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はてなキーワード: 構造とは

2018-09-20

水道管の上流の方でさ

きゅっと栓を絞られちゃったらさ

もう家で何やってもダメなわけじゃん

せいぜい隣近所の元栓こっそり閉めにいくくらいしか出来ないわけ

社会のそこここで そーゆーことが行われていて構造的な問題じゃん

なのにいまだに 自助力が足りないとかなんとか言ってるじゃん

そうだな足りないなと思った連中はみんな隣近所の元栓閉めにいくよね

そりゃギスギスした社会になるよね

anond:20180920141910

言いがちな人です。

 

もしかして、そういうもの自分に足りていない自覚がある(相手を信用する気持ちがない)から

相手に言えちゃうのかな~って想像した

これはあると思う。

信頼感が欲しいけど、無いからつい言ってしまう面は否めない。

 

一方、信頼とか言ってしまう場面のことを考えると、

 

例えば、

 ・上司から「君の仕事は早くて信用できる」

 ・毒親から、「あなたの為を思って言っているの。信用して。」

など、言われた時、防御として使ってしまう(心の中で。実際言う場面は少ない)。

あなたは私のことを信頼してない」や、「それは本当の信頼と言わない」という形で。

(書いていて、元増田同意見な気もしてきた。)

 

上のはわかりやすい例だけど、「信用」や「信頼」の裏側に搾取構造を感じた時に、使いがちだな。

一方、「信用」「信頼」と呼ぶに値することも、きちんと存在することは指摘しておきたい。

性的消費は自尊心を消費している

性的消費や性的搾取はなにを消費しているのか誰も答えられない、なんて言われるけど、簡単に答えられる。

性的表現行為をする者が、合意くそれに晒される者の、自尊心精神的安定を消費・搾取・加害している。

これに対して「お気持ちの話」などと揶揄されることが想像できるが、もちろんそうだ、お気持ちの話であり、だからこそ重要だ。

(※追記

合意なく晒される、がどういうことかわからないと言われたので具体例を書く。

強姦される、痴漢をされる、売春をさせられる、スキンシップをされる、「一発やろうよ」などと卑猥言葉をかけられる、近くで猥談を声高にされていやでも耳に入ってくる、ストリーキングなどで卑猥恰好人間が目に入る、店でエッチ作品が陳列されているのが目に入る、ネットエッチ広告が表示される、テレビエッチ描写流れる映画エッチ描写流れる、など。

下記で語ることと同じだが、これらによって不快さが生まれ幸福感が減ることが問題の核心なので、卑猥とかエッチとかの客観的基準定義しない)


気持ちを傷つけることは実害ではないと考える人もいるけれど、社会通念としても司法としても言葉による侮辱罵倒は悪とされているのだから気持ちを傷つけることは十分加害と認められている。

そもそも社会の法やルールは、その社会の中のできるだけ多くの人が幸福に生きることを目指して作られているし、現に運用されていると言えるだろう。

財産健康地位自由社会構造を守るルールも、それらを守ることが、人間幸福感を守ることに繋がるとされているから作られる。

幸福とは何かというのは難しい問題だが、少なくとも「幸福を感じること」は必要だ。

まり、人々の幸福感=幸福気持ちを持って生きるためにルールは作られるので、お気持ちの話こそが本質であり、物質的な話はそれを果たすための便宜的な手法にすぎない。

からお気持ちの話にすぎないか無視してよいというのは妥当ではなく、お気持ちの話だからこそ尊重すべきである


感情への加害は配慮する必要がないという考え方は、昔から「減るもんじゃないんだし」とハラスメント言い訳に使われてきた。

今では「減るもんじゃないんだし」を言う人もずいぶん減ったが、代わりに「性的消費が具体的に消費しているものはない」という言い方になっている。

気持ちの安定が減るし、搾取されるし、それは尊重されるべきものだとわかってもらいたい。


さて、その上で、「お気持ち問題なら、性的行為幸福感を得る人の気持ちはどうなる」という話になってくる。

すれ違いざまに相手の尻を叩くことが楽しい人、性的作品をできるだけ広く展示したい人、街中に色っぽい物がある方が気分のよくなる人、色々いるだろう。

その人たちのお気持ちも、もちろん尊重されるべきだ。

ある人の幸福(感)を増す行為が、別の人の幸福(感)を減らす行為だという状況は、世の中幾らでもある。

それらは、効用比較正義公正倫理観点で最適な落としどころを探られてきた。

性的消費についても、そうしていこうではありませんか。

はてなは他のSNS掲示板に比べて濃縮されたイキリオタクが多いように“見える”

大衆化されてきたとはいえはてなはいまだにかなり偏ったコミュニティと言えるだろう。

はてなユーザー全体から見れば少数派になるのかもしれないが、200人のラノベ大好きイキリオタクブックマークすることで、どんなものでもはてなの人気記事に押し上げることができる。

はてなノイジーマイノリティが目立ちやす構造になっている。イキリオタクネット中毒なのでよく発言するし、一日中ネットをやっていたり活動的であるということもある。ユーザー数に比べて、人気記事ブックマーク数が少ないため、どうしてもノイジーマイノリティが目立ってしまう。たった200人のイキリオタクでも、力を合わせれば人気記事に押し上げることができ、自分たち多数派であるような主張が簡単にできてしまう。

ラノベを読むイキリオタクというのは中学校では1クラスに2、3人程度、高校では1、2人いるかどうか。大学以降はその割合さらに減るだろう。

しかネット、とくにはてなではそのイキリオタクが集合して一大勢力となっている。

現実社会では群れを成すことができないイキリオタクたちがネット社会では一大勢力となって、カルト化し、厄介な暴力集団となっている。

彼らの理屈はめちゃくちゃで、現実社会では「こいつ頭おかしい」とまったく相手にされることがない。しかネットではその頭おかしいイキリオタクが一大勢力となっているため、まるでまともな一つの意見であるかのように取り扱われ、いちいち議論になったり炎上したりする。

これはほんとに非生産的なことで、ネット社会の損失だ。しょうもないことで多くの人の時間を奪っている。現実社会でまともな人間はいちいちイキリオタク戯言になど構わない。そんなものコストを費やす価値はどこにもまったく存在しないからだ。

いろんな場所を見てきたが、ネット上でもとくにはてなはイキリオタクとしての精鋭部隊が集まっているように思う。その社会性のなさは圧倒的で、おそらく自分弱者だと信じて疑わないのも、人生がうまく行ってないからだろう。彼らの人生悲惨なのは事実であり、決して被害妄想などではないのだ。

ラノベを読むイキリオタクという反社会的厄介者をどう取り扱っていくか、これから問題になっていくだろう。

男女の性欲について

ちらっとTwitterネタ探ししたらあったので軽く書く

女性団体代表者特に)「性欲をコントロール出来ない人は色々(ry)」と暴力的に書き綴る事が良くありますが、

基本、女性は性欲コントロールできる体の構造になっていますが、

男性は性欲のコントロールは効かない。

という事です。…多分。

論文としては出ていないので、あくまでこれまで出てきた結果に、過去から統計(というか言い伝え)を含め考えると

(とりあえずはてなじゃクソ長い考察部分はカット

黄体形成ホルモンLH)が男性女性どちらにも性欲を促すのだが、

男性は性欲に直結してしまう=コントロール出来ないのに対し、

女性月経周期もあり、性欲を頭の中で(後シャワーを浴びて体温を下げる事で)コントロール出来るという事。

まあつまりは、男性のチカンコントロール出来ないので、

カンに会いたくない女性イスラーム教に倣い、ヒジャブを常に付ける。

という事で。

(因みに、ネットでこのネタの裏取りしようとしたら、微妙リンクとか消されてたりするんだよね。何かの力が

おや、玄関チャイムが鳴ったな。誰だろうこんな時間に??)

2018-09-19

言論の自由に対する私の所感

id:envs です。
増田なのに名前を明かすこと、ご容赦頂きたい。
トラックバック構造が見やすく、建設的な議論が成されやすいというのが増田というプラットフォームを選んだ理由です。

https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/18/shincho45_a_23531748/

新潮社公式アカウントが「新潮45批判を怒涛のリツイート 「中の人がんばって」の声援寄せられる

id:envs

新潮45の件の記事には極めて反対。しかし私は言論の自由民間にも認められるべきだと考えているので「廃刊しろ、回収しろ」とは言わない。当然「廃刊しろ、回収しろ」と言っている人の主張を批判する訳でもない

id:senbuu

id:timetrain id:envs 例えばSNS違反報告のシステムにも反対するのなら、主張に一貫性はあると思う。さらには名誉棄損や誹謗中傷肖像権侵害著作権侵害言論の自由と言えるのなら。

以上の流れでした。100文字制限は主張を開陳するにはちと厳しすぎる面があるので、ここで私の言論の自由に対する主張を挙げておきます

私の言論の自由に対する主張

「成された表現」に対しては批判OKだし、なんなら民事訴訟を起こす権利もあるし、あるべきである
しかし「まだ成されていない表現」に対し、今までの著者の表現から来る他者権利侵害蓋然性を基に、表現手段を奪うようなことは、公的機関が行うのは極めて特殊例外に限られるべきだし、民間企業が行うのは慎重さが求められると私は思う。

この主張に基づく id:senbuu 氏への回答

私はSNS違反報告システムは嫌いです。
他者権利侵害している(これも裁判を経ていないので基準曖昧であるが)投稿を削除するならまだしも、アカウントごと削除・凍結して、表現の機会自体を奪う方法には怒りすら感じます
例えば岡口基一氏のTwitterアカウントが凍結されたことなどは、本当にそれで良いのかと疑問を呈せざるを得ません。

当然SNS民間企業サービスでありますからアカウントをBANするのも別に企業方針なら仕方がないと思います新潮社新潮45廃刊にしようが回収しようが、そういう方針なのだな、と思うだけです。
しかし私個人見解としては、批判を多く受けた言説を掲載たからといって、さあ垢BAN廃刊だ回収だとなる社会の方が、なんだか恐ろしいな、と感じてしまうのです。

"さらには名誉棄損や誹謗中傷肖像権侵害著作権侵害言論の自由と言えるのなら。"とのことですが、これらは基本的表現が成されたあとで紛争解決すべきものであると考えています名誉毀損や誹謗中傷が極端な場合は、裁判に訴えることで、事前抑制例外として可能であるという判例もありますしかしこれは特殊場合だと考えるのが自然でしょう。基本的には訴えるのは表現の後で、というのが原則だと考えています。それほど言論の自由表現の自由というのは私の中では重たく考えているのです。

https://ja.wikibooks.org/wiki/%E6%A4%9C%E9%96%B2%E3%81%A8%E4%BA%8B%E5%89%8D%E6%8A%91%E5%88%B6%E3%81%AE%E7%A6%81%E6%AD%A2

検閲と事前抑制禁止


事前抑制

もっとも、ある制度検閲にあたらないとしても、事前抑制として表現の自由(21条1項)の侵害にあたらないかどうかが問題として残る。事前抑制絶対的禁止ではないが、厳格な要件でそれが表現の自由の侵害にならないか審査する必要があるとされている。

この点につき、事前抑制合憲性の判断枠組を示したのが、北方ジャーナル事件最大判昭和61年6月11日民集40-4-872)であった。本判決では、民事訴訟法の定める名誉毀損的な出版物の事前差止めの仮処分が、1.検閲にあたらないか、2.事前抑制にあたらないか、が問題とされた。本判決ではまず事前差止めは検閲には当たらず、21条2項には反しないとしている。その上で、事前抑制が許される極めて例外的な場合にあたるかどうかを次のように審査している。

以上の判断基準に則り、北方ジャーナル事件では出版物の事前差止めは21条1項にも反しない、とした。

anond:20180919025553

https://anond.hatelabo.jp/20180919121421ベースに....

1. 週末や連休はとにかく寝て過ごしてみる(研究室には、ロタにかかったので人にうつさないように自宅療養するという。この程度の嘘はつけるようになっておこう)。1日中寝て、それでも疲れが滲み出てくる、あるいは休めないようであれば、限界に近いので疲れが滲み出てこなくまで自宅安静。3日寝てもだめなら診療内科へ。

#九大の事例はかなり特殊普通おこらない。なんの身分も持たない人間が部屋を使っている事自体異常事態)。事件を起こした人や属していた組織精神的・構造的な問題を抱えていた可能性が高い。一方で、この特殊事件きっかけに心乱れてしまったあたなも、メンタル的にかなりまずい状態にあるとは思う。少し休んでみて、体や頭がどういう反応を示すか、は自分状態を知るのに有効だと思うのでおすすめする。基本的には、「元気が出てくるまで休む」だけど、3日以上かかるようなら、うつ病などになっている可能性が高く、疲れが慢性化してしまっているかもしれない。この場合は、自力回復は難しいと思う。

2. できれば教授自分の思いをうちあける。しばしば、だめだと思っているのは本人だけで、周りはあなたのことをよくできると思っているかもしれない。(が人の心を持っていない教授も数多くいるのでそのあたりの見極めは必要

3. 博士の取得条件は、研究室依存性が大きい(ほぼ教授の一存で決まってしまうので)。分野にもよるが、ときどき「オーバーして苦労して取ることに価値がある」と思っている人がいるので、要注意。とくに、一番最後になって文句を言い出す「ちゃぶ台返し系」は厄介で、関わると精神を病む。これは先輩の動向を見るしかないと思う。

4. 都道府県によっては、理系博士持ちは教員採用試験優遇される場合がある(ほぼ採用されると聞いたことがある)ので、自治体の要項をよく調べておくとよい。脱出口がみえると楽になるかも。

エロの話を公然ネットで表明する意味分からん

オタク差別だの表現の自由だの、そんな事に一生懸命になれる脳の構造がうらやましい。当人にとっては死活問題なんだろうけど、俺にとってはかなりどうでもいい。ミソジニーだのフェミがどうとか、それが目の前に差し迫った問題であるって認識という事はすごく平和なんだろうなと冷笑してますよ!ほら、俺冷笑系ですごくね?

anond:20180919023638

20年引きこもってるやつ知ってるから長期懲役刑特別厳罰だとは思わない

長寿化が進んでさら家族持たない人生普通化して個人主義跋扈する今は余計に長期の懲役世間の求める「厳罰」とはかけ離れていく

それがさら厳罰化に拍車をかける構造

犯人だけでなく親兄弟実家やご近所、地域全体も連帯責任だ!ってな感じにネット世論は沸騰する

 

世間の求める厳罰とは多分懲役数字を加算するだけのものではなくて犯罪者見える化、罪を犯した人の二級市民化であり、そのための法制化を必要としているのだろう

anond:20180919015322

そもそもオブジェクト指向のものが40年以上前技術だろが。

生物が単純な細胞の組み合わせと相互作用で複雑なシステム構成するモデルに習って、単純なオブジェクトメッセージパッシングの組み合わせでプログラム表現する事で、プログラムを完結する小さなオブジェクトという単位に分割し、管理困難な複雑さに対処する事がオブジェクト指向本質だろ。

構造化との違いはデータ構造管理単位に含めた事で、これによって複雑な状態管理オブジェクトの中に閉じ込め、インターフェースだけ意識すれば良くなった点。

本質理解していればオブジェクト指向プログラム作るのにオブジェクト指向言語とか必要ない。ジェネリクスとかそもそもオブジェクト指向関係ないし、後付けのいろんな用語に騙されて本質を見失うなよ。

日本語オブジェクト指向が相性良いと言われてたのは日本語語順オブジェクトメソッドというプログラム上での表現に似ているから、日本語話者にはすんなり理解やすいよねって点。

AI人生を賭ける人たちは何を夢見ているか

ネタ元:

なぜ日本人工知能研究世界に勝てないか 東大松尾豊さんが語る“根本的な原因”

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1809/18/news011.html

 

結論から言うと、私はそこまで悲観してない。ビジネスとして非常に厳しい状況にあるのは確かだが、研究領域としてはアメリカ中国もまだ入り口に立ったに過ぎない。

 

AIの話をする前に、今のコンピュータの話を少ししておこう。皆さんの目の前にあるパソコンとかスマホの話だ。

これらに入っているCPUとかメモリとかは、究極的にはたった "NANDゲート" という立った1種類のゲートの組み合わせで表現可能だという事を聞いた事がある人は多いだろう。この NANDゲートというやつは、こういう簡単演算が出来るにすぎない。

 

便宜上、ここでは * がNAND演算を表す演算子だとすると

 

0 * 0 = 1

0 * 1 = 1

1 * 0 = 1

1 * 1 = 0

 

たったこれだけ。たったこれだけの素子の組み合わせで、計算機でもメモリでも何でも作れる。たったこれだけしかできない素子であっても、これを何十億個という規模で組織的繋ぎ合わせ、その上でソフトを走らせれば PCスマホになる。極論すればね。もちろん実際には、もっと効率の良いやりかたに最適化されているが、それは枝葉末節の話だ。

 

話を戻してAIの話だが、この話の始まり人間脳みそ研究と繋がっている。 長年研究されてきたにもかかわらず、人間脳みそについて解っている事と言えば、部位ごとの大まかな機能と、あとは細胞レベルの話で、全容解明などというにはほど遠い団塊にある。ただし、ここで1つ、非常に重要発見が数十年前にされている。 1つの細胞は、驚くほど簡単な事しかできない、という事だ。1つの細胞の働きをコンピュータ上でシミュレーションすることは、今や簡単ことなのだ。

 

感の良い人は、ここでおわかりだろうか? 

 

NANDゲートのような単純な素子であっても、それを何十億個という規模で組み合わせれば、コンピュータを作る事ができる。

 

そして、人間の脳も、どうやらその構成単位は単純な事しかできない脳細胞であり、それらがどのように組織化され、繋がっているかという事を解明していけば、脳みそ再現できるんじゃないか?ということだ。その構成単位である細胞の事は、すでに解明されているのだ。

 

例えば40年前に、「NANDゲートを十億個ほど詰め込んだチップを積んだ携帯端末が、やがて普及して、だれもが携帯するようになるだろう」なんて、信じる人はごくわずかだっただろう。でも現に、現在そうなっている。

ということを踏まえるならば、現在既に1個の脳細胞の働きは解明されていてシミュレーション可能なのだ。それを何億個か何兆個かくみあわせたようなものが将来実用化される可能性は? ゼロではないんじゃない?

そこに賭けている人たちが居る訳だ。その大きな構造の中で、現在AIというものを見ないと、本質を見誤ると思う。

 

そういう意味では、研究領域としては、アメリカ中国もまだ入り口に立ったに過ぎないのだ。

2018-09-18

息子だけど、親権押し付け離婚した母親について

そういえば自分の周りに親権を押しつけて離婚した母親がいたなあと、元増田を読んでいて思い出した。

もう20年近く前の話だし、元増田の元家庭とはずいぶん環境も違う。

記憶も定かでは無いけれど、「親権押しつけて離婚した母親」がどう見えたか、息子の立場の思い出で自分語りする。

母親最後に見送ったのは私と弟だった。

私の母親は、私が10歳の夏に家を出ていった。

母親の姿を私が最後に見たのは自宅の玄関

私と弟が学童保育から帰ってきて一息ついたあと、入れ替わりで母親は家を出ていって、そのまま帰ってこなくなった。

私と弟がどこにいくのか尋ねたところ、

ちょっと買い物に出かけてくる、あんたたちも来る?」と母親は応えた。留守番をしている、と返したと思う。

まだ日が落ちる前で外は暑かったし、エアコンが効いた部屋から出たくなかった。

それが母親と面と向かって話した最後の会話だった。

その日以来、母親は帰ってこない。ずいぶん長い買い物である

父親が帰ってきたのは20時ごろだったと思う。

母がいっこうに帰ってこないから、勝手レトルトカレーを食べるか迷っていたところだった。

そこから記憶あいまいで、「お母さんは買い物に出かけている」と父親に伝えたこと、その日は結局帰ってこなかったこと、

翌日の夜に「お母さんはもう戻らないんだってさ」と父親に伝えられたことは覚えている。


日経ってから改めて、「お前たちはどうする?お母さんについてくる?」と父親に聞かれた。父と母だけで子供に見えないところでやり取りをしていたんだろう。

私と弟は、間髪入れずに「父親についていく」と伝えた。

子供ながらに、「父親は家に住んでいる、母親は家を出た」「父親仕事をしている、母親パートタイムで働いている」「母親と一緒になるのは不安しかない」と思ったから。

その日からしばらくは子供部屋ではなく、父と母親の部屋で寝ることになった。

父親には「お父さんが寂しいだろうから」なんて言ったけど、たぶん怖かったんだと思う。寝ている間に父親もいなくなったら、とかたぶんそういうことを考えてたんじゃないか

家庭事情、なぜ離婚したのか

正直なところ、離婚前後夫婦関係母親の状況について、父親に聞いたことはない。父の浮気のようなわかりやす理由があったのかも分からない。

当時は、父親の機嫌を損ねたくなかったから、そんなの聞けるわけがなかった。

私も弟も父親も、母親がいなくなって、各々で新しい日々を送ろうと四苦八苦していたし、そのうちに聞くタイミングを失ってしまった。

というかよく考えたら、父と母親の馴れ初めについてすら詳しく知らない。なにしろ私がそんなものに興味を持つ前に離婚してしまたから。

父の年齢から離婚時点の年齢を考えると33~4歳前後になるから、彼らはおそらく大学を出てすぐに結婚したんだと思う。

父は普通サラリーマン帰宅20前後母親も、私が幼稚園の頃からパート勤務をしてて18時頃の帰宅が多かった。

なにしろ大学を出てすぐ私たちを生んだわけだから我が家にも給料的には余裕が無かったはずだ。

共働きということもあって、私と弟は小学校に入るとすぐに学童保育に預けられた。

周りの友人たちの母親専業主婦ばかりだったし、いま思えばマイホームを持った落ち着いた家庭が多かった。

記憶にある限りでは、私の母親PTAなどにもほとんど参加していなかったと思う。地域での友人関係というのも無かったんじゃないか

当時は家の鍵を渡されてなかったから、学童保育から帰ったあとは玄関の前に座って、母親の帰りをぼうっと待っていたのを覚えている。

食事レトルトや総菜がほとんどだった。忙しかったんだろう。

離婚の経緯に関しては唯一、母親祖父から「あの子あんたたちを育てるのを投げ出した、だから勘当をした」という趣旨の話を聞いたことがある。

そのため、母が家を出て行った理由は、私と弟の世話に嫌気がさしたからだと思っている。

実際、当時の私と弟は問題児で、小学校でも幼稚園でも喧嘩忘れ物などの問題行動をよく起こしていた。

まり詳しく覚えていないけど、家庭でも似たような状態だったのだと思う。酷く手のかかる子供だったと思う。

そんな状態である上に、私と弟は昔から比較的父になついていた。母親から見れば「男3人と自分」という対立構造に見えるときも多かったんじゃないだろうか。

上に書いたように、父と母親のどちらにつくかのやり取りもあったから、子供目線だと「母は親権押し付けて出て行った」のではなく「僕たちは自分父親を選んだ」という意識を持っていた。

でも、こうして書いていると、やはり母親私たちと居ることが耐えられなかったんだと思う。

「買い物」に出ていく際の「あんたたちも来る?」という問いは、きっとそんな耐えられない息子たちと自分関係を確かめ意味言葉だったんだろう。

ごめんね、お母さんよりも冷房を選ぶような息子たちで。あの日暑かったからなあ。

離婚のあとのこと

断片的な記憶だけど、父親離婚届を書いているところ、書類を返送する際に「こんな男と10年以上いてくれて~~~」という趣旨手紙を添えていたことを覚えている。

父は「本当にお母さんと連絡したいと思ったら、この携帯番号にかけたらいいから」といって、母の連絡先が書かれたメモ電話機のわきに残してくれた。

何度か電話をかけた記憶はあるが、そのとき何を話したかはもう覚えていない。

しばらくは祖父母が手伝いに来てくれていたこともあり、私も弟もすぐに母親がいない生活に順応した。メモはしばらく壁に貼ってあったけど、どこかにいってしまった。

その後、母親祖父から絶縁されたらしい。

もっとも、何年かに一度は連絡がある、ないしは帰ってきていたこともあるらしいので、本当のところは知らない。

私が二十歳を過ぎたころぐらいに、祖母から母親と会うつもりはないか」と聞かれたこともあった。

ただ、そのときにはもう私も大学生だったし、妙な蒸し返し方をされるのが不気味で会うのを拒んでしまった。「会わなかったぶんのお小遣いをくれるなら考えるよ」とかなんとか適当なことを言って。

小遣い自体は実際にもらった。

大学時代、祖父母の援助で車の免許を取得させてもらった。

あとから聞いた話によると、これは母から祖父母に「息子のために使ってほしい」とあずけられたお金から出されたものとのことだった。

祖父から「残りは、いつかお前たちがいい人を見つけて結婚式をするときに渡したい」と言われた。

父と母親の間で、慰謝料だか養育費だかの金銭のやりとりがあったかについては、知らない。たぶんもう知ることもないと思う。

私のその後

離婚してすぐに一家4人ですごしていた家からは引っ越すことになった。

学校が変わったことがきっかけで、無自覚問題児から自覚のある問題児に変わった。

父親との関係とは紆余曲折あったものの、大学までは出してもらった。

その間、母親がいないことで不便した記憶というのはほとんどない。保護者参観に親が来ないことにもすぐに慣れた。

中高生ときから料理をするようになったし、親が家にいないおかげでのびのびと生活していたから、むしろ恩恵のほうが大きい。

最近になって若干面倒になってきたのは、職場の同僚や知人から

「いつ結婚するのか?」と尋ねられること。

これは母親がいなくなったこととは直接関係とは思うけど、異性と生活を共にして、家庭を持つイメージがどうしても持つことができない。

おじいちゃん、お母さん、ごめんなさい。どうも僕はあのお金をもらう気にはなれません。

母親をどう思っているか

今になって思うと、ひどく気の毒に感じている。

母親が私を生んだ年齢をすぎて数年が経つ。もし今の私が、私のような子どもを持っていたとしたら、おそらく私だって投げ出すと思う。

もっとも、母親が買い物に出かけた理由が、本当に私たちだったのかは知るよしもないんだけど。

元増田について

本当にお疲れ様でした。

自分語りをしながら、もしかしたら私も元増田の書いてるような「隠し通された子供」なのかもしれないのかなあ、なんて考えてしまいました。

ただ、いずれにせよ元増田さんの体験元増田さんだけのものですし、好き放題に増田で叩かれたり、長文で自分語りする父子家庭出身者が現れても、あまり気に病まないでください。

どうにかいろいろと上手くいくようになって、元増田にとってもお子さんたちにとっても一番傷が少ない結果になるように、祈ってます

https://anond.hatelabo.jp/20180918120625

社会正義を叫ぶひとに対する一抹の違和感

一言でまとめると「自分が支持し、主張する立場恣意性(非論理性)に無自覚人間が多すぎる」。

青識亜論まわりでいま丁度燃えているけど、個人的な印象論の範疇で言えば、フェミニストLGBT側の立場人間は、「自分他者を抑圧している可能性」というもの無自覚すぎるんですよ。

自分が、自分自身にとって大事だと思う権利を守るために、それを侵害する他者権利を抑圧する」、これ自体別に珍しくもなんともない。だけど、それを無自覚にやるのは流石に問題がある。丁度、「ラノベの表紙が気持ち悪い」「LGBT気持ち悪い」「殺人」を等価に置いた社会学者がいたよねという話題でもそれは結構散見される。

今更こんなことを言わなきゃいけないくらいに人類の知性は発展してこなかったんだという事実を目の当たりにするのは悲しいけれど、「論理的に等価である」というのは別に珍しくもなんともないんですよ。

LGBT気持ち悪いと思う権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと思う権利」も、誰にだってあるんです。

そこから一歩進んで、「LGBT気持ち悪いと発言する権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと発言する権利」も、誰にだってある。ただし、そこには発言したなりの責任が伴う。「LGBT気持ち悪い」と発言することによって、LGBTである人々を抑圧することはあるでしょう。それと同じことで、「ラノベの表紙が気持ち悪い」と発言することによって、ラノベの表紙を描くことをライフワークにしているイラストレーターさん・ラノベの表紙によって生きる糧を得ている人々(ざっくり言うと女性から切断された「キモくて金のないおっさん」を例に挙げておきますが、もっと単純にそれを単純に「いいイラストだなー」と思いながら受容する人々[男女問わない])を、抑圧することもあるでしょう。

そこは、何をどう解釈したとして、論理的に等価です。

では、その二つの何が違うかって、「何かを気持ち悪いと発言することで、どれだけの存在保護しようとしているのか。そうすることで、どれだけの存在を切り捨てることになるのか」という違いでしょう。

LGBTへのヘイト発言禁止することで救われるLGBT当事者気持ち価値は、LGBTへのヘイト発言禁止された人々の気持ち価値を上回る。LGBTに対するヘイト発言は、LGBT当事者を下手すると死にすら追いつめてしま可能性があるし、そういった想像は容易だからだ。

では、それと論理的に等価であるところの、「ラノベ気持ち悪いと発言する」ことの場合はどうなのか。ラノベ気持ち悪いと言われることで抑圧される対象は、発言を受けたことでLGBT当事者と同程度に守るべきなのか。これは個人的見解だが、同程度の重みを持たせることは、少なくとも想像範疇では難しいのではないかと考えている(これは、あくま個人想像範囲である)。

だけど、そこから一歩進んで、「気持ちいか規制すべき」という話になると、話は別だ。

LGBT気持ちいからその権利規制すべき」となったら、まあ、少なくない人間直感的におかしいと思うだろう。「気持ち悪い」という内心の権利を守るために、他者人権制限するというのは、保護法益バランスが全く取れていない。

では、「ラノベの表紙が気持ちいから、ラノベの表紙を制限すべき」という話になると、直感的におかしいと思う人が減る、という印象が、本増田にはある。減る理由はわかる。当事者属性の違いだ。LGBTである人々の存在は、少なから想像がつく。フェミニズムが守ろうとしている「女性」という存在も同様である。それに対して、「ラノベを表紙を制限することによって抑圧される人々」の存在がやや想像しづらいというのは、まあ、わからなくもない。

ラノベの表紙は「娯楽」である。娯楽に対して、LGBTというのは在り方そのものである。在り方そのものと、娯楽とであれば、そこの比重が異なるのはわかる。だが、世の中には、少数であっても、「ラノベの表紙を書くのが生業である人々」「ラノベによって救われている人々」が存在する筈なのだ。そこにあるのは、人類の数%(1億人近く)の権利を守るために、数千人の権利を縛るべきかどうか、という利益衡量の問題である人類の半分である女性権利を守るために、何千万人と存在するミソジニーな人々を抑圧すべきか。あるいは、女性権利を守るために、ラノベ関係する人々の権利を抑圧すべきか。

ここで本増田が言いたいのは、「お前の発言で抑圧される人々がいるから、ラノベの表紙を気持ち悪いと言うな」という話ではない。

現実世界において権利権利がぶつかるのは当然であって、そのような現実において、ある特定立場の人々を「守らない」という選択をするのは、仕方がないことだとは思う。だけど、その「守らない」という選択したことから目を背けるのは、誰がどう取り繕ったとしても、欺瞞しかありえない。

LGBT気持ち悪いと思ってしま人間にとって、それは仕方がないことだ。だが、発言した瞬間に、LGBTの人々を敵に回す覚悟必要だ。

それと同時に、ラノベの表紙を気持ち悪いと思う人間が、それを口に出し、主張する場合、「他人を抑圧する」という現実から目を背けてはならない。

況んや、「規制すべき」という話になると問題はかなりでかくなる。ここに来ると、「規制すべき」という形で、表現の自由問題が関わってくるからだ。

表現の自由」は、誰かが誰かから抑圧されないための権利である(それは主に公権力であることが多かったが、それ以外の私的権力からの抑圧を防ぐためでもあろう)。それは、どんな人間にとっても、本来的に備わっているものである、と法学人権定義をそのように構築してきた。それを制限するためには、それなりの整合性、具体的には「保護法益がどの程度大きなものなのか」を精緻検算しなければならないと、様々な判例の構築によってその線引きを見積もってきた。世の中の人々が考えている以上に、表現の自由ものすごく大きなものなのだ

それに対して、気軽に「ラノベの表紙が気持ちいからそれを制限しよう」と言い出す人たちは、その権利の重さをどの程度理解しているのだろう。「ラノベの表紙が女性扇情的に描くことで、女性蔑視・女性の「モノ化」・男尊女卑的な観念等を強化する」というのは理解できる。そして、それを守ることがそもそも男尊女卑的な、フェミニズム批判し続けてきた構造権力を強化するから全く擁護できない、という話もわかる。

だけど、それを主張することで、逆に自分たちが誰かを抑圧する可能性について無自覚か、目を背けているひとが多すぎやしないだろうか。

最悪、抑圧が発生するのはいいよ。民主主義ってもの絶対に少数派の意見を切り捨てる(厳密に言えば、多数派は少数派の意見を最大限聞かなくちゃいけないのだが、本題から逸れるので一旦措く)ので、仕方がない、避けようがない部分もあろう。でも、「そもそも自分たちは誰も抑圧していない」と言いはじめるのは、何か違うんじゃないか

俺が、青識亜論は少しむかつくけどそれ以上に彼を擁護したくなるのは、それが原因だ。青識亜論は特権性について何度も言及していた。市民社会において、どのプレイヤーも、プレイヤーとしては等価な筈なんですよ。市民市民を抑圧することはできない。市民は抑圧に対して抑圧に反発する権利がある。その権利が、あたか存在しないようにふるまう少数派が多すぎる。

せめて、「私は少数派の権利を守るために多数派権利を抑圧する立場に立ちます」くらいの大上段はふるってほしいものだ。本増田はその権利を守る。

女って真面目で常識に無警戒だから政治に向いてないと思うわ

女って正しさや常識には敏感なのに高次の理念に考えが至らない人が多いか政治に向いてないと思うわ。

経済的資本主義的、美人投票承認構造、低次元現実観、階級差別形式主義、非加害者加害者、無敵の受動性、正しさには敏感でも寛容の意味を知らない

これらの特徴は女性一般に見られる。

たとえばホームレス貧困者などの社会的弱者には正しさとして接することはあってもえてしてまじわることはない。非マジョリティーという認識をもってマイノリティーに接する態度。差別はしないが区別はする区別主義者

自分空気をつくることはせず男性が醸成した空気には気に入るか気に入らないか判断して批判してもかまわないという無敵の受動

イケメンと人が判断する人を自分イケメンだと無自覚に考える無思考承認構造

常識法律マナーなどには敏感であるが法を超えた仲間意識を持つことはない。

社会全体を考える社会主義、ではなく現存社会性に準拠した正しさに敏感な社会主義者

メタ倫理の欠如、正しさを俯瞰しない不寛容

公正性について考えない。

哲学的態度のなさ。

無自覚無謬主義者

経験主義

逐一正しさを棚から引っ張り出してくる瑣末主義者

これらすべては女性一般に見られる特徴である

欧州がなぜインターネット規制しようとしているのか

はてなではこの辺の話を全然わかってる人がいないようなので少し書こうと思う。

まぁ大した話じゃないので聞いてくれ。


EU一般データ保護規則(GDPR)やリンク税の推進など昨今EUインターネット上における様々な法案日本国内でも取りざたされるようになってきた。

はてブ内では批判的な論調大勢を占めるが多くのコメントを見ていてもなかなか大局的な指摘をするコメントが少ないように見える(もちろん知っている人もいるだろうけどあえて言っていないような気がするんだけど気のせい?)


これらの法案はざっくりまとめると以下のような法案だ。

GDPR

 EU域内において個人情報を扱うモノは規則にしたがって個人情報を扱わなければならない


リンク税(副次的著作権法

 リンク先のサイト著作権管理下に置かれたものだった場合リンクを張られた側は著作権料を請求できる。


また、ここまで大きくないところでも配信事業者一定自国コンテンツ流通させるようにする話も出ている。

これらの規制に関して着目すべき点は「インターネット国境などない」という点に非常に自覚的である点だ。

特にGDPREU域外企業にもEU域内データを扱う場合規則を課すというのは決定的な点である

またリンク税に関しても一定の規模以上のサイトGAFA etc...)と限定した点からも伺える。

アメリカに端を発するWWWはあらゆる国境をなくし、自由電子世界標榜してきた。

こういった、カリフォルニアン・イデオロギー的な態度は現インターネット内で大いに力を奮ってきた。

世界中の人々の情報を共有し、伝達速度を限りなく0に近づけ理想的世界を目指してまい進してきた。

しかし、近年そういったカリフォルニアン・イデオロギー、つまり新自由主義的な態度が果たしてインターネット及び現実世界によい影響を与えているのだろうか?

という疑義が巻き起こってきている。

Twitterはてブを使っているはてな民諸氏には最早言うまでもないだろうが、インターネット差別罵詈雑言、他クラスタに対する憎悪を溜め、社会を徐々に分断していった。

そういった事態は徐々に現実世界侵食し始め、極右政権の台頭やナチズム歴史修正主義の台頭を促してしまった側面は否めない。

ガンダムいわく、誤解なく分かり合える人々として定義されたニュータイプであったが、他者の真の感情理解してしまったニュータイプはむしろ憎悪つのらせ戦争プロパガンダの道具となってしまった。

インターネットはまさに同様の現象引き起こし共感歓喜を生むと同時に人々を分断する道具になってしまったと言うことだ。

EUはそういった事態認識し、今まさにインターネット上におけるカリフォルニアン・イデオロギー破壊しようとしている。

おそらく当初この事態で想定されていたのは中国である

中国の急速なAIテクノロジー進歩中国国民個人情報データ化による社会コントロールの有様を見て最早猶予余地はないと判断したように思える。

国境のないインターネットを介しての中国の影響力を回避しようとしたわけだ。

しかし、事ここに至っては想定しているのは最早中国だけではない。

近年のメインターゲットはアメリカである

英語圏の影響力が強すぎる日本インターネット圏に生息している場合気づきづらいが、インターネット社会全体が明らかにアメリカ人だけの影響を異様に受けるようになりつつある。

英語圏での主義主張ネット上に拡散させ多国間でその生息域を拡大しつつある。

先日行われた全米テニス選手権における報道で気づいた方も多いと思われるが、アメリカで行われた報道に影響される日本人が増大している。

しか事件のあらましをよく精査せずにそのままアメリカメディア)の思想を垂れ流していると言ってもいい。

これは明らかに危険兆候である

インターネット社会は各国の事情をまったく意に介さずに全てアメリカ規準物事を見てしまうのだ。

こういったアメリカ思想を全て正しいものとし、全世界に拡大することを私は"アメリカイデオロギー"あるいはより限定的に"ユナイテッド・ステーツイデオロギー"と呼ぶ。


テニス選手権の話以外にも、近年であればMeTooの事案が記憶にあたらしいだろう。

フランス女優安易MeTooに苦言を呈した話だ。

批判を受けて一部謝罪しているが、根本メッセージは変わっていない。


これは日本例外ではない。

例えばヴィーガン欧米流行し始めているが、この思想日本流行した際に発生するリスクがやはりある

日本人であれば誰でも思いつくと思うが「部落差別復興である

もちろん文脈の違う部分からおこった思想であり単純に現ヴィーガン過去日本思想比較することは出来ない。

しかしだからしてより危険なのではないかと考えられる。

部落差別であるという批判をあっさりすり抜けて肉食業者に対する過剰な批判が巻き起こる可能性があるからだ。

現在日本では比較的穏健なベジタリアン等が多いし、かなりのマイノリティの為に特に問題は起きていない。

しかし先日フランスで発生したヴィーガン肉屋襲撃を見れば想定されるべき事態は深刻である

日本では部落出身者に対する差別が横行し、戦後漸進的にそれを解消して行った。

いまだその差別は消えはしないが多少はましになったと言える。

それをアメリカイデオロギーによって再興されては困るのだ。

現代日本肉屋テロリズムを仕掛けることなどあってはならないことだ。

アメリカインターネット上の議論を見ても、ネイティブアメリカンと重ねあわされることが多いアイヌ米軍基地存在し、中国と関連してくることの多い沖縄についての議論は時たま発生しているように見える。

しか部落差別欧州はともかくアメリカではむしろ忌避すらされているのではないかとすら思える。

これは明らかに利害衝突が発生するからだ。


ともかく我々ネット住民及び日本国民、いや世界は岐路に立たされているのだ。

EUのこれらの規制はこういったアメリカ思想の過剰流入を食い止めようとしているように見える。

真っ先にコンテンツ規制があがるのもそういった思想を過剰に拡散されては困るからだ。

しかし、日本ではそのような議論がまったく巻き起こらない。

唯一そのような主張をしている人をただ一人知っているがあまり賛同は得られていないようだ。

私自身も完全にグレートファイアウォールネットを分断しろとまで言うつもりはない。

しかし何らかの形でインターネット構造再考を迫られているのは確かだ。


ちなみに私は専門家でもなんでもない。

単なる素人である

よってこの文書怪文書の類として読んでもらっても構わない。

どのような行動をとるかはあなた次第だ。

R18コンテンツと私の子時代

少し後ろめたいことを書こうと思う。

子供の頃から異様に人体の構造や肉体に興味があった私は

ネットがまだ広くなかった小学生時代はそういったコンテンツ図書館本屋でよく漁っていた。

最初戦争関連の本で規制が薄かった空襲原爆の焼死体写真集から

ネット探検できるようになってからグロ画像積極的検索し、

人体に興味があったのだから自然アダルトコンテンツにも手を出していた。

平気でツタヤアダルトコーナーを興味津々にうろついて父にたしなめられる位、子供の頃の私の好奇心は強かった。

その時の私にとって、R18表記は実際にその年齢に到達しているか関係なく、

コンテンツを見ることで自己判断のできる(クレームを後からつけない)大人と同じ精神であることを確認しているようなものだった。

大人になった現在、それなりの痛みや苦しみを味わってきた分、グロは一切受け付けなくなったし、

グロが中心のホラー映画は、エンターテインメントであるとわかっていてもグロが入っているだけで避けるようになった。

しか未成年であっても自ら進んで大人向けのコンテンツに触れてきたこ自体は後悔していない。

しろ子供のうちに知っておいて良かったという、安堵に似た感情を今は抱いている。

もちろん、自然好奇心を満たすために自分から積極的に手を出していたのだから当然なのだが、

からと言って「気持ち悪い」「目につく場所に置いて欲しくない」と言われるようなものを堂々と無差別な人目のつく場所利益のために置いて良いのかというと、

やっぱり確認する表記必要なんじゃないかと思う。

そういったコンテンツは「後ろめたくても、見たい」と思う私みたいな人間が自らの判断で見るものであって、

無理やり目につく場所で見せられたら当然、子供大人関係なくクレームをつけられるリスクがあるのだから

2018-09-17

PSO2運営はいつになったら誰も英雄を求めてないと理解するのか

PSU時代からずーっと批判さらされてるのに、未だに理解が及んでないようで本当に驚く


初代PSOそもそも英雄になる」話ではない

「気づいたら英雄(の魂)を救っていた」話だ

少しずつ地下に進んで、メッセージパックやクエストを進めて真相にたどり着く、

その過程は決して主人公英雄として祭り上げるようなものではなかった

主人公は「行方不明だった英雄が実は敵に殺されていた、その真相を明らかにした」ことで

英雄を超え」て見せた


MOとして最低限のストーリーラインしか求められていなかった初代で

あっさりと「英雄越え」を示して見せたのに、PSUからPSO2 EP5の今に至るまで

ずうっとずーっと主人公英雄の成り損ないに貶め続けている


PSUでは色気を出して顔あり主人公アバターキャラを併存させてしまい、

ストーリー上においてアバターキャラは完全に異物と化した

烈火のごとき非難を浴び、PSUのEP3ではNPCががんばって寸劇中に主人公話題を振るようになった

当然だが、そういう小手先だけの問題ではない


PSO2は一転してアバターキャラサクセスストーリーになった

謎解きを経て英雄呼ばわりされるようになっていく

EP3~4のストーリーでは喋れもせず自分物語を動かす力もない主人公を引き続き英雄呼ばわりして

必死ストーリー上の「英雄」に祭り上げていたが、

結局新クラスとして「ヒーロー」を実装してしまった

またもや「いまのお前は英雄じゃない」をやらかしたのだ、ゲームシステム上で。何と愚かな


ストーリー上の粗相は「やらなければいい」で済む問題だが、

PSO2の運営はそのどうしようもない愚かさでもって「お前は英雄じゃない」とゲーム全体から語ってしま


英雄とは即ち成功者メタファーだろう

少年漫画やらジュブナイルやらで主人公少年父親を超えようとし、

苦労の末実際に超えていくのはその過程によって

「キミも父親成功者(=大人)のようになれるよ」と読者たちに伝えるためだ

RPGはそのプロセス上ゲームを辞めさえしなければプレイヤーの誰しもが必ずいつか成功するわけで、

構造プレイヤーの誰しもが成功者英雄なのだから

プレイヤー化身であるアバターキャラストーリーシステム上で必死英雄として認定してあげる必要がない


英雄になる過程を描くということは、とりもなおさず主人公英雄でないと示し続けるに等しいことだ

それを初代PSOでは理解していたから「設定上の英雄を救う」という方向で「英雄越え」をしてみせたのだろう。

ゲーム側がすべきなのはストーリー英雄にしてあげる」ことではなく

「すでに己が英雄であると気づかせる」ことなのだとわかる


J-RPG全般において脚本の弱さというものは常々指摘されているが、

PSO2運営における意識の至らなさは未熟を超えて非常識の域に達している

もう2018年だぞ、いい加減学んでくれ

建設業退職した話

建設業であまり退職エントリ書く人がいないので、退職エントリを書こうと思います

(以前、土木系の方が退職エントリ書かれていて触発されてる部分もあります。ちなみに私は建築系です)

私は大手5社、いわゆるスーゼネってとこにいて、

最初現場に2年現場、その後設備設計として2年働いていました。

最初現場で嫌というほど疲弊して、やっと内勤になれるって思ったのに、内勤もめちゃくちゃハードワークだったので、もうこの業界無理ってなり、退職決意しました。で、無事退職できたので、退職エントリ書いてます

これから建設業界に入るという人に、実情を知ってもらう事で私と同じ様な人が増えないことを願ってます

建設業界について、現場で思ったこと・設計で思ったこと・共通事項の3部構成で書きたいと思います。勢いで書いたので乱文ですが…。

現場で思ったこ

・朝早すぎ!朝早いくせに残業代出ない

朝礼のために早朝から出勤してんだから残業代だせよ。

朝早くから出勤するのが当たり前みたいな風習なんなの。

ちなみに建設現場は大体8:00〜8:30の間に朝礼があります

そして朝礼前には、新規入場者教育といって、初めて現場に入る職人さん達に注意点を教える会みたいなのがあります。(労働安全衛生法でやらなくてはいけないと決まってます)

その新規入場者教育をやる為に、朝7:30頃には現場事務所にいなきゃいけないのです。

・寮が郊外すぎ、遠過ぎ。意味ない。

前述のように、現場は朝早いんだけど、現場までドアツードアで片道1.5時間くらいとか掛かるとか、終わってる。ただでさえ、少ない睡眠時間通勤時間で費やさなくちゃいけないとか、終わってる。

お願いだから家賃補助出して現場の近くに住まわせてくれ。

残業多すぎ

現場事務所に泊まるとかは、日常茶飯事。

なんでそんな事になるのかというと、17時までは打合が入りっぱなしっていうのがザラだし、

突発的な現場対応なんかも頻繁に起こる。すると日中帯はデスクワークとか全然出来ない。

必然17時以降にやっと作業ができる。こうなると

せっかく集中してんのに電話掛かってきて、集中切れるみたいな事多すぎ。

ちなみに忙しい時とか残業時間160時間くらいいってるはずです。覚えてないけど。(残業時間申告できるのは80時間まででした。)

サブコンがクソすぎる

これに尽きる。ゼネコン現場では、設備系だと図面とかは基本的にはサブコンに描いてもらうのだけど、本当にクソみたいな図面しか出てこない。契約図にあるはずの機器を描き漏らす、凡例が載ってない、等々

あいつら金の事に関してはしつこく言ってくる癖に、最低限記載すべき事項ぐらい描いてから図面持ってこいよ。

ちなみに、こういうクソみたいな図面を直す等をしていて、残業時間が増えます



設計で思ったこ

毎日定例に追われる

1つのプロジェクト毎に、大体毎週1回は定例があります。立て込んでくると設備定例が1回、総合定例が1回で週2回くらい定例があります

その定例で、施主からしっかりと要望を聞き出し、その要望設備システムとして検討していきます。それを図面パワポ資料などに落とし込み、翌週の定例で議題にあげるっていうのずっとやっていきます

設備システムを考えるっていうのは、楽しい作業なのですが、次にあげますが、作業量が多すぎます

プロジェクトの掛け持ちっぷりが酷い

前項で毎週定例が1つのプロジェクト毎にあると書いたけど、私4個くらいプロジェクト持っていました。

(もちろん一人だけでプロジェクト回してるわけじゃないくて、先輩と一緒にやってるのですが)

そうすると、ほぼ毎日どれかのプロジェクトの定例があり、定例が終わってオフィスに帰り、17時以降に資料作成みたいな感じになる。

ちなみに、先輩とかは8つくらいプロジェクト掛け持ってました。信じられないです。


・コンペが入ると最悪。クソ建築設計ぶっ殺す

あいつら好き勝手言って、突然レイアウトを滅茶苦茶に変更したりする。そして、どさくさに紛れて設備スペースを減らしたりするし。レイアウト変更になると換気量とか諸々各種計算しなおしになるから時間がかかるんだよ。残業増えんだよ。ふざけんなよ。

(優秀な建築設計の方もいらっしゃいます。てかそういう人の方が比較的多いです。)


共通事項

・同期について

仕事できる奴と、できない奴の差が激しすぎ。

はっきり言うと、施工管理の奴らは、勢いだけが先行してる人が多い。(ウェイ系の人が多い)

建築設計構造設計設備施工管理(建築) = 事務系(バックオフィス系)

優秀さで言うと、まぁこんな感じのイメージです。

もちろん、それぞれの中に優秀な人はいるけど、概ねそんな感じ。


まぁ補足すると、建築設計系の人達は、基本的には優秀な人が多い。

施主の要望を読み解いて、それを建築的な解決方法昇華させて、

構造設備的に問題がないか目を配りながら(これは出来てない人も多いが)設計していく感じ。

使いやすく、企業価値を高めるような、美しい建築を作るには、こういった優秀な人達必要ですね。

・窓際のおっさんについて

現場多忙であるが故に、心を壊す人も多い。そういう人達は、本支店支援部門にいく感じ。まぁそういうものなのかな。給料は同じです。

給料について

27歳で800万くらいでした。でも残業が多いからこの金額になってる所がありますね。(あとは今は建設業賞与が多い気がしてます。)


以上、建設業界に入ろうと思っている人に届けば良いなと思います

2018-09-16

anond:20180916183238

それ監督って名前ついてるけど名前だけでほんとうの監督総監督だけだ

末端の作業員にまで十分な報酬を支払えない構造になってるから気の毒だよなあ

週刊で連載してたやつのアニメ化だと時間いか映画みたいに時間かけられないのわかるけど

映画アニメテレビアニメってまた違うだろうしね

anond:20180916181059

元増田が「消費者であるオタクアニメーターの生かさず殺さずを望んでる」って言ってたか否定しただけだよ。まあいいけど。

経営者現場の話になるとまた違う。

だいたい本当の現場なんてどこになるかは下請け孫請け連続で、誰が書くことになるかなんて完成まで誰にも分からないわけだし。

結局製作費が増えても、元請けががっさり持ってって安い値段で下請け押し付ける。その繰り返し。

そんな値段じゃ描けないってなったら、また別の安いところを探すだけ。

安い値段で仕事を受けちゃう現場にも問題はあるし、賃金問題業界内の構造のものに原因があると思うな。

anond:20180916114649

wikiから引用したのは時間節約のためですよ。コピペしてググってくれたんですよね?えらいですねー

しかに少なから搾取構造に乗っている場合もあるでしょう。

ただ経済活動は生きている限りどうしようもないことで「二酸化炭素排出して温暖化を進めるから息をするな」に近い極論ですよ。

あと商品が売れなければ会社は縮小して、まず切られるのは労働者ですから不買運動無意味です。

私が言っているのは資本家労働者関係がゆがんでいるか是正したいね、て話なのですが…

あなた搾取構造存在を認めているなら、もう一歩です。

現状を肯定しても問題は温存される、もしくは悪化するだけですから

2018-09-15

anond:20180915135151

実際に下が上に搾取される構造があるのに現状を肯定してどうするの?

アベノミクス食べ物が小さくなってるのに富裕層が一割増えてるんだよ?

元増田経営者なのかな?

anond:20180915111053

うるせえよ社会主義者ソビエトにでも亡命してろ

社会あくま個人自由奉仕するためにあるのであって

社会構造操作することで個人自由意志や認識操作しようとしている時点でお前は民主主義を捨てている狂人

性欲がない(と自分で思ってる)女の声が大きくて辛い

私みたいに性欲が普通にあるだけで、完全に敵認定してくるのは何なんだ。

人間だろ?普通に性欲あるのが普通だろ?

でもよく観察してみると、男に性的に見られるとこ=負けみたいな感覚なんだよね、あの子たち。

さらに言うと、抱かられること=男にマウントを取られるみたいな。突っ込まれたらアウトみたいな。

から性欲がある私みたいな存在は女の価値をひたすら下げる存在らしい。

何なんだよ、それ。

お前ら何なんだよ。何と戦ってるんだよ。

何を守っているんだ。

女の性欲は男って違って開発していくものだと自分は思ってるから、開発する機会がないと自分に性欲がないと思い込んでしまう女が生まれしまうのは仕方がない。

あ、ごめん、だからまぁ性欲が女も普通にいるのはわかる。男がいたからって開発できるかはお互い次第だ。

※そして、これはBL趣味とは相反しなくて、自分に異性に対しての性欲がなくても、自分関係ない異性同士ならできるのだ。こうして性欲なしの腐女子生まれる。

でもだからって性欲あり女をディスられる謂れはないはずだ。

男とやるだけで、頭の悪い女扱いにされてきた人をたくさん見てきた。

彼女たちは性欲がないから、セックスは男を満足させるだけの行為というのが認識としてまずあるんだと思う。

ちげぇよ!こっちも楽しんでんだよ!!

勝ち負けなんてないんだよ!敢えていえば向こうがイけなかったら確かに敗北感はあるけれど!

男女平等ってこういうことだよね?

お互いに楽しめるっていう。

書いてて思ったけど、性欲がない時点でダメだわこの構造。性欲がないと最初から敗者だもん。

から、なんとかしてみんな開発して欲しい。

広告メニューを知ってQiita記事を書くことへの違和感

Qiitaというサービスがある。

言わずと知れた技術系の情報共有サービスである

技術情報の集約としては非常に優れているし、質問型のサービスに比べて非常に精度が高い記事も多い。

何よりもSEOに優れていて情報検索として非常に辿りつきやすい点である


これは記事を書く側にもメリットがあり、自身サイトを作って記事を公開してWebという海の孤島に記事を置くよりも比較にならないほど、記事がみられる可能性が上がる。

技術者の承認欲求を容易に満たすという点では、現状では最高のサービスとなっている。

ただ、この運営会社の「Increments株式会社」という企業はあまり稼ぎ方がうまいようには見えない。

主な収益構造は以下の5つであるようである


ただ、どこまで稼いでいるのか「2017年12月25日」に株式会社エイチームによって全株式取得となり経営権はうつされてしまっている。

利用勝手もよく、SEO効果も優れており、ユーザーとしては承認欲求も満たされる。

うまくいけば就職転職にも有利な材料になるし、書籍などの話しもくるかもしれない。


Qiitaサイトの純広告の料金

価格自体公表はしていないようだが、Qiitaサイトの純広告などは募集している。

https://zine.qiita.com/products/about-qiita-ad/

記事の料金などは聞いたところによると以下のようである


いかいか判断はあるが、そこまで法外な値段でも無いし、ターゲットが明確なので適正といえば適正であろう。

この記事タグの出し分けで出せる出校。

広告主として見れば細分化していて出しやすい。

しかし、これを聞いた時に感じたのは投稿者としての違和感ではあった。

Qiitaの強みは言わずとしれた記事の多さと内容ではある。

他の記事サイトのように所属ライター記事を書いているわけではなく、一般ユーザー投稿によって成り立っている。

とはいえサイトを成り立たせるのにエンジニアインフラ必要なのも当然なので広告が悪いと言っている分けでは無い。

違和感の原因としては投稿者との信頼関係で成り立っているサイトとして残念に思う原因をあげてみる。

無論、これらはある種のいちゃもんである

これは、Qiitaというサイトを知って、投稿していて、ある種サイト愛着を抱いているユーザー勝手運営側に対して思っていることと、広告メニュー微妙違和感である

別に広告料をとっていると言ってQiita投稿することのデメリットには全くならない。

それ自体上記にもあるように公開されているし、当然のことである

ただ、折角ここまで技術情報が集まっているのにもう少し賢い稼ぎ方はできなものなのだろうか。

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