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はてなキーワード: 心臓とは

2018-10-19

anond:20181019104721

死体と決まってる訳じゃないだろ。右半分なら心臓もないし。

心拍確認後の流産

流産確認されて、来週流産手術をする。

わかったらすぐ手術するものかと思ってたけど、血液検査の結果が出るのに1週間かかり、そのあとの手術になるらしい。

手術というのは、絶対するんですか、自然に出てくるのを待つとかはしないものなんですかと聞くと、胎嚢(赤ちゃんが入っている袋)がもっと小さければ待つこともあるけど、あなた場合は胎嚢も赤ちゃん結構大きくなってきているから、ほとんどのケースでは自然娩出は待たない、待っている間に感染が起こることもあるし、手術することをすすめますとのことだった。

書くことで落ち着きたいので、妊娠発覚から今日までの経過を書かせてください。

私の排卵障害で2年前から不妊治療をしていた。

夫も治療には意欲的で、精液検査もすんなり2回行なってなんの問題もなく、むしろ非常によい数値が出ていると毎回ほめられていた。

仕事等の都合で途中治療を休んでいた時期があり、排卵誘発でのタイミング療法を再開してしばらくしての妊娠だった。

自然妊娠はむずかしいのかなあと思い悩むことが増えはじめた頃で、妊娠検査薬が陽性になった時も、うれしさと同じくらい、浮かれてはいけない、ぬか喜びしてはいけない、という気持ちが強かった。

排卵誘発の注射偽陽性を出すことがあると聞いたことがあったからだ。

夫に検査薬を見せると、飛び上がって喜ぶようなことはなかったが、へえ、と言いながらいろんな角度で何枚も力強いピンクの線を写真に撮っていて、この人らしい大喜びのしかただと思った。

でも、擬陽性かもしれないから、ぬか喜びかもしれないから、と何度も言ってその日は2人とも喜びすぎないことに注力して寝た。

次の日いつもの不妊治療のクリニックに行った。

その日はエコーも尿検査も何もしなかったが、医師からは、排卵誘発の注射からは1週間以上経っているし、最近市販検査薬は精度が高いから、妊娠で間違いないでしょうと説明があった。

看護師さんから妊娠初期に気をつけることや通常の産婦人科にかかるのは大体8~10週頃になるとの説明があった。

次の週にエコーで胎嚢が確認できた。

ここで子宮妊娠否定され、妊娠がはっきりとわかったが、夫にはまた、心拍確認までの流産確率結構いから、まだ何があるかわからいから、と何度も言った。

私は、がっかりしないように、期待しないようにと身構えるのに躍起になっていて、今思えばそのせいで、結果最後まで夫婦で大喜びする機会を逃してしまったように思う。

その次の週にはエコーで卵黄嚢(胎盤が出来るまでの赤ちゃん栄養源)と胎芽(胎児の前段階)の確認ができた。

同じ日に心拍確認ができたが、大人と同じくらいの心拍数で、非常にゆっくりだと言われた。

心配兆候だが心臓が出来たばっかりだとゆっくりのこともあるので、来週また来てくださいと言われた。

生活で気をつけることや出来ることはありますかと聞いたら、出血しているわけでもないし、この時期のことは食べ物運動でなんとか出来ることは何もない、普通に過ごしてくださいと言われた。

はじめてのはっきりと不安な帰り道だった。

心拍確認できれば流産可能性は15%から5%に下がると聞いていたから、今日心拍が見られればやっと夫婦で喜べると思っていた。

この場合は喜んでいいのかわからなかった。

自分の両親には夫の承諾を得て妊娠を知らせていたが、心拍確認できれば、夫の実家兄弟や親しい友だちにも妊娠しらせようと思っていた。

結局電話はしないことにした。

夫に、心拍確認できたらたまごクラブを買う、と言っておいたので、はじめてのたまごクラブという雑誌を買った。

夫は、表立って浮き足立つことはなかったが、体重計を買ってくれたり、座椅子がいるんじゃない、あれがいるんじゃない、と言って淡々と色々とさがしてくれたりした。

たまごクラブをぱらぱらみていた。

いそいそとしている夫をうれしく思った。

夜は2人で少し散歩をしたりした。

つわりも出てきて、体を動かすことが怖く、夫が帰ってきても晩ごはんが出来ていないことが何度もあったが、いいよいいよと言ってくれた。

不安気持ちでの次の検査には、夫もついてきてくれた。

不妊治療のクリニックなので、内診室には夫は入れない。

エコーで、卵黄嚢が大きいですねと言われた。

検査後に自分検索してわかったのだが、栄養源の卵黄嚢が大きいということは赤ちゃん栄養が行っていないということらしい。

胎芽は1週間分ちゃんと大きくなっていたが、心拍数は先週と変わらなかった。

診察室に移り、夫とともに話を聞くと、よくない兆候ですとの説明があった。

医師が、元気ですよ、元気なんですけどね、と途中で言ったので、元気なんですか?と聞くと、元気というか、現時点で生きてはいます、と言いにくそうに言っていた。

医師言葉選びを悩んでいる様子だった。

この時期の胎芽がもし上手に育たなかった場合ほとんどは染色体等の問題でもともと育つことができない子がなんとかここまで育ったがやはり上手くいかなかった、ということであり、医師にも、我々にも、出来ることはないとのことだった。

今後どうなるかははっきり言えないとのことだった。

でも医師はかなり難しい顔をしていたので、あの、もちろんはっきりと言えないと思うんですが、確率的には、と聞くと、医師はやっとここで、正直かなり厳しいでしょう、と言った。

呆然としてしまったが、今日は夫がいてくれてよかったなと思った。

夫に、どう思う?と答えにくい質問をすると、夫は来週まで待ちましょう、とだけ言った。

本当に良くないんだけど、『卵黄嚢が大きい』『心拍数が少ない』などで検索ばっかりしていた。

かなしい、不安、というよりぼーっとしてしまう、ついつい見てしまう、という感じだった。

落ち込む準備をしているようだった。

つわりで船酔いのような状態の時が多かった。

検査の前日、不安だよ、行きたくないよと夫に強く当たってしまった。

最後検査の日、エコーでそう長く続けないうちに、やっぱり厳しいですね、と医師が言った。

心拍は見えなくなっていた。

この時期なら大きくなる一方のはずの胎芽は先週の半分に縮んでいた。

流産と診断された。

手術の説明の前に一度戻った待合室の端っこで、人から見えないように少しだけ泣いてしまった。

夫に電話してまた少しだけ泣いてしまった。

昼食をとりながら父母に電話するがつながらず、誰かに話を聞いて欲しくて、兄に連絡すると姪が熱を出してたまたま仕事を休んでいた。

今寝てるから電話できるぞと了承を得て、これまでのことを頭から話したら、いろんなことを思い出してぼろぼろに泣いてしまった。

兄は、俺は色々言えないし、かなしいことになったのは事実だけど、お前はずっと妊娠を目指してきたんだろ?かなしいことが事実なのと同じように、お前が妊娠したこと事実だし、次があるのも事実から、というようなことを言った。

姪が起きたようなので、ごめんもう切るぞと言って電話は終わった。

父母に電話した。

少し落ち着いてきたので泣かなかった。

実家は離れていて、母は、こんな時に近くにいてあげられなくてくやしい、というようなことを言った。

夕方、夫が仕事の合間に短い電話をくれた。ありがたかった。

流産稽留流産などのワード検索をしてしまう。

はじめはGoogleで、次はTwitterで、あらかためぼしいものは読んだなと思ったので次ははてな検索した。

体験記を読む間はあまり余計なことを考えなくて済んだし、内容に没頭できた。







ぬか喜びでもなんでも、後で死にたいほど大泣きすることになっても、もっとはしゃいで、もっと浮かれて、2人でばかみたいに大喜びしてあげたらよかった。

落ち込まないよう、がっかりしないよう、びくびく気をつけて、そんなことに気を取られている暇があったら、はじめから2、3ヶ月しか一緒にいられないと決まっていたとしても、もっともっと、おなかに来てくれてありがとうって、あなたが来てくれて幸せよって、伝えてあげられたらよかった。

元々お酒は宴席で飲む程度だが、妊娠してから夫の晩酌を見て、飲めないと飲みたくなるね~なんて言って笑っていた。

心拍数が遅いと言われてから、少しでも体を冷やさないように、好きなバニラアイスを食べないことにした。

妊娠がわかってから、友だちと前から楽しみにしていた遊園地約束を断った。

今、ビール日本酒も平気で飲めるのがかなしい。

アイスクリームが食べられることがかなしい。

遊園地にでもどこにでも行けるのがかなしい。

世界中どこにでも行けるのがかなしい。来年の何月頃にと想像していたことがかなしい。来週おなかからの子がいなくなるのがかなしい。

かなしい、かなしい、かなしい

手術の前なのでまだつわりがある。

気持ち悪い。この気持ち悪さが、来週の今頃にはきっとないのがかなしい。

でもこの子はまた来てくれると信じて、しばらくは体を鍛えたり、体を冷やさないように気をつけたり、食べ物に気をつけたりしながら、また不妊治療がんばりたいと思います

長くなってしまってごめんなさい。読んでくれてありがとう

2018-10-18

ひとの悪意が怖かった

いじめ+無視+虐待+モラハラなどに取り巻かれて育ったからか、それとも単純に気が小さ過ぎるのかわからないけれど、どうにもひとの悪意に弱かった。自分なかに悪意が生まれないわけではないけれど、そういうものを誰かに向けられるような強い気力が、どうしてもわたしには生まれなかった。

いつもは増田でもほっこりしそうな物とかおもしろそうなタイトルのものばっかり読んでいる。そういう自己管理を心がけているけれど、普段は読まないようなエントリをうっかりタップして読んでしまい、その先のトラバまで見て動悸が止まらなくなった。

怖いくせに先へ進んでしまうあれ、いったい何だろう。自分の心に強く影響するとわかっているのに止められないし、嫌なはずなのに途中で切り上げると気になってしまって、絶対に見てしまう。やめておけばいいのにやめられた試しがない。強迫観念に似ている気がする。自分精神状態が悪い時に多い。

いつもは仲良く話しているだけで楽しい友人が、わたしも知っている人のひどい悪口を言う。体の芯からこまかく震えるし、だんだん心臓のあたりが重くなって、吐き気と胸焼けの間みたいな気持ち悪さが食道から胃にかけてみっちり詰まる感覚がする。ただ大変だったことの愚痴を聞くときには感じないような苦しみが全身に襲ってくる。

わたしにとっては謂れのない、他人への悪意なのに、ぞっとするほど怖い。何でだろうとずっと思っていた。どこかで自分に言われている気分になるからじゃないか最近気付いた。誰かの陰口を聞いて、陰で自分も同じように言われているような気持ちになる。被害妄想も甚だしいのに。共感性羞恥のたぐいかもしれない。ドラマやドッキリの番組などで、明らかに失敗する事がわかるシーンや、理不尽で恥ずかしい目に遭わされてしまうシーンなどが怖くて見られない。半分作りものだとわかっているのに。たぶん、失敗をわざと目立つように取り上げられて、たくさんのひとから笑われてきたことがトラウマなせいだろうな。

そういう悪意に触れるのが怖すぎて、いつのまにか社会生活がまともに送れなくなった。触れた時に体へあらわれる拒否反応もすごい。

ひとを信じるのが下手くそで、誰にもこういう負の気持ちを託せない。なんらかの精神疾患をずっと疑っている。友達からもそれ未満からも、「誰にも言わないよね」と心の重いものを託される聞き役でばかりいる。ひとの気持ちごみばこになっているのかもしれない。自分からは出せないくせに、ひとのものは拒めない。変な話だなあ。ずっとそう思っていた。

なのにきょう、匿名をいいことに、とうとうこんな重苦しい気持ちを並べ立てた。

少し罪悪感があるけれど、文字にして整理してみれば、今までよりずっとすっきりした。

わたしはいま、顔も、名前も、人格も知らない、不特定多数の誰かに見える形で、このシステム自分気持ちを預けている。

今までわたしに色んなものを託したあの子たちは、こういう感覚を求めて、誰かに話して、心のスペースを空けていたんだとわかった気持ちになる。

自分なかに悪感情を留め続けるのが苦しいひとは絶対いて、それを解消する術をわたしが上手く見つけられなかった事がより強い恐怖としてあらわれたんじゃないかと推測できた。たぶん原因の一端でしかないけれど。わたしの心は、ずっと竦んでいたのかもしれない。

ばかだなと自分で思うけれど、たぶんこれからもこういう風に、ひとの悪意を恐れながら生きていく。蓄積されて出てきたアレルギーみたいなものから、今までどおり、自分気持ちリスク管理をするしかない。それこそ、かわいい動物記事や、やさしいニュースを選んで見るように。

これからも出来る限り、自分から出てくる悪意や害意が誰かに触れたりしないように、やさしい無関心を保って生きたい。それがどんなにさみしくても、同じ傷と苦しみを増やすより、ずっとましだと思うから

セフレへの片想いをやめた

10月18日。1年以上好きだった人を諦めた。諦めると言えば大そうに聞こえるが、1ミリ希望もない恋だった。

好きでいることをやめる。この1年と4か月、どれだけ冷たい態度をとられても、数少ない友人たちに口をそろえて諭されても、検討すらしなかった選択肢今日自分で選んだ。

好きな人がいた。顔を見た瞬間一目ぼれだった。誰が見てもわかるくらいに整っていた。バンドが好きないまどきの若者だった。

特別可愛いわけでもスタイルいいわけでもない私は、ものの数日で目も当てられないくらい夢中になってあっという間にフラれた。好意プライドもズタボロになって、しばらくは抜け殻みたいだった。一人でいたくなくて、マッチングアプリで知り合った男の子と頻繁に会っていた。彼は、その中の一人だった。

好きだった人と同じ髪型だったかLIKEして、マッチして、しょうもないやりとりをして、初めて会ったとき「ああハズレだな」と思った。タイプじゃなかった。背丈は私と同じくらいで、髪は写真よりもずっと短かった。

「どこか行きますか?」と聞いてもめんどくさそうな声で「どうしましょうね」と返ってきた。待ち合わせ場所でしばらくグズグズしていたけれど、ようやく入ったファミレスで彼はずっと携帯を触っていた。気を遣って話しかけるとようやく液晶から顔を上げる。眠そうな目がこちらを向くのも少し怖かった。

私が「ハズレ」だと思ったように、彼も私を「ハズレ」だと判断したのだろう、と自分を納得させた。ドリンクバーデザートのみの会計は彼が払ってくれたけれど、それくらい自分で払いたかった。

いざ帰るとなったとき、彼は駅のホームまで送ってくれた。自分が乗る反対方面の電車が行ってしまっても、私が乗る電車が来るまで隣で待っていた。乗り込んだ電車が発車するまで見送り、すぐに「気を付けておかえり、また会おうね」とLINEをくれた。

これは「ハズレ」だとは思われていない?しばらく様子を伺いながら連絡を続けたけれど、彼のLINEは会う前と変わらず好意的で、なんなら会う前よりも少しくだけたように思えた。

「変わった人だなあ」が第一印象だった。

その後は以前よりも親しげに、日常的なこともLINEで話すようになった。なんとなくレスしていただけだったけれど、次に会うのが少し楽しみになった。

2回目に会ったときにはもう夏も間近で、2人でかき氷を食べた。くすりとも笑わずに、淡々と話をする彼は、言葉選びから仕草視線の移し方に至るまで私のこれまで知る男の子とは違っていて面白かった。彼は、一通り二股にはげむ友人のクズエピソードを話し終えたあと、最後に残った餡子に向かって「もう1つくらい白玉入ってると思ったのに…」と小さく悪態をついていた。

それからは急速に仲良くなっていったように思う。そう思いたい私の記憶いかもしれないが、7月に入るころには、無愛想な受け答えやつまらなそうな振る舞いに悪気はなく、それが彼の癖のようなものだとわかるようになっていた。「今日はどうしようか」と聞けば相変わらず「どうしようね、決めて」とめんどくさそうな返事が戻って来たけれど、「いつも私が決めるんだけど?」と軽口を返すことができた。彼に興味があった。見ていて飽きなかった。別れ際はいももう少し一緒にいたかった。でもその感情好奇心とよく似ていて、私はまだ自分の恋心が動きつつあることに気づかなかった。

ホテル映画見ようよ」と誘ったのは私だった。彼は一度断ったけれど、不機嫌な私の態度を見てか、「いいよ、行こう」と言い直した。何度も「たぶん俺すぐ寝るよ」と言っていたのに無視をした。私が選んだ映画再生して、眠そうな彼を何度か起こして、エンドロール流れるころには深夜2時を回っていた。彼は髪を撫でたり、頬を触ることはあってもそれ以上のことはしなかった。「ここまできてキスしないんだね」とけしかけたのも私だった。彼は「そういうこと言わなくていいから」と言った。私たちは付き合う前にセックスをした。

それ以降、泊まりが増えた。元々向こうのバイト終わりに会うことが多かったから、時間を気にしなくていいのは嬉しかった。お金に多少ルーズな彼と会うために、ホテル代は私が多めに出すことが多かった。

このころには、「彼のことを好きになれそうだ」と思い始めていた。まだ失恋を引きずっていたし、次に依存できる恋愛を見つけたかっただけかもしれない。

それでも男女の関係にありながら、普通に「この間会った男の子がね、」なんて彼に話していたし、彼はそれを興味なさそうに聞いていた。

彼はたまに、らしくない、思わせぶりなことを言った。「他の男の人の話されるの好きじゃない」と言ってみたり、「俺のあとに他の人に会いに行くって俺は気分良くないよ」と言ってみたり。失恋自尊心を損なった私にはそれがとても気持ち良かった。ある土曜日、私は他の男の子との約束をやめて彼とホテルに泊まった。彼と会う前に少し嫌なことがあって、本当に本当に馬鹿だと思うけれど、抗不安薬オーバードーズした。視界がぐらぐら揺れて、手足がしびれるような感覚がしていた。彼は私の腰を抱いて「馬鹿じゃないの」と叱ってくれた。嬉しかった。どうしようもない女だと思う。そこから記憶は途切れて、次のシーンはホテルのベッド。「他の男のところに行かせなくてよかった」そう言われて抱きしめられて、私はいとも簡単に恋に落ちた。あるいは、いとも簡単に落ちていた恋に気づいてしまった。

そこからはまた、一瞬だった。失恋を忘れたい、新たな恋愛依存したいという気持ちが、このしょうもない恋愛アクセルをかけた。踏み込んだら思った以上に加速した。告白をしたらもう止まれなかった。

「フるわけじゃないけど、今は付き合えない」

保留にされて、少し冷静になって、「あれ、ブレーキのかけ方知らないや」って気が付いたときにはもう遅かった。7月中旬には、彼を好きでいることが私のアイデンティティになっていた。どうして付き合ってくれないの?「もう好きに寄ってるよ」って言ってくれたのは嘘だったの?告白を保留にされていた期間は不安心臓が千切れそうだった。幼稚な私はそれをそのまま彼に伝えて、彼は「わかるよ」とだけ言って肝心なことはいつもはぐらかした。それでも、どれだけ不安でも寂しくても辛くても悲しくても、このころが人生で一番幸せだった。

はいつまで経っても告白の返事をくれなかった。

告白からひと月がすぎ、彼の返信は少しずつ遅くなっていった。「会いたい」といえば「忙しい」と言われた。

「好きでいることは迷惑ですか?」と聞いたことがある。彼は「これまたクズって言われると思うんだけど」と前置きをして、「好きでいてほしい」と言った。

8月14日お盆休みの4日目。ようやく彼と約束を取り付けた。朝10から連絡を取って、会えたのは18時。喫茶店他愛もない話をしながらお茶をして20時には彼は駅のホームまで私を送って行った。「まだ一緒にいたい」というと「もう充分でしょ」と笑い、「充分に見える?」というと「俺はもう充分だから帰るよ」と返された。

ホテル行こうよ」と誘ったのは私だった。彼は初めて誘ったあのときよりもずっとめんどくさそうな顔をして嫌だと言った。「これが最後から」と腕を引っ張ると、「だったらお茶してまた会えた方がいいんだけど」と小さく言っていたけれど、すぐ「ホテル代タダならいいよ」と言い直した。ホテルを出た帰り道、彼は駅の階段の前で「じゃあ元気で」と言い、私の顔を見ると「また泣くじゃん、泣く前に帰ってね」と冷たく言い放って手を振った。ひとりホームまで歩いて電車に乗り、方面を間違えたことに気づいたら我慢できずに泣けてきた。

それでもこの頃の私は、この恋がこれまでしてきた恋と何一つ変わらないと思っていたし、こんな気持ちもまたひと月すれば忘れられると思っていた。

すぐに彼氏ができた。すごく優しい人だった。私に好きな人がいることも知ったうえで、「僕のことを好きにさせます」と言ってくれた。一緒にいれば楽しかったし、だんだん惹かれ

ていったのは確かだった。

でもデートをして、車で送ってもらい、別れ際にキスをして部屋に戻ると見るのは好きな人SNSで、ただでさえ不安定気味な私の情緒さらに揺れて、そう長くは続かなかった。

「好きだけどもう疲れた」と言われたとき、「やっぱり私には好きな人しかいないんだ」なんて馬鹿たことを思った。

そこからまたひと月、ふた月と過ぎて、気持ちは一向に変わらず。最後だと言っておきながら彼に連絡をしては、無視をされたり冷たい言葉で返されるような日々が続いた。毎日毎日彼のことだけを考えた。いつしか私の生活は会うこともできない一人の男の子のためにあると思うようになった。SNSを盗み見るのが習慣になり、彼の友人に彼の写真をもらったり、彼の好きなものを調べては行きそうな場所待ち伏せをした。

彼が手に入るなら何もいらなかったし、彼が手に入らないのなら生きている意味がなかった。それでも私が明日を生きるのは、明日返信が来るかもしれないから。数年先の未来には、彼の隣で私が笑っているかもしれないから。

彼は最後の日から今日にいたるまで、2回だけ、気まぐれに私に会ってくれた。

2月17日、たった1時間ちょっと時間だったけれど、本当にこれまで頑張って生きていてよかったと思った。渡したバレンタインチョコにお返しはなかったけれど、おいしいと言ってくれただけで嬉しかった。

2回目は、そこからまた4ヶ月。1年前、まだ仲が良かったころにも遊んだ6月17日。二人でウィンドウショッピングをした。人がごった返す渋谷駅で、私には彼だけが輝いて見えていた。彼は優しかった。面倒なセフレに対する態度ではなく、親しくない友人にするように。どんどん距離は離れて、それでも私は何も変わらず彼が好きだった。

10月16日。彼のSNSひとつに鍵がついた。もうひとつSNSでは落ち込んでいるような旨の投稿をしていた。彼の友人から、私との出会いきっかけでもあるマッチングアプリを消したときいた。「真面目に生きる」のだそうだ。彼女ができたのだと思った。ついに恐れていた日が来てしまったと思った。

息がすえなくて抗不安薬をたくさん飲んだ。「もう薬たくさん飲んだりしちゃだめだよ」ってあの日優しく言ってくれた彼がちらついてあるだけ飲んだ。気絶するみたいに眠りについて、気がついたら15時間が経っていた。彼女かあ。彼女いいなあ。可愛い子なんだろうな。こんな惨めな女がいることなんて知りもせず、当たり前のように彼と手を繋ぎキスをして、セックスをするんだろうな。

悲しくて悲しくて、だけど好きな気持ちは変わらなかった。好きで好きで好きで好きで、笑った顔を思い出しては、彼がその彼女と楽しそうに過ごしているといいと思ったり、すぐに別れてほしいと思ったり、どうか幸せになってほしいと思ったり、殺してやると思ったりしていた。

これから私は彼女持ちの男に不毛な恋をしていくんだなあ、とぼんやり思っていた。

ただそんなことを考えながら泣いているだけで、丸1日が経った。

彼のSNSには相変わらず鍵がついていたけれど、祝福のコメントひとつでも読んでやろうと彼あてのメッセージ検索した。涙も枯れて、何を見ようとこれ以上悲しいことなんてないと思った。でもこれが、彼を諦めるきっかけになった。

好きな人には、彼女はできていなかった。

「両想いだと思っていた女性から連絡が来ず、傷心している」といった内容のことを彼の友人が茶化して書いていた。投稿に添付された写真には、大好きな彼が写っていた。やっぱり世界中の誰よりもかっこいいと思った。でも私の知らない横顔だった。私の好きな彼じゃなかった。

喉の奥がきゅっと詰まるような感覚がした。虚しくて、寂しくて、吐き気がして何度もえずいて、信じられないような気持ちで見返しても写真は変わらず切なげな表情の私の知らない好きな人だった。

好きな人が、私を好きにならないことにはとっくに諦めがついていた。でも私以外の誰かを好きになる好きな人は見たくなかった。私がどうやっても手に入らない彼の好意が、無下にされていることも虚しかった。私は誰かを好きだと思う彼を知らない。彼の事を知らない。これまで散々私と恋愛をする彼の妄想も私に愛をささやく彼の夢も見てきたけれど、現実の「恋をする彼」は、あまりに遠くて、遠くて、遠くて。もう潮時だと思った。大好きだけどもう好きでいてはいけないのだとようやく気が付いた。

彼の写真を消した。何度も見返したLINEも消した。

SNSももう見ないと決めて、一番そばにいてくれた友人と姉に「諦める」と連絡をした。

私の人生で一番大きな恋が終わった。はたから見れば遊ばれたメンヘラ女の、惨めで愚かなよくある話だと思う。

今はどうしたらいいのかわからない。たった1年と数か月でも、もう彼は私の生活だった。彼に出会う前に何を思い何を考えて生きていたのかわからない。死にたくはない。

やめた方がいいのだとたくさんの人に言われたし、諦めたと言えば「頑張ったね」「よかったね」と大切な人が喜んでくれた。これは進歩なのだと思う。本当にできるのかもわからないけれど、彼を忘れることは喜ばしいことなのだ。私が彼を好きでいることは誰にとっても悪いことのようだったから。でも今はまだそれが悲しい。こうして、何度も思い返すうちにすりきれてしまったような曖昧な昔の記憶を引っ張り出しては誰にも言えない心情とともに匿名日記にするくらいには悲しい。

本当に本当のことを言えば、これは備忘録だ。忘れることを強いられた私の最後の逃げ道だ。たとえ叶わなくても、私は君にずっと好きでいさせてほしかった。毎日がすごく苦しくて悲しくて幸せだった。君は迷惑だったかな。好きになってごめんなさい。ずっと好きでいてごめんなさい。気まぐれに言っただけの「好きでいてほしい」を一年以上も信じてごめんね。君は優しくてかっこよくて面白くて愛おしい、最高の男の子から絶対絶対絶対幸せになってね。

2018-10-17

[]10月17日

○朝食:なし

○昼食:助六寿司

○夕食:豆腐納豆、卵、料亭の味一食分

○間食:どら焼き

調子

朝起きて、地震かな? と思うぐらい、すごいフラフラするし、心臓はばくばくするしで、とてもしんどかった。

ただ、休むにしても会議に出てから休みたかったので、会社は行った。

行ったらなんとかなるもんで、なんだかんだと残業するぐらいには元気が戻った。

仕事の内容も、トラブルシューター的に各地で起きた問題解決したり、潜伏していたバグ発見して治す道筋を立てたりと、むしろいつも以上に頑張れた。

よかったよかった。

ただ、これ、明日は自社会(笑)なんだよなあ…… いきたくねえなあ……

完全に中学生じみた発想だけど、風邪とかひかないかな……

社会(笑)行きたくないなあ……

行きたくなさすぎて、体調がまた悪くなってきたので、もう寝ます

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グラブル

マグナ三凸目指してマグナ巡りを日課にしています

スタミナ半額なのでメインも進めたり、四凸などに向けてトレジャー集めたり。

風は銃三凸6本。

土は剣三凸5本。

水は短剣三凸4本、一凸1本。

火は杖三凸3本、一凸1本。アーカルム槍三凸1本、アーカルム短剣三凸1本。

光と闇は何本もってるかすらも把握してないぐらい、適当

階段から突き落とされて楽しかった話

なんか矛盾している気もするけど。

中学生の時は、クラスムードメーカー存在だった。

男女共に結構好かれていたと思う。

誰に対しても話しかけたし、いじめ嫌いだったから1人の子に話しかけに行ったし。

何かあればボケを演じ、自分ノリツッコミしたり。今じゃ大人になったからか出来ないんだけど。

でも、私の事をチラリと睨んでくる子が居た。

中学生にして、身長158cm、体重80kg超えしていそうな女の子だった。

理由を詳しく覚えていないんだけれど、

廊下靴下友達と歩いていたら、私は画鋲を踏んだ。2回も。

あれって返しがついているから抜けにくいし痛いんだよね……。

その次の日か何か、職員室に向かおうと階段を降りようと1歩踏み出したときに、背中に重さを感じた。

お相撲さん張り手並みに突き飛ばされた。

一瞬体が浮き、階段3段くらい飛ばしたあと足が漫画みたいにフル回転し

ダダダダダダダダ!!!!!

階段を駆け下りた。正直、死ぬかと思って心臓バックバクだった。

振り返ると、睨んでくる子だった。それ以来何もしてこなかったが、本当に嫌な奴だった。

でも、ほんの少し楽しかったという気持ちはある。

しかったというよりも、貴重な体験をしたっていうのだろうか。

運動神経悪い自分の足が、あんなにも速く綺麗に動くとは思わなかった。

死にそうになれば何でもできるんだなぁ。

高校大学ともに私立に行ったので睨む女とは別の高校だった。

20歳になり、同窓会に行ったら

オタサー姫っぽくなっていた。巨体でぶりっ子みたいな声をだしていた。うへぇ

反対に私は壁の花になった。誰が誰だか分からないし、フレンドリーさは半減してしまたから。

成長期から大人になると、どう変わるか分からないもんだね。

2018-10-16

anond:20181016105052

この場合の脈というのはお前の動脈が伝える心臓の鼓動という意味ではないぞ

2018-10-15

「ちゃお」を読まなくなった日

誰に語る機会もなく、ずっと一生心に残っているであろう出来事を消化するために、この「はてな匿名ダイアリー」を使ってみようと思う。

私は物心ついた頃から「ちゃお」を読んでいた。毎回あの分厚い雑誌地元本屋さんに買いに行くのが楽しみだった。

そんな毎日の楽しみなんてものは、他人の影響でいとも簡単に無くなってしまう事を思い出しながら書いていこうと思う。

小学5年生の私の家庭環境は、少し特殊だった。

母は近くのアパートに別居したばかりで、夕飯を作りに夕方から夜にかけてだけ母がやって来る。

その間父は何しているのだろう、とその頃は思ってもいなかったけど、仕事が早く終わった時は色んなところで時間を潰して待っていたらしい。

父や周りからは、「母はおかしくなった」「精神的な病になった」と聞かされていても信じられなかった。

だって、夜にご飯を作りに来る母はおかしいところが見当たらなかったから。

最初は母が一緒に住まなくなった事に混乱していた日々も、段々と慣れてきた頃、突然の訪問者が現れた。

ある日、母から一通のメールが送られて来る。

「会わせたい人がいるから、今日の夕飯に連れて来るね。」

会わせたい人、その文字を見て、もう小学5年生の私は「もしかして恋人だろうか」と自然に思い浮かぶ

それとも友人だろうか…。

その日発売のちゃおが入った袋を持ちながら、母の言う「会って欲しい人」を思い浮かべながら帰路についた。

家に着いて、地下から見える明かりをちらりと見る。

この頃、中学生の兄は不登校で、地下の部屋にこもりきりだった。

特に会話は無かったけれど、お互い家庭環境不安がある中過ごしている同士だから、何か通じ合うものだけは感じていた。

きっと兄にも、母からメールは届いてるはず。兄はどう思っているのだろう、そう思いながら母が来るのをじっと待っていた。

ガチャガチャ、と玄関が鳴った時、今までで一番くらい心臓が飛び跳ねた。

階段を駆け下りて母と訪問者を迎える。

見た瞬間、予想の1つも当たらなかった訪問者だった。

年齢は20代くらいの女性で、髪は短くボーイッシュなだらしない格好、金髪に近い明るい髪でピアスをいくつか付けている。

母との共通点が何1つ見つからなかったから、どこで会った友達なのか想像もつかなかった。

挨拶もそこそこに怠そうに椅子に座るその人を、ただ凝視するしか無かった。

母も「友人」としか説明しないものから、謎が深まる。

そもそも子供に紹介したいほどの「友人」とは思えなかった。

キッチン鍋料理を用意する母の物音を聴きながら、食卓でその人と2人。この時なんの会話をしたかは、何も覚えていない。

お鍋の用意が出来、兄も部屋から食卓へとやって来た。

そして、母、謎の母の友人、私、兄の食事が始まる。

訪問者にお茶を用意しようとすると、「あ、いい。」と一言で断られる。

そして、持参した2Lペットボトルお茶をおもむろに出し、そのままラッパ飲みし始めた。

軽いカルチャーショックを受けながら固まっていると、母が口を開く。

「いつもこういう人なの。お茶はラッパ飲みで…。」

いつも、ということは頻繁に会っている人なんだ。と引っかかる。

明らかに主導権は、その年下の「友人」のようで、全てを母が許して甘やかしている構図。

その食事最中だけで嫌というほど分かった。

こちない気持ち中食事を終えると、そそくさと自分の部屋へと逃げ込むように入りに行った。

そう、今日発売日の「ちゃお」をまだ読んでいない。早く読みたい一心で部屋へ向かう。

すると、後ろから訪問者が付いてきた。部屋に来ていいよ、とも付いて来ていいよ、とも言っていないのに。

さすがに、初対面の人に「付いてこないで」と言える強い心は持っておらず、付いて来るその人を渋々受け入れた。

部屋について、早速本屋の袋からちゃおを出し、読み始める。

この際、訪問者が居ても関係ない。

その時だった。

「わあ、まだそんなの読んでるんだ。」

予想もしていなかった打撃が自分へと向かって来る。

訪問者がニヤニヤとしながら、悪びれもなく言葉を続ける。

「オレこういう雑誌苦手だったわ〜。」

今だったら、心が強くなった今だったら、「お前の事なんて知らねえよ」とか「うるせえよ」とでも言い返せたはずなのに。

小学5年生の私には、10歳以上年上の大人であるはずの女性に、母の自称「友人」にそんな事を言われる衝撃が強かった。

その時は、「そうですかね」とか何とか、当たり障りのない返事をしたんだと思う。よく覚えていない。

その後、母と訪問者は一緒に帰っていった。2人とも母のアパートへ行くのか、別々に帰るのか分からないけど。

未だに共通点も、2人が一緒にいる意味も分からないまま、帰っていった。

2人が帰った後、無心で雑誌を紐で縛っていた。今まで集めた「ちゃお」を全部捨てるために、縛っていた。

その訪問者に言われたことがショックで、未だに読んでいることの恥ずかしさで捨てているのか。

なにかが自分の中で壊れたのか、理由は分からなかった。

ただただ、体が勝手に動いていた。

その最中メールの着信音が鳴った。母からメールだ。

今日、どうだった?』

どうだった?だって

母はうまくいったとでも思っているのだろうか。

人の家に招かれている態度とは思えなかったし、私の部屋であった事も知らないくせに。

沢山言いたい事を我慢して、ただ一言

『あの人嫌い』

と返事をした。

ああ、母はきっと兄にも同じメールを送っているだろう。心が優しい兄はどんな返事をしたのかな。10年以上経った今もそれを知ることはない。

「ちゃお」を全部縛り終わった頃、母から返事が来た。

『何かあった?別にあの人は恋人とかでもないし、友人だよ。』とか、聞いてもいない事をペラペラと書いている。

恋人であろうと、友人であろうと、どちらであろうと論外な事を何故母は気づかないんだろう。

私は、母からのその弁解メールには返事をしなかった。

後日、母から『この前の人とはもう、会わなくなったよ』と報告メールが来た。

心底どうでもよかった。

------




10年以上前のことを吐き出してスッキリしました。

後に、その訪問者はヒモのオナベ(言い方が古い)で、母が経済的支援してたことが分かりました。

しか自分の金じゃなく父のカードで。

オナベとお鍋を囲んでいたのか!と今は謎の感動を覚えています

しばらくイキッた女性同性愛トラウマになって、偏見がすごかったのですが、今は無くなりました。

精神病になってしまった母に振り回される父、可哀想と思っていましたが、父も父で隠し子を作っていました。ウケ倒すわ。

そんな、誰にも話せない話でした。

2018-10-14

anond:20181014224257

これだけの情熱を他に向けたら、あなた自身プロになれると思うw

https://anond.hatelabo.jp/20181014224257 

■私の神様

正直めちゃくちゃにキモいし酔ってるだけの文章です。ただの自己満足です。

 

私のずっと好きだった人私の神様

 

あなた出会ったのはもう六年も前になります一目惚れではないけれど、二目惚れくらいだったかもしれません。全然したこともないのに、勝手に私はあなたのことを好きになりました。世間一般的にはイケメンではないだろうけどあなたの顔も、声も、友人と話している姿も、人前でしゃべる姿も、何もかも全て好きでした。今から思えばこれはアイドルに対する気持ちと変わらなかったのかもしれません。私が初めて出会った推し、それがあなただったんだと思います。少しでもあなたと話したくていろんなことをしました。席が近くなれるように神頼みもしたし、列に並ぶときわざとタイミングを見計らって近くになれるようにしたり、ストーカーじみていたなと思います。でも何故かわからないけどそれだけ好きだったのです。話すだけでドキドキしたし、あなた意識が私に向いてるだけで本当に嬉しかったんです。あの時以上のドキドキを、トキメキを、私は他で感じたことはありません。あれから好きな人ができても、あなた以上に心が波打つことがないんです。

 

それだけ好きだったあなたにうっかり告白してしまったのが私の過ちでした。話す回数だって多くないただのクラスメイトに突然好意押し付けられて、困ったと思います。ごめんなさい。そして私はその告白すらまともにできなくて、あなたに壊れてしまいそうだったと言われるぐらいで、そうやって断りづらい状況に持っていってしまたことが本当に申し訳ないです。そして名目上付き合うことになって、でも結局私はまともに彼女をすることができませんでした。駄目でした。あなたを前にした私は、本当に駄目だった。ずっと緊張して、話せなくて、あなたも私に歩み寄ろうとしてくれてたのに、私は何もしなかった。私はあなたの全肯定オタクでもあるので、この時のあなたを責めることはできません。そして何をすることもなく別れましたね。あの時、別れようというお手紙の返事が遅くなってごめんなさい。別れたくないわけではなかったのです。ただ、返事ができなかった。手紙が書けなかった。気持ちの整理がつかなかった。付き合っているといえない状況で、何かしなきゃと焦ってて、むしろ正直ほっとしてたんです。多分このことは返事の手紙に書いたと思うけれど。なのに気持ちはぐちゃぐちゃで、本当に駄目でしたね、私は。別れるということは明確に振られたということで、それが耐えきれなかったんでしょうね。初めて明確に失恋した瞬間でした。こんなにも好きだったのに、あなたには好きになってもらえなかった。これほどつらいことはなかった。お別れの手紙を返したあと、自覚はなかったんですが相当私はメンタルをやられていたらしいです。私はいつもどおりって思ってたのがさらに厄介ですね。ここまで引きずって重い女ですよね。でもあなたはこんな重たい感情をぶつけても受け流してくれるようなそんな我の強さがあって、そこが好きなところでした。

 

それからずっとあなたのことを忘れたことはありません。何をするにも頭に引っかかってて、ずっとずっとファンでした。あの時の狂気熱量はなくても、好意が薄れることはなかった。あなたが何をしてもずっと応援していたし、少しでも関われると嬉しかった。同じクラスになって劇で同じシーンに出たの、嬉しかったんです。あの時のあなたは本当にかっこよくて袖からずっと見つめてました。高校に上がって、私が文実なんてやったの、あなたが文実をやると思ったからです。文実なんて、やるような人間じゃなかったのに。でもここであなたと同じ部門を選ばなかったあたり、小心者のストーカーなのです。私たちの代の文化祭部門は違えどあなたと一緒に作り上げれたの楽しかった。少しだけでも会話もできて、仕事自体も楽しかったし、あの三年間で何よりも頑張った。文化祭が私の青春でした。ちょうどその頃ですよね。私があなたが入っていた軽音の追っかけを始めたのは。一年文化祭でこっそりあなたバンドだけ見に行ったことはありましたが、本格的に軽音自体ファンをし始めたのはその頃のはずです。正々堂々とあなたファンでいられるのが幸せでした。あなたの何もかもが好きだけれど、あなたが歌っているときほどかっこいい時はないと思いますあなたが歌う「愛はおしゃれじゃない」が、どれだけ私の心臓を掴んだか知っていますか?ずるいです。初めて聞いたとき、本当に背筋が冷えて泣きそうになりました。私はあなたにだけモテたかったのに、あなたがそれを歌うなんて。私のことなんてもう過去のことでしょうが、私にとっては過去じゃなかったのに、あなたがそう思うほどの相手がいるんじゃないかって思わされた。まあ、そのあとあなたとある人と付き合うわけですが。あなたがその人と付き合い出したときの私の気持ちは知らないと思います。もう昇華されたと思ってたのに、ただのファンでいられると思ったのに駄目でした。付き合う前、あの人もあなたライブを見に来ていて、私に話しかけてきて、あなたファンだといった私に「かっこいいよね、本当にこの間のでファンになった!本当に好きかっこいい!」って。私の方がずっと前からファンなのに。ずっと前から好きなのに。でもそんな人とあなたは付き合い出して。悔しかった。過去の女である私が思っていいことじゃないのはわかっていたけれど。私にとってはそれだけ過去じゃなかったんです。その人と別れたときほっとしました。私、あなたと付き合いたいってわけじゃなくなってたんです。ただ、誰のものにもなって欲しくなかった。だって私の神様から。ただの一人の人間にこんな重たいものを背負わせて、私は本当に最低だなと思います。それでもそうなんです。それからはそこまで苦しくなかったです。あなたのことはただの推し認識できていたから、私も他の好きな人ができました。振られましたけど。この時悲しかったのにあなた以上に悲しくなくて引きずらなくて、恋という感情が分からなくなったこともありました。あまりにもあなたとその他の人への恋情が別物だったもので。

 

そして卒業を迎えて、あなたとはもう二度と関わらないと思いました。最後卒業ライブで、あなた歌声を浴びました。卒業ライブ、とても良かったですよね。軽音中の人間じゃなくてもあの時の良さは忘れられないです。二日目、あなたが「あなたは私の一生もの」という歌詞を歌ったの、刺さりました。私にとってあなたは一生ものでも、あなたにとって私はそうでないのでしょう。そのバンドあなたは気づいてなかったかもしれませんが、あなたの目の前最前列ドセンで見てたんですよ。目の前のあなた死ぬほどかっこよくて、だからこそ苦しくなりました。そして最終日、あなたの出る最後バンド、ずるかった。私が初めてみたあなたバンド、全員が六年の付き合いのバンドあなたファンを増やすきっかけにもなったバンド、そしてあなたが「愛はおしゃれじゃない」をやったバンドあなたの歌う最後の曲がそれだったのは、あまりにも、あまりにもずるいです。それを聞いて、六年間のあなたにまつわる何もかもが、青春のすべてが頭の中を流れていって、泣きました。卒業式でも泣かなかったのに。他の人が泣いていたのとは違う理由でしょう。一人だけあなたを想って、自分を振り返って泣きました。モテたかったよ、あなたにだけに。どれだけ忘れられたと思っても、あなたを見たらこうやって気持ちが蘇ってしまう。ライブ後、わちゃわちゃとするなかで、ツーショットを撮ってくれてありがとうございました。これで本当におしまいにするつもりだったんです。最後に全てを終わらせたかった。からかってくる友人に「もう過去ことなのに」と笑うあなた、そんなあなたに笑って「私にとっては過去じゃないけど」って言ったの、きっとちゃん冗談として受け取ってもらえたと思います。ごめんなさい。本気の本気で。

 

こうやって終わりだった筈なのに、何があったのか、何故なのか、卒業後かなりたってからあなたと同じ通話グループに入ってしまいました。そして通話をして、一緒に友人の家で集まってオールしたの、今でもよくわからないです。そんなの思い出してしまうに決まってるじゃないですか。通話あなたが唯一私の髪色を褒めてくれたのも、死ぬほど嬉しかったし、あえていうならあなたが私の名前を読んでくれるだけで、あなたの話を聞けるだけで本当に幸せだったんです。あなたと会話できるだけでそれだけで。でもそんなあなたは今、1つ下の新しい彼女がいて。ちゃんと長く続いていて。先程も言ったように、私、あなたに誰のものにもなって欲しくなかった。最低なやつだけどそれが本音です。それほどまでに今でも好きなのに、この気持ちあなたに伝えることはもう許されない。もう一度はない。

 

本当の私の理想は、あなたが有名になってくれること。あなたは唯一無二の人間です。そうなれると私は信じていますあなたが小さなハコから大きくなるまでずっと通って、ファンクラブにも入って、堂々とでもそっと応援してあなたと関わっていたい。あなたに花を贈る存在でいたい。匿名ファンレターを出す存在でいたい。でもきっとこんな未来はないんです。あなたのことを好きでいたい。応援していたい。でもあなたと私の関わりなんてとても薄くて、あなたがそういう大きな存在にならない限りそれができない。だったら付き合いたい。そういう関係になりたい。でもあなた彼女がいる。友達ですらないんですよね、私達。なんなんでしょうね。

 

この好きは伝えられないけれど、こうやってあなたを想う人間もいるのです。気持ち悪くてごめんなさい。好きです。ずっと好きです。あなた以上の推しなんていないんです。ネットの片隅で流すことでこの気持ちが少しでもなくなることを祈ります

私の神様

正直めちゃくちゃにキモいし酔ってるだけの文章です。ただの自己満足です。

私のずっと好きだった人私の神様

あなた出会ったのはもう六年も前になります一目惚れではないけれど、二目惚れくらいだったかもしれません。全然したこともないのに、勝手に私はあなたのことを好きになりました。世間一般的にはイケメンではないだろうけどあなたの顔も、声も、友人と話している姿も、人前でしゃべる姿も、何もかも全て好きでした。今から思えばこれはアイドルに対する気持ちと変わらなかったのかもしれません。私が初めて出会った推し、それがあなただったんだと思います。少しでもあなたと話したくていろんなことをしました。席が近くなれるように神頼みもしたし、列に並ぶときわざとタイミングを見計らって近くになれるようにしたり、ストーカーじみていたなと思います。でも何故かわからないけどそれだけ好きだったのです。話すだけでドキドキしたし、あなた意識が私に向いてるだけで本当に嬉しかったんです。あの時以上のドキドキを、トキメキを、私は他で感じたことはありません。あれから好きな人ができても、あなた以上に心が波打つことがないんです。

それだけ好きだったあなたにうっかり告白してしまったのが私の過ちでした。話す回数だって多くないただのクラスメイトに突然好意押し付けられて、困ったと思います。ごめんなさい。そして私はその告白すらまともにできなくて、あなたに壊れてしまいそうだったと言われるぐらいで、そうやって断りづらい状況に持っていってしまたことが本当に申し訳ないです。そして名目上付き合うことになって、でも結局私はまともに彼女をすることができませんでした。駄目でした。あなたを前にした私は、本当に駄目だった。ずっと緊張して、話せなくて、あなたも私に歩み寄ろうとしてくれてたのに、私は何もしなかった。私はあなたの全肯定オタクでもあるので、この時のあなたを責めることはできません。そして何をすることもなく別れましたね。あの時、別れようというお手紙の返事が遅くなってごめんなさい。別れたくないわけではなかったのです。ただ、返事ができなかった。手紙が書けなかった。気持ちの整理がつかなかった。付き合っているといえない状況で、何かしなきゃと焦ってて、むしろ正直ほっとしてたんです。多分このことは返事の手紙に書いたと思うけれど。なのに気持ちはぐちゃぐちゃで、本当に駄目でしたね、私は。別れるということは明確に振られたということで、それが耐えきれなかったんでしょうね。初めて明確に失恋した瞬間でした。こんなにも好きだったのに、あなたには好きになってもらえなかった。これほどつらいことはなかった。お別れの手紙を返したあと、自覚はなかったんですが相当私はメンタルをやられていたらしいです。私はいつもどおりって思ってたのがさらに厄介ですね。ここまで引きずって重い女ですよね。でもあなたはこんな重たい感情をぶつけても受け流してくれるようなそんな我の強さがあって、そこが好きなところでした。

それからずっとあなたのことを忘れたことはありません。何をするにも頭に引っかかってて、ずっとずっとファンでした。あの時の狂気熱量はなくても、好意が薄れることはなかった。あなたが何をしてもずっと応援していたし、少しでも関われると嬉しかった。同じクラスになって劇で同じシーンに出たの、嬉しかったんです。あの時のあなたは本当にかっこよくて袖からずっと見つめてました。高校に上がって、私が文実なんてやったの、あなたが文実をやると思ったからです。文実なんて、やるような人間じゃなかったのに。でもここであなたと同じ部門を選ばなかったあたり、小心者のストーカーなのです。私たちの代の文化祭部門は違えどあなたと一緒に作り上げれたの楽しかった。少しだけでも会話もできて、仕事自体も楽しかったし、あの三年間で何よりも頑張った。文化祭が私の青春でした。ちょうどその頃ですよね。私があなたが入っていた軽音の追っかけを始めたのは。一年文化祭でこっそりあなたバンドだけ見に行ったことはありましたが、本格的に軽音自体ファンをし始めたのはその頃のはずです。正々堂々とあなたファンでいられるのが幸せでした。あなたの何もかもが好きだけれど、あなたが歌っているときほどかっこいい時はないと思いますあなたが歌う「愛はおしゃれじゃない」が、どれだけ私の心臓を掴んだか知っていますか?ずるいです。初めて聞いたとき、本当に背筋が冷えて泣きそうになりました。私はあなたにだけモテたかったのに、あなたがそれを歌うなんて。私のことなんてもう過去のことでしょうが、私にとっては過去じゃなかったのに、あなたがそう思うほどの相手がいるんじゃないかって思わされた。まあ、そのあとあなたとある人と付き合うわけですが。あなたがその人と付き合い出したときの私の気持ちは知らないと思います。もう昇華されたと思ってたのに、ただのファンでいられると思ったのに駄目でした。付き合う前、あの人もあなたライブを見に来ていて、私に話しかけてきて、あなたファンだといった私に「かっこいいよね、本当にこの間のでファンになった!本当に好きかっこいい!」って。私の方がずっと前からファンなのに。ずっと前から好きなのに。でもそんな人とあなたは付き合い出して。悔しかった。過去の女である私が思っていいことじゃないのはわかっていたけれど。私にとってはそれだけ過去じゃなかったんです。その人と別れたときほっとしました。私、あなたと付き合いたいってわけじゃなくなってたんです。ただ、誰のものにもなって欲しくなかった。だって私の神様から。ただの一人の人間にこんな重たいものを背負わせて、私は本当に最低だなと思います。それでもそうなんです。それからはそこまで苦しくなかったです。あなたのことはただの推し認識できていたから、私も他の好きな人ができました。振られましたけど。この時悲しかったのにあなた以上に悲しくなくて引きずらなくて、恋という感情が分からなくなったこともありました。あまりにもあなたとその他の人への恋情が別物だったもので。

そして卒業を迎えて、あなたとはもう二度と関わらないと思いました。最後卒業ライブで、あなた歌声を浴びました。卒業ライブ、とても良かったですよね。軽音中の人間じゃなくてもあの時の良さは忘れられないです。二日目、あなたが「あなたは私の一生もの」という歌詞を歌ったの、刺さりました。私にとってあなたは一生ものでも、あなたにとって私はそうでないのでしょう。そのバンドあなたは気づいてなかったかもしれませんが、あなたの目の前最前列ドセンで見てたんですよ。目の前のあなた死ぬほどかっこよくて、だからこそ苦しくなりました。そして最終日、あなたの出る最後バンド、ずるかった。私が初めてみたあなたバンド、全員が六年の付き合いのバンドあなたファンを増やすきっかけにもなったバンド、そしてあなたが「愛はおしゃれじゃない」をやったバンドあなたの歌う最後の曲がそれだったのは、あまりにも、あまりにもずるいです。それを聞いて、六年間のあなたにまつわる何もかもが、青春のすべてが頭の中を流れていって、泣きました。卒業式でも泣かなかったのに。他の人が泣いていたのとは違う理由でしょう。一人だけあなたを想って、自分を振り返って泣きました。モテたかったよ、あなたにだけに。どれだけ忘れられたと思っても、あなたを見たらこうやって気持ちが蘇ってしまう。ライブ後、わちゃわちゃとするなかで、ツーショットを撮ってくれてありがとうございました。これで本当におしまいにするつもりだったんです。最後に全てを終わらせたかった。からかってくる友人に「もう過去ことなのに」と笑うあなた、そんなあなたに笑って「私にとっては過去じゃないけど」って言ったの、きっとちゃん冗談として受け取ってもらえたと思います。ごめんなさい。本気の本気で。

こうやって終わりだった筈なのに、何があったのか、何故なのか、卒業後かなりたってからあなたと同じ通話グループに入ってしまいました。そして通話をして、一緒に友人の家で集まってオールしたの、今でもよくわからないです。そんなの思い出してしまうに決まってるじゃないですか。通話あなたが唯一私の髪色を褒めてくれたのも、死ぬほど嬉しかったし、あえていうならあなたが私の名前を読んでくれるだけで、あなたの話を聞けるだけで本当に幸せだったんです。あなたと会話できるだけでそれだけで。でもそんなあなたは今、1つ下の新しい彼女がいて。ちゃんと長く続いていて。先程も言ったように、私、あなたに誰のものにもなって欲しくなかった。最低なやつだけどそれが本音です。それほどまでに今でも好きなのに、この気持ちあなたに伝えることはもう許されない。もう一度はない。

本当の私の理想は、あなたが有名になってくれること。あなたは唯一無二の人間です。そうなれると私は信じていますあなたが小さなハコから大きくなるまでずっと通って、ファンクラブにも入って、堂々とでもそっと応援してあなたと関わっていたい。あなたに花を贈る存在でいたい。匿名ファンレターを出す存在でいたい。でもきっとこんな未来はないんです。あなたのことを好きでいたい。応援していたい。でもあなたと私の関わりなんてとても薄くて、あなたがそういう大きな存在にならない限りそれができない。だったら付き合いたい。そういう関係になりたい。でもあなた彼女がいる。友達ですらないんですよね、私達。なんなんでしょうね。

この好きは伝えられないけれど、こうやってあなたを想う人間もいるのです。気持ち悪くてごめんなさい。好きです。ずっと好きです。あなた以上の推しなんていないんです。ネットの片隅で流すことでこの気持ちが少しでもなくなることを祈ります

2018-10-12

https://anond.hatelabo.jp/20181012090959

あー見たわーTRPGコンベとかでよく見たわーこういうヤツ。

心臓に剛毛の生えたような豪胆な女性か、チヤホヤされたいクイーンビー志願者じゃないと耐えられないようなことしといて、「なんで女性が増えないんだろう」。

アホちゃうか。

低糖質ダイエットを1年以上続けると死亡率30%アップ?

低糖質ダイエットを1年以上続けると死亡率30%アップし

心臓病の発生率も5%ずつ上がる?

やっぱり、良くないんだな。

何でもバランスよく食べないとだめってことか。

結局ダイエットするには何がいいんだ。

[] #63-4「イタガリアン」

第一回戦は早速、俺たちの出番だ。

ウォーミングアップを始める俺たちのもとに、見学に来ていた母は心配の声をかける。

あなたたち本当にやるつもり?」

「ここまできて『やっぱりやめる』って選択はないよ。だったら最初からやるなって話になるからね」

俺と同じく、母もこの番組面白いと思っている人間ではなかった。

だが、俺みたいな漠然としたものではなく、一応の“背景”があるから嫌悪感を露にしているのだと思う。

「“痛み”をエンターテイメントにするなんて低俗だし、それを楽しむのは不健全じゃないかしら……」

エンターテイメント自体、どこかが低俗で不健全なもんだよ」

同じく見学に来ていた弟が母をなだめる。

弟は『イタガリアン』のファンで、俺が参加するとなったときも大層喜んだ。

今回の件で一番盛り上がっているのが、傍観者の弟ってのも妙な話である

「諦めなって母さん。残念だけど、母さんみたいな繊細な人間相手にこの番組は作られていないし、そんな義務もないんだからさ」

あなたたちは痛みに慣れすぎて、鈍感になってるのよ……」

母が言うと中々に重みのある言葉だ。

と同時に空虚さも感じる。

母の体は機械で出来ているからだ。

昔は人間の体のほうが多く比率を占めていたが、今では脳と心臓のみ。

まり母は“痛み”に鈍感ですらなく、今では感じることすらできないわけだ。

からこそ、自分が感じることができないものに対して慎重にモノを考えようとしているのかもしれない。

ましてや息子がそんなものに参加するのだから尚更だろう。

まあ、実際のところどうかは知らないし、知ったところで俺がどうこうするってわけでもないんだが。

安心しろって。痛い思いをするのは俺じゃなくて、出場者のカジマのほうだからさ」

「そうそう」

「いや、それはそれでどうかと思うんだけど……」


…………

「第1回戦、カジマ選手、対シロクロ選手のイタガリアンです」

そして第1回戦が始まる。

相手はシロクロ、痛めつけ役はガイドだ。

地元から参加者を募るから分かってはいたが、いきなり知り合いとの戦いである。

「お前ら、何で出場したの」

生憎、キミたちに説明できる言葉を持ち合わせていない」

ぶっきらぼうガイドがそう答えた。

「オレはシロクロ! 最強の男!」

シロクロはそう言ってボディビルダーみたいなポージングをした。

どうやら大した理由ではないらしい。

恐らくシロクロの突発的な行動で、ガイドはそれに巻き込まれたってところだろう。

「さて、今回は“木の棒”です」

司会者がそう言うと、痛めつけ役の俺とガイドに棒が渡された。

「出場者の方々は理解しているでしょうが視聴者の方へ向けてルールを改めて説明をさせていただきます……」

数分かけて、司会者が丁寧すぎる説明を始めるが、ぶっちゃけ大したルールはない。

要はテーマ毎に決められた方法で痛めつけ、出場者はそれにいい感じのリアクションをすればいいだけだ。

それを3人の審査員、観戦に来た視聴者支持率勝敗を決める。

こうやってルール確認してみても、やっぱりこれゲームとして粗末すぎるな。

ルールを複雑化したら大衆ウケが悪くなるとはいえ、これだとテキトーすぎないか

人狼でも、もっとちゃんとしているぞ。

「それでは先攻、カジマ選手からどうぞ!」

(#63-5へ続く)

2018-10-11

キズナアイには実はおちんちんはえています

ってなったら解決するのにね。あの不毛な論争すべてがさ。」

そういって彼はやれやれといった仕草バーボンを一気に飲み干してさらに続けた。

「女ってやつは、だからいつももめごとを起こすんだ」

僕は彼の意見に賛成だった。だから賛成だと伝えた。

おちんちんランドさえ存在すれば、そう願わずはいられないよな。」

だが彼は僕の言葉には意外なほど反応しなかった。

それどころか、僕の事を冷めた真夏ピザであるかのような目で見ながら吐き捨てた。

「それは違う。大切なものは、目に見えないもなんだ。」

物憂げにそう返す彼に対して、期待した答えが返ってこなかった僕は食い下がった。

「それじゃあ君はおちんちんランドことなんてどうでも良いって言うのかい?」

そうじゃない、と彼は告げた。

「むしろ逆だ。」

そう聞いたとき僕の心臓が止まりそうになり、急にあたりが静まり返ったような感覚を覚えた。

大事なことは、おちんちんがあるかどうかではない。」

それ以上、言わないでくれ。僕はそう願った。

から僕は、自分から口に出そうとした。

「「おちんちんは、僕たちの心の中にあるんだ」」

意図せず輪唱の形になってしまった彼は驚き、そして苦笑した。

僕も苦笑して、それから左手に持ったままであった旧世紀の遺物に火をつけゆっくりと吸った。

メビウスの煙がいつもより目に染みた。

2018-10-09

最近の「炎上事件コンビニとかで店員に大声で怒鳴りつけ土下座強要しているヤンキーちゃんおっちゃんどものようで傍から見ていて心臓バクバクする

2018-10-07

メンタル的悩みを聞かせてくれ

未だに自分コンプレックスに執着して抜け出せない

論理的には自分劣等感意味なんてないとわかってるのだが対象に直面した瞬間心臓バクバクする

こういうときは人が真剣に悩んてるが他人にとっては心底どうでも良い悩みを聴く他ない

たのむ

2018-10-05

anond:20181005104408

からだが

なお、Google画像検索コスプレ キズナアイ と書いてあるやろ

この会話見てぐぐったら、目ん玉真ん中寄せて撮った画像がよくあるけど、ああいうのって心臓に悪いね……

就活つらいよ

もう10月じゃん

9月卒業からもうただの無職だし

お祈りメール見るたび心臓が痛くなる

仕事に真面目になりすぎてすぐ病む

死ぬほど辛い。

ずっと寝れてないし、動悸が止まらない。

仕事なんてそこそこですませて手を抜きたい。

泣きそうだ。

必死になりたくないのに、能力が低いので真面目にやるしかない。

時間をかけるしかない。

人と関わるのが苦手すぎるのと、その他色々ですぐ体調崩す。

ものすごいストレスだ。

それでもやらなきゃ、やらなきゃと思って自分を追い込む。

追い込みたくない。

辛い。しんどい

どうしたらいいのか分からない。

働かないとお金が貰えない。

お腹痛い。

真面目にやりたくない。

みんなすごい。えらい。

ドラマで、厳しそうな上司キャラを見てうわああああってなってしまった。

みんなあん上司がいても普通に働いているのか。

私に厳しい上司はいない。

みんな普通のいい人。

それなのに、どんどん勝手に一人で追い込まれていく。

一人で立ち止まってパニックになり続けてそれでも時間に追われながら心臓バクバクのまま必死に手を動かしてどうにかこうにか、何とかなっている、みたいな感じ。

全てを投げ出して逃げてしまいたい。


体調が悪いからしばらく休むと、メールの下書きに書いたら少し楽になった。

送信するか分からないけど。

真面目なくせにクズからすぐ逃げたがる。

ストレスに耐えられない。辛い。

他の人にとっては些細なことなんだろうが、本当に無理なんだ。

向いている仕事がない。

人と関わる以上、時間制限がある以上、すべての仕事に向いてない。

本当は、今の仕事天職だと思ってたんだ。

好きなものを好きなように作れたらいいのに。

そうもいかない。好きに作れない。

無理すぎる。

一人で何でもやれる(やらねば)と思っていた

同棲して一年半、正式夫婦になるまえに私はとうとう正社員社内SEの職にありつけた。

子育てもできる、復職もできる!

そう思っていたところに糖尿病になってしまった。

理由はわかっていた。

仕事をしながら家事をして夫との時間を確保してネットゲームをやっていたから。

ネットゲームパラレルワールドで、人生イージーモードだった。

適切な役割を与えられ、連携が取りやすく、達成感もある。社会ではそうはいかない。

削られる睡眠不足に乱れた食生活

若いのに恥ずかしい気持ちになった。

糖尿病治療段落を向かえると…なんと妊娠した。

予想外の妊娠だった。

会社にいけなくなるほどのつわり

トマトしか食べられない状態

旦那には馬鹿にされた)

電車に乗ればめまい吐き気で3駅ごとに休憩、結局、会社立場は悪くなった。

私は産休も取れるわけでもなく、

他の部署女性つわりもなく余裕で会社に来て仕事をしている。

まだ会社の中で産休を取る人はいなく、男性社員妊娠妊娠初期を軽んじていた。

私はもっと立場が悪くなり、

自分を呪うべきなのに、お腹の子供を呪った。

『今じゃない、シネ』と願った。

『あと三年経ってからだ、シネ流産しろ

つわりが消えた頃、胎児心臓の鼓動も聞こえなくなった。

2018-10-03

https://anond.hatelabo.jp/20181002235244

簡単なことです。

甘えは必ず具体的な甘える相手、甘える対象必要します。

うつ病病気であり身体精神の不調という症状が生じている状態のことを指すので、対象という語を用いての説明は必ずしもつかないものです。

そもそも元増田が引いている例には「甘え」は含まれていません。含んでいるのは診断がおりた傷病としての心身の不調と診断はおりていない心身の不調であり、これらを比較して「違いがわからない」「明確な境目がない」と称しているのであって、ぶっちゃけ完全にトートロジーに陥っています。そりゃ違いなんてわからないでしょうね。

「甘え」でググってみると、「人の好意を当てにする気持ち」とあります

「甘える」は「かわいがってもらおうとして、まとわりついたり物をねだったりする」「相手好意に遠慮なくよりかかる。また、なれ親しんでわがまま振る舞う」、「甘やかす」は「子供などを厳しくしつけないで、わがままにさせておく」です。

いずれも甘える者と甘えられる者との関係性を(やや非難して)称する語であり、「傷病や心身の不調の治癒を求める/優先する」ことは意味に含んでいません。

にもかかわらず甘えとうつ病区別がつけられないというのは、私見ですが結構ヤバい状態です。思うに元増田は昨今言われる「うつ病は甘え」的言説に毒されすぎているようです。実は甘えとわがままグラデーション認識できていないのではないでしょうか?

うつ病は甘え」的言説というのは、前提として甘えとわがまま混同した上で「傷病の治癒を優先させる」態度を「私的な都合を優先させる=わがまま」とスリップさせて非難する詭弁です。

わがまま」とは「他人のことを考えず、自分の都合だけを考えて行動すること」であり、一般他人をナメくさっていないとちょっと発動できない態度を指すものですが、これも厳密には甘えとは異なります。甘えの関係は通常はその端緒においてでも甘えさせる側に好意や許容がないと発生しないですが、わがままは必ずしもそうではありません。

うつ病は甘え」的言説とは、本来結び付けられるはずのない概念を無理やり結び付けて、「仕事に支障を出すなんて/休むなんてとにかく許せない、ナメてんのか」という他害的な気分を何らかの論理のようなものに見せかけようとしているインチキに他なりません。「骨折は甘え」「心臓病はわがまま」「がんになるなんて周りの都合を考えていない」とか言って非難している人がいたら脳腫瘍心配するところですが、うつ病についてはなぜかこういう理屈がまかり通っているし、こういう理屈内面化して自分でも罪悪感で苦しんでしまう人も多く見かけるので恐ろしいと思います

元増田マジで少しずつでも「恵まれ環境からこういう甘えが出る」的思考を捨てる試みをした方がいいです。それは百害あって一利なし自分他人の足を引っ張ることはあっても助けとなることはない呪いのような考え方です。現に休みを取るのに罪悪感を生じさせて休養を邪魔している。

例えば休みを取る事で仕事にどういう影響が出るのかを具体的に詰めてリカバリ可不可を整理するなどすれば、「あれとこれリカバれるんだから明日とか休んでも良くね!?」的な理屈が立てやすくなり、「休みたいサボりたい=甘えで悪」という図式を打ち破りやすくなるのではないかと思います

蛇足ですがわたくし、新卒就職して早9年目ですが、今日は朝から寝坊をこきまして、数日前から時間外労働及び頭痛腹痛が続いていたこともあって何もかも嫌になり午前休を申請、眠かったので二度寝をこいた結果午後出勤の時間にも遅刻して本日デスクに着いております。割と月イチでこんな感じで人事評価の際に小言を頂戴したりもしますが、陰口はともかく面と向かって「甘え」「わがまま」と咎めを受けたことはありません。

わたくしが厚顔無恥で陰口を全く気にしない性質であり、かつ(大したもんではないにせよ)必要な結果は出しているのでそういう働き方で支障が出ないポジにこぎつけられたという点においては、これは単なるウルトララッキーな一例にすぎませんが、しか法律に従えばこれが当たり前であり、元増田も同様の働き方を求める権利はあるはずです。

現場の・職種の・業界の諸事情があるのが世の常とは言え、せめて元増田しんどい時に一日サボる事くらいは一刻も早く可能になるよう願って止みません。

2018-10-02

胸がドキドキ☆

40を過ぎて、胸がドキドキするとは思わなかった。

先日、いつものように、宮崎地鶏のお店でランチを食べに行った。

そこの店員さんでまだ20そこそこだというのに、

働き者で愛想よしで色白の娘さんがいる。その娘の二の腕が目当てだ。

そして、いつもは炭火もも焼き定食を頼むのに、

その日はきまぐれで、チキン南蛮定食をたのむことにした。

「ええー!いつものももきじゃないんですかぁ!?

という小さな驚きとあたふたするかわいい顔を期待して。

そうしたら、意外にもあたふたすることもなくオーダーが通り、

普通に出てきたわけですよ、チキン南蛮が。タルタルたっぷりの。

そうしたら、仕方なくというか、本来目的通りチキン南蛮を食べますやん。

すると、急に心臓がドッキドキ鼓動して、音が聞こえそうなぐらいバックバクするんですよ。

これは、まずいなーこわいなーって思ったのですよ。

しかしたら、何かしらのアレルギーかなーと思いまして。

それでも、そのあと、数時間したら落ち着いたんですわ。

ドッキドキした胸が。

ほんで、今から、もう一度チキン南蛮を食べに行こうかと思っているんですよ。

胸がバックバクするか試しに。

2018-10-01

anond:20181001172046

独身男性は五十代くらいで有意心臓病による死亡率に山ができるんだっけな

2018-09-30

anond:20180930220142

Alphabetが強いのいろいろあるよね。有機化学だと天然物の全合成とか、生物学だと心臓マルチスケールシミュレータとか、さっき話題になった航空系だとCFRP光ファイバー使った非破壊診断とか、それ関連だとちょっとずれるけどジェットエンジンや発電用タービンの3Dプリンティングもそうか。

こうしてみると、科学技術の発展にGoogleって欠かせないんだな、やっぱりすごい。

クソ童貞すぎて死にたくなった

一ヶ月前の話。

 

ツイッターで繋がってる女の子と会った。実は彼女は友人の元カノでだいぶ前からFFだったのだが、先日別れたらしいく会う流れになった。

俺は大阪大学に通っていて、彼女広島に住んでいるのだが、暇ということでわざわざ会いに来てくれた。

こういうことは初めてだった。俺は九州田舎男子校出身で、大学に入ってからも女は怖いとか訳のわからんプライドのせいで、高校時代と変わらない色のない4年間を過ごしていたからだ。

 

自分なりにプランを考えたりして、トラブルはあったものの無事に観光を終えることができた。

そして、うちにくる流れになった。

ネット情報とかで知ってたから、そう言う事かなってちょっと期待した。でも勘違いして傷つくのが、傷つけるのが嫌だったから表には出さないように意識していた。

 

家について雑談していているうちに、彼女はベッドに横になりだした。そして隣で椅子に座る俺の手を取って「あったかいね」と言った。

少しして、ツイッターで以前話してたAVの話になった。片付けでいらなくなったAVを破棄するからツイッターで欲しい人を募ったら、彼女が"欲しい"とリプを飛ばして来たのだ。そのまま、それを一緒に見ることになった。

 

しばらくして彼女がベッドに一緒に入ることを誘って来た。そして「いやらしいことしちゃダメだよ」と付け加えて来た。

「しないよ」と俺は答えてベッドに入った。

 

女と二人で横になることも初めてだった俺は、それだけで心臓が張り裂けそうだった。もう絶対そう言うことだと思った。拗らせすぎた俺にもそれがわかった。

でも手は出せなかった。

やった後に彼女との関係はどうなるのか、自分彼女のことが好きなのか、友人との関係はどうなるのか、そもそも本当にやっていいのか俺の勘違いじゃないのかと思うと、もう頭と心が追いつかなかった。

本当に自分が情けなかった。

 

 

この一ヶ月間、そのことで頭がいっぱいだった。

今まで雨垂れが穿いていた石に滝が降ったような経験であった。

結局俺は変われないのか、臆病者のままなのか、女性経験に限らず人生のあらゆる場面において逃げてしまうのかと思うと、とても泣きたくなった。

もちろんツイッターにそんなことを吐き出すわけにはいかない。だからここでこうしてひっそりと吐き出しておく。

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