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2024-07-24

大手ニュースメディアのCNNインタビューで『信長は弥助を神だと思っていた』と語った根拠は気になる

アフリカ人奴隷を使うと言う流行が始まった』と言い出したのは氏が初ではないかも知れないが、

氏が大手ニュースメディアCNNで語っていた、『信長は弥助を神だと思っていた』『日本で最も有名な外国まれ武士となった』

ヤスケの仕事一族権力を守ることでした』(信長の首を守護し息子に届ける) の根拠はそれぞれそれなりに気になる

日本人が知らない、少なくとも教科書では習わない事実なので純粋に興味があるよ

African samurai: The enduring legacy of a black warrior in feudal JapanCNN

When feudal Japan’s most powerful warlord Nobunaga Oda met Yasuke, a black slave-turned-retainer, in 1581, he believed the man was a god.

Oda had never seen an African before. And like the locals in Japan’s then-capital of Kyoto, he was awed by Yasuke’s height, build and skin tone, according to Thomas Lockley, the author of “African Samurai: The True Story of Yasuke, a Legendary Black Warrior in Feudal Japan.”

“When Yasuke got to Kyoto (with Jesuit missionaries), there was a massive riot. People wanted to see him and be in his presence,” says Lockley, who spent nine years researching and writing the book, which was published last month.

Oda believed Yasuke to be either a guardian demon or “Daikokuten,” a god of prosperity usually represented by black statues in temples. He tried to rub the pigment from Yasuke’s skin, believing it was black ink. Once convinced Yasuke was real, he immediately threw a feast in his honor, says Lockley.

 

1581年、戦国時代日本の最も強力な戦国大名である織田信長が、奴隷から家臣となった黒人ヤスケに出会った時、信長ヤスケを神だと信じました。

アフリカン・サムライ戦国時代日本伝説黒人武士ヤスケの真実物語」の著者トーマスロックリーによると、信長はそれまでアフリカ人を見たことがありませんでした。そして、当時の都であった京都地元民と同様に、ヤスケの身長、体格、肌の色に畏敬の念を抱いたそうです。

ヤスケが(イエズス会宣教師とともに)京都に到着した時、大規模な騒動が起きました。人々はヤスケを見たがり、彼の存在を身近に感じたがりました」と、9年の歳月をかけて研究執筆した先月出版されたこの本について、ロックリーは語ります

信長ヤスケを守護の鬼か、通常寺院で黒い像で表される繁栄の神「大黒天」のどちらかだと信じていました。信長ヤスケの肌の色素を擦り取ろうとし、それが黒インクだと考えていました。ヤスケが本物だと確信すると、すぐに彼の名誉を称える宴を開いたとロックリーは述べています

 

https://edition.cnn.com/2019/05/19/asia/black-samurai-yasuke-africa-japan-intl/index.html

  

氏が出演したNHK番組でも下記のように"侍"と書いてるので根拠はあるのだと思う

Black Samurai 信長に仕えたアフリカン侍・弥助 |NHK BS

織田信長に仕えた黒人、弥助(やすけ)。イエズス会宣教師に同行していた弥助を信長が気に入り、家臣に取り立てたのだという。2人の主従関係は「本能寺の変」によりわずか1年3か月で終わったが、その前後の弥助の足取りはこれまでなぞに包まれてきた。しかし近年の研究により、アフリカからアジア日本へ到る弥助の人生が次第に明らかにハリウッド映画化も進むなど、今世界中から注目を集める、弥助の生きざまに迫る。

https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009051309_00000

 

なお、アフリカ人奴隷を使うと言う流行が始まった』という主張の根拠は、

京都国際観光大使政府成長戦略会議委員も勤め、『中小企業であること自体特権化している』

子どもがいない専業主婦脱税と同じ・社会インフラただ乗りモラルハザード』などなど

数々のありがたいお言葉を下さる、デービッド・アトキンソン氏によると、(アフリカ人奴隷流行は)資料にかなりあるけど』らしいです

日本人が知らない、少なくとも教科書では習わない事実なので純粋に興味がある

https://x.com/sessyun5021/status/1815008190398148816?s=61

 

 

ちなみ 群馬県文書館レファレンス事例紹介コーナーによると『くろほう』について下記の回答があるね

12 群馬県文書館所蔵の古文書に、黒人と思われる「くろほう」という記述があるとききました。それは事実でしょうか。

 

 栗間家文書(P00101)のNo1「年未詳加藤清正書状」(下川左衛門ほか宛)には、豊臣秀吉朝鮮出兵に関連する記述の中で「くろほう」という言葉が出てきます。そして2021年3月30日NHK BS4Kで放送された「Black Samurai 信長に仕えたアフリカン侍・弥助」の中で、日本大学准教授ロックリートーマス氏がこの文書に出てくる「くろほう」こそ、織田信長に仕えた黒人武将弥助の後身ではないかと、述べられています。まず文書館内では、この「くろほう」をこれまで全く黒人として認識しておらず、トーマス氏のご指摘に驚いています。実は、この「くろほう」が弥助かどうかはともかく、黒人推定する見解は以前からありました(中島楽章氏「16世紀九州末ー東南アジア貿易」『史学雑誌』118-8号ほか)。 ただし現時点では、この文書の1カ所にしか出てこないため、断定は難しいと思われます。例えば、『源氏物語』にも「くろほう」という言葉が出てきますが、これは「黒芳」(練り香)の意味で、日本古典で頻出しているようです。また、当館文書を読むと、人間ではなく、物を指す記述と見た方が自然ではないか、という意見も係内で出ています。以上より、現時点では「くろほう」を直ちに黒人即断するのは難しいのではないか、というのが当館古文書係の見解です。

https://www.pref.gunma.jp/site/monjyokan/130144.html

 

 

 

参考にしてください

anond:20240724185446

 

 

 

 

 

関連増田

 

 

 

 

 

 

When did I turn to be your family? I’ve not been your family or friend or any relatives. So I guess ppl who stalks me would be unexpectedly idiot. Isn’t it?

歴史改竄でどうこうはアサクリより前からやっている。坂上田村麻呂黒人に始まり、ネトフリでYASUKEアニメ化の時も SHOGUN の時も増田でやってたでしょ

ま~た日本語すら検索すら検索しない人による謎の主張が出ているので、コピペしとくね

 

Why do Afro-centrists claim that the first samurai warrior was a black African? - Quora

https://www.quora.com/Why-do-Afro-centrists-claim-that-the-first-samurai-warrior-was-a-black-African

一例:

 

7mo

The original answer and your comment are both wrong. It is very easy to prove Yasuke was a samurai, you just have to check a Japanese dictionary. I searched for 侍・士 (samurai) on the Japanese online encyclopedia コトバンク (Kotobank), which produced a result from 精選版 日本国語大辞典 (Carefully Selected Edition of the Nihon Kokugo Daijiten, aka Shogakukan’s Japanese Dictionary). I’ll post the link at the bottom, but here is the relevant section in Japanese and my translation in English.

 

(3)鎌倉幕府では、侍は僕従を有し、騎上の資格ある武士で、郎従等の凡下と厳重に区別する身分規定が行なわれた。しかし、鎌倉中期以降、その範囲が次第に拡大、戦国時代以降は、諸国大名の家臣をも広く侍と称するようになり、武士一般の称として用いられるようになる。

 

(3) In the Kamakura Shogunate (1185 - 1333 AD), samurai were professional warriors who had servants and were qualified to ride on horseback, and their status was strictly differentiated from ordinary subordinates such as roju. However, from the middle of the Kamakura Shogunate onwards, its scope gradually expanded, and from the Sengoku Period (1467 - 1615 AD) onwards, vassals of feudal lords in various provinces came to be widely referred to as samurai, and it came to be used as a general term for professional warriors.

 

Now we have to ask three questions to see whether Yasuke met this definition:

 

Q: When did Yasuke work for the feudal lord Oda Nobunaga?

 

A: From April 1581 to June 1582. We know this from multiple eyewitness accounts, which I also mention below.

 

Q: Was Yasuke a vassal of Oda Nobunaga?

 

A: Yes, as evidenced by the fact that he was given a stipend, a house, and a job as spear-bearer (a type of bodyguard for the leader of a samurai family). He was also given a short sword called a koshigatana, which was worn as a status symbol and weapon for self-defense at all times by high status samurai. This we know from the Chronicle of Lord Nobunaga, written by Oda Nobunaga’s vassal Ota Gyuichi.

 

Q: Was Yasuke a warrior fighting for Oda Nobunaga?

 

A: Yes, as evidenced by the fact that he fought in three important conflicts. One, Yasuke fought in the Second Tensho Iga War in September 1581. This we can infer because the Jesuits said Oda Nobunaga took Yasuke everywhere with him and he led his own troops into this war. Two, Yasuke fought in the Koshu Conquest from February to March 1582. This we know from the Diary of Ietada, written by Matsudaira Ietada, a vassal of Tokugawa Ieyasu, who was himself a vassal of Oda Nobunaga. Three, Yasuke fought in the Honno-ji Incident of June 1582, in which he tried but failed to save the lives of both Oda Nobunaga and his son Oda Nobutada until Yasuke was the last Oda man standing and surrendered to the traitor Akechi Mitsuhide, who spared his life and returned him to the Jesuits. This we know from letters written by the Jesuits, who were glad to have Yasuke back. According to the Oda family today, Nobunaga’s final order was for Yasuke to help him commit seppuku (ritual suicide by stomach cutting) by decapitating him and bring his head to a courier that returned it to the Oda family, so it could not be used as evidence of victory by Akechi Mitsuhide.

 

So there you have it. Yasuke was a vassal and a warrior for the most powerful feudal lord in all of Japan, during the Sengoku Period. He even assisted his lord’s suicide, a role strictly reserved for samurai. Therefore, he was a samurai. Below is a link to the definition of samurai on Kotobank.

 

 

この界隈で定番日本ことわざは、

"For a Samurai to be brave, he must have a bit of black blood "

(侍が勇敢であるためには、少しの黒人の血を持っていなければならない)

日本人ならそんなことわざないこと誰でも知ってると思うんですけど、当然アサクリ関係ないサイトで見ることになる

 

Where Are The Black People in 'Shogun'? | LEVEL

https://www.levelman.com/where-black-people-fx-shogun/

 

リンク貼れないけど下記とか

"For a Samurai to be brave, he must have a bit of black blood" is an old Japanese proverb. What do they mean with that? : r/AskHistorians

 

 

ちな、悪気なさそうな教師向けサイト子ども向けサイトでも、YASUKEサイキョーは見ます

というか、そもそもUBIがインタビュー動画の中で日系人っぽいアジアンの監修スタッフに『YASUKEは日本で広く受け入れらている』とか言わせてます

 

参考になりましたか

anond:20240724030834

2024-07-23

アサクリ シャドウズ の 弥助 は、”ゲイ”

Assassin’s Creed Shadows Launches November 15, Features Dual Protagonists in Feudal Japan | UBISOFT

Naoe and Yasuke’s disparate personalities also lead them to have different relationships and rapports with other characters, and they don’t always feel the same way about people, nor do people always feel the same way about them. Romantically, they will also attract and be attracted to different types of people. Through the pair, players will get to experience a multitude of relationships.

(ナオエとヤスケの異なるパーソナリティは、他のキャラクターとの関係交流にも違いをもたらします。彼らは常に同じように人々を感じるわけではなく、人々も常に彼らを同じように感じるわけではありません。ロマンチックな面でも、彼らは異なるタイプの人々を引き付け、また引き付けられます。この二人を通じて、プレイヤーは多様な関係体験することができます。)

 

ここだけ見れば、Naoe は女性で Yasuke は男性からキャラごとに恋愛イベント(ロマンスイベント)が異なるよとも読めなくもないが、

ストレート場合はわざわざ言及しないよな?同性のキャライベントオプション選択肢がある時にぼかして言及するよな?

つか、UBIの以前のゲームもそういうオプションあったし・・・って見方が多い模様

(※ 追記ゲームニュースチャンネルインタビュープロデューサー同性愛オプションあるよって答えてるみたいね) 

 

 

下記で検索して英語サイト見てみ

Assassin’s Creed Shadows gay もしくは Assassin’s Creed Shadows LGBT  

 

その中で

Assassin’s Creed Shadows: Ubisoft Hires LGBTQ+ Activist As Consultant Who Wants To Challenge Moral Standards Around “Transgenerational Sex

(アサシン クリード シャドウズ:ユービーソフト、「世代セックス」に関する道徳基準に挑戦したいLGBTQ+活動家コンサルタントとして雇用)

・・・と言うのがあって、外見やお名前から日系人かなぁって方が出てくるんだけど、日本文学研究家でお稚児さん関連の本出してる人らしい

 

何故、この方を アサクリ シャドウズ の歴史考証のスペシャリストとしてチョイスしたのかは謎だが、

とりあえず、彼女ゲームメディア IGN の YouTube 動画 (Assassin’s Creed Shadows: Inside Ubisoft’s Ambitious Open World Japan)の中で、

『必ずしも歴史的正確さに基づいているわけではない』ってちゃんと言ってるわな(https://youtu.be/0haRi_hHZoU?t=853

 

ただ、『誠実で敬意持ったものです』とか言いつつ、明らかさまに間違えてる日本風習やデザインを止められなかった、団体文化財の無断利用・利用料無視の件を見るに、

本件もいつものアジア人蔑視かなって感想しかでない

(ハイブランドアジア人蔑視のヤベー広告炎上したよね、Valentino、D&G、DIORとか)

  

つか、日本には『異世界』とか『なろーっぱ』とかい伝家の宝刀がありましてな、『なろーじゃぱん』だぞって言えば歴史考証する必要無かったのになぁ感

それをしないのは、映画でも伝統的にそうだったように、『ジャップランドはどんな風に書いてもOK』っていう白人様の意識がおそらく強過ぎるんだろうな

 

 

あと、弥助の出身部族カトリック宣教師同性愛に寛容だった可能性はほぼゼロと言って良いが、まぁ、いまは16世紀ではなく、21世紀2024年ですから

弥助も出てくる仁王のコエテク現代的な時代劇(フィクション)として『Rise of the Ronin』(PS5独占タイトル)出してます

 

ほんで、『Rise of the Ronin』の主人公キャラクターは様々な人種に設定できるし、劇中で同性との恋愛イベントもあるわけなんだけど、別に批判はどこからも出てないのよね

それは、極めて現代的な見た目のデザインからしてフィクションとわかるのはもちろんのこと、

開発者歴史的正確さについてアピールしてない上に、ゲームを始める前にも念押しで下記のように出るから

 

『本タイトル日本史実から着想を得たフィクションです。
ゲームを通じて歴史上の人物や出来事を描いていますが、 本タイトルの開発、販売に携わったチームの思想価値観を表すものではありません。』

 

 

アサクリでもちゃんと似たような文言は出るもん!!!って言うけど、Rise of the Ronin と アサクリ シャドウズ が違ったところは、

何故か BBC などのニュースメディアXbox や 各種ゲームメディアインタビューで『なろーじゃぱんです!』アピールではなく、

下記のように言って回った事に尽きるよね

 

日本とその文化を正しく描写することに重点を置き、真正性を重視した>
実在した歴史上の人物や当時の出来事を忠実に描いているので、封建時代日本舞台ゲームを楽しみながら、この素晴らしい時代について学ぶことができます

 

言って回ってることが確認できる一例:

Assassin's Creed director: The right time to take series to Japan | BBC

https://www.bbc.com/news/articles/c163jexl7rxo

 

アサシン クリード シャドウズ』は、2 つの異なる体験をどのように融合させたのか|Xbox Wire Japan

https://news.xbox.com/ja-jp/2024/05/16/assassins-creed-shadows-interview/

 

 

まぁ下記の日本ことわざがあると主張する歴史改竄の一派か(アサクリ以前から歴史改竄やってる https://anond.hatelabo.jp/20240722235805#)

"For a Samurai to be brave, he must have a bit of black blood "

(侍が勇敢であるためには、少しの黒人の血を持っていなければならない)

 

ジャップランドはどう扱ってもいいと考える人差別主義者の作品なのかと懸念するのは、正常なことに思えます

(そもそも日系人っぽい人や日本いたことがある人が監修に参加してるのに、あからさまに間違ったままなことについても、

EXPO市販されているゾロの刀を何故か展示してたことについても、文化財無駄借用についても説明無し)

 

これ欧米だけで出した方がいいと思うけどなぁ、熱心なUBI信者以外は誰も買わんのでローカライズ費用無駄だと思う

 

 

 

追記ゲームニュースチャンネルインタビュープロデューサー同性愛オプションあるよって答えてるみたいね

We Got Good & Bad Assassin's Creed Shadows

https://youtu.be/ppkztU_1Y4U?t=18 

 

アサクリ シャドウ関係ない話

アサクリに関係ない話です

いろいろ見て回ってたら腐女子についてこう書かれてたよ。なんかいっちょがみするの好きな増田ブクマカを兼ねてる増田腐女子だと思うんだけど、

こういう認識持たれてるみたいなんで、お行儀よくしましょうね(基本的対象キャラ未成年だしな)

What? A homosexual pedophile? SO surprised.

(何?ホモ小児性愛者?とても驚いた)

No, just a runaway fujoshi with a shotacon fetish trying to legalize it.

(いいえ、それを合法化しようとしているショタコンを持つ暴走腐女子だけです)

2024-07-22

日本語検索しない人が英語を読むわけないので貼っておくね

歴史改竄でどうこうはアサクリより前からやっている。いちおう実名ってことになってるのに Facebook 同様に地獄めいてる

まぁ自分経験シェアするとか道徳的な話以外は Quora (en)も割と酷い

 

Why do Afro-centrists claim that the first samurai warrior was a black African? - Quora

https://www.quora.com/Why-do-Afro-centrists-claim-that-the-first-samurai-warrior-was-a-black-African

 

この界隈で定番日本ことわざは、

"For a Samurai to be brave, he must have a bit of black blood "

(侍が勇敢であるためには、少しの黒人の血を持っていなければならない)

日本人ならそんなことわざないこと誰でも知ってると思うんですけど、当然アサクリ関係ないサイトで見ることになる

 

リンク貼れないけど下記とか

"For a Samurai to be brave, he must have a bit of black blood" is an old Japanese proverb. What do they mean with that? : r/AskHistorians

 

Where Are The Black People in 'Shogun'? | LEVEL

https://www.levelman.com/where-black-people-fx-shogun/

 

あとアサクリ関係なくYASUKEの名前トンデモ記述の中で見るけど、悪気無さそうなサイト個人サイト貼るのはやめとくね

 

 

アフロ侍かっこいいし、肌の色の濃いヒーローヒロイン活躍する作品もっと増えるべきだと思う

あと、おそらく、日本アフリカ系の血を引いた人が居たか居なかったかなら居た可能性もあるのではないかと思う

から、肌の色の濃いヒーロー主人公なのはぜんぜん有りだと思うけど、

とにかく下記みたいな発言をやめろと、日本団体文化財の『使用許可ガン無視』と『利用料金ガン無視』の無断利用はやめろに尽きます

Assassin's Creed director: The right time to take series to Japan | BBC

https://www.bbc.com/news/articles/c163jexl7rxo

 

Shadow’s trailer also generated backlash from some gamers, who criticised the choice of Yasuke as a main character over a native Japanese protagonist.

Opponents have accused those critics of being racist, and have pointed out that Yasuke is based on a real-life person.

Charles, speaking to Newsbeat before the trailer dropped, says the developers “put a lot of emphasis on authenticity and making sure we depict Japan and the culture right”.

“So when we started the project, we had a historian with us from day one,” he says.

He says the team also consulted weapons experts and travelled to Japan to get a feel for the landscape and locations in the game.

 

シャドウトレーラーは、一部のゲーマーからの反発も生みました。彼らは、日本主人公ではなく弥助を主人公として選んだことを批判しました。

これに対して、批判者たちを人種差別主義者だと非難する声も上がっており、弥助が実在人物に基づいていることが指摘されています

チャールズは、トレーラー公開前にNewsbeatBBCニュース番組)との対話で、開発者たちが「日本とその文化を正しく描写することに重点を置き、真正性を重視した」と述べています

プロジェクトを始めた時から初日から歴史家と一緒に取り組んでいました」と彼は言います

また、チームは武器専門家にも相談し、日本旅行してゲームに登場する風景場所雰囲気を掴んだとのことです。

 

あと首云々もひでーわな

It was surprisingly gory, like the decapitations, you could get coated in blood. How vital is that to the assassin’s fantasy?
斬首シーンなどでは、予想外に残虐で、血まみれになることもありますね。これはアサシンファンタジーにとってどれほど重要なのでしょうか?)

 

I think it’s not an assassin thing, it’s a Japan thing in our case. So looking at death was a day-to-day occurrence in that period, and the way most people died in Japan during that time is clean decapitations.

So we didn’t want to shy away from it, although you can turn off the violence if you want. There’s options for it. You can turn off the blood, you can turn off the dismemberment and stuff. So it’s more trying to be faithful to the war aspect of Japan at that period. Death was a common thing and decapitation was not a strange sight in Japan.

 

私たち場合、これはアサシンに関することというよりも、日本に関することだと考えています。当時の日本では、死を目にすることは日常的なことでした。そしてその時代日本で多くの人々が死んでいった方法は、きれいな斬首でした。

ですので、私たちはそれを避けようとはしませんでした。ただし、望めば暴力表現オフにすることもできます。そのためのオプションがあります。血の表現オフにしたり、切断などの表現オフにしたりすることができます。これは、むしろその時代日本戦争の側面に忠実であろうとする試みなのです。死は日常的なことであり、斬首日本では珍しい光景ではありませんでした。

https://videogames.si.com/features/assassins-creed-shadows-interview

 

 

なぜかAAAタイトル無断使用しまくって突っ込まれる一例

Ubisoft Japan

@UBISOFT_JAPAN

アサシン クリード シャドウズ』に関するお知らせ

公開済であるコンセプトアート2点に、関ケ原古戦場おもてなし連合関ケ原鉄砲隊」の旗が無断で使用されているとのご指摘を受けております

団体様には謝罪の機会を頂戴し、受け入れていただきました。

 

当該アートコレクターズエディション内のアートブックに収録されることを除き、以降は新たな使用・配布等は行われません。

 

本件に関しまして、深くお詫び申し上げます

 ↓ でも実際には削除してません (なぜか、UBI許せないマンがUBIに抗議しろと町や観光協会アタックしてくるみたいなのでアカウント名は省略)

私の書き方が悪かったかもしれないので再度返信についてポストしま

 

・指摘のあった画像(吊るし首の方)は削除されました

・背景に小さく映り込んでいる画像印刷関係判別できないため収録されています

作成されたアートブックの画像添付

 

箇条書きですが上記3点が回答でした

 

どうぞ

anond:20240723220838 anond:20240724015401

 

 

  

 

 

 

関連増田

 

 

 

 

 

 

この話題にいっちょがみしてくるどうしようもないのまとめておいて

一般的意味の侍なら苗字がねーのおかしいし、捕られたのに解放されるわきゃねーでしょ

 

まともな人なら、信長の家臣だった、大変気に入っていたようである、連れて歩いていた に留める

 

あと、別に日本だって実在登場人物を元にしたフィクション無限に作ってるからちゃんフィクションと書けば燃えなかった

アサシン クリード シャドウズ』は、2 つの異なる体験をどのように融合させたのか|Xbox Wire Japan

 

  • 侍や忍といった設定はゲーマーにとって馴染みのあるものですが、このゲームではその設定をどのように差別化しているのでしょうか?

 

 

 

 

それから、この話題でどうこうやるの増田では初めてじゃないんだわ

ずっと前から歴史創造する謎人たちがなんやかんややってるの気にしてる増田投稿がある

しかYASUKEのアニメかなんかあたりで多かったと思うよ、アレ本気にしてる人多いぞって。近々ではSHOGUN

 

真田広之Shogun」、歴史的に正しくない描写アメリカ炎上|2024-03-11

https://anond.hatelabo.jp/20240311200843#

「ショーグン」の黒人はどこにいる?

 

いっちょがみしたいなら素直に 弥助 資料検索かけるといいんじゃない

下記とかフツーに引っ掛かるで

 

織田信長黒人家来、弥助についての資料を知りたい。 | レファレンス協同データベース

https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000114712&page=ref_view

 

 

追記日本語で検索しない人が英語を読むわけないので貼っておくね

歴史改竄でどうこうはアサクリより前からやっている。いちおう実名ってことになってるのにFacebook同様に地獄めいてる

まぁ自分経験シェアするとか道徳的な話以外は Quora (en)も割と酷い

 

Why do Afro-centrists claim that the first samurai warrior was a black African? - Quora

https://www.quora.com/Why-do-Afro-centrists-claim-that-the-first-samurai-warrior-was-a-black-African

 

この界隈で定番日本ことわざは、

"For a Samurai to be brave, he must have a bit of black blood "

(侍が勇敢であるためには、少しの黒人の血を持っていなければならない)

日本人ならそんなことわざないこと誰でも知ってると思うんですけど、当然アサクリ関係ないサイトで見ることになる

 

リンク貼れないけど下記とか

"For a Samurai to be brave, he must have a bit of black blood" is an old Japanese proverb. What do they mean with that? : r/AskHistorians

 

Where Are The Black People in 'Shogun'? | LEVEL

https://www.levelman.com/where-black-people-fx-shogun/

 

あとアサクリ関係なくYASUKEの名前トンデモ記述の中で見るけど、悪気無さそうなサイト個人サイト貼るのはやめとくね

 

 

アフロ侍かっこいいし、肌の色の濃いヒーローヒロイン活躍する作品もっと増えるべきだと思う

あと、おそらく、日本アフリカ系の血を引いた人が居たか居なかったかなら居た可能性もあるのではないかと思う

から、肌の色の濃いヒーロー主人公なのはぜんぜん有りだと思うけど、

とにかく下記みたいな発言をやめろと、日本団体文化財使用許可ガン無視と利用料金ガン無視の無断利用はやめろに尽きます

Assassin's Creed director: The right time to take series to Japan | BBC

https://www.bbc.com/news/articles/c163jexl7rxo

 

Shadow’s trailer also generated backlash from some gamers, who criticised the choice of Yasuke as a main character over a native Japanese protagonist.

Opponents have accused those critics of being racist, and have pointed out that Yasuke is based on a real-life person.

Charles, speaking to Newsbeat before the trailer dropped, says the developers “put a lot of emphasis on authenticity and making sure we depict Japan and the culture right”.

“So when we started the project, we had a historian with us from day one,” he says.

He says the team also consulted weapons experts and travelled to Japan to get a feel for the landscape and locations in the game.

 

シャドウトレーラーは、一部のゲーマーからの反発も生みました。彼らは、日本主人公ではなく弥助を主人公として選んだことを批判しました。

これに対して、批判者たちを人種差別主義者だと非難する声も上がっており、弥助が実在人物に基づいていることが指摘されています

チャールズは、トレーラー公開前にNewsbeatBBCニュース番組)との対話で、開発者たちが「日本とその文化を正しく描写することに重点を置き、真正性を重視した」と述べています

プロジェクトを始めた時から初日から歴史家と一緒に取り組んでいました」と彼は言います

また、チームは武器専門家にも相談し、日本旅行してゲームに登場する風景場所雰囲気を掴んだとのことです。

 

あと首云々もひでーわな

It was surprisingly gory, like the decapitations, you could get coated in blood. How vital is that to the assassin’s fantasy?
斬首シーンなどでは、予想外に残虐で、血まみれになることもありますね。これはアサシンファンタジーにとってどれほど重要なのでしょうか?)

 

I think it’s not an assassin thing, it’s a Japan thing in our case. So looking at death was a day-to-day occurrence in that period, and the way most people died in Japan during that time is clean decapitations.

So we didn’t want to shy away from it, although you can turn off the violence if you want. There’s options for it. You can turn off the blood, you can turn off the dismemberment and stuff. So it’s more trying to be faithful to the war aspect of Japan at that period. Death was a common thing and decapitation was not a strange sight in Japan.

 

私たち場合、これはアサシンに関することというよりも、日本に関することだと考えています。当時の日本では、死を目にすることは日常的なことでした。そしてその時代日本で多くの人々が死んでいった方法は、きれいな斬首でした。

ですので、私たちはそれを避けようとはしませんでした。ただし、望めば暴力表現オフにすることもできます。そのためのオプションがあります。血の表現オフにしたり、切断などの表現オフにしたりすることができます。これは、むしろその時代日本戦争の側面に忠実であろうとする試みなのです。死は日常的なことであり、斬首日本では珍しい光景ではありませんでした。

https://videogames.si.com/features/assassins-creed-shadows-interview

 

なぜかAAAタイトル無断使用しまくって突っ込まれる。その一例

Ubisoft Japan

@UBISOFT_JAPAN

アサシン クリード シャドウズ』に関するお知らせ

公開済であるコンセプトアート2点に、関ケ原古戦場おもてなし連合関ケ原鉄砲隊」の旗が無断で使用されているとのご指摘を受けております

団体様には謝罪の機会を頂戴し、受け入れていただきました。

 

当該アートコレクターズエディション内のアートブックに収録されることを除き、以降は新たな使用・配布等は行われません。

 

本件に関しまして、深くお詫び申し上げます

 ↓ でも実際には削除してません (なぜか、UBI許せないマンがUBIに抗議しろと町や観光協会アタックしてくるみたいなのでアカウント名は省略)

私の書き方が悪かったかもしれないので再度返信についてポストしま

 

・指摘のあった画像(吊るし首の方)は削除されました

・背景に小さく映り込んでいる画像印刷関係判別できないため収録されています

作成されたアートブックの画像添付

 

箇条書きですが上記3点が回答でした

 

 

いつもの逆張り増田のために書きました。その主張を根拠に使う外国人いるからです

anond:20240724125807

anond:20240722192950

雑で不謹慎な嘘をつくのをやめろ、嘘でもいいじゃんきゃっきゃってしていいラインを考えろとしか言ってないし、

自分自身他人につく嘘が増田の生きづらさをつくっていて能力に原因は無いとしか言ってない

あと、真面目に何かこの話題でやりたいなら下記の増田にしたらいい(2回目)

障害を持った人が感謝をしない理由 | 2024-07-22

https://anond.hatelabo.jp/20240722025143#

 

 

あと、嘘ばかりつく増田ブクマカブクマカを兼ねた増田に対してはこうしか思ってない

世の中には重たい知的障害があっても正社員雇用で働き、余暇ピアノゲームを楽しんでいる人たちがいるという事実を重く受け止めてどうぞ

殆ど脳が物理的にないけど、公務員(ホワイトカラー)職に就いて、結婚子どももいて、44歳まで過ごしてきた男性もいるし、

Meet The Healthy, Functioning Man Who Survived With Almost No Brain. | IFLScience

https://www.iflscience.com/man-tiny-brain-lived-normal-life-31083

『頭が悪くても日本日常生活で何も困らない、なんなら日本の平均以上貰うの余裕で可能』、

たとえ頭が悪い障害ニュアンス(知的障害等)も含むものだったとしても、

作業所ではなくフツーに正規雇用で働いて暮らしてる。なんなら障害無自覚なこともある』

こういうクソどもは、身体面や知能面でかなりしんどい結果が出ている人と能力かわってやればいいのにって常日頃から思っています

あるいは、犯罪犯して刑務所行きルートしかないようないっさいの支援を受けられなかった人と環境かわってやればいいのにって思っています

2024-07-21

ウォーク左派ジジェクファンによる、ジジェクへの反論

https://anond.hatelabo.jp/20240721230541

上記ジジェク記事への反論記事

ジジェクは道を誤った / メラニー・ゼルMelanie Zelle [スワースモア大学学内新聞『スワースモア・フェニックス』の編集者] ※削除済

2023年3月2日

ttps://web.archive.org/web/20230303073524/https://swarthmorephoenix.com/2023/03/02/zizek-has-lost-the-plot/

 

私が哲学に興味を持つようになったのはスラヴォイ・ジジェクのおかげである

彼の著書『終焉時代に生きる』と『パララックス・ヴュー』に偶然出会い中学2年生の私が苦労して読み進めたこの本が、

彼の他の著作に興味を抱かせるきっかけとなった。

ジジェク文章は、彼が即興でする賛美のすべてにおいて、素晴らしく説得力があると私は感じた。

 

本棚に積まれ1000ページにも及ぶ矛盾の山に憤慨しながら『Less Than Nothing』を読み通したのは、高校時代に果たした偉業だった。

私は、ジジェク長編作品の論旨を理解できるかどうかで、自分知的価値を測るようになった(現在ほとんど理解できないが、以前はまったく理解できなかった)。

 

それだけに、現代政治文化に関する最近記事で、ジジェク非難するのは心苦しい。

しかある意味で、ジジェクと私の関係は、彼が何について間違っているのかだけでなく、

なぜこのような著名人が、あのように明らかな知的陥落にはまることができたのかを理解しようとする上で、

有利なポジションに私を置いていると感じている。

 

私の怒りの主な対象は、先週発表されたばかりのジジェクエッセイである

そのタイトル「Wokeness Is Here To Stay」は、たぶん私がそれほど警戒するものではなかったと思う。

 

ジジェク哲学は、ヘーゲルラカン(そしてフロイトも)、そしてもちろんマルクスへの愛着からオーソドックスな、ほとんど伝統主義的なものと特徴づけうる。

他方で世間一般におけるジジェクペルソナは、意図的に培われたものだと私は主張したいが、ディオゲネス挑発者であり、象徴破壊であるが、自分勝手ものではない。

ジジェクのこうした面が、彼の論文や公開講演会、そして彼の知的活動への、より親しみやすい影響を及ぼしているようだ。

 

したがってジジェクが、クリックした人々が眉をひそめるようなタイトルを選んだことを読んでも、私は驚かなかった。

 

私は、ジジェクお気に入りトリックひとつである正式哲学分析範囲外と考えられている文化の側面を選び出し、

喜びを感じながらそれを切り裂くことに慣れてしまっていた。

(ある講義では、カンフー・パンダについて論じており、また別の講義では、ヨーロッパ各地のトイレ特殊構造が、

ポストイデオロギー的なポストモダニズム世界概念に対する究極の反論となっている)。

 

ほとんどの場合ジジェクの指摘は最終的に重要であり、さら重要なのは、彼の広範な哲学のいくつかの要素について、面白おかしく、

しかし(おそらく結果的に)効果的に紹介者の役割を果たすことである

 

そして一見したところ、"Wokeness Is Here To Stay は同じ公式に従っている。

トランスジェンダー権利をめぐるスコットランド政治的混乱からまり、他の現代政治問題にも触れ、最終的にはフロイトラカンへの言及で締めくくる。

しかし、このざっくりとした読み方は根本的に間違っている。

 

表面下に潜む構造的な違いを無視しても(これについてはまた述べる)、この作品には、ジジェクのいつものトーンとは正比例しがたい苦渋が感じられる。

これは、私の最大の関心事である彼の議論の内容については言うまでもない;

 

ジジェクは、スコットランドにおけるトランスジェンダー権利をめぐる、最近政治論争をめぐる議論について、記号論的な分析を行っているわけでもなければ、

正確に他の多くのことと結びつけているわけでもない。

 

結局のところ、ジジェクは皮相な哲学手法とともにただ単に政策論争に参加しているだけであり、遺憾ながら完全に間違っている。

ジジェクは、過去10年間にリベラル知識人全体に伝染した観を呈するトランス医療をめぐるパニックに陥っている。

 

ジジェクのいつもの懐疑論は、ここではいもの懸念荒らしconcern trollingの再現に留まる。 ジジェクはこう書いている:

 

  「思春期ブロッカーは、タヴィストックでの診察に送られたほぼすべての子供に投与された。

 その中には、性的指向がはっきりしないという誤診を受けた可能性のある自閉症若者や、問題を抱えた若者も含まれていた。

 言い換えれば、医学的な性別移行を望むかどうか判断できる年齢に達していない脆弱子供たちに、人生を変えるような治療が行われていたのだ。

 批評家の一人が言ったように、『性別の悩みを抱える子供には時間サポート必要である。あとになって後悔するかもしれない医療措置に進むよう仕向けられるべきではない』 」。

 

この一節は疑問を投げかける。ジジェクは、その知的能力において、思春期ブロッカーが何であるかさえ知っているのだろうか?

 

ジジェク引用の使い方は、この作品の中で頻繁に行われていることから特に明らかであり、すでに示唆されていることを裏付けている。

実際、彼が引用したガーディアン記事を読んでいれば、上で引用した段落修正できたかもしれない。

 

ジジェク引用した記事の上の行には、"異性間ホルモンは16歳からしか処方されず、専門家によれば思春期ブロッカー不妊の原因にはならない "と書かれている。

したがって、このスロベニア人知的怠惰恩赦を与えることもできない。 これは純粋で単純な不誠実さであり、危険形態である

 

さらにひどいのは、ジジェク記事の冒頭で取り上げた最初文化分析対象である

コンパクト編集部がありがたいことに、ページをスクロールすると引用文が表示されるようになっているのだ(まだ彼の論調を十分に理解していない人のために)。

 

それはこうだ: "女性だと自認する人物が、ペニスを使って2人の女性レイプしたことを我々は知っている"

 “We have a person who identifies itself as a woman using its penis to rape two women.”

 

ジジェク言及しているのは、アイラブライソンの事件である

 

この有罪判決は、スコットランドにおいてレイプ有罪判決を受けた史上初のトランス女性となり、

トランスの人々に対する「懸念」を持つすべての人々にとってのロールシャッハテストとなった。

 

ここでジジェクは、基本的事実認識が間違っている。ブライソンの性別移行の時系列を誤って伝えているからだ。

 

さら問題なのは、読者を煽動するために、本質化するような言葉を使い、さらに誇張していることである

(「ペニスを持ったレイプ犯が、囚われの女性たちと刑務所にいる」という表現が思い浮かぶ)。

 

ブライソンを「彼he」、そしてさらに厄介なことに「それit」と、ジジェク性別を間違えて表現することに固執するのは、

ジジェクトランスアイデンティティ尊重することを、裁量に任された、善行次第のものだと考えていることを示唆している。

 

ジジェクはこの論文で、控えめに言ってもトランスフォビックtransphobicだ。

 

しかしそれ以上に、ジジェクは退屈で、独創性がなく、不誠実で、怠惰である

彼はトランスの人々について、『ガーディアン』紙や『ニューヨーク・タイムズ』紙の同様の記事からは得られないようなことを何も書いていない;

 

この時点でようやくジジェク哲学について語るかもしれないと思うのも無理はないが、残念ながらそれは間違いである。

 

記事の次の部分はさらに長く、さら面白くない。『コンパクト』誌に掲載された別の記事宣伝である

(中略)

 

で、どういうこと? なぜジジェクはこんなことを書くようになったのか?

 

その答えは、対立的でありたいという彼の誤った願望にある。

彼は、この作品の中で他者が陥っていると彼が非難する事柄に陥っている。すなわち、自分を悩ませる他者を、自分自身の中で勝手に思い描く罪を犯しているのだ。

The answer lies in his misplaced desire to be oppositional. Ironically, he is guilty of the thing he accuses others of falling prey to within the piece, that of envisioning for himself an Other that haunts him.

 

 [ジジェク]「要するに、ここにあるのは、政治的に正しい突き上げと、金銭利益残酷計算との最悪のコンビネーションなのだ。 」

 

思春期ブロッカー使用は、[ジジェクによると]"目覚めた資本主義 "のもうひとつの事例であるとされる。

 

ここでジジェクは、ジャニスレイモンドの1979年の『トランスセクシュアルの帝国』に端を発する、トランスジェンダーの人々が選択する様々な処置や療法は、

製薬企業にとって重要経済的利益をもたらすものであるという、一見したところ長年にわたる議論に訴えかけている。

 

そうすることで、救命医療へのアクセスを容易にするべきだと主張する人々を、自分たちの身体をめぐる現実物質的な対立のために戦うのではなく、

資本の側、つまり極悪非道個人の側にいる人々として捉え直すことができる。

 

バトラーフーコーを読んだことのある人物が、このように書くことができるのは、こうした運動が誰のためになるのかという、権力についての混乱がジジェク盲目にさせているのだ:

 [ジジェク] 「性的混乱に「異常」なことは何もない。「性的成熟」と呼ばれるものは、長く複雑で、ほとんど無意識プロセスである

 それは激しい緊張と逆転に満ちている。自分の心の奥底にある「本当の自分」を発見するプロセスではない」。

 

作品全体と同様、これはジジェク特有哲学プロセスといううわべに包まれたいつもの本質主義と、トランスフォビアtransphobiaである

この最終的な帰結は、英米トランスジェンダー物質的な生活にすでにダメージを与えているヒステリーhysteriaの波に、ジジェクお墨付きスタンプを押したということだ。

 

ジジェクは、社会の変化に懐疑的ジャーナリスト知識人瘴気miasmaの中に紛れ込んでしまたかのようだ。

これはポストモダンの懐疑主義に非常に批判的な人物から出た究極の皮肉である

 

過去思想家からの豊かな引用を悪しき議論隠れ蓑に変え、気まぐれさを苦味に変えてしまう。

 

私たちにとって悲しい日であり、多くの意味ジジェクにとっても悲しい日である

 

ジジェク豊富理論的な著作の中で最高のパフォーマンスを発揮し、ここでは最悪のパフォーマンスを発揮している。

このエッセイを読むと、あなたは感じ取るだろう。少なくとも少しは彼がそれを自覚していることを。

[終]

2024-07-12

anond:20240712085908

We're leaving together

But still it's farewell

And maybe we'll come back

To earth, who can tell?

I guess there is no one to blame

We're leaving ground

Will things ever be the same again?

It's the final countdown

The final countdown

anond:20240711233856

不妊の原因の半分は男性にあると言われている」←まるで不妊の原因が男女半々かのような印象操作よくない。

↓のWHO調査結果のグラフを見ればわかるが、男性のみ原因が24%、女性のみ原因が41%。倍近いスコア差がある。

https://kenko.sawai.co.jp/prevention/202003.html

2017年世界保健機関WHO)の調査によると、不妊症のうち、男性のみに原因があるケースが24%、男女両方に原因がある場合24

まあ男性のみ原因24%+男女とも原因24%=48%なので、「原因の半分は男性に」ということもできないことはないが・・・

その場合女性のみ原因41%+男女とも原因24%=65%が女性が原因となるんだけどね。

2024-07-11

精子観察キットを使ってみて感じたこ

7/13 驚いた。コメントを返しておく。

https://anond.hatelabo.jp/20240713003005

 筆者の友人の女性との話題で、女友達妊活に苦労していて大変そうみたいな話をよく聞く。身の回り男性もすでに既婚者となるなか独身を貫く筆者にはおおよそ無縁な話であるが、女性の子供が欲しいながら恵まれなかったという話に相槌を打つのである

 しか教養として知る話として、不妊の原因の半分は男性にあると言われている。子供ができないことにヒステリックになる背景に、男性他人事になって検査もしてくれないと聞く。プライドはわかるが検査はした方がいいと思った。

 それはそうとして、そもそも諸君自身精子を見たことがあるだろうか。毎日出している白いやつと言えば半分は合っているのだが、実は精子は白くないのを知っているだろうか。そもそも毎日向き合っているものを知らずして他人押し付けてよいものなのだろうか。

 「精子は青い」そう教えてくれたのは、高校の保健の先生だった。高校とはいえ筆者の性の目覚めは遅めだったので、当時はフーンというくらいに聞いていたが、大人になって不妊治療だとか性教育とかそんな単語が現れると、ふと思い出すのであった。

 そんな中、あるネットニュースで「精子観察キット」というものが紹介されていた。スマホカメラ顕微鏡のようなレンズを取り付けて精子可視化できるのだという。興味が湧いたが、それを読んだ当時はそんなものを買う度胸はなかった。

 転機が訪れたのは2020年新型コロナウイルスワクチン接種が始まった頃。

ワクチンを接種すると精子の質が落ちて不妊になる」という噂話がSNSを駆け巡った。今後これを読む人のために補足をすると、今でこそワクチンデマと一蹴されるこうした根拠のない医療情報が、当時は社会問題になったのである。そんな中、コロナ対策チームはよく頑張ってくれたと思う。

 人類の新たな危機と言える新型コロナに対抗すべく、一個人としてできることをやらなくてはならない。そんな使命感に駆られた筆者は、自らの精子精子検査キットで観察し、ワクチン接種の前後精子がどう変わるのかを調べてみることにした。

 まずはキットの選定が重要だ。童貞の筆者は知らなかったのでここで啓発しておくと、コンドーム精子検査キットはアダルトショップで買うものではなく、妊娠検査薬などと一緒にドラッグストア普通に並んでいる。当時はリクルートが発売していたSeemというサービスサービス終了)と、TENGA提供していたメンズルーペという商品があった。試しに両方買ってみることにした。レジに持っていくとスッと茶封筒しまってくれ、こんな配慮サービスがあるのかと驚いた。化粧品の充実したドラッグストアだとレジ前に女性が多いので少し勇気がいるが、気になるならペットボトルでも買ってカゴに混ぜておけば良いのだ。

 いずれも箱の中には精液採取用の道具とレンズが付いている。これをスマホカメラに装着し、レンズに精液を垂らすと、カメラ精子が映る。この動画サーバーに送ると、精子画像認識し、精子の数と、よく泳ぐ精子割合を示してくれるのである

 性教育をあまり受けてこなかった人のために補足すると、精液は精子のほかに前立腺など様々な液が合わさってできていて、射精直後は粘り気の強い塊になっていて、一丸となって送り込まれる。そして時間が経過すると透明でサラサラになり、卵子めがけて泳ぐ精子を助ける潤滑剤となるのである。つまり、活発に泳ぐ精子を見るためには、精液を30分ほど放置してサラサラにしなくてはならない。

 ところが実家暮らしの筆者にとってこの作業は困難を極めた。筆者の部屋にはわりと気軽に家族が会話しに来訪するので、普段トイレでこっそり致している。ということで、部屋で致そうとすると緊張して奮い立たないし、隠しておくにしてもビクビクしている。ビクビクしているゆとりもないのだ。偶然もらったお菓子の空缶があったので、そこに隠して放置する。サラサラになった精液をスポイトでレンズに注入すると、精子が見える。測定上の注意事項として、最近スマホレンズは大きいので、ここに傷がついていても飛蚊症のようになり綺麗に映らないので注意が必要だ。そしてLED照明など点滅する照明を顕微鏡ライトにするとチカチカしてとても見るに耐えないので、ライトにも気を配る必要がある。

 ドキドキの対面である精子の姿がスマホに映った。Seemのレンズで見た精子は、確かに青かった……。

 早速精子動画に撮り、サーバーに送ると、しばらくしてその結果が送られてくる。筆者の精液には1mlあたり2400万の精子がいて、そのうち活きているのは6割という結果だった。TENGAメンズルーペには精液採取カップに目盛がついていて、量を測ることができた。測ってみると5〜6mlの範囲に収まっている。これも保険教科書通りだった。基準WHOが定めているので気になった人はググってみて欲しい。

 ワクチン接種は筆者にとって地獄であった。腕はパンパンになり、高熱が出て1週間寝込んだ。精子は熱に弱いので、この熱では死んでしまうのかもしれないと思った。しかし少し落ち着いてから測定してみると、4200万匹、運動率は6割でほぼ倍増である。減るどころか増えているではないか。色々考察してみたが、夏の筆者は繁忙期で、寝ても覚めても仕事していた。これがワクチンの熱で1週間寝たきりになったことで、睡眠不足改善されて精子が増えたのではないかという仮説に至った。

 2回目の接種でもためしたが、寝込んだ後に精子を調べると精子の濃度が高くなることがわかった。そして年末の繁忙期にも試してみたところ、この時期になると精子運動量が2割程度に落ち込むのである主観的意見と言わざるを得ないが、精子疲労バロメーターになっているように感じられた。

 つまり、我々は日常的に精液を放出しているつもりでも、その中にいる精子健康状態……たか寝不足程度でも、日々増減したり、中身がほぼ死滅していたりするのである女性は月に一度しか妊活のチャンスがないと言われるが、一方で男性にも毎日チャンスがあるわけではないということをこの実験は示した。

 自分身体にこんな秘密が隠されていたとは思わず、外出自粛の間、メンズルーペを使って精子を調べることに没頭した。画面の中で精子たちは、腕時計の中で動く歯車のようにピコピコと機敏に動いている。そうやって頭を振りながら泳ぐ精子たちを観察しているうちに考えたことがある。それは

女性けが命を宿すことができるというが、男性だって命を宿している」ということだ。

 精子は人体で最も小さい細胞であるが、父親遺伝子母親に届けるという役割のために泳ぎ回っている。確かに赤ん坊女性からまれるが、この精子たちもその命の構成要素の一つだ。精子は生きていた。この目ではっきり見たのだ。

 顕微鏡に注いだ精液は、スマホで観察するために照明に照らされ、蒸発やすくなる。その中を泳いでいる精子がどうなるか知っているだろうか。だんだん身動きが取れなくなり、必死尻尾を振りながら息絶えていき、やがてレンズにはさっきまで活発だった精子たちの死骸が映るのであるいくら単細胞とはいえ、ふだんトイレに流していた命の源を直視すると、少し堪えるものがある。

 卵子受精する瞬間を奇跡とか神秘とか称する教育ビデオ学校でも見てきた。確かに命は尊いものだ。ただ精子一人称とすれば、彼らは生きた状態で放たれるとも限らず、その行先もゴミ箱トイレゴムの中かもしれない。生涯に1兆匹生み出されながら、ヒトとして生を受けるのは数匹である。1匹や、0匹かもしれない。生存競争にすら立てなかった精子生き様を見て、掴んだ命に誇りを持って生きていこうと思った。本当は身近な人にこそこういう話をしたいが、頭のおかしい人だと思われたらどうしようという思いで二の足を踏む。誰かに届くことを願って、ネットに垂れ流しておこうと思った。

 さて、それぞれのサービスの違いだが、Seemは1回3000円という結構お高い装置だったが、鮮明に精子が泳ぐ様子を眺めることができた。いっぽうTENGAメンズルーペは1500円で4回分というお買得な商品だが、そのせいか鮮明さでは少し劣るところがあると思う。しかし安いので、定期的に精液チェックをするにはもってこいである。

 それとは別にロート精子観察用のレンズを売っているそうで、ピント調節もできる高性能なものらしく、大いに興味を抱いている。しかしこれが通販しか買えないらしいので、家族にバレないように買う方法を探している。

 最近スマホカメラAI画像を補完するようになり、精子の動きがカメラ古典的画像処理なのかAIの補完なのかわからなくなってしまったようで、いい映像が撮れない。この影響か、テンガもついに解析サービスをやめてしまって、目視精子を見るアプリと化した。なのでこの手法で手軽に判定することはもう叶わず定量的評価をするには泌尿器科に行かなくてはならない。だが1500円ほどで精子が見れるので、一度は自分の目で我が子の泳ぐ姿を見る経験をしてもいいのではないかと思う。

 というか、妊活する男性にとってはこれこそがチントレであろう。精子簡単に弱る。せっかくなら自分精子の動きから戦闘力とか算出して遊ぶゲームとか作ったら楽しそうだなんて妄想らする。流石にゲームは難しいかもしれないが、少なくともただ排泄する粘液と思わず自分の生み出す命と気軽に向き合ってみてもいいじゃないか、という気がした。

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イ●ラ●教

6歳で当時53歳だった●●●●●と婚約して9歳で結婚式

https://x.com/egodissolution1/status/1308040222836363266

https://w.wiki/AjMa

コ●ラ● 4:34従わない妻は●て

https://tinyurl.com/mr5h2us3



コ●ラ● 9:5 あなた方はどこであれ、多神教徒を見つけ次第●しなさい

コ●ラ● 47:4 あなた方が不信心な人とまみえときは、かれらの首を●ちなさい。

https://tinyurl.com/kyougi

コ●ラ● 34:33 われは不信心な者の首に●をかける

https://tinyurl.com/2p9xn7w4



千葉県

https://x.com/citizen_koshig/status/1815536485736837193

ドイツ人女性は、窓の外を眺めながら、

何百人ものトップレス移民たちが

多様性」の名の下に自分の町の通りを占拠しているのを見て、

感極まった様子を見せた。

x.com/OliLondonTV/status/1770498999704809649

イギリス

x.com/RadioGenoa/status/1713926250392125724



宇宙を作ったのが神なら、

神を作ったのは誰か?というのは、今でも一神教徒を悩ませる問題ひとつ

https://x.com/egodissolution1/status/1275268436826836993



シ●リ●ア

https://w.wiki/6yeB



石打ち刑

tinyurl.com/ishiuchikei



イ●ラ●教徒土葬墓地計画住民から反対相次ぐ…予定地の550mに水源

tinyurl.com/dosou

土葬水質汚染懸念されるのは何故ですか

tinyurl.com/yrvetymj

人間土葬は野犬に掘り起こされないよう地中深く埋める。

深く埋めた死体は腐敗から白骨化するまでに

5年以上の長い時間を要し

土壌は長期間汚染される。

tinyurl.com/2cjsu8pa

バクテリアウイルスによる地下水汚染に対する墓地の影響

tinyurl.com/4a9j9n34



ミナレット禁止から10年 スイスはどう変わったか

tinyurl.com/Minaret-Swiss

スイスも「顔を覆う衣服禁止

tinyurl.com/burka-Swiss



地獄への道は善意で舗装されている

同性愛禁じるイ●ラ●国出身男性難民判決

恐ろしい事が始まった。

イ●ラ●国から大量の同性愛者が日本にやって来る。

しか同性愛者だと嘘をついて難民指定される者も出現する。

彼女や妻がいる男性でもバイだと言えば難民指定に。

tinyurl.com/5n7wewtz

欧州人権裁判所死刑になるなら国外追放に待ったをかけるから難民はそれに該当するために色々言うと聞いたことがある。

・イ●ラ●→キリストへの改宗(背教者は死)

LGBTのフリをする(同性愛者は死)

・死罪相当の犯罪自首する

tinyurl.com/bd62jp79

3人の子どもを持つ前にゲイであることを理由亡命を認められたナイジェリア人が22万ポンド詐欺を首謀

現在バイセクシュアルであることを自認するサ●ー●・ア●ー●が、オンライン販売者から小包を盗む詐欺をどのように手助けしたか裁判所聴取

Nigerian granted asylum for being gay before having three children masterminded £220k fraud

Court hears how S●h●e● A●e●z, who now identifies as bisexual, helped to create parcel scam stealing from online sellers

www.telegraph.co.uk/news/2023/11/15/nigerian-asylum-gay-three-children-parcel-fraud/

地図で見るLGBT違法の国、合法の国

73カ国で同性の性行為違法スーダンイランなどでは死刑

natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/a/062100038/

日本ダメにした10裁判

https://tinyurl.com/10-saiban

イ●ラ●教の同性愛弾圧根本的に解決しない限り

偽装同性愛者の難民認定が増え続ける!

難民条約の破棄を検討しよう!

2024-07-09

anond:20240708211707

防カビ剤ねぇ

 

焦げた部分は発がん性がぁ、ってのは聞いたことがあるよね

 

鰹節保存食、保存調味料だわね

カツオを燻すことによって防カビ効果を得ている、日本の伝統

燻煙ってのはこの焦げを対象物に付着させるわけ

発がん性物質には概ね防カビ効果があるんだわ

ベンゾピレンって化学物質なんだけど

 

外国では燻煙は厳しく規制されてる

日本鰹節毒物扱いで輸出ができない

 

鰹節 ベンゾピレン」でググるトップは全国鰹節工業協会が出てくる

安全です!」

と書いてる

 

EUWHOなどの基準ベンゾピレン食品含有許容値は5.0μg/kg

日本スーパーで売られている鰹節はざっくり60μg/kg

多いものだと140μg/kgくらい

鰹節を作っている人たちに言わせりゃそれでも安全なんだそうだ

 

日本人はこれを平気で食ってる

煮出して飲んでる

鰹節を作っている人たちは「問題ない!安全だ!」と根拠はよくわからん

癌になったところでそれが鰹節が原因であると立証するのは不可能

 

レモンには防カビ剤が付着していると、まぁそりゃ事実

しかしその量はWHOや諸外国日本での規制値の範囲内だ

だがそっちは危険だと

 

僅かでも危険可能性があるなら避けたほうが良いと、はいはい

 

国産農作物安心安全

オリンピック選手村国産食材提供が出来なかったの知ってる?

国際的基準だと日本農作物得体のしれない危険な食い物って扱いなの

Global-GAP検索して勉強してみ

ちなみに日本流通してる魚沼産コシヒカリ生産量の20倍ね

安心安全信頼できる国産農作物

 

幻想やでw

2024-07-05

労働党党首スターマー氏『トランス女性には「女性トイレ」を使用する権利がない』

https://www.telegraph.co.uk/politics/2024/07/01/labour-frontbencher-refuses-to-answer-trans-toilet-question/

In an interview with The Times, Sir Keir was presented with a question posed by author JK Rowling on whether people who are born male and have gone through a legal transition process should be able to use female-only spaces.

Writing on X, formerly Twitter, the Harry Potter author, who has said she would “struggle to support” Labour if he does not change his stance on trans rights, asked: “Do biological males with gender recognition certificates have the right to enter women-only spaces? It’s a simple yes/no question.”

In response, Sir Keir said: “No. They don’t have that right. They shouldn’t. That’s why I’ve always said biological women’s spaces need to be protected.”

タイムズインタビューで、スターマー氏は、J.K.ローリングによって提起された、男性として生まれ、法的な性別移行プロセスを経た人が女性専用のスペースを使用できるべきかどうかという質問を受けました。

「X」(旧Twitter)で、「ハリー・ポッターシリーズの著者であり、もしスターマー氏がトランスジェンダー権利に関する立場を変えなければ「労働党を支持するのに苦労する」と述べているローリングは、「性別認識証明書を持つ生物学男性には、女性専用スペースに入る権利があるのか?これは単純なイエス/ノーの質問です」と問いかけました。

これに対し、スターマー氏は「いいえ、その権利はありません。あるべきではありません。だからこそ、私は常に生物学女性のスペースを保護する必要があると言ってきました」と答えました。

アメリカ人婉曲表現京都人がショック死するレベル

トランプ氏とのテレビ討論会バイデン大統領の低調な受け答えが波紋を呼んでいるが、個人的にはアメリカ人婉曲表現があまりに直球で笑ってしまった。「ええ時計してはりますなぁ」 で有名な京都人が言われたら、ショック死するレベルである

https://edition.cnn.com/2024/07/02/politics/house-democrat-call-biden-withdraw/index.html

Earlier on Tuesday, Democratic Rep. Mike Quigley of Illinois had signaled an openness to replace Biden as the party’s presidential nominee.

(中略)

“We have to be honest with ourselves that it wasn’t just a horrible night, but I won’t go beyond that out of my respect and understanding of President Joe Biden, a very proud person who has served us extraordinarily well for 50 years,” he added.

これに先立ち、イリノイ州民主党下院議員マイク・クイグリー氏は、党の大統領候補をバイデンから変更することに前向きな姿勢を示していた。

(中略)

「単にひどい夜だったというだけではないことに、私達は正直にならなければいけない。だが、50年間、私たちに並外れた貢献をしてきた誇り高き人物であるジョー・バイデン大統領への敬意と理解からそれ以上のことは言わない」と同氏は付け加えた。

「それ以上のことは言わない」」って、それ、もう言ってるようなもんだろ。和訳すると酷い皮肉のようにしか読めないが、英語ネイティブ的にはこれは婉曲表現として機能しているのだろうか。

2024-06-28

産科医療について誤解があったり誤解を招きそうなので

anond:20240627202914

 

2019年の時点では掻爬法のみ23.5%、(電動/手動)吸引法+掻爬法が40.3%、(電動/手動)吸引法のみが36%となっている。(厚生労働省)

https://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/keikaku_kanshi/siryo/pdf/ka4-3-4.pdf

吸引法と掻爬法を併用するのは子宮内に胎児の一部が残留するのを防ぐ目的がある。

ただ古い医師は掻爬法に慣れた医師が多いせいで吸引法にのみできないのは技術問題がある可能性もあると私は個人的には思う。

また胎児が大きめの場合は、吸引法のみでは対応できないため掻爬法が併用されるのが通常のよう。

 

WHOが言う通り、吸引法より掻爬法は全体での子宮穿孔や子宮胎児(の一部)残留危険はたしかに高いが、

熟練した医師ならば掻爬法でも安全性が高いので、掻爬法だからといって必ずしも倫理観がない医師とはならないと思う。

また昔はそうではなかったかもしれないが、いまは中絶の際に麻酔が出来る医院ほとんどなのでは?そうすると懲罰的とは言えない。

 

世界的には時代遅れの掻爬法が日本では併用含めるとメジャーになっているのは、人工妊娠中絶タブーとなっていた歴史から(たとえば10万件あたりの事故率※を見た際に)許容できるほど安全であれば方法までは話し合われなかったのではないか

また中絶を多く手掛ける医師は、出産を手掛ける医師より地位が低く見られてた経緯が関係あるかもしれない。と産科医は語っている。(NHK)

https://heart-net.nhk.or.jp/heart/contents/14_1/index.html

 

現在は掻爬法は吸引法より医院の得られる収入が少なく、今後はゆっくりではあるが掻爬法のみの医院は減ると思われる。

 

中絶薬については、認可していないのは国なので産科医の問題というわけではないが

選択肢が増えるのが大事なので薬は認可されるべきと私は思っている。

ただ薬が認可された場合不正出血危険があるため経過観察が必要なのと、人工的に陣痛引き起こして(痛い)子宮内の胎児を出す必要があるので入院必要になる可能性がある。

上記NHKで語っている医師は、これはこれで痛く、(麻酔有りの場合の掻爬法や吸引法と比べてだと思う)苦痛が大きいのではと話している。また仕事をしている女性は気軽に入院できない。

※掻爬法や吸引法は調べたら日帰りばかりヒットした。検索した限りでは掻爬法でも併用でも吸引法でも通常麻酔は使う医院が多い様子。

 

 

※掻爬法、吸引法、併用の10万件あたりの事故率について。

“医会実態調査における妊娠 12 週未満の妊娠(中絶場合) 10万851 件のうち子宮穿孔件数は搔爬法 12 件、併用法6件、吸引法1件だった。”

“同様に遺残件数(胎児の体の一部などが子宮に残る)は搔爬法 166 件、併用法 107 件、吸引 法 20 件”

“大量出血数についても搔爬法6件、併用法 9 件、吸引法 2 件 ”p88

https://www.jstage.jst.go.jp/article/wsj/28/0/28_79/_pdf

 

上記色々書いたが私にも問題だと思っている点がある。

堕胎手術の値段の高さだ。たぶん中絶薬が認可されたとしてもかなり高額になるだろう。

コンドーム避妊したとしても方法を間違えれば妊娠可能性は上がる(つまり男にかかっている)。緊急避妊薬もまだ土日含め気軽に入手できるとは言えない。というか低容量ピル含め値段が高い。

少なくとも義務教育避妊方法をきちんと教えないのであれば、避妊薬、緊急避妊薬や、堕胎手術保険適用にすべきだと思っている。

To you, the creator, I sincerely hope this message reaches you.

It's sudden, but right now in Japan, creativity is facing a true crisis. Characters like Uzaki-chan, Onsen Musume, and Tojo Rika are being targeted and flamed, game character designs are being infiltrated by political correctness, Johnny's Entertainment is being dismantled, swimsuit photo sessions in parks are being canceled, Hitoshi Matsumoto is being publicly shamed, and the new AV law was enacted without considering the opinions of those directly involved. Every form of expression in every venue is currently under unreasonable pressure.

How does this connect to the Tokyo gubernatorial election? In fact, a major event directly linked to this is occurring in the 2024 Tokyo gubernatorial election. As a creator, I hope this message reaches you.

What I am about to share is a story about someone named Himasora Akane, who you should know about to resist such pressures. But before I dive into that story, I want to express my deep gratitude to my old friend Nozomi for giving me the opportunity to post this article in a place where many creators will see it. As someone who also loves manga, anime, and games, I hope this information will benefit Japanese society and support Nozomi's activities.

Himasora Akane Should Be the Governor of Tokyo

First, I would like to make a straightforward request to you as a creator: please support Himasora Akane for governor. In this election, please write "Himasora Akane" on your ballot. The voting day is July 7th. Even if you are not a Tokyo resident, I ask that you at least listen to this story. If you find it interesting, please share it with your friends, family, and acquaintances. You can check Himasora Akane's campaign promises and the background of their candidacy on their Twitter (X) posts linked below:

Himasora Akane (Tokyo gubernatorial candidate)

@himasoraakane

https://x.com/himasoraakane/status/1804846779399324095

Himasora Akane Will Not Allow Our Culture to Be Burned

Himasora Akane is an ordinary otaku who loves manga, anime, and games. Known as "Cognitive Profiling Detective Akane Himasora," he has been active on Twitter (X) and YouTube, and now he is running for governor. Akane, who is deeply concerned about the repression and destruction of otaku culture, is challenging those who seek to destroy our culture alone. Akane will never allow those who try to burn our culture.

As mentioned at the beginning, all forms of expression are currently under pressure. Otaku culture, in particular, seems to be a prime target.

Uzaki-chan Blood Donation Poster Controversy (2019): A collaboration between the Japanese Red Cross Society and the manga Uzaki-chan was flamed for allegedly being overly sexual in its PR illustration.

V-Tuber Traffic Safety Video Controversy (2021): A V-Tuber hired by the Matsudo Police Department in Chiba Prefecture was deemed too sexual for public agency PR.

Onsen Musume Controversy (2021): Characters personifying local hot springs were criticized as sexist.

Mie Transport Official Character Controversy (2024): A character in a bus driver's uniform released by Mie Transport was flamed for evoking sexual images.

These controversies are often fueled by so-called political correctness and feminism. For creators, these are direct threats. If these factions label your work as sexual and demand it be burned to ashes, could you resist? How would you feel if your painstakingly created work, like your own child, was trampled by people who have no regard for your efforts? Could you continue your creative activities while constantly shrinking away?

Himasora Akane saw something behind these flaming incidents. He started investigating the key figure behind the Onsen Musume controversy, a representative of a general incorporated association in Tokyo. This association's core business, the Young Female Victims Support Project, received substantial public funds from Tokyo. Akane submitted public document disclosure requests to Tokyo and thoroughly dug into the organization. During his investigation, Akane uncovered many suspicions suggesting this project was unworthy of public funding, which he exposed one by one on social media.

Negligent accounting reports, taking protected girls to the Henoko base protest in Okinawa, Communist Party members waiting in the bus used to protect girls—these revelations drew significant attention online. The investigation extended beyond this general incorporated association to other NPOs receiving public funds, and Akane named this cluster of issues the "WBPC problem" after the initials of these organizations.

Akane's YouTube Channel (WBPC Problem Playlist)

https://www.youtube.com/playlist?list=PLI5gTciLKtAXRyzv9j5FiNMcc8eoEBbMN

From here, Akane's story expanded to resident audits, resident lawsuits, and national compensation lawsuits concerning the Tokyo Young Female Victims Support Project. Akane discovered that behind many flaming incidents, there is no clear command structure but a group of various political organizations and activists working together like an amoeba. He named this group the "Nanika Group" (Nanika means "something" in Japanese), a reference to the mysterious, ominous "something from another place" in the manga HUNTER×HUNTER, which Akane loves. The Nanika Group is also connected to welfare interests, where public funds flow unchecked. Akane called this phenomenon "Public Fund Chu-Chu" (siphoning).

For creators, this means the tax money they earn through hard work is used to burn their precious works. It's an intolerable situation.

Himasora Akane Is Fighting Against Those Who Burn Our Culture

In November 2022, a major event marked a turning point in this series of controversies. The general incorporated association under scrutiny held a press conference at the parliamentary office building, gathering media and announcing a lawsuit against Akane. This "Legal Harassment Press Conference," as it was called online, involved multiple layers of power: the government, the media, and a team of seven lawyers targeting a single individual.

However, Akane did not back down. Instead, he intensified his pursuit, exploiting the opponent's careless statements as lawsuit fodder. This led to an outpouring of support on social media, with his Twitter follower count skyrocketing and 160 million yen in donations for legal fees.

The following year, a resident audit request filed by Akane resulted in Tokyo's official website recognizing some improper points and deciding to audit the organization. However, Tokyo's lenient audit led Akane to file a resident lawsuit. Suspicion also turned towards Governor Yuriko Koike for allocating public funds through dubious sole-source contracts. Tokyo began excessively redacting documents in response to public document requests, attempting to conceal the issue. Koike's promise to end document redaction quietly disappeared from her campaign page.

Throughout this battle, Akane has been a target of criminal complaints and faced threats, yet he persists. His book "Netoge Senshi" was released amid bookstore threats, but only the criminal complaint was widely reported by the media, portraying Akane negatively.

Who Is Himasora Akane?

Himasora Akane is an ordinary otaku, a top-tier online gamer during his student days, and a talented game creator who worked for a major game company and later a venture company. His meticulous work on the game "Shin Goku no Valhalla Gate" was betrayed by the company's CEO, leading to a seven-year legal battle that Akane ultimately won, securing 600 million yen. This experience fuels his fierce opposition to having his creations burned.

Before investigating the Young Female Victims Support Project, Akane exposed fraudulent feminist "knights" on his YouTube channel, shaking the internet. He detests lies and has an uncanny ability to detect them.

Akane is a special individual with extraordinary abilities, honed through his experiences in games, court battles, and extensive document analysis. His pursuit of truth and justice makes him a suitable candidate for governor, promising a world without lies and where honest people do not suffer.

What We Can Do to Protect Our Culture

Creative expression can be crushed if we are not vigilant. Even in modern Japan, otaku culture is on thin ice. The recent cessation of Visa transactions for DMM (Fanza) is a reminder of how a single card company can wield its power to dictate what is deemed appropriate expression. Expression freedom is fragile and constantly under threat.

To those reading this, I urge you to vote for Himasora Akane. Support him to protect our culture. Despite his harsh demeanor and preference for solitary battles, he is now seeking help for the first time. Akane feels the danger in this gubernatorial election and believes that if he does not become governor, everything will end. He has taken a stand for the people of Tokyo and Japan.

I wrote this article to support his spirit and spread the word. Please vote for Himasora Akane and help create a miracle.

To you, the creator, I sincerely hope this message reaches you.

Please, I beg you.

2024-06-24

anond:20240624162035

へたくそこら!

claude

日本慣用句 饅頭怖いとは

饅頭こわい」(まんじゅうこわい)は日本慣用句です。この表現意味と由来について簡単説明しましょう。

意味:

この慣用句は、「些細なことや取るに足らないことを必要以上に恐れる」という意味で使われます。つまり、実際には怖くないもの危険ではないものを過度に恐れる状況を表現しています

由来:

この言葉の由来には諸説ありますが、最も一般的説明は次のようなものです:

昔、ある侍が夜中に暗い道を歩いていたところ、道端に何か白いものが落ちているのを見つけました。侍はそれが敵の首だと思い込み、恐ろしくなって逃げ出しました。しかし、翌朝確認してみると、それは単なる饅頭まんじゅう)だったという話です。

この話から、取るに足らないものを過大に恐れることを「饅頭こわい」と表現するようになりました。

使用例:

彼は初めての海外旅行饅頭こわいの状態だ。

新しい技術を導入することに対して、会社饅頭こわいになっている。

この慣用句は、人々の不必要な恐れや過剰反応を軽く皮肉る際によく使われます

違います

以下の落語元ネタ慣用句です。意味説明してください

[元ネタコピペ]

はい、ご指摘ありがとうございます。この落語をもとに「饅頭こわい」という慣用句の本当の意味説明いたします。

この落語からまれた「饅頭こわい」という慣用句の真の意味は以下のようになります

表面的な意味饅頭を怖がるという、一見すると理解しがたい恐怖心を持っているように見える状態

実際の意味: 本当は別のものを恐れているにもかかわらず、より無害で理解されやすものを恐れていると偽る行為状態を指します。

より深い解釈自分の本当の弱点や恐れを隠すために、より受け入れられやすい或いは滑稽な恐怖を装うという人間の行動を表現しています

この慣用句は、人々が社会的体裁他人の反応を気にして、本当の弱点を隠そうとする心理を巧みに表現しています。正一が実際には「一盃のお茶」を恐れているにもかかわらず、「饅頭が怖い」と言い張ったように、人々が真の問題や恐れを直視せず、より受け入れられやすい「恐れ」を装う傾向を皮肉っています

したがって、この慣用句使用する際は、単に不合理な恐怖を指すのではなく、人が本当の弱点や問題隠蔽しようとする行動を指摘する場面で使われることが多いです。

違います。正一が何を得たか観察してください

申し訳ありません。ご指摘ありがとうございます落語の結末をより注意深く観察し直しました。ご指摘の通り、重要な点を見落としていました。正しい解釈を以下に説明します。

正一が得たもの

饅頭:友人たちが大量に買ってきた饅頭

饅頭を食べる機会:正一は「饅頭が怖い」と嘘をついたことで、実際に饅頭を食べることができました。

この落語における「饅頭こわい」の本当の意味

表面的な意味:無害なものを怖がるふりをすること。

実際の意味: 欲しいものを手に入れるために、そのものを怖がっているふりをする策略や行動を指します。

より深い解釈自分の本当の欲求目的を隠すために、あえて弱点や恐怖心があるように装うという巧妙な方策表現しています

まり、「饅頭こわい」という慣用句は、実際には欲しいものや望んでいることを得るために、逆説的にそれを怖がっているふりをするという策略を指しています。正一は「饅頭が怖い」と言うことで、実際には大量の饅頭を手に入れ、それを楽しんで食べるという目的を達成しました。

この慣用句は、人々が直接的に欲求表現せず、逆の態度を示すことで実際の目的を達成しようとする行動を巧みに表現しています。言い換えれば、「欲しいものをもらうために、それを嫌がるふりをする」という策略を指す言葉として使われます

もし「饅頭こわい」を意訳するとしたら英語

饅頭こわい」の本質を捉えた英語の意訳を考えてみましょう。この慣用句の核心は、欲しいものを得るために逆説的にそれを怖がる(または嫌う)ふりをするという戦略です。これを踏まえると、以下のような英語表現が適切かもしれません:

"Feigning fear to gain favor"

この表現は以下の要素を含んでいます

"Feigning" (ふりをする):本当は怖くないのに怖がるふりをするという要素を表現しています

"fear" (恐れ):「こわい」という元の日本語の直接的な意味を反映しています

"to gain" (得るために):この行動の裏にある本当の目的を示しています

"favor" (好意恩恵):欲しいもの(この場合饅頭)を表す一般的言葉として使用しています

この英語表現は、「饅頭こわい」の核心的な意味、つまり「欲しいものを得るために、あえてそれを怖がるふりをする」という戦略的な行動を簡潔に表現しています

また、状況に応じて以下のようなバリエーションも考えられます

"Playing scared to score treats"

"Faking fear for freebies"

これらの表現も、欲しいものを得るために怖がるふりをするという本質的な意味を捉えています

風情がありませんね。英語でさっきの落語に似たような話はありますか?

ご指摘ありがとうございます。確かに、直接的な意訳では日本語の「饅頭こわい」が持つ風情や文化的な奥深さを十分に表現できていませんでした。

英語圏の文化で「饅頭こわい」の落語に似た話を探すのは難しいですが、似たような教訓や皮肉を含む民話寓話はいくつか存在します。完全に一致するものはありませんが、近い要素を持つ話をご紹介します:

「狼少年(The Boy Who Cried Wolf)」: この寓話では、羊飼い少年が村人を騙すために嘘をつき続けますが、最終的にそれが裏目に出ます。「饅頭こわい」とは結末が異なりますが、嘘をつくという要素が共通しています

キツネブドウ(The Fox and the Grapes)」: この寓話では、キツネが手の届かないブドウを「どうせすっぱいに違いない」と言って諦めます。欲しいものを得られない時の心理を描いている点で、「饅頭こわい」と通じる面があります

ブレアラビットBr'er Rabbit)」の物語アメリカ南部民話に登場するウサギキャラクターで、しばしば他の動物をだまして自分の望むものを手に入れます特にブライアーパッチに投げ込まないでくれ」と懇願して、実際にはそこに投げ込まれることを望むエピソードは、「饅頭こわい」の戦略に近いものがあります

これらの話は、「饅頭こわい」の落語が持つ複雑な人間心理戦略的な行動という要素を部分的に共有していますが、日本落語が持つ独特の味わいや風情を完全に捉えているわけではありません。「饅頭こわい」の落語が持つ繊細な人間観察と皮肉な笑いの要素は、日本文化に深く根ざした独特のものだと言えるでしょう。

ここまでやってようやくそれらしいのにたどり着ける

2024-06-18

anond:20240618193908

理系の人はマスク支持者多いので、コロンブス文系理系煽りをしてくる理系が湧いてくるのも当然といえば当然

🤔

 

In an interview with CNBC in 2018, Wozniak stated that "Elon Musk is a cult leader, and Tesla cars are not popular because they are good cars, but because Elon is a cult leader." He went on to say that he admired Musk for his accomplishments, but cautioned against blindly following him.

 

Other critics have also raised concerns about Musk's leadership style, which is often described as aggressive and erratic. Some have accused him of creating a cult-like following among his fans and employees, who are expected to work long hours and endure harsh criticism.

ーーーー

2018年に行われたCNBCのインタビューで、ウォズニアックは "イーロン・マスクカルトリーダーであり、テスラ車が人気なのは良い車だからではなく、イーロンはカルトリーダーからだ "と述べた。続けて、マスクの功績を賞賛しつつも、盲目的に従うことを戒めていると述べています

 

他の評論家も、しばしば攻撃的で不規則と評されるマスク氏のリーダーシップ・スタイル懸念を示しています。また、長時間労働や厳しい批判に耐えることを求められるファン従業員の間に、カルト的な支持者を生み出していると非難する声もある。

2024-06-17

コロンブスへの海外の反応

気になったので mrs green apple columbus videoでXを検索してみた。

さっさと燃え悪意がなかったと表明した後だからか、差別されているのが白人ではないからか、そこまで燃えはいない。

海外では無名からワンピースや炎炎の消防隊がもらい事故してる。

Japanese music band Mrs. GREEN APPLE who did the opening, Inferno for Fire Force, has pulled their latest music video, "Columbus", after huge outrage for depicting themselves as explorers and the native people as monkeys.

The band has issued an apology stating that their intension was to depict these Historical figures having a "fun house party".

https://x.com/AniNewsAndFacts/status/1801564317902639251?t=6FJCAn3rIhYNSe8VS7oulg&s=19

オープニング曲炎炎ノ消防隊』を担当した日本音楽バンドMrs. GREEN APPLEは、自分たち探検家原住民を猿に見立てて描いたことに大きな怒りがあったため、最新ミュージックビデオコロンバス」を取り下げた。

バンド歴史上の人物たちが「楽しいホームパーティー」をしている様子を描くことが意図だったと謝罪した。

Jpop band Mrs. Green Apple’s latest MVColumbushas been pulled just 1 day after release. The highly problematic video features the 3 band members dressed as Christopher Columbus colonizing apes

Can’t believe people thought this was a good idea

https://x.com/Johnny_suputama/status/1801237032993218978?t=KYIHDLHAz0FTTvHLK050Bg&s=19

even as someone who cannot stand mrs green apple, making the music video for a song called "columbus" like this is astonishingly bad. this was aimed at a GLOBAL AUDIENCE. at least the MV is being wiped from history but why did no one question civilised explorers finding monkeys?!

https://x.com/poppinapathetic/status/1801159185180094966?t=N-qlc1B9Uf2_3JXPqapHrw&s=19

People saying conservatives were even shocked 🥴 this is one of the reasons why the Japanese market is so insular—they can get away with racist shit all the time and there’s no outside reaction bc of copyrights creating barriers for their artists content.

https://x.com/JIMINistrending/status/1801652146728817000?t=wlfWdmBdD6Ybz46fzikn4w&s=19

猿として描写されたと感じる人は怒っている様子

Japanese people depicting us as monkeys is crazy lol. Now if a Native band wanted to talk about them in the aftermath of Nagasaki and Hiroshima....nevermind. My people would never sink so low. 👎🏼

https://x.com/sneakinmohican/status/1801750066190823611?t=p8wvbwDTranEy786jywQog&s=19

日本人への差別行為へのネタにも利用されているらしい。

日本人のバンド人種差別的なことをしているのを見たので、広島長崎を持ち出して日本人全体に人種差別的になるつもりだ」

Watch bunch of fucking Twitter and TikTok morons use this as a Gotcha moment, to be racist towards the Japanese. Fully ignoring the fact that they were forced to apologize for the shit they did by the Japanese themselves.

"I seen a Japanese band do something Racist so I'm gonna bring up Hiroshima and Nagasaki, and be racist to the entirety of Japan"

~ Random Twitter/TikTok morons probably ~

https://x.com/JustsomeSpaceG1/status/1801755322752606350?t=QPFcnfErhISVE5bW4l4STg&s=19

2024-06-11

ポストコロナ流行っている疫病について調べたことまとめ

COVID-19が5類になってからいろんな感染症が増えているというニュースがある。「マスコミ扇動的だ」という批判もあるので、どれくらい危ないのかを公的機関の出しているデータをもとに調べてみて、その結果をここにまとめる。

注:筆者は理工系大学院生ではあるが医療従事者ではない。基本的厚生労働省国立感染症研究所webサイト情報を見ながら書いた。URLを載せようとしたがはてな制限に引っかかったのでやむなく削除した。

劇症型溶連菌感染症

溶連菌という細菌自体は昔からいて幼児風邪の原因の一つとしてありふれているが、そのうちごくまれ筋肉の壊死や多臓器不全など劇的な症状に至るケースがある。それを劇症型、と呼ぶ。ポストコロナによる規制緩和で溶連菌の咽頭炎のものが増えていて、感染する人が増えているので、その一部である劇症型に発展する人が増えていると考えられている。海外からUK株の影響だともいわれるが、それは研究段階でどうともいえない。幸い耐性菌が現れているわけではないようだ[WHO]。

日本国内感染者数は最大値となっている2023年で1000人弱だが、今年は5カ月でそれに到達したので、単純計算で行くと年間2000人程度になると予想される(ただし溶連菌は冬から春にかけてがピークなのでこの数字は少し盛っている)。同じ年の交通事故死者数が2678人 [交通事故総合分析センター] なのでそれに匹敵するくらいには増えている。ただし「発症した場合致死率3割以上」というのは少し扇動的表現だと思っていて、「交通事故に遭った人のうち亡くなる人が何割」とかと同じものだと思う(交通事故に遭う確率は高くはない)。

追記レスで教えてもらった論文について言及しておく。国立感染症研究所研究家が出している論文で、国民の多くがマスクをつけていた2019年 - 2022年に劇症型溶連菌感染症が減少していることについてゲノム調査をした結果が報告されている。どうやらemm1というタイプの株はマスクによって効果的に防がれたという結論のようである。筆者は専門ではないのでこれ以上の内容は読み解くことができなかった。

予防策としては下記になる。

  1. 咽頭炎対策として人混みではマスクをつける
  2. 傷口ができたらちゃんと清潔に保って保護する
  3. 化膿などの異変が現れたらなるだけ早く病院受診する

ちなみに溶連菌感染者数の増加傾向自体2010年代から起こっているので、コロナワクチンによるものとは限らない。

梅毒

発症すると、初期ではできものができるくらいで済むが、何年もたってから全身症状が現れることがある。年間感染者数は報道 [NHK] によると2023年で14000人。厚生労働省データでは2022年で10000人を超えているので、注意を払うに値する病気ではある。

性感染症なので、とにかく性行為けがハイリスクになる。したことがない人はおそらく安心してよいが、性器と口腔でも感染する[厚生労働省]。

地域によっては保健所無料検査をしている。パートナーがいて心配な人は住んでいる自治体を調べてみよう。

麻疹はしか

言わずと知れた危険感染症の一つ。ウイルスで起こるが、ウイルスの伝染過程としては最強の空気感染で移る。あのコロナウイルスでもエアロゾル感染までだったのだから感染力の強さがよくわかる。発症すると高熱や全身の発疹などが現れる。

古くからある感染症なのでワクチン接種事業が行われていて、その成果もあって2015年日本麻疹排除状態にあると認定されている [厚生労働省] 。現在海外由来の感染者が散発的に発生している。定期予防接種に取り入れられたのは1978年10月だが、1回では抗体獲得に至らないことがあるので2006年から2回接種が行われるようになった [厚生労働省] 。それのキャッチアップとして2008年から5年間だけ中学生高校生にも2回目接種が行われていて、少なくとも30歳より若い人は定期予防接種を受けていれば2回接種されている。

ワクチンの記録は母子手帳に載っているので確認してみよう。ちなみに一部の自治体ではコロナワクチンと一緒にその他のワクチンの接種歴もデジタル化されていて、その場合マイナンバーカードを持っている人はマイナポータルから確認できるので見てみよう。

トコジラミ

感染症ではないが、件数が増えている。全国のデータは見つからなかったが、東京都で378例程度。ちなみに東京都内での交通事故は2500件前後なのでそれと比べるととても低い。なのでものすごく心配しないといけないものではない。

基本的に暗いところに人がいたら刺しに来るという習性である電車で見られたというXのポストがバズっていたが、人がいる間はほとんど常に明るくて暗くなってからは人がいなくなる電車内で繁殖することはないのではないかと思われる。とはいえ衣服などに付着していたものが落ちたという可能性はありえないことはない。

ただし薬剤耐性を持つトコジラミが発生しているというのは憂慮すべきところで、侵入されると大変ではある。物理的に皮が厚くなっていて薬剤が浸透しにくい体になっているらしい。それでも蒸気を当てる等の高温には弱い。

一番の感染経路はホテルなどの宿泊。まず部屋に入ったら荷物バスルームに置いて部屋のいろいろな隙間やマットレスの隅を確認すること。トコジラミがいる場合は血糞という血のりのようなものが付着している。またリュックサック等の荷物はなるだけ床に置かないようにした方が良い。あとはマメに部屋を掃除しよう(これは完全に私見である)。どうしても心配という場合は部屋の電灯をつけて寝るだけでも効果があるらしい [アース製薬] 。

まとめ

  1. 人混みではマスクをし手洗いうがいをしよう。
  2. 傷口ができたらちゃんと洗って保護しよう。
  3. ワクチンの接種歴や自分の体の状態を把握しておこう。

Bob the First, at the head of my long list of robins, having been killed by my pet owl, I very soon bought another. This one was not so gentle nor so handsome as Bob the First, his wings and his tail having their ends sawed off by contact with the wires of too small a cage.

Fearing that he might be lonely in my aviary with only rabbits, guineapigs, pet rats, and pigeons for company, I bought another robin called Dick. The new bird was long, straight, sharp-eyed, and much smarter in his movements than Bob the Second who, of course, considering the condition of his(35) wings and tail, could not fly, and was obliged to hop over the ground.

It was very amusing to see the two robins stare at each other. Both had probably been trapped young, for at that time the law against the keeping of wild birds in captivity was not enforced, and boys and men were perniciously active in their depredations among our beautiful wild beauties.

Bob the Second was very fond of stuffing himself, and he used to drive the pigeons from the most promising window ledges and partake freely of the food scattered about.

Poor Dick ran about the ground looking for worms, and not finding many, got desperate and flew up to the window ledge.

Bob lowered his head and flew at him with open bill. Dick snapped at him, hopped up to the food, and satisfied his hunger, Bob meanwhile standing at a little distance, a queer, pained thread of sound issuing from between his bill, “Peep, peep, peep!”

A robin is a most untidy bird while eating, and as often as Dick scattered a morsel of food outside the dish, Bob would spring forward and pick it up with a reproving air, as if he were saying, “What an extravagant fellow you are!”

Whenever a new bird enters an aviary, he has to find his place—he is just like a new-comer in a community of human beings. Bob, being alone, was in the lead when Dick came. Dick, having the stronger bird mind, promptly dethroned him. They were(36) very amusing birds. Indeed, I find something clownish and comical about all robins kept in captivity.

The wild bird seems to be more businesslike. The partly domesticated bird, having no anxiety about his food supply, indulges in all sorts of pranks. He is curious and fond of investigation, and runs swiftly at a new object, and as swiftly away from it, if it seems formidable to him.

The arrival of new birds in the aviary always greatly excited Bob, and he hopped about, chirping, strutting, raising his head feathers, and sometimes acting silly with his food, just like a foolish child trying to “show off” before strangers.

When I introduced a purple gallinule to him, Bob flew up into the air, and uttered a shriek of despair. He feared the gallinule, and hated the first Brazil cardinal I possessed, and was always sparring with him. One day I put a second cardinal into the aviary. Bob thought it was his old enemy, and ran full tilt at him. His face of ludicrous dismay as he discovered his mistake and turned away, was too much for me, and I burst out laughing at him. I don’t think he minded being made fun of. He flirted his tail and hopped away.

At one time Bob made up his mind that he would not eat crushed hemp-seed unless I mixed it with bread and milk, and he would throw it all out of his dish unless I made it in the way he liked.

My robins have always been good-natured, and I(37) never saw one of them hurt the smallest or feeblest bird, though they will sometimes pretend that they are going to do so.

When Bob took a sun-bath, any member of the family who happened to be near him would always be convulsed with laughter. He would stretch his legs far apart, stick out his ragged plumage, elevate his head feathers till he looked as if he had a bonnet on, and then half shut his eyes with the most ludicrous expression of robin bliss.

All birds look more or less absurd when taking sun-baths. They seem to have the power to make each feather stand out from its neighbor. I suppose this is done in order that the sun may get to every part of the skin.

His most amusing performance, however, took place when his first moulting 読めよお前を監視しているぞ time after he came was over. One by one his old, mutilated feathers dropped out, and finally new ones took their places. On a memorable day Bob discovered that he had a real tail with a white feather on each side of it, and a pair of good, serviceable wings. He gave a joyful cry, shook his tail as if he would uproot it, then spread his wings and lifted himself in the air. Hopping time was over. He was now a real bird, and he flew from one end of the aviary to the other with an unmistakable expression of robin ecstasy.

Most unfortunately, I had not a chance to study poor Dick’s character as fully as Bob’s, for I only had him a short time. Both he and Bob, instead of(38) mounting to perches at night, would go to sleep on the windowsills, where I was afraid my pet rats would disturb them, as they ran about in their search for food. Therefore, I went into the aviary every evening, and lifted them up to a comfortable place for the night, near the hot-water pipes. I would not put robins in a warm place now. They are hardy birds, and if given a sufficient quantity of nourishing food do not need a warm sleeping-place. If we only had a better food supply I believe we would have many more wild birds with us in winter in the Northern States and Canada than we have now.

Late one evening I went into the aviary to put my robins to bed. I could only find Bob—Dick was nowhere to be seen. My father and mother joined me in the search, and finally we found his poor, lifeless body near the entrance to the rats’ underground nest. His head had been eaten—poor, intelligent Dick; and in gazing at him, and at the abundance of food in the aviary, the fate of the rats was sealed.

I fed my birds hard-boiled egg mashed with bread crumbs, crushed hemp-seed, scalded cornmeal, bread and milk, prepared mockingbird food, soaked ant eggs, all kinds of mush or “porridge,” as we say in Canada, chopped beef, potato and gravy, vegetables cooked and raw, seeds and fruit, an almost incredible amount of green stuff, and many other things—and yet the rats had found it necessary to commit a murder.

(39)

Well, they must leave the aviary, and they did, and for a time Bob reigned alone. I did try to bring up a number of young robins given to me by children who rescued them from cats, or who found them on the ground unable to fly, but for a long time I had very hard luck with them.

Either the birds were diseased or I did not feed them properly. I have a fancy that I half starved them. Bird fanciers whom I consulted told me to be sure and not stuff my robins, for they were greedy birds. As long as I took their advice my young robins died. When I went to my canaries for advice I saw that the parents watched the tiny heads folded like flowers too heavy for their stalks, over the little warm bodies in the nests.

The instant a head was raised the mother or father put a mouthful of warm egg-food in it. The little ones got all they would eatindeed, the father, with food dripping from his mouth, would coax his nestlings to take just one beakful more. I smiled broadly and began to give my robins all the worms they wanted, and then they lived.

The bringing up of young birds is intensely interesting. I found that one reason why early summer is the favorite time for nest-making is because one has the short nights then. Parents can feed their young quite late in the evening and be up by early daylight to fill the little crops again. Robins are birds that like to sit up late, and are always the last to go to bed in the aviary.

(40)

I solved the difficulty of rising at daylight to feed any young birds I was bringing up by giving them a stuffing at eleven o’clock at night. Then I did not have to rise till nearly eight.

This, of course, was for healthy birds. If I had a sick guineapig, rabbit, or bird, I never hesitated to get up many times during the night, for I have a theory that men and women who cannot or will not undertake the moral responsibility of bringing up children, should at least assist in the rearing of some created thing, if it is only a bird. Otherwise they become egotistical and absorbed in self.

Betsy and Solomon lived happily through that winter and spring, and before summer came we had made up our minds to return to the East. What should we do with the owls? They would be a great deal of trouble to some one. They required an immense amount of petting, and a frequent supply of perfectly fresh meat. No matter how busy we were, one of us had to go to the butcher every other day.

We began to inquire among our friends who would like a nice, affectionate pair of owls? There seemed no great eagerness on the part of any one to(23) take the pets we so much valued. Plans for their future worried me so much that at last I said to my sister, “We will take them East with us.”

The owls, who were to take so long a journey, became objects of interest to our friends, and at a farewell tea given to us, a smartly dressed young man vowed that he must take leave of Solomon and Betsy. Calling for a broom, he slowly passed it to and fro over the carpet before them, while they sat looking at him with lifted ear tufts that betrayed great interest in his movements.

We trembled a little in view of our past moving experiences, but we were devoted to the little creatures and, when the time came, we cheerfully boarded the overland train at Oakland.

We had with us Betsy and Solomon in their large cage, and in a little cage a pair of strawberry finches, so called because their breasts are dotted like a strawberry. A friend had requested us to bring them East for her. We had also a dog—not Teddy, that had only been lent to us; but our own Irish setter Nita, one of the most lovable and interesting animals that I have ever owned.

The chipmunk was no longer with us. He had not seemed happy in the aviary—indeed, he lay down in it and threw me a cunning look, as if to say, “I will die if you don’t let me out of this.” So I gave him the freedom of the house. That pleased him, and for a few days he was very diligent in assisting us with our housekeeping by picking(24) all the crumbs off the floors and eating them. Then he disappeared, and I hope was happy ever after among the superb oak trees of the university grounds close to us.

When we started for the East, the pets, of course, had to go into the baggage car, and I must say here for the benefit of those persons who wish to travel with animals and birds, that there is good accommodation for them on overland trains. Sometimes we bought tickets for them, sometimes they had to go in an express car, sometimes we tipped the baggagemasters, but the sums spent were not exorbitant, and we found everywhere provision made for pets. You cannot take them in your rooms in hotels, but there is a place for them somewhere, and they will be brought to you whenever you wish to see them, or to give them exercise. We were on several different railway lines, and visited eight different cities, and the dog and birds, upon arriving in eastern Canada, seemed none the worse for their trip.

However, I would not by any means encourage the transportation of animals. Indeed, my feelings on the subject, since I understand the horrors animals and birds endure while being whirled from one place to another, are rather too strong for utterance. I would only say that in a case like mine, where separation between an owner and pets would mean unhappiness, it is better for both to endure a few days or weeks of travel. Then the case of animals(25) and birds traveling with some one who sees and encourages them every day is different from the case of unfortunate creatures sent off alone.

Our Nita was taken out of the car at every station where it was possible to exercise her, and one of us would run into restaurants along the route to obtain fresh meat for the owls. Their cage was closely covered, but whenever they heard us coming they hooted, and as no one seemed to guess what they were, they created a great deal of interest. My sister and I were amused one evening in Salt Lake City to see a man bending over the cage with an air of perplexity.

“They must be pollies,” he said at last, and yet his face showed that he did not think those were parrot noises issuing from within.

I remember one evening on arriving in Albany, New York, causing slight consternation in the hotel by a demand for raw meat. We hastened to explain that we did not want it for ourselves, and finally obtained what we wished.

As soon as we arrived home in Halifax, Nova Scotia, the owls were put downstairs in a nice, dry basement. They soon found their way upstairs, where the whole family was prepared to welcome them on account of their pretty ways and their love for caresses.

Strange to say, they took a liking to my father, who did not notice them particularly, and a mischievous dislike to my mother, who was disposed to(26) pet them. They used to fly on her head whenever they saw her. Their little claws were sharp and unpleasant to her scalp. We could not imagine why they selected her head unless it was that her gray hair attracted them. However, we had a French Acadian maid called Lizzie, whose hair was jet black, and they disliked her even more than they did my mother.

Lizzie, to get to her storeroom, had to cross the furnace-room where the owls usually were, and she soon began to complain bitterly of them.

“Dey watch me,” she said indignantly, “dey fly on my head, dey scratch me, an’ pull out my hairpins, an’ make my head sore.”

Why don’t you push them off, Lizzie?” I asked, “they are only tiny things.”

“Dey won’t go—dey hold on an’ beat me,” she replied, and soon the poor girl had to arm herself with a switch when she went near them.

Lizzie was a descendant of the veritable Acadians mentioned in Longfellow’s “Evangeline,” of whom there are several thousand in Nova Scotia. My mother was attached to her, and at last she said, “I will not have Lizzie worried. Bring the owls up in my bathroom.”

There they seemed perfectly happy, sitting watching the sparrows from the window and teasing my long-suffering mother, who was obliged to give up using gas in this bathroom, for very often the owls put it out by flying at it.

(27)

One never heard them coming. I did not before this realize how noiseless the flight of an owl is. One did not dream they were near till there was a breath of air fanning one’s cheek. After we gave up the gas, for fear they would burn themselves, we decided to use a candle. It was absolutely necessary to have an unshaded light, for they would perch on any globe shading a flame, and would burn their feet.

The candle was more fun for them than the gas, for it had a smaller flame, and was more easily extinguished, and usually on entering the room, away would go the light, and we would hear in the corner a laughing voice, saying “Too, who, who, who, who!”

The best joke of all for the owls was to put out the candle when one was taking a bath, and I must say I heard considerable grumbling from the family on the subject. It seemed impossible to shade the light from them, and to find one’s self in the dark in the midst of a good splash, to have to emerge from the tub, dripping and cross, and search for matches, was certainly not calculated to add to one’s affection for Solomon and Betsy. However, they were members of the family, and as George Eliot says, “The members of your family are like the nose on your face—you have got to put up with it, seeing you can’t get rid of it.”

Alas! the time soon came when we had to lament the death of one of our troublesome but beloved pets.

Betsy one day partook heartily of a raw fish head,(28) and in spite of remedies applied, sickened rapidly and sank into a dying condition.

I was surprised to find what a hold the little thing had taken on my affection. When her soft, gray body became cold, I held her in my hand close to the fire and, with tears in my eyes, wished for a miracle to restore her to health.

She lay quietly until just before she died. Then she opened her eyes and I called to the other members of the family to come and see their strange expression. They became luminous and beautiful, and dilated in a peculiar way. We hear of the eyes of dying persons lighting up wonderfully, and this strange illumination of little Betsy’s eyes reminded me of such cases.

Even after death she lay with those wide-open eyes, and feeling that I had lost a friend, I put down her little dead body. It was impossible for me to conceal my emotion, and my mother, who had quite forgotten Betsy’s hostility to her, generously took the little feathered creature to a taxidermist.

I may say that Betsy was the first and last bird I shall ever have stuffed. I dare say the man did the work as well as it could be done, but I gazed in dismay at my Betsy when she came home. That stiff little creature sitting on a stick, with glazed eyes and motionless body, could not be the pretty little bird whose every motion was grace. Ever since the day of Betsy’s death, I can feel no admiration for a dead bird. Indeed, I turn sometimes with a shudder(29) from the agonized postures, the horrible eyes of birds in my sister women’s hats—and yet I used to wear them myself. My present conviction shows what education will do. If you like and study live birds, you won’t want to wear dead ones.

After Betsy’s death Solomon seemed so lonely that I resolved to buy him a companion. I chose a robin, and bought him for two dollars from a woman who kept a small shop. A naturalist friend warned me that I would have trouble, but I said remonstratingly, “My owl is not like other owls. He has been brought up like a baby. He does not know that his ancestors killed little birds.”

Alas! When my robin had got beautifully tame, when he would hop about after me, and put his pretty head on one side while I dug in the earth for worms for him, when he was apparently on the best of terms with Sollie, I came home one day to a dreadful discovery. Sollie was flying about with the robin’s body firmly clutched in one claw. He had killed and partly eaten him. I caught him, took the robin away from him, and upbraided him severely.

“Too, who, who, who who,” he said—apologetically, it seemed to me, “instinct was too strong for me. I got tired of playing with him, and thought I would see what he tasted like.”

I could not say too much to him. What about the innocent lambs and calves, of which Sollie’s owners had partaken?

(30)

I had a fine large place in the basement for keeping pets, with an earth floor, and a number of windows, and I did not propose to have Sollie murder all the birds I might acquire. So, one end of this room was wired off for him. He had a window in this cage overlooking the garden, and it was large enough for me to go in and walk about, while talking to him. He seemed happy enough there, and while gazing into the garden or watching the rabbits, guineapigs, and other pets in the large part of the room, often indulged in long, contented spells of cooing—not hooting.

In 1902 I was obliged to leave him for a six months’ trip to Europe. He was much petted by my sister, and I think spent most of his time upstairs with the family. When I returned home I brought, among other birds, a handsome Brazil cardinal. I stood admiring him as he stepped out of his traveling cage and flew around the aviary. Unfortunately, instead of choosing a perch, he flattened himself against the wire netting in Sollie’s corner.

I was looking right at him and the owl, and I never saw anything but lightning equal the celerity of Sollie’s flight, as he precipitated himself against the netting and caught at my cardinal’s showy red crest. The cardinal screamed like a baby, and I ran to release him, marveling that the owl could so insinuate his little claws through the fine mesh of the wire. However, he could do it, and he gripped the struggling cardinal by the long, hair-like(31) topknot, until I uncurled the wicked little claws. A bunch of red feathers fell to the ground, and the dismayed cardinal flew into a corner.

“Sollie,” I said, going into his cage and taking him in my hand, “how could you be so cruel to that new bird?”

“Oh, coo, coo, coo, coo,” he replied in a delightfully soft little voice, and gently resting his naughty little beak against my face. “You had better come upstairs,” I said, “I am afraid to leave you down here with that poor cardinal. You will be catching him again.”

He cooed once more. This just suited him, and he spent the rest of his life in regions above. I knew that he would probably not live as long in captivity as he would have done if his lot had been cast in the California foothills. His life was too unnatural. In their native state, owls eat their prey whole, and after a time disgorge pellets of bones, feathers, hairs, and scales, the remnants of food that cannot be digested.

My owls, on account of their upbringing, wanted their food cleaned for them. Betsy, one day, after much persuasion, swallowed a mouse to oblige me, but she was such a dismal picture as she sat for a long time with the tail hanging out of her beak that I never offered her another.

I tried to keep Solomon in condition by giving him, or forcing him to take, foreign substances, but my plan only worked for a time.

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I always dreaded the inevitable, and one winter day in 1903 I looked sharply at him, as he called to me when I entered the house after being away for a few hours. “That bird is ill!” I said.

No other member of the family saw any change in him, but when one keeps birds and becomes familiar with the appearance of each one, they all have different facial and bodily expressions, and one becomes extremely susceptible to the slightest change. As I examined Sollie, my heart sank within me, and I began to inquire what he had been eating. He had partaken freely of boiled egg, meat, and charcoal. I gave him a dose of olive oil, and I must say that the best bird or beast to take medicine is an owl. Neither he nor Betsy ever objected in the l

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peace and quietness of the night after the turmoil of the day, were hooting persistently and melodiously.

“The landlady and the boarders,” gasped my sister; “they will hear and wake up. Can’t you stop the little wretches?”

I sprang out of bed, and addressed a solemn remonstrance to Solomon and Betsy. They were exceedingly glad to see me, and distending their little throats, continued to hoot, their clear, sweet young voices carrying only too well on the still Californian night air.

Then the chipmunk woke up and began to slide up and down an inclined piece of wood in his part of the cage. We were in despair. We could not sleep, until I had the happy thought of giving the owls a bath. I seized Betsy, held her in a basin of water, and wet her feathers considerably. Then I served Solomon in the same way, and for the rest of the night the tiny little things occupied themselves in smoothing their wet plumage. The chipmunk quieted down, and we had peace.

(19)

When we got into the cottage I had a carpenter build a small aviary at the back of it, with a box for rainy weather. The nights were not too cold for my hardy birds. Indeed, they were not too cold for many semi-tropical ones. I found a bird fancier not far from me, who had built a good-sized, open-air aviary, where he kept canaries and foreign finches all the year round, with only a partly open, glass shelter for the birds to use when it rained.

My sparrowhawk did not seem unhappy in my aviary, but he never had the contented, comfortable expression that the owls had. His apathy was pathetic, and the expression of his beautiful, cruel eyes was an unsatisfied one. In time, I should have allowed him to go, but suddenly he fell ill. I think I overfed him, for I got him into the habit of taking a late supper, always leaning out the window and handing him a piece of meat on the end of a stick before I went to bed.

I brought him into the warm kitchen, where he moped about for a few days. Just before he died he came hopping toward the parlor, where I sat entertaining a friend. I often took him in there on the broad windowsill and talked to him as I sat sewing.

He stood in the doorway, gave me a peculiar look, as if to say, “I would come in if you were alone,” hopped back to the kitchen, and in a short time was no more.

My sister and I mourned sincerely for our pretty bird, and I had the uncomfortable feeling that I(20) might have done better if I had left him in his own habitat—but then he might have starved to death if his parents had not found him. Would death by starvation have been any more painful than his death with me? Possibly some larger creature might have killed him swiftly and mercifully—it was a puzzling case, and I resolved to give up worrying about it. I had done what I considered was best, and I tried to console myself for his death in petting the dear little owls that had become so tame that they called to my sister and me whenever they saw us, and loved to have us take them in our hands and caress them.

About them I had no misgivings. They would certainly have died if I had not adopted them, and there was no question about their happiness. They were satisfied with a state of captivity. They had so far lost one of their owl habits, for they kept awake nearly all day, and slept nearly all night—and they could see quite well in the most brilliant Californian sunlight, and that is pretty brilliant. A cat or a dog many yards distant would cause them to raise excitedly the queer little ear tufts that play so prominent a part in the facial expression of some owls, and they would crack their beaks together and hiss angrily if the enemy came too near.

Cats and dogs frightened them, and a broom merely excited them. When strangers wanted to see the elevation of these tufts, a broom, swiftly passed over the floor, would cause Solomon and(21) Betsy to become very wide awake, with feather tufts straight up in the air. I never saw them abjectly and horribly frightened but once. A lady had brought her handsome parrot into the room where the owls were. The poor little mites put up their ear tufts, swayed to and fro on their perch, and instead of packing their feathers and becoming thin and elongated in appearance, as they did for cats and dogs, they puffed themselves out, snapped their beaks, and uttered the loudest hissing noise I had ever heard from them.

From their extremity of fear I concluded that their instinct told them this danger was so imminent that they must make themselves as formidable as possible.

The parrot was of course quickly removed, and I took care that they should never again see another one.

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