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2018-10-14

感想が怖くて読めない話とその他

とある界隈で2次創作をしている。小説らしきものを書く、ただそれだけの人間だ。

これは書き捨てたいと思って、書いただけの話だ。とりとめのないことを心の赴くままに吐き捨てた。私の話で、私以外の何者にも関係ない話だから読み流してほしい。思うがままに何の順序も考えず、適当に書き連ねただけのものだ。

大まかには1次創作から2次創作に移った時の話と感想が苦手って話だけど。

昔1次創作をしていた頃がある。その時は2次創作なんて物は知らなくてただひたすらに1次創作に耽っていた。2次創作を知ったのはなんとなく始めたツイッターだった。なんとなく自分の好きなラノベタイトル検索して、引っかかったのが2次創作だった。

ああこういう創作もあるのかと思った。

私が知っているはずの世界と、根を同じにして別の花を咲かせた世界と思った。だけど大樹になることは出来ずに、ただ大樹に寄り添うように花を咲かす創作だと思った。

初めて2次創作を書いたとき2次創作に逃げるんですか?という内容のことを言われたことがある。

その時1次創作をやっている方に少数ながら2次創作を見下している方がいることも知った。「自分世界創造できないくせに」といった種類の言葉を何度か見た。

その時、彼もしくは彼女の言うことが理解できなかった。今も理解できない。2次創作が何故「逃げる」ことになるのか理解できなかったのだ。今では少しだけその方の言いたかたことはわかるけれど、共感することも理解を示すこともできない。

私は1次創作をしていた身として世界を創る難しさも楽しさも苦しさも少しは味わった身ではある。

私は2次創作を行なっている身として他人が描いた世界に自らの書きたいことを表現する罪深さと難しさと楽しさを少しは知っている。

かに世界があるというのは書きやすいことを認めよう。世界観やキャラクターといった大樹がしっかりと根付いている世界で行う2次創作は書きやすい。だけどそれだけだ。

だけど1次創作だって世界を創った私には世界観、キャラクターストーリーは分かっている。私の中には世界観やキャラクターといった大樹は根付いている。ストーリーという枝葉まで理解できている。だから書きやすさは変わらないと思った。

だけど誤解しないでほしい。

読んでもらった時に理解されやすい、評価されやすいというのは2次創作だと思う。だけど書きやすさについては変わらないと思うと私の意見を述べてるに過ぎないのだ。

1次創作だろうが2次創作だろうが、書くのはしんどい

それに1次創作しろ2次創作しろ、私は書きたかった話を書いただけだ。

私にとってはただそれだけのことだったから、なんで「逃げ」と言われたのか理解できなかった。

私は感想を貰いたくない人間だ。そのくせ承認欲求は人並みにある。支部小説をあげて、ブクマされたら嬉しい。n人があなた小説ブックマークしましたって通知が来たら嬉しいのだ。

だけど私は感想が読めない人間なのだ支部感想の通知も切っている。

感想を書くのにはかなりの労力が必要だと分かってるから悪いとは思う。だけど私は読むことができないから貰いたくない。その労力に見合う何かを私は受け取れない。付け加えていうのならば、私はその労力に値する何かを返すことも出来ない。

端的に言えば怖いのだ。心が弱い。私は自分の心が豆腐以下だと知っている。何でポッキリ心が折れるのかわからない。

感想というのは基本的善意によって書かれたものだろう。だが中には罵詈雑言を入れる人間もいると知ってるからだ。

私は弱小物書きだから誹謗中傷ガンガン送られてきたとかそんなことはない。

一度、二度ぐらい誤って感想を見たときちょっとした私の柔い心に針が刺さったことがあるから見たくない。それだけだ。

でも小説は読んで頂けたら嬉しい。楽しんで頂けたのなら嬉しいのだ。

だけど私は自分の心の弱さを知っている。

書くことが好きだという気持ちを無くしたくないから、感想は読めない。

申し訳ないなとは思う。

悪いと思う。

だけど善意を悪意かもしれないと疑う自分がいる。

きっと私はこれから感想を読むことはないと思う。

2018-10-13

そもそもアメリカ医療費の高さは重病患う60歳くらいまでは他の国と変わらねーんだよな

セルフメディケーション根付いてるから

風邪医者にかかって日本医療はすばらしいとか言ってるバカにはわからんかもな

anond:20181013131120

そりゃ一人でバリバリ働いている人は男も女もいるでしょう。

でもそれなりの年齢で多くの人が家庭を持つ中、子供ができれば未だに時短は女の役割であることがほとんど。

そういうのが、意識せずとも社会根付いてる限りは、男が優ってるとか女が劣ってるって比べられる土台すらできてないんじゃないの?と問いたい。

2018-10-10

女性性的搾取性的消費とかいうけどさ

女性ジャニーズとかイケメンの裸をエロく撮った女性向け雑誌でキャーキャー騒いでるよね。

あれは性的搾取ではないのだろうか。それとも男性の裸は性的でないとでも言うのだろうか。

女性誌に書かれているフェラの仕方やらセックスいろはなどは最早なんなのか。

かに女性の裸の方が禁忌的な感じはするが、それは水着上半身を隠すか隠さないかという価値観根付いているからだろう。

いや、私も女だから別に女性側だけが悪いと言いたい訳ではないんだけどさ。

流石にあまりにもブーメランが過ぎるんじゃないかなあと。

女性男性アイドルに、男性女性アイドルに、それぞれそこで楽しんで生き甲斐を得ているのだからいいのではないか

キモオタ二次元どうこうだって、立ち返ってみれば男二人をホモにして見てウフフと笑っているのだって相当だ。

男性同士は崇高で女性エロ及びNLなどは汚らわしいとかいってる自称潔癖ウーマンは黙っててくれ。そういう話じゃない。

しか最近BL男性向けエロを参考にした汁濁アヘアヘ系が増えている。穴と棒の数がちょっと違うだけで実質一緒じゃん。

どっちもどっちから文句を言うなという論点でもない。

ただちょっと疑問に思ったのだ。

女性地下アイドル男性ファン接触近いファンサービスをしていて、そのファンサービスの為に多量の金を注ぎ込む。

一方で、バンギャはぱっとしないバンドボーカルギターを取り巻いて時には寝技に持ち込み、他の女性ファンマウントを取る。

形はちょっと違うけども、結局は人間の下卑た欲望を貪っているに過ぎない事だ。

結局、差別搾取だ、って騒いでいる人ってその人が一番それらを差別及び搾取してるよね。

将来人権団体で謎の活動をする才能があるぞ。

何が言いたいかよくわからないしこれが初めての投稿からどうなるかなんざ全くわからないが、慎みのある日本人像ってのはもうこの平成絶滅した気がする。

2018-10-08

戦争って思想ブラック企業

キングダムアニメ見てるんだけど、中国の昔の戦争時代テーマ作品なわけ。

で、言ってることややってることや基本思想がなかなかブラック企業なわけ。

命張ってでも大将守ることが偉い、みたいな。

ここまで来て誰も逃げたりしないですぜ、みたいな。

命危ないんだから逃げればいいのに!ってなる。


キングダム自体おもしろいんだけど、ブラック企業的な価値観がたまに辛い。

もちろん創作から実際は絶対こんな感じじゃないと思うし

戦争時代戦場に集まった人間の考え方なんだから、偏りがあるのもわかるんだけど。

個人より全体の利益を考えて、個人を押し殺し全体のために動く感じが辛い。

死を無駄にしないために振り返らず前へ進む!みたいな感じも。


日本現代に至るまで戦争思想残ってるんだろうなと思う

会社のために死ぬまで働く感じが・・・

嫌々ながらも実際そうしてしまう時点で・・・

文化として根付いてしまった洗脳はなかなか解けないんだなぁ。

70年近く経っても。

2018-10-05

anond:20180730022213

>うんだから地下アイドルのおっかけみたいなしょーもないサブカルとして定着しますよねっていう俺が言ってることそのものが起きてます

自分妄想を、現実で起きてるものと思い込むな異常者が。

しょうもないのはお前のサブカルチャーに対する偏見であって、eスポーツ健全ファンと観戦文化根付き始めている。

2018-10-03

差別に反対する被差別者なかにさえ拭いがたく自分自身への差別意識が根付いていて被害妄想自虐というかたちで現れること、って何か名前なかったっけ?

2018-10-02

お気に入り風俗嬢が退店しました

 ※非常に気色悪い内容だと思います。読まれる方は承知の上でお願いします。

 ついにこの日が来てしまった。

 数年前にフリーで予約して出会い、それ以降指名してきた女の子。徐々に人気が上昇して店舗ランキングに載るようになり、予約も取りにくくなっていった。最後に会ったのが7月。以降は何度電話しても予約が取れず、では10月の出勤状況は、と店舗Webサイト確認すると。

「退店しました」

 血が凍るとはまさにこの感覚。いろいろ情報を当たると、どうも9月末での退店は本人の意向だったようだ。出勤頻度が多かったのはそのためだったのか。

 そもそも自分のような、子供の頃から周囲に薄気味悪がられ、女の子にまともに相手をされることのないまま40年以上の人生を送ってきた男にとって、風俗店というのは女の子と触れ合える貴重な場所ひとつである。支払う対価の前には、イケメンブサイクも、自分のようなハゲデブメガネおっさんでも提供されるサービスは公平である(少なくとも建前は。もちろんそうでない店舗もあるだろう)。一方で、サービス以上の要求をしてくる客の話は、風俗嬢エッセイツイートでは定番ネタだ。自分非モテ自覚があるつもりなので、せめて仕事サービスをしてくれる女性不快感を与えてはなるまいと、ルールを守って遊ぶことを心がけてきた。当然のマナーだと思っていたのだが、そうでない客も多いと知って驚いたものだが。

 相手仕事である以上、本気で入れあげるのは遊び方として非常に格好悪いという認識もあるつもりだった。そういうことを理解していてもなお、このテンションの下がり具合はどうだ。

 スタイル自分好みなのはともかく、本来目的以上にお話が楽しかった。

 あるとき、お出迎えを受けたときに、待合室に持ち込んだ本を手にしたままだったことがきっかけで本の話題になった。「なにか面白い本があったら教えて」との言葉に、その街が舞台になったミステリ小説を渡したら、次に会ったときに「面白かった」と言ってくれた。イギリス歴史に興味があると聞いて何か本を渡そうと考えたが、ガチ歴史の本をいきなり渡してもちょっとアレかなと思い、学者から転向した作家エッセイ本を渡したら、それも面白いと言ってくれた。

 もしかしたら、興味の対象とズレれていたかもしれない。気持ちを無碍にしないよう、お愛想で「面白かった」と言ってくれただけかもしれない。それでも、感想を伝えられる程度には目を通してくれたのだろう。嬉しかったし、人にプレゼントする本を考える体験はとても新鮮で楽しかった。

 事情により日射しが体に良くない、と聴いたときは、本人の意向確認した上で日傘プレゼントした。だが事前に好みのデザインを聞くのを忘れたので、デパート店員に選んでもらった。喜んでくれたようだが、これが本当に言葉通りかは甚だ自信がない。

 最初に会ったとき

自分が気に入った子はなぜかすぐ辞めちゃうんだよね。2回目に会えたことがあまりない」

「そうなの? 大丈夫、やめないよ」

という会話を交わしていた。あれから数年経つ。本人の中でも心境の変化があったのか限界を感じたのか、それはわからない。いずれにしても仕方がないし、むしろ当然のことだ。だが、心のどこかで「(予約さえ取れれば)いつでも会える」「いつまでも店に在籍してくれる」という願望や幻想根付いていたのだろうか。

 交際したいとか一緒に人生を歩みたいとか、大それたことを考えていたわけではない。いや、我知らず「あわよくば」という思いはあったかもしれないが、もちろん本気ではない。

 面倒な仕事ストレスだらけの人生の合間にちょっとした癒やしをくれる彼女存在が嬉しかった。

 美味しいと評判のケーキ屋を教えてもらった。甘い物好きと言っていたので、差し入れたら喜んでくれただろうか。

 彼女の好きなものについてもっともっと聞きたかった。好きなものの話をする彼女の顔は生き生きとしていた。

 提供される「サービス」の思い出以上に、そんな些細な思いが浮かんでくる。彼女の技巧も夢心地だったが、出口へ案内される際につないだ手のひんやりした指の感触のほうが忘れられない。

 これではまるで失恋ではないか自分にとっての彼女はそこまでかけがえのない存在になっていたのだろうか。彼女にとっての自分大勢の「お客様」の一人、one of themに過ぎないのに。

 自分でも説明することの難しい気持ちを整理し立ち直るまでには、まだしばらく時間がかかることだろう。せめて会ってお別れが言えたら良かったとも思うが、それも叶わぬことだ。

 ここを見ることはないだろう彼女に伝えたい。

 M子さん、今まで楽しい夢を見せてくれてありがとう。そして、貴方のこれから人生幸せものでありますように。

追記を書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20181005223729

2018-09-26

anond:20180926011918

「何かあったら警察通報」が文化根付いてる

日本警察みたいに被害届拒否とかもみ消しとかないし

こう書いてるから痴漢以外の事も言及しただけ

被害届拒否ももみ消しもないって根拠が薄弱ですねって話よ

痴漢だけで言えばそもそも満員電車ない欧米日本式の痴漢って少ないからね

そも変わり他の性犯罪目白押しだけど

レイプされて泣き寝入ってる話なんてmetooの時散々出たじゃん

体操コーチのやつとか

通報してたら今頃問題になってないわ

anond:20180926011015

あいつらは違法行為があったらすぐ警察通報するよ

「何かあったら警察通報」が文化根付いてる

日本警察みたいに被害届拒否とかもみ消しとかないし

新潮45』の休刊失望した

新潮社が『新潮45』を休刊することを発表した。

私はこの判断に心から落胆し、新潮社という出版社のものに心から失望した。

おそらくもう回復不可能失望だ。

まず断っておくが、私は杉田水脈氏の記事(論文とは決して呼ばない)を一切支持しない。

一切、完全に、ただの一行たりともだ。

続く号で発表された杉田氏の擁護記事も、仮に部分的事実があるとしても一切の論旨に賛同しない。


だが、私は『新潮45』が休刊したことについても深い憤りを覚えている。

杉田氏の記事ならびに擁護記事批判が集まったあと、新潮社代表取締役佐藤隆信氏は以下のようなリリースを発表した。

https://www.shinchosha.co.jp/sp/news/20180921.html

弊社は出版に携わるものとして、言論の自由表現の自由意見多様性編集権独立重要性などを十分に認識し、尊重してまいりました。……

 それらに鑑みても、あまり常識を逸脱した偏見認識不足に満ちた表現が見受けられました。……

 弊社は今後とも、差別的表現には十分に配慮する所存です。

このリリース佐藤氏は、『新潮45』が差別的記事掲載したとは一切認めていない。

まずはじめに言論の自由をうたい、《今後とも》差別には配慮する=今までも差別には配慮していた、としている。

新潮45』の問題あくまで「常識を逸脱した偏見」と「認識不足に満ちた表現」(不足に満ちた?)だ、ということだ。

このスタンス休刊を発表したリリースでも変わらない。

https://www.shinchosha.co.jp/sp/news/20180925.html

会社として十分な編集体制を整備しないまま「新潮45」の刊行を続けてきたことに対して、深い反省の思いを込めて、このたび休刊決断しました。



これらのリリースから新潮社が何を問題視して休刊に至ったのか、私にはよく読み取ることができない。

言論の自由」を重要視するならば、「常識を逸脱した偏見」という言葉矛盾している。

なぜなら、偏見は時に常識の顔をして生活根付いているからだ。それに対抗しうるのは言論しかない。

言論の自由」をうたうなら、常識から逸脱したこと謝罪するのは自殺行為だ。

認識不足に満ちた表現」というのもよくわからない。誰の、何に対しての認識が不足していたのか不明である

(筆者の、LGBTに対する)認識が不足していたというならば、それは表現ではなく論旨そのものに直結する問題だ。

二度目のリリースの「編集体制が十分でなかった」ことから無理矢理意訳するなら、言論としての質が低かったことがもっとも重大な問題、と理解すればいいだろうか。


佐藤氏はこの問題に関して、何よりもまずはじめに言論の自由表現の自由意見多様性編集権独立言及した。

新潮45』は、私の目には差別的侮辱的で唾棄すべき蒙昧な文字列だったが、

佐藤氏は質が低いことは認めても、差別的であるとは最後まで言わなかった。


杉田氏の記事およびその擁護意見を、新潮社として「自由多様性」の一部として認めるならそれでもよい、と私は思う。

だが、それが社としての意見だというならば、そして問題は「質の低さ」だというならば、少なくとも新潮社にはこの問題について「質の高い」意見を示す社会的責任があったのではないか

そして、「多様性」を庇護したいのならば、杉田氏および擁護意見への反論意見として熟議し、「多様性のある」議論を展開するべきではなかったのか。

それこそが「言論の自由」を保証した、出版社としてあるべき姿だと思う。

その範を示すことが、長い歴史と信頼のある大手出版社役割であり、代表取締役が「言論の自由」に言及した意味ではないのだろうか。

質の高い多様な意見を募るには歴史と信頼と知性の集積が必要だ。そんな出版社はそう多くはない。

けれど、新潮社ならできたんじゃないのか。

今回、新潮社は『新潮45』の廃刊という形での幕引きを図った。

差別的表現であったということは認めず、

しかし改めて「質の高い」意見を示すこともせず、

批判に応答もせずに。

言論の自由いちばんはじめにうたったはずなのに、世間の声に反応して言論の場そのものを潰すという、もっともするべきではないことをした。

これを「批判による言論封殺だ」とみる人もいるだろう。

まりに多くの批判が集中しすぎて発言できなくなる。

それはたしかに、この社会が抱える問題ひとつだと思う。

しかし、新潮社は本当に、この幕引き以外選択肢はなかったのか。

新潮社でさえこんな風に逃げ出すしかないのなら、我々はいよいよ、批判を躊躇わなければならなくなる。

意見を示す出版社側は、「常識から逸脱した」意見を出すときは『新潮45』のように潰されることに怯えなければならず、

批判する消費者側は、自分自身批判言論の場を潰し、言論封殺の謗りを受けることに怯えなければならない。

そんな状態こそが「言論の自由」の妨げなのではないか


新潮社は「質の高い」反論をすることも批判を受け止めることも投げ出して、結局真っ先に言及した「言論の自由」を蔑ろに踏みにじった。

私にはそう思える。

そして、そんな愚かな選択を、あの新潮社したことに心から失望している。



はじめて買った文芸誌はyomyomだった。

確か高校生ときだ。

100%orangeかわいい表紙に、めくると広がるとりどりの物語に心をときめかせて創刊から買い続けた。

新潮文庫背表紙が好きだった。明朝体文字だけのそっけなさ。

書店に行くたびあの背表紙群を眺めて、次は何を買おうと迷うのが楽しかった。読んでも読んでも読みたい本が尽きない。頼もしかった。

新書玉石混淆さにはもう十年以上もうんざりしているけれど、それでも新潮新書には基本的安心感を感じていたし、学生時代論文でも、参考文献に新潮社の本を何冊も並べた。

私は新潮社本が好きだった。そして信頼していた。

今はただ悲しい。

2018-09-24

anond:20180924173844

松岡修造錦織に「お前そんな引っ込み思案だったら伸びないぞ、技術センスはいいんだからもっと感情を出して自分意見表現しろ」みたいなことをよく言ってたらしいな。

テニスみたいな個人競技だと、自分PRしてコーチに注目してもらうようなことも伸びるか否かの要なんだろうな。中学時代かに気の強いカースト上位者が上手いこと教師に取り入ってたりしたろ?ああいう才能もないとバックアップも受けられないのかも。

その感覚でずっとやってるから、言ったもん勝ちみたいなメンタリティ根付いてるんだと思う。

一方で卓球みたいなアジア人が強い競技は、バックについてる団体忖度しなきゃいけないような国の選手が上位層にいるから、おとなしい印象がついているんじゃね?

2018-09-19

anond:20180919201421

若者挨拶文化根付いてないからいきなり挨拶されても驚いて反応できないんじゃよ

2018-09-15

子どもは親の所有物なんかじゃない

子どもは親の所有物だという固定観念が根強いから、毒親問題やらそれに付随する生きづらさが後を絶えないんだろう。

歴史的に、人買いに自分の子どもを売ったり、自分が居ないと子どもは生きていけない(幸せになれない)と思い込んで親が子ども心中したり、子どもは親の所有だっていうような事象がよくある。

子どもの発達には育ててくれる大人存在愛情は不可欠だ。それは確か。でも、それは必ずしも血のつながった親でなくてはならないのか?本当に愛情を与えられるのは血のつながりがある人間だけ?

血の繋がらない人間から受けた愛情も、その子自分自身を肯定して生きていく糧になり得るはずだ。

血のつながりがあっても、虐待したり、教育を与えてくれなかったりする親だっているじゃないか。なんで子どもは血の繋がりで縛られなきゃいけないんだ?

親は子どもを生んだ責任があるから、自立するまで育てる義務があるだろう。生めと頼まれてないのに自分エゴで生んだのだから、せめて、この世の中で自分で生きていけるようにしてやるべきだ。

けどそれは子どもを所有するという事ではないはず。だから子どもは親に縛られる義理はないし、子どもは親からしか愛情を受け取ってはいけないわけじゃない。

なのに、子どもは親の所有物、よそはよそうちはうち、という思想根付いてしまっているからよその子ノータッチ。よその家の事情に足を突っ込むべきではない。

そうして家族ガラパゴス化して外からは見えにくくなる。子どもは逃げ道が無くなる。

親がどんな人間であろうと、逃げられない社会的にも心理的にも縛られ続ける。

親に虐待されている子ども虐待を受け続け、親が犯罪者の子どもは犯罪者の子どもというレッテルを貼られ続ける。勉強する習慣がない家の子は、勉強ができなくなる。

自分のせいじゃないのにおかしくないか。なんで親に縛られ、親によって自分人生が左右されなきゃいけないのか。

教育格差を始めとした子ども格差は、学校子育て世帯に金をばら撒くだけじゃきっと根本的な解決はできない。

理想論なのは分かってる。けど、「親∉子」という価値観を廃し「社会∉子」という価値観を持ち、社会全体から守られる一個人として子どもが扱われるようになって初めて平等教育の機会が与えられる基盤ができるんじゃないか。親以外の誰かに助けを求め、愛情を受けることができるようになるんじゃないか自分人生を親に左右されず自分努力で選び取ることができるようになるんじゃないか
















私は、親の罪で社会から偏見や同情の目に晒され続けた親友を救いたかった。親は関係ない、可哀想なんかじゃないって訴えたかった。

2018-09-12

最近ウルトラマンはつまらない、というより"物足りない"

こんなタイトルを書いて、さぞアンチウルトラマンのようにみえるが、私はウルトラマンが好きである

放送中のウルトラマンルーブは楽しく見させてもらっている。『ルーブ』とは何者なのか、なぜロッソとブルはグルジオボーンと落ちてきたのか、愛染マコトの狙いは何なのか・・・・・・。現時点で10放送しており、そろそろ折り返し地点である

だけどはっきりいえば、何か物足りなさを感じる、というより、面白さに欠けている。楽しく見られているが、面白いかどうか・・・・・・と言われると、微妙だ。

この不満は実は遡ればウルトラマンオーブからある。いや、ウルトラマンオーブで感じたその不満は一部だけで、本格的に感じたのはジーからだろうか?

何が不満かというと、怪獣に魅力が感じられないのである

なにやら最近はそのルーブの登場人物である愛染マコトのおかげで、懐古厨は愛染マコトだ、なんてまことしやかにネタにされているがはっきり言わせてもらうと、最近ウルトラマンには怪獣の魅力に欠けている。

何故怪獣が出現し、何故怪獣が暴れるのか。ウルトラマン根本的な話の主軸はそこであって、それに対して人間ウルトラマン立ち向かうものではないか

最近だとウルトラマンXの「怪獣は動かない」だとか、ウルトラマンジードでも「ココロヨメマス」が面白かった。ちょっと紹介がてらどこが魅力的だったのかを説明する。

ウルトラマンX第10話「怪獣は動かない」には、不動怪獣ホオリンガが登場する。1か月前、山々に囲まれ坂根村に突如として出現したところから物語が始まり、それまで全く動かず無害であることから村のマスコットキャラクターとして売り出そう、という話を村人たちがしている。しかホオリンガが栄養失調に陥っていることが分かり、Xの世界防衛チームXio(ジオ)は治療弾を注射する計画をするが、一人の少女がそれを止めようとした・・・・・・

ネタバレになっても構わないのであれば話すが、実はホオリンガは坂根村に伝わる神様で、ホオリンガは現れると次第に新たな山に生まれ変わる怪獣だった。地面に根付き、栄養を大地に送り、自らが山に変わることがホオリンガの怪獣としての使命だったのだ。そうとはしらず栄養を無理やり注入し、あろうことがホオリンガを動かそうとしたことで、ホオリンガは激怒花粉をまき散らして暴れ出してしまう。そこで本作のウルトラマンウルトラマンXが戦うのである

次にウルトラマンジード第10話「ココロヨメマス」。例に挙げたタイトルがすべて第10なのは偶然なのでご容赦願いたい。

突如として地球に、怪獣ザンドリアスが飛来した。なぜザンドリアスが地球へやってきたのか。本作での防衛組織に当たる、犯罪をはたらく宇宙人を取り締まる機関AIB(エーアイビー)の愛崎モアは、相手の心を読むことができる宇宙人、ゾベタイ星人のナビア(地球での偽名はサトコ)と協力してその真意を確かめる。

オチだが、実はザンドリアスは恋煩いを患っており、好きな女の子告白できず、勝手玉砕して地球に飛来したのだった。ゾベタイ星人は嘘をつかない性格らしく、このザンドリアスの気持ちを「くだらない」と言うが、モアがそれを一蹴。誰かを思うことにくだらない事なんてないと啖呵を切り、本作のウルトラマンであるジードと協力しているゼロに、ザンドリアスを宇宙に返してくれるよう進言したのだった。

今回あげたタイトル共通点はまさしく「なぜ怪獣が現れ」そして「暴れるに至ったか」という、怪獣の生態であるとか、怪獣の心象であるとか、怪獣のものドラマの中心においている。ウルトラマンらしさを語っているわけではないのだが、怪獣が出現する以上、こういった意味付けは重要だと思う。

だがジード本編における大多数の話と、現在放送中のルーブはどうだろうか。基本的怪獣は、作品内の悪によって召喚されたものか、悪人のものが変身したものである

ジードに登場する伏井出ケイことストルム星人は、ウルトラマンベリアルに心酔し、ジード=朝倉リク同様、ジードライザーを使い怪獣召喚したり、自らベリアル合成獣として変身したりしている。野良怪獣が現れたのは、ザンドリアスとギエロン星獣の回くらいではなかったか? そして現在放送中のルーブは、愛染マコト怪獣召喚し、そして自らも『ウルトラマンダークオーブノワールブラックシュヴァルツ』という真っ黒なウルトラマンオーブになったりする。怪獣物語アクセントを足す調味料程度でしかないのだ。

いや、ウルトラマンルーブは世界観として「怪獣存在しない世界」だから理由付けとして怪獣召喚するしか方法がない、という意見は分かるのだが、それにしたって「その怪獣が出現する意味」が無さすぎるのである。第10話に登場し、おそらくそのまま第11話でも出るであろうルーブ由来の新怪獣、豪烈暴獣ホロボロス狛犬のような見た目の神聖怪獣っぽいのに、結局は登場は愛染マコトがホロボロスクリスタルを使って召喚させたに過ぎない。しか召喚理由は、ウルトラマンルーブことロッソ=湊カツミとブル=湊イサミに、ウルトラマンとしての適性テストと称して召喚されたのだ。これじゃあせっかくの新怪獣もただの試験官だ。これだったら別の怪獣でもいいじゃないか

別に宇宙人怪獣使役したり、召喚することが悪いとは言っていない。遡ればウルトラセブンだってピット星人がエレキングを飼っていたし、帰ってきたウルトラマンではナックル星人がブラックキング用心棒として使役していた。だが、ただ無意味召喚させるだけの今のウルトラマンには、話としての物足りなさが露出していて、見終わった後特別何も感じない。

ウルトラマンAだってヤプールが超獣を作っていたじゃないか、それと同じじゃないか。という意見が出る前に一言いえば、ウルトラマンAだって超獣の個性をふんだんに使い、その超獣が話の主軸になっていた。最近平成作品でもよく出るアリブンタは、地下鉄を襲って人を蟻酸で溶かすシーンは恐怖そのものだったし、二次元超獣ガマスは撮影した時のカメラネガに潜み、焼き増しすればするほど増えるというとんでもない超獣だった。きちんと怪獣能力物語の中心となってストーリーが展開している。でも今のウルトラマンは、人間ドラマほとんどを費やし、怪獣は結局最後に出現させて倒されて、はいおしまい。これじゃあんまりじゃないか

過去怪獣を出すなとか、そういうわけじゃないのであって、さっきも言った通りザンドリアスやギエロン星獣オーブならまさかの戀鬼やラゴン、Xだとバードン宇宙化け猫・・・・・・過去怪獣でも、何故現れたのか、何故暴れるのか、何をしたいのかを描くことは可能じゃないか人間ドラマも嫌いじゃないが、そろそろ怪獣がメインの脚本を見てみたい。

ウルトラマンルーブ。おそらくこれまで通り予定では全25回。残りの15回で、見終わった後に清々しくなれるような話が来てくれることを願う。

2018-09-10

この国では、収入一定額を他人寄付することが義務付けられている

国民相互扶助精神をかん養するための寄付の促進及び規制等に関する法律」、通称投げ銭法」。

この制度が導入された経緯は、単純ではない。

プライマリーバランス悪化生活保護受給者に対するバッシング自己責任論の台頭、新たな天下り先を確保したい財務官僚の思惑、利権匂いをかぎつけた政商の働きかけ、歴史に名を残したい政治家スタンドプレー、「普通の」国民による与党への盲目的な支持、そして何より、圧倒的多数国民政治に無関心だったこと。

様々な要因が絡み合い、比較法的にも特異なこの制度誕生した。

当初、努力義務だった規定は、罰則付きの義務となり、寄付すべき収入割合は、いつのまにか増加していった。

制度の根幹は、いたってシンプルである

「全て国民は、収入一定割合他人寄付しなければならない。」

投げ銭制度の影響を大きく受けたのは、芸能人だった。

知名度と人気が金になるこの制度

テレビに出ることは、それ自体利権と言えた。

芸能人の出演料は、低下の一途をたどる。

やがて、ほとんどの出演者は、テレビ局に金を払って「出演させてもらう」存在に成り下がった。

また、貧困層への寄付も––法律の(建前上の)目的に沿って––盛んに行われた。

有志が寄付募集ウェブサイトを立ち上げ、多くの貧困者が、実名・顔出しで寄付を募ったのである

もっとも、寄付が集めたのは、寄付する者にとって「分かりやすい」「心地よい」者だけだという指摘もある。

知的障害者よりも身体障害者の方が、容姿の醜いものよりも美しい者の方が、多額の寄付を集めた。

投げ銭制度歴史は、その悪用規制歴史でもある。

制定当初から制度の潜脱を防ぐための以下のような規制存在した。

親族への「投げ銭」の禁止

過去自分又はその親族に「投げ銭」をした者への「投げ銭」の禁止

過去10年以内に「投げ銭」をした相手への再度の「投げ銭」の禁止

・将来の「投げ銭」の約束無効

制度の抜け穴を探す者とこれを規制する者のいたちごっこにより、その他の禁止事項は膨れ上がっていった。

それでも、「投げ銭」で損をしたくない者は、常に存在する。

彼らは、非合法的に、相互投げ銭をするシステムを構築していった。

いわゆる「互助会である

典型的互助会の仕組みはこうだ。

例えば、Aさん〜Zさんの26名で互助会構成するとしよう。

ある年、AさんはBさんに、BさんはCさんに、……と寄付し、ZさんはAさんに寄付する。

翌年以降は、これを少しずらして行う。

こうすれば、「互助会」外に富は流出しない。

当然、このような互助会非合法である

密告、司法取引、報奨金などの制度により、取締りが図られているが、宗教人種地域などに根付いた狭いコミュニティによる互助会は、なかなか根絶しなかった。

だが、この互助会も、ある女性の起こした事件きっかけとして、姿を消すことになる。

その女性は、手練手管で数々のコミュニティに入り込み、数百に登る互助会名前を連ねることに成功したのだ。

数回は、互助会趣旨に従って寄付を行ったものの、その女性は、あるとき、全ての互助会の取り決めを無視して姿を消す。

この方法によって、女性は数億を超える富を得たともいわれる。

この事件が知られると、多くの互助会疑心暗鬼に陥って崩壊した––それゆえ、この女性政府関係者と疑う向きもあるが、政府はそこまで有能ではないとの反論もある。

のちに「詐互嬢(さごじょう)」と呼ばれるこの女性

金を「カッパ」らわれた者達は、目を「皿」のようにして、彼女を探しているという。

https://anond.hatelabo.jp/20180909133511

2018-09-09

因果応報という宗教感覚

日本無宗教ではなくて多神教である、ちまたにあふれる宗教イベントを見よ・・・と思っていた。

最近もう一つ気になる事があって仏教の影響だ。

因果応報という仏教思想は意外と日本人に根付いているのではないか?思うことがある。

いじめっ子の子どもが他の子に虐められるのが因果応報というようなコメントを見てのことである。(日帝の子孫には何をしても構わないという反日の人を笑えない)

因果応報辞書で見てみよう。

https://dictionary.goo.ne.jp/leaf/idiom/%E5%9B%A0%E6%9E%9C%E5%BF%9C%E5%A0%B1/m0u/

いんが-おうほう【因果応報】の意味・使い方

出典:新明解四字熟語辞典三省堂

人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということ。▽もと仏教語。行為善悪に応じて、その報いがあること。現在では悪いほうに用いられることが多い。「因」は因縁の意で、原因のこと。「果」は果報の意で、原因によって生じた結果や報いのこと。

よく見ると「もと仏教語」と書かれている。

元だろうと現だろうと、行為善悪に応じて、その報いがあるという目に見えない法則というのは宗教的に感じる。

宗教的な感覚を抜きにしたら、あるべき姿や善悪に関わらず起きることは起きるという当たり前の思想になるのではないか

例えば逮捕されなかった殺し屋未来幸せ人生か不幸な人生かは分からない。それを、人を殺したら後で自分自身が苦しむという法則で見なすの因果応報という事だろうか。

これはやはり宗教的な考えではないだろうか。

因果応報という考えが嫌いとか嫌いではないとかそういう話をしたいわけではない。

日本信仰自由が認められているのであって、因果応報共通認識である保証はどこにもない。

だいたい、諺のような類いは正しいのかどうかさっぱり分からないようなものがいくつかあるのだから

2018-09-04

翁長知事「戦う民意」〜「琉球独立」を促しているのは国民の無関心だ

抜粋しながら読書

野党問題

野党が支持されないわけ

左右いずれもガチガチ政治家は、いつまでもガチガチのまま、一割の支持者層で人生を終えてしまます。私は共産党の人たちにもずっと言い続けました。

政権を取るぐらいの気持ち政治をやらなければ、いつまでも一割政党でどうするのですか。これが正しい、あれが正しいと言って政権も取れず、あなた方は政党として支持者に応えているのですか。あなた方を信じて何十年も付いてきた支持者に不誠実ではないですか」 一割で正しいことを言っても、残りの九割に誰も興味を示さないのなら、政党としてやっている意味がないのではないか。 現在日本政党状況のように、「一強多弱」では政治が行き詰まってしまます。それぞれ一定程度の勢力を持ちながら勝ち負けがあるからこそ政治に緊張感が生まれ民意がそこに反映されるのです。それは政治家がいつも意識していなければならないことだと思います

9条があるから平和なのか

憲法改正派も、そうで無い人も、沖縄視点が抜け落ちているのだ

私は革新側も批判しています。「憲法九条があるから日本平和だ」と主張する人たちは、憲法埒外にあった沖縄負担のもとで、戦後日本高度経済成長平和継続があったという視点が抜け落ちています

政権の現状

この本が書かれたときも、そのあとも、民主主義は壊れ続けている

今の日本政治はまったく民意を顧みない。国権の最高機関たる国会も、行政府監視という役割果たしておらず、与党内においても異論封殺されています日本民主主義危機に直面しているのです。

「例の作家

沖縄押し付けた、沖縄基地に守られながら、「保守」を名乗り沖縄差別するという構図

そればかりか、「(普天間基地の)もとは田んぼで何もなかった」「基地地主はみんな年収千万円」と発言した有名な作家のように、自分たち日本安全保障を守ろうという気概もない人たちまでもが、実態とかけ離れた暴言を吐いています。そこには沖縄に対する無知無理解差別意識があります

独立するのか

沖縄差別しておきながら、独立を憂う矛盾、そして独立への道は"不本意"ながら舗装されつつある。沖縄への無理解の代償として

 沖縄という小さな島が、日米両国という大きな権力相手にして戦うことは困難を極めます。 そうした状況を前にして、「沖縄独立することを考えているのですか?」という問いが発せられます。 そして、そんな問いを受けるたびに、私は沖縄県民がここまで日本国民として受け止めてもらえないのか、と絶望的な気持ちになるのです。

もちろん、独立論は沖縄積極的に支持される意見ではありません。これまでは居酒屋談義とされてきました。独立論がまじめに語られ始めた原因は、むしろ本土側にあります。 基地削減を求める沖縄県民の声が無視され続け、これに対して「日本の四七分の一として認めないのなら、いっそ日本というくびきから外してほしい」「独立すれば沖縄意思基地をなくせる」という気持ちの表れとして独立論が語られます

今後、事態の成り行きによっては、独立意思を表明する人たちが、沖縄から数多く出てくるかもしれません。しかし、それ自体沖縄の不幸につながると私は思います

沖縄問題は、結局は合意形成に基づく民主主義問題帰着される

そして、沖縄独立を語る前に、日本本土覚悟を決めて、米軍基地を全国で受け入れて、しっかりとした日米同盟をつくってもらいたいと私は思っています日本国民一人ひとりが、基地問題自分のこととして考えて、そしてその集約が日本政治うごかしていくようにならなければ、真の民主主義がこの国に根付くことはないでしょう。


沖縄基地問題は、結局自治体と国の闘争という単純な話ではないのだ。基地問題に限らず、政治に関する無関心は、最終的に、大きな民主主義の傷となって日本国を蝕んでいくだろう。

ところで、この場合基地問題議論を終着させるのは誰の意見なのか?日本国民の多数決沖縄県民の多数決?まぁ、現時点ではおそらくそれのどちらでもなく、「政権多数決なのだろうな。

まぁ、「多数決」が「民主主義」と思っているような人も多いので、この国の民主主義には期待できそうにもない。(ヘーゲル弁証法や「止揚」は、現社でやったっけ?)

2018-09-01

https://anond.hatelabo.jp/20180901141731

追記最後の一文で彼女バイトであることがはっきりするが、追記無しでも読み取ることは可能ではある。

エンベロープというのはおそらく、いわゆるカップスリーブのことだと思われる。スターバックスコーヒーのような業態ショップではコーヒーは紙コップに入れて出される。熱いコーヒーが入った紙コップは素手でもてないのでボール紙などが巻かれる。これがカップスリーブだ。「コーヒーを買いに行って、つまら冗談を言ってから職場に戻って来る」という表現から、さほど時間がかかっていないことが読み取れるので、つまり飲んできたのではなく淹れてもらったものを買ってきたのだと判る。あまり知られていないことだが、コーヒーショップではテイクアウトコーヒーを買う場合、紙・プラカップ以外にも、持参したタンブラー ーー 水筒のこと、に入れて貰うこともできる。タンブラー可能性は排除できないが、その場合エンベロープが何を指すのかがわからない。コーヒー屋で封筒を貰うことはないし、元増田が例えば革製のドキュメントケースを持って行ったとしたらこれをエンベロープと称するのは妥当ではあるが、この種のケースは構造封筒のものなので、フラップ邪魔をして内側にメモを入れるのは難しい。ただそれが成されたとしても、「メモを挟む」という表現は似つかわしくないだろう。エンベロープという言葉説明なしに使っていることから、それは解説を要する程には特殊ものではなく、その状況では自然に在るものだと思われる。「美少女ではないから」などと予想される読者の反応にあらかじめ対応できるほど慎重な筆者が、その点をおろそかにするとは考えにくい。

加えて、最初の一文も読解の重要な手がかりだ。「常連なので顔が覚えられているどころか、数分程度なら会話もする位には仲良くなってる店員さんも何人もいる。」高校生が客の一人なら、この一文には意味がないが、店員なら、仲良くなっている店員のそのうち一人が… というように話の背景を説明するよい導入になる。後に出てくる「日々の雑談」という表現は、日本には他人たるお客同士でフランクに会話するような文化根付いてないので、もし突然出てきたら面食らうが、最初の文に対応していると考えると、これも引っかかりなく読める。

以上の理由により、高校生店員、という仮説がもっと妥当解釈だと思う。喫茶店の利用シーンに明るい読者はその筋を読み取れるだろうが、多くの人には無理だろう。別に読めなくともアホではない。

追記・偉そうに長々書いてしまったが、俺の読解力では「初々しい」のがどちらなのか自信を持って言えない。ところで今日コーヒーに関する話がよく出てきますね。高校生コーヒー・ウスメターノ、馬の小便… どういう星の巡りだ

2018-08-25

anond:20180825113658

おかげさまで、だいぶネット社会では男尊女卑(というか反男女同権思想)が根付いてきたように思います

2018-08-24

anond:20180824230719

まあ一概にそういうのはどうかとも思うなあ。

でもその人が過ごしてきた履歴現在に至るわけで、

それはだいぶ家庭環境などが影響していると感じられる。

正直、人間誰しも自分認識したものしか自分他人も見れないし、

その人の考え方は強く根付いていて、変えられるもんじゃない。

心身に余裕があっても絡まないほうがいいと思う。


他人を全部助けるとかっていうのは偽善で、アドバイスしかできない。

それ以上求めるなら依存というのが自分の考え方で、自分の手には負えない。

ってことを後でいっとく。

2018-08-23

無垢身体神聖視することが刺青偏見寄与してる

からもらった体になんとかかんとか

それの最も悪い意味で発露したのが処女信仰

個人主義根付いてない

きもい

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