「栄養」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 栄養とは

2018-02-16

お前らゾンビアポカリプスが起きた時どうやって生き残るか戦略立ててるの?

リスクマネジメント観点からいって、考えとかないとかやばいだろ

俺は、初期は家に籠城してゾンビが薄くなったら地形的に有利な水源が近い山に向かう

入り口に外から圧力をかければかけるほど地面に固定される構造の柵を木で簡単に作れる

平地での食料争いに巻き込まれることもない

食物はオートミールプロテインが大量に備蓄してあるから

最悪、水さえあればシェイクにして飲むだけで栄養取れる

悪いけど俺は一人のんびり生き残らせてもらうわ

2018-02-14

anond:20180214232623

あんまり考えてなかった。

白菜食べて、適当に魚食べてあとなんだろう。

厚労省栄養摂取水準しか見ていなかったんだけど

農林水産省厚労省共同のこういうのもあるのね。http://www.maff.go.jp/j/balance_guide/

メンタルヘルス主体性

 ソースを見失ってしまったのだが、「音楽趣味の人はメンタル不安定な傾向にあり、読書趣味の人は安定している傾向にある」という話をネット上で見かけた(ニュースサイト記事で、それのソースはよくわからない論文だった)。これをしばらく頭の中に転がしていて、思うことがあったので投稿する。

 この前、曲を聞いた。自分はあまり音楽鑑賞の習慣がないから、16小節も似たようなループを聞かされると飽きてしまった。そして、この前、本を読んだ。自分はあまり読書の習慣がないから、見開き二ページも本筋に関係のない話をされただけで辟易してしまった。もちろんどちらも、作った本人が楽しくてしょうがないのだろう。さて、これらの凡作わたしはどう対処できるだろうか。

 音楽は、三島由紀夫が「マゾヒスティック芸術」といったように、ある種身を任せるような楽しみ方を求められる。盛り上がるところと盛り上がらないところは明確に定められていて、一番の聴かせどころには一番高い音が使われていたりする。極論すれば人は明るい歌詞や明るい曲を聞いた時、気分が明るくなったような気にさせらせる。国歌などは歌うことを通じメンタリティ位相規定していると言えよう。いっぽう、昨今の前衛的なライトノベルをのぞけば、活字というのは情報に抑揚がない。人の短期記憶は7つ程度の情報しか保持できないらしい(これは立ち話で聞いた数字であり、まったくの無根拠だ)。実際われわれが長い本を読み進める作業は、作者の伝えたいことを一度読んだという自信のもとに行う情報の選別である。つまり、明るい口調の表現があったとしてもそれは解釈の道具の一つにすぎない。どんな印象を持とうが自由であるし、人と感動の仕方が一致している必要もない。文章に抑揚を作るのはあくまで読者自身なのである

 さきほどの音楽に対してわたしができることはせいぜい再生を止めることなのだが、文章に対してはわたし解釈放棄ができる。文章ななめ読みすることができるが、音楽早送りして楽しむ人はあまり居ないだろう。そしてここの違いが、メンタリティに関わる問題なのだろうと思う。自分感情の安定に一番必要なことは、メンタリティへの主体性を保つことである。これは仮説だが、あらかじめ抑揚や感情がセットになった言葉や、感動の仕方が決められた情報摂取しつづけると、人は簡単に心の操作他人に委ねるようになるのではないか。そうして求められる感動に合わせていくことで心は消耗、麻痺していき、自分栄養を取る力を失っていくのではないか

 感動で商いをするものも多い。楽しいものも多いが、自分健康のためには、それとの付き合いは一定節度を持つべであるハンドルを取られてかんたんにバランスを崩すことがある。そういったことを頭に入れておくと身の回りの娯楽の見え方も少し違ってくるのではないか

お母さんごめんね

当方一人暮らし大学2年生、絶賛テスト間中。にもかかわらずインフルエンザ

ご飯をしっかり食べて栄養を取らなきゃいけないのは分かっていても、自分が許せるもの以外は食べられない。炭水化物は取れない。胃に入れた瞬間気持ち悪くなって戻してしまう。

お母さんは私と電話で話していて、私がろくな食事をとっていないと分かったのだろう。ある日たくさんの食糧を送ってくれた。パンお粥グラノーラスープゼリー野菜ジュースなど。

実際アパート食べ物なんて無かったから本当に嬉しかった。今日くらいは、と思ってパンひとつ食べた。そしたら止まらなくなって荷物に入っていた甘いものは全て食べた。食べた後感じるのは美味しかったという感想ではなく罪悪感と気持ち悪さ。気分も次第に悪くなってきて、慌ててトイレに行って、全部出した。

死にたい。残りの食べ物も全部捨ててしまった。自分コントロールできない。死にたい

2018-02-13

東京都足立区はなぜ肥満が多い?

23区で一番貧困地域なのにな

栄養の偏りが激しいのか?

anond:20180213091438

増田は「テセウスの舟」を知らないのかな?

今でこそアズールレーン艦これ美少女化されて有名になったテセウスの舟だけれど、

実はテセウスの船っていうのは実在した船ではなくて仮想的なものだったんだ。

ヴァーチャル空間舞台とした戦記物の登場艦だったんだね。

それはともかくとして、ガチャピンさんの中の人が変わってしまってもそれはガチャピンさんであり続けられるのかという問いに答えよう。

増田毎日ご飯を食べるよな? それは何のためだろうか。

ご飯を食べると元気が出る。ご飯を食べないと栄養が足りなくなる。

人間の体は水や食べ物エネルギーに変化させることで生きながらえている。これを代謝という。代謝エネルギーを変換したり消費するだけではなく、体全体のダメになった個所を修復したり老廃物として排出したりもする。

増田の大好きなうんこも代謝がなしうる技ってわけさ。

で、だ。体っていうのは皮膚も血液も髪の毛も、寿命が来たら死んで新しいやつが代謝によって生成される。増田はもしかしたら髪の毛はもう代謝していないのかもしれないけど、それを含めなかったとしても例外なく生物っていうのは体のパーツすべてが代謝されていく運命にある。

ということは、いずれ増田の体は代謝により「全く知らないパーツ」にすげ変わってしまうことになる。

ガチャピンさんも同じだ。時がガチャピンさんを変える。

ガチャピンさんも恐竜一族であることが公式で認められている。恐竜はもちろん肉食動物であるから人間の子供も食べるだろう。ガチャピンさんが人間の子供の声を持つの人間の子供を食べた結果だからだといえないだろうか?

まりそういうことなである

ガチャピンさんの中の人が変わっていくのは、それはガチャピンさんが生きているかである

ということなんだ。

ちゃんと生命設計されてるんだよ。角度とかが。

2018-02-12

ラーメン大好きアニメを見て心配になった

ラーメン大好きアニメを見て塩分のとりすぎ、栄養バランス大丈夫かと心配になった。

ま、フィクションだしいっか。

自炊は才能

最近ホッテントリ連続自炊ネタがあがっててぶら下がってるのとかコメントとか色々目通したけど、みんなまじですごいな。数年一人暮らししてたけどだいたいコンビニすき家だし、自炊といえば米炊いてたまごかけごはんとか納豆ごはんとかレンジでチンのパスタふりかけソースとかレンジでチンのうどんにつゆだけとか乾麺だけとかそんなんで生きてたぞ。

トライしてみたこともあったけど、諦めた理由

・使いきれないで腐らせるからコスパ悪い

そもそも飯にあまり興味がないので食べたいもの上記レベルで貧相

料理時間をかける意味がわからない

・洗いものめんどくさい

・頻繁にスーパー行けるような距離感ではない

とかだった、たぶん。

栄養面ってコメント多かったけど、そもそも野菜あんまりきじゃないからどうしても食べたい=身体が求めてるときだけコンビニサラダ買ってたな。普段野菜ジュースで補完。意味ないらしいけど。

たまーーーに作ってたけどやっぱりいつまでたっても料理の楽しさ見つけられなかった。だから自炊勢はすごい。見習えないけど尊敬する。だかと同居とかすれば必要に駆られてやるようになるかもしれないけど、予定なし。

2018-02-11

anond:20180211211022

栄養失調か何か病気じゃね? カラダがクエン酸を求めているのだろう。

anond:20180211165059

ストレスになると、脳に栄養素と酸素が足りなくなる。

でも、その状態だとむしろ刺激=未練を思い出す。

から深呼吸と、その後休むことの繰り返し。でもいろいろ考えてしまうから、とにかく呼吸に集中。

そうやって頭に酸素が行き渡ってくるとだんだん正気を取り戻す。

凄い自殺の話を聞いた

さっき表に出てたら、通りかかった近所の婆さんと立ち話になって。

ま、当たり障りのない話をしてたんだけど、その婆さんが「もう80だからいつ死んでもおかしくないね」みたいなことを言うので、「いや、いまは百歳ぐらいふつうですよ」なんて話したら。

「私の家は、代々長生きなんだよ。

 母親父親も90代後半まで生きたし、そのお祖母さんは百まで生きた。

 百歳になったとき、白い帷子を自分で縫って、きちんと枕元に畳んで、

 両手を合わせて床に入り、そのまま何も食べずに死んだ。

 武士の娘だったからね」

みたいなことを言った。

どっかの記事で、医療関係者高齢者自分から食を絶ってしまう話を書いていた。人工栄養で生かすかどうかみたいな話だったと思う。

そういう消極的自殺がいいこととは思わない。むかし、高齢者負担を減らすために姥捨てとか、あるいはこの話みたいに百歳を節目に死を選ぶとか、そういうことがあったってのも、えらい暗い話だと思う。

けれど、自分の中にも、自分の死期は自分で決めたいという気持ちは、どこかある。

なんか、衝撃的だった。

まずは限界ペペロンチーノの作り方を覚えろよ

anond:20180210142354

パスタと油と塩とニンニク唐辛子しか使わん奴。

あとはそれに適当蛋白源と野菜(どっちも冷凍や缶でいい)ぶち込んでくだけでバリエーション無限に出来る。

麺なんか茹でてる間にネットしてようが構わんしほとんど時間なんか取られない。ザルになんかあけないで箸で鍋から直接フライパンに入れる。

洗い物なんて皿とフォークだけ。毎日同じようなもんに使うから鍋なんて水でざっと流すだけだしフライパンも加熱してキッチンペーパーかティッシュで拭くだけ。

それで1日一食がっつり食って(自分場合乾麺250gくらい)、時間や腹具合あるいは栄養的に間が持たないところは、フルグラやら炒り卵やら一杯1日分とか謳ってる系の栄養的に濃い野菜ジュースとかアクエリアスビタミンとかで繋ぐ。

和食が恋しくなったら一汁一菜似たようなノリで作るだけ。

たまに旨いもん食いたくなったら豚角煮とかビフテキとか、付いてなきゃなんない時間は大したことないのいくらでもある。

冷凍や缶や乾物、乾麺とか玉ねぎみたいな日持ちする野菜みたいのまとめ買いしとけば大して買い物の手間かからんし、

その都度惣菜買ったり外食したりする方がよっぽど時間無駄だし金もかかるし知らない人怖いしハードル高い。

これで15年来173cm 60kg前後健康のもの

ハゲても無いし毎日快便オナニー最低3回、36歳まで学生と間違われ続けたくらいのコンディションで生活してるわ。

2018-02-10

自炊がめんどくさい全ての人類

追記

無洗米おすすめ!!!!2回くらいしか研がなくていい!!!



炊き込みご飯を作れ!!!フライパンいらんぞ!!!!!

※米くらいは炊く人向け


※最低限要約※

米をとぐ→鮭を入れる(冷凍まんまでもok)→めんつゆ入れる→炊く!!!!終わり!!!



炊き込みご飯って私に言わせればほぼチャーハン

しかも米を炊くときに一緒に具材入れるだけ。そんだけでチャーハンレベルのものができる。

基本的に米を洗う→好きなものぶち込む。

こんだけ。あと待ってれば上手いご飯が食える。


入れるものおすすめは鮭。

安いし栄養になるし良いことしかない。

安売りの買ってきて冷凍しといて、米炊くときに凍ったまま入れる。

あと適当めんつゆとかだしとかみりんとか酒とか醤油とか入れる。

もうほんと超適当でいい。冷蔵庫にある調味料適当に入れとけ。

死ぬほどめんどいならめんつゆだけでいいよ。食える食える。美味いし。


野菜摂取したいなら適当キャベツとか白菜洗ってぶち込んで。

ミニトマトとかでも。

大豆とりたいならサラダ用の豆買ってきていれとく。

あと大葉とか入れとくと美味さがアップするからおすすめ

海苔とか塩昆布とかあるなら入れてもいい。


めんつゆ飽きたわ!毎日食えん!って人はコンソメキューブ2個くらい入れとけ。

ついでにバターちょい入れるとうまい

胡椒オリーブオイルあたり足してもいける。


それもあきたらあごだしとか昆布だしとかそのへん買ってきて入れる。なんでもいい。


そもそも鮭に飽きたわ!って人は適当に缶詰買ってきて好きに入れて。

うなぎでもツナでも鯖でも。

もうなんでもいける。ほぼチャーハン。美味い。


一回炊いたら数日持つし、洗い物少ないし、最低限に省エネに生きたい人向け。

anond:20180209220457

美味しくて安くて栄養もあって箸で掴めるギリギリの硬さを持ってるのが木綿

箸で食うとイライラしてストレスの素となってるゴミが絹

狭く

落語聞きに行くのは、寄席よりも落語会の方が好きだ。寄席は当たり外れが大きい。好みじゃない人が出てくると眠くなるし眠みと戦うのが疲れてしまう。

思えば、子供の頃からまんがも雑誌派じゃなくて単行本派だったし、ミュージックステーションをぼーっと見ながら

お気に入りアーティストが出るのを待つより、CD1枚聞く方が良いなぁと思っていた。

寄席木戸銭は若手の栄養、ひいては落語全体へお金が回ることになるので云々ということを、落語家の皆さんは言ったりするのだが、

席主の取り分だってバカにならないはずで、それなら2、30人の小さい落語会なら直接好みの落語家の懐を潤せる割合が高くなりそうだし、

落語会の前座客演?でも色んな落語家を見ることができるし、元々好みの演者を見に行っているという保険もあるし、

何だかんだでストライクゾーンを外さないことが多いから、寄席カタログを見る必要がないかなと思ったりしている。

寄席文化が、と言う人もいるのかもしれないが、寄席の客は年寄りだらけだし、マクラが終わりかけるや否や「○○だね」とか言う、

割とうっとおしいのが少なくなかったりするのが、割とウンザリする。

タイガー&ドラゴン」に出てくる尾美としのりのそば屋は、それでも愛嬌があったが、小汚いごく普通の通ぶった中高年老人のドヤなんて誰も見たくない。

それが寄席文化ならその文化要るか?と思ったりする。

同じようにマンガ雑誌の連載も、気になって追いかけていたマンガ1本のためだけに数百円を毎週払って買うのがなんか違和感がある。

読みたいものが2,3本入っていたとしても、「興味がないその他大勢」も結果的に所有してしまった、というすっきりこない気持ちである

そして、読みたいものが5,6本やそれ以上入っているマンガ雑誌には、まずお目にかかれない。

紙の雑誌だったころは捨てればよかったが、電子書籍場合はなおさら「興味がないその他大勢データがあるなぁ…」と思いながら暮らす羽目になってしまうので

なおさら雑誌から遠のいている。

2018-02-08

anond:20180207190919

自分の理性を、素朴な解答を、あなた自身懐疑的すぎるきらいがある

「私の考えは独りよがりな考えではないか

これがまず極めて盲目的な反知性主義であることを自覚しなさい

自分の信じる正しさを証明するようなものは外部には一切存在しない

あなたの信じる正しさを保証するものは、あなた自身の知性と心以外に他ならない

六法全書を読んで自分の考えや思考が正しいかの答え合わせをしたり、

哀れな老人の気持ちを汲み取り、理解したつもりになって、自分の正しさの答え合わせをする

それのどこに正しさが在る?

単に自分の持つ正義感に対して、自分責任を取れない故に、いわば他人自己責任論を押し当てて無関心になっているだけだ

俺は自分以外の80億人、100億人、1000億人から間違っていると指摘されても

正しいと心から信じているのならば最後までその正しさを主張する

お前が心から正しいと思い実行できるということは、

それほどのリスクや外部から評価を得てしてもなお揺るぎないほどの価値観がそこに存在するから

もっと簡単理屈を言おう

罪なき子どもを殺してもいいか

全力で俺はNOと答える

正統化される理由が欲しいか

例えば、地球宇宙人支配されて毎日生贄に子ども差しさなければ人類が滅びるとする

それでも俺はNOと答える

子どもを生贄にしなければ生き残れない種になったのであれば、全滅し、それ以上の犠牲者を作らないことが善だと判断する

子ども犠牲の上に生き延びたところで何の価値もない

エイリアン侵略された時点で滅びる運命だった

死は恐れることが当然だといったな

だが理性はその当然な事実から真正からぶつかりにいける勇気も生み出す

勇気がなければ怒りでもいい

人間感情は悲観や諦めだけではない

死地に面した人間が誰しもが悲観にくれ絶望してきたわけではない

自分の死を理解し受け入れる心構えができた人間

例えそれが狂気であったとしても人間は自らの手で死を選ぶことができる

問題は、死に対して恐怖があるかどうかではない

死という恐怖と衝突する際に人間らしい姿勢でいられるかどうかだ

人間尊厳を守るとは、人間人間として、本人の平時に思い描く理想的な死の形を実現することだ

困窮し、緊急であり、非常な人間性で、本来望んでいた形を迎えられないからこそ、死の準備が必要である

死の準備を怠った老人は見難く、哀れで、同情する隙間に溢れているだろう。

あなた未来あなたに同情せずに済むようにそういった動物として自然な反応を示す老人で良いと思わない方が、

あなた人生最後はより穏やかで幸福ものになる。

何事にも準備を怠るな。

なぜ昔は栄養失調からの衰弱死が老衰と呼ばれ本人も周りも受け入れたのに、

今は枯れ木のような体に電気ショック心臓マッサージを試し瞳孔にライトを当てなければいけなくなったのか

よく考えて欲しい

死の恐怖自然だというのに生物として自然な死に方を選べないのは不自然ではないのか

動物自分の死に場所を選ぶのに知性のある人間がそれができないのは動物以下ではないのか

anond:20180208170524

昔はそれでも自由恋愛があまりなかったから、美醜の差で取り合いになったり生存確率が上がったりはあまりなかったのかも。

現代においてはどうなんだろうな。

銭湯で会ったおばあちゃんが、「昔はもっと太い子がようさんおったけど、今の子はみんなスマートやな」って言ってたし、

まあそれは栄養状態もあるんだろうけど、だんだん人類は美しい方向へ倒れていくのかもしれないな…

2018-02-07

anond:20180207121250

基本的好き嫌いしてるやつほど、色んな栄養素が足りなくなってどんどん味覚音痴になりやす

何でも食べるって自称したがるやつほど、実は好き嫌いしまくってることが多い

聞けば、そいつにとっては食べ物扱いしてないから、食べないことにカウントされない、的な謎ルールがある

しょうみアホかと

本当に何でも食べるやつは、自分の嫌いな物出されても食べるんだよ

自分が注文するときに、さして好きでもないようなものをあえて注文するんだよ

なぜなら自分食べ物選択ができるようになると嫌いなもの絶対食べなくなるから

でもそうすると栄養バランスがどんどん自動的に偏るに決まってるから

あえて自分希望に反するもの一定の間隔で取らなければいけない

それは嫌な思いもする反面、自分人生体験を豊かにもする楽しさを持っている

そこまで理解した上で「何でも食べる」を自称してるやつに今まで出会たことが無い

何でも食べれるのは、お前が自分の好きなものしか注文していないだけだ

食への理解が乏しい人間が多すぎる

そりゃ不健康になるわな

サラダを2口食って後は残しても何でも食べるを自称するんだから

anond:20180207014555

鼻の粘膜が弱いのでしょうか?

http://www.kawamura-jibika.com/blog/?p=278

ここからちょっと抜粋です。大阪耳鼻科先生らしいです。

アレルギー性鼻炎もあるかもって。あと冷え性貧血

ほとんどの人は「食生活の乱れ」

鼻の粘膜が弱くなる原因はほとんどが「食生活の乱れ」だと言われています

特に女性食生活の乱れによる原因が目立っているのです。

たとえば、無理なダイエットが挙がっています


鼻の粘膜を強くする「栄養」を摂取する

原因にもあったように、ほとんどの人は「食生活の乱れ」によって粘膜が弱くなっています

よって、食生活が乱れている人は栄養バランスの取れた食事を心がけていかなければなりません。

食生活改善」こそ、鼻の粘膜を強くする方法になります

栄養バランスの取れた食事とは、ミネラルビタミンたんぱく質バランスが取れた食事になるでしょう。3大栄養素は必ず取ってほしい成分になります

日ごろからファストフードレトルト食品ばかり食べている人は、できるだけ自炊を心がけていきましょう。

そして、特にビタミン」と「鉄分」を摂取してください。

ビタミン鉄分は鼻の粘膜を強くしてくれる大切な成分になりますよ。

なかなか摂取できないときは「サプリメント」を利用するのも1つの方法です。

サプリメントは気軽に成分が摂取できる健康補助食品になります

ぜひ上手に利用してみてはいかがでしょうか。

2018-02-06

anond:20180206225121

Twitterこそなかったけどそれくらいの年齢のとき死にたいとかあって学校限界まで休んでた。

当時周囲は携帯を持っているのが大半だけど持ってなかったのでひたすらひきこもってる感じだった。

成長期・思春期ホルモンバランスの崩れとかもあるんじゃなかろうか。

一時的ものと割り切って、とりあえずできそうなことだけしたらどうだろう?

勉強も成果が出てきてるならそこでマイナス偏向するのはもったいないと思う。

1.日照不足によるネガティブ

寒いし、天気悪いし、気圧もおかしいし、ていうのが重なってがくんと調子を崩してるんじゃ?

あったかい格好をする。風呂が面倒なら足湯でもいいし、ゆたんぽでもいいし。

2.栄養バランス

不眠とか気分の落ち込みとか気になる症状でググって、できる範囲で調整してみる。

甘いもの食べすぎてたら少し減らしてみるとか。

水分は多めにとるといい。

3.ネットを一旦休む

なくても困らない。

デトックスかいうと大げさだけど、数日、1日だけでもネットに触れないと時間が長く感じる。そこで散歩とか本屋でぶらぶらして好きなだけ立ち読みするとか、一冊だけ本を買ってドトール行って飲み物飲みながらひたすら書き写すとか、目に見えて時間と比例して何か成果が形となるものをやってみるとか。

好きな短編小説書き写すとかでもいい。

文章をそのまま、なるべく誤脱なく書き写すのは良いリハビリになる。


何がしたいとか、あるならあるでいいし、なくてもいい。

なくてもとりあえず、受験して、どっか大学入って、卒業して、どこかしらに就職して実家を出て自分を食べさせられる状態にできればいいんだ。

それくらいのハードルをひとまず持って、これからについてぼんやり考えても良い。

考えなくても良い。

たぶん、寒くて、日が出てなくて、億劫になってるのが原因だと思っておけばいい。

長引くと医療機関の助けやカウンセラーの手を借りたほうが良いと思うけど。

とりあえず気温が過ごしやすくなるくらいを目指して、気負わず生き延びればどうにかなるさ。

バナナって栄養あるのはいいと思うけどにおいがくどくていまいち好きになれない

バナナならいいけど生のバナナはいまいち・・・

チップスは好きだけど

10年来の鬱とADHD傾向が改善した

 今年で28フリーター


 幼少期(小学校の低学年頃)に脳に疾患が見つかって、以来十年近く投薬治療をしていた。

 また、高校の頃からずっと鬱を患っていた。頭の中が鉛のようになって自由に動けなくなる。生活の上でそういうことが多々あった。


 ADHDも併発している。破壊的な過集中を経て朝まで眠れないことが多かった。

 バイトシフトにはちゃんと遅刻せずに行く程度の社会性はあったけれど、やはりと言うべきかミスが多く、恐らく責任者も俺のことを発達障害者として認識していたみたいで、指示を出す時も俺にだけ妙に細かい明確な指示を出してくれたりした。それはそれでありがたかったのだけれど、時々ヒスを起こされることとなった。自分が主原因になっていることは分かっていたから、どちらかと言えば申し訳ない気持ちの方が強かったけれど。


 現役で地方駅弁大学入学して、卒業が近くなってから資格試験講座に通っていた。で、途中から引き篭もるようになる。

 一応何とか大学卒業できたけれど、定職に就くことはできなかった。


 自分は、根本的に人生ディシプリンというか一種の訓練期間だという固定観念を持っていて、それと同時に、より効率的自身を訓練できる人間がより優れた人間なのだという価値観を持っていた。だからと言うべきか、高校時代は朝5時に起きてジョギングを繰り返していた。

 恐らくその頃が、自分学力ピークになっていたと思う。

 確か当時の全国模試総合偏差値は70を超えていたはずである

 でも、そういう訓練が破綻を来たすのは思っていたよりも早かった。

 何年も日課にしていたジョギングが、高校生活半ばに突如として億劫になったのが始まりで、それ以来上手く眠ることができなくなったのだ。

 その頃から学力の減退も生じていて、自分自分コントロールできない感覚に苛まれるようになっていた。志望校ランクを一つ落として、何とか国立大学合格することはできたものの、今にして思えばあれが自分人生の最盛期だったのではないかと思う。


 大学に入ってからは、過密的な訓練期間と白痴のように生活崩壊する期間を繰り返すようになった。訓練期間には、暇があればジョギングに出かけ、膨大な量の学術書に当たった。また、複数語学習得を目指し大学ゼミを幾つも掛け持ちしていた。そして、大抵はそのような訓練期間は三ヶ月と持たずに破綻し、再び自分コントロールできずロクに睡眠も取れない白痴のような生活が始まるのだった。

 俺はそうやって訓練期間が破綻する度に、自分計画の建て方や訓練の方法に恐らくは問題があるのだと考えていた。実際、その考えにはある程度事実に沿う部分もあって、当時の俺はその自分が打ち立てた訓練方法の細部を限りなく修正し続ける作業に集中することとなった。そして、その細部を修正したトレーニング理論に基づく何ヶ月かの訓練タームを集中的に実施し、そしてその訓練タームの後には、訓練タームよりも更に長い破滅的な破綻の期間を迎えるということを繰り返していた。そのような生活大学卒業してからも戻らず、そんな具合に二十代の半ばを迎えた。


 何かが間違っていることには気付いていたけれど、何が間違っているのかはもはや分からなかった。考えつく限りの細部には工夫を凝らしてきたつもりで、主に食事における栄養バランスの調整には念入りという以上に念入りになった。卵、バナナ、木綿豆腐牛乳納豆青魚、葉野菜。こういうものバランスよく摂るようにしていた。でも、自分自分コントロールしているという感覚はついぞ訪れることはなく、相変わらず愚にもつかない趣味に熱中しては朝を迎え、疲弊しきった精神バイト先に行き、そして週末は48時間家に引き篭もって過ごすことも多くなっていた。


 いわば、この辺りが人生の暗黒期だったと言えるだろう。むしろ、そう言わずして何と呼べるのだろうか? もし他に呼び方があるとすれば誰か教えておくれ。


 さて。

 結論から言えば、この生活は現時点でかなり改善している。

 いわゆる躁鬱の躁期に入っただけの可能性も有ると言えば有るのだが、しか実証的に体系的に改善を目指した結果として、根本的に自己コントロールしているという感覚が数年ぶりに戻ってきたので、そこに関してはある種の信頼を置いている。


 原因というべき原因については既に見当がついていて、つまりそれは脳に対する血流の低下である身体におけるありとあらゆる不調や、自身コントロールを掌握できていない感覚殆ど場合、血流の低下に基づいているのであるADHDや鬱の改善に血流を効率よく増やす有酸素運動有効であることはとっくに知られていることで、つまり結局は脳の血流の有無が自己コントロール能力の有無へと繋がっているということなのだ。これを改善する為の様々な手段を講じ続けてきた結果、その中で極めて有効もののみが残ったので、それらについて以下に紹介していきたい。


 シンプルながら散歩ADHDや鬱の克服に大変役立つ行為である普段自転車原付で移動する距離を、例えば自転車原付を手で押しながら移動することで、とにかく歩く歩数を増やすことに集中した。iPhoneヘルスメーターも一応活用しており、実際に散歩した分の歩数が如実に数値として現れることにはかなりモチベーションを刺激されることとなった。


 腰の尾てい骨の下に柔らかいタオルを敷いた上での足の上げ下げなど、身体を横にして安定した状態にした上での筋トレは圧倒的に脳への血流を増やすことができる。これで週末の鬱傾向が随分と改善している。なお俺は心肺能力に二十代の半ばからかなり不安を抱えるようになったため、そこまで負荷を掛ける筋トレ実施していないが、自分の体調と相談しながら負荷を増やしていくことが肝要であるようだ。


 ドストエフスキー夏目漱石などといった純文学が望ましい。これらを読む際に脳に鋭い拒否感(としか呼びようのない感覚)が走る人間ほど、読書はうってつけの鬱・ADHD改善法となると俺は思っている。大抵の場合活字を読んだ際に訪れる決定的な拒否感は、脳に対する血流が急激に増えることに由来しているのである。そのように活字に対する拒否感が生じる際にはそっと目を閉じて、左前頭葉辺りに意識を集中してみると、はっきりと自分の脳への血流が増大している様子を感じることができると思う。特に、血流を増やす為には身体を横たえた状態でいることが望ましいのだけど、当然屋外や座った状態での読書も随分と効果を発揮する筈である。また、外国語の読解などもこの読書カテゴリーに加えておく。


  • 絵を描くこと(普段行わない趣味を行うこと)

 基本的に鬱の人間は、日々変化に欠ける生活を送っている場合が多い。

 同じパターンというか、悪い意味で安定しきった生活を送っていることが多いのである

 すると行動の多様性や、積極的な行動への意志が驚くほど抜け落ちていくという事態に遭遇した鬱持ち・ADHD持ちの人間は非常に多いのではなかろうか。というわけで俺はどちらかと言えば趣味としては読書文章を書くことに取り組むことが多く、空間的に物事を把握しそれを描写する絵などにはあまり集中力を払わないことが多かったのだけれど、これがどうやらいけなかったらしい。最近は、漫画イラストを模写したりだとか、積極的に絵を描く時間生活の中に設けるようにしている。ファミレスハンバーガーショップなどに行った時にサッと手帳を取り出して、軽く文章やそれに付する絵を描いたりすることも日課となっている。

 ここで言いたいのは、必ずしも絵を描くことが鬱やADHD改善に役立つといったことではなく、同じ行動パターンや同じ行動に固執することが如何に脳に悪影響であるかということなである。なので俺は最近文章を書き、絵を描き、詰将棋を解き、読書をし、と、とにかくやる事を一つに限定せずコロコロと変えることを意識して生活するようにしているのだ。

 鬱持ち・ADHD持ちにありがちな思考の切り替えや行動の切り替えが上手くいかない人間には、是非絵やその他普段行うことのない趣味を増やすことをオススメする。


 上で書いた通り、卵や牛乳青魚といったナチュラルフードが脳のパフォーマンスに影響することは学術的に証明されて久しい(と俺は思っている)。これはもう殆ど記述する必要性がない事実だが、しかし敢えてここに記述するからには、そこには当然ながらそれなりの理由がある。

 つまり、俺のような鬱・ADHDの併発した人間には、料理を行う際にとある事柄が圧倒的なハードルとして持ち掛かってくるということなである。つまりそれは、そう、料理煩雑さや億劫である

 基本的に鬱傾向やADHD傾向を持った人間はありとあらゆる行動に億劫さを感じるもので、よほどその行動に高い利益や見返りが見込めない限りは、その行動を行いたくないと思うものなのである。そういった面から言って、料理は味よりも栄養価と手間の少なさを重視するように俺は心がけている。準備や片付けの手間をできるだけ減らすために、単に塩焼きにしたり茹でるだけだとか、できるだけ工程の少ない料理(というか殆ど調理)で済ませられるようにしている。

 また、週末になれば殆ど外食で済ます

 脳に一定以上の煩雑さや負担押し付けないことが、ADHDや鬱改善の要点である。時にはサボることも非常に重要だ。


 追記。瞑想効果あると思う。瞑想時に、個人的には脳への血流が如実に感じられることが多く、恐らく脳に対してかなりポジティブ効果が起こっていると思われる。

 読書の後など、脳に負荷を掛けた際にその情報の整理や休憩の為に、短めのカジュアル瞑想を行うことがある。これもまたオススメ


 など


 こんなところだろうか。

 思い出し次第追記を行いたいと思う。


 今年に入って、文学小説の脳に対する効能が非常に大きいことに気付けたのは重要発見だったと思う。読書の際に襲ってくる倦厭感がむしろ血流の増大と関わっていることに気付けたのは、自分としては非常に大きな発見だったと思っている。というわけで、かなり重篤な症状持ちの人間としては、以上のような改善法を進める次第である

 上では書かなかったが、俺は重篤インターネット依存症持ちでもある。

 しかしその依存症もこの数ヶ月で劇的に改善した。俺という人間は、言うまでもなく長所よりは短所欠点の方が随分多く付きまとう人間であるからには、そんな人間にすら効果がある対処法は、恐らく全人類的に効果のある対処法となっていること請け合いである

 是非とも、皆さんにも実行してもらいたい。

 自身病癖を繰り返すようで悪いが、やはり疑いなく、「よい訓練こそが、よい人生なのだ


 それでは。

2018-02-05

anond:20180205182310

りんごの表面と一緒で、有り余る不飽和脂肪酸が浮いて出てる。栄養たっぷりってこった。

美醜の認知をずらすと幸せになれる話

結論から書くと、

彼女の美醜を気にしなくなくなったら幸せになれたって話。

昔は可愛い彼女と付き合いたくて、モデルやってたり

洋服屋のショップ店員やってるような子と付き合ってた。

同じクラスでも上から1〜2番目に可愛い子ばかり狙ってた。

実際に美人と付き合えると、

・まわりの人たちから尊敬される(ような気がする)

・連れて回ってみんなに見せたい

・顔を見てるだけでとにかく楽しい

みたいなのが最高だと思ったんだけど、

女性の美しさってかなり努力の占める部分が大きいってのもわかった。

・体型維持のために運動/ヨガ/エステ/マッサージ

化粧品結構な値段のものを沢山使う

食事は美を維持するための栄養摂取的側面が強い

・夜は早く寝る/セックスも淡白

・全体的に細いので、体力がない人が多い

って感じで、自分性格あんまり合わなくなって別れてしまってた。

結局、どんな美人でも朝の腫れぼったいスッピンとかは

可愛いっちゃ可愛いけど、普通なもんですよ。

で、ある時に仲の良い女友達と付き合うことになった。

彼女美人というよりは、おてもやんとかオタフクみたいな

顔だったんだけど、性格が抜群に合ってたので、付き合ってみますかってなった。


楽しくなってくると、最初はおてもやんだなーと思ってた顔も

とっても可愛らしく見えてきて、

今では付き合った女性の中で一番可愛い人だなと思うようになった。

そして、彼女の顔を毎日可愛い可愛いと褒めるようになった。

・よく食べて/よく飲んで/よく笑う

・大雑把で雑だけど、細かいことにくよくよしない

・体力がとにかくある/すげえセックスも強い

・俺が嫌なことあって挫けてても、大丈夫とドーンと励ましてる。


結婚して5年経つけど、今でも最高に可愛い

結婚式の時、昔の友達は「こういう彼女に落ち着くかー」と笑ってたけど、

本当に良い選択をしたなあと思っている。

おばあちゃんになっていく彼女を見守り続けたいなあ。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん