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はてなキーワード: 肯定とは

2019-02-18

レイプするのには、相手も喜んでいるという思い込み必要なんやなあと

恋愛工学で女さんはこうされると実は喜びますよーと教えるらしいじゃん

一応みんな罪悪感があって、でもデートレイプしたいから罪悪感をなくしてくれる物語を探してて、そこに恋愛工学ピタッとハマるのだろう

CIAに狙われているという被害妄想を唯一肯定してくれる探偵大金を払うのと同じだ

人は物語を欲している。

2019-02-17

自己肯定感ってどうやって上がるの

他人肯定してもらえば上がるの?

2019-02-16

自己肯定感」って日頃そんなに意識する?

肯定否定もないだろ

どんだけ自分のことだけ考えてんの?

そんなくだらねぇこと考えてる暇があったら娯楽でも何でも適当に楽しんで、飯食ってクソして寝ろ

anond:20190216144025

ラブライブ”の意味については、

世界博愛と寛容で包むラブのマインドを伝播するライブ”のように俺は捉えている。

世間的な感覚では、ラブ=セックス、と捉えて「ラブライブ」の単語いかがわしい響きと感じがちなのはよく分かる。

もし「ライブする少女たちはセックスシンボルではないか」と問われれば、「その側面は間違いなくある」としか言えない。

だが、この作品はそれをネガティブに描かない。そこに意義がある。

作中の彼女らは、自分たち女性から逃げていない。

素直に、真っ向から自分たち女性であること、少女であること、若者であること、地域学校に属する人間であること、そして成長する人間であることを全身で表現し、ライブで伝えるのだ。

そうした姿が不健全に映らないのは、世界観がそう設定されているからというのもあるが、

パフォーマンスをするキャラクター、そして演者が、純粋であることを恥じない強い精神を持っている/持っていく動線が描かれているからだ。

結果として、観る者は作品の独特の世界観に没入するほど、世俗的で動物的な「ラブ」ではなく、より高次元の「ラブ」への感度が高まっていく。

友愛、親愛、対立する者への愛、家族愛、級友や地元の人々への愛、郷土愛自然動物への愛、都会への愛(受容)、先達への敬愛、全国のアイ活する同志への愛。

これほど全方位に「ひねくれていない」生き方ができるのは現実の我々からすると眩しいが、作品によって感度が高められるとそれを肯定したくなるのだ。

結果として、ラブライブファンになると、ラブに対する意識が多かれ少なかれ、高まるはずだ。

anond:20190216084715

それでなんでダウン症中絶するのか、そして人権にうるさいリベラルさんも禁止しようとしないのか(むしろ宗教保守の方がうるさい)つったらあれでしょ

どうせ社会に出て金が稼げるわけでもなく、その割に面倒ばかりかけられるからって、つまり必要コストと得られるメリット釣り合わないからじゃん

そういう理由間引き肯定しておいて、いったい何が多様性だよ

2019-02-13

世の恋愛婚活アドバイスは「男らしさ」「女らしさ」に頼っている

恋愛とか婚活かについてアドバイスやら必勝法やら語ってるサイトやら書籍を見ていると

「男(女)の心理」「男(女)の喜ぶ行動」「男(女)がするべきファッション」と、

男女の違いについて意識して、恋愛に臨むことがしきりに書かれている。

だがこれらは結局の所、「男(女)はこう思うものである」「こういう風に考える男(女)なんていない」

と言っているようなもので、世の数多いる存在を、こうである、と括って決めつける行為である

まりは「男らしさ」「女らしさ」という性役割の固定を前提にして語られているのである

要するに「男はたくましくあるべき」「女は家庭的であるべき」みたいなセクシズム言説とそこまで距離は無いのである

元々男女平等とかどうでもいい系の恋愛サイトはそこら辺カモフラージュせずダダ漏れだ。

じゃあ比較的穏健に男女平等配慮した恋愛サイトは違うのか?と言うと、

「こうすれば上手く行く!」という段階となると、

結局の所、直接的な言葉は避けつつも、何重にもオブラートには包み込みつつも、

前述した「男らしさ」「女らしさ」に頼ったこしか言えてない。

いや、別に、いいんですけどね?そういう恋愛アドバイス絶対してはいけないとか、

言論封殺したいわけではない。お前らは絶対悪だ!とか言う気はない。

かくいう私も人様に偉そうに言えるほど、男女平等貫けてるわけではないし。

言いたいなら好きに言えば良い。止める気なんて無い。

ただ、「男女平等」を是とするのであれば、この「恋愛アドバイス性役割肯定やすい」

ということは最低限意識した方が良いのではないか?と思うわけである

別に男女平等主義者恋愛アドバイスをしてはいけないと言う気はないが、

それは貴方の望むべきジェンダーフリーから遠のく行為ではないか?…という。

2019-02-12

なんで社内の人を「さん付け」して呼んじゃダメなの? (2/14追記)

社外の人に、社内の人を「さん付け」で呼ぶなって一般的に言われてる。

「身内を"さん付け"で呼ばないだろ」って、身内じゃないし。血は繋がってないし。

最低限の敬いというか、配慮必要でしょう?なんで「さん付けするな!」って言うの?

上司のことを呼び捨てにするのは気が引けるし、

後輩から増田が居ますけど」とか言われてもちょっと腹立つかもしれないし、

なんでダメなのかサッパリからない。どんな文化なの?何なの?

外国もこういうことあるのかな。近くの人は「This」で呼ぶとかさ。そんな感じ?


はぁ。とにかく面倒。「さん付け」で呼んでもOKな世の中にしていかない?

特に誰も嫌な思いしないでしょ。なんで?納得する理由が欲しい。


ちなみに、一応社外の人と話すときは「さん付け」じゃなく呼び捨てにしてる。

先輩も、上司も、社内の人の名前をいう時に「さん付け」していること多いから滅んで良いと思う。

2/14 追記

言いたいことを言うと、「どっちかに統一しろよ」って話かな。

普段から呼び捨て統一すんのか、それとも「さん付け」で統一すんのか。

そもそも謙譲語とかも滅びても良いと思うよ?外国の人に一切伝わらない。まどろっこしい。

そういう「察して」文化や、「慣習だから」といって何も考えることなく面倒な作業を続ける効率の悪い仕事をしてればいいよ。

あと、「幼稚」って意見もあるけど、何も考えずに「そういう決まりから」みたいに言うほうが幼稚。もう少し凝り固まった頭使えば?さび付いてるよ?

思考停止して親のレールに乗っかるだけの人だと、「幼稚だ」みたいなコメントしか出てこないんだろうね。残念でならないよ。

2/13 追記 ※追記ウザイって言われたから、途中削除

あのですね。一応社会人として、社外に出たら「さん付け」しないよ。

でも、先輩だって社外の人に対して「本件に関しては増田さんが~」とか言ったりするし、電話取次ぎ「増田さんは……今席を外してますね」とか言ってる。

kotetsu306 さん付けという日本語敬語文化は全肯定しつつ、敬語ルールの一つである「身内にさん付けしない」を否定してどうするよ。

敬語全否定して社内も社外も全部呼び捨て、なら筋は通る

社内が「呼び捨て文化」であれば、外に出ても「呼び捨て」はOKだろうけれど

社内で「さん付け文化」なのに、外に出たら「呼び捨て」って違うんじゃない?

そもそも敬語文化賛同しているから、社外に対しても「さん付けしてもOKにならないか」と言っているだけだし

私の言っていることは筋が通ってると思うけど。言ったところで相手も社内関係者スルーしてる。

ykktie まぁ別に取引先とか公の場で「うちのお母さんが〜」とか言っても良いんじゃないの。

 恥をかくのは自分だし。その程度の常識しかない人は少なくない。この人は子供なのかな?と思われるのみ。

実際、特に恥かかないよ。先輩も上司も言ったりするし。社外の人も普通に言うよ。BtoB仕事ってのも理由にあるかもね。

子どもなのかな?」なんて誰も思ってない。私は相手がいったところでなんとも思わないし、逆に印象良いよ。

「嫁が~」とかって身内を呼び捨てにするのとは訳が違うから籍も入れてない、身内でもない赤の他人だよ。

赤の他人を良く「自分の体の一部」とか「血は繋がってないけど身内」とか言えるよね。

大丈夫会社支配されてない?心配

身内だからって言う人は、

会社の為ならお金貸しちゃうの?

身内だからって骨髄提供もするし、

サービス残業だってするの?


身内って良いように使える言葉だね。身内なら言わなくても察することができるみたい。

anond:20190211215557

尾崎が生きていた頃は、歌詞過激でも見た目は普通イケメンだったので、ファン普通陰キャ的な子が多かったよね。

当時のリアル不良が好きだったのは、見た目もワルな横浜銀蠅とかでしょ。

中森明菜工藤静香も不良っぽい見た目で人気だったし(今はそんな女性アイドルはいない)、

ルックスがワルっぽい芸能人が今とは比較にならないぐらいたくさんいて、それなりに支持されていた。

大体、校内暴力問題化した反動管理教育肯定されて、暴力教師普通存在たからね。

毎月、持ち物・服装・頭髪をチェックされて、特に髪型校則違反だと職員室で雑に髪を切られたり、

遅刻者は校門締め出し(どっかの学校で校門圧死事件が起きてからなくなったと思うけど)

体罰ビンタケツバット当たり前。それも、忘れ物しただけでビンタとか。

普通中学校でもこれだったので、「この支配から卒業」っていうのは、そういう環境のことを歌っているのよ。

から今の時代の人にはわからないと思うので

80年代スクール文化はそうだったのだなーと思ってもらえればと思う。

2019-02-10

anond:20190210161404

典型的な「自分が全肯定されないと気が済まないなろうクソ読者」が湧いてきてて笑える

見た目が好みだったので結婚したら性格が合わず離婚した。

結構ズタボロになって実家に戻り、そしたら出会った女がものすごく性格がしっくり来たし僕のことをとても気に入ってくれた。

ありえないほど肯定ペンギンだし相変わらず気に入られてる。 

奴隷制度って

からある新興宗教自己啓発系のネットワークビジネスセミナーみたいなのと何が違うの?

アイドルにはファン貢ぐものみたいなアイドルビジネスにも近いけど

私の悩みから解放してくれた教祖様のために壺買って壺売って心身捧げますみたいなもんだよね

んで教祖様は、自分の周りには肯定する人ばっかりたくさん集まってるから

批判の声は間違ってるなぜならこんなに肯定するがいるんだからって思い込んでるし

熱烈なファン新興宗教教徒って似ていて、

他に熱中するものない社会人生に生き甲斐みたいなものを感じてしまって奉仕してしまうけど

教祖様はそうやって人を懐柔していく方法最初から計画的に学んで意図してる

全教マニュアルなんて本もでてるし、きっと新興宗教のやり方を現代風にアレンジしてる

2019-02-09

anond:20190209182458

まりトランス女性弱者で、そうでない女性強者から我慢しろってことか。

その通りですよ。すべて我慢してください。それは当然かと。なぜ当然なのか、疑問を持ちますか?いやいやまさかね。

これ、かわいそうランキングの構図なのか。

そうですよ。かわいそうランキング上位のものたちがいかに強いかわかりましたか強者になれてよかったですね。

いっそう難しい。

いや、何も難しいことはありませんよ。お前が我慢すればいいだけです。まず積極的我慢することを表明していただけますか?

トランス、こども、障害者、その他もろもろ、、、だれが一番最弱かつ最強なんだろう。

お前が棍棒として振るえる中で一番強力な武器は何か?と悩んでいるだけ。まずお前個人我慢しろ自分利益のために「他人を守る」という都合のいい口実を探すな。

自分の肉棒への恐怖が差別肯定する理由にならないことを未だに理解してないのか?

はぁちゅうとかイケハヤとか

否定する人の意見しか見ないんだけど、

無くならないってことは肯定する人いるんだよね?

言われっぱなしで悔しくないの?反論ないの?

否定意見をそれは違うって思うなら反証を聞いてみたいんだけど。

anond:20190209120818

でもキモくて金のないおっさんと接してもああいう風にはなりたくないなと思うだけで特に新しい発想を考えたりすることもなく社会底辺を切り捨てることを肯定するんですよねわかります

anond:20190208134100

体罰否定派の想定している「体罰使用されるシチュエーション」っていうのは

子どもに100点を取ってこいと言ったのに98点しか取れなかったので、ビクビクおどおどして謝る子ども骨折するまでボコボコに殴り次回は必ず100点を取るように命令する

みたいな感じだけど

体罰肯定派の想定している「体罰使用されるシチュエーション」は

スーパーで両手をめちゃくちゃに振り回しながら超音波のような奇声を発しつつ爆走して商品棚に突っ込んで積まれ商品を崩落させたのに知らん顔で立ち去ろうとする子どもを捕まえて頭を平手打ちして叱る

くらいの差があると思う


はてなー高等遊民多そうだから信じられないかもしれないけど子どもなんておとなしくて聡い子の方が少数でほとんどがワガママバカな獣だよ

緘黙より多動、いじめられっ子よりいじめっ子メンタル読書はつまらないけどドッジボールは大好き、他人への思いやりより堂々と自分を優先する、そっちの方が普通

仕事や家庭で不特定多数の子どもに関わる人なら分かると思う

体罰絶対絶対に反対!話せば必ず分かってくれる!とか言ってるはてなー地方公立小学校かに放り込まれたらすぐ発狂して体罰肯定派になるよ

anond:20190209115309

娘も生きて20年後医者になってれば殴られた経験が生きたと肯定されてる

結局結果論

anond:20190209114141

体罰肯定派って、効果がなーーんも無いのに気づいてないオープンループ人間なんじゃね? って疑問が当然立ち上がってくるわけよ

ちょっとした前進

鬱々とした毎日で実質前進はしていないんだけど、少しだけ行動できた。

実質前進はしてないんだけど、「できたぞ!よし!」って思うのは大事ですか?

自分メンタル追い込みすぎているし普段から自己否定が基本だから自分が前向きになることを肯定できない。

恋愛において「勇気」や「挑戦」を賞賛する風潮をやめるべき

恋愛における同意うんぬんの話を見てると、

やはりこういう話を解決するためには、

恋愛において「勇気」や「挑戦」を賞賛する風潮を止めないといけないと思うんだよね。

現状、恋愛文化において「よく勇気を出した!」「よくぞ挑戦した!」と賞賛される風潮がめっちゃ強い。

これがダメなわけよ。

何故って?

だって、「勇気」や「挑戦」が必要と言うことは、そこに「失敗の可能性」があるわけだ

(失敗の無い「勇気」や「挑戦」なんて有り得ない)

そして「失敗」とは、そこに相手に肉体的にも精神的にも傷つけてしま可能性があるわけだ。

そんなこと絶対あってはならない。

「これは行けるだろうか?行けないだろうか?微妙な所だ…」という判断に迷ってしまう場面に当たって

「ええい!やったれ!なすがままよ!」と恐れずに行動するために必要メンタリティこそが「勇気」や「挑戦」なわけだ。

結局の所、「勇気」や「挑戦」とは「失敗しても問題ない」を肯定しているわけだ。

これがダメなわけ。

絶対に、100%、失敗の可能性があってはならないのだ。

恋愛ゼロリスクでなくてはならない。絶ッッッ対にだ。

恋愛において「よく勇気を出した!」「よくぞ挑戦した!」なんて賞賛は、してはならない。

しろ「よく勇気を出さなかった!」「よくぞ挑戦しなかった!」と賞賛されるべきだ。

勇気を持つことや挑戦することに罪悪感を覚える」くらいになるべきだ。

…いや、なるべきというか既になってる感すらある。

オラオラ系はともかく、ナヨナヨ系は「勇気を出して挑戦して、相手を傷つけたらどうするんだ!」

という風に思い込んでいるフシすらある。良い傾向だ。

恋愛において勇気や挑戦を極力排除しなければならない。

でなければ昨今の恋愛議論の話は絶対解決しない。

2019-02-08

自己肯定感について

自己肯定感とは

はてなキーワードによるとこうらしい。

自分は大切な存在だ」「自分はかけがえのない存在だ」と思える心の状態

自身特に大切な存在とは思わないし、いくらでも替わりがいる吹けば飛ぶようなモブキャラだと思ってる。

今の自分肯定しているとかそのままを受け入れているというよりも、こんなもんだと諦めている、というほうが実態に合っているような。

自己肯定感ならぬ自己諦念感とでもいうか。

何が起きても「まあこんなもんだよな、だって俺だもん」に落ち着くのでストレスフリー

自己肯定感が低い人って相対的理想自分が少し高いところにいるのかな。

人生を諦めていると自分にも他人にも期待しないので裏切られることもないというか。

ただ、諦めてはいるけど別に卑下していなくて「どうせ俺なんて」アピールなんてウザいだけだからしないし傍目にはメンタル強い人に映ってるらしい。

あと人生諦めていても人生を楽しむことはできるんだよね。

だって俺が何かしたところで誰ひとり俺のことなんて見てないから好きなことを好きなだけやれるし。

40過ぎて独身で将来的どうすんだ的なことを考えなくはないけどなるようにしかならないし最悪行き倒れでもいいかなとも思う。

アドバイスになるかわからないけど自己肯定感が低い人は自己肯定感という物差しを捨てて人生を諦めることから初めてみてはどうだろうか。

字面だけ見ると酷い事を言ってるんだけどここまで読んでる人には伝わっていると思いたい。

そんな単純なことじゃねーんだよってのはもっともだけど、ヒントやキッカケのひとつになったらなあと思う。

anond:20190207004137

児童相談所 拉致 静岡市」などと検索すれば、当事者(親)が発信する記事を閲覧することができる。Twitter実名発信すら行っている。

彼らの主張と、裁判所認定事実とを対比しながら読めば、恐ろしさが伝わってくると思われる。

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損害賠償請求事件

東京地方裁判所平成21年(ワ)第25349号

平成25年8月29日民事第44部判決

口頭弁論終結日 平成25年4月25日

       判   決

(第1,第2 省略)

第3 争点に対する判断

1 認定事実

 前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)本件小学校入学前後の経緯

ア 原告Q1は,原告Q2及びQ9との同居を始めた平成19年2月頃,Q9が時間を守らないこと,嘘をつくことを矯正させる必要があると考えて,原告Q2との間でQ9へのしつけの方法について話合い,その結果として,原告らは,Q9が小学校入学した同年4月頃から,Q9が上記の点について原告らの口頭での指導を守らなかった場合には体罰を与えることとした。

 原告らの体罰は,当初は頭を軽く叩く程度であり,その後顔を平手打ちするようになり,同年6月頃からは,Q9に木製の子ども用バットを持ってこさせて,臀部をバットで叩くことなどがあった。

(甲4,75,原告Q1本人)

イ(ア)Q9の所属するクラス担任であるQ12教諭は,平成19年4月頃,Q9の顔に痣があったこから,その痣について聞いたところ,Q9は,タンスの角にぶつけたと述べた。Q12教諭は,その後,Q9の顔の別の位置に痣があることを発見した。

 Q12教諭は,同年5月下旬頃,Q9が忘れ物をして登校してきたため,どうしたら忘れ物をしないようにできるか尋ねたところ,Q9は泣き出して,自分学校の支度をしていることのほか,原告Q1は殴るので恐いこと,原告Q2はQ9を守ってくれなくなり,原告Q1と一緒に怒ってばかりいるが,以前はそうではなかったことなどを述べた。そこで,Q12教諭は,Q9に対し,先生はいつも君の味方であり,先生が守ってあげるなどと述べた。

 原告らは,同月31日,本件小学校担任教諭保護者との間での連絡帳に,Q9から先生が守ってあげるという発言があったと聞いたが,その発言真意確認を求める旨の記載をした。

(イ)本件小学校のQ13教頭は,同年6月5日,原告ら宅を訪れ,原告らと面談した。その際,Q13教頭は,虐待の疑いがある場合についても適切な対応をとる必要がある旨述べ,原告らは,今までQ9はしつけを行われずに育ってきており,Q9を良くするのは今しかないこと,しつけの方針として,悪いことをしたら殴ること,虐待を疑っていることは理解していることなどを述べ,Q12教諭上記(ア)の発言について,Q12教諭からの直接の謝罪要求した。これを受け,Q13教頭は,一旦本件小学校に戻り,Q12教諭と共に再度原告ら宅を訪れ,Q12教諭上記(ア)の発言について,誤解を招く発言であったとして謝罪した。

 Q9は,同日以降,Q12教諭に対し,先生が来てくれてから殴られなくなったと述べた。

(ウ)Q9は,同年6月29日,右大腿部,右肩に赤色の跡があり,Q12教諭が,Q9がプールに入る際にその跡について聞いたところ,Q9は,原告Q2から叩かれたと述べた。

 また,Q9は,同年7月2日,右目の下部に痣があり,Q12教諭からその痣について聞かれたところ,原告Q2に殴られたと述べたが,Q13教頭からその痣について聞かれた際には,Q9は転んで怪我をしたと述べた。そこで,同日,Q13教頭原告ら宅に架電したところ,原告Q2は,Q9が2日続けて許せない嘘をついたこから原告Q2が殴った,私も人間から感情的になると述べた。

 原告Q1は,同月3日,本件小学校架電し,Q13教頭に対し,原告らは冷静にQ9をしかっていること,同じ状況であれば原告Q1であっても殴っているはずであり,原告Q2も同じ方針であることなどを述べた。これに対し,Q13教頭は,殴らないで育てることをまず考えるべきであるなどと述べた。

(エ)Q12教諭は,同月4日,原告から,本件小学校教育方針等についての意見記載された手紙が送付されたため,同日午後3時頃,原告ら宅を訪問した。その際,原告ら及びQ12教諭居間にいて会話をしていたところ,原告Q2は,一旦居間を離れてQ9の部屋に行き,Q9を叩き,居間に戻ってきた際に,「今私,Q9のこと,叩きましたから,守って下さい。叩きました。嘘ついたから。」などと述べた。

 その後,本件小学校のQ14校長教務主任及び生徒指導主任原告ら宅を訪れ,原告Q1から学校で行う教育と家庭で行う教育区別をしたガイドラインを示してほしいという要望があったため,Q14校長ガイドラインを示す旨述べて,同日午後8時30分頃にQ14校長らは原告ら宅を離れた。

(甲11,17,18,乙ろ2の12,乙ろ15,証人Q13)

(2)本件一時保護に関する経緯

ア Q14校長は,同月6日,静岡市教育委員会に対し,前記(1)イの経緯を報告した。静岡市教育委員会は,同月10日,静岡市α区の要保護児童対策地域協議会児童福祉法25条の2参照)の定例実務者会議において,Q9を要保護児童として提示し,Q13教頭が前記(1)イの経緯をまとめた報告書(乙ろ2の12の1ないし6丁)を提出した。上記会議に出席した静岡市児童相談所の所員は,同日,本件小学校に対し,Q9は保護を要する児童であるため,今後Q9に痣等があった場合には児童相談所に通告するように指示した。

イ Q9は,同月13日の登校の際,左顎及び左目下部に痣があり,Q14校長がその痣について聞いたところ,Q9は,嘘をついたことを原告Q1に怒られて殴られたと述べた。そこで,同日「Q14校長は,静岡市児童相談所架電してQ9について通告した。また,同日のプールの授業の際,Q9の大腿部及び背中に痣があることが確認された。

 静岡市児童相談所は,同日,上記通告を受け,子ども虐待対応の手引き(平成19年1月23日付け雇児総発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知。乙ろ2の10)及び静岡県中央児童相談所作成家族支援ガイドブック(乙ろ2の11)に基づき,上記アの会議に参加していた所員等による緊急受理会議を開催し,Q9に行うべき支援及び援助の内容を判断するための虐待処遇アセスメント指標(乙ろ2の6)で判定をしたところ,虐待の程度は,5段階の上から2番目(打撲,広範囲の軽外傷等)であり,調査格付は,生命を脅かす(又は高い可能性がある。)状態として,直ちに立入調査を行うこととなる「R-1」と判定された。また,静岡市児童相談所のQ15主任主事ケースワーカー)等の所員3名が,本件小学校に立入調査をして,Q9の顔から足にかけて痣があることを確認し,Q9に聞き取りをしたところ,Q9は,原告からは,Q9が時間を守らないという理由毎日殴られること,原告Q2の方が多く殴ること,原告Q1からおもちゃバットでいろいろなところを殴られ,原告Q1から殴られた際に血が出たことがあることなどを述べた。静岡市児童相談所は,上記立入調査をした所員からの報告を受け,上記虐待処遇アセスメント指標及び所員の合議に基づき判定をしたところ,Q9の支援・援助格付は,直ちに一時保護必要となる「AA」と判定された。

 静岡市児童相談所長は,Q9に痣があり,Q9も原告から殴られていることを認めたこと,本件小学校から家庭訪問をした後も原告から虐待継続していることが確認できたことに基づき,Q9を一時保護し(本件一時保護),その後に原告ら宅に架電し,原告らに対して本件一時保護したことを告げた。

 Q9は,同日,静岡市静岡病院のQ16医師の診断を受けたが,同医師作成診断書には,「全身に打撲によると思われる皮下出血を認める」として,〔1〕両下眼瞼,〔2〕左顎部,〔3〕右肩甲骨上,〔4〕左大腿背側,〔5〕右下腿膝下部前面及び〔6〕両殿部について,「いずれも鈍器,または靴による打撲跡と考えられる」,「上記外傷について全治一週間と診断する」との記載がある。

 静岡市児童相談所は,同日,静岡県中央児童相談所の一時保護施設にQ9の一時保護委託した。

(甲11,乙ろ2の4ないし6・12,乙ろ15,16,乙は3の1・2,証人Q17,証人Q13)

(3)本件一時保護開始後の経緯

ア 原告らと静岡市児童相談所は,本件一時保護が開始された平成19年7月13日以降,電話等でやり取りをしたが,次のとおり,原告らは,Q9に対する体罰虐待ではなく,親である原告らの意思無視して本件一時保護継続することは不当であるとの意見を繰り返し述べた。

 原告Q1は,同月20日,静岡市児童相談所のQ15主任主事との電話で,虐待はしていない旨述べ,暴行肯定されると考えているかとの質問に対して「ええ,肯定されますよ。当たり前じゃないですか」「一時的感情だとかそんなことで虐待を繰り返してきているわけじゃないんだ」,「責任ある体罰っていうのだってあるんだ」などと述べ,静岡市児童相談所のQ18統括主幹との電話で,同月27日,「Q9をおたくらに任せますけど,やつが20歳ぐらいになったときにまともな,私らが考えているような大人になってなかったら,抹殺しますんで。おたくらも含めてよ。」,同月30日,「子どもがこう,おれらの考えてたとおりに教育できなくなったときに,おまえらどういう責任とる。とらなかったときは,おまえ,リンチしてもいいか」,同年8月1日,「根本からお前らの育て方とか教育論が間違ってるのに,何で間違ってる奴らと俺らが話し合わなきゃいけないんだよ。」などと述べた。また,原告Q2は,同年7月23日,Q18統括主幹との電話で,「私達は少なくとも体罰体罰だって考えてるんですね。私の思う虐待と言うのは自分憂さ晴らしですね。」,「体罰っていうのは暴力とは違う」などと述べた。

 静岡市児童相談所のQ19主任主事心理士)及びQ15主任主事は,同月20日から同年8月31日まで,一時保護施設を訪れてQ9と面談,行動観察,心理テスト等を行った。Q9は,同月8日以降の面接で,原告らと会いたくなく,施設から帰りたくない旨訴えた。Q19主任主事は,Q9について,同年9月20日開催の静岡市健康福祉審議会児童福祉専門分科会児童処遇審査部会に「現段階では,本児の家庭に対する拒否感が強く,両親と距離を置き,守られた環境下で,本児の話に耳を傾け,個別には母性的で受容的な対応が望まれる。」,「これまでの養育環境により本児の情緒面での成長が阻害されてきた結果が示されており,今後,両親の養育態度に改善が望めないようであれば,家庭との分離はやむを得ず,児童養護施設への入所が適当であると考える。」との心理診断の結果を提出した。同部会では,Q9の入所措置承認を求める申立てを行うことに異議は出なかった。

 静岡市児童相談所のQ20所長は,上記原告らの発言心理診断の結果及び上記部会の結果を踏まえ,原告らによる暴力継続される可能性が高く,Q9も帰宅拒否していることから児童養護施設への入所が適当であるとして,同年9月25日,入所措置承認を求める申立て(本件申立て)をした。

(甲11,14,乙ろ7の1ないし7)

イ 原告らは,同年9月28日,静岡市児童相談所を訪れ,Q20所長,Q17参事平成20年4月1日に静岡市児童相談所長となった。以下「Q17」という。)等の所員と面談した。この面談の際,Q20所長らは,本件一時保護の経緯や,Q9については児童虐待防止法2条1号所定の暴行が行われたもの判断していると説明したが,原告らは,「体罰虐待はこれ別物ですから」,「しつけの段階で,あざができるほどたたかなきゃいけなかった」などと述べてQ9の返還を求め,静岡市児童相談所はこれに応じなかった。

(甲9,10,乙ろ7の10)

ウ Q20所長ら及び原告Q1は,本件承認審判及び本件勧告がされた後である平成19年12月21日,静岡市児童相談所面談した。原告Q1は,本件承認審判の「二度と虐待に該当するような体罰をさせない」という文言から虐待に及ばない体罰については容認されたもの解釈している,体罰主体にしない努力はするが,目的によっては必要なこともあるなどと述べたのに対し,Q20所長は,しつけ自体否定するわけではないが,体罰を伴うしつけは子ども心理的な影響があり好ましくない,本件勧告を受けて,静岡市児童相談所から原告らに対する指導方法について年明けに提案する旨述べた。また,原告Q1が,原告らがQ9の通学している安西小学校に面会等を申入れることは問題となるか確認したのに対し,Q20所長は,今の状態だと問題となる旨述べた。

 静岡市児童相談所は,平成20年1月頃,上記提案として,Q9と原告らの家族統合に向けた「ご両親への支援プログラム」(以下「支援プログラム」という。)を作成した。支援プログラムでは,〔1〕目標は,「Q9君が安心して生活できるような家庭づくり。」であり,〔2〕方法として,原告らが静岡市児童相談所を訪れ、概ね1か月に1回2時間程度を目安に面接実施し,面接以外にも課題の提出をお願いすることがあること,〔3〕2月から3月頃にQ9の気持ち確認し,写真ビデオレターなどを通した親子交流を始めること,〔4〕Q9が原告らに会いたいという気持ち確認し,5月から6月に児童相談所内で原告らとQ9との面会を実施し,6月から7月初旬に親子での外出を実施すること,〔5〕面会・外出時の親子の様子,Q9からの外泊希望確認し,児童相談所所員による家庭訪問実施した後,7月初めに家庭への外泊を開始すること,〔6〕外泊が繰り返される中で,良好な親子関係が認められ,引取り後の支援のあり方について共通理解が得られれば,家庭引取りとなることが記載されている。

 Q20所長ら及び原告Q1は,同年1月11日,静岡市児童相談所面談した。静岡市児童相談所のQ21心理士支援プログラムについて説明するなどしたところ,原告Q1は,支援プログラムは本件勧告無視したものである原告らは体罰をしているのであって虐待暴力ではない,一時保護自体間違っている,おれは日常生活の中で普通にやっていく中で必要であれば絶対体罰は使う,まずはQ9を帰してもらいたいなどと述べた。そこで,Q20所長は,再度提案をする旨述べた。 

 Q20所長ら及び原告Q1は,同月24日,静岡市児童相談所面談した。Q17が,本件勧告に基づいてQ9を帰宅させるためには,虐待に該当するような体罰はしないことが条件になる旨述べたところ,原告Q1は,裁判所原告らが虐待をしていないと認めており,Q9をすぐに返してもらった上で静岡市児童相談所による指導を受けるというのが原告らとして譲歩案の全てである静岡市児童相談所原告らの意見を聞かずに一方的な主張をしているなどと述べた。

(甲9,10,乙ろ5の2,乙ろ7の11・12)

エ Q9は,平成19年12月31日,静岡ホームで転倒して頭を打ち,CT検査をしたが,脳に異常は認められず,頭部挫傷と診断された。

 静岡市児童相談所は,原告らに対し,上記転倒事故を通知せず,原告らは,平成20年3月7日に静岡市個人情報保護条例に基づき開示を受けた文書により,上記転倒事故の発生を認識した。

(乙ろ1)

オ 原告Q2は,同年2月1日,静岡市児童相談所に対し,Q9の毎日の詳しい言動や様子を報告しない理由等の回答を求める質問状を送付した。また,原告らは,同月8日,静岡市児童相談所を訪れ,本件抗告棄却決定に対して特別抗告申し立てた旨伝えるとともに,親権行使するとして,Q9の毎日の一時保護施設及び小学校での言動を報告することを求めた。さらに,原告Q1は,一時保護期間の7か月でQ9の身長が2.4センチメートル体重が1キログラムしか増えていないという理由で,Q9への精神安定剤等の投与を疑

2019-02-07

anond:20190207203456

分かりもしないで他人自己申告だけ信じるのかよ(笑)

知ってるよ

そんな奴はいいか、今いるファシストどもこそ真のフェミニスト

ねじ曲がった解釈お疲れ。

いいえ、本人たちの言動を基にした否定しようの無い事実です。

それは全部が嘘だって証明されないと言えないことですが、エビデンスは?

エビデンスがないことがエビデンス

統計にも現れてない。

見えてないね

私が事例として思いうかべてたのは全部、物証もある程度の信用もある話。その辺のつぶやきを信用に足りないとして差し引いてもあまりあまる。

あなたがそれを見たことがないというのなら、あなたに見えない世界が多すぎるだけ。

君の妄想はもういいよ

一件の具体例もなく、「ありまぁす!」って(笑)

大体ニュースだけ見てても、男性から女性への加害なんて山ほどあって、その多くは女性差別が背景にあるってのに。

背景の女性差別って妄想じゃん。

女性差別目的犯罪しましたー」なんていう奴がどれだけいるのか。

また、犯罪者のロジックなど無辜一般市民には一切関わりがない。一緒にするな。

いいな~否定してるだけで理屈が成り立つと思ってるんだもんな~真面目に答える方が損だわ。

肯定に値する要素が全くないからな。

具体性ゼロエビデンスゼロ

ファシスト肯定できる要素なんか有るわけもないが。

アンチ宇野常寛がみっともない

宇野氏アンチ過去ログを引き合いに出して宇野氏を叩いてるが、

いやいや、宇野氏善良な市民時代って十年以上も前やん。古い証文にもほどがある。

宇野氏00年代末期から10年代前半にかけて、けいおんAKBを好きになって変節したんだよ。

人は変わるんだよ。アンチは人が変わることや成長することを許さな人達ですか?

 

宇野氏の芸は、学識や教養を以ってオタク類型化し、その正体を看破する知的な芸であり、

カジサックのように特定個人の外見や仕草を笑うようないじめ芸ではないし、

はあちゅう童貞いじりのようなクリエティティの欠片もない素人芸でもない。

安全に痛いパフォーマンス」「弱めの肉食恐竜」といった言葉を生み出したのは宇野氏の大きな功績だよ。

俺は実力者がやる創造的な罵倒芸肯定しますよ。はてなブロガーは実力が無いか否定するけどね。

虐待親に厳しい奴は児相にも厳しい

こうやって虐待死が起きた時だけはみんな「もっと児相権限を!」だの「どんどん家に踏み込め!」だのとドンチャカドンチャカ勇ましいもんでさ、子供のためならそのうち秘密警察でも肯定ちゃうんじゃねえかみたいな奴までいるけどよ、

でも君らそのうちケロッと忘れて、また他の話題で別の何かに八つ当たりするだけでしょ?

本当はガキも児相もどうでもよくて、「誰かを殴ってストレス解消したい」「正義面できればなおよし」本当にこれだけのメンタリティなんだから

まりはさ、野球サッカーファンによくいるアレだよ、「あの場面でなんでこうしないんだ」とか「あいつを出せ」とか、監督でもコーチでもなければ一切何の責任も取らないくせにわめき散らしてるような連中

まさに観客、のぼせ上がったお客様根性、アレと一緒なわけ

というか、今偉そうなこと言ってる奴こそ、いざ児相がどんどん踏み込んだ挙句に何かやらかしちゃった時には、それこそ真っ先に駆けつけてぶん殴ってる気がするけどなあ

そうもなるだろ?

確固たる主義があるわけでもなく、単に他罰的なだけで、常に殴りやすそうなものを探しては怒鳴らないと気が済まないタチなんだから

からそういう無責任はさ、せめて娯楽だけにしときなよ、別に野球でもサッカーでもアニメでも、推しアイドルでも何だっていいんだし

さも社会派みたいな面して、その場限りで偉そうなことばっか言ってんじゃねえって

単なる害悪から

今が戦時下だと気付いてない人なんているの?

戦時下かよ、みたいなツッコミを目にするんだけど、冗談だよね?

公文書偽造問題を巡って、物資人材不足心の問題すり替え発言を巡って、言論統制監視社会化に傾倒していく法整備を巡って、必ずそんなことを言ってる人がいる。

戦時下だよ。とっくに、ずっと昔から戦争してるよこの国も。

アメリカとは貿易利益IT系人材を、中国とは音楽アニメといったソフトパワーでの争いを、韓国とは正面切って渡り合ってる。

技術を争う戦争では、もう負けてしまった。今は、情報人材の奪い合う戦争だ。

戦争は起きてない、なんてまだ寝言言ってるやつは、自分がその戦争に巻き込まれてることをどうしても認めたくないのか、よほどの楽観主義バカかのどちらかだ。

戦時下からこそ、かつての世界大戦下のように、公文書は平然と偽造され、政府は嘘をぶつけ合い、ない物資人材を埋め合わせるために根性論を振りかざす。

そして戦時下からこそ、そこまでされても、政権民衆から支持を受ける。こんなにわかやすい話もないだろうに。

私は、戦争には反対だ。戦争に駆り出されそうになったらあらゆる手段を使って逃れようとするだろう。

ただ、私は、そんな臆病な私の代わりに、戦線に立ってくれている自衛隊員の人たちを無下にしたくない。

今は戦争中ではないと思い込むことは、前線に戦っている人の働きを否定するということだ。

もちろん私自身も、国民として戦争に加担しているし、そういう意味では戦っているわけで、私は私自身を否定したくない。

誤解しないでほしいが、私は戦争肯定しないので、現状を肯定しない。

安倍政権は倒したいし、外国人留学生殺戮を減らしたいし、平和を取り戻したい。

ただ、押井守に言われるまでもなく、見えない戦争が起きていることを認めないで、どうして戦争をやめることができるだろうか。

自国だけの平和を求めても無駄だ。戦争相手がいる限り起きる。

戦争に負けるという終結を望まない以上は、連帯なくして戦争終結はありえない。

ナショナリズムこそが戦争悪化させるトリガーだということに気付いてほしい。

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