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はてなキーワード: 継承とは

2019-05-24

明治天皇の子関係がなんかすごかった

なんとなくニュース天皇家の世継ぎがどうのこうのいってたので、ふとwikiをみてみたらなんかすごかった。

奥さん皇后)との間に子供がいなくて、5人も側室がいたんだけど、5男10女いて、成人した男は大正天皇1人だけ。女も4人しか成人してない。

内訳はざっとこんな感じ

すげえなあ。

当時の乳幼児死亡率とか、出産危険性がどの程度のもんだったんかよくしらないが、現代人の感覚では死屍累々だ。

これだけみると、なんか呪われてる一家じゃないかと思うくらい。

側室なしに男系継承なんてむりっしょ、と言わざるをえない。

なお、体が弱かったことで有名な大正天皇は、皇后とは仲が良かったらしく、側室も持たずに男4兄弟を設けて周知のとおり無事、全員が成人を迎えている。(昭和天皇秩父宮高松宮三笠宮)。

体は弱くても、あちらの能力はそれなりに健全だったみたいだ。

4人子供を設けて4人とも男というのも凄い。

まあ、西洋医学が入ってきてたとか、いろんな要因もあったのかもしれないが。

 

2019-05-21

anond:20190520203308

(1)「『同性婚を推進すべき』という意見に対する肯定根拠が見えない」という指摘について

増田にならって自分が指摘したいことをまとめると

◦ 現行の婚姻制度共同体の安定の機能のためなるべく「現状を肯定することを前提に」運用する

パートナーシップ制度は「共同体の安定」のために先進的な制度「の導入については慎重を期す」←同性婚は「現状」に沿った形で「現行の婚姻制度」の柔軟な運用により対応する

となる。増田意見とは結構真逆な結論になるよね。つまり増田提案する「新しいパートナーシップ制度」が、極めて近代的発想に基づくもので、それがうまく「共同体の安定」に資するビジョンが見えない、と言いたいわけです。分かりにくくて申し訳ない。


極東ブログ意見は、それこそ「(我々のイメージする近代的)家族はなかった」という話に過ぎないし、引用している本も40年ほど前の本だよね。それこそ「近代見直し」が盛んだった時代の論としてはありがちな意見だけど、その時代意見については、今となってはそれが極論に過ぎないという批判も多い。

いずれにせよ、江戸時代初期までは、日本社会の多数の庶民には、父子の関係は薄く、母子関係はあっても家族はない。

これが極めて極論であることは、たとえば古事記を引いてもいいだろう。ヤマタノオロチに娘を捧げなくてはいけない状態にあった老夫婦アシナヅチテナヅチ)を見たスサノオ大蛇退治をする、というストーリー。この人たちが当時として特異な「家族」として描かれているように読めるだろうか? むしろ普遍的理解される家族・親子の姿として描かれているのでは? あるいは「物語のいできはじめの祖」とされる「竹取物語」ではどうだろうか。「子供の出来ない老夫婦が、子供を拾って家族となる」ところから話が始まるのではないだろうか。宇治拾遺や今昔物語などを調べてみてくれてもいいが、「一対の夫婦がいて子供がいて共に暮らす」というのはむしろ多くの物語で見られる「一般的な『家族』の姿」だよ。

もちろん増田の言う「ひょっとすると近代作品が伝わるにつれて近代にそぐわない婚姻スタイルの話が継承されなくなったのかもしれない」という想像100%廃するわけじゃないけど、それを主張するなら、むしろ「確実に古代から伝わっている多くの本」に描かれたこれらの姿をどのように説明するかについての納得のいく説明必要じゃないかな。

anond:20190517084045

アマテラス女神なのと男系継承のどっちかがウソだって話。

伊勢神宮は、天照大神男神としてるから日本書紀虚偽記載してる。と思う。

神話なら、余計に原理通りの男神のはずなのに女神にしてるのは、別の力学が働いてる。

聖徳太子が廐戸皇子と言われたり、天照大神の産んだ神たちの話が、処女受胎と同じような構造なのが、キリスト教っぽくて、モヤモヤする。

2019-05-20

anond:20190520143902

増田共同体の安定の観点から結婚制度を見ているのはわかった

ただ、今までの議論では同性婚を現行制度に追加して容認する動機は見えなかった

この2本構成で行くというのなら話はわかるし、俺の理想もそんな感じなんだけど

> 少し考えて欲しいのだが、ごくごく一般的庶民が、二人も三人も嫁をもっている前提のストーリーが、古典作品にあるだろうか?

簡単に言うけど名もなき庶民結婚形態を把握するって相当むずかしいぞ

とりあえず日本実態としては

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2012/10/post-6075.html

地方領主家長として隷属民の家族形成支配していた」が正しいんだろう

これが歴史フィルタを生き残った家族形態なんだけど、今これを再現したい?

 

ちなみに古典作品庶民の複婚のケースでは狂言「鈍太郎」などがある

ひょっとすると近代作品が伝わるにつれて近代にそぐわない婚姻スタイルの話が継承されなくなったのかもしれない

2019-05-14

続・天皇の訳わかんない儀式絶滅危惧種の命<祈り?)

前回のエントリ反響があったので追記

https://anond.hatelabo.jp/20190509090034


1.税金の使いみちについて正しいのか問題

教えてくれたコメントがあったのだが、これ関係予算はだいたい300億円だそうだ。

その人に返事したつもりが、ハイパーリンクの影響で変なところにくっついてるので、ここで改めて書く。

それが天皇への「お祈り代」のギャラになってるならもはや何も言うまいだが、

だって豊作化成功効果測定なんてどうせできないし、文化継承がどうこう言ってる人は、そもそもそういう話じゃないんでしょ?)

その300億くらいって祈ってる当人の懐には全然入らず、ほぼ役人の私金みたいになってるのが納得いかん、とその返事には書いた。

ついでに

皇族自身がこの金はいらん、っていってるのに役人がいるって言うのはお前がその金使いたいからやろ」

業者の選定とキックバックの構図が目に浮かぶ

とも付け足してるんだけど、まあこのへんは、それ憶測範疇じゃんって言われたらそれはもうしゃーないけどね。

明確に右寄りの人は、宮内庁役人と彼らへの権力配分についてはどう思ってるのか途中で知りたくなったんだが、残念ながらそういう対話はなかったな。


2.絶滅危惧種の命を奪ってまで続ける必要のあるものなのか?

今回わざわざ再エントリしたくなったのはここだ。

俺もこのニュースを知ってびっくりした。

祈祷師的なことに税費が使われていることは知っていて、前回はそれの違和感を表明したものだったのだが、まさかこんなことをしているとは思わなかった。

はてなからNGを食らうっぽいのでかけないが、10匹近くのアオウミガメが今回の儀式のために●●されてるのか。

甲羅剥がして焼いて、その割れ目を見るって占いのためだけに、ワシントン条約指定動物を何匹も??

別にベジタリアンでも愛護団体所属でもないので、ある程度きれいごとじゃない部分は理解しているつもりだ。肉食うよ俺。

でも人間の業として仕方ない部分以外は、現代では下手に命を奪うべきではないんじゃないかと思う。なんなら動物実験とかも抵抗あるくらいだし。

伝統論を持ち出していた人は、この現状も仕方ないっていうのだろうか。だとしたらもう話し合ってもわかりあえない気はしている。

だってこんなん、伝統のために生き血で魔法陣書くからそのため動物の首刎ねるのはやむなし、みたいなリクツじゃん。

常々プラスチック汚染重油まみれのウミガメが死にかけてる映像見てかわいそうって言ってる人や、

猟師が獲物をとってるブログ激怒コメントをつけて回ってる人や、

象牙やら毛皮やら使うのはやめようって日々訴えてる人は是非このニュースにも抗議の声を上げてほしいと思う。


3,その他気になったレスコメント

30年に一回くらいのたまにだから別にいいんじゃね?ってコメントもけっこーあったのは驚いたな。

今回の亀のやつとかはそのくらいの頻度らしいけど、億の予算が使われてる儀式は、いつもっつーか、毎年やってるよ。大小の差はあるけど。

安倍晋三の、芸能人やたら呼ぶ桜を見る会とやらが公金で5000万円くらい使ってて、これはいいのかって話になってるけど、同じようにこっちもちょっと考えてみてほしいと思う。

あと狂信者みたいなのとか役人サイドの感情論ですよねみたいのが案の定ちょいちょい湧いてて、そういうのはさわる価値なしと判断した。

学歴コンプレックス研究概観展望津田容子)

【関心テーマ意図

日本社会は表向き実力主義成果主義を掲げつつ、未だ学歴主義体質が根強いと言われている(渡辺,2006)。そのような社会の中で、大学学者割合が初めて5割を超え(文部科学省,2009)、数十年前と比較して高学歴化が進んでいる。全入時代までは至らないが、志望大学に拘らなければ受験生の9割超が大学に進学できる時代となった。今後は大卒肩書きのみでなく、大学知名度や質を重視する傾向が強まり受験競争さらに激化するとも考えられる。ここで問題となるのが、受験という競争に伴う敗者と勝者の存在である。彼らが過剰な挫折感や劣等感、あるいは優越感に囚われた場合学歴コンプレックスとして諸々の心理的社会的な問題を引き起こす。しかし現状は、定義自体曖昧であるため、研究者独自概念言葉で当問題が扱われている。そこで、今回は心理学分野での学歴コンプレックスに関する研究に注目し、考察と今後の展望を述べることとする。

【先行研究概観

学歴コンプレックスとは、不満足の原因を自己あるいは他者学歴に関連づけることで感じる、劣等感自尊心のこと(鷲田,1995)であり、学歴に対して劣等感を抱く場合学歴への誇大な自尊心を抱く場合の2層に分けられる。両層に共通する主な特徴は、以下の3点に集約される。第1に、自己の実力不足や失敗を過度に学歴帰属すること、第2に、自己だけでなく他者をも学歴評価すること、そして最後に、学歴ばかりに囚われ学業という本来目的を見失いかねないことである。これらの根底には、学歴が高いほど将来は報われると考える「学歴社会意識」(安藤,2007)や有名大学の進学のみに価値を見出す「学校主義」(野田,1996)といった学歴志向存在が窺える。層別に見ると、劣等感層では上述の志向に加え、入試時に第1志望に落ちて仕方なく所属大学に入った「不本意入学」(伊藤、1995)がコンプレックスの主要因となっている。そして、不本意から多浪仮面浪人、退学を繰り返す再受験症候群や、国公立大の進学者優遇する国公立大学至上主義下での私大学者なども本層に含まれる。一方、誇大な自尊心層では、学歴社会の勝者であるがゆえに、学歴に比例して自己過大評価する傾向がある。その裏には人柄や実力よりも学歴イメージが先行する、レッテルとしての学歴の影響が見られる。その他、学歴に見合った社会待遇でないと受け入れられない学歴保証希求や、就職時に多い高学歴者の挫折体験等の問題も挙げられている。これらの学歴コンプレックスに伴い、失敗感、挫折からくる無気力自尊心低下、不本意感に由来する不適応抑うつ状態といった心理的問題に加え、充実感や生き甲斐の欠如、自我同一性拡散の深化など、生き方のものに関わる問題存在示唆されている。また、学歴志向や進学観が親子間で継承される(吉川,2005)ように、親子間でのコンプレックス継承家庭内学歴格差によるコンプレックスなど、個人のみでなく世代間に学歴問題が発展する可能性もある。

【先行研究臨床心理学的意義と展望

先行研究は、学歴コンプレックスを多側面から検討し、日本独自学歴観や学歴の持つ意味学歴認知思考に及ぼす影響について言及した点で、学歴問題の諸相と今後の研究可能性を提示した意義を有する。今後の展望としては、同じ状況下で不適応に陥る人とそうでない人との相違や学歴にまつわる不適応への対処法など、臨床実践に向けた研究を進めていく必要がある。

津田容子引用文献>

安藤聡一朗 (2007).学歴社会意識とスチューデントアパシーとの関係についての考察 学習院大学人文科学論集,16,137-165.

池上知子 (2004).「学歴社会」に対する意識大学自己同一視との関係 愛知教育大学研究報告(教育科学),53,79-86.

伊藤美奈子 (1995).不本意就学類型化の試みとその特徴についての検討 青年心理学研究,7,30-41.

吉川徹 (2005).7-106間移動を考える.日本教育社会学会大会発表要旨集録,(57),44-45.

文部科学省 (2009).平成21年度学校基本調査.2010/02/02情報取得

野田陽子 (1996).学歴観の構良智 (学生とその親の学歴観の分析をとおして― 淑徳大学研究紀要,30(II),87-113.

鷲田小弥太 (2005).コンプレックスに勝つ人、負ける人PHP研究所渡辺山.

渡辺良智(2006).学歴社会における学歴 青山学院女子短期大学紀要,60,87-106

引用元:東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース下山研究室 社会と臨床心理学―研究会活動から見えるその諸相―

2019-05-10

anond:20190510113728

王位安定的継承」に危機感ないのも大きいのかも。

今の日本皇室は、いろいろ話題をなげて「今後の皇室どうすんの?」ってみんなに考えてもらわないとマジ危機が訪れそうで、退位にはその辺の問題提起意味もあったような気がするが、あっちは継承者も沢山いるし、日本より安定してる。

2019-05-07

現行制度のまま皇室を維持する方法思い付いた

右翼女性天皇容認しても女系天皇を認めない

左翼天皇が生まれながら人生選択権を縛られていることを問題にしている

これらを両立して解決する方法を思い付いた

天皇家の男系精子冷凍保存して志願者が妊娠すればいいんじゃね?

 

右翼が重視してるのはDNA一貫性なんだから精子さえ保存されてりゃいいんだし

左翼自由意思女帝になりたいという人を止めたりはしないだろ、それこそ職業選択の自由だし

 

誰も志願者がいなければ皇室敬愛してる人たちがクラウドファウンディングして女帝生活保障すればいいじゃん。その値段が釣り合う数字皇室維持に必要な本当の価格だ。リバタリアンもこれで納得

 

あとは大事な皇統の精子が盗まれ悪用された場合にそなえてWTO提訴できる体制を整えときOK

[追記]

id:baikoku_sensei

それはちょっとかわいそうなんで代わりにid:baikoku_sensei冷凍保存しといた方がいいか・・・

見た目変わらないし・・・

 

id:el-condor

まれ子供皇位継承するかは成人してから本人に決めさせればいいんじゃない

まあ男児が生まれたら精通後即精子採取するけど

 

id:scopedog

国事行為冷凍カプセルにやらすんか。アラブあたりの国賓は憤慨してジハードしそうだな

(でもよく考えたら国内向け限定なら2年もしたらみんな慣れてお祭り騒ぎに利用しそう)

 

id:agricola

おー、俺の主張を先鋭化させたやつだ。

ただ、この考えはそこまで生命倫理を逸脱させてない

現行だって精子バンクドナーはどの女性に利用されるか選ぶ権利がない(いわば男性にはリプロダクティブライツが欠けている)ので

皇族侵犯される人権一般男性とほぼ変わりがないからだ

 

id:ko2inte8cu

右翼懸念は素質のない人が女帝になること?

とりあえず女帝立候補は通常の就職と変わらないんで

宮内庁あたりが採用試験すればいいんでは

女性側の血筋まで云々言い出すなら、もうY遺伝子のことは口にするな

で、

左翼懸念君主という制度自体民主主義に反してるみたいなことを言うの?

もう世の中の君主国すべて滅ぼしてから言ってくれ

 

id:mazmot

ブログ読んだ。ネックは皇位継承自由意志で選べないからってところっぽい

(なんかこの議論、究極のところ反出生主義に到達しそうだね。誰しも生まれることを選択してないのに生まれてきてしまった)

んで、この案では皇室に嫁ぐ女性けが唯一自由意志を発揮できるポイントなんで

そこに着目することで限界突破を試みてみた

[もう少し追記]

arajin

右翼DNAへのこだわりさえなければそうするんだけどなあ

death6coin

まあ国内向けなら。death6coinも被災したとき精子が励ましてくれたら心踊るようになると思うよ。日本人、慣れるから

doycuesalgoza

明仁徳仁文仁受精能力実証済みなんで行ける。これが卵子保存だと冷凍保存で能力が保たないので、男系保持の強みだと思う

ROYGB

科学がそこまで強い設定だったらクローン降霊術組み合わせて神武復活させるわ

REV

ゲノムだけ大事なくらい思い切れるなら別に精子採取しなくていいから、目と鼻洗った時に採取したDNA人間作れば手っ取り早いし日本書紀にも則してる

mouseion

安倍ちゃんってそれほど守旧派イメージなくて、バックを日本会議が支えてるからポーズとってるだけなんじゃないかとおもうんだけど。あの人が大事なのは信介じいちゃん名誉回復で。

aflat_1000dai4

まあでも正直ネタで言ってる。ごめんな。

hanyan0401

俺としては、成人が当人同士で望むのなら近親婚も多夫多妻もしていいと思うよ。

当人同士合意あるならね

同性婚認める立場人間ならここは同意見のはず

quick_past

ヒトは普通に冷凍保存して利用してるっぽいけど

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E5%AD%90%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF

2019-05-06

男系男子で継いでいくなんて簡単だろw

anond:20190506070058

21世紀やぞ!バイオテクノロジー時代やぞ!

旧宮家とかどっかの適当血筋精子提供してもらって、人工授精でも代理母でもすれば良いねんw

愛子さま人工授精そばしていただき、史上初のシングルマザー天皇継承ってのもオツかも試練ww

2019-05-02

anond:20190502143308

それってTRPGの弱点や悪い点もやはり継承しちゃってて、その最たるものGMによる強引なご都合主義システム後出しなんだよね。

TRPG場合ゲーム的なデータルールブックの形で前置されるのでそこが抑止力になるんだけど、小説場合そうも行かないので、「萎え度」みたいなものが一層悪目立ちする。これはなろう小説の一大潮流でもある「俺の考えた脳内ゲーム攻略日記系」も同じ弱点を背負っている。

それだけに「合理的で読者も納得できるような背景(ここでいうのは攻略的なデータ含む概念)」を作り上げて、その範囲を厳守して、その中でエンタメするっていう才能が作者に求められるんだよ。

小室圭君は皇族になりたいのではないか

男系男子のみが皇位継承する現在天皇制においては、民間女性皇室に嫁いで「皇族」になれるが、民間男性絶対になれない。

小室圭君の問題クローズアップされるのは、この男性差別問題を浮き彫りにしているからではないか

そもそも皇室から追い出された元女性皇族を、一般男性が引き取って養わなければならないというのも理不尽な話である

この矛盾解決するには、女系天皇制にして一般男性皇室に入る仕組みにしないと釣り合わない。

天皇権威世界通用するのは天皇が正統なユダヤ継承者だから

ユダヤの12部族は、世界中に離散した。

その一部が日本にたどり着いた。

日本神道ユダヤ教が伝承されたもの

ユダヤの他部族は滅ぼされたが、日本にたどり着いたユダヤは生き延びた。

 

日本ユダヤの正統であり、人工国家イスラエルは偽物。

日本人は大和民族出自を忘れている人が多いけど、トーラータルムードカバラを読めば、日本人ならすぐにユダヤ理解できる。

 

日本人=正統ユダヤ人だからイスラエルは作らなくても良かったんだよ。

ユダヤ人はみんな日本に集まれば良い。

もしかして今って皇太子不在?

継承問題に決着がついてないから、「皇太子」という存在はいなくなった?

2019-05-01

日本で一番多くの錯覚資産を築いているのが天皇陛下なのだと思います

 

天皇人間なので、飯を食えば糞もします。

別に神というわけではありません。

しか戦前は、天皇現人神だと洗脳されていましたが、敗戦によって人間宣言をなされました。

インターネットが普及した現代では、天皇を見て「天皇は神だ!人間じゃない!」などと騙されるアホは減りました。

 

それでも「天皇は偉い」とマスコミ宣伝しています

そのせいで、天皇錯覚資産はすごく大きくなっています

生活保護という観点でみたら、天皇ほど税金を使って暮らしている日本人はそういません。

 

anond:20190501193528

皇室典範

第1条 皇位は、皇統に属する男系男子が、これを継承する。

第2条 皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。

一 皇長子

二 皇長孫

三 その他の皇長子の子

四 皇次子及びその子

五 その他の皇子

六 皇兄弟及びその子

七 皇伯叔父及びその子

2 前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統皇族に、これを伝える。

今って第7位の正仁親王最後じゃない?最近親の系統皇族って他にいんのかな

anond:20190501095824

いま女系を認めるとなって、じゃあ男女平等のもとで継承順位はとなると愛子さまが上になってしまう。

そうすると、女性皇室を認めるか否かで、愛子さま悠仁様の奪い合いになるから悠仁様の即位後、あるいはなにかあったときに考えたらいいと思う。

天皇制自然消滅する

NHKで言ってた。

側室制度華族廃止になってるから継承者が必然的に先細りになる運命なんだって

日本の財力も無くなっていくし、ちょうどいいのかも。

2019-04-27

anond:20190426195412

小室問題の影響で最近ネトウヨ界隈では、眞子だけじゃなくて秋篠宮家の株が下がりまくりなんだよな。

反動雅子愛子の人気は爆上がり。

以前は、雅子は仮病のワガママ愛子アスペの扱いだったのに、今や愛子天皇の待望論まで普通に語られてる。奴らは小室圭の義父から小室圭の義弟へと皇位継承されるのを阻止したいらしい。

マジ凄い親子だよ、小室母子

2019-04-17

最近の若者忠臣蔵水戸黄門がわからない

って言っても、そう言ってるワイらだって国定忠治だの与話情浮名横櫛(お富さん)だのを継承してないんだよな

昔のドリフコント国定忠治ネタにしてて志村けんが演じてる動画Youtubeにあるけど、昔はああいうのが普通にコントネタとして成立してたんだなーとちょっとした驚きや。今まったく通じんやろ

ところでその志村けんだって10年後は怪しいんじゃないか。まだ動物番組あるからわかるだろうけど、10年後の若者にはつうじなさそう。今の若者いかりや長介しらんみたいに

2019-04-08

anond:20190408180028

人が動物の上に立つモチーフイルカアシカイエイヌが、けもフレ1以後の「人間がいなくなってる世界」でそれを強調されることが視聴者にとって不快で、それを書くなら悲劇性や罪悪感も書くべきだ、との主張でしたね。誤解していました。失礼しました。そうするとリョコウバトは構わないのでは。けもフレ1でもトキ絶滅していますが、人が上に立っているわけではないので問題ない。リョコウバトも同じ扱いでいいのではと思いますしかけもフレ1でカフェを訪れるフレンズは別の鳥でも良かったわけで、トキ選択されたのは何らかの意図があるでしょう。以前に書いたような「テーマとして昇華していない程度の示唆」でとどめても善いのではと思います不快になるまで強調されるならドラマに絡めて決着を付けるべきだということですね。ならばイルカアシカイエイヌでそこまで不快になるということ自体製作者の想定外なのではないでしょうか。俺もグロテスクさは感じましたが話が入ってこないほどは気にならなかったです。「そこに居心地の悪さを感じるのは当たり前」とおっしゃいましたが、監督交代のいざこざ抜きでもそう言えると断言できますか。

ヒーローがなんか技名叫んでパワーアップ」は、戦隊ものでもプリキュアでもアンパンマンでもあるので、そうそう引っかからない

これまでそういう表現が主流だったというだけです。戦闘ときに技名を叫ぶのはフィクション的です。攻撃タイミングがバレてしまうし、叫びに使うエネルギーを拳の乗せろよ、です。詳しくないのですがハリウッドヒーロー物では技名宣言は少ないのではないでしょうか。国内で閉じるローカルルールに縛られずによりリアル表現模索したのでしょう。「サーバルの目が光ると、ビーストも同じように目が光るカットがあるので、『同じ系統のパワー』に見えるんですよね。」とのことですが、同じ系統でよいと思います。常時強制的に野生部分が開放されているのがビーストだと俺は捉えてます

私の意見は「内面世界の外への進出自体は、多くの作品共通する、いわゆる「盛り上がる」部分です。ただ、その進出の仕方に、世界現実の仕組みに矛盾しない理屈がある場合と、理屈なしでイメージが直結する場合がある。ケムリクサは前者で、けもフレ2は、後者のように見えるという話です。

俺はケムリクサの最終話での細かいつじつま合わせに納得していません。「盛り上がり」とはリンが赤い木に対峙するシーンからですよね。ケムリクサでは草周りが特に緻密に組んであるので引っかかっているのかもしれませんが、矛盾していてノリで処理するの範疇に入っていますけもフレ2でのキュルルちゃん葛藤は「盛り上がる」部分ということでいいですね。とすると問題はフウチョウよりむしろ吹っ切れた後にタイミングよく飛んでくるビーストのような気がしますが… ただそこに至るまでに作品評価は決してしまっていたし、葛藤をフウチョウという便利な舞台装置で処理したところで全体がファンタジーということにはならないのでは。むしろケムリクサは柔軟性のあるギミックやしがらみのないプレーン舞台を用意していることで矛盾をでなくしているように思います。まあファンタジー蔑称ということもないのでしょうが、多くをノリで処理すべき寓話世界観というほどには、けもフレ2は堕していないと思います

1と2の共通するクライマックス部分で、似た構図の印象的なカットを出して、共通性を感じないわけがないです。そこは制作者は気づくべきです。

しかし、たつき監督けもフレ2をやっていたらそのカット問題にならないわけでしょう。監督が代わるごとに構図被りに難癖つけられるなら、正解は作らない一択ですよ。俺は野生解放こそ失念していましたが、かの名シーンの存在は覚えていて、でもその被りには気づきませんでした。観客が悪意を持ってアラ捜ししていることまで計算に入れて作っていかなきゃならないなら、アニメ制作者が家に帰らない期間は年単位で増えていくでしょう。観ると決めたら、ある程度製作者を信用することは視聴者側の責任だと考えています

視聴者視点では行動が横暴に見える」のであれば、それは「優しい世界」「癒やしとしての芸術表現」として失敗してるのではないかと思います。...(中略)...「優しい世界」というのは、面白かった作品への誉め言葉として使われているように思えます

この先奇跡的にけもフレ2の人気が反転して評価が逆転したら繰り上がって「優しい世界」になるのでしょうか。だとすると「優しい世界」は「感じが良くて人気だった」くらいの概念になってしまうでしょう。批評文脈でそのようなものを論じるのは意味がないのでは。作品制作において(俺は関係ないですが)、優しい世界を目指すというのは単に売れるよう頑張る以上のものであって、今のところは曖昧ですが、これから更に研究していく必要があるほど奥の深い領域だと考えていますけもフレ2でギスギスが解禁されたことで、G・ロードランナーやフウチョウ、イエイヌなど、けもフレ1に収まりきらなかっただろうフレンズへの間口が開かれました。そこはメリットだったのですが他方優しい世界性は減じてしまったということです。スピリットは二作品継承されましたが、休日リピートして癒やされるのはやっぱり一期ですよね。

話が前後して申し訳ないのですが、作劇論について…

ドラマとして盛り上がる重要ポイントで誤解を与えてはいけない

なるほどこれまで俺は不備を、設定の矛盾のようなものに絞っていましたが、重く捉えてらっしゃるのはプロット上の未消化や演出上の目論見の失敗、などですね。この方面は完全に素人なのですが、胸をお借りするつもりで議論に足を踏み込ませていただきます

「おうち探し」がテーマで、「仲間と一緒のここがおうちだった」に落とすためには、通常、「おうちは見つかったが、その上で、仲間と一緒にいることを選ぶ」というプロットします。そうしたほうが「自分意志で選んだ」感が出るからです。「おうち」が見付かったけど、廃墟だったとか、「おうち」側から同胞と認められなかったとかでショックを受けて、その後、決心するとかが基本パターンですね。そこが全くないので響かないんですよね。

論理同意できません。自由意思はどちらの選択をとっても自由ときにのみ現れるものです。事実上その選択しかないのにそれを選ぶのを決心するのは意思ではなくて屈服ですよ。敗北したのではなく自分で選んだと言い聞かせるために自分発破をかけているわけでしょう。けもフレ2のキュルルちゃんは諦める必要がないときに諦めの決断をしているので、そこに確かに彼女自由意志があると判るはずです。響くか響かないかは決意の重さを事前に示しているかでしょう。リリの「会えないのはもっと嫌だ!」は赤い木を生み出した(観念的な)責任彼女にあるし、あそこで「好きに生きて」などいわれて逃されて、わかりました楽しく生きますは納得感が全く無いので、戦線復帰が可能だとわかった時点で行動は一択なわけです。でもワカバとの日々でお化けになることを怖がったり、ワカバが倒れるのを心配したりしていたので、彼女自身が消えることの怖ろしさは十分に示されてる。それでも積極的に行くところに決意の強さが見て取れるわけですよね。キュルルちゃんはそれまで三人でおうちを探して旅をしてきて最後に、それがパークのどこにもなく手がかりの絵も尽きて絶望したことが示されているので、諦めるということがそれなりに重い決定であることは判っているわけです。それで充分だとは思いますが、まあ死ぬほどの重みではない。先々週にリリの決断をみているのでそこからすると見劣るのは否定できないです。

増田さんのプロット案は面白いですね… そっちのバリエーションも観たかたかも(実はプロの人なの?)。

最初イエイヌが、キュルルを、去って行った飼い主と完全に誤解している。キュルルや他のフレンズの助けで、イエイヌが元の飼い主のことをきちんと思い出す。その時、元の飼い主がイエイヌと別れた時に、安易に捨てたわけではなかったことがわかる。キュルルはイエイヌの寂しさを受け止めつつも、今の自分に出来ることはないので、別れる。一人のイエイヌの家に、他のフレンズが遊びに来る、などとします。

でもそうするとセンちゃんアルマーさんを入れる尺がなくなりませんか。誤解させるための設定も用意しなくちゃならない。というかイエイヌちゃん完全に救われちゃってますよね。このときのキュルルちゃんが横暴に見える、とまでは俺は思っていませんが、視聴者の多くはそう捉えたようです。おかしいと思わない人はサイコパスとまで言われていました。素人考えなんですけど、あそこでキュルルちゃんが(観点的な)非道を働いてしまうことには狙いがあったのではと思いますお話の上でキャラクターが何らかのミス悪事を働いて被害を作ってしまった場合、それに悪意がなくても、天災的な事故観念的な罰を受ける。視聴者の溜飲を下ろすためなのか、そういう処遇はよくあると思います。でないと消えざるを得なかったリリ・ワカバがただひたすら不遇ということになってしまう。キュルルちゃんホテルで海に落下させるためにイエイヌ回で下げたのではないでしょうか。落ちたときニコニコ動画では「ざまああwwww」が連発されましたが、あれは制作の狙いだったと考えています。そして必然的落下からのフウチョウ説教・海底火山紹介に自然につながります

肩すかしなのは、キュルルちゃん出自と、最終話に至るドラマキャラ動機等が、特に関連しなかったからです。キュルルちゃんがキュルルちゃん本人のフレンズで、疑似不老不死だったことを眼目とするなら、それが何かと絡む必要があります

キュルルちゃん疑似不老不死説は俺の自説で、そこまでの確証はないことは一応留意してください。むしろ話の流れのメインだったのは”スケッチブック最後のページの行方”だったと思います。すべてのドラマスケッチブックに沿って展開され、最後の絵は破られていたことは最初の話で既に明らかにされていて、ホテル海上で悩むキュルルちゃんは千切られたページの跡を見つめていました。長い時を生きてミライさん時代からパークを見守ってきたイエイヌに対してキュルルちゃんが「おうちにお帰り」を言い、逆にイエイヌ彼女から送られた絵をみて(観念的に)おかえりを言うわけです(実際に口にはしてないけど、まあ立場的に)。キュルルちゃんはそのシーンを持って本当におうちに帰った、受け入れられた。それを最後のワンカットで示すのが強い、と思うのですがいかがでしょう。

通常、作品における伏線・回収は、プロット重要なメインの部分についてやるものだと思います

一般的エンタメの作劇上のセオリー評価できないというのはわかりましたが、しかしそのセオリーに従わなければいけない強い理由があるのですか。不勉強ながら俺はそれを知らなかったし、多くのファンも同じではないでしょうか。視聴者には考察班的に楽しむ人もいるし、癒やし目的カジュアルに流し見る人もいるでしょう。教科書的な表現から逸脱することで芸術進歩してきたのではないですか。

2019-04-07

anond:20190407175202

一般的な作劇として、不愉快イベントは、単体だと「単に不愉快なだけ」で終わるので、作品テーマ性として発展させ、そこに意味を持たせるわけです。...

まり関心を持ったことのないポイントなので、勉強になります僭越ながら、グロテスクさが感じられうる示唆的なシーンが、人物の行動の結果などに繋がって作品としてのテーマになるまで昇華されていなかったとしても、芸術的意味はありうるのでは、と考えています。例示していただいたアイデアのように正面からこれをテーマに据えてしまうと、作品自体目的が”説教”になってしまうので避けたが、示唆したいことは確かにあった、という可能性です。別の方の増田引用します。

動物園から人と動物関係についてあくまで人は管理者であって友達ではないという指摘があった。人の都合で檻に閉じ込めている現実から目を背けるべきではないとのこと。学習研究、人の活動によって個体数が減らされてしまった種の保存など、人が人のために他の種を管理しているのだから、あまり動物と人が対等に取り扱うことは教育上望ましくない。2期では是非そういった視点も踏まえ、動物同士がフレンズでありヒトは違うという体でお願いしたい。

"けもフレ2の脚本オーダー"への返信

動物園から制作陣への要求… もちろん、そのような体で書かれた冗談しょうが、こういう視点制作側にあったのかもしれません。

野生解放といえよ、とか、他のフレンズは野生解放しないのか、とかは、内面世界問題ではなく、脚本の不備の問題です

それを仰るなら、けもフレ1の黒いセルリアンとの戦闘でも多くのフレンズは野生解放していないです。ところで「野生解放を言わない」ということには、けもフレ制作陣の明確な狙いがあると思いますけもフレ2では他にも「ちほー」や「フレンズ」といったタームがほとんど言われません。推測ですが、これは一般受けを狙うために途中から入ったりぼーっと観てる視聴者キッズが引っかからないように配慮したものだと思われます。逆に明確に説明するようになったものもありますキャラクター性格です。「私、体が丈夫なだけじゃなくて記憶力もいいので」「私は用心深いから」… などなど、けもフレ2ではキャラクター自分性格自己申告します。作劇技術的な難度という点ではこのような表現はおそらくレベルが低く、エレガントでもないのでしょう。しかしそれが直ちに作品として悪い、ということにはならないでしょう。解りやすいというメリットは確実にあります。あざといくらいハッキリ言うので、おそらくここを起点に自分でも動物性質を調べてほしい、という願いも込められているのかもしれません。

ケムリクサに置いて、内面世界シンクロする際は、ケムリクサというギミックを使っており、SFとしての筋は通っていると考えています。ここでいうリアリティラインは高めです。

そうでしょうか。最終話の赤い木との戦いで、りんの本体の葉から水がなくなって戻ろうというときに、ミドリの核の枝と桃ちゃん継承しました。枝を肘につけてパワーアップして復帰しますが、しかミドリの枝にケムリクサを修復する機能があったのでしょうか。ミドリの葉は状態を治す・保つ事ができますわかばの腹に空いた穴や、りんの欠けた手足を補ったことはありますが、ケムリクサそのものを治したことはないです。もしケムリクサをも治せるなら、赤い木に指して倒せるのと矛盾してしまうと思います。かといって桃ちゃん自分を分裂させたという可能性もありません。桃ちゃんは、(姉妹では)りなだけが使える葉だからです。また同じく最終戦で、りんは、りり最後記憶を取り戻しますが、あのとき記憶ケムリクサが突然発動したのはなぜでしょう。直前に二回わかばが開いていますが、二度ともロック解除が必要でそれは、りくにさえできない、わかばけが可能手続きだったはずです。りんは最終戦終了後キャッチした、わかばとともに船のそこに落ちますが、そこで突然ミドリの光の柱が伸びて二人の怪我を修復します。でもミドリは葉も枝も戦闘で使い切ったのでは。リアリティラインが低い… 内面の高まりがなし崩しに外面に出てしまう。お話を頂いて頭に浮かんだのはむしろこのシーンでした。ケムリクサを万能の舞台装置、あらゆる話の粗を吸収するスポンジと捉えるなら、けもフレ2のセルリウムサンドスターをスポンジにすれば全て解決では。

悪意のあるキャラがいない、という点では「優しい世界」を継承しているでしょう。りんがわかばを警戒するのは自然なことですし、それ以外は全員が素直で、また世界破壊の原因も優しさに起因し、わかりやすい「悪役」はいない

「優しい世界」の解釈が俺らふたりの間で異なっているように思いますけもフレ1で、カバ新参かばちゃんに「パークの掟」を諭しつつも、去りゆく二人に何度も声をかけて心配しているさまを示す。ツチノコは地下迷路で口の悪い闖入者を疎んじつつも、(諦めた体で)二人に協力して出口を探すわけです。最後には絶滅していなかったヒトへの安心気持ちを口にする。サーバルかばちゃんを、「かばちゃんは…したかったんだよね?」のように道中何度もフォローを入れる。このような誰かを深いレベルで思いやる描写があちこちにあり、一方で人物間の衝突はあっても形骸化した、表面的なものしかなかった。全面的留保余地なく安心できる世界観がけもフレ1の「優しい世界」としてみんなに愛された、そう考えていますしかケムリクサではもう最初からわかばは異物扱い、いつでも落とせる、落としてやろうのような脅迫的な発言が毎回あるわけです。もちろんおっしゃる通りそこには合理性があるんですが、しかし、りくさん、あなた最後散り際にまで「こんなやつのどこがいいんだ」的なdisりをくれる必要はあったのか、あれ実はあなたも好きだったんで吹っ切るために強がったんですよね、などと視聴者の俺は解釈していますが、しかし「優しい世界」では全然ないでしょうということは主張しておきます(でもりつ姉はオアシス)。

「悪意を持って作られた創作」と言われるものは、悪意が前に出すぎてて、作品として楽しみづらいものなわけです。

設定や伏線において、けもフレ2に不備があるように思えるのは錯覚で、実態作品の狙いと得意な表現範囲の違い「へーきへーきフレンズで得意なこと違うから」、で済むレベルなのではと考えているのです。むしろ楽しむことを妨げる、エゴイズムという意味での悪意は、視聴者の俺らの側にあるのではないでしょうか。拝読した記事には総論としては同意で、いわゆる「ハンロンの剃刀」は強力なのですが、作品を論評するとき必要環境安心して自分意見を言える状況、とは現状はかなり食い違っているように思います。この空気の中での分析は、かなり注意深く精査しなければ容易に流されて最悪のケースでは誰かの筆を折らせる結果になりかねない、そう思って眉に唾をつけ考察しています

例えば一期のメインキャラが、十数人として、それが全員、根が素直で優しいとするなら、「根が素直で優しいキャラを十数体、キャラを立てて描き分ける」ことになるわけで、えらいことです。もちろん、素直なやつばっかりじゃないですが、それにしても想像すると怖くなりませんか。

ううむ、言われると、けもフレ1のサーバルコツメカワウソプレーリードッグはみんな似てはいものの、ごくごく微妙キャラが違っており、おそらくセリフに落としても区別がついてしまうでしょうね。制作陣の構成についても明るくないですが、この功績は吉崎観音さんの成果?

anond:20190407105941

当初イエイヌはヒトであれば誰でも良いということを言っていました。結果的には「別れた大切な人を待ち続ける」ことになるのですが、ヒトであればよいと思っているという設定は、不憫さを誘うためものだった思いますイルカアシカについても芸の報酬をねだるのは(三人も引いていたし)どこかグロテスクさを感じました。ホテルぬいぐるみが売り切れる描写は、リョコウバトが孤独になっていくさまを強調したものでしょう。確かにドラマとして悲劇・罪悪感が押し出されているわけではないですが、全編に渡ってそういう表現がある点で、そこには何らかの狙いがあるように感じます。深く考えていないということはないと思います

このへんは、主観的な話にならざるを得ませんが、個人的にはイルカアシカエピソードに、自覚的グロテスクさは感じませんでした。リョコウバトのエピソード絶滅悲劇意識してるのは確かですが、そこがどこにも繋がっていません。

一般的な作劇として、不愉快イベントは、単体だと「単に不愉快なだけ」で終わるので、作品テーマ性として発展させ、そこに意味を持たせるわけです。キュルルが人類の罪深さを知って、それを贖罪しようとするとか、あるいは、キュルルの態度のほうが正しく、かばんさん的な人とフレンズ区別しない態度が偽善であることが示される、とかですね。

けもフレ2では、そういうテーマ性は見当たりませんでした。やろうとしてまとめきれなかった可能性もありますが、個人的には、そこまで深く考えていなかったようにも思えます。「シリアスエピソードを置くことで、作品に深みがでる」くらいのノリで置いて、それ以上は考えていないように思えたのです。

しかサーバルカラカルが急にパワーアップしたように見えるシーンは、最終回での戦闘だけだと思います

あれが野生解放なら、筋は通りますね。野生解放といえよ、とか、他のフレンズは野生解放しないのか、とかは、内面世界問題ではなく、脚本の不備の問題ですから

しかしそうすると、けもフレ2は全体としてはリアリティラインは低くはなかった、ということになりませんか。けもフレ1の紙飛行機石橋の下に落としたりは納得感が高かったのはわかりますが、けもフレ2での内面世界の漏出は最終盤で起こったということでしょう。

リアリティラインの高低に関わらず、作劇のセオリーとして、クライマックスでは、内面世界が強くシンクロします。

主人公絶望と、強大なセルリアンの登場、友情パワーの高まりと、主人公の復活、セルリアンの撃退、などです。

この時、けもフレ1は、内面世界を繋ぐ筋、理屈を、うまく作っていました。

けもフレ2は、そのへんがあまり機能しておらず、内面の高まりが、なし崩しに外面に出てしまったと考えます

これは、脚本の不備と捉えることもできますが、けもフレ2単体で見た場合、そこまで気にならない。ただ、けもフレ1と比べると、目立ってしまう、というわけです。

最初に、「ただ、けもフレ2は、全体的に伏線の回収がうまくいってないので、意図的リアリティラインを低めに保とうとしたというよりは、設定について深く考えてなかったり、伏線を消化しきれなかったりして、そうなってしまってると考えられる」と書いた感じです。

ところで、ケムリクサにおいてもリアリティラインは低くなっていったと考えていますケムリクサは”優しい世界”でもないです。視聴者は同監督ということで同様のものを期待したはずですが、ギャップが大きく評価を下げたという感じはありません。もちろん悪意を見出している人もいません。

ケムリクサに置いて、内面世界シンクロする際は、ケムリクサというギミックを使っており、SFとしての筋は通っていると考えています。ここでいうリアリティラインは高めです。また生存が厳しいという意味では優しくないですが、悪意のあるキャラがいない、という点では「優しい世界」を継承しているでしょう。りんがわかばを警戒するのは自然なことですし、それ以外は全員が素直で、また世界破壊の原因も優しさに起因し、わかりやすい「悪役」はいないわけです。

思うんですけど、そもそも「悪意をもって作られた創作」というもの過去あったのでしょうか。

人間創作には色々な気持ちを込めるので、「あいつに負けたくない」「あいつの作品が、ここがダメなのを暴いてやる!」といった対抗心を作品に入れ込む場合はあると思います。そういうのは悪意と呼べなくはないでしょう。そうした悪意を高いレベル昇華して、優れた作品になることはいくらでもあります。逆に言うと「悪意を持って作られた創作」と言われるものは、悪意が前に出すぎてて、作品として楽しみづらいものなわけです。普通、そういうのは商業では、否定されます。なので、おっしゃるとおり、「商業メリット以前に、悪意を想定する」のは常軌を逸した話であると思います

ただ商業メリットの話をしていくと、けもフレ2に関して「それ商業的に悪手じゃないの?」と考えられる部分は、作劇に限らず色々あるわけなので、それを正当化する理由として悪意を置くのは、あながち否定できない。なので、そうした悪意なしでも、けもフレ2という作品が生まれることは説明できる、という記事を書いたつもりです。その上で、もちろん、みんなちょっと落ち着いたらとは私も思います

そういえばtogetterで吉崎さんの出したプロットからたつき監督が「トゲ」を抜いた、というエピソードが紹介されていました。俺は結果をみて、なるほど! と思ったのですが、ああいうことを狙ってやっていくのは唯の視聴者が思う以上に難しいのでしょう。

難しいと思います。単に優しくするだけでなく、優しくした上で、キャラを立てないといけないわけです。

例えば一期のメインキャラが、十数人として、それが全員、根が素直で優しいとするなら、「根が素直で優しいキャラを十数体、キャラを立てて描き分ける」ことになるわけで、えらいことです。もちろん、素直なやつばっかりじゃないですが、それにしても想像すると怖くなりませんか。

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