はてなキーワード: 大学とは
はてなでも結構イロモノ扱いされてるのを見たりしてちょっと悲しい気持ちになったりしながらずーっと地味に好きで今日も動画漁ってたんだどこれ
https://www.youtube.com/watch?v=cnZdF021Ehc
本人の今年の普通のツアーかなんかのライブかと思いきや大学祭に招かれて1時間ド派手なライブをやっている
どうなってんだこの規模
コメでもびっくりしてる人がいるから大学祭でここまでのは韓国でも珍しいの?教えて韓国の大学か韓国の音楽シーンに詳しい人
あとこの間も貼ったんだけどこれが良すぎるんよ
https://www.youtube.com/watch?v=2saWSGoWmrU
HwaSaとかJessiとかとやってるのめちゃくちゃ良すぎる(この二人のボーカル本当にすごい)
いくら賢い犬でも算数のかけ算はできないように、能力の上限は無限ではない
ではAIは?
いつか人間を追い越すだろうか?
私は、今のchatGPTやAIイラストの上限は案外すぐそこまで来ていると思っている
伸び代はもう無い
GIに寄り添って堂々と道を歩く女。
GIが通りで楽器を演奏する傷痍軍人を見かける。GIは軍人として思うところがあったのか、財布を取り出し小銭を渡そうとする。しかし、そんなGIの腕を「早く行こう」と引っ張り傷痍軍人に冷たい目を向ける女。
パンパンと呼ばれた害虫の中には帝国軍人である夫を失った者もいるという。
ちなみに戦争未亡人全員がこんな様子ではなかった。とある戦争未亡人は夫を失った後に子供を連れて実家に帰り、師範学校が改変されてできた某大学学芸学部に進学。再婚することなく教師となって子供を育てた。
賞賛される話ではない。皇国に命を捧げた夫に操を立てつつ、生活費を売春などではない正当な手段で自ら稼ぎ、天皇の赤子たる子供を自身の手で育てることなど美談ではなく当然の行い。しかし、この女性は称賛された。パンパンや米兵と連れ立ってハワイなどに向かった害虫は言語道断として、再婚して子供を捨てたり実家に預け子育てを放棄する女が戦後たくさん発生した中で、当然の行いが称賛された。悪しき世の中である。
現代でも北欧や欧米など「財政赤字と道徳腐敗によってできたまやかしの福祉や平等」を持ち上げたり、國體破壊を目論む韓国人男性に尽くすため瑞穂の島を捨てて大陸に渡る害虫は少なくない。
高校卒業後はアルバイトなどを転々としていたものの現在は工事現場やビルに派遣され警備員をしながら実家暮らし。
最近生活の苦しさ、経済状況の悪化、女性への怒りなどから政治、社会、歴史に興味を持ち独学で勉強を始めた。それまで知らなかったこの国の歴史や政治について知った。
そして怒りが湧いた。
君が代を歌わない、立ち上がりもしない、あえて顔をしかめ背ける教員がいること。男に甲斐性を求め多くの日本人男性が生涯未婚であるのに経済的に日本よりも厳しい韓国に渡り韓国人男性に尽す女がいること。帝国軍を自衛隊という不名誉な枠組みに押し留め、その自衛隊にすら抗議活動を行う集団がいること。天地開闢以来万世一系の現人神であり全権の保持者、行使者であらせられる天皇陛下に対して不敬を行うネットユーザー。日本のさらなる凋落と國體崩壊を目論み公金と権利を蝕む在日三国人たち。
SNSでこの問題に対する喚起を行ったところリアルで関係を持つ5人の仲間ができた。今では週に一回はお互いの中間地点にある居酒屋に集まり、プライベートな話をして飲み食いしつつ政治や社会問題、歴史問題に対する談義をしている。ちなみにメンバーは全員男性。大学卒業者、女性、若者は誰もいない。
今日も相変わらず、若者たちは政治に無関心であり、若い女性は海外にばかり目を向け國體を蔑ろにし(最も怒りを感じている。傷痍軍人を冷たい目で見ながらGIと腕を組む女性の白黒写真を見た時と同じような強い怒りを)、高学歴エリートたちは目先の金と保身のために外国に媚を売る。
外国人が國體を理解できないのはわかる。しかし、女性とエリートがなぜ日本人でありながら國體を理解できないのか。
娘を持つ親や大卒の親は子供たちにどういう教育をしているんだ。塾で英語や数学をやらせるより先に教えなければいけないことがあるんじゃないか。画面の向こうにいる朝鮮人の男にキャーキャーするより、目の前にいる大和男児を支えることを教えるべきじゃないのか。
進路が別れ、大学生になっても交流は続いていて中心メンバーのAが調整や予約をしてくれてよく遊んでいた。
初めて学校行事以外で友人と泊まりがけの旅行に行ったのもこのグループで確かAがバスとホテルの予約をしてくれた。
ただ私を含むA以外のメンバーは遅刻やドタキャンが多く、Aには少しずつストレスが溜まっていたんだと思う。
大学4年の時、みんなで朝早くから日帰りで少し遠出をすることがあって、確か私は10分ほど遅刻、私以外のメンバーはそれ以上の遅刻、時間通りに来たのはAだけのことがあった。
確かその頃、就活が終わった私達と違いAは忙しくて(研究室とバイトが忙しかったらしい)、Aは怒って帰ってしまった。その後、Aは私達とは疎遠になった。
そして最近、Aを除く4人と旅行に行くことになった。(Aにも声をかけたけど断られた)
みんな旅行は行きたい、〇〇に行きたいと言うもののなかなか実行に移さず、私が予定調整をして、新幹線とホテルのセットを予約し大阪に行くことになった。正直予約の時点で全て私に丸投げの友人を見て少しイライラはしていた。
結局1人が遅刻して、せっかくの指定席は自由席でばらばら、USJに行ったけど入りたかったエリアは入れず、2日目は無計画だったので慌てて私が調べて京都に行くことになったけどぐだぐだだった。
その時に友人が「いつ着くの?疲れた!」と言った時には本当に腹が立った。
Aの苦労がやっと今になって分かった。Aと旅行に行った時のことは今でもとても楽しい思い出だけどあの時Aは楽しかったのだろうか。
たまたまAのインスタを見たらAもUSJに行っていて「突発旅行、無計画だったけど最高に楽しかった」の文字を見てAだから無計画でも楽しめるんだなと思ったし、何もできない残りの友人達と自分が情けなくなった。昔みたいにAと仲良くなったら今度はAに丸投げせずに一緒に旅行を楽しみたい。
それは俺TUEEEEEEっていう立派なマウンティング行為だと思うのだよ。
それは俺は頭がうりぃぃいぃぃぃというマウンティング行為だと思うのだよ。
そう考えるとこの世はマウントを奪いあうことで成立しているわけである。
許せぬ!
こないだ就職先の同期全員と顔合わせする会があったんだけど、俺以外全員Fランで普通に嫌だった
職種としては特殊なんだけどそれなりに有名な企業で、てっきり自分よりすごい大学出てる人ばかりなんだと思ってたけど違った
一年上の先輩社員は皆旧帝大とか国立のすごいとこ出てて、まあそういうレベルの会社なんだな〜って思ってたんだけど
誰もが自明の前提として、大学は金持ちの道楽だと理解している。
基本的には、社会の大半の業務に関する汎用知識は、小学校から高校卒業までの年月をかければ十分獲得できる。
しかし大学はわざわざ高い学費を支払って学ばなければならないのだ。
貧者の親は、子供に対して「学費はお前自身で稼げ」と言うだろう。その子供が学ぶ能力があっても、である。
自分自身で学費を払わなければならない者だけが、「大学は金持ちの道楽である」という文章を真に理解することができる。
しかし、学ぶことは主体的行為であるので、大学を必要としない。
仮に「超弦理論を学びたい」と思えば、インターネットを使うだけで学ぶことができる。
この世の中はすでに「アテンションエコノミー」であると言われている。なぜ大学へアテンションを注ぐことを当たり前の行為と考えなければならないのか。
確かに、学歴フィルターといって応募者を足切りするJTCも沢山あるだろう。だからなんだというのか。東大・京大へ行けない者は高卒で良いではないか。
例えば英語とプログラミングのスキルを持っていれば、国際的に働くことは可能だろう。そのようなスキルは無料で手に入れられる。
エリートたちが金の余裕のある層を評価し、社会を牛耳るならば、非エリートは別のやり方を模索するべきだ。
エリートに従順に従うのではなく、非エリートのコミュニティを作り、非エリートのやり方で知識・スキルを向上させ、そのコミュニティの中でイノベーションを起こす。
シリコンバレーでは、大物が大学中退者であることが多いという伝統がある。
従順な羊であることをやめよう。非エリートは、羊を先導する山羊であることを望め。山羊は確かにスケープゴートとして駆使されるが、経験豊富であることは確かだ。
学振落ちたとか、受かったとかの話が研究者界隈、大学院界隈で散見される時期になりました。
DC1は研究室移動の関係で提出までたどり着けず、D1のときのDC2は指導教員との不仲でこちらも提出までたどり着けず、そしてD2のDC2は提出までたどり着くも不採用でした。不採用だった結果に「研究者に向いていないのかも」と感じている人も大勢いると思います。私もそうでした。
学振は落ちましたが、結果として、私は今、大学で研究者として働いています。任期付きですが、助教です。
学振不採用だった結果、もちろん落ち込みましたが、そのお陰で(?)別の奨学金をもらって、留学しました。その奨学金は日本の機関のものではなく、留学先国のものでした。そのとき、もちろん日本の奨学金にも出しましたがすべて不採用。「日本では評価されないけど、あの国では評価してもらえるんだ。もう日本には帰って来なくてもいい。」と思って日本を出たのを覚えています。
結果として、色んな縁があって日本に戻ってきて、日本で研究者をしています。
日本では評価されなかった私の研究も、今では科研費をいくつか貰えています。この先も科研費が貰えるのかわかりませんが、日本の学術を取り巻く厳しい環境に、再び日本を出ようかと思っている今日この頃です。
共産党の議員が三重県での官製婚活を異様に敵視して反対の声を上げているけれど
反対の理由として、若者が求めるものは「大学までの教育費を無償化にしてほしい」「給料が上がること」だって言うけれど
それだって別に官製婚活に反対する理由にはなってないよね?どっちもやればいいだけの事。何故廃止と紐付ける必要があるんだろう?
教育費無償化や賃上げの要請を理由として官製婚活に反対するのは「子供の教育に必要なのは図書館や文化会館だから公園や広場は潰そう」と言っているくらいにおかしな理屈なんだけど。
結婚するしないは個人の自由だから官製婚活は駄目って理屈?でも別に強要する訳でも何でもないのに…。
(賃金上げて個々人の可処分所得を大幅に増大させた上で子供を産むも産まないも個人の自由に委ねればいいだけの話だと思う)
なんで左翼やリベラルの人達は恋愛や結婚に関しては何ら支援の無い剥き出しの自由競争社会を望むのに
たまたまその人と一緒に働くことになったでその人のコードをレビューすることになったんだけど、こいつが何を教えられるんだろうかと思ってしまった品質のものを出してきてウゥ…となった。
夫は責任感があって正直で小さな生き物を大事にするいい人間なんだけれど、
子供の頃に父親が勉強に非常に厳しく、ミスをしたら叩いたりするような人で勉強嫌いになり、
その後両親が早くに亡くなってからは誰も勉強しろと言ってくれてことがないらしく、
大学も朝起きられないからというだけの理由で1年でいけなくなり中退してしまった。
その後、一念発起して大学に入りなおしたけれど(これは私がお尻を叩いた)
論文を書き上げられなくて終えられなかった。
持っている資格の更新をなぜかせずに失効させたりすることもあった。
私よりもはるかにきちんとしていて責任感もあるところも多いのだけれど、
これに関しては、驚くほど、出来が悪い。
私はダメなところがいっぱいあるのだけれど、致命傷を負うようなところではきちんとする。
夫は、致命傷を負うものの予想がつかないのかもしれない。
先日、そういう夫のだらしなさのせいで、夫が大きな機会を逃したことを知り、
責め立ててしまった。というか、今でも責めている。
こういうの、どうしたらいいの?どう指摘したらいいの?
よく、「夫は立てろ」とかいうけれど、全方位で立てたら、
夫はダメなところに安住するじゃんね。
それとも「仕方ないよね」とか言えば良いんだろうか。
仕方なくないんだよ。
大正初期に大学になった高等商業学校は一橋か神戸しかない(後は戦後に大学に昇格)ないけど一橋か神戸を出た人間の文章ではないので大卒というのは嘘で大原専門学校卒だろうな
今どきの大学は厳しいので、単位落としても泣き落としも効かないし、
→その通り。そもそも多くの大学では不合格だった教員に直接問い合わせることそのものが禁止されているほか、出席認定などに関しては事務所が扱っており、泣きつかれた教員が事後にどうにかすることもできない。
10年前でもそもそも真面目に通って授業受けて学費のためにバイトもしてるような学生ばかりだったよ
→10年前であれば既に多くの大学で改革が行われたあと。ただ、現在でも学部によっては文科省の単位認定や出席認定に関する通達を守っていないところは多い。肌感でいえば「看板学部」と言われているところに一発逆転組が多く、出席に関しても甘い印象がある(繰り返すけどこれは完全に個人的な印象)。
私の在学していた大学は少人数制教育に力を入れているため出席せずに学外活動ばかりして卒業は不可能だった。
→大正初期まで大学ではなく高等商業学校であったため、確かに大学と看做さない人間もいる。
大学とは名ばかりの就活予備校化してる底辺私立の廃止には賛成するけど
→むしろ「就活予備校」としての側面を前面に押し出したグランゼコールをモデルとしたような学校を設立することが有意義かと思っている。
今どきの大学は厳しいので、単位落としても泣き落としも効かないし、10年前でもそもそも真面目に通って授業受けて学費のためにバイトもしてるような学生ばかりだったよ
大学受験一発逆転組。
初等教育、中等教育で常に一定の成績を取り続けることが出来なかった人を排除する仕組みが必要。
日本ではなぜか一発ペーパーテストを過度に尊重し、日頃の成績を軽視するどころか馬鹿にする風潮まである。ちなみにペーパーテストを無意味だと言っているのではない。アイビーリーグの学部生たちもペーパーテストは受験する。
大学受験一発逆転組が大学で全く勉強に打ち込まないことは大学職員や教員の間では既に知れ渡っている。
世の中には「小中高と全く優れた成績を取らず、大学受験期のみ猛勉強して大学に進学し、大学進学後も講義には全く出席せずに学外活動に力を入れてきた」という経歴を辿った上で実社会で活躍する者は多くいるが、彼らが活躍するフィールドは起業やビジネス、芸能界においてであり、ならば大学に進学させる必要はない。時間は有限なのだから大学で彼らの言う無駄な時間など過ごさせずとっととビジネスや芸能の世界に進ませれば良い。学術分野においてはそのような人物は少ない。もちろんゼロではないが。
G7において日本の大学の論文引用数は最下位である。ドイツやフランスにおいて「(日本の)小中高(に相当する教育機関)と全く優れた成績を取らず」という人間はその時点で高等教育から排除されている。
よく「推薦入試や内部進学組は勉強ができない」ということが言われるが、これは全くの間違いである。だいたいこういうことを言い出すのは大学教育に全く関わったことのない人間だ。慶應義塾大学を例に出す場合、文理、学部に限定されず成績、学力の最底辺は内部進学組であるが頂点も内部進学組である。学部からの外部生はその間に分布しており、どちらかと言えば最底辺の内部進学組に近い。