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はてなキーワード: 若者とは

2018-02-19

若い子ほど、男女差気にせず「教えてください!」って言ってくるのよねっていうけどさ

それにしてもすごいなーと思うのが、おっさん連中は「おんなのくせになまいきだ」って態度丸出しなんだけど、若い子ほど、男女差気にせず「教えてください!」って言ってくるのよね

未来はまだまだ捨てた物じゃないね

ここ年取ったら変わっちゃう部分だからあんまり若者に期待しない方がいいよ。

そのおっさん連中も若いころは相手にこだわらず熱心に学んでた人たちなんだ。

人間は変わっていく生き物なんだ。

小説"火花"が素晴らしい文学作品である理由

火花出版されてから3年近く経ったようだが、読んでみた。

結果、素晴らしい文学作品だと感じた。その理由文章にしたくなったので、筆をとってみる。

まず、僕が思う"文学"という言葉意味を紹介したい。

文学という言葉は広く使われていて、人によって認識が異なる。

また、文学意味定義認識していないのにも関わらず、「文学香りがしない」などという人がいる。

自分スタンスを明らかにせず、批評するのは誠実ではないと思う。

僕は"僕の文学"を明らかにして、火花を絶賛したい。

僕の文学定義は「個たる人間の根源においてその社会世界宇宙とのつながりを全体的に把握しながら、人間であることの意味認識してゆこうとする言葉作業」だ。

ゲド戦記 影との戦い岩波少年文庫)のあとがきから頂戴した。僕が思う文学を一番的確に表す言葉だ。

この言葉の補足をしよう。

文学に置いて、個人主義思想は最も重要トピックの1つだ。

夏目漱石私の個人主義を読んだ事がない人は読んで欲しい。定義では、「個たる人間」で表現している。

個人主義思想を得た人間社会世界と衝突する。

文学の1ジャンルである教養小説において、それは顕著だ。

教養小説は、簡単にいうと若者社会の壁にぶつかりつつ、自我に目覚め、他者を認め赦していく小説だ。自己形成小説とも言われる。

社会世界とのつながりを全体的に把握」「人間であることの意味認識してゆこうとする言葉作業」とは上記のような事を指している。

宇宙との繋がり」は説明が難しいので、省略する。

"火花"は「個たる人間の根源においてその社会世界宇宙とのつながりを全体的に把握しながら、人間であることの意味認識してゆこうとする言葉作業」にあてはまるだろうか?

答えはYesだ。

実例を出して説明する。

文章文庫火花文庫版が手元にあるので、ページ数はそちらを参考にして欲しい。

・21P

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まりな、欲望に対してまっすぐに全力で生きなあかんねん。

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神谷さんの生きる理由。そして人間である意味を表す言葉だ。

堕落論坂口安吾)では、"生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか"という言葉がある。

神谷さんは"生きよ堕ちよ"を実践した人だ。

社会の通例に囚われず、自己を見つめた人だ。

・60P

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確固たる立脚点を持たぬまま芸人としての自分形成されていく。

その様に自分でも戸惑いつつも、あるいは、これこそが本当の自分なのではないか右往左往するのである

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夏目漱石私の個人主義やそれに関する作品群を思い浮かべた。

火花徳永自己形成物語だと思った。

その自己形成に、神谷さんが深く関係している。

・153P

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神谷さんから僕が学んだことはことは、「自分らしく生きる」という居酒屋の便所に貼ってある様な単純な言葉の、血の通った劇場実践編だった。

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徳永個人主義思想を得た事を示す言葉だと思う。

・155P

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もし、世界漫才師自分だけやったら、こんなにも頑張ったかなと思う時あんねん。

周りに凄い奴がいっぱいいたから、そいつらがやってないこととか、そいつらの続きとかを俺たちは考えてこれたわけやろ?

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神谷さんの社会世界との繋がりを認識させてくれる言葉だ。

そして、文学的意味での繋がりを感じさせてくれる。

彼は実生活ベースでの繋がりについては、きちんと認識できない人だ。

生活ベースでの繋がりとは、社会ルールなどを差す。

物語後半、神谷さんはジェンダー論を刺激する様な行いをして徳永に怒られる。

火花は、文学的意味人間的だが実社会に馴染めない神谷さんや、芸人社会を中心とした現代日本社会を通して徳永自己形成する物語だ。

ここでいう自己形成とは、神谷認識していた文学的な繋がりと、実社会における繋がりどちらも差す。

現代日本舞台社会と折り合いをつけつつ「自分らしく生きる」事を示してくれた。

そんな価値提供をしてくれる傑作なんだ。

2018-02-18

anond:20180217043552

公共空間であっても、許されないのは不当な制限差別であり、現実差異に基づいて合理的制限を加えることは、差別とは言わない。

であるなら女性専用車両は男女の痴漢被害の深刻さの違いという現実差異に基づいて男に合理的制限を加えているだけだから差別とは言わない。

わずか一両の女性専用車両以外の車両を利用出来るのに男が公共交通機関から排除されていると言う事実と異なる嘘や、一級国民と二級国民世界だなどと言う個人的主観根拠合理的ではない制限などと感情論を吠えているだけ。

あと、統計根拠区別たからと言って必ずしも差別になるわけではない。

統計根拠区別したら必ず差別になると言うのなら統計的に考えて体力のない老人や妊婦障害者を優先的に座らせ、若者や健常者を区別する優先座席だって差別になってしまう。女性専用車両だってこれと同じようなものだろう。

反対派が「優先座席だって若者差別だ!健常者差別だ!」と喚くのならそれは勝手だがそんな主張をしているから誰から相手にされず女性専用車両はなくならないとしか言いようがないなw

投票権推定残り寿命によって重み付けしちゃダメなの?

たとえば

若者Aの推定残り寿命 :60年

年寄りBの推定残り寿命20

だとしたとき、AとBの投票に同じだけ効力を持たせるのはフェアじゃないと思う。

なぜならその結果進められた政策やらの影響を受ける期間が違うわけだから

投票の結果に対して60年の命は20年の命の3倍影響を受けるなら、フェアにするためにはそれを投票権に反映すべきじゃない?

2010年代日本ファスト風土問題

2010年代以降の日本において、IT携帯端末が整備されて社会情報化し、日常生活携帯電話パーソナルコンピューターユビキタス機器ロボットAIといったハイテク機器が立ち並んだことによって日本社会は壊滅的な打撃を受け(例えば団塊ジュニアファミコン世代プレッシャー世代ゆとり世代趣味の違いぶり)、このような変化(ファスト風土化)は以下のような悪影響を及ぼしているという。

ゆるキャンポプテほどイキリオタクを呼ばないでそこそこ盛り上がっているのはそれはそれで嬉しいのだが

若者ポプテに夢中なのを見るとやはりアウトドアという趣味おっさんのものなのだなあと感じる

女性専用車両痴漢対策にはなっていない

痴漢被害に遭いやす女子女性専用車両誘導していない時点で、痴漢対策として成り立っていない。

若者から老人までの全ての女が乗車できている時点で痴漢対策にはなっていないよね、あれで痴漢対策であると言われても「信用できるか」と言いたくなる。

それに、女性専用車両以外の他の一般旅客車両に乗っている女の痴漢被害リスクが低減していない。

実際に女性専用車両という名前一般旅客車両に男が乗ってみると、男性嫌悪感情を発露することしか生きがいのない頭のおかしい女ばかりが言いがかりを付けてくる。

男に対して不満のある男性嫌悪女を増長させることしかできておらず、男女間の相互不信を煽っているだけ。

それから女性専用車両には運用時間帯だけの女性向けの広告が設置されている。本当に痴漢対策であるなら、こんな便乗の仕方はおかしいよね。

結論としては、女性専用車両男性嫌悪感情を煽るだけの男性差別的なシロモノに過ぎない。

メランコリックな夜

羽生くんが金メダルを取った。

感動と興奮とが一気に押し寄せ、それと同時に無事滑り終えた安堵感が綯い交ぜになり、私は感極まってしまった。

彼のファンなら皆、彼の演技を祈るような気持ちで見ていただろう。

私もその一人だ。

ファンではあるけれども、フィギュアに詳しくない私はアクセルフリップの違いもよくわからない。

そんな中途半端な私にも見終えた瞬間に「素晴らしかった」と思える演技だった。

表彰台笑顔で上る彼を見ていて湧き上がるのは感動、興奮、安堵の感情

そして、私はその裏にある自分のもう一つの感情に気づいてしまう。

憂鬱である

彼はソチから4年間、絶対王者としての意地、国を背負うという重圧、様々な葛藤の中で選手としても、一人の人間としても大きく成長し、今日私たちを大きな感動に包んでくれた。

彼の4年間は間違いなく波乱に満ち、また誰よりも努力した濃厚な時間だったことは容易に想像できる。

私の4年間は。

私の4年間、あのソチからの4年間。

あの頃大学生だった私は、今、「自分の夢を追う」という名目フリーターという心細い身分を自ら選択し、人生迷路に絶賛迷い中である

人に誇れるものでもなく、かと言って破滅的というほどでもなく、惰性的に夢を追う若者ありがちな堕落した時間を送ってしまっている。

羽生くんの演技による興奮なのか、自分の不甲斐なさに対する憂鬱からなのか、私は真っ暗な布団の中で時計が深夜3:00を過ぎても眠ることが出来ずにいた。

眠れないまま布団の中にいると、脳内走馬灯のように私の4年間のなかの少し印象的だった出来事や思い出なんかが駆け巡る。

そして、私は一つの出来事を思い出す。

大学進学とともに東京に出てきた私が、少し東京という街に慣れ始めた頃。

私は友達とともに有名大学の文化祭に足を運んだ。

自分大学とは違う、歴史的な校舎の作り等に感心しながらなんとなくお祭り気分を堪能していると、ふと見知った人の顔が目に入った。

Aくんだ。

高校一年生の春から夏へと季節が移り変わる頃、「ねえ、Aくん、増田のこと好きなんだってよ」と人づてにAくんの名前を初めて聞いたのを覚えている。

私はその時、Aくんの名前と顔も一致せず、「誰か知らないし、話したこともないし、なんかの間違いなんじゃない?」みたいな返事をしたのを微かに覚えている。

自分で「間違いなんじゃない?」なんて友達に言っておきながら、私はそのAくんの苗字を忘れられず(Aくんはちょっと珍しい苗字だった)、頭の片隅になんとなくそ苗字が引っかかっている状態が続いた。

次にAくんの名前を聞いたのは、同じ高校に進学した幼なじみからだった。

一緒に文化祭自由時間のんびり過ごしていると「Aくんって知ってる?」と突然聞かれた。

名前だけしか知らないので、「知らない」と答えると、「ジャニーズの〇〇くんにちょっと似てるんだよ。あっ、ほら、あの人」と控えめに指さす。

指の先には確かにちょっとジャニーズの○○くんに似てると言えなくもない男の子が歩いている。

私自身、あまり惚れやす性格でもないため「あの人かー」という感想以外特になかったのだが、それでもやっぱり高校生なのでちょっとキドキしたりして、勘違いかもしれないのに馬鹿だなとか思ったりして――。

でも、なんとなくAくんも私を意識してるような気もして――。

なんだかんだ廊下ですれ違ったりするとき意識してしまったり、今考えても自分の単純さに呆れる。

国語テストの成績上位者の紙で名前前後に載ったり、何度か運命的な(?)出来事もあったりしたものから余計彼を意識するようになってしまったのかもしれない。

ここまで読んでくれた人はこの後、高校時代、私とAくんが付き合う展開が待ってると思うかもしれないが、私とAくんはなんとその後、卒業まで一言言葉を交わさなかった。

現実少女漫画のようにいかないらしい。

そんなAくんがたまたま行った大学文化祭ギターを持って少し目の前を歩いている。

見間違いかと思ったが、向こうも私に気づいたようで、こちらを注視しており、私は謎の気まずさと恥ずかしさとで完全に見ない振り。

私とAくんが通っていた高校東京とは縁もゆかりも無い田舎だった。

そんな田舎高校しかたことがなかったAくんが目の前に、東京に、たまたま来た文化祭にいる。

私も相当に驚いたが、Aくんも相当驚いたのだろう。

しばらく物陰からAくんの視線を感じた。

それでも気付かないふり――。

だって、話したことないもん。

深夜3:00、羽生くんによって開かれた記憶の扉によって、私は一つの衝動に駆られる。

「Aくんが今どうしてるか知りたい!!」

喋ったこともない相手の近況を知りたいなんて、私とストーカーの違いって果たしてなんだろうと一瞬踏みとどまるもやはり衝動はおさまらない。

真っ暗な部屋で布団の中からスマホに手を伸ばす。

Google検索欄に入力しようとして、我に帰る。

「Aくんの下の名前ってなんだっけ?」

国語テストの成績表で私の名前の上にフルネームで載っていたのに……。

なんだっけ……。

正攻法じゃわからないと考えた私は次に検索欄に Aくんの苗字+自分の母校+彼を見かけた大学名 を入力

すると簡単にヒットした。

彼のフルネームがわかったところで、またGoogle検索

すると彼がバンドマンなこと。

ライブをちょこちょこやっていること。

音楽に詳しくない私でも知っている大きなフェスの小さなステージに出たこと。

そんな情報ポロポロと出てきて、「頑張ってるんだな」と笑みを漏らすとともに、湧き上がる一つの感情に気付く。

そう、憂鬱である

Aくんもまた、夢に向かって4年間駆け抜けてきたのだろう。

それに比べて私は――。

言ってしまうと、私も全く頑張っていなかったわけじゃない。

私の夢を叶えるべく、その道のプロとなんとかコネも作ったし、その人たちに評価されようといくつか作品も作った。

でも、プロにかけられた言葉非難の嵐で、私はプロ評価される度に夢に対する熱意、情熱を失い、失速していった。

夢にほんの少し近づいて持った感情希望なんかじゃなく、絶望だと気付いた時、私は精神バランスを崩しやすくなり、自分の弱さにまた失望した。

ここ半年作品を作ることもできず、ただただ漠然とした不安単純作業非正規労働で埋める毎日

そんな自分が情けなかった。

そんな私には最近、昔好きだった、自分が憧れていた作品をもう一度見返す機会があった。

久々に心を揺さぶられた。

もう一度、いや、何度でも自分の夢に再挑戦したい。

そういう気持ちがふつふつと湧いてきたのだ。

僅かな希望を胸に抱いたところで、私の人生のちっぽけさは変わらない。

メダリストとは月とスッポンの差だし、駆け出しのバンドマンの足下にも及ばない。

皆それぞれ、人生をがむしゃらに走っている中で私が歩みを止めてしまった4年間。

その4年間を悔やむとともに、彼らの4年間を讃えたいと思うこの感情を色で表すと、きっと夜明け前のような仄暗く、それでいて深い青と紺を混ぜたような色なんじゃないかと思う。

それぞれの4年間に想いを馳せる夜。

そんなメランコリックな夜が今、明けようとしている。

少子化の原因ってさ

色々あるけど、「大抵の企業において総合職は転勤が当たり前」ってのもありそう

いま大学三年で恋人とは結婚を前提に付き合っているのでお互いに転勤がなく奨学金を返せる程度の給料を貰える会社を探そうとしているけどなかなか難しい。本社が1箇所だけの企業は確かに存在するんだけど、とにかく探し出すのが難しくて、就活サイトで「☑転勤なし」とか勤務地の絞込みとかできないし、そういう企業へのニーズ絶対にあるはずなのに無視されている気がする……自分みたいに実際に必要があって探してるならまだいいんだけど、まだ人生計画が定まってない人はせっかく就職できても安月給の上一箇所に定住できないような状況だと若者達は結婚はおろか恋人を作ろうという気すら無くなってしまうのでは?

夜中まで就活のこと考えていたらちょっと腹が立ってきたから吐き出してしまった、すまん。

anond:20180218001643

そんなこと言われてるの?

シンプル絶対数そもそも圧倒的に少ないんだよ

俺はアメリカしか知らんけど、電車でぎゅうぎゅうってことも少ないぞ

隙間だらけの電車痴漢なんて起きようがないからな

多分、起きるとしたら酔っ払いやいきった若者グループちょっかいかけるタイプのやつで

日本とはちょっと痴漢性質からし全然違うと思う

2018-02-17

リベラル教育結果的ウヨくてミソジニー若者が増えた以上

から体罰詰め込み教育再開して

ちゃんとした人間を育てる必要があると思う

 

やっぱり、子供は甘やかすべきではない

現実の厳しさを教えて

バカげたファンタジーを夢見ないようしつけよう

女性専用車両優先席

基本的善意で成り立ってるものなんだから、優先される側が威圧的になったら上手く回らないのは当たり前

優先席から譲って当たり前みたいな横柄な態度を年寄りがとってきたら気分悪くする人も多いだろう

それと同じで、女性専用車両男性が乗り込んできたからって、ヒステリックに喚き立てたら反感買うに決まってる

あいうのは女性専用車両というシステム上のエラーなんだからほっときゃいい

別に1人2人男が乗ってようが困りゃしないんだから

優先席若者が座ってるからっていちいち駅員呼ぶ年寄りなんかいないだろ

それと同じだ

anond:20180217202604

そうかー。俺もなんかおかしいと思っていたんだよな。韓国もひょっとしたら老人たちが騒いでるだけじゃないかなって。

若者にはそうならんようになってほしいな

anond:20180217103901

アメリカ移民労働力として欠かせないし

民族排斥は忌むべきことだと言えるけど

じゃあ果たして

日本男尊女卑思想につける薬はあるのかな?

 

ゆとり教育でどんなに子供の頃から男女平等唱えても

結局痴漢セクハラも無くならなかったし

しろ若者ほど萌えアニメやら反ポリコレコンサバ支持と

教育真逆思想身に着けちゃってるよね?

 

まさに平等教育されたはずの世代が率先してやらかしてるんじゃ

もはや男の先天的欠陥を疑って

すみ分けるしかないのでは?

何が起きても自己責任だろ

仮想通貨ブームに乗っかって詐欺っぽいセミナーとかやってんだけどさ、バカ若者とか冴えない中年サラリーマンとかボケ老人とかが来るのよ。

俺が適当に、今がチャンス!大衆が買ったときに売って、売った時に買おう!草コインで一発逆転!まだ誰も注目してない仮想通貨を買おう!(これで俺たちが作ったゴミコインを買わせる)

っていうと何も考えないで疑うこともしないで買うんだよね。  

あいつらってさ、自分で考えないんだよね。人の言ったことを鵜吞みにしてんの。なんかの障害なんじゃないかなと思うよ。 

んで、損したら加害者せいにすんだよな。なにが金返せだよ。お前が勝手に買ったんだろ。

はー。いい加減気づけよ。うんざりだわ。そんなんだから騙されんだよ。自分人生に起きたことは全部自分が悪い。俺みたいな加害者のせいにすんなよ。加害者気持ち考えろよ可哀そうだろ。本当に気分が悪くなるわ。

被害者は、おとなしく泣き寝入りするか、首つって死ねよ。

常識

最近若い奴は.....なんて言うと自分も歳をとったなぁと思うが、いや最近若いモン、特に自分の知ってる若者はきちんと挨拶をしなくてびっくりしている。

まずそもそもおはようございますとかお疲れ様ですなどをいうことが少ない。

しかも言っても相手の目を見ていないことが多かったりとか、首を傾げたくなるようなことばかりだ。

いやいや、老害だなんて言わないでくれよ。

あなただってそんな塩対応されたら嫌だろ?

人が嫌がることはしちゃいけない。

お母さんに教わったでしょう。

常識ってのはもちろん変わるものだが、そこはどうなんだい?

変えなくていいんじゃないかい

どうだい、若者よ。

2018-02-16

ネット老人

20やそこらでもやたら昔のネットの話をして、「若い人」にネット老人だの老害だの扱われてるらしい人をネットではよく見るんだが

じゃあネット老人じゃない人ってのはいくつなんだ?十代か?十代といってもハイティーン文化新成人やそこらと大差はないだろうし

現実的には十代中盤以前しか若者とみなしてもらえないってネット社会厳しすぎでは

 

と思ったけど、下手に昔からネットやってる若者より、ネット利用者層の広がりによって最近ネットを始めた高齢者のほうが、ネット世界では老害性が薄いということなのかなあとも思った。

ネット歴の長い「老害」な若者と、ネットを新しく始めたフレッシュ高齢者という構図があったりするのかもしれない。

もう車両は年齢で区別すればよくね?

性別関係なく。1車両目→アンダー35歳の車両、2車両目→オーバー35歳みたいに

これで少なくとも若者キモイおっさんから痴漢されるトラウマ事案は防げる

年齢偽って若者車両に乗車した完全におっさんだろな奴はジロジロ見られて監視されることになる

妖艶な女性への痴漢はかなりリスクが高い

容姿に加え知性がプラスされるので若者より声上げるだろう恐怖から躊躇せざるを得ない

隣席が同年代なら密着して座った時の不快指数も少なくて余計な気を遣わず済む

学生時代は酒臭いおっさんや化粧臭いおばさんが隣に座ると萎え

今はお酒臭が強い男性が隣だとそんな時もあるよなと思うし

化粧臭が強い女性が隣だと気になる人でもいるのかなと思う

そして隣が若者だとなんだか申し訳ない気持ちになる

一方がすし詰めで一方がガラガラとかそもそも年齢差別可能性もあるが

それは各都道府県人口ピラミッドに応じて区別する年齢を定期的に調整していけばいい

色々考えたけどこれがベストだと思う

2018-02-15

フランス少子化改善について知ってることを書いていく

ソースは見失ってるのも多いのであくまで噂話程度と思って下さい。

トータルで考えると、世間で一人前と認められるようになるためにパックス使って一緒に住みはじめて、セックスしてたら子どもが出来て、とりあえずの権利保証はしておきましょうっつってパックス組んで、色んなことを二人で経験して乗り越えて心の絆が深くなってはじめて結婚する。っていう流れで出生率改善している。知ってる人は知ってると思うが、スウェーデンも大差ない。

こうやって考えると、フランスでの出生率改善日本じゃ全く参考にならない。参考になるのはイギリスくらいなのがなんとも言えぬ絶望感。

魚久という旅館があった。

「点と線」舞台になったような町に、魚久という割烹旅館があった。

木造の3階建ての本館とその隣に同じく木造で2階建ての別館。

別館の二階からは、そのころはまだ干拓前で、

障子の向こうには海岸線が広がっていたそう。

明治の頃から、旅に祝い事にと、人々の色々な瞬間を見てきたその旅館は、

戦争の頃には、旅立つ若者を送り出す宴なんてのもしていたそうで。

それから少し時代が経って、

海岸線だんだんと遠くになってしまって、街の景色も変わっていって、

ある時、隣の醤油屋の煙突の灰のくすぶったのが原因で本館は火事に見舞われて。

どうにか別館だけは残ったものの、割烹旅館廃業してしまった。

残った建物は、

部屋はたくさんあるものから女子学生下宿なんかになったりして、

そのあとは、時計修理の修行を終えた若者が新しく店を出したり。

それから40年、その若者はそこで家族をつくって、そこに住むようになって、

旅館と呼ばれていたそれは、面影だんだん薄れて、家となった。

そして、その家も、数年前に街の区画整理で、建物としての幕を閉じて。

ただの広めの道路になってしまった。

やもすると、ここにそれがあったなんてことは、

あと一世代も廻れば誰も覚えていなくて、

そもそも、それが昔々は旅館だったんだなんてことなど、

本当に誰の記憶にも残っていないんじゃ?と、ふと。

でも、言われてみれば、建物の一生なんて、いろいろな人の人生を見守りこそするけれど、

人の記憶に長く残る建物なんて、由緒あるほんの一握で、手からこぼれたものたちは、

だんだんと覚えている人も減り、最後には誰の記憶にも残らないものになるのだろうな、と。

ただ、その、一握にまではならなくとも、

これを読んだあなた記憶の端に、少しの欠片でも引っかかっていてくれると嬉しい。

ライブチケット当落SNS上で起きる

チケ落選者と当選者の言い合い

当選者同士の席差で言い合い

おかげでブロックやアンフォローが増える増える

でも、自分の席晒して自慢する馬鹿って、他でもバカだろうから早めに縁切れて良かった

若いから仕方ないとかいう奴も居るけど、若者全員そんな馬鹿じゃないぞ

2018-02-14

anond:20180214141621

「年を取るにつれて誰もが生産性を下げて社会お荷物になっていく」という前提があり、リスクから回避のためにも寛容さが必要だと思います

ネットアクティブ若者が数十年後に同じような速度でネット情報収集できるかというと、無理だと思います

anond:20180214140046

言っていることはわからないでもないけど、全くそうは思わないな。

頭の固いおっさん・おばはんが足を引っ張っていることで社会生産性を低下させているのは事実

ネットに触れる暇は若者だけの特権ではない。誰にだって時間はある。

自らの責任で頭が固くなったおっさん・おばはんを擁護する気は全くない。

しろ日本は頭の固いおっさん・おばはんに優しすぎる。例えば「確定申告ネットだけでしか受け付けない。質問ネットだけで受け付ける。申告できなかったらペナルティを課す」くらいに厳しくなってもいいと思う。そうなれば頭の固いおっさん・おばはんも一生懸命勉強するだろ。

おじさんおばさんにもっと寛容になるべきではないか

「今の世の中の常識がわかってない」「時代遅れおっさん」という批判がよくネットに溢れており、そうした人へは厳しすぎるほどに厳しい批判が向けられる。(おじさんと同様におばさんにも大概な人がよくいるのだが、おばさんは無視される傾向にある)

だが、ちょっと待ってほしい。

それは頻繁にネットを見て情報収集に明け暮れる暇があり、たまたまそういう情報に触れた人にとっての「一般常識」ではないだろうか?

「私はおっさんおばさんだけど、ちゃんと今の常識についていけてます」という人がいるのなら、なぜ遅れている者への配慮がないのだろうか?

君たちは一回り下の世代の「常識」がわかるだろうか?

50代にとっての40代40代にとっての30代。30代にとっての20代20代にとっての10代。

世代10年近く違うだけで、全く「常識」がわからないのが普通だろう。

まり世代が違う人への寛容さがあっていいはずなのである

常識というもの世代を超えたものとして存在すると思われがちだが、現にこうしたある年齢層以上には無い常識という考えがある。

それはつまり常識には世代ごとの隔たりがあると言っているようなものだ。

おっさんおばさんが若者へ向ける不寛容さ、若者おっさんおばさんへ向ける不寛容さ。そのどちらも同質のものである

「長く生きてるほど賢くて偉い」という幻想などとうに無くなった時代からこそ、「年上のくせにこんなことも知らないのか」という偏見も打倒されるべきなのである

「これだから若い奴は」が叩かれてきた流れと同じように、「これだからおっさんは」という人が人を冷酷なほど厳しく批判できるような断絶を見逃してはならない。

トラバで指摘されて気づいたが、はてな村でも近年頻繁に「若者の間で常識的ネット情報を知らない」という老化現象が起こっている通り、年を取るにつれて情報収集速度の低下が見られるので、いつまでも人は昔のような速度で情報収集情報処理ができないという問題があります。誰もが一瞬で時代遅れとなりうるほど情報の速度が上がっている時代、老化し始めたネット第一世代にもこういった寛容さが必要になってくるのではないでしょうか。

あとネット特有問題として、ツイッターはてブもその他のサービスもいつ無くなるのか判らないという問題があり、そういうハブが無くなった場合、これまでのような常識を振りかざすこともできなくなるでしょう。その時必要になってくるのも寛容さなのです。

2018-02-13

最近葬式ゆとり化が酷い

 今日会社の同僚の親戚の葬儀に出席した。血縁関係交流もまったくない赤の他人葬儀であったがやはり人の死というのは悲しい、喪主の別れの言葉に思わず大粒の涙を流してしまった。

私は赤の他人であろうが葬儀ときは毎回必ず泣く…。

しかし周りを見ると若い連中は涙を流さず早く葬儀終わってくんねーかなぁという表情。これがゆとりかと感じた。

 人を殺すゲームアニメ漫画が溢れ人の死というものに抵抗を感じなくなってるのか?それでも人の死に涙を流さな若者に異常を感じた。

 この葬儀神式で行われたが二礼二拍手一礼をしなさいという立て札が堂々とあった。

ご丁寧に玉串奉奠のやり方まで司会がアナウンスする始末。これもゆとりか…。

 普通物心がついたこからそういう冠婚葬祭礼儀作法は親から習うもの、立て札などいらぬ。

礼儀作法を間違えたら後で家でこっぴどく叱られたものだ。

中学生までに最低仏式神式キリスト形式は覚えるもの

 だが今のゆとり若者にはそれがない。立て札やアナウンスがなければ何もできないお猿さん。

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