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2017-06-28

とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話」とねとらぼ対応

https://togetter.com/search?q=%E4%BD%90%E5%80%89%E8%89%B2&t=q (参考)

一部でも話題になった色紙1600枚事件(そんな風に世間で呼ばれてるかどうかは知らない)の当事者である佐倉色氏の描いたエッセイ漫画を読んだ。

というのもたまたまトゥギャッターねとらぼ反論記事に関するまとめを見て本分に何が描かれていたのか興味が出たから。

問題記事だけだと何があったのかさっぱりだし、周囲の反応も漫画の方を読まずにあっちが悪いこっちが悪いと勝手な推論を言ってる人が多くてこりゃあ漫画の方も読まないと何がなんだかわからないぞぅということで即購入。本の内容自体面白そう(笑える方面じゃなくて好奇心を刺激される感じで)だったので。

で、読んだ感想としてはまあ色々ある。編集者さんヤバイなとか。

ただそのあたりは正直一般的感想として出尽くしているので、今回は場外乱闘的な部分であるねとらぼとのあれそれに絞って言う。ねとらぼという会社としてはともかく問題記事作成した個人の方とはあまり関わりあいになりたくないなあという結論

問題記事を「整然とした反論だ」と言っている人を見かけたけど、別に整然とはしてない。主張そのもの理解やすいけど。

おおまかな経緯

漫画家兼業作家)の佐倉氏は、当時の担当であるボーノ氏(仮名)との間にトラブルがあり、精神的にかなり疲弊していた。(このトラブル顛末をまとめたのがタイトルにも入れてるエッセイ漫画

そして編集とのトラブル疲弊していた時期に起きた「本来問題とは直接的に関係があるわけではないけれど、関連して起こったプチ騒動」がねとらぼの件になる。

佐倉氏は度重なるストレスから自身ツイッターブログで「色々あって疲れたので(今回問題にする部分とは関係ないので詳細は省く)商業から暫く距離を置くつもりでいる」という話をした。それを見たねとらぼ側が『「桜色フレンズ」の佐倉先生商業マンガ家引退を表明 月刊少年エース担当者とのいざこざが原因』というタイトル記事にした。

佐倉氏は該当の記事に関して不満があり、直接電話意見することになった結果、最終的に該当記事については削除されるに至った、というのがまあごく完結で客観的事実と言えると思う。

今回エッセイ漫画の中で騒動中の一幕としてこのねとらぼ記事や実際のやり取りに関する話題も触れられており、ねとらぼ側はそれに対して「事実と違う」と反論記事を上げた、という流れ。

佐倉氏の主張について

参考にできるものリンクできるところにないため解説。これは実際の漫画を読んで自分なりに解釈した内容になるので、気になる人は一次資料になる漫画を読んでもらった方が早いとは思う。

そもそもとして佐倉氏がねとらぼ記事に気が付いたのはボーノから電話によってであり、彼と話をしながらサイト記事を読んでいた状況であることが描写されている。ここは割と重要

まず、佐倉自身自分ブログでの発言について当時の心労や混乱、なるべく穏便に事を済ませたいといった様々な思惑から『「批判」と「フォロー」 「辞める」と「辞めない」が入り混じった不思議文章を書綴っていた』としていて、本人自身が分かりにくい点のある文章だったと認めている。

その上で、言いたかったことは『商業撤退。少なくとも当分はこりごり。もし縁があったら商業復帰したいけど当分は休みたい』であるとしている。

だが、ねとらぼ記事ではタイトルインパクトの強さや記事の要約の仕方から、この記事では本意が伝わらないだろう、ブログを読めば分かってもらえるだろうが記事を見た人がわざわざブログまで確認することは少ないだろうと判断

(補足:この時点で佐倉氏には「記者の人は本当に自分ブログを読み込んだのだろうか」「ざっと呼んだだけでセンセーショナル話題からと大雑把な纏め方をされたのではないか」といった不信感があったのでは?と思われる。)

また、ナイーブ話題であるのにブログ記事だけを元にされていて、発言の裏にどんな意図があったのか、ブログ記事事実なのか、といった詳細を確認しなかった、佐倉氏とは直接コンタクトを取ろうとしなかった点について『本人に事実確認もせず記事にする』と認識している。(補足:出だしの時点でねとらぼに対してよい印象を持っていなかったことがわかる)

こうして記事に対して不満を抱えていたところに、ボーノ氏がブログ掲載していた画像を使っていたことについてほのめかし、著作権に明るくない佐倉氏の画像を使ってよいものなのかという疑問に対して『普通にナシですよ』と発言

(補足:著作権的に引用範囲であれば無断で画像を使っても問題ない。問題画像引用範囲だと認められるかどうかはそれこそ権利に詳しくないと難しい、素人では判断ができないのではないかと思う。が、逆にそんなものを「普通にナシ」と軽々しく言ってしまえるあたりボーノ氏も著作権に明るくないと思われる。)

さらに補足:この適当説明のせいで佐倉氏はねとらぼに対して「人の真意を汲み取らずおざなりな要約記事掲載した上に普通にナシである画像転載までしたのか」とマイナスの印象を強めたと思われる)

そんな中で佐倉氏はボーノ氏にお願いされた「画像の取り下げ」(本人としても下げて欲しかったとは思う)を依頼するために直接ねとらぼ電話

(補足:佐倉氏がまず気にしていたのは大げさなタイトル記事だけでは氏の真意を汲み取れないことだったので、目的である画像取り下げとは別に個人の思惑として記事のものについてもどうにかして欲しいという思いはあったと推測できる)

会話の内容については

という流れだったとしている。

なお、折り返しの連絡を待っている間の描写の中には明らかに焦点のおかし自身の絵や、善意の気づかい言葉すら悪意に取ってしまうほど追い詰められていた、と自身が正常ではなかったことの説明も含まれている。

(補足:つまりこの時点で、電話の時も作者が冷静ではなかったことが読者に伺えるつくりになっている)

折り返しの連絡は編集長から最初電話をした人とは別人)であり、「許可は取っていない。今回の記事は削除する。しか記事タイトルは残す」という内容。

それに対して佐倉氏は漫画内で『私の希望無断転載された画像の削除と事実と違うタイトルの変更です』としている。

(補足:最初電話の部分ではタイトル変更を希望したということは描写されていない。タイトルを誇張だと認識していることは描写されている。)

しかこちらの主張は聞いてもらえず「(記事は消すが)画像無断転載ではない」ということを何度も言われ、『半ば怒鳴りつけるような強い口調』だったと描写されている。

画像の利用については佐倉氏の認識としてはお礼漫画(2ページ)全部を丸々掲載されたという状況で、これが無断転載でなければ何なんだろうと疑問に思っている。

また、記事の削除理由として佐倉から要請があったためと説明すると再三確認され、最終的に一方的電話を切られた、という流れだったとしている。

(補足:佐倉氏は名前を出すことを再三確認されることの理由がわからず、もしかして脅されているのではと受け取った)

そして記事は削除されました、という流れでねとらぼに関する描写はだいたいこのくらいだと思う。

ねとらぼの主張について

これは全文参照できるので直接見るのが早い。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1706/10/news018.html

あえて重要と感じた部分を要約すれば

画像は一部使用であり2ページ丸々使ったという事実はない

電話の内容として書かれている部分が事実と違う

といったあたり。

ねとらぼ佐倉氏の共通認識事実とみなしていいだろう部分)について
食い違ってる部分についての勝手想像について

これらを確認した上での個人的な推測を述べる(もしかたらこういうことなのではないかという話でこれが真実だと言うつもりはもちろんない)。

まず、前提として確たる証拠が出ておらずどちらも当時の記憶を頼りに話しているのだろう、という判断しかできない以上、どちらの発言も「主観的事実に基づいたものであり、一定事実性はあるけれど真実を語っているわけではない」と考える。

まず、佐倉氏はねとらぼ電話をした。主目的としてはもちろん依頼された「画像の取り下げ」である

しかし、氏はねとらぼ編集部に対してかなりマイナス印象を持っており、個人的には画像の取り下げよりもこちらの意図が伝わらないと思われる記事の内容の方が問題だった。

そしてまず記事の作者と話をした。話の内容として恐らく

(2)佐倉氏は次のように主張しました。「1:自分に断りなく記事掲載されている」「2:画像無断転載である」「3:文章ブログから無断転載である

ここは間違っていないと思う。漫画での主張(会話の内容としてと言うよりは本人の認識部分)とも一致しているからだ。

そもそも漫画会話内容は実際の会話の要約だと思われる(あんな短い会話で話が済んだわけがないと思うので)だろうから、全体としてまとめたらそういう話にはなるだろう。

ではその主張を元にどのような会話が繰り広げられたのか。

繰り返すが本人も認める通り佐倉氏は著作権に詳しくなく、編集部として直接取材はしていないことも画像の利用に許可を取っていないことも認めている。であれば「裏取りもせずに勝手画像を使ったと認めるんですね。であればこちらに断りなく使用した画像を消去して下さい」と依頼して何の不思議もない。それが主目的だし。

ただ、ここで画像に絞って主張したかはかなり怪しい。繰り返すがボーノ氏の希望である画像の削除とは別に作者自身希望として記事内容のものに不満があったのだから

というか二度目の電話の時にタイトル修正希望だと言っているので、一度目の電話の時に画像の削除と一緒にタイトル修正も主張したと考えた方が妥当

で、無断利用したものを消して欲しい、という希望に対して、もし仮に「いやこれは著作権的にこれこれこういう理由別にさなくてもいいものなんですよー」とか「今回の記事転載ではなくて引用範囲なのでー」という話になったのであれば別だが、ねとらぼ側の主張を見るにそういった説明をしたという記述はない。あくまで「事実から報道したまで」「転載はしていない」という主張である

無断で利用したことを問題視しているのに、「そうですね無断です」と言えば「じゃあどうにかしろよ」と言われるのはある意味当然の流れでしかない。

ここで「無断ではあるが無断であることは問題にはならない」ということを説明できれば話は違ったかもしれない(佐倉氏が冷静ではなかったのでその説明に納得してもらえたかどうかは分からない)が、ねとらぼの主張ではそれを説明したようには見えない。こじれるのも残当である。(文面と漫画だけで判断するなら)

「無断で使ってるんだから消して下さい」(誤った著作権への認識と心労による疲弊による主張)→「事実を書いただけです。転載はしていません」(引用なので法的に問題はない)→「いや、さっき確認取ってないって言いましたよね?なんで消せないんですか?」(法的に問題ないことの詳しい説明がなされないため主張の意味が分からない)→「いやですから転載をしたわけではないので……」(著作権には違反していない)

といったような堂々巡りがあったのではないだろうか。それならお互いに「話が通じない」という認識になるだろう。

あと、電話内容の(4)についてだが、「商業引退ではないのか」と聞いても作者は「いや距離を置くだけって書いてあるやん」としか思わなかったのではないだろうか。佐倉氏の言う真相とはもっとブログに書かれていない情報を引きだそうとする努力はないのか、編集者の行動が事実だったのかの確認はしないのか(漫画で「漫画家一方的な主張を元に記事にするの?」という疑問を持っていた)という意味である可能性があるので、この部分は認識の違いのような気がする。

記事自体の削除云々については、佐倉自身記事の内容そのもの問題視していた(事実とは異なる、誇張された表現だという認識)ので、その認識からくる発言記事の削除を求めるものだと受け取れるものであった可能性は高いと思う。

ねとらぼ対応問題はあったのか

疲弊してパニックを起こしている作者から電凸である。口調も実際は漫画であるような冷静な口調と考えるよりは興奮してそれなりの語気だったと考える方が自然。なので編集部が「この人話が通じないな」とおざなり対応になってしまったとしても仕方ないというか割と当然だし、間違った認識を元に問い合わせている作者に対してわざわざ間違いを訂正する必要もない。

よってねとらぼ対応は「間違ってはいない」し、仮に漫画の内容が正しくてもねとらぼ側に不利益な内容であれば当然反論する権利はある。

ただ、「漫画家編集者確執を取り扱った記事を裏取りせずに記事にした(電話取材は行ったが不在で話せなかったため漫画家ブログという片方の主張しか確認できない状況なのに記事を即公開した)」のに「当人が当時の精神状況は異常だったと再三繰り返しているエッセイ漫画での記述については事実関係が違うが裏取りはしたのかと反論する」のはなんともダブスタ構造だなぁと思った。(そして漫画家発言一次ソースとして掲載しました、編集者側の発言取材できなかったけど事実報道なので問題はないです、とするならそれこそ飛鳥新社の主張と何も違わないのでは?)

のでねとらぼ編集者ダブスタな人たちなんだなぁと個人的に感じた、という話。

2017-06-21

https://anond.hatelabo.jp/20170621211149

頭数で割ってるだけでそのサービス需要適応しているのかきちんと分配されているのかムダなだけではないかっていう観点がないんだよなぁ。

政府勝手管理するためだったり官僚のみなさんが予算を確保するためのクズプレイをしなかったり高齢者に過剰サービスをしたりしなければコストいらんのに

勝手にやって勝手負担が大きい!とか喚かれてもねぇ

租税社会保障負担先進国中でも重い方だというのがまともな学者共通認識なわけだし

https://anond.hatelabo.jp/20170621185748

いや、だから作者の企図がどうとか持ち出さなきゃいいんだよ。

出版社や作者がどう言おうが読者がそうだと認識していればラノベレーベル)だ」。

最初からこれでいい。

シンプルで、おまえの意にも沿う結論だろ。

で、ラノベレーベルかどうかで意見割れるのは当然。

何がラノベレーベルかの共通認識なんてないんだからな。

ラノベの命名者が名指しでライトノベルだと言っていたレーベルが、いまでは多くの人にラノベレーベルだと認識されていない、というエピソードは知ってるだろ?

ことほどさようにラノベレーベル認定は難しいもの

でも、たとえば個々の作品イラストが付いているかどうかなら小学生でも判断できる。

から意見割れないという理由を重視するなら、そっちのほうが良いよと言ってるんだよね。

(もちろん俺はイラスト説は支持してないよ。「意見割れないという理由を重視するなら」という仮定付きね。)

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620103356

絵画文学は、歴史があって評論が定着していて、教科書などにも載るくらいだから、そういう共通認識ができているだけ。

漫画アニメはまだそこまでいってない。

そういった共通認識形成の場としては、

せいぜい「テレビ番組バラエティアンケートを取った懐かし名作アニメ特集」みたいなのがあるくらいで、

そこで人気なのはそれこそ攻殻AKIRAではなくドラゴンボールONE PIECEのほう。

しろ絵画文学のように実体より評価が先行しているというほうがイレギュラーなんだよ。

どこから浮気なのか

同棲している彼氏がいる。

生活教育に対する価値観がぴったりで、ずっと一緒にいても大丈夫だと思える人なので、結婚するつもりでいるし、お互いにそう話している。

ただ、彼は内気で、勉強家・読書家なのもあって、休日はあまり出かけない。見聞を広げることは好きなので、日本の伝統芸能に纏わる場所や何かの体験などへは一ヶ月に一度くらいは行く。

出かけるとき食事は、社会経験として、有名店へ足を運ぶ。しかエスコートだとかそういった概念が彼にはないので、私が予約し、私が先に店に入る。彼がそういう人だと分かった上で付き合っているから、彼にそういうことは求めていない。

一方で私は非常にアクティブで、基本休日は家にいない。彼氏は付き合ってくれないので、友達と遊んでいる。

この間プチ同窓会があり、昔私のことを好いていてくれた男友達と久々に会った。

再び好感を持ってくれたようで、会中にもさりげなく気遣ってくれ、終わった後もよく連絡が来るようになった。電話をしている時に今後やりたいことの話になったのだが、お互いの興味関心がほぼ一致していてびっくりした。あれよあれよと、一緒に出かける約束複数取り付けた。

友達EXILEっぽい雰囲気のいわゆるイケメンだがその分女の人の扱いに長けており(西野カナトリセツのような女の子かわいいと言っていた。私は全く逆ベクトルである)、収入が高いようで、基本的に私にお金は出させない。

趣味の一致、女性としてのエスコート、どちらも彼氏には要求できないもので、とても魅力的に感じている。

なお、体の関係はない。私が望めば今後はわからない。

正直、理想の展開だ。

まっすぐ自分の道を見ている職人気質の彼と何が起こるかわからないワクワクの人生を一緒に生きていくことと、一方で人生経験を豊かにさせてくれる男友達時間を過ごし女として美しくいようと思い続けられること、どちらも得られているのだ。

問題はこれが彼氏に許されることなのかということだ。浮気は体の関係からというのが彼氏との共通認識だ。よく恋愛心理学の話なんかでも、女は心の浮気が許せず、男は体の浮気が許せないと聞くし、2人の間の共通認識も踏まえて一応浮気ではないと思っているが、男友達へは恋愛感情としての好意を抱いている(男として見た目が魅力的なんだと思う)のも事実である。でも彼氏と別れてまで男友達と付き合おうとは一切思わない。

今後もきっと、このことを彼氏には隠し、男友達とはどちらかが飽きるまでこの関係性は続くだろう。

二兎追うものは一兎も得ず的な展開にならないことだけを祈る。

2017-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20170617200055

実在するアイドルがどれもさほどパッとしないか商売になりにくいからだろ。

シコれる共通認識需要アニメ二次創作に流れた感じじゃね?

2017-06-15

https://anond.hatelabo.jp/20170615150412

優先順位問題だろ。

まずは児童保護が最優先。

君の挙げてた反社会的ポルノ規制されるべきというのは共通認識だと思うけど。

2017-06-14

BMSリズムゲームの話

セガ ラッキーくじ『CHUNITHM』にBMSから収録曲をまとめたCD「BEST MUSIC SELECTION」が「景品」として登場して、

一部からBMS曲をまとめただけのCDを景品として出すのはどうなんだという意見について。

BMSクローンゲームとして今でもコナミに黙認されている状況です。

そのような状況の中、コナミが黙認している手前、他社のセガが(コナミもチュウニに協力してはいるが)

その黙認しているBMSの曲をまとめて景品という形で販売するのはおかしいという意見が出ています

http://dic.nicovideo.jp/a/bms

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0

BMSは今でもグレーゾーンとして扱われています

そしてグレーゾーンの為、BMSを利用して金銭が絡むような事をすると一気に炎上します。

ですのでBMS無料でなければならないという根強い共通認識があります

過去BMSファイルを集めたデータCD書籍付録にして炎上した件や、

BMS本体コミケで有料頒布しようとして炎上したサークル存在します。

しかし、今回のCDについてはあくまでもチュウニズム収録曲をまとめただけのものであって、曲自体権利作曲者にあります

セガ作曲者がどのような契約をしているかは定かではありませんが、CD収録の契約作曲者それぞれとしているはずです。

なので、各作曲者CDに収録する事を了承していれば、今回の件は全く問題ありません。

ですので、曲そのものの話でBMSファイル本体の話ではないにも関わらず、

BMSに関わるもの金銭が絡むのはどんなことであっても悪いという、間違った認識を持った一部の人間が騒いでいるのです。


ただ、今までのBMSから収録曲の経緯を見ると、セガBMSファンから悪く思われても仕方の無いことをやっているのも事実です。

歴代BOFBOFUの上位作品のみ根こそぎ収録

発狂BMSで有名な作品のみ収録

という偏った部分を収録しており、BMSを知っていれば知っている程おかしいと感じる偏り方になっています

BOFBOFUの上位曲は確かに質の高い作品が多く、BMSをよく遊ぶユーザーには知名度も高いですが、

BOFBOFUというイベントは参加人数も非常に多く、作曲者自体知名度評価に含まれる部分があり(逆に知名度が無ければ上位に入り込む事すら難しい)

その為、上位曲以外にも優れた作品は多く存在していますが、大型イベントの上澄みのみ無作為に収録しているように見え、

一部の捻くれた参加者からは、BOFUはチュウニズムの公募大会などと妬みにも似た意見も出ています

ですが、そういう状況を作り出したのは他でもないセガなのです。

そして発狂BMSは確かに極一部のユーザーからは支持されていますが、

勝手意図しない極端な難しい譜面作成され、その意図しない譜面クリアできないプレイヤーから

勝手に難しい譜面を作った人ではなく、元のBMS制作者へ文句が行き、その制作者がBMS制作をやめてしまったり、

許可を取って難しい譜面を作る人があまりいない為、勝手に曲を変更して作られた譜面が有名になってしまい、

元のBMS制作者が快く思わない等トラブルが発生していて、発狂BMS自体を忌み嫌う人もいます

そのような状況の中、発狂BMSで人気のある楽曲を収録しているのはセガ採用者の偏ったBMS知識のせいではないかと推測され、

BOFBOFUから採用基準も含めて敵を多く作ってしまったのではないかと思われます

ですので、今回のCDの件は本来は歓迎すべき案件ですし、BMS曲というどちらかと言えばグレーな曲を、

「景品」という形でうまいことまとめて処理しており、BMSというものの扱いをよく考えているとは思いますが、

今までセガがやり続けてきた行いのせいで、諸手を挙げて全員が歓迎できる状況では無くなってしまったのではないでしょうか。

2017-06-13

フケツ

フケツという感覚は、いわゆる不潔と違う気がする。くさいとか、フケが浮いてる、メガネが汚れてる、歯が汚い、そういうのも、もちろん嫌ではある。

周りにある男の人がいて、良い匂いが嫌味で無い程度に漂う、シュッとした人。頼りになって話が楽しい大人男性だ。

その人が使っていたある物に、体毛が付いていた。

その瞬間、フケツというワードが浮かんだ。同時に、女子高生の話をしていた時の表情もリンクし、その人は「どうもフケツで気持ち悪い気がする」というタグけがされた。

いや、体毛がその人のとは限らない。ひょっとしたら巡り巡って私のかもしれない。女子高生の話だって、こうしてやったぜウヘウヘ、という表情とは限らず、いつもの笑顔だったかもしれない。

でもなんかフケツだな、という、決定的なものだった私にとっては。それまでは、憧れの存在ちょっと良いなと思ってたのに、一回タグ付けされると、サジェスト機能のごとく、おっさん フケツ 気持ち悪い、というワードが張り付く。

そもそも何でおっさんフケツ、は、気持ち悪い、なんだろか。分からない。でも、だいたいその場の女性空気が凍りついたり、ひいたりする共通認識だ。

二人でやることに、特別価値見出していたのに。例えるなら子供の頃好きだった絵本のように、誰にもじゃまされない私だけの特別世界だった。それがいまや。数百円でいつでもどこでも売ってる週刊誌ゴシップのような…。

もうあの夢のような世界はない。夢は夢のままにしてくれない。フケツとは現実だ。

2017-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20170607135112

一般的広告は、売りたい対象の良いところのみを伝え余り良くないところは伝えたくない、という意図のもとにつくられることが多いです。売りたいので当たり前の行動ですね。

この行動原則に則ると、一般的には、売りたい人と買おうと考えている人の間には情報量に差が発生します。売りたい人が持つ情報量の方が多い状態になりやすい。情報の非対称性という言葉を聞いたことがあるかと思いますが、まぁだいたいすごく雑に言えばこんな感じです。

一方で私たち消費者バカではありませんので、広告=売りたい人が出しているのだから不都合情報をなるべく出さないようにしてる可能性があるよね、という共通認識があります。なので、例えば「これは広告ですよー」と明記することで、先に申し上げた情報の非対称性はある程度は解消される可能性が高い。「これは広告です」という表記は実は割と濃い情報を持っています

それと同時に私たちは、そのような商品情報が「報道的」であれば、より真実に近い客観的密度の濃い情報である、と考えやすいという傾向を持っています

消費者は、販売者あの手この手広告によるなだめすかしをすりぬけつつ、その商品自分にとって必要性が高いかどうかを判断します。広告はその判断材料の一つでもある重要情報源ひとつですが、それ以外にも情報消費者に届ける方法はあります

それがいわゆる記事広告PR記事などです。あとクチコミサイトなんかもこれにあたりますが、某べログなどがクチコミデータ改ざんをやったりやらなかったり、問題になっていたりしますし、少し前に大騒ぎになったDeNAWELQ問題なども、問題の質はまったく異なります構造は似ています

広告であることが明確なら、受け取り手は「都合の悪いことがあらわされてない可能性があるな」という心構えで対峙できますが、まるで広告じゃないようなフリをしていると、報道的に(真実味をもって)、その実は金を出している販売者側に有利になる恣意的情報のみを発信する、ということが起こりやすくなる。

恣意的情報によって都合よくコントロールされている可能性があるという状態は、市場原理主義的に考えると「悪意の手心を加えられた状態」の市場となっている可能性が高い、というのが、PR表記問題本質です。

嫌儲的な発想とは似ている、でもちょっと違う。他人が儲かっているのがムカつくということではなく、どちらかというと騙されるのがムカつく、それによって恣意性が産まれるのが健全じゃない、というのが問題

健全じゃないよね、ということで多くの既存メディアではPR記事には「広告です」と明記してその広告メディア情報対称性担保しているのです。

広告ではない形で広告しようとする」という行動は、消費者販売者側の情報の非対称性を広げ、健全市場原理を働かせにくくなる悪意のある行動、という風に捉えられているわけです。

これは、情報の発信者(今回のケースだとヨッピーさんですね)が、仮にいか真摯情報を取りまとめていたとしても、「作り手から金貰ってるでしょ」という一点で、市場健全性が損なわれうる、「そういう構造になってしまっている」こと自体が、危ぶまれるべきポイントです。

ヨッピー記事はおもろいなー笑うわーと思って読んでいるけど、いつどんな時でも真摯に誠実な態度を取り続けてくれる保証は、本人含め誰にもできないですし、そもそもそれは、一個人押し付ける類のものでもない。

からPRならPR明記する方が、本当はヨッピーさん本人にとっても良い効果をもたらすと思うんですけどね…。

目先に積まれた金にくらくらっときていたりして、それでポジショントークしてるんですかねぇ…。

↑こういう風に受け取られてしまうこともある「構造」ということです、金貰ってPR記事書いて広告じゃない顔をするということは。

このように邪推されてしまうこと自体、「メディア」としてのヨッピー価値を下げることになってるんだよね、ああいう戦い方をしている人にとっては結構ダメージデカいんじゃと思うんですが、どうなんでしょ。分からんその辺は。

http://anond.hatelabo.jp/20170607013123

頑張らないと生きていけないってのが共通認識だと思ってた。みんな一緒に「アリとキリギリス」で学んだじゃないか、と。

あれをどう解釈してどのように学んだのだろう

仮に学んだとしてたか寓話の1つなんてサンプル数1なんだからもっと他の多くの現実物語から学ぶべきだったのでは

働かざる者はどのくらい食えるべきなの?

ツイッター

「頑張らないと生きていけないのはおかしい!!」

みたいな文を読んでカルチャーショックを受けた。

頑張らないと生きていけないってのが共通認識だと思ってた。みんな一緒に「アリとキリギリス」で学んだじゃないか、と。

でもどうやらたしかに、頑張れない人ってのも世の中にはいるみたいだ(とくにネットではその声が大きい)。そういう人が飢え死ぬハメになったらなんか気分よくないだろうな。

でもでも、頑張らない人が頑張ってる人以上に食えるとしたらなんかすごい変。努力が報われるところにやりがいがある、それが自然だと感じる。

頑張らない人でも生きていけるほうがいいのかもしれないけど、じゃあ結局どのくらいの水準で生きていければ十分だろうか。誰か教えて。


追記:「最低限文化的~」「生活保護水準~」と教えてくれる方へ。ありがとう。でも実はその先の具体的な話がしたかったんだ。

追記:ブコメ返信は以下に。随時更新

http://anond.hatelabo.jp/20170607235045

2017-06-02

その批判には当たらないとかさ

最近保守ネトウヨは先に結論があってプロセス重要でないと考える人が本当に多い。

間違いに気づくということは人間大事尊厳だとも思うけどね。

そういう戦後レジームで共有された人類共通認識否定して、あまつさえ国連に抗議だからなぁ。

みっともない内閣だよ。まったく

2017-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20170531203338

あの女を信用してるというよりは、お前の「地位のある男と食事枕営業OKサイン世間共通認識」っていう、キチガイ妄想おかしいって言ってる。

一個の事件っていうミクロな話をしているわけじゃなく、もっとマクロな話を俺はしてる

2017-05-23

日本は前時代的な野蛮国であってほしい」

ってのが左翼と欧州諸国の共通認識になってて国連勧告とかにつながってる感じはある

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519110058

少なくとも「ちょっと触られるくらい我慢しろや」って男性は思ってるんだろうなーって女性の中で共通認識にはなってるよね。

何年も女性として生きてれば、「男に欲情されることは名誉なことである」って素で思ってる人がわりといるってことに気付く。

2017-05-15

CCさくら新編が面白い

おもしろい。もともと、面白い漫画だったが、今回も面白い

そもそもこの物語は、大きな力を持っているため様々な試練を乗り越えなくてはならなくなった女の子の話だ。

巻き込まれ主人公とも言える。

周囲よりほんわかした女の子4月1日早生まれから仕方ないという現実的考察もある)が

勇気を持って運命を乗り越えるというストーリーだ。

本編最終回ネタバレだが、主人公世界で1番の莫大な力を持つことになる。

新編が、その力のためにまた数々の試練を乗り越えることになる話だと分かり始めた。

それが原作最終回示唆されている話であり、大人になった読者は胸が痛い。

さくらちゃん心配でならない。小狼悟りすぎ心配

考察も深まる。これももう別の原作の話なのでネタバレ言っちゃうが、桜は星の杖を今後手放すことになる。

CLAMP読者はそれを知っていて、今の話からどうしてそうなるかを想像している。

そして大きなお友達読者は思う。

「ああっ、さくら相変わらず面白い!」

なかよしランキングでは、どうやら今の女児にもさくらちゃんは人気があるらしい。子どもたちのイラスト投稿が当時と変わらず熱を帯びているようだ。第二世さくら…。

嗚呼永久不変さくら

多分今後、またアニメ化されたら男女問わず道を踏み外す大人たちが出てくると思う。

そのためにも過去アニメを見てない人や、原作は読んでいない人たち。そしてこの記事を見てしまった既に道を踏み外してしまった人へ。

原作を読もう!(途中経過と結末がアニメと違うよ)

もう抗うことは出来ないのだから

みんなで(大きなお友達で)(共通認識を持ち)なかよしに(アニメ原作派一回おいといて)なりたいな。

2017-05-02

http://anond.hatelabo.jp/20170502075538

1. 「必要」あるいは「希望」を訊かれている場合

→「大丈夫です」は「必要ない・望まない」を表し、問いかけを否定する。私はそれをしてもらわなくても大丈夫です。

2. 「許諾」を求められている場合

→「大丈夫です」は「許諾」を表し、要求肯定する。あなたはそれをしても大丈夫です。

3. 「可能かどうか」を訊かれている場合

→「大丈夫です」は常に「可能」を表す。大丈夫あなたはそれをできます

と大まかに分けられると思う。

レモンをかけたほうがいいですか?」は必要かどうかを訊いているので「大丈夫です」は「かけないほうがいい(否定)」。

レモンはかけないほうがいいですか?」「大丈夫です」は「かけたほうがいい(否定)」。

レモンをかけてほしいですか?」は希望しているかどうかを訊いているので「大丈夫です」は「かけてほしくない(否定)」。

レモンをかけないでほしいですか?」「大丈夫です」は「かけてほしい(否定)」。

レモンをかけてもいいですか?」は許諾を求めているのだから大丈夫です」は「かけてもいい(肯定)」。

レモンをかけなくてもいいですか?」「大丈夫です」は「かけなくてもいい(肯定)」。

レモンではそぐわないので別の例を挙げると、

「試着できますか?」は可能かどうかを訊いているので「大丈夫です」は「試着できます可能)」。

「試着できないですよね?」「大丈夫です」は「試着できます可能)」。

以上より、質問意図さえ読み解けば、元増田の問いに答えられそうである

A. 私「レモンは?」

 彼女大丈夫です」

この例のみ「省略された質問は何か」という問題になっているので解釈が難しい。

素直に「レモンはかける?」の略だと考えれば、

大丈夫です」は「かけなくてもいい」の意となる。

ただし、わざわざ質問しているからには、

レモン勝手にかけたらいけない」という共通認識があると思われるので、

レモンは苦手?」などの略であるとも考えられ、

その場合の「大丈夫です」は「苦手ではない=かけてもいい」になるだろう。

B. 私「レモンいる?」

 彼女大丈夫です」

必要かどうかの確認なので、この「大丈夫です」は「否定=いらない」。

C. 私「レモンかける?」

 彼女大丈夫です」

レモンかけたい?」という希望確認なので、この「大丈夫です」は「否定=かけたくない」。

D. 私「レモンかけてもいい?」

 彼女大丈夫です」

許諾を求めているので、この「大丈夫です」は「肯定=かけてもいい」。

E. 私「レモンかけるよ」

 彼女大丈夫です」

レモンかけるけどいいよね?」の意で、許諾を求めつつ肯定的な回答を期待している、かな。

なので、この「大丈夫です」は「肯定=かけてもいい」。

ただし現実には前後文脈や話者の声色によっても左右される。

痴漢冤罪で逃げるのはNGと言うが、それでも僕は逃げるだろう。

最近痴漢を疑われた男性線路を使って逃げる事案が相次いでいる。

知り合いの女性たちは「必死すぎるよね(笑)」と批判しているが、男性の僕には彼らの気持ちがよく分かる。「例え冤罪でも、痴漢を疑われたら逃げる他ない」これが僕たち男性共通認識だったはずだ。

しかしどうやら、「痴漢を疑われた時に逃げる」のは絶対NGらしい。

一体どういうことなのか。

痴漢を疑われたら逃げてはいけない理由

昔は「痴漢を疑われたら逃げろ!」と弁護士までもが主張していたが、最近は「痴漢を疑われたら逃げるのは絶対NG」という主張もあるらしい。

理由を調べてみると、どうやら「線路に降りたら鉄道会社から巨額の損害賠償請求されるから」らしい。「身分証提示して現行犯逮捕を避けるべき」だとその弁護士は言っていた。

しかし、ここで僕は思うわけだ。

身分証提示して冷静に話せる男性が、この世に何人いる?」

例えば、僕が痴漢疑惑を掛けられたとき疑惑をかけてきた女性は、確実に僕を痴漢だと思って詰め寄ってくるだろう。「警察に行きますよ」と。

そして周囲の人たちも冷ややかな視線を向けてきて、場合によっては何も知らないのに痴漢だと断定して駅員室へ連行しようとするだろう。

この状況で、「私は痴漢をしておりません。今は時間がないので、後日ゆっくりお話しませんか?身分を証しますので、ご連絡ください」などと冷静に主張出来るだろうか?

答えはNOだ。絶対に僕は吃り、冷や汗をかき、「あっ…あっ…」とカオナシのようになってしまうだろう。これを読んでいる人の中にだって、そういう人がいてもおかしくない。

何せ、人生が終わるかどうかの瀬戸際なのだ。地上20メートルのところで綱渡りをしていて、前から殺人鬼が詰め寄ってくるような状況なのだ。冷静に相手と話せるわけがない。

痴漢を疑われた場合身分証提示しろ」と弁護士は言うが、それは弁護士論理的法律に基づいた会話ができるからだろう。

僕のような凡人は、身分証提示してもそのままやり過ごせる気がしない。「だから何?いいから駅員室行くよ」とでも言われてしまったら、そのままついていってしまうかもしれない。どうして身分証を証したら現行犯逮捕を防げるのか、いまいち説明できないからだ。

逃げるは恥だが役に立つ

痴漢を疑われた時に逃げるのは絶対NG」と主張した弁護士は、理由の1つとして「線路内に侵入すると罪に問われるから」を挙げていた。

しかし、別に逃げるのは線路内でなくてもいい。そのまま拘束されそうになったら暴れまわり、改札の方に逃げていけば良いのだ。

僕なら上半身の服を脱ぎ、それで顔を隠し、Suicaを取り出し、悠々と正面から駅を出るだろう。駅を出たらすぐにどこかに隠れ、身を潜めれば良い。

身分証を落とすなどのミスをしなければ、それで問題なく逃げられる。下手に身分証提示して戦うより、逃げる方がずっと捕まる確率を下げられると思う。

もちろん実際に痴漢をしている犯罪者はとっとと捕まるべきだが、痴漢をしていないのに疑われた場合は逃げるのも1つの手だと僕は言いたい。

周囲の男性たちは下手に手を出さないで欲しい

昔……と言っても数年ぐらい前だが、痴漢を疑われて自殺してしまった男性がいる。今も遺族が裁判で戦っているという話を聞いた。

その男性は痴漢をしていないのに女性痴漢を疑われ、周囲の男性客たちに暴行を受けてしまった。無事に冤罪は晴れたのだが、その時には既に男性自殺していた。

こういう風に、痴漢被害にあったらしい女性がいたら手を貸してあげたいのが男性というものだ。しかし、本当にその女性痴漢を受けたかなんて鑑定でもしない限り分かるはずがない。場合によっては、女性側が示談金目当てで痴漢でっち上げいるかもしれない。

そういった危険性があるのだから、これを読んでいる男性諸君は、痴漢現場を目撃しても無理に加勢しないでいただきたい。「やっているところを目撃した」でもない限り、力を貸してはいけないと思うのだ。

痴漢冤罪が怖い僕は、毎日始発に乗る

小学生の頃、僕の担任先生痴漢の容疑で逮捕された。どうやら女性側の誤解で何ともなかったみたいだが、母に「先生痴漢で捕まったみたい」と言ったときに見せたあの顔が今でも忘れられない。まさに「養豚場の豚を見るような目」だった。

それだけ、痴漢というのは女性にとって許しがたい犯罪なのだろう。

あの時の母の顔がトラウマになってしまった僕は、大人になった今でも痴漢冤罪に怯えている。

毎日僕は始発の電車に乗る。始発の電車なら簡単に席に座ることが出来るからだ。席に座れれば、痴漢を疑われる可能性はまずない。

帰りは駅の問題で始発に乗ることは出来ないのだが、それでも何本か電車スルーして確実に席に座れる電車に乗るよう心がけている。それ程に痴漢冤罪というのは怖いのだ。

現状、痴漢冤罪女性側の主張に全てが懸かっている。女子高生に「この人に痴漢されました」と言われたら、その時点でゲームオーバー。生きるには逃げるしかない。

男性側の主張が一切通らないとは、何ともおかしな話だ。

痴漢冤罪が起こらないよう、全車両監視カメラを設置するか、男性車両女性車両で明確に区別して欲しいものだ。

2017-04-23

http://anond.hatelabo.jp/20170422000230

そんなに長文書必要ないよ

一人で開発するのに履歴とかコピーで十分 テスト環境は本番につないでもばれない規模だろうし 万が一世界にお披露目されてもだれも見てないレベル

二人でも申し伝えでなんとかなる程度なら共通認識で済む

三人以上が同じ状況を進行するのにサラリーマンみたく共通拘束時間での作業だったらぎりぎりいらない可能性があるけど

朝礼と終礼するくらいでなければ だんだん必要となるもんだから

会計簿記がいるとしても中小企業会計担当ふつうのおばちゃんだったりするのと同じこと

2017-04-15

戦争になって欲しい人が結構いて引く

10年前、20年前とは明らかに空気感が違う気がする(匿名ネット空間だけ?)。

平和が一番」というような考えは日本人共通認識として存在していたはずだけど、

今では、戦争を望んでいるような好戦的意見も多い。

・あまりにも「戦争」が現実離れしすぎた究極の平和ボケの結果?

・「学校に行かなくて良い」「会社に行かなくて良い」というような非日常への願望?

右傾化により過激意見が増えた(グローバリズムに対する反発)?

・単なるネトウヨ嫌韓朝鮮半島有事が起これば嬉しい)?

戦争革命による資産階級リセット願望?

単なる戯言であれば良いんだけど、過激意見から世論がジワジワと形成されていく事はよくあるから心配ではある。

2017-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20170412202516

全員が同じ労働時間賃金である必要がないことが共通認識になれば能力が低かろうと排除しなくて済む話

仕事遅くて残業してるやつは賞与・基本給下げて残業代払って速い人は定時前でもさっさと帰ればいい

最低賃金以上の働きもできん無能なんかほとんどおらんし結局給料公開してないか不公平感が出るんだろうな

実家暮らしより一人暮らししたい人って意外と少ないのかな

自分なんかは大学進学して一人暮らしがしたくてたまらなかった

親が嫌いというわけではないけど、いつ何時でも誰にも干渉されない空間が欲しかった。

(親は過干渉というほどでもないと思う、学校のことを聞かれたり成績表を見られたりそれについて口出しされる程度だったけれど、そういう干渉さえ嫌だった)

そしてそれは多くの人の共通認識だと思っていた。

でも最近実家暮らしのがいい~って人を見ると一人暮らし志向って少数派なのか?って思ってしま

地元から離れればいちいち干渉されないんだぜ、地元から離れたくない?

2017-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20170410132915

えっと、具体例に引きづられないで

論の進め方の話ね

AとBは○○という共通点がある、だからAとBを同じように扱うべきだ

って論の進め方の話ね

共通認識」の話じゃないの

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