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2022-05-16

演奏不可能作品

演奏不可能作品(えんそうふかのうのさくひん)とは、さまざまな理由により演奏不可能、あるいは困難な音楽作品のことである

概説

クラシック音楽世界では、演奏不可能(または困難)な作品が多数存在する。演奏不可能作品の中にも、仮に演奏されたとすれば傑作と評価され得るだけの芸術性を備えた作品は多く、これらは安易無視できない存在となっている。巨大編成の作品演奏時間の長い曲とも密接に関係があり、イギリスのソラブジの作品はその3要素が完全に組み合わさり、初演できないものも多数ある。

現代ポピュラー音楽場合には、作曲家作詞家編曲家といった独立した職能存在するものの、作品演奏との一体性が強く、コンサートライブでの生演奏や、演奏を収録した媒体CD等)という形で公表される点で、クラシック音楽とは様相が大きく異なる。このため、ポピュラー音楽においては、作品を聞くことができるという意味で、ほぼ全ての作品演奏可能であるといえる。その一方で、媒体への収録(すなわちレコーディング)に際しては多重録音をはじめとする種々の編集が行われるとともにに、演奏においてはシーケンサー等の自動演奏積極的に利用されるので、純粋に人のみによって演奏することが不可能あるいは困難である作品も多い。このような作品コンサートライブにおいて生演奏する際には、自動演奏テープなどを用いてレコーディングされた作品再現するか、生演奏可能なようにアレンジを変えることがよく行われる。また、一時期のXTCのように、高度なスタジオワークを行うミュージシャンの中にはライブを行わない者もいる。

歴史

バロックから古典

歴史は長く、J.S.バッハの諸作品モーツァルトオペラフィガロの結婚魔笛ベートーヴェンピアノソナタ第21番、第29番、ピアノ協奏曲第1番や交響曲第7番・第9番などが古典的な例とされる。

ロマン派

ロマン派では、ロッシーニの「セヴィリアの理髪師」の第19番のアリアは良く省略され、シューベルト魔王交響曲第9番「ザ・グレート」、パガニーニヴァイオリン曲、ロベルト・シューマンの交響的練習曲の第2変奏曲や2点へ以上の音域がある4本のホルンとオーケルトラの為の協奏曲作品86リストの一連のピアノ曲、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏不可能と宣告されたブルックナー交響曲第2番、ブラームスピアノ協奏曲第2番やヴァイオリン協奏曲またピアノソナタ第3番の冒頭部、チャイコフスキーの諸作品マーラー交響曲ラフマニノフピアノ協奏曲第3番等があったが、それらは現在では演奏技術の発達により演奏不可能と見なされることはなくなった。しかし、プッチーニの「ラ・ボエーム第一幕のエンディンクは、未だに半音下げて歌われることが多い。

近代

近代ではストラヴィンスキー春の祭典シェーンベルクピアノ協奏曲ヴァイオリン協奏曲モーゼとアロンがあるが、「春の祭典」と「モーゼとアロン」は演奏技術の発達により現在では演奏会での一般的な曲目になっている。意図的作曲された例としてアイヴズの歌曲義務」があるが、今日では演奏家は内声などを省略するか、アルペジオ演奏するか、アシスタントを設けるかで解決されている。彼のピアノソナタ第2番等も同様であるが、本人は「間違った記譜もすべて正しい記譜である」と友人に説明している。プロコフィエフピアノ協奏曲第3番の第3楽章にも2度の音階的な走句があるが、「困難だ」と結論付けて全てアルペジオ演奏する者もいる。ラフマニノフピアノ協奏曲第三番第三楽章の冒頭のパッセージ身長が170cmないと物理的に不可能であり、体格の小さなピアニストテクニック不自由したピアニスト左手の音をずらして演奏することが慣例化している。

現代音楽

演奏不可能作品という概念現代では新しい複雑性と深く関係している。ファーニホウの諸作品は非常に高度な演奏技術を要するが、彼の音楽に要される困難は主に読譜に集中するため決して不可能音楽ではないとされる。しかし逆説的に言えば、演奏不可能概念は、今日例えばパソコンシーケンサーなどに自分で四分音符をメトロノームに合わせてキーボードで打ち込んでも決して4分音符や強弱が正しく出てこないという経験から人間演奏する限りにおいて全ての音楽に当てはまるという事も言える。その外シュトックハウゼンの「7つの日々からNr.26(1968)」の「金の塵」が奏者に演奏の前に4日間の断食強要していると言う点で事実上演奏不可能作品である

今日最も演奏の難しい現代音楽は、クセナキスの諸作品と言われている。第1曲目のピアノ協奏曲にあたる「シナファイ」、チェロ独奏の為の「ノモスアルファ」、ピアノ独奏曲の「エヴリアリ」、「ヘルマ」、「ミスツ」、ピアノ独奏重要な働きを担う「エオンタ」及び「パリンプセスト」等がその例であるクセナキス自身テレビインタビューで、これらは演奏困難にさせることを目的として作曲された作品であると語っている。

しかしこれらの作品群も、近年の若手演奏家の技術向上やCDリリースを参照する限り、徐々に不可能とは見なされなくなる日が近づいているのは確かであるが、逆にどんな簡単作品人間演奏する限り100%の完全なる再現は厳密には不可能である

ポピュラー音楽

前述の通りポピュラー音楽クラシック音楽とは事情を異にする。とは言え、カバー曲やカラオケなど、オリジナル以外の奏者による演奏がまったくないわけではない。

特筆される例としてはサザンオールスターズの「Computer Children」(作詞作曲 桑田佳祐アルバムKAMAKURA収録)が挙げられる。この曲は、マスター収録の後にエフェクトなどのデジタル編集を行い、その編集後の曲がオリジナルとされている。したがって、ライブ演奏事実上不可能となっている。ソフトウェアマスター作成においてデジタル編集を行うポピュラー音楽は近年珍しくはないが、この曲ほど大胆に使用している例は(リミックスを除けば)、稀有である

演奏史上で演奏困難とみなされた曲

作曲家演奏困難な作品を書くことによって、演奏技術が向上し、それがさら作曲技法を拡大させるいう面がある。以下の曲の多くのもの今日では演奏レコーディングの機会も多いが、作曲当時は「演奏困難」ないし「演奏不可能」とされたものである。参考までに掲げる。

ベートーヴェンピアノソナタ第29番(ハンマークラヴィアのための大ソナタ)

指定された速度で演奏するのはほぼ不可能であり、通常は指定よりもやや遅くして演奏される。また、曲が独奏曲にしては長大であるため、高度の精神力要求されるという点においても彼のソナタの中では最も演奏困難である演奏技術の発達した現在では、ロマン派以降のピアノ音楽大家作品群と比べれば特別難しい曲ではなくなっているが、それでもなお演奏は困難を極める。また、リストベートーヴェン交響曲ピアノの為に編曲したもの存在するが、それらと比べれば、このピアノソナタ比較的易しい。

パガニーニ24の奇想曲

超一流のヴァイオリン奏者、パガニーニ作曲したヴァイオリンの難曲として知られ、作曲当時はパガニーニ自身以外には演奏不可能であった。しかし、この作品の持つ魅力は多くの音楽家の心を捉え、さまざまな作曲家によって主題引用されている。この曲の存在によって、作曲技巧や演奏技巧が大きく開拓された面は否めない。現在でも超絶技巧の難曲として知られるが、一流の演奏家の中には完璧に弾きこなしている人もかなり多い。

リスト超絶技巧練習曲第2版

タイトルからもわかるように、超絶技巧を要することが目的となったピアノのための練習曲であるピアノパガニーニを目指したリスト代表曲である一般演奏家にも演奏できるように難易度を少し落とした第3版が現在では普及しているが、リスト超絶技巧極致を目指して作曲した第2版は特に演奏困難とされ、リスト以外には演奏不可能と言われた。現在ではジャニス・ウェッバーレスリーハワードが録音を残している。

チャイコフスキーヴァイオリン協奏曲

演奏不可能とのレッテルを貼られ、当時の第一線のヴァイオリン奏者に初演を断られた作品しか現在では、早熟ヴァイオリン奏者が10代で弾きこなしてしまうことも珍しくない。

ドヴォルザークチェロ協奏曲

第一楽章オクターヴの速い動きで事実上演奏不可能作品である解決譜としてのOssiaで多くのチェロ奏者が弾いている。

プロコフィエフピアノ協奏曲第4番(左手のための)

パウルヴィトゲンシュタイン委嘱で書かれたが、彼は「一音も理解できない」として取り上げなかったため、作曲家生前には一度も演奏されることは無かった。ただし実際には、様式上・技巧上ともに特に大きな困難があるわけではなく、演奏は十分可能である菅原明朗は「この曲こそプロコフィエフ最高傑作だ」と称え、ピアノ吹奏楽の為に編曲したヴァージョンを残している。

シェーンベルクヴァイオリン協奏曲 Op.36

十二音技法によって作曲されている。ただし、急-緩-急の3楽章から成り、両端楽章の終わり近くにカデンツァがあるなど、伝統的な協奏曲構成に従ってはいる。作曲者はヤッシャ・ハイフェッツに初演を依頼したが、ハイフェッツはこの曲を演奏するか否か散々考えた末、結局「研究しただけ無駄だった」として辞めてしまった。結局初演はルイスクラスナー独奏ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団により行われた。作曲自身生演奏を聴いていないとされる。

フォルカー・ハインの「フェッロ・カント

1990年代初めドナウエッシンゲン現代音楽祭がカールスルーエ作曲家フォルカー・ハインに管弦楽の曲を委嘱したが、度重なるリハーサルにもかかわらず演奏困難ということでその年の公開演奏が中止になった。次の年もう一度だけ初演が試みられたが結局不可能で、またしても初演を断念させられた。その楽譜は当時の展示即売会一般公開され、色々な同僚作曲家意見が聞かれた。現在に至るまで演奏されていない。ブライトコップフ社によって出版されている。

ケージフリーマンエチュード

チャンスオペレーションを厳格かつ極度に徹底したヴァイオリンソロのための作品集で、「作曲するのも演奏するのもほぼ不可能に近い」音楽になることを前提に作曲された。しかし、第18曲目の演奏困難度をめぐって1-16曲目までの初演者ポール・ズーコフスキー意見対立し、作曲が中断された。その13年後にアーヴィン・アルディティの助力で作曲が再開されて、無事32曲の完成に至った。現在この作品の全曲演奏が出来るヴァイオリニストはヤノシュ・ネギーシーとアルディティの二人しかいない事から考えて、最も演奏不可能に近いヴァイオリン曲といえる。

関連項目

2022-04-11

anond:20220411020407

天才作品と同じくらい天才自身コンテンツからね。

から人々は魔笛を聴いたことがなくても相対性理論がわからなくても

モーツァルトアインシュタイン天才性を示すエピソードを知りたがるんやで。

から人々は天才主人公にしたフィクションを作り続けるんやで。

2022-01-30

死ぬまでにやりたいこと

選定基準

やるぞ!と決意しないと難しい

お金がかかる

時期が非常に限られる

今はまだ無理

逆にあと数年で価値が無くなりそうor年齢的に厳しい

運の要素が強い

やりたいこと



まだまだ増える。

おすすめある?

2021-02-07

モーツァルトが大嫌いだ

モーツァルト天才なのは聴けば分かるが、その才能を無駄にチャラチャラした所に使っている。外面の華やかさをを飾り立てているだけだ。

モーツァルト信者には天才信仰と同時に他人を見下す選民思想人間が多いのも事実だ。

これはつまりモーツァルト音楽には他者を見下す悪い心を育てる危険な要素があるということだ。

本当に良い音楽が聴きたいなら、まずはバッハを聴きなさい。次にサリエリベートーヴェンフォーレバルトークノーノなどを聴くべきだ。

オペラについても同様。

モーツァルトオペラ21世紀世界においても大変人気のようだが、内容は弱者イジメ差別を礼賛する下品ものばかり。

特に魔笛」は黒人差別女性差別を併せ持った大変危険作品だ。「魔笛」に素直に感動する人は危険だと言えよう。

本当に良いオペラを観たい、聴きたい人はグルックサリエリヴェルディムソルグスキーベルクシュトックハウゼンなどのオペラを鑑賞しなさい。

混乱した世界で道を見失った21世紀の人々へ告げる。

アントニオサリエリ

2020-09-05

鳥がどれだけ害悪か悟れ!!!!!

こんなニュース報道があったが、鳥というのがどれだけ害悪なのかがよく分かるだろ

サギの大規模コロニー 頭抱える地元住民 100羽以上が木に鈴なり、ふん害や鳴き声すさまじく/兵庫丹波篠山

https://news.yahoo.co.jp/articles/6a9f3449818964742905d9fd9fd785ceb362aa3b

被害にあったことのない奴は可愛いとか言い出すが、

所かまわずに糞をまき散らし、鳴き喚き、いくら追い払っても何度でも戻ってくる

アイルビーバックするんじゃねえよこのド畜生どもが

鳥獣保護法とかイかれた法律のせいで、こいつらに危害を加えた場合

100万円の罰金らしいが、100万円払えばこいつらを片っ端から銃殺刑にしていいっつーことか?

あぁ!?てめぇらはポップコーンが好きなんだろうが

俺はてめぇらにはポップコーンみてえに爆ぜて貰いてえよ!爆散しろ!!!

siriにはひふへほって語り掛けると

鳩ぽつぽ、ほろほろ。ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ。

日向のお部屋にや笛を吹く。

なんてくだらねぇギャグ飛ばしてきやがるが、笛じゃねえんだよこいつらの鳴き声は!!

魔笛なんだよ!!

鳥を女王に献上して暮らす鳥刺しのパパゲーノを連れて来いよ!!!

鳥どもの糞のせいで白いシーツに白い糞がついたシーツになってたのに気づかずに

触れて手にべっとり白い糞が付着して「ギエエエエエ!」って叫んだ俺の気持ちを考えろ!

それ以来二度と白いシーツは買ってねえんだよ!!!!!!

トラウマじゃねえんだよ!トリウマなんだよこっちはよ!siriギャグなみにつまんねえんだよ!

真っ白いシーツを見ると糞を思い出して吐き気が催すようになったんだよこっちは!!!!!!

からな、お前らもっと真剣に考えろ。

鳥害に悩む人がどれだけいるかを。

可愛いとか言ってる場合じゃねえんだ。

あとお前らな、死んだ鳥っつーのは自宅の敷地内にいたら自分処分しろっつー話なんだ。

死んでも迷惑をかけやがるんだこいつら。うちにも死んだ鳥がいやがったんだよ。

道路にでも死んでればお役所様がなんとかしてくれるが、そこに投げ込むわけにもいかねえだろ。

人目も気にしなきゃいけねえんだよ。

そんでこいつら病原体とか持ってるかもしれねえから迂闊に触れねえしトングで掴んで家庭ごみに出したんだよ。

生きてても迷惑!死んでも迷惑!!!

百害あって一利なし!!!

それが鳥なんだ!!!!!!!!!!!!!!!

2019-12-12

いちばん音程の高い音がある歌、低い音がある歌ってなんだろ?

候補:

2014-07-25

女なのですが可愛い女の子エロいことがしたいです

エロ可愛い女の子といちゃいちゃしたいです。

私は今、目をつぶってこの記事を書いています

何故なら、そうした方が、可愛い女の子イメージやすからです。

私の思う可愛い女の子は、身長140CM以下の小さい女の子です。

でもその子は、20代後半ぐらいがいいです。

それで口癖は「ちっちゃくないやい!」がいいです。

私は、女にしては身長が大きめなので、その子をよしよししてあげたいです。

名前はまみちゃんがいいと思います

ああ、まみちゃんといちゃいちゃしたいなあ。

まみちゃんにぬいぐるみをかってあげたいです。

まみちゃんは、ぬいぐるみをもって「ふにゃー」とかいってくれると思います

まみちゃん大好き、すきすきー。

まみちゃんはおっぱいはぺったんこだと思います

普通でもいいです。

でもぺったんこの方が絶対可愛いです。

ぺったんこのおっぱいを気にしているというよりは、むしろかわいいことに自覚的な各魔笛存在がいいと思います

ああ、まみちゃんかわいいよお。

まみちゃんと手をつないで、デートがしたいです。

遊園地に行って、お揃いの防止を被って、ジェットコースターにのりたいです。

おびえるまみちゃんを優しく抱きかかえたいです。

まみちゃん大好き大好き。

まみちゃんみたいな可愛い女の子には、きっと悪い無視がたくさんよりつくと思います

なので、私はそれをまもってあげられるぐらい、強くないといけないと思います

2010-09-20

初音ミクと見せかけの魔法

 海外blog初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。

http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/

=====以下翻訳=====

 初音ミクと見せかけの魔法

 初音ミク歴史は18世紀のヘタリアイタリアに始まる。

 そこにはバルトロメオクリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロックミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語ピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。

 イタリアピアノ発明することによって、日本初音ミク発明するための扉を開いた。

  ***

 俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケット完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京コンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイドコンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。

  ***

 クリストフォリがピアノ発明した頃、J・S・バッハ平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。

 数十年後、ようやくピアノ価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタ女性音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器ピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメシリーズのようにモーツァルトレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルト協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」

 モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。

  ***

 ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサート全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックオーケストラ民族音楽演奏くらいしかないし、それにシンフォニーホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女モーツァルト魔笛アリアを歌っている動画を聞いてみよう。

http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA

  ***

 19世紀欧州で、もしお前がピアノ演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。

 少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。

 かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツゲーム発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアムペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノ文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。

 19世紀末20世紀音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。

 そして、とんでもないことが起きた。

  ***

 ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザープログラムマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?

  ***

 それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。

 ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノ専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。

 さらに悪いことにロックギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。

 だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアピアノ発明したことが日本初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノ21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。

http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso

  ***

 もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアCGアーティスト音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧アイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトオペラを、ガーシュウィンミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。

  ***

 ピアノ最後の変革とは、もちろん電子化のことだ。

 真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザーキーボードとMIDIコントローラーワークステーション世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空オーケストラに仕立てることもできる。ピアノピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。

 一つだけ欠けているものがあった。声だ。

 そして、ご存知の通り、日本日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナ創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀スーパースターになるのは当然のことだった。

 中にはボーカロイドというアイデア音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事ソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家編曲家あるいはプロデューサーなりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイド音楽家仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。

 何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。

=====以上翻訳終了=====

 誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。

2008-02-21

お前は勘違いをしている

あの質問主は頭がおかしいわけでも何でも無い。宗教なんだよ。地下活動しているので知らなくても当然だが。

唯一神「ありがとう」をあがめるありがとう教の信者は、基本的には紹介制になっていて、近所の教会に飛び込みで入信するってわけにはいかない。というか、教会は持っていない。「この人は正しく倫理的で正義感にあふれ、礼の心を持ち合わせた強き人です」と既存信者に紹介してもらって、初めて入信の扉を叩くことができる。宗教と言うよりフリーメーソン型の結社と言っていい。

「ありがとう」は神の御名であり、軽々しく口にする事は冒涜に当たる。同様なケースはユダヤ教にも見られ、教徒は恐れ多い神の名(ヤーウェとも、ヤハベ、エホバとも)を日常口にするのを忌避し、その頭文字であるユッド(あるいはヨッド)で神の事を話す。この手の言霊信仰に近い考え方は世界各地に見られる。

ありがとう教において、唯一にして絶対の神の名は、正しい時と場所で、清らかなる心の元に発するものであり、軽々しく口にする事は万死に値する。一方で、基本的に地下組織的であるこの教団は、表立って「ありがとうを正しい心で」と布教できないため、信者は自分が選ばれたものであると言う自負と、愚民への怒りの間でさいなまされる事になる。

「ありがとう」という秘儀がこのように公の場で語られることは珍しい。だが、それに正しく応じているものがいることは、これが単なる怒りの発露ではなく秘密の通信の一部であることをにおわせる。たぶん「チチキトク・スグカエレ」で麻薬取引の合図とするような、何らかの取り決めがあったのだろう。

それにしてもうかつだっのではないか。意図ぬこととは言え、これほど一般から注目を浴びてしまっては、教団内部での地位が危ないのではないか。モーツアルトフリーメーソンの秘儀をオペラ魔笛」の中で漏らしたために殺されたとも言われている。この二人にどのような運命が待ち構えているのか、深く考えるのは避けておく。

ちなみに、ありがとう教のほかにも、おはよう教、しんせつ教、すみません教といった、秘密教団があってそれぞれ活動している。ぐぐっても引っかからないが、公安マークしているし、時々民俗学雑誌で話題になっている事がある。

http://anond.hatelabo.jp/20080221105632

 
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