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はてなキーワード: 浮腫とは

2019-12-05

初めて患者さんの前で泣いてしまった話



 突然だが、私は看護師をしている。同業者ならお馴染の入院期間が長く介護度が高いとされる内科の混合病棟。そこに私は新人で配属されてから今まで4年間勤務している。日々腰痛に悩まされ、終わらない業務に鳴り止まないナースコール土地柄なのか文句を言った者勝ちだとでも思っているかの如く多いクレーム。正直、毎日疲弊しているし帰っても何もする気になれない。

 そんな私が1年目の時、先輩看護師からふと「患者さんの前で涙を流してはいけないよ」と言われた。詳しい理由は聞いていないし、正直今でもあまりよくわかっていない。調べてもみたが、『時には涙を流すことも必要ですよ』なんていう謎のカウンセリング的な言葉最後に出てくるばかりで明確な理由はわから仕舞いだった。ただ、何となく自分のなかでは「私たちプロ医療従事者として、感情を露わにしてはいけないんだ」「患者さんやその家族の方には今まで歩いてきたその人たちの人生があって、私たちが関わっているのはそのうちのほんの数ヶ月。そんな短い時間関わっただけの看護師が、一番苦しくて大変な想いをしている患者さん、家族の方の前で涙を流すことはきっと何か違うんだ」と思ってきた。

 内科系、特に私の所属する病棟は残念ながら亡くなってしま患者さんが少なくない。4年間働くなかで看取りをした経験は数えきれないほどあるし、何度も「本当に私のしてきた看護は間違っていなかったのかな」と疑問に思うこともあったし、「もっとああしてあげればよかった」と後悔もした。自分母親と年齢の近い患者さんと、色んなお話をした夜勤明けに、「また明後日ますね」なんて言いながら別れたのに、次に勤務してきた時にはその人は亡くなってしまっていた、なんてこともあった。それでも私は涙を流さなかったし、どこかで自分に泣いてはいけないんだと暗示をかけていたように思う。

 そんなある日、ひとりの患者さんが検査目的入院してきた。

 ADLは自立、今まで入院経験もなく普通に自宅で過ごしてきた60歳代の上品女性。病室は詰所から一番遠い場所で、きっとそのうち検査が終われば退院するのだろうと思っていた。入院当初に発行する入院診療計画書にも、入院期間は2~3週間と書いていたように思う。

 けれど、検査の結果すぐに治療必要である疾患が見つかり、その患者さんの入院期間はどんどん伸びていった。何号室の何番ベッドの人、と言えば全員が「ああ、〇〇さんね」とわかってしまうほど長い期間入院することになったその患者さんは、点滴、内服など様々な治療を代わる代わるうけていた。それでも文句の一つも言わず、「先生看護師さんには本当によくしてくれてるからね」といつも笑顔だった。

 その患者さんは、毎朝起きると持参の電気ケトルにお湯を入れるため給湯室までやって来る。夜勤だった私はその日、担当するチームではなかったものの偶然給湯室に居合わせ挨拶をして少しだけ給湯室前のソファで話をすることになった。

先生退院まだですか?って聞いたんだけどね、まだもうちょっと、って言われちゃった」

「色々と治療も頑張っていらっしゃいますもんね」

「もう一ヶ月になるかしら。そろそろ家に残してきた旦那のことも心配で」

旦那さん、いつもお見舞いに来てくださってますね」

「そうなのよ。何だかんだいって、心配してくれて。今までも色々と迷惑かけてるけど、まだもうちょっと、お世話になりますね」

 そんな会話をしたと思う。

 この頃、既に病名は本人にも家族にも告知されていたし、きっと自宅に帰るベストタイミングだったんだろうと思う。けれど、その主治医はその決断を下さなかった。どうして、と聞きたかったけれど、それを誰も聞かなかったし、聞いていたところで主治医は教えてくれなかったと思う。

 それから更に一ヶ月が経って、その患者さんは酸素が手離せない身体になってしまっていた。疾患そのものではなく、合併症により呼吸状態が著しく低下したことは本人にも伝えられた。ただ一つ、予後があまり長くないことだけは、家族の方にのみ伝えられたらしい。急変時はどうしますか、という質問に返答はなかった。当然だ、ほんの数ヶ月前まで自宅で普通に生活をしていたのだ、入院だって自分の足で歩いて、普通に話ができていたのだ。

 合併症治療のため抗生剤が開始となった。すると、今度はその抗生剤副作用感染症発症。個室隔離することになった。

「こんなことになって、人にうつしてしましまうかもしれないなんて、孫にうつしてしまったらどうしよう。またみんなに迷惑をかけてしまう」

 そう言いながら涙を流す患者さんに、決してあなたのせいじゃない、あなたは誰よりも頑張っていますよ、としか伝えることができなかった。

 きっとずっと前から、心は限界だったのだろう。どんどん気力をなくしていくのが目に見えてわかったし、同時に、投与する酸素の量は増えて行った。

 そして、ある日の朝。その患者さんの担当だった私は、朝の内服薬を持って病室を訪れた。おはようございます、お薬を飲みましょうか。そう伝えると、閉じていた目がゆっくりと開いた。

「もう、いらない」

 そう返された時、私はすぐにどうして、と言えなかった。いつかこうなるんだろうな、とどこかで覚悟していた自分がいたのだ。

「ずっと頑張ってきたの。それでもこんなにしんどいの。どうして?もう疲れた今日死にたい。今すぐ楽になりたい。わかってるの、みなさんには本当によくしてもらってるの。先生にも、看護師さんにも。けど、もう疲れちゃった。もう何もしたくない。お父さんも、息子も、私に生きてほしいって言うの。でも、もういい。お願いだから楽にして」

 腕や足だけじゃない。指先、眼球にまで浮腫が及んだ身体で、整わない息で、そう伝えられた時、私は溢れてきた涙を我慢することができなかった。既に投与している酸素の量は限界、これ以上の酸素化を望むのであれば人工呼吸器をつける必要がある。逆に言えば、人工呼吸器をつければ身体強制的酸素を送ることはできる。今の医療は先を望めば生き永らえることができてしまう。家族から急変時の対応に関する返答はまだない。急変時の確認ができていない患者は、原則何としてでも助ける必要がある。けれど今、この患者さんは自分意思を私に伝えている。浮腫パンパンに腫れ上がった冷たい手を握った。

「今まで頑張ってきたんですもんね。しんどかったですよね。お薬は、今はやめときましょうか」

 そう言うだけで精一杯だった。

 しばらく何も言わず、ただ黙って付き添って、患者さんの息が整ったタイミングで病室を出た。その足でトイレに駆け込んで、心を落ち着けから業務に戻った。それでもその日、どれだけ他の患者さんと笑って話をしても、家に帰っても、あの患者さんと過ごした30分程度の時間が忘れられなかった。

 それから一週間後、その人は亡くなった。私は勤務時間ではなく、申し送りでそのことを聞いた。やっと楽になれたんだね、としか思えなかったし涙を流すこともなかった。身体を綺麗にして数時間後にはお迎えがきたし、その更に数時間後には新しい患者さんがその部屋に入院してきた。自分がどこにいるのかもわからないほど忙しい業務に追われ、代わる代わる入院退院を繰り返していく中で、それでもあの患者さんの言葉が忘れられない。あの時掛けるべき言葉が、すべきことがもっとあったように思う。けれど後悔している暇もなく毎日を過ごしていて、正解がわからないままここまで来てしまっている。

 私は、もうすぐ今の勤務先を退職する。理由は色々あるし、それはあの患者さんが亡くなる前から決まっていたことだった。新しい職場は決まっていない。けれど、きっとまた看護師としてどこかの病院で勤務しているのだろうと思う。私は、看護師仕事が好きだから理不尽なことを言われるし、後悔だって沢山する。それでも、看護師という仕事が、患者さんのことが好きなのだ。もしかするとこの先、同じように患者さんの前で泣いてしまうことがあるかもしれない。プロ失格だと言われてしまえばそれまでなのだけれど、でも、きっとその時も私は後悔して、また働き続けるのだろう。結局、正解なんてないと思うから。それでも自分にできることはあると思うから

2019-11-22

過労死ってすごい

初めて過労死寸前(週20時間)まで働いています

2日で頭がぱんぱんに浮腫んで痛くなりました。

3日で姿勢を保てず座る時も何かに寄りかかっています

まりは腹筋が使えていないので声も出ません。

偉い人が話しかけてくれても立てません。

帰ったらお風呂よりもご飯よりも睡眠です。

過労死するにはまず過労死するまで働ける体力が必要だったと思い知らされました。

まぢ無理。

追記

言及ありがとうございます

お酒は才能です。

私はお酒を飲む才能がなく一口も飲めません。

お酒で体力がカバーできるならそれは生まれ持った才能だと思います

あと1日14時間×6日レベルの人、あなたみたいな人を尊敬しているんです。

私は毒ガス訓練で死ぬタイプなのかもしれません。

書き忘れていましたが生理が来ていました。

退勤するまでの間にナプキンの吸える面積全てが血に染まっていました。

過労死レベルで働くと女の人権に関わるんですね。

では膀胱炎と戦ってきます

2019-10-17

もりもりごはん

ごはん、たべてる?

おいしいよね。

心のストレスで、萎えて食べられなくなったりしてしまうことってあるよね。

食べられないと、さらに悲しくなったりする。

わたしは、仕事ストレスでたくさん食べて、また仕事ストレスで食べられなくなったりした。

まったくもう。

ちょっとだけ体が弱いから、月一くらいで病院に行くんだけど

ストレス回避法をみつけましょう」

って言われた。

これ、友達と行った占いの人にも言われたよ。

簡単に言うけど、ストレス回避なんか簡単にできないよね?

できてたら今頃この胃腸も元気だと思うよ。

いろいろ人に聞いて、少しコツはつかめてきた。

それよりも、ストレスがない人はいなかったことがわかって救われた。

後は回避大事だけど、癒すことも大事だなあ。

おいしいごはん、あったかい浴槽、いい匂いシャンプー

ふかふかの布団、浮腫んでいない足。

日を浴びること、外の匂いを嗅ぐこと。

全部1日をゆっくり穏やかに過ごすだけなんだけどね。

これだけで少しだけ心に余裕が持てて、少しのことは受け入れられるようになる気がする。

何はともあれ、体調を崩しやすい時期だから

でも、ご飯も美味しい時期だよ。

もりもり食べれるように、自分大事にしてあげようね。

いっぱい食べると幸せになれるから

2019-10-10

健康すぎて子供病気対処する自信がない

お腹は頻繁に壊すし、軽い頭痛しょっちゅうあるしたまに目眩もするし、生理の時はロキソニン手放せないけど、都心10年程接客社畜してる割にはインフルにもノロかかったことなくて、というかインフル検査すらしたことない。

逆に旦那は季節の変わり目には必ず風邪ひくし、毎年器用にインフルにかかってて、一冬で二回かかったとこもあるくらい病弱。インフルエンザ旦那と同じ家で過ごしてるのに移らない私凄いな。

そんな増田家に子供が産まれた。世間ではお母さんの勘は当たるからおかしいと思ったら病院連れてけって言われてたりするけど、私には一切その自信がない。蕁麻疹たことないし、顔も浮腫んだことないし、顔色悪いとかイマイチからいか絶対勘とか働かない。

あと今後保育園に入れたら山程の病気貰って帰ってくるんだろうけど、弱い旦那が移されたとき子供と一緒に看病する自信がない。そもそも自分健康すぎて人の看病の仕方が分からない。

2019-07-23

anond:20190723002051

会いに行け。

似たような私は、似たように会うことに後ろめたさを持ってるうちに、その子、脳浮腫で死んだよ。

生きてるなら会えるよ。

でもどうしても会えないならせめて増田も、元気でやって欲しい。

相手にとっても、かつて信頼を寄せた相手が苦しんでると知ったら辛いと思うぞ。

つーか、何よりも自分幸せ考えな。

自分幸せになることが相手への恩返しになると信じようよ、きっとそうだよ。

まったく知らない誰かだけど増田が元気であるように私は祈ってるからね。

元気でな!

2019-06-23

追記あり】太った

異常に張り出たお腹に日に日に不安が高まり勇気をふりしぼってついに体組成計に乗った

3kg も増えていた

3 キ ロ グ ラ ム も

このお腹の肉は浮腫みじゃなくて脂肪だった〜ああ〜ああ…終わった

べつに過食してたわけじゃないのに

でもBMI的には16.7だから一般的にはまだ痩せすぎなんだよな

これが噂に聞く「ボディイメージの歪み」ってやつか〜

自分ごとになると客観視できなくなるものなのね

たぶん他の人から見たら今の体型のほうが良く見えるんだろう

頭では理解できるのだけど気持ちがついてこない

自分怠惰脂肪まみれの肥満体型になったようにしか思えない

走り込んでこの贅肉をすべて燃やし尽くしたい

追記

ブコメで「わずか3kg」と書いている方がいますが、もともとの体重が40kgなので、そこから短期間のうちに7.5%もの体重が増えたってことなんです。体重65kgの人なら約5kg増えたくらいのインパクト……。

2019-06-10

就職活動をしている友人の娘に何故同じ会社20年も勤めていられたのか聞かれて普段思いもしない言葉が口から出てしまった。

「私、モノすご~く冷え性でね、普通OLの格好じゃ耐えられなかったのよ。特に靴ね。

普通スーツパンプスストッキングだと冬は耐えられない。足は浮腫むし冷え性も酷くなる一方。

今の会社は小さいところだし、別に好きな仕事じゃないけど普段どんな格好をしててもいい。

スーツパンプスは持ってるけど取引先との打ち合わせや会議のあるときしか着ない。」

健康って大事だよね。

私もきれいな靴は大好きだよ。

3E幅の楽な靴を出してるメーカーも知ってる。

オーダーメイドも試した。

でも、スニーカーを超える快適さはない。

華奢な靴や10センチヒール誕生日食事でいい店に行くとき楽器の発表会に履いてる。

年をとると足の皮が弱くなるのかすぐにベロベロに剥けて出血するので予め足に絆創膏を貼りまくって履く。

将来ナイキが見た目が本当に美しいパンプスで履き心地がエアマックスの靴を作ってくれたら毎日履きたいと思う。

楽しみにしてる。

2019-05-20

anond:20190520184307

いねぇ。生理前は浮腫むし、甘いものと脂っこいもの凄く食べたくなるよね。

チョコアイスを買ってきては?

お薬とかじゃなくて。

生理始まったら、浮腫みも食欲も嘘みたいに治まるから、少しくらい甘いものよくない?

好きな音楽でもきいて、ネイルとかで遊んでみても気がまぎれるかも。

2019-04-16

anond:20190416114342

mounding - 盛り土盛り付け。土手。また、転じて筋水腫、筋浮腫などの医学用語にも。

2019-04-01

anond:20190401173539

浮腫んでるとか?水分摂り過ぎとか??

2019-03-05

anond:20190305012732

しか見てない女性なんていない。

顔がイイ=健康バロメータではある。浮腫んでる、目が充血してる、歯抜けなどは

よろしくないでしょ。不健康もの

そりゃ、少女漫画から抜け出たような爽やかなアイドル系の男子好きな人もいるんだろうけどせいぜい10代までかショタの人でしょ。

自分人生振り返って、周囲の人たち観て、

イケメンからって人格イケメンじゃないと意味ないし

整形いってるけどそれ芸能界の話で、普通に生活してるとレフ版あてまくってドーランメイクなんて

してる人なんて電車に乗ってないよ。

してる人いても正直わからない。

お金のために云々は思ってる人はいるだろうけど。

そんなひとばっかりじゃないでしょう、対等に向き合える人がいい。

2019-02-25

健康のために

つのまにかぶつけて右肩に卵大の青タン(一週間くらい消えない💦たしかにどっかで打った)

指が超浮腫んでるなーどうしたんだろうと、触ったら激痛💦みると関節が赤紫に(今日は少しまし)

打ち身おおいなー。荷物持って歩くと、人の邪魔にならないようとか、いろいろあって

地味にどっかぶつけてるとか自分の体に圧かけてることあるので

風呂入って愕然とするんだけど、ちょっと右肩の青タン治るの遅すぎ。かなり痛い。めっちゃ深く打ち付けてるんだけど

どこで打ったのか忘れてる。きっと急いでたんだろうな。

健康のためにあしたば 飲みだしました。

水に溶くと、本気で青汁ーーーーって感じだけど

甘くない青汁が好きなので👍 かなり好き。

しろ体によさそうと思ってます

🐈

2019-02-07

anond:20190207135140

水道水で浴びるように洗って、オイルで保湿しても上手くいかない。

水泳好きだけど、泳ぐと皮ベロベロになりやすいから、多分水道水でやられてる感はある。水道水使ったあとは浴びるようにやっすい化粧水スプレーすると浮腫みも突っ張り感もヒリつきも取れる。そのあと精製ラノリンでやっと炎症気味の肌が治る。スキンケア以前に水道水や乾いた空気で炎症起こしやすい人巻き込んだような雑なアドバイス増田の話鵜呑みにするより自分の肌が刺激を感じないようにしていく方が何倍もよくなる。ワセリンは痒くなるし、水道水のあとにプレ化粧水スプレーしないと保湿だろうと日焼けどめだろうと塗って刺激感じて翌日には赤い斑点が目立ち始め、最悪軟膏よ。責任とれんのかと。

anond:20190207102211

ブコメ昆布系をやたら押してるけど、昆布は食べ過ぎるとヨードの過剰摂取とか塩分過多でめっちゃ体が浮腫んだりするから注意

2019-02-02

anond:20190201115009

以下は、カロリー計算で±0かマイナスであるという前提での話、

書かれた通りの食事内容で体重が増加するのなら、むくみをチェックしてほしい。顔がはれぼったくなってないか。ひざら下がひとまわり大きくなっていないか最近息切れがひどくなってきていないか浮腫による体重増加は馬鹿にできなくて、数kgなんてあっという間に増えるから

もし、むくみがあるようならかかりつけの病院なりに行った方が良いと思う。

2019-01-22

anond:20190122024440

甘いモノ、油もの食べたくなって、お胸が張りますよね。

そして浮腫む。始まったら痩せる

2019-01-14

anond:20190114150244

リンパの流れを良くするだけなんだし別に似非でもないぞ?

でぶい浮腫治したいじゃん

でも摩擦は手足だけにしときたいけどね

2018-11-24

anond:20181119062134

12年間つきまとわれ、差別されて。

もし逆の立場だったらどうおもうか考えてみろよ、このデブ芋女

大学卒業旅行ディズニーランド行ったらしいが、

その写真、顔は晴れてるし手足は浮腫んでるし、おまけにパンパンだったじゃねえかよw

そんなデブの分際で、

「端末が汚れるから写真を載せるな」

とか言ってんじゃねえよクソ女!

いい加減にしろ

差別発言でYahooブログが荒れたのはお前が招いた結果だわ。

そのことを反省せずに誹謗中傷を続けるのなら、ブログなんかやめちまえ!

2018-09-06

バイト日記

今日はほんとは休みのはずだったんだけど、木曜担当学生アルバイトさんが休みだったので私が出ることに。

・「休みって言ったのにママの嘘つきーぃ!!」

と泣き叫ぶ子供たちを出勤前に宥める。

「じゃあ何かいもの買ってきてあげるから

って言ったら「ママだいちゅき!きをつけてねー(はぁと」っていって快く送り出してくれた子供達。

今日はいもの相棒でなく店長と組む。私相手だと店長はほぼ一言発言しない。私どんだけ絡みづらいと思われてるのだろう。

木曜日パネェ。すごく忙しかった。

・こんな天気のせいかおでんを頼むお客様が全くいなかったのが救い。

バイトの時、いつもはピチピチのストレッチジーンズを履いて気合いと血圧をあげてくんだけれど、今日明日バイトの為にストレッチジーンズ温存。ストレッチが効かなくなったボロいジーンズを履いて行ったら、案の定脚が浮腫んだし元気もでなかった。暑くても下にストッキングはいてけばよかった。

・忙しすぎてフェイスアップほとんど出来ず。乱れた売り場はなんかむずむずする。

・超久しぶりに宅急便の受付をしたけど失敗してない自信がない。

最近のマイテーマは「背筋を伸ばすこと」。この仕事を始めてから姿勢がかなり悪くなった。レジ打ってると知らず知らずのうちに猫背になってしまう。そして腰痛に。

腰痛だけならいいけどインナーマッスル的な何かまで痛んで腹痛。

・前々からの疑問だけど、何で外国人研修生男子達はやたら水に課金するのだろう?日本水道水、そんなに不味いんだろうか?

・なお私は不味いと思うが(実家では井戸水飲んでたし)。

・慣れたけど。

・変なお客様はいなかったなぁ。

・上がる前にトイレ掃除をしてからバックヤードへ入ったらイケメン正社員氏がお着替え中だったんだけれど、普通におはよーございまーすと挨拶してしまってから、何も見なかった事にしてスルーすればよかったと思った。

イケメン氏だけでなくプロアルバイター氏もだが、女は男の裸を見てもなんとも思わないとでも思ってるのか、共有のスペースで堂々たる脱ぎっぷりで着替えるのは、やめてほしい。

2018-08-23

整形して良かったこ

目を整形した

目頭切開と埋没

蒙古ひだと戦いながらアイテープで二重を作ってた朝はもう終わった

自撮りする度に丸い目頭を見て嫌になって切開ラインを引く日々ももう終わった

浮腫みでいつものラインにならなくてそれだけでイライラして泣くような日々も終わった

部屋にアイテープゴミが散らばるのも終わった

服に失敗して剥がしアイテープがくっついてて「このまま電車乗ってたのか」って血の気が引くことも終わった

一日が終わって家に帰って鏡を見た時に剥がれかけてるアイテープを見て自分があまりにも惨めで悔しくなる日々も終わった

毎日毎日テープを貼っていたから瞼が荒れてたけどそれもなくなった

プールにも海にも行けないってだけで嫌いだった夏を少しだけ好きになった

好きな人の前で寝れるようになった

手術日にまだまだ残ってるアイテープを見て、ああもうこれを使う日はしばらく来ないんだ、と思ってそれだけで嬉しくて泣きそうになった

たったこれだけで私は手術をした意味がある

2018-08-05

バイト日記

というより懺悔

私がフロア作業してる丁度その時に、小学校1年生くらいの男の子お客様が売り物にイタズラをしていたんだが、一瞬の出来事だし証拠が残っていないのもあって(監視カメラにはバッチリ映ってるだろうけど、私じゃそれを男の子保護者様に見せる事が出来ないし)、注意できずに見逃してしまった。

逃げた男の子の先には絵に描いた様なDQN保護者様達がおられたので、ついプルってしまった……。

やっぱり注意すべきだったよなぁ。

それにしても、小学1年生位って、しっかりしてる様に見えてトンでもない事を仕出かすんだなぁ。しかも見事に親の目を盗むだけの知性はある。うちの子供も小学1年生なんだけど、買い物に連れてく時は目を離さないようにしよう。おそろしい、おそろしい。


今日パンものすごく沢山売れ残っていた。だがその半分は賞味期限今日のものだった。本当ならパンなどデイリー商品賞味期限の前日の夕勤が売り場から下げて廃棄するのだけど、昨日の夕勤が鮮度チェックをしなかったので、今日まで売り場に残っていたのだ。

昨日の夕勤は相棒と誰かもう一人のはず。

相棒、本当に頑なに鮮度チェックだけはしないよなぁ。

調理パン弁当おにぎり、お総菜類の一部は、販売期限(消費期限の2時間前)が過ぎるとレジが「売れません」っていうから期限切れを間違えて売ってしまう事はないんだけど、デイリー商品レジが期限を管理してないから、鮮度チェックをサボるやばいのだが。

鮮度チェックに関しては相棒はあてにならないから、私がしっかりしないと!と、使命感に燃えた。

自分の間違いを店員のせいにするお客様多い。理不尽に叱責されるのつらい。


イケメン正社員氏のドア攻撃(私がバックヤードの出入り口付近にいる時に正社員氏がいっけねー遅刻遅刻!とバックヤードに飛び込んで来て、開いたドアが私に激突するという、よくある事故)を今日は華麗に回避しかも親切にドアを開けてあげて正社員氏に感謝される私。

交替の時に正社員氏の顔を見たら、イケメン度が30%OFFになっていたので驚いた。太ったのか浮腫んだのか腫れたのかわからないが、とにかく顔がむくむくになっていたし青ざめていた。

店長とかわりばんこで夜勤してて、ついに身体を壊したのだろうか。まだお若いのに、哀れな……。

そろそろお盆休みなので、主婦人達は出勤出来ないから、その穴埋めは正社員の皆さんでする事になる。つらいな。

なお私はお盆休みもいつも通り仕事。誰かの代わりに出てくれとも言われていない。

2018-06-24

母の作ったからあげが食べたい

私の母は3年前にがんで亡くなった。まだ50代半ばだった。

ヘビースモーカーだった母が肺がんを患ったのは、まあ仕方ないことだったのかもしれないが、

驚くべきスピードでがんは進行し、病名告知からわずか1年も経たずに、母は逝ってしまった。

余談だが、母は病気がわかってから煙草を吸いたいと言っており(禁煙はしていたが)、

喫煙の習慣性、あるいは依存性は恐ろしいと思った覚えがある。

当時は正直あきれてしまった。

これは私が喫煙者でないから、彼女の心情はあまりからなかったのだろう。



病名告知の時点で、種々の抗がん剤が効かなければ、手術の適応にすらならないと言われていた。

がんだとわかった時点でもう左の肺はレントゲン上で真っ白、ほとんど機能していなかった。

この時から、本当は近い将来母が死ぬことはわかっていたのに、わたしはこのことについてきちんと考えることすらしなかった。

残された時間が短いことはわかりきっていたのに、5年後、10年後も母は生きていると信じていた。



亡くなる2か月前、母は治療してもらっていた病院退院し、自宅療養となった。

母が言うに「医者に見放された」ようだったが、これは現在のがん治療方針を考えるとしかるべき流れだったのだろう。

わたしとしても主治医に思うところがなかったわけではないが、それも仕方ないことだろうと納めていた。

とあるごとに、母はこのことについて主治医に恨み言のようなものを言っていたが、そうだね、としか返せなかった。

一人暮らしをしていたが、父や兄弟からヘルプがあり、仕事を辞め、実家に戻って母の介護をすることになった。

少し回復しては悪化し、またそれを繰り返し、だんだんと母はできることが少なくなっていった。

呼吸が乱れて大好きだったお風呂に入れなくなった。

歩けなくなった。立てなくなった。座れなくなった。

トイレにも行けなくなり、オムツになった。

スプーンすら持てず、自分では食べられなくなった。

オムツを変えて、体を拭いて、食事の介助をして、いつも母の隣にいた。

浮腫がひどく、水分出納バランスを見なくてはならないときにはバルーンカテーテルも入った。

私は看護師だが、所属が全く違うために寝たきりのバルーンはすぐ詰まることすら知らなかった。

母はバルーンが嫌で、少しでも違和感があると、流出問題なくてもカテーテルの交換をしてほしがった。

ほぼ1~2日おきだったと思う。

訪問看護師さんに頼んで、バルーンキットを何個か家に置いて行ってもらっていた。

母にバルーンを入れるなんて、看護師になった当初は想像もしなかった。

夜中は背中が痛むといって隣で寝ている私にさすってくれないかと頼んだ。一晩に何度も何度も。

さすがに私も眠くて、いら立って「もういい?」と言ってしまう夜もあった。

はいつも「ありがとうね」と言っていた。



でもそんなこと、何度だってしてあげればよかった。

死んでしまったらなにもできない。

母が好きだったもの、したかたこと、なんでも話せばよかった。

母の声はどんなだったかときどき思い出さないと忘れてしまうのが怖い。

母が何を好きだったのか、どんな夢があったのか、なんとなくしか知らない。

できないことが増えていく母がどんな思いだったのか、きちんと聞けばよかった。

あんなに一緒にいたのに、看護師なのに、

母に何もできなかった。

本当に親不孝な娘だ。



私は小さいこから母が作るからあげが大好きだった。

そのレシピは、地元スーパーにおいてあったチラシに書かれていたもので、

中濃ソース醤油ケチャップなどで味付けがしてあった。

一人暮らしをして以降、実家に帰ると必ず母はからあげを作ってくれた。

母が自宅療養となって、あるときこのからあげのレシピを教えてあげる、と言った。

自分はもう作ってあげられないだろうからと。

縁起でもないといって私は聞かなかった。

あのとき素直に聞いておけばよかった。

もう母はいない。

夢に出てくる母はいつも病気になる前の、元気で働き者の母の姿をしている。

病気になったのは夢だったんだな、よかった、と思ったところで起きる。

そして、もう母に会えないことを思い出す。

もう一度母が作ったからあげが食べたい。

時間が悲しみをいやすというが、あれは嘘だ。

いつまで経っても悲しいままだ。

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