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2017-06-28

獣医学部を全国に解禁したら獣医師だらけになっちゃ><

ってよりもずっと以前に潰れる学校が相次いで補助金がどんどん無駄になる方が先なんじゃないかと思ってる

つーか加計学園が作る予定だった大学も、この評判と話題性を考えたら開設したとこで経営やばくね?少子化だって言ってんのにさ

飼い犬の脱走癖

小学二年の時に近所から雑種のメス犬を貰い受けた。

僕はこの犬から色んな事を学んだ。

ある日彼女寝床に血痕を発見し、母にひょっとすると酷い怪我をしている可能性があると訴えたが、大丈夫だよとの根拠の無い回答にイラついたが、犬はなるほどそういう物なのかも知れないと諦め、世の中には自分の知らない事が結構有りそうだという予感がしたのだった。

我が家には雑草の生い茂る4坪ほどの空き地があった為、この四方を鉄柵で囲って彼女自由活動できるようにしていた。

小学三年の頃になると、餌をやりに鉄柵を開けると一目散に彼方へ逃げて行き、朝まで戻ってこないという事案が頻発するようになった。

帰ってきた彼女を父が叱責し、体中から悲しみのオーラを出し服従ポーズを取る彼女の姿が忘れられない。

しか彼女は脱走をやめなかった。時には鉄柵の下に穴を掘って抜け出していた。

ある日母から彼女赤ちゃんを産むことになったと知らされた。なるほど犬はそういうものなのかも知れないと思ったが、家族の話を聞いてると、どうも夜な夜な脱走している事と関係があるらしい

とにかく子犬が早く産まれて欲しかったので、細かいことはどうでも良かった

冬の寒い時期に無事出産したが、5匹産まれて、1匹はすぐに死んでしまった。

残った4匹は皆それぞれ個性があり、雑種面白いと思った。

目のまだ開かない彼らに小指を差し出すとちゅうちゅう吸ってきて可愛かった。

地方紙通信広告欄で里親募集、4匹とも引き取られていった。

ウインドウズ95が発売される数年前の事である

やかんやを繰り返し、小学5年の頃に彼女は2回目の出産で4匹の玉のような愛らしい仔犬を産み3匹は引きとられ、1匹は貰い手がつかず、育てる事となった。

この二世は毛の模様が母親そっくりのメス犬で、2匹は楽しく暮らしたが、

体の大きさが同じくらいに成長した頃、母親は車に轢かれて死んでしまった。

二世性格母親によく似て、夜遊びに繰り出すようになった。

中学2年のある朝も彼女は居らず、今日もどこぞの馬の骨に抱かれに行ったかと思いながら歩いて登校していると、道端からぴょこっと現れて、どこまでも付いて来たので、最悪な気分で家へ連れて帰ったということもあった

じきに生涯一度だけとなる出産経験し、やはり4匹がこの世に生を受けた。

体格がよく、毛並みのいい3匹は里親に引き取られて行ったが、大人しいハイエナみたいな毛並みのメス犬が残った

三世として伝統を受け継ぐはずであったが、二世と一緒にハイキングに出かけ、翌朝二世けが帰宅し、その後三世が戻ることは無かった。

その一年後くらいに街でハイエナみたいな痩せ細った野良犬を見かけて動悸がしたが、中学三年の俺は多分気のせいと考えた

二世は何やかんやと長生きし、俺が大学に入って下宿を始めてからは疎遠になっていたが、就職して二年目の春に13歳で死んだ

くそみたいなアカハラ大学研究室で受けた自分だけど、社会人になってからもいわゆる「ハラスメントの根源」になる人はたくさんいてその人たちに罪悪感は一切ないからそりゃパワハラアルハラアカハラで心壊していく人なんてたくさん出るわと思いましたまる

やってる本人に悪気が一切ないのがタチ悪い

https://anond.hatelabo.jp/20170628085442

こういうの見ると十数年前に税収以上に国債発行しようが残高1000兆超えようがデフォルトハイパーインフレも起きないと言ったらお花畑扱いされたこと思い出すな

もう半分くらい日銀が買ったけど長期金利インフレ率もほぼゼロ

自称リアリスト財政再建論者って何でここまで現実と食い違い続けても自分はお花畑でないと思えるのかわからん

高校大学無償化して保育介護予算倍にしても数兆程度だから千兆の借金の伸び率が0コンマ数%上がるだけ

これで財政破綻ならとっくに破たんしとるわ

謎の大学

有楽町線の話ね

就職92%」「充実の奨学金」「高田馬場徒歩3分」「キャンパスマップ」とかめちゃくちゃアピールしたラッピング車両が走ってるんだけど

肝心の大学名がどこにも書いてないんだよね

何がしたいんだろ

もう少し楽に生きられるようになりたい

 

 

 やっぱりあれだ、生きづらい。

 

 昔から死ぬことなんて一度も考えたことがない、とは言わない。

 小学4年のときクラス女子からいじめられて、机に「死ぬ」「死なない」なんてあみだくじを作ったことがある。中学2年のとき友人と口論をして、教室の窓から身を乗り出し、飛び降りようとしたことがある。

 でも、どちらも本気じゃなかった。その考えはすぐに放棄できた。生きたかったし、死ぬのは怖かった。

 

 それに比べ、ここ3年くらいの死にたさはやっぱり異常だ。

 ほぼ毎日死ぬことを考えている。以前は何年かおきに一度「ふと頭によぎる」程度であったのに。

 それに、とても具体的に考える。未遂だって何度もしている。いつ実行してもおかしくはない。

 死のうとしていなかったときの私を思い出す。通学や入浴や起床などに対し、やらないと…なんて葛藤とともに行っていたことなどない。ごく当たり前に当たり前のことができていた。生きること自体には、困難なことなど皆無だった。

 

 最近、以前に増して「やばい」と思うのは、無気力に死のうとしていることだ。

 あまり深く考えていない。死にたくて、もがき苦しむエネルギーもない。生きたくない。もう十分だ。死んでもいいかな…。

 考えが綿菓子みたいに軽い。希死念慮なのに、軽い。

 

 通院が苦手だ。

 中学3年の時にホルモン系の持病が発覚した。原因はストレスらしい。幸いにも生活で困ることはそれほど多くない。寝るときの呼吸が浅くて、パートナーとの会話のネタになる程度だ。

 実家にいたときは、親が病院の予約をしてくれた。当日、私は車に乗りさえすれば、通院は完了していた。まったく苦ではなかった。

 

 しかし、大学入学を機に一人暮らしを始めて2年、発病時よりも数値が荒れた。それまで3か月に一度通っていた病院に、2年もの間全く訪問しなかったのだから当たり前だ。

 実際、当時はとても生きづらかった。必死に死のうとしていた。何度も自殺未遂自傷を行って周囲に迷惑をかけていた。結果、一人暮らし不可能判断された。

 

 病院の近所に引っ越して3年が経った。指示された時期よりも訪問が遅くなることはしばしばあった。しかし、通院は続けられていた。

 なにより、相性のいい主治医出会えた。数年かけて、先生とは近況報告をするほど距離が縮まった。

 精神面はある程度回復した。自殺未遂自傷も止めた。社会復帰もした。以前よりはうまく自己を調整できるようになった。

 

 ところが先日、病院の予約をしようと思ったら主治医名前がない。ホームページには彼女退職したとのお知らせが掲載されていた。

 ここ半年就活などでバタバタしていた。指定された通院時期の2倍近くも遅れて予約をとろうとしたのだから主治医は悪くない。適切な時期に訪問していれば、次の医師に引き継いでもらうこともできただろう。

 

 通院する気が消滅してしまった。

 そもそももう7,8年も通院して、未だ同じ薬を服薬し続けている。一回の診療に一万円弱の出費がかさむ。

 次の予約時に指定できる数人の医師のことを私は一切知らない。また一から主治医との関係を築くことから始めなければならない。

 発病時、一生ものの病とは聞いていた。しかし、もう闘う気力がない。

 

 持病についても深刻だが、心のほうも深刻だ。

 一人暮らしをしていたとき自力精神科に通っていたことがほんの数か月間だけある。

 当時は今にも増して酷い状態だった。自殺未遂自傷もそうだが、睡眠食事にまで弊害がでてきた。あまりにも生きづらいので助けられたかった。一度受診してみれば生きづらさは劇的に回復するイメージがあった。

 

 お分かりの通り結果は悲惨だった。

 精神科複数回通うことが必須だ。一度の通院で、病名の診断と、的確な投薬が可能なわけがない。薬には調整が必要である。それに、じっくりと対話を重ねて、医師に己を伝えなければならない。

 しかし、私は通院を止めた。薬が合わなかったから。医師が合わなかったから。お金がなかったから。面倒だったから。予約を忘れてしまうから。劇的に生活は変わらなかったから。

 

 当時は、強制的に何もしなくていい時期を作ってひとまず危機を脱した。

 しかし、今度は金銭的にも時期的にも、同じ手は使えない。

 

 もう少し楽に生きられるようになりたい。それだけだ。

 何も今更すごい成果をあげたいとか、そのためにすごい人になりたいとか、そんな贅沢は言わない。

 ただ、学校部活習い事や遊びに、なんの躓きもなく、最低「行くこと」くらいはできていた私に戻りたい。

 生きたいと思いたい。楽しいことをしたいと思いたい。死にたいと思いたくない。

 

 

https://anond.hatelabo.jp/20170628083735

STAP細胞ができること自体はもう既知の現象になってるから驚きはないよ。

オボちゃんは、実験がずさんで結果報告が怪しかったのでダメになっただけ。

http://biz-journal.jp/2016/05/post_15081.html

STAP現象確認成功、独有力大学

anond:20170628102146

本当に「多くの人たち」の理解がそうだとしたら世の中(まぁ日本)は多くの人たちはバカってことになっちゃうね。

俺は多くの増田からまれるであろう低学歴なのだが、

例えば「特殊」より「一般」を導くことの方が大変なのは中学生の時には理解していた。

大学出てもバカっているんだね。(棒読み)

指定校推薦ゴミだと思う

就活の際、学歴の欄に...大学指定校)とでも書いておけば良い。

【再掲】IT業界就活ってどこまでIT化されてるの?

いや、「IT業界と言っても広いから一概には言えない」ってのは分かるよ。

でもさ、俺みたいなIT業界に掠ってすらいない業界外の人間としては、『せめてIT業界内くらいは、就活も含めてIT効率化していて欲しい』と思うわけよ。

から、俺はIT業界就活

・「手書き履歴書馬鹿らしい。履歴書は所定のテンプレを埋めてpdfで送ってこい。それが出来ない奴にこの業界に来る資格はない。もちろん郵便など必要ない」

大学サークルリーダーをやったとか関係ない。まずは課題の(もしくは自由に)コードを書いてみろ。その出来で判断する。

・もちろん基本的にはチームでの開発だったりするし顧客への説明なんかもあるからそれなりにコミュニケーション能力必要から面接はする。でも遠方だったりする場合は実際に顔を合わせるのではなくskypeなどで面接することもある。

容姿による贔屓目を避けるため、面接の受け答えを採点するAIもある。もちろん面接官による実際の印象も影響するが、そのAIの採点も参考にする

とかそういう物であって欲しいという幻想があるんだけど、実際はどうなのか教えてエロい人。

毎週実験レポート2個こなしてるから、わしは偉い

わしはすごい

課題してない日が無い

バイト減らしたい

都会の女はクソや

わしはもうストレスで、だめや

全員死ねしか思えん

先週の課題バイト地獄が終わったと思ったら、さらに増えてやってきたし、研究室で闇かかえて、もう限界

わしは本来人語を理解できるはずなんや 早く戻りたい

これで精神さない奴おるんか

また胃が痛くなってきた

一度精神壊れたらもう2度と完治は無いねんぞ

理系いって精神壊す話はよく聞いてたけど、まさか当事者になるとは思わなかった

いろんな要素が絡み合ってるのがやばいな休学して金稼ぐのが正解なのかな

マイナス人生ゼロにしたいだけだからそのために大学いってるから、悠長なことやってられんけど、休学なら授業料ゼロから

胃が痛いし、顔中が熱い

明日生活に怯えながら膨大な課題勉強こなさなきゃいけないのに生きるためのバイト時間取られてしま生活が三年続いておかしくなってきたな

一方では何の不安もなく若さを最大限楽しんでる奴らがいる 殺してやる

憎い

幸福の全量が決まっててそれぞれ分配されてたとしてわしが辛い分誰かが幸せだとするならば殺してやる

わしは本来素直で前向きで明るい奴なんだよ普通生活さえ出来てればな

肉体的な制圧は構わないけどこうした精神制圧我慢ならないんだよ

わしの大学生活っていうか18〜23,4ってなんだったんだろうな

課題終わりそうにない

死ね

死ね

今月5万

電気ガス水道ネット携帯20,000

食費20,000

受験料7,000

その他3,000

完全1人なら食費1万5千もかからん死ね

幸せ奴なんだよ全員殺す

他人比較するなお前はお前だ だと?

ああそうだなわしはわしだ苦しく辛い生活を何年も続けてるのは間違いなく生身のわし

じゃあお前も苦しい思いして殺されてもお前はお前だよな、殺すから

マイナスゼロに戻すのに人生1/3使ってんだよ

わかるか

わしもお金持ちじゃ無くてもいいか中流階級の家庭、それも女に生まれたかった

まれた時からなにもかも揃ってるやつはいいな

か弱い女だったらとっくに自殺してるか風俗落ちしてるような環境

日に日に恨みが溜まって行く

もう優しい言葉かけてくるやつも全員敵だろ

何も知らんと勝手無責任なことばっか言いやがって

結局自分を助けられるのは自分だけ

幸せそうな家族連れとかカップル見て殺意湧かない奴ってどうなってんだよ

生涯孤独

せめてこの苦しみに供してくれる人と理性的な会話をしたい人生だった

ここまでいったらもう後戻りできないし、大学辞めざるを得なくなったら人を殺さざるを得なくなる

まれた時から求めることを禁止されて抑圧されて育ったらこんな怪物が育った

子持ち増田気をつけろよ

仮にあと一年と十ヶ月耐え抜いて自立したとしよう

更なる化け物が生まれるぞ

やっと手に入れた普通生活 しか過去は真っ黒で何にもない

この先もう無理なんだよ

高校卒業まではただの根暗だったのに今のわしはもう怪物になってしまった

20年間かけて証明したんだよ

持ってるだけで使わねえ死にかけのジジイババアから金とって若者に回せ

まれた時から8割決まってんだよ 真に平等なのは時間だけ。

一回も墓参り行ってねえよ ばあちゃん見てるか

わしのババアは何一つ残さず去年死んだよ 墓も無えよ

ジジイもそろそろ死にそうだよ何も残さずな

祖父からはおろか両親からお年玉なんて中学入る頃には貰ってなかったな

どんどん身内が死ぬけど涙一つ出ねえよ

ドラマとかで見る家庭 あれが普通なんだなって

そういえばばあちゃん死ぬ前、あの子には迷惑かけたくないからっつって死んだこと内緒にさせてたみたいだな

実際知ったのはしばらく経ってからだし

唯一良かったのは悪い奴らが周りにいなかったことくらいか

成人式ってなんだよ 成人まで立派に育ててくれてありがとうってか?

やかましいんだよ

内実馬鹿騒ぎしてるだけじゃねえか死ねがきども

どうすればいいんだよ

大学やめて働きゃいいの?

もう人間でいることが苦しいよ

大学入って2年目で300万借金ありますって言われてみろよ

今まで言わなかったけどお前らの想像の遥か上なんだよ

全員死ね 以外に何が思い浮かぶんだの

将来はゴミ親父と兄弟介護確定かよ

兄弟手帳持ちだし

それでも自分なりに楽しくやっていこうと思ったけどやっぱ無理じゃね、って

そのへんのラッパーよりよっぽどリアルだよ

許せねえ

許せねえよなあ

荒れて不快な思いさせてごめん もちろん一生1人で背負ってくよ

わしみたいなのが1人でも少ない社会であるといいな

この社会自体弱者はとことん強く強者には弱いからなあ

2時までやって寝るぞ 明日も一限や

バカっ面ども無責任なことばっかり言いやがって

残念 結局のところ同じような境遇の奴しか分かり合えないから、連鎖してくのかなあ

綺麗事なんていくらでも言えちゃうもんな

行動に移せる奴なんて稀だし

もうこの壊れた脳は戻らないと思うと本当に悲しい

ただ自殺だけは考えたことは無いな まあ今ちょっとやばくなりつつあるけど

わしも若いうちに幸せ享受たかった マジでジジイになってから楽になるんじゃ遅い

幸せ基準が低い

自殺について考えたらしたくなってきてしまった

自殺でググったら若者130人以上を殺したロシア残酷自殺グループBlue Whale」が日本進出間近!とか出てきてすごいものを見てしまった

わしは、人の幸せを心から喜べる日は来るんだろうか

2017-06-27

ゼミ

大学ゼミって辛い

皆何であんなに楽しそうに笑えるのかな

うらやましい

https://anond.hatelabo.jp/20170624235903

トラバブコメをいただいたので、勝手ながら浮世絵を勧めてみる。

変な話だが、鑑賞と制作だったら、制作から入ったほうが鑑賞も楽しくなるように思う。

例えば、葛飾北斎富嶽三十六景の、有名なところで赤富士と言われる夜明けに朝日で赤く染まった富士山凱風快晴

グレートウェーブと呼ばれる、神奈川沖浪裏。

あれを見て、思うのだ。

あれは、北斎が描きたかった富士山じゃない。

北斎が描きたかった真の富士山なんて、この世に一枚もない。

それは、制作を齧ってみるとひしひしと感じとれること。

知っての通り、オリジナル浮世絵には原画というものが残っていない。

そもそも絵師が描くのは線画だけ。

それを版元、つまり出版社企画担当に渡して、それを板木屋、彫師という職人渡り、板に張り付けられてしまう。

板に貼りついた絵ごと、彫ってしまうので、原画は木屑と共にこの世から消えてしまってるわけ。

絵師というか、画工っていうイラストレータ地位というのはそれほど高くなくて、彫師が勝手アレンジすることだってある。

そもそも芸術家として心から沸き起こるもの表現するんじゃなくて、売れるものを描くのが至上命題

彫り終わると、それがすなわち線画のコピーが出来るわけで、そこから「ここを赤、ここを青」って具合で、絵師の指示が入る。

具体的な色を塗るとかでなく、文字で書き入れる程度。

そんで、また色の版が出来上がって、今度は摺り師と呼ばれる職人の手に渡る。

そして、絵師立ち合いで、色合わせを行って、微調整されたら出版、という流れ。

で、その手の浮世絵解説書なんてのだと、初摺りは手がかかってるけど、そのあとの後摺りは手抜きで改変されてるとかって書いてあり、実際初期ロットと後期ロットは色が違うってんだけど、いざ制作してみるとそれだけじゃないように思う。

明らかに自己主張がある。

摺り師の「俺上手いだろ?真似できないだろ?」

っていう自己主張をビンビン感じる。

いざ木版画を始めてみると、100人中99人はそれを目指す、ある種の技術方向性というのがあって、それが超絶レベルで、過剰なまでにそれに拘ってるのがよくわかる。

彫師と摺り師の自己主張だけじゃない。

時代流行ある意味で街の声さえも作品に取り込まれてるのが、ありありとわかる。

初摺りであっても、本当に北斎が描きたかった富士山じゃない。

彫師のエゴを、摺師のエゴを、江戸流行りを、それを引き算してやる。

北斎自身ねじくれた自尊心を解析する。

北斎という人はいい歳して「自分が一番!」と天狗になったり、「バカにされるのは嫌だ!」忙しくぐるぐる同じところを回っていて、とてもかわいい

少なくとも、自分にはそう感じられる。

ちょっと大胆すぎる実験的な試みも、「褒められたい!」という意識が見え隠れする。

それを差っ引いてあげて、初めて、あの絵の本当のコンセプトが見えてくる。

いつか、本当の北斎の心を、自分表現したい。

あるいは、摺師、彫師、版元、江戸空気北斎とのジャズセッションがあの作品だったとしたら、今度は自分北斎セッションが出来る。

なんて楽しいことだろう。

技術が追い付いたら、いつかそれをやりたい。

前置きが長くなってしまったが、そろそろどうやって浮世絵制作を学ぶか書いてみる。

いざ木版画を学ぼうとしても、浮世絵方式木版画を教える教室ほとんどない。

なにをもって浮世絵方式というのか難しいけれども、木版画においてかつてスタンダードだった、世界で最も優れてた技術体系と断言できる。

なんで今スタンダードじゃないか

その答えはわからない。

俺も知りたい。

で、そもそもその技術継承した人というのが少なく、浮世絵職人がやってる版画教室、あるいはその流れを汲むとする版画家の版画教室は知りうる限りで以下の通り。

作品展など、見に行って雰囲気を感じるとよいと思う。

朝香伝統木版画教室

所在地東京

現役彫師が教える版画教室

当然ながら彫りに詳しい。

第七回 朝香伝統木版画教室作品展 2017年6月26日7月2日

竹笹堂

摺師が教える版画教室京都だが、関西を中心に出張講座や通信講座もやっている。

今年の作品展情報不明

五所菊雄の主催する版画教室

五所菊雄という版画家で、摺師の内川又四郎氏(ポールジャクレー作品を摺ってた人)から学んでる。

東京近郊で複数教室を持ってる。

HP展覧会情報が載ってる。

まちだ版の会 木版画展 2017年9月12日9月17日

NHK文化センター 川越教室木版画講座・作品展 2017年8月21日8月27日

東京芸術大学

野田哲也が浮世絵の流れを汲む、とされてる。

作品を見ても全然そんな風に感じやしないんだけど。

入学すれば学べるんじゃないかなと思うけども、ちょっとハードルが高すぎる。

作品展というか、芸大卒業制作をみることは出来る。

野田哲也の師にあたる小野忠重の著書は浮世絵技法を知るうえでお勧め

実際、浮世絵制作面白い

毎年、数人は浮世絵制作沼に沈んでると想像される。

いったん情報収集を始めると、先に沈んだ先輩とつながれるので、芋づる式にオタと出会える。

有名なところだと、独学で浮世絵制作者に転身して、大学企業との共同研究までしてた元ジャズマン(最近亡くなられた)。

職もビザもなく、浮世絵への情熱だけで日本にきて、浮世絵で飯食って浮世絵で家建てて浮世絵子供育てたカナダ人

そのへんは浮世絵バカ一代の二代巨頭で、ほかにもごろごろ、まあいるわいるわ。

みんな平気で仕事を捨て、家族を捨て、学歴を捨て、浮世絵制作沼へ沈んでいく。

自分なんか、趣味範囲で、まだ片足だけだが、いつか完全に沈みそうな気がして怖い。

なにが楽しいって、楽しいんだからしかたない。

子供の頃にハンコを押すのが楽しかった経験がないだろうか?

コピー機がある今だとありがたみがないが、同じものが何回もつくれるというのは、楽しい

フォトショップ原画書いて、3Dプリンターで版木制作、色のレイヤープリンターで版木塗って印刷ってのはどうだろう

意見はごもっとも。

浮世絵というのは、つまり、人力カラー印刷にすぎない。

いまだってコンビニカラープリントが80円ってのに、当時はかけそば一杯の値段だったっていうから江戸時代印刷技術スゲーって思う。

小学校でやるようなローラーで油性インクを塗る油性木版と違って、水性の絵具で摺りあげるのだが、特徴をいくつか。

まず、ベタが綺麗に決まる。

まるで、フォトショでみたいにね。

グラデーションがかけられる。

うん、フォトショみたいにね。

色を重ねて混色が出来る。

赤の上に青を重ねると紫になる。フォトショレイヤーを乗算モードにしたのと同じ。

浮世絵の目指すところは、フォトショイラレで書いた絵。

前段のほうで書いた、誰しもが目指す技術というのは、きれいなベタ、滑らかなグラデーション計算されつくした重なり、つまりフォトショイラレ

そういうことなら、原画だってフォトショイラレでつくったほうが、出来上がりイメージはしやすいだろう。

今日はここまで。

本格的に、道具の用意、構図の学び方等々の話に入れずに力尽きてしまった。

勢いに任せて書いているので、話の構成おかしいのはご容赦いただきたい。

https://anond.hatelabo.jp/20170627155813

プログラミングを行うことで何を学ぼうとしているのかによる。

大学情報科学科で計算機についての基礎を学ぼうとしているならメモリまわりやらOSとのコミュニケーションやらを扱う言語であることは絶対だろう。だからCが穏当な選択肢として出てくる。

対してアルゴリズムとか型理論みたいなもうちょっと抽象的なことを学ぼうとしているのであれば低レイヤー比較的見えにくいpythonとかrubyとかocamlとかが良いんじゃないかなと思う(pythonrubyは動的だけど)。この場合はCはアルゴリズムの本筋とは関係ない部分でいろいろ細かいことをする必要があるのでむしろ選択肢としては弱くなる。

さらに上層のレイヤーに注目して、もっと他人ライブラリにのっかって色々なものをつくる、ってのが目的なら……なんだろう。これはもはや計算機科学範疇ではないだろうな。ソフトウェア工学とかその辺の話であって、まあ大学でやることではあるまい。企業でやることだよね。

当たり前の話として「おもしろい」にも色々な方向性がある。たしかに応用的/企業的なプログラミングはいろいろなものがつくれてオモシロイかもしれないけれど、学術的にはふつうそれほどおもしろくない。つまり、応用的なプログラミングにおいてはふつう学術的な理論とかは基本的には表立って出てこない(それが良いとか悪いとかではなく、そういう傾向がある)。他方でCにはまあ応用的なプログラミングとしてのおもしろさはあまりないというか、Cで応用的なプログラミング面白さに到達するには相当長い時間必要になってしまうけれど、そのかわり計算機科学としての(ハード寄りの)学術的な面白さがある。コンピュータってこういう仕組みで動いてんだ、とかね。黒い画面はまあ結果で、それを表示できるようになるまでの計算機の動きを面白がってもらいたいなあ、というのが教える側の気分なんじゃないかな。知らんけど。

anond:20170627155813

スクリプト言語楽しいと思う人はアプリ寄りのことをしたいんだろうから

大学にいる間はまぁ我慢しておくんだな。

大学じゃアプリ開発なんて教えてくれないし、教えることができない。

情報系の学部で C を教えない方がおかしいだろう。

君たち大学生は将来コンパイラを書くかもしれないしOSミドルウェアの開発を

期待されてるんだよ。アプリ屋になることなど期待されてない。

初恋女の子が家の近くに越してきた

最近といってもおそらく2年くらい前から、家の近くに初恋女の子引っ越してきた。

彼女社会人なので、通勤のために実家から通っている。僕の方は取りこぼした単位を拾う為に今期から真面目に1限に出席するようになって、そのおかげで朝の電車が同じになることがたまにある。今までは1限なんかにとてもじゃないけど出席することもなかったから、まさか1限に出ることで同じ電車のしかも同じ車両になることがあるなんて思いもしなかった。

確かに地元は一緒だったし、なんだったらどの辺に住んでいるのかも知っていたから、僕の最寄り駅にも自転車を使えば通えないこともない。彼女大学高田馬場から東西線で一駅のところだったか車両の一番後ろに乗ることを知っていて、僕の方は西武新宿で乗り換えて中央線に乗っているので、一号車に乗る。だから思いもしなかったっていうのはさすがに言いすぎかもしれない。ただ同じ車両になるというのはひどく窮屈だ。緊張しさえする。こちらとしては彼女の姿をこの目に収めておきたいのに、羞恥心邪魔をしてしまう。職場青山にあるというので大江戸線に乗りたいのだろう、彼女中井で降りる気配を感じる。夏目漱石こころiPhoneインストールしているkindleで読み直しているけど、様子が気になって内容がちっとも入ってこない。

こんなことになるなら、引っ越すとしても元の家から徒歩で15分くらいのところじゃなくて、もっとこう"シティ"な感じのところにしてくれたら良かったのに。パパが僕たちの地元を大変お気に召しているのだろうけど、大したもんはココにはない。ジョギング中の夫婦が「ヨーロッパに来たみたい」なんて言っていたのを聞いたことがあるけど、僕は地元に"ヨーロッパらしさ"を感じたことは一度もない。ヨーロッパらしいってしかアフリカっぽいと同じレベル感なのがグッとくる。フランスドイツスイスフィンランドも"ヨーロッパっぽい"のだろうか。

それにしたって彼女は気まずくないのだろうか。もしかしたら彼女の方は全く気にしていないどころか、僕なんかに微塵も興味を感じていないのかもしれないけど、それにしたって不都合だ。朝の通勤時間小説ビジネス本を読むような彼女には東横線か、あるいは田園都市線がお似合いだと思う。青山広告代理店パリッとクリエイティブ仕事をしているのなら、意外と二子玉川武蔵小杉なんかも良いかもしれない。トレンディがある。そんな彼女住まいが閑静なローカル線住宅街で僕の家から走って2分だなんて。


初恋女の子が僕の通っている小学校引っ越してきたのは4年生の時だ。

学芸会の準備で役を決める際に視聴覚室か何かに学年で集まる機会があって、僕はその時三組だったから、二組に転校してきたその子を見かけるのはそれがはじめてのことだった。僕は一目惚れをした。

控えめにいって、ものすごく可愛かった。もしかしたら可愛くないのかもしれないとかそういうことを思うことなんか一切ない。疑いのない可愛さ。とにかくものすごく可愛かったのだ。広末涼子のような清涼感にしかしどこか影のある、もしかしたら深田恭子かもしれないようなミステリアスさ、とまではいかないけど、こう、幸の薄そうな、アンニュイな佇まい。目が合っているようでどこか僕よりも遠くを見ているようなそういう雰囲気のある女の子。きっと心臓に包帯を巻いているに違いない。

そんな少女の横顔を偶然にもあの場で拝んでしまったその日から、僕の好みの女性タイプ確立してしまった。確実に言える。初恋というのは実に恐ろしいものだ。

僕は地元の公立中学に進学することを決めていたし、彼女が日◯研かどこかの塾に通っていてそれで女子中学校受験するというのは友達から聞いていたから、中学に上がったらこの思いも終わってしまうんだなと思っていた。金輪際のお別れになるんだろうなって思った。なんでかわからないけど、また会えることを期待したお別れであったり、悲しさのようなものを感じないまま中学生になった。今思えば、そういう感情が終わってしまうということが当時の僕にはよくわからなかったのだと思う。小学生の頃の僕たちはただ誰が好きだ誰と両思いだとかそういう秘密を"バクリョー会"と名付けたなんだかよくわからないグループでこっそり共有しあって、それでその子廊下ですれ違うたびに肘で突き合うといった交友関係を楽しんでいただけだったのかもしれない。一度も話したことのないにも関わらず、これは初恋なんだって確実に言えるそれは小学校卒業と共にお別れしたかのように見えた。


高校1年生のとき、僕たちの間で前略プロフィール流行った。

僕もその当時ノリノリでプリクラプロフィール写真に設定し、好きな異性のタイプのところに「幸薄い子」って書くくらいにはエンジョイしていた。

今でいうTwitterのようなタイムラインは「リアル」と呼ばれていて、幼稚園同級生だったモデル女の子は「りさのりある」とかいって人気を博していた。

「ぼくのりある」もささやかな人気を誇っていて、"ねっとりとした"自分語りますだおかだ岡田のような芸風がウケて意外にもいろんな人に見てもらえていた。

ゲストブックというのが前略プロフの中の機能にあって、そこに知人がコメントを残すことが出来るようになっている。そのときに現れた nさんが話題になった。彼女は僕のゲストブック=足跡ミルクキャラメルが欲しいと言った。

僕が高校にあまりいかず(行ってなかったことはしらないだろうけど)近くのコンビニバイトをしていたことを彼女は知っていた。

彼女の言うミルクキャラメルがうちのお店にあるかどうかの話を聞かれて、多分あるとかい適当な返信をしていたのを覚えている。そのうちみんなが僕とnさんのやりとりに興味を持つようになって、学校に行くと「あのn ってだれ!?ww」とか言われるようになった。

僕とnさんとのやりとりが130件を越えたあたりで、nさんはバイト先に来た。

僕は度肝を抜いた。まさかこんなことがあるのだろうか。あの女の子だった。

バイト中にも関わらず連絡先をその場で交換した。夜勤のお兄さんと一緒に夕勤に入っていたのだけど、事情説明したら怒られなかった。むしろ茶化された。

そこから僕たちは小学校卒業してから今までの4年弱を埋めるかのようにメールをした。

当時の携帯は文字数制限というのがあり、1万字を越えると入力ができなくなるのだけど、僕たちは文字数いっぱいになるメールを1時間半かけて50~100つのトピックを会話した。

たとえばニコ動面白いとか、彼女御三家クラス女子校に通っていたので、自然とヲタ趣味を持ちやすいのだと思うけど(偏見)、時かけMADがあーだとか、あるいは東京事変だどうだとか、そういう話もした。彼女軽音部で、家にはドラムセットが置いてあって、透明人間コピーしたりしていたらしい。椎名林檎が好きな女の子だった。高校1年生にしては早熟しているという感想がある。


次第に僕達の仲は縮まっていき、バイトから上がって、電話がかかってきて。僕は彼女から気持ちを伝えられた。僕はそれには返事をしないままデートに誘った。





正直にいって、僕は彼女に対して劣等感があった。先程も言ったとおり、羞恥心なのだ彼女は1時間半かかるメールをしながら、僕が必死入力している時間勉強をしていたのだ。大学入学に向けて自主的勉強をしているような子だった。

僕は偏差値が50もない都立高校に進学して、あまつさえ学年ワースト10の人間だったから、そういう天上人の姿を目の当たりにして惨めな思いがした。

勉強なんて、くだらない」

「どうせやったって役にたたない」

学校先生馬鹿に見えて仕方がない」

僕はみんなが僕と同じようにそう思っているに違いないと思っていたから、ボイコットと言えるような授業態度を取ることもあったし、それがきっかけで停学になることもあった。そういう人間なのだ。そういう貧困家庭文化資本の微塵もない人間が彼女のような幸福に溢れる少女と関わるなんてこと、あってよかったのか。

僕は気持ちに応えたかった。けど、自分の無様な境遇を誰よりも理解していたからこそ、彼女気持ちに応えることもなく、返信を止めてしまった。


「あの時いったこと、なかったことにしてください」

これが彼女から送られてきた最期言葉だった。







そういう経緯もあって、高校二年生にあがって、ひょんなことで自分大学進学ができることを知ってから、たまら勉強をしてみたくなった。

早大学院が家の近くにあって、その高校に幼馴染が進学していたこともあって、高校に行っていなかった時はもっぱら学院の子たちと遊ぶようになった。

もう一人、学院にいったバスケ部の友人が僕に言ったことがある。

「ココにはお前みたいなやつがいっぱいいるぞ!」

僕の居場所はきっとこっちなんだろうなって思った。

僕は変に尖っていたから、東大は無理だけど早慶ならやればイケると思っていた。だから学校で受けることになっている模試志望校には早稲田法学部慶應法学部を必ず書いた。当時の僕は文系最難関は法学部だと思っていた。偏差値は30台だった。

僕が勉強に対してひどいコンプレックスを抱えていたのは、進学した環境へのミスマッチもあったけど、それよりも大きかったのはきっと彼女へのコンプレックス勉強に向いていたからだと思っている。僕はそうやってここまでやってきたのだ。

幼馴染いわく、彼女はAO推薦で早稲田国際政治学科に入学したと聞いた。

ものすごくモテるけど、性格が奇抜らしく、恋愛に発展することはそう多くなかったらしい。

彼女は3年生になって、イェール大学に1年間留学した。留学費用は親から借りて、社会人になった今、親に返しているって言っていた。

そして今、外資系広告代理店に努めている。

彼女はきっと大学ケインズハイエク勉強するような感じではなかっただろう。

きっとホロコーストに関心を持って西欧政治史勉強していたのだろう。ハンナ・アーレントのようなそんなイメージがある。"アンシュルス"という響きが彼女形容する。留学ではどんなことを学んだのだろう。

僕の方はどうだっただろう。

見えない格差に悩まされないことはなかったし、この断層をどうにかして上り詰めてやろうと思った。もしかしたら届かなかったかもしれないし、もしかしたら届いたかもしれない。

でも、ある種の上流に来て思った。僕は平面的な世界しか見ていなかった。ここには奥行きがあって、階層が同じになったように見えても、生きる世界が交わることがないのだと。

彼女の生きてきた歴史を僕が覗くことが出来ないことが、たまらない不安となる。彼女の見える世界と僕の見える世界ブラウン管に映るカサブランカと最新液晶で見る君の名はくらい違うに決まっている。


努力というのは貧しいもの必要とされるものであってほしい。

まれた家庭に生まれ、愛され、そうして社会になんの疑問を抱くことなく生きてきたのであれば、どうかそのまま幸せになってほしい。

社会人になって、通勤中にビジネス本を読んだり、コピー勉強をする必要なんてきっとない。いつかきっと、おそらく今も付き合っているであろう彼氏や職場の人と結ばれて、2児の母になって、幸せになっていってほしい。

彼女のそれはエリートに他ならないではないか

彼女政治経済学部に進学したように、僕も政治経済学を学んできた。

彼女広告代理店就職したように、僕も卒業したらネット広告生業とするだろう。

どこかで交わってもよかったはずの世界が、どんなに類似共通する点があっても交わることのないこの世界の片隅で僕はまこと勝手に息苦しさを感じている。



おそらく10月までに引っ越すことになるだろう。

僕が24年間生きてきた思い出深い地元を出た時、僕と彼女を結ぶ共通点がついに無くなる。

それは小学生ときにはわからなかった別れのような感情を僕に芽生えさせるのか。

あるいは僕の眼前を照らす原動力として、ずっとこころのどこかに仕舞われたまま生きていくことになるのだろうか。

国境の南、太陽の西という小説がある。あの主人公気持ちが分かるような気がしてしまう。もし30歳とかそのくらいの年齢になって、島本さんのように現れてしまったら、僕はどうすれば良いのだろう。

一度空いた穴が塞がることはないのだろう。

僕も彼女に穴を空けてしまったこと、もう一度ゆっくり話してみたい。

ゲームをしなくなってしまった。

30代前半 男 リーマン

小学校高校までは、余暇はずーっとゲームしていた。

つのゲームを徹底的に極めると言うよりはその時に流行っているゲームをやりきる程度。

DQFFポケモンなど有名どころは一通りやっている。

大学はそこそこゲームをしていた。

DSライトゲー色々、モンハンなど。

このころゲーセンによく行くようになり、格ゲー音ゲーにも手を出した。

社会人最初の頃は営業のついでに都内のいろんなゲーセンに行っていた。

仕事に慣れてきて忙しくなってきて、家族もできたらぱったりゲームをしなくなっていた。

ゲーセンには行かない。家庭用ゲーム買わない。DSPSP3DSは押し入れに入ったまま。

RPG系はシステムが複雑になってきて億劫になり、スマホリメイクちょっとやるが大体飽きてやめる。

モンハンも何百時間と費やしたのに最近のはやる気にすらならない。

PCゲームもBF1、アサシンクリードオーバーウォッチはそこそこやったけどはまるに至らず。

私にとってゲームとは年齢と共に卒業してしま趣味だったんだな。

==追記==

スマホゲーはやっていません。

リリース直後のパズドラとか少しやりましたがいつしか辞めてました。

はてな話題になった大学行かずに起業した女子高生

http://seekle.jp/

このドメインは、お名前.comで取得されています

運営実績なしHPなし会社存在確認できず

会社がどうなったかだけ知りたくて思いつく限り調べたけれど起業した痕跡ほとんど残されていなかった

大学に進学したのでしょう

https://anond.hatelabo.jp/20170627083640

2000年総合学習の導入や2020年大学入試改革などで、改善するどころか

頭脳より育ちの重要度がどんどん増してるので、将来の衰退はもっと加速するだろうな。

発達障害にとって大学のほうが快適だと言ってるみなさんへ

数年前まで快適だったかもしれませんが、今は1年目の教養課程からグループ課題が課されるなど発達障害排除する流れが強くなっております

このままでは、いわゆるペーパーテストの成績だけが良いアスペと呼ばれる人たちは大学卒業するが非常に困難になり、予備校下駄を履かせたような金持ちの子弟だけが卒業して要職に就くようになり、健常者しかできない空気を読む忖度でこの国を大きく変質させるでしょう。

いや、もうなってるか。

https://anond.hatelabo.jp/20170627062507

あー、句読点おかしいね

はてなでかなり硬い目のことを言ってる例えばオレみたいなやつは選民意識あたりの連中を相手にしてない。」

はてな自分の裏の立場を気にせず好きなようにかけるからね。

しか日本はまっとうな批判でも嫌がられる。もともと文筆業や大学教授とかのバックグラウンドがない限り。

一方長文で要旨がまとまってない文章を書く奴も多いし、そういう奴に指摘すると、さらに要旨がまとまってない反論が帰ってくる。

これただプライド傷つけただけだったなぁ、、、、とめんどくさくなってほっといて、向こうは勝った気になる。

批判のない社会」になるのは

明治維新日本人海外に行った時に「欧米人はお互いの意見が違ってもそのとにこにこしてる、日本では殺し合いになるのに、、、、」っていう

日本人の基本メンタルが、明治維新から全くかわってないということなんだよ。

そういえば、(明治維新党なんてのがあったね。

たまたまいらっときたから噛み付くけど、政治家が同じようなこと言ったらたぶんボコボコにいう。

今の今井と同じ。

接客アルバイトを初めて

四月から接客の長期アルバイトを始めた。

高校生の時は校則アルバイト禁止されていたから、卒業後の三月だけ派遣工場アルバイト転々としていた。

接客アルバイトを始めてわかったことがある。

それは買い物を終えた後、カゴの中にレシート放置したまま返却する人が多いことだ。

中にはお客さんが「このレシート初めから入ってたんだけど...」とクレームを言ってくる時もある。

はいえこちらも全てのカゴをチェックすることは出来ないため、申し訳ありませんと伝えてレシートを受け取りゴミ箱に捨てることしか出来ない。

使ったカゴにレシートを入れたまま返却して、次に使うお客さんが放置されたレシートを見てどう思うか考えないのだろうか。

買った商品をすべて袋に詰めたらレシート存在を忘れてそのまま返却したのだろうか?放置するほど要らないレシートならレシート入りませんと言って捨ててもらえば良いのではないのだろうか。

接客アルバイト理不尽なこともある。始めて二ヶ月もまだ経っていないのに、お客さんからバカだのアホだの罵倒されたこともあった。

でもお客さんにありがとうと言われると嬉しいし、自分POPを書いた商品が売れると小さくガッツポーズをしてしまう。

きつい事もあるけど大学卒業までの4年間続けたい。

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