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2017-09-23

anond:20170923110805

一夫多妻

結局それが世界的に根付かなかったのって、人間生産効率が悪かったからでしょ。

2017-09-22

日本人勉強しない

日本人は本当に勉強しない。

やれと言われてやる、昇進や資格必要からやる、というような勉強はする。

でもそういう勉強試験が終わったらまったく身に付かない。

何かやりたいことがあるから下調べをする、自分生活を向上させるために勉強する。そういう習慣が全くない。

勉強の仕方をそもそも知らないのだろう。

試験のための勉強だったら、参考書がある、塾もある。でもそういうお膳立てのない、「今それをやりたがっているのは世界自分だけかも知れない」という目的のために、似たような試みを探したり、参考になりそうな資料を集める、という訓練がまったくされてない。

じっさいこれは学校教育公教育と言う形で身に付けるのは無理なのかも知れない。

アメリカ人あんなに創造なのは開拓者DIY精神根付いているからではないか

スティーブ・ジョブズに一番影響を与えたのも、学校科学の授業などではなくエンジニアだった義父のガレージ作業だったと言う。

親や社会が、自分目的のために勉強創造するという姿勢を見せられないとだめなのではないか

 

日本人勉強しない。

から試験資格に関わらない勉強のためのリソースというものも、社会全体に驚くほど提供されていない。

自分最近わけあって英語を本格的に勉強し、その嬉しい副作用として英語世界には如何に「何かをなす」ための勉強指針が溢れているかを知った。

「何かになる」ためのものではない。

資格肩書きで、誰かに認めてもらうための勉強ではない。

ただどんなに簡単なことでも、自分のやりたいことをやり、自分のなしたいことをなすための教材が溢れているのだ。

日本社会はこの差をどうやれば埋められるのだろうか。

それは実のところ、この世界出会ってしまえば自明方法なのだが、日本人にはそもそも「それをする」ということ自体が受け入れ難いことだろうとも感じる。

どうせ反発を受けるだろうから自分からも言いはしない。

日本人には、開拓者精神はもてない。

2017-09-19

anond:20170919215645

今日昼過ぎ包丁ガッツリ切ってしまった

根っこを切らないと鉢植が倒れたまま立たないという緊急事態だったから、多少季節はずれでもしょうがない…

お前ゴボウか!って言わんばかりの野性味あふれる根っこが何本も鉢の底から飛び出して地面に根付いていたわ

ワイルドすぎるわカポック

これからしばらく日陰において様子を見ることにする、アドバイスさんきゅ!

2017-09-13

anond:20170913221637

もしその説が正しいならば、親なのに成長を喜ぶのではなくマスコット的に存在して欲しいって願ってるってことなのか?

というか風呂キスも男親と男児ならまず親からしようとしない(すくなくともメジャーではない)

終わることをどうこう言う以外に始めよう、続けようという動機性的欲求根付いてる

と思うんだけど

2017-09-12

日本人宗教あるじゃん

話ずれるけど日本人自分儒教を信じてることをもう少し客観的に見つめ直した方がいい

宗教がないとか寛容とか、真っ赤な嘘もいいところ

年上には無条件で敬語使わないと駄目とか思いっき儒教の影響受けてるけど普通とか自然で済まされるのは立派な洗脳だよ

合理的に考えればまるで必要がないどころか余計な語彙と無駄情報が増えるだけ

ここら辺を守らない外国人を、おもてでは「外人からしゃーなしw」みたいに平気なふうにするけど、

実際は心の中で見下してるのがほとんどでしょ

敬語できたら偉い偉い、これのどこが宗教じゃないんだか…

決まった方向と時刻に拝むのを馬鹿にするくせに

ここら辺を馬鹿にするとキレるのはまるっきり信者のそれ

目の色が攻撃色になってんぞ

 

誤解ないようにいっとくと宗教儒教としてこれら非合理性を認めて自覚してる上での行動はいいんだよ

合理的な側面も勿論あるんだから

武士道とか騎士道とか座禅とか礼とかおもてなしとか

ただ人間日本人として当然みたいな言い方すんなっつー話

それまるっきり儒教ベースから

 

日本平等自由の考え方が根付かないのも、元はと言えば儒教のせいでしょ

目上の人間社会ルールになってんだから歯向かえるけがない

キリスト教仏教イスラム教は神が世界を作ってる

けど儒教じゃ権力者が作ってるんだ

権力者じゃなければ天皇

平等自由を主張できるわけがない

2017-09-03

そういえば鉄ヲタ野球選手っていないよね

 鉄ヲタプロ野球選手

 いや、探せば一人くらいいるだろうし多分私が知らないだけなんだろうけど、ともかく私は知らない。それだけが今、私の眼前に漫然と横たわる事実である

 このことが浮かんだのは風呂場でシャワーを浴びている時だった。着衣の間もずっとモヤモヤしていた。

 多くの人が知っているであろう通り、スポーツ観戦に観客の「歌」はつきものである

 有名なところだとマンUリパブリック賛歌だろうか、サッカーなら日本浦和レッズだって試合に勝つと合唱タイムがあったりする。

 当然応援中にも応援歌が歌われるし、ファンが手っ取り早く一体感を得るにはそこに混じって歌を覚えればいいのである

 そして野球というスポーツにも応援歌がある。

 多くは自チームの攻撃中に歌われるもので、その選手固有のテーマが宛がわれたり、新人には右打者打者ごとに汎用テーマが用意されていたりする。

 私も贔屓のチームはもちろん、同一リーグ球団歌は一通り歌えたりする。

 さて、選手個人に宛がわれる応援歌は、ほとんどの場合その球団伝統的に使われてきたものであり、ある選手引退したり移籍したりすれば、その選手テーマは他の選手に流用されたりする。

 しかしその選手問題を起こしたり、逆にレジェンド級の活躍をするなどした場合、その歌はその選手記憶と共に葬り去られる。

 つまり世代が進めば進むほど、応援歌絶対数が少なくなっていくのだ。

 その為どの球団でも、毎年1,2曲が「補充」される。

 しかしその都度に応援団の誰かが作曲しているわけではない。

 大体半分くらいの新曲は、勝手にそのへんの曲をパクってきたものだ。

 たとえば阪神では相手の先発が降板すると「蛍の光」が歌われ、

 横浜ではチャンスになるとパチスロ「獣王」の「サバンナチャンス」が流れ、

 かつてロッテに在籍していた神戸が打席に立つと東方の「U.N.オーエンは彼女なのか?」が替え歌で歌われたり

 といった具合だ。

 もうすこし逸れる。

 近年、多くの球団で、球場の最寄り駅の発車メロディー球団歌を流すという試みがなされることが多い。

 水道橋駅では巨人の「闘魂こめて」が流れる

 関内駅日本大通駅ではベイスターズの「熱き星たちよ」が流れる

 海浜幕張駅ではロッテの「We Love Marines」が流れる

 つまり駅メロは、その球団アピールするひとつの商材として考えられていることがわかる。

 そこが贔屓のファンが行き帰りに球団歌を聴けるのはうれしいだろうし、考えても見れば、その駅を職場の最寄として使っているサラリーマンは、球団にとってこの上ない格好のターゲットなのだからアピールするのは当然である

 日常の何気ない音楽で、ふとした拍子に野球をうまく意識させ、精神根底根付かせる。駅メロにはそういう効能があるのだろう。


 さて。

 駅メロと選手応援歌、ここには何の接点もないように思える。

 しか共通点が一つある。

 それは「数小節で簡潔していて、ループさせても違和感がない」ことだ。

 つまり駅メロと応援歌はとても相性がいい。

 しかし前述の、球団歌を駅で流すというのは、それに使われる球団歌はどれも数小節ループしないし、試合中に連呼されるものでもない。

 これはとても勿体無いと思う。

 最寄り駅で週代わりで、上下線別々に特定選手応援歌シンセアレンジしたものを流せば、絶対にしっくりくる。

 しかしそんなことは手間だし偏りが出るから絶対に行われない。


 だが、逆にこう考えてみよう。

 

 「既存の駅メロを応援歌にしたらどうなるか」と。


 やっと本題に入る。

 これをするためにはもうひとつ条件がある。

 それは「歌を入れても問題のない旋律である」こと。

 そしてこれは、つまり最初から歌詞がついている曲が駅メロとして採用されているものなら何の問題も無いということだ。

 私が推したい駅メロが二曲ある。

 品川駅の「鉄道唱歌」と、桜木町駅の「線路は続くよどこまでも」だ。

 どちらもループがほどよい長さで、既に歌詞がついている。このまま球場で歌ってもなんの問題も無いし、替え歌しても誰も怒らない。

 そしてこれらの曲を応援歌として用いるとなれば、品川桜木町を訪れるたびに、プロ野球ファンは「あっ、あの選手応援歌が流れてる」となる。

 広告効果はそれなりにあるだろうし、何よりこの二曲は大昔のものから著作権はない。

 採用すれば、あとは勝手JR毎日宣伝してくれる。

 作曲する手間もパクるリスクもいらないし、どちらも日本人に馴染みのあるメロディーからすぐに覚えられるだろう。

 まだ応援歌のない野球選手がひとり、鉄ヲタ公言するだけでいい。それだけで、私のこのしょうもない妄想は実現させられるかもしれない。


 ・・・さて。

 品川駅桜木町駅は、どちらも京浜東北根岸線が縦に走っていて、関内駅まで直通している。

 この私の案が一番「効く」のは、横浜DeNAベイスターズだろう、と勝手に思っている。

 横浜星覇会のみなさん、ここはひとつどうですかね。

少子高齢化対策あげつらねるぞー!

プランA 日本人がこどもを生む ← 無理だから減ってる

プランB 子持ちに補助金 ← 独身から税金取れないず無理

プランC 移民 ← 保守層の反発、労働力ダンピング日本人にも被害

プランD 精神論 ← 国民は疲れ切ってて無理

プランE 法律で子作り強制 ← 人治国家(笑)当然国際社会から批判

プランF 人口減を受け入れる ← 一人当たり生産性あげられないので没落

プランG 税金の使い方を徹底監視 ← 権威主義批判嫌いのお国柄で根付かない

プランH 恋愛至上主義同調圧力 ← 独身オタクが多い日本ではもはや不可能 

プランI AI代替させる ← 似非科学染みてる コストに見合わない上、設備投資を嫌う

 

プランJ ブラック労働国体維持 ← この中で一番現実性がある

2017-09-02

https://anond.hatelabo.jp/20170902182744

じゃこの記事は全て嘘っぱちか?

ttp://www.lvtaizen.com/_backnum/html/9101main.htm

>「タトゥー」 と英語にすると話が別だ。言葉の妙というべきか、一気に軽い響きになり長年日本根付いてきた物騒なイメージは払拭されてくるからおもしろ

>誤解や批判を恐れずにあえてストレートに書くならば、「タトゥー二級市民」 という概念アメリカにも確実に存在している

真木よう子さんのコミケ参戦問題を整理してみた。

現時点で、本人が参加を辞退している以上、もう掘り起こさなくても良いんじゃないかとも思うけど、今回の件で色々と考えさせられたので、自分の中のもやもやを整理するためにこの日記を書いています

なので、自分と違う価値観の方には全然落ちてこない内容かもしれない。そして私は、コミケ同人誌即売会というイベントサークル参加した経験はないが、一般参加は何度もした事があり、友人に同人サークル活動をしている人もいて売り子で協力した事があります。このため、出来る限り中立的目線を持ちたいですが、所謂コミケ参加者側の"オタク"の価値観に寄った意見になる事をご容赦ください。

ただ、自分にも真剣応援している推し俳優がいるので、今回の一連の騒動はなんだか他人事とは思えなかったので。

まず、問題は一つではなく複数あり、複数問題が複合的に重なった結果、今回の騒動が起きてしまったんだと思う。混ぜて話すと分かりにくくなるので、1個ずつ取り上げてみることにする。

また、「真木よう子コミケ参戦を促した黒幕別にいるか彼女には何も落ち度はない」という意見もあるかもしれませんが、ここでは論点が少しずれるので詳細には言及しないこととします。

まず問題なかった点というか、これは是非とも賛同したいなと思えた点から

問題なかった点】
写真集作成するということ

オタク普段から表現の自由を訴えている癖に、彼女表現する機会や表現する自由を奪った」という記事意見を多数見かけたが、コミケ参戦反対派のオタク(以降、便宜上オタク」と略す)の中で「写真集作成する」という行為自体否定している人はほぼいなかったと思う。写真集作成し、彼女写真エッセイ等で自分自身表現すること自体はとても素敵で素晴らしいことだ。今回は残念ながらプロジェクト頓挫してしまったが、今後また別の機会があれば是非とも再挑戦してほしい。

ただしその時は、その作品を発表・発売するのに一番適切な環境手法について熟慮して頂くことを心から願いたい。

問題があった点】
◆「クラウドファンディングによって多額の資金を募った作品」をコミケの「アマチュアサークル」として頒布しようとした事

これは既に多くの記事でも言われている通り「クラウドファンディング自体資金集めの手段としては画期的であるし、彼女応援するファン支援できる、という事は全く悪いことではないと思う。ただ、「クラウドファンディング」というビジネスモデルに頼って「多額の出資金」で作成された「プロライクな作品」を「コミケアマチュアサークルとして頒布する」となると、やはり違和感が拭えない。

正式ルール化されていなくても、アマチュアサークル作品を作り頒布する人のほとんどは、例外を除き自費制作が主流。これは、出す作品同人誌でも写真集でも雑貨でもCD映像作品でも一緒だと思う。当然、自費制作なので多額の資金を準備するのは大変だし、制作数にも限りがある。そういう制約の中で最大限の努力をして、自分作品を出す。コミケというのはこういうDIY精神ベース根付いているし、そういう人達の活力で出来ている。

クラウドファンディング」の「制作したいものがあっても資金がないので、パトロンを募って出資してもらおう」という精神は今の時代の風潮に合う素晴らしいものかもしれないが、「コミケ」の中の主流である自分達の制作頒布するもの基本的自分達の資金力・能力範囲内で準備する」という精神とはやっぱり相容れない部分が大きい気がする。

多くのオタク拒否反応を示したのはこの部分のはずなので、同じことを別の人がやってもやっぱり叩かれていたと思うが、真木さんほどの有名人がやろうとしてしまったことが大炎上に繋がったのだろう。

コミケ企業ブースであれば、出展料金はアマチュア向けブースよりもかなり高くつくものの、そもそもが商用のスペースなので、企業ブース出展する企業コラボレーションして参加するという話であれば、もしかしたら成功していたかもしれない。(企業ブースには声優等の有名人が登場することもある)

真木よう子さん自身目的を達成するにはコミケアマチュアサークル向けスペースが不適切すぎた点

何故コミケに参加したいのかという質問に対し、真木さんは「ファンの方と交流したい」という回答をされているのを拝見した。コミケは、確かに作品頒布者とそのファン交流できる場でもある。ただそれは、あくま作品頒布する際に生まれる「副産物」であって、そもそもファンとの交流に適した場所ではまったくもって無い。

コミケは、毎年ニュースになるほどの人混みになる。アマチュア向けサークルブース基本的に長机を半分で1サークルが使い、サークル側の1ブース内に入れる人数は2人程。大手サークルでも2スペースで長机一つ分。一般参加者が歩き回れる通路もとても広いとは言えず、移動したくても身動きが取れなくなってその場で立往生するなんてことは当たり前に発生する。人混みではない場所でもブースの周りにずっと人だかりが出来ていたら、近隣のサークル迷惑がかかる。そもそも、入場するまでの待機列から目的場所に辿り着くまでに3~4時間以上経っている…なんてことも当たり前に起き得る。夏コミなら炎天下灼熱地獄の中で長時間外で並ぶことになるし、冬コミなら早朝の凍え死にそうな寒さの中で長時間並ぶことになる。

そんな場所で、所謂有名人である彼女が参加することで起きるであろうリスクを考えるのは簡単だろう。コミケ参加者彼女ファンを問わず真木よう子というネームバリューがあれば大量の人達がそのブースに押し掛ける。コミケ参加に不慣れな彼女ファンコミケ常連客との間でトラブルが起きるかもしれない。それによって、近隣のブース作品頒布するサークル迷惑行為被害が及ぶかもしれない。コミケに不慣れなファンが長時間外で並ぶことで体調不良者が続出したり、救急車が出動することもあるかもしれない。

こういった可能性に対するリスクマネジメントをきちんと行い、徹底的に対策することまで考慮されていたのかは定かではないが、少なくとも頒布する場所コミケではなく、個別に専用の会場を抑えてファンミーティング握手会等といったイベントを開催した方がよっぽどリスクが軽減されるはずである。それに、彼女程の女優であればそのようなイベントを開催することも可能なはずだ。つまり芸能人ファンとの交流に重きを置いているのであれば、コミケという場は正直不適切しか言いようがない。

これは、自分推し俳優に当て嵌めて考えても、やはりコミケに出たいと言われたら絶対に全力で反対するだろうし、専用の会場を抑えてファンイベントを開催してくれた方が正直何百倍もありがたい。というか、あん過酷空間推しを放り出すのはファンとしてとてつもなく心配である

あとこれは、個人的意思が多分に含まれるが、コミケというのはそもそも芸能人ファン交流の場ではないので、それを正々堂々と「ファン交流のためにコミケに参加したい」と芸能人が言ってしまうのはコミケ私物化したいと言っているようにも捉えられかねないと思う。やはり、ファン交流目的ならば別の会場をブッキングするべきである

もちろん、今年の夏コミでの叶姉妹のように上記リスクを全て懸念の上、事前のリサーチ対策を徹底的に行い、かつ準備を入念にしているというのをアナウンスをしてくれれば「そこまでしてでも参加したいのであれば…」と参加を応援する声が増えていたかもしれない。コミケに来るオタクの一部は、とてもトラブルに敏感である。そして「有名人が参加する」という事はそれだけでアマチュアサークルの何倍ものトラブル勃発の可能性を内包している。有名人アマチュアサークルコミケ参加にはそれくらいの差があることを、彼女ファンの方々にも是非知って頂きたい。

◆本プロジェクトを発表するタイミングとその内容の詰めが甘かった点

これは想定の話になってしまうが、発表時点で「クラウドファンディング写真集作成をする」という事だけが公表されていて、「コミケ参加」は当選が確定した後に発表されていれば、ここまで批判する者はいなかったように思える。もちろん、コミケ参加を発表する際には、先述のリスクに関する対策案も同時に発表しなければ結局炎上していた可能性はあるが。

毎年多数のアマチュアサークルからの応募があるが、その分落選するサークルだっている。そういった背景があるにも関わらず、確定前に「コミケに参加する」という発表をするのは「芸能人からたぶん当選するだろう」という驕りにも見えるし、「コミケ」というキーワードを使えば話題性高まるのでクラウドファンディング資金集めをするネタにしようとしていたようにも見える。この辺も、オタクから反論を買うことになってしまった要因の一つだと思う。

そもそも事務所意向に反する活動が出来ないと言っているのに事務所的にクラウドファンディングというビジネス彼女個人で実行するのは問題ないのか?

この辺は所属事務所規定にも関わってくると思うが、本人のみで完全に非公式プライベートコミケに参加するというのであれば、会社員をやりながらコミケに参加するアマチュアサークル形式は一緒な気がするが、クラウドファンディングというのは一つのビジネスであり、実際の必要経費よりはかなり少ない額とはいえ800万円もの資金所属事務所を通さず、大々的に公表して集めて、事務所から何も文句は言われないのか?というところも疑問である

コミケという場を借りててっとり早く本を出すよりも、少し時間はかかるかもしれないが、事務所相談するなり、事務所移籍するなりして、事務所側に彼女自身が望む企画理解してもらえるように働きかけるべきだったのではないかと思う。

今となっては、あの発表内容に書かれていた文章が、本人による言葉なのかどうかは分からないが、ファンから集めたお金を使う以上、沢山のファンコミケに関わる全ての人が閲覧できる場所で、あの内容を「本人の言葉」として発表する事を許容してしまったのは、一端の大人であり、女優という注目されやす仕事をしている社会人として、あまりにも配慮が足らなかったと言えると思う。

SNSでの発言内容やその使い方に配慮の無さが際立ってしまった点

これは、かなり個人的意見になるが、Twitterにて批判を受けた際に、数あるリプライの中から特に暴力的ツイート引用して、謝罪文投稿した事は正直ドン引きだった。彼女の元に来ていたリプライを見ていた人なら分かると思うが、その中には暴言だけでなく、建設的な助言や意見が多数寄せられていた。にも関わらず、謝罪ツイートにそれらの意見引用するならまだしも、敢えて特別ひどい暴言引用した意図が全く意味不明だった。

正直、自分ファンに「こんな酷い暴言を受けても謝罪しているアタシって可哀想」というアピールをしているように見えても仕方ないやり方だった。事実、その後Twitterでの論争は更に広がり、彼女擁護派対オタクでの言い争いが巻き起こっている。こういった状況を誘発する事すら想像できなかったのだろうか。

世間には何も考えずに心無い暴言を吐く人間が山程いる。特にTwitterをやっている有名人というのは、そういう人間には格好の餌食だ。そういうのを真に受ける必要はどこにもないし、逆に相手にすることによって、相手負の感情助長してしまう事もあるので、そういう相手へのスルースキルを持つべである

逆に、彼女のことを親身に考えてアドバイスをしていたオタクファンも沢山いたのだから、そういう意見尊重引用すべきだったのではないだろうか。そうすることで、擁護派の人もオタク意見に寄り添えたかもしれないし、オタク側の理解者も増えていたと思う。少なくとも、今よりもう少し、平和な状況になってたと思う。

このTwitterでの一連のやり取りから感じた彼女への印象は、SNS煽り耐性の無い人なんだなぁ、という印象である。仮にも34歳の立派な大人なのだからSNS発言すること、インターネットという世界中に開かれた場所情報を発信する意味を、もっときちんと考えるべきだと思う。

最近この騒動を受けてか、Twitterアカウントを削除されたようだが、一旦彼女自身SNSとの距離感を考える良い機会になってくれたら良いなぁと思う。

…以上が、一連の真木さんのコミケ参入に関する一連の騒動への所感です。素人意見なので、色々と間違っているところもあるかもしれないですが、自分なりに整理してみました。

長々とお付き合い頂きありがとうございました。

いつか真木さんご自身が、これらの問題をすべてクリアにして作品を発表できる事になったら、その時は快く応援させて頂きたいですね…!

その日が来ることをお待ちしております

2017-08-28

なぜ父親尊敬するという文化が芽生えないのか

海外では父親へのリスペクトというのがすごく根付いていると感じた

もちろん例外はあるんだが、基本的文化として家族の長たる父親尊敬するということが当たり前になってる感じ

しかし、日本父親はどうだ?

基本的家族の中で疎まれ存在になっているように感じる

正直不憫でしかたない

父親が嫌いと平然といってのけるティーンが腐る程いる

しかし、これは海外ではありえないぞ

もちろん全部の国にいったわけでないから、人と話して聞いたものだが

日本では父親臭いだのキモだのいって嫌うティーンがたくさんいると話すとめちゃくちゃおかしな顔をされる

なぜ日本はそんな感じになってしまったのか

これは誰の陰謀なのか

2017-08-27

結局24時間テレビってどういうチャリティー番組になればいいの?

正直チャリティー番組って募金に対する金払い良くするための啓蒙活動と化してるだろ

から募金根付かせるための広告活動として24時間テレビって一定価値があると思う

例えばイスラムでは喜捨って言って自分の私財をなげうって募金するのが、宗教的名誉意味合いを持った活動になってるし

欧米での募金はなぜかは知らんが規模が桁違いだ

正直、もっと募金に対する金払いが良くならない限り24時間テレビみたいな広告活動はなくならないだろ

というか、毎年がっつり募金してるやつしかこういう広告活動偽善だと切り捨てることはできないんじゃないか

ちなみにお前らは収入の何%を寄付してて、その額はいくらになる?

2017-08-21

ネットにおける男女の分断が顕著

ちょっと前までは一部の男性オタク保守系まとめサイトで何かと「ま〜ん」とか「BBA嫉妬」とか一方的に言ってるだけだったように思うんだけど

ここ最近は、そういう女叩きに嫌気がさしたミサンドリー女性

逆に「やっぱ女は見下していいんだ」と自信をつけたミソジニー男性がやり合うのをよく見る。

日本ではもうヨーロッパのような男女平等精神根付くことはないと思うし、そろそろ徹底的に男女の生活圏を分けた方がいいんじゃないだろうか。

結婚は双方にメリットがないか廃止で。

2017-08-20

雑食オタク腐女子)の苦しみ方

オタク一口に言ってもその有様はかなり違う。

私は「ゲームアニメなどを主食としている、主に女性向け二次創作も嗜むオタク」だ。主に、なだけであって男性向けも読むこともままある。

さらに言えば、萌えればBLだろうが百合だろうがノマカプだろうが種族を超えていようがクロスオーバーしてようが夢小説だろうが何でもいいスーパー雑食だ。

様々な原作を様々な媒体摂取し、自分琴線に何かしら触れたらネットの海にダイブする。

そこには同じオタクたちが素晴らしい二次創作を生み出しているのだから

私は腐女子でもある訳だが、そんな腐女子がよく言う「固定」「雑食」「地雷」という概念に関しては、尽きることのない議論がある。

「固定」は自分が信じる絶対的な組み合わせ以外受け付けないということ。

「雑食」は文字通りだいたい何でも食べますよということ。

地雷」は自分が受け付けないもののこと。これがキャラクターカップリング)の組み合わせなのか、シチュエーションなのかは人による。

固定でもリバを受け付けるかどうか…などもっとかい分類もできるが、便宜上「固定」と「雑食」を中心に語りたい。

固定と雑食は根本的に分かり合えない。一神教信者多神教信者のようなものだ。

自分が信じる何か以外はあり得ないと思っている固定は、雑草どころかその辺の土を食べているような雑食が理解できないだろう。

絶対的に信じるものが一つだけということは、信じられないものが世にはびこっているということだ。

Twitter等でよく刃物絵文字を並べたり、ゴリラになって他者を威嚇したりする腐女子は、ほとんど苦しみのあまり武装するしかなくなった固定の人たちだろう。

では私のような、CPの組み合わせに限らずあらゆるものを食べるスーパー雑食は、何でも食べられるから苦しみはないのだろうか。

それは断じて違う。

組み合わせという食材に関してのこだわりは薄いが、シチュエーションという味付けの好みはあるからだ。

さらに困ったことに、自分ですら何がいけて何がいけないのかが分からなかったり、いざ苦手要素を並べるとクソ面倒なことになったりなどする。

プロフに「地雷自衛するのでお気遣いなく」と書く雑食も多いが、「地雷とか苦手を書かないことがいいことだとでも思ってるの?」と苦言を呈される。

たとえば苦手を書くとどうなるか。(※あくま個人意見です)

・元々女々しいキャラ女の子のような見た目でないのに受けが女々しくなる

女体化男性妊娠出産オメガバースは話を振られても話せません。

 でも自分の好きなキャラCPだったら読むことはあります

モブ以外の当て馬

三角関係は苦手だが仲良く3Pなら歓迎。

・AとBをくっつけるためにAと親しいCのキャラを改変して悪人にするのも苦手です。

・パロは別人感が強まる他の要素と重なると地雷です。(例:現パロ→○、現パロ女体化オメガバース→×)

百合と書いてあるのに蓋を開けるとふたなりになること。マジでやめてくれ。百合百合でふたはふたで愛したい。

百合と書いてあるのに蓋を開けると女体化なこと。女体化女体化百合百合だ。やめてくれ。

etc...

後半は腐女子という観念から離れているが、我ながら面倒くさい。

こんなのがプロフにずらっと書いてあったら「お前の細かすぎる苦手意識なんて知るかよ」とならないだろうか。

こういう時は固定派の「AB以外地雷です! その他は見たくないのでブロックします!」くらいに割り切ってすっぱり言えるのが羨ましく感じてしまう。

こんな面倒くさいことを書きたくも説明したくもないので、「地雷自衛します」と濁している人は他にもいると信じたい。

さらに雑食は固定の作品を読めるが、固定は雑食の作品を読めないことがあるので、そこに交流が生まれないというデメリットもある。

「ABは苦手だけど○○さんのABなら読めます!」という言葉もあるが、それは他のAB好きを傷つける諸刃の剣だ。

雑食であってもホイホイ気軽に誰とでも繋がれることはない。もちろん、固定同士も解釈が違ったら受け付けないだろうし、誰でも同じことだろう。

また、組み合わせよりもこうしたシチュエーションや要素が苦手・地雷なことが多いと、多くの場合作品を読むまで分からない」という欠点がある。

R18なものは「無理やり」とか「女装攻め」とかシチュに応じたタグをつける作者も多いが、全年齢のものは多くの場合タグがついていない。注意書きにも書かれない些細な要素がじわじわと苦しめてくる。

地雷」や「注意書き」という概念が強く根付いているのは女性向け、特に女性向けの中でもBLが中心だと当社比で感じられるため、BL以外のもの被弾することが多い。

好きなキャラ夢小説ウキウキで読んでいたら、2番目に好きなキャラ当て馬としてがっつりフラれるシーンつきで登場したり。

百合精神癒していたら突然男が乱入して来たり。

未知なる世界を求めたクロスオーバーに手を出したら一方がもう一方を説教する展開ばかりで萎えたり。

人外×人間だ!と異種間交流に心を躍らせていたら不思議パワーであっさり人間になってしまったり。

雑草や土塊も口に入れるけれども、味が合わないとそっと残していく。人知れず被弾してうへえと落ち込んでいるのだ。

組み合わせのみならず、シチュエーション苦手も一切ないウルトラハイパー雑食の方がいたらただただ崇めたい。

他人萌え自分萎え自分萎え他人萌え」という素晴らしい格言もある。

私が苦手とした要素が好きな人もいるし、その逆の場合もある。

スーパー雑食であることを強く心に刻み、めげず今日も新たな推し萌え見出したい。

こういう日本終わった論を見て思うこと

https://anond.hatelabo.jp/20170820073454

俺のような大卒くらいしかにとりえがない一般人にとっては

海外に逃げるための方法なんて、海外コネがある上級国民に取り入るとかほぼ不可能に近い逆転狙うしかない絶望感だからひょいって海外にいけて生計立てられるって人は凄いうらやましいw

現状地方から東京に出てくるだけで精いっぱいだもんね

で、大体こういう意見に対して「終わってるのはお前の人生主語デカい」とかネトウヨが言い出し始めるけど

果たしてこの人の言っていることが本当なら、ちょっと準備して海外に行くだけで生計をたてられてその地に根付けるほどの能力を持ってるのに、どっちの方が人生終わってるレベルに近いんだろうねと思う

結局どこのコミュニティネトウヨが癌だねぇ、とマイナー趣味コミュニティネトウヨにぶっ潰された経験がある俺は言う

2017-08-12

例の特攻は美しいツイートに、正直な話同意してしまった自分がいる。

どんな事で話題になったのかまでは知らないレベル認知だが、所々で話題になるなーと高須さんは知ってる。

今回の特攻は美しいツイートでこの人が話しているのが、自分には特攻のものだけな気がする。日本の事は抜きで。

インディペンデンス・デイみんな見たことあるでしょ?あのラストの親父の特攻で涙したり、仲間を助けるために手榴弾を持って敵に突っ込んでくなんて映画が山ほどある。

仲間の為、家族の為に自分の命を捧げてまで守りたい。この行為自体は美しいって思う。

問題なのって特攻をさせた過程だと思うんだよ。戦争中の日本ISISオウムも同じ。大きな思想理念を植え付けて特攻をさせたって事のが問題になるべきなんだよ。

自分意思特攻をさせた訳ではない。人として扱わなかった事なんだ。

ツイートで幾つか見かけたけど、自分の知り合いで特攻する奴が居たら全力で止めると書いてあった。

うそれだと遅いんだよね。その人は既に特攻せざる負えない状態になっているから。

この問題の酷さは逃げれない事なんだ。これが一番の問題人権なんて言葉がない世界なんだ。



話をツイートに戻すけど、高須さんの話してる内容が「国のために命を捧げろ→何故?→特攻は美しい」ではなく、「特攻する→何故?→勇敢でありたいから→何故?→それが当時の日本人プライド」を話してて、みんなの言うそれとは全然違う気がするんだ。

正直な話、高須さんの元のツイートが「日本のさせた特攻」について話してるのに、「特攻」だけを話し始めた高須さんが全部悪いとは思う。


ただ、言いたいのは見る視点で全部変わってしまうって事。

日本人尊敬されたいって、凄い的を射ていると思うんだ。今のテレビとか正にそうでしょ?日本人よいしょの番組だった。

あの番組気持ち悪いと思う人もいれば、凄いとウケる人たちもいる。けどあの番組たちが存在してるって事はそれだけ視聴率稼げるって事だし、それが大衆現実なんだと思う。日本の文化なんだよ。

逆に尊敬されない人たちは居場所がないかドンドン自殺していく。尊敬されたいことへの依存日本人は強い。そして何より形に残そうとする傾向がある。

文化で戻していくと、日本はずっと特攻し続けた文化がある。

500年以上も刀を持って戦ばかり。根付かないわけが無いんだよ。

その血を受け継いだ武士達が大日本帝国陸軍の創生メンバーになり思想が受け継がれ続けた。

全部全部繋がってる。

けれど今の僕らは結果としてするべきではないと歴史から学んだわけでしょう?戦後に作り変えられた今の日本教育のおかげで僕らはするべきではないと知ってる。どんな人であっても平等尊重されるべきだと知っている。それが平和な行いだって

それでも当時の日本の行いのが正しいという人たちもいる。だからといってその人達攻撃してはならない。それは昔の人達と同じことを繰り返してることだってからないのかな?

思想が違うから攻撃する事は新たな争いを起こすだけで、それがまた違う思想を起こしてしまう。

そうではなくて未来に繋げる話をしましょうよ。戦後の僕らが知る、するべきではないとわかる思想をどうやって繋げていくかが必要だと思う。

極端過ぎるよみんな。そういう議論が行われないことに悲しくてモヤモヤする。

2017-08-11

いつなら終わっていいんだろうか

23で、仕事に慣れ、普通にミスをし、たまにまともに動いて、月末に給料をもらっている

生きてきてずっと満足したことがないし、高く評価されたこともないと思う

病気があってずっと薬を飲んでいるので年取ったらそれも悪化してるんだろうと思う

死にたいと考えたことがある人の割合は6割だそうだけれど、残りの4割の人はどうして死にたくないんだろうか

気まぐれに、10代を済ませるまでの話を人にすることがある

「苦労してきたんだね」「きっとこれから活かされるよ」と言われても、苦労なんて出来る限りしない方がいいと思いつつ、笑って労いに感謝を返す

そう言ってくれる人にはありがたいと思うけど、根付いたクソみたいな生活性格は変えられそうにないし、なにも生み出せない自分と動かないからだで人生無駄にしている

できるなら今死にたいけれど、奨学金とかで他人迷惑をかけることになる

そう思って、それならいつなら死んでいいのかよく考えるけれど、いつだって死ねそうなときがない

死ぬ人はどうやって死ぬ時を選んでいるんだろう

わたしいつなら終わっていいんだろう

はやく死んで終わりたい

2017-08-08

労働生産性サービスについて

日本労働生産性の低さという話題は定期的にネットに上がるわけだが、これについて私見であるが述べていきたい

ぶっちゃけ日本では無形のモノへの評価、つまりサービスに対する理解が低い

モノづくりに長けた国だけに、反面モノにしか価値を見ない風潮を生み出してしまったのかは知らん

日本にはチップ文化がない。これはサービスお金を払う価値がないとみなしているのと同じだ

チップ文化がないのが元凶とは思わない。でも、サービスがしてもらって当たり前と思うたびに、世の中に歪みが生まれることを自覚するべきだ

たとえば、ショッピングセンターとか無料の送迎バスがあるけど、運転手にお礼すら言わない人間がいるよね。無料サービスは当然だってことだね

そうした文化的根付いた深層意識は、企業サービス残業強要などにもつながってくるわけですよ。自分の身に降り掛かってくるんだ。当然するべきものとして

ようするにあなた方がいままで受けてきた無料サービスを、無料で当然だと思うことは、この国の利益にならない

生産性向上のためにサービス付加価値を追求するにもこれは障害しかならない。だって最初から価値がないものとみなされてるんだから。追求してもゼロゼロ

イノベーションうんぬん語る以前に変えないといけないモノがあるんだってこと

それでも、ドラクエはすげえよ

なんだかドラクエ時代最先端じゃないとかいう話が盛り上がっているが、それでもドラクエはすげえとしか思わない。

5のAI、あれさりげなく学習型だったんだぜ、SFCのやつ。プレイヤーやらせた行動をなぞるようなAIだったよ。

6は音楽がすごいよ。あそこまで印象的な音を出すのってなかなかできない。

7はローディングの鬼。シーク音を聞いていればわかるが、ディスク内のデータの置き方の最適化がぱないと思われる。戦闘中でもガンガンデータ読み込みまくり。扉に近づけば先読みロードが走る。覚えてるんだけど、最適化したら扉に入る音よりも早くロードが終わるようになってしまって慌ててディレイをかけた、って話は今でも俺内ドラクエ伝説5本の指に入る。

8は当然あのグラフィック。俺が5をリアルタイム体験した時は鳥山明の絵でドラクエを遊べるのは俺が死んでからじゃないかと思っていたが、すげー早く鳥山明世界再現は訪れた。

9の技術面はよくわかっていないが、すれ違い通信の盛り上がり方はすごかった。

10は当然相撲システムオンラインゲームで衝突判定とか正気の沙汰じゃないと思うがそれをやり遂げている。

11PS4版のルーラがやっぱりすごいんだろうな。俺がやったの3DSだけど。

まぁそんな感じで技術的にドラクエには見るものがありまくりだと思うけど(1〜4はリアタイ原作やってないので省いた)、そういう面を省いてもドラクエはすげーとしか思わない。

まず、RPGというジャンル日本根付かせた。それで色々尖ったRPGが出て来て、逆にドラクエ凡作みたいに見えるのかもしれないけれども、その凡作みたいに見えるのかもしれないポジションを貫き通すのもすごい。だって、色々最先端を目指したFFの行き着いた先はみなさんご存知の通りだ。

そして、その凡作みたいに見えるポジションにありながら、きっちり数字を出している。これもすごい。

ちなみに俺個人ドラクエ感想だが、ドラクエには捨て作がない。1から11まで、どれも全部面白い。俺の中では打率10割。

これ、相当すごいよ。

結論として、最先端かどうかなんて関係ねぇ。ドラゴンクエストは偉大なゲームだ。

2017-08-06

血縁なんて滅んじまえよ

母親が苦手。バリキャリプライドが高い。夫が死に、頼れるのは一人っ子の俺1人。

父も母も帰宅は22時程度だったが夜中2時まで仕事

親共々厳しい人たちだった。俺が言葉遣いちょっとでも間違えると、矢継ぎ早に指摘する。俺は話が聞いて欲しいだけで、正しい言葉遣いなんかどうでもよかったのに。

子供の頃の思い出は、1人で部屋で泣きながら食べている夕食。両親と食べたくなさすぎて、小学校高学年から親の反対を押し切って自分1人で食べるようになっていた。

あれから大学に入って、いい友人や先輩後輩に囲まれ彼女暮らし、本当に幸せだった。

努力して国立に入り、返済不要奨学金も獲得し、2年生からは自活してきた。

あれから父が死んで、母親も命に関わる病気入院

というかあれほど働いていたら長生きするわけないわな。

見舞いに行かなさすぎて、親戚からは怒られて。

地元に戻れなんて、冗談じゃない。俺は大学院国外に出るぞ。

虐待されたわけでもないから、親戚には全く親不孝に見えているらしいけど、

正直こっちとしては、選べるなら家族であることを選ばなかったのだから、本当に理不尽に感じる。

血縁で閉じている世の中は、幸運な縁に恵まれなかった人間にとって地獄だ。

血縁国家の「愛情」の本質は「外なるもの排除」であって、博愛本質と徹底的に反するっていうのは、百年前から哲学書に書かれている話だが、全く日本根付いちゃいない。

血縁に恵まれ人間には、そうでない人間気持ちは全く分からない。一般に"そうであっても産んでもらったのだから・・・"という人間は、虐待されて死んだ子供にも同じことを言うか。多分言わない。だとしたらどこに線引きがあるのか。恣意的な線引きに意味なんてあるのか。

勘違いしてほしくないが親に不幸になってほしいなんて思っちゃいない。むしろ不幸を志向したのはあっちで、俺はずっと幸福志向する親になってほしかった。でも彼らが重視したのは、仕事上のポジション、親戚からの見られ方であって、自分自身幸せでもなく、老後にあれをやりたい、これをやりたい、とたくさんの願望をありもしない未来に置いていった。

2017-08-03

https://anond.hatelabo.jp/20170803011614

別に熱心な信者でなかろうと国や民族単位キリスト教ベース文化根付いてるのだから空気みたいなもんよ

キリスト教がどうでもよかろうとそのへんの価値観に大きな違いはでない

2017-07-31

ダーウィンが来た恋の季節がやってきました」

日本にすら根付いてるか怪しい恋愛概念動物ときにあるわけねえだろ。

2017-07-30

病気武器になる

 私は1型糖尿病だ。物心がつく頃には母に血糖値を測られインスリン注射を打たれ、3食きっちりバランスの良い食事を食べる生活をしていた。今でこそインスリンポンプという体の外に取り付ける膵臓β細胞を使ったりなんかすごい機器を使ったり医療恩恵あやかりながら好きなように生きている。そんな私は二十歳になった。私にとって持病「1型糖尿病」とは今や自分の一部である

 ある日、1型を発症したばかりだという女子高生出会った。インスリン注射をこれから始めるらしい。彼女は泣いていた。私には分からない。だって当事者じゃないから。もちろん病気自分構成する一部だと思う私の気持ちも、世界中のどこを探しても分かってくれる人なんていないだろう。だって当事者じゃないもん。私にはむしろいわゆる健康な人のことが分からない。

 分からいから、どうしようもない。正直向き合っていくしかいから頑張れとしか思えなくて、むしろ微笑ましかった。病院先生看護師さんも微笑ましそうにしていた。不謹慎なんかじゃない。みんな乗り越えていく壁なんだ、今は泣いてるけどそのうち笑い話になるから…というところだと思う。このへんの感覚は、なかなか理解しがたいだろう。

 1型糖尿病と生きていくには、それくらい軽くなきゃいけないというのが私のやり方だ。だって自分病気であるという事実に気を取られて生きていくの、息苦しいでしょ?

 まあもちろん電車の中で低血糖になって立っているのが辛くなったり安くない医療費を支払ったりする時には悲観に暮れないこともないけれど、そうだけじゃない。

 高校生という多感な時期に突然病気になって自己注射をしなければならないって相当ダメージ大きいというか、まあ私には到底分からないけれど、泣くのも無理ないと思う。物心がつく前に発症した私は笑いながら肩を撫でてあげることしかできない。

 ただ、これだけは伝えたい。私はそんな大層な人間ではないからあの場で彼女本人に言うことはできなかったし、次会うことがあるのかも分からない。だからこうして匿名で書いているわけである

 病気は弱みなんかじゃない。

 私自身の話をしよう。

 私は現在コントロール良好で、HbA1cは6%台前半を保っている。(基準値は〜6.2%)低血糖が多いというのもあるが、血糖値が250より高くなることは滅多にない。7%台だった頃は血糖値が200切ればいい方だと思っていたけれど、今では150より高いとなんだか悔しくなる。100前後にしなければならない意識がすっかり根付いたのだ。それもあって6%台を保てているのだろう。心持ちというのは大事だ。(もちろんやたら低血糖になりやすいという個人的な体質みたいなものもある)

 たいして生活制限は加えていない。ごくごく普通に暮らしている。間食だってする。太るからやめたいけれど。おまけに運動不足だ。病気とか関係なく運動しなきゃなあと思っている。運動不足はよくないからね。

 友人と飲みに行くこともあるし、食べ物の種類に気を遣う必要なんてない。食べちゃいけないものとかないの?と知り合ったばかりの人にはよく聞かれるけれど、全くないよと答えている。そりゃそうだ。食べた分だけ、インスリンを打てばいい。

 インスリンは太るという認識を持つ若い女性コントロール不良に陥ることがあるらしい。私は物心がついた時にはインスリン注射をしていたのでそういった先入観は全くない。食べた分だけガンガン打つ、そして時々低血糖になる。低血糖になったら甘いもの補給する。だから太るんじゃないの?その通りだ。打ちすぎたインスリン+補食で太るに決まっている。

 でも食べた分だけ正確にインスリンを打てば、平気だ。何故なら膵臓健康人達だって食べた分だけインスリンが分泌されている。同じことじゃないか。…と合っているのか分からない考えがふと頭に浮かんだ時、頑張ろう…って思った。何をって感じだけれど。

 とにかく、食べた分だけインスリンを打てばいいのだ。

 インスリン必要量は人それぞれどころか、自分自身の中でもよく変化する。生理前後なんかは上がったり下がったりする厄介者だ。だから血糖値はちゃんと測る。面倒なときは測らないけれど、まあそんなぐうたらも続かなければいい。ちゃんと測るんだ。そして、食べた分のインスリン不足が原因ではない、今までになかった高血糖低血糖が起きたら、即インスリンの量を変える。もし医者に指示されている量があっても無視していい。1型糖尿病は、医者の指示を待っていてはいけない病気だと思う。もしも通院日の2〜3日後に血糖値が上がって、次の通院日まで待っていたら1ヶ月も高血糖状態だ。きつすぎる。自己管理が大切な病気なんだ。頭を使うんだ。私は要領が良くて比較的頭が回る方だと自負している。だから結構あっさりできちゃっている。血糖コントロールのためにいつどこで打つインスリンの量を変えるか、筋が通るように考えて、やっている。

 血糖値を記録することもやめた。負担になるからだ。高校時代まではなんとなく頑張ってたけど主治医に見せるためだけで自分で見返すことが無かった。記録したところで体って不規則から、その場その場で調節するのがなんだかんだ一番いい。意味もなく書かなきゃいけないという負担感は、体に良くない。最近の血糖測定器は履歴が見れるし平均値や傾向まで出してくれるし、ハイテクなやつだとリアルタイムグラフ化して血を出さずともいつでも確認できる測定器もある。医療は発展している。

 毎月の通院はいからか分からないことを聞いたり新しいやり方を教えてもらったりするためのものになった。なんでコントロールがうまくいかないんだろうって思ったら数値的なものを教えてもらうのではなくその原因と解決のコツを教えてもらう。新しい機器や、同じ1型糖尿病人達について教えてもらう。そういうところだ。

  

 これが私のやり方だ。血糖値を記録しないのは、それでコントロール良好だからいいのであって、誰しもがそうしていいわけではない。いろんなやり方がある。自分に一番適したやり方がいい。

 ただ、こんな風に気楽に生きている患者だっているんだよって伝えたい。病気とうまく付き合うんだ。悲観的になることなんて何もない。難病指定してくれよ経済的に超厳しいよ一生治らないから金かかるんだよって悲しみに暮れることはあるけれど。

 医療の目指すところはQOL生活の質)の向上だ。健康のために生きるのではなく、快適に生きるために健康でいる。

 私は病気生活を阻害されているとは思わない。快適な暮らしのためにしっかりコントロールを行っている。実際、ぐうたら楽しくやっている。好きな勉強をしてやりたくもない大学試験に嫌気が差しながら夜更かしして、お洒落して、食べて飲んで、趣味に打ち込んで、将来やりたいことを考える。

 人生の楽しみのために血糖コントロールをやっている。…なんて言うけれど、私にとって血糖コントロールは歯磨きと同じだ。朝起きて血糖値を測ってインスリンを打ってご飯食べて…という生活の流れは自然である

 さて、やたら長々と綴ってしまったけれど本題はここからだ。しかも短い。(本題ってなんだっけ?)

 病気武器になる。

 病気は立派な個性で、武器だ。

 こんなことを言うのは私がまもなく就職活動を始めなければならないからだ。就活において病気を隠す気なんてないし、むしろ最もアピールすべき点だと思っている。病気があるけれど、うまく付き合って楽しくいろんなことをやってきました!って。いわゆる健康な人には絶対に語れないことだ。

 自己管理をするので迷惑はかけない。血糖値を測らなければならないことと、万一低血糖で倒れたらとりあえず携帯している蜂蜜を唇に塗ってほしい、とだけ伝えて。今までだって自己管理で生きてきた。その証は私自身だ。

 もしも私に病気があることが障壁となって雇えないなんて言うのなら、そんなところはこっちから願い下げだ。無理に採用されたってうまくやっていけるはずがない。病気と共に生きる私を採用したいと思っていただけるところで働きたい。

 社会は厳しいところだって、甘く見てるって思われるかもしれないけれど、そんな社会で生きたくない。そんなのこっちから逃げてやる。自分ハッピーライフが最優先だ。そうさせてくれる社会がないわけない。あいにく私は自分が一番かわいいんだ。

 だから病気武器にしてやる。というか武器になることを知っている。

 何年か前に、自由テーマである原稿を書くという機会があった。それは数百人の中から優秀なものを選ぶものだった。

 私は自分病気テーマにした。病気と共に生きる私をテーマにした。そうしたら、最優秀に選ばれた。なんだか当然の流れだと思った。

 人間ってそういうのに惹かれる傾向がある。抗えないだろうから否定はしない。人の病気の話とか、大好きでしょ?否定はしないけれどそういうテレビ番組は嫌いだから見ない。とくにスタジオがなんか反応するやつ。分かったふりしてるやつ。分かることは不可能だってば。同情とかなんかへんな気持ちはいらないよ。前向きな番組は見るけれど。

 実際優秀として選ばれたのは身内の病気話やそれに類似するものが多い。私としては、歯磨きと同義病気生活テーマにして選ばれるよりも、もっと行動的で才能と彩りに溢れるテーマで選ばれたい。そういう人間になりたい。

 最優秀に選ばれた時に確信した。病気武器になる。他の人にはない私だけの武器だ。生き方武器にできるんだ。残念ながら社会はそういう風にできている。何とも言えない話である。やっぱり病気とは別のところで武器を見つけたいよ。才能って何だろうね。

 ねえあの時の女子高生、見てる?

 生活が一転して大変だろうけれど、生きる価値観とかそういうのが変わったんじゃない?こんな経験普通はできないよ。

 血糖コントロールは難しいけれど、やるしかない。神様がやれって言ってるんだから従うしかないよ。やらなきゃ死ぬもん。

 病気は隠さなくていい。理解を示さな人間はそれまでの人なんだ。むしろ病気と共に生きる私というのは大きなテーマ武器になる。

 私は外出先で堂々と血糖値を測るよ。さすがに血は見えないように机の下とかカバンの中とかで隠しながらやるけれど、針も測定器も人の目につくところに出している。隠すの面倒だし、やりやすいから。だって、意外とみんな見ていない。

 病気にならなきゃ気づけなかったこととか価値観ってたくさんある。いわゆる健康な人には見えないものが見える。自己管理さえすれば不自由なく生きていけるんだ。自分のやりたいようにやるのが一番だよ。

 10万人に1〜2人という発症確率世界は狭いからこれだけ書いたら私のことを知っている人は特定できちゃうかもしれないけれど、まあなんというか、探さないでください。

2017-07-29

もう核家族禁止にしようぜ

大家族なら誰か家にいんだから家事育児介護心配なんていらない

育児大変とか介護大変とかいう聞きたくない愚痴聞かなくてすむ

社会保障は大家族に対して一括支給、あとは自己責任でいいだろ

その方がなるべく家族で固まるようになるし、大切な人は赤の他人押し付けたりもしなくなる

実際、昔は大家族で支え合ってなんとかしてたんだから

なんで核家族なんて文化根付いちまったんだよ

反省しろ

2017-07-27

30

30才になってしまった。

つくづく思う。若さがもたらすエネルギーはすごい。10代の頃を思い返すと、とても正気だったとは思えない。

誕生日の記念に自分人生ざっと振り返ってみたい。長くなるか、すぐに終るか、それは書いてみないとわからない。

2年前からイーストヴィレッジセントマークスで仲間達とバーをやっている。大抵はヒップホップがかかっている。客層は黒人日本人ヒスパニック

日本酒がメインのバーにするはずだったが、すぐにうやむやになってしまった。夏はフレンチスタイルのパナシェがよく売れる。地元の人がこれを読んだら、もう場所特定できてしまうと思う。

大儲けとはいえないが、店はそれなりに繁盛している。僕はほぼ毎日カウンターDJブースにいる。ちなみに趣味ボディビルで、アマチュア大会で2回ほど入賞したことがある。

まさか自分がこんな生活を送るようになるとは思わなかった。中学生の頃は、江戸川乱歩京極夏彦に傾倒していた。将来は図書館司書になるつもりだった。顔は青白く、ひどい猫背だった。ある女性との出会いが僕を大きく変えた。

そうだ、あの子について書こう。

最初彼女と遭遇したのは、高校に入ってまもない頃だった。校庭と校舎をつなぐ階段の途中ですれ違った。彼女ジャージ姿だった。背が高く、涼しげな目が印象的だった。かっこいい人だと思った。一瞬だけ目が合い、僕はあわてて逸らした。

当時の僕は最低だった。勉強も出来ないし、スポーツも苦手。しかクラスではパシリだった。どういう経緯でパシリになったのか、まったく思い出せない。梅雨の訪れのように自然な成り行きだった。

僕をパシリに任命したのはNというクラスメートで、彼は教室内の権力を一手に握っていた。髪を金色に染め、足首に蛇のタトゥーをいれていた。15才の僕にとって、蛇のタトゥーはかなりの脅威だった。

休みになると、僕はNを含む数人分のパンジュースを買いに行かされた。金を渡され、学校の近くのコンビニまで走らされる。帰りが遅かったり、品切れだったりすると怒鳴られる。そういう時はヘラヘラ笑いながら謝った。歯向かう勇気はなかった。そんなことをすればさらに面倒なことになるのは目に見えていた。

いじめられていないだけマシだ、パシリに甘んじてるのもひとつ戦略だ、そう自分に言い聞かせていた。

ある日、いつものようにパンジュースを買って裏門から教室に戻ろうとした時、また彼女とすれ違った。相変わらずクールな表情。今度は制服姿だ。ジャージの時より断然かっこいい。ネクタイをゆるく結び、黒いチョーカーをつけていた。目が合う。すぐに逸らす。前と同じだ。

僕はすっかり彼女に魅了されてしまった。教室に戻るのが遅れて、Nに尻を蹴られた。いつも通りヘラヘラ笑いながら謝った。

それから広場廊下で何度か彼女を見かけた。一人だったり、何人かと一緒だったりした。彼女は常にクールだった。それにどんどん美しくなっていくようだった。どうしても視線が吸い寄せられてしまう。そのくせ目が合いそうになると、僕はすぐに逸らした。

彼女のことをもっと知りたいと思った。気を抜くとすぐに彼女のことが頭に浮かんだ。できれば話してみたい。でも僕ごときにそんな資格は無い。きっと冷たくあしらわれて終わりだろう。遠くから眺めているのがちょうどいい気がした。

なんだか出来損ないの私小説みたいになってきた。こんなことが書きたかったんだっけ? まぁいいか。もう少し続けてみよう。

30才になった今、少年時代気持ちを思い返すのはとてもむずかしい。あの頃は恋と憧れの区別もついていなかった。おまけに僕は根っからの小心者だった。彼女の目を見つめ返す勇気もなかった。世界は恐怖に満ちていた。蛇のタトゥーが恐怖のシンボルだった。

1学期の最後の日に転機が訪れた。大げさじゃなく、あれが人生の転機だった。

よく晴れた日の朝。バスターミナルに夏の光が溢れていた。まぶしくて時刻表文字が見えなかった。僕はいものように通学のために市営バスに乗り、2人掛けのシートに座った。本当は電車の方が早いのだが、僕は満員電車が嫌いだった。それにバスなら座れるし、仮眠も取れる。僕は窓に頭をあずけて目を閉じた。

発車する寸前に誰かが隣に座った。僕は目を閉じたまま腰をずらしてスペースを空けた。香水匂いが鼻をくすぐった。

ふと隣を見ると、彼女が座っていた。目が合った。今度は逸らすことができなかった。彼女がにっこり微笑んだのだ。彼女は気さくに話しかけてきた。

校内でよく僕のことを見かけると彼女は言った。その時の驚きをどう表現すればいいだろう。うまく言葉にできない

さら彼女は僕の頭を指して「髪切ればいいのに」と言った。たしかに僕の髪は無造作だった。でもそんなに長いわけでもなかった。わけがからなかった。彼女が僕の髪型を気にかけるなんて。

彼女ひとつ上の2年生だった。ふだんは電車で通学しているが、初めてバスに乗ってみたという。色々なことを話した。幸福なひとときだった。なぜだろう、初めて喋るのに僕はとてもリラックスしていた。きっと彼女のおかげだと思う。人を安心させる力があるのだ。

車窓から見える景色がいつもと違った。こんなにきれいな街並みは見たことが無かった。行き先を間違えたのだろうか。ふたりであてのない旅に出るのか。落ち着け。そんなはずはない。もういちど景色確認してみる。いつもの道だ。たまに彼女の肘が僕の脇腹に触れた。スカートから伸びるすらりとした足が目の前にあった。目眩がした。

特に印象に残っているのは、彼女小学生の時に"あること"で日本一になったという話だ。でもそれが何なのか、頑なに言おうとしないのだ。絶対に笑うから教えたくないという。それでも僕が粘り続けると、ようやく白状した。それは「一輪車」だった。

一輪車駅伝全国大会というものがあり、彼女ジュニアの部で最終走者を務めた。その時に日本一になったらしい。僕はそんな競技があることすら知らなかった。

まり想定外だったので、どう反応すればいいかからなかった。でもこれだけは言える。彼女が恥ずかしそうに「一輪車」とつぶやき、はにかんだ瞬間、僕は本当に恋に落ちた。

彼女一輪車燃え尽きて、中学から一切スポーツをやらなくなった。部活に入らないのも体育を休みがちなのも、すべて「一輪車燃え尽きたから」。ずいぶん勝手理屈だ。なんだか笑えた。そんなことを真顔で語る彼女がたまらなくチャーミングに見えた。だいぶイメージが変わった。

会話が途切れると彼女はバッグからイヤホンを取り出して、片方を自分の耳に差し、もう片方を僕の耳に差した。ヒップホップが流れてきた。ジェイZだった。いちばん好きなアーティストだと教えてくれた。

僕はジェイZを知らなかった。そもそもヒップホップをあまりいたことがなかった。素晴らしいと思った。リリックなんてひとつもわからなかったが、極上のラブソングだった。本当はドラッグの売人についてラップしていたのかもしれない。でも僕にとってはラブソングだった。

あの日バスは僕を新しい世界へと導く特別な乗り物だった。バスを降りて、校門で彼女と手を振って別れた瞬間から、あらゆる景色が違って見えた。すべてが輝いていた。空は広くなり、緑は深さを増していた。

次に彼女と目が合った時は必ず微笑み返そう。蛇のタトゥーはただのファッションだ。この世界はちっとも怖い場所じゃない。

新しい世界の始まりは、夏休みの始まりでもあった。僕は16才になった。(14年前の今日だ!)人生が一気に加速した。そう、書きたかったのはここから先の話だ。ようやく佳境に入れそうだ。やっと辿り着いた。

僕は髪を切った。坊主にした。そして体を鍛え始めた。近所の区民センタートレーニングルーム筋トレに励んだ。それから英語勉強に没頭した。図書館自習室で閉館まで英語と格闘した。単語熟語文法、構文、長文読解。最初暗号のように見えていた文字の羅列が、だんだん意味を紡ぐようになっていった。

英語筋トレ。なぜこの2つに邁進したのか。理由は至ってシンプルだ。ジェイZになろうと思ったのだ。彼女いちばん好きなジェイZだ。

①僕がジェイZになる

彼女は僕に夢中になる

ふたりはつきあい始める。

完璧シナリオだ。僕はこの計画に一片の疑いも抱かなかった。

できれば夏休みの間にジェイZに変身したかったが、さすがにそれは現実的では無かった。でもとにかくやれるところまでやろうと思った。僕は筋トレ英語に励み、ジェイZの曲を聴きまくり、真似しまくった。日差しの強い日には近所の川べりで体を焼いた。

夏休みが終わった時、僕の見た目はジェイZにはほど遠かった。当然だ。そう簡単に変われるわけがない。日焼けして、少しだけ健康的になっただけだった。でも内面は違った。ヒップホップマインド根付いていた。誇りがあり、野心があった。闘争心に溢れていた。

僕はパシリを断った。特に勇気を振り絞ったという感覚もない。単純に時間がもったいなかった。昼休み英文リーディングに充てたかった。誰かのパンジュースを買いに行ってる暇はない。

パシリを断ると、彼らは一瞬どよめいた。こいつマジかよ、という顔をした。Nが笑いながら尻を蹴ってきたので、笑いながら蹴り返した。教室全体がざわついた。Nはそこで引き下がった。

それからしばらくの間、 嫌がらせが続いた。机や椅子が倒された。黒板には僕を揶揄する言葉が書かれた。でも相手にしている暇はなかった。早くジェイZにならなければ。僕は黙って机を立て直し、Nをにらみつけながら微笑んで見せた。Nの表情にわずかな怯えが走るのを僕は見逃さなかった。

筋トレ英語ラップ筋トレ英語ラップ。その繰り返しだった。僕は少しずつ、でも着実に変わっていった。あの日からいちども彼女と会っていなかった。校内でも見かけなかった。でも焦ってはいけない。どうせ会うなら完全にジェイZになってからの方が良い。

そんなある日、柔道の授業でNと乱取りをすることになった。たまたま順番が当たってしまったのだ。組み合ってすぐにわかった。こいつは全然強くない。いつも余裕ぶった笑みを浮かべてるが、体はペラペラだ。とんだハッタリ野郎だ。絶対に勝てる。

Nが薄ら笑いを浮かべながら、足でドンと床を踏んで挑発してきた。腹の底から猛烈な怒りがこみ上げてきた。なぜこんなやつのパシリをしていたのだろう。さっさとぶちのめすべきではなかったのか?

僕はNを払い腰で倒して、裸締めにした。Nはすぐにタップしたらしいが、僕はまるで気付かなかった。先生があわてて引き離した。Nは気絶しかけていた。僕は先生にこっぴどく叱られたが、その日から誰も嫌がらせをしなくなった。勝ったのだ。

でも連戦連勝というわけにはいかない。ヒップホップ神様残酷だ。僕は恋に敗れた。いや、勝負すら出来なかった。なんと彼女夏休みの間に引っ越していたのだ。僕はそれをずいぶんあとになってから知った。

彼女とは二度と会えなかった。筋肉英語ヒップホップけが残った。なんのための努力だったんだろう。せっかく坊主にして、体つきも変わってきたというのに。仮装パーティーで会場を間違えた男みたいだ。マヌケ過ぎる。しかし、そんなマヌケ彷徨の果てに今の僕がいる。

高校卒業して、さら英語を極めるために外語大に入った。それからNY留学して、今の仕事仲間と知り合い、色々あって現在に至る。仲間達はみんなヒップホップを愛している。それだけが共通点だ。すべてのスタートあの日バスの中にある。

ずいぶん長くなってしまった。まさかこんな長文になるとは思わなかった。そろそろ止めよう。

僕は今でも週に3回は筋トレをしている。当時よりずっと効果的なトレーニング方法も身に付けた。知識も格段に増えた。でも本当に必要なのは、あの頃のような闇雲な熱意だ。

30才になってしまった。

つくづく思う。若さがもたらすエネルギーはすごい。10代の頃を思い返すと、とても正気だったとは思えない。

2017-07-25

不倫浮気を防ぐ唯一の方法

例の不倫話題になってるけどさ、朝起きたらほぼ全ての人間が歯磨きや洗顔をするように

男女関係なく、とりあえずシコって出社や登校って慣習を国民根付かせれば

おそらく90%異常な不幸な事案は防げると思うんだよね。

みんな盛んすぎるんだよ。物事はとりあえずシコって落ち着いてから考えろ。

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