親に自宅から通える国公立医学部に進路を限定されていたらしいので母親から離れるために下宿しないと通えない大学の進学を目指すということは思いつかなかったと思う

まだ社会に出れてなくて学費を親に払ってもらう立場である限りは親への進路の反発はなかなか難しい

高校卒業たころはまだ未成年だったりするから親の許可がないと就職したり実家を出て自立することができない

私立医学部のほうが国公立医学部より入試ハードルは低いが学費がすごく高いのである程度裕福な家庭じゃないと進学ができない

望まない浪人母親の束縛の元で9年もしてたとのことだが予備校に通っていなかった可能性のほうが高いしこんな親のもとで望んでもない束縛された生活していたら勉強にまともに集中できるわけがないし成績もあがらない

医学部受験特に公立大は難しく対策特殊なので本人の強い意志があり成績優秀で受験勉強に励んでたとしても合格にたどりつくのはなかなか難しい

仮に9浪まですることなく自宅から通える国公立医学部合格できても別のことでまた母親圧力をかけられてしまっている気がする

母親から離れるために家出をしたそうだが探偵警察に見つけられてしまったそうだし逃げ場もなかったと思う

結局医学部合格できず進みたかった看護学部に進み看護勉強に励んでいるうちに手術看護師になりたい!という夢をせっかく見つけれたのに今度は助産師になりなさい!と母親圧力をかけられてしまっている

母親に従うために助産師学校の受験をして不合格だったとのことだが本人の能力不足というよりせっかく看護師として社会にでれるのに母親に望まない将来を強要されてやる気がでなかったんだと思う

父親仕事の都合で別居をしているとのことだがもしかしたらだけど仕事の都合というよりこういう家庭環境から逃げたかたかもしれない

からそこまで大事になっていることに気づけなかったんだと思う

こういう親は自分の子供に価値観押し付け典型的毒親だと思う

多分この母親勉強や将来のこと以外のことでも圧力をかけている気がする

血縁関係だとしても親と子供は今まで生きてきた人生も違うし価値観も違うに決まっている

この事件きっかけで勉強や将来のことに無関係でも親が子供価値観押し付けることが悪だという考えが世間根付いたらいいのにと思った

あくまで私の考えだが明らかにこの母親に原因があるし全く無関係第三者まで巻き込まれているわけでもないので過剰防衛でいいと思う

anond:20210613000901

ならないだろうけどせっかく受験料払ったんだから頑張れるだけ頑張ったほうがいい。

その方が次につながる。

2021-06-11

anond:20210528103705

先日、学校電話して先生相談しました。

丁度、世界史先生対応してくれました。

息子が世界史受験したい旨、説明すると「あぁ…目に浮かびます…」と一言

とりあえず本人のモチベーションを優先させ、3年になって赤本等で世界史Bと地理Bを解いてみた結果、世界史Bの方が点数が良い場合世界史Bで受験するのはもちろん問題無いし、またその時はできるだけお手伝いする、と仰っていただきました。ありがたいです。

既に世界史Bの教科書一問一答参考書、あと本人の希望により英文世界史Bの教科書を購入済みで、学校にも持って行っているようです。(毎朝1時間くらい早く家を出て学校で朝自習してる)

あとは本人次第ですね。

以上、ご報告でした。

2021-06-10

anond:20210609133845

日大に次ぐ人数の多いマンモス私立大学じゃなかったっけ。

日大もwもブランド希薄化を防ぐためきれいな看板必要なんだよ

それがあれにもはいれないアホの子受験料と入学金(入らない)でまかなわれてたけど

おい入学金返金しろや!って動きがでてきてどうなるか見もの

スポーツを観て勇気を貰う人ってなんなん

そういう人が本当にいるのかわかんないけど。

頑張ってる姿を見て自分も頑張ろうって思うなら

仕事頑張ってるその辺のサラリーマンとか受験

強頑張ってる学生とかを見てもそう思えるじゃ

ん。

2021-06-09

anond:20210609150838

同じじゃないよ。理のが楽だよ。必ず和歌出題して、最後に100字以上とか記述させる京大のほうが鬼とも言える。古文だけじゃないけど、東大受験問題事実上字数制限があるとこが特徴だと思う。大事なことだけ簡潔に言ってくれ、余分なことは一切言わなくていいから、こっち忙しいからみたいな。そこで問われてるのはむしろ事務能力だと感じる。

anond:20210122211512

悪いこと言わないか古典はやっとけ。

だいたい、お前みたいに受験時代トラウマから批判してるその行為のものが究極に内向き発想なんだよ。たとえば、海外人間渡り合うときに、古い文化を持つ国の人間自国古典文化を背景にもつかもたないかが、どれほどの差になるか分かるか?

たとえば中国ビジネスマンになんか話振って、「なるほど論語にも~という話がありますね」と返ってきたら、お前も「はえ~(称賛」ってなるだろ。逆に論語の話振って「は?」みたいな反応が返ってきたら、アホの子を見る眼で見るか、あるいは現代中国というものをそういう眼で見るか、どっちかだろ? まして、相手論語の話振ってきたときにこっちが「それは~という故事成語の由来ですね」とか返したら、周囲のアメリカンヨーロピアン共置き去りにして、二人でニヤリ、てなもんだろーが。

1,000年前の古典が今も豊富伝承されていて、今なお原文のまま多くの国民がそれを理解できる、ってどれくらい驚異的なことか分かるか? しかも、お前が文句を付けてる源氏物語は、質量共にぶっちぎりで世界最古最高級の物語文学として評価されてんだぞ。 お前が文句を付けてるソレ、長い歴史のない国の人間から見たら目も眩む遺産なんだ。それを、現代語訳、要約で充分だ? アホか。芸術要諦は細部に宿るっつーのは常識中の常識だろ。お前はアレか、モナ・リザミロのヴィーナス画集があれば充分とか思ってるクチか。それなら誰が時間と金かけてルーブルに行くんだ。真剣にその意味が分からないなら、自分感性どん底レベルに摩滅してることを少しは自覚しろ。お前の書いてることは、全部感性死滅したお前の妄想に基づく戯言だよ。

それにしても、増田でこのネタ一体何回目だ。いい加減飽きてきたぞ。何回同じ話をしたら、このネタ止むんだ?

その意味では、一つだけ増田同意してやる。増田みたいな勘違い人間を量産する今の受験古典教育は、確かに大きな問題だ。

anond:20210122211512

受験ゲームだったと思ってる。ゲームルールにこっちから注文つける気なかったな。得意科目も不得意科目もあったけど、とにかくそれをクリアしたことで得られたものがあって、それがベースになって、その後グイグイ上がるゲームの難度に食いついていけた気がする。そんでだんだんゲームの作りにまで踏み込むようになる。

この頃マンガ英訳読んでて、誤訳以前の問題として、発話者ってか、そのフキダシが誰から出てきたかあきらかな取り違えが目だつって分かった。これ、主語認定とか、動作主とか動作受け手とかの問題だよね。われわれ何の疑問ももたず、ほとんど本能的に読んでるのに、日本語母語じゃない人にはそうはいかないんだなって。源氏物語時代から日本語性質ってあんま変わんないんだなーって思った。

これ、釣られ?

無言電話

メールやLINEが普及してから日常生活のなかで無言電話を受ける機会は格段に減ったと思う。それでもあの、電話の向こうで、誰かが息を潜めてじっとしているあの感じ、じっさいにそうしているかどうかは分からないのに、それでもやっぱり誰かいると思うあの、背筋がぞわずわする感じは、いまだに思い出す。

無言電話のあの気味悪さをわざわざ味わいたい人などまずいないだろうと思うが、母は無言電話を心待ちにしていた。毎年、いつ掛かってくるかわからない無言電話を受けられるようにするためだけに、家にいることが多かったと思う。

うちは姉と私の二人きょうだいで、姉は少し変わっていたと思う。今だったらいろいろな診断名がついたのかもしれないが、当時はそういうことを知っていた人が周りに誰もいなかった。家にいるときの姉はどこか天真爛漫なところがあって気前がよかったが、何か思い通りにならないことがあると癇癪を起こしたり、ふさぎ込んでしまうこともあった。大きな音が苦手で、近所で工事があって重機の音がしていると、両手で耳をふさいだままその場に倒れ込んでしまうことがあった。甘いものを切らせると具合が悪くなるので、いつもポケットに飴かクッキーの小袋を入れていた。

そういう姉が学校で周りの人とうまくやっていくのは難しかっただろうと思う。小学校低学年のとき遠足で市立公園に行った。二個上の姉の学年も行き先が同じだった。自由行動あいだは、友達同士のグループレジャーシートを敷いて固まって、お弁当を食べたり、おやつを交換したりした。トイレに行くとき、姉の学年の人たちがいる原っぱの横を通りかかった。いくつものグループができて、みんな騒いでいたけれど、姉だけは少し離れたところで草むらに入り込んで、バッタかなにかを追っていた。よくわからないけれど、見てはいけないものを見てしまったような気がして、その日は一日じゅう暗い気持ちだったことを憶えている。

勉強ができた姉は、県内でも有数の進学校とされている高校に行った。毎日自転車帰宅して部屋に戻ると、それ以降どこかに出かけた姉を見た記憶がない。高校で「普通」の人付き合いができているかどうか、母は気にしていたらしく、姉の友人関係についてそれとなく尋ねたことがある。そのたびに姉はひどくいきり立って、よくわからないことを叫んで、部屋に籠もった。父は何もいわなかった。

受験生になって県外の旧帝大を受けた姉は落ちた。模試での判定はよかったらしく、私立を併願しても行く余裕はうちになかったので、他にどこも受験していなかった。姉よりランクの低い高校に行っていて、卒業後は就職するのだろうと思っていた私は、姉の身になにが起こっているのか、想像することもできなかった。

自宅で浪人をしていた姉は翌年も落ちた。どういう話し合いが両親との間であったのか、私には分からない。父のつてで紹介された地元ケーブルテレビ会社で姉は働き始めたが、半年ぐらいで行くのをやめた。おそらく人間関係が原因なのだろうと思ったが、家では誰ものその事を言い出さなかった。その頃から母と姉との言い争いが絶えなくなった。ちょっとしたきっかけですぐに激しい言葉のやりとりになって、姉が勢いよくドアを閉めて部屋に閉じこもるのが常だった。

姉が引きこもるようになってから少したった頃、私は地元会社で働きはじめて、仕事を覚えることで頭がいっぱいだった。家に帰ると毎日疲れていた。姉とは話す機会がほとんどなかった。たまに、夜中の居間で出くわすことはあった。帰宅後、着替える気力もなくて、電気の消えた居間ソファーに沈み込んでTVぼんやり眺めていたら、冷蔵庫麦茶を取りに来た姉もしばらく後ろに立っていて、流れている番組について他愛ない話をした。いま思うと、そういう話をすることで、私たちはお互いに何かを確認していたのかもしれない。

それからはいなくなった。珍しく私は早く帰ってきて部屋にいたら、母と姉が言い争う声がして、ドアが勢いよく閉まる音がした。またやってるのかと思ってそのときは気にとめずに寝たら、翌日に姉はもういなかった。捜索願、探偵行方不明情報サイトへの登録、なにをやっても戻ってくる気配はなかった。ネット情報を見た人が、小倉ホームセンター駐車場で姉らしい人を見かけたといって連絡してきたこともある。ジャージ姿で男の人と車に乗って去っていったらしいが、本人なのかどうか、確認する方法はなかった。

一年くらい経って、姉から電話があったと母が言った。夕方かかってきた電話を取ると、受話器の向こうで人が黙っている気配があったので、姉の名前を呼んでみたところ、ほどなくして切れたそうだ。それからさらに一週間ぐらいしてまた夕方にかかってきて、母がまた姉の名を呼ぶと、今度はかすかにすすり泣くような声が聞こえたという。

電話してきたのはほんとうに姉なのかどうか、そもそも電話はほんとうにかかってきているのかどうか。問いただすことは私にはできなかった。が、それ以来、母は家でじっとしていることが増えた。父と母は、姉の部屋をずっとそのままに、出て行った日のままにしていた。

私は私の地獄を生きるのに精一杯で、家のことを何とかしようとか、母を支えようとか、そういうことをちゃんと考えられなかったと思う。職場一族経営地元企業で、上司会長の甥だった。就職してわりと間もない頃から距離を詰めてきた。この田舎でほかに移れるところはなかったから、断れなかった。僕はパイプカットしてるから子供はできんのやということを口癖のように言っていた。絶えられなくなってその上司上司相談したら、いつの間にか私の方が悪いことになっていた。その間、東京会社転職活動し続けて、逃げるように上京したが、ある日突然、電車に乗れなくなった。適応障害だとかいわれて、部屋にこもって布団の上に転がっているだけで、生きているだけで苦しかった。手持ちの金はどんどんなくなっていった。

その間も実家から電話ときどきかかってきたが、ほんとうのことを言うことはできなかった。あるいは、母も何かを察していたのかもしれないが、直接言ってくることはなかった。姉からまた無言の電話があった、という話を聞いても、そうなのかと思って軽く受け流すことしかできなかった。電話を切った後、日暮れ時の実家居間で、じっと電話を待っていたであろう母の姿を思うこともあったが、その頃は、自分自身がその瞬間に生きていることすら重たすぎて、何かを深く考えることができなかった。

結局、休職間中給付が切れる前に、少し無理矢理気味にだけれど職場復帰して、私はぎりぎりでその時は生き残ったと思う。それ以来、地元のことを思い出すと吐いてしまうので、できるかぎり、頭の中から地元存在を消し去って生きてきた。もちろん実家にもほとんど帰った記憶はない。消し去った地元のうちには姉の存在も含まれていた。

実家はもうない。姉はどうしているのだろうと思うことはある。生きているのかどうかも分からない。いまも実家電話をかけようとしているのだろうか。もうつながらないと知ったとき、何かを思っただろうか。もちろん私にはなにもわからない。ただ、もう存在しない薄暗い居間で、電気もつけずに母が、おそらく電話をそれとなく待ちながら片づけなどしている姿を、いまでもそうあるものとして、ふっと思い出してしまうことがある。

星野源下位互換

 最近様々なことに悩みだした。大学4年生にして思春期の訪れである。世の中の様々なことに興味を持っては、大学卒業するまでの期間の長さを嘆き、折り合いがつかないまま悶々とした気持ちで日々を過ごしている。

 僕は今まで散々人生をサボってきた。最低点主義とでも言おうか、家族など周りの人の反応を見ながら自分である程度の基準を作り、それを満たしさえすればなんでも良いと思っていた。高校受験の際は、祖父・両親が通っていた高校に行くことが家族の中で当然とされていたためそれに合わせて合格することを目標としていた。中学校程度の勉強はそれなりにやっておけば志望校くらいは受かる頭の良さであったため難なく受かった。しかし、例えば部活動自分の中の基準にまったくなく、練習サボりまくり挙げ句そのせいで同じ部活女子に泣かれた。僕の中の基準高校に受かる一点に集中していた。高校に入ってからは、なぜかわからないが志望校東大と言ってしまったために家族先生を期待させてしまい(と勝手に思い)よくわからないことになっていた。端から東大に行けるとは現実的に思っておらず、勉強はしていなかった。それでも宣言してしまっているからにはある程度の「惜しさ」を演出しなければならない。高校3年生の頭には学年で半分以下の順位になっていた僕は、「文転」した。文転してからはある程度の順位は取れるようになりワンチャンあるかもという感じを出せていたがあくまで「ワンチャン」。そのまま受験突っ込み、結果は惨敗した。我が家浪人には寛容であったためもう一年やらせてもらえることになった。しかし僕の基準はもはや東大ではなく「惜しさ」の演出に移行していたのかもしれない。一年中遊び続け、昨年よりは改善したが結果はだめだった。それでも後期である程度の大学に滑り込めてしまったために「惜しさ」の演出には成功してしまった。大学に入っても最低点主義言わずもがな変わらない。単位を取るだけだったら誰でもできる。何一つとして学問は身についていないが、あと卒論さえかければ僕は卒業できる。

 こんな、最低点主義人生を通して実践してきた僕も勉強だけをやっていたわけではない。絵を描いてみたり(才能が絶望的だった)、小説を書いてみたり(根気がない)、ギターを弾いてみたり(練習嫌い)、作曲を行ってみたり(世に出ているものクオリティーにならないことが気に食わない)、いろいろなことを知りたいと思い最初の一歩だけ踏み出してみた。しかしどれもすぐに飽きたり萎えたりしてしまった。今でもこれらをある程度好きだという気持ちは持っているが、世に出るレベルには到底ならないだろうということを予期してしまっている。最低点など存在せず、最高点なら∞の世界の話に立ち入れない僕がいる。

 社会に出てしまえば周りから求められる最低点などというものはどこにもない。それに、最低点を取れなくても、ある程度のセーフティーネット存在する。僕がこれまで回してきたサイクルはほとんど無に帰す。僕はこの社会の中でどこまでもフラフラとしていくしかないのだろうか。

 僕の「好き」は移り気で、小さく、根気がなく、僕を規定するものになってくれない。それでも今はこれを大事にせねばならないと芽生え始めた自我が言う。僕の「好き」はこれから最低点を求めず、自由に泳いでいけるか。22年間サボっていたからこそ、今、世界のすべてを手に入れたくなってしまった。領分をわきまえず色々とやることをこの僕が僕に認めなければならない。そして、世に花開くことを真に夢見なければならない。

 何者にもなれないことこそ誇らしく、胸を張って生きていこう。

 これは人生絶望した若者戯言です。今日話を聞いてくれたみんなへの感謝の一つの形として書きました。そしてCrazy Crazyに感じて星野源にドハマリしていた15歳の僕に捧げます星野源の多才っぷりはとどまることを知らず、どんどんとかっこよくなっていくばかりです。この7年で更に距離は離れてしまったけれど、星野源はたしかに僕を構成する一要素です。一応結婚のことについて触れておくと、私は有名人の誰と誰がどうだ、みたいなことには全く無頓着で無関心です。しかし、星野源結婚したことによって新たな面を見せてくれるかもしれないということには期待することもあります。これまでエッセイで見せてくれていた暗黒面もさわやかなライブでの姿にも、それを支える世界への愛のようなものが僕の心までも包んでくれているような気がしていました。これからは包み、包まれた愛が僕に触れることになるのでしょうか。それならば一層、僕も源さんの心を包むような愛を持って世界に向き合っていかなければなりません。世界のすべてを肯定することは難しくても、世界には素晴らしいことがたくさんあるとよく噛み締めたいです。そしてそれを表現にまで昇華できればこの上ないことと思います

 ありがとうございました。

 2021-06-09 Crazy CrazyPVBGMに聴きながら

2021-06-07

配偶者セレブバイトをさせてあげたい人生だった

例のあれの話題です。表題は嘘です。でもちょっとだけ聞いていってもらってもいいですか。

私は例の氏が言及された「専業主婦」の人たちよりもおそらく一世代ほど若く、主婦にすらなれなかった女です。配偶者収入だけでは都内職場から時間ほどの場所家族で暮らす部屋を借りることすらままなりません。同じ大学を出た男子諸君よりは見劣りする収入で、フルタイム勤務をしています

この増田は、大学文系研究室の中で人々がいかにして研究職を目指し、リタイアしていくかについて思い出話をしたくなって書き始めました。最初に言っておくと、基本的には男女関係なくつらい世界でした。

私は地方から旧帝大文学部に進学しました。3つ4つほど名前を思い浮かべてくれたら多分その中に入っている大学です。教育機会の地方格差は私も身に覚えがあります最初ハードルとして、先生親の期待値が非常に低く、地方から出てまで進学を目指すというのは相当に学力が高くないと選択肢に入らないのです。女子ならなおさらね。模試で毎回良い判定を出して、絶対浪人はしない、行くなら国立約束してようやく許しが出るか出ないかくらいのものです。私たちがそんなことで心を削っている間に東京トップ中高一貫校の子たちは高二の時点で受験範囲の履修を終えているというのだから、当時の焦りとやっかみは結構ものでした。さらにいうと本当の良家の子息は推薦入試を受けるので、私たち試験対策をしている間に別のことで人生経験を豊かにしていたと知るのはもっと後になってからのことでした。

さて進学先の大学では、文学部でも女性学生は3割ほどしかいませんでした。女性教授に至っては3割どころではなく、殆ど男性です。私がついた教授全共闘世代男性でした。

研究室教授王国です。そのことでは男女変わらず苦しい思いをした人が多いでしょう。研究室運営非常勤講師をやりながら博論執筆中のかなり年上の先輩が取り仕切っていました。「学部4年の女は屍」なんて年増扱いされていたのがここで一転、また「若い女の子」に戻ります。それが嬉しいなどと、無邪気に言っている子もいたものでした。

この「若い女の子」が研究室で一人前に扱ってもらうために必要なことはなんでしょうか。答えは簡単で、男の同期よりも頭ひとつ分ほど優秀であれば何の問題ありません。しかし私はそうではありませんでした。結果として、先輩や教授からの信頼と支援はなかなか得られず、大切な時期を自己流の研究活動で浪費してしまいました。男性なら誰もがもっと上手くやっていたとは言いませんが、ボスや先輩が全員「異性」という状態での相談のしにくさをちょっと想像してみてもらえますか。人文系の院に進む人間心臓の小ささも加味してください。私の研究職への志は、この修士の時点でへし折られていたのですが、完全に諦めがつくまでの間はしばらく大学に残る方法を考えていました。

研究室に同性の先輩は修士で1人、博士は0人でした。前の年に修士を出て就職した女性がいましたが、脱走者のような扱いで嘲笑のまとでした。その先輩について彼らの口から私が知り得たのは名前就職先と「顔は悪くなかった」ということだけでした。修士で一緒だった女の先輩は気づけば私が2年になってもまだ修論を書いていて、その後、ひっそりと別の大学研究室転出して行きました。教授は事前の相談がなかったと怒っていましたが、私も卒業後は二度と研究室に足を運んでいません。

研究室の閉塞感は本当にひどいものでした。ひとえに貧しさのせいだったと思います学振が取れて月に20万の給付金をもらえている人は、神に選ばれた人のごとく羨望の的でした。今思えばそれでも年に240万なので、学部卒で一流企業就職した同年代とは雲泥の差です。しかしどれほど貧しくても社会に出るより夢を追いたい、「働いたら負け」という言葉にも本気で励まされながら、友人の結婚式に恥を忍んで一万円札を一枚だけ包んで出席する生活を送っていました(五千円札を二枚足して、二万円だけどお札は三枚という苦しいパターンもありました)。他の先進国と比べて、この辺りのカネは一桁足りていないと思いますが、この先人文系にこれ以上予算が回ってくることはこの国では二度とないのでしょう。

せめて博論まで書き上げれば将来を約束されている世界なら、もっとみんな明るく頑張れたと思います。ほんのひと握りのエースだけは、博論を書き終えるか否かの時期にほとんど収まる場所が決まります海外大に行かせてやり、その間に教授が手を尽くして帰国後のポストを空けておいた、なんて話も聞きました。

ですがそれ以外の人々にとっては、アカポスは「空くのを待つ」ものでした。人文系ポストが新しくできるなんて滅多にないことなので仕方のないことです。自分の専門領域を売り込めるポストが全国のどこかで空くのを待つ。それがいつになるのかは分かりません。空いても既に内々に誰が座る椅子か決まっていることもある。哲学科は50まで待たされる、なんて話もありましたが、実際には三十代後半になっても専任ポストが見つからない場合、その後の見込みは相当厳しいと聞きました。そうなるとその後はずっと非常勤講師塾講師翻訳バイトなどを生業に細々と暮らしていくことになるのでしょう。

苦しさの中には、生活苦だけでなく何者にもなれない苦しみというのもあります。◯◯大常勤講師助教准教授……肩書きのあるなしで地獄風景は一変します。その点でも、ポストが取れるか取れないか不安が心を焼いて、生活の行き詰まりよりも先に精神が参ってしまう人もいました。

そうして35近くまで赤貧にあえぎながら蜘蛛の糸を掴んでみるか、早々に自分能力に見切りをつけて社会に出るか。前者の道を選んで勝負をした人は、たとえそれが好きなことであっても相当に苦しい思いをしたと思います勝負に負けてしまった人がどうなったのかは怖くて想像できません。でも人数としては勝った人より負けた人の方が圧倒的に多いはずです。

ましてや自分女性だったらどうでしょうか。35まで夢を追っていたら、勝っても負けても子供を産むことはほぼ諦めるのが前提になります(晩婚化でこのラインも後退しつつありますが)。詳しく述べませんが保育園入所の条件と研究活動継続はほぼ完全にデッドロック関係にあり、研究を続けながら出産育児をするのは相当に実力と体力と環境に恵まれた人以外無理です。

40過ぎて教授になってから若い奥さんをもらうという可能性がないわけでもない男性とは、この辺りの厳しさの捉え方に違いがあるのではないかと思いますしかしそれは男性からしても一握りのケースだと思うので異論があるかもしれません。私の教授還暦間際で3歳の子がいましたが。また一方で「女は最悪家庭に入ればなんとかなる」という考え方は暗黙のうちに誰の頭の中にも染み付いていて、同じ能力の男女がいたらそのポスト男性につかせてあげたいと思う考え方は間違いなくありました。これは残念ながら現時点ではある程度事実でもあると同時に、別に家庭になんて入るつもりのない、研究一筋で行きたいと考えている女性にとってはとんでもない逆風です。この条件でどれだけの女性勝負に出ようと思えるでしょうか。

ともあれ凡人の私は自分の大して光るもののない能力と、文系修士二年の時点と三十を過ぎてからも残る選択肢を全て検討した結果、大学を去るという選択しました。念のため教員免許も取得しましたが、ちょうど就職市場が売り手に傾いていた頃だったので文系修士でも正規の職を得ることができたのでラッキーだったと思います修士までの六年間は、就活でのささやか肩書きとして一応の役割を果たし、それきりです。

例の氏はこうした厳しい生存競争文字通り命をかけて勝ち抜いた人であって、おそらくそ過程で敗北していった男性も途中で家庭に入ることで生き延びた女性も見てきたことでしょう。ご自身配偶者を得ることは考えられなかったとおっしゃっていた気がするので、何かと引き換えに夢を叶えたと感じておられるかもしれません。

東京には、とんでもなくいい暮らしをしている人がたくさんいるのは事実です。その中に、高度な専門技能を持っておきながら主婦バイト生活をしている人も実際いるでしょう(氏が例に挙げた同時通訳者は働いているのでなんであれ専業主婦には当たらないと思いますが)。ただそれは現代東京に限ったことではなく、前世から存在する富裕層典型的なあり方のひとつしかありません。詳しく知りたい方はウェブレンの『有閑階級理論』でもご参照ください。余った富の一部は昔から配偶者の閑暇という形で発揮されるものなのです。女だから主婦になれるから楽でいいよなではないのです。そういう意味で、氏が「セレブバイト」の女性のありかたではなくそれを妻とする男性に対して勝ち負けの視線を投げかけるのは社会の捉え方としては極めて正しいのです。氏の発言女性蔑視であるとの指摘もありますが、蔑視どころか視界に、勝負土俵上に入っていないというのが実際のところではないでしょうか。それは今の社会がそうだからであって、特段の悪意や蒙昧がそうさせるわけではないのだと理解しています

一方で、だからこそ氏のような学術的な場で活躍される方にはどうか「ジェンダー論は置いておくとして」の置いておかれた方の中で苦しみ、うんざりして、何かあればすぐに怒り出したくなるほど忸怩たる思いを抱えている人が本当はたくさんいるんだということも知ってもらえたら良いのになと思うのです。これは私がそっち側に置いて行かれた立場にあるのでそう願い、発言するだけであって、ジェンダー論を置いておいて議論することを許さないという話ではありません。地方格差階級格差の中に男女を問わない問題が多分に含まれているであろうことも分かっているつもりです。

これは思い出話なのでオチはありません。ただ時々、自分地方中産階級の家庭の娘に生まれたことで最初からあるようでなかった様々な選択肢を思い起こす時に感じる胸の苦しさが蘇ってきたので、こうしてお話しさせてもらいました。

というかなんかあったとしても東大出てるのなら受験指導とかで需要はあると思うんだけどなあ

犯罪やらかしたとかならともかく、大学院での専攻が非実学的なものだったなんて要素全然影響しないだろうし。

それこそ以前オッカム先生が、飛行機で騒いだ東大卒のマスクしない男について、自分の弟の塾で働かせたいと言ってたのを思い出す

anond:20210607133919 anond:20210607133929

話す・聴くであれば海外に出ない勢は仕方ないけど

読む・書くだぞ

どういうメカニズムだよそもそも受験どうしたんだ

anond:20210607092754

受験問題文章を使われた挙句アノニマスダイアリーなどという場末WEBサービス引用貼り付けさらるなんて、前世で何の罪を犯したというのか」

2021-06-06

anond:20210606185214

まだまだ余裕だろ。

能力は十分だと思うから気にしないでいいよ

一番の問題受験から選択自分がしたいことを見失ってることに尽きる。消極的選択で良い結果はほぼ出ない。

まずは自分が本当に何がしたいか見直したほうがいい。

今のままがいいならカウンセリング受けて苦痛コミュ力改善努めてもいいし、他のことが見つかれば転職すればいい、結婚なら相手を探せばいい

間違っても退職してから何をしたいかを探すのは厳禁。バッドエンド一直線になる。

漫画家になりたいなら持ち込みするのでは?

不思議自伝をみて。

子供の頃から漫画好き

将来は漫画家になる。

とくに何もせず

高校へ。

芸大を目指す

浪人しまくる

受かる

編集部に「デッサンしてる?」といわれてショック

みたいな。

漫画家になるなら芸大いく必要なくね?あなたがするべきなのはデッサンじゃなくて漫画を描くことで。魅力的なキャラクターは?コマ割りは?ストーリーは?そういのに悩みながら編集のところにもちこめよと。

なーんにも学ばずに20歳超えてから漫画家になりました。ちゃんちゃん

えらく遠回りだなと。

運が良かっただけにしか思えない。

高校の頃

芸大なんて余裕でしょ」

「私の画塾来る?」

友達さそわれてー恩師にあってーって展開でなんとかしてる。どうする気だったの?!受験期にやっと画塾に入ってるのが驚きしかない。

それから落ちて悩んでるの読んだけど

漫画描けよ)

しか思えない。なんかデッサンについて悩んでるけども。描けよと。

すごかった

運転免許小学生レベル日本語力があれば受かる」という話

はじめに言っておくと、これは普通四輪ATを受ける人の独り言なので二輪とかMTとかの人は知らん。

知恵袋を見ると、「運転免許小学生でも1発で受かる」「日本語が出来れば受かる」「あれに落ちるのは脳に障害がある」とか色々出てくるけど、いや、普通に難しいよ。仮免効果測定で「青信号は進めという意味である」という問題に堂々と○と答えたのに間違った時の衝撃たるや。数こなせばおかし言い回しとか複雑な文章にも慣れてくるけど、少なくとも、ただ日本語ができるだけの人がノー勉で受けて合格出来るようなものではないです。ある程度勉強必要。あと、小学生はまず受験資格ないです。

というわけで、効果測定やら仮免やら本免やらに落ちた皆さん!!!!! 落ち込まないで!!!!! 普通に難しいです運転免許!!!! 伊沢拓司も1回落ちてるから安心して!!!

anond:20210606152718

漢検ってみんな受けさせられた時代の人なのだけど、今もそうなのだろうか。

私はクソ真面目だったので、漢検受験に際し、チャレンジする級を受けて合格のために勉強した。

勉強法は、漢検テキストを購入して、知らない言葉はすべて辞書を引いてノートに書き写した。

意味が問われることは無かったが、その方が覚えやすいと思ったからだ。

漢検〇級持ってます、と言っても役には立たないが、そのためにしたこ勉強人生でかなり役に立っている。

2021-06-04

anond:20210604123417

受験就職も失敗して結婚もできてないのに普通に生きてるくせにw

弱者男性だけど人生イージーな女に生まれたかった

受験してもしなくてもいいし

大学行っても行かなくてもいいし

就職してもしなくてもいいし

自分のやりたいことをやって失敗してもいいし

最後は男と結婚すれば普通人生を歩める

こんな人生イージーモードの女に生まれたかった

ニュージーランドにおける教育について

ニュージーランド教育個性尊重した自由スタイルだということでこれを絶賛する日本人がとにかく多いのだが、個人的にはこの国の教育は、少数のできる子供と驚くほどに学力の低い大多数の子供を量産し、この大多数の子供たちはひたすら頭の回転が鈍く、機転を利かせることもできず、教科書通りにしかできない、しか自己主張だけは異常にするようになる。主張が見当違いであってもお構いなしだ。こういった駄々っ子のような大人を量産するニュージーランド教育システム果たして日本人理想なのか、ということを今回は書く。また、日本人教育スタイルとの相性の悪さについても書いていく。

ニュージーランドでは、初等教育では「みんなで集まっていろいろなアクティティをしながらいろいろと学んでいく」というスタイルをとっており、時間割というもの存在していない(教員の間では何かしらあるとは思うが)。そのため、子どもたちの文房具はすべて学校で預かっており(これについては忘れ物がなくなるのでいいと思う)、子どもカバンの中は基本的には弁当水筒おやつしか入っていない。あとは男子場合はなぜか拾ってきた石や枝が入っていることもある。

算数についてはなぜか2+2とか4+4みたいな式ばかりをやってテストはしていないようだ。そのため子供たちにとって足し算は2+2や4+4であり、5+3や8+2ではなくなるという不思議現象が起こる。1の塊が10個集まってというような教え方をしているようには見えない。みんなでテレビ番組を見てそれについてどう思うかの意見を述べるとか、プレゼンテーションをやることもあるので、人前で話す度胸のようなものはついていく。

学校にはデジタルデバイスが完備されており、子どもたちは思い思いに絵をかいたり、ゲームをやったり、本を読んだりしているのだが、これもいつしか「それだけ」になっていく。要は読み書きと変なそろばんの使い方以外は「これだけ」という子供になっていく。日本学校では子供たちが好むと好まざるとにかかわらず一通りの教科をやるし、宿題も出る。いろいろなことも覚えなくてはならない。ニュージーランド教育ではそういった物事を覚えるよりもものすごく浅いレベルで「こういうものがある」くらいで終わっているように見えるが、この結果、掛け算九九もできない大人が量産されていく。掛け算九九すらもできないことがいいことか悪いことかは各人の思いがあるだろうが、私はかなりまずいと思っている。

中等教育に行くと子供たちは選択授業を行うようになる。この選択制というのが日本人とすこぶる相性が悪いと思う。日本人は「中学校から選択制なんて進んでいる!子供たちの個性に合わせた教育!」と大絶賛するようだが、子どもたちの個性などガン無視社会の肥やしを育てている一面があることにあまり気づいていないのかもしれない。

ここでニュージーランド教育制度について少し書いておくと、ニュージーランドは「今年何がしたいか」ではなく「去年何をしたか」を重視する。なので例えば今年は数学をやって、来年音楽をやるというような好奇心に基づいた選択を続けると、最終的に「1年生のまま卒業した子供」になっていく。もちろん大学に進学することはできない。

これは、各科目ごとに設定されたレベルによる。例えばレベル2の科目を選択するには、その科目のレベル1をクリアしていること、という条件が設定されている。なので、いきなりレベル2になることはできない(学校によっては試験をやってパスしたら認める程度の柔軟性はあるようだが)。そして、高校年次に入ると、この「前提条件」が複雑になる。物理を取るのであれば、数学レベルいくつ以上、科学レベルいくつ以上を良好な成績(meritやexcellent)でパスしていることというようになっていく。これの意味するところは、「中学校になったら子供たちは将来の進路をある程度決めておかなくてはならない」ということだ。この目標に合わせた授業選択、というもの理解できないと単に個性尊重されて終わることになる。

例えば中学校の年次では「将来機械工になりたいのでそのための選択をする」とやって起き、高校1年次で「難しすぎた、進路変更したい」というときものすごい困難が子供たちを襲うことになる。例えば、配管や大工といったある程度関係がある進路であれば、多少差分を埋めることで進路変更ができたりそのままスイッチすることもできるが、例えば、ペットテイマーになるとしたらもう不可能差分を埋めるためのすさまじい努力必要になる。そのためニュージーランドでは20歳くらいまで高校生をやることも珍しくない。

ニュージーランドでは、高校までは義務教育だが、日本でいう高校の年次からは進学するかどうかを選択することができ、中学校までの課程で終わる子供たちが多い。彼らに聞くと「学校意味を感じなくなった、社会に出てしまったほうが早いと思ったから」という人がちらほらいるのだが、これはニュージーランドの硬直した教育制度が影響しているようにも見える。

一方日本ではどうだろうか?

自分達が行く高校は割とぎりぎりまで保留できるし、高校でも科目は幅広い。理系文系選択が2年生になって始まるが、オーバーラップする部分も大きい。

大学も結局受験の時まで自分たちがどれだけ努力してきたかしかない。どの科目を選択たか、ということは問われない。現実的に考えて自分偏差値と照らして入れそうか、しかない。

試験に受かりさえすればそれでいい、社会に出るときもそうで、学歴と全く関係ない仕事を選ぶこともできる。大学在学中に趣味で何かをやってきてそれを仕事にしたいと考える自由日本にはあるし、日本人はそれを前提にするので、この「中学校に入るころにはある程度の方向性を決め、高校に入ったら確定的に学んでいく」というスタイル理解できないかもしれない。理解できないがゆえに「個性尊重の素晴らしい教育スタイル」というように見えるかもしれないが、個人的には日本のそれよりも地獄感が高い。中学校に入った時点で10か年計画を立てろと言われるのだから

就職活動をしていると「この学部出てないならダメ」と言われ、大学受験をすると「これらの科目をパスしていないかダメ」と言われ、高校では「前年にこの科目をパスしてないかダメ」といわれるのだ。これがニュージーランド教育システムだ。

次に、なんでニュージーランド人がこうも石頭なのかというと、この教育制度のせいで「深く考えるよりは試験パスする」ということを重視するからではないかと思っている。ニュージーランドでは毎年行われるNCEAという試験合格し続けないと大学に行くことはできない。そのため、何か一つの科目を恐ろしいレベルで数年間突き詰めるということはできないし、趣味として何か別のことをやって知見を広めるということもできない。選択授業であるがゆえに、その科目の試験もそれなりに難しいらしいからだ。効率よく勉強できるとか、お金があって塾や家庭教師を雇える、学校に多額の寄付金を支払って充実した学校に通うことができる富裕層の子供はその限りではないが。

また、数学では電卓使用許可される。「計算間違いで減点される日本数学不条理すぎ!ニュージーランドは素晴らしい!」という人もよく見かけるが、日本数学教育は「問題理解して、間違えないように計算する」ことが求められるが、ニュージーランドでは「問題理解してそれに合わせて正しく電卓を利用する」が求められる。初等教育では足し算は2+2や4+4であるというのは要はここにあると思う。電卓を正しく使えれば足し算は間違えようがない。

これの恐ろしさは「電卓がなければ計算がまるっきりできない」ということだ。つまり電気のないところに住むことはできない。日本人の中にはたまにものすごい田舎に住むようなことをする人がいるが、これは「電気がなくてもどうにかなる程度の知識スキル自然に身についたものとしてある、多少の計算は手と頭でどうにかできる」ということでもある。西洋人のやるアウトドアアクティティが異様に近代的なのもこれが理由かもしれない。

よく言われるのが「西洋人はお釣り計算ができない」というものだ。

例えば$15.20会計に対して$25.20を支払った場合店員の反応は$5.20を突き返してお釣りを$4.80返してくるか、意味が分からなくてしばらく固まる。レジ会計を打つ前に支払いが間に合うと、$5.20を突き返してきて$20レジを打つか、まれにいるその通りにレジを打った店員はお釣り$10になることに感動する。日本人はこの計算が一瞬でできる。

また、ニュージーランド人は自分で考えるよりはガイドラインに従うことを選ぶ。そしてガイドラインの間に落ち込んだ事象はすべて無視される。子供の時からとにかくルール通りに動くことが要求されるからだし、のちにどんな問題が起ころうとも「自分ルールに従っている!」というためだろう。たとえ問題に気づいていてもスコープ外なら無視ができる。だが自分たちに火の粉が降りかかると容赦しない。ひたすら人のせいにし続ける、自己主張をする。交通ルールを破って怒られても平気で逆切れする。こういう人々を量産するのがニュージーランドといってもいいかもしれない。

そういうわけなので、自分の子供が将来について13歳くらいか戦略的に考えられ、家庭にもある程度のお金がある、給料の良い仕事に就けるのであれば、子ども人生が有利に転がるかもしれないが、ニュージーランド移住する人にそういう人はなかなかいないと思うので、やはりニュージーランドへの移住お勧めしない。

塾のバイトってつらいなって

塾でバイトしたことはあるだろうか。教員を目指している学生の多くが塾で働くと経験が得られるのではないかと考えていると思う。

私もそのように思っていて、塾でのバイト大学入学と同時に始めた。そして、今となっては失敗したと思っている。思っていたよりも労働環境がひどいと感じている。

ただ、お前がひどいと思っているだけだろって思う人も多いのではないだろうか。それに関してはわからない。

そもそも塾のバイトはどんな仕事をするのか知っているだろうか?授業だけすればいいって。そんなことはない。

少し業務内容(アルバイト)を説明してみようと思う。補足だが、集団塾での経験なので個別はわからない。

授業は重要仕事である

しかし、授業をするためには準備がいる。カリキュラムがあって何をやるかはわかる。しかしどのように教えていいかがわからない。塾には指導案やマニュアルが用意されていなかったからだ。

最近では、一部の科目には一応指導案ができた。しかし、それを読んで授業ができるとは思えない。教職課程で作るような、指導案みたいに何分で説明しろとか細かくは書かれてない。

ただ、○○を教えてくれと書かれているだけの場合が多かった。

なので授業準備として予習はある程度必要だった。しかし、そこには給与が発生しない。バイト立場からすると授業準備をしても金がもらえないんだから準備するのがばからしい。

授業以外には、テストの採点や欠席者への電話なども行う。ここまでは理解できる。

それ以外にも保護者会の話者保護者面談電話対応を行う。(正直社員がやれと思っている)

マニュアルがあって、それに沿って話せばいいのかと思ったら大間いである。そもそも保護者会のマニュアルなんてものはない。

保護者会でどのようなことを話すべきかなんて研修もないし、面談のやり方だって研修されない。

そんな中で保護者に科目や受験について話さなくてはならないのだ。(私としてはそのような授業以外のことは社員がやるべきだと思う。)

まぁ受験学年以外なら何とかなるかもしれない。しかし、受験学年も担当するのだ。

保護者受験パターンなどの受験に関する様々なことを聞かれる。しかし、それもマニュアルがないのだ。

受験校のパターンなんてはっきり言ってわからないのに答えなければならない。そのための勉強をしなくてはならないのだ(無給)

面談には給与が出る。しかし、時間が決められていて、それを超過した場合は必ず支払われるとは限らない。

ちなみに面談の日程を決めるために一カ月以上前から予定を組まされる。大学生の一カ月前の予定なんてわからない。バイトが優先されるのだ。

そのためか、何人か留年するバイトが出てくる。バイトでもらう給与より留年したことで発生する学費の方が高いんじゃないか

授業後すぐに帰れると思ったら大間いである。

保護者への電話や、添削必要になったりする。そもそも早く帰ると嫌な顔されたりもする。

各種特別講座的なものの催促も電話で行う。(営業仕事社員がやるはずだけど)

特別講座の申し込みなんて、書類だけ配って終わればいいと思う。締め切り前にわざわざ確認する必要なんてないのでは?

ちなみに、これらの仕事自主的に行わなければならない。

社員管理しているわけではない。しかし、電話しなければ叱れる。意味からない。

業務に対する給与コマ給で払われる。授業一コマに対していくらか払われている。

それでやってくれということなのだ。ちなみに。一日当たりではなく月単位で考えるそうだ。

一カ月で何時間コマ給をもらっているのだから、月単位労働時間で考えろということらしい。

一日コマ給をはみ出る仕事をしたとしても、別美のコマ給をあてて考えろと言われた。

大学生なので、テスト就活などで休まざるを得ない時がある。

そのようなときは代講を立てるのが一般的だ。

どのようにすればいいかって。自分で探すのだ。

塾長に代講を探すようにお願いすると「当日までに探してください。見つからなければあなた責任です。」と言われた。

意味が分からない。管理である、お前がシフトの調整をするべきだろ。

ここに書かれていることが本当かどうかは読んでいる人が判断してほしい。

共感する人もいるだろうし、うそをつくなと思う人も多いと思う。

ただ、一つ言えるのが、金が欲しいだけなら塾のバイトはやめるべきだ。

教職を目指しているなら大学勉強をしっかりするべきだ。(やらないと後で後悔する。)

塾という産業大学生や院生依存しているといっても過言ではないと思う。

保護者は、塾で働いている人は全員社員とでも思っているのではないだろうか。大間いである。ほとんどはバイトだ。

それが大手集団塾であったとしてもだ。

塾はやりがい搾取問行っても過言ではない。バイトをしたいと思っている人は時間外労働は覚悟するべきだと思う。個人的にはおすすめしない。

はっきり言うと、責任負担が以上なほど重い。バイトにそんな仕事させるなって思わないのか?

やりがいはあるけど、それだけじゃいけないと思う。

上記個人的愚痴だと思ってくれればいい。

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