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2019-03-04

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20190301/k10011833021000.html

日本側だけの多文化強制受け入れが宗教化している。

日本ではやって良くてベトナムでやっちゃダメな事を現地で日本人がやって逮捕されたら、9割批判されたと思う。

『気の毒であるレベル情状酌量なら解らなくも無いが、「他国文化理解しない日本人の不寛容」みたいな理屈を展開する人はどうかしている。

2018-10-15

多文化社会が来ると政治家日本語クイズはできなくなる

あれは、単一民族国家からできること。

多文化国家になると徐々に日本語が下手な人間も許容せねばならなず、左派日本語クイズをできなくなる。


そういう点でいうと、あの手のクイズ馬鹿らしく思うようになった人は先に進んでいる。

未だにこだわってる人は遅れた馬鹿

2018-05-18

白人少女1400人レイプ」異様な売春犯罪常態化させた英国移民社会

英国組織的子供性的虐待が、想像以上に深刻な問題となっていることが明らかになりつつある。

中部ロザラムで、1400人以上もの子供が長期にわたり組織的性的虐待パキスタン系の男たちに受けていた衝撃の事件が今年8月に発覚。

移民国家、英国多文化社会が抱える暗部が浮き彫りになった。事件氷山の一角に過ぎないとの見方が強まっている。

報告書やその後の報道によると、パキスタン系の虐待者たちは性的欲求を満たすため、さまざまな事情家族と疎遠だったり、施設に入れられたりした主に白人少女たちに接近。

最初は贈り物を与え、安心させた後、酒や麻薬を与えて強姦暴力を振って脅迫するというやり方で、少女たちを次々と支配下に置いていった。

少女たちは、銃を突きつけられ、ガソリンをかけて火をつけると脅されたり、複数アジア系の男たちに11歳の少女暴力的に強姦されるのを見せられて「言うことを聞かなければ、お前も同じ目に合う」と脅迫されたりした。

週に1度レイプされた子供や「逃げれば母親レイプする」と脅された子供もいた。

2018-01-27

日焼けはありで黒塗りはダメ(笑)

芸人ノッチモノマネの為に日焼けして黒くしてるんだけどそれはありなんだと

白人黒人は肌の色を持って生まれた変えられない特性としてるらしいわ

アホかと

黄色人種特に東洋人は黒人より黒くも白人よりも白くもして、ファッションとして肌の色を変えれるんだよ

そんな東洋人としては当たり前のことを無いものとして扱ってる時点でそれも立派な差別だろうが

断固として、差別主義者はお前らであってその枠組みを多文化に輸出しようとすんなとフルボッコにしてやるべきだろ

2017-08-25

1999年SF映画、『マトリックス』とその続編についても批評家意見は一致していない。『マトリックス』は人類を救う救世主となる白人コンピューターハッカーネオキアヌ・リーブス)が主役の映画である[16]。マシュー・ヒューイは彼の著書、The White Savior Filmの中で、「コンピューターシミュレーテッドリアリティの外側の多文化的な景観に入り込んだ白人主人公が彼の恩寵を通じて、今にも起りそうな災害から白人の人々を救い始めなければならない。」と記している[17]。ハーナンとヴェラは著書、Screen Saviors: Hoiiywood Fiction of Whitenesssで『マトリックス』を人種が異なる援助者のチームを持つ白人救世主という近頃の白人救世主物語の「最新作」として分類している。彼らは、「その映画潜在的白人人種差別主義批判は、黒人キャラクターのモーフィアスやオラクル、モーフィアスの仲間のタンクやドーザーなどの白人救世主であるネオに仕える弟子たちなどの神話プロットによって否定される[18]。」 アディリフ・ナマはこれに対して、著書、Black Space: Imagining Race in Science Fiction Filmでモーフィアスとオラクル重要任務について「概して、その探求は白人救世主によってもたらされた任務よりも、黒人男性女性によってもたらされた任務のように見える。その黒人キャラクター簡単に読み解くと、ブラック・パワー運動公民権運動象徴的で文化的試金石や、それらの残余である[19]。」

本当は怖いサザエさんみたいな深読み芸になっててワロタ

2017-08-04

https://anond.hatelabo.jp/20170804110137

リベラルにも共産主義者にも感じるけどなんであいつらは自分正義だと信じて疑わないんだろうな

正しい一部はあるにしても全部が正しくないか問題が起きていて、それを自覚し取り組まないまま進もうとする

人間は常に問題を抱えているからこそどこにも正義はなくお互いの共通する正しい物を繋ぎ合わせることで多文化容認しようというのがリベラルだったはずなのに

いつしかリベラルを主張する側の1部の正しさを全体に普及させる手段へと転じていった結果、逆差別押し付けが始まってしまった

日本では和製フェミニズムがまさにそれなんだけど未だに自称フェミニストたちは和製ナイズされたこれを信じてる

(英語読めない島国っぽさが出てて何かいいよね)

がっつりドップリ宗教に入り込んでるのを一瞬にして自覚させる方法ってないんだろうか

矛盾点を指摘しても整合性を保つために発狂するばかりで何も解決しない

2017-04-25

安倍政権ベストな終わり方を考える

私はこの政権時代の中で現在こそ危機的だと思っている。2012年以降のサブカルは、今時のアニヲタみたいに下品になっている。安保法制問題以降は本当にひどい。自民党のポカの連続公明党自民離れして野党にくっつく有様。内部ゲバルト問題的なイメージ2011年民主党っぽいが、現実は違う。

日本の中の細かい点でいえば、政治よりも文化のほうがひどい。で、なぜこれが悪いかというと、やはりそれは、文化環境が以前にまして貧しくなり、向上心をもちにくいからではないか。そういう環境では、貴重な文化歴史遺産を残せても、それを資源だとみなす発想すらも養えない。

安倍政権はこれ以上の延命をあきらめて終焉の道を進んでいるが、だったらその「終活」は国民に対するプラスになることをメインとするべきじゃないか左翼の私が言っても説得力いかもしれないが本当は右翼政権ほど国民の声を聞くべきで福祉政策に力をいれなければ安倍が夢見てていただろう多文化社会は実現しない。

2016-10-28

自分常識が全世界常識と思ってる人

自分が生まれ育った地域の、自分所属していたコミュニティでは常識だったってだけのことを全世界常識と思ってる人が苦手だ。

高校生になった時に他の中学自分中学差異とかに気づいて、そのときちょっと多文化中学ごとの違いに言うのは大げさだけど)を許容するということを学んでいるべきだろ。

それもできずに、他地方出身者の故郷郷土料理だの方言だのを徹底的にdisって、常識的に考えてありえないとか言いまくってるのはどうかと思う。

2016-10-27

違う文化圏とかを意地でも受容したくない人

社会で生きていれば、というか社会に出る以前の生徒児童時代から、他の地方出身で「文化圏」が違う人と交流する機会なんていくらでもある。

勿論小学生中学生だとあくまでも転校生という物珍しい存在ちょっとあるだけなわけだけど、ネットだといろんな地域の人が、いろんな文化バックグラウンドを元に

発言していたりするわけだ。中には地方どころか国が違う人だっている。

だのに、ちょっと自分と違う文化を見たら、自分地域での常識だけを適用して脊髄反射的にトンデモだのなんだの暴言吐きまくるってのは何なんだろうか。

相手方言を使っていて理解できなかったからといって、即こいつは日本語不自由で云々とか語りだす人がはっきりいって嫌いだ。

地域特有食べ物とかもあるが、ネット自分では思いもよらないものを食べていた人を見つけたからって「普通はそんなもの食べない。おまえは味覚がおかしい」とか文句言ってくるタイプの人も嫌いである。

所詮普通」なんて学校の授業で知識として教わった事柄とは違って、生きている中でなんとなく掴み取ったものだと思うが、それはかなり自分の生きてきた地域だの環境だのに左右される。違う地域文化を、自分にとっては普通じゃないからと言って文句つけないと気がすまないってのは、多文化社会を生きる上で非常に不適切なのではないか

2016-07-08

野党の振る舞いに感じる嫌悪感を深堀してみた

野党の振る舞いは多国籍文化に対するアンチパターンだらけ

与党への支持・不支持といった政治的背景にかかわらず、野党の主張に嫌悪感を覚える方は多いのではないでしょうか?
私はこの嫌悪感の正体を野党の振る舞いが、普通社会人が身に着けているべき、多国籍文化対応した振る舞いとなっていないことだと分析しました。
NGとされるポイントとして以下の様な特徴があります
これらの特徴を一般企業新人教育にそって深掘りしていこうと思います

前提:社会人新人研修国際的環境での振る舞いを身につけている

多くの企業では国際的取引国外を含めたマーケット対象ビジネスを展開していますスケールメリット問題で、国内のみのビジネス展開ではコスト面で国際的企業競争出来ないことが主な理由です
必然的に、外国籍スタッフ外国籍取引先と取引する機会が増え
多国籍チームの運営グローバルビジネス対応するため、新人研修ハラスメント防止研修ファシリテーション研修が取り入れられています

野党差別ハラスメント的振る舞いについて

野党人格否定

「Aさんの発言から無視する、Bさんの発言こそ全てだ!」
単一国籍民族の間では問題として表出しにくいですが、多国籍チームでこんな振る舞いをすればAさんの何らかの特徴に対する差別と捉えられかねません。
発言は常に「誰が発言たか?」ではなく「何を発言たか?」で平等評価しなければいけないのです、これは発言に限らず行動も同じです。
コレは人格否定というNG行為ですが、野党のある振る舞いはこの人格否定パターンのものです。
人格否定①:「安倍政治を許さない」
そもそも何故、「安倍政治を許さない」なのかというと民進党政策自民党政策には実はあまり差がありません。
民進党が実行する政策は同じ政策でもOK、自民党が実行すれば同じ政策でもNG、これを正当化するスローガンが「安倍政治を許さない」なのです。
わかりやす人格否定で、ステレオタイプ的な差別的行動ですね。
人格否定②:共産党民進党も「改憲」を主張、でも自民党の「改憲」は絶対阻止
キチンと各党の主張、公約を見た人は気がついたと思いますが、民進党改憲することを主張しています自民党改憲に反対なのは草案の内容が原因のようで、民進党国民議論を重ねて草案作成するらしいです。
支持率的にどちらの草案国民意見を反映しているといえるのか?は明らかですね。
共産党については彼らの目標共産主義社会の実現のために改憲必要です、以上
野党人種差別
ざっくり言うと人格否定人格国籍人種のくくりにしたものが、人種差別です。
どうも野党の方々は特定国籍しか興味が無いようですが、一般企業には東アジア以外にもインド南米欧米各国のスタッフが多く参加しています。
同等に取り扱わなければ、うまくいくはずもありません。
人種差別在日米軍関係者にはヘイトクライム在日コリアンに対するヘイトスピーチは撲滅したい
正確には野党の振る舞いではなく、野党が支持する活動ですが、野党の方々はどうも米軍基地を追い出す活動に熱心です。
時に道路ブロックを積んで、行動の自由抑制したり、柵にガラスを巻きつけて取り除く人に対するトラップ型の傷害に及んでいます人種差別傷害という犯罪行為にまで至っている、ヘイトクライムですね、ヘイトスピーチより深刻な問題ですので早めに取り締まってほしいものです。

ロジカルシンキング無視

多国籍環境企業は同時に多文化であるため、特定文化の「あたりまえ」を基準に出来ません。
多分化チームで意思決定を誰もが納得する形で行うためには、論理的に筋の通った理由材料を集めたうえで意思決定を行う必要があります。
逆に、ロジカルシンキング無視した意思決定は、文化押し付け、その考え方を肯定できない文化への弾圧人種差別などに繋がることがあります
客観的データに基づかない主張
キチンと各党の公約、主張を精査すると野党の主張には「アンケート」をベースにした主張が多いことに気がつくと思います統計にすることで一見客観的データに見えますが、そもそも主観ベースにしているもの客観的データと言いがたいものです。
検証可能データでもなく、極端な話支持者のみにアンケートを取ることも、不都合アンケート無視することも、設問によって誘導をすることも可能です。

さら実際問題として、各種客観的経済指標を見る限り景気は良くなっているので「不安」など主観的な項目に視線をずらしているようです。
これは「アベノミクスで景気は良くなると思う」という不安を問う質問はあっても「ここ4年で景気が上向いた」という実感を問う質問がないことに見ることが出来ます

嫌悪を生むアンチパターンの振る舞い、活動するほど支持率が下がる

男女参画社会が進んだことで、共働きが増え主婦層もかつてより、社会人教育を充分に受けている。
差別的振る舞いをせず、平等に取り扱い、取り扱われることに慣れた一般社会人にとって、アンチパターンの振る舞いを取る人は、自分差別対象でなくても関係を遠ざける対象となる。
活動をすればするほど、支持率が下がる理由はこの辺りにあるのではないだろうか?

2016-02-18

目に毒以上の実害がほぼない(レアケースはあるだろうけど)言ってしまえば

たかがシコるための二次元イラストの是非一つであんなにクソ揉めてるの見ると

人類価値観の共有とか多文化理解は1000年くらい早い気がしてならない

2014-10-09

「読解力」の終焉と新時代の幕開け

近頃盛んに聞くのが「読解力」という言葉である。いわく、今の時代読解力は大事だよと。

翻ってネットでは相手の読解力を非難する声が多く聞かれる。これに不自然さを感じる向きも多いであろう。

そもそも以前から「読解力VS文章力」とも言うべき対立は存在した。「お前の文章下手すぎ。日本語でおk

「いやお前の読解力がなさすぎ。日本人か?」などという実にくだらない争いがちょっと油断すると勃発するのが近年のネット社会である

しかし、私に言わせればそんな対立など時代遅れも甚だしい。時代に取り残された過去遺物である

私見では読解力という言葉は近年ますます意味をなさなくなっているのではないかと思うのである

それは読解力を測定しようとすると文章力問題が切っても切り離せないからというのもあるが、そもそも読解できるのは

文章の前提知識の有無に大きく依存する。しかるに、万人にフェアな読解力の測定など土台困難というものだ。

そうなのだ所詮は、読解力などというもの通俗的な用語にすぎないのだ。そもそも、読解力よりも一般化した概念

である「頭の良さ」というのも甚だ曖昧概念であることが、昨今の知能研究で具体的に明らかになりつつある。

世間でいわれる頭の良さとは、常識的シチュエーション常識的な反応を返せるか、そのことを言っているに過ぎない。

数学の難しい問題を解く」といった常識外のシチュエーションなど関係ない。数学のできる奴なんかよりは、

算数暗算ができる奴のほうが余程「すごーい」と女の子から賞賛される。それが悲しい現実なのだ

所詮はそういう常識的観点から頭の良さが判定されているにすぎない。これを「ファッション知性」という。

読解力も同じことで、「ファッション読解力」が世間では試されているにすぎない。いや世間だけではない。

学問世界での読解力も、また学問世界での常識というものがあり、それを満たしているか判断される。

決して学問という高尚な世界から、読解力も高尚に測定されるというわけではない。これを常識相対性ということができる。

しかし、幸いなことに、文化相対主義なんて古めかしい理論を引っ張ってくるまでもなく、

常識相対的だというのは我々の新たな常識となりつつある。これも時代の流れというものだろうか。

LINEを始めとする新時代コミュニケーションツールは、我々の情報環境に新たな複雑さを付け加えた。

結果、若い世代人間ほど複雑に入り組んだ人間関係の中で、うまく常識を使い分けてやっていく術を

身につけている、という奇妙な逆転現象が生じ始めている。新世界において読解力は所詮それぞれの

コミュニティに応じた空気を読めるかという能力に過ぎないことが理解されるようになった。

新世界では、自分所属しているコミュニティ空気を一通り理解できるだけでなく、所属コミュニティ

がどんどん流動していくので、その都度新たに加入したコミュニティ空気を読めることが求められる。

流動性のない「棲み分けから流動性ある「棲み分け」へ。我々日本人生活環境は、

いよいよ多民族国家アメリカにおける多文化共生に近づきつつある。

 
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