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2017-08-22

https://anond.hatelabo.jp/20170822211753

それ自体はもちろん評価できるんだが

いまの安倍政権が取り組んでいる金融緩和を、政権交代で打ち切ることは不可能です。私が首相になっても継続します。金融政策は時々の状況で判断するもの。「べき論」だけでは進められない。》

脱緊縮派宣言である無駄は削りつつ、しっかり財政出動をする。ただ、自民党とは、お金の使い道が違うのだと強調する。

看護師介護職員保育士など、低賃金で潜在需要がある、公的仕事があります。その賃金底上げのために、財政出動します。

なんだこれ?

金融緩和がなんであるか、財政出動がなんであるか、微塵もわかってないの露呈してるんだが、お前はこれ読んで力抜けなかったの?


やっっっと、現実見据えてニーズに応えて緊縮路線捨てると口だけでも言ったのだから

相対性で言えば大きな前進だしそれは評価するし、前原が緊縮の寝言を捨てないなら枝野の勝ちでよいが、

脱緊縮宣言自体は「答案に名前を書けました」ってだけだからな?

実際に必要財政政策理解して、しかもそれを通す腕力があって初めて価値がある

俺はこの枝野インタビューははっきり言って絶望した

このおっさんはとにかく絶望的に経済に興味も知識もないんだと

枝野が勝つなら民主は終わりだし前原枝野以下なら民主は終わり

前原経済に関するまともな見識を示してなおかつ勝った場合だけ民主の望みは繋がるだろうね

繰り返すけど

やっっっっっっと、緊縮の寝言を捨て、憲法がどうのの寝言を捨て、経済が焦点だと認めたことは

十年以上の寝言立場からの脱却として多いに評価する

でも枝野さんのいってることは財政政策一年生というレベルのお粗末さ

経済学部学部生でも笑うレベル

から自分勉強する頭脳がないなら在野の有能なブレイン操り人形になるべき


まあなんか民主はもう分裂再編した方が早そうだけど

https://anond.hatelabo.jp/20170822145455のつづき)

2017~:第5期はてブ

2017.08 はてブ個別ページ)リニューアル

(リニューアル前) https://web.archive.org/web/20170219220531/http://b.hatena.ne.jp:80/entry/bookmark.hatenastaff.com/entry/2017/02/17/150000

(リニューアル後) https://web.archive.org/web/20170821141502/http://b.hatena.ne.jp/entry/bookmark.hatenastaff.com/entry/2017/08/21/210000


振り返ってみて

自分はてブを使い始めたのが2010年頃なんだけど、そのせいかやっぱり第2期のデザインは今見てもいいわーとか老害じみたことを思ってしまった

こうして見るとコミュニケーションというかソーシャルというか、段々そっち方向に舵を切るための布石はちゃんと打ってたんだなー

ところで2011.08のはてブ日記ブクマ一覧が非公開になってて笑った、今回(2017.8)のリニューアルの影響がこんなところにも!

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2017-08-21

人生の中で無駄な出費

・各種習い事

七五三ひな祭りなどのイベント

結婚式などの費用

他人結婚式などではに正装でなければいけないという風習

誕生日などの記念日プレゼントを買う風習

煙草や酒

延命治療

葬式

こうしたものは結局世間強要し、見栄を張るためだけに行われる出費なのだから

これからの余裕のない社会を生きる日本社会では継続する必要はないだろう。

2017-08-20

善意パワハラ

職種専門職特別知識技能必要です。

特に新人の頃は業務時間外も勉強技能習得のための努力をそれなりにしないと一人前になるのは難しいです。

それを踏まえて。

超優秀な若手が新卒社員に対し、

新人のクセに昼飯なんてくってんじゃねぇ!」

と言ったらしい。

これを言った超有能君は実際食事時間寝る時間も惜しんで努力を重ね、超優秀。

きっと後輩にも優秀になってほしくて言っている側面もあるんだろう。

でも、これを言われた新卒君は俺から見れば有能若手だけど、超有能な先輩からそんなん言われたら萎縮してしまって、業務上の疑問点も怖くて聞けないような状態になってしまって逆効果しかない。

超有能君は、これを言って新人君に更に勉強してほしかったのか実務経験を積んでほしかったのかわからないけれど、行動学的には彼がこの一言でなし得るのは、新卒くんの昼ごはんを食べるという行動の消去または減らすことのみ。

超有能君が求める、勉強経験をより積むための行動には繋がらない。

短期的には繋がるかもしれないけれど、主体性のない行動が継続するはずがない。

新卒君の心と身体を悪い方向に向かわせるだけで、良い行動には繋がらず百害あって一利なし

マネジメントとは、より良い行動をどう引き出すかなので、プレイヤーとしては超有能な彼もマネジャーとしては無能まりないということになる。

まぁもちろん超有能君はただ先輩なだけでまだマネジャーとしてのポジションではないけれど。

でも、俺別部署から介入できない。

あぁ、もやもやする。

まぁ一番問題なのはその部署責任者や、その状態放置するもっと上層部なんだけど。

俺様の正しさに荒ぶってダメなんだよなぁ。正義を振りかざして威圧しても、屈服させるだけで望んだ行動は引き出せない。

悪気のないパワハラって怖い。

週休3日欲しい

土日がほぼ家事と買い物に消えちまうからマトモな趣味が持てねえ。

恋愛とか友達付き合いとかしてる余力なんて当然ない。

かろうじて人間らしい人生を送ってはいるが、最低限度文化的継続可能生活を送っているかグレーゾーンに入ったまま何年経つのかもう分からぬ。

もう一日休日が欲しい。

アルバイターにでもなれば解決するけど、そしたら今度は金をケチるために色々必死になってしまい結局時間が無くなりそうだ。

もうちょっと稼げるようになったら金の力で色々と解決できるのだろうか。

何故客室清掃に対する苦情が減らないのか

ホテルマン自身が清掃を「楽で価値のない仕事」とバカにしているからです。

ホテルマンが勤務しているホテル営業宿泊施設の大半が、清掃業務を外部委託しています

募集教育にかかる手間暇削減

◯清掃に係る人件費外注費として処理

グループ子会社利益を再分配、できるからです。

しかし、一番の委託理由は「客室清掃が賃金に見合わない重労働」だからでしょう。

ホテルフロント係が決して流さない多量の汗を、客室の清掃員が毎日引き受けて流しているのです。

一般的ホテルと清掃会社請負契約はどうなっているかというと

契約の要といえる「一室辺りの清掃単価」、ホテルの規模や付随契約によっても上下しますが600円以下が多いと聞きます

清掃会社の間接費を引くと、300円以下になることも珍しくないようです

さて、ここで重要なのが契約書に書かれている委託業務の内容です。書面に載っていなければ強制される法的根拠はありません。契約の文中にない清掃不足は責任を負わない、当たり前ですよね。

まりホテルマン要求する清掃レベルが、契約約束事として肌理細かに書き込まれていない限り、清掃会社請負バイト契約書面以上の作業を、献身的に行う義務は一ミリも無いと言う訳です。

一向に改善されない客室清掃のクオリティに腹を据えかねたホテルサイドの責任者が、直接客室に赴いて徹底指導しても、少なく見積もられた持ち時間を削られて不快な小言に付き合わされる請負バイト感情を害するだけです。

結局その小言が契約書に書かれている範疇かが問題となってくる訳です。

金銭ケチって、請負バイト献身性に委ねていたホテル経営者を叱責すべきでしょう。

清掃クオリティにご不満があるなら自ら体験してみて下さい。ホテルマン自身が同じ時給で、その重労働体験すべきです。最低一か月は継続して下さいね

ルームメイクのキツさを知らないフロントから高飛車に言われたのでは強い反発を覚えるだけです。契約書にない追加的要望を拒む権利請負バイトにはあります

同じ釜の飯を食って、請負バイト愚痴や不満をたっぷりと聞けば、皆さんがどれだけ傲慢な振る舞いをしていたか気付くでしょう。

ホテルマンが客室清掃の体験初日に何室仕上げる事が出来ると思いますか。ホテルマンが常日頃求めている「完璧」を現場実践するのであれば、請負バイトの半分にも満たない室数になるでしょう。一ヶ月経っても請負バイトの平均ノルマ、十室には遠く及ばないでしょう。

嫌と言うほど、ご自身無理難題押し付けていた事を実感できる筈です。ホテルマンには配慮と労いの精神、なにより想像力が足りないのです。

客室清掃を請負バイトが一日に何室仕上げているのか。どんな思いで作業をしているのか。何を面倒に感じてどんなふうに時短しているのか。ホテルマンは肌身で感じ取るべきです。

そして、本当に改善すべきなのは誰なのか。その足りない頭でよく考えてください。ヒントは現場に、山の様に溢れている筈です。

バカホテルマンも流石に気づく筈です。

客室清掃の不備を訴えるお客様の苦情は、委託したホテル自身が作り出していると。外注丸投げという名の怠慢がそうさせているのかも知れないと言う事に。

請負バイトとの関係改善処遇改善こそが、苦情を断ち切るために必要不可欠なのだ確信出来るでしょう。

さあ、今すぐ苦情をホテル経営者に。

本当に改善すべきは「委託契約内容委託費」なのです

2017-08-19

https://anond.hatelabo.jp/20170816015559

股関節に近い部分とかはやっぱり少し生えてくるとチクチクして嫌な感じになりますが、それ以外のところはそうでもないかなって感じでした。少なくとも剃刀で剃るよりは全然マシ…(剃刀でそったときのあの不快感はきっと彼女さんに聞けばわかるのではないかと)

後日談というかさっきも除毛クリームをキメてきたんですが、1回目よりもきれいに毛がなくなりました。多分継続してやればサロンレベルとまでは言わずともそこそこ綺麗なパイパンになりそうです。

ただ除毛クリームは毛を溶かすものなので刺激が強いのと、使う部位がデリケートなので間隔は4〜5日空けたほうがよさそう。後から知ったんですけどデリケートゾーン専用の除毛クリームとかも売ってるみたいなので、そういうのを選択するのが一番賢明だと思います。とお伝えくださいませ〜。

https://anond.hatelabo.jp/20170819171859

増田が生きていくのに必要な方を選べ

人間関係も確実に信じてくれる方を選べ

食べていくため自分社会に何を残すために仕事しているか

そのために必要な方、自分を活かすために必要な方を選べ


パワハラ野郎不安定精神してて楽な方楽な方に媚びるから多分裏切るよ

普通自分自分自身を信用するものではないから、

信じてくれる、裏切らないで努力を続けられるモチベーションを与え続けてくれて、落ち込んでもまた自信を継続して持てるようにしてくれる他人信じろ


遠くからだと冷静に言えるのだがな

https://anond.hatelabo.jp/20170819015249

逆に君に興味があるわ

例えばとてもいい奴な親友と飲む約束をして何らかの事情で2時間すっぽかされたら「すまん!」みたいな軽い謝罪じゃ許さないわけだよね

さあ飲もうってなったとき普段はとても仲がいい相手に対してどういう風に怒りを継続させてどう相手を責めるの?

最終的に相手から何を引き出したら手打ちにすんの?正式謝罪反省の弁とか?

2017-08-17

Cinderella MasterシリーズとStarlight Masterシリーズ

5thライブを終えた今、多くのPがCMシリーズの続きを望んでいると思う。私もそういう一人だ。

しかし売上という現実は厳しい

SMシリーズはよく売れる。その多くがライブ応募シリアル付きであることを差し引いても良く売れる。

シリアル効果が2.5から3倍だと仮定すると、SMシリーズは少なくとも初週で平均3万枚前後売れる力を持っている。

一方でCMシリーズは、かなりバラつきがあり比較的新しい弾では2万枚前後、よく売れたとしても3万枚といったところである

裏の事情費用計算はあずかり知らないが、3曲製作して1枚のCDを1500円で売るSMシリーズ(うち1曲は既に完成済)と、5曲製作して5枚のCDを720円ずつで売るCMシリーズ、どちらがより利益を上げるかと言われれば、私は前者だと思う。

CMシリーズが再編を余儀なくされ3人3曲1アルバム1944円で売り出されることになったのは、3曲で売るSMシリーズの影響があったものだと推測している。

個人的にはCMシリーズ継続コンテンツの存続には必要だと考えているが、日本コロムビアがどれだけ我々Pを慮って頂けるか・・・


いっそのことCMSM合併してはどうだという案も思い浮かんだ。

CMシリーズでのソロ曲の待機を余儀なくされるアイドルは約20名いる。

一方でSMシリーズカップリング曲は、ソロ2周目とアニメBD曲5人版を足してもSM27までの分しかない。最新のKawaii make MY Dayまでを順にナンバリングすればSM21となるがSM27に達するのは年内で十分だろう。そうすると将来的にSMシリーズカップリング曲が不足するという状態が生じる。

SMシリーズの発売が渋滞している事実は確かだが、長期的に見た場合SMシリーズカップリング曲不足の渋滞が予想される一方で、CMシリーズが売り出せないがためにアイドルが余るという歪な状態が予想される。

ある意味で両方を解決できそうな案だとは思うが、到底受け入れてもらえない案であることも承知している。

既にソロ曲を有するアイドル担当する私では説得力の欠片もない事を承知で申し上げるが、欲しいのはCMシリーズなのか、担当ソロ曲なのかが問われる日がくるのではないだろうか。

私はより多くのアイドルソロ曲が聴きたいと考えるので、どのような形でも最終的には仕方ないと思えてしまうだろう。

だが担当Pの立場に立てばやはり従来のCMシリーズ形式でのソロ曲が欲しいと考える。

色々考えて自分なりに納得した結論は出せなかったが、一つだけ言える事がある。

日本コロムビアさん、よく頑張っていると思うけど出来ればもっと頑張って頂けたら大変幸いである。

意識高い友人が車メーカー調達職で悪魔に魂を売っていた

もう何年か前の話になるけど,とりあえず書き出してみる.

ある程度脚色があるけど,どうせ増田だし皆さんの信じたいところまでお読み下さい.

あらまし


新卒就職して1年位たったある日,学生時代の同期たちと飲み会があった.

そこに,世間一般にいうところの意識高い系学生生活を送った文系女の子がいた.

の子は,国内自動車メーカーで,国内の協力会社相手とする調達職をしていた.

 

 

飲み会の途中で,各自が今やっている仕事の話になった

の子は,調達価格を下げて事業に貢献していると言っていた.

「今年は去年よりも値下げ率上げられたの?」と聞いてみると

「下げられた.下請けに買わないよって言うと下げてくれる」と.

 

 

下請企業の存続を左右できるほどの発注量のある企業が,

発注の停止を提示して値下げ要求することは,買い叩きとして下請法で禁じられている.

「以前から継続して発注してる部材を一方的に買い叩くのは違法じゃなかったっけ?」

「えーそんなことないよー,だってあの人達ウチらいるからやってけてるんじゃないの?」

 

 

自分は車に対しては下位サプライヤーとなる,基幹部品寄りの企業に勤めている.

『そういう立場にある発注元が,値下げを強要するのが違法だ』という言葉を飲み込み,

その日の会は和やかにお開きとなった.

この日感じた違和感


自動車メーカー調達にちゃんとした教育をしないのかよ」といった思いよりも,

彼女がとても生き生きと,下請けの値下げの話をしていた事が気になった.

 

 

しかしたら,彼女は,「下位カースト人間」を

与えられたから,あんなに生き生きしていたのではないだろうか. 

意識高い系努力教産業構造の融合

 

努力教人間は,「努力をしてこなかった人たち」に対しては,いくらでも残酷になれる.

彼らにとって,海外の貧しい人たちは,めぐり合わせの悪かった「施すべき人たち」だが,

国内にいる下位カースト人間は「努力をしてこなかった人たち」だ.

 

 

もちろん,努力教自己意識が有ることと,自分が実際に努力してきたことは別問題である

まれ環境によって,満たされた地位にある大学生は,学生活動()等を通じて,

互いに努力しあっている(切磋琢磨している!)集団演出し,自分以外の学生や,

他の集団に対する優越感を得ているように感じる.

 

 

彼女は,海外留学経験もあり,国際理解が深く,それなりに教養もある.

それは,現在日本では,恵まれ環境に生まれ育たなければ,与えられないものではあるのだが,

彼女は現状を「自分努力で獲得した」と思いたかったのではないか

   

  

そして彼女は,下請けに対して「努力をしてこなかった人間自分らが施している」と認識したのではないか

零細のサプライヤは,努力をして来なかったから現状があると思っているのではないか

そして自動車メーカーは,彼女自意識を見抜いて,現状を肯定してやり調達職として利用したのではないか

そんな疑問が,年月のたった現在でも,湧き上がってくる.

 

 

意識の高い若者が,得られなかった優越感,選民意識を,下請けと言う名の「下位カースト」を与えてやる事で満たしてやる,

これは,自動車に限らずサプライチェーン上位のメーカーとしては,全く適材適所の采配だ.

きっと,下請けに対していくらでも残酷になれると思う.薄ら寒い

2017-08-16

anond:20170816102537

劇場版で描かれた、春香の本懐としての「私は天海春香から」というセリフが、自分の中では決定的なものですね。

天海春香というキャラクターを、公式が「描ききった」という感覚がいまでも確かにあります

寂しいものではありましたが、物語キャラクターを強くすると考える自分としては、とても心強くもありました。

「みんなのアイドルからアイドルマスター象徴」としてクラスチェンジした、という話はかなりしっくり来ます


「デレミリが765のような確固たる形を持っていない」、「それでは継続型のアイドルたりえない」、

「765が消費型から継続型へのシフトで完成していたとしても、ソーシャル型ではキャラが多すぎて難しい」、

自分は元の日記で書いていました。

勢いで書き出してましたが、あくまで765がたどりついた完成形にこだわるという前提なら、結構的確かなーと思います


で、今度は「私は天海春香から」というセリフにデレミリアイドルがたどりつけるか? という考えをしてみました。

でも多分、そういった「キャラクターの完成」という形はたぶんソーシャル型のPは望んでいないのではないのかな、と思いました。

おそらく、より長く、劇的にアイドルとの距離が縮まったからこそ「デビューから引退まで」と言いますか。

もっと大きなスケール感というか、物語のなかだけでは留まらず、それこそ中の人事情引退するまで続くのが望まれてるのかなと。

実際に時代が変わってみないとわからないものですが、リアルにより深く溶け込ませているからこそ、今度はそれをやってほしいなとも思います

自分が765アイドルをずっと観ていたいと思うように、デレミリの方々も同じような願いを持っていると思うのですね。

きっとまた新しいアイドルは出して来るでしょうが現実的ものとして、デレミリは(765も含んでますし)ずっと続いてほしいです。


気づきかもしれませんが、自分アニメから入った遅めな人です。

ニコマス楽曲はずっと好きで、たぶん09年くらいには熱心に観ていたのですが、お金まで使うようになったのはアニメ制作された後です。

自分キャラクター以上に物語が好きで、始まりと終わりを明確に描くことで「寿命」を作ってしまうのだとしても、やはり物語に裏打ちされた強いキャラが好きです。

天海春香をカッコいいと思うようになったのも、ニコマスで転んだり閣下したりのヮのしたり、ライブをいろいろ見たからではなく、アニメを観たからこそです。

二次元アイドルに「生き様」を見出し自分としては、「消費型」から継続型」にシフトする瞬間が、自分にとって一番だったのだなと考えがまとまりました。

今までこの辺が曖昧で、日常生活のなかでずっとモヤモヤしていましたが、今後はキレイな目でデレミリを見ることができそうです。


キャラクターの軽薄さをソーシャル性で補完するにしても、新しい感覚すぎて孤独自分はついていけねえ!」とは思いますが、まぁ外巻きでもそれは楽しいかなぁと。

自分は今年で大学卒業という比較若いとこにいるはずで、世代としてはデレミリど真ん中のはずなのですが、そういった点もやや切なさ増幅要因ともなってます

アイマスの話を振られて当然のようにデレミリ前提されたとしても、自分はきっと強く生きて行けると思います。書いてよかった…。 


デレミリは本当にどうなっていくのでしょうねー。765でひとつの完成の形を見たので、何かゴールがあると思いがちではあります

そんな考えばかりの自分としては、やっぱり前述したように「ずーっと続いていく」のかなぁと。

765は00年代10年代ネット環境シンギュラリティで落ち着きましたが、今後はしばらくそういったこともないでしょうし。

キャラは成長するからこそ面白いものですが、それを曖昧にすれば、ずっと「成長(?)」を続けられますし。

早々にアニメ化したのも、ある種の「枷」を取っ払うことを意図してたのかなぁという実感もあります。前述した物語ゆえのハードルというか、そこをうまく越えたのかなと。

からこそデレミリsideMでは何をどうするのかなー、という不安もなきにしもあらずで。まあでもうまいことやってくれるでしょう。

これから先50年100年、というと本格的に神話性が増してきますが、765もデレミリsideMも、ずっと長く続いてくれることを祈っとります。


またちょっと考えることができました。トラバありがとうございましたと思います

https://anond.hatelabo.jp/20170816030530

消費型コンテンツ継続コンテンツという話なら初期のアイマスは消費型だったと思う。

強いアイデンティティ個性があるキャラクターは消費型でこそ動かしやすいが継続型ではだんだんと動かしづらくなってくる。ただ、いつからか765アイドルは新しいシンデレラミリオンより1つ上の領域シフトして(させられて)いたような。(勿論中の人の年齢や家庭事情でやむを得ない部分もあるが)

もともとはひたむきで真っ直ぐで「普通女の子」であった天海春香であるが、劇場版の「女神」と呼ばれているような彼女は最たるもので、あの姿こそがアイマスだと明確に打ち出してきたのがその証拠。その変遷にはシンデレラミリオンといった後輩ポジションが出来たから作り方としてはそう難しいことじゃなかったとは思う。人数も運営側が処理できる範囲であったしね。

シンデレラも6年と業界的には長いコンテンツになってきたが、確かな実力はあれど半ば勢いで走ってきたのでこのまま消費型コンテンツとして消えていくのか、明確な案は思い浮かばないが上手くやるのかこの先が見ものである

アイマスについて考えた

はじめに

自分にとっては、これから生きていく上で大事存在だとも言えるのが765プロアイドルである

先日にライブを終えた346プロの面々も、さわりくらいなら知ってはいるが、どうにも馴染めないクチである

キャラの魅力としては、より最近風でバリエーションにも富んでいて、知らない人が見比べれば「765プロアイドルは地味」という人もいるかもしれない。

しかしながら、自分にとっては何よりも765プロアイドルが一番であり、たぶんそういう人が他にもいると思う。

お盆に休暇を取ったもののヒマなので、いろいろ観たり聞いたりしながら、こうなったらと幅を広げて「アイマス」について考えた。


スター」について

今年の高校野球は、清宮というスーパースター選手がいた。彼はのちのちプロになり、輝かしい成績を残すのだと思う。

野球に限らず、あらゆる人気スポーツには「スター」と呼べる一握りのプレーヤーが必ず存在する。

競技のことをよく知らない人間を、まるでまんがかドラマかのような力で惹きつけ、人間を呼び集めることができる人間である

彼らは自然とそのような状態を作り、本人はただ勝っているだけなのだが、それはひとつ経済圏を生み出す。

渦巻くファン層に商売人が目をつけて、そこに広告をブチ込んでさらに大きな渦を作る。そしてカネを飛び交わせる。

いわゆるひとつバブル現象であり、今年の清宮などはこれの好例であったと言えよう(主に商売人側で盛り上がっていた気がするが)。


彼らのようなスター選手の中にも、2種類のタイプがいると思う。純粋暴力的な力でドラマを作る者と、あともうひとつである

前者は若い選手に多い。藤井四段も現在のところはこれである。彼らはただそこに在り、勝負に勝つだけで人を惹きつける。

ただ、それは得てして一過性のものである。何かのきっかけで敗北を喫すれば、ドラマはそこで終わってしまうからだ。

競技自体に興味のない、バブル層のなかで最も分厚い層を作る「競技を知らない」人々は、確実にここで去っていく。

藤井四段も、清宮も、あるいは自分が知らない間に大活躍したスター選手も、きっとみんな「あ~あの子ね」と言うと思う。

夏でもあるし、ここでは「花火型」とでも呼ぼうと思う。


後者で伏せていたもうひとつタイプは、自分自身生き様ドラマを作る者だ。

必然的に、これは歳を重ねた選手の方が多くなる。羽生善治王位も、たとえばイチロー、EVOで優勝したときどはこれにあてはまる。

彼らは自らの人生ドラマチックに生きてきた。ウメハラはたくさんの自著を持っていて、その大半が「人生観」についてである

瞬間最大風速は前者に劣るかもしれないが、継続性は後者が圧倒的に上だろう。

彼らが自分の信念に基づいて生き、たとえ負けが込んだとしても、いつか諦めずに優勝すれば前者よりも強く輝くはずだ。

イチローときどに魅入られたファンたちは、自分人生のお手本として信じ続け、彼らのことをずっと忘れない。

一見地味であっても、より強く歴史にその名前を刻むことになるのは後者人間である

こちらは「劇場型」とでも呼ぼうと思う。


765プロアイドルは「劇場スター

そろそろ765プロに話を戻そうと思う。

つまるところ、自分にとって天海春香如月千早は「後者」、「生き様で語る」アイドルなのだ

彼女らは空想上に作られた存在かもしれないが、物語というのは、事実でなくとも真実であるということに変わりはない。

物語が持つ真実の力を、現実のものと遜色ない力強さで手にしている、自分にとっては稀有存在だ。


天海春香のように、まっすぐキラキラ自分目標に向かって生きることは、どこか気恥ずかしいことだと思っていた。

如月千早のように、周囲に与することなく孤高の存在であり、自らが持つ力だけを持って世の中と戦うのはカッコいいことだと思っていた。

星井美希のように、自分にできることを程々にやり、何かひとつのことに一生懸命になることなどせずに生きるのは賢いことと思っていた。

けど現実はだいたい違っていて、自分の夢にアツい人は全員すげーと思うし、一人では限界がすぐに来てしまうし、飽きっぽい性格では何も面白くない。

765プロアイドル出会っていなければ、こういった当たり前のことに気づくのが遅かったかもしれないし、下手したら死んでいたかもしれない。


アイドルというのは「偶像」であって、それは「非現実的可愛い」だとか「彼女らが頑張るのを自分が支える(崇拝)」対象では決してない。

偶像=神の教えと言葉に従い、崇め奉るだけでは単なる「信仰」だけで完結してしまい、それはいつか「狂信」となるか「飽き」を迎えてしまう。

彼女らがファンに向けて送っているメッセージは、「私も頑張っているから、あなたも頑張って!」である自分は思っている。

ライブ課金ゲーム時間を使うという行為は、そのエネルギーや「言葉にしにくい真実」を交換しあう行為だと考える。

神というのはそもそも人間が生み出した概念であり、アイドルも同じで、決して向こう側から「与えてくれる」だけの存在ではない。

理想ドラマチックな生き方」をアイドルという「偶像」に依拠して、それを体現する者に自分から価値あるもの」を供出する。

そうしたプロセスを踏んでこそ、アイドルという存在がこの世に、人々にとって魅力的な存在であり続けることができる。


日本神様はどこにでもいて、誰からも忘れられたときにひっそりと消えるという。そのためにお祈りやお供え必要なのだ

昔の人にとっては、自分たちの食料となるもの、貴重なものを神に奉納するという行為があった。それくらい大事なことだからだ。

純粋に「異界の神」の存在を信じた人々もいたかもしれないが、それは「狂信」だと言ってよく、たびたび「非人道的な間違い」を起こす。

本質は、「自分たちを見守る存在」=「理想的生き方を守る存在」に「価値あるもの」を奉納し、その価値を高めるということにある。

自分たちの願い(神様偶像)がそこに結実していると確かめるための行為なのだ


10年代の「ソーシャル型」アイドル

要は、自分にとって理想アイドルは「劇場型」であり、「花火型」ではアイドルたりえないという話をしたかったのである

765プロアイドル以外は認めないのか」と問われれば、イエスと答える気がする。346プロも、ミリオンアイドルも今のところではそうだ。

自分としては、彼女らのように息が長く、大勢プロデューサー必要とされ、様々な歴史を与えられた彼女らに勝るアイドルはいないと言い切れる。

他のプロデューサー自分とでは、彼女らに求めているものが違うという実感はある。こういう話をして納得してもらえた経験がまったくないゆえだ。

自分自身羽海野チカ先生が言うように、「大事なことは全部、漫画アニメ(=フィクション)に教わったんだ!」という感じが近いからというのもある。


老害いたことを言うが、最近の新しいコンテンツキャラクターの薄利多売ぶりがすさまじいと思う。

これはデレマスミリマス、空前の大ブームであるソシャゲ全般を主として言えることで、あまりにもキャラが多い。

そして、全員が全員似たようなことを言う。誰も彼も個性などあまりあったものでなく、先に挙げた765プロアイドルのように、強い物語性と動機などはない。

つまるところ、彼らのようなキャラクターに「劇場型」のようなドラマは生まれないのであるキャラクター自体存在は極めて薄いものなのだ

自分にとっては大変味気ないものであるキャラクターが大量にいるという前提もあり、どうにも(言葉は酷いが)「粗製乱造」といった印象が拭えない。


しかし、そこを補完しているのが「ソーシャル性・社会性」である。「大量のユーザー集合的無意識を共有している」という前提があるからこそ成立するキャラなのだ

ツイッターでの同好の士との、友人間でのグッズのための遠征ライブツアー同人作家の持ち上げなど、これらはすべて「社会性のもたらす快楽」が下支えしている活動だ。

如月千早のところで言ったように、人というのは一人では何もかもにすぐ限度が来てしまう。何かを面白がるにも、一人では見える範囲のことしかからず、すぐ飽きてしまう。

だが、誰かと共有することで可能領域は倍増し、それはたまらなく面白いことだと気づく。リア充だろうがオタクだろうが、誰かと会って話すのが人間は一番楽しいことなのだ。

ゆえに、キャラクターは「浅く広く」の方が都合はいいのだ。オタク的に深い造詣と知識がなければ弾かれるのなら、新規はやってこないしヘタなことは言い出せない。

大きなコミュニティを作り出し、まるで文化祭前夜がずっと続いているかのような熱狂の渦を保つには、共有対象簡素かつ魅力的であればあるほど好都合なのだ


自分は、彼女らのようなアイドルを「ソーシャルアイドル」とこっそり呼んでいた。

765プロアイドルのような「劇場アイドル」も初期は「ソーシャル型」だったのかもしれない。

ただ、いくらなんでも数が多すぎやしないだろうかという風に自分は捉えがちである

結果的にどれにも入れ込むことができない、自分のようなぼっちが前提のオタクにはつらいなぁという印象だ。


劇場型」と「ソーシャル型」

時代の移り変わりとともに、アイマスも形を変えたのだなというところに思考が落ち着いた。

掲示板にでも出入りしなければ「お一人様」性が強かったネットからスマホによるネット人口爆発や、ツイッターが台頭した環境変化に対応したと。

アイドルとの距離もより身近になり、春香の「後ろの席までみんな見えてるからね!」にありがたみを感じにくいご時世になったこともある。

自分にとってソシャゲアイドルはとっつきにくいものだが、彼女らについて(上辺だけでも)深く考えることができ、より765アイドルが好きになれた。


AV女優云々で騒いでいたのは、決して職業差別宣伝への嫌悪とかでなく、純粋に「社会」が乱されることへの強い拒絶反応であることもなんとなくわかる。

ソーシャル型」アイドル世代は、決してアイドルの一存ですべてが成立しないのだろう。自分たちで「デレマス社会」を守っていこうという意識が強いのだなと思える。

デレステ運営公式アカウントへの過度な許容もその現れだし、ライブが頻繁に行われていたり、声優さんが大量に現実いるからこそというのもあるはずだ。

旧型ぼっち重視オタクである自分には、深く考えるまでは「奇妙」の二文字で片付けていたが、しっかり考えるとなんとなく頷くことができる(自分とは違うのだなーと)。


自分はここまでで、「劇場型」と「ソーシャル型」を分けて考え、前者が自分には合っていてそれは765アイドルであるとしていた。

ただ、「花火型」とほぼイコールであるソーシャル型」アイドルも、中心にいる人々からすれば「劇場型」と捉えているのかもしれないとも思う。

自分が望むような「二次元でほぼすべてが完結できる」劇場型ではなく、「リアルツイッターゲームライブ声優」、それぞれをすべて同列に考えられる基準を持っているのだろう。

自分にとってそのような考え方は無理があることだし、それができるのは正直うらやましいことだ。きっと違う楽しみがあるに違いない。


おわりに

文字数文章としてのまとまり、書く時間制限をつけなかったので、たいそうバラバラ文章になったと思う。

自分としては、モヤモヤと考えていて喉元でつっかかっていたことがスッキリしたのでよかった。これぞ匿名ダイアリーパワー。


何かとレジェンド扱いされる天海春香さんだが、単に新しい展開が少なくなってしまったというだけである

基本的運営を信頼しているので、天海春香らしい新しいエピソード新曲、展開があるといいなといつも期待してはいる。

ミリシタは…………………………ログインボーナス継続中ですが………………音ゲー無理で……。据え置きで新作出いかなーと希望を。


上にも書いたように、自分には正直なところソシャゲアイマス系列にはどうしても馴染めないところがある。

大量のキャラを常に見回したり(自分にとっては全員が全員魅力的なのですよ)、リアル体験との併用が前提とされているような構造はすこしキツい。

しかしながら、アイマス全体を支えているのは間違いなく彼女らであり、そういった意味では応援している。アニメは観たし、CDもとりあえず買っている。

いまやソシャゲアイマスあってこその765プロアイドルである。いつか揺り戻しがあり、強いアイドル必要になったとき、また765のようなアイドルが観られればそれでいい。


いわゆるデレマス界隈は、人を多く集めまくったリスクとしていろんなトラブルがあったりするんだろうなと思う。

けど、大した問題にもなっていないようなので、すごいと思う(ぼっちゆえコミュニティの仕組みはわからない)。

自分にとってパリピめいて盛り上がるリア充なんだかオタクなんだかわからないPたちは正直無理である

が、デレマスアイマスを好きだという気持ちはたぶん同じなので、遠いところから同士よ! と応援している。


なんかすげー長く書けた。自分用のメモにしてもよかったんだけど、経験則的に、誰かに見てもらうって前提で文章を書いた方がわかりやすくなるのだ。

ということで投稿しつつ、ローカルに保存しつつ。よかったらなんかコメントとかくれると楽しいです。てーかここまで読む人おらなんだ。

読んでくださった方、ありがとうございます


2017-08-14

https://anond.hatelabo.jp/20170814181806

昔であれば、「Webサービスを作って、公開する」ことは「解りやすい難しさ」だった。

実はその陰に「公開したサービス継続する難しさ」もあったのだが、これに気づかず公開した皆様が漏れなく地獄を見た。

作るのは簡単だが継続するのは難しい。

最近技術進歩で、作るのはますます簡単になったが、継続することの難しさは変わっていない。

Webサービスなんてサーバ代かかるくせにタダで使えちゃうから継続するインセンティブは全く無いよね。広告収入とかじゃない限り。

コミケ現代でも継続する必要性があるのだろうか

まず前提で、「印刷会社関係する企業団体が食えなくなる」などの話は全くの別問題として切り捨てる。



さて、今は個人でも低コスト通販電子出版が容易にできるサービスがあって、

同人誌発行の容易さや頒布手段自由度は昔より向上している。


それにも関わらず、わざわざ申し込みに手間がかかり、表現規制はうるさくて、

地方在住の参加者にとっては運賃物流コスト負担が重く、夏は糞暑く、

設営完了した時点でグッタリするようなところで、用意した数をさばききれるか不安を抱えながら

わざわざ創作物頒布する必然性が今もあるのか疑問だ。


毎回誰かしらがやらかしている新刊落ちや、表現規制頒布停止になった話や、徹夜組問題や、

大手サークル目当ての一般参加者が炎天下に長蛇の列を作って、まるで修行のような様相を呈している

グダグダな様子を眺めていると尚更強く思う。

このような問題は、発表の場をコミケ限定しなければ解決できる問題ではないだろうか。



今でもコミケ創作物頒布しようとする理由コミケでなければならない理由を考えてみる。


1,コミケ以外で創作物頒布する手段がよくわからいか

2,外的要因の締め切り(印刷会社入稿期限やコミケ開催日)を設定されないと創作物を作れないか

3,同人作家同士の交流会を兼ねているか

4,記念として「コミケで本を出す」こと自体目的になっているか

5,来場者数が多いコミケならどんな創作物を手に取ってもらえるのではという期待を持っているか

6,限定商法を展開したいか

7,未知の出会いを求めているか


1。とりあえずBOOTH検討してみてはいかがだろうか。

とらやメロンのような審査はなく誰でも使えて、サービス提供側へ収める額も少ない。


2。現状ではがんばってくださいとしか言えない。

PixivあたりがAPOLLOのようなオンライン即売会の形で特集でもやってくれれば、

そこを目指してもらうなどもできるのかもしれない。


3。懇親会を個別企画してみてはどうだろうか。


4。代替手段なし。そういうこともある。


5。コミケ知名度集客性(一般参加者は客ではないので語弊があるが)をあてにするにしても、

作風がよくわからず近寄りがたいサークルが、午後になっても大量の頒布物を残しているところを見るに、

コミケならなんでも手に取ってもらえるとは考えがたいので、別の手段を考えたほうが建設的かもしれない。


6。通販販売期間を限定するという限定のしかたはどうだろう。

長蛇の列を作るような大手サークルは、会場限定頒布物などを作るよりも

手堅く通販で用意するほうが喜ばれるのではないだろうか。

また、コミケでの頒布商売目的なんてことはないはずだから、購買欲を煽る必要はないはずである


7。PixivTwitterなどのSNSアンテナを張ってみよう。



オリンピック開催による会場確保の難しさや表現規制強化など問題がある今、

本当にコミケじゃなきゃダメなのか、考えてみるのもいいのではないだろうか。

2017-08-13

泣くということ

まとめる気もなく思考の跡を自分がクソな人間であることを暴露しつつ。

幼稚園年中の時に

「嘘泣きするな」と先生に叱られた。

私(もしかしたら他の子も)はクソ野郎だったので、

泣くことで相手を謝らせ自分正当化(もしくは無害化)するという手段に出ることがあり、それを叱られた。

泣くことで相手を謝らせる作戦祖母の怒りを避けるために編み出した方法である

実に小賢しい。実にズルい。

祖母は怒った結果私達が泣き出している時に誰か人が来ると世間体からか私達に非があっても態度を豹変させて私達に謝った)


先生の教えは人の顔を見て泣くなということを意味していると私は解釈した。



中学の時、自分は最悪な人間だったので、

部活引退解放からひとりだけヘラヘラしてて、友達に怒られたのだが(当たり前だ)、

その時言われた

「なんで泣かないの?みんな泣いてるよ!」

というセリフがとても頭の中に残っていて、その時、失礼なことしたなと思うと同時に、

この友達はみんなが泣いてるから泣くの?って思った。

(私のことがムカついていたから泣いた可能性もあるなと今は思うんだけど)

個人的部活強制加入と辞めるの不可で継続強制はやめた方がいいと思う。

下関国際野球部ブコメにもあったけど「逃げた」という表現もやめた方がいいと思う。


十二国記の風の万里黎明の空というファンタジー小説の上巻300ページ目に、

「人の泣くのにはふたつあるんだなって。自分がかわいそうで泣くのと、もうただ悲しいのと。自分がかわいそうで泣くのは子どもの涙だよな。だれかなんとかしてくれって、涙だからな。…(後略)」

っていう厄災孤児セリフがあって、結構影響受けた。

ただ悲しくて泣いたエピソード(人々がいた風景がなくなってしまった)で戦災孤児が言ったセリフ

子どもの涙も流すとも言ってる。

対比で描かれている人物自分がかわいそうで泣いていた見た目は16実際は100歳くらいの女の子で、

100年近く抑圧から抜け出せなかった抜け出そうとしなかった子で、自分を慰める涙ばかり流してた。

他の人も同じくらいもしくはそれよりつらい人死んで泣けない人がいるのにずっと泣いてるのはカッコ悪いよっていう話。

※ちなみに彼女主人公ではないけど彼女合わせて3人の女の子が成長する物語

居たい環境地位からのズレと自己憐憫の話。


ラジオで某ミュージシャンが泣いたことがあって、作るのつらくてつらくてしょうがない、しかも結果出ないって言う。

(あれを聞くと頑張ってほしいけどつらいならやめたいなら無理強いさせたくないと思ってしまうのだが)




泣くのって他人から見た美醜が結構関わる行為で、

泣くのはダサい汚いズルいカッコ悪い男らしくない恥ずかしいっていう言説と美しいって言説がある。

他人が泣くのは、腹立たしいこともあり、美しく感じることもある。

他人存在意識して泣くとかそういうんじゃないただ感情に任せた涙が甲子園にはあるけど(他人は確実に存在していて消費してるけど)、

そういうのって世の中どのくらいあるのかっていうことと、

他人存在意識して(共感を求めて)泣いたとしても、

理解共感できる涙と共感出来ないダサい涙があって、

少なくとも子供の涙(自分を慰めるための涙)とただ悲しくて泣く涙というような、

カテゴリー分けするのは単純には無理だし、

美醜を感じることはあれど、それも立ち位置や前提となる状況についての知識によって異なるため、

共感文脈だなと思うように今なったとこ。

甲子園も美しいけどかわいそうで間違ってるから改善すべきという人もいるし(子ども意思目標大人子どもに負うべき責任バランス


とりあえず、常に他人の目を気にしてカッコ悪くないように泣く泣かないを決めている(他人の目を見て感情を圧し殺す)と、

病気になるからやめた方がいいと思う。

助け(共感)が欲しいときに泣けないと死ぬ

自己憐憫も時には必要だ。

社会簡単には泣くことを許さないけど、泣いて反応が帰ってくるまでは、社会が何が恥ずかしいことだとしていて、何が恥ずかしくないとしているかからないし。

※ちなみに海外では結婚式で泣く日本の男は面白いBSのCOOLJAPANでやってた。海外大変。メンタル病む。

生きているということは他人から観測されることなので他者存在からは縛られる。


泣く泣かないに関わらずダサいはいる。

ということはダサいは泣く泣かないによらないのか。

泣くのはダサいかっこいいの最終段階のダメ押しか。ダサいかっこいいは過程

これだな。


そして泣くことを恥ずかしいことだと考えたことすらない人は、わりといい人生送ってる気がする。

目標地位を達成するためには泣きたくなること=恥をかくことは何度もあるはずだから

失敗して泣くのが恥ずかしいがために目標に挑戦しない頑張らない人なんてざらにいると思うんだけど、もったいない

から、恥という概念に関連する行為範囲が狭い人は自由だ。

以上まとまりなく。


追記

小説は毒にも薬にもなります

社会不安障害になりそうな文章だな。

2017-08-11

努力継続するコツ

中学受験して以来、高3の4月までほぼ全く勉強してなかったけど、この夏休み平均して1日10時間くらい勉強してるよ。

コツは努力を辛いものだと思わないことだよ!

辛いと思ったらもうその日は終わりにする。

「頑張ってあと1時間やろう」とか絶対思わない。思っちゃダメだって勉強は「頑張って」やるもんじゃいから。辛いものじゃないから。

応援ソングとかも絶対聞かない。だって頑張ってないから。別に勉強とか趣味だし。遊びだしー。応援されて、無理に自分を奮い立たせてやるもんじゃねーしー。

って思いながらやると継続できるよ!

最初はすぐ辛い〜ってなると思うけど、毎日辛いと思わない範囲努力を続けてたらどんどん時間は伸びてくよ!

100年間ブログ毎日更新したらアクセス数はどうなるのか?

ブログ毎日更新すればイヤでもアクセス数は上がります

余程のことを書かない限りペナルティ(グーグルなどの検索で表示されない)は受けませんし、書くスピードも格段に成長します。

それでも大半の人はブログ記事毎日更新できません。

例えば今20歳だとして120歳まで毎日休まずにブログを書き続けたらどうなってしまうのかを考えましたので興味がある方は少し付き合ってくださいね

ブログを100年間毎日更新すると?


普通に考えますとまずブログを100年間継続するよりも120歳まで生きる方が難しいですがとりあえずそこんとこは置いといてください。

20歳から始めたブログ作成も90歳ぐらいから次第にパソコン文章を打つのが遅くなり、1記事書くのに1日以上掛かるようになります

から毎日更新したいのに中途半端記事が出来上がっていきます

それでも何とかブログを書き続けていきますが、目も腰も悪くなってきているのでブログを書くという行為だんだん苦痛になります

書くネタはもっぱら友人知人の天寿を全うする話や葬式関係記事が多くなり、次第にグーグルアドセンス広告葬儀業者関係に偏るようになってきました。

ここまででブログを70年間毎日更新しているので記事数も25567記事になります

肝心なアクセス数はといいますと全盛期の頃に書いた記事がまだアクセスを稼いでくれているので1日平均20アクセスあります

月平均600万アクセスがあるブログ記事に成長しましたが、まだまだアクセス数は上がってきていますね。

同じ内容のブログ記事が増える


普通の90歳と比べても毎日考えてブログを書いていますし、指先を使っているおかげもあってあまりボケていません。

さすがに100歳くらいから少しボケが進行してきて同じ内容の記事が増え始めます

同じ内容といってもブログ記事が増えてきたらよくしてしまう似たような記事ではなくて、タイトルキーワードもほぼ一緒の記事です。

グーグルからコピペコンテンツと見なされて次第にインデックス(検索結果に表示)されなくなります

それと同時進行でアクセス数も急降下し、ブログ全体の評価が下がり始めました。

1日20アクセスあったブログが80年後には1日1万アクセスまで落ち込みます

それでも気にせずにブログ毎日更新していきますが書けば書くほどアクセス評価も下がり次第にそのブログ検索結果に全く表示されなくなりました。

100年後のブログアクセス数


なんだかんだで120歳まで生きて100年間毎日更新をし、ブログ記事数も36525記事になりました。

そして肝心のアクセス数ですが今では1日の平均アクセス数は0~1です。

あらゆるペナルティを受けて検索結果に表示されなくなりました。ちなみにアドセンス剥奪されたのか表示されていません。

それでも気にせずに命がある限りこれからブログを続けていきます

100年間ブログ毎日更新したらアクセス数はどうなるのか?のまとめ

これはあくまでも私の想像上のお話ですが現実もこんな感じになりがちです。

100年間ブログ毎日更新すればアクセス数が上がり続けるとは限りません。

ここを勘違いしてしまますブログで稼ぐことは途端に難しくなっていきますし、モチベーションも下がり、ブログを書くことを辞めてしまうことでしょう。

確かに100年間毎日質の良いブログ記事を書いていければ膨大なアクセス数が期待できます

しかしそれは不可能です。なぜなら人間はそんなに強くできていないからです。人間は必ず年を取れば衰えますし、若い時の健康な体や精神力は維持しにくいのです。

それでも何かしらの予防策で進行を遅らせることはできますが、やはり年には勝てませんよね。

それでもブログに限らず、この世を去るまで何かを続けることは素晴らしいことですし、人生は充実します。

結局はお金が全てではない!ということに本気で気がつきますが、若いときはそういう簡単なことに気がつかないのが人生というものですね。

最後まで読んで頂きありがとうございます。こんな素晴らしい記事を皆さんも書いてみましょう。でも僕を超えることなんてできるでしょうかね?

2017-08-10

キモくてカネのないオッサン

だいたい

キモいことににも慣れてるし

カネのないことにも慣れている

ナイナイづくしなりの処世術を備えているので、加齢による不安の増加に晒されても割と丈夫。

問題

途中からキモくなったり、カネがなくなったりしたオッサンじゃないだろうか?

ダメダメなりに継続してれば一本筋が通った感じになる。継続は力なり?

2017-08-09

ゲーム業界側で3D酔いのガイドラインとか作ってほしい

3Dにそこそこの頻度で酔う

自覚したのはドラクエ8で画面をブン回して気分が悪くなったあたりから

映画じゃ全く気にならないがゲーム視点を振り回す奴はかなり辛い

 

そこそこというのが辛くて、洋ゲーでもバットマンアーカムあたりのヌルいやつなら全然平気なんだけど

オブリビオン手出ししたら一発で酔う

そんなふうに気になってるゲームを3D酔いでプレイ中止は時々あって、

バロックなんかも無理してプレイ継続してたら胸が苦しくなってきて諦めざるをえなくなったりした

 

最近ショックだったのは人喰いの大鷲トリコが開始1時間で冷や汗ダラダラとなり

これ以上は翌日以降に障るとプレイ中止して、2、3時間ぐらい横になったこと

ICOワンダと巨像も好きだったので、トリコが3D酔いでプレイできないのは残念だった

 

一度こういうふうに3D酔いにやられると、しばらくはオープンワールドに触れたくなくなってしま

(忘れたころにまた手出ししては痛い目を見るのだが)

 

なのだけれど、今回はちょっと思い出したことがあった

ニーアオートマタで、オプションで3D酔いを抑える設定があったじゃないか

そういう設定が作れるということは、業界内では3D酔いに対する一定の知見が蓄積されてるわけだ

(そりゃそうだ、3Dゲームも20年以上の歴史を積み上げてきてるんだから

 

おそらく「こうすると3D酔いになりにくい」というノウハウはあっても、

一方で「3D酔いを気にして視点移動をデザインするとゲームとして成り立たない」という問題もあるのだろう

ゲーム業界としても、一部の3D酔いしやすい体質向けだけにゲームデザインを変更するのでは商売にならないのはわかる

 

なので、折り合い点として、目安となる「ゲームの3D酔いしやす度数」をガイドライン化して、

ゲーム売場なり、ダウンロード時の参考情報なりに、わかるように表示してくれないだろうか

 

3D酔い度「1」まず酔いません、「2」だと酔いやすい人が体調が悪いと酔う可能性があります

「3」「4」「5」と、3D酔いと折り合いをつけられる難度が上がっていき、

「5」は3D酔いに配慮しないハードプレイが前提となります、となる

 

3Dゲームに手出ししたくないわけじゃない

洋ゲーだって興味をそそられるものは色々ある

だが、初回限定盤を買ってきてプレイしたら3D酔いで寝込むしかないのでは、やはり辛い

 

どうか、おねがいしま

勉強子どものうちに

 たまに「勉強よりも大切なことがある」という、大人子どもに望む幻想寝言マスメディアで流れていることがある。

しか大人は、子どもに対して、できる限り苦痛を感じないように助けながら、勉強を頑張れるように支えるべきだと思う。


 勉強ができない・苦手な子どもは、大人になったときに『効率的物事を処理する力』が身についていないため、

大人になってから自らの能力のなさを嘆き一念発起して勉強しようにも、何をするにも時間がかかり、

苦痛を感じて継続することが困難なため、何かを身につけることは並大抵のことではなくなってしまっている。


 娯楽に興じたり友達遊んだりすることは、能力を生かしてある程度の収入を確保できる人間になれれば

成人してからでもできる。


 「大人は金はあるけど遊ぶ時間が無い」とはよく聞く話だが、能力を生かしてある程度の収入を確保できる人間は、

能力を身につける過程で『効率的物事を処理する力』を身につけているので、そもそも何をやるにも要領がよく、

またそれを大して苦にすることもなくやってのけてうまく空き時間を作り出す。

2017-08-08

就労継続支援

どうなんだろうか。

元はWebデザイナーうつ退職

うつで完全に頭ぶっ壊れて集中できる時間は2~3時間限界

ITT土方は無理だから工芸系の就労支援で手に職つけてそっち系鞍替えしたいと思ってる。

やっぱり精神障害への門戸は狭いのかね。

とりあえず明日ハロワに行こう。

英語勉強をもう一度したい、どこから手をつけていいのか

国立大を出たものの、結婚してから全く英語と無縁の生活をしていて、ほとんど忘れてしまっている。

この前旅行をしたのだが、レストランで注文するとかそういう会話ぐらいしかできなくて、恥ずかしい。

そこで、基本からと思い、高校の時の英語参考書を引っ張り出してきたり

TOEIC英単語アプリをやってみたり

好きな洋書英文ブログをみたり、

英語字幕映画をみたり、ニュースをみたり、洋楽歌ったり

しているうちに、現時点 英語

少しは解る、ということは判明した。

このまま継続すれば忘れてたものももう少し取り戻すかもしれない

しかし、例えば ↑ここまで書いたことを英語記述してみてくれとなると、辞書片手にじゃないとパニックになる。

なので合わせて英作文もした方がええのだろうが、あってるのかどうかわからん

無論、ネイティブの人とお話しても、なんて返せばいいか、とっさに出てこなくて笑顔ごまかすことが多い。

どうすりゃええのだろうか。。。

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