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2018-04-27

文化教育地域格差の話

いろいろ考えたらモニョモニョして眠れなくなったので、寝る前に思っていることを書こうと思う。

深夜のノリでザーッと書き出したので読みづらい文章だったらごめんなさい。


少し前にこんな記事が流れて来た。

http://news.livedoor.com/article/detail/14627657/

すっごい簡単に書くと、田舎にいるとまともな教育を受けられない、受ける権利侵害されている。っていう話。

そのあとに、

http://tmaita77.blogspot.jp/2017/08/2017.html?spref=tw

こんなデータを見た。

進学率の男女比を出したデータだ。2017年現在のものなので、少し古いかもしれない。

こんな私(女性)も田舎出身で、地方から出て来て大都市圏理系大学に通い、仕事についている。

この記事と、データを見ていたところ、めまいがするような衝撃と同時に田舎にいた時の記憶が蘇って来た。


私が住んでいた場所は、この記事を書いた筆者ほど教育リテラシーが低い場所ではなかった。

ちょっと街に出でて、本屋に行けば赤本とか普通に売ってたし、ちょっと街に出れば美術館もあったし、一応Fラン大学も近くにあるような場所

はいえど、ちょっとどこかに遊びに行くといえばジャスコだったり、アリオだったりっていう土地柄でした。

から、まだ高校卒業したあとには大学に行く文化はあったのかなと思う。でも、進学校といっても半分ぐらいは専門学校にいくようなそんな場所だった。

こんな場所で育って、一番強く覚えていて、今でも心に刻まれているのが

「私、理系コースに進んで理系大学に進学する。」

家族に言ったところ

「そんなところ、女が行く場所じゃない。女なんて、医療専門学校や、簿記資格取っておけばいいんだ。婚期が遅れる。早く子供作って孫(ひ孫)の顔見せておくれ。」

キッパリと言われたこと。

正直、かなりショックだった。そのあといろいろあり親を完全に説得して、理系大学に入って今に至る。

(ちなみに、婚期は遅れませんでした!子供はまだ遅くなりそうだけど。。。)

私は、男女比の資料を見て、実際かなり納得した。田舎ほどまだこのような考えを持つ人が多いのは事実だったんだな。と。

高校の時、進路指導室に行っても指定校推薦みたいなものは確かに男性優先だった。。。のかもしれない。

正直、指定校推薦はも貰うつもりがなかったので、AO入試やら、自己推薦入試やらを活用して自分の力で入学を勝ち取った私ですが、

今思うと、高校進路指導室でももしかしたら、話半分に思われていたのかもしれないと感じる。

実際、受かった時の進路指導室は大騒ぎでしたし。

ちなみに、田舎だとまだ理系は男の仕事という印象がかなり強いと感じています。だから余計に大騒ぎだったんじゃないかなと思う。


あともう一つ、今でも抜けない感覚がある。

「女は男に尽くすもの

という感覚

具体的には、

結婚して、夫に指摘されていろいろ気がつきつつある感覚なんだが、私が生まれ育った田舎だとご飯を食べるのは男性が先。

家族揃っていただきますをする感覚は正直なかった。

家事をやるのも、基本女性仕事。お手伝いなにそれおいしいの。

女性男性に尽くすことができなくなったら用済み。終わり。

男性の体調管理女性仕事

女は男性を超えることは許されない。

どんな時でも男性が一番。男性のいうことに口答えするのは許されない。

実際、私よりも弟の方が大事にされていたのは事実

私の夫は都会育ちなので、こういう感覚はないらしい。

私は、こういう感覚を気がついたら意識せず植えつけられていたらしい。


少し前には、鹿児島知事

「女に三角関数を教えてなにになる」

みたいな発言をして大問題になりましたが、進学率が地方女性ほど、私みたいな考え方を自然に植えつけられているのかもしれない。

から男性を越えるような行為を行うことはあり得ない、恥だと考えるような感覚地域に染み付いているのではないか?と今私は思っています

私はこのような感覚100%ダメだとは思っていないです。性差適材適所があるのが事実だとは思っているので。

はいえど、この感覚で気がつかないうちに自分の才能や夢を諦めさせられている人がいるのは悲しいかなとは思ってしまう。

私はおそらくこのような文化を気がつかないうちにぶっ壊して、今の立場にいるのかなと思っています

でも、この空気感感覚が本当にできる人を潰しているのであれば、男女間の教育権利侵害されているのではないかと思ってしまった、そんな一女性の嘆きでした。

2018-04-26

anond:20180425222606

50過ぎたおっさんだがめちゃめちゃわかるぞ。

幼稚園のころ刺身とか大嫌いだった。ご飯を醤油ごはんにする、醤油をつけるハケ扱いしてた。

硬いしゴムみたいだし、刺身のものに味なんてないから。

味覚音痴とか言うやつは、醤油も塩もつけないで食べてもおいしいと思うのかな?

刺身がおいしい味っていうのは「トロフィーチャリング醤油」の味じゃなくて「醤油フィーチャリングトロ」の味でしょ。

大きくなって思春期ぐらいは、家が超金持ちになったので、冷蔵庫になんでもあったのよ。

シャトーブリアン、天然うなぎ、大トロ。すげーおいしかったよ。刺身うまいデビューもしたけど、

今考えてみると、醤油とか塩とかタレがなければそんなにおいしいものじゃないよ。

刺身とか寿司がおいしいっていうのは、親とかメディアとかの洗脳

幼稚園ぐらいの味覚って一番冴えてる。野菜ぎらいだし。野菜なんてほぼほぼ毒でしょ。それを察知してる。味覚はおっさんになるほど衰える。実感してる。雰囲気とか経験値だけでおいしいとか、マズいとか判断してる。

anond:20180426221904

敬老公債(2/2)

天声人語 1978年昭和53年5月7日

 この欄で「敬老公債」の話を紹介したら多数の投書をいただいた。「老人に生きがいを与える素晴らしい案だ。ぜひ実現させてほしい」という趣旨のお便りが多かった。なかには、「七十二歳組の敬老公債一口さっそく申し込みます」という気のはやいお年寄りもいた

老後への不安は強い。老人だけの世帯が急速にふえている昨今では、なおさらである長生きをすればするほど受け取る額がふえるというこの構想は、そういう意味ではなかなかの卓見

五十歳なら五十歳、七十二歳なら七十二歳の人々が年齢別の組をつくって公債を買う。七十二歳で一口百万円の公債を買えば、その利子は年ごとにふくらむ。八十歳では三十数万円になり、百歳を超えれば実に十億円もの巨額になる。死者の利子が長寿者の利子に加算されるためである

この案の下敷きになったトンチン年金というのは、イタリア人のトンチ(一六三〇ー一六九五)がいいだしたもので、十七、八世紀のフランス成功した制度だという。提唱者の中山平氏(興銀相談役)によると、健康公債という案も出ているそうだ

この案では、たとえば六十歳の時に百万円の健康公債(年利八分五厘)を買い、受取日を十五年後に指定すると、七十五歳の満期に約五百二十万円を受け取ることができる。この場合も、満期の前に死んだ人の分は生存者の分に加算されるからふつう複利計算よりは、はるかに多額になる。二十五歳の結婚時に十万円の債券を買うと、満期の金婚式の時の受取金が約一千万円になるともいう

敬老公債あるいは健康公債目的は、第一に、長寿者の生活をよりゆたかにすることであり、第二に、公債発行による巨額の資金を、老人福祉対策などに思い切って使えることだ。中山はいう。「いまのところ、手ごたえはかなりのものです。難しい法律問題もあるが、どこかの地方自治体がまず先導試行をしてくれないか、と実は期待しているんです」

中国という国は、支配する偉い人達の国であって国民のものではない

彼らはただ住まわせてもらってるだけなのだ

国民がどんなに自国を愛そうと、国は彼らを愛してはいない

http://b.hatena.ne.jp/entry/gendai.ismedia.jp/articles/-/55453

自分が変に感情的だったので、自己分析をした。

家庭環境が主な原因だった!!

そりゃそうだ。当たり前。

大学生活で書いてきたもの抜粋した。

書きなぐった物そのままなので、非常に読み辛いけれど、

こんな人間も居るということを、ここに垂れ流しておく。

言いたいことはこの後に書いてあるので、

面倒くさくなったら飛ばしてください。


まれから今まで、直ぐに感情的になる癇癪の権化みたいな姉を持つと、

こういう人間が家庭にいなければ、もっと余裕のある生活を送れたのになあと思ってしまう。

女ばかりの家で、説得しようにも長い話ができず、本当に辛い思いをしたので、上のような性格人間は苦手すぎる。

というか、自分に伝染して変に感情的になってしまった。

本当に家庭は選べねえなあと思った。

仕事漬で鬱になり家にいる父、姉妹の長女で人の話を聞かない割に偉そうにする母、

人間関係がうまく行かなくてストレスが常に溜まり、母とよく衝突する姉。

せめてまともな男がいればなあと思ったが、そういう人間は足早に出ていくもんだろう。

普段は同じ空間にいるだけで、たまに母側の親戚が来る。

高卒姉妹が固まり田舎田舎による超閉鎖的な噂話をする。

何が楽しいのか分からないし、行きたくなかったが、

その場に行かないと飯が出なかったので仕方なく行ってた。

周りのように旅行に連れていけという姉が言う。

金は無いが時間があるので、結局車で大型ショッピングモールに行く。

姉は一時的に満足するが、しばらく経つと金がない、旅行に行きたいと同じように繰り返す。

自分のせいではないものを指摘することで、自分の弱さを隠している。

女の口喧嘩というものは絶えない。

毎日同じようなこと、くだらないようなことを言い合う。

翌日には忘れ、繰り返す。

家に”離れ”というものもなく、この拷問休日もなく毎日浴びせられる。

女の女による感情的な場からは、逃れられなかった。

感情的で閉鎖的な家庭で育ったことが、いか自分精神に影響し、

自分の進路に影響して、今の今まで悩ませていると思うともう嫌になる。

小学校3年までは小説子供向け科学雑誌学校でよく読んでた。

将来の夢は科学者だった。物質が小さい粒のようなものでできていることに感動した。

そんなことを親や先生に言っても取り合ってもらえず、科学者なんて無理と言われた。

から肯定されないし、好きになっても、役立たないものだと思えてきた。

小説も読まなくなった。誰も読まないし、話題にならないからだ。

そして何より現実味がない。あっても雑学程度にしかならないと思えてきた。

感動するものもあったが、自分環境見直しとき絶望感が怖くなった。

誰も何も誰しも自分気持ちなんてわからない。他人理解しようとしない。

そうなった子供はどうするかというと、周りに頑張って迎合しようとする。

文脈が薄い一時的な笑いと理解しつつ、こうしなければ普通になれないと自己暗示をかける。

この頃から訳もわからず泣くようになり、泣き虫扱いされる。

中学まで続けると割と周りが自我が芽生えてきていることに気づく。

自分はどうなったかというと、自己暗示を解けきれなくて、自我が地中に埋まってしまって、

ぼーっとすることが多くなった。何をやっても楽しくない。

小説を読んでいたせいか地頭は少しは良かった。

自分本位の行動なんて肯定された経験がない。夢なんてない。

全てがくだらない。

成人式とき自分宛てに送る手紙は、

絶望的な気持ち査読する先生に気づかれないように書いたのをよく覚えている。

地元工業高校に進むことになった。

何か面白いものを求めていた。

現実から離れられ、実用的な技術を身につけようとした。

でも、周りと馴染めなかった。

勉強も何が面白いのかよくわからなくなった。

資格勉強のような授業。適当に過ごす。

高1の冬、高校を辞めて勉強して大学と親に泣きついても、

何いってんの、うちには金が無い。高校卒業したら働くって行ったでしょ?

人間の考えが変わらないと思いこんでいる親に対しめちゃくちゃ腹を立てる。

勉強をしても大学なんて行けない。大学に行く人間なんて、

自分より頭が良くていい環境で育って塾とか行っている人間なんだろうな。

うちに生まれた時点でそんなものできないことは決まっていたんだ。

満足できない思いを反芻しながら、納得行かない家庭から与えられたことを無理やり正当化しようとする。

そんなことをしながら、何のために勉強しているかからなくなったまま勉強を続け、高3までそれなりの成績をおさめる。

その後突然大学に行きたくなる。少しは希望を持ったらしい。

勉学というよりは社会に出る前に、自由な身と力を手に入れられると思った。

難しい話は通用しないことはわかっていたので、

から出て、高校の延長線上の分野で、大学しかできない勉強をしたいというが、反対される。

金がないから、心配から不景気からあんたのために言ってるから

は?結局オメーの都合だろうよ。俺の何を見てきた?

大学卒業してから年収を見ろと返す。

大卒就職率が低いってニュースでやってたし、高校卒業して安定した職を付けたほうが良いんじゃないと言われる。

お前、45年間、何を見て生きてきた?本当にいってんの?

ニュースで得た情報自分身の回りを見て、適当に集めた情報から意見を言っているだけじゃん!と返す。

めちゃくちゃ怒って、お前は社会の何もわかっていないと返される。

お前じゃい!

その後担任との三者面談をしたり、大学説明会に足を運んだりして、

なんとか格安の寮がある国公立受験することにした。

勉強は続けたが、やはり高1のとき高校をやめればよかったと言う思いが引っかかる。

何より自分大学進学を許した親に対して、姉が私も家を出て学校生活送りたかったと毎日激昂し、

感情的空気ヒートアップしていた。

何をやってんだかわかんなかった。家にいるのは人間じゃないとわかってていても、

ストレスを感じてしまう。

そんな生活を送っている中、父がなんの前触れもなく自殺する。

家に自分と2人で居たときに突然自殺。その第一発見者となる。

もうなんだかよくわからなかった。救急車警察も呼ぶ気になれなかった。

30分ぐらいしてから、ようやく呼ぶ気になる。

パニックと言うか、この状況に対して自分は何を考えているのか、全くわからなくなった。

恨み積もった家庭にどう抵抗してやろうかと思っていた矢先の理解できない死。

もう何がなんだかわかんなかった。

自殺した父に対して、苛立ちが積もりに積もって吐く。血も吐く。

悪気がなく、自然法則のように動く肉親に腹が立って仕方がない。

だんだん気分が落ち込み、抑うつ状態になる。

自分が違うのか?田舎に生まれ自分田舎に埋もれなければいけないのか?

精神科に行ったが本当に自分が何を言っているのかさえわからなかった。

自殺したのはもちろん原因だったが、そればかりを話すだけで、

自分の育ってきた環境問題があることを分析できなかった。

正直父が死ぬ前に、無理やり不登校になって、心療内科に行くべきだった。

もちろん今まで書いてある期間は絶え間ない感情を浴びせられている。

どれもくだらないものだ。居場所もない。捌け口もない。

周りの人間が信頼できないこともあり、相談できないことがどれだけ苦しいか身を持って感じた。

子離れできない親から親離れできない。

何をしたらこ気持ちが収まるかがわからない。

なんとか大学合格し、家から出た。

試験会場でも途中退室したくて仕方なかったことを思い出す。

大学生活は最初から精神を病んでいた。

毎日感情的な刺激を受けてきたせいで、隣の部屋の騒音などの刺激に反応してしまう。

頭の血管が触ってわかるほど浮き出て、ズキズキして、眠れなくなる。

さら自殺した父の死体をよく思い出して、生理的に気分が落ち込む。

実家を出て数年経った今でも、文を書きながらこの症状が出ている。

講義課題をこなすのが精一杯である文字も読めない。

あーもう何もしたくない。考えたくない。

人の気持ちを考えるってことはこんなにもよくわからないものなのか。

こうも時間無駄なのか。

悩まない人間にとって悩んでいる人間気持ちなんかわからない。

逆もまた然りだ。一生分かり合えない。

本来人間はお互い抽象的なもの部分的しか理解できない。

自分は具体化しすぎなのだ人間とか今見える環境とかを具体化しても、精神が辛くなる。

記憶を消し去りたい。

せめてこの性格学問に向けられたらと何度も思う。

他人理解できない。他人なんているのか?

自分理解できる他人なんているのか?

からある不満が積もるとこうも気分が落ち込むのか。

降り積もる不安は階差数列のように増え、それが積もっていく。

この問題解決するのか?本当はどこか解決策がわかっているんじゃないか

わかっているけど、この先の未知の刺激に耐えられるか不安で仕方ないんじゃないか

本能的に楽しめるものをまだ知らないだけじゃないか

なんでこんなこと考えるようになったんだ?


最近になり、かなり昔から、閉鎖的実家からの膨大なストレスが、

自分性格にかなり影響しているということが、かなり明確に示すことができた。

自分にとってこの問題が、

いか無意味不快で人に相談しにくく、

時間精神無駄に消耗し、

自分を納得させるためのものしかないとわかってても、

納得いく解釈を探しつつけてたのは、

親との思想が合わなかった事実をどうにか納得したかっただけである

生来性格と言うのは恐ろしい。

でもこうするしかなかった。

こうしないと、その場に居なくても襲ってくるからだ。

自分気持ちを書いてそれを見直し、また書く、という生活を数年繰り返してわかったのは、

早々に自分気持ちに蓋をして、自分気持ちに嘘をついてきたということだ。

頭の中身をタイプしたり、図に書いたりして、ようやくわかった。

くよくよする性格は、自分本位で動いていないからだ。

気持ちが落ち着いてくると、文字をよみ、抽象的なものも冷静に理解できる様になる。

他人が書いた物語を見て感動する。専門知識が頭に入って感動する。

俺はここまで何も知らなかったのかと落ち込む。

でも、今までよく生きてきたと、無条件な自己肯定感が芽生えてくる。

そんなことが少しづつできるようになることが、大学に入ってからの生きがいである。

自分本位で生きたことがない」人が、心から人に好かれるということは難しい。

皆どこかで「他人に従ってもどこか違う」と思い、自分表現をするのだ。

それが自我形成というやつだ。

それを乗り越えてこなかったことが十分、身にしみてわかる。

素粒子でできている肉体に、生きる意味なんて無いってことは十分わかった。

からこそ本能が指す、好きなことをしていいと思えるようになった。

ほどほどに好き勝手に生きていいと思える。

自分のことを文字にする行為は、できて妙である

結局こうするしかなかった。

よくもまあ何日もこんなに長くて下手な文章を書き連ねられたもんだ。

最近落ち着いてみると、なんで落ち着いていなかったんだろうと思ってしまう。

その場しのぎで余裕がなかった。

焦りからくる選択ほど後悔するものはない。

後ろを見ると後悔した経験しかない。

自分の焦りに気付けることなんてあっただろうか。

いや、なかった。あっても解決策がわからず、もとに戻る。

これに関しては納得行くようになってきた。

自己欺瞞を重ねるほど自分がわからなくなる。

自分本位で行動していない。自分がないのと同じである

不安から行動するが、結局疑問を感じストレスを感じる。

書いてみると1ページで終わるような話を、どうしていままで耳にしなかったんだろう。

これは終わったことだし仕方がない。



見直すと、気が合わない肉親と18年間いたことが原因だったと今見返すとよくわかる。

原因がよくわからない鬱と診断されて、4年経ったが、

はじまり小学生からだよなーと思う。

自分が書いたことは超悲観的だが、これまで経験してきたこと全てではない、

と納得できるのは、自分自身に対する姿勢が変わったからだと思う。

最近ようやく治る兆しをみせている。

何度か兆しを見たが、今度は本当に、今までになく楽になれそうな気がする。

学校も肉親もただランダムに振り分けられた人間が配置されていただけと、やっと、心から解釈できた。

漫画とか映画とか小説かには本当にお世話になった。

本を読むのを辞めてしまったのがいけないなあ。


あれもこれも、過ぎたことだと思えるようになれた。

自分気持ちを書き表さないと立ち止まってしまうことも、よくわかった。

やっと人間らしさを取り戻した気がする。

今までどこか、頭を何かのタイミングリセットできると期待していた。

まあ解決しようにもできないもんな。

からいから。でも、もがかないと、掴めるものがあっても見逃してしまう。

放置するほど、もがく力が弱くなり、流されてしまう。

自分に近しい人にアドバイスするなら、誰もいない、静かなところで正直な気持ちを書きなぐるということかなあ。

自宅が嫌なら喫茶店でとかでいい。

環境が用意できたら、書き始める。媒体は紙でもPCでもなんでも良い。

初めてみると止まらなくなって、気がついたら4時間以上立ってたということも珍しくない。

時間がもったいなかったとは思えない達成感がある。

見直すと何に悩んでいたかよくわかって、どこか整理できていないことが悩みの種だっとことに気づく。

苦しいとは思うが、自分内面で見てこなかったことに対して、対面することだ。

対面して初めて分かるもの自分だけの発見であり、自分で掴んだものから信頼できる。

こうしてどうにもならないことに納得し、物事への姿勢は変えられる。

あと、外部の情報に目を向けるべき。

漫画喫茶で見たことのないジャンル漫画を手にとって、一日過ごすのも悪くない。

まあとにかく、映画館や図書館など、場の空気を感じられるところに行く。

そうすれば外部に注意が向く。

そこで他人創作したものを見て、視界を広げて、

自分一人がこんな思いをしているというわけじゃないということ、

他の人の、物事への解釈理解しようとする。

そうすると、だんだん自分に近しい物がわかってくると、信頼できる著者という対話相手が出てくるので、どこか楽になれる。

結局他のことを考えてもいいということ、その行為自体自分のためになっていると思うこと。

そんなことで、案外心が落ち着いて、人間そんなもんだと思えてくる。

とにかく、今の気分がずっと続くことはなく、

人は変われるということを知るには、自分の頭で行動することだ。

書きなぐるだけでも、十分自分の頭を使っている。考え方も変わる。

そのことを忘れないでおきたい。

(追記)

終わりに

自分体験から言えることは、

カウンセリングや薬だけで完治するものではないということ。

薬は脳内流れる伝達物質の取り込みなどを制御し、

カウンセリング患者気持ちを引き出す手助けをしてくれる。

風邪薬のように特定の菌を殺して治るもんじゃない。

カウンセリング適当にしても治るもんじゃない。

内面気づきを報告するとフィードバックを貰えるのは非常にありがたい)


全体を見ると、自分内面にあるものがわからなくなっているという状態に対し、

気になるもの自分の中で見つけ、解釈し、納得していくかということをひたすら繰り返していた。

ネットや本にあるものは参考にはなるが、それをすっぽり当てはめて自分が治る。というわけじゃない。

他人にとっては経験談で、参考になる手法しかない。

趣味などの気分転換でやっていけるなら、その対処法も良いと思う。


湧き出てくるものは人によって違うし、参考になる意見も人によって違うし、考え方も違う。

これを理解するのは、自分のような人間にとって難しかったし、これが頭になかったから病んだとも言える。

どういう形であれ、このような考え方を獲得することは、生きる上で重要だと思う。

anond:20180424195320

そういった恣意性を疑うのは非常に妥当だと思います

事実、私はSNS上にこういう主張を載せたのは人生で初めてです。

ここって初投稿だと他の方に分かるようになってるのかな?

それはさておき、反論の本旨に対してコメントしますと

凶悪事件」の場合刑事裁判になりますから、最終的に事件審判を下すのは裁判官になります

言うまでもなく裁判官職業訓練を通じて何が有効証拠証言になりうるか判別する能力を身につける事が要求されます

その判断メディア報道によって容易に左右されるものではないと推測します。あくま一般視聴者比較してでの話ですが。

ですので、今回の件とは違う性質のものだと考えます

ただしその場合も、メディア報道抑制的なものでなければ、公正な裁判を経ずに社会的制裁被疑者に加えてしまうといった問題

以前から度々指摘されていると思います

なので私が言わなくても別にいかなと思ってきました。

anond:20180426170620

携帯キャリアの透過プロキシなんかもかなりグレーなんだけど、通信のもの遮断したりその通信内容を通信成立させる業務外に使ってるわけではないから、限りなくアウトに近いグレーってとこかなぁ。

憲法改正されたら普通に金盾あると思うよ。自民憲法草案って9条ばかり話題になるけど、むしろ9条以外の部分の方が強烈にヤバい

検閲強硬派Googleが何でもhttpsに載せようとしてるから、究極的には中国みたいに暗号のものの利用を法的に制限されることになるんじゃないかと思う。技術的にhttps検閲しようと思ったら暗号禁止しかない。

anond:20180425231314

本当にアニメのものが好きで、十分な時間があれば、全部見て書かれた感想には価値があるとおもうけどねぇ。

ぶっちゃけ、観た本数よりも感想の内容の良し悪しが問題だよ。

僕は毎シーズン、数本は観てるけど、感想なんて

ゆるきゃん・・・なおぼうの演技が良かった

小泉さん・・・あやねるの声は相変わらずしつこかった。

りゅうおう・・・ちゃんりなの声はステキ

これくらしか書けないぜ。

anond:20180426161049

何という身もふたもない事を…

しかしそれはそれで「発達障害者差別するのは差別」とか言うのが出てきそうだ。

でも定型発達者がそういう人と深く関わるとカサンドラ症候群になったりするわけで、

他人に病むリスクを背負わせてでも自分たち発達障害者と深く関わるべき、でなければ差別

と言う彼らの言い分はやはりおかしいのだけれど。

でもそのおかしい言い分も障害由来のもの、と考えると…うーん。

勿論、発達障害でも何でもなく単に性格が悪いだけの人も含まれてるだろうけど。

ゲイファースト

ラベリングしない世界から凄く居心地がよく、

純粋に会話を楽しむことができるから

二丁目のゲイバーで飲むことがあるんだけど、

この間、どうしても私的にだけど微妙女性客がいたの。

お局様丸出しで「私はSだから」みたいなちょっと職場にいたら面倒くさい感じな方。

私自身、あの世界では異物だから、あまり出しゃばらないようにしてるんだけど、

その人は何が目的なのかわからないけどお店で結構傍若無人なふるまいをしていた。

お店の音楽を変えたり、会話の途中で割り込んで、間違った知識披露したり、

店子さんにハグをもとめたり、あたしバイから!と同性も抱いたことないし好きになったこともないのに言い出したり…。

少し面倒くさかった。

あいう方を見るたび、同じ女性である自分も本当はここにいてはいけないんじゃないか

ゲイ世界ゲイのためのものから、行かないほうがいいんじゃないか?

そんな感じで少し悩んじゃう。

おこげなつもりはないけど、女性はやっぱり行かないほうがいいんだろうか。

anond:20180426140640

CDN使ってるとIP結構コロコロ変わるし、他のサイトにも誤射しまくることになるからね。

DNSブロッキングは「限りなくアウトに近いアウトだけど他のもっとかにアウトなことに対応するためならギリギリ容認できなくはない」扱いだけど、IPフィルタになると一気に「黒に踏み込む量」が増えて金盾感マシマシになる。

 

外部DNSを使わせないだけならDPIする必要もなくてOP25BみたいにOP53Bでポート潰せばいいけど、少なくとも法制化が必須で、また「正当業務」とやすOP25Bと比べてOP53Bは「検閲を行うための検閲」なので結構キツイものがある。

ぶっちゃけ高裁裁判官が退官寸前(=もはや出世のために党に媚びる必要がない)だったりすると普通に違憲判決が出かねない。

 

そこも法的問題を「党のお力」でねじ伏せてOP53Bを実施したとしても、そういう検閲国家に対抗するためにDNS over httpsという仕様が既にドラフトになっている。Firefoxなんかは早くも61から対応予定。

こうなるともうhttpsDPIしないと潰せないので、完全に金盾のものが登場することになる。

cheaky paradeについて

思い出について語る。始めに、筆者は2014年前後からいわゆる地下アイドル界隈で仕事をしてきた。すぐに身バレするので一切詳しく書く事は出来ないが今は実家に戻り、別の仕事をしている。大体カラフルスターライトの発売前後からcheaky paradeのライブを見る機会に恵まれていた。

思えば、C.P.U!?が当時圧倒的なキラーソングとして東京近郊のオタクの間で語られていて、いわゆるチキパMIXを打つオタクをみて楽しそうだなぁと感じていた。

各社の思うところがあるにせよ、やはりいわゆる地上のアイドルとしてのプロデュースを優先するあまりイベントを選び、出演費をとって活動するというのは厳しい部分もあるように思える。例えば、今月先月のライブイベントが合わせて4本というのは回収するとかそういう話ではない。解散の発表があったにも関わらず5月スケジュール白紙のまま、というのは大変つらい。

予算配分についても近年大変つらいと見てて感じていた。露骨予算が狭まったなというのがhands up以降だ。スタジオ撮影を中心にシフトし、美術予算も薄くなりかつてのクオリティ担保できていないように感じる。(もちろん新しいことにチャレンジしていて素晴らしいが)

この辺りからcheaky paradeのイベント出演は減りアーティストとして一度上がった形になる。かといって地上波番組出演やグラビアといった活動が伸びている訳でもなく、別の姉妹グループで精一杯という感じだ。

とは言え、終わった話を書くのは置いておいて、今の頑張りを見てほしい。ここ最近MVを作らずにストックされていた曲を数週間おきにアップロードしている。リリースイベントレコーディングスタジオ、おそらくゲリラ撮影と思えるロケを行いMVを出しているが、これらのもの制作陣はほぼ無給に近いものだと考えられる。考えれば考えるほど涙が出そうになる。marigoldのPVなんて、本当にゲリラを中心にディレクターセンスだけで最低限以上のものを作ることに成功している。

かつてイベントラストを飾りみんなが盛り上がる曲を歌っていた彼女たちが、夢をまっすぐに歌い、仲間と離れてそれでもcheaky paradeを守ってきた彼女たちが、その活動を終える。 閉めるタイミングミスったのかなーとは思っていたがもうちょっとなかったか...

Answerなんて歌わせないでほしい。あんなに元気溌剌に跳ねていた少女たちが、狭いダンススタジオでこれからのことを歌っているなんてつらすぎる。予算規模も社内のカメラに照明レンタルで5万もかからないだろう。組織力学でも、周囲の大人がそれでも、と頑張っているのがありありとわかってしまう。社外の人間として見れば、一連のMV予算規模は5本で100万グロスでみたいなレベルしか思えない。

実際にどうなのかは知ることができないのだけど、頑張ってるように見えるのでよかった。

最後の時はまだ先だけど、これから少しでも彼女たちとその関係者幸運があることを願っている。

そしてa社のグループ応援している人たちは忘れてはならない。

それでは、赤坂blitzで会いましょう。

 

ここ最近でおいしいなと思ったもの

・そら豆

菜の花とお豆腐かつおぶし和風だしで和えたもの

エリンギバター醤油焼き

たけのこご飯

 

季節のものを美味しく食べるって楽しいんだな

子供の時はわからなかった

コモンセンス

前回早朝に書いたときは誰も見てなかったのでもう一度書く。

憲法9条悪魔の条文だ。

平和を脅かし、国民主権を踏みつけにし、主権国民権利をないがしろにしつづけている。

しかもそのうえで国民に私を敬え、守れと強要してくる。

今、安倍政権とりまく種々の問題はすべてこの条文を改正しようとしているがために起きている。

それはクワトロ・バジーナシャア・アズナブルその人であるというくらい公然の秘密だ。

70才を超え、TVばかりみている私の父でも知っている。

なんなら左翼シンパ母親だって知っている。

戦争放棄平和憲法の条文を守ることを政治信条とする人間たちが、話し合いをする場でいつも話し合いをせず、相手をゆるさず、理解せず、ただただ痛烈に非難するだけなのに、国と国との紛争解決の場で、兵士市民の命を懸けて武力を用いそうになっている極限状態で、急に他の人たちには決してまねのできないレベル有意義な話し合いをするという。

なんという傲慢。なんという他人蔑視。なんという問題認識能力の不足。

これはごくごく単純なコモンセンスだろう。

トマスペイン今日本に生きていたら「イエス高須)」と賛同してくれるに違いない。

安倍政権よりも真っ先に糾弾すべきは野党だ。まっとうな政治をするために欠けているのはまっとうな政権よりもまっとうな野党だ。

これは国民コモンセンスだ。

から選挙が怖いんだろう?

 

でもこんな国民コモンセンスが決して共有されないマスメディア

彼らは野党とタッグを組んでいる。これもコモンセンス

メディア安倍政権追求報道を見ていると、「アポロ月面着陸していなかった説」を主張する陰謀論者の話を聞いているようでほとほと理性をすり減らしてしまう。こっちまで馬鹿になりそうだ。

どんなに有効反論をしても黙殺されて、何か自説に都合の好さそうな材料小出後出しで持ってくる。

これはオールドメディア自殺としてのちに歴史教科書に載るべき事件だ。この事件の構図や裏側をスクープすることこそジャーナリズムじゃないのかね。いや本当に。

ところで、私はしがないサラリーマンだ。生活必死だ。後進国の人々に生活水準でどんどん追い越されている立場のものだ。

でも、こういう私を赤化あるいはリベラル化しようとはせず、馬鹿にしているエリート層が日本の赤でリベラルだ。これも公然の秘密だし、コモンセンスだ。

こういう増田を書けば、私もネトウヨ揶揄されているものの一人になるだろう。

でも私は思う。私は荻上チキ文化論ではい友達になれると。もちろんこれはコモンセンスじゃない。

でも彼は私のことを馬鹿にして決して友達とは思ってくれないだろうね。これはコモンセンスかもしれない。

さて私は2度転職して3度パワハラを受けた。今の野党がやっているような内容だ。

できるはずのない仕事量を押し付けミスがあった。仕事の基礎を揺るがすようなミスだと騒がれた。でも本当は些細なミスだ。騒いでいる当の本人が協力すれば防げたし、わずかな時間カバーできる。本当に基礎をゆるがすようなミスならばあなたはなぜそんなに無関係を気取っているのか、本当にあなた責任はないのか、なぜそんなに非協力的なのか全く理解できなかった。

野党悪魔の条文を守るためにやっていることは、国民生活を脅かすパワハラ文化日本根付かせ、正当性を与えるようなものだ。

多くの人は見たことあるだろう。パワハラ現場を。あの野党のやり口はまさにそれではないか

労働者を守る。代表する。と自認する立場国会議員労働者が苦しむパワハラのやり方を公開講座として日々メディアにのせる。

狂気世界だ。

森友問題は、安倍昭恵さんの脇が甘くて詐欺師に懐にもぐりこまれたのが真相なのはコモンセンスだ。奔放な性格昭恵さん証人喚問して、そのうえで挑発して不規則発言誘導旦那の首をとろうという野党とその協力メディアの筋書きもまたコモンセンスだ。こういう本当に罪を犯していなくても有罪として裁いてやろうというやり口が職場ならパワハラだし、学校ならいじめのやり口そのものだというのは、もちろん、コモンセンスだ。

私はたまたま利益を上げることできる才能と運に恵まれていて3度ともパワハラをしのげた。だが、昭恵さん相手が悪い。スターリンのように罪状はなんでもいい。最初から首だけを狙っているからだ。これもまたもちろんコモンセンスだ。

加計問題本質安倍さんの友人であれば人権制限される。ゆがめられてきた獣医教育行政を正す機会と能力に恵まれても実行してはならない。安倍さんの友人が安倍さんと志を同じくして協力してはならないという点にある。安倍首相は常に孤立していなければ不正なのだ。これは野党メディアコモンセンスだ。一方で、セクハラをしたとされる福田財務次官よりもよほど悪質で、直接手まで出している鳥越俊太郎氏が別段問題視されず、その後もTVでご意見番をしているのは悪魔の条文の有力守護であるからというのは国民コモンセンスだ。守護者たちの友人関係は「善」なのだ自分たち連帯が素晴らしいからだ。

台湾出身で、台湾国籍をさかのぼって抜くために台湾政府に借りを作っている野党議員や、他人疑惑の総合商社非難しておいて自分詐欺を働き、さらにそのうえで「ワークシェアリングだった」などと珍妙言い訳をして今また首相詐欺師扱いしている野党議員、そういう人たちがのほほんと議員を続けていられるのも悪魔の条文の守護者に加担しているからだ。これももちろんコモンセンス

外国に借りを作った国家権力者がその後どういう行動をとるか、ドイツ特別列車用立てられたレーニンドイツ講和をして領土をたくさん割譲した例をみても明らかだろう。そして結局即時講和平和を叫んでも実際は列強干渉戦争を呼び込んでしまった。

自分詐欺を十分に反省しない癖に、ほとんど女と甘酸っぱい時間を過ごせていない私のようなすばらしい日本男児をレイプの子孫として世界に紹介し、歴史に記録しようとする。だれもまずは自分がやりすぎなくらい反省しなさいよと教えてあげない。他人にはやりすぎなくらい反省しなさいと強要してくる。20万人の性奴隷強制連行嘘八百というもやはりコモンセンスだし、罪のない無力な市民を無実の罪で吊し上げ迫害するのが左翼政治信条。これもコモンセンス

私たち知る権利野党を正す権利労働者としての権利歴史的無実を叫ぶ権利挙句の果てには総選挙民意を示す権利でさえも憲法9条を守るという大義名分によって踏みにじられようとしている。この条文があるからこんなことが立て続けに起きるのか!?そうなのであれば、必ず!絶対に!すぐさま!憲法9条悪魔の条文は改憲されなければならない。これこそがここで一番言いたかったコモンセンスだ。

私がもし熱烈な護憲論者なら今すぐこの卑劣改憲阻止運動糾弾する。国民すら二派にわけて争わせる平和主義者・武力放棄論者があってたまるか。(武力蜂起論者なら合点がいく。)

そんなやつらには絶対紛争を話し合いで解決できないだろう。今だって解決できないし、する意思もない。拷問の末無実の罪を自白させるようなことをやっている。まぁ、政治信条からしてそういうやり方が好きなんだろうけど。これもやっぱりコモンセンスだね。

米作ってる奴が一番偉い

わたしヲタク腐女子高校生です。なので、そういう視点から文章を今書いています別に「ab禿げ萌えー」とか書く気は無いのですが、すっごく苦手な方がいれば注意してください。

結構前のこと。

「受けに結婚式ウェディングドレスを着せるのも、家で家事させるのも「受けに女性役割押し付けることに対する嫌悪感」で嫌って言うならそもそもドレスを着ること、家で家事する事を女性限定のものっていう認識を改めてみたらいかがだろうか???」(@ysz_row 勝手引用しています問題があればご連絡ください。)

というツイート話題になった。これに対して色々な意見があって、現状の社会においてのジェンダーロールや、理想としてのジェンダーロール、そもそもいわゆるドレスって女性の体格の為に作ったものからー、とか、様々な立場意見が飛び交っていて、私は結構楽しく見ていた。

自分萌えがどこから来るのか?みたいな話をするのは好きだ。「朝ご飯を作るのは推しカプのどっち?」とかそういうとりとめもない話から、その人の生活態度とか、理想(自分がそうありたい!という理想とは限らない)とする共同生活なんかが垣間見得る。すると「じゃあなんでそれが理想なの?」とかそういう話になってくる。失礼な話かもしれないけれど、二次創作作品を見ていたりすると、うっすら「ああこういう考え方・バックグラウンドのひとが書いているんだろうなー」というのが見える。それが私には楽しいのだ。誤解を恐れずにいえば、みんな萌えで気が狂って、普段大人しく粛々と擬態している人たちも、インターネットでは全裸で騒いでいるようなものだ。

話を戻す。しばらくすると、

ジェンダーがどうとか関係ねえ!!萌えることをするんだよ!」

女性蔑視だか知らないけど私は絶対ウェディングドレスは嫌だ」

みたいなツイートが回ってくるようになった。こういう(ヲタク的に言うと)『学級会』が行われる度、結局この類の「しゃらくせえ!」で終わってしまう。しかもそのしゃらくせえ、が的を射ていないし、面倒くさい議論をぶっこわすぜ、というものばかりだから、本当に残念だった。

だってそもそもツイートは「受けにウェディングドレスを着させること」の是非ではなく、「受けにウェディングドレスという『女性役割』を押し付けることがいやなら、その『女性役割』って何?」というものだったのだ。つまり、嗜好や創作に対して誰も文句は言っていなかったはずなのだ。嗜好の根底にある(今回はジェンダーに関する)見解が、あるいは差別ではないか、という話だったのだと思う。

わたしが残念に思ったのは、多分、だれもあなた萌えのもの否定していないのに、わざわざぶった斬る必要があるのかな、と思ったからだ。だって議論が鬱陶しいなら言及しなければいい話だ。ツイッターなんだから。TLに流れてくるだけで嫌…な人がいるとは、その時わたし想像出来ていなかった。いるんだろうとは思うけど、それほどなのかな?と思っていたのだ。

しばらくして、

「「正直ジェンダー論も倫理関係ないしそこにあるのは迸る萌えだけだぜロックンロール!!!」みたいなやつをもう正直全然良いと思えないっていうかそれはロックンロールじゃなくて自分の嗜好が差別搾取他者を損なう何かを含む可能性があったとしても向き合わず全てに目を瞑るひとなのではと思う。」

「ここ数日TLで出てきてるBLジェンダーロールの話が本当に辛くて、わたしはそういうBLにおけるジェンダーロールが話されるようになったこ自体がこの国のオタク文化にとって進歩だと思うんだけど、大体のひとはそういうの鬱陶しいんだなってことも分かって辛かった、BLですらこうなのかと。」

BL社会学的視野とかを持ち込まれることに過剰な嫌悪を示されるのは自分の好きなものが「差別的な価値観根底存在する蓋然性が高い」みたいなことを他人にいわれたのと一緒の場合が多いからもちろん拒否感があって当たり前なんだけど、萌えの前には関係ないってほんとうにそうなのかよと。」(いずれも@kakari01 問題があればご連絡ください)

が回ってきた。

合わせて同氏のブログも読んでいただけるとわかりやすいと思う。

http://kakari01.hatenablog.com/entry/2018/03/29/001111

そこでやっと落ち着くことが出来た。なるほどつまり、みんな「自分萌え倫理を持ち込まれる=否定された!」と思って嫌がっていたのだ。と、同時に不安になった。つまり創作者の背景や思考について考えるわたしの方がずっと少数派で、何のプラスにもならず、あるいは人を不快にさせうることをしているのではないか、と。

これは別にオタク趣味二次創作だけの話ではない。

例えばスラングモリモリのメタルコア好きな人を「こういう汚い言葉歌詞にひかれるのは普段不満を言えないか代弁者が欲しいんだ」と思ったとして(その正誤は今は問題ではないので突っ込まないでください)、それを直接言われたら確かにむっとするかもしれない。けれど、ツイッター勝手に言ったり、文章にまとめたりする程度なら、むしろプラスになりうると、そう思っていたのだ。

先述のとおり、私は高校生で、進路など考えるにあたって、哲学社会学で趣味集団を見るのは楽しいし、そういう議論ができる道に進みたいな、とすら思っていた。だからそういう面から友達ヲタク話をすることがあった。

かに思えば、腐女子友達は、「やっぱり●●ちゃんは昔から少女漫画を読んでいたのもあって、受けを大事にしたいし、紆余曲折サプライズあってだんだん違う面が見えてくるのが好きなんだねー」などと言うと「う、うん。」みたいな、そりゃそうだけど、的な反応だった。直接言われても困るよな、くらいには思っていたけれど、あるいは嫌悪だったのかもしれない。

直接言わなければプラスになる、と思っていたのは、一種分析として、学問ってほどではないけれど、成り立っていると思ったからだった。だけどそれがなんになる?マーケティングでもない、ただ勝手に人の丸裸を覗いているのが、なにかの足しになるんだろうか。

と思うととたんに悲しかった。客観視して物事を考えることが好きだ。けれど、その意味がどこにもないんじゃないか、と思って悩んでいる。思春期で考えすぎだといえばそれまでの話で、けれどそれまでにしたくないのだ。

私の好きなアーティストとあるインタビューでこう言っている。

人間社会的な動物であって、相互作用なしながら生きていくわけじゃないですか。俺は今まで、自分自意識の中でずーっとあーだこーだ言いながら、しょうもないことを考えてたんですけど。でも意味がないんですよね、それで…ご飯粒が生まれるわけでもないし(笑)そんなこと言ったら今やってることもそうですけど…まぁ米作ってる奴が一番偉いんですよ。」

もちろん彼はアーティストで、「だからこういう曲を作ったんだ」とこのあとに続くわけだけれど、この言葉が今、妙に刺さるのだ。

誰かのために生きていきたいとか、誰かのために学問をしたいとか、そういうことではないけれど、自分のやろうとしていたところが何の役にも立たないどころか、他人にとって鬱陶しいだけなら?私は人間が好きで、人を分析するのが好きで、だから、疎まれるのは結構堪える。

ここでそれこそ「しゃらくせえ!」と言える人間ならよかったのかもしれない。そうなって行ければいいのかもしれない。

「私は人を分析するのが好きなんだ!倫理とか知るか!」ってね。

まあそれが言えないし思えないからこうやって匿名でダラダラ書いているわけで。これが私の今の悩みです。全裸になって書きました。

anond:20180426081855

今はそうかもしれんけど、

昔はオタクという存在のものキモいとされていた時代がありましてですね

anond:20180426095947

ネット掲示板は「自分と同じ意見のやつを見て安心する」ためのものからなぁ。

同意見の人が一人でもいれば

anond:20180425222606

濃い味のものばかり食ってると味が分からなくなるぞ。

サーモンは美味いと思うが。

anond:20180426090828

法に照らし合わせると「被害の大きさ」と「その予見可能性の大きさ」によりますね。

今回のは厳密に「罪」には当然なりませんが、世間の風潮はいかほどのもの・・・

コモンセンス

憲法9条悪魔の条文だ。

平和を脅かし、国民主権を踏みつけにし、主権国民権利をないがしろにしつづけている。

しかもそのうえで国民に私を敬え、守れと強要してくる。

今、安倍政権とりまく種々の問題はすべてこの条文を改正しようとしているがために起きている。

それはクワトロ・バジーナシャア・アズナブルその人であるというくらい公然の秘密だ。

70才を超え、TVばかりみている私の父でも知っている。

なんなら左翼シンパ母親だって知っている。

悪魔の条文を守ることを政治信条とする人間たちが、話し合いをする場でいつも話し合いをせず、相手をゆるさず、理解せず、ただただ痛烈に非難するだけなのに、国と国との紛争解決の場で、兵士市民の命を懸けて武力を用いそうになっている極限状態で、急に他の人たちには決してまねのできないレベル有意義な話し合いをするという。

なんという傲慢。なんという他人蔑視。なんという問題認識能力の不足。

これはごくごく単純なコモンセンスだろう。

トマスペイン今日本に生きていたら「イエス高須)」と賛同してくれるに違いない。

安倍政権よりも真っ先に糾弾すべきは野党だ。まっとうな政治をするために欠けているのはまっとうな政権よりもまっとうな野党だ。

これは国民コモンセンスだ。

から選挙が怖いんだろう?

でもこんな国民コモンセンスが決して共有されないマスメディア

彼らは野党とタッグを組んでいる。これもコモンセンス

メディア安倍政権追求報道を見ていると、「アポロ月面着陸していなかった説」を主張する陰謀論者の話を聞いているようでほとほと理性をすり減らしてしまう。こっちまで馬鹿になりそうだ。

どんなに有効反論をしても黙殺されて、何か自説に都合の好さそうな材料小出後出しで持ってくる。

これはオールドメディア自殺としてのちに歴史教科書に載るべき事件だ。この事件の構図や裏側をスクープすることこそジャーナリズムじゃないのかね。いや本当に。

ところで、私はしがないサラリーマンだ。生活必死だ。後進国の人々に生活水準でどんどん追い越されている立場のものだ。

でも、こういう私を赤化あるいはリベラル化しようとはせず、馬鹿にしているエリート層が日本の赤でリベラルだ。これも公然の秘密だし、コモンセンスだ。

こういう増田を書けば、私もネトウヨ揶揄されているものの一人になるだろう。

でも私は思う。私は荻上チキ文化論ではい友達になれると。もちろんこれはコモンセンスじゃない。

でも彼は私のことを馬鹿にして決して友達とは思ってくれないだろうね。これはコモンセンスかもしれない。

さて私は2度転職して3度パワハラを受けた。今の野党がやっているような内容だ。

できるはずのない仕事量を押し付けミスがあった。仕事の基礎を揺るがすようなミスだと騒がれた。でも本当は些細なミスだ。騒いでいる当の本人が協力すれば防げたし、わずかな時間カバーできる。本当に基礎をゆるがすようなミスならばあなたはなぜそんなに無関係を気取っているのか、本当にあなた責任はないのか、なぜそんなに非協力的なのか全く理解できなかった。

野党悪魔の条文を守るためにやっていることは、国民生活を脅かすパワハラ文化日本根付かせ、正当性を与えるようなものだ。

多くの人は見たことあるだろう。パワハラ現場を。あの野党のやり口はまさにそれではないか

労働者を守る。代表する。と自認する立場国会議員労働者が苦しむパワハラのやり方を公開講座として日々メディアにのせる。

狂気世界だ。

森友問題は、安倍昭恵さんの脇が甘くて詐欺師に懐にもぐりこまれたのが真相なのはコモンセンスだ。奔放な性格昭恵さん証人喚問して、そのうえで挑発して不規則発言誘導旦那の首をとろうという野党とその協力メディアの筋書きもまたコモンセンスだ。こういう本当に罪を犯していなくても有罪として裁いてやろうというやり口が職場ならパワハラだし、学校ならいじめのやり口そのものだというのは、もちろん、コモンセンスだ。

私はたまたま利益を上げることできる才能と運に恵まれていて3度ともパワハラをしのげた。だが、昭恵さん相手が悪い。スターリンのように罪状はなんでもいい。最初から首だけを狙っているからだ。これもまたもちろんコモンセンスだ。

加計問題本質安倍さんの友人であれば人権制限される。ゆがめられてきた獣医教育行政を正す機会と能力に恵まれても実行してはならない。安倍さんの友人が安倍さんと志を同じくして協力してはならないという点にある。安倍首相は常に孤立していなければ不正なのだ。これは野党メディアコモンセンスだ。一方で、セクハラをしたとされる福田財務次官よりもよほど悪質で、直接手まで出している鳥越俊太郎氏が別段問題視されず、その後もTVでご意見番をしているのは悪魔の条文の有力守護であるからというのは国民コモンセンスだ。守護者たちの友人関係は「善」なのだ自分たち連帯が素晴らしいからだ。

台湾出身で、台湾国籍をさかのぼって抜くために台湾政府に借りを作っている野党議員や、他人疑惑の総合商社非難しておいて自分詐欺を働き、さらにそのうえで「ワークシェアリングだった」などと珍妙言い訳をして今また首相詐欺師扱いしている野党議員、そういう人たちがのほほんと議員を続けていられるのも悪魔の条文の守護者に加担しているからだ。これももちろんコモンセンス

外国に借りを作った国家権力者がその後どういう行動をとるか、ドイツ特別列車用立てられたレーニンドイツ講和をして領土をたくさん割譲した例をみても明らかだろう。そして結局即時講和平和を叫んでも実際は列強干渉戦争を呼び込んでしまった。

自分詐欺を十分に反省しない癖に、ほとんど女と甘酸っぱい時間を過ごせていない私のようなすばらしい日本男児をレイプの子孫として世界に紹介し、歴史に記録しようとする。だれもまずは自分がやりすぎなくらい反省しなさいよと教えてあげない。他人にはやりすぎなくらい反省しなさいと強要してくる。20万人の性奴隷強制連行嘘八百というもやはりコモンセンスだし、罪のない無力な市民を無実の罪で吊し上げ迫害するのが左翼政治信条。これもコモンセンス

私たち知る権利野党を正す権利労働者としての権利歴史的無実を叫ぶ権利挙句の果てには総選挙民意を示す権利でさえも憲法9条を守るという大義名分によって踏みにじられようとしている。この条文があるからこんなことが立て続けに起きるのか!?そうなのであれば、必ず!絶対に!すぐさま!憲法9条悪魔の条文は改憲されなければならない。これこそがここで一番言いたかったコモンセンスだ。

私がもし熱烈な護憲論者なら今すぐこの卑劣改憲阻止運動糾弾する。国民すら二派にわけて争わせる平和主義者・武力放棄論者があってたまるか。(武力蜂起論者なら合点がいく。)

そんなやつらには絶対紛争を話し合いで解決できないだろう。今だって解決できないし、する意思もない。拷問の末無実の罪を自白させるようなことをやっている。まぁ、政治信条からしてそういうやり方が好きなんだろうけど。これもやっぱりコモンセンスだね。

容姿がいい人間は何も考えていないように見える

容姿がいい人間は何も考えていないように見える。

いつも時代要請に応えていれば、大抵は良い扱いを受けれるからだろう。

独裁者支配していたら、独裁者を崇めていればいい。ネオリベラルな世の中なら、自由競争を持ち上げていればいい。

いつだって馴染めるし、異性に相手にされるからロマンに浸れるのだ。

まさに彼らの内面時代が作り上げ、外面は性的魅力があるために皆から引っ張りだこだろう。

就活なんてまさにいい例で、なんだかんだ彼らは資本論理に適合している。

そんなことを言うと、怒る人もいるだろう。正しく、これが容姿のいい人間擁護されるという現象のものだ。

最近、ある小売企業説明会に行った。

変形労働時間制、シフト制、年間休日105日以下という個人的には過酷労働条件提示してくる。

しか給与も良いとは言えない。

一番驚いたのは、参加者容姿が良くないことだ。

女は特にからさまで、男に相手にされたことがないのではないかという人間しかいない。

男もイケメンとは言える人間はおらず、身長172cmの自分よりも背が高いのは一人くらいしかいない。

しかも、かなり太っている。

もちろん、自分容姿が醜い。

容姿が悪い人間が追い詰められる場所がここなのかとすら感じた。

容姿が悪いために自信がなく、皆が嫌がる仕事だったら内定をもらえるかもしれないと思っているのだ。

内面にまで容姿というのは響き、どこまでも苦しめる。

しかも、彼らには資本が求める聡明さがなさそうだ。

もし、彼らが容姿が良かったら資本要請に応えられる聡明さを身につけ、こんな場所はいなかったのかもしれない。

また、ある役所的なところの説明会に行ったら大抵は容姿問題を抱えていたりした。

グループワークをやらされたのだが、自分の目の前の学生アトピーだった。

そして、班内は自分以外はメガネだった。

皆、とても異性に相手にされるとは思えない。

役所的なところを受けるというのは容姿が悪いかなのだろうか。

別のテーブルの一人の女だけ異様に綺麗な顔をしていた。

帰りに同じエレベーターに乗ったが、やはり見てくれがいい。

鼻が高く、顔が小さく、背が高い。

容姿がいいだけで、まるで優秀そうに見えてくる。

容姿が醜い自分が真面目に就活をするのがアホらしくなってくる。

一昨日くらいに親の資本があるから大学院も考えていると教授に話したことがある。

すると、教授は嬉しそうだった。客が増えるからだろうかと思ったら、海外もあるしと言い出す。

大学院も考えなければいけないが、そもそも自分の醜い容姿をどうにかしたい。

ネットで肌を晒すと、自称皮膚科医が皮膚は綺麗な方でレーザーやらで見た目をマシに出来るかもしれないか形成外科を探せと言っていた。

持病を隠さないと絶対施術してくれないだろうと感じる。

とある長編ドラマの主演の話

主演、または座長と呼ばれる人達は、内外でしっかりしなくてはならないと私は思う。

たとえそれが、演技初めてのド新人であっても、大御所であっても。

俳優」という職業についているからには少なからず「プロ意識」を持っていてほしい。

から書くのは私のただの愚痴です。

半年以上かけて追いかけた長編ドラマの主演の子に対する、溜めに溜め込んだ愚痴(笑)

最後まで追いかけられたのは、主演ではないほかの役者が好きで追いかけていたからです。

長編ドラマ、と書きましたが

子供夢を与える通年番組と書けばなんとなく分かっていただけるでしょうか。

私はそこの主演の俳優さんに、もやもやとしたものを溜めつづけてきました。

彼はこの番組俳優としてのスタートです。そう思って何度も許そうとしてきました。

事の発端は、週刊誌記者に、同じ現場仕事をしている女優と泊まりデート?という記事を書かれたことです。

それが放映期間中で、かつ、土曜日日曜日は彼らみんなで舞台をやっていて、そのあいだに写真を撮られました。

その時は、駆け出しなの可哀想、という気持ちが先行していましたが今にして思えば「プロ意識が低すぎる」です。

男と女が泊まっただけで騒ぐのか、とも言われました。付き合ってなかったとしても、そういう目で見られるのは確実なのに、放送間中舞台の途中にそういうことをするという行為自体軽率だと思います

次に、板の上での態度です。

舞台や、ライブイベントナマモノです。その日その回でしか見られないこともあるし、そこしか見られない人もいる。

そういう人達気持ちを考えていないような発言や行動が見受けられました。

舞台公演中に自分身体アクシデント(右目にゴミが入ったこと)を主張して話を止めたり、アドリブで彼本人の趣味であるゲーム台詞を入れたり、

公演後、はけるときに「帰ってモンハンをする」と言ってはけたり、

『ここはあなた本人の自己主張をする場所ではなく、キャラとして立ち居振る舞うことを求められている場所だ』

ということをまるきり分かっていないようでした。

基本的に、子供がいる前ではキャラクターでいなければいけない、という感覚を、彼は持ち合わせているのか疑問に思います

今日は初回だったかミスもありましたが、この先もっと良くしていくのでまた来てください」と発言したこともありました。

あなた達のリハーサルに、お金を出して付き合ったんじゃないよ、と思いました。

ミスはあったとしても、向上心を持ってやっていきたいです、って言えばいいんじゃないの?って思います

ミスがあったことを、堂々と言えばいいってものではないですよ。

それから、周りの俳優さんたちは、主演をとても持ち上げてくれていました。

大将だとか、彼のためなら何だってしてあげたいとか。

その俳優さんたちの気持ちはわかります。そうさせる何かがあったのかもしれません。

でも、私には、甘やかされているようにしか見えませんでした。

だってとてもじゃないけど、作品ファンとして、主演の俳優さんのことを、

主演です、って胸を張って紹介できないです。少なくとも私は。

それでも私が好きな作品あなたのやっているキャラクターには罪はなくて、共演者も甘やかしすぎとはいえなにか罪を犯したわけでもなく、私は最後まで作品を追いかけました。

最後まで、好きになれることはなかったな。

ここまで書いたら大体誰のことを言っているのか特定されてしまうと思うので、もうひとつ

彼、ずっと、戦隊決まってからも、「仮面ライダーが好き」って言ってたんです。それ自体は責めません。

でもある時、そのあとに、「戦隊も好きですよ、後付けで」って言ったんです。馬鹿にしてるでしょ、って思いました。

後付けで、って言って笑いを取りたいんですか?

申し訳ないけど笑えないよ。だって本当に後付けだもん。

最後イベントの日、彼は「仮面ライダー戦隊を見て俳優になりたいと思いました」って言ってました。いきなり戦隊も入ってきたなあ、ということが気になって、内容が頭に入ってきませんでした。

そもそもあなたが「この公演しか見ない人もいると思うからお礼を言います(意訳)」だとか、今さら言っても、誰かに怒られたんだろうなあ、本心なのかな、って疑ってしまうんですよ。

だって、今までの態度が悪かったから。

なんかよくわかんなくなってきたのでそろそろシメたいです。

最後イベントの日に「YouTubeで上がってた動画コメント欄みたんだけど」と言っていました。もしかしたら予告とかの公式のものかもしれないけれど、そういう言い方は違法もの公認しているように聞こえるので、言わない方が良かったと思うな、と思いました。

これが最後

作品名前を残すために売れたい、と言っていたけれど、本当に国民俳優になるくらい売れたら、その時は認めて許してあげようかなと思います

2018-04-25

最近の若者

大学生の間にいろいろなことを経験しておいたほうがいいってよく言われてる。

自分はすでに大学に入ってから2年経過している。だが、ぜんぜん経験を積めてない。

生活費はすべて仕送りに頼っているので、バイトなんてしてない。

正確には大学入ってすぐの頃はやっていた。でも、半年ぐらいでやめてしまった。

インターンとかも友達は行っていたが、自分は行ってない。

イベントにもほとんど参加したことがない。サークルで行ったぐらいだ。

こんなの、他の人からしたら全然経験が足りない気がする。

最近はあるコンテンツにハマってしまってお金が欲しくなった。バイトをしないといけない。

でも、何も知らないところに1人で飛び込むのがとても怖い。友達を誘うにも住んでる場所全然違うし、そもそもすでにやっている。

今考えると昔の自分のほうが積極的だった気がする。いつからこんな臆病になってしまったんだろう。

怖いと思ってる理由簡単で、なにか失敗をするのを恐れてる。他人迷惑をかけたくないのだ。

別にバイトぐらいやってみて合わなければ辞めればいいレベルのものだと思う。でも、それは他人迷惑がかかると思ってる。

これが最近の若者っていうやつなんですかね。どうすればいいんだろう...

ゲーム内のアイドル勇気を持って業界に飛び込んでるんだし、自分も頑張るべきかw

レディ・プレイヤー・ワンの終わり方(休日のとこ)

この映画見ててさ

昔、ネトゲにはまってたダメな俺を漠然となんか投影してたのか、結構感動してたのよ

それこそ、「俺はガンダムで行く」とか泣きそうになってた、意味もなく

まぁそれくらいなんか引き込まれてた

で、最後のなんなんだよ

何が休日だよ。おい

恋人ができた途端、イキりだすネットオタクのものじゃん

ザ・イキりオタク

散々リア充をたたいておきながら、

恋人ができた途端、周りにも恋人いかに素晴らしいか突然イキりだす、最近よくみるゴミオタク

最悪だよ。一瞬でTwitterとかでイキってるオタク思い出して、「は?」ってなったわ

ラストから5分前の俺が評価するなら★★★★☆くらいの映画

最後まで見た俺が評価するなら★☆☆☆☆くらいの映画

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